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2015-06-19 00:00
『迷信』とは、合理的・科学的では無いと考えられる事を信じる事・・と説明されています。
 更にWikipedia 等には「一般的には社会生活をいとなむのに実害があり、道徳に反するような知識や俗信など」とあります。

昔から迷信の例は枚挙に暇が御座いません。その中にはかなり迷惑なものもありますが、逆に迷信によって保たれた生態系もあるのです。例えば、ある場所の木を切ると祟りがある・・・と言う迷信によって、その地域の木は伐採を免れ、森の生態系は維持されている・・・と言う地域もありました。その「迷信」を作った人は、生態系の事をしっかり考えて、「有効な」迷信を作り出す、賢い策士だったと考えます・・。

さて、現代人は、迷信家は昔の人や未開の地の人に多いと考えがちです。科学の発展した現代では非科学的な迷信を信じる人が少なくなった・・・と漠然と考え、「迷信」を信じている人達を「遅れている」と言います。

しかし本当にそうでしょうか?
現代も科学的根拠に乏しい、後の世の人から「どうしようもない迷信」と評価されそうな物事で溢れかえっています。
質が悪いのは、それらの実質「迷信」が「迷信的」と認識されていない事でしょう。

その代表例が「経済成長」です。GDPの増加で定義される「経済成長」によって、高度経済成長時代から、様々な問題が一挙に解決するような事が言われてきました。社会福祉の問題も、貧困の問題も、挙げ句に環境問題さえ、「経済成長」が解決する・・・と言う輩はいまだに沢山いますし。「経済成長」志向はいまだに社会の主流なのです。しかし、GDPの増加で定義される「経済成長」はそれらの大きな問題を解決しないどころか、更に拡大してきました。「経済成長信仰」こそ現代の最悪の迷信でしょう。

その「経済成長信仰」と関連があることで、現代社会で、ポジティヴな素晴らしい意味を持つと考えられている概念が沢山あります。「進歩」、「発展」、「開発」・・・等がそれです。現代社会では、どの言葉も好ましい概念のように扱われる事が主です。(最近ようやく「開発」にはネガティヴは響きを感じ取る人が増えて来たように思います。)

しかし、これらの概念が好ましいと考えられるようになったのは、それこそ20世紀くらいから・・現代になってからではないでしょうか?・・・と言うよりも現代以前は「進歩」や「発展」「開発」等と言う概念は頻繁に使われなかったのではないかと考えます。

大胆な仮想を書かせて戴きます。「経済成長」は当然として「進歩」「発展」「開発」のような言葉も、この時代(20世紀後半から21世紀はじめ)の迷信(のようなもの)であった・・・と評価される時代が来ると考えています。これらの概念がセットとなって、環境を破壊して来たのです。これらの概念を変えない限り文明崩壊、破局は今世紀中にやってくるでしょう。
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【2015/06/19 00:00】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

科学と迷信
爽風上々
迷信というものが正体を暴かれるというのは、たいてい科学的な検討をされてのことですが、迷信にも一部の真実というのも科学の目で見てのことでしょう。

経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが、「経済成長」というのが科学的なものかどうかというのは非常に疑わしいものです。
経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。
その資本家の立場から言えば経済成長は必須でしょう。そうでなければ誰かの取り分を侵害して配当をひねり出さなければなりません。まあその状態になっているのが最近の日本経済です。

そうしてみると、経済成長を「迷信」というのも半ば当たっていて、半ば嘘が混じっているのかもしれません。
迷信というよりは詐欺です。

江戸時代以前でも経済成長というものはあったと考えれらます。新田開発というものは経済の拡大という意味ではそれにあたるものだったでしょう。
しかし、大幅なものはやはり日本では明治以降の技術革命によるものだったのでしょう。
してみると、やはり経済成長には化石燃料エネルギーを用いる科学技術の発展との関係が密接に関わっていたように思います。
それが無ければできなかったかというとそうでもないのですが、この圧倒的な進展のスピードというものはエネルギー依存の科学技術の発達と不可分です。

儲け主体の技術開発であったために、極度の環境破壊を引き起こしましたが、では儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。
やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。
環境を温存してもエネルギー依存の文明では必ず破綻するというのが避けられないからだということdす。

もちろん、現在の文明は環境を守ってはいませんので、その意味でも続けることができないのですが。

自然に学ぶ
団塊親爺の遺言
 今の文明は進化どころか崩壊へ・・
一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

コンクリートやアスファルトに覆い尽くされた今の生活
全国で生態系が壊され 毛虫の大発生 毛虫たちの天敵が居なくなり 
この様なおぞましい光景がそちらこちらで見うけられる様になりました 
人間は大量の化学薬剤で対抗し益々生態系が壊される事態に 
さぞかし蜜蜂たちも他の虫たちも減った事でしょうね・・

昔、狼が居た時は自然界はコントロールされていた

先人たちが、此処より下に住居を造るべからず

自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界
 
   病気は減ったか 争い事は無く成ったのか・・

益々、酷い世界へ・・金の懸かる生き方を強制される生き方は
本当に正しいのか・・? 暑さ寒さにも住居を成るべく地下へとか・・
暴風雨からも護られ省エネ生活も出来る 屋根の上では菜園造り 
米糠と貝と岩だけで今年も病害虫の被害無しの豊作の我が家 
もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・

