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2014-09-11 00:02
ある物資の生産状況などを見るとき、もしくは地域や企業を比べるときには、単純に生産量(もしくは単位あたりの生産量)を比べるのが普通でしょう。
昨年よりもどれだけ伸びたかを比較するような場合などには、その「増加率」を比べることもあるでしょう。しかしそれはあくまでも伸び率であり、現状を比較するのならばやっぱり単純に生産量そのものでしょう。だから国の経済状況を比較するときには、その名のとおり、国内総生産GDP[Gross Domestic Product] を比べるということになりましょう。
然るに、現代社会では、経済を語るときにGDPそのものよりも、その「増加率」である「経済成長」が問題にされることのほうが多くなりました。そしておかしなことに、いつの頃からかGDPの達成水準の目標・・・どこまで成長すべきか・・・が示されずに「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。
GDPが国民の豊かさを計る指標だとは全く思いません。寧ろ浪費のレベルだと考えています。(【GDPは何の指標か?】2007-11-11で述べました。)しかし百歩譲って、GDPが物質的豊かさを示す量だとしても、その到達水準の目標も設定せずに、毎年毎年GDPが増大すること=経済成長 を目標にすることは理性で考えれば非常におかしなことです。このことは既に何度も論じてきました。(【とんでも経済】2006-11-20【消費拡大の本質】2007-5-18など)
例えば、一人当たりの1年間の食料が何カロリーであれば十分であるとわかれば、その量のカロリー摂取が全手の人に可能になることが目標になるでしょう。・・・勿論、備蓄の分の考慮も必要です。さらに余分のカロリー摂取は肥満のもとであって必要ないのです。健康を損なってしまいます。ここで、一人の人間の摂取カロリーを毎年毎年増やしていくことを目標にしたら、誰もが狂っていると思うでしょう。毎年摂取量が増えていくのは、成長期の限られた時期だけです。人間で言えば、せいぜい二十歳くらいまででしょう。それ以降も摂取カロリーを増やし続ければ肥満になり健康を害します。
GDPも同様です。高度経済成長期が終われば、経済成長は止まって然りです。それ以上無理にGDPを増やそうとすれば、経済的に不健康である「バブル」を起こすことになりましょう。バブルは将来的には必ずはじけて、被害をもたらすのです。

