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2014-12-23 23:20
エネルギーで時代を括るなら、現代社会は石油を中心とした化石燃料の時代です。ポスト化石燃料として注目されているエネルギー、原子力発電をはじめとして風力発電や太陽光発電は、今のところ化石燃料の下に位置し、化石燃料無しでは(拡大)再生産は不可能です。化石燃料の消費を抑える事も出来ずそれどころか、かえって化石燃料を大量に消費し、化石燃料の浪費に繋がっています。原発は勿論、他の発電方式も今のところポスト化石燃料にはなり得ません。
私はその化石燃料を、人類が開けてはならなかった蓋を開けてしまった【パンドラの箱】であると考えています。大局的に見れば、人類にとって石油が無かった方が良かったと考えています。

そんな化石燃料の大罪を5つに分けて論じた優れた記事を見つけましたので、筆者の許可を得て、ここに転載させて頂きます。
<爽風上々の日記> 2014-12-19 【エネルギー文明論「化石燃料5つの大罪」】です。

(以下転載)
現代文明が化石燃料のエネルギーに依存しているということは誰にでも分かることでしょう。しかし、それは実は人類の生存を脅かす道に真直ぐに導くものであったと言わざるを得ません。
化石燃料の大罪とはなんでしょう。

①その一つは「資本主義と科学技術の大発展を促したこと」です。
どちらも実は豊富で安価なエネルギーが簡単に得られると言う状況が追い風となって得られたものと言えます。これには以前のエネルギー源であった木材の薪炭や、今後のエネルギーと言われながら独り立ちできそうもない原子力や太陽光、風力と比べてはるかに優れた化石燃料の存在が大きかったと言うことです。
科学技術の発展にはエネルギーが豊富にあることが必要であったと言うことは分かりやすいことだと思います。物理や化学の発展とエネルギーとは密接に関わっていると言うことは直観的にも分かることでしょう。
それでは、資本主義の発展にはエネルギーがどのように関わっていたのでしょうか。これは「経済成長」という資本主義を支える一種の思想が実は「豊富で安価なエネルギーを注ぎ込むことで成り立っていた」からに他なりません。もし、そのような安価なエネルギーが無かったとしたら経済成長などというものが起こせたでしょうか。
実は「経済成長と安価なエネルギーは不可分のもの」なのです。

②次に、汚染物質が多く含まれていたために非常な環境汚染を招いたことです。石炭も石油も燃焼により硫黄酸化物や窒素酸化物、そして煤煙などを排出することが避けられません。
これは産業革命が始まってすぐのイギリスで大変な汚染を発生させ、直接の死者も多数出ると言った状況を作り出し、酸性雨で近隣諸国の森林も枯らすといった影響をもたらしました。日本でも1960年代から1970年代にかけては都市部で特に大変な大気汚染を引き起こしましたし、現在の中国の状況も人間の生存を直接脅かすものになっています。

③忘れてはいけないのは、食糧生産にエネルギーを投入することで非常に生産量を増大させ、その結果として人口の爆発的増加をもたらしたことです。アフリカでは飢饉に苦しむ人々が膨大な数に上るといわれていますが、そもそも食糧が少なければそのような人口増加もなかったはずです。
日本の石油漬け農業という話は有名かと思いますが、多かれ少なかれ他の国の食糧生産にもエネルギーが投入され生産量が増大しています。さらにそれらが安価なエネルギーを用いる大量輸送という手段で世界中にばら撒かれ本来ならば食糧生産に不向きで多くの人口を保持できない地域にも住めるようになっています。
畜産業や漁業もエネルギーが無ければ生産量は激減するでしょう。今さら手漕ぎの舟で出漁しても取れる魚はわずかなものです。

④特に石油の大罪として、内燃機関つまりガソリンエンジンの燃料として有用であったために現代の「自動車社会」の成立を促し、その結果として社会の構造を大きく変化させてしまったと言うことがあります。変化自体が悪いことかどうかということは一概には言えないかもしれませんが、徒歩やせいぜい牛馬に移動手段が限られていた時代と、現代の自動車社会では家族、一族そして地域社会というものの構造が基本的に異なっており、それは決して良い方向とは言えないということだと思います。
さらに交通事故で死亡したり重度障害を負う人々が多数であるということも無視できません。自動車のあまりにも巨大な利便性のために不問に付されているような事故の存在ですが、全世界で1年に数十万人が死亡という事態は決して軽く考えられることではありません。

⑤そして最後の化石燃料の大罪として「やがて無くなる」と言うことが挙げられます。
先に述べた4つの大罪があったとしても、いつまでも供給できるのであれば一つ一つ対策を立てていくのは不可能ではないことでしょう。しかし、化石燃料は古代の植物や藻類の生産物から生まれたものであるので、その量には限りがあり、今でも着々と生産されているということが無い以上はやがて無くなるというのは避けられない運命です。
そのことは、前の4つの影響を逆に動かしてしまいます。まあ、環境汚染がなくなるのは良いことかもしれませんが、資本主義が存続できなくなるとか、自動車社会が運営できなくなるということは社会の在り方に大きな影響と混乱を与えるでしょう。
その中でも一番大きな問題はエネルギー供給が乏しくなれば食糧供給も難しくなるという点です。膨大な人口を抱えている現在ではその行先は想像するだけでも怖ろしい未来につながります。

化石燃料の利用で人間社会は一見したところこれまでにない繁栄を手に入れたように思えます。しかし、その先は困難と崩壊に至ることは限りある化石燃料という天然資源に依存している以上は避けられません。
化石燃料は社会にとって麻薬のようなものです。いずれは社会の死に至るものです。麻薬中毒の治療と同じように、徐々に遠ざけていく治療法を取っていかなければなりません。麻薬治療と同様にその禁断症状は厳しいものでしょう。しかし、それに耐えなければ人類と言う種の未来はないと考えるべきです。

「化石燃料の大罪」という題をつけてしまいましたが、本当は化石燃料自体には何の罪もないのは当然です。それをおかしな使い方をして、勝手に自分たちの未来を危うくしている人間にすべての責任はあります。

(以上転載終わり)
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【2014/12/23 23:20】 | 化石燃料 トラックバック(0) |

引用御礼
爽風上々
取り上げていただきありがとうございます。

ちょっと読み直してみて言い足りないところに気がつきました。
最初のところで、資本主義と科学技術の発展を促したことを罪の一つとしてあげていますが、これはなぜ罪なのか、こちらの「雑草の言葉」を良く読んでおられる方なら分かるでしょうが、そうでない人には簡単には納得できないことかもしれません。

資本主義は現在の格差横行社会、科学技術は環境汚染、過剰情報での社会不安など、これらは皆資本主義と科学技術の「副作用」ではなく、本来持っている害悪が表れてきたものと考えています。

この辺のところもご一緒に考えて頂ければと思います。

少し考えれば導き出せる結論
guyver1092
 少し考えれば導き出せる結論ですが、世界中のどの指導者もこのことを言いませんね。そして、一般人はこの現在の石油漬け社会が永遠に続く、または、代わりの資源があると信じている者がほとんどですね。

 この悪質な洗脳から脱することが出来なければ、文明は今世紀中に終わるでしょうね。

生きられ無かったかも・・?
団塊親爺の遺言
 私が5歳位の頃 母の姉の田舎へ家族で行った時の事です

バスが母の姉の処に着いた時には日も暮れ、猛吹雪でした
電気も無かった当時 バス会社から電信で母の姉の処へ
身動きが出来ないと連絡が出来 馬車で迎えに来る様、依頼

もの凄い吹雪で もうバスも動けません 暫くして吹雪の中から
馬そりの音が聞こえて来ました とても今の車では吹き溜まりの
雪道は動けません 毛布も用意してくれた馬そりに私たち家族は
乗り込み5Kの道のりを馬に鞭を入れ猛吹雪の中 馬は汗なのか
身体中から湯気が湧き上がり必死で雪の中を突き進んで行きます

巧みに馬を操り鞭を入れる我が身内の逞しさ・・今の車では・・
生きてはいなかったと想う光景でした 着いた姉の処ではストーブ
の薪が赤々と燃え上がり私たち家族は一息付く事が出来ました

最近の自然災害を見ても現在の便利と思えるものに頼り過ぎると
停電や雪や大雨で命を落とす事が余りにも多いのです

「類・実現塾」立ち上げに伴う広告バナー掲載のお願い
株式会社類設計室
突然のご連絡、失礼いたします。
「るいネット」という掲示板サイトを運営している株式会社類設計室です。

この度当社は「地域と社会を守る」高い志を持つ人材を育成する「類・実現塾」を創設する運びとなりました。
全寮制で生活費も支給する仕組みで、松下政経塾に代わる大衆サイドの人材育成を目指しています。

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ご対応の可否を年内にご回答いただければ幸いです。

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Re:引用御礼
雑草Z
こちらこそ、よくまとまった優れた記事を転載させて頂き、感謝致します。

>資本主義と科学技術の「副作用」ではなく、本来持っている害悪が表れてきたものと考えています。

ここの部分、重要ですね。おそらく大多数の人は、「副作用」若しくは、運用の失敗と言う風に捉えていると思いますが、そうでは無くて、本来持っている性質ですね。
「資本主義社会」Capitalist Society は、言葉自体とんでもないものだと思います。「資本家の(為の)社会」で労働者は資本の一つですから、奴隷のような扱いです。

Re:少し考えれば導き出せる結論
雑草Z
現代文明は石油漬けで、石油が使えなくなったら社会の大半の機能が停止してしまう危険がある一方、このまま石油の大量消費を続けていても、環境汚染で、生態系が破壊され、生存出来なくなってしまうと言うジレンマがあるのですが、多くの人が「代替エネルギー」に期待して、そこに望みを賭けているようです。それは、これまでの歴史でも、バイオマス(木など)から、石炭、石油とシフトしてきて、今も風力発電や太陽光発電等様々な発電方式が有望視されている(・・とプロパガンダされている)からでしょう。(代替エネルギーの多くが、発電と言うところも危険です。)流石に原子力は危険と考える人が増えてきましたが、それでもEPRがお話にならない値で、石油の浪費に繋がっている事には気がつかない人が大部分でしょう。
 その意味でこのような記事を広めることは非常に有効であると思っています。

Re:生きられ無かったかも・・?
雑草Z
 大変貴重な体験談、有難う御座います。興味深く読ませて頂きました。

 馬だって猛吹雪の中は走りたくないだろうに、

>馬は汗なのか身体中から湯気が湧き上がり必死で雪の中を突き進んで行きます

この部分、馬は凄いなと思いました。
 最近も道で車が埋もれて中で人が死ぬ(凍えるのでしょうか、酸素不足でしょうか?)事故が毎年起きていますが、こんな時は馬馬のほうが優れてますね。

>最近の自然災害を見ても現在の便利と思えるものに頼り過ぎると停電や雪や大雨で命を落とす事が余りにも多いのです

の通りですね。
映画にしたいような体験談、有難う御座いました。




Re:「類・実現塾」立ち上げに伴う広告バナー掲載のお願い
雑草Z
「るいネット」はかなり画期的なサイトで、色々参考にさせていただいております。「るいネット」の<自然の摂理から環境を考える>は、当サイト<雑草の言葉>を始めた頃、一番参考にさせて戴いたサイトで、リンクもさせていただいております。当方の記事も多数ご紹介して頂き、感謝致しております。

当方は、「松下政経塾」は、あまり評価しておりません。出身者を見ても玉石混合と言うか、あまり評価できない方が多いと感じています。その意味で、「松下政経塾に代わる大衆再度の人材を育成」と言う謳い文句には興味があります。どのような展開になるか様子を見たいと思います。
・・・と言う事で、ちょっと迷いましたが、入塾案内のバナーを貼り付ける事にしたいと思います。宜しくお願い致します。

いつまでも供給出来るとしたら・・
雑草Z
 この記事は良くまとまっており、化石燃料の罪をこのように5つに分けることは私の発想外でした。そして最後の5番目のまとめ方も秀逸です。しかしこの5番目に

>いつまでも供給できるのであれば一つ一つ対策を立てていくのは不可能ではないことでしょう。

はどうでしょうか?②の環境汚染と言う事に関しては、これまででも非常に深刻に汚染されています。現在の環境問題の殆どが直接・間接化石燃料由来と言ってもいいでしょう。環境に放出された石油由来の物質は、生態系の循環をしないものが主ですので、環境汚染は続きます。この調子で後百年も環境汚染が続けば生物が生きて行ける環境が破壊され尽くすかも知れません。

石油のドーピングによる食物生産も、自動車社会も、化石燃料に依存し過ぎた利便性も、もう過剰でしょう。記事の最後の結論にもありますように、石油中毒からは早く脱しなければならないので石油供給が無くなると言う見通しは、厳しめにすべきだと考えます。シェールオイルだとかメタンハイドレ―トだとかに期待を抱くことは良くないですからね。(爽風上々さんも同意見だと思います。)
化石燃料が無くなろうが無くならないだろうが、痛みを伴った脱化石燃料は必要な事ですから、厳然とした枯渇(採掘の限界)のリミットがあった方がいいかも知れません。




