-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2011-03-05 00:01
~公正な自由市場などない~

 資本主義社会は、市場原理主義に支えられた自由市場経済社会と言われています。少なくとも資本家や、政府はそのように言っていることでしょう。・・・本心はそう思っていなくても・・・・でも現在そんな自由市場はどこにあるのでしょうか?限定された狭い範囲での自由競争しかないでしょう。
例えば日本の交通産業を考えましょう。最近自動車産業に鉄道会社やフェリーの会社が押されたのは、単に国の政策で、高速道路利用料金を格安にしたり、自家用車の購入に補助金を付けたりしたからでしょう。ただそれだけの事。自動車産業が市場で努力して自由競争に勝ったからではありません。自動車会社が企業努力で勝ったものがあるとすれば、政治家への働きかけでしょう。自動車産業が政治家との癒着によって優遇されただけのことです。受益者負担の原則により、高速道路料金をしっかりとらないのは不公正で酷い話です。「エコ替え」の名の下に補助金を出して自動車を購入させる手法はもはや詐欺としか言いようがありません。本当に「エコ」というのなら、出来るだけ車を使わないことです。自家用車を持っていない人にこそ補助金を出すべきでしょうし、そうでなくとも大量輸送機関である鉄道会社やバス会社などにこそ補助金を出すべきでしょう。(・・余談ですが、航空会社に出す必要はないでしょう・・。)・・補助金制度自体あまりいい場合はないと思いますので、基本的には出さなくていいと思いますが、出すとすれば、自家用車を使わない人々にこそ出すべきでしょう。・・・「エコ」という言葉が、自由競争に反する政府の行為の正当化に使われているのです。それも実際は更なる環境悪化を招くだけです。その補助金は税金から支払われるわけで、日本の借金は増える一方です。
ひと昔前は公共工事が政府と土建業者の癒着の最たるものでした。公共工事の癒着も減っているとは言え、まだまだ多いし、そこでもしっかり自由な競争が行われているとは言えません。しかし不用な公共工事が多く、散々批判されて流石にこの頃は減ってきました。その分現政権は、自動車業界や電気製品業界と癒着したわけです。
いわゆる途上国などへのプラント輸出などは癒着構造の典型です。プラント輸出自体大型プロジェクトですから一部の大企業しか参加できません。例えば日本の企業のプラントを海外へ輸出するとき、日本と相手国の政府がしっかり間に入りますが、自由市場と呼べる筈も御座いません。大型プラントだけではありません。現在民主党政権が力を入れている、いわゆる途上国への原発建設など、国家プロジェクト化していますが、話しが決まっても、儲けるのは日本の関連企業だけでしょう。
物が有り余っっている現在、国が借金して政府はその借金で儲けさせる産業を決めて直接間接投資しているだけです。とても自由市場とは呼べません。共産主義国の計画経済と共通しています。違いと言えばそれで儲ける人間が共産主義国家では主に政治家や官僚などの為政者側、資本主義では資本家の儲ける割合が多くなる事くらいでしょうか?・・癒着している両者が儲ける事を目的にしている事に変わりありません。
 資本主義経済国で、自由公正な経済競争が行われなかったのは、昔からでしょう。市場での熾烈な自由競争は小売業など庶民の目に見える現場で繰り広げられて来た事も確かですが、その上の段階では、市場での競争と言うよりも、政府の方針によって優越は大きく左右されてきました。市場での自由経済競争よりも、政府との癒着競争に勝った方が有利な立場に立って来ました。それもある意味何でもありの「自由」な競争と言えたとしても、「公正」な競争とは言えないでしょう。現在のアメリカの大企業を見ても、ことごとく「公正」とは言えないグレーゾーンでのし上がってきた企業が多いと言えましょう。現在の中国企業も同様でしょう。

よく、社会主義体制の批判に官僚の腐敗が指摘されますが、それは資本主義社会でも同じでしょう。社会主義国家はシステム的に当然の事ながら、自由主義国でも、自由市場経済というのは建前だけの話でしょう。どちらも自由公正な市場での競争など行われていませんでした。


社会主義が性善説に基づく良識的な人間の集団でなければ成り立たないのと同様に、資本主義社会の「市場での公正な競争」も、良識的な人間の集団でなければ成り立たないでしょう。つまり資本主義の「自由で公正な市場競争」という理念は、名前だけのものであり、資本主義ははじめから矛盾を含んで破綻していたと言えるでしょう。
 資本主義社会の理念である、自由市場における公正な自由経済競争なんてはじめから行われていなかったのであって、資本主義社会はその名の通り単に資本家の利益をどんどん上乗せする為に作られたねずみ講のような社会で、自由で公正な競争は行われていなかったし、これからも行われないでしょう。

自由競争社会という名の資本主義経済社会は、矛盾だらけで不公正な詐欺のような現代社会システムの徒花でしょう。だから早晩崩壊するでしょう。
スポンサーサイト
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/03/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