ここで、何故GDPの増加率で定義される「経済成長」が目標にされるようになったか・・・を考えて見ます。・・・すると行き着く先は金融業です。金融業は本来、お金を貸してその利息が、彼らの利益になるからです。・・・最近は、それ以外の詐欺まがいのような理不尽な金融商品がたくさん出回っていて、それで儲けているようですが、基本は「経済成長の利ざや」を稼ぐことといえましょう。・・・そう、金融業は経済成長そのものが「金儲けの為の条件」となるのです。【金融の役割】2009-3-17 に書きました。経済が成長する過程で、金融業界は無から有を生み出せるのです。(実際には金融業界がごり押ししてそのような不合理なルールを政府に認めさせてきたのです・・・)銀行は、経済成長によって 新しいお金を印刷して増やせるのです。現代では印刷する必要もなく、書類に記入し経済成長に対応して電子マネーをどんどん作り出せばいいだけです。
現代社会はほとんどの業界で、可能ならば未来に向かってどんどん成長して伸びていったほうがいいように思えますから、どの産業も経済成長を志向するでしょう。しかし、経済成長が本当に必要な業界は金融業なのです。他の業界は成長なしで安定していてもやっていくことが出来るのです。
日本でも他の国でも当初は(日本で言えば明治維新の頃から)経済成長の目的はインフラの整備だとか生活水準向上だとか、成長の達成水準を目標にしていた筈です。その為の生産目標があったのです。つまり経済成長を志向しても、そこには「達成目標」=「これ以上の成長は必要ないレベル」があった筈です。それがいつの間にか「経済成長」することそのものが声高に叫ばれるようになり、その到達目標水準も示されなくなって、若しくはその目標が毎年毎年次々と付け加えられて、いつの間にか「毎年毎年経済規模が増加すること」即ち「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。そこの論理の飛躍には無理があり「洗脳」と呼ぶにふさわしいでしょう。これは実は多くの人の共通理解から始まったのではなくて、金融業界、財閥、金融資本家による洗脳によるものではないでしょうか。「経済成長」自体が目標として大きくプロパガンダされるようになったのは、日本では第二次世界大戦後、1970年代の高度経済成長時代以降からではないでしょうか?(もっと後かも知れません。)・・・そして経済成長志向は、1980年代のバブルの頃に更に強まりました。その後に起きたバブルの崩壊、ブラックマンデーやらリーマンショックやら、いわゆる「百年に一度の経済危機」は、どれも経済成長志向の行き過ぎた結果でしょう。・・・ちなみにこれら20世紀の末から21世紀の初めにかけて起きた経済危機は序の口で、百年に一度の経済危機の筈がありません。「経済成長」を志向する限りもっと深刻な大崩壊が百年先よりもずっと早くやってくる筈です。政治家やマスコミはこの期に及んでも「経済成長」がすべての社会問題の解決策の基本であるかのように経済成長を連呼しています。長年にわたって洗脳されて来たので、「経済成長」は人々の心の中に入り込み、それがあたかも「常識」であるかのように、疑いを持たずに「経済成長」は必要である、全である・・・と、思い込んでしまった人もごまんといる事でしょう。これらはひとえに金融業界、財閥のプロパガンダ、による「洗脳」の賜物でしょう。
人間の活動に伴うフローはもう既に物理的限界、再生可能な成長の限界を越えて仕舞ったのです。それなのにこれ以上目先の利益の為に経済成長を優先していれば、成長の限界を超えた人類の活動は、環境を大きく破壊し続け、環境汚染がますます酷くなり、生態系も破壊されていくのです。このままでは近い将来、制御不可能な減退が始まり、大崩壊が始まるでしょう。人類の歴史に幕が下りる・・・と言う結末も決して冗談の範疇ではありません。

「経済成長を続けること」は、人類に課された命題でもありませんし、人類を幸福にする政策でもないのです。経済成長志向はすべての人間の本性ではないのです。
世の中には「成長」よりも「安定」を求める人のほうが多いのではないでしょうか?財閥、金融資本家達が長年に渡って洗脳し続けた結果、「経済成長信仰」は広く行き渡りました。現在、信者は、イスラム教徒よりもキリスト教徒よりも人数が多いでしょう。しかし、そのほとんどは、漠然とした経済成長信者であって、経済成長を続けなければならない理由もよくわからないのではないでしょうか?ごく一部のコアな経済成長志向者・・・極端な競争や弱肉強食、戦争を起こしてまで経済成長を希望するは、ほんの一握りの金融資本家くらいしかいないのではないでしょうか。そう、この「経済成長洗脳」を始めた一部の人間だけでしょう。彼らの「経済成長は必要である」という大前提は、彼らの莫大な資産をさらに増やしたいという強欲から来たものでしょう。そんな大きな詐欺に引っかかってはいけないのです。

現在、「経済成長を続けること」は自明の公理の如く扱われるまでになりましたが、理性で考えれば、非常に矛盾だらの不合理なことなのです。とんでもない話です。そろそろ人々は改めて「理性で考えて」経済成長信仰の洗脳から解けてもいいでのではないでしょうか。機は十分に熟している筈です。
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【2014/09/11 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長とは
爽風上々
一番悩ましい問題かと思います。
資本主義というものは投資に対して得られた利潤が投資家に戻ることで成り立っていますが、経済が成長している限りはその配当が十分に得られるわけです。

では、経済の成長が止まってしまったらどこにその配当の資源を求めるのでしょう。

この辺のところは現実の経済の細部にわたり細かくつつくような検討を重ねている経済学者や評論家と言う人々には分析能力は負けますが、あくまでも大まかなところを把握していけば間違いはないでしょう。