Re:科学と迷信
雑草Z
>経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが

爽風上々さんも、経済学が科学じゃないのではと考えてることをうれしく感じます。そう、経済学はまやかしばかりです。まあ、カール・ポランニーとか日本の室田武さんとかは、素晴らしい経済学者だと思いますし、彼らの経済学こそ社会科学の一つと認めますが・・。

>経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。

この事実こそ普及したいものです。お互い微力ながら流布しましょう。

>迷信というよりは詐欺です。

そう言われれば、身も蓋もないですが(笑)全くその通りです。

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。 やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。

ここが爽風上々さんと私の明白な相違点であることはお互い以前より認識しているところですが、

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかった

その為には石油を使わないことが必須条件で、経済規模はその程度にしかならなかったわけですから、そもそも爽風上々さんの懸念されるエネルギー問題は起こりません。

だから、環境負荷の問題とエネルギー問題を切り離しては考えにくいと思います。

Re:自然に学ぶ
雑草Z
>今の文明は進化どころか崩壊へ・・

全く酷いものですね。

>一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

私も団塊親爺の遺言さんと同じように、その時代まで戻ってやり直し・・・工業化もせず経済も成長もせずに、定常安定系を目指す・・・ができたらどんなにいいかと考えます。

>自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界

そうやって経済成長を推進してきた連中は非常に薄っぺらいですね。人類を苦しみの方向へ導いています。

>金の懸かる生き方を強制される生き方

これが経済成長の本当の姿ですね。悲しいくらい愚かで酷いものです。

>もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・

根本的に変えないと駄目ですね。


環境温存の延命策
爽風上々
人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。
食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

ましてや、快適な生活などというものを求めればさらにその影響は大きくなります。
「環境に配慮した快適な生活」などというものも迷信でしかないというのも避けられない事実でしょう。

さて、話を経済学に戻しますが、迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、近代から現代のすべての時代で最強の体制として君臨した資本主義は動かすことのできない真実であり、すべての経済学はその細部を解析するだけの学問として成り立ってしまっても仕方のないことでしょう。
その根本に間違いがあるとなれば、それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。
そのような死に物狂いの力はバカにできる物ではありません。
結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないものなのでしょう。

Re:環境温存の延命策
雑草Z
>人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。

今度は極端な話になりましたね?

先のコメント

>儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが

との整合性が判りません。

>食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

環境の改変が即、環境破壊と言えば極論になると思います、生態系をしっかり確保していれば、いわゆる環境汚染や環境破壊と一緒にする必要はないでしょう。

>迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、

そうですね。そこが大きな問題です。たかが10年、200年なのですが。 仕方が無い・・と言うのは科学ではありませんね。単に飽和するまで、末期までの過渡期の条件付きの「限られた真実」なのですが・・・。

>それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。

ここは仰る通りです。その連中が現代社会を酷い方向へ導いています。

>結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないもの

原発事故のように実証が現れても、認めようとしませんでしたが、21世紀は、恐怖の証拠としてカタストロフが次々現れ、認めざるを得なくなるでしょう。・・・しかし安倍さんを見てると、それでも認めないんでしょうね。



こんばんは

自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、思ったこともありませんでした。

米粉美味しいですよね。

そういえば昨日は誕生日だったんですよ。
雑草Zさんの誕生日はいつですか?
ハンドルネームで呼ぶのは、不思議な感じがします。

環境破壊
爽風上々
半ば意識はしているのですが、「環境」という言葉をいくつものレベルで使い分けていますので、分かりにくくしてしまいました。

人間が現れる前のまったく手つかずの状態が「自然環境」とするならば、そこに少しでも人間が住むようになればその数にしたがって環境は改変されたでしょう。それを「環境破壊」と呼ぶこともできますし、その意味で私が使っていることもあります。

また、よく不動産屋が使っているような「高級住宅街のすばらしい住環境」などといった意味での「環境」という意味でも使ってしまうのは、自分自身が「快適環境」にこれまでずっと慣れ親しんでしまったために無意識に出てしまうのかもしれません。

そのため、このいくつかのコメントの中でもその両方の意味が混在しています。
「人が住むだけで壊れる環境」というのは前者の究極の自然環境の意味ですし、「環境を守っての開発」はもちろん後者に近い(イコールではありませんが)意味で使っています。

自分でも混乱しますので、外から見れば分かりにくかったのは申し訳ありませんでした。



関連して
guyver1092
 関連して、現代の迷信をもう一つ紹介します。それは、「技術革新に限界はない」です。この技術革新が無限であるとの迷信は、無限の経済成長を信じるためには、どうしても必要なようです。水野和夫氏の「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ等では、必ず技術革新により無限の経済成長は成ると書かれています。

Re:こんばんは
雑草Z
>自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、

「開発」や「進歩」、「発展」事体、広い意味を持った概念ですが、現在頻繁に使われている用法・・目的語等を付けて「土地開発」、「工業、技術、経済の進歩」「地域の発展」と言った概念は、ネガティヴな意味に考えられる時代が来るであろうと言う事です。

現在の社会の常識は、多くが洗脳であり、何らかの目的に意図的に誘導されている場合も多いと思います。社会の「常識」は疑ってかかるべ木でしょう。

さん 初のコメント有難う御座いました。これからも宜しく。

Re:環境破壊
雑草Z
議論の流れとしての整合性が判らなかったもので。

>不動産屋が使っているような「高級住宅街のすばらしい住環境」などといった意味

はここでの議論では全く関係ないし、私もその意味で使う筈は御座いません。

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかった

と言う事があり得たかと言うことで、もしそんな事があり得たなら、石油等は使用している筈が無く、エネルギーの大量投入によるドーピング・・・経済や人口の膨張はなかった筈ですので、

>やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。

と言う結論自体が無意味ではないかと思った次第です。

Re:関連して
雑草Z
>関連して、現代の迷信をもう一つ紹介します。それは、「技術革新に限界はない」です。

おお!確かになるほどですね。

>技術革新が無限であるとの迷信は、無限の経済成長を信じるためには、どうしても必要

このあたりは、宗教と同じで、根拠や理性では無く、単に「信じる事」になってしまいますね。

>「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ

この手のブログは、読むだけ時間の無駄かと思いますが、たまにはどんな屁理屈を述べているか見てみるのも悪くないかも知れません。一つ御紹介下さいますか?・・・・guyver1092 さんは、それに再反論されてますか・・?

科学技術開発
爽風上々
環境という言葉に何を見るかということは、人により、また同じ人でも時と場合によりかなり変わるということは注意しなければならないと思います。自戒も含めてですが。
「環境を守る」と言ってもどのレベルの環境かということは良く見極めないととんだ空振り議論になりかねません。

まあそちらはこの辺にしておき、guyver1092さんの挙げられた「科学技術革新」の迷信というものは大きな問題だと感じます。
これもほんの数百年の話なのですが、見た目には大きな科学の勝利とも言える成果の数々に人々の意識は完全に乗っ取られているかのようです。

特に一般人、政治家や経済人、経済学者や政治学者など自然科学に関わっていない人ほどひどい迷信の囚われているのかもしれません。

当然のことながら、科学にも「できることとできないこと」さらには「してはいけないこと」などがはっきりと分かれて存在します。
問題は、本当は良く知っているはずの自然科学者・技術者自体が本当のことを言わないということがあるということです。
そういった連中は科学技術開発の成果で利益を受けることは望まず、開発研究費だけが得られれば良いということがあるためです。
そのために、こんなこともできそうだという夢ばかりを語りがちです。それは大学や公的機関の研究者ばかりでなく、民間企業の研究者でも同様です。
それを正確に判断すべき政治家や企業経営者というものには知識がありません。

エネルギーも技術で解決、とか、温暖化も技術で解決、さらには原発の安全性も技術開発などというのは、どれも極めて怪しいものです。しかしそれらを怪しいと指摘できる科学者はごくわずかの人々だけにとどまります。
そこに多くの研究費が無駄に費やされているのですが、それもこの迷信の為せることです。

Re:科学技術開発
雑草Z
>「環境を守る」と言ってもどのレベルの環境かということは良く見極めないと

そうですね。自分の中ではかなりディープ・エコロジー的な議論の積りでも、世間一般の使い方とずれている場合が多いかと思います。レベルの食い違いが出ないように、前提に気を付けようと思います。

>guyver1092さんの挙げられた「科学技術革新」の迷信というものは大きな問題

これが今日の(ディープな意味での)環境問題、エネルギー問題、の原因ですね。

>見た目には大きな科学の勝利とも言える成果の数々に人々の意識は完全に乗っ取られているかのようです。

この表現、言い得て妙です。全くその通り。この表現に現代社会の洗脳が凝縮されていますね。

>それを正確に判断すべき政治家や企業経営者というものには知識がありません。

これこそが大きな問題点ですね。彼等に知識が無いからこそ「専門家」の意見を求める訳ですが、そこに敢えて「都合のいい」「科学技術革新」の有力性が吹きこまれて今日の抱えきれない問題が噴出した・・・と言えましょう。
科学技術の利便性は危険と表裏一体ですから、慎重にゆっくり進めるべきだと思うのですが、今日の競争社会ではそれは難しいですね。


技術開発のレベル
爽風上々
科学技術の目覚ましい発達と言われますが、どうも分野によってそのレベルには大きな差がありそうです。
(これはあくまでも感覚的な印象で正確なものではありません)

電気通信(コンピュータや電話など)の大きな発展があったので、何でもそのように発達していると思っているのではないかという気がしてなりません。
例えば力学系、エネルギーなどそれほど変化が大きいようにも思えないのですが。
自動車などは制御系はITを使って進歩しているようにも思えますが、実はエンジンや駆動部等、100年前と基本的には変化はないようです。
発電システムについてもお湯を沸かしてタービンを回す(そのエネルギー源はいろいろですが)のに変わりはなく、効率を極限に高めようとしているだけです。(それが重要なんですが)

医薬品や農薬などは耐性菌で堂々巡り。進歩とも言えません。
仰々しく言われているバイオテクノロジーも遺伝子の解明はすばらしく進んでいるようですが、それで実際どのような遺伝子操作ができているかというと、せいぜい幾つかの遺伝子(農薬耐性とか)を入れ込むだけで、まだまだ原始的ともいえるものです。

食品や日用品の製造などは部分的な改良に過ぎず旧態依然というべきでしょう。(だから安心できるという面も強いのですが)

これらの科学技術開発というのは、「まだ進まない」と思われていますが、もしかしたら「いつまでたっても進まないもの」なのかもしれないという思いにとらわれます。

とにかく、科学者と言うものはそのような科学技術であっても「ダメと言うことが分かるだけでも良い」と考える人種です(研究費が得らればですが)
これ以上はやる必要が無いという引導を渡すという役割を誰かがしなければ、無駄な支出が際限なく続くのですが、今のままでは資金に余裕がある限りむしりとられそうです。

