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2010-12-23 00:01
経済成長率は、国民総生産の増加率で表されます。その定義では、経済成長[Economic growth]とは、国民総生産が増加する事を指します。国民総生産として、GNPでなくて、GDPを使うとか、名目GDPを使うか実質GDPを使うかとかいった細かい事は、今回の議論には本質的に意味がないので拘りません。つまり、同じ物、サービスを同じだけ生産(若しくは消費)した場合でも、単価が上がれば名目経済成長率は上昇するけれど、実質経済成長率は、そこの部分をしっかり補正している・・・と、多くの経済学者は言うでしょうけれど、それは非常に我田引水的な不完全な見方です。 単価の変化ではなく、今まで無料であった物事を商売として成立させ、有料にした場合は、実質経済成長率の定義からも経済は成長する事になります。つまり無料で享受出来る同じ物、サービスが有料になる事は、実質GDPの定義でも「成長」となるわけです。
 
現在の定義に従って経済成長[Economic growth]と言う言葉が使われている事が、人々が経済成長主義に洗脳されてしまう一つの要因と考えられます。多くの人々がその言葉に騙されていると言えましょう。
 何事でも「成長を止めるべきだ」等と言えば、大部分の人が違和感や反感を持つでしょう。賛同出来ない人が圧倒的に多いでしょう。それは「成長[growth]」と言う言葉には、ポジティヴなイメージがあるからでしょう。
本来の「国民総生産の増加」と言う定義から考えれば、どう考えても、成長[growth]では無くて、拡大とか膨張[expansion]と言うべきところです。つまり、現在の定義では、経済成長とは、経済活動が膨張していくこととほぼ同じ意味になりましょう。
 英語では、人口増加も売り上げの伸びも growth で表します。それに習ってか、日本語でも、同じように「成長」という言葉が使われています。つまり、いつからかはわかりませんが、(もともとかも知れませんが・・)「成長[growth]」と言う言葉には、拡大、膨張[expansion]と言う意味も付け加わっています。拡大とか膨張とかの意味があるのは、生物の体の「成長」と言う表現を考えてみても、当然の事でしょう。ただ、生物の成長の場合は、「体が大きくなる」と言う意味ばかりではなくて、「構造が発達する」と言う意味もあります。しかし、現在の経済成長の定義には、構造の発達の意味を含んではいません。「経済成長」の定義からは、同じ事をするのにお金が掛かるほうが成長したことになりますから、構造の無駄が増えた方が「経済成長」したことになるのです。それは決して構造的発達とは言えないでしょう。寧ろ構造の後退と言えましょう。資源や物資、サービスの過剰供給による社会の病的肥満さえ、現在の経済成長の定義では「成長した」ことになるのです。普通に理性で考えれば当然の事なのに、現在の社会では論じられないところが、「洗脳」と考える所以です。

では、国民総生産の増加を「経済膨張[Economic expansion]」という言葉で言い直した場合、本当の「経済成長[Economic growth]」と言う言葉は何を表すべきか・・・と言う議論も出てくるでしょう。実際、真の経済成長とはどのようなものか定義し直ししている方も現れています。それは抽象的に表現すれば、「生物の成長」のもう一つの意味、「構造の発達」と言うことになりましょう。しかし、ここから、「経済構造の発達」と言うことを議論する必要は無いでしょう。新たに経済成長という言葉を定義し直しする必要性を感じません。これからは「経済構造の発達」とか「経済を成長させる」という概念はそれほど重要では無くなると考えるからです。何故なら、パラダイムシフトの大転換後の持続可能な社会では、現代社会のように経済を中心に据え置く必要はないからです。経済を中心に社会の物事を考えるべきではないのです。
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【2010/12/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済至上から精神文化へ
上々
経済が重みを無くしたところで代わりになるものと言えば精神文化でしょうか。
しかし、現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。と言うのは、思索すべき時間を持てなくなっているからです。
仕事が忙しすぎて。

ブッダやキリスト、孔子など偉大な宗教家・哲学者が時代が接近して出てきたというのも、それぞれの文化圏で階層性や奴隷制が発達し、思索できる時間を持った階層が出現したからという一面があります。といってもほとんどの人間は暇になると悪いことばかりするのですが。
19世紀・20世紀になっても思索するばかりの人、哲学者が頻出していますが、現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、あまり哲学者が居るようには見えません。
(宗教者はいるようですが、これも宗教者というよりは宗教利用金儲けという方が多いようです)

文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。

Re:経済至上から精神文化へ
雑草Z
ポスト経済至上主義が、即精神文化と言うべきかどうかはわかりませんが、「経済史上主義」と言う考え方が狂信的な異常な考え方でしょう。

>現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。

と言い切る上々さんは歴史を熟知されているからでしょう。

>現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、

ここは同じく感じているところです。「経済成長主義」に疑問も持てないほどに社会のシステムに組み込まれて、仕事に追いかけられている現代人、企業戦士が豊かだとは言えませんね。物が有り余るほど溢れている事をもってして「豊か」と表現する事自体、非常に貧しい発想です。

>文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。

しかし、オイルピークを過ぎて、望む望まざるに関らず、エネルギーをはじめとした資源枯渇が迫ってますから、エネルギー依存の文化はもうすぐ終わりを告げなければならないでしょうね。お互い合意する部分ですね。



時間の使い方
上々
暇ができたから哲学や宗教が発達したといってもそれは直接食糧生産に関わっていない特権階級ができたからで、労働者には暇な時間は少なかったものと思います。
それにしても現代の特に日本の現状は異常なもので、朝から夜中まで働いている人が多いというのはどうなんでしょう。