経済成長が止まってしまえば企業により利潤が得られるものと得られないものとが峻別されます。つまり、ゼロサムゲームないしはマイナスサムゲームとなるわけです。
利潤が得られた企業では投資家への配当もできますが、利潤が無かった企業はそれもできません。
そうなると利潤が無い企業へ投資した投資家には配当も無いということになるわけです。

これが経済が成長している社会ではかなり能力が劣る企業でも利潤が上がるのではないでしょうか。
そうなればどこの企業に投資している投資家にも一定の配当が転がり込むということになります。
それが、資本主義を信奉している人々にとっての理想社会なのでしょう。

これまでのデフレ社会でも利潤を上げられている企業は存在していましたが、能力の乏しい経営者の企業は利潤もなく、その会社は配当も途絶えていきました。それでは投資家がやっていけないということで、インフレ政策が求められていたわけです。

経済学はともすれば難しい解釈ばかりになりますが、このような単純な図式化をしてみればどうでしょう。判りやすいのが一番です。

経済学は何故難しい解釈をするか?
雑草Z
爽風上々さんのご指摘の通り、経済学は、単純なことを難しく解釈しようとしてるように見えますが、それは現代資本主義社会が金融業や資本家にかなり有利に、言い換えれば非常に不平等に出来ている事を誤魔化す為でしょう。

資本主義自体が、その名の通り、資本家の為の社会であり、労働者は資本の一つに見なされています。つまり、差別社会だということです。

本文では、経済成長が金融業の為である事を中心に書きましたが、もっと広く金融資本の為と言うべきでしたね。。爽風上々さんのご指摘のように資本主義そのものが、経済成長志向ですからね。その単純明解な観点から論じるべきですね

経済成長
guyver1092
 資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムです。商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムですね。年々消費と、その対価の貨幣が増え続ける経済成長がどうしても必要なシステムです。この性質から考えると、資本主義社会である限り、浪費は宿命と考えます。資本主義を維持する限り、経済成長は目標にせざるを得ないでしょう。
 資本主義は、無限に広がる先が必要なシステムですから、有限の地球上ではいつかはやめないといけないシステムです。この時期は、エコロジカルフットプリントが一以下の時点で終らなければならなかったでしょうね。
 資本主義の成立には12~13世紀説、15~16世紀説、18世紀説とがあるそうですが、12~13世紀には、キリスト教が利子を認めるようになったことにより少なくとも資本主義の萌芽が始まったとの理論構成だそうです。この時期に金融が発達し始め、銀行家がこっそり利子を取り始めたそうです。この説が正しいとすれば、資本家は最初から金融資本家だったということですね。

投資とは
爽風上々
実は最近仕事を辞めまして、そのとき貰った退職金を投資に当てました。投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態です。

その自己の状況を顧みると、資本金を元に運用してできるだけ配当が得られれば助かるのは確かです。
しかし、自分がなにも働いていないのも間違いのないことで、大きな顔をできるわけではありません。

しかし、微々たる額の投資とは言えそれが元本も破綻してしまえば困るのも確かです。それがいやなら貯蓄で握っている手もあるのですが、少しでも稼げる状況であればやはり欲しくなるのも事実です。

それでも不労所得というのはいけないんでしょうね。

しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。
危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

Re:経済成長
雑草Z
>資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステム
>品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステム
>資本主義社会である限り、浪費は宿命


上記のguyver1092さんの分析のように

資本主義の維持の為には、経済成長は目標にせざるを得ないでしょうから、資本主義である限り社会は破局を迎えるまで膨張を続ける事になりそうです。やはり資本主義は、社会を破滅に導くシステムと言う事になりますね。

そして、その本質は、単に資本家達の余剰財産をもっと増やす為に出来たシステムと言う事になりましょうか?・・・つまり、資本主義は資産家の余剰財産を投資で増やす為に社会を破壊する
事を正当化するとんでもないシステムと言う事になりそうです。

