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2015-06-11 00:01
以前、記事【追われる生活】2012-11-11の書き出しに、以下のことを書きました。
『多くの現代人(以前、こ日本人)は、生まれてから暫くの間、幼少の頃までは、余裕のある生活・・・時間がたっぷりあって、色々な新しい事に興味関心を持って飽きるまでやる事が出来た時期があったのではないでしょうか?
それが、小学校、中学校、高校と進むにつれて追われる生活に変わって来ます。勉強に追われ、部活動に追われ・・・。・・そして、社会人になれば仕事に追われます。その『追われる生活』は年を取って退職するまで続きます。・・・・・完全にドロップアウトしない限りは、「何かに追われる」感じは拭えないまま退職まで突き進む人が多いのではないでしょうか?』
この記事に対しここの常連のguyver1092さんから、以下のようなコメントを頂きました。
『(前略)・・・人間はかなり近い時代までその日暮らしが当たり前だったそうです。貨幣経済が発達するに従って生活設計が考えられるようになりました。・・・(以下略)』


歴史的に考察すれば、他の動物と同様に、当初、原始人はみんなその日暮らしだったと考えられます。食料の余剰生産と、食料の保存技術によって、食料を生産しなくてもいい層が出現し、その中の一部が、他の人に食糧生産をさせて、「その日暮らし」から脱して、支配者になっていきます。このように考えると、その日暮らしを脱した人間は、他人から搾取するずるい人間だったと言えるかも知れません。

私のイメージでの、「その日暮らし」は、日々無計画にその日その日を惰性的に漠然と生きている・・・と言うイメージが強かったのですが、辞書で引いてみると「定職が無く、日雇いなどの日給で生活すること、その日の収入で細々と生活すること」と言う意味が最初に出てきます。
つまりその日暮らしは大きく2種類定義されます。
1. その日の収入で、その日をやっと暮らして行くこと。食べるだけがやっとの生活・・・経済的に貧しいイメージ(英語で言うところのHand to mouth life)
2. 将来の展望も無く、目的も計画もなく、その日その日を赴くままに流されて過ごすこと・・・時間を浪費するイメージ、フーテンの寅さんのイメージでしょうか?(英語で、Improvident life? Or ,Wasting life?)

曰く「人間は他の動物とは違ってパンのみでは生きられない。生まれたからには人間として何らかの足跡を残すべきだ・・・」

その日暮らしといえば、「蟻とキリギリス」のキリギリスのイメージでしょうか。その日暮らしに関して現代社会の価値観はネガティヴです。何も目標を持たず淡々と日々を過ごしていく事に、多くの人がネガティヴな評価を下します。(ただ、最近はその評価も変わってきました・・・)

「その日暮らし」に対し「長期的な目標を持って、それに向かって邁進する」事に現代社会は大きな価値を与えます。
しかし、その「大きな長期目標を持って、それに向かって邁進してきた人々」が環境問題を深刻にしてきた張本人ではないでしょうか??
その目標が、「大金を儲ける」であったり「自然を開発する」であったり、「(何らかの分野で)世界一になる」であったり・・・様々な「目標」;言い換えると「野望」・・・によって環境は破壊され続けてきました。勿論「その日暮らし」の人々も環境を破壊してきたし、社会を駄目にしてきた部分も沢山あるでしょう。特に2番目の意味で「目標や理想も無く、毎日遊んで暮らしている怠惰な資産家(・・やその家族・・)は、一人当たりの環境破壊のレベルも非常に大きいでしょう。
「目標」を持った野心家達が、多くの「その日暮らし」の労働者を雇い、彼らの生活を良くする為という名目で、自らの野心達成の道具として使い、環境を破壊してきた・・・と言う構図が考えられます。
典型的な例を挙げてみます。
いわゆる「未開の地」でその日暮らしをしてきた原住民は、環境破壊をあまりしていませんでした。殆ど循環型生活に近い「持続可能な生活」を営んでいたと考えられます。そこに入り込んだ「先進国」の野心家たちが、彼らを「文明化」と言う名の下に、自分の欲望の為に利用して、「未開の地」を開発し、環境破壊が一気に進みました。その後、原住民も生活の為にその「開発作業」に従事し、環境破壊の片棒を担ぐようになるのです。


