-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2013-12-05 00:01
政府〔公的機関〕は、市場経済に対して、どのような役割を果たすべきでしょうか?政府自らの役割として自由則と禁止則のどちらに政策の中心を置くべきでしょうか?
「小さな政府」と「大きな政府」のどちらが理想なのでしょうか?

議会制民主主義は経済をパンクするまで膨張させる】で論じたように、失業問題や景気対策としての「有効需要の創出」という役割は、政府の経済を膨張させ続ける事になります。つまり「大きな政府」は大きな政府で定常的に留まる事は出来ずに「破局に至るまで大きくなり続ける政府」になってしまう傾向があるのです。この意味で「有効需要の創出」(・・実は無駄な浪費を創出している・・)の役割は政府に必要ない・・・と言うよりもあってはならないものでしょう。
「公益優先主義」は「少数者に迷惑をかけても、公共(多数)の利益になるならよい」と言う開発を正当化する為に使われて来た論理ですが、実はこの「広域優先主義」も、政府や自治体の財政支出の為の口実であった例が圧倒的に多かったのではないでしょうか?つまり、「公共工事」の名のもとに税金を特定の企業に投入して儲けさせる為に、被害を受ける一部の人や自然環境破壊に反対する人々を切り捨てて行く為の口実だったのです。
また、補助金制度も「他にもっと良いものがあるかも知れないのに、特定の技術や方法の実を奨励する」〔槌田敦〕のは、市場経済メカニズムの否定です。自由経済を肯定するのならば、良いものは地域条件に合わせて自由競争で伸ばすべきですし、そのほうがいい結果を産んできました。自由に新しいものを作る創造性に国家(官僚や政治家)の創造性は及ばないと言う事は経験的歴史的知見に基づく考察なのです。日本の経済政策を振り返ると、補助金制度は許認可、行政指導といった利権がらみの中で、利益独占体制を築き、官僚体制を肥大化させてきたのです。原発行政がその典型例でしょう。政府の補助金(と言うにはあまりに大き過ぎる額ですが)(や総括原価方式のような政府の優遇措置)がなければ、原発は電力会社によって一基も作られる事は無かったでしょう。原発によって、経済もエネルギーの浪費も後戻り出来無いくらい肥大化してしまいました。

 だからと言って市場メカニズムによる創造性の自由に完全な信頼を置く訳にはいきません。それが生命系の破壊となる事=市場の失敗 は禁止しなければなりません。その禁止則の設定こそが政府の役割であり、この禁止則が、市場経済の枠組みとなり、市場はその公的禁止則の設定の枠組みの条件内で最適解を見出そうとするのです。つまり、自由則が生き延びる為・・・市場経済の中で人類が生き延びる為・・・には禁止則が必要不可欠なのです。
先ずは何よりも必要不可欠な禁止則は、コスト(汚染)の外部化の禁止(若しくは抑制)です。一度外部化してしまったコストを内部化する事は困難であると言うよりも、エントロピー論的に不可能だからです。
以上、自由経済社会、市場経済を肯定するのなら、政府の役割は、禁止則の設定とその管理にあると言えましょう。


参考文献
  循環の経済学  第2章 自由則と禁止則の経済学   多辺田 政弘 著
 ・・・今回は、参考文献と言うよりも、内容の要約的な部分が中心となっています。
スポンサーサイト
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2013/12/05 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

禁止則
guyver1092
 以前、欲望を強欲に変換するシステムで
>森林を形成する植物はその気候帯に最適な植物ではなく、わずかに外れた植物がその地位を占めますが、最適にまで適応したものは、適応しすぎで、自滅をするのでしょう。環境に最適にまで適応することは、自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事で、これこそが進歩の罠なのではないでしょうか。
と書きましたが、本文中の
>それが生命系の破壊となる事=市場の失敗 は禁止しなければなりません。
は、人間の経済システム上での、過剰適応を禁止せよということに通じると考えます。
 現在の人類社会の混迷は、自然の摂理を無視した人間同士の約束(不滅の貨幣、有限の中の無限成長)に基づくのでしょう。


Re:禁止則
雑草Z
>人間の経済システム上での、過剰適応を禁止せよということに通じると考えます。

市場の失敗は紛れも無く資本主義経済のシステムの構造の欠陥であり、何故この欠陥システムを作り上げたかと言えば、資本家が更に資本を拡大するのが目的であり、結局のところ強欲な資本家が目先の利益を優先してきた結果だと思うのですが、それが、guyver1092 さんのおっしゃるところの

>過剰適応

と言う事になりましょうか?

