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2010-06-25 00:02
夜の電灯に集まる昆虫のごとく、多くの人間が都市に引き寄せられて集まります。都市には人間を惹きつける魅力があります。その魅力は、大勢の人によって作られた極めて人工的なものです。勿論都市に集まる理由は人によって様々でしょう。金もうけや人に認められる為の場合もあるだろうし、職を求めてやってきたり、大学や専門学校等にやってくる場合もあるでしょう。その場合、必ずしも都会が好きなわけではなく、仕方なく都会に来ている人も沢山いるでしょう。しかし一方、どのような目的の場合でも、大抵田舎にも選択肢がありますが、敢えて都会を選ぶ人が沢山います。都会の華やかさに「夢」を求めてやってくる人も沢山いるのでしょう。人が沢山いるところが好きな都会好きは寂しがり屋なのかも知れません。

 都会に惹き付けられる人が多い一方、都会が嫌いな人も沢山います。田舎に住んでいる人の中で都会には住みたくないと思っている人も沢山いますし、都会から田舎にIターンしてくる人も増えて来ました。都会に住みたくないと思っていても、はじめから住んでいる人もいますし、家族や本人の転勤で都市生活をせざるを得ない人もいるでしょう。悲惨なのは、元々田舎が好きで都会に住みたくない・・・と思っていた人の家の周りが開発されて都市化してしまった場合です。こんな事も日本に限らず世界中で、特別なお話ではなく日常茶飯事の事になってしまいました。
 私自身は田舎町で生まれ、自然を満喫して育ったので、都会に住みたいと思った事はありませんが、それでも20代の頃は都会に行って遊ぶのは好きでした。・・それまで理解出来なかった都会の魅力も色々味わいました。今でも年に数度東京などの都市に出掛けて行きますが、今は出来るだけ都会には長居したくないと感じています。・・・特に都市が存続不可能である事をわかってしまった現在は、都市には殆ど魅力を感じません。魅力を感じるどころか、早いところ解体してしまった方がよいと思っています。勿論、解体するにしても多くの問題点があります・・。


 昔から、都市は人間を惹き付けて止まない存在でした。町に人が沢山集まって活気づくと、更にそれを求めてどんどん人が集まり、都市はどんどん膨張していきました。そして、どんどん膨らみながら時間が経つと、持続出来なくなって崩壊していきました。崩壊の理由は古代都市によって様々な事が言われていますが、火山の爆発のような天変地異でもない限り、基本的には人間が増え過ぎて、人間の活動がその土地の定常性・・持続可能性・・を奪い、生態系を破壊して滅んで行った場合も多いようです。そして滅んだ古代都市の跡は大抵砂漠化しています。
 
 以上の事からも、都会が好きか嫌いか・・・と言う問題は、ただの好みの問題では済まされないのではないでしょうか?それは例えば、ある食べ物が好きか嫌いか・・とか言う問題ではなく、麻薬が好きか嫌いか・・・と言うようなシビアな話ではないでしょうか?つまり、都市に住む事を好きな人間は、人間の体をどんどん蝕んでいく麻薬が好き・と言うような話と同じレベル・・・いや、それより遥かにシビアな話ではないでしょうか?・・・都会好きが多いから、いまだに開発が続き、自然が破壊されていても無頓着な人が多いのではないでしょうか?(・・勿論自然破壊は利権が絡んでいる場合が多いのですが・・)
日本に限らず、世界中の町の多くが都市化し過ぎました。その結果、その都市の殆どで生態系が破壊されて、周辺の田舎の地域に存続を依存するような存在になってしまいました。これ以上の都市化は文明崩壊を引き起こしますし、今現在世界中に存在する都市だけでも、環境負荷が大き過ぎて存続は不可能です。これから持続可能な社会を目指すならば、・・都市を好きな人間が多い事は危険です。都会好きが麻薬好きだとすると、田舎好きは健康な自然食が好きな人に例えられるでしょう。