Re:技術開発のレベル
雑草Z
>電気通信(コンピュータや電話など)の大きな発展があったので、何でもそのように発達していると思っているのではないかという気がしてなりません。

同感です。コンピューターで不可能を可能に出来る、コンピューターのように科学は発達していく・・と漠然と思っている人が沢山いるように見えます。

>医薬品や農薬などは耐性菌で堂々巡り。進歩とも言えません。

なるほど、そうなんですか?・・・その様な「進歩」とは言えない事は現代の科学には非常に多いように感じています。

>「いつまでたっても進まないもの」なのかもしれないという思いにとらわれます。

そうですね。私は「もっと悪い状況になるだろう」と予想している分野も沢山あります。・・・「似非科学分野」と呼ぶべきかも知れません。

>これ以上はやる必要が無いという引導を渡すという役割を誰かがしなければ、無駄な支出が際限なく続くのですが

民主党の「事業仕分け」は非常に期待されましたが、強制力がなくて、なし崩しにされましたね。もっとまともな「事業仕分け」が必要です。

迷信の怖さ
爽風上々
科学技術にしろ、経済成長にしろ、なんらかの迷信に囚われた人々はそれ以上の思考をしようとはしません。
それが迷信の一番の怖さです。

その行動は迷信を迷信と判断できる者から見ると危険極まりないものと見えますが、本人たちはいたって真剣にそれに取り組んでいるつもりです。ちょうど、古代に悪霊の祟りに立ち向かって祈祷にいそしむ人々を現代の目から見るようなものです。

経済成長に囚われた人々はそれができないというだけでこの世の終わりのように感じ、それを求めて巨額の損失をばら撒きました。それをまったく失敗とも思わずにさらに損失を重ねています。

科学技術信者の人々は新エネルギーなどというものができると決まったわけではないのに、もう大丈夫と思い込み石油の無駄遣いをやめようとはしません。

このような人々の振る舞いを後の世の人達はあたかも祈祷に明け暮れた平安貴族のように見るのでしょうか。後の世と言うものがあればですが。

Re:迷信の怖さ
雑草Z
   爽風上々さんのこのコメントで、
現代の迷信をしっかりまとめて戴きましたね。有難う御座います。
私から見れば、
>経済成長に囚われた人々
>科学技術信者の人々

の信じる迷信のほうが

>古代に悪霊の祟りに立ち向かって祈祷にいそしむ人々

よりも遥かに酷いと思います。地球環境を破壊し、文明崩壊まで引き起こします。

紹介します
guyver1092
 以前検索したページを見つけたので、参考に貼り付けておきます。
 ちなみにこのページは、コメントできないようです。

http://koyamanglobal.hateblo.jp/entry/2015/05/12/230645

 以前読んだページを探すために今回検索しましたが、他にもいくつかありました。経済の分からない理屈をこねていましたので、中身は読んでいません。

Re:紹介します
雑草Z
    guyver1092さん、
>「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ の一例の御紹介有難う御座います。
>技術革新により無限の経済成長は成ると書かれています。
ですね。技術革新への信奉は、現代のかなり大きな信奉で、
guyver1092さんのおっしゃるように、
経済成長と技術革新は、現代の悪しき迷信の双璧ですね。
御紹介のブログには、次なるフロンティアとして、
「技術革新」と共に「地球外の宇宙」が挙げられていました。
 フロンティアと言えない事はありませんが、禁断の逆効果のフロンティアですね。費用対効果、エネルギー産出比が破綻して、大きく負となる事が判らないようです。そこには「破局」が待っている事が判らないようです。この手の「浅はかな物わかり」の輩は世界中に溢れていると思います。ある意味主流でしょう。それが文明崩壊に加速をつけていますね。


ご紹介のブログ
爽風上々
guiver1092さんご紹介のブログを読んでみましたが、水野さんのこのご著書は私も読み、雑草Zさんも話題にされていたものですね。

結構見るべきところが多い本であると感じたのですが、そうは思わない人もいるということでしょう。
ブログの傾向を見ると政治経済が関心の中心となる方のようです。それが何の根拠もなしに技術革新と宇宙開発が希望の星と出してくるというのが、いかにも「迷信」そのもののようです。

資本主義というものは「フロンティア」を食い物にしなければ存在しえないものなのかもしれません。そのフロンティアが消滅しようとしている現代では、フロンティアの代わりに自国内の貧困層を食い物にするしかなくなりました。
このような資本主義に希望を託すだけの思考は危険であるばかりでしょう。

自分が開発を担当するでもない宇宙開発などに希望を託すのは、護摩祈祷やお札に祈っていた奈良平安貴族となんの違いもないようです。

技術革新
guyver1092
 少し考えればすぐにわかる筈ですが、物の製造というものには、歩留まりという考えがあります。歩留まりを良くすることが技術革新ですが、歩留まりは100%は絶対に超えられません。そして、現在の製造では、代替の材料を使う場合が増えているようです。これは、歩留まりが限界に達していることを裏付けていると考えています。製品を作る際の、原材料の総量、廃棄せざるを得ない材料、商品として売れるようになった製品をそれぞれ会計の、粗利益、費用、純益と考えれば、技術革新の終焉も見えるかと考えます。
 おっしゃる様に宇宙等の人類未到達域も、人類が其処を利用するのにどれだけの費用がかかるかを考えれば、フロンティアであるかどうかはすぐに計算できますよね。

