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2006-09-07 23:47
ベルリンの壁の崩壊は、その1月前くらいまで予想した人は皆無に等しい。20世紀中には無理だろうと思っていた人がほとんどであろう・・・。この事で、将来の予測なんてたとえ専門家でもあてにならない、明日、どんなどんでん返しがあるか分からないと言う事、何事も諦める必要がない事を悟った。

 そのベルリンの壁が崩壊したすぐ後、1990年の頃、ドイツを一人旅した。ベルリンの壁崩壊に希望かなにかを見いだして浮かれていたのかも知れない。
 その頃一応職には就いていたが、モラトリアムしていた私は、ベルリンの壁がまだ撤去されずに残っている間に行くべきだと漠然と感じていた。しかし他にも目的はいろいろあった。当時、量子力学をドイツに渡って研究していた友人が、物理の難問の1つ「三体問題」を解いて発表したと聞いていたので会いたいものだと旅の直前に手紙を出しておいた。それから当時私は、ドイツのへヴィーなロック、”ジャーマン メタル” にハマっていた。毎晩そんな系統のクラブに通おうと思っていた。これが一番の目的だったかも知れない。
 まあ何かと色々な理由をつけて当時マイブームだったドイツへ渡った。
 ドイツに渡る前に数日寄ったイギリスのロンドンは、着いたその日にぼったくりバーに入って散々だった。いい思い出も結構あったと思うがそれほど印象にない。逆に言えばロンドンのヒースロー空港(私の好きな Jimmy Page の父が働いていた場所)から渡ったドイツの思い出は鮮明だ。
 始めに到着したジュッセルドルフからして気に入ってしまった。道に迷っているとみんな親切に声を掛けてくれた。背の高い、聡明な瞳のドイツ女性がにっこり笑って、お登りさんのような私に、「何処へ行きたいのですか?」。ベルリン行きの列車の切符売り場まで連れて行ってくれて、時刻表まで調べてくれた。
 電車の発車時間まで立ち寄ったパブでは、樽からコップに注いでくれるオルトビールが素晴らしく美味しく、後にも先にもこんなにビールが美味いと感じた事はない。しかも、そこにいた地元の客が人なつっこく奢ってくれた。列車の切符を買ってなかったら、明け方までそのパブで過ごしたいと感じた。食べ物もロンドンのようにまずくなく、みな頗る美味い。
そんなこんなで幸先良い感じで、ジュッセルドルフに後ろ髪を引かれながらベルリンに向かう夜行列車に乗ったのは、ベルリンに早く行きたいという気持ちより寧ろ、単に一晩の宿賃を節約する為だったのかも知れない。夜中に、手紙を出しておいた彼の住むボヒェムとかいう町に着いたが、私は降りずに直接ベルリンに行くほうを選んだ・・。

 ちゃんと眠ったのかどうかは忘れたが、ガラガラだった客車は、明け方過ぎて客が増えていた。私のボックスに、中年のご夫婦と、大学院生かの若者が同席した。大学で働いているとかいうご主人と環境問題の話をし、私はゴミは100パーセント細かく分別回収すべきだ等と話していた。ご主人も同意していた。そして、もう一人同席していた大学院生だったかの学生にその事について意見を求めたら、それまで黙ってシニカルな表情で話に混ざらなかった彼は「それでは駄目だ」と言った。
 分別回収が駄目ってどう言う事?彼に、「ならどうすべきか」聞いた時に彼が発した言葉が
”produce less” 「生産を減らせ!」 
 後になって考えると、”produce” と”less”が繋がっていて”produceless”「非生産」かも知れない。
 「それでも、確かにエネルギーは使うがリサイクルも必要でないか?」などと(ムキになって?)言ったら、彼は、首を振りながら、
 「大学で環境の研究をしてきた。そこで出した結論は、環境問題は救いようがない方向に向かっている。リサイクルなんて甘い方法では解決にならない。この問題を解決出来る唯一の方法は、Produce less であるが、今の世界の経済システムではそれは、実現不可能で、それ故現状は悲惨極まりなく、私はPessimistic だ!」
 と、答えた。
 その後の議論の展開は覚えていない。そこで話は途絶えたのかも知れない・・。
その後、ベルリンに着いて、まだ完全に取り壊されずに残っていた壁の所へ行った。壁を削っていた人から壁のかけらを買った。ハイな気分の日が続き、毎日昼頃宿泊先を出て夜中まで出歩いた。ベルリンで年越しをしたような記憶がある。何日か楽しんでベルリンからハンブルクへ行って、ここでも毎晩出歩いて夜遊びした。と言うか、ほろ酔いでほっつき歩いた。クラブに通って、古っぽいブルーズやらジャーマン・メタルを楽しんだ。引き寄せられるように初めて出遭った究極のオドロオドロしいデスメタルらしきものが鳴っている壊れた人形が飾ってあるお化け屋敷のような真っ暗で歩くのも手探りのようなパブが妙に記憶に残っている。きっとドイツに行って望んだような事は色々出来て、ロンドンよりずっと充実して良かった筈だ。ドイツは頗る気に入った・・・。

 しかし後になって最もしっかり覚えていた出来事は、ベルリンへ向かう列車の中で、あの学生の発した ”Produce less”という言葉だ。当初は少し否定したかった部分もあったかも知れない。しかし、すぐに彼の洞察は的確だと確信するに至った。この時以降私の環境問題に関するスタンスは”produce less”「生産を減らせ!」または”produceless”「非生産」である。
 今の日本の様にゴミ減量のメインの解決法がリサイクルだと考えて、リサイクルの効力を信じていたら私は言うであろう。リサイクルよりも”produce less”「生産を減らせ!」

 あの彼は今だに環境問題に絶望しているのだろうか?否、きっとよりシビアーな循環型社会の実現目指して活動している様に思う。彼ともう一度話をしたい。今の私とどっちが地球の現状に、よりペシミスティックであろう?そして彼はなにか新たな方策を考えたであろうか?彼に遭っても顔は記憶にないから判らないだろうけれど・・・。
 
 確かにゴミ問題、環境問題の根本的な解決策は ”produce less”若しくは”produceless”であり、
それが最高の対策に違いない。
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【2006/09/07 23:47】 | 思い出 トラックバック(0) |
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