昔は飢餓と隣り合わせで、ちょっと生産が狂えば飢え死にということもあったわけですが、しかし長時間働いたからといってたくさん生産できるわけでもなく、そこそこで終えて休養もできたのかもしれません。

エネルギーに依存しない文化とはなにかと言うと、あまりありませんね。IT関連は全滅だし、建築や映像・絵画もエネルギーを使っているし。音楽もその面が強く、アカペラで歌うくらいですか。

エネルギーに依存しない程度
雑草Z
 
 哲学や文化は食料生産などから解放された一部の特権階級の贅沢とも言えますね。実生活から隔離され過ぎた観念的な哲学は余り役に立たないかも知れません。好きにもなれません。苦行をする必要はないと思いますが、せめて自給自足ぐらいはして、自然の摂理を体感した哲学がいいですね。余談ですがデカダンスなんかは本当に特権階級のお遊びだと思います。

さて、おっしゃるようにワーカーホリックな現状は宜しくないですね。一生懸命働いて、気づいてみたら社会、環境を破壊するのに手助けしていて人間社会が崩壊した・・・では洒落になりません。

>エネルギーに依存しない文化

に関する上々さんの考察は、徹底していますね。(私もそういう傾向があります。)程度問題かと思いますが、現代よりはずっと浪費レベルを減らして行く事から考えましょう。
 例えば公園で遊ぶと言う場合、ブランコや滑り台やシーソーのような人力レベルの物は許容し(作ったり運んだりするエネルギーは消費しますが・・)、コーヒーカップやジェットコースター、バイキングなどの(現在の有料遊園地)動かすのにもエネルギーを使う遊園地は止めましょう・・・と言うレベルでしょうか・・・もっと徹底すれば、滑り台もブランコも必要なく、ただ草地があれば楽しめますが・・・ボールや間くらいは許容できるでしょう。
 ドライブやカーレース、モーターボート等のマリンレジャー、昨今のクリスマスのように夜のイルミネーションを派手に飾ったりするようなエネルギーをどんどん投入するような文化をエネルギー浪費文化とでも定義し直しましょう。


 +  +++    +++++      +++++ +++  +
 今回の上々さんのコメントもさらりと完結ですが奥深い内容で、色々議論、考察の対象が散りばめられていますね。記事のネタにもしたいところです。

 さて、こちらは昨日から雪が本格的に降り始めましたが、そちらはどうですか?会津地方は昨夜から今日にかけて積雪1m近くになりました。会津地方の只見町と金山町では昨日、本日の全国一の降雪量を記録したみたいです。私もこれからまた雪かきです。除雪にもエネルギー使い過ぎですね。冬期は色々なレジャー施設や道を閉鎖したりして、仕事も休業を増やして冬ごもりすればかなり省エネになるでしょうね。そのような冬ごもりの中からも素晴らしい文化が生まれるかも知れませんね。

私が考える、経済成長の定義
Power
雑草Zさん

貴ブログで何度か述べていることでありますが、技術革新により
ある仕事を行うのに必要な人数が10人から9人に減った等
が本来の「経済成長の定義」であるのだと考えています。

一人当たりの「労働生産性」の増大と言った方が分かりやすい
ですね。今まで10人でやっていた仕事が9人でできるように
なった訳ですから、生産量が同じと仮定すれば一人当たりの
労働生産性は増大します。

ただ、現在では技術革新が行きすぎて10人でやっていた仕事が
1人でできるようになった(特にIT系)とか人間がやる必要
がなくなった(駅の自動改札など)等したため、技術革新につ
いて行くのに必要な知識・資格・学歴などを持っている高度知識
人以外は働く場がどんどん無くなっているのが現実です。

一人当たりのGDPを増大させる「経済膨張」を行おうとして
も、技術革新により大多数の人間は失業に追い込まれ購買力
が無くなっていくのですから需要と供給に限界が無かったと
しても、無理なのです。

実際は需要も供給も限りがあるので大多数の人間に購買力が
ある社会(日本の高度成長期が当てはまる)であっても
確実に行き詰まる(現代の先進国が当てはまる)のですがね。

・・・こうなりますと、もう食べていくためだけの必要最低限の
仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネル
ギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと
全員が生きていくのは無理ですね。

非常につまらない人生になりそうですが技術革新が止めら
れないのであれば、こうなるしかないのです。

経済成長するということは具体的にどうなる?
guyver1092
 経済成長するということは去年より今年のほうが物・サービスが売れなければなりません。
 逆からみれば去年より今年はたくさん物を買わねばなりません。それをしようと思えば、去年よりたくさん稼がなければなりません。しかし会社は給料を上げてくれません。去年よりたくさん仕事をしなければなりません。去年よりたくさん仕事をしても、成果主義とかで、売り上げに貢献しなければ給料は増えません。
 結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。

Re:私が考える、経済成長の定義
雑草Z
   Powerさん の考えるところの経済成長の定義はおっしゃるように、技術革新による
>一人当たりの「労働生産性」の増大

と言う事ですね。現在の「経済膨張」の意味での「経済成長」とは全く違う定義になりますね。私が本文に書いたところの「構造の発達」と言うことに相当しましょう。それはそのまま「労働生産性」と言う言葉で定義してもいいですね。この場合も技術の使用による資源の消費や環境負荷も考慮しなければなりませんね。

>食べていくためだけの必要最低限の仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネルギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと全員が生きていくのは無理