第一の意味でのその日暮らし・・・・細々と日々の食料を得る生活・・・を人類全てが営んでいれば、環境問題もここまで大事にはならなかった筈です。その日暮らしを否定し、「大きな長期目標」を持って「自己実現」してきた輩たちが、現代の環境問題を深刻にしてきたのです。
(自家用飛行機で遊びまわるように)資産家がお金を浪費して遊んで暮すというのは論外ですが、そうではない意味において、その日暮らしは、卑下すべき生活ではないと考えます。ただ、理性ではそう考えても、現実にはその日暮らしにはネガティヴな反応をしてしまいます。まして自分のこととなると許せない部分もあるでしょう。(達観出来ないと言うべきでしょうか??)。

興味深い事は、高度経済成長が終わり、その後のバブルもはじけて暫く経った現在、「その日暮らし」は、れっきとした一つの生き方、価値観として、認められるようになってきたように感じます。目標に向かってあくせく働いて、社会の歯車になり、結果として社会の害悪になるよりは「その日暮らしのほうが遥かにいい」・・・と言う考え方の人が増えてきたように感じるこの頃です。それは環境にとっては望ましい方向でしょう。「経済成長」を推進するよりは、慎ましい「その日暮らし」へのシフトのほうが遥かにまともだと言う事です。

注意すべきは、お金が無いことにより、目標を持った野心家の欲望実現の為に利用されないように気を付けなければなりません。
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【2015/06/11 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

食料の生産性
爽風上々
ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、食料生産の効率について一言。

食料生産者一人が何人の食料を作り出すかということは、歴史と地域により大差があるのですが、生産力が上がるに従い余剰食糧が発生し、それが不労階層を生み階級化が進んだというのは事実でしょう。
それが先進文明地域では古代文明の発生期にあたり、遅れたところでは現在でもそのままということもあります。

日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。そのような社会では階層の分化も緩やかになり、極度の富の集中ということも難しいと考えられます。

なお、以前の奴隷制度の話の時も触れようかとも思ったのですが、実は農業生産力の低い社会では農業生産を奴隷にさせても成立しません。奴隷も食事はしなければならないので、いくら奴隷をたくさん所有しても余剰生産が少ないからです。
奴隷制度の高度に発達した古代ローマは小麦の生産力が非常に高かったものと考えられます。

食料生産に携わらなければならない人間が少なくなると確かにその人たちの仕事が必要となります。
工業になるのか、商業になるのか、サービス業になるのか、どちらにしても環境破壊につながりそうです。
してみると食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

かといって人為的に生産性を下げることは難しいところです。
しかし、現在の食料の生産力というものは石油をはじめとするエネルギーに依存しているということがあります。これが減衰したらどうなるか。食料の生産性も落ちるということです。こんなに恐ろしいことはないと思っているのですが、まだしばらくは来ないというのも事実です。
以前から言っているように、「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」では困るのですが。

Re:食料の生産性
雑草Z
>ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、

いえ、ストライクです。この手の議論をしたかったのです。

>食料生産の効率について一言。

非常に参考になりました。

>余剰食糧が不労階層を生み階級化が進んだというのは事実

この議論ですね。

>日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。

ただ、稲作の生産性は、麦より遥かに高く、当時の(当時からのヨーロッパの農業大国)フランスなどと比べても、江戸のほうが食料供給は上手くいっていたようです。石川英輔氏の「大江戸省エネ事情」にありました。思うに昔の日本人の性質にも因ったのではないでしょうか?・・・つまり西欧の白人ほど、支配欲や搾取欲が無かったのではないでしょうか?