Re:投資とは
雑草Z
>投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態

爽風上々さん、現実社会に対応する為の実情的なお話、有難う御座います。
投資はギャンブルと変わらないと考えていますが、資本主義社会とはその名も投資家の社会ですから、投資家に非常に有利に出来ています。いわゆるギャンブルよりも割りが良くて、自己責任も小さく出来ています。…ただそれは、あくまで財閥、大資本家にとって極端に有利なだけで、一般の個人投資家には大して有利では無いですね。データは見つかりませんがバブル以降は、一般の個人投資家は、全体として損しているでしょう。

最近の投資は、社会に役立つ企業、伸びる会社の株が上がるというよりも、財閥、大手の金融投資家の思惑で仕手株が動いていますから、投機筋の先を読んで儲けるイメージです。
・・ただ、それはあくまで短期の話で、長期的に見ればまだまともな(?)評価通りに株価が動いているのでしょうか??
 それから、これだけマネーバブルが膨らんだ金融で、相応の配当金って、どれだけ見込めるのでしょう?・・・見当が付きません。
爽風上々さんはおそらく色々研究されて投資されているのかと思いますが、私自身は個人投資家でやっていくのは難しいと考えています。

>しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。

そうですね。だからほぼ確実に年金は破綻するのでしょうね。

>危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

日本に、更に言えば人類に「数千年先」はあるのでしょうか?先を見通す能力の高い上々氏から見て如何でしょうか?私は資本主義は21世紀中(それも早い時期)に決着する(=終焉を迎える)と見ています。資本主義以外にも乗り切らなければならない障壁が沢山あって(複合多重障壁)大変な世紀になると考えています。上手くパラダイムシフトしなければ人類に22世紀はないと考えています。
 

職人は見た・・
団塊親爺の遺言
私には皆さんの様に正確に経済分析出来る脳細胞は在りませが・・

先日、或る町の別荘の工事へ・・そこで見たものとは・・

町の風景を一望する これが富を持つ者か 世界で1%の富豪の別荘の様です 私の永年の仕事の中でも初めて見るものでした

敷地は1000坪程 建屋は300坪程 華美では無く・・
非常にシックな造りですが 全てが一流品の仕上げです

我が家とは比べ様も無く 小さな幸せや我慢をする教育を受けた私にも 驚愕の光景でした 多くの人たちがそこの主に奉仕
現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人なのでしようか・・

今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・
皆、中流層と云われた時が懐かしく想われます
国の様々な制度は維持するのが難しい時代に・・

この世には確実に金持ちに成る方法も幸せに成る方程式も無いが
ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと 中に服を着た子供たちが
7~8人居る 何事かと聴くと お背中流し隊と云う・・
早速頼む う~~~ん極楽・極楽じゃ~ 金も無いがさして幸せと言う程でも無いが 地域の思い遣りが在れば 心の温まる人生は送れるものだ ありがとうと子供たちへお礼の言葉を・・

今日の晩酌のお供は 魚のアラ煮だ・・安くて旨い~
余り難しい経済の事は 今後も判らないので勉強させて下さいね 
儲かりますとか・・? 今の社会は本当に信用の出来ない社会
私は仕事も現役で身体の動く内は 約束事は必ず守り重宝されています
信頼と思い遣りの社会は 生甲斐の在る社会と考えています


guyver1092
 爽風上々さんのコメントを見て、過去のコメントで止めたくても止められないのが暴走であるというのがあったのを思い出しました。資本主義を採用した時点で、すでに文明は暴走段階に入っていたのですね。

文明暴走
爽風上々
「文明の暴走」という認識は間違いないもので、それを考えるかどうかが適切な対策が取れるかどうかの差になるものと思います。

ただ、それが資本主義採用の時点かというとそれは少し早すぎるのかもしれません。
もちろん、その芽はその時にあったのでしょうが、長い間暴走したくてもできない時代が続いたのではないでしょうか。
やはり、エネルギーの解放(使い放題)と科学技術の発達で、生産体制の爆発的増殖と通信技術の進歩、IT技術による情報処理技術の進化が協働し、金儲け技術の暴走につながってきたと思います。