Re:技術革新
雑草Z
>歩留まり

 の御紹介有難う御座います。馴染みの無かった言葉です。

>歩留まりは100%は絶対に超えられません。

「「人類に限界は無い」のような現代社会の価値観が、技術革新に無限の可能性を期待してしまうのでしょう。その「無限の可能性」も現代で良く使われています。現代社会の洗脳のステレオタイプの表現でしょう。

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コメント
この記事へのコメント
科学と迷信
迷信というものが正体を暴かれるというのは、たいてい科学的な検討をされてのことですが、迷信にも一部の真実というのも科学の目で見てのことでしょう。

経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが、「経済成長」というのが科学的なものかどうかというのは非常に疑わしいものです。
経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。
その資本家の立場から言えば経済成長は必須でしょう。そうでなければ誰かの取り分を侵害して配当をひねり出さなければなりません。まあその状態になっているのが最近の日本経済です。

そうしてみると、経済成長を「迷信」というのも半ば当たっていて、半ば嘘が混じっているのかもしれません。
迷信というよりは詐欺です。

江戸時代以前でも経済成長というものはあったと考えれらます。新田開発というものは経済の拡大という意味ではそれにあたるものだったでしょう。
しかし、大幅なものはやはり日本では明治以降の技術革命によるものだったのでしょう。
してみると、やはり経済成長には化石燃料エネルギーを用いる科学技術の発展との関係が密接に関わっていたように思います。
それが無ければできなかったかというとそうでもないのですが、この圧倒的な進展のスピードというものはエネルギー依存の科学技術の発達と不可分です。

儲け主体の技術開発であったために、極度の環境破壊を引き起こしましたが、では儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。
やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。
環境を温存してもエネルギー依存の文明では必ず破綻するというのが避けられないからだということdす。

もちろん、現在の文明は環境を守ってはいませんので、その意味でも続けることができないのですが。
2015/06/19(Fri) 21:08 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
自然に学ぶ
 今の文明は進化どころか崩壊へ・・
一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

コンクリートやアスファルトに覆い尽くされた今の生活
全国で生態系が壊され 毛虫の大発生 毛虫たちの天敵が居なくなり 
この様なおぞましい光景がそちらこちらで見うけられる様になりました 
人間は大量の化学薬剤で対抗し益々生態系が壊される事態に 
さぞかし蜜蜂たちも他の虫たちも減った事でしょうね・・

昔、狼が居た時は自然界はコントロールされていた

先人たちが、此処より下に住居を造るべからず

自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界
 
   病気は減ったか 争い事は無く成ったのか・・

益々、酷い世界へ・・金の懸かる生き方を強制される生き方は
本当に正しいのか・・? 暑さ寒さにも住居を成るべく地下へとか・・
暴風雨からも護られ省エネ生活も出来る 屋根の上では菜園造り 
米糠と貝と岩だけで今年も病害虫の被害無しの豊作の我が家 
もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・
2015/06/20(Sat) 10:54 | URL  | 団塊親爺の遺言 #-[ 編集]
Re:科学と迷信
>経済学というのが科学かどうかというのは怪しいものですが

爽風上々さんも、経済学が科学じゃないのではと考えてることをうれしく感じます。そう、経済学はまやかしばかりです。まあ、カール・ポランニーとか日本の室田武さんとかは、素晴らしい経済学者だと思いますし、彼らの経済学こそ社会科学の一つと認めますが・・。

>経済成長は一般庶民にはほとんど関係のないものだということもようやくわかってきたのかもしれませんが、成長しなければやっていけないのは資本投下の見返りとして配当を受け取る資本家であるということです。

この事実こそ普及したいものです。お互い微力ながら流布しましょう。

>迷信というよりは詐欺です。

そう言われれば、身も蓋もないですが(笑)全くその通りです。

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが、ではそれで良かったでしょうか。 やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。

ここが爽風上々さんと私の明白な相違点であることはお互い以前より認識しているところですが、

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかった

その為には石油を使わないことが必須条件で、経済規模はその程度にしかならなかったわけですから、そもそも爽風上々さんの懸念されるエネルギー問題は起こりません。

だから、環境負荷の問題とエネルギー問題を切り離しては考えにくいと思います。
2015/06/21(Sun) 16:14 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:自然に学ぶ
>今の文明は進化どころか崩壊へ・・

全く酷いものですね。

>一昔前にはホタルや様々な生きものや木の実に溢れていました

私も団塊親爺の遺言さんと同じように、その時代まで戻ってやり直し・・・工業化もせず経済も成長もせずに、定常安定系を目指す・・・ができたらどんなにいいかと考えます。

>自然に学ばず、成長しない私たち 進歩とか便利さのみに活きて来た世界

そうやって経済成長を推進してきた連中は非常に薄っぺらいですね。人類を苦しみの方向へ導いています。

>金の懸かる生き方を強制される生き方

これが経済成長の本当の姿ですね。悲しいくらい愚かで酷いものです。

>もう一度今の生活方式を疑う生き方はどうだろう・・

根本的に変えないと駄目ですね。
2015/06/21(Sun) 16:22 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
環境温存の延命策
人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。
食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

ましてや、快適な生活などというものを求めればさらにその影響は大きくなります。
「環境に配慮した快適な生活」などというものも迷信でしかないというのも避けられない事実でしょう。

さて、話を経済学に戻しますが、迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、近代から現代のすべての時代で最強の体制として君臨した資本主義は動かすことのできない真実であり、すべての経済学はその細部を解析するだけの学問として成り立ってしまっても仕方のないことでしょう。
その根本に間違いがあるとなれば、それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。
そのような死に物狂いの力はバカにできる物ではありません。
結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないものなのでしょう。
2015/06/22(Mon) 10:37 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:環境温存の延命策
>人類が生き延びるためにはどのような策を取ったとしても環境は犠牲になると考えなければなりません。

今度は極端な話になりましたね?