洗脳
guyver1092
 自由競争で誰でもチャンスはあるとの誤った認識を持たせるための宣伝ですね。過去の歴史のように富が特定の者に集中しすぎた現在、社会の不満は高まり続け、いずれごまかしきれなくなるでしょう。
 過去の歴史上の、権力者を倒した時には、自らの生存基盤を破壊しつくしていて、どうしようもなかったなどという事態だけは願い下げですが。

Re:洗脳
雑草Z
    guyver1092さん

>自由競争で誰でもチャンスはあるとの誤った認識を持たせるための宣伝

運よく何万分の一の可能性を突破して来た人達のシンデレラストーリーがしょっちゅうマスコミを賑わしていますね。底辺の人達を踏み台にして運よくトップに上りつめた人が富も総取りしてしまって格差が開く一方の社会システムを構築してきました。

>権力者を倒した時には、自らの生存基盤を破壊しつくしていて、どうしようもなかったなどという事態だけは願い下げ

全くその通りですね。特にグローバル化の進んだ現在、地球全体で崩壊するわけですから逃げ場がありません。その危機意識をみんなに持って欲しいものです。


y.suzuki
 この自由という概念は支配者(搾取者)にとって都合のいいものでしかないことを改めて思いました。たとえば途上国においては、自立した共同体規範に則って生活をしているところに、市場原理を持ち込んで取引(搾取)する自由があるという論理ですね。

 これでは、社会的に崩壊するしかありません。前提が誤りであると思います。自立する条件、社会規範など絶対不可侵事項は、市場に委ねてはいけないものですから。

 いま、管内閣があせって取り決めようとしているTPP協議などまさに典型です。


>この自由という概念は支配者(搾取者)にとって都合のいいものでしかない
雑草Z
    y.suzukiさん

 お久し振りのコメント有難う御座います。こちらが書いた本文の記事とは主題がやや異なりますが、本文より説得力のあるコメントです。

>たとえば途上国においては、自立した共同体規範に則って生活をしているところに、市場原理を持ち込んで取引(搾取)する自由があるという論理

この例は、私が本文で示した例よりも更に踏み込んだいい例ですね。こちらのほうを本文に使いたいところです。

>前提が誤りである

まさにこれですね。公正な自由競争ではありませんから「神の見えざる手」なんてものも機能していませんね。

>自立する条件、社会規範など絶対不可侵事項は、市場に委ねてはいけないもの

全くその通りだと思います。現代の「自由市場経済」は財閥等による不公正やりたい放題の無節操な市場です。

>管内閣があせって取り決めようとしているTPP協議などまさに典型

これぞ、政治家が時代遅れの事をやっている典型ですね。TPPが公正な自由市場競争の筈もないし、グローバル化ももうすぐ時代に見放させるでしょう。何故なら輸送に大量のエネルギーが必要ですが、それが永続可能な筈がありません。TPP協議なんてやってる場合じゃないですね。


y.suzuki
つたないコメントにお受け頂きありがとうございます。

「自由」といういかがわしさについては、昔から、いろんな場面で煮え湯を飲まされてきましたし、それを駆使している欧米のやり方のひどさには、全世界で明らかになりつつあるようです。

 最近の中東の暴動に際してもマスコミでよく目にする切り口には「独裁からの自由」などといわれますが、正確には支配・抑圧からの「解放」ですし、民衆にとっても当たり前のことを当たり前にできるようにしたいだけ=つまり自立するということなのだろうと思っています。市場主義はもう遺物でしょうね。

 まさに看板ばかりの自由市場です。経済学者はその部分を絶対視しているので、有効な分析も展望も示せないようです。


Re:「自由」といういかがわしさ
雑草Z
    y.suzuki

 また、素早い返事有難う御座います。非常に参考になりました。

>「自由」といういかがわしさについては、昔から、いろんな場面で煮え湯を飲まされてきましたし、それを駆使している欧米のやり方のひどさには、全世界で明らかになりつつある

おっしゃる通りですね。「自由」を強調して、それとセットにして資本主義を広げて守ってきたわけですが、「自由」と「資本主義」は決してセットの概念ではない筈なのにセットにしているところがいかさまですね。資本家にとって設備と同じ扱いをされる労働者に自由があるとは言えませんね。

>市場主義はもう遺物

そう、資本家、財閥などが必死で守ろうとしているだけですね。それに一緒になっている政治家、政府は情けないものがあります。まさしく資本家の傀儡政権です。

y.suzukiさん
guyver1092
 y.suzukiさんのコメントを見て、昔見た手品についての番組を思い出しました。手品師の技術の一つに、観客を道具に使う方法があります。観客にあることを選択させるのですが、観客がどう選択しようと手品師の目的を阻害する選択が出来なくなっており、手品として不思議なことが起こるというものでした。
 搾取者も同じ技術を使っていますね。
 