これは人口の規模にもよりましょうが、真の意味での再生可能エネルギー、即ち太陽光エネルギーの範囲で(・・太陽光のエネルギーは人間の歴史と比べて半永久と考えて・・)暮らす事になりましょう。人口規模がある程度以下であれば十分に使えるでしょう。
 それがつまらない人生とは言えないでしょう。「雑談」と一口に言っても色々な話があり、雑談の域では語れないかも知れません。色々な内容のコミュニケーションが増えると言う事になりましょうか。友人と雑談する以外にも、人力中心のスポーツもゲームも出来ますし、エネルギーを現在よりも浪費せず、人力や自然エネルギーを上手く活用するのも技術革新と言えましょう。
 人間は動物的な基本的な欲求を満たし、社会で平和に仲良く生きて行けば十分でしょう。さらに+αとして必要なものがあるとして、エネルギーの浪費で解決出来るようなものではないでしょう。逆にエネルギーの浪費が出来て膨張していく社会がどれだけのものでしょうか?エネルギーを浪費する事によって、それ以上の何が得られるのでしょうか?脱経済成長社会は決してつまらない社会ではないでしょう。その事について今までも言及してきましたが、来年改めて書こうと思っています。

Powerさんも同じ方向をお考えでしょうから、経済の成長無しでも素晴らしい社会・・・否、経済が定常性を保つからこその素晴らしい社会について考えていきましょう。 


Re:経済成長するということは具体的にどうなる?
雑草Z
    guyver1092さん の今回の論法(4段論法、何段論法?)は、至極当然の事から出発して、最後には見落としがちな結論を導いていますね。そう、結局毎年毎年仕事の量は増えて

 >結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。

と言う事になりますね。結局経済成長主義も資本家などに都合のいい主義だと言う事になりましょう。
この事は是非とも全ての労働者に気づいて頂くべきですね。

「成長主義」の言葉に隠された真実は、「定常」ではより不幸になって行くと言うおぞましい結論でしたね。

文化の衰退?
Nowhere
エネルギーにあまり依存しない社会に移行しようとすると
今ある娯楽や職業の多くが消滅するかと思われますが、反発は強いでしょうね。
よっておそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで
エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかもと思います。

自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに
栄えていくことを望むだろうし、車が好きな人は車文化がこれからもずっと
繁栄していくことを強く望むでしょう。

しかし何にせよ資源の制約はいつかはやってくるので
F1レースから人力車レースへ
制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ
という昔の形に還っていくのかもしれません。

しかし今の大衆文化に見られるのは、より速いスピードを求める事(乗り物など)、
よりリアルで高速に動く映像を見る事、大音量の音を耳に流し込む事など
刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが
多い気がします。私たち現代人はあまりにもせっかちに
多くの刺激を求め過ぎているのかもしれません。


Re:文化の衰退?
雑草Z
    Nowhereさん

 上々さんやPowerさんの文化論を受けてのコメントですね。

 おっしゃるように、現在の仕事や文化は大量のエネルギー投入によるものが大半ですね。つまり石油などにドーピングされている状態と言えましょう。(私のように)導入された当時からエネルギーの浪費と見る人もいたでしょうが、一方それが、科学技術の成果だ・・・と歓迎した人のほうが圧倒的に多かったでしょう。経済も科学技術も資源、エネルギーは次々に開発されて枯渇の心配は無いような、漠然とした無限の開発を前提に進んできました。

>F1レースから人力車レースへ
>制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
>大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ


とってもいい例ですね。それぞれ拘りを持つ人がいますから、Nowhereさんのおっしゃるように抵抗は強いでしょうね。

>おそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかも
>自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに 栄えていくことを望む

このあたりの現状認識は的確ですね。おっしゃる通りでしょう。しかし、Nowhereさんも言及されているように、

>資源の制約はいつかはやってくるので

大量エネルギー投入の文化は止めざるを得なくなるでしょうね。はじめから打ち上げ花火のような文化、20世紀前後の徒花だったのでしょうね。

>刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが多い気がします。

全くおっしゃる通りです。わざわざエネルギーを浪費する娯楽を作り出していると言えましょう。・・・それは勿論、経済成長を前提にしているからでしょうね。
結局そんな文化は次々に新しいものが現れて使い捨てにされるものが多いでしょうね。それもこれも経済成長フェティシズムの産物です。

大量にエネルギーを浪費する文化が消える事が文化の衰退とは言えないでしょうね。時代の要求に適ったまた新たな文化が生まれて来るでしょうね。

 これからの方向性を考える材料豊かなコメント有難う御座いました。 

経済成長なしの経済
上々
成長なしの経済がどういうものなのか、継続していけるのかどうか、専門家でないので良く判りませんが、(専門家で判っている人が居るとも思えませんが)まあここ10年以上ほとんど0成長だけど一応やってるじゃないのと言うことも、なくはないように思います。

さて、成長しない経済では、各企業等が利潤が上げられるかどうかという問題があります。これは個人レベルでいえば貯蓄もできない収入ということですが、どうなんでしょうか。

次に、出資者への配当ができるかどうかですが、これは利潤が上げられさえすればその中の一部は配当に充てられますので、存在可能とも言えます。
しかし、ここが一番の経済成長の原動力ではないかと疑っています。

