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2013-11-23 00:01
一般的に民主主義政治は、独裁政治よりも優れていると考えられています。民主主義は専制君主制から人々が勝ちとった権利であると言われています。そして、議会制民主主義はその国民から選ばれた代表から構成される議会を中心に行われる民主政治であると定義されています。
民主主義は多くの国民の合意に下で行われる政治であるので、意思の決定が平均化され、なかなか思い切った改革が出来ないと言う短所があります。それに対して独裁政治は独裁者の意志一つで、大きな改革も出来る訳で、「良い」独裁者なら独裁政治のほうが良いとも考えられます。

さて、今日の自由経済社会は、資本主義が支配しているので、様々な問題が次々に噴出しています。膨張の一途を辿って破綻直前ですが、その原因が議会制民主主義にある事を【循環の経済学】の中で多辺田政弘氏が言及しています。一瞬、「風が吹くと桶屋が・・・」みたいなイメージですが、そうでは無く、直接的な因果関係があり、なるほどと頷ける説明が為されています。それは経済の歴史から考察されています。
古典派経済学の時代は、「小さな政府」が理想であり、市場経済〔私的部門〕の自由則の活動の外的秩序を保障するという消極的禁止則の管理に留まっていました。その結果、無秩序に自己増殖し始めた資本主義によって引き起こされた貧困問題は解決出来ませんでした。そこで政府は「富の再分配」〔平等化〕の役割を付け加えて、その分だけ政府の役割は大きくなりました。しかしそれは、「均衡財政」と言う枠組みの中で膨張への歯止めを持っていました。
ところが、ケインズの財政学の登場によって、失業問題や景気対策としての「有効需要の創出」という新しい役割が出来、政府の経済は膨張を始めたのです。以降、政府の経済は拡大の一途を辿る事になります。
ケインズの『哲人政治』には、「経済の拡大と同時に縮小も決断し、実行しうる財政運営」が謳われているようですが、現実には政治力学は、縮小の決断は殆ど無く、自己拡張の方向に進んできました。
議会制民主主義という政治決定プロセスは、圧力団体とそれを利用する利益誘導型政治を生み出し、財政支出の拡大を常態化してしまったのです。その結果、自己増殖を続ける資本主義に政府の経済が更なる成長促進剤を投与し続けると言う「経済成長の自己目的化」をもたらしました。つまり、議会制民主主義によって、政府はそれまでの「自由則の為の禁止則の管理」を大きく逸脱して、「自由則による資本主義の拡張運動」を刺激し続ける役割を担ってしまったのです。
もう既に高度経済成長を終えた日本や西欧諸国でも、いまだに「需要の創出」をしようとあの手この手です。その典型例がアベノミクスでしょう。
当然のことながら、無限の拡大は不可能です。・・必ず破局が待っています。経済成長は指数関数的(等比級数的)ですから尚更です。・・・既に「恐慌」という形で破局は何度か経験していますが、これからやってくる破局はそんな生易しい破局ではないでしょう。経済的な事だけに留まる筈が御座いません。廃熱と廃棄物の拡大と拡散が生命系を攪乱し、地球規模に拡大してしまいましたから逃れる場所がなく、(エントロピー増大から熱死に至る)破局が迫っているのです。

この破局の原因が今日の議会制民主主義の在り方にあると言う事です。
逃れる為には、議会制民主主義によって選ばれた議員達が、特定団体への利益誘導型政治を行わない事です。・・・「良識的な議員」(自己利益誘導をしない普通の常識的な議員)が多数派になる事です。政治家としてモラル、当然の事・・の筈ですが、今日の議員たちにそれを望む事が出来ましょうか?・・・残念ながら、それこそ社会主義国家を維持するよりも遥かに困難な事でしょう。

参考文献
  循環の経済学  第2章 自由則と禁止則の経済学   多辺田 政弘 著
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【2013/11/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長の自己目的化
guyver1092
 なるほど、「経済成長するためにすべてを犠牲にしよう」の始まりはケインズだったのですね(循環の経済学届きましたがまだ第一章読了段階です。雑草Zさんとの議論は私も楽しみです)。
 ただこの議論の前提は、プラス金利かつ単一のお金ですね。マイナス金利かつ物質担保のお金の社会で、民主主義社会ならどうなるのでしょうか。手に入れた物質という制限がある限り(金本位制時代のように持っている金の何倍まで貨幣発行するという愚かなことをしないことが前提)、暴走はしないような気がします。

