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2014-07-29 00:00
成長の限界3部作の書評をこの春に書きました。この3部作のテーマ、主張は全て一貫していて大きな違いは無いので、前回当初は、三部作全部をまとめて書評を描こうと思いました。しかし、第1部成長の限界-Limits To Grouth の書評だけで十分な量になりました。だからそれを踏まえて、時系列に沿って第2部、第3部の書評を書く方が意味があると考えました。そして、何よりもう一度第2部、第3部を読みなおすことにも意味があると考えましたので、第2部 限界を超えて-Beyond The Limits 第3部 Limits To Grouth The 30-Year Update を再度熟読してからそれぞれ書評を書く積りでいました。
 実は、前回第一部の書評を書いてから、直ぐに第2部 限界を超えて-Beyond The Limits の再読を終えました。成長の限界3部作は、理に適った内容で、主張は熟知していた積りでしたが、再読の段階での新たな発見もあり(・・忘れていたのかも知れません・・・)部分的に新鮮な感覚を持ちながら読むことが出来ました。そして、この第2部だけでも1回の書評にするには多過ぎる内容だと感じて、書評を書かずにいました。しかし、このままではまた部分的に色々内容を忘れてしまいそうですし、機が熟した感もありますので、改めて、前作第1部 成長の限界-Limits To Grouth との比較の部分中心に簡潔に総論を書かせて頂きます。今回新たに興味を持った個別のテーマに関しては、また別な機会に折に触れて取り上げて行こうと考えています。

先ず、第2部 限界を超えて-Beyond The Limits- の 第1部 成長の限界-Limits To Grouth との決定的な違いは、この第2部が書かれた1,990年代には、既に「成長の限界」を超えてしまったと言う事です。つまり、タイトル、 限界を超えて-Beyond The Limits- は、行き過ぎてしまった現状を表していると言う事です。・・・それなら何故、その後も、経済も人口も、その他色々と、更に成長を続けているのか・・・と言う疑問が湧く人もいるでしょうが、その超えた限界とは「物理的に持続可能な限界速度」即ち、スループットが限界を超えたと言う事です。スループットが限界を超えても、暫くは成長を続けることは可能です。資源のストックと汚染物質のシンクの容量があるからです。スループットが限界を超えたと言う事は、ストックが減り続け、シンクに溜まった汚染物質が増えて、シンクの残り容量が減って来るという事です。その時・・・完全にストックが無くなるとき、完全にシンクが満杯になるとき・・・が近づいてくれば、人口も工業も経済も制御不可能な減退に陥るのです。
監訳者の茅陽一氏は後書きで、タイトル -Beyond The Limits のbeyond は、「限界を超えてしまったと言う意味であると同時に、人類は直面する「限界を乗り越えることが出来ると言う意味にとるべきであろう」と書いています。そこには条件として、単なる技術革新のみではなく、構造改革が必要だ・・・とは記されていますが・・・そのような漠然とした希望を提示しても、人間のオプティミズムを助長するだけかと感じました。(・・・「単なる技術革新のみでなく」と言う表現に、逆に技術革新にもかなり期待している感じが致しました・・・)そのような期待を抱かせるよりも、しっかりと正当な恐怖心を抱き、限られたストックがそこを突くまで、限られたシンクが溢れ出すまで・・・と言う限界を示して、もっと悲壮感を持って、直ぐにでもスループットを減らす努力をするほうが大切だと思います。・・・余裕はない筈です。

前作、第1部 成長の限界-Limits To Grouth が、『悲観論者の警告』と批判され、一連の批判的広告が出された時期もありました。そのような数々の攻撃を受けたことを意識して、第2部 限界を超えて-Beyond The Limitsでは、努めて前向きな姿勢、希望を示そうとしていますが、未だに経済成長を推し進めようとする政策決定者やそれを支持する人が多数派です。そのような連中は、シビアな現実に直面しなければ方向修正に同意しないのではないでしょうか?
前作、第1部成長の限界-Limits To Grouth では、最初に幾何級数的成長に関してしつこいくらいページを使っていましたが、この第2部 限界を超えて-Beyond The Limitsでは、最初に 行き過ぎ[overshoot]に関してページを費やしています。1972年に第1部 の成長の限界が発行されてから20年経って、オゾン層の破壊の場合のように、限界を超えた地点からの引き返しが出来た例などを示していますが(・・・オゾン層の破壊の問題は、まだ解決したとは言えませんが・・・)、殆どの問題は、1972年よりも悪化していて、次々と限界を超えている・・・と言った内容ですし、その為には脱成長が必要である事を述べていますが、最後は哲学的問題、道徳的問題、愛の問題に及んで締めています。この最後の総括に対しては、評価が微妙です。


本書でも、定量的な内容に関しては、予測不可能であるといい、定性的な事を見て欲しいと主張しています。確かに複雑系カオスの問題ですから、どんなシステム・ダイナミクスを用いようと定量的な予測は正確には出来ないでしょう。然し、逆に言えば、定性的な本書の結論は、システム・ダイナミクスでコンピューターを用いて解析しなくても、理性で判断出来る内容です。コンピューターの導入は、研究に信頼性を持たせる為の権威付けの道具としての役割があったのかも知れません。コンピューターは定量的な事を解析する事に大きな意味があるでしょう。・・・と言っても、複雑系カオスの未来予測は不可能でしょうが・・。