と、言いつつ
>食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

は賛同致します。おっしゃる通りだと考えます。そしてなお且つ

>人為的に生産性を下げることは難しいところです

もその通りでしょう。でもやはり食糧生産への石油投入は早急に止めるべきですね。

>まだしばらくは来ないというのも事実です。
>「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」

石油が高騰するのはまだ10年以上先かもしれませんが、環境負荷や人口圧、耕地の限界などにより、10年以内に深刻な食糧危機がやって来る可能性も低くないと見ますが・・・どうでしょう?


米の生産性
爽風上々
米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。
ヨーロッパでは昔から家畜の使用も多かったのでさらにその差は広がるでしょう。

逆に言うと、それだけの人員をかけてもその人々が食べていくだけの生産力もあったということです。したがって、世界的に見ても非常に多い人口密度となりました。

ただし、日本の農業生産性が低かったとしてもそれは社会的な要請によるものかもしれず、第二次大戦後の高度成長期には農村から都会への労働力移動が大規模に起こったのですが、その間、さほど農業生産性が向上したとも思えないのですが生産量が減ったとも言えません。結局、江戸時代から昭和初期までは農村の労働力が都会に出ても職がないという事情で農村に留まらざるを得なかっただけで、あまり日本の農業生産性というものとは関係がなかったのかもしれません。

日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。日本の食料自給率は40%と低いものですが、これをわずか200万人で賄っているというのは相当な生産性ということもできます。
1億3000万人の40%といえば5200万人ですが、その食料を200万人で賄うということは、26倍の生産性ということになります。
もちろん、これは石油などの化石エネルギーの補助を受けてのことですから、なくなれば激減でしょう。

それがどの程度か、人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。

Re:米の生産性
雑草Z
>米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。

知りませんでした。教えて戴き、有難う御座います。米をやってこそ、農業、家庭菜園レベルを越えられる・・・と考えていましたし、米をやっている方から、「米は簡単だ。田植えをすればあとは自然に伸びていくからやってみな・・」みたいな事を言われていましたが、小さな面積での畑作さえ面倒に感じているこの頃です。米は当分挑戦しない方が良さげです。

>日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。

これは危機的状況ですね。最近若い人の就農も増えていきますが、日本の農業潰しのTPPが心配です。

>人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。

小農が増えて、半○半農と言うライフスタイルが定着すればいいと思いますが、日本政府は国際競争力をつける為に大規模農業政策を取ってますね。現代の大規模農業は石油漬け農業で無ければ維持出来ません。これでは、半○半農と言うライフスタイルは構築できません。農業に関しては、国際競争力なんて事よりも、先ずは国の自給自足体制を作る事が最重要と考えています。

政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。「持続可能な社会」なんて新たなビジネス創出としか考えていないようです。

農業あれこれ
爽風上々
米が生産性が低いということではなく、あくまでも人手がかかるということです。
逆に言えば同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。
味も良く、最近読んだ本にあったように、「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」だそうです。

米が手がかからないというのは、あくまでも現在の機械化・除草剤農法であるからでしょう。田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

農業を産業として成り立たせるためには国際競争力がなければならないというのも現在のところは逃れられぬ現実です。しかし、これはあくまでも現在の現実であり、明日の現実は何になるのかを分かっている人はいません。
燃料の高騰が起こるだけで崩壊する「現実」です。そんなもの、何が「現実」なんでしょう。「まぼろし」と言うべきでしょう。

農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。家庭菜園を必ずやるような社会、もちろんそれだけの土地も必要ですが、東京集中でなければ可能かもしれません。実際、我が家も自宅だけでは無理ですが家内の実家も含めれば二家族の野菜はかなり供給できます。
まあ米はちょっと無理でしょうが。