Re:経済成長の自己目的化
雑草Z
「経済成長の自己目的化」と言う非常に狂った事が正当化されて推し進められたのは20世紀以降、ケインズ経済学からでしょうね。ただし、本文にも記したように、
ケインズの『哲人政治』には、「経済の拡大と同時に縮小も決断し、実行しうる財政運営」が謳われているようです。
『循環の経済学』の2章の脚注には、このような内容に関するケインズのインタビューが記されています。それによるとケインズは「経済成長するためにすべてを犠牲にしよう」のような馬鹿な考え方はしてなかったようです。ケインズの財政学が、強欲な資本家達に利用されて来た・・・とも言えそうです。(「循環の経済学」今2回目読んでいますが、置き忘れて来たようで、今手元にありませんが、後日改めてその部分をご紹介させて頂きます。)まあでも、ケインズは「有効需要の創出」という、非常に重大な過ちを犯した事に違いはなさそうです・・?

>マイナス金利かつ物質担保のお金の社会で、民主主義社会なら

この事に関しては、guyver1092 さんの御想像通り、
>手に入れた物質という制限がある限り(金本位制時代のように持っている金の何倍まで貨幣発行するという愚かなことをしないことが前提)、暴走はしない

可能性が高そうですね。当方はしっかり想像出来ませんが・・・
 
『循環の経済学』の第一章;エントロピーと循環の経済学
は、室田 武さん著ですが、如何でしたか・・?
槌田敦氏の持論とかなりオーバーラップしますが、なかなか面白かった記憶です。当方が最も気に入ったのは
 第2章 自由則と禁止則の経済学 多辺田政弘著
で、2回目はこの章から読み始めました。
 





ケインズの論考
雑草Z
>『循環の経済学』の2章の脚注

ではありませんでした。第1章の第8節
自由貿易から関税の強化へ(・・この主張は第2章にもあり賛同していますので改めて記事に致します。)

1933年にケインズがカレッジで行った講演で
「私は、諸国家間の経済的な絡み合いを最大化しようとする人々よりも、寧ろそれを最小化しようとする人々にシンパシーを感じている」のように語っています。
 つまりケインズは、経済の拡大ばかりを志向していたのでは無いけれども、資本家達の都合のいいように、財政出動の絶え間ない拡大を説いているように、解釈されたのかも知れません。経済に疎い私などは、ケインズと言えば公共工事の財政出動・・ニューディール政策を想起します。

Re:強欲な資本家達に利用されて来た
guyver1092
 これはよくあることですね。たとえば二酸化炭素削減については、普通に考えたら「節約」と言う結論になるところを、使いたいだけ使って、その二酸化炭素をためて捨てるという選択肢を開発する等、本質を外して、逆効果の対策ばかりがもてはやされている現実がありますね。
 ケインズは「自己破壊的な金銭計算と言う同じ法則が時の一刻一刻を支配している。」とも言っていましたが(ご紹介のカレッジの講演の後ろに書かれているので同じ講演で言ったのかも)これは、私の言った会計法が思考制御していると同趣の発言ですね。私はケインズと同じことを考えたということになります。ケインズ自身は功罪あるのでしょうが、後の人間がケインズの想定を超えたところでケインズの考えを悪い方向に発展させたということでしょうね。

Re:Re:強欲な資本家達に利用されて来た
雑草Z
>二酸化炭素削減については、普通に考えたら「節約」と言う結論になるところを、使いたいだけ使って、その二酸化炭素をためて捨てるという選択肢を開発する等、本質を外して、逆効果の対策ばかりがもてはやされている現実がありますね。

全くおっしゃる通りです。二酸化炭素削減は原発推進の為に利用されて来た事も間違いないようです。

>「自己破壊的な金銭計算と言う同じ法則が時の一刻一刻を支配している。」とも言っていましたが

ここの件は、なかなかいい事を言っていますね。この後に続く言葉は名言です。記事に引用したいと思っていました。

>私の言った会計法が思考制御していると同趣の発言ですね。私はケインズと同じことを考えたということになります。

そうですね。本質的に同じ事を述べていますね。非常に鋭い真を突いた洞察だと思います。guyver1092さんのおっしゃるところの、思考制御している会計法は、生態系の破壊など未来に対する負の遺産の部分を無視している刹那的な会計法と理解して宜しいでしょうか?・・・これが即ちケインズの言う「自己破壊的な金銭計算」でしょうね。会計法をguyver1092さんのおっしゃるように根本的に変えなければなりませんね。

