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2011-01-23 00:01
人類が他の動物と同じように自然にある物を採って食べていた頃、狩猟採取生活をしていた頃は、人口もそれほど増加はしなかったでしょう。その頃は石油等の地下資源によるドーピングもなかったので、分断されて人間が棲んでいた地域毎に、現在よりも遥かに小さな人口密度レベルで「飽和」してほぼ定常状態にあったと言えましょう。その頃の世界の人口は1千万人にも満たなかったと考えられています。
農業の発見で人口が一気に膨張したと考えられています。この辺りから他の動物との共生領域に対して人類の独占化が始まったと言えましょう。科学の発達で更に人口が増え、また、人間1人当たりの資源の使用量も増加をはじめました。特に20世紀までの数世紀の間、即ち産業革命以降は、人口も一人当たりの資源消費量も(超)指数関数的膨張をした極めて特殊で異常な時期と考えられるでしょう。つまり、農業の起こった1万年ほど前から現代までの人類の歴史は、「膨張の短い歴史」と言えましょう。「短い」という意味は、人類の歴史、農業の発見以前の時代と比べて遥かに短いという意味です。農業の起こりがアバウトに1万年前と考えられています。つまり、農業が始まってからの膨張の歴史は、人類の歴史を100万年と考えれば、ほんの1%ほどだと言うことです。人口一人当たりのエネルギー消費が急膨張始めて、地下資源の浪費も始まった産業革命以降からはまだ数百年、人類の歴史の0.1%にも満たないのです。

これまでの人類の歴史には局地的な文明崩壊は沢山ありました。火山の爆発や寒冷化など自然災害で崩壊した文明もありました。他民族に滅ぼされた文明もありました。
これらの天変地異的な原因や他の民族による攻撃が原因でない場合、その根本原因を一口であらわせば、「文明の膨張による崩壊」と言えるのではないでしょうか。人口や人工物が増え過ぎて人間が生きていく環境に負荷がかかり過ぎて、食糧不足などにより滅びたのです。北米大陸のアナザシ遺跡などにはその痕跡が残っています。それ以外にも過去に滅びた多くの文明が「文明の膨張による崩壊」と言えそうです。メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明などの大河文明、イースター島、南東ポリネシアのピトケアン島、ヘンダーソン島等の海で囲まれた島の文明、・・・枚挙に暇が御座いません。(・・ジャレド・ダイアモンド著『文明崩壊』参照。)膨張を始める以前は、ほぼ定常状態のように続いていた文明が、華々しく膨張を始めて栄華を謳歌し始めたと思いきや、いつの間にか崩壊がやってきたのです。
このような局地的崩壊を見ても一目瞭然であるように、膨張を続ければ必ず崩壊に至るのです。・・膨張を始めた瞬間に崩壊への道筋がはっきりと見て取れる・・と言えましょう。
農業が始まる以前は、再生可能な資源ばかり使っていた事でしょうし、再生可能なフローでしたから、消費する間に新たな資源が生まれ(太陽エネルギーによる再生)、環境の破壊はあっても局地的、一時的なもので、あまり広がる事は無かったでしょう。破壊の規模も小さく、生態系を循環しない化学物質や放射能による汚染もなかったので、環境の回復にも長い時間を要しなかったでしょう。地球環境も資源も人類にとって(半)永久的なものだったのです。1万年前の生活と人口規模ならば、定常状態として永続可能たったと言う事です。

現代の人類が地球環境にかける環境負荷は、人類が農業を始めたと言われている1万年ほど前と比べると、1万~10万倍と推測されます。【21世紀に文明が崩壊する根拠】で論じたとおりです。つまり、1万年前の人類が消費していた資源100年分を、現代社会ではたった1日前後で消費している事になります。現代文明に於ける資源の浪費は酷く恐ろしいペースです。環境が回復するペースよりも遥かに早いペースで資源の浪費と廃棄物の増加が続いています。
地域的な人類の膨張の歴史(・・大河文明、島の文明・・)を見ても、他の生物の膨張の歴史(・・バッタやアリ、ブランクトン・・・・)を見ても、局地的に一人勝ちして膨張を始めた種は、他の生物や環境を巻き込みながらその地域の永続可能な限界を超えて過剰な状態まで行き着いた後は、急激な崩壊が始まるのです。・・・普通に考えれば当然の帰結です。

生きている集団の安定状態とは定常状態の事でしょう。つまり膨張も縮小もない状態です。膨張状態というのは定常状態ではなく、不安定な状態です。膨張の規模がある程度以下で留まることが出来れば・・持続可能なフローの範囲内なら・・定常状態として永続出来る可能性もあるのに、目一杯膨張しようとしているので最後には崩壊するのです。人類は幾度となく局地的に経験してきた筈です。膨張は間違いなく破滅の原因の大きな一つなのです。勿論経済成長も膨張の代表例です。そして、人間が発展、開発と呼んでいるものも、多くは膨張の一形態なのです。膨張は崩壊の始まりと言えるのです。

グローバル化した人類社会は、局地的な危機が起こった場合、他の地域の援助で救う事が出来ます。しかし危機が地球全体に及んだときにはもう援助してくれる他の地域はありません。地球全体の崩壊と言う最悪のシナリオが待っているのです。【21世紀に文明が崩壊する根拠】に書いた通りです。20世紀に既に人間活動のフローが持続可能な限界を過ぎてしまったと考えられます。21世紀はもう膨張を続ける事は出来ません。膨張を続けようとすればするほど崩壊の時期を早めるだけです。多くの 成長志向者=膨張主義者 は、将来的に 地球の破壊者=崩壊の使者 と評価される事になりましょう。現代社会で『進歩』と考えられているものの多くの本質が、実は『膨張』であり、崩壊への行進と考える事が出来るのではないでしょうか?

ほどよいところで止まる賢さが必要です。もう既に、「ほどよい状態」を通り越し、フローの限界を過ぎてしまった現代は、先ずは持続可能なレベルまで縮小してから止まるという至難の業を迫られているのです。(・・実は「至難の業」と呼ぶほどに難しいことではないでしょう。・・)膨張を止めて、持続可能なレベルまで下げる事こそ、人間の理性の見せ所といえましょう。
過去の歴史の中には、江戸時代の日本のように無節操な膨張をくい止めた例もあります。膨張志向から降りることは決して無理なことではありません。それどころか、無理な膨張を続けることと比べれば、辛いことでもないでしょう。
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【2011/01/23 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

膨張の短い歴史
上々
「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと思いました。

膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能です。イースター島で最後の木を切り倒した人は何を思ったかという言葉が(どこかに)ありましたが、同様のことが世界中に起きるでしょう。

きたれ振袖火事
guyver1092
 人類が助かる可能性として、江戸時代の振袖火事に当たる何らかの出来事が起これば、あるいは人類が目を覚ますかもしれません。
 温暖化人類原因説もうまく回れば(二酸化炭素排出を削減するために石油の消費を現在の四分の一にしなければならないなどの合意がされれば)振袖火事の役をしたかもしれませんが、現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。
 あと、考えられるのは、経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊するとか・・・・
 確かに、反経済成長を主張する記事が新聞にも掲載されるようになっていますので、かつてよりは希望が持てますが、まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)

Re:膨張の短い歴史
雑草Z
    上々さん

>「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと

そうですね。膨張の歴史はもう直ぐ短命で終わるでしょう。上々さんのおっしゃるように石油依存度の極端に高い現代は、石油ピークが過ぎて石油の産出量が減ると膨張ももう出来なくなるでしょう。つまり、膨張の歴史は今まさに幕を下ろそうとしていますね。

>膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能

そうですね。人口も経済規模も資源消費量も現状より一桁くらい小さくないと、永続は出来ないでしょうね。

>同様のことが世界中に起きるでしょう。

そうですね。上々さんの預言でしょうか?


Re:きたれ振袖火事
雑草Z
    guyver1092さん

 相変わらずguyver1092 らしいユニークな発想、面白く読ませて戴きました。
>振袖火事
の事は知りませんでした。guyver1092さんがおっしゃりたい事は、人間が築きあげた持続不可能な膨張文明が焼けてしまって振り出しに戻って反省のもとに脱膨&浪費文明・・と言うような事をおっしゃりたかったのだと思いますが、何故に「振袖火事」なのでしょうか?・・・興味津々です。教えて下さい。

>現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。

二酸化炭素削減政策は原発を復活させたという点だけでも結果的に環境破壊の愚策ですね。

>まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)

大変共感出来る内容です。全く同じように感じています。まあでも当方はここの記事で散々絶望的な見通しは書きましたので、(敢えて『絶望的』に書こうとしたのではなく、最も実現確率の高そうな事を書くとそういう内容になってしまうのですが・・)今年はオプティミスティックな事も書いて行こうと考えたわけです。それに膨張主義に危機感を積もらせている人も段々と確実に増えています。




振袖火事について
guyver1092
 なぜ振袖火事かということですが、この火事の後、幕府はあまりのはげ山の増加に日本の危機を感じ、森林資源の消費を抑える政策を行ったからです。この方針転換により、日本は文明崩壊を回避できたとのことです。(文明崩壊より)
 なお、イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています。(ひところ話題になったゆでガエルですね)

Re:振袖火事について
雑草Z
    guyver1092さん

>なぜ振袖火事かということ

について良く分かるご説明有難う御座います。確かにいい例ですね。つまり、危機をしっかり認識出来るようなショックな出来事が起こってしっかり対策すれば、「災い転じて福となす」と、出来るわけですね。その意味でもguyver1092さんが先にあげた例、
>経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊する
は、理想的な例ですね。

ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』は、guyver1092
さんも私も読んで共通の話題に出来る書物の筈ですが、(今回の記事にも書いています・・笑)私は忘れている部分も多いですね。通しては一回しか読んでいませんが、じっくり読んだ積りだったのですが・・(汗)
コメントに『文明崩壊』ネタを沢山書いて頂くと思い出すことにもなり、いいですね。どんどん文明崩壊ネタを書いて下さいね。

ちょっと見直してみたら、下巻p44に「明歴の大火」とありますが、これが「振袖火事」とも呼ばれている大火なのですね!?

>イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています

その意味では、環境破壊は急激に起こった方が人間も早く有効な対策を考えると言う事になりますね。・・現代は目に見えて環境破壊が進んでいると思うのですが、結構対策が遅れていますし有効でないものも多いですね。このままでは人間もゆでガエルになってしまいますね。

振袖火事とはげ山の増加
上々
江戸時代は理想的な循環社会と言う説が多いようですが、やはりはげ山が増加(=里山の荒廃)ということで、自分の考えに間違いはないと確信しました。
人糞まで循環したと言うのは人類史上そう無いことのようで、非常に優れていたのは事実でしょうが、それではまだ不十分です。
江戸時代の農産物の流れ(=土壌栄養分の流れ)は米の主産地から江戸への流れが大きく、そこから帰ったとしてもせいぜい江戸周辺の野菜を作った畑地程度ではないかと思います。
結局、米の主産地の周辺では山の栄養分まで収奪されたのではないかと思います。

また、大きいのは薪用の枝や間伐材です。これを煮炊きや暖房に使うと、その灰は肥料分として土壌に戻したとしてもそこは水田・畑地であり、山林には戻しません。その量もやはりロスがあるので全量は肥料分にはならないでしょう。

それでも世界の他の地域と比べればはるかにマシではあったはずですが。

明暦の大火
guyver1092
 振袖火事は、明暦の大火の別名です。なぜ別名のほうを使うかですが、特に意味はありません。しいて言えば、昔読んだ小説の中で、振袖がお寺の屋根にしばらく立った状態でいて、火元になったというシーンが印象的だったことによります。
 石井吉徳氏の本で見ましたが、江戸時代に明暦を境に人口の増加率が急激に減少していました。どこかの本には、人口の増加がほぼゼロになっていたとの記述も読んだことがあります。
 上々様。江戸時代に、江戸周辺は生態系が非常に豊かになったと槌田氏の本にありましたが、『文明崩壊』によると、北海道は森林に大きなダメージがあったとか。コメは、野菜ほどは肥料を必要としないそうなので、鮭を輸出するよりダメージが少なかったでしょうが、一部の地域が森林に限界寸前になっていたとの記述をどこかで読んだ記憶があります。

時期について書き忘れました
guyver1092
 一部の地域で森林が限界寸前という時期は、幕末ごろだそうです。明暦から幕末までは大きな破綻もなくほぼうまく動いていたのではないでしょうか。明暦までは森林の減少は相当なものであったのでしょう。


鼻勝
「崩壊」の後にくるであろうの「再生」とやらが、本格的な壊滅の後にはあるのでしょうかねぇ……。

何事も痛い目に遭ってみないと、いや、かつて遭っていたとしても、解らねぇし忘れちまうのが人間です。

まったく懲りない生き物ですわ。そうは思いたくもないですが。

江戸周辺
上々
guyver1092様
 さすがに槌田先生、全く間違っておりません。問題としているのもまさにそこの部分で、「江戸周辺」ということです。
 農産物を食品として利用する場合は食べた人間の糞尿まで循環させなければ本当の循環にはなりません。
 しかし、現代はその流れが大きく偏っていますが、江戸時代でもすでにかなりの偏りがありました。
 江戸周辺では江戸の需要を満たす野菜類の栽培はありましたが、主要食物の米は他地方からの移入です。この結果、現代の都会地と同様に土壌栄養成分の集中を起こし、そのまま下水として流せば河川・江戸湾の富栄養化になったことでしょう。
 それを周辺農地に返したのですからその辺は栄養十分な農地となったものと言えます。
 一方、地方の米産地はどうかと言えば、米の栽培の特性から(栽培期間中常に水を張っておくことから水を通して栄養分補給が少しはなされる)畑地ほど急激な栄養不足にはなりませんが、徐々に土壌栄養成分不足に陥っていくのは当然と思います。
 