不可能か可能か
爽風上々
「不可能ではないことでしょう」というのは、まあほとんど可能性はなくてもゼロではないという程度のものです。
この文章でまさか安心してしまう人は居ないとは思いますが。

それよりも「確実」であるのは、事実上「なくなること」ということです。
これも「まだ存在する」ということが明らかであっても使えないということになるでしょうから、「枯渇リミット」というものは認めたくない人は認めないといった曖昧な状態になるでしょう。

アメリカのロシア潰しの意図が見えるシェールオイル開発で少し原油価格が下がると「これでエネルギー問題解決」などという記事が踊るようなレベルですので、もう少しはっきりした状態になるまでは何も動かないかも知れません。

しかしその時が来たら社会全体に絶望感が広がるかもしれません。それでもその絶望の中で、以前にこのような事態を予測した文章を読んだということに思い当たる人が少しでも増えるように、書き続けていく必要があるのでしょう。


不可能か可能か
爽風上々
(前のコメントは考えがしっかりまとまらないまま書いたので分かりにくいかと思います)

前の4つの問題が解決可能かどうかという点について、まずほとんど不可能であるとは思います。
しかし、私自身が最大の問題と考える「石油供給不安」と比べればまだ可能性はあるということを著すための、表現上のテクニックとして「解決可能」と書きました。
まあ、これは「自動車は社会の害なので廃止しよう」という問題と同じくらい解決可能性は低いと言う事です。

また「石油中毒」にどっぷりと使った人々(ほぼ全員ですが)にリミットを認識させるというのは非常に難しいのは確かです。
なにか衝撃的な事件が起こらないと目が開かれないとは思いますが、それがどのようなものかは分かりません。

少しでも理解できる人々が増えるように思いつく限りのことを書いていくのが微力ながらも自分のできることかと思います。
それが誰かの頭の片隅に残っていて、大変な事態になった時に思い出してくれるかも。というのが前のコメントの最後の部分でした。

枯渇がいいのか悪いのか?
雑草Z
私が
>いつまでも供給出来るとしたら・・

とのコメントを書いた意図は、

当方は、石油は早く(実質)枯渇した方が、人類の為かも知れないと考えていましたので、化石燃料が「やがて無くなる事」が石油の大罪になるかと言う事です。

急に石油の供給が、需要量よりも遥かに下回る状況になれば、社会は大混乱を起こすでしょう。それまで築かれて来た石油依存社会が機能しなくなり、食料も足りなくなり社会は大パニックを起こすでしょう。深刻な事態となります。

だからと言って、化石燃料が枯渇しないとして・・・それは現実離れなので・・・化石燃料が実は化石燃料では無く、例えば無機起源で、地球の地下深く、マントルあたりから供給されるもので、埋蔵量が現在確認されている量の数十倍あったとして、後百年は十分に供給できるとしたら、事態は好転するか?・・・と考えたのです。環境汚染はさらに深刻になり、もっと化石燃料依存社会になり、問題の先送り肥大化になるのではないかと言う事です。だから、枯渇する事は、人類が生存できるチャンスなのかも知れないと考えたのです。

>なにか衝撃的な事件が起こらないと目が開かれないとは思いますが、

そうですね。そしてそれでも駄目かも知れません。(・・駄目では無いような『衝撃』と言う事ですよね?・・)結局、化石燃料の供給がどんどん減って、高騰し、好むと好まざるとに関わらず、脱化石燃料、否が応でも進まなければ無くなる事でしょうか。・・戦争の危機も高まりますね。その時に、代替エネルギーに期待をする(「一縷の望みを賭ける」と言った方が適切でしょう。)のではなく、エネルギー大量消費社会にきっぱりと決別する事が重要と考えます。



枯渇は良いことかも
爽風上々
まさに私も考えている通りで、なるべく早く枯渇してくれた方がまだ良いと思います。
本当は30年以上前に枯渇してくれていたのが良かったのかも知れませんが。

もはや生まれながらに石油どっぷり時代という人々が(我ら世代も含め)社会の中央を占めるようになってしまいました。私たちの親世代(大正から昭和初期生まれ)ならまだ石油の無かった時代の生活が記憶にあるでしょうが、自分たちのような定年後の者にもその記憶がありません。
現役の社会の担い手がすべてそういった人々になってしまいました。もう平和的な解決には遅いのかもしれません。

Re:枯渇は良いことかも
雑草Z
当方の疑問の呈し方が、誤解される書き方で、遠回りの御労力をお掛け致しました。爽風上々さんも、「枯渇は良いことかも」と考えていらっしゃることを知って、嬉しく思います。更には、
>本当は30年以上前に枯渇してくれていたのが良かったのかも知れませんが。

と言うコメントまで頂けるとは予想外でした。

以下余談になりますが、

>もはや生まれながらに石油どっぷり時代という人々が(我ら世代も含め)社会の中央を占めるようになってしまいました。

との事ですが、爽風上々さんのような都会育ちの方と違い、福島県や岩手県の田舎育ちの私が子供の頃は、石炭のような化石燃料はいろいろ使われておりましたが、石油はあまり使われていなかった記憶です。石油ストーブが真新しかったのを記憶しております。
幼い頃は、お風呂も薪でした。炬燵も練炭でした。小学校のストーブも薪で、当番は枯れて乾いた杉っ葉を拾ってきて、薪に点火していました。家には自家用車もありませんでしたし、蒸気機関車もかなり後まで(1970年代中頃まで)普通に交通手段として利用されていました。テレビ等では、「さようならSL」とか「記念に特別にSLを走らせた」とかやってるのに、会津では普通にSLが線路を走っておりました。

だから田舎の人々は石油にどっぷりと漬かり始めたのは1970年代の途中頃からだと思います。それでも現在は老若男女、みんな石油にどっぷりと漬かっていますね。昔使っていなくても一旦、麻薬に手を出すと、なかなか抜け出せませんからね。


会津のSL
爽風上々
実は私は少年時代にSLファンでして、蒸気機関車最後の時代にあちこち写真を撮りに行っておりました。
残念ながら会津には行く機会がありませんでしたが、中央西線、関西本線などは何度も訪れ、一番遠くに行ったのは秋田、山形まで行き奥羽本線の最後のSLも撮影したものでした。

今も復活させたSLが運行しているところは何箇所もありますが、定期運転しているJR九州のSL人吉は我が家のすぐ近くを通っていますのでこれまでも何度も撮影に行っております。

SLを廃止に追い込んだ論理というのもまったく不公正・不合理なもので、当時の国鉄の赤字なるものも自動車普及のための作られたものであることが明らかです。石炭へのエネルギー資源分散という施策を取った方がはるかにまともな社会になっていただろうと思いますが手遅れでした。



石炭と日本のエネルギー自給率
雑草Z
 以前、上々さんが、鉄道ファンであった事をコメント欄に書かれた事がありましたね。鉄道の中でもSLファンだったのですね?

>秋田、山形まで行き奥羽本線の最後のSLも撮影した

そこまで行くとは、本当に好きだったのですね。奥羽線の最後のSLは何年頃でしたか?

>SLを廃止に追い込んだ論理というのもまったく不公正・不合理なもので、
>当時の国鉄の赤字なるものも自動車普及のための作られたものであることが明らかです。

これらは初耳です。アメリカでは、自動車普及の為に酷い事をして来たのは知っていましたが、日本でもそうだったのですね!?
(アメリカでのGMのやり方はあからさまで、石油会社やタイヤ会社、トラック会社などと組んで、ダミー会社を設立し、弱小鉄道会社を買収しては閉鎖していったとの事です。ロサンゼルスでは電車は灯油をかけられ焼却されました。・・・庶民の足を奪っておいて、車を売ったのです。)

>石炭へのエネルギー資源分散という施策を取った方がはるかにまともな社会になっていただろうと思いますが手遅れでした。

なるほど、石炭の日本の自給率は、米の自給率のようにほぼ100%可能だったかと記憶しています。(確か輸出も可能だったとか・・・)しかし、炭鉱は一旦閉鎖すると構内が荒れて石炭も水びたしになり使いものにならなくなる・・・のような事を、槌田敦さんの本で読んだ記憶があります。折角のエネルギー自給体制を、何らかの思惑・陰謀によって破壊されたのですね!?
凄い情報です。有難う御座います。







ローカル線潰しの論理
爽風上々
奥羽本線最後のSLを見に行ったのは確か1971年だったと思います。高校2年の時で奥羽本線が電化する直前の時でした。車中泊をしてさらに秋田駅前の旅館にも1泊するという結構大変な旅程でした。
しかし、あの時のSLの雄姿はまだ記憶に残っています。

その頃に赤字線の攻撃のために使われた論理が「100円を稼ぐのに○○円」というものです。たいていの国鉄路線は赤字でした。それを埋めるために国家予算が使われるというように言われ、廃止するのが当然というような言い方をされていました。
確かに当時の国鉄は人員も過剰ではありましたが、実はそれを廃止して残る自動車交通というものは鉄道以上に公費を注ぎ込んだものだということは伏せられたままでした。

自動車の税金は高いと言われていますが、それ以上に多額の国費が道路整備などの経費として費やされています。それも自動車交通の費用として計算すれば明らかにコスト割れしているのは間違いありません。
若干のガソリン税などは負担はしていますが、それ以上の税金をかけて道路基盤整備をしているわけです。
鉄道では新規路線開設の時だけは国費を使っていたようですが、それ以降はすべて国鉄の負担でした。
もうちょっと公平にやってくれれば国鉄のローカル線も生き残っていたかもしれません。

国内の石炭は品質は悪いとは言われていましたがまだ数量は十分に残っていると思います。この先、エネルギー資源欠乏の時の穴埋めには十分に使えると思います。それだけは救いかもしれません。

Re:ローカル線潰しの論理
雑草Z
明けましておめでとうございます・・年越しを挟んでの議論ですね・・今年も宜しくお願い致します。

>奥羽本線最後のSLを見に行ったのは確か1971年

やっぱり地方では1970年代までSLが使われていたのですね。それに対して東京の山手線などは、かなり早くから電化されていたのでしょうね?

>それを埋めるために国家予算が使われるというように言われ、廃止するのが当然というような言い方をされていました。

ローカル線が廃止されるのは寂しいけれど、そう言われると仕方が無いのかな?・・・と私も騙されていたかも知れません。それによって地方は自動車社会になってしまいましたね。まんまと自動車産業と癒着した政府のプロパガンダに騙されたわけですね。

>自動車の税金は高いと言われていますが、それ以上に多額の国費が道路整備などの経費として費やされています。それも自動車交通の費用として計算すれば明らかにコスト割れしているのは間違いありません。

言われればなるほどその通りですが、言われるまで

>赤字線の攻撃のために使われた論理が「100円を稼ぐのに○○円」

に惑わされてしまいますね。私も考えが及びませんでした。・・・と言うよりも膨大な自動車税は、道路整備に使われた後もおつりがきて他に回せる・・・と思い込んでいました。

エネルギー効率から言っても鉄道のほうがいいに決まっていますし、ローカル線は廃止する必要は無かったのですね!?
現在、私鉄と地方自治体との第三セクターの形で運営されているローカル線も頑張っています。私は鉄道ファンと言う訳ではありませんが、会津から浅草に抜ける会津鉄道は大の贔屓で、東京方面に行く時は出来るだけ利用しています。

>この先、エネルギー資源欠乏の時の穴埋めには十分に使えると思います。それだけは救いかもしれません。

日本ではかなり以前に石炭の時代は終わったように思わされていましたが、中国をはじめ、石炭が一般に使われている国はまだまだありますね。現在、石炭の環境汚染は石油より酷い状況ですが、それこそ日本の技術力で解決出来るでしょう。自国の石炭を使う事は石油を輸入するよりも様々な意味で・・脱エネルギー大量消費と言う意味でも・・いいと思います。

目から鱗のコメント、有難う御座いました。


公共交通、石炭など
爽風上々
エネルギーが高価となり使いづらくなったとしても移動手段、運搬手段としての公共交通は当分のあいだ必須のものですが、どのような形にしていくかというのは緊急の課題になっています。

地方では特に高齢化が進み自動車運転ができなくなった老人が増えるということで、模索が続いています。
民営のバスなどは採算が取れないために撤退が相次ぎ、自治体が多くを負担するというバス路線が設定され、わが町にも数路線走るようになり、そこそこ客も乗っているようです。
もちろん、赤字なのは当然ですがそれすら無くなったら全く移動手段がなくなります。

50年以上前は自動車はあったにしても全家庭にあったわけではないのですが、買い物、銀行や郵便局、役所の出張所、学校などは徒歩や自転車の圏内にあり、不効率でコストは高かったとは言え不都合は無かったはずです。
しかしそこからモータリゼーションの名の下にすべてを集約化する方向で進んでしまい、現在の惨状につながりました。