エネルギーや資源でいえば0成長どころか収縮しなければならない経済ですが、収縮しつつある中で投資とは何か、その前に株式とは何か、良く分からないことばかりです。

****
こちらでも昨夜から今朝にかけて20cmほど積もりました。その前は会津方面の大雪との話の割には金沢周辺はほとんど積雪がなく油断していましたが、今朝は驚きました。除雪も全く間に合わず至る所大混乱です。

Re:経済成長なしの経済
雑草Z
    上々さん

 現在の経済のシステムを学んできた経済の専門家達の大部分は、成長無しの経済は成立しないと考えるでしょうね。その根拠も現在の経済システムの範疇でしか論じられないでしょうから、耳を傾ける価値もないでしょう。上々さんの考察のほうが遥かに考慮の価値がありますね。
  まあ、全ての経済の専門家がどうしようもないわけではなく、カール・ポランニーとかまともな経済学者は昔からいたようです。(カール・ポランニーは読んでみたいと思って今年本を購入しました。)


さて、成長しない経済でも利潤はあげる事は十分に可能でしょうし、個人レベルで貯蓄も出来るでしょう。
成長しないで定常状態なら、毎年同じだけの利潤はあげられるし、毎年貯蓄も出来ると思います。経済成長の定義からすれば、利潤や貯蓄の額が毎年増加する状態ですがそれがないと言う事でしょう。

 それよりも寧ろ成長を前提に考えている出資者への配当のほうが難しいと思います。だから、その意味で

>ここが一番の経済成長の原動力

に同意見です。つまり、経済成長は金融業のような投資に好都合な概念であり、投資家にとって必要な概念でしょう。

>エネルギーや資源でいえば0成長どころか収縮しなければならない経済ですが、収縮しつつある中で投資とは何か、その前に株式とは何か、良く分からないことばかりです。

このあたり、私も同感です。・・と言うよりも投資とか株式とかの中に矛盾や理不尽さが大きく内包されていて、その矛盾や理不尽さに触れずに、逆に利用して資本家達が肥えていっているのが資本主義社会でしょうね。理不尽な物を理解する必要はないかと考えています。

 
 +  +++    +++++      +++++    +++  +
 
>除雪も全く間に合わず至る所大混乱

如何に日本人が自家用車に依存しているかがわかりますね。
本日町内を歩いて出掛けたのですが、歩道にまで除雪の雪が積まれて、歩道が歩けない状態でした。仕方なく狭くなって危険な車道を歩かなければなりませんでした。本日は大通りの車道は完全に除雪されて路面が出ていましたが、歩道には高く雪が積まれている場所だらけでした。その雪も道路にまけば融けるのに、歩道に固められて積まれているので全然融けません。完全に歩行者よりも車優先になっています。車に乗らない人間がまともに扱われない社会になってしまったのでしょうか?・・・そんな異常を異常と思わない異常。
 

雪のあと
上々
歩道がまったく歩けなくなり、車道を人が歩いていてびっくりさせられるのは石川も一緒です。
歩く身になってみれば確かにまったく仕方の無いことなんですが、車を運転しているとそういうことに考えが行かず、急に車道に人が居るということであわててしまいます。
やはり、車の走行速度も人間の反応速度を越えているようです。

家の近くの交差点で・・
雑草Z
 28日の夕方、信号機のところの歩道から横断歩道に出る部分が、除雪の雪で高く積み上げられて通りにくくなっていました。買い物帰りのお年寄りがその雪の壁を手をついて越えようとしていましたが、越えられませんでした。横断歩道の向かい側から渡った私が手を引いてあげてやっと越えられましたが、今度は車道の中で信号も変わる頃で、左折してくる車が何台もぶつかりそうになりよけて通りました。(止まってくれません。)ここまできたら車が危険なので信号が赤になりましたがちょっと強引に手を引いて老夫人を滑るように反対側の歩道まで連れて行って雪の壁を登って貰いました。本当にどうしようもない町の行政です。除雪車が、交差点の横断歩道に出るところに雪の壁を作るって、異常としか思えません。老人や子供が危険極まりありません。町にクレームをつけようと思います。
 会津地方で車が350台以上も雪の中で立ち往生したと全国ニュースになっていましたが、そこは私の住む町のまで含まれました。自衛隊まで出動させて自動車救出した事ばかり大げさに取り上げていましたが、車道の除雪で歩道を埋める事のほうが酷い事態でしょう。歩道を埋めるくらいなら車道を通行止めにすべきだと思います。こんなに車優先にしておいて、「歩行者優先」が聞いて呆れます。

社会変革の理論武装
上々
武力革命なら説明は要らないですが、変革を目指すならやはり一々お付き合いしなければいけないところです。
企業活動には資本が必要で、自前で用意できなければ借りなければならず、それが株式ですが、これは前近代でもあったはずです。
その割合が限度を超えるかどうかが重要な点かも知れません。

それ以外の投機に属する投資活動は邪魔なばかりですが、現在それを法的に排除することはできません。経済的に鎖国するしか方策はないのですが、グローバルな情報システムが維持できなくなれば崩壊します。それには相当時間がかかりそうです。待てるかどうか。

*****
車社会の犯罪性を体現したような出来事ですね。大雪の極寒の中を老人が苦労して歩いていてもドアを閉めてしまえば車内は暖かく関係ない状況と思えてしまうのでしょう。
私もほぼ毎日運転していますのでそのような心理になることは理解できます。
しかし、車が動いていれば中は快適でも雪の中で止まったらすぐに命にかかわる可能性があることはそちらの事態で誰にもよく分かったものと思います。
それにしても車社会の犯罪性が具現化したような事件が相次いでいます。福岡の自爆とか、東京の無謀運転とか。
免許取得年齢を40歳、悪くても30歳からにすれば相当数の事故が防げるんですけどね。

Re:社会変革の理論武装
雑草Z
 脱成長路線のほうが持続可能である事は理に適っているので、理論では負けないでしょうが、さりとて経済成長フェティシズムにどっぷり浸かった人をどれだけ説得できるかとなれば、大変でしょうね。・・無限の(指数関数的)経済成長を是としている時点で洗脳させきってますから。

>投機に属する投資活動は邪魔なばかりですが、現在それを法的に排除することはできません。経済的に鎖国するしか方策はないのですが、

 おっしゃる通りでしょうね。投機的投資は邪魔なだけではなく資源を浪費し環境を破壊する元凶ですね。
話はちょっとそれますが、
>鎖国
は実優れた防御法だと再評価していました。江戸時代の日本の鎖国は正解だったと・・。開国してたら当時の他のアジア諸国のように欧米列強の餌食でしたでしょうね?