 現代もこれは同様です。今は化学肥料で補給されるため目立たないだけですが、肥料供給に陰りが出ればあっという間に問題化するでしょう。
 また消費地周辺の排水の富栄養化もおおきな環境問題ですが、本来は農業用の肥料問題でもあります。

上々様
guyver1092
 思い出したのですが、江戸時代に肥料として干鰯を利用していたところ(綿などの商品作物の産地)は、海から栄養分の補給がされていたことになりますから、消費と供給の差によっては森林が豊かになったところもあるのではないでしょうか。確かそれなりに高価だったそうですから、作る作物によっては、利用すると赤字が出るところでは利用されなかったことが考えられます。そのような地域では、補給がないので、長い間に、養分の流出が起こりますりで、森林が荒廃したのでしょうね。


ぴのこ
>ほどよいところで止まる賢さ

よく「いっぺん痛い目みなわからへんのちゃう?」と言われますが、感謝を忘れて自己中心的になっている時って、ほどよいところを感じる感覚が麻痺しているような気がします。。(日常生活では、身に覚えあり^_^;)

日常生活なら、痛い目を見て、はじめて周りの人たちへの謝罪や感謝の想い、自分がなんと恵まれた存在であるか?を思い知った時にも、みんなに謝り許してもらえたり、やり直しをしたり、意識を変えられますが、地球規模ではもう取り返しがつきませんよね・・、やり直しが効かない。

でも、感謝の想いって周りを幸せにするし、人に伝わると思うので、痛い目見る前に!、自然の恵みに対する感謝を広げていきたいですね~^^


干鰯
上々
guyver1092様
 干鰯(ほしか)は使われていたようですが、近畿地方の換金作物(綿)栽培用とのことで、高価でもあり一般向けということはないようです。
 後期には鰯の不良で価格高騰し、騒動にもなったようです。
 山林(里山)については、栄養成分の流出もあったでしょうが、やはり大きいのは薪炭用の使用ではなかったかと思います。
煮炊きと暖房というのはどうしても必要になりますので、将来の問題でもあります。
ヨーロッパでは薪の木の不足から煮焚きができなくなった時代もあったとか。また、その用途に家畜の糞を使うことも広く行なわれていますが、本来は土壌に肥料分として戻すべきものです。

まあ色々書いてきましたが、「食糧の移動」が生じる状態では、化学肥料の使用が難しくなった時は必ず土壌栄養分の枯渇につながるということは言えると思います。

江戸時代の森林
guyver1092
 このあたりの認識は、私と上々氏は少し違っているようです。以下に私の認識を述べます。

1 振袖火事までは、日本の森林は減少を続けていた。
2 江戸周辺は、養分の流入で豊かな生態系が生まれた。
3 北海道は鮭の形で本土に養分を流出させたので、森林が荒廃した。(完全破壊には至っていない)
4 日本人は魚を食べるので、海からの養分の補給はある。また、これに加えて、干鰯の肥料の利用で、養分の補給はそれなりにある。
5 日本は入会により、森林の利用に制限がかかってる。
6 地域によっては、幕末ごろには、森林が限界まで弱った地域がある。
7 槌田氏の本で読んだのですが、江戸初期と幕末とで同じ場所からの風景画(長崎の出島辺り)によると、このあたりは森林が回復していた。
8 養分の補給は、火山灰からもある。

 これらから、少なくとも振袖火事後森林は一時は回復し、地域によって幕末にかけてゆっくりと養分が流出したところもあるだろう(荒廃したところもある)と推測します。薪炭の取りすぎで直接はげ山になるのは、入会が機能している限りありえないと考えます。まあこれ以上の詳しいことは、古文書を研究して、各地域、各時代ごとの森林状況を調べないことにはどうにもなりませんが。

>「崩壊」の後にくるであろうの「再生」
雑草Z
    鼻勝さん

 お久し振りのコメント有難う御座います。

>何事も痛い目に遭ってみないと、いや、かつて遭っていたとしても、解らねぇし忘れちまうのが人間です。

その通りだと思います。しかし、「崩壊」すると言う事は、かなりの痛い目に相当するでしょう。人類全体として未だかつて経験したことのない全世界的な崩壊ですから、相当の酷い目だと思います。こんな目に遭うくらいなら、「発展」なんか望まずに「開発」なんかしなければ良かった・・・と普通の神経の持ち主なら思うでしょう。・・・ただ、その崩壊が余り酷いレベルであれば、「再生」も出来ないでしょう。資源も残っていないし環境もずたずたです。人類は生き残れないかも知れません。その意味では、本格的な壊滅があれば再生は不可能でしょうね。

>まったく懲りない生き物

「発展」とか「開発」、「開拓」に大きな価値観を求めるようになった西洋的価値観は、地球を生命体と考えた場合、ガイア地球の癌細胞でしょう。そんな価値観を持ったままだときっと人類は地球上に癌細胞として膨張し(現在の状態)そして滅びるでしょうね。 早く正常細胞に戻るべきです。




>>ほどよいところで止まる賢さ
雑草Z
    ぴのこさん

>感謝を忘れて自己中心的になっている時って、ほどよいところを感じる感覚が麻痺しているような気がします。。(日常生活では、身に覚えあり^_^;)

そうですね。ぴの子さんは正直ですね。私も身に覚えあります(笑)

>地球規模ではもう取り返しがつきませんよね・・、やり直しが効かない。

そう、そのやり直しが効かない規模まで来てしまったのに、未だに多くの人間が非常に軽率な膨張志向である事が大きな問題です。非常に「ヤバい」状況です。 これから先は、「発展」は非常に慎重に行うべきでしょう・・・と言うよりも今までなされてきた軽率な「発展」は必要ないですね。どんな「開発」も必要ないでしょう。これ以上の膨張は即崩壊に繋がると考えた方がいいでしょうね。





江戸時代はどれくらい理想的な循環型社会であったか?
雑草Z
    上々さん、
    guyver1092 さん

 お二人の議論、大変興味深く読ませて戴きました。
土台はお二人とも基本的に同じ考え方で(私もです)今回の認識の違いは、江戸時代がどれほどの循環型社会であったかと言う程度問題ですね。
 槌田敦さんの書物のファンである事や、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」を参考文献にしている事など、江戸時代の認識に関しては、私はどちらかと言えば guyver1092 さんとかなり共通しているかと思っています。しかし、上々さんの、農業の知識に裏打ちされた推測はかなり参考になりました。なるほどと思いました。例えば、

>江戸時代の農産物の流れ(=土壌栄養分の流れ)は米の主産地から江戸への流れが大きく、そこから帰ったとしてもせいぜい江戸周辺の野菜を作った畑地程度ではないか
>現代はその流れが大きく偏っていますが、江戸時代でもすでにかなりの偏りがありました。

など、その通りだと納得しました。ただ、槌田敦さんの書物などによれば、江戸時代には、江戸以外にも大阪や京都など全国各地の都市で、同様に人糞などによって近郊の山林や農地、漁場を豊かにする物質循環が作られていたようです。
だとすれば問題は、上々さんのおっしゃるように

>大きいのは薪用の枝や間伐材

と、言う事になりましょう。江戸時代でも、燃料用として、山の木が乱伐された事を考えれば、石油代替にバイオマス・・などと言って木など使ったら、現在の人口規模とエネルギー浪費を考えれば、直ぐに森の木は切り尽くされてしまうでしょうね。
干鰯については、「江戸時代は種油の半値ほどで買える魚油が使われた」・・・と槌田敦さんの書物に記載されています。
「魚油は漁民が雑魚を茹でてその煮汁から取る。その副産物として雑魚の煮干が出来るから、農民に安く売られていた」と槌田敦さんは書いています。[熱学外論]

guyver1092さんがおっしゃっている[2011/01/26]

>どこかの本には、人口の増加がほぼゼロになっていたとの記述も読んだことがあります。

は槌田敦さんがよく書かれている事ではないでしょうか?

上々さんの 2011/01/28 のコメントの結論、

>「食糧の移動」が生じる状態では、化学肥料の使用が難しくなった時は必ず土壌栄養分の枯渇につながる

は現代の食料、農業の根本的な問題だと思います。その意味でも地産地消は大切ですね。地産地消する領域は、それぞれ市町村の範囲くらいでしょうね。食料を石油を燃料とした交通機関で運ぶ場合、遠距離になるとカロリー的収支がマイナスになってしまう場合もあるでしょうね。
人糞は、森や山でする分には、した後そのまま置いておけば動物の糞同様植物の栄養になるでしょう。垂れ流しのそのままで循環するのは理想です。ただ、農業の場合には農地まで運ぶ必要がありますから、兎も角直ぐに農地に持っていけるくらいの近さがいいですね。現代の都市のようにコンクリートで固め尽くされていたり、水洗トイレで糞をする・・・と言うのが循環しないので、非常によくないですね。

guyver1092さんが 2011/01/30(Sun) のコメント
>江戸時代の森林
に書かれた guyver1092 さんの認識は、1番から8番まで全て大筋で合っているのではないかと思います。

>薪炭の取りすぎで直接はげ山に

なったかどうかに関してはもう少し調べたいところです。





ちょっと勇み足
上々
江戸時代の山林疲弊まで話を広げてしまい、ちょっと欲張りすぎましたか。確かにそれに反する証拠は多数出るでしょうね。
まあ主な主張点はあくまでも江戸時代の農産物主産地では「田畑の栄養分は不足してきた」ということで、山林までそれが及ぶかどうかは場所により違うでしょう。
しかし、それも時間の問題ではないかと思います。

入会による保護は、どうなんでしょうね。まあそれで守られる程度というのは、「どこまで追い詰められていたか」次第でしょう。
贅沢や、金儲けのための伐採は止められるでしょうが、住民皆が煮炊きの薪すら欠乏してきたら、おそらく皆さん協議の上、みんなで伐採して使いつくしたでしょう。

火山灰は土壌栄養もありますが、まあ期待した分だけ降って来るものではないのでちょっと計算はできないでしょう。
関東ローム層も今では肥沃な農地ということになっていますが、農業用水が不足していた頃は保水性が悪く農地には向かないと言うことになっていました。農業用水が潤沢に使えるようになったら、今度は水はけが良く野菜栽培に最適ということに変わってしまいました。条件次第ですね。

Re:ちょっと勇み足
雑草Z
    上々さん

  guyver1092 さんのおっしゃるように、江戸時代は、生態系を上手く回復して山林も回復したと私は思っていましたが、上々さんのおっしゃる

>山林(里山)については、栄養成分の流出もあったでしょうが、やはり大きいのは薪炭用の使用ではなかったかと思います。

と言う推測もかなり的を得ているのではないかと思います。
ヨーロッパで石炭を掘り始めたのも元々は木を切り過ぎて煮炊きや暖を取る為の燃料が無くなったからですから、日本でもそのような事は大いに考え得る事ですね。それが「江戸時代もか?」・・・と問われれば判断はつきにくいですが・・。上々さんのおっしゃるように

>江戸時代の農産物主産地では「田畑の栄養分は不足してきた」ということで、山林までそれが及ぶかどうかは場所により違う

と、言う事になりますね。つまり上々さんの議論は勇み足ではないと思います。

>しかし、それも時間の問題ではないかと思います。

とは、結局山林からの養分収奪によって、山林は疲弊し仕舞いには砂漠化する・・・と言う事でしょうか?


 

 

栄養分の移動
上々
植物の栄養となる土壌成分(窒素リンカリその他のミネラル)は土壌の元となった岩石の成分に由来しますが、水の流れがあるところではその水に含まれ移動することもあります。
窒素のみは空中の窒素の固定と言うことをする微生物がありますので、あとから増えることもありますが、その他の栄養分は何らかの形で補給しない限り増えません。

その土地で生育した植物をその土地以外に持ちだしたら、それに含まれる土壌栄養分由来の成分がその土地から無くなることになります。
農産物は判り易いですが、山林の木材もそうです。樹木は生育に時間がかかりますのが長い目で見ればそうなるでしょう。
木材も燃料に使用し、その灰を山林に戻すのであればある程度の循環にはなりますが、灰を肥料利用するとしても普通はまず山林には戻さず田畑に入れるでしょうね。

現代の土壌栄養分の移動は化学肥料の投入から始まり農産物を経て人間等の体内を通り排水処理場から海へ流れる一方通行になっています。
化学肥料の使用が土壌を疲弊させるという考えの人が多いようですが、実際はそうではなく土壌栄養分の循環をしていないと言うこと自体が問題です。
今までにも言った通り、化学肥料はエネルギーの塊のようなものです。それが無くなるとまでは行かなくても価格が上がるだけでも大変なことです。

Re:栄養分の移動
雑草Z
    上々さん

 この辺りの内容は、最近非常に関心のある部分です。上々さんのコメントは興味深く勉強になります。

>現代の土壌栄養分の移動は化学肥料の投入から始まり農産物を経て人間等の体内を通り排水処理場から海へ流れる一方通行になっています。

その通りですね。これは非常にまずい事であり、このままなら化学肥料の減少が食料不足に直結しますから大変ですね。

>化学肥料の使用が土壌を疲弊させるという考えの人が多いようですが、実際はそうではなく土壌栄養分の循環をしていないと言うこと自体が問題です。

なるほど、そちらの方が理がありそうです。しかし、「化学肥料が土壌を疲弊させる」と言う事はそこの土地での微生物の働きを損ね、生態系の循環を壊すと言う意味ですので、地産地消には化学肥料も弊害になりますね。水に流されて海の底に溜まった栄養をしっかり循環させなければ一方通行の養分の流れを作り、養分の枯渇をもたらすでしょうね。槌田敦さんは、地球の水と大気の循環を正常にすれば栄養の循環もしっかり保てると言うような事を書かれています。

>化学肥料はエネルギーの塊のようなものです。それが無くなるとまでは行かなくても価格が上がるだけでも大変なこと

化学肥料が不足するときも近づいてきた・・と言う事でしょう。その状態のもとで、上々さんは肥料の枯渇問題にはどのような対処をすべきだとお考えでしょう? 