鉄道は公共交通手段としては非常に優れたものなのですが、設備の建設維持に大変なコストがかかるのである程度の輸送需要があるところでなければさすがにむずかしいでしょう。やはり都市間の輸送程度の規模になります。
都市内では路面電車が有効なのですが、これもある程度以上の人口を持つところでなければ維持できません。
やはり少ない人口密度のところではバスが不可欠でしょう。
しかし、現状のまま人の住むところにはすべてバスを走らせろというのは無理です。人の暮らし方から変えなければならないところも出てくるのはやむを得ないかもしれません。

石炭は一時はほとんど衰退してしまったのですが、石油が1バレル5ドル以下の時代から10ドル台以上になったところで、かなり復活してきています。
しかし、その用途は限られてしまい発電や蒸気発生のボイラーが主となっています。
これは、石炭が古代の木材などが埋もれて高温高圧で炭化が進み、ほぼ炭素だけになっているという特性によるもので、石油が複雑な炭化水素の混合物であるのとは異なります。
そのために、化学工業の原料としては使えないと言うことになります。

つまり、プラスチックなどの合成化学工業というのは石油ストップで終わらざるを得ないと言うことになります。
石炭はその後もしばらくは供給できるのですが、熱源としての役割のみになりますので、かなり社会の形も変わってくるでしょう。

石炭の環境汚染というものは、石油でもかなり共通した問題なのですが、硫黄や窒素の不純物があるためにそのまま燃やせば硫酸や硝酸などの関連する化合物が多く排出されます。
石油はそれらの不純物を除くことが比較的容易なのではないでしょうか。石炭は固体のためにむずかしくなります。
さらに、固体の石炭の燃焼は完全に進めるのがむずかしく燃え残りは煤煙となって微粒子が飛び散ります。いわゆるPM2.5などと言われるものです。
これも完全燃焼をさせるための装置改良が行われています。

日本の石炭は完全な炭化まで行き着かない泥炭に近いもので、品質は劣っているのですがないよりはましということでしょう。しばらくはつなげるだけのものはあるのかもしれません。

Re:公共交通、石炭
雑草Z
私の町でも、公共交通機関としてのバスは乗客が少ないけれども、廃止にならずに頑張っています。私も、自転車が使えない冬場や雨の日等には、なるべくバスや電車の公共交通機関を使うように心がけていますが、自家用車を使ってしまう事も多いですね。会津地方では4カ月間くらいは冬場ですが、酷いのは、除雪は車道優先で、歩道や自転車道は放置されたり酷い時には、歩道に車道の雪が寄せられます。

>買い物、銀行や郵便局、役所の出張所、学校などは徒歩や自転車の圏内にあり、不効率でコストは高かったとは言え不都合は無かったはずです。

 役所全体の人件費と言う意味では不効率かも知れませんが、住民にとっては、決して不効率ではなかったと思います。便利だった筈です。社会全体のエネルギー効率的にも自動車社会のほうが遥かに非効率だと思います。モータリゼーションは人間の活動範囲を無駄に広げてきたと思います。

>石炭は一時はほとんど衰退してしまったのですが、石油が1バレル5ドル以下の時代から10ドル台以上になったところで、かなり復活してきています。

中国あたりでも、石炭が衰退して殆ど石油になってしまった時代があったと言う事でしょうか?

>石炭が古代の木材などが埋もれて高温高圧で炭化が進み、ほぼ炭素だけになっているという特性によるもので、石油が複雑な炭化水素の混合物であるのとは異なります。

確かに石炭は発熱によるエネルギーとしての利用しか一般的ではありませんが、なるほど、そういう理由だったのですね!?・・・石炭から石油を作ると言う話もあったようですが、それはかなり非効率で、現実的ではないと言う事でしょうか?

>石炭はその後もしばらくは供給できるのですが、

石炭の確認埋蔵量は、熱量換算で石油の5倍くらいはありますね。究極埋蔵量は10倍以上と見られてます。再生不可能エネルギー資源としては最大であり、ポスト石油としては(石油の前のメインエネルギー源ですから、「ポスト石油」と言ういい方は適切ではないと思いますが)実は最も有力ではないかと思っております。・・ただ、環境負荷が大いに心配です。

>石炭の環境汚染というものは・・・固体のためにむずかしくなります。

使用前に不純物を取り除くのは困難でしょうが、使用しているときにフィルター等で取り除くのは難しくないのではないでしょうか?・・・実際中国では日本の技術が活躍しています。・・自動車のような個人的な小さな使用では、固体の石炭の使用は非効率で、不純物の除去もかなり不完全になるでしょうが、工場等の大規模使用の場合は、石炭はまだまだ有効で、排煙中の環境汚染物質もかなり除去できると考えますがどうなのでしょうか?・・大規模工場のエネルギー源として(発電も含め、日本に埋蔵量も多い)石炭は結構有効ではないかと考えておりますが如何でしょう?・・・やはり心配なのは環境汚染です。



一時的には石炭社会
爽風上々
排出防止の最新の装置については詳しくありませんが、すべてを排出口のフィルターだけで取るのは難しいでしょうから石炭火力の蒸気機関車の再登場と言うのはむずかしいのではないかと思います。
内燃機関への応用も難しいと思いますので石炭自動車と言うのも実現はしないでしょう。

自動車については色々と文句が言われてはいますが、石油がなくなれば水素か電池しか実現は困難かと思います。その実用性は怪しいものでとても現在のような自動車社会の維持は困難でしょうが。

中国では石油が安価な時代には自由に輸入するような国力は無かったのでそもそも石油時代というのがほとんど到来しないままで、現代になりようやく石油を輸入するだけの力ができたということでしょう。
それでも自動車に使う程度でその他の熱源用には使われていないのではと思います。また、化学工業原料としてはどの程度発展したのかは詳しくはありません。そのようなコンビナートができていればそれに応じた使用量もあるのでしょうが。

石炭社会が一時的にせよ復活した時に、現在のような化学工業でプラスチックを作ると言うことがどのようになるのかはむずかしい問題です。
プラスチックが無くなると自動車以上に現代社会の根本を揺るがすことになるかもしれません。
植物由来のプラスチック原料というものも試作品はできてはいますが、大量の需要を満たすことはできないでしょう。
その意味でも、最小限の石油はプラスチック用に取っておくという必要はありそうです。

Re:一時的には石炭社会
雑草Z
石油の生産量が減ってきたときの化石燃料の代替は、埋蔵量や実績から言って、石炭と天然ガスが有力でしょうけれど、その後に及んでも化石燃料の浪費が続くようでは、環境汚染が酷過ぎて(天然ガスは石油よりも環境負荷が小さいとは言っても、安心できるレベルからは程遠いでしょう)、生態系が大打撃でしょう。考えただけでぞっとします。

>石油がなくなれば水素か電池しか実現は困難

どっちにしても電力を動力に使うと言う、エネルギー効率の悪い事をするわけですね。これまた環境負荷が大変です。電池自動車や燃料電池自動車が、環境に優しいなんてとんでもプロパガンダですからね。

>植物由来のプラスチック原料というものも試作品はできてはいますが、大量の需要を満たすことはできないでしょう。

そうですね。バイオエタノールと同じような愚を犯すでしょうね。

>最小限の石油はプラスチック用に取っておくという必要はありそうです。

そうとも考えられますが、プラスチックは生態系を循環しないので厄介です。バイオマスをそのままの素材で使う伝統的道具もベストに近い選択だと考えております。





自動車社会
爽風上々
ここで本文のもう一つの話題に触れるわけなんですが、「自動車社会」でもある現代社会というものは簡単には転換不可能でしょう。
人間の移動、貨物の物流のほとんどすべてが自動車化し、それに合わせる形で変化してきた社会は今日のようにいくら燃料が高騰しても逃げ道はありません。
水素の燃料電池というものは、エネルギーの浪費であるのは言うまでもないものですが、それでも進めているのは石油が使えなくなった後を見越しているからでしょう。
確かに無尽蔵で安価な電力があれば多少の事故はあっても進められるでしょうが、もはや無理なのは明らかになってしまいました。

現代社会でとくに都会以外の地方では通勤通学、買い物や銀行郵便局への用足しに至るまですべて自動車が無ければできないことばかりになってしまいましたが、これを自動車無しに維持することはできません。コミュニティーバスなんていうものではどうしようもありません。
そうなるとそもそも住む場所をコンパクトにしてしまうか、非効率でもすべての機能を集落ごとにコスト無視で持たせるか、いずれにせよ市場原理などでは対応できない社会変革が必要になります。
そんななかでも最低限の移動手段としては水素や電池の自動車が必要となる時代がしばらくは続くだろうと思います。

バイオマスについては、日本は世界でも豊富な森林国ですが、現在の豊富な森林資源は戦後にほぼすべての用材を輸入するようになったために維持されているだけで、輸入が途絶えればあっという間に枯渇して全国すべてが禿山になるでしょう。
江戸時代の3000万人の人口でその当時の生活程度でも完全には再生できず、森林はどんどんと減少していきました。
今の13000万人が燃料から容器まですべてを日本の森林に頼ることになればその結果は明らかです。
石油の減少というものは、燃料としての面ばかり意識されますが、実はプラスチックの問題の方が人の生活への影響は大きいかもしれません。

Re:自動車社会
雑草Z
自動車社会 と バイオマスの使用 
について分けてお答えさせて頂きます。


自動車社会について

>現代社会でとくに都会以外の地方では通勤通学、買い物や銀行郵便局への用足しに至るまですべて自動車が無ければできないことばかりになってしまいましたが、これを自動車無しに維持することはできません。

50年ほどかけて自動車社会に変えられてしまったのですが、それを今度は元に戻せばいいだけの話です。勿論、自動車会社や石油関連会社、及びそれらと癒着した経済成長絶対政府が舵を取らないのが問題でしょう。民意が大切でしょうね。

将来的には、地産地消可能な自給自足的コミュニティーでなければ社会は持続出来ないと考えます。とすると、地方の田舎のほうが遥かに有利で、輸送手段で周辺地域から収奪して、高エントロピーを排出している都市のほうが崩壊する可能性は遥かに高いでしょう。

>住む場所をコンパクトにしてしまうか、非効率でもすべての機能を集落ごとにコスト無視で持たせるか、

エネルギーが枯渇に向かい高騰して消費にも多大な制限が付くようになれば、50年以前のように多くの機能を集落毎に持たせるようにするしか無くなるでしょう。先のコメント(1/03)にも書いた通り、それは必ずしも非効率ではありません。エネルギー消費から考えれば効率的でしょう。それにインターネットが発達した現在は、直接人間が行かなくてもネットで済ませられることが沢山あるので、ローカル化にネットは威力を発揮するでしょう。


バイオマスの使用について
雑草Z
バイオマスについて、

現在のエネルギー消費水準をバイオマスで代替しようとする事は愚かな事で、爽風上々さんのおっしゃるように、直ぐに日本中が禿山になってしまいます。先のコメントに書いた事は、現在プラスチックに取って代わられた多くの物をバイオマス素材をそのまま・・・つまり木などをそのまま使う方向に戻すべきだと言う事です。勿論割り箸のような使い捨て製品は作らずに、長持ちさせるけれどもやがては自然に朽ちて生態系を循環するものと言う意味です。プラスチックは生態系に循環しないのが最大の問題ですし、わざわざ回収してリサイクルするのもエネルギーの投入が必要です。・・・腐るプラスチックも開発されてますが、普通に木を使えばいいだけの話です。勿論、素材としてプラスチックが優れている点も否定出来ませんから、必要最小限で使っていくのがいいと考えます。

社会の形
爽風上々
今のような東京集中という形態はあくまでも安価な物流と言うものがあってのことで、それが崩れれば大きく変わってくるでしょう。
本当の意味での地産地消というものが始まる時代になってくるのですが、現在のような自分のところの消費は自分のところの産物で賄いたいが、自分のところの産物は他の地方にも売りたいなどというものではありません。

非効率ではあっても地方地方であらゆる産物を作る製造業が復活せざるを得ないでしょう。そうすればそれに必要な人口も地方に戻ってくるでしょうから東京などの都市圏人口というものも減るしかないのですが、これをスムーズに移行させるというのは困難で、やはりかなりの摩擦を伴うのではないでしょうか。

なお、現在のような高度情報化社会というものは維持できるかどうかは分かりません。エネルギー消費と言うものは確かに少ない産業ではありますが、その必要というものがどこまであるでしょうか。

石油と言うもので作られてきたこの社会が石油を除いてしまうとどうなるのか、以前のままの社会ではあるわけはないのですが、なってみるまでは想像を超える変化があるのかもしれません。

木と紙の時代
爽風上々
薪や炭として熱源に使うのは木材の使用法としてはひどくもったいない方法ですので、できるだけ制限するべきなのですが難しいでしょう。

やはり容器として、また包装用紙として木や紙で使うのがふさわしいのは確かなのですが、これだけに限っても現在の使用量は木材の生産量を大きく上回っていると思います。
さらに木材は建築用としても使わざるを得ず、それにもかなりの程度の量を割かざるを得ないでしょう。

とにかく、何をするにしても植物と言うのは引く手あまたということになるでしょう。下手をすると農業用の肥料原料も競合してくるかもしれません。
実はこれは現在の石油の使用法と似たような状況なのかも知れません。
何をするにも石油という現代から、何をするにも木材という近未来ということでしょう。
少なくとも熱源だけはまだ残っている石炭を使いたいものです。

Re:社会の形
雑草Z
>現在のような自分のところの消費は自分のところの産物で賄いたいが、自分のところの産物は他の地方にも売りたいなどというものではありません。

それは、本来の意味から言っても地産地消ではありませんね。 例えば、食料自給率の低い日本に於いて、安全で高級な食品を中国など海外に輸出するのはもってのほかだと考えています。・・食料の増産を促し、食料自給率も上がるのなら、意味はあるかと思いますが。

>非効率ではあっても地方地方であらゆる産物を作る製造業が復活せざるを得ないでしょう。

程度の問題はあるでしょうが、私は地方分散の生産は非効率だとは考えません。集中的な大量生産は、あくまでも安価な、そして環境負荷の少ない輸送手段がある場合、仕方ないか・・・って程度でしょう。これまで、環境汚染の対価を払わない見掛け上「安価な」大量生産によって、地球環境はかなり汚染されて来ました。
 例えば、食物は勿論、飼料さえ海外から輸入するって、どれだけ愚かな事でしょうか?