>環境に最適にまで適応することは、自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事で、これこそが進歩の罠

そうですね。その通りだと思います。ただ、日本の江戸時代のように、自らの理性で抑制する事は出来た筈なのに、こうなってしまったのは、強欲な資本家が自分の目先の利益ばかり追い求めた結果でしょう。

と、言う事で、 guyver1092 さんは、この危機的な強欲金融資本主義社会の中に於いて、有効な禁止則を設定して、管理する事が出来ると考えますか?・・・日本やアメリカ等の現政権には無理でしょうね。

理論矛盾
guyver1092
 自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事を自制するということは、成長を止めると言うことで(地球の有限性)、明らかに資本主義の目指す経済成長とは反しますね。危機的な強欲金融資本主義社会でなくても、資本主義の社会では有効な禁止則を設定することは不可能と考えます。
 現在の全国区の政党は、経済成長を唱えている点ですべての等が管理出来ないでしょう。緑の党はこの点で可能性がありますが、どこまで勢力を伸ばせるかが問題ですね。

Re:理論矛盾
雑草Z
つまり、資本主義社会は自己矛盾に目を背けながら成長して来た事になりますね。要するに未来の事などお構い無しの目先の利益のみですね。蟻とキリギリスのキリギリスと言う事ですね。その物語との違いは、キリギリスは将来を考えず日々楽しく暮らしていただけですが、現代資本家は、常に資本の拡大を目指しながら、資源を浪費して廃棄物を出し続けていると言う事です。楽しむ事では無く、膨張する事が自己目的化してますから始末に負えません。それが彼らの言うところの「日々成長」でしょう。

>緑の党はこの点で可能性がありますが、どこまで勢力を伸ばせるかが問題

日本の緑の党も本家のドイツの緑の党も、当初は「脱成長」が大きな目標の柱だった筈ですが、次第に、グリーンエネルギー推進にシフトしてきて、脱成長は殆ど主張しなくなりました。・・・その話をすると無視したり話題を変えようとします。成長推進派が増えてきたとも言えますし、グリーンエネルギーで成長できると考える軽率な連中が増えてきたようです。・・・だから私は緑の党とちょっと距離を置いています。・・・勿論、現在の全国区の諸政党と比べれば消去法で緑の党がまし・・と言う事になるかも知れません。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
禁止則
 以前、欲望を強欲に変換するシステムで
>森林を形成する植物はその気候帯に最適な植物ではなく、わずかに外れた植物がその地位を占めますが、最適にまで適応したものは、適応しすぎで、自滅をするのでしょう。環境に最適にまで適応することは、自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事で、これこそが進歩の罠なのではないでしょうか。
と書きましたが、本文中の
>それが生命系の破壊となる事=市場の失敗 は禁止しなければなりません。
は、人間の経済システム上での、過剰適応を禁止せよということに通じると考えます。
 現在の人類社会の混迷は、自然の摂理を無視した人間同士の約束(不滅の貨幣、有限の中の無限成長)に基づくのでしょう。
2013/12/08(Sun) 09:12 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:禁止則
>人間の経済システム上での、過剰適応を禁止せよということに通じると考えます。

市場の失敗は紛れも無く資本主義経済のシステムの構造の欠陥であり、何故この欠陥システムを作り上げたかと言えば、資本家が更に資本を拡大するのが目的であり、結局のところ強欲な資本家が目先の利益を優先してきた結果だと思うのですが、それが、guyver1092 さんのおっしゃるところの

>過剰適応

と言う事になりましょうか?

>環境に最適にまで適応することは、自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事で、これこそが進歩の罠

そうですね。その通りだと思います。ただ、日本の江戸時代のように、自らの理性で抑制する事は出来た筈なのに、こうなってしまったのは、強欲な資本家が自分の目先の利益ばかり追い求めた結果でしょう。

と、言う事で、 guyver1092 さんは、この危機的な強欲金融資本主義社会の中に於いて、有効な禁止則を設定して、管理する事が出来ると考えますか?・・・日本やアメリカ等の現政権には無理でしょうね。
2013/12/08(Sun) 23:59 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
理論矛盾
 自らの立つ環境を押しつぶすほど成長してしまうという事を自制するということは、成長を止めると言うことで(地球の有限性)、明らかに資本主義の目指す経済成長とは反しますね。危機的な強欲金融資本主義社会でなくても、資本主義の社会では有効な禁止則を設定することは不可能と考えます。
 現在の全国区の政党は、経済成長を唱えている点ですべての等が管理出来ないでしょう。緑の党はこの点で可能性がありますが、どこまで勢力を伸ばせるかが問題ですね。
2013/12/10(Tue) 22:25 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:理論矛盾
つまり、資本主義社会は自己矛盾に目を背けながら成長して来た事になりますね。要するに未来の事などお構い無しの目先の利益のみですね。蟻とキリギリスのキリギリスと言う事ですね。その物語との違いは、キリギリスは将来を考えず日々楽しく暮らしていただけですが、現代資本家は、常に資本の拡大を目指しながら、資源を浪費して廃棄物を出し続けていると言う事です。楽しむ事では無く、膨張する事が自己目的化してますから始末に負えません。それが彼らの言うところの「日々成長」でしょう。

>緑の党はこの点で可能性がありますが、どこまで勢力を伸ばせるかが問題

日本の緑の党も本家のドイツの緑の党も、当初は「脱成長」が大きな目標の柱だった筈ですが、次第に、グリーンエネルギー推進にシフトしてきて、脱成長は殆ど主張しなくなりました。・・・その話をすると無視したり話題を変えようとします。成長推進派が増えてきたとも言えますし、グリーンエネルギーで成長できると考える軽率な連中が増えてきたようです。・・・だから私は緑の党とちょっと距離を置いています。・・・勿論、現在の全国区の諸政党と比べれば消去法で緑の党がまし・・と言う事になるかも知れません。
2013/12/12(Thu) 23:39 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。