土壌微生物についてその他
上々
土壌微生物が減少すると言うのは化学肥料を入れたからという理由が主ではなく、土壌微生物の栄養源となる有機物が減ったからということです。
土壌微生物には光合成細菌もありますが、大部分は炭素化合物を栄養として使う物です。化学肥料には炭素分は含まれませんので、(植物には不要)有機質肥料を入れなければ微生物は減ります。

農家の現状に疎いのではっきりとは言えませんが、日本の農家は慣行栽培(農薬・化学肥料を使う方法をこう言います)であっても結構堆肥などの有機質肥料を使っているのではないですか。「土作り」というのは結構考えている人が多いのでは。

問題はその「堆肥」ですが、人糞堆肥がほとんど無いと考えられる現状では動物糞尿でしょうが、その「原料」は輸入飼料になります。つまりほとんどがアメリカのコーンや大豆でしょう。
そう考えると現在の有機質肥料も極めて危うい土台の上に乗っているように見えます。

肥料成分も窒素のみはマメ科植物の根粒菌の作用により補給できることが判っています。しかし、これもレンゲやクローバーのように栽培してその後鋤き込んで次の作物を栽培すれば良いのですが、色気を出して豆として食用に売ろうとするとやはりその他の栄養成分を流出されることになると思います。

現在の過剰な人口を維持するためにはしばらくの間は化学肥料は必須です。もちろんすべての植物質や糞尿を使用して有機質肥料としこれも循環させるのは当然ですが、エネルギーがかなり乏しくなってきても最後の最後まで肥料製造には最低限のエネルギーを振り向けなければ食糧生産維持はできないものと思います。

Re:土壌微生物についてその他
雑草Z
    上々さん

 またまたご説明有難う御座います。化学肥料は土壌微生物の栄養源にはならないと言う事ですね?・・・毒にはならないのですか?・・・苦土石灰などを畑に撒くとミミズなど苦しがって死にます。カリウムやリン酸なども動物には毒になるのではないでしょうか?・・土壌微生物にとってはどうなのでしょう?

>有機質肥料を入れなければ微生物は減ります。

兎も角生態系の循環を回す為には有機肥料をしっかり活用しなければならないと言う事ですね?

>エネルギーがかなり乏しくなってきても最後の最後まで肥料製造には最低限のエネルギーを振り向けなければ食糧生産維持はできないものと思います。

やっぱり人口の過剰が大きな問題ですね。有機物の循環だけではやって行けないほどに人口が膨張してしまったのも化学肥料などによる農作物の持続不可能な増産が原因ですね。人間は科学物質と石油にがんじがらめにされていますね。大変な状況です。早く脱しないと悲惨な未来が待ってますね。


無機塩類
上々
化学肥料と言うのは無機塩類ですから、高濃度になれば耐塩性と言う意味で影響は出ますが通常濃度では害にはならないでしょう。
微生物の生育にも塩類は必要ですが、それだけではエネルギー源がないので、有機物(炭水化物、C源です)が必要ということです。
土壌微生物もきちんと生きている生態系というのは大切でしょうが、その中で循環をはるかに越える農作物を作る(=土壌栄養分が通り過ぎる)と言うことはどんな意味があるのでしょうか。
そこまで言ってしまうと農業自体の否定にもなりかねないのですが、やはりある程度の生産を認めその収量に合うだけの生物が生きるということなんでしょう。

地球にとっての人間問題とは人口過剰であることははっきりしました。明日から子供が全く産れなくなれば100年先には人間問題はほぼ完全に解決するのですが、そうもいきません。

中東・アフリカの騒乱の連鎖は食糧の価格高騰が一因となっているようです。中東の不安定さは石油供給不安に結びつき、下手をするとさらに食糧などの高騰に拍車をかけるでしょう。どうももはや引き金は引かれてしまったと感じます。

Re:無機塩類
雑草Z
    上々さん

>微生物の生育にも塩類は必要ですが、

おそらく動物性のプランクトンなどは無機質を栄養として利用出来ないのでしょうが、バクテリアなどの生物の栄養は無機質なのでしょうか?微生物が栄養をどのような形で体内に取り入れるかということに関して考えた事がありませんでした。無機質を利用出来るのは植物だけと考える事は出来るのでしょうか?その辺の基本がよく分かりません。

>その中で循環をはるかに越える農作物を作る(=土壌栄養分が通り過ぎる)と言うことはどんな意味があるのでしょうか。

意味深い問題のご提示です。なるほど、このような事は本来農学者がしっかり考えなければならない事かも知れません。その辺りの事を抜きで、単位収穫量を増やす事ばかりに躍起になって、現在の土壌収奪農業が出来上がったのかも知れませんね。

>そこまで言ってしまうと農業自体の否定にもなりかねないのですが、やはりある程度の生産を認めその収量に合うだけの生物が生きるということなんでしょう。

その考え方に納得致します。農業抜きでは世界の人口許容量は更に小さくなるでしょうね。

>地球にとっての人間問題とは人口過剰であることははっきりしました。

「細く長く」と言う事をもっと考えなければなりませんね。現在の政策は「太く広く」と言う欲張りな考え方ですが、「太く広く」の結果「短く」なる部分を無視しています。非常に近視眼的です。

>中東・アフリカの騒乱の連鎖は食糧の価格高騰が一因となっているようです。中東の不安定さは石油供給不安に結びつき、下手をするとさらに食糧などの高騰に拍車をかけるでしょう。

この辺りの上々さんの読みは、非常に参考になります。現在のマスコミは食料問題の部分は過小評価で流して扱っています。これからの世界情勢は根底に人口・食料問題が大きく存在するでしょう。

>どうももはや引き金は引かれてしまったと感じます。

恐ろしい、的確な推理だと感じます。
 

従属栄養細菌
上々
独立栄養生物と従属栄養生物という言葉がありまして、他の生物(独立栄養生物)の作り出した有機炭素化合物を栄養にするのが従属栄養生物です。
つまり、植物は独立、動物は従属なのですが、細菌も多くは従属栄養なんですが、中には独立栄養細菌というものもあります。
これらは無機の炭素(二酸化炭素や炭酸塩など)を栄養とすることができるものです。
まあ良く知られている細菌はほとんどが従属栄養細菌と思ってください(大雑把すぎるかも)

山林などで枯れ葉や枯木が分解されると言いますが、これらは木材腐朽菌というカビの一種が植物体を分解、つまり植物体という有機炭素化合物(だけではありませんが)を食べているということです。

植物は有機炭素化合物が無くても、無機化合物の化学肥料だけでも生育ができるが、土壌微生物は堆肥などの有機質肥料が必要と言うことはお判りでしょうか。

水耕栽培とか、野菜工場なんていうものがあるように、農作物自体には土壌微生物は不可欠ではありません。
微生物や小動物が共生する土壌で作った農作物は美味しいと言いますが、それが科学的に証明されたことはないでしょう。
しかし、単なる作物を支えておく担体としてのみ土を使い、あとは化学肥料を流し込むと言うのは、化学肥料のエネルギー依存という問題があるために疑問ということです。
それ以上ではありません。

Re:従属栄養細菌
雑草Z
    上々さん

 また色々微生物に関して教えて戴き有難う御座います。細菌については基本知識が無かった事を実感いたします。生物学は面白いですね。

>植物は独立、動物は従属なのですが、

独立栄養生物と従属栄養生物という言葉は知りませんでしたが、同化が出来る植物は、炭水化物、タンパク質の生産者であり、消費者でもあるので、動物無しでも生きていけると考えていました。しかし、槌田敦さんや近藤邦明さんの書物によりますと動物も植物無しではやっていけないような事が書いてあります。(両者とも生物は専門外なのですがね・・笑)
たとえば、近藤邦明氏の『温暖化は憂うべきことだろうか』には、(・・本のタイトルからして、動物と植物の繋がりについてまで言及しているとは思えませんね・・笑)
「地球上の生物が植物だけであれば、やはり二酸化炭素の枯渇によって、活動は終息します」
とあります。

>単なる作物を支えておく担体としてのみ土を使い、あとは化学肥料を流し込むと言うのは、化学肥料のエネルギー依存という問題があるために疑問ということです。
>それ以上ではありません。

との事ですが、化学肥料は鉱物などから採るわけで、限られた資源です。持続的に無機物を補給する為には、微生物の分解の働きは重要ですね。つまり生態系の循環と言う意味において、微生物も重要です。
勿論上々さんは、純粋に肥料としての働きとして、無機の化学肥料は有機肥料に劣らないと言う旨の事を述べられたのでしょう。・・・これまた槌田敦さんの『「地球生態学」で暮らそう』に
「光合成でブドウ糖を作って、そのブドウ糖を使ってアミノ酸を作る作業は植物にとってつらい作業であるので、土の中の水にブドウ糖やアルコールやアミノ酸が溶けていたら、それを利用しない手はない。例えば天候不順で光合成が困難なとき、有機肥料に含まれる有用な有機物はこの意味で重要である」
 と言うような事が書いてあります。


おっとっと
上々
私がもう30数年前になりますが、大学の植物栄養学教室に進学した時に、有機物が直接植物の栄養となるかどうかということも研究している方がいらしたようです。
まあ吸収しないことはないようだという話だったのですが、それを積極的に利用するって言うのはね。
とはいえ、この「植物は有機物を直接栄養とできる」という誤解はかなり広く蔓延していそうでそれが有機農業を心情的に支えている可能性もあります。
わずかに有機物(低分子のみ)を植物が吸収していると言うことを拡大解釈する人もいるようです。

また植物が生え過ぎて二酸化炭素が足りなくなると言うのも過激です。
石油や石炭になった藻類や樹木が二酸化炭素を固定化して地下に埋め込んでようやく現在よりちょっと前の濃度まで低下したのですが、それでも植物が無くなると言うことはありませんでした。まあ生育が落ちたと言うことかもしれず、地下の二酸化炭素を開放すればもっと植物生育が旺盛になるとは言えそうです。

Re:温暖化は憂うべきことだろうか
guyver1092
「地球上の生物が植物だけであれば、やはり二酸化炭素の枯渇によって、活動は終息します」の意味が、お二人の間で認識が違っているように思えます。
 雑草Zさんはたぶん、バイオスフィア実験のような地球大の施設に、本当に植物と二酸化炭素を詰めたらとの前提と思いますが、上々さんは、現実の地球で植物が多くなるとの認識に思えます。
 前提を示して議論されたらいかがでしょうか。


植物の有機物吸収と利用について
雑草Z
 私は農学や植物については、最近非常に興味は持っていますが、まだまだ初心者で基礎知識も不足していますので、植物が直接有機物を吸収して積極的に利用出来るかどうかについて言及出来ません。    
 上々さんに質問ですが、 現在、植物学界または農学の世界では、植物は直接有機物を吸収して積極的に利用することは無いと言うのが定説でしょうか?
 以前 HN路傍の石ころさんから、最近植物は有機物を吸収して利用している事がわかってきている・・・と言うようなコメントを戴きました。
『「地球生態学」で暮らそう』は、槌田敦さんの最新の著書で、発行は2009年です。最新の農業の研究成果なども参考にして書かれていると思います。
 槌田敦さんは物理学がご専門ですが、化学にも非常に詳しい方です。(お父様や息子さんは化学者です。)そして、槌田敦さんは、自給の為の農法を長年研究されて実践して来られた方です。理化学研究所でも敷地内で畑など作っていたとの事です。『「地球生態学」で暮らそう』はこれまでの彼の著作物の中でも特に農業に関して詳しく書かれています。
 本書ではさらに「水に溶けていれば、植物の根はかなりの高分子の有機物でも吸収できる」「無機化していない有機肥料の価値を十分に利用できる」などの表現があります。

植物だけで世界は永続可能か?
雑草Z
    guyver1092さん のおっしゃる通り、私・・と言うよりも近藤邦明氏は、
>バイオスフィア実験のような地球大の施設に、本当に植物と二酸化炭素を詰めたらとの前提

だと思います。現実的に植物だけを残して動物や細菌を全て排除して実験を行う事は無理でしょうが、思考実験をしてみます。
植物は体の外部に放出する炭素原子C[二酸化炭素CO2]よりも体内に取り入れる炭素原子C[二酸化炭素CO2]のほうが多くないと成長出来ずに死んでしまいます。だから植物は成長の過程で炭素原子は差し引き同化作用で体内に取り入れています。
カーボンニュートラルの原理で、植物が死ねばいつかその炭素原子はまた外部に放出される・・と言いたいところですが、それは燃えない限り、微生物などによって分解されなければ、大気中には戻らないで炭水化物やタンパク質(アミノ酸)のままでしょう。・・・と言う事は、永続的に(何千万万、何億年もの間)植物だけで生活すれば、光合成の為の二酸化炭素不足になると言えそうです。
 ・・まあ、現実的ではないですから、植物が増え過ぎて二酸化炭素不足の心配する必要は勿論ありませんね。・・・兎も角、この思考実験では植物も独立栄養生物とは言えないのかも知れませんね。
 
    ××××    ××××    ××××

ところで、私と同様に熱烈な槌田敦さんファンである guyver1092さんは、
『「地球生態学」で暮らそう』は読まれましたか?
槌田敦さんの著書は、エントロピーの法則を基本に(生態系の)循環や(生態系の)エンジンと言うオリジナルな考え方がいつも共通して流れていますが(・・そこが魅力です・・)今回は特に農業に関して踏み込んで書かれていて非常に面白いです。



アミノ酸の直接利用
上々
私の大学当時、同じ研究室の助手で、その後教授までなられた先生が植物のアミノ酸利用を研究されていて、アミノ酸(低分子の有機物)のみを窒素源として利用できると言う証明はされています。
他にも最近はその他のタンパク質等の高分子有機物も直接吸収できると言う研究もあるようです。