>そうすればそれに必要な人口も地方に戻ってくるでしょうから

これについても、現在の政権のよう地方創生策はあまり意味が無いと考えます。好まざると好むとに関わらず、そのうちに地方の時代になりましょう。例えば、食料不足が続けば、地方に脱出しようとする人は増えるでしょう。小手先の「地方創生策」は必要ありません。

>現在のような高度情報化社会というものは維持できるかどうかは分かりません。

当方が先のコメントで

>インターネットが発達した現在は、直接人間が行かなくてもネットで済ませられることが沢山ある

と記したのは、色々な事務手続きや会議、教育等が在宅で出来るので都市に住む必要は無くなると言う事です。
そんなこんなの理由で、21世紀は地方の時代に移行すると考えております。そのうち記事にしようと考えています。

木材
雑草Z
一時期、「日本の林業の復活の為に、割り箸の生産を増やすべきだ」・・・などと言う近視眼的なことが言われて来ましたが、それは愚の骨頂で、使い捨ての製品は極端に減らすべきですね。

>これだけに限っても現在の使用量は木材の生産量を大きく上回っていると思います。

繰り返しになりますが、現在の物の浪費レベルを木で補え・・・と言う事は述べておりません。さらに、木が補えないからプラスチックで・・・というのにも反対です。兎も角、消費レベルを桁違いに下げる事しか良策は無いと考えます。

その上で、生態系の循環をしないプラスチックの使用を、バイオマス・・木材等に変える・・戻すべきだと言う事です。

>さらに木材は建築用としても使わざるを得ず、

それは地上の森の存亡に関わる大きな問題ですね。日本は高度経済成長時代から「経済的な理由」で日本の木は切らずに、東南アジアなどの木を大量に切って来ましたからね。日本はフィリピン、インドネシア、マレーシアの木を切り尽くして、今度はシベリアやカナダなどの森林も大量に切っています。・・・中国などももっと酷い伐採を行っています。江戸の大火でさえ木が不足する事態に陥ったのですから、現在の木の使用は浪費の極みです。新築などにも制限をかけるべきでしょう。・・・行きつくところは、脱経済成長でしょうね。

製造業の効率
爽風上々
製造業の効率を経済的なコストだけで考えるなら輸送コストが安い間(輸送燃料が安価)はできるだけ生産を集中させた方が効率が上がります。
現在はそれが国を越えて世界的にまで拡大していますが、その前提の安価な輸送が崩れれば効率は逆転します。おそらく各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

そうなった時にはネットがいくら存在しても使う価値も無くなるかもしれません。

とはいえ、そこまで行くのは相当先の話にはなるでしょう。船の輸送コスト(経済もエネルギーも)はかなり安いらしく、しぶとく生き残るようです。

木の器
爽風上々
もちろん、現在のプラスチックの果たす役割をすべて木材に押し付けるのは不可能です。それこそ見る見る間に禿山ばかりになるでしょう。

石油が高騰するというと、自動車燃料や電力などの話ばかりが出るような気がしますので、他の面でもこんなに大変なことになるという一例としてプラスチックがあるということを強調したくて話を出しました。

なお、先日読んだ本によれば現在はほとんど草原や砂漠というイメージのところでも古代、人類が住み着くまでは森林だったというところが非常に多いそうです。中国の華北やギリシャなども今ではまばらに木が生えるだけのところですが、古代にはうっそうとした森だったということです。
中東ですらレバノン杉のように大木がありました。
それらの木は燃料用としても伐採されましたが、一番の用途は建築用材そして船の用材だったそうです。
以前は森林というのが文明の存立条件そのものだったのでしょう。無くなるとどんどん文明は移動していきました。
今ではそれを石油が担っていますが、今度は無くなっても代わりはありません。

通信、ネット環境
雑草Z
>安価な輸送が崩れれば効率は逆転します。おそらく各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

この辺り、意見の不一致は特にないと考えます。お互い同じ事を主張していますね。まあ、いきなり江戸時代まで持ってきたのは極端ですが、私もその手の極論は必要だと考えます。

>そうなった時にはネットがいくら存在しても使う価値も無くなるかもしれません。

ここが上々さんと私の考えの違いですが、私はネット環境と言うのを通信手段と言う意味で使っております。コミュニティ毎に独立しても、情報は必要です。例えば近くのコミュニティが右翼化して他のコミュニティを占領しようと考えるかも知れないのです。独立していても他のコミュニティの動向を知る必要はあるでしょう。もっと一般に、同じコミュニティ内でも、例えば50km離れた場所での用事は直接会わないでメールのやりとりで済むわけです。その方が時間の効率でもエネルギー節約でもいい筈です。それとも、インターネット環境を整えるには色々設備投資が必要で、資源の浪費になるから、ネット(メール等)は使わない方がいいとお考えですか?・・・それなら私も賛成です。
確かに江戸時代ならネットはありませんけどね(笑)。




バイオマスの使用
雑草Z
 基本的に私もバイオマスの使用に関しては、爽風上々さんのように(以上に?)危惧しております。何度もかいたように(ここのサイトでも何度か取り上げています。)現在のプラスチックの浪費レベルの無駄な使用を代替せよ、とは考えておりません。

>草原や砂漠というイメージのところでも古代、人類が住み着くまでは森林だったというところが非常に多いそうです。中国の華北やギリシャなども今ではまばらに木が生えるだけのところですが、古代にはうっそうとした森だったということです。

中国、ギリシャだけでなく、過去に栄えた文明の殆ど・・四大河文明は全てそうですね。ナイル川のエジプトも、チグリスユーフラテス川のインダスも・・・更にはイギリスの草原も、ドイツもみんな森を切り尽くして草原や岩場、そして砂漠になった筈です。流石にサハラ砂漠はそう言った証拠はまだ見つかっておりませんが・・・。

だからこそ経済活動は桁違い(十分の一でも駄目でしょう。)に減らさなければならないと言う事です。そこを踏まえた上で、プラスチックは再生可能ではないし、生態系を循環しないので、ある部分を木に戻すべきだと言う事です。(ガラスや鉄も使う事になりましょう。)現在、ヨーロッパのオーストリア等では、木を毎年成長して増えた量と同じ量しか木を切ってはいけないと言う取り組みが為されています。それでもかなり使えるようなことが言われていますが、私は結構懐疑的です。しかし、その増えた分(以下)しか使わないと言う考え方は大切で、現行よりも遥かに少ない使用量になるでしょうから、それこそ経済縮小に繋がるでしょう。


エネルギー減耗時代の通信
爽風上々
エネルギーが少なくなり、人や物資の移動も難しくなるとしたら通信はどうなるかというのは、比較的小さな問題かもしれませんが、そのような時代の社会を考えていく上では想像力にリアリティーを増すためにも細かく考えていくことが必要なのかもとは思います。

通信の発達というのは実体の移動と不可分のものであり、必要に応じて発展してきたものでしょう。それが実体の移動が難しくなった時にどうなるか、まず実体が平穏に収縮できるかどうかの方が心配です。
私が神奈川の実家を離れて熊本に就職した当時は電話しかなく、それも3分間450円という途方もない値段で、めったに親とも話せない状況でした。
それが、今では格安、そのためもあってか、親と弟は神奈川に、私は熊本に、さらに子供たちは兵庫に住むということになっています。それでもしょっちゅう電話で話をできるようになりました。
移動や通信が難しくなったら家族が固まって住むようにできるでしょうか。おそらく無理でしょうね。

まあこんな話を持ち出したのも、エネルギー減耗というのはとてつもない社会変動を引き起こすのが必定であり、その対策というのを考えるには早すぎるということはないと言うことを強調したいということです。

縮小社会での通信
雑草Z
>通信はどうなるかというのは、比較的小さな問題かもしれませんが、
>まず実体が平穏に収縮できるかどうかの方が心配です。

確かにおっしゃるように、通信の問題は、エネルギーや資源の縮小安定化と比べれば些細な問題かも知れません・・・と言うよりも、それらの困難な問題の解決後・・ランディングの後に考える問題かも知れません。しかし縮小過程では情報は重要かと思います。

>移動や通信が難しくなったら家族が固まって住むようにできるでしょうか。おそらく無理でしょうね。

そうでしょうか?・・・確かに分散してしまった家族が固まるのは難しくなる場合もあるかも知れませんが、

>各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

と言う極端な想定では、はじめから家族が遠く離れ離れに住む事はあまり無くなるでしょう。いくら幕藩体制に近いと言っても、それは規模の話であり、参勤交代があるわけではないでしょう。中央集権的でも無くなるでしょうし・・どのくらいの規模に落ち着いても、ローカル化が進めば、人の大移動も減るでしょうし、家族も余り離れ離れに住まなくなってくるように思います。
海外に移動する事も少なくなり、海外移住などはさらに減るでしょう。

>エネルギー減耗というのはとてつもない社会変動を引き起こすのが必定であり、その対策というのを考えるには早すぎるということはないと言うことを強調したいということです。

そうですね。エネルギーに限らず、全ての資源の縮小は大きな社会変化をもたらすでしょうね。危機や暗さを感じるでしょうけれど、あるべき姿に戻るとも言えましょう。



通行者草
石油については枯渇は中々しないという説もあるところですね。
NASAによると土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかったらしいです。
石油はTVが30年で枯渇すると言ってましたが、それは意図的に石油に関する経済的な指標を捉え間違えた結果のデマのようです。
石油権益・石油の値段の上下を決める権利独占したい人にとっては枯渇を宣伝する方が一般が運用できないイメージが刷り込めるため嬉しいのかも知れません。



通行者草
>NASAによると土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかったらしいです。
 説明不足でした。石油が中々枯渇しない説=無機起源説の裏付けでは?と提出した例です。


Re:
雑草Z
通行者草さん、初めまして。

>石油はTVが30年で枯渇すると言ってましたが、それは意図的に石油に関する経済的な指標を捉え間違えた結果のデマのようです。

テレビ以前から、石油採可年数は年々縮むどころか増えてきましたね。一時期は永遠に30年とかも言われていました。採可年数は確認された採可埋蔵量と需要で決められますからね。

>石油が中々枯渇しない説=無機起源説の裏付けでは

はい、それはありますが無機起源説だとかなり地球の深くまで石油が埋蔵していて、未確認埋蔵量がもっとあると言う事になりましょうか。でも、無機起源説でも、有限な事には変わりませんから、太陽光のように人類の歴史と比してほぼ無限大とは仮定出来ませんね。

>土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかった

それがあっても地球で使う事は出来ないでしょう。EPRが話しにならないでしょう。地球に持ってこようとしたら、それこそ地球の燃料の浪費ですし、地球環境も破壊するでしょう。


通行者草
>無機起源説でも、有限な事には変わりませんから、太陽光のように人類の歴史と比してほぼ無限大とは仮定出来ませんね。
 生成され続けてるなら有限ではないと思います。ただ、それとしても、人類の石油消費ペースに追いつかない可能性もありますね。この辺、自分は詳しく分かりませんが。どちらにせよ、無機起源説の存在は現状のエネルギーの有り様の、捉え方が全く異なって見えることになる重要な事柄ではあるかと思います。

地球温暖化といい、現在エネルギーは政治的な枠組みで動いているでしょう。
ですから石油がどのくらいの量あるのかはっきりしたことは素人には全然不明なところですね。
石油可採年数はTV報道の「あと〜年で石油が枯渇する」の裏付けと思いますがこれは純粋に経済的指標ですよね。もちろん埋蔵量と相関がない訳ではないが、石油埋蔵量を正確に一般大衆に伝える義務のある人間などいないと思います。
石油というのは値段がかなり吊り上ってきたものです。ここになんらかの思惑がないと思う方がおかしいです。

>それがあっても地球で使う事は出来ないでしょう。
 土星から地球へ持ってくるという空想話はしていません。ただ、土星に化石は存在しないので現在主流の有機起源説の逆証になるかと思い、この例を出しました。