本書の研究内容、本書が提示した内容は極めて理性的で、納得のいく内容です。多くの人々が理解すべき内容です。しかし、結論や警告の仕方が慎重すぎる・・・と感じました。それから、研究スタッフは、信頼が置ける理性的な方々と感じましたが、この研究を依頼したローマクラブの面々や日本の監訳者などは、いま一つ信頼出来ない感じが致しました。

20世紀後半に、様々な物事のスループットが成長の限界を超えてしまったので、社会が安定した定常状態に移行する為には、先ずはダウン・・・縮小をしなければならないという事は、共通認識すべきです。その為にも本書は必読の書・・・とは言わないまでも、主題は理解しておくべきです。
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【2014/07/29 00:00】 | 書評 トラックバック(0) |

人間のオプティミズム
guyver1092
 マルサスの、「人口は食料の供給力を常に上回る速度で増加する」との警告を打ち破ったと賞されているポーローグですが、破滅の因子がそのように評価しているだけで、当人は人口抑制の必要性を十二分に認識し、人類には人口抑制の努力が不足しているとの考えでした。
 破滅の因子にとって、技術革新による、猶予期間の創設は、問題の拡大及び、事態の深刻化のための手段となっていますね。

Re:人間のオプティミズム
雑草Z
ポーローグ の名前は知らなかったので調べてみたところ、
小麦等の高収量品種を中心とした新しい農業技術を開発して緑の革命を指導した人物だったのですね。彼がどう考えていたかはわかりませんが、緑の革命によって、人口が増え続けても食料はその上で増産を続けられると考える事は愚の骨頂ですね。
 これまでここのサイトでは、緑の革命を批判してきましたが、化学肥料を大量に必要とする緑の革命は、経済成長には寄与するでしょうが、持続可能な社会を築く妨げになりますね。緑の革命こそ人類の浅はかさを証明する典型例だと思います。

余談ですが、 guyver1092 さんは日本を破綻に導こうとしている指導者達を
>破壊の因子
と呼ぶのですね。初出ですが、言い得ていますので、これからどんどん使われる表現になるのでしょうか。

Re:Re:人間のオプティミズム
guyver1092
 私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」です。技術革新は、享保時代前後の日本のように、時間稼ぎに使うべきと考えています。
 技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていないですね。
 ちなみに私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。今回は支配者と、それを支持する一般人を指しているつもりです。

Re:Re:Re:人間のオプティミズム
雑草Z
>私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」

私も全く同じ考え方です。私の緑の革命に対する評価を的確に表現して頂いた感じです。有難う御座います。

>技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていない

これまた、現代の技術革新の本質を突いてますね。私が現代偽っ術に抱いていた懐疑、ネガティブな評価をズバリ表現して下さっていますね。
この事を主題に記事を書きたいとずっと考えていました。guyver1092さんのこの主張を、結論として、描いてみようと思います。感謝致します。

>私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。

了解です。その方がより広範囲に用いることが出来ますね!

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人間のオプティミズム
 マルサスの、「人口は食料の供給力を常に上回る速度で増加する」との警告を打ち破ったと賞されているポーローグですが、破滅の因子がそのように評価しているだけで、当人は人口抑制の必要性を十二分に認識し、人類には人口抑制の努力が不足しているとの考えでした。
 破滅の因子にとって、技術革新による、猶予期間の創設は、問題の拡大及び、事態の深刻化のための手段となっていますね。
2014/07/30(Wed) 21:35 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:人間のオプティミズム
ポーローグ の名前は知らなかったので調べてみたところ、
小麦等の高収量品種を中心とした新しい農業技術を開発して緑の革命を指導した人物だったのですね。彼がどう考えていたかはわかりませんが、緑の革命によって、人口が増え続けても食料はその上で増産を続けられると考える事は愚の骨頂ですね。
 これまでここのサイトでは、緑の革命を批判してきましたが、化学肥料を大量に必要とする緑の革命は、経済成長には寄与するでしょうが、持続可能な社会を築く妨げになりますね。緑の革命こそ人類の浅はかさを証明する典型例だと思います。

余談ですが、 guyver1092 さんは日本を破綻に導こうとしている指導者達を
>破壊の因子
と呼ぶのですね。初出ですが、言い得ていますので、これからどんどん使われる表現になるのでしょうか。
2014/07/31(Thu) 23:51 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:Re:人間のオプティミズム
 私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」です。技術革新は、享保時代前後の日本のように、時間稼ぎに使うべきと考えています。
 技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていないですね。
 ちなみに私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。今回は支配者と、それを支持する一般人を指しているつもりです。
2014/08/01(Fri) 23:10 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:Re:Re:人間のオプティミズム
>私の緑の革命に対する評価は、「緑の革命が無かったほうが、人類の解決すべき問題が、より小さく済んだ技術革新である。」

私も全く同じ考え方です。私の緑の革命に対する評価を的確に表現して頂いた感じです。有難う御座います。

>技術革新は、現代社会では問題の先送りと、解決の困難化のためにしか使われていない

これまた、現代の技術革新の本質を突いてますね。私が現代偽っ術に抱いていた懐疑、ネガティブな評価をズバリ表現して下さっていますね。
この事を主題に記事を書きたいとずっと考えていました。guyver1092さんのこの主張を、結論として、描いてみようと思います。感謝致します。

>私にとっての破滅の因子は、支配者のみではなく、たとえば破滅的な政策を支持する一般人も含みます。その他、自滅的行動をとらせる価値観も含みます。

了解です。その方がより広範囲に用いることが出来ますね!
2014/08/02(Sat) 22:36 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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