ただし、これらから有機物を直接吸収できることが植物にとって有利かどうかという証明にはなっていないと思いますが。

また、有機農業推進の立場の人々はこの結果を拡大解釈している傾向があるようです。
そのためインターネットで検索するとこれで有機栽培の優越性が実証されたなどと主張する向きもあるようですが、同意はできません。
有機物も吸収できると言う事実があるのは大きな現象の解明ですが、それが植物にとって有利かどうかというのはどのように実証していくのでしょうか。
実験を組み立てて立証し、論文としていくという考えをすると非常に困難であることが予想できます。
ざっと科学論文を探したところではそのようなものは無いようです。

Re:アミノ酸の直接利用
雑草Z
    上々さん

>アミノ酸(低分子の有機物)のみを窒素源として利用できる

窒素源として利用するとは、アミノ酸をまた分解すると言う事でしょうか?
 吸収したアミノ酸レベルの有機物(低分子の有機物)をまた分解すればエネルギー効率は悪いですが、そのままアミノ酸として利用し、タンパク質を作れば、エネルギー効率は同化作用より遥かにいいですよね?素人考えですが、いかがでしょうか。

 

実験系の科学
上々
「アミノ酸を直接合成に利用でき、効率が良い」と言うのは”仮説”と言います。
生物学や化学のような実験系の科学ではこれを立証するための実験を計画し、実施してそれを裏付けるデータを取り、仮説を立証して「定説」としていきます。
実はそれに反するような仮説も考えられます。
たとえば、そのまま利用するような酵素は無い、又は非常に少量であるとか、アミノ酸は一旦分解した方が植物体内の酵素を活性化させるとか、いろいろ考えられますがこれも立証しなければ仮説のままです。

どうも現在でもその辺の定説はできていないようです。(調べ方が甘いかもしれません)
70年代にM先生たちが実施した時には昔々からの無機栄養説で植物体は無機物しか吸収できないと言うのが定説であった当時に有機物も吸収できると言うことを立証すると言う大きな目的がありました。
吸収されることが立証され、アミノ酸の種類により植物成長が良くなる場合も阻害される場合もあるということも立証されました。

自然科学と言っても実験のできない科学が天文学や気象学、地学等数多くあり、それらは観測を重ねて仮説を立て、さらに観測して仮説が成り立つことを確認します。(あくまでも観測だけなので、いつかそれに反する観測例が出ることは否定できません)
しかし、実験系の科学の場合では仮説の段階で広く主張することは問題であり、その分野の科学者にはこういう態度を忌み嫌う人もいるでしょう。

もちろん、実験が上手く行ったつもりでもその実験計画の妥当性や解釈等、間違えている場合も多く論争となる場合が多々あります。しかし、これらは公開の場ですべての情報を出してのものであり、声の大きい者や名声のある者が言ったから正しいと言うものではありません。

Re:実験系の科学
雑草Z
    上々さん

実験系の科学についてのご説明、及びアミノ酸の直接利用の有無に関して色々御調べ戴き、有難う御座います。今のところ一応定説としては、アミノ酸の積極利用がされているとは言えないし、利用されても有利かどうかは確定していなさそうだと言う事ですね。

さて、世の中で一般に認められているかどうかは別として、
槌田敦さんは、ご自分の豊富な知識や直感により、まだ世界に認められていない様々な事に関してかなり踏み込んで言及なさっています。科学者が世の中で認められている事ばかりに関して話していては面白くないですね。槌田敦さんの大胆な仮説に関しては、私もおかしいのではないか?と思う事も確かにありますが、その反面、なるほどと思う事も多々あります。槌田敦さんは世の中の定説に反する大胆な仮説を自信を持って主張しますが、理性的に考えて確かに素晴らしいと思える部分があり、そこが魅力です。

これまた単純な素人考え方かも知れませんが、生物体を作るたんぱく質は20種類だけのアミノ酸の組み合わせで出来ていますから、動物も植物も共通ですね?(私は漠然とそのように理解していましたが、間違っていればご指摘を。)だとすると、植物が体内に取り入れたアミノ酸を無機質まで分解する意味はないと思います。合理的に考えればそのまま利用した方がいいですよね?・・槌田敦さんもそのように考えたのではないでしょうか?(あくまで私の推測ですから、槌田さんに直接聞いたわけでは御座いません。)
特殊な例かも知れませんが、例えば、食虫植物も捉えた昆虫などの体をアミノ酸レベルまでしか分解しないのではないでしょうか?無機質まで分解して利用するなら、わざわざ食虫する意味があまりないと思います。

素人考えかも知れませんが如何でしょうか?初心者の疑問にお付き合い頂き有難う御座います。


肥料について
guyver1092
 雑草Zさんと上々さんの議論を読んで考えるに、化学肥料と有機肥料のどちらがオイルピーク後の農業を支えるかが究極の問題と感じます。
 私の今まで得た知識から考えるに、化学肥料はオイルピーク後には使われなくなると予測します。根拠は人為的オイルピークを迎えたキューバの歴史的事実によります。キューバは有機肥料を選択しました。理由は読んだ本には書かれていませんでしたが、有機肥料と言う代替の有る肥料に貴重となった石油を使うのは割に合わなかったのではないでしょうか。

RE:『「地球生態学」で暮らそう』
guyver1092
 返事を書くのを忘れました。読んでいます。槌田氏の最も新しい本ですね。この中に、有機肥料でも堆肥と腐植土は区別すべきというのは、初耳でしたが、微量元素の有無での区別ですので、理屈上納得できます。人間等の動物も糖質、脂質、タンパク質のみでは生きていけませんからね。たとえば亜鉛が不足すると味覚が無くなってしまうというのをテレビで見た記憶があります。

Re:肥料について
雑草Z
    guyver1092さん

>化学肥料と有機肥料のどちらがオイルピーク後の農業を支えるかが究極の問題

確かに究極の問題はそうでしょうね。そしてその件に関しては私も上々さんも有機農法という事になるでしょう。

>化学肥料はオイルピーク後には使われなくなると予測します。根拠は人為的オイルピークを迎えたキューバの歴史的事実によります。

なるほど!キューバは人為的オイルピークを迎えたと考えられるわけですね!鋭い御指摘です。・・・今になってみると世界の国々のオイルピークに先駆けて、キューバが脱石油の試みをして成功したと言う事実は望むと望まざるとに関らずオイルピークを迎える他の国々の模範になりますね。その意味ではアメリカによる海上封鎖も結果的にプラスと考えられますね。色々な意味でキューバは先を行ってますね。

 

Re:RE:『「地球生態学」で暮らそう』
雑草Z
   guyver1092さん

 この本は、エントロピー処理の為のエンジンと言う考え方や徹底した真の循環を重要視した考え方、重力によって下に落ちる栄養を上にあげる方法など、いつもの槌田節満載ですが、いつもより農業に関して深く詳しく触れていますね。

>堆肥と腐植土は区別すべき

と言う事も書いていますね!化学の得意な槌田敦さんらしく(・・はじめ大学では化学専攻だったらしいですね。)キレートに関しても詳しく書いていますね。その他結構新しい農学の研究も紹介していますね。槌田さんの自給の為の農業に対する拘りを垣間見ました。
 「有機農法なら耕してはいけない」と言うのが気に入りました。結局有機農法のほうが循環型に近いですから、外部からそんなに手を賭けてやる必要がないのでしょう。(確か槌田さんは、手を抜く事とは違う・・・みたいな事をおっしゃってましたが・・笑)


繋がった・・・
雑草Z
 ①確か3年半前(2007年)の夏、会津地方に住む、有機無農薬で米などを作っている方(専業農家ではありません。)に誘われて、彼や福島県の企業が主催して行った環境と農業などの国際シンポジウムに顔を出した事があります。そこで、彼が有機農法の師と仰ぐ有機農法で大きな成果を上げている方が、有機農法について講演しました。「こいわいさん」と言っていたので漠然と「小岩井さん」かと思っていました。彼と有機農法ではなく風力発電の非効率性について話し、その件に関して意気投合しました。

 ②昨年末に本屋で見て良さそうだと思って「有機栽培の基礎と実際」と言う本を買いました。著者の名前は気にしませんでしたが、後から見ると「小祝政明」と記されていました。

 ③槌田敦さん著の『「地球生態系」で暮らそう」p192、193に
 「有機栽培を勧める小祝さんは、・・・」と記されています。槌田敦さんは、小祝さんの著書も参考にして、この本の有機農法の部分を書いたようです。

以上、有機農法に関して別々の機会で同じ人物、小祝政明氏に繋がりました。
①の「こいわいさん」は「小祝さん」だったのです。講演会で彼が言っていた「有機農法のほうが丈夫で栄養があり、美味しい作物が大きく沢山育つ」みたいな事の根拠を、きっと「有機栽培の基礎と実際」に書いているでしょう。
③槌田敦さんが参考にされた小祝さんの著作もおそらく、②「有機栽培の基礎と実際」でしょう。
どれも偶然小祝さんだったと言うよりも、有機栽培に関して、その理論をしっかり解説した人物や書物は少ないからみんな同じ 小祝さんに収束したのかも知れません。
 兎も角、昨年末に買ったけれど、読む優先順位を低くして読むのを後回しにしていた本書ですが、有機の窒素化合物(アミノ酸)などが直接吸収されて植物に有効に利用されているかどうかこの本を読んで確認したいと思います。

化学肥料
上々
化学肥料か有機肥料か、二者択一ということではなく、原油などのエネルギー価格が上がれば化学肥料の価格も高騰しますよということです。
ただし、化学肥料が上がっても有機肥料があるからいいやと言うのは危険です。有機肥料もその原料が無ければ作れません。本当にその地域で育った植物しか原料がなくなれば段々とできる肥料も少なくなってしまいます。
これは完全に糞尿も堆肥化して循環させたとしてもです。
もちろん、できた農作物を他地域に移出したりすればさらに肥料不足は早く訪れます。

現在、特に九州や北海道の畜産地帯で堆肥が余っているように見えるのは輸入したコーンなどの飼料作物からの由来です。化学肥料が高騰した時にこれまで通りに海外から飼料穀物が輸入できるでしょうか。

Re:化学肥料
雑草Z
    上々さん

 地球上で(半)永久的に使えるエネルギーは太陽のエネルギーだけですから、最終的には太陽エネルギー起源のエネルギーの範囲内でやって行くしかない事は我々の共通見解ですね。だから小さな自治体単位で自給自足する形にしなければならない事も共通認識部分でしょう?その上で有機か無機かと言う話になります。
 有機物の直接の吸収と利用と言う事を抜きにして考えます。その場合有機農法と言うのは有機物を菌類細菌類などが分解して無機まですると言う意味、無機農法は人間が鉱物を砕いたり、石油を利用して精製して利用すると言う意味でしょう。(間違っていればご指摘を・・)つまり、有機は外部のエネルギーの投入がより少なくて済みます・・・人力だけでも可能でしょう。そして、地域内で自給自足する分には循環可能です。
 つまり、太陽光起源のエネルギーだけで、(微生物の力などを借りて)地域毎に自給自足する農業は有機農法で可能で無機農法では困難ですから、脱石油の農業は有機と言う事になりますね。


 余談ですが、世の中の健康食品の宣伝にはうんざりします。しっかりした科学的根拠のない事をさも凄い事のように宣伝して売っています。だから色々宣伝している健康食品は大抵他の食べものと大差がないと思っています。(健康に悪影響の逆効果のものもあるでしょう。)
 有機栽培の宅配サービスなどでもきっと健康食品的な宣伝がされていて、上々さんはそこにうんざりされているのではないでしょうか?わかる気が致します。

キューバ
guyver1092
 上々さん

 キューバで化学肥料が割に合わないということで有機肥料が選択されたのは、具体的には化学肥料の値段が高騰したということですね。
 危険というのは、要は有機肥料が日本の人口を支えられるか(支えるための食料を作るだけの肥料が国内の有機肥料で足りるか)という、日本の現状を踏まえた上での議論ですね。
 私は、仮に今すぐ石油が無くなると、現在の日本では肥料云々の前に、日本の人口を支えるだけの農地もないのが現実と認識しています。つまりは文明崩壊が訪れると。
 科学肥料が高騰した場合、飼料の輸入もできなくなるというのはご指摘の通りと考えます。これを織り込んで国家の方針を決めなければ、日本は確実に文明崩壊を起こすでしょうね。


健康に良いか
上々
完全な自給自足の地域を確立したとしても循環のロスはありますので徐々に土壌栄養成分は減っていくのではないかと思います。
窒素分はそれでもマメ科植物の栽培で根粒菌から供給される作用を利用できますが、その他の成分はなんとか鉱物からの供給を受けなければいけないのではないかと思います。

まあいくらピークといってもまだまだ石油はありますので(それを今使って良いのかどうかは問題ですが)たぶん私達が生きている間、子供の世代が生きている間はあるでしょうから、そこまで極端なことは無いかもしれません。(孫の世代ではちょっと不安です)

雑草Z様
医薬品は成分を明らかにし、その作用・副作用も明らかにしなければ販売・使用できませんが、健康食品と言うものは何か良い成分があると言うだけで売っています。良いと言われている成分でも量が過ぎれば害もありますし、その他の成分の影響は全く無視されたままです。こんな危険なものを野放しにしているのは食品衛生行政の問題点かもしれません。
薬事法はある程度うるさいことを言っていますが、薬事法さえクリアすればOKというのはどうでしょうか。
しかも、健康食品については日本を代表するような大企業が軒並み参入し販売を競っています。S社やK社やA社が出しているものだから間違いないだろうと言う安心感を持つ人が多いだろうことは予想できます。

guyver1092様
食糧輸入が途絶えればせいぜい5000万人が良いところと言うのが妥当な線でしょう。当然国家も社会も崩壊です。

>有機栽培の基礎と実際
雑草Z
この本は7つの章からなっていますが、第1章と第2章が作物生理的な話や有機栽培の基礎理論を説明しています。私はまだこの本を読み終えてはいませんが、第1章と第2章は読みましたので、コメントとして有機の窒素の吸収や働きについての内容をご紹介いたします。