>相当時間がかかりそうです。待てるかどうか。

だからその前に崩壊する・・・可能性が大と言う事でしょうね。人間の理性は気づく筈だと思うのですが・・。


 +  +++    +++++      +++++    +++  +

>車が動いていれば中は快適でも

雪国では吹雪きで自分の乗っている車の先さえ見えなくなる事もありますし、タイヤと車体の間に雪が詰まって動けなくなる事もあります。道に規則正しい雪のこぶが出来て、車が激しく上下に揺れる事もあります。鱗雲のように規則正しく雪こぶが出来るのが不思議です。シナジュティクス〔Synergetics=協同現象、自己組織化〕のようです。

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コメント
この記事へのコメント
経済至上から精神文化へ
経済が重みを無くしたところで代わりになるものと言えば精神文化でしょうか。
しかし、現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。と言うのは、思索すべき時間を持てなくなっているからです。
仕事が忙しすぎて。

ブッダやキリスト、孔子など偉大な宗教家・哲学者が時代が接近して出てきたというのも、それぞれの文化圏で階層性や奴隷制が発達し、思索できる時間を持った階層が出現したからという一面があります。といってもほとんどの人間は暇になると悪いことばかりするのですが。
19世紀・20世紀になっても思索するばかりの人、哲学者が頻出していますが、現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、あまり哲学者が居るようには見えません。
(宗教者はいるようですが、これも宗教者というよりは宗教利用金儲けという方が多いようです)

文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。
2010/12/24(Fri) 14:31 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:経済至上から精神文化へ
ポスト経済至上主義が、即精神文化と言うべきかどうかはわかりませんが、「経済史上主義」と言う考え方が狂信的な異常な考え方でしょう。

>現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。

と言い切る上々さんは歴史を熟知されているからでしょう。

>現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、

ここは同じく感じているところです。「経済成長主義」に疑問も持てないほどに社会のシステムに組み込まれて、仕事に追いかけられている現代人、企業戦士が豊かだとは言えませんね。物が有り余るほど溢れている事をもってして「豊か」と表現する事自体、非常に貧しい発想です。

>文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。

しかし、オイルピークを過ぎて、望む望まざるに関らず、エネルギーをはじめとした資源枯渇が迫ってますから、エネルギー依存の文化はもうすぐ終わりを告げなければならないでしょうね。お互い合意する部分ですね。

2010/12/24(Fri) 19:44 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
時間の使い方
暇ができたから哲学や宗教が発達したといってもそれは直接食糧生産に関わっていない特権階級ができたからで、労働者には暇な時間は少なかったものと思います。
それにしても現代の特に日本の現状は異常なもので、朝から夜中まで働いている人が多いというのはどうなんでしょう。

昔は飢餓と隣り合わせで、ちょっと生産が狂えば飢え死にということもあったわけですが、しかし長時間働いたからといってたくさん生産できるわけでもなく、そこそこで終えて休養もできたのかもしれません。

エネルギーに依存しない文化とはなにかと言うと、あまりありませんね。IT関連は全滅だし、建築や映像・絵画もエネルギーを使っているし。音楽もその面が強く、アカペラで歌うくらいですか。
2010/12/25(Sat) 09:25 | URL  | 上々 #-[ 編集]
エネルギーに依存しない程度
 
 哲学や文化は食料生産などから解放された一部の特権階級の贅沢とも言えますね。実生活から隔離され過ぎた観念的な哲学は余り役に立たないかも知れません。好きにもなれません。苦行をする必要はないと思いますが、せめて自給自足ぐらいはして、自然の摂理を体感した哲学がいいですね。余談ですがデカダンスなんかは本当に特権階級のお遊びだと思います。

さて、おっしゃるようにワーカーホリックな現状は宜しくないですね。一生懸命働いて、気づいてみたら社会、環境を破壊するのに手助けしていて人間社会が崩壊した・・・では洒落になりません。

>エネルギーに依存しない文化

に関する上々さんの考察は、徹底していますね。(私もそういう傾向があります。)程度問題かと思いますが、現代よりはずっと浪費レベルを減らして行く事から考えましょう。
 例えば公園で遊ぶと言う場合、ブランコや滑り台やシーソーのような人力レベルの物は許容し(作ったり運んだりするエネルギーは消費しますが・・)、コーヒーカップやジェットコースター、バイキングなどの(現在の有料遊園地)動かすのにもエネルギーを使う遊園地は止めましょう・・・と言うレベルでしょうか・・・もっと徹底すれば、滑り台もブランコも必要なく、ただ草地があれば楽しめますが・・・ボールや間くらいは許容できるでしょう。
 ドライブやカーレース、モーターボート等のマリンレジャー、昨今のクリスマスのように夜のイルミネーションを派手に飾ったりするようなエネルギーをどんどん投入するような文化をエネルギー浪費文化とでも定義し直しましょう。