そう、都市は、周りの広大な郊外の田舎;農地、森林、河川や海・・が無ければ存続できなのです。その周りの郊外から絶えず食料やきれいな水や空気、資源を供給され、代わりに廃棄物を周りに出し続けてやっと都市は存続出来るのです。【都市の存続条件
都会は持続可能ではないのに、魅力がある存在なのです。・・・と言う事は都会は人類にとって麻薬のような存在とも言えるでしょう。

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【2010/06/25 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

都会の魅力
上々
そもそも高校までは東京郊外で育ち、大学は東京の真中に通いましたがまったく東京になじめず、就職は田舎になりました。(別にこちらで選んだわけではないですが)
その頃からあまり東京に魅力を感じていなかったですね。

都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。
本当の「悪」もあちこちにありますが、そこまで行かなくても少しだけその匂いがするものがあふれており、そこに特に若い人は引かれるのでしょう。
まあ田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

そういえば今でも残ってはいますが昔は東京でも小さな工場があちこちで操業していました。段々と減ってきているのでしょう。
そうなるとますます「生産」の性格を失い「消費」だけの地域になっていっているのでしょう。

アメリカでは大きな会社でも本社を地方に置いているところが結構ありますが、日本では大きくなるほど東京に出て行きたくなるようです。大阪や名古屋の本社の会社が東京に移ったと言うのはよくある話ですが、なぜなんでしょう。

都市の大きさ
guyver1092
 縄文時代の三内丸山遺跡のことも考えると、人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

 持続可能な規模の都市は江戸時代のことを考えると、百万人の都市は実現できるかも知れません。当然、現代人が今の消費を続けながらできるという意味ではありませんが。条件の一つは江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要がありますし(資源、栄養塩が域内で循環していて外部から補給する必要がない)、一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。
 北海道から魚を輸入していたことを考えると、もう少し少ない人口規模しか実現できない可能性のほうが高いでしょうが。

 現代人には不可能に思えますね。

Re:都会の魅力
雑草Z
    上々さん

 そうですかぁ!上々さんも東京に馴染めませんでしたか?
なんだか親近感持てますんね。

>都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。

「悪」の香り・・と言うか、デカダンの香りは若者にはちょっと魅力なんですけど、やっぱりあの塗り固められたコンクリートに囲まれたところにごちゃごちゃ人間がいる状態は、人間に自然の摂理に対する感覚を麻痺させるでしょうね。

>消費の魅力

は、本当に幻想ですね。朝にゴミ集積所にゴミ袋が山のように積まれ、臭い匂いが漂っている感じが嫌ですね。
 それこそ、石油によって周辺の田舎と物資の交換が出来るから、やっと存続出来ている「砂上の楼閣」でしょうね。

>田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

はっはっは・・・そうですね。刺激を求めて都会に行きたく成る事はありましたね。・・しかし、地方都市でさえこれだけコンクリートやアスファルトで塗り固められた現在、この退屈な田園風景は貴重な癒しでもあります。

>「消費」だけの地域になっていっている

そうですね。これは、いよいよ現代都市が崩壊して行く兆候なのかもしれません。

 いつもと違った観点でも、上々さんと感覚や意見が大体一致していましたね!?

 これだけの情報化社会なのだから、東京一極集中はだんだん意味が無いものになっていくでしょうね。

Re:都市の規模
雑草Z
    guyver1092さん

>人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

猿などの類人猿を見てもわかる事は、人間は基本的には集団生活する生物でしょうね。


>百万人の都市は実現できるかも知れません。

都市の面積にも因るでしょうけれど、百万都市はなかなかしんどいと思います。

>江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要があります

>一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。

ここの一連の御意見は、全くおっしゃる通りだと思います。 そして、現代社会はことごとく逆効果の対策ばかりしていますね。

>現代人には不可能に思えますね。

現段階では全くそうなのですけど、脱成長派が指数関数的に増えている現在、何年か後には、guyver1092さんの挙げられた方策が検討されるようになる期待も出来ない訳でもありません。