会計法等
guyver1092
 豊かな生態系は、食料を安定的に保証する人類社会の入れ物ですが、現在の会計基準ではこれらは二束三文です。そしてこの生態系を破壊し、たとえば原発を作ればとてつもない財産になりますね(会計上)。この方向に進めば、原発事故、放射性廃棄物等の問題がないとしても人類の食料不足に行き着きます。地球が人類にとって巨大な内はどこもかも丸く収まる、こたえられない快楽でしょうが、これはまさしく刹那的ですよね。

Re:会計法等
雑草Z
>豊かな生態系は、食料を安定的に保証する人類社会

全くその通りですね。

『循環の経済学』 で多辺田 政弘さんが執筆されている 第2章 自由則と禁止則の経済学
でもその事に触れています。例えば、ヘーゼル・ヘンダーソンは「産業社会の生産的構造」を「デコレーション付き三段ケーキの図式で示していますね。社会的基礎の土台に自然の層と言う生産部門を置き、それより上部の層はこの自然の層に依存しています。この「当然の事」を会計法に組み込まないのは欠陥ですね。
guyver1092さんの提唱する会計法を推し進めるべきですね。

>これはまさしく刹那的ですよね。
   
そうですね。この「付け」を支払わされるまでにもう猶予は在りませんね。今世紀中には付けが払えず人類社会は倒産するでしょう。・・・会計上の「倒産」では済みません。「生態系の破壊」は人類も生きていけないと言う事ですから・・。

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この記事へのコメント
経済成長の自己目的化
 なるほど、「経済成長するためにすべてを犠牲にしよう」の始まりはケインズだったのですね(循環の経済学届きましたがまだ第一章読了段階です。雑草Zさんとの議論は私も楽しみです)。
 ただこの議論の前提は、プラス金利かつ単一のお金ですね。マイナス金利かつ物質担保のお金の社会で、民主主義社会ならどうなるのでしょうか。手に入れた物質という制限がある限り(金本位制時代のように持っている金の何倍まで貨幣発行するという愚かなことをしないことが前提)、暴走はしないような気がします。
2013/11/24(Sun) 22:38 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:経済成長の自己目的化
「経済成長の自己目的化」と言う非常に狂った事が正当化されて推し進められたのは20世紀以降、ケインズ経済学からでしょうね。ただし、本文にも記したように、
ケインズの『哲人政治』には、「経済の拡大と同時に縮小も決断し、実行しうる財政運営」が謳われているようです。
『循環の経済学』の2章の脚注には、このような内容に関するケインズのインタビューが記されています。それによるとケインズは「経済成長するためにすべてを犠牲にしよう」のような馬鹿な考え方はしてなかったようです。ケインズの財政学が、強欲な資本家達に利用されて来た・・・とも言えそうです。(「循環の経済学」今2回目読んでいますが、置き忘れて来たようで、今手元にありませんが、後日改めてその部分をご紹介させて頂きます。)まあでも、ケインズは「有効需要の創出」という、非常に重大な過ちを犯した事に違いはなさそうです・・?

>マイナス金利かつ物質担保のお金の社会で、民主主義社会なら

この事に関しては、guyver1092 さんの御想像通り、
>手に入れた物質という制限がある限り(金本位制時代のように持っている金の何倍まで貨幣発行するという愚かなことをしないことが前提)、暴走はしない

可能性が高そうですね。当方はしっかり想像出来ませんが・・・
 
『循環の経済学』の第一章;エントロピーと循環の経済学
は、室田 武さん著ですが、如何でしたか・・?
槌田敦氏の持論とかなりオーバーラップしますが、なかなか面白かった記憶です。当方が最も気に入ったのは
 第2章 自由則と禁止則の経済学 多辺田政弘著
で、2回目はこの章から読み始めました。
 



2013/11/25(Mon) 22:51 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
ケインズの論考
>『循環の経済学』の2章の脚注