今見返してみると、管理人さまはコメント欄にて無機起源説のお話も出していらしたんですね。それを見ずコメントしてしまていました。失礼致しました。

Re:
雑草Z
素早い御返事有難う御座います。

>生成され続けてるなら有限ではないと思います。

地球の内部エネルギーと材料を用いて作られるので、作り続ける事は出来ませんので有限です。(地球を無限の大きさと近似しない限り)この辺り、以前記事にしております。短いですので是非ご覧になって、コメントがあればまた下さい。
【代替エネルギーの条件】2008-10-9
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-338.html

因みにお時間が許せばこちらもどうぞ。
【エネルギー開発の落とし穴~メタンハイドレート開発に思う~】2014-2-23
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-740.html

私も石油の無機起源説は否定しませんが、かなり地中深くに存在し、自噴しない石油は、メタンハイドレード同様、EPR(エネルギー産出比)が割に合わないだろうし、地中深くから無理に採掘しようとすれば深刻な環境問題を引き起こすだろうと考えております。

>TV報道の「あと〜年で石油が枯渇する」の裏付けと思いますがこれは純粋に経済的指標ですよね。

確かにおっしゃる通りです。実は石油無機期限説が既に認められたのですが、石油メジャー党が口封じをしている・・・可能性だって否定出来ませんね。

>土星から地球へ持ってくるという空想話はしていません。ただ、土星に化石は存在しないので現在主流の有機起源説の逆証になるかと思い、この例を出しました。

前のコメントを読み返したら、確かにそのような意図ですね。失礼しました。確かに土星で石油に起因するものが見つかれば
>無機起源説の裏付け
に近づき、有力になって来るかもしれません。

>それを見ずコメントしてしまていました。失礼致しました。

いえいえ、興味深いコメントでしたので、歓迎です。
これからも宜しくお願いします。
 ×× ×× ×× ×× ××
※すみませんが、記事管理の都合上、Subject:欄 は空欄にしないで戴ければうれしいです。 “Re:” でも何でも構いません。


 +++   +++++    +++

ところで、洒落たHNをお使いですが、色々解釈出来る漢字構成ですね。何てお読みすればよろしいのでしょうか?



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コメント
この記事へのコメント
引用御礼
取り上げていただきありがとうございます。

ちょっと読み直してみて言い足りないところに気がつきました。
最初のところで、資本主義と科学技術の発展を促したことを罪の一つとしてあげていますが、これはなぜ罪なのか、こちらの「雑草の言葉」を良く読んでおられる方なら分かるでしょうが、そうでない人には簡単には納得できないことかもしれません。

資本主義は現在の格差横行社会、科学技術は環境汚染、過剰情報での社会不安など、これらは皆資本主義と科学技術の「副作用」ではなく、本来持っている害悪が表れてきたものと考えています。

この辺のところもご一緒に考えて頂ければと思います。
2014/12/24(Wed) 05:55 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
少し考えれば導き出せる結論
 少し考えれば導き出せる結論ですが、世界中のどの指導者もこのことを言いませんね。そして、一般人はこの現在の石油漬け社会が永遠に続く、または、代わりの資源があると信じている者がほとんどですね。

 この悪質な洗脳から脱することが出来なければ、文明は今世紀中に終わるでしょうね。
2014/12/24(Wed) 21:12 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
生きられ無かったかも・・?
 私が5歳位の頃 母の姉の田舎へ家族で行った時の事です

バスが母の姉の処に着いた時には日も暮れ、猛吹雪でした
電気も無かった当時 バス会社から電信で母の姉の処へ
身動きが出来ないと連絡が出来 馬車で迎えに来る様、依頼

もの凄い吹雪で もうバスも動けません 暫くして吹雪の中から
馬そりの音が聞こえて来ました とても今の車では吹き溜まりの
雪道は動けません 毛布も用意してくれた馬そりに私たち家族は
乗り込み5Kの道のりを馬に鞭を入れ猛吹雪の中 馬は汗なのか
身体中から湯気が湧き上がり必死で雪の中を突き進んで行きます

巧みに馬を操り鞭を入れる我が身内の逞しさ・・今の車では・・
生きてはいなかったと想う光景でした 着いた姉の処ではストーブ
の薪が赤々と燃え上がり私たち家族は一息付く事が出来ました

最近の自然災害を見ても現在の便利と思えるものに頼り過ぎると
停電や雪や大雨で命を落とす事が余りにも多いのです
2014/12/25(Thu) 09:18 | URL  | 団塊親爺の遺言 #-[ 編集]
「類・実現塾」立ち上げに伴う広告バナー掲載のお願い
突然のご連絡、失礼いたします。
「るいネット」という掲示板サイトを運営している株式会社類設計室です。

この度当社は「地域と社会を守る」高い志を持つ人材を育成する「類・実現塾」を創設する運びとなりました。
全寮制で生活費も支給する仕組みで、松下政経塾に代わる大衆サイドの人材育成を目指しています。

つきましては、貴ブログのトップ記事またはサイドバーの最上部に、入塾案内のバナーを2週間3万円で貼り付けていただきたくメールを差し上げました。
ご対応の可否を年内にご回答いただければ幸いです。

類・実現塾の詳しい内容は、下記ページからご覧いただけます。
http://nw.rui.ne.jp/jitsugen-j/jitsugenjuku.htm

お支払金額・方法の詳細については、ご回答いただいた後に改めてご連絡いたします。

2014/12/26(Fri) 23:13 | URL  | 株式会社類設計室 #no8j9Kzg[ 編集]
Re:引用御礼
こちらこそ、よくまとまった優れた記事を転載させて頂き、感謝致します。

>資本主義と科学技術の「副作用」ではなく、本来持っている害悪が表れてきたものと考えています。

ここの部分、重要ですね。おそらく大多数の人は、「副作用」若しくは、運用の失敗と言う風に捉えていると思いますが、そうでは無くて、本来持っている性質ですね。
「資本主義社会」Capitalist Society は、言葉自体とんでもないものだと思います。「資本家の(為の)社会」で労働者は資本の一つですから、奴隷のような扱いです。
2014/12/27(Sat) 23:59 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:少し考えれば導き出せる結論
現代文明は石油漬けで、石油が使えなくなったら社会の大半の機能が停止してしまう危険がある一方、このまま石油の大量消費を続けていても、環境汚染で、生態系が破壊され、生存出来なくなってしまうと言うジレンマがあるのですが、多くの人が「代替エネルギー」に期待して、そこに望みを賭けているようです。それは、これまでの歴史でも、バイオマス(木など)から、石炭、石油とシフトしてきて、今も風力発電や太陽光発電等様々な発電方式が有望視されている(・・とプロパガンダされている)からでしょう。(代替エネルギーの多くが、発電と言うところも危険です。)流石に原子力は危険と考える人が増えてきましたが、それでもEPRがお話にならない値で、石油の浪費に繋がっている事には気がつかない人が大部分でしょう。
 その意味でこのような記事を広めることは非常に有効であると思っています。
2014/12/28(Sun) 00:11 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:生きられ無かったかも・・?
 大変貴重な体験談、有難う御座います。興味深く読ませて頂きました。

 馬だって猛吹雪の中は走りたくないだろうに、

>馬は汗なのか身体中から湯気が湧き上がり必死で雪の中を突き進んで行きます

この部分、馬は凄いなと思いました。
 最近も道で車が埋もれて中で人が死ぬ(凍えるのでしょうか、酸素不足でしょうか?)事故が毎年起きていますが、こんな時は馬馬のほうが優れてますね。

>最近の自然災害を見ても現在の便利と思えるものに頼り過ぎると停電や雪や大雨で命を落とす事が余りにも多いのです

の通りですね。
映画にしたいような体験談、有難う御座いました。


2014/12/28(Sun) 00:22 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:「類・実現塾」立ち上げに伴う広告バナー掲載のお願い
「るいネット」はかなり画期的なサイトで、色々参考にさせていただいております。「るいネット」の<自然の摂理から環境を考える>は、当サイト<雑草の言葉>を始めた頃、一番参考にさせて戴いたサイトで、リンクもさせていただいております。当方の記事も多数ご紹介して頂き、感謝致しております。

当方は、「松下政経塾」は、あまり評価しておりません。出身者を見ても玉石混合と言うか、あまり評価できない方が多いと感じています。その意味で、「松下政経塾に代わる大衆再度の人材を育成」と言う謳い文句には興味があります。どのような展開になるか様子を見たいと思います。
・・・と言う事で、ちょっと迷いましたが、入塾案内のバナーを貼り付ける事にしたいと思います。宜しくお願い致します。
2014/12/28(Sun) 00:48 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
いつまでも供給出来るとしたら・・
 この記事は良くまとまっており、化石燃料の罪をこのように5つに分けることは私の発想外でした。そして最後の5番目のまとめ方も秀逸です。しかしこの5番目に

>いつまでも供給できるのであれば一つ一つ対策を立てていくのは不可能ではないことでしょう。

はどうでしょうか?②の環境汚染と言う事に関しては、これまででも非常に深刻に汚染されています。現在の環境問題の殆どが直接・間接化石燃料由来と言ってもいいでしょう。環境に放出された石油由来の物質は、生態系の循環をしないものが主ですので、環境汚染は続きます。この調子で後百年も環境汚染が続けば生物が生きて行ける環境が破壊され尽くすかも知れません。

石油のドーピングによる食物生産も、自動車社会も、化石燃料に依存し過ぎた利便性も、もう過剰でしょう。記事の最後の結論にもありますように、石油中毒からは早く脱しなければならないので石油供給が無くなると言う見通しは、厳しめにすべきだと考えます。シェールオイルだとかメタンハイドレ―トだとかに期待を抱くことは良くないですからね。(爽風上々さんも同意見だと思います。)
化石燃料が無くなろうが無くならないだろうが、痛みを伴った脱化石燃料は必要な事ですから、厳然とした枯渇(採掘の限界)のリミットがあった方がいいかも知れません。


2014/12/28(Sun) 18:12 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
不可能か可能か
「不可能ではないことでしょう」というのは、まあほとんど可能性はなくてもゼロではないという程度のものです。
この文章でまさか安心してしまう人は居ないとは思いますが。

それよりも「確実」であるのは、事実上「なくなること」ということです。
これも「まだ存在する」ということが明らかであっても使えないということになるでしょうから、「枯渇リミット」というものは認めたくない人は認めないといった曖昧な状態になるでしょう。

アメリカのロシア潰しの意図が見えるシェールオイル開発で少し原油価格が下がると「これでエネルギー問題解決」などという記事が踊るようなレベルですので、もう少しはっきりした状態になるまでは何も動かないかも知れません。

しかしその時が来たら社会全体に絶望感が広がるかもしれません。それでもその絶望の中で、以前にこのような事態を予測した文章を読んだということに思い当たる人が少しでも増えるように、書き続けていく必要があるのでしょう。
2014/12/28(Sun) 21:54 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
不可能か可能か
(前のコメントは考えがしっかりまとまらないまま書いたので分かりにくいかと思います)

前の4つの問題が解決可能かどうかという点について、まずほとんど不可能であるとは思います。
しかし、私自身が最大の問題と考える「石油供給不安」と比べればまだ可能性はあるということを著すための、表現上のテクニックとして「解決可能」と書きました。
まあ、これは「自動車は社会の害なので廃止しよう」という問題と同じくらい解決可能性は低いと言う事です。

また「石油中毒」にどっぷりと使った人々(ほぼ全員ですが)にリミットを認識させるというのは非常に難しいのは確かです。
なにか衝撃的な事件が起こらないと目が開かれないとは思いますが、それがどのようなものかは分かりません。

少しでも理解できる人々が増えるように思いつく限りのことを書いていくのが微力ながらも自分のできることかと思います。
それが誰かの頭の片隅に残っていて、大変な事態になった時に思い出してくれるかも。というのが前のコメントの最後の部分でした。
2014/12/29(Mon) 05:20 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
枯渇がいいのか悪いのか?
私が
>いつまでも供給出来るとしたら・・

とのコメントを書いた意図は、

当方は、石油は早く(実質)枯渇した方が、人類の為かも知れないと考えていましたので、化石燃料が「やがて無くなる事」が石油の大罪になるかと言う事です。

急に石油の供給が、需要量よりも遥かに下回る状況になれば、社会は大混乱を起こすでしょう。それまで築かれて来た石油依存社会が機能しなくなり、食料も足りなくなり社会は大パニックを起こすでしょう。深刻な事態となります。

だからと言って、化石燃料が枯渇しないとして・・・それは現実離れなので・・・化石燃料が実は化石燃料では無く、例えば無機起源で、地球の地下深く、マントルあたりから供給されるもので、埋蔵量が現在確認されている量の数十倍あったとして、後百年は十分に供給できるとしたら、事態は好転するか?・・・と考えたのです。環境汚染はさらに深刻になり、もっと化石燃料依存社会になり、問題の先送り肥大化になるのではないかと言う事です。だから、枯渇する事は、人類が生存できるチャンスなのかも知れないと考えたのです。