止められないものではないのかもしれませんが、止めるためには「金の支配」を抜け出す強力な思想が必要です。

Re:職人は見た・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 実際に見た場所のレポート有難う御座います。


21世紀に入ってからマスコミメディアが

>現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人

をセレブとか呼んで持ち上げるようになりました。非常に下世話な感じがします。

>今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・

税制、その他アメリカを見習って、金持ちに有利に改正されています。福祉国家とは程遠い感じですね。

>小さな幸せや我慢をする教育

身近な小さな幸せで満足する人々ばかりの社会ならば、もっと住みやすいでしょうね。格差や環境問題も起こらなかったでしょう。

>ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと・・・・

最後に心の温まるお話で締めて戴き有難うございます。いい感じで仕事に出掛けられそうです。 

Re:文明の暴走
guyver1092
 現時点では、まだ破滅的事態(人口の急激な減少)等は起っていないので引き返せなくなっているとは言い切れないのは確かですが、資本主義は、破局が見えたからといって止めようとしても、飢え死にする覚悟がなければ止められないと考えます。
 環境を破壊してしまうことと、人類が引き返せない状態に自分を縛ることとは別だと考えます。資本主義というシステムを作り上げた時点で、拡大再生産は人類の至上命令となったと理解しています。

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コメント
この記事へのコメント
経済成長とは
一番悩ましい問題かと思います。
資本主義というものは投資に対して得られた利潤が投資家に戻ることで成り立っていますが、経済が成長している限りはその配当が十分に得られるわけです。

では、経済の成長が止まってしまったらどこにその配当の資源を求めるのでしょう。

この辺のところは現実の経済の細部にわたり細かくつつくような検討を重ねている経済学者や評論家と言う人々には分析能力は負けますが、あくまでも大まかなところを把握していけば間違いはないでしょう。

経済成長が止まってしまえば企業により利潤が得られるものと得られないものとが峻別されます。つまり、ゼロサムゲームないしはマイナスサムゲームとなるわけです。
利潤が得られた企業では投資家への配当もできますが、利潤が無かった企業はそれもできません。
そうなると利潤が無い企業へ投資した投資家には配当も無いということになるわけです。

これが経済が成長している社会ではかなり能力が劣る企業でも利潤が上がるのではないでしょうか。
そうなればどこの企業に投資している投資家にも一定の配当が転がり込むということになります。
それが、資本主義を信奉している人々にとっての理想社会なのでしょう。

これまでのデフレ社会でも利潤を上げられている企業は存在していましたが、能力の乏しい経営者の企業は利潤もなく、その会社は配当も途絶えていきました。それでは投資家がやっていけないということで、インフレ政策が求められていたわけです。

経済学はともすれば難しい解釈ばかりになりますが、このような単純な図式化をしてみればどうでしょう。判りやすいのが一番です。
2014/09/11(Thu) 21:53 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
経済学は何故難しい解釈をするか?
爽風上々さんのご指摘の通り、経済学は、単純なことを難しく解釈しようとしてるように見えますが、それは現代資本主義社会が金融業や資本家にかなり有利に、言い換えれば非常に不平等に出来ている事を誤魔化す為でしょう。