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
洗脳
 自由競争で誰でもチャンスはあるとの誤った認識を持たせるための宣伝ですね。過去の歴史のように富が特定の者に集中しすぎた現在、社会の不満は高まり続け、いずれごまかしきれなくなるでしょう。
 過去の歴史上の、権力者を倒した時には、自らの生存基盤を破壊しつくしていて、どうしようもなかったなどという事態だけは願い下げですが。
2011/03/05(Sat) 20:49 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:洗脳
    guyver1092さん

>自由競争で誰でもチャンスはあるとの誤った認識を持たせるための宣伝

運よく何万分の一の可能性を突破して来た人達のシンデレラストーリーがしょっちゅうマスコミを賑わしていますね。底辺の人達を踏み台にして運よくトップに上りつめた人が富も総取りしてしまって格差が開く一方の社会システムを構築してきました。

>権力者を倒した時には、自らの生存基盤を破壊しつくしていて、どうしようもなかったなどという事態だけは願い下げ

全くその通りですね。特にグローバル化の進んだ現在、地球全体で崩壊するわけですから逃げ場がありません。その危機意識をみんなに持って欲しいものです。
2011/03/07(Mon) 21:06 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
 この自由という概念は支配者(搾取者)にとって都合のいいものでしかないことを改めて思いました。たとえば途上国においては、自立した共同体規範に則って生活をしているところに、市場原理を持ち込んで取引(搾取)する自由があるという論理ですね。

 これでは、社会的に崩壊するしかありません。前提が誤りであると思います。自立する条件、社会規範など絶対不可侵事項は、市場に委ねてはいけないものですから。

 いま、管内閣があせって取り決めようとしているTPP協議などまさに典型です。
2011/03/08(Tue) 16:38 | URL  | y.suzuki #-[ 編集]
>この自由という概念は支配者(搾取者)にとって都合のいいものでしかない
    y.suzukiさん

 お久し振りのコメント有難う御座います。こちらが書いた本文の記事とは主題がやや異なりますが、本文より説得力のあるコメントです。

>たとえば途上国においては、自立した共同体規範に則って生活をしているところに、市場原理を持ち込んで取引(搾取)する自由があるという論理

この例は、私が本文で示した例よりも更に踏み込んだいい例ですね。こちらのほうを本文に使いたいところです。

>前提が誤りである

まさにこれですね。公正な自由競争ではありませんから「神の見えざる手」なんてものも機能していませんね。

>自立する条件、社会規範など絶対不可侵事項は、市場に委ねてはいけないもの

全くその通りだと思います。現代の「自由市場経済」は財閥等による不公正やりたい放題の無節操な市場です。

>管内閣があせって取り決めようとしているTPP協議などまさに典型

これぞ、政治家が時代遅れの事をやっている典型ですね。TPPが公正な自由市場競争の筈もないし、グローバル化ももうすぐ時代に見放させるでしょう。何故なら輸送に大量のエネルギーが必要ですが、それが永続可能な筈がありません。TPP協議なんてやってる場合じゃないですね。
2011/03/09(Wed) 20:32 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
つたないコメントにお受け頂きありがとうございます。

「自由」といういかがわしさについては、昔から、いろんな場面で煮え湯を飲まされてきましたし、それを駆使している欧米のやり方のひどさには、全世界で明らかになりつつあるようです。

 最近の中東の暴動に際してもマスコミでよく目にする切り口には「独裁からの自由」などといわれますが、正確には支配・抑圧からの「解放」ですし、民衆にとっても当たり前のことを当たり前にできるようにしたいだけ=つまり自立するということなのだろうと思っています。市場主義はもう遺物でしょうね。

 まさに看板ばかりの自由市場です。経済学者はその部分を絶対視しているので、有効な分析も展望も示せないようです。
2011/03/09(Wed) 21:25 | URL  | y.suzuki #-[ 編集]
Re:「自由」といういかがわしさ
    y.suzuki

 また、素早い返事有難う御座います。非常に参考になりました。

>「自由」といういかがわしさについては、昔から、いろんな場面で煮え湯を飲まされてきましたし、それを駆使している欧米のやり方のひどさには、全世界で明らかになりつつある

おっしゃる通りですね。「自由」を強調して、それとセットにして資本主義を広げて守ってきたわけですが、「自由」と「資本主義」は決してセットの概念ではない筈なのにセットにしているところがいかさまですね。資本家にとって設備と同じ扱いをされる労働者に自由があるとは言えませんね。

>市場主義はもう遺物

そう、資本家、財閥などが必死で守ろうとしているだけですね。それに一緒になっている政治家、政府は情けないものがあります。まさしく資本家の傀儡政権です。
2011/03/10(Thu) 06:56 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
y.suzukiさん
 y.suzukiさんのコメントを見て、昔見た手品についての番組を思い出しました。手品師の技術の一つに、観客を道具に使う方法があります。観客にあることを選択させるのですが、観客がどう選択しようと手品師の目的を阻害する選択が出来なくなっており、手品として不思議なことが起こるというものでした。
 搾取者も同じ技術を使っていますね。
 
2011/03/10(Thu) 22:12 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。