 +  +++    +++++      +++++ +++  +
 今回の上々さんのコメントもさらりと完結ですが奥深い内容で、色々議論、考察の対象が散りばめられていますね。記事のネタにもしたいところです。

 さて、こちらは昨日から雪が本格的に降り始めましたが、そちらはどうですか?会津地方は昨夜から今日にかけて積雪1m近くになりました。会津地方の只見町と金山町では昨日、本日の全国一の降雪量を記録したみたいです。私もこれからまた雪かきです。除雪にもエネルギー使い過ぎですね。冬期は色々なレジャー施設や道を閉鎖したりして、仕事も休業を増やして冬ごもりすればかなり省エネになるでしょうね。そのような冬ごもりの中からも素晴らしい文化が生まれるかも知れませんね。
2010/12/25(Sat) 21:33 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
私が考える、経済成長の定義
雑草Zさん

貴ブログで何度か述べていることでありますが、技術革新により
ある仕事を行うのに必要な人数が10人から9人に減った等
が本来の「経済成長の定義」であるのだと考えています。

一人当たりの「労働生産性」の増大と言った方が分かりやすい
ですね。今まで10人でやっていた仕事が9人でできるように
なった訳ですから、生産量が同じと仮定すれば一人当たりの
労働生産性は増大します。

ただ、現在では技術革新が行きすぎて10人でやっていた仕事が
1人でできるようになった(特にIT系)とか人間がやる必要
がなくなった(駅の自動改札など)等したため、技術革新につ
いて行くのに必要な知識・資格・学歴などを持っている高度知識
人以外は働く場がどんどん無くなっているのが現実です。

一人当たりのGDPを増大させる「経済膨張」を行おうとして
も、技術革新により大多数の人間は失業に追い込まれ購買力
が無くなっていくのですから需要と供給に限界が無かったと
しても、無理なのです。

実際は需要も供給も限りがあるので大多数の人間に購買力が
ある社会(日本の高度成長期が当てはまる)であっても
確実に行き詰まる(現代の先進国が当てはまる)のですがね。

・・・こうなりますと、もう食べていくためだけの必要最低限の
仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネル
ギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと
全員が生きていくのは無理ですね。

非常につまらない人生になりそうですが技術革新が止めら
れないのであれば、こうなるしかないのです。
2010/12/25(Sat) 21:48 | URL  | Power #3un.pJ2M[ 編集]
経済成長するということは具体的にどうなる?
 経済成長するということは去年より今年のほうが物・サービスが売れなければなりません。
 逆からみれば去年より今年はたくさん物を買わねばなりません。それをしようと思えば、去年よりたくさん稼がなければなりません。しかし会社は給料を上げてくれません。去年よりたくさん仕事をしなければなりません。去年よりたくさん仕事をしても、成果主義とかで、売り上げに貢献しなければ給料は増えません。
 結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。
2010/12/25(Sat) 22:20 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:私が考える、経済成長の定義
   Powerさん の考えるところの経済成長の定義はおっしゃるように、技術革新による
>一人当たりの「労働生産性」の増大

と言う事ですね。現在の「経済膨張」の意味での「経済成長」とは全く違う定義になりますね。私が本文に書いたところの「構造の発達」と言うことに相当しましょう。それはそのまま「労働生産性」と言う言葉で定義してもいいですね。この場合も技術の使用による資源の消費や環境負荷も考慮しなければなりませんね。

>食べていくためだけの必要最低限の仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネルギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと全員が生きていくのは無理

これは人口の規模にもよりましょうが、真の意味での再生可能エネルギー、即ち太陽光エネルギーの範囲で(・・太陽光のエネルギーは人間の歴史と比べて半永久と考えて・・)暮らす事になりましょう。人口規模がある程度以下であれば十分に使えるでしょう。
 それがつまらない人生とは言えないでしょう。「雑談」と一口に言っても色々な話があり、雑談の域では語れないかも知れません。色々な内容のコミュニケーションが増えると言う事になりましょうか。友人と雑談する以外にも、人力中心のスポーツもゲームも出来ますし、エネルギーを現在よりも浪費せず、人力や自然エネルギーを上手く活用するのも技術革新と言えましょう。
 人間は動物的な基本的な欲求を満たし、社会で平和に仲良く生きて行けば十分でしょう。さらに+αとして必要なものがあるとして、エネルギーの浪費で解決出来るようなものではないでしょう。逆にエネルギーの浪費が出来て膨張していく社会がどれだけのものでしょうか?エネルギーを浪費する事によって、それ以上の何が得られるのでしょうか?脱経済成長社会は決してつまらない社会ではないでしょう。その事について今までも言及してきましたが、来年改めて書こうと思っています。

Powerさんも同じ方向をお考えでしょうから、経済の成長無しでも素晴らしい社会・・・否、経済が定常性を保つからこその素晴らしい社会について考えていきましょう。 
2010/12/26(Sun) 09:51 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:経済成長するということは具体的にどうなる?
    guyver1092さん の今回の論法(4段論法、何段論法?)は、至極当然の事から出発して、最後には見落としがちな結論を導いていますね。そう、結局毎年毎年仕事の量は増えて