>なにか衝撃的な事件が起こらないと目が開かれないとは思いますが、

そうですね。そしてそれでも駄目かも知れません。(・・駄目では無いような『衝撃』と言う事ですよね?・・)結局、化石燃料の供給がどんどん減って、高騰し、好むと好まざるとに関わらず、脱化石燃料、否が応でも進まなければ無くなる事でしょうか。・・戦争の危機も高まりますね。その時に、代替エネルギーに期待をする(「一縷の望みを賭ける」と言った方が適切でしょう。)のではなく、エネルギー大量消費社会にきっぱりと決別する事が重要と考えます。

2014/12/29(Mon) 18:45 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
枯渇は良いことかも
まさに私も考えている通りで、なるべく早く枯渇してくれた方がまだ良いと思います。
本当は30年以上前に枯渇してくれていたのが良かったのかも知れませんが。

もはや生まれながらに石油どっぷり時代という人々が(我ら世代も含め)社会の中央を占めるようになってしまいました。私たちの親世代(大正から昭和初期生まれ)ならまだ石油の無かった時代の生活が記憶にあるでしょうが、自分たちのような定年後の者にもその記憶がありません。
現役の社会の担い手がすべてそういった人々になってしまいました。もう平和的な解決には遅いのかもしれません。
2014/12/30(Tue) 10:06 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:枯渇は良いことかも
当方の疑問の呈し方が、誤解される書き方で、遠回りの御労力をお掛け致しました。爽風上々さんも、「枯渇は良いことかも」と考えていらっしゃることを知って、嬉しく思います。更には、
>本当は30年以上前に枯渇してくれていたのが良かったのかも知れませんが。

と言うコメントまで頂けるとは予想外でした。

以下余談になりますが、

>もはや生まれながらに石油どっぷり時代という人々が(我ら世代も含め)社会の中央を占めるようになってしまいました。

との事ですが、爽風上々さんのような都会育ちの方と違い、福島県や岩手県の田舎育ちの私が子供の頃は、石炭のような化石燃料はいろいろ使われておりましたが、石油はあまり使われていなかった記憶です。石油ストーブが真新しかったのを記憶しております。
幼い頃は、お風呂も薪でした。炬燵も練炭でした。小学校のストーブも薪で、当番は枯れて乾いた杉っ葉を拾ってきて、薪に点火していました。家には自家用車もありませんでしたし、蒸気機関車もかなり後まで(1970年代中頃まで)普通に交通手段として利用されていました。テレビ等では、「さようならSL」とか「記念に特別にSLを走らせた」とかやってるのに、会津では普通にSLが線路を走っておりました。

だから田舎の人々は石油にどっぷりと漬かり始めたのは1970年代の途中頃からだと思います。それでも現在は老若男女、みんな石油にどっぷりと漬かっていますね。昔使っていなくても一旦、麻薬に手を出すと、なかなか抜け出せませんからね。
2014/12/30(Tue) 17:41 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
会津のSL
実は私は少年時代にSLファンでして、蒸気機関車最後の時代にあちこち写真を撮りに行っておりました。
残念ながら会津には行く機会がありませんでしたが、中央西線、関西本線などは何度も訪れ、一番遠くに行ったのは秋田、山形まで行き奥羽本線の最後のSLも撮影したものでした。

今も復活させたSLが運行しているところは何箇所もありますが、定期運転しているJR九州のSL人吉は我が家のすぐ近くを通っていますのでこれまでも何度も撮影に行っております。

SLを廃止に追い込んだ論理というのもまったく不公正・不合理なもので、当時の国鉄の赤字なるものも自動車普及のための作られたものであることが明らかです。石炭へのエネルギー資源分散という施策を取った方がはるかにまともな社会になっていただろうと思いますが手遅れでした。

2014/12/31(Wed) 10:15 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
石炭と日本のエネルギー自給率
 以前、上々さんが、鉄道ファンであった事をコメント欄に書かれた事がありましたね。鉄道の中でもSLファンだったのですね?

>秋田、山形まで行き奥羽本線の最後のSLも撮影した

そこまで行くとは、本当に好きだったのですね。奥羽線の最後のSLは何年頃でしたか?

>SLを廃止に追い込んだ論理というのもまったく不公正・不合理なもので、
>当時の国鉄の赤字なるものも自動車普及のための作られたものであることが明らかです。

これらは初耳です。アメリカでは、自動車普及の為に酷い事をして来たのは知っていましたが、日本でもそうだったのですね!?
(アメリカでのGMのやり方はあからさまで、石油会社やタイヤ会社、トラック会社などと組んで、ダミー会社を設立し、弱小鉄道会社を買収しては閉鎖していったとの事です。ロサンゼルスでは電車は灯油をかけられ焼却されました。・・・庶民の足を奪っておいて、車を売ったのです。)

>石炭へのエネルギー資源分散という施策を取った方がはるかにまともな社会になっていただろうと思いますが手遅れでした。

なるほど、石炭の日本の自給率は、米の自給率のようにほぼ100%可能だったかと記憶しています。(確か輸出も可能だったとか・・・)しかし、炭鉱は一旦閉鎖すると構内が荒れて石炭も水びたしになり使いものにならなくなる・・・のような事を、槌田敦さんの本で読んだ記憶があります。折角のエネルギー自給体制を、何らかの思惑・陰謀によって破壊されたのですね!?
凄い情報です。有難う御座います。





2014/12/31(Wed) 17:20 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
ローカル線潰しの論理
奥羽本線最後のSLを見に行ったのは確か1971年だったと思います。高校2年の時で奥羽本線が電化する直前の時でした。車中泊をしてさらに秋田駅前の旅館にも1泊するという結構大変な旅程でした。
しかし、あの時のSLの雄姿はまだ記憶に残っています。

その頃に赤字線の攻撃のために使われた論理が「100円を稼ぐのに○○円」というものです。たいていの国鉄路線は赤字でした。それを埋めるために国家予算が使われるというように言われ、廃止するのが当然というような言い方をされていました。
確かに当時の国鉄は人員も過剰ではありましたが、実はそれを廃止して残る自動車交通というものは鉄道以上に公費を注ぎ込んだものだということは伏せられたままでした。

自動車の税金は高いと言われていますが、それ以上に多額の国費が道路整備などの経費として費やされています。それも自動車交通の費用として計算すれば明らかにコスト割れしているのは間違いありません。
若干のガソリン税などは負担はしていますが、それ以上の税金をかけて道路基盤整備をしているわけです。
鉄道では新規路線開設の時だけは国費を使っていたようですが、それ以降はすべて国鉄の負担でした。
もうちょっと公平にやってくれれば国鉄のローカル線も生き残っていたかもしれません。

国内の石炭は品質は悪いとは言われていましたがまだ数量は十分に残っていると思います。この先、エネルギー資源欠乏の時の穴埋めには十分に使えると思います。それだけは救いかもしれません。
2014/12/31(Wed) 22:32 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:ローカル線潰しの論理
明けましておめでとうございます・・年越しを挟んでの議論ですね・・今年も宜しくお願い致します。

>奥羽本線最後のSLを見に行ったのは確か1971年

やっぱり地方では1970年代までSLが使われていたのですね。それに対して東京の山手線などは、かなり早くから電化されていたのでしょうね?

>それを埋めるために国家予算が使われるというように言われ、廃止するのが当然というような言い方をされていました。

ローカル線が廃止されるのは寂しいけれど、そう言われると仕方が無いのかな?・・・と私も騙されていたかも知れません。それによって地方は自動車社会になってしまいましたね。まんまと自動車産業と癒着した政府のプロパガンダに騙されたわけですね。

>自動車の税金は高いと言われていますが、それ以上に多額の国費が道路整備などの経費として費やされています。それも自動車交通の費用として計算すれば明らかにコスト割れしているのは間違いありません。

言われればなるほどその通りですが、言われるまで

>赤字線の攻撃のために使われた論理が「100円を稼ぐのに○○円」

に惑わされてしまいますね。私も考えが及びませんでした。・・・と言うよりも膨大な自動車税は、道路整備に使われた後もおつりがきて他に回せる・・・と思い込んでいました。

エネルギー効率から言っても鉄道のほうがいいに決まっていますし、ローカル線は廃止する必要は無かったのですね!?
現在、私鉄と地方自治体との第三セクターの形で運営されているローカル線も頑張っています。私は鉄道ファンと言う訳ではありませんが、会津から浅草に抜ける会津鉄道は大の贔屓で、東京方面に行く時は出来るだけ利用しています。

>この先、エネルギー資源欠乏の時の穴埋めには十分に使えると思います。それだけは救いかもしれません。

日本ではかなり以前に石炭の時代は終わったように思わされていましたが、中国をはじめ、石炭が一般に使われている国はまだまだありますね。現在、石炭の環境汚染は石油より酷い状況ですが、それこそ日本の技術力で解決出来るでしょう。自国の石炭を使う事は石油を輸入するよりも様々な意味で・・脱エネルギー大量消費と言う意味でも・・いいと思います。

目から鱗のコメント、有難う御座いました。
2015/01/01(Thu) 11:54 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
公共交通、石炭など
エネルギーが高価となり使いづらくなったとしても移動手段、運搬手段としての公共交通は当分のあいだ必須のものですが、どのような形にしていくかというのは緊急の課題になっています。

地方では特に高齢化が進み自動車運転ができなくなった老人が増えるということで、模索が続いています。
民営のバスなどは採算が取れないために撤退が相次ぎ、自治体が多くを負担するというバス路線が設定され、わが町にも数路線走るようになり、そこそこ客も乗っているようです。
もちろん、赤字なのは当然ですがそれすら無くなったら全く移動手段がなくなります。

50年以上前は自動車はあったにしても全家庭にあったわけではないのですが、買い物、銀行や郵便局、役所の出張所、学校などは徒歩や自転車の圏内にあり、不効率でコストは高かったとは言え不都合は無かったはずです。
しかしそこからモータリゼーションの名の下にすべてを集約化する方向で進んでしまい、現在の惨状につながりました。

鉄道は公共交通手段としては非常に優れたものなのですが、設備の建設維持に大変なコストがかかるのである程度の輸送需要があるところでなければさすがにむずかしいでしょう。やはり都市間の輸送程度の規模になります。
都市内では路面電車が有効なのですが、これもある程度以上の人口を持つところでなければ維持できません。
やはり少ない人口密度のところではバスが不可欠でしょう。
しかし、現状のまま人の住むところにはすべてバスを走らせろというのは無理です。人の暮らし方から変えなければならないところも出てくるのはやむを得ないかもしれません。

石炭は一時はほとんど衰退してしまったのですが、石油が1バレル5ドル以下の時代から10ドル台以上になったところで、かなり復活してきています。
しかし、その用途は限られてしまい発電や蒸気発生のボイラーが主となっています。
これは、石炭が古代の木材などが埋もれて高温高圧で炭化が進み、ほぼ炭素だけになっているという特性によるもので、石油が複雑な炭化水素の混合物であるのとは異なります。
そのために、化学工業の原料としては使えないと言うことになります。

つまり、プラスチックなどの合成化学工業というのは石油ストップで終わらざるを得ないと言うことになります。
石炭はその後もしばらくは供給できるのですが、熱源としての役割のみになりますので、かなり社会の形も変わってくるでしょう。

石炭の環境汚染というものは、石油でもかなり共通した問題なのですが、硫黄や窒素の不純物があるためにそのまま燃やせば硫酸や硝酸などの関連する化合物が多く排出されます。
石油はそれらの不純物を除くことが比較的容易なのではないでしょうか。石炭は固体のためにむずかしくなります。
さらに、固体の石炭の燃焼は完全に進めるのがむずかしく燃え残りは煤煙となって微粒子が飛び散ります。いわゆるPM2.5などと言われるものです。
これも完全燃焼をさせるための装置改良が行われています。

日本の石炭は完全な炭化まで行き着かない泥炭に近いもので、品質は劣っているのですがないよりはましということでしょう。しばらくはつなげるだけのものはあるのかもしれません。
2015/01/02(Fri) 06:01 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:公共交通、石炭
私の町でも、公共交通機関としてのバスは乗客が少ないけれども、廃止にならずに頑張っています。私も、自転車が使えない冬場や雨の日等には、なるべくバスや電車の公共交通機関を使うように心がけていますが、自家用車を使ってしまう事も多いですね。会津地方では4カ月間くらいは冬場ですが、酷いのは、除雪は車道優先で、歩道や自転車道は放置されたり酷い時には、歩道に車道の雪が寄せられます。

>買い物、銀行や郵便局、役所の出張所、学校などは徒歩や自転車の圏内にあり、不効率でコストは高かったとは言え不都合は無かったはずです。

 役所全体の人件費と言う意味では不効率かも知れませんが、住民にとっては、決して不効率ではなかったと思います。便利だった筈です。社会全体のエネルギー効率的にも自動車社会のほうが遥かに非効率だと思います。モータリゼーションは人間の活動範囲を無駄に広げてきたと思います。

>石炭は一時はほとんど衰退してしまったのですが、石油が1バレル5ドル以下の時代から10ドル台以上になったところで、かなり復活してきています。

中国あたりでも、石炭が衰退して殆ど石油になってしまった時代があったと言う事でしょうか?