2002年7月31日付の日本農業新聞には、「作物の根、有機物を吸収」という見出しで、
農業環境技術研究所で、堆肥などを土壌に施用した際、細菌が分解して無機態窒素になる手前のタンパク質様窒素を作物が吸収していることが証明されたと載っているとの事です。

本書第1章の資料として有機態窒素の吸収説についての色々な人の研究成果が載せられています。それによりますと、リービヒの無機栄養説に対抗して、有機物が直接植物に吸収され代謝されるという研究は多数存在するとの事です。
その例をいくつか記します。
① 無菌装置で稲の幼植物を栽培したところ、無機の硫酸アンモニウムが窒素の吸収量は一番多かったけれども、アミノ酸の一種のグルタミン酸のほうが一番質量が大きくなった。つまり、グルタミン酸の窒素のほうが硫安の窒素よりも効率よく稲の体内で使われたと考えられる。(慎ら 1996)
② 各種アミノ酸を唯一の窒素源としてハダカ麦を水耕栽培で収穫期まで育てた結果、アンモニアや硝酸という無機の窒素と同等かそれ以上の収量をもたらすアミノ酸が存在する事を突きとめた。(森・内野、1976)
③ ハダカ麦幼植物に3種類の窒素源を与えたときの吸収は、高温(20℃)条件下では、グルタミン、アルギン、硝酸の順、低温(4~5℃)下では、アルギン、グルタミン、硝酸の順に吸収が盛んであった。アミノ酸のアルギン、グルタミンはそのままの形で吸収され、直ちに代謝されていく事も証明された。(森・西沢、1979)


以上を踏まえて 
 アミノ酸を吸収出来るとすれば、植物体内で分解する必要はありませんし、そのまま利用した方がエネルギー効率もいいですから、植物体内では分解されずにそのままタンパク質合成やエネルギー源(炭水化物部)として使われると考えるのが合理的かと思います。

 槌田敦さんは、本書「有機栽培の基礎と実際」は読んで参考にされた事はおそらく間違いないでしょう。その他に、個々の論文にも目を通されたかも知れません。


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コメント
この記事へのコメント
膨張の短い歴史
「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと思いました。

膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能です。イースター島で最後の木を切り倒した人は何を思ったかという言葉が(どこかに)ありましたが、同様のことが世界中に起きるでしょう。
2011/01/24(Mon) 12:56 | URL  | 上々 #-[ 編集]
きたれ振袖火事
 人類が助かる可能性として、江戸時代の振袖火事に当たる何らかの出来事が起これば、あるいは人類が目を覚ますかもしれません。
 温暖化人類原因説もうまく回れば(二酸化炭素排出を削減するために石油の消費を現在の四分の一にしなければならないなどの合意がされれば)振袖火事の役をしたかもしれませんが、現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。
 あと、考えられるのは、経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊するとか・・・・
 確かに、反経済成長を主張する記事が新聞にも掲載されるようになっていますので、かつてよりは希望が持てますが、まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)
2011/01/24(Mon) 22:22 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:膨張の短い歴史
    上々さん

>「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと

そうですね。膨張の歴史はもう直ぐ短命で終わるでしょう。上々さんのおっしゃるように石油依存度の極端に高い現代は、石油ピークが過ぎて石油の産出量が減ると膨張ももう出来なくなるでしょう。つまり、膨張の歴史は今まさに幕を下ろそうとしていますね。

>膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能

そうですね。人口も経済規模も資源消費量も現状より一桁くらい小さくないと、永続は出来ないでしょうね。

>同様のことが世界中に起きるでしょう。

そうですね。上々さんの預言でしょうか?
2011/01/24(Mon) 23:01 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:きたれ振袖火事
    guyver1092さん

 相変わらずguyver1092 らしいユニークな発想、面白く読ませて戴きました。
>振袖火事
の事は知りませんでした。guyver1092さんがおっしゃりたい事は、人間が築きあげた持続不可能な膨張文明が焼けてしまって振り出しに戻って反省のもとに脱膨&浪費文明・・と言うような事をおっしゃりたかったのだと思いますが、何故に「振袖火事」なのでしょうか?・・・興味津々です。教えて下さい。

>現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。

二酸化炭素削減政策は原発を復活させたという点だけでも結果的に環境破壊の愚策ですね。

>まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)

大変共感出来る内容です。全く同じように感じています。まあでも当方はここの記事で散々絶望的な見通しは書きましたので、(敢えて『絶望的』に書こうとしたのではなく、最も実現確率の高そうな事を書くとそういう内容になってしまうのですが・・)今年はオプティミスティックな事も書いて行こうと考えたわけです。それに膨張主義に危機感を積もらせている人も段々と確実に増えています。


2011/01/24(Mon) 23:26 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
振袖火事について
 なぜ振袖火事かということですが、この火事の後、幕府はあまりのはげ山の増加に日本の危機を感じ、森林資源の消費を抑える政策を行ったからです。この方針転換により、日本は文明崩壊を回避できたとのことです。(文明崩壊より)
 なお、イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています。(ひところ話題になったゆでガエルですね)
2011/01/25(Tue) 20:02 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:振袖火事について
    guyver1092さん

>なぜ振袖火事かということ

について良く分かるご説明有難う御座います。確かにいい例ですね。つまり、危機をしっかり認識出来るようなショックな出来事が起こってしっかり対策すれば、「災い転じて福となす」と、出来るわけですね。その意味でもguyver1092さんが先にあげた例、
>経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊する
は、理想的な例ですね。

ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』は、guyver1092
さんも私も読んで共通の話題に出来る書物の筈ですが、(今回の記事にも書いています・・笑)私は忘れている部分も多いですね。通しては一回しか読んでいませんが、じっくり読んだ積りだったのですが・・(汗)
コメントに『文明崩壊』ネタを沢山書いて頂くと思い出すことにもなり、いいですね。どんどん文明崩壊ネタを書いて下さいね。

ちょっと見直してみたら、下巻p44に「明歴の大火」とありますが、これが「振袖火事」とも呼ばれている大火なのですね!?

>イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています

その意味では、環境破壊は急激に起こった方が人間も早く有効な対策を考えると言う事になりますね。・・現代は目に見えて環境破壊が進んでいると思うのですが、結構対策が遅れていますし有効でないものも多いですね。このままでは人間もゆでガエルになってしまいますね。
2011/01/25(Tue) 21:52 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
振袖火事とはげ山の増加
江戸時代は理想的な循環社会と言う説が多いようですが、やはりはげ山が増加(=里山の荒廃)ということで、自分の考えに間違いはないと確信しました。
人糞まで循環したと言うのは人類史上そう無いことのようで、非常に優れていたのは事実でしょうが、それではまだ不十分です。
江戸時代の農産物の流れ(=土壌栄養分の流れ)は米の主産地から江戸への流れが大きく、そこから帰ったとしてもせいぜい江戸周辺の野菜を作った畑地程度ではないかと思います。
結局、米の主産地の周辺では山の栄養分まで収奪されたのではないかと思います。

また、大きいのは薪用の枝や間伐材です。これを煮炊きや暖房に使うと、その灰は肥料分として土壌に戻したとしてもそこは水田・畑地であり、山林には戻しません。その量もやはりロスがあるので全量は肥料分にはならないでしょう。

それでも世界の他の地域と比べればはるかにマシではあったはずですが。
2011/01/26(Wed) 12:49 | URL  | 上々 #-[ 編集]
明暦の大火
 振袖火事は、明暦の大火の別名です。なぜ別名のほうを使うかですが、特に意味はありません。しいて言えば、昔読んだ小説の中で、振袖がお寺の屋根にしばらく立った状態でいて、火元になったというシーンが印象的だったことによります。
 石井吉徳氏の本で見ましたが、江戸時代に明暦を境に人口の増加率が急激に減少していました。どこかの本には、人口の増加がほぼゼロになっていたとの記述も読んだことがあります。
 上々様。江戸時代に、江戸周辺は生態系が非常に豊かになったと槌田氏の本にありましたが、『文明崩壊』によると、北海道は森林に大きなダメージがあったとか。コメは、野菜ほどは肥料を必要としないそうなので、鮭を輸出するよりダメージが少なかったでしょうが、一部の地域が森林に限界寸前になっていたとの記述をどこかで読んだ記憶があります。
2011/01/26(Wed) 21:31 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
時期について書き忘れました
 一部の地域で森林が限界寸前という時期は、幕末ごろだそうです。明暦から幕末までは大きな破綻もなくほぼうまく動いていたのではないでしょうか。明暦までは森林の減少は相当なものであったのでしょう。
2011/01/26(Wed) 22:45 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
「崩壊」の後にくるであろうの「再生」とやらが、本格的な壊滅の後にはあるのでしょうかねぇ……。

何事も痛い目に遭ってみないと、いや、かつて遭っていたとしても、解らねぇし忘れちまうのが人間です。

まったく懲りない生き物ですわ。そうは思いたくもないですが。
2011/01/27(Thu) 02:38 | URL  | 鼻勝 #NJsiWxd2[ 編集]
江戸周辺
guyver1092様
 さすがに槌田先生、全く間違っておりません。問題としているのもまさにそこの部分で、「江戸周辺」ということです。
 農産物を食品として利用する場合は食べた人間の糞尿まで循環させなければ本当の循環にはなりません。
 しかし、現代はその流れが大きく偏っていますが、江戸時代でもすでにかなりの偏りがありました。
 江戸周辺では江戸の需要を満たす野菜類の栽培はありましたが、主要食物の米は他地方からの移入です。この結果、現代の都会地と同様に土壌栄養成分の集中を起こし、そのまま下水として流せば河川・江戸湾の富栄養化になったことでしょう。
 それを周辺農地に返したのですからその辺は栄養十分な農地となったものと言えます。
 一方、地方の米産地はどうかと言えば、米の栽培の特性から(栽培期間中常に水を張っておくことから水を通して栄養分補給が少しはなされる)畑地ほど急激な栄養不足にはなりませんが、徐々に土壌栄養成分不足に陥っていくのは当然と思います。
 
 現代もこれは同様です。今は化学肥料で補給されるため目立たないだけですが、肥料供給に陰りが出ればあっという間に問題化するでしょう。
 また消費地周辺の排水の富栄養化もおおきな環境問題ですが、本来は農業用の肥料問題でもあります。
2011/01/27(Thu) 10:33 | URL  | 上々 #-[ 編集]
上々様
 思い出したのですが、江戸時代に肥料として干鰯を利用していたところ(綿などの商品作物の産地)は、海から栄養分の補給がされていたことになりますから、消費と供給の差によっては森林が豊かになったところもあるのではないでしょうか。確かそれなりに高価だったそうですから、作る作物によっては、利用すると赤字が出るところでは利用されなかったことが考えられます。そのような地域では、補給がないので、長い間に、養分の流出が起こりますりで、森林が荒廃したのでしょうね。
2011/01/27(Thu) 18:42 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
>ほどよいところで止まる賢さ

よく「いっぺん痛い目みなわからへんのちゃう?」と言われますが、感謝を忘れて自己中心的になっている時って、ほどよいところを感じる感覚が麻痺しているような気がします。。(日常生活では、身に覚えあり^_^;)

日常生活なら、痛い目を見て、はじめて周りの人たちへの謝罪や感謝の想い、自分がなんと恵まれた存在であるか?を思い知った時にも、みんなに謝り許してもらえたり、やり直しをしたり、意識を変えられますが、地球規模ではもう取り返しがつきませんよね・・、やり直しが効かない。

でも、感謝の想いって周りを幸せにするし、人に伝わると思うので、痛い目見る前に!、自然の恵みに対する感謝を広げていきたいですね~^^
2011/01/27(Thu) 21:25 | URL  | ぴのこ #-[ 編集]
干鰯
guyver1092様
 干鰯(ほしか)は使われていたようですが、近畿地方の換金作物(綿)栽培用とのことで、高価でもあり一般向けということはないようです。
 後期には鰯の不良で価格高騰し、騒動にもなったようです。
 山林(里山)については、栄養成分の流出もあったでしょうが、やはり大きいのは薪炭用の使用ではなかったかと思います。
煮炊きと暖房というのはどうしても必要になりますので、将来の問題でもあります。
ヨーロッパでは薪の木の不足から煮焚きができなくなった時代もあったとか。また、その用途に家畜の糞を使うことも広く行なわれていますが、本来は土壌に肥料分として戻すべきものです。

まあ色々書いてきましたが、「食糧の移動」が生じる状態では、化学肥料の使用が難しくなった時は必ず土壌栄養分の枯渇につながるということは言えると思います。
2011/01/28(Fri) 09:23 | URL  | 上々 #-[ 編集]
江戸時代の森林
 このあたりの認識は、私と上々氏は少し違っているようです。以下に私の認識を述べます。

1 振袖火事までは、日本の森林は減少を続けていた。
2 江戸周辺は、養分の流入で豊かな生態系が生まれた。
3 北海道は鮭の形で本土に養分を流出させたので、森林が荒廃した。(完全破壊には至っていない)
4 日本人は魚を食べるので、海からの養分の補給はある。また、これに加えて、干鰯の肥料の利用で、養分の補給はそれなりにある。
5 日本は入会により、森林の利用に制限がかかってる。
6 地域によっては、幕末ごろには、森林が限界まで弱った地域がある。
7 槌田氏の本で読んだのですが、江戸初期と幕末とで同じ場所からの風景画(長崎の出島辺り)によると、このあたりは森林が回復していた。
8 養分の補給は、火山灰からもある。