先のコメント

>儲けを極限まで低めて環境温存を図っていたらどうでしょう。環境は守っての開発というものも不可能ではなかったでしょうが

との整合性が判りません。

>食料を得るということ自体がすでに環境の改変になるので、無傷の環境ということはありえなくなります。

環境の改変が即、環境破壊と言えば極論になると思います、生態系をしっかり確保していれば、いわゆる環境汚染や環境破壊と一緒にする必要はないでしょう。

>迷信も200年も続けば真実としか見えないでしょう。10年程度でも続けばそれが不変のもののように思えるのですから、

そうですね。そこが大きな問題です。たかが10年、200年なのですが。 仕方が無い・・と言うのは科学ではありませんね。単に飽和するまで、末期までの過渡期の条件付きの「限られた真実」なのですが・・・。

>それに群がって汁を吸ってきた人々は存在価値がなくなります。そのようなことは全力を尽くして阻止しようとすることでしょう。

ここは仰る通りです。その連中が現代社会を酷い方向へ導いています。

>結局、それを揺るがすような確実な現象が証拠として現れなければ変われないもの

原発事故のように実証が現れても、認めようとしませんでしたが、21世紀は、恐怖の証拠としてカタストロフが次々現れ、認めざるを得なくなるでしょう。・・・しかし安倍さんを見てると、それでも認めないんでしょうね。

2015/06/22(Mon) 22:41 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
こんばんは

自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、思ったこともありませんでした。

米粉美味しいですよね。

そういえば昨日は誕生日だったんですよ。
雑草Zさんの誕生日はいつですか?
ハンドルネームで呼ぶのは、不思議な感じがします。
2015/06/22(Mon) 23:15 | URL  | 凛 #-[ 編集]
環境破壊
半ば意識はしているのですが、「環境」という言葉をいくつものレベルで使い分けていますので、分かりにくくしてしまいました。

人間が現れる前のまったく手つかずの状態が「自然環境」とするならば、そこに少しでも人間が住むようになればその数にしたがって環境は改変されたでしょう。それを「環境破壊」と呼ぶこともできますし、その意味で私が使っていることもあります。

また、よく不動産屋が使っているような「高級住宅街のすばらしい住環境」などといった意味での「環境」という意味でも使ってしまうのは、自分自身が「快適環境」にこれまでずっと慣れ親しんでしまったために無意識に出てしまうのかもしれません。

そのため、このいくつかのコメントの中でもその両方の意味が混在しています。
「人が住むだけで壊れる環境」というのは前者の究極の自然環境の意味ですし、「環境を守っての開発」はもちろん後者に近い(イコールではありませんが)意味で使っています。

自分でも混乱しますので、外から見れば分かりにくかったのは申し訳ありませんでした。

2015/06/23(Tue) 05:53 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
関連して
 関連して、現代の迷信をもう一つ紹介します。それは、「技術革新に限界はない」です。この技術革新が無限であるとの迷信は、無限の経済成長を信じるためには、どうしても必要なようです。水野和夫氏の「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ等では、必ず技術革新により無限の経済成長は成ると書かれています。
2015/06/23(Tue) 19:57 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:こんばんは
>自分の中の常識が覆されました。開発や進歩がネガティヴな意味合いを持っているなんて、

「開発」や「進歩」、「発展」事体、広い意味を持った概念ですが、現在頻繁に使われている用法・・目的語等を付けて「土地開発」、「工業、技術、経済の進歩」「地域の発展」と言った概念は、ネガティヴな意味に考えられる時代が来るであろうと言う事です。

現在の社会の常識は、多くが洗脳であり、何らかの目的に意図的に誘導されている場合も多いと思います。社会の「常識」は疑ってかかるべ木でしょう。

さん 初のコメント有難う御座いました。これからも宜しく。
2015/06/24(Wed) 23:02 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:環境破壊
議論の流れとしての整合性が判らなかったもので。

>不動産屋が使っているような「高級住宅街のすばらしい住環境」などといった意味

はここでの議論では全く関係ないし、私もその意味で使う筈は御座いません。

>環境は守っての開発というものも不可能ではなかった

と言う事があり得たかと言うことで、もしそんな事があり得たなら、石油等は使用している筈が無く、エネルギーの大量投入によるドーピング・・・経済や人口の膨張はなかった筈ですので、

>やはりそれでもダメと言うのが私の考えです。

と言う結論自体が無意味ではないかと思った次第です。
2015/06/24(Wed) 23:08 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:関連して
>関連して、現代の迷信をもう一つ紹介します。それは、「技術革新に限界はない」です。

おお!確かになるほどですね。

>技術革新が無限であるとの迷信は、無限の経済成長を信じるためには、どうしても必要

このあたりは、宗教と同じで、根拠や理性では無く、単に「信じる事」になってしまいますね。

>「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ

この手のブログは、読むだけ時間の無駄かと思いますが、たまにはどんな屁理屈を述べているか見てみるのも悪くないかも知れません。一つ御紹介下さいますか?・・・・guyver1092 さんは、それに再反論されてますか・・?
2015/06/24(Wed) 23:19 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
科学技術開発
環境という言葉に何を見るかということは、人により、また同じ人でも時と場合によりかなり変わるということは注意しなければならないと思います。自戒も含めてですが。
「環境を守る」と言ってもどのレベルの環境かということは良く見極めないととんだ空振り議論になりかねません。