俺に 構うな・・
団塊親爺の遺言
 これは私の家内に言う 言葉です

日々の人生・・

人の人生は 人それぞれですが 尊重します

仕事で 疲れて 帰って来た時 何をしたいのか・・

私の人生と 家内の人生は 全く違います・・

俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

私は 帰って来た時には 自分の好きな事をして過ごす

人は 生きる事を 保障されてはいません

活きる事は 食べる事 どの様なものを食べますか・・

内の奴も やっと無農薬の食べ物の理解が・・

支配するのは どっち・・



真に持つべき長期的目標
guyver1092
「大きな長期目標」を持って「自己実現」するのも、正しい目標なら大いに自己実現するべきですね。
 私は、文明崩壊を避けるため、枯渇性資源の消失を予測し、更新性資源の範囲で生きる文明への転換を図る目標ならば賛成します。

Re:農業あれこれ
雑草Z
>同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。

はい、更に稲作栽培は、連作障害も無く、水で流すので地下水のくみ上げなどによる塩害も無く、理想的な穀物栽培だと思っておりました。

>田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

腰が曲がった原因が田の草取りが主因だとは知りませんでした。水を張りっぱなしにした稲作では田の草取りも必要なく、結構楽かな・・・と考えていました。
実は、東京から福島県にIターンして、自給的有機無農薬農業(ほぼ自然農業に近い)を人力でやっている方と知り合いで、
かなり以前に取材に行った事もあります。残念ながら、東京第一原発に比較的近い村だった為に、3.11以降は石川県の金沢に引っ越されました。私同様3.11以前から原発に反対されていた方でした。
 ...そんなこんなで「いつかは稲作」と考えておりましたが、甘かったかも知れません。
>「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要

ならば、暫くは挑戦しません。まあ、他にも有機無農薬稲作をやっている方は何人か知っているので、「手間のかからない稲作」を探ろうかと思います。
兎も角、園芸にかける時間を他に使いたくなったので暫くは、園芸は縮小して、手間暇かけずにこじんまりやる積りです。

>「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」

そうでしたか・・・。これまた初耳の情報です。日本の風土に合った優れた稲作歯は大切ですね。麦に変わったのも戦後のアメリカの意向ですね。日本ではやはり麦では無く稲作にすべきですね。

>農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。

これって、基本中の基本の筈ですよね!?欧米の国々もそこのところは良く分かってますね。そして、それらの国々の「意向、戦略」でアジアやアフリカの国々の農業は、嗜好品などの換金作物中心に変えられました。つくづく欧米の支配志向の白人は質が悪いですね。

兎も角どの家庭も自分の家で食べる物の多くを自分で栽培するような社会で無ければ脆いでしょうね。『半○半農』です。

Re:
雑草Z
>俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

独立独歩でいいですね。私はものぐさな面がありますから、日々の雑用を全部やってくれるような パートナーもいいな・・・と思ってます(笑)

>支配するのは どっち・・

奥深い表現です。
現政権は、農業やるにも大規模で無ければ参入させないとか、機密保護法で直ぐ逮捕しようとしたり、マスコミに圧力をかけたり、挙げ句に国民をアメリカ財閥の侵略戦場に送ろうとしている・・・そこまでされる筋合いか・・・と怒っています。現政権は早急に倒さなければ、日本は崩壊ですね。

Re:真に持つべき長期的目標
雑草Z
guyver1092さんが正論です。全くおっしゃる通り・・・
 この記事を書いたのは、現実には
「大きな長期目標」を持って「自己実現」している人の自己実現の野望の殆どは、社会を良くない方向、環境破壊の方向に進めた・・・と言う事です。

然るに、例えば現政権を見るに、本当の理想的な意味での長期展望は全くなく、目先の人参に向かって自己実現している、実体は「その日暮らし」なのかも知れません。最近の状況は正に行き当たりばったりの支離滅裂その日対応です。彼等に日本は任せられません。guyver1092さんがいつもおっしゃるところの
「政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。」
特に現政権ではひしひしと感じます。