夜の都会
上々
まあ都会には夜も昼もあまり無いようにも思えますが。
新宿や渋谷で飲んだこともありますが、その辺にやけに詳しい連中について行くだけですけど、目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。
致命的な危険性と言うのもありますが、そこそこ危険というのも魅力の一つなんでしょう。

田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

都市の規模の件ですが、江戸時代は主要食料の米の生産流通がそれなりに全国規模で確立していたので江戸、大阪集中もなんとかやっていけたわけですね。
現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。
米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。

都会・・・
おから
私は、富山に住んでいますが田舎だと思います。
学生時代も、田舎でしたが、電車で1時間も行けば、都会で、よく飲みに行ったものです。
何か、興味があれば、一人でも、東京に行ったものです。
何でも、ありますから・・・。
息子が生まれてからも、東京に、何度も旅行に行きましたし、ディズニーランドや、ユニバーサルスタジオにも行きました。
でも、ここ数年、人ごみがイヤになり、都会にも、行きたくなくなりました。お祭りなどに行くと、いろいろな食べ物の不自然な匂いが、ダメになりました。
静かな自然のあるところはいいですね。
・・・とは言っても、山を切り開いた、公園とかが、多いかもしれません。不自然だけど・・・。
私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。
家も、田んぼだったところを埋め立てた住宅地に家を建てたのですから、これ以上、家が増えないで~って思うのは、身勝手でしょうか・・・。
富山は田舎だからって、非行に走る子供が少ないと思っていましたが、すごく多いそうです。
田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?


都会の危険&食料の空輸
雑草Z
    上々さん

 私自身、学生時代など、昼夜入れ替わった生活・・とまでは行かなくても、日が昇る頃寝て、お昼頃に起き出す生活は好きな時代がありました。

>目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。

 そう言えば思い出しましたが、新宿の危ない街で、危険な目に遭った事があります。あの辺りで商売している店や客引きの中には、人を騙す事を何とも思っていない人が沢山いる事を身を持って知りました。あんな街で生活していると、人間性が歪んでくるのかも知れません。

>田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

なるほど、・・・と頷きながら読みましたが、考えてみると、自然から来る危険も都会と田舎がどっちが多いかわからない状態になってしまいましたね。
 例えば集中豪雨などの自然災害もコンクリートで固められ尽くしている都会のほうが危険ですね・・・都会は低い土地にある事も関係していますが・・・。地震などの災害も、都会に住んでいた方が危険です。
 田舎のほうが危険なのは、熊に襲われたり蛇に噛まれる危険ぐらいでしょうか?・・・そう言えば小学校2年生の時、蛇に噛まれて家じゅう大騒ぎで医者に連れて行かれましたが、シマヘビだったので大した事ありませんでした。(笑)

>現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。

そうですね。人口一人当たりの物資の消費量が江戸時代の何十倍ですからね。・・現代は、高層ビルなど立体的に人を配置して集中度を高めていますね・・・危険性は高く、ほんとに砂上の楼閣です。

>米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。

野菜、肉類を冷凍して船で運ぶ・・・なんてなったら、エネルギーの浪費もいいところですね。

 しかし、もう、魚を空輸している場所もあるのですからどうしようもないですね。
 アフリカのヴィクトリア湖に、ナイルパーチを放して、元々の生態系を破壊し、食用として空輸してヨーロッパや日本に運んでいます。・・どうしようもない愚行です。


 

これから田舎の時代がやってきます。
雑草Z
    おからさん

>私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。

【自然は年々減っている】2010-04-05
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-488.html

などにも書きました通り、日本中でいまだに開発が行われ、都市化が進んでいる事は由々しき事ですね。土建屋と国、地方自治体の癒着を切らないと大変な事になりますね・・・もうかなり深刻な状況です。


>田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?