まあそちらはこの辺にしておき、guyver1092さんの挙げられた「科学技術革新」の迷信というものは大きな問題だと感じます。
これもほんの数百年の話なのですが、見た目には大きな科学の勝利とも言える成果の数々に人々の意識は完全に乗っ取られているかのようです。

特に一般人、政治家や経済人、経済学者や政治学者など自然科学に関わっていない人ほどひどい迷信の囚われているのかもしれません。

当然のことながら、科学にも「できることとできないこと」さらには「してはいけないこと」などがはっきりと分かれて存在します。
問題は、本当は良く知っているはずの自然科学者・技術者自体が本当のことを言わないということがあるということです。
そういった連中は科学技術開発の成果で利益を受けることは望まず、開発研究費だけが得られれば良いということがあるためです。
そのために、こんなこともできそうだという夢ばかりを語りがちです。それは大学や公的機関の研究者ばかりでなく、民間企業の研究者でも同様です。
それを正確に判断すべき政治家や企業経営者というものには知識がありません。

エネルギーも技術で解決、とか、温暖化も技術で解決、さらには原発の安全性も技術開発などというのは、どれも極めて怪しいものです。しかしそれらを怪しいと指摘できる科学者はごくわずかの人々だけにとどまります。
そこに多くの研究費が無駄に費やされているのですが、それもこの迷信の為せることです。
2015/06/25(Thu) 10:35 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:科学技術開発
>「環境を守る」と言ってもどのレベルの環境かということは良く見極めないと

そうですね。自分の中ではかなりディープ・エコロジー的な議論の積りでも、世間一般の使い方とずれている場合が多いかと思います。レベルの食い違いが出ないように、前提に気を付けようと思います。

>guyver1092さんの挙げられた「科学技術革新」の迷信というものは大きな問題

これが今日の(ディープな意味での)環境問題、エネルギー問題、の原因ですね。

>見た目には大きな科学の勝利とも言える成果の数々に人々の意識は完全に乗っ取られているかのようです。

この表現、言い得て妙です。全くその通り。この表現に現代社会の洗脳が凝縮されていますね。

>それを正確に判断すべき政治家や企業経営者というものには知識がありません。

これこそが大きな問題点ですね。彼等に知識が無いからこそ「専門家」の意見を求める訳ですが、そこに敢えて「都合のいい」「科学技術革新」の有力性が吹きこまれて今日の抱えきれない問題が噴出した・・・と言えましょう。
科学技術の利便性は危険と表裏一体ですから、慎重にゆっくり進めるべきだと思うのですが、今日の競争社会ではそれは難しいですね。
2015/06/26(Fri) 06:23 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
技術開発のレベル
科学技術の目覚ましい発達と言われますが、どうも分野によってそのレベルには大きな差がありそうです。
(これはあくまでも感覚的な印象で正確なものではありません)

電気通信(コンピュータや電話など)の大きな発展があったので、何でもそのように発達していると思っているのではないかという気がしてなりません。
例えば力学系、エネルギーなどそれほど変化が大きいようにも思えないのですが。
自動車などは制御系はITを使って進歩しているようにも思えますが、実はエンジンや駆動部等、100年前と基本的には変化はないようです。
発電システムについてもお湯を沸かしてタービンを回す(そのエネルギー源はいろいろですが)のに変わりはなく、効率を極限に高めようとしているだけです。(それが重要なんですが)

医薬品や農薬などは耐性菌で堂々巡り。進歩とも言えません。
仰々しく言われているバイオテクノロジーも遺伝子の解明はすばらしく進んでいるようですが、それで実際どのような遺伝子操作ができているかというと、せいぜい幾つかの遺伝子(農薬耐性とか)を入れ込むだけで、まだまだ原始的ともいえるものです。

食品や日用品の製造などは部分的な改良に過ぎず旧態依然というべきでしょう。(だから安心できるという面も強いのですが)

これらの科学技術開発というのは、「まだ進まない」と思われていますが、もしかしたら「いつまでたっても進まないもの」なのかもしれないという思いにとらわれます。

とにかく、科学者と言うものはそのような科学技術であっても「ダメと言うことが分かるだけでも良い」と考える人種です(研究費が得らればですが)
これ以上はやる必要が無いという引導を渡すという役割を誰かがしなければ、無駄な支出が際限なく続くのですが、今のままでは資金に余裕がある限りむしりとられそうです。
2015/06/26(Fri) 10:34 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:技術開発のレベル
>電気通信(コンピュータや電話など)の大きな発展があったので、何でもそのように発達していると思っているのではないかという気がしてなりません。