 >結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。

と言う事になりますね。結局経済成長主義も資本家などに都合のいい主義だと言う事になりましょう。
この事は是非とも全ての労働者に気づいて頂くべきですね。

「成長主義」の言葉に隠された真実は、「定常」ではより不幸になって行くと言うおぞましい結論でしたね。
2010/12/26(Sun) 10:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
文化の衰退?
エネルギーにあまり依存しない社会に移行しようとすると
今ある娯楽や職業の多くが消滅するかと思われますが、反発は強いでしょうね。
よっておそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで
エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかもと思います。

自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに
栄えていくことを望むだろうし、車が好きな人は車文化がこれからもずっと
繁栄していくことを強く望むでしょう。

しかし何にせよ資源の制約はいつかはやってくるので
F1レースから人力車レースへ
制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ
という昔の形に還っていくのかもしれません。

しかし今の大衆文化に見られるのは、より速いスピードを求める事(乗り物など)、
よりリアルで高速に動く映像を見る事、大音量の音を耳に流し込む事など
刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが
多い気がします。私たち現代人はあまりにもせっかちに
多くの刺激を求め過ぎているのかもしれません。
2010/12/26(Sun) 15:38 | URL  | Nowhere #-[ 編集]
Re:文化の衰退?
    Nowhereさん

 上々さんやPowerさんの文化論を受けてのコメントですね。

 おっしゃるように、現在の仕事や文化は大量のエネルギー投入によるものが大半ですね。つまり石油などにドーピングされている状態と言えましょう。(私のように)導入された当時からエネルギーの浪費と見る人もいたでしょうが、一方それが、科学技術の成果だ・・・と歓迎した人のほうが圧倒的に多かったでしょう。経済も科学技術も資源、エネルギーは次々に開発されて枯渇の心配は無いような、漠然とした無限の開発を前提に進んできました。

>F1レースから人力車レースへ
>制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
>大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ


とってもいい例ですね。それぞれ拘りを持つ人がいますから、Nowhereさんのおっしゃるように抵抗は強いでしょうね。

>おそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかも
>自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに 栄えていくことを望む

このあたりの現状認識は的確ですね。おっしゃる通りでしょう。しかし、Nowhereさんも言及されているように、

>資源の制約はいつかはやってくるので

大量エネルギー投入の文化は止めざるを得なくなるでしょうね。はじめから打ち上げ花火のような文化、20世紀前後の徒花だったのでしょうね。

>刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが多い気がします。

全くおっしゃる通りです。わざわざエネルギーを浪費する娯楽を作り出していると言えましょう。・・・それは勿論、経済成長を前提にしているからでしょうね。
結局そんな文化は次々に新しいものが現れて使い捨てにされるものが多いでしょうね。それもこれも経済成長フェティシズムの産物です。

大量にエネルギーを浪費する文化が消える事が文化の衰退とは言えないでしょうね。時代の要求に適ったまた新たな文化が生まれて来るでしょうね。

 これからの方向性を考える材料豊かなコメント有難う御座いました。 
2010/12/27(Mon) 10:43 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
経済成長なしの経済
成長なしの経済がどういうものなのか、継続していけるのかどうか、専門家でないので良く判りませんが、(専門家で判っている人が居るとも思えませんが)まあここ10年以上ほとんど0成長だけど一応やってるじゃないのと言うことも、なくはないように思います。

さて、成長しない経済では、各企業等が利潤が上げられるかどうかという問題があります。これは個人レベルでいえば貯蓄もできない収入ということですが、どうなんでしょうか。

次に、出資者への配当ができるかどうかですが、これは利潤が上げられさえすればその中の一部は配当に充てられますので、存在可能とも言えます。
しかし、ここが一番の経済成長の原動力ではないかと疑っています。

エネルギーや資源でいえば0成長どころか収縮しなければならない経済ですが、収縮しつつある中で投資とは何か、その前に株式とは何か、良く分からないことばかりです。

****
こちらでも昨夜から今朝にかけて20cmほど積もりました。その前は会津方面の大雪との話の割には金沢周辺はほとんど積雪がなく油断していましたが、今朝は驚きました。除雪も全く間に合わず至る所大混乱です。
2010/12/27(Mon) 11:13 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:経済成長なしの経済
    上々さん

 現在の経済のシステムを学んできた経済の専門家達の大部分は、成長無しの経済は成立しないと考えるでしょうね。その根拠も現在の経済システムの範疇でしか論じられないでしょうから、耳を傾ける価値もないでしょう。上々さんの考察のほうが遥かに考慮の価値がありますね。
  まあ、全ての経済の専門家がどうしようもないわけではなく、カール・ポランニーとかまともな経済学者は昔からいたようです。(カール・ポランニーは読んでみたいと思って今年本を購入しました。)


さて、成長しない経済でも利潤はあげる事は十分に可能でしょうし、個人レベルで貯蓄も出来るでしょう。
成長しないで定常状態なら、毎年同じだけの利潤はあげられるし、毎年貯蓄も出来ると思います。経済成長の定義からすれば、利潤や貯蓄の額が毎年増加する状態ですがそれがないと言う事でしょう。

 それよりも寧ろ成長を前提に考えている出資者への配当のほうが難しいと思います。だから、その意味で

>ここが一番の経済成長の原動力

に同意見です。つまり、経済成長は金融業のような投資に好都合な概念であり、投資家にとって必要な概念でしょう。

>エネルギーや資源でいえば0成長どころか収縮しなければならない経済ですが、収縮しつつある中で投資とは何か、その前に株式とは何か、良く分からないことばかりです。

このあたり、私も同感です。・・と言うよりも投資とか株式とかの中に矛盾や理不尽さが大きく内包されていて、その矛盾や理不尽さに触れずに、逆に利用して資本家達が肥えていっているのが資本主義社会でしょうね。理不尽な物を理解する必要はないかと考えています。