そう言う子供もいるでしょうが、それよりも色んな情報が悪いと思います。子供の犯罪も携帯電話やパソコンのネットの犯罪が急増したようですからね。田舎でも都市化が進み、人々の心が荒んできたと言う面もあるでしょうね。 

都市の大きさ2
guyver1092
 都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力だと考えています。(槌田氏の受け売りですが)
 過去の文明の未発達だった時代では、余剰食糧により食糧生産から解放された、ある一定以上の数の技術者を養い競わせるには、都市という選択は意味があったかと思いますが、文明(技術)の進歩に物理的な限界が見えてきた現代では、余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。
 現在、技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術でしょう。

余剰食糧と輸送能力
雑草Z
    guyver1092さん

>都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力

そうですね。確かに槌田敦さんの文明論か何かに書いてありましたね。そして、現在この余剰食糧は分配の不公平による「余剰」ですね。

>余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。

なるほど、これは非常に大切な洞察だと思います。確かにこの石油文明社会下では、余剰食糧と輸送力の限界はかなり高く、その限界に挑めば、大きな環境破壊があるでしょう・・・と言うよりも既に大きく環境破壊されていますね。
これ以上限界に挑む事は非常に危険ですね。
guyver1092さんのおっしゃるように

>技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術

ですね。




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コメント
この記事へのコメント
都会の魅力
そもそも高校までは東京郊外で育ち、大学は東京の真中に通いましたがまったく東京になじめず、就職は田舎になりました。(別にこちらで選んだわけではないですが)
その頃からあまり東京に魅力を感じていなかったですね。

都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。
本当の「悪」もあちこちにありますが、そこまで行かなくても少しだけその匂いがするものがあふれており、そこに特に若い人は引かれるのでしょう。
まあ田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

そういえば今でも残ってはいますが昔は東京でも小さな工場があちこちで操業していました。段々と減ってきているのでしょう。
そうなるとますます「生産」の性格を失い「消費」だけの地域になっていっているのでしょう。

アメリカでは大きな会社でも本社を地方に置いているところが結構ありますが、日本では大きくなるほど東京に出て行きたくなるようです。大阪や名古屋の本社の会社が東京に移ったと言うのはよくある話ですが、なぜなんでしょう。
2010/06/25(Fri) 15:31 | URL  | 上々 #-[ 編集]
都市の大きさ
 縄文時代の三内丸山遺跡のことも考えると、人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

 持続可能な規模の都市は江戸時代のことを考えると、百万人の都市は実現できるかも知れません。当然、現代人が今の消費を続けながらできるという意味ではありませんが。条件の一つは江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要がありますし(資源、栄養塩が域内で循環していて外部から補給する必要がない)、一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。
 北海道から魚を輸入していたことを考えると、もう少し少ない人口規模しか実現できない可能性のほうが高いでしょうが。

 現代人には不可能に思えますね。
2010/06/25(Fri) 21:27 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:都会の魅力
    上々さん

 そうですかぁ!上々さんも東京に馴染めませんでしたか?
なんだか親近感持てますんね。

>都会の魅力とはやはり消費の魅力、「悪」の香りの魅力でしょうか。

「悪」の香り・・と言うか、デカダンの香りは若者にはちょっと魅力なんですけど、やっぱりあの塗り固められたコンクリートに囲まれたところにごちゃごちゃ人間がいる状態は、人間に自然の摂理に対する感覚を麻痺させるでしょうね。

>消費の魅力

は、本当に幻想ですね。朝にゴミ集積所にゴミ袋が山のように積まれ、臭い匂いが漂っている感じが嫌ですね。
 それこそ、石油によって周辺の田舎と物資の交換が出来るから、やっと存続出来ている「砂上の楼閣」でしょうね。

>田舎の田んぼや森の風景にはあまり「悪」は感じさせるものはなく退屈なものですが。

はっはっは・・・そうですね。刺激を求めて都会に行きたく成る事はありましたね。・・しかし、地方都市でさえこれだけコンクリートやアスファルトで塗り固められた現在、この退屈な田園風景は貴重な癒しでもあります。

>「消費」だけの地域になっていっている

そうですね。これは、いよいよ現代都市が崩壊して行く兆候なのかもしれません。

 いつもと違った観点でも、上々さんと感覚や意見が大体一致していましたね!?