米の味
爽風上々
米にはアミノ酸が相当含まれていて栄養的にも小麦と比べると優れていると言われています。
当然、味も優っておりほとんど味付けをしないでも食べられます。

これは日本酒の原料としては逆に作用し、普通の食米を使うとアミノ酸が多すぎ、酒の味覚で言うところの「雑味」となっていまって評価を落とすところです。そのために、あまり「コシヒカリ」の高級日本酒というものが無い原因です。

このような優れた米食から小麦食に変換したというのが日本だけというのは、最近読んだ本の説で、実はこの本でだけしか見ていないのでその説の妥当性は不明なのですが、非常に面白い見方なので印象が強く残っています。
まあ、生産力の面でも(単位面積当たりの方ですが)食味の面でもはるかに優れた米ですから、そちらからわざわざ転換する意味はほとんどないというのも納得できる理論です。

ただし、米の栽培ができる条件は非常に難しいもので、かなりの用水使用量が必要で、さらに温度も高いところでなければできませんから、麦よりははるかに困難でもあります。

本当に米が豊富に取れるという条件は天が与えた幸福ともいえるものなのですが、それを自ら手放したというのも「長期展望」のない日本人ならではでしょうか。

Re:米の味
雑草Z
>あまり「コシヒカリ」の高級日本酒というものが無い原因です。

なるほど、・・・と言う事は、山田錦などの酒米は、アミノ酸の少ない「美味くない米」と言う事でしょうか?

>生産力の面でも(単位面積当たりの方ですが)食味の面でもはるかに優れた米ですから、そちらからわざわざ転換する意味はほとんどないというのも納得できる理論です。

そうですね。きっと大筋で合っているでしょう。

本当に米が豊富に取れるという条件は天が与えた幸福ともいえるものなのですが、

なるほど、雨が多く、水が豊かな(最近は豊か過ぎて、洪水等の災害をもたらしていますが)日本は、稲作の最適地であり、優れた米のを手放したのは、愚の骨頂ですね。
アメリカの戦略に素直に応じて馬鹿を見る事の一つでしょうね。



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この記事へのコメント
食料の生産性
ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、食料生産の効率について一言。

食料生産者一人が何人の食料を作り出すかということは、歴史と地域により大差があるのですが、生産力が上がるに従い余剰食糧が発生し、それが不労階層を生み階級化が進んだというのは事実でしょう。
それが先進文明地域では古代文明の発生期にあたり、遅れたところでは現在でもそのままということもあります。

日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。そのような社会では階層の分化も緩やかになり、極度の富の集中ということも難しいと考えられます。

なお、以前の奴隷制度の話の時も触れようかとも思ったのですが、実は農業生産力の低い社会では農業生産を奴隷にさせても成立しません。奴隷も食事はしなければならないので、いくら奴隷をたくさん所有しても余剰生産が少ないからです。
奴隷制度の高度に発達した古代ローマは小麦の生産力が非常に高かったものと考えられます。

食料生産に携わらなければならない人間が少なくなると確かにその人たちの仕事が必要となります。
工業になるのか、商業になるのか、サービス業になるのか、どちらにしても環境破壊につながりそうです。
してみると食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

かといって人為的に生産性を下げることは難しいところです。
しかし、現在の食料の生産力というものは石油をはじめとするエネルギーに依存しているということがあります。これが減衰したらどうなるか。食料の生産性も落ちるということです。こんなに恐ろしいことはないと思っているのですが、まだしばらくは来ないというのも事実です。
以前から言っているように、「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」では困るのですが。
2015/06/13(Sat) 14:44 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:食料の生産性
>ちょっと話題の本筋からはずれるかもしれませんが、

いえ、ストライクです。この手の議論をしたかったのです。

>食料生産の効率について一言。

非常に参考になりました。

>余剰食糧が不労階層を生み階級化が進んだというのは事実

この議論ですね。

>日本では江戸時代でも人口の8割が農民とも言われていますので、生産力はさほど高くはなかったのでしょう。

ただ、稲作の生産性は、麦より遥かに高く、当時の(当時からのヨーロッパの農業大国)フランスなどと比べても、江戸のほうが食料供給は上手くいっていたようです。石川英輔氏の「大江戸省エネ事情」にありました。思うに昔の日本人の性質にも因ったのではないでしょうか?・・・つまり西欧の白人ほど、支配欲や搾取欲が無かったのではないでしょうか?