 
 +  +++    +++++      +++++    +++  +
 
>除雪も全く間に合わず至る所大混乱

如何に日本人が自家用車に依存しているかがわかりますね。
本日町内を歩いて出掛けたのですが、歩道にまで除雪の雪が積まれて、歩道が歩けない状態でした。仕方なく狭くなって危険な車道を歩かなければなりませんでした。本日は大通りの車道は完全に除雪されて路面が出ていましたが、歩道には高く雪が積まれている場所だらけでした。その雪も道路にまけば融けるのに、歩道に固められて積まれているので全然融けません。完全に歩行者よりも車優先になっています。車に乗らない人間がまともに扱われない社会になってしまったのでしょうか?・・・そんな異常を異常と思わない異常。
 
2010/12/27(Mon) 16:30 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
雪のあと
歩道がまったく歩けなくなり、車道を人が歩いていてびっくりさせられるのは石川も一緒です。
歩く身になってみれば確かにまったく仕方の無いことなんですが、車を運転しているとそういうことに考えが行かず、急に車道に人が居るということであわててしまいます。
やはり、車の走行速度も人間の反応速度を越えているようです。
2010/12/28(Tue) 19:20 | URL  | 上々 #-[ 編集]
家の近くの交差点で・・
 28日の夕方、信号機のところの歩道から横断歩道に出る部分が、除雪の雪で高く積み上げられて通りにくくなっていました。買い物帰りのお年寄りがその雪の壁を手をついて越えようとしていましたが、越えられませんでした。横断歩道の向かい側から渡った私が手を引いてあげてやっと越えられましたが、今度は車道の中で信号も変わる頃で、左折してくる車が何台もぶつかりそうになりよけて通りました。(止まってくれません。)ここまできたら車が危険なので信号が赤になりましたがちょっと強引に手を引いて老夫人を滑るように反対側の歩道まで連れて行って雪の壁を登って貰いました。本当にどうしようもない町の行政です。除雪車が、交差点の横断歩道に出るところに雪の壁を作るって、異常としか思えません。老人や子供が危険極まりありません。町にクレームをつけようと思います。
 会津地方で車が350台以上も雪の中で立ち往生したと全国ニュースになっていましたが、そこは私の住む町のまで含まれました。自衛隊まで出動させて自動車救出した事ばかり大げさに取り上げていましたが、車道の除雪で歩道を埋める事のほうが酷い事態でしょう。歩道を埋めるくらいなら車道を通行止めにすべきだと思います。こんなに車優先にしておいて、「歩行者優先」が聞いて呆れます。
2010/12/29(Wed) 00:40 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
社会変革の理論武装
武力革命なら説明は要らないですが、変革を目指すならやはり一々お付き合いしなければいけないところです。
企業活動には資本が必要で、自前で用意できなければ借りなければならず、それが株式ですが、これは前近代でもあったはずです。
その割合が限度を超えるかどうかが重要な点かも知れません。

それ以外の投機に属する投資活動は邪魔なばかりですが、現在それを法的に排除することはできません。経済的に鎖国するしか方策はないのですが、グローバルな情報システムが維持できなくなれば崩壊します。それには相当時間がかかりそうです。待てるかどうか。

*****
車社会の犯罪性を体現したような出来事ですね。大雪の極寒の中を老人が苦労して歩いていてもドアを閉めてしまえば車内は暖かく関係ない状況と思えてしまうのでしょう。
私もほぼ毎日運転していますのでそのような心理になることは理解できます。
しかし、車が動いていれば中は快適でも雪の中で止まったらすぐに命にかかわる可能性があることはそちらの事態で誰にもよく分かったものと思います。
それにしても車社会の犯罪性が具現化したような事件が相次いでいます。福岡の自爆とか、東京の無謀運転とか。
免許取得年齢を40歳、悪くても30歳からにすれば相当数の事故が防げるんですけどね。
2010/12/30(Thu) 10:36 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:社会変革の理論武装
 脱成長路線のほうが持続可能である事は理に適っているので、理論では負けないでしょうが、さりとて経済成長フェティシズムにどっぷり浸かった人をどれだけ説得できるかとなれば、大変でしょうね。・・無限の(指数関数的)経済成長を是としている時点で洗脳させきってますから。

>投機に属する投資活動は邪魔なばかりですが、現在それを法的に排除することはできません。経済的に鎖国するしか方策はないのですが、

 おっしゃる通りでしょうね。投機的投資は邪魔なだけではなく資源を浪費し環境を破壊する元凶ですね。
話はちょっとそれますが、
>鎖国
は実優れた防御法だと再評価していました。江戸時代の日本の鎖国は正解だったと・・。開国してたら当時の他のアジア諸国のように欧米列強の餌食でしたでしょうね?

>相当時間がかかりそうです。待てるかどうか。

だからその前に崩壊する・・・可能性が大と言う事でしょうね。人間の理性は気づく筈だと思うのですが・・。


 +  +++    +++++      +++++    +++  +

>車が動いていれば中は快適でも

雪国では吹雪きで自分の乗っている車の先さえ見えなくなる事もありますし、タイヤと車体の間に雪が詰まって動けなくなる事もあります。道に規則正しい雪のこぶが出来て、車が激しく上下に揺れる事もあります。鱗雲のように規則正しく雪こぶが出来るのが不思議です。シナジュティクス〔Synergetics=協同現象、自己組織化〕のようです。
2010/12/30(Thu) 23:36 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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