 これだけの情報化社会なのだから、東京一極集中はだんだん意味が無いものになっていくでしょうね。
2010/06/25(Fri) 23:47 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
Re:都市の規模
    guyver1092さん

>人間は狩猟採取文化の時代でも集まる性質があったのでしょうね。

猿などの類人猿を見てもわかる事は、人間は基本的には集団生活する生物でしょうね。


>百万人の都市は実現できるかも知れません。

都市の面積にも因るでしょうけれど、百万都市はなかなかしんどいと思います。

>江戸時代並みな資源の節約社会になることですね。経済成長も当然ゼロです。そのほかにも環境を破壊しない生産システムを採用する必要があります

>一番重要なのは、江戸時代と同じ人口抑制システムでしょう。

ここの一連の御意見は、全くおっしゃる通りだと思います。 そして、現代社会はことごとく逆効果の対策ばかりしていますね。

>現代人には不可能に思えますね。

現段階では全くそうなのですけど、脱成長派が指数関数的に増えている現在、何年か後には、guyver1092さんの挙げられた方策が検討されるようになる期待も出来ない訳でもありません。
2010/06/26(Sat) 00:03 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
夜の都会
まあ都会には夜も昼もあまり無いようにも思えますが。
新宿や渋谷で飲んだこともありますが、その辺にやけに詳しい連中について行くだけですけど、目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。
致命的な危険性と言うのもありますが、そこそこ危険というのも魅力の一つなんでしょう。

田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

都市の規模の件ですが、江戸時代は主要食料の米の生産流通がそれなりに全国規模で確立していたので江戸、大阪集中もなんとかやっていけたわけですね。
現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。
米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。
2010/06/26(Sat) 11:58 | URL  | 上々 #-[ 編集]
都会・・・
私は、富山に住んでいますが田舎だと思います。
学生時代も、田舎でしたが、電車で1時間も行けば、都会で、よく飲みに行ったものです。
何か、興味があれば、一人でも、東京に行ったものです。
何でも、ありますから・・・。
息子が生まれてからも、東京に、何度も旅行に行きましたし、ディズニーランドや、ユニバーサルスタジオにも行きました。
でも、ここ数年、人ごみがイヤになり、都会にも、行きたくなくなりました。お祭りなどに行くと、いろいろな食べ物の不自然な匂いが、ダメになりました。
静かな自然のあるところはいいですね。
・・・とは言っても、山を切り開いた、公園とかが、多いかもしれません。不自然だけど・・・。
私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。
家も、田んぼだったところを埋め立てた住宅地に家を建てたのですから、これ以上、家が増えないで~って思うのは、身勝手でしょうか・・・。
富山は田舎だからって、非行に走る子供が少ないと思っていましたが、すごく多いそうです。
田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?
2010/06/26(Sat) 20:16 | URL  | おから #OFz1r4jA[ 編集]
都会の危険&食料の空輸
    上々さん

 私自身、学生時代など、昼夜入れ替わった生活・・とまでは行かなくても、日が昇る頃寝て、お昼頃に起き出す生活は好きな時代がありました。

>目的地以外の露地の先などちょっと覗くといかにも危なそうな臭いがしたものです。

 そう言えば思い出しましたが、新宿の危ない街で、危険な目に遭った事があります。あの辺りで商売している店や客引きの中には、人を騙す事を何とも思っていない人が沢山いる事を身を持って知りました。あんな街で生活していると、人間性が歪んでくるのかも知れません。