と、言いつつ
>食料の余剰生産というものがあるということがかえってマイナスに働くことになります。悲しい話ですが、人間の性質というものがそのようにできているのでしょう。

は賛同致します。おっしゃる通りだと考えます。そしてなお且つ

>人為的に生産性を下げることは難しいところです

もその通りでしょう。でもやはり食糧生産への石油投入は早急に止めるべきですね。

>まだしばらくは来ないというのも事実です。
>「10年先なら困るけれど、100年先なら関係ない」

石油が高騰するのはまだ10年以上先かもしれませんが、環境負荷や人口圧、耕地の限界などにより、10年以内に深刻な食糧危機がやって来る可能性も低くないと見ますが・・・どうでしょう?
2015/06/14(Sun) 15:25 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
米の生産性
米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。
ヨーロッパでは昔から家畜の使用も多かったのでさらにその差は広がるでしょう。

逆に言うと、それだけの人員をかけてもその人々が食べていくだけの生産力もあったということです。したがって、世界的に見ても非常に多い人口密度となりました。

ただし、日本の農業生産性が低かったとしてもそれは社会的な要請によるものかもしれず、第二次大戦後の高度成長期には農村から都会への労働力移動が大規模に起こったのですが、その間、さほど農業生産性が向上したとも思えないのですが生産量が減ったとも言えません。結局、江戸時代から昭和初期までは農村の労働力が都会に出ても職がないという事情で農村に留まらざるを得なかっただけで、あまり日本の農業生産性というものとは関係がなかったのかもしれません。

日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。日本の食料自給率は40%と低いものですが、これをわずか200万人で賄っているというのは相当な生産性ということもできます。
1億3000万人の40%といえば5200万人ですが、その食料を200万人で賄うということは、26倍の生産性ということになります。
もちろん、これは石油などの化石エネルギーの補助を受けてのことですから、なくなれば激減でしょう。

それがどの程度か、人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。
2015/06/14(Sun) 20:07 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:米の生産性
>米の生産性は「単位面積当たり」では非常に高いものですが、同様に「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要ですので、「就労人員あたり」の生産性では低くなります。

知りませんでした。教えて戴き、有難う御座います。米をやってこそ、農業、家庭菜園レベルを越えられる・・・と考えていましたし、米をやっている方から、「米は簡単だ。田植えをすればあとは自然に伸びていくからやってみな・・」みたいな事を言われていましたが、小さな面積での畑作さえ面倒に感じているこの頃です。米は当分挑戦しない方が良さげです。

>日本の農業人口はもはや200万人以下ということです。

これは危機的状況ですね。最近若い人の就農も増えていきますが、日本の農業潰しのTPPが心配です。

>人手だけかければできるのか、問題は多いと思います。ともかく、そのような状況になれば現在のような失業者問題は解消するのは間違いないでしょう。

小農が増えて、半○半農と言うライフスタイルが定着すればいいと思いますが、日本政府は国際競争力をつける為に大規模農業政策を取ってますね。現代の大規模農業は石油漬け農業で無ければ維持出来ません。これでは、半○半農と言うライフスタイルは構築できません。農業に関しては、国際競争力なんて事よりも、先ずは国の自給自足体制を作る事が最重要と考えています。

政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。「持続可能な社会」なんて新たなビジネス創出としか考えていないようです。
2015/06/15(Mon) 06:18 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
農業あれこれ
米が生産性が低いということではなく、あくまでも人手がかかるということです。
逆に言えば同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。
味も良く、最近読んだ本にあったように、「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」だそうです。