 これらから、少なくとも振袖火事後森林は一時は回復し、地域によって幕末にかけてゆっくりと養分が流出したところもあるだろう(荒廃したところもある)と推測します。薪炭の取りすぎで直接はげ山になるのは、入会が機能している限りありえないと考えます。まあこれ以上の詳しいことは、古文書を研究して、各地域、各時代ごとの森林状況を調べないことにはどうにもなりませんが。
2011/01/30(Sun) 01:03 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
>「崩壊」の後にくるであろうの「再生」
    鼻勝さん

 お久し振りのコメント有難う御座います。

>何事も痛い目に遭ってみないと、いや、かつて遭っていたとしても、解らねぇし忘れちまうのが人間です。

その通りだと思います。しかし、「崩壊」すると言う事は、かなりの痛い目に相当するでしょう。人類全体として未だかつて経験したことのない全世界的な崩壊ですから、相当の酷い目だと思います。こんな目に遭うくらいなら、「発展」なんか望まずに「開発」なんかしなければ良かった・・・と普通の神経の持ち主なら思うでしょう。・・・ただ、その崩壊が余り酷いレベルであれば、「再生」も出来ないでしょう。資源も残っていないし環境もずたずたです。人類は生き残れないかも知れません。その意味では、本格的な壊滅があれば再生は不可能でしょうね。

>まったく懲りない生き物

「発展」とか「開発」、「開拓」に大きな価値観を求めるようになった西洋的価値観は、地球を生命体と考えた場合、ガイア地球の癌細胞でしょう。そんな価値観を持ったままだときっと人類は地球上に癌細胞として膨張し(現在の状態)そして滅びるでしょうね。 早く正常細胞に戻るべきです。


2011/01/30(Sun) 20:58 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
>>ほどよいところで止まる賢さ
    ぴのこさん

>感謝を忘れて自己中心的になっている時って、ほどよいところを感じる感覚が麻痺しているような気がします。。(日常生活では、身に覚えあり^_^;)

そうですね。ぴの子さんは正直ですね。私も身に覚えあります(笑)

>地球規模ではもう取り返しがつきませんよね・・、やり直しが効かない。

そう、そのやり直しが効かない規模まで来てしまったのに、未だに多くの人間が非常に軽率な膨張志向である事が大きな問題です。非常に「ヤバい」状況です。 これから先は、「発展」は非常に慎重に行うべきでしょう・・・と言うよりも今までなされてきた軽率な「発展」は必要ないですね。どんな「開発」も必要ないでしょう。これ以上の膨張は即崩壊に繋がると考えた方がいいでしょうね。



2011/01/30(Sun) 21:14 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
江戸時代はどれくらい理想的な循環型社会であったか?
    上々さん、
    guyver1092 さん

 お二人の議論、大変興味深く読ませて戴きました。
土台はお二人とも基本的に同じ考え方で(私もです)今回の認識の違いは、江戸時代がどれほどの循環型社会であったかと言う程度問題ですね。
 槌田敦さんの書物のファンである事や、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」を参考文献にしている事など、江戸時代の認識に関しては、私はどちらかと言えば guyver1092 さんとかなり共通しているかと思っています。しかし、上々さんの、農業の知識に裏打ちされた推測はかなり参考になりました。なるほどと思いました。例えば、

>江戸時代の農産物の流れ(=土壌栄養分の流れ)は米の主産地から江戸への流れが大きく、そこから帰ったとしてもせいぜい江戸周辺の野菜を作った畑地程度ではないか
>現代はその流れが大きく偏っていますが、江戸時代でもすでにかなりの偏りがありました。

など、その通りだと納得しました。ただ、槌田敦さんの書物などによれば、江戸時代には、江戸以外にも大阪や京都など全国各地の都市で、同様に人糞などによって近郊の山林や農地、漁場を豊かにする物質循環が作られていたようです。
だとすれば問題は、上々さんのおっしゃるように

>大きいのは薪用の枝や間伐材

と、言う事になりましょう。江戸時代でも、燃料用として、山の木が乱伐された事を考えれば、石油代替にバイオマス・・などと言って木など使ったら、現在の人口規模とエネルギー浪費を考えれば、直ぐに森の木は切り尽くされてしまうでしょうね。
干鰯については、「江戸時代は種油の半値ほどで買える魚油が使われた」・・・と槌田敦さんの書物に記載されています。
「魚油は漁民が雑魚を茹でてその煮汁から取る。その副産物として雑魚の煮干が出来るから、農民に安く売られていた」と槌田敦さんは書いています。[熱学外論]

guyver1092さんがおっしゃっている[2011/01/26]

>どこかの本には、人口の増加がほぼゼロになっていたとの記述も読んだことがあります。

は槌田敦さんがよく書かれている事ではないでしょうか?

上々さんの 2011/01/28 のコメントの結論、

>「食糧の移動」が生じる状態では、化学肥料の使用が難しくなった時は必ず土壌栄養分の枯渇につながる

は現代の食料、農業の根本的な問題だと思います。その意味でも地産地消は大切ですね。地産地消する領域は、それぞれ市町村の範囲くらいでしょうね。食料を石油を燃料とした交通機関で運ぶ場合、遠距離になるとカロリー的収支がマイナスになってしまう場合もあるでしょうね。
人糞は、森や山でする分には、した後そのまま置いておけば動物の糞同様植物の栄養になるでしょう。垂れ流しのそのままで循環するのは理想です。ただ、農業の場合には農地まで運ぶ必要がありますから、兎も角直ぐに農地に持っていけるくらいの近さがいいですね。現代の都市のようにコンクリートで固め尽くされていたり、水洗トイレで糞をする・・・と言うのが循環しないので、非常によくないですね。

guyver1092さんが 2011/01/30(Sun) のコメント
>江戸時代の森林
に書かれた guyver1092 さんの認識は、1番から8番まで全て大筋で合っているのではないかと思います。

>薪炭の取りすぎで直接はげ山に

なったかどうかに関してはもう少し調べたいところです。



2011/01/31(Mon) 22:34 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
ちょっと勇み足
江戸時代の山林疲弊まで話を広げてしまい、ちょっと欲張りすぎましたか。確かにそれに反する証拠は多数出るでしょうね。
まあ主な主張点はあくまでも江戸時代の農産物主産地では「田畑の栄養分は不足してきた」ということで、山林までそれが及ぶかどうかは場所により違うでしょう。
しかし、それも時間の問題ではないかと思います。

入会による保護は、どうなんでしょうね。まあそれで守られる程度というのは、「どこまで追い詰められていたか」次第でしょう。
贅沢や、金儲けのための伐採は止められるでしょうが、住民皆が煮炊きの薪すら欠乏してきたら、おそらく皆さん協議の上、みんなで伐採して使いつくしたでしょう。

火山灰は土壌栄養もありますが、まあ期待した分だけ降って来るものではないのでちょっと計算はできないでしょう。
関東ローム層も今では肥沃な農地ということになっていますが、農業用水が不足していた頃は保水性が悪く農地には向かないと言うことになっていました。農業用水が潤沢に使えるようになったら、今度は水はけが良く野菜栽培に最適ということに変わってしまいました。条件次第ですね。
2011/02/01(Tue) 08:46 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:ちょっと勇み足
    上々さん

  guyver1092 さんのおっしゃるように、江戸時代は、生態系を上手く回復して山林も回復したと私は思っていましたが、上々さんのおっしゃる

>山林(里山)については、栄養成分の流出もあったでしょうが、やはり大きいのは薪炭用の使用ではなかったかと思います。

と言う推測もかなり的を得ているのではないかと思います。
ヨーロッパで石炭を掘り始めたのも元々は木を切り過ぎて煮炊きや暖を取る為の燃料が無くなったからですから、日本でもそのような事は大いに考え得る事ですね。それが「江戸時代もか?」・・・と問われれば判断はつきにくいですが・・。上々さんのおっしゃるように

>江戸時代の農産物主産地では「田畑の栄養分は不足してきた」ということで、山林までそれが及ぶかどうかは場所により違う

と、言う事になりますね。つまり上々さんの議論は勇み足ではないと思います。

>しかし、それも時間の問題ではないかと思います。

とは、結局山林からの養分収奪によって、山林は疲弊し仕舞いには砂漠化する・・・と言う事でしょうか?


 

 
2011/02/01(Tue) 21:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
栄養分の移動
植物の栄養となる土壌成分(窒素リンカリその他のミネラル)は土壌の元となった岩石の成分に由来しますが、水の流れがあるところではその水に含まれ移動することもあります。
窒素のみは空中の窒素の固定と言うことをする微生物がありますので、あとから増えることもありますが、その他の栄養分は何らかの形で補給しない限り増えません。

その土地で生育した植物をその土地以外に持ちだしたら、それに含まれる土壌栄養分由来の成分がその土地から無くなることになります。
農産物は判り易いですが、山林の木材もそうです。樹木は生育に時間がかかりますのが長い目で見ればそうなるでしょう。
木材も燃料に使用し、その灰を山林に戻すのであればある程度の循環にはなりますが、灰を肥料利用するとしても普通はまず山林には戻さず田畑に入れるでしょうね。

現代の土壌栄養分の移動は化学肥料の投入から始まり農産物を経て人間等の体内を通り排水処理場から海へ流れる一方通行になっています。
化学肥料の使用が土壌を疲弊させるという考えの人が多いようですが、実際はそうではなく土壌栄養分の循環をしていないと言うこと自体が問題です。
今までにも言った通り、化学肥料はエネルギーの塊のようなものです。それが無くなるとまでは行かなくても価格が上がるだけでも大変なことです。
2011/02/02(Wed) 12:29 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:栄養分の移動
    上々さん

 この辺りの内容は、最近非常に関心のある部分です。上々さんのコメントは興味深く勉強になります。

>現代の土壌栄養分の移動は化学肥料の投入から始まり農産物を経て人間等の体内を通り排水処理場から海へ流れる一方通行になっています。

その通りですね。これは非常にまずい事であり、このままなら化学肥料の減少が食料不足に直結しますから大変ですね。

>化学肥料の使用が土壌を疲弊させるという考えの人が多いようですが、実際はそうではなく土壌栄養分の循環をしていないと言うこと自体が問題です。

なるほど、そちらの方が理がありそうです。しかし、「化学肥料が土壌を疲弊させる」と言う事はそこの土地での微生物の働きを損ね、生態系の循環を壊すと言う意味ですので、地産地消には化学肥料も弊害になりますね。水に流されて海の底に溜まった栄養をしっかり循環させなければ一方通行の養分の流れを作り、養分の枯渇をもたらすでしょうね。槌田敦さんは、地球の水と大気の循環を正常にすれば栄養の循環もしっかり保てると言うような事を書かれています。

>化学肥料はエネルギーの塊のようなものです。それが無くなるとまでは行かなくても価格が上がるだけでも大変なこと

化学肥料が不足するときも近づいてきた・・と言う事でしょう。その状態のもとで、上々さんは肥料の枯渇問題にはどのような対処をすべきだとお考えでしょう? 
2011/02/02(Wed) 22:37 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
土壌微生物についてその他
土壌微生物が減少すると言うのは化学肥料を入れたからという理由が主ではなく、土壌微生物の栄養源となる有機物が減ったからということです。
土壌微生物には光合成細菌もありますが、大部分は炭素化合物を栄養として使う物です。化学肥料には炭素分は含まれませんので、(植物には不要)有機質肥料を入れなければ微生物は減ります。

農家の現状に疎いのではっきりとは言えませんが、日本の農家は慣行栽培(農薬・化学肥料を使う方法をこう言います)であっても結構堆肥などの有機質肥料を使っているのではないですか。「土作り」というのは結構考えている人が多いのでは。

問題はその「堆肥」ですが、人糞堆肥がほとんど無いと考えられる現状では動物糞尿でしょうが、その「原料」は輸入飼料になります。つまりほとんどがアメリカのコーンや大豆でしょう。
そう考えると現在の有機質肥料も極めて危うい土台の上に乗っているように見えます。

肥料成分も窒素のみはマメ科植物の根粒菌の作用により補給できることが判っています。しかし、これもレンゲやクローバーのように栽培してその後鋤き込んで次の作物を栽培すれば良いのですが、色気を出して豆として食用に売ろうとするとやはりその他の栄養成分を流出されることになると思います。

現在の過剰な人口を維持するためにはしばらくの間は化学肥料は必須です。もちろんすべての植物質や糞尿を使用して有機質肥料としこれも循環させるのは当然ですが、エネルギーがかなり乏しくなってきても最後の最後まで肥料製造には最低限のエネルギーを振り向けなければ食糧生産維持はできないものと思います。
2011/02/03(Thu) 11:32 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:土壌微生物についてその他
    上々さん

 またまたご説明有難う御座います。化学肥料は土壌微生物の栄養源にはならないと言う事ですね?・・・毒にはならないのですか?・・・苦土石灰などを畑に撒くとミミズなど苦しがって死にます。カリウムやリン酸なども動物には毒になるのではないでしょうか?・・土壌微生物にとってはどうなのでしょう?

>有機質肥料を入れなければ微生物は減ります。

兎も角生態系の循環を回す為には有機肥料をしっかり活用しなければならないと言う事ですね?