>石炭が古代の木材などが埋もれて高温高圧で炭化が進み、ほぼ炭素だけになっているという特性によるもので、石油が複雑な炭化水素の混合物であるのとは異なります。

確かに石炭は発熱によるエネルギーとしての利用しか一般的ではありませんが、なるほど、そういう理由だったのですね!?・・・石炭から石油を作ると言う話もあったようですが、それはかなり非効率で、現実的ではないと言う事でしょうか?

>石炭はその後もしばらくは供給できるのですが、

石炭の確認埋蔵量は、熱量換算で石油の5倍くらいはありますね。究極埋蔵量は10倍以上と見られてます。再生不可能エネルギー資源としては最大であり、ポスト石油としては(石油の前のメインエネルギー源ですから、「ポスト石油」と言ういい方は適切ではないと思いますが)実は最も有力ではないかと思っております。・・ただ、環境負荷が大いに心配です。

>石炭の環境汚染というものは・・・固体のためにむずかしくなります。

使用前に不純物を取り除くのは困難でしょうが、使用しているときにフィルター等で取り除くのは難しくないのではないでしょうか?・・・実際中国では日本の技術が活躍しています。・・自動車のような個人的な小さな使用では、固体の石炭の使用は非効率で、不純物の除去もかなり不完全になるでしょうが、工場等の大規模使用の場合は、石炭はまだまだ有効で、排煙中の環境汚染物質もかなり除去できると考えますがどうなのでしょうか?・・大規模工場のエネルギー源として(発電も含め、日本に埋蔵量も多い)石炭は結構有効ではないかと考えておりますが如何でしょう?・・・やはり心配なのは環境汚染です。

2015/01/03(Sat) 14:04 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
一時的には石炭社会
排出防止の最新の装置については詳しくありませんが、すべてを排出口のフィルターだけで取るのは難しいでしょうから石炭火力の蒸気機関車の再登場と言うのはむずかしいのではないかと思います。
内燃機関への応用も難しいと思いますので石炭自動車と言うのも実現はしないでしょう。

自動車については色々と文句が言われてはいますが、石油がなくなれば水素か電池しか実現は困難かと思います。その実用性は怪しいものでとても現在のような自動車社会の維持は困難でしょうが。

中国では石油が安価な時代には自由に輸入するような国力は無かったのでそもそも石油時代というのがほとんど到来しないままで、現代になりようやく石油を輸入するだけの力ができたということでしょう。
それでも自動車に使う程度でその他の熱源用には使われていないのではと思います。また、化学工業原料としてはどの程度発展したのかは詳しくはありません。そのようなコンビナートができていればそれに応じた使用量もあるのでしょうが。

石炭社会が一時的にせよ復活した時に、現在のような化学工業でプラスチックを作ると言うことがどのようになるのかはむずかしい問題です。
プラスチックが無くなると自動車以上に現代社会の根本を揺るがすことになるかもしれません。
植物由来のプラスチック原料というものも試作品はできてはいますが、大量の需要を満たすことはできないでしょう。
その意味でも、最小限の石油はプラスチック用に取っておくという必要はありそうです。
2015/01/03(Sat) 22:36 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:一時的には石炭社会
石油の生産量が減ってきたときの化石燃料の代替は、埋蔵量や実績から言って、石炭と天然ガスが有力でしょうけれど、その後に及んでも化石燃料の浪費が続くようでは、環境汚染が酷過ぎて(天然ガスは石油よりも環境負荷が小さいとは言っても、安心できるレベルからは程遠いでしょう)、生態系が大打撃でしょう。考えただけでぞっとします。

>石油がなくなれば水素か電池しか実現は困難

どっちにしても電力を動力に使うと言う、エネルギー効率の悪い事をするわけですね。これまた環境負荷が大変です。電池自動車や燃料電池自動車が、環境に優しいなんてとんでもプロパガンダですからね。

>植物由来のプラスチック原料というものも試作品はできてはいますが、大量の需要を満たすことはできないでしょう。

そうですね。バイオエタノールと同じような愚を犯すでしょうね。

>最小限の石油はプラスチック用に取っておくという必要はありそうです。

そうとも考えられますが、プラスチックは生態系を循環しないので厄介です。バイオマスをそのままの素材で使う伝統的道具もベストに近い選択だと考えております。



2015/01/04(Sun) 02:21 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
自動車社会
ここで本文のもう一つの話題に触れるわけなんですが、「自動車社会」でもある現代社会というものは簡単には転換不可能でしょう。
人間の移動、貨物の物流のほとんどすべてが自動車化し、それに合わせる形で変化してきた社会は今日のようにいくら燃料が高騰しても逃げ道はありません。
水素の燃料電池というものは、エネルギーの浪費であるのは言うまでもないものですが、それでも進めているのは石油が使えなくなった後を見越しているからでしょう。
確かに無尽蔵で安価な電力があれば多少の事故はあっても進められるでしょうが、もはや無理なのは明らかになってしまいました。

現代社会でとくに都会以外の地方では通勤通学、買い物や銀行郵便局への用足しに至るまですべて自動車が無ければできないことばかりになってしまいましたが、これを自動車無しに維持することはできません。コミュニティーバスなんていうものではどうしようもありません。
そうなるとそもそも住む場所をコンパクトにしてしまうか、非効率でもすべての機能を集落ごとにコスト無視で持たせるか、いずれにせよ市場原理などでは対応できない社会変革が必要になります。
そんななかでも最低限の移動手段としては水素や電池の自動車が必要となる時代がしばらくは続くだろうと思います。

バイオマスについては、日本は世界でも豊富な森林国ですが、現在の豊富な森林資源は戦後にほぼすべての用材を輸入するようになったために維持されているだけで、輸入が途絶えればあっという間に枯渇して全国すべてが禿山になるでしょう。
江戸時代の3000万人の人口でその当時の生活程度でも完全には再生できず、森林はどんどんと減少していきました。
今の13000万人が燃料から容器まですべてを日本の森林に頼ることになればその結果は明らかです。
石油の減少というものは、燃料としての面ばかり意識されますが、実はプラスチックの問題の方が人の生活への影響は大きいかもしれません。
2015/01/04(Sun) 06:44 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:自動車社会
自動車社会 と バイオマスの使用 
について分けてお答えさせて頂きます。


自動車社会について

>現代社会でとくに都会以外の地方では通勤通学、買い物や銀行郵便局への用足しに至るまですべて自動車が無ければできないことばかりになってしまいましたが、これを自動車無しに維持することはできません。

50年ほどかけて自動車社会に変えられてしまったのですが、それを今度は元に戻せばいいだけの話です。勿論、自動車会社や石油関連会社、及びそれらと癒着した経済成長絶対政府が舵を取らないのが問題でしょう。民意が大切でしょうね。

将来的には、地産地消可能な自給自足的コミュニティーでなければ社会は持続出来ないと考えます。とすると、地方の田舎のほうが遥かに有利で、輸送手段で周辺地域から収奪して、高エントロピーを排出している都市のほうが崩壊する可能性は遥かに高いでしょう。

>住む場所をコンパクトにしてしまうか、非効率でもすべての機能を集落ごとにコスト無視で持たせるか、

エネルギーが枯渇に向かい高騰して消費にも多大な制限が付くようになれば、50年以前のように多くの機能を集落毎に持たせるようにするしか無くなるでしょう。先のコメント(1/03)にも書いた通り、それは必ずしも非効率ではありません。エネルギー消費から考えれば効率的でしょう。それにインターネットが発達した現在は、直接人間が行かなくてもネットで済ませられることが沢山あるので、ローカル化にネットは威力を発揮するでしょう。
2015/01/04(Sun) 13:19 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
バイオマスの使用について
バイオマスについて、

現在のエネルギー消費水準をバイオマスで代替しようとする事は愚かな事で、爽風上々さんのおっしゃるように、直ぐに日本中が禿山になってしまいます。先のコメントに書いた事は、現在プラスチックに取って代わられた多くの物をバイオマス素材をそのまま・・・つまり木などをそのまま使う方向に戻すべきだと言う事です。勿論割り箸のような使い捨て製品は作らずに、長持ちさせるけれどもやがては自然に朽ちて生態系を循環するものと言う意味です。プラスチックは生態系に循環しないのが最大の問題ですし、わざわざ回収してリサイクルするのもエネルギーの投入が必要です。・・・腐るプラスチックも開発されてますが、普通に木を使えばいいだけの話です。勿論、素材としてプラスチックが優れている点も否定出来ませんから、必要最小限で使っていくのがいいと考えます。
2015/01/04(Sun) 13:21 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
社会の形
今のような東京集中という形態はあくまでも安価な物流と言うものがあってのことで、それが崩れれば大きく変わってくるでしょう。
本当の意味での地産地消というものが始まる時代になってくるのですが、現在のような自分のところの消費は自分のところの産物で賄いたいが、自分のところの産物は他の地方にも売りたいなどというものではありません。

非効率ではあっても地方地方であらゆる産物を作る製造業が復活せざるを得ないでしょう。そうすればそれに必要な人口も地方に戻ってくるでしょうから東京などの都市圏人口というものも減るしかないのですが、これをスムーズに移行させるというのは困難で、やはりかなりの摩擦を伴うのではないでしょうか。

なお、現在のような高度情報化社会というものは維持できるかどうかは分かりません。エネルギー消費と言うものは確かに少ない産業ではありますが、その必要というものがどこまであるでしょうか。

石油と言うもので作られてきたこの社会が石油を除いてしまうとどうなるのか、以前のままの社会ではあるわけはないのですが、なってみるまでは想像を超える変化があるのかもしれません。
2015/01/04(Sun) 21:25 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
木と紙の時代
薪や炭として熱源に使うのは木材の使用法としてはひどくもったいない方法ですので、できるだけ制限するべきなのですが難しいでしょう。

やはり容器として、また包装用紙として木や紙で使うのがふさわしいのは確かなのですが、これだけに限っても現在の使用量は木材の生産量を大きく上回っていると思います。
さらに木材は建築用としても使わざるを得ず、それにもかなりの程度の量を割かざるを得ないでしょう。

とにかく、何をするにしても植物と言うのは引く手あまたということになるでしょう。下手をすると農業用の肥料原料も競合してくるかもしれません。
実はこれは現在の石油の使用法と似たような状況なのかも知れません。
何をするにも石油という現代から、何をするにも木材という近未来ということでしょう。
少なくとも熱源だけはまだ残っている石炭を使いたいものです。
2015/01/04(Sun) 21:33 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:社会の形
>現在のような自分のところの消費は自分のところの産物で賄いたいが、自分のところの産物は他の地方にも売りたいなどというものではありません。

それは、本来の意味から言っても地産地消ではありませんね。 例えば、食料自給率の低い日本に於いて、安全で高級な食品を中国など海外に輸出するのはもってのほかだと考えています。・・食料の増産を促し、食料自給率も上がるのなら、意味はあるかと思いますが。

>非効率ではあっても地方地方であらゆる産物を作る製造業が復活せざるを得ないでしょう。

程度の問題はあるでしょうが、私は地方分散の生産は非効率だとは考えません。集中的な大量生産は、あくまでも安価な、そして環境負荷の少ない輸送手段がある場合、仕方ないか・・・って程度でしょう。これまで、環境汚染の対価を払わない見掛け上「安価な」大量生産によって、地球環境はかなり汚染されて来ました。
 例えば、食物は勿論、飼料さえ海外から輸入するって、どれだけ愚かな事でしょうか?