米が手がかからないというのは、あくまでも現在の機械化・除草剤農法であるからでしょう。田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

農業を産業として成り立たせるためには国際競争力がなければならないというのも現在のところは逃れられぬ現実です。しかし、これはあくまでも現在の現実であり、明日の現実は何になるのかを分かっている人はいません。
燃料の高騰が起こるだけで崩壊する「現実」です。そんなもの、何が「現実」なんでしょう。「まぼろし」と言うべきでしょう。

農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。家庭菜園を必ずやるような社会、もちろんそれだけの土地も必要ですが、東京集中でなければ可能かもしれません。実際、我が家も自宅だけでは無理ですが家内の実家も含めれば二家族の野菜はかなり供給できます。
まあ米はちょっと無理でしょうが。
2015/06/15(Mon) 14:59 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
俺に 構うな・・
 これは私の家内に言う 言葉です

日々の人生・・

人の人生は 人それぞれですが 尊重します

仕事で 疲れて 帰って来た時 何をしたいのか・・

私の人生と 家内の人生は 全く違います・・

俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

私は 帰って来た時には 自分の好きな事をして過ごす

人は 生きる事を 保障されてはいません

活きる事は 食べる事 どの様なものを食べますか・・

内の奴も やっと無農薬の食べ物の理解が・・

支配するのは どっち・・

2015/06/15(Mon) 20:39 | URL  | 団塊親爺の遺言 #-[ 編集]
真に持つべき長期的目標
「大きな長期目標」を持って「自己実現」するのも、正しい目標なら大いに自己実現するべきですね。
 私は、文明崩壊を避けるため、枯渇性資源の消失を予測し、更新性資源の範囲で生きる文明への転換を図る目標ならば賛成します。
2015/06/15(Mon) 22:17 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:農業あれこれ
>同一面積で養うことができる人数が多いということです。決して稲作が劣っているといことではなく、食糧作物としては最良のものでしょう。

はい、更に稲作栽培は、連作障害も無く、水で流すので地下水のくみ上げなどによる塩害も無く、理想的な穀物栽培だと思っておりました。

>田の草取りで腰が曲がるまでになったのはそう昔の話ではないことは雑草Zさんなら良くご存じでしょう。

腰が曲がった原因が田の草取りが主因だとは知りませんでした。水を張りっぱなしにした稲作では田の草取りも必要なく、結構楽かな・・・と考えていました。
実は、東京から福島県にIターンして、自給的有機無農薬農業(ほぼ自然農業に近い)を人力でやっている方と知り合いで、
かなり以前に取材に行った事もあります。残念ながら、東京第一原発に比較的近い村だった為に、3.11以降は石川県の金沢に引っ越されました。私同様3.11以前から原発に反対されていた方でした。
 ...そんなこんなで「いつかは稲作」と考えておりましたが、甘かったかも知れません。
>「単位面積当たり」の労働力も格段に多く必要

ならば、暫くは挑戦しません。まあ、他にも有機無農薬稲作をやっている方は何人か知っているので、「手間のかからない稲作」を探ろうかと思います。
兎も角、園芸にかける時間を他に使いたくなったので暫くは、園芸は縮小して、手間暇かけずにこじんまりやる積りです。

>「生活レベルの向上とともに麦食から米食に変わった国は多いが、米から麦に変わったのは日本だけ」

そうでしたか・・・。これまた初耳の情報です。日本の風土に合った優れた稲作歯は大切ですね。麦に変わったのも戦後のアメリカの意向ですね。日本ではやはり麦では無く稲作にすべきですね。

>農業を産業としてとらえずに、生活の基本としてとらえられるようになれば日本も変わってきます。

これって、基本中の基本の筈ですよね!?欧米の国々もそこのところは良く分かってますね。そして、それらの国々の「意向、戦略」でアジアやアフリカの国々の農業は、嗜好品などの換金作物中心に変えられました。つくづく欧米の支配志向の白人は質が悪いですね。