>田舎に危険がないわけではなく、それなりに危険が一杯なんですが、人間に関する危険というよりは自然から来る危険ですね。

なるほど、・・・と頷きながら読みましたが、考えてみると、自然から来る危険も都会と田舎がどっちが多いかわからない状態になってしまいましたね。
 例えば集中豪雨などの自然災害もコンクリートで固められ尽くしている都会のほうが危険ですね・・・都会は低い土地にある事も関係していますが・・・。地震などの災害も、都会に住んでいた方が危険です。
 田舎のほうが危険なのは、熊に襲われたり蛇に噛まれる危険ぐらいでしょうか?・・・そう言えば小学校2年生の時、蛇に噛まれて家じゅう大騒ぎで医者に連れて行かれましたが、シマヘビだったので大した事ありませんでした。(笑)

>現代は米だけ食べていれば良いということではありませんので、かえって集中できる人口が減った可能性があります。

そうですね。人口一人当たりの物資の消費量が江戸時代の何十倍ですからね。・・現代は、高層ビルなど立体的に人を配置して集中度を高めていますね・・・危険性は高く、ほんとに砂上の楼閣です。

>米は船でも運べましたので良かったのですが、野菜・肉魚は無理でしょう。

野菜、肉類を冷凍して船で運ぶ・・・なんてなったら、エネルギーの浪費もいいところですね。

 しかし、もう、魚を空輸している場所もあるのですからどうしようもないですね。
 アフリカのヴィクトリア湖に、ナイルパーチを放して、元々の生態系を破壊し、食用として空輸してヨーロッパや日本に運んでいます。・・どうしようもない愚行です。


 
2010/06/26(Sat) 22:05 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
これから田舎の時代がやってきます。
    おからさん

>私の住んでいるところは、この10年で、どんどん田んぼが埋め立てられ、住宅地になりました。

【自然は年々減っている】2010-04-05
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-488.html

などにも書きました通り、日本中でいまだに開発が行われ、都市化が進んでいる事は由々しき事ですね。土建屋と国、地方自治体の癒着を切らないと大変な事になりますね・・・もうかなり深刻な状況です。


>田舎を窮屈に感じる子供たちが多いのでしょうか?

そう言う子供もいるでしょうが、それよりも色んな情報が悪いと思います。子供の犯罪も携帯電話やパソコンのネットの犯罪が急増したようですからね。田舎でも都市化が進み、人々の心が荒んできたと言う面もあるでしょうね。 
2010/06/26(Sat) 22:18 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
都市の大きさ2
 都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力だと考えています。(槌田氏の受け売りですが)
 過去の文明の未発達だった時代では、余剰食糧により食糧生産から解放された、ある一定以上の数の技術者を養い競わせるには、都市という選択は意味があったかと思いますが、文明(技術)の進歩に物理的な限界が見えてきた現代では、余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。
 現在、技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術でしょう。
2010/06/26(Sat) 23:40 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
余剰食糧と輸送能力
    guyver1092さん

>都市の大きさを決めるのは、余剰食糧がどれだけ作れるかと、輸送能力

そうですね。確かに槌田敦さんの文明論か何かに書いてありましたね。そして、現在この余剰食糧は分配の不公平による「余剰」ですね。

>余剰食糧と輸送力の限界まで都市を大きくするのは無駄で無意味と考えています。

なるほど、これは非常に大切な洞察だと思います。確かにこの石油文明社会下では、余剰食糧と輸送力の限界はかなり高く、その限界に挑めば、大きな環境破壊があるでしょう・・・と言うよりも既に大きく環境破壊されていますね。
これ以上限界に挑む事は非常に危険ですね。
guyver1092さんのおっしゃるように

>技術を競うとすれば、エネルギーとか資源の産出投入比の大きさと、環境を破壊しないなかでいかに最大の生産をするかの技術

ですね。


2010/06/27(Sun) 00:36 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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