>そうすればそれに必要な人口も地方に戻ってくるでしょうから

これについても、現在の政権のよう地方創生策はあまり意味が無いと考えます。好まざると好むとに関わらず、そのうちに地方の時代になりましょう。例えば、食料不足が続けば、地方に脱出しようとする人は増えるでしょう。小手先の「地方創生策」は必要ありません。

>現在のような高度情報化社会というものは維持できるかどうかは分かりません。

当方が先のコメントで

>インターネットが発達した現在は、直接人間が行かなくてもネットで済ませられることが沢山ある

と記したのは、色々な事務手続きや会議、教育等が在宅で出来るので都市に住む必要は無くなると言う事です。
そんなこんなの理由で、21世紀は地方の時代に移行すると考えております。そのうち記事にしようと考えています。
2015/01/05(Mon) 19:47 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
木材
一時期、「日本の林業の復活の為に、割り箸の生産を増やすべきだ」・・・などと言う近視眼的なことが言われて来ましたが、それは愚の骨頂で、使い捨ての製品は極端に減らすべきですね。

>これだけに限っても現在の使用量は木材の生産量を大きく上回っていると思います。

繰り返しになりますが、現在の物の浪費レベルを木で補え・・・と言う事は述べておりません。さらに、木が補えないからプラスチックで・・・というのにも反対です。兎も角、消費レベルを桁違いに下げる事しか良策は無いと考えます。

その上で、生態系の循環をしないプラスチックの使用を、バイオマス・・木材等に変える・・戻すべきだと言う事です。

>さらに木材は建築用としても使わざるを得ず、

それは地上の森の存亡に関わる大きな問題ですね。日本は高度経済成長時代から「経済的な理由」で日本の木は切らずに、東南アジアなどの木を大量に切って来ましたからね。日本はフィリピン、インドネシア、マレーシアの木を切り尽くして、今度はシベリアやカナダなどの森林も大量に切っています。・・・中国などももっと酷い伐採を行っています。江戸の大火でさえ木が不足する事態に陥ったのですから、現在の木の使用は浪費の極みです。新築などにも制限をかけるべきでしょう。・・・行きつくところは、脱経済成長でしょうね。
2015/01/05(Mon) 20:12 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
製造業の効率
製造業の効率を経済的なコストだけで考えるなら輸送コストが安い間(輸送燃料が安価)はできるだけ生産を集中させた方が効率が上がります。
現在はそれが国を越えて世界的にまで拡大していますが、その前提の安価な輸送が崩れれば効率は逆転します。おそらく各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

そうなった時にはネットがいくら存在しても使う価値も無くなるかもしれません。

とはいえ、そこまで行くのは相当先の話にはなるでしょう。船の輸送コスト(経済もエネルギーも)はかなり安いらしく、しぶとく生き残るようです。
2015/01/06(Tue) 05:42 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
木の器
もちろん、現在のプラスチックの果たす役割をすべて木材に押し付けるのは不可能です。それこそ見る見る間に禿山ばかりになるでしょう。

石油が高騰するというと、自動車燃料や電力などの話ばかりが出るような気がしますので、他の面でもこんなに大変なことになるという一例としてプラスチックがあるということを強調したくて話を出しました。

なお、先日読んだ本によれば現在はほとんど草原や砂漠というイメージのところでも古代、人類が住み着くまでは森林だったというところが非常に多いそうです。中国の華北やギリシャなども今ではまばらに木が生えるだけのところですが、古代にはうっそうとした森だったということです。
中東ですらレバノン杉のように大木がありました。
それらの木は燃料用としても伐採されましたが、一番の用途は建築用材そして船の用材だったそうです。
以前は森林というのが文明の存立条件そのものだったのでしょう。無くなるとどんどん文明は移動していきました。
今ではそれを石油が担っていますが、今度は無くなっても代わりはありません。
2015/01/06(Tue) 05:51 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
通信、ネット環境
>安価な輸送が崩れれば効率は逆転します。おそらく各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

この辺り、意見の不一致は特にないと考えます。お互い同じ事を主張していますね。まあ、いきなり江戸時代まで持ってきたのは極端ですが、私もその手の極論は必要だと考えます。

>そうなった時にはネットがいくら存在しても使う価値も無くなるかもしれません。

ここが上々さんと私の考えの違いですが、私はネット環境と言うのを通信手段と言う意味で使っております。コミュニティ毎に独立しても、情報は必要です。例えば近くのコミュニティが右翼化して他のコミュニティを占領しようと考えるかも知れないのです。独立していても他のコミュニティの動向を知る必要はあるでしょう。もっと一般に、同じコミュニティ内でも、例えば50km離れた場所での用事は直接会わないでメールのやりとりで済むわけです。その方が時間の効率でもエネルギー節約でもいい筈です。それとも、インターネット環境を整えるには色々設備投資が必要で、資源の浪費になるから、ネット(メール等)は使わない方がいいとお考えですか?・・・それなら私も賛成です。
確かに江戸時代ならネットはありませんけどね(笑)。


2015/01/07(Wed) 18:29 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
バイオマスの使用
 基本的に私もバイオマスの使用に関しては、爽風上々さんのように(以上に?)危惧しております。何度もかいたように(ここのサイトでも何度か取り上げています。)現在のプラスチックの浪費レベルの無駄な使用を代替せよ、とは考えておりません。

>草原や砂漠というイメージのところでも古代、人類が住み着くまでは森林だったというところが非常に多いそうです。中国の華北やギリシャなども今ではまばらに木が生えるだけのところですが、古代にはうっそうとした森だったということです。

中国、ギリシャだけでなく、過去に栄えた文明の殆ど・・四大河文明は全てそうですね。ナイル川のエジプトも、チグリスユーフラテス川のインダスも・・・更にはイギリスの草原も、ドイツもみんな森を切り尽くして草原や岩場、そして砂漠になった筈です。流石にサハラ砂漠はそう言った証拠はまだ見つかっておりませんが・・・。

だからこそ経済活動は桁違い(十分の一でも駄目でしょう。)に減らさなければならないと言う事です。そこを踏まえた上で、プラスチックは再生可能ではないし、生態系を循環しないので、ある部分を木に戻すべきだと言う事です。(ガラスや鉄も使う事になりましょう。)現在、ヨーロッパのオーストリア等では、木を毎年成長して増えた量と同じ量しか木を切ってはいけないと言う取り組みが為されています。それでもかなり使えるようなことが言われていますが、私は結構懐疑的です。しかし、その増えた分(以下)しか使わないと言う考え方は大切で、現行よりも遥かに少ない使用量になるでしょうから、それこそ経済縮小に繋がるでしょう。
2015/01/07(Wed) 18:32 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
エネルギー減耗時代の通信
エネルギーが少なくなり、人や物資の移動も難しくなるとしたら通信はどうなるかというのは、比較的小さな問題かもしれませんが、そのような時代の社会を考えていく上では想像力にリアリティーを増すためにも細かく考えていくことが必要なのかもとは思います。

通信の発達というのは実体の移動と不可分のものであり、必要に応じて発展してきたものでしょう。それが実体の移動が難しくなった時にどうなるか、まず実体が平穏に収縮できるかどうかの方が心配です。
私が神奈川の実家を離れて熊本に就職した当時は電話しかなく、それも3分間450円という途方もない値段で、めったに親とも話せない状況でした。
それが、今では格安、そのためもあってか、親と弟は神奈川に、私は熊本に、さらに子供たちは兵庫に住むということになっています。それでもしょっちゅう電話で話をできるようになりました。
移動や通信が難しくなったら家族が固まって住むようにできるでしょうか。おそらく無理でしょうね。

まあこんな話を持ち出したのも、エネルギー減耗というのはとてつもない社会変動を引き起こすのが必定であり、その対策というのを考えるには早すぎるということはないと言うことを強調したいということです。
2015/01/09(Fri) 14:58 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
縮小社会での通信
>通信はどうなるかというのは、比較的小さな問題かもしれませんが、
>まず実体が平穏に収縮できるかどうかの方が心配です。

確かにおっしゃるように、通信の問題は、エネルギーや資源の縮小安定化と比べれば些細な問題かも知れません・・・と言うよりも、それらの困難な問題の解決後・・ランディングの後に考える問題かも知れません。しかし縮小過程では情報は重要かと思います。

>移動や通信が難しくなったら家族が固まって住むようにできるでしょうか。おそらく無理でしょうね。

そうでしょうか?・・・確かに分散してしまった家族が固まるのは難しくなる場合もあるかも知れませんが、

>各国独立というより、江戸時代の幕藩体制まで戻るかもしれません。

と言う極端な想定では、はじめから家族が遠く離れ離れに住む事はあまり無くなるでしょう。いくら幕藩体制に近いと言っても、それは規模の話であり、参勤交代があるわけではないでしょう。中央集権的でも無くなるでしょうし・・どのくらいの規模に落ち着いても、ローカル化が進めば、人の大移動も減るでしょうし、家族も余り離れ離れに住まなくなってくるように思います。
海外に移動する事も少なくなり、海外移住などはさらに減るでしょう。

>エネルギー減耗というのはとてつもない社会変動を引き起こすのが必定であり、その対策というのを考えるには早すぎるということはないと言うことを強調したいということです。

そうですね。エネルギーに限らず、全ての資源の縮小は大きな社会変化をもたらすでしょうね。危機や暗さを感じるでしょうけれど、あるべき姿に戻るとも言えましょう。
2015/01/09(Fri) 21:55 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
石油については枯渇は中々しないという説もあるところですね。
NASAによると土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかったらしいです。
石油はTVが30年で枯渇すると言ってましたが、それは意図的に石油に関する経済的な指標を捉え間違えた結果のデマのようです。
石油権益・石油の値段の上下を決める権利独占したい人にとっては枯渇を宣伝する方が一般が運用できないイメージが刷り込めるため嬉しいのかも知れません。
2015/02/13(Fri) 16:53 | URL  | 通行者草 #-[ 編集]
>NASAによると土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかったらしいです。
 説明不足でした。石油が中々枯渇しない説=無機起源説の裏付けでは?と提出した例です。
2015/02/13(Fri) 18:31 | URL  | 通行者草 #-[ 編集]
Re:
通行者草さん、初めまして。

>石油はTVが30年で枯渇すると言ってましたが、それは意図的に石油に関する経済的な指標を捉え間違えた結果のデマのようです。

テレビ以前から、石油採可年数は年々縮むどころか増えてきましたね。一時期は永遠に30年とかも言われていました。採可年数は確認された採可埋蔵量と需要で決められますからね。

>石油が中々枯渇しない説=無機起源説の裏付けでは

はい、それはありますが無機起源説だとかなり地球の深くまで石油が埋蔵していて、未確認埋蔵量がもっとあると言う事になりましょうか。でも、無機起源説でも、有限な事には変わりませんから、太陽光のように人類の歴史と比してほぼ無限大とは仮定出来ませんね。

>土星にプラスチック原料(要するに石油!?)が見つかった

それがあっても地球で使う事は出来ないでしょう。EPRが話しにならないでしょう。地球に持ってこようとしたら、それこそ地球の燃料の浪費ですし、地球環境も破壊するでしょう。
2015/02/14(Sat) 21:30 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
>無機起源説でも、有限な事には変わりませんから、太陽光のように人類の歴史と比してほぼ無限大とは仮定出来ませんね。
 生成され続けてるなら有限ではないと思います。ただ、それとしても、人類の石油消費ペースに追いつかない可能性もありますね。この辺、自分は詳しく分かりませんが。どちらにせよ、無機起源説の存在は現状のエネルギーの有り様の、捉え方が全く異なって見えることになる重要な事柄ではあるかと思います。

地球温暖化といい、現在エネルギーは政治的な枠組みで動いているでしょう。
ですから石油がどのくらいの量あるのかはっきりしたことは素人には全然不明なところですね。
石油可採年数はTV報道の「あと〜年で石油が枯渇する」の裏付けと思いますがこれは純粋に経済的指標ですよね。もちろん埋蔵量と相関がない訳ではないが、石油埋蔵量を正確に一般大衆に伝える義務のある人間などいないと思います。
石油というのは値段がかなり吊り上ってきたものです。ここになんらかの思惑がないと思う方がおかしいです。

>それがあっても地球で使う事は出来ないでしょう。
 土星から地球へ持ってくるという空想話はしていません。ただ、土星に化石は存在しないので現在主流の有機起源説の逆証になるかと思い、この例を出しました。

今見返してみると、管理人さまはコメント欄にて無機起源説のお話も出していらしたんですね。それを見ずコメントしてしまていました。失礼致しました。
2015/02/15(Sun) 02:50 | URL  | 通行者草 #-[ 編集]
Re:
素早い御返事有難う御座います。

>生成され続けてるなら有限ではないと思います。

地球の内部エネルギーと材料を用いて作られるので、作り続ける事は出来ませんので有限です。(地球を無限の大きさと近似しない限り)この辺り、以前記事にしております。短いですので是非ご覧になって、コメントがあればまた下さい。
【代替エネルギーの条件】2008-10-9
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-338.html

因みにお時間が許せばこちらもどうぞ。
【エネルギー開発の落とし穴~メタンハイドレート開発に思う~】2014-2-23
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-740.html

私も石油の無機起源説は否定しませんが、かなり地中深くに存在し、自噴しない石油は、メタンハイドレード同様、EPR(エネルギー産出比)が割に合わないだろうし、地中深くから無理に採掘しようとすれば深刻な環境問題を引き起こすだろうと考えております。

>TV報道の「あと〜年で石油が枯渇する」の裏付けと思いますがこれは純粋に経済的指標ですよね。

確かにおっしゃる通りです。実は石油無機期限説が既に認められたのですが、石油メジャー党が口封じをしている・・・可能性だって否定出来ませんね。

>土星から地球へ持ってくるという空想話はしていません。ただ、土星に化石は存在しないので現在主流の有機起源説の逆証になるかと思い、この例を出しました。

前のコメントを読み返したら、確かにそのような意図ですね。失礼しました。確かに土星で石油に起因するものが見つかれば
>無機起源説の裏付け
に近づき、有力になって来るかもしれません。

>それを見ずコメントしてしまていました。失礼致しました。

いえいえ、興味深いコメントでしたので、歓迎です。
これからも宜しくお願いします。
 ×× ×× ×× ×× ××
※すみませんが、記事管理の都合上、Subject:欄 は空欄にしないで戴ければうれしいです。 “Re:” でも何でも構いません。


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ところで、洒落たHNをお使いですが、色々解釈出来る漢字構成ですね。何てお読みすればよろしいのでしょうか?

2015/02/15(Sun) 11:21 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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