>エネルギーがかなり乏しくなってきても最後の最後まで肥料製造には最低限のエネルギーを振り向けなければ食糧生産維持はできないものと思います。

やっぱり人口の過剰が大きな問題ですね。有機物の循環だけではやって行けないほどに人口が膨張してしまったのも化学肥料などによる農作物の持続不可能な増産が原因ですね。人間は科学物質と石油にがんじがらめにされていますね。大変な状況です。早く脱しないと悲惨な未来が待ってますね。
2011/02/03(Thu) 23:54 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
無機塩類
化学肥料と言うのは無機塩類ですから、高濃度になれば耐塩性と言う意味で影響は出ますが通常濃度では害にはならないでしょう。
微生物の生育にも塩類は必要ですが、それだけではエネルギー源がないので、有機物(炭水化物、C源です)が必要ということです。
土壌微生物もきちんと生きている生態系というのは大切でしょうが、その中で循環をはるかに越える農作物を作る(=土壌栄養分が通り過ぎる)と言うことはどんな意味があるのでしょうか。
そこまで言ってしまうと農業自体の否定にもなりかねないのですが、やはりある程度の生産を認めその収量に合うだけの生物が生きるということなんでしょう。

地球にとっての人間問題とは人口過剰であることははっきりしました。明日から子供が全く産れなくなれば100年先には人間問題はほぼ完全に解決するのですが、そうもいきません。

中東・アフリカの騒乱の連鎖は食糧の価格高騰が一因となっているようです。中東の不安定さは石油供給不安に結びつき、下手をするとさらに食糧などの高騰に拍車をかけるでしょう。どうももはや引き金は引かれてしまったと感じます。
2011/02/04(Fri) 12:48 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:無機塩類
    上々さん

>微生物の生育にも塩類は必要ですが、

おそらく動物性のプランクトンなどは無機質を栄養として利用出来ないのでしょうが、バクテリアなどの生物の栄養は無機質なのでしょうか?微生物が栄養をどのような形で体内に取り入れるかということに関して考えた事がありませんでした。無機質を利用出来るのは植物だけと考える事は出来るのでしょうか?その辺の基本がよく分かりません。

>その中で循環をはるかに越える農作物を作る(=土壌栄養分が通り過ぎる)と言うことはどんな意味があるのでしょうか。

意味深い問題のご提示です。なるほど、このような事は本来農学者がしっかり考えなければならない事かも知れません。その辺りの事を抜きで、単位収穫量を増やす事ばかりに躍起になって、現在の土壌収奪農業が出来上がったのかも知れませんね。

>そこまで言ってしまうと農業自体の否定にもなりかねないのですが、やはりある程度の生産を認めその収量に合うだけの生物が生きるということなんでしょう。

その考え方に納得致します。農業抜きでは世界の人口許容量は更に小さくなるでしょうね。

>地球にとっての人間問題とは人口過剰であることははっきりしました。

「細く長く」と言う事をもっと考えなければなりませんね。現在の政策は「太く広く」と言う欲張りな考え方ですが、「太く広く」の結果「短く」なる部分を無視しています。非常に近視眼的です。

>中東・アフリカの騒乱の連鎖は食糧の価格高騰が一因となっているようです。中東の不安定さは石油供給不安に結びつき、下手をするとさらに食糧などの高騰に拍車をかけるでしょう。

この辺りの上々さんの読みは、非常に参考になります。現在のマスコミは食料問題の部分は過小評価で流して扱っています。これからの世界情勢は根底に人口・食料問題が大きく存在するでしょう。

>どうももはや引き金は引かれてしまったと感じます。

恐ろしい、的確な推理だと感じます。
 
2011/02/05(Sat) 12:09 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
従属栄養細菌
独立栄養生物と従属栄養生物という言葉がありまして、他の生物(独立栄養生物)の作り出した有機炭素化合物を栄養にするのが従属栄養生物です。
つまり、植物は独立、動物は従属なのですが、細菌も多くは従属栄養なんですが、中には独立栄養細菌というものもあります。
これらは無機の炭素(二酸化炭素や炭酸塩など)を栄養とすることができるものです。
まあ良く知られている細菌はほとんどが従属栄養細菌と思ってください(大雑把すぎるかも)

山林などで枯れ葉や枯木が分解されると言いますが、これらは木材腐朽菌というカビの一種が植物体を分解、つまり植物体という有機炭素化合物(だけではありませんが)を食べているということです。

植物は有機炭素化合物が無くても、無機化合物の化学肥料だけでも生育ができるが、土壌微生物は堆肥などの有機質肥料が必要と言うことはお判りでしょうか。

水耕栽培とか、野菜工場なんていうものがあるように、農作物自体には土壌微生物は不可欠ではありません。
微生物や小動物が共生する土壌で作った農作物は美味しいと言いますが、それが科学的に証明されたことはないでしょう。
しかし、単なる作物を支えておく担体としてのみ土を使い、あとは化学肥料を流し込むと言うのは、化学肥料のエネルギー依存という問題があるために疑問ということです。
それ以上ではありません。
2011/02/07(Mon) 16:06 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:従属栄養細菌
    上々さん

 また色々微生物に関して教えて戴き有難う御座います。細菌については基本知識が無かった事を実感いたします。生物学は面白いですね。

>植物は独立、動物は従属なのですが、

独立栄養生物と従属栄養生物という言葉は知りませんでしたが、同化が出来る植物は、炭水化物、タンパク質の生産者であり、消費者でもあるので、動物無しでも生きていけると考えていました。しかし、槌田敦さんや近藤邦明さんの書物によりますと動物も植物無しではやっていけないような事が書いてあります。(両者とも生物は専門外なのですがね・・笑)
たとえば、近藤邦明氏の『温暖化は憂うべきことだろうか』には、(・・本のタイトルからして、動物と植物の繋がりについてまで言及しているとは思えませんね・・笑)
「地球上の生物が植物だけであれば、やはり二酸化炭素の枯渇によって、活動は終息します」
とあります。

>単なる作物を支えておく担体としてのみ土を使い、あとは化学肥料を流し込むと言うのは、化学肥料のエネルギー依存という問題があるために疑問ということです。
>それ以上ではありません。

との事ですが、化学肥料は鉱物などから採るわけで、限られた資源です。持続的に無機物を補給する為には、微生物の分解の働きは重要ですね。つまり生態系の循環と言う意味において、微生物も重要です。
勿論上々さんは、純粋に肥料としての働きとして、無機の化学肥料は有機肥料に劣らないと言う旨の事を述べられたのでしょう。・・・これまた槌田敦さんの『「地球生態学」で暮らそう』に
「光合成でブドウ糖を作って、そのブドウ糖を使ってアミノ酸を作る作業は植物にとってつらい作業であるので、土の中の水にブドウ糖やアルコールやアミノ酸が溶けていたら、それを利用しない手はない。例えば天候不順で光合成が困難なとき、有機肥料に含まれる有用な有機物はこの意味で重要である」
 と言うような事が書いてあります。
2011/02/07(Mon) 21:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
おっとっと
私がもう30数年前になりますが、大学の植物栄養学教室に進学した時に、有機物が直接植物の栄養となるかどうかということも研究している方がいらしたようです。
まあ吸収しないことはないようだという話だったのですが、それを積極的に利用するって言うのはね。
とはいえ、この「植物は有機物を直接栄養とできる」という誤解はかなり広く蔓延していそうでそれが有機農業を心情的に支えている可能性もあります。
わずかに有機物(低分子のみ)を植物が吸収していると言うことを拡大解釈する人もいるようです。

また植物が生え過ぎて二酸化炭素が足りなくなると言うのも過激です。
石油や石炭になった藻類や樹木が二酸化炭素を固定化して地下に埋め込んでようやく現在よりちょっと前の濃度まで低下したのですが、それでも植物が無くなると言うことはありませんでした。まあ生育が落ちたと言うことかもしれず、地下の二酸化炭素を開放すればもっと植物生育が旺盛になるとは言えそうです。
2011/02/08(Tue) 08:41 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:温暖化は憂うべきことだろうか
「地球上の生物が植物だけであれば、やはり二酸化炭素の枯渇によって、活動は終息します」の意味が、お二人の間で認識が違っているように思えます。
 雑草Zさんはたぶん、バイオスフィア実験のような地球大の施設に、本当に植物と二酸化炭素を詰めたらとの前提と思いますが、上々さんは、現実の地球で植物が多くなるとの認識に思えます。
 前提を示して議論されたらいかがでしょうか。
2011/02/08(Tue) 20:17 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
植物の有機物吸収と利用について
 私は農学や植物については、最近非常に興味は持っていますが、まだまだ初心者で基礎知識も不足していますので、植物が直接有機物を吸収して積極的に利用出来るかどうかについて言及出来ません。    
 上々さんに質問ですが、 現在、植物学界または農学の世界では、植物は直接有機物を吸収して積極的に利用することは無いと言うのが定説でしょうか?
 以前 HN路傍の石ころさんから、最近植物は有機物を吸収して利用している事がわかってきている・・・と言うようなコメントを戴きました。
『「地球生態学」で暮らそう』は、槌田敦さんの最新の著書で、発行は2009年です。最新の農業の研究成果なども参考にして書かれていると思います。
 槌田敦さんは物理学がご専門ですが、化学にも非常に詳しい方です。(お父様や息子さんは化学者です。)そして、槌田敦さんは、自給の為の農法を長年研究されて実践して来られた方です。理化学研究所でも敷地内で畑など作っていたとの事です。『「地球生態学」で暮らそう』はこれまでの彼の著作物の中でも特に農業に関して詳しく書かれています。
 本書ではさらに「水に溶けていれば、植物の根はかなりの高分子の有機物でも吸収できる」「無機化していない有機肥料の価値を十分に利用できる」などの表現があります。
2011/02/08(Tue) 22:29 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
植物だけで世界は永続可能か?
    guyver1092さん のおっしゃる通り、私・・と言うよりも近藤邦明氏は、
>バイオスフィア実験のような地球大の施設に、本当に植物と二酸化炭素を詰めたらとの前提

だと思います。現実的に植物だけを残して動物や細菌を全て排除して実験を行う事は無理でしょうが、思考実験をしてみます。
植物は体の外部に放出する炭素原子C[二酸化炭素CO2]よりも体内に取り入れる炭素原子C[二酸化炭素CO2]のほうが多くないと成長出来ずに死んでしまいます。だから植物は成長の過程で炭素原子は差し引き同化作用で体内に取り入れています。
カーボンニュートラルの原理で、植物が死ねばいつかその炭素原子はまた外部に放出される・・と言いたいところですが、それは燃えない限り、微生物などによって分解されなければ、大気中には戻らないで炭水化物やタンパク質(アミノ酸)のままでしょう。・・・と言う事は、永続的に(何千万万、何億年もの間)植物だけで生活すれば、光合成の為の二酸化炭素不足になると言えそうです。
 ・・まあ、現実的ではないですから、植物が増え過ぎて二酸化炭素不足の心配する必要は勿論ありませんね。・・・兎も角、この思考実験では植物も独立栄養生物とは言えないのかも知れませんね。
 
    ××××    ××××    ××××

ところで、私と同様に熱烈な槌田敦さんファンである guyver1092さんは、
『「地球生態学」で暮らそう』は読まれましたか?
槌田敦さんの著書は、エントロピーの法則を基本に(生態系の)循環や(生態系の)エンジンと言うオリジナルな考え方がいつも共通して流れていますが(・・そこが魅力です・・)今回は特に農業に関して踏み込んで書かれていて非常に面白いです。

2011/02/08(Tue) 22:59 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
アミノ酸の直接利用
私の大学当時、同じ研究室の助手で、その後教授までなられた先生が植物のアミノ酸利用を研究されていて、アミノ酸(低分子の有機物)のみを窒素源として利用できると言う証明はされています。
他にも最近はその他のタンパク質等の高分子有機物も直接吸収できると言う研究もあるようです。

ただし、これらから有機物を直接吸収できることが植物にとって有利かどうかという証明にはなっていないと思いますが。

また、有機農業推進の立場の人々はこの結果を拡大解釈している傾向があるようです。
そのためインターネットで検索するとこれで有機栽培の優越性が実証されたなどと主張する向きもあるようですが、同意はできません。
有機物も吸収できると言う事実があるのは大きな現象の解明ですが、それが植物にとって有利かどうかというのはどのように実証していくのでしょうか。
実験を組み立てて立証し、論文としていくという考えをすると非常に困難であることが予想できます。
ざっと科学論文を探したところではそのようなものは無いようです。
2011/02/09(Wed) 08:51 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:アミノ酸の直接利用
    上々さん

>アミノ酸(低分子の有機物)のみを窒素源として利用できる

窒素源として利用するとは、アミノ酸をまた分解すると言う事でしょうか?
 吸収したアミノ酸レベルの有機物(低分子の有機物)をまた分解すればエネルギー効率は悪いですが、そのままアミノ酸として利用し、タンパク質を作れば、エネルギー効率は同化作用より遥かにいいですよね?素人考えですが、いかがでしょうか。

 
2011/02/10(Thu) 06:54 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
実験系の科学
「アミノ酸を直接合成に利用でき、効率が良い」と言うのは”仮説”と言います。
生物学や化学のような実験系の科学ではこれを立証するための実験を計画し、実施してそれを裏付けるデータを取り、仮説を立証して「定説」としていきます。
実はそれに反するような仮説も考えられます。
たとえば、そのまま利用するような酵素は無い、又は非常に少量であるとか、アミノ酸は一旦分解した方が植物体内の酵素を活性化させるとか、いろいろ考えられますがこれも立証しなければ仮説のままです。

どうも現在でもその辺の定説はできていないようです。(調べ方が甘いかもしれません)
70年代にM先生たちが実施した時には昔々からの無機栄養説で植物体は無機物しか吸収できないと言うのが定説であった当時に有機物も吸収できると言うことを立証すると言う大きな目的がありました。
吸収されることが立証され、アミノ酸の種類により植物成長が良くなる場合も阻害される場合もあるということも立証されました。

自然科学と言っても実験のできない科学が天文学や気象学、地学等数多くあり、それらは観測を重ねて仮説を立て、さらに観測して仮説が成り立つことを確認します。(あくまでも観測だけなので、いつかそれに反する観測例が出ることは否定できません)
しかし、実験系の科学の場合では仮説の段階で広く主張することは問題であり、その分野の科学者にはこういう態度を忌み嫌う人もいるでしょう。

