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2006-11-26 16:04
 私は、雑草を抜く事は、大抵反対ですが、今回は、様々な事情で抜いてしまった雑草や落ち葉の処理について書かせて頂きます。

 刈り払ったり抜いたりした雑草や落ち葉をゴミ袋に入れてゴミとして出す事は酷い話です。
        大反対
です。 
 近年は、ゴミ焼却発電なんかも盛んになり、雑草や落ち葉や生ゴミが、他の可燃物と一緒に燃やされてエネルギーになっています。カーボンニュートラルの考え方からは、合理的な処理の仕方でしょうが、私はこれにも賛成出来ません
(<カーボンニュートラル>関連のところでさんざん書かせて頂きました。【CNに物申す2】10/14とその前後に何回かに渡って論述しています)
 抜いた雑草や木から落ちた落ち葉は、原則として、その場に放っておくのが一番いい処理の仕方だと思います。若し、何らかの不都合があるのなら、穴を掘って埋めるとかすべきです。その場所が無理でも、行政のゴミ収集車が持っていくのではなく、小さな町内会ごとに堆肥置き場を作るべきでしょう。何故こんな素晴らしい肥料、生物のエネルギー源を、化石燃料を使って収集するような愚かな事をする必要があるのでしょうか?雑草をその土地に戻してやれば、腐る過程で土の中の様々な生物の栄養となり(それが『腐る』と言う事)そこの土地の生態系を豊かにし、生きた土にするのです。
  それをゴミとして出して、さらに新たな肥料を購入してその土地に入れるとい事はとても愚かな行為です。しかしそれが、「経済の活性化」なのです。
 
 抜いた雑草や落ち葉がゴミという感覚は、非常に不自然で危険です。こう言う自然に対する普通の感覚の欠如は大変恐ろしい事です。そのような感覚が欠如して、さらにモラルも失った人々が行政に携わって来て、ひどい環境破壊を起こす一端を担っているのでしょう。
              
   <続く>
 抜いた雑草や落ち葉が、資源かゴミかという感覚について次回(明日)アップさせて頂きます。 

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【2006/11/26 16:04】 | 植物 トラックバック(0) |
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