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2015-01-05 00:01



農業以外の職業と自給的農業を兼業する事が一つの理想形と考えております。・・勿論、その為にはもう一つの仕事もあまり多くなく“ほどほど“である事が必要です。半○半農で、自分(および家族)の食べる分くらいは自分で生産する自産自消が一つの理想ですが、当方が現在行っている作物栽培は、農業と呼ぶにはおこがましく、趣味の家庭菜園程度です。自産自消も程遠く、食卓の足しにしたり、知人にお裾分けする程度です。お裾分けを頻繁に行うようになった事が前進と言える程度です。

日本の都道府県の中で食料自給率が高く、100%に近いのは、北海道と、東北6県くらいです。(北海道は軽く100%を越えています。)東北地方は人口密度も高く無くて(丁度いいくらいだと思います。)自然も豊かです。そんな東北は好きなので、片手間で作物を育てながら、一生過ごそうと漠然と考えていました。
一方、作物を育てる上で、冬の気温があまり下がらず、雪もあまり降らず、一年を通して農業が出来る地域、二毛作、二期作が出来る東北地方よりも南の温暖な地域を羨ましくも思っておりました。
3.11を機に、それまで全く考えてもみなかった西日本の温暖な地域に移住して自給的農業をやる事もほんの少しだけ考え始めました。昨年は関西に行く機会が何度もありましたが、ついでに農地を観に行ったり就農の相談所を訪れたりもしました。温暖な西日本の太平洋側で、原発からも遠い紀伊半島の内陸部が好さげかなと見ております。

一方、他の仕事をしながらの家庭菜園にはちょっと疲れると感じるようになりました。夏場・・・5月頃から11月頃までほぼ毎日何がしかの作業をします。平日は朝6時前に外に出て収穫やら支柱立て、水やりや草取り、施肥等を行って(と言っても毎朝1時間以内ですが・・)から出勤し、土日や休日には、月に何回かは、終日畑仕事をして来ました。(はじめから終日畑仕事をする積りでは無く、食事も取らずに、あと少し・・と思って延長しているうちに日が暮れるまで作業してしまいます・・だから、学生時代のように、その日の最初の食事が夕食・・・と言う日も増えました・・笑)

他に色々やる事もあり、そんなこんなで昨年の秋は、畑に秋野菜の種を蒔くのを止めました。・・・春に植えた作物などの収穫は11月まで続きましたしが、秋蒔きの大根やほうれん草などの、年を挟んでの作業、収穫は無くなりました。

愚図で怠け者だからかも知れませんが、1年中農業をやるのは疲れる、農閑期もいいものだ・・・とこの秋頃から考えが変わりました。
畜産のように、農閑期の無い農業は本当に大変だと思います。

農閑期もいいものです。石川英輔氏の大江戸シリーズあたりに書いてあった記憶ですが、江戸時代は農閑期には夏場に備えて色々行った・・例えば稲藁利用の様々な物を作ったりした・・・民芸品では無く、草鞋とか蓑とかです・・・とあります。雪の中で活動するよりも、そうやって冬籠りするのも悪くないと思います。
また、昔から雪国では、冬場は杜氏として酒蔵に出稼ぎに出ていた農家も多かったようです。杜氏は全て農家からの出稼ぎ、その蔵一番の腕のいい杜氏も農家からの出稼ぎ・・・と言う酒蔵も多かったようです。この伝統は今でも続いています。私の知人でも、夏場は農業、冬場は酒蔵・・・と言う人がいます。ただ、彼は出稼ぎでは無く、冬場も自宅からの通勤です。
出稼ぎと言えば、東北地方や北陸、信越などの雪国では冬場は都会へ出稼ぎに出る農家が沢山いました。東北地方育ちの私は、子供の頃、出稼ぎは他人事の様な感じがしていましたが、ある日(結構大きくなた高校生の頃)冬場に農家の友達の家に遊びに行ったときに、父親が出稼ぎに行っていて正月の後は春に帰ってくる・・と聞いて、「出稼ぎ」を強く実感した記憶が印象深く残っております。
農家の農閑期における出稼ぎは、いつ頃が盛んだったのでしょうか?20世紀初期以前よりも、子供を学校に出したりする為に多額の現金収入が必要になった昭和時代以降に増えたようです。いわゆる高度経済成長時代には都市部では出稼ぎ労働者の需要も多かったでしょう。現在は兼業農家が圧倒的に多く、地方に工業団地も沢山出来たので(過剰状態です。)、出稼ぎはかなり減った・・と言うよりも、農閑期に出稼ぎをするという事自体が無くなったようです。・・・つまり、農閑期の出稼ぎは昭和時代の特徴だったと言えるでしょう。

出稼ぎをしなければならないのならまた話は別ですが、最近、冬場の農閑期は、あったらあったでいいものだと思うようになりました。家庭菜園程度でも、暫し農作業から離れて、春からの活力を蓄える時期があるのもいいと思います。

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【2015/01/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

分業と兼業
guyver1092
 1人で何種類もの仕事を持つということは、危険が分散され、何らかの危機が起きた場合のダメージが少ない半面、効率という点で大きく劣り、投入産出比として悪くなるのは避けられないようですね。
 自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。

Re:分業と兼業
雑草Z
 私の少年の頃からの目標は「専門バカ」でした。色々興味はありましたが、一つの分野で専門バカになるのが、少年の頃から青年の頃までの目標でした。 guyver1092 さんは如何だったでしょうか?
 現在その目標とは程遠い職業に就いていますが、専門バカは未だに一つの理想形だと考えております。

だた、それとは別に、いつ頃からか(そんなに昔からではありません。このブログを始めた頃前後からだと思います。)食料に関しては、自給自足するのが一つの理想形だと考えております。

 一人で何種類もの仕事を持とうとは考えませんが・・・それはそれでやって行けるなら悪くないと感じますが・・・食料に関しては自給自足が一つの理想かと考えています。

>自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。

それはいい考えですね。でも、15年前の私にそんな事言っても、それはそうだと共感しても、自分はその仲間には入らないだろうと思ったと思います。(汗)

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コメント
この記事へのコメント
分業と兼業
 1人で何種類もの仕事を持つということは、危険が分散され、何らかの危機が起きた場合のダメージが少ない半面、効率という点で大きく劣り、投入産出比として悪くなるのは避けられないようですね。
 自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。
2015/01/06(Tue) 21:32 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:分業と兼業
 私の少年の頃からの目標は「専門バカ」でした。色々興味はありましたが、一つの分野で専門バカになるのが、少年の頃から青年の頃までの目標でした。 guyver1092 さんは如何だったでしょうか?
 現在その目標とは程遠い職業に就いていますが、専門バカは未だに一つの理想形だと考えております。

だた、それとは別に、いつ頃からか(そんなに昔からではありません。このブログを始めた頃前後からだと思います。)食料に関しては、自給自足するのが一つの理想形だと考えております。

 一人で何種類もの仕事を持とうとは考えませんが・・・それはそれでやって行けるなら悪くないと感じますが・・・食料に関しては自給自足が一つの理想かと考えています。

>自給という点で、少数の仲間で自給の為の農業をするのがいいかもしれませんね。

それはいい考えですね。でも、15年前の私にそんな事言っても、それはそうだと共感しても、自分はその仲間には入らないだろうと思ったと思います。(汗)
2015/01/07(Wed) 21:06 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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