ではありませんでした。第1章の第8節
自由貿易から関税の強化へ(・・この主張は第2章にもあり賛同していますので改めて記事に致します。)

1933年にケインズがカレッジで行った講演で
「私は、諸国家間の経済的な絡み合いを最大化しようとする人々よりも、寧ろそれを最小化しようとする人々にシンパシーを感じている」のように語っています。
 つまりケインズは、経済の拡大ばかりを志向していたのでは無いけれども、資本家達の都合のいいように、財政出動の絶え間ない拡大を説いているように、解釈されたのかも知れません。経済に疎い私などは、ケインズと言えば公共工事の財政出動・・ニューディール政策を想起します。
2013/11/26(Tue) 22:39 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:強欲な資本家達に利用されて来た
 これはよくあることですね。たとえば二酸化炭素削減については、普通に考えたら「節約」と言う結論になるところを、使いたいだけ使って、その二酸化炭素をためて捨てるという選択肢を開発する等、本質を外して、逆効果の対策ばかりがもてはやされている現実がありますね。
 ケインズは「自己破壊的な金銭計算と言う同じ法則が時の一刻一刻を支配している。」とも言っていましたが(ご紹介のカレッジの講演の後ろに書かれているので同じ講演で言ったのかも)これは、私の言った会計法が思考制御していると同趣の発言ですね。私はケインズと同じことを考えたということになります。ケインズ自身は功罪あるのでしょうが、後の人間がケインズの想定を超えたところでケインズの考えを悪い方向に発展させたということでしょうね。
2013/11/27(Wed) 22:31 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:Re:強欲な資本家達に利用されて来た
>二酸化炭素削減については、普通に考えたら「節約」と言う結論になるところを、使いたいだけ使って、その二酸化炭素をためて捨てるという選択肢を開発する等、本質を外して、逆効果の対策ばかりがもてはやされている現実がありますね。

全くおっしゃる通りです。二酸化炭素削減は原発推進の為に利用されて来た事も間違いないようです。

>「自己破壊的な金銭計算と言う同じ法則が時の一刻一刻を支配している。」とも言っていましたが

ここの件は、なかなかいい事を言っていますね。この後に続く言葉は名言です。記事に引用したいと思っていました。

>私の言った会計法が思考制御していると同趣の発言ですね。私はケインズと同じことを考えたということになります。

そうですね。本質的に同じ事を述べていますね。非常に鋭い真を突いた洞察だと思います。guyver1092さんのおっしゃるところの、思考制御している会計法は、生態系の破壊など未来に対する負の遺産の部分を無視している刹那的な会計法と理解して宜しいでしょうか?・・・これが即ちケインズの言う「自己破壊的な金銭計算」でしょうね。会計法をguyver1092さんのおっしゃるように根本的に変えなければなりませんね。
2013/11/28(Thu) 17:44 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
会計法等
 豊かな生態系は、食料を安定的に保証する人類社会の入れ物ですが、現在の会計基準ではこれらは二束三文です。そしてこの生態系を破壊し、たとえば原発を作ればとてつもない財産になりますね(会計上)。この方向に進めば、原発事故、放射性廃棄物等の問題がないとしても人類の食料不足に行き着きます。地球が人類にとって巨大な内はどこもかも丸く収まる、こたえられない快楽でしょうが、これはまさしく刹那的ですよね。
2013/11/29(Fri) 22:30 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:会計法等
>豊かな生態系は、食料を安定的に保証する人類社会

全くその通りですね。

『循環の経済学』 で多辺田 政弘さんが執筆されている 第2章 自由則と禁止則の経済学
でもその事に触れています。例えば、ヘーゼル・ヘンダーソンは「産業社会の生産的構造」を「デコレーション付き三段ケーキの図式で示していますね。社会的基礎の土台に自然の層と言う生産部門を置き、それより上部の層はこの自然の層に依存しています。この「当然の事」を会計法に組み込まないのは欠陥ですね。
guyver1092さんの提唱する会計法を推し進めるべきですね。

>これはまさしく刹那的ですよね。
   
そうですね。この「付け」を支払わされるまでにもう猶予は在りませんね。今世紀中には付けが払えず人類社会は倒産するでしょう。・・・会計上の「倒産」では済みません。「生態系の破壊」は人類も生きていけないと言う事ですから・・。
2013/11/30(Sat) 20:02 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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