資本主義自体が、その名の通り、資本家の為の社会であり、労働者は資本の一つに見なされています。つまり、差別社会だということです。

本文では、経済成長が金融業の為である事を中心に書きましたが、もっと広く金融資本の為と言うべきでしたね。。爽風上々さんのご指摘のように資本主義そのものが、経済成長志向ですからね。その単純明解な観点から論じるべきですね
2014/09/12(Fri) 00:34 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
経済成長
 資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムです。商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムですね。年々消費と、その対価の貨幣が増え続ける経済成長がどうしても必要なシステムです。この性質から考えると、資本主義社会である限り、浪費は宿命と考えます。資本主義を維持する限り、経済成長は目標にせざるを得ないでしょう。
 資本主義は、無限に広がる先が必要なシステムですから、有限の地球上ではいつかはやめないといけないシステムです。この時期は、エコロジカルフットプリントが一以下の時点で終らなければならなかったでしょうね。
 資本主義の成立には12~13世紀説、15~16世紀説、18世紀説とがあるそうですが、12~13世紀には、キリスト教が利子を認めるようになったことにより少なくとも資本主義の萌芽が始まったとの理論構成だそうです。この時期に金融が発達し始め、銀行家がこっそり利子を取り始めたそうです。この説が正しいとすれば、資本家は最初から金融資本家だったということですね。
2014/09/12(Fri) 22:50 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
投資とは
実は最近仕事を辞めまして、そのとき貰った退職金を投資に当てました。投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態です。

その自己の状況を顧みると、資本金を元に運用してできるだけ配当が得られれば助かるのは確かです。
しかし、自分がなにも働いていないのも間違いのないことで、大きな顔をできるわけではありません。

しかし、微々たる額の投資とは言えそれが元本も破綻してしまえば困るのも確かです。それがいやなら貯蓄で握っている手もあるのですが、少しでも稼げる状況であればやはり欲しくなるのも事実です。

それでも不労所得というのはいけないんでしょうね。

しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。
危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。
2014/09/13(Sat) 21:42 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:経済成長
>資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステム
>品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステム
>資本主義社会である限り、浪費は宿命


上記のguyver1092さんの分析のように

資本主義の維持の為には、経済成長は目標にせざるを得ないでしょうから、資本主義である限り社会は破局を迎えるまで膨張を続ける事になりそうです。やはり資本主義は、社会を破滅に導くシステムと言う事になりますね。

そして、その本質は、単に資本家達の余剰財産をもっと増やす為に出来たシステムと言う事になりましょうか?・・・つまり、資本主義は資産家の余剰財産を投資で増やす為に社会を破壊する
事を正当化するとんでもないシステムと言う事になりそうです。
2014/09/14(Sun) 14:31 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:投資とは
>投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態

爽風上々さん、現実社会に対応する為の実情的なお話、有難う御座います。
投資はギャンブルと変わらないと考えていますが、資本主義社会とはその名も投資家の社会ですから、投資家に非常に有利に出来ています。いわゆるギャンブルよりも割りが良くて、自己責任も小さく出来ています。…ただそれは、あくまで財閥、大資本家にとって極端に有利なだけで、一般の個人投資家には大して有利では無いですね。データは見つかりませんがバブル以降は、一般の個人投資家は、全体として損しているでしょう。

最近の投資は、社会に役立つ企業、伸びる会社の株が上がるというよりも、財閥、大手の金融投資家の思惑で仕手株が動いていますから、投機筋の先を読んで儲けるイメージです。
・・ただ、それはあくまで短期の話で、長期的に見ればまだまともな(?)評価通りに株価が動いているのでしょうか??
 それから、これだけマネーバブルが膨らんだ金融で、相応の配当金って、どれだけ見込めるのでしょう?・・・見当が付きません。
爽風上々さんはおそらく色々研究されて投資されているのかと思いますが、私自身は個人投資家でやっていくのは難しいと考えています。

>しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。

そうですね。だからほぼ確実に年金は破綻するのでしょうね。

>危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

日本に、更に言えば人類に「数千年先」はあるのでしょうか?先を見通す能力の高い上々氏から見て如何でしょうか?私は資本主義は21世紀中(それも早い時期)に決着する(=終焉を迎える)と見ています。資本主義以外にも乗り切らなければならない障壁が沢山あって(複合多重障壁)大変な世紀になると考えています。上手くパラダイムシフトしなければ人類に22世紀はないと考えています。
 