もちろん、実験が上手く行ったつもりでもその実験計画の妥当性や解釈等、間違えている場合も多く論争となる場合が多々あります。しかし、これらは公開の場ですべての情報を出してのものであり、声の大きい者や名声のある者が言ったから正しいと言うものではありません。
2011/02/10(Thu) 09:25 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:実験系の科学
    上々さん

実験系の科学についてのご説明、及びアミノ酸の直接利用の有無に関して色々御調べ戴き、有難う御座います。今のところ一応定説としては、アミノ酸の積極利用がされているとは言えないし、利用されても有利かどうかは確定していなさそうだと言う事ですね。

さて、世の中で一般に認められているかどうかは別として、
槌田敦さんは、ご自分の豊富な知識や直感により、まだ世界に認められていない様々な事に関してかなり踏み込んで言及なさっています。科学者が世の中で認められている事ばかりに関して話していては面白くないですね。槌田敦さんの大胆な仮説に関しては、私もおかしいのではないか?と思う事も確かにありますが、その反面、なるほどと思う事も多々あります。槌田敦さんは世の中の定説に反する大胆な仮説を自信を持って主張しますが、理性的に考えて確かに素晴らしいと思える部分があり、そこが魅力です。

これまた単純な素人考え方かも知れませんが、生物体を作るたんぱく質は20種類だけのアミノ酸の組み合わせで出来ていますから、動物も植物も共通ですね?(私は漠然とそのように理解していましたが、間違っていればご指摘を。)だとすると、植物が体内に取り入れたアミノ酸を無機質まで分解する意味はないと思います。合理的に考えればそのまま利用した方がいいですよね?・・槌田敦さんもそのように考えたのではないでしょうか?(あくまで私の推測ですから、槌田さんに直接聞いたわけでは御座いません。)
特殊な例かも知れませんが、例えば、食虫植物も捉えた昆虫などの体をアミノ酸レベルまでしか分解しないのではないでしょうか?無機質まで分解して利用するなら、わざわざ食虫する意味があまりないと思います。

素人考えかも知れませんが如何でしょうか?初心者の疑問にお付き合い頂き有難う御座います。
2011/02/11(Fri) 09:15 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
肥料について
 雑草Zさんと上々さんの議論を読んで考えるに、化学肥料と有機肥料のどちらがオイルピーク後の農業を支えるかが究極の問題と感じます。
 私の今まで得た知識から考えるに、化学肥料はオイルピーク後には使われなくなると予測します。根拠は人為的オイルピークを迎えたキューバの歴史的事実によります。キューバは有機肥料を選択しました。理由は読んだ本には書かれていませんでしたが、有機肥料と言う代替の有る肥料に貴重となった石油を使うのは割に合わなかったのではないでしょうか。
2011/02/12(Sat) 21:42 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
RE:『「地球生態学」で暮らそう』
 返事を書くのを忘れました。読んでいます。槌田氏の最も新しい本ですね。この中に、有機肥料でも堆肥と腐植土は区別すべきというのは、初耳でしたが、微量元素の有無での区別ですので、理屈上納得できます。人間等の動物も糖質、脂質、タンパク質のみでは生きていけませんからね。たとえば亜鉛が不足すると味覚が無くなってしまうというのをテレビで見た記憶があります。
2011/02/12(Sat) 22:28 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:肥料について
    guyver1092さん

>化学肥料と有機肥料のどちらがオイルピーク後の農業を支えるかが究極の問題

確かに究極の問題はそうでしょうね。そしてその件に関しては私も上々さんも有機農法という事になるでしょう。

>化学肥料はオイルピーク後には使われなくなると予測します。根拠は人為的オイルピークを迎えたキューバの歴史的事実によります。

なるほど!キューバは人為的オイルピークを迎えたと考えられるわけですね!鋭い御指摘です。・・・今になってみると世界の国々のオイルピークに先駆けて、キューバが脱石油の試みをして成功したと言う事実は望むと望まざるとに関らずオイルピークを迎える他の国々の模範になりますね。その意味ではアメリカによる海上封鎖も結果的にプラスと考えられますね。色々な意味でキューバは先を行ってますね。

 
2011/02/13(Sun) 21:02 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:RE:『「地球生態学」で暮らそう』
   guyver1092さん

 この本は、エントロピー処理の為のエンジンと言う考え方や徹底した真の循環を重要視した考え方、重力によって下に落ちる栄養を上にあげる方法など、いつもの槌田節満載ですが、いつもより農業に関して深く詳しく触れていますね。

>堆肥と腐植土は区別すべき

と言う事も書いていますね!化学の得意な槌田敦さんらしく(・・はじめ大学では化学専攻だったらしいですね。)キレートに関しても詳しく書いていますね。その他結構新しい農学の研究も紹介していますね。槌田さんの自給の為の農業に対する拘りを垣間見ました。
 「有機農法なら耕してはいけない」と言うのが気に入りました。結局有機農法のほうが循環型に近いですから、外部からそんなに手を賭けてやる必要がないのでしょう。(確か槌田さんは、手を抜く事とは違う・・・みたいな事をおっしゃってましたが・・笑)
2011/02/13(Sun) 21:42 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
繋がった・・・
 ①確か3年半前(2007年)の夏、会津地方に住む、有機無農薬で米などを作っている方(専業農家ではありません。)に誘われて、彼や福島県の企業が主催して行った環境と農業などの国際シンポジウムに顔を出した事があります。そこで、彼が有機農法の師と仰ぐ有機農法で大きな成果を上げている方が、有機農法について講演しました。「こいわいさん」と言っていたので漠然と「小岩井さん」かと思っていました。彼と有機農法ではなく風力発電の非効率性について話し、その件に関して意気投合しました。

 ②昨年末に本屋で見て良さそうだと思って「有機栽培の基礎と実際」と言う本を買いました。著者の名前は気にしませんでしたが、後から見ると「小祝政明」と記されていました。

 ③槌田敦さん著の『「地球生態系」で暮らそう」p192、193に
 「有機栽培を勧める小祝さんは、・・・」と記されています。槌田敦さんは、小祝さんの著書も参考にして、この本の有機農法の部分を書いたようです。

以上、有機農法に関して別々の機会で同じ人物、小祝政明氏に繋がりました。
①の「こいわいさん」は「小祝さん」だったのです。講演会で彼が言っていた「有機農法のほうが丈夫で栄養があり、美味しい作物が大きく沢山育つ」みたいな事の根拠を、きっと「有機栽培の基礎と実際」に書いているでしょう。
③槌田敦さんが参考にされた小祝さんの著作もおそらく、②「有機栽培の基礎と実際」でしょう。
どれも偶然小祝さんだったと言うよりも、有機栽培に関して、その理論をしっかり解説した人物や書物は少ないからみんな同じ 小祝さんに収束したのかも知れません。
 兎も角、昨年末に買ったけれど、読む優先順位を低くして読むのを後回しにしていた本書ですが、有機の窒素化合物(アミノ酸)などが直接吸収されて植物に有効に利用されているかどうかこの本を読んで確認したいと思います。
2011/02/13(Sun) 22:30 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
化学肥料
化学肥料か有機肥料か、二者択一ということではなく、原油などのエネルギー価格が上がれば化学肥料の価格も高騰しますよということです。
ただし、化学肥料が上がっても有機肥料があるからいいやと言うのは危険です。有機肥料もその原料が無ければ作れません。本当にその地域で育った植物しか原料がなくなれば段々とできる肥料も少なくなってしまいます。
これは完全に糞尿も堆肥化して循環させたとしてもです。
もちろん、できた農作物を他地域に移出したりすればさらに肥料不足は早く訪れます。

現在、特に九州や北海道の畜産地帯で堆肥が余っているように見えるのは輸入したコーンなどの飼料作物からの由来です。化学肥料が高騰した時にこれまで通りに海外から飼料穀物が輸入できるでしょうか。
2011/02/14(Mon) 14:05 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:化学肥料
    上々さん

 地球上で(半)永久的に使えるエネルギーは太陽のエネルギーだけですから、最終的には太陽エネルギー起源のエネルギーの範囲内でやって行くしかない事は我々の共通見解ですね。だから小さな自治体単位で自給自足する形にしなければならない事も共通認識部分でしょう?その上で有機か無機かと言う話になります。
 有機物の直接の吸収と利用と言う事を抜きにして考えます。その場合有機農法と言うのは有機物を菌類細菌類などが分解して無機まですると言う意味、無機農法は人間が鉱物を砕いたり、石油を利用して精製して利用すると言う意味でしょう。(間違っていればご指摘を・・)つまり、有機は外部のエネルギーの投入がより少なくて済みます・・・人力だけでも可能でしょう。そして、地域内で自給自足する分には循環可能です。
 つまり、太陽光起源のエネルギーだけで、(微生物の力などを借りて)地域毎に自給自足する農業は有機農法で可能で無機農法では困難ですから、脱石油の農業は有機と言う事になりますね。


 余談ですが、世の中の健康食品の宣伝にはうんざりします。しっかりした科学的根拠のない事をさも凄い事のように宣伝して売っています。だから色々宣伝している健康食品は大抵他の食べものと大差がないと思っています。(健康に悪影響の逆効果のものもあるでしょう。)
 有機栽培の宅配サービスなどでもきっと健康食品的な宣伝がされていて、上々さんはそこにうんざりされているのではないでしょうか?わかる気が致します。
2011/02/14(Mon) 21:23 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
キューバ
 上々さん

 キューバで化学肥料が割に合わないということで有機肥料が選択されたのは、具体的には化学肥料の値段が高騰したということですね。
 危険というのは、要は有機肥料が日本の人口を支えられるか(支えるための食料を作るだけの肥料が国内の有機肥料で足りるか)という、日本の現状を踏まえた上での議論ですね。
 私は、仮に今すぐ石油が無くなると、現在の日本では肥料云々の前に、日本の人口を支えるだけの農地もないのが現実と認識しています。つまりは文明崩壊が訪れると。
 科学肥料が高騰した場合、飼料の輸入もできなくなるというのはご指摘の通りと考えます。これを織り込んで国家の方針を決めなければ、日本は確実に文明崩壊を起こすでしょうね。
2011/02/14(Mon) 22:45 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
健康に良いか
完全な自給自足の地域を確立したとしても循環のロスはありますので徐々に土壌栄養成分は減っていくのではないかと思います。
窒素分はそれでもマメ科植物の栽培で根粒菌から供給される作用を利用できますが、その他の成分はなんとか鉱物からの供給を受けなければいけないのではないかと思います。

まあいくらピークといってもまだまだ石油はありますので(それを今使って良いのかどうかは問題ですが)たぶん私達が生きている間、子供の世代が生きている間はあるでしょうから、そこまで極端なことは無いかもしれません。(孫の世代ではちょっと不安です)

雑草Z様
医薬品は成分を明らかにし、その作用・副作用も明らかにしなければ販売・使用できませんが、健康食品と言うものは何か良い成分があると言うだけで売っています。良いと言われている成分でも量が過ぎれば害もありますし、その他の成分の影響は全く無視されたままです。こんな危険なものを野放しにしているのは食品衛生行政の問題点かもしれません。
薬事法はある程度うるさいことを言っていますが、薬事法さえクリアすればOKというのはどうでしょうか。
しかも、健康食品については日本を代表するような大企業が軒並み参入し販売を競っています。S社やK社やA社が出しているものだから間違いないだろうと言う安心感を持つ人が多いだろうことは予想できます。

guyver1092様
食糧輸入が途絶えればせいぜい5000万人が良いところと言うのが妥当な線でしょう。当然国家も社会も崩壊です。
2011/02/15(Tue) 10:59 | URL  | 上々 #-[ 編集]
>有機栽培の基礎と実際
この本は7つの章からなっていますが、第1章と第2章が作物生理的な話や有機栽培の基礎理論を説明しています。私はまだこの本を読み終えてはいませんが、第1章と第2章は読みましたので、コメントとして有機の窒素の吸収や働きについての内容をご紹介いたします。

2002年7月31日付の日本農業新聞には、「作物の根、有機物を吸収」という見出しで、
農業環境技術研究所で、堆肥などを土壌に施用した際、細菌が分解して無機態窒素になる手前のタンパク質様窒素を作物が吸収していることが証明されたと載っているとの事です。

本書第1章の資料として有機態窒素の吸収説についての色々な人の研究成果が載せられています。それによりますと、リービヒの無機栄養説に対抗して、有機物が直接植物に吸収され代謝されるという研究は多数存在するとの事です。
その例をいくつか記します。
① 無菌装置で稲の幼植物を栽培したところ、無機の硫酸アンモニウムが窒素の吸収量は一番多かったけれども、アミノ酸の一種のグルタミン酸のほうが一番質量が大きくなった。つまり、グルタミン酸の窒素のほうが硫安の窒素よりも効率よく稲の体内で使われたと考えられる。(慎ら 1996)
② 各種アミノ酸を唯一の窒素源としてハダカ麦を水耕栽培で収穫期まで育てた結果、アンモニアや硝酸という無機の窒素と同等かそれ以上の収量をもたらすアミノ酸が存在する事を突きとめた。(森・内野、1976)
③ ハダカ麦幼植物に3種類の窒素源を与えたときの吸収は、高温(20℃)条件下では、グルタミン、アルギン、硝酸の順、低温(4~5℃)下では、アルギン、グルタミン、硝酸の順に吸収が盛んであった。アミノ酸のアルギン、グルタミンはそのままの形で吸収され、直ちに代謝されていく事も証明された。(森・西沢、1979)


以上を踏まえて 
 アミノ酸を吸収出来るとすれば、植物体内で分解する必要はありませんし、そのまま利用した方がエネルギー効率もいいですから、植物体内では分解されずにそのままタンパク質合成やエネルギー源(炭水化物部)として使われると考えるのが合理的かと思います。

 槌田敦さんは、本書「有機栽培の基礎と実際」は読んで参考にされた事はおそらく間違いないでしょう。その他に、個々の論文にも目を通されたかも知れません。
2011/02/16(Wed) 00:12 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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