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2014-10-05 00:01
現代の金融システムでは、お金を借りた人が、当然のことのように利子を払います。これをおかしいと思う人はまずいません。しかし、それに異を唱えたのがシルビオ・ゲゼルです。彼は「ロビンソン漂流記」のパロディーを描き、利子問題に関する根強い臆断・・・貸したお金には報酬として利子が付いて当たりまえ・・・と言う固定観念を取り除こうとしました。
その内容をごく簡単に紹介致します。

漂流して無人島に流れ着いて生活していたロビンソン・クルーソーは、3年間で運河を建設する計画を立てます。その3年間分の食料や衣服などを貯蔵しているところへ、メンサナと名乗る男がやって来ます。彼の船もまた難破してこの島へやって来たのです。彼もこの島で原野を開墾して、最初の収穫が得られるまで、ロビンソンの蓄えを貸して欲しいと頼みます。しかも自分の信仰上の理由から、無利子で貸して欲しいと言います。ロビンソンは、「何故無利子で、大切な蓄えを貸すと思うのか」と尋ねると、メンサナは、それはロビンソンの私利の為、ロビンソンは十分に儲かるからだと答えます。
そしてその理由を説明します。
服は、衣装棚にしまっておいても衣魚やネズミが入り込んで傷んでしまいます。食料も腐ります。長持ちする小麦などの穀物でも何割かは駄目になります。それをメンサナに貸し付けて、3年後に新品同様の新たな服、新たな小麦を返されれば、十分にロビンソンの得になると言うのです。納得したロビンソンは、衣服も食料も鋤や荷車、工具をも無利子で貸す事にします。


・・・以上、かなり内容を端折って凝縮しました。話には更に続きがあり、貨幣はマルクスの言う「単なる購入した商品の価格を支払うと言う働き以上の働きをしていると言う事まで言及しています。詳しくは、こちら→【ゲゼルの「ロビンソンクルーソー物語」】をご覧ください。

お金の問題を考えてみるとき、お金が存在しない状態を先ず想像してみる事により、その問題が浮き彫りになるのです。お金の無い世界でのモノの貸し借りの取引が一定期間維持される契約関係を考えれば、蓄えを持つロビンソンのほうが不利になるのです。ものは朽ちて劣化する性質・・・減価があるからです。だから、返す時には、物の減価分、更には保管費用も差し引いて返済しても、貸した方は損にはならないのです。貸した時と同じ状態のものが戻ってくれば十分に得なわけです。
しかしそこにお金が介在すると事情は変わります。お金は、いつまで持っていても、原則、価値が変わらないので、自然界にはない、不自然な事、不平等な事が起こるのです。お金が無くて物を売りたい人は、物は劣化するので早く売りたいのに対して、お金を持っている人間は、取引が有利になるまで待っていればいいのです。お金持ちとそうでない人では、取引に際して立場が違い過ぎるのです。だからお金を貸すに当たって利子を取って当たり前と思うようになるのです。


余談ですが、この物語の最初の部分で、メンサナは、無利子で貸して欲しい理由を、自らの信仰上の理由にしています。曰く、「私の信仰は利子を取る事も、支払う事も禁じているんです。」
かつて、イスラム教もキリスト教も利子は禁じていたと言いますからその事を指しているのでしょうか。利子を禁じた理由は、利子が無くても貸す方も十分に得であると言う、ゲセルの理論のような事を理解していたのかどうかは分かりません。そうでは無く、困っている人から利子を取るなんて非人道的な事はするなとの教えだったのかも知れません。兎も角、利子を禁じた昔の宗教は、気高く道徳的で、なお且つ賢かったと感じます。それを現代まで順守していれば、金融による様々な深刻な問題・・・環境問題さえも酷くならなかったであろうと思います。
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【2014/10/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

貨幣と資源
guyver1092
 少し前に、極限まで単純化した社会を考えてみました。人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。交換がないなら貨幣を所有している者は最終的に飢え死にし、資源を持っている者は資源の再生産が出来る限り、生き続け、貨幣のない人と無主の貨幣が残ります。
 現実の社会は、複雑に交換を行いながら資源の再生産を行っていますが、ゲゼルの言う貨幣の特権により、常に貨幣を持っている者の有利な交換が行われています。先の単純な社会でこれを当てはめてみると、貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にするのでしょうね。現実の社会もこのような傾向がはっきりしてきました。
 これも、人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っているのだと考えます。どこかで読んだ気がします。思い出しました。古代ギリシャ人ですね。貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。

Re:貨幣と資源
雑草Z
ゲゼルの「ロビンソン・クルーソー物語」は、最近読んだ本に載っていましたが、ゲゼル主義に詳しいguyver1092 さんは、おそらく以前から知っていたお話でしょう。

今回のguyver1092 さんのコメントの

>極限まで単純化した社会

のお話は、ゲゼルのロビンソンクルーソーのお話のように面白く、目から鱗の内容です。

>人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有

の状況では、確かに資源を持っている者が遥かに有利ですね・・・と言うよりもお金は何の役にも立ちませんね。

それにも関わらず、

>貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にする

のが、お金に支配された現代社会の不合理ですね。おっしゃるように

>人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っている

のですね。

>貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。

これこそ、今回の記事の結論に相応しいですね。是非ともその内容を描いて下さい。

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貨幣と資源
 少し前に、極限まで単純化した社会を考えてみました。人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有しています。交換がないなら貨幣を所有している者は最終的に飢え死にし、資源を持っている者は資源の再生産が出来る限り、生き続け、貨幣のない人と無主の貨幣が残ります。
 現実の社会は、複雑に交換を行いながら資源の再生産を行っていますが、ゲゼルの言う貨幣の特権により、常に貨幣を持っている者の有利な交換が行われています。先の単純な社会でこれを当てはめてみると、貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にするのでしょうね。現実の社会もこのような傾向がはっきりしてきました。
 これも、人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っているのだと考えます。どこかで読んだ気がします。思い出しました。古代ギリシャ人ですね。貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。
2014/10/05(Sun) 19:10 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:貨幣と資源
ゲゼルの「ロビンソン・クルーソー物語」は、最近読んだ本に載っていましたが、ゲゼル主義に詳しいguyver1092 さんは、おそらく以前から知っていたお話でしょう。

今回のguyver1092 さんのコメントの

>極限まで単純化した社会

のお話は、ゲゼルのロビンソンクルーソーのお話のように面白く、目から鱗の内容です。

>人は二人しかいません。1人は資源のみ、もう一人は貨幣のみ所有

の状況では、確かに資源を持っている者が遥かに有利ですね・・・と言うよりもお金は何の役にも立ちませんね。

それにも関わらず、

>貨幣を持っている者に資源がそっくり移転され、資源を持っていたものは飢え死にする

のが、お金に支配された現代社会の不合理ですね。おっしゃるように

>人々が不滅の貨幣という幻想にとらわれて自縄自縛に陥っている

のですね。

>貨幣は資源価値の乗り物であることを理解し、くだらない偽物の価値にしがみつくのをやめれば、文明崩壊を防げるのではないかと考えます。

これこそ、今回の記事の結論に相応しいですね。是非ともその内容を描いて下さい。
2014/10/05(Sun) 19:50 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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