兎も角どの家庭も自分の家で食べる物の多くを自分で栽培するような社会で無ければ脆いでしょうね。『半○半農』です。
2015/06/16(Tue) 22:51 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:
>俺に 構うなよ・・ 俺も 構わない・・

独立独歩でいいですね。私はものぐさな面がありますから、日々の雑用を全部やってくれるような パートナーもいいな・・・と思ってます(笑)

>支配するのは どっち・・

奥深い表現です。
現政権は、農業やるにも大規模で無ければ参入させないとか、機密保護法で直ぐ逮捕しようとしたり、マスコミに圧力をかけたり、挙げ句に国民をアメリカ財閥の侵略戦場に送ろうとしている・・・そこまでされる筋合いか・・・と怒っています。現政権は早急に倒さなければ、日本は崩壊ですね。
2015/06/16(Tue) 22:59 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:真に持つべき長期的目標
guyver1092さんが正論です。全くおっしゃる通り・・・
 この記事を書いたのは、現実には
「大きな長期目標」を持って「自己実現」している人の自己実現の野望の殆どは、社会を良くない方向、環境破壊の方向に進めた・・・と言う事です。

然るに、例えば現政権を見るに、本当の理想的な意味での長期展望は全くなく、目先の人参に向かって自己実現している、実体は「その日暮らし」なのかも知れません。最近の状況は正に行き当たりばったりの支離滅裂その日対応です。彼等に日本は任せられません。guyver1092さんがいつもおっしゃるところの
「政府の政策は文明崩壊を推進しているとしか思えません。」
特に現政権ではひしひしと感じます。
2015/06/16(Tue) 23:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
米の味
米にはアミノ酸が相当含まれていて栄養的にも小麦と比べると優れていると言われています。
当然、味も優っておりほとんど味付けをしないでも食べられます。

これは日本酒の原料としては逆に作用し、普通の食米を使うとアミノ酸が多すぎ、酒の味覚で言うところの「雑味」となっていまって評価を落とすところです。そのために、あまり「コシヒカリ」の高級日本酒というものが無い原因です。

このような優れた米食から小麦食に変換したというのが日本だけというのは、最近読んだ本の説で、実はこの本でだけしか見ていないのでその説の妥当性は不明なのですが、非常に面白い見方なので印象が強く残っています。
まあ、生産力の面でも(単位面積当たりの方ですが)食味の面でもはるかに優れた米ですから、そちらからわざわざ転換する意味はほとんどないというのも納得できる理論です。

ただし、米の栽培ができる条件は非常に難しいもので、かなりの用水使用量が必要で、さらに温度も高いところでなければできませんから、麦よりははるかに困難でもあります。

本当に米が豊富に取れるという条件は天が与えた幸福ともいえるものなのですが、それを自ら手放したというのも「長期展望」のない日本人ならではでしょうか。
2015/06/17(Wed) 10:22 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:米の味
>あまり「コシヒカリ」の高級日本酒というものが無い原因です。

なるほど、・・・と言う事は、山田錦などの酒米は、アミノ酸の少ない「美味くない米」と言う事でしょうか?

>生産力の面でも(単位面積当たりの方ですが)食味の面でもはるかに優れた米ですから、そちらからわざわざ転換する意味はほとんどないというのも納得できる理論です。

そうですね。きっと大筋で合っているでしょう。

本当に米が豊富に取れるという条件は天が与えた幸福ともいえるものなのですが、

なるほど、雨が多く、水が豊かな(最近は豊か過ぎて、洪水等の災害をもたらしていますが)日本は、稲作の最適地であり、優れた米のを手放したのは、愚の骨頂ですね。
アメリカの戦略に素直に応じて馬鹿を見る事の一つでしょうね。

2015/06/18(Thu) 23:10 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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