同感です。コンピューターで不可能を可能に出来る、コンピューターのように科学は発達していく・・と漠然と思っている人が沢山いるように見えます。

>医薬品や農薬などは耐性菌で堂々巡り。進歩とも言えません。

なるほど、そうなんですか?・・・その様な「進歩」とは言えない事は現代の科学には非常に多いように感じています。

>「いつまでたっても進まないもの」なのかもしれないという思いにとらわれます。

そうですね。私は「もっと悪い状況になるだろう」と予想している分野も沢山あります。・・・「似非科学分野」と呼ぶべきかも知れません。

>これ以上はやる必要が無いという引導を渡すという役割を誰かがしなければ、無駄な支出が際限なく続くのですが

民主党の「事業仕分け」は非常に期待されましたが、強制力がなくて、なし崩しにされましたね。もっとまともな「事業仕分け」が必要です。
2015/06/27(Sat) 14:08 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
迷信の怖さ
科学技術にしろ、経済成長にしろ、なんらかの迷信に囚われた人々はそれ以上の思考をしようとはしません。
それが迷信の一番の怖さです。

その行動は迷信を迷信と判断できる者から見ると危険極まりないものと見えますが、本人たちはいたって真剣にそれに取り組んでいるつもりです。ちょうど、古代に悪霊の祟りに立ち向かって祈祷にいそしむ人々を現代の目から見るようなものです。

経済成長に囚われた人々はそれができないというだけでこの世の終わりのように感じ、それを求めて巨額の損失をばら撒きました。それをまったく失敗とも思わずにさらに損失を重ねています。

科学技術信者の人々は新エネルギーなどというものができると決まったわけではないのに、もう大丈夫と思い込み石油の無駄遣いをやめようとはしません。

このような人々の振る舞いを後の世の人達はあたかも祈祷に明け暮れた平安貴族のように見るのでしょうか。後の世と言うものがあればですが。
2015/06/29(Mon) 05:12 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:迷信の怖さ
   爽風上々さんのこのコメントで、
現代の迷信をしっかりまとめて戴きましたね。有難う御座います。
私から見れば、
>経済成長に囚われた人々
>科学技術信者の人々

の信じる迷信のほうが

>古代に悪霊の祟りに立ち向かって祈祷にいそしむ人々

よりも遥かに酷いと思います。地球環境を破壊し、文明崩壊まで引き起こします。
2015/06/29(Mon) 23:08 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
紹介します
 以前検索したページを見つけたので、参考に貼り付けておきます。
 ちなみにこのページは、コメントできないようです。

http://koyamanglobal.hateblo.jp/entry/2015/05/12/230645

 以前読んだページを探すために今回検索しましたが、他にもいくつかありました。経済の分からない理屈をこねていましたので、中身は読んでいません。
2015/06/30(Tue) 20:52 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:紹介します
    guyver1092さん、
>「資本主義の終焉と歴史の危機」に記述されたことが誤りであるとの主張のブログ の一例の御紹介有難う御座います。
>技術革新により無限の経済成長は成ると書かれています。
ですね。技術革新への信奉は、現代のかなり大きな信奉で、
guyver1092さんのおっしゃるように、
経済成長と技術革新は、現代の悪しき迷信の双璧ですね。
御紹介のブログには、次なるフロンティアとして、
「技術革新」と共に「地球外の宇宙」が挙げられていました。
 フロンティアと言えない事はありませんが、禁断の逆効果のフロンティアですね。費用対効果、エネルギー産出比が破綻して、大きく負となる事が判らないようです。そこには「破局」が待っている事が判らないようです。この手の「浅はかな物わかり」の輩は世界中に溢れていると思います。ある意味主流でしょう。それが文明崩壊に加速をつけていますね。
2015/07/01(Wed) 05:44 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
ご紹介のブログ
guiver1092さんご紹介のブログを読んでみましたが、水野さんのこのご著書は私も読み、雑草Zさんも話題にされていたものですね。

結構見るべきところが多い本であると感じたのですが、そうは思わない人もいるということでしょう。
ブログの傾向を見ると政治経済が関心の中心となる方のようです。それが何の根拠もなしに技術革新と宇宙開発が希望の星と出してくるというのが、いかにも「迷信」そのもののようです。

資本主義というものは「フロンティア」を食い物にしなければ存在しえないものなのかもしれません。そのフロンティアが消滅しようとしている現代では、フロンティアの代わりに自国内の貧困層を食い物にするしかなくなりました。
このような資本主義に希望を託すだけの思考は危険であるばかりでしょう。

自分が開発を担当するでもない宇宙開発などに希望を託すのは、護摩祈祷やお札に祈っていた奈良平安貴族となんの違いもないようです。
2015/07/01(Wed) 05:59 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
技術革新
 少し考えればすぐにわかる筈ですが、物の製造というものには、歩留まりという考えがあります。歩留まりを良くすることが技術革新ですが、歩留まりは100%は絶対に超えられません。そして、現在の製造では、代替の材料を使う場合が増えているようです。これは、歩留まりが限界に達していることを裏付けていると考えています。製品を作る際の、原材料の総量、廃棄せざるを得ない材料、商品として売れるようになった製品をそれぞれ会計の、粗利益、費用、純益と考えれば、技術革新の終焉も見えるかと考えます。
 おっしゃる様に宇宙等の人類未到達域も、人類が其処を利用するのにどれだけの費用がかかるかを考えれば、フロンティアであるかどうかはすぐに計算できますよね。
2015/07/01(Wed) 21:44 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:技術革新
>歩留まり

 の御紹介有難う御座います。馴染みの無かった言葉です。

>歩留まりは100%は絶対に超えられません。

「「人類に限界は無い」のような現代社会の価値観が、技術革新に無限の可能性を期待してしまうのでしょう。その「無限の可能性」も現代で良く使われています。現代社会の洗脳のステレオタイプの表現でしょう。
2015/07/02(Thu) 23:53 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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