2014/09/14(Sun) 16:39 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
職人は見た・・
私には皆さんの様に正確に経済分析出来る脳細胞は在りませが・・

先日、或る町の別荘の工事へ・・そこで見たものとは・・

町の風景を一望する これが富を持つ者か 世界で1%の富豪の別荘の様です 私の永年の仕事の中でも初めて見るものでした

敷地は1000坪程 建屋は300坪程 華美では無く・・
非常にシックな造りですが 全てが一流品の仕上げです

我が家とは比べ様も無く 小さな幸せや我慢をする教育を受けた私にも 驚愕の光景でした 多くの人たちがそこの主に奉仕
現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人なのでしようか・・

今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・
皆、中流層と云われた時が懐かしく想われます
国の様々な制度は維持するのが難しい時代に・・

この世には確実に金持ちに成る方法も幸せに成る方程式も無いが
ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと 中に服を着た子供たちが
7~8人居る 何事かと聴くと お背中流し隊と云う・・
早速頼む う~~~ん極楽・極楽じゃ~ 金も無いがさして幸せと言う程でも無いが 地域の思い遣りが在れば 心の温まる人生は送れるものだ ありがとうと子供たちへお礼の言葉を・・

今日の晩酌のお供は 魚のアラ煮だ・・安くて旨い~
余り難しい経済の事は 今後も判らないので勉強させて下さいね 
儲かりますとか・・? 今の社会は本当に信用の出来ない社会
私は仕事も現役で身体の動く内は 約束事は必ず守り重宝されています
信頼と思い遣りの社会は 生甲斐の在る社会と考えています
2014/09/15(Mon) 17:27 | URL  | 団塊親爺の遺言 #-[ 編集]
 爽風上々さんのコメントを見て、過去のコメントで止めたくても止められないのが暴走であるというのがあったのを思い出しました。資本主義を採用した時点で、すでに文明は暴走段階に入っていたのですね。
2014/09/15(Mon) 22:37 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
文明暴走
「文明の暴走」という認識は間違いないもので、それを考えるかどうかが適切な対策が取れるかどうかの差になるものと思います。

ただ、それが資本主義採用の時点かというとそれは少し早すぎるのかもしれません。
もちろん、その芽はその時にあったのでしょうが、長い間暴走したくてもできない時代が続いたのではないでしょうか。
やはり、エネルギーの解放(使い放題)と科学技術の発達で、生産体制の爆発的増殖と通信技術の進歩、IT技術による情報処理技術の進化が協働し、金儲け技術の暴走につながってきたと思います。

止められないものではないのかもしれませんが、止めるためには「金の支配」を抜け出す強力な思想が必要です。
2014/09/16(Tue) 06:02 | URL  | 爽風上々 #-[ 編集]
Re:職人は見た・・
    団塊親爺の遺言さん

 実際に見た場所のレポート有難う御座います。


21世紀に入ってからマスコミメディアが

>現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人

をセレブとか呼んで持ち上げるようになりました。非常に下世話な感じがします。

>今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・

税制、その他アメリカを見習って、金持ちに有利に改正されています。福祉国家とは程遠い感じですね。

>小さな幸せや我慢をする教育

身近な小さな幸せで満足する人々ばかりの社会ならば、もっと住みやすいでしょうね。格差や環境問題も起こらなかったでしょう。

>ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと・・・・

最後に心の温まるお話で締めて戴き有難うございます。いい感じで仕事に出掛けられそうです。 
2014/09/17(Wed) 06:20 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:文明の暴走
 現時点では、まだ破滅的事態(人口の急激な減少)等は起っていないので引き返せなくなっているとは言い切れないのは確かですが、資本主義は、破局が見えたからといって止めようとしても、飢え死にする覚悟がなければ止められないと考えます。
 環境を破壊してしまうことと、人類が引き返せない状態に自分を縛ることとは別だと考えます。資本主義というシステムを作り上げた時点で、拡大再生産は人類の至上命令となったと理解しています。
2014/09/17(Wed) 22:04 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
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