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2010-05-05 00:02
昔は貧しかった・・・とよく言われます。人類は常に進歩を続けていて、貧困解消の為に努力して、次第に豊かになってきた・・・だから、大雑把に言えば、昔は今よりも貧しかった・・と。
でも、本当にそうでしょうか?・・・「今になって思えば、物質的には現在よりも昔は貧しかったと思える」・・・と言うだけで、20年前でも、50年前でも、100年前でも、200年前でも、自分が貧しい・・・と感じていた人の割合は、現在よりも多かった・・とは言い切れないでしょう。貧しいと感じる人は、今も昔も、自分の見える範囲に自分よりも富んだ人が(何人か)いて、相対的に自分が貧しい・・・と感じる場合が多いでしょう。【相対貧困】で論じた通りです。だから、経済格差の開いた現在のほうが、「貧しい」と感じている人の割合は遥かに多いのではないでしょうか?
 自家用車、テレビ、携帯電話、パソコン・・・それぞれ、「ある時点」以前は無かったものです。その便利さに慣れてしまった現代人は、それらのなかった時代を「不便だった」・・・と感じ、それを本来意味の違う「貧しい」と言う言葉に置き換えて混同しているのではないでしょうか。つまり「文明の利器」にドーピングされて中毒になってしまった人々の多くが、「昔は貧しかった・・」と言っているに過ぎないのではないでしょうか?
 40年前だろうが、200年前だろうが、さらにもっと以前の時代の事だろうが、現代ほど便利な物が溢れていなかった「昔」の人が、現代の文明の利器が無いからと、嘆く筈が御座いません。使った事も見た事も、存在すら知らないものが無いからと、不便さを感じる人は滅多にいないでしょう。そんな不用な「物」が無くても、昔の人はそれなりに楽しく過ごしていた筈です。

「昔は貧しかった」と言う表現は、政府のプロパガンダかも知れませんし、経済成長主義の権化のような広告代理店かなんかが、物を沢山売りつける為に使った戦略的言葉かも知れません。

 貧困は相対的な感覚がかなりあります。過分に搾取でもされていない限り、昔の人々が貧しかった・・と言う発想は、様々な物質にドーピングされた現代人の驕りであり、ドーピングによって物質に支配されてしまった状態の現代人ほうがより悲惨な現実があるわけで、それこそ「貧しい状態」と言えるのではないでしょうか。
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【2010/05/05 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

何年前を基準にするか
guyver1092
 お金の出納だけをとって考えてみれば、バブル真っ最中と現在を比べると、かなりの人が昔のほうが豊かだったでしょう。バブル崩壊後は、政府が大企業に利益を付け替える政策をとっているのでかなりの人々が貧しくなっています。さらに高度経済成長のころと比べると文明の利器という点では劣るでしょうが金銭的な展望という点では段違いに高度経済成長時代のほうが上でしょう。

 生活の快適さを考えてみると、バブルのころより、文明の利器の数は増えているでしょうが、快適さは変化なしなのではないでしょうか。劇的に生活を変えるような新製品は出ていなかったと記憶しています。高度経済成長の時代は、家電製品が生活を激変させていますね。

 現在の多数はバブル心より搾取されていると考えますので「昔は貧しかった」は過去の高度経済成長やバブルのころ(の労働分配率)を思い出させないためのプロパガンダなのかもしれませんね。

貧しさかスローライフか?
雑草Z
    guyver1092さん

>お金の出納だけをとって考えてみれば、

 guyver1092 さんのおっしゃる通り、バブル真っ最中や高度経済成長期のほうが豊かだったと言えるでしょうね。
 それでも、「豊かさ」は相対的に感じる部分も多く、バブルなり高度経済成長の恩恵を受けたくてもあまり受けられなかった人は、貧しかった と感じたでしょうね。それにやはり「貧しい、豊か」の感覚は、心の問題も多い事は、guyver1092 さんも思うところでしょう。

>バブル崩壊後は、政府が大企業に利益を付け替える政策をとっている

>現在の多数はバブル心より搾取されていると考えますので

そうですね。資本主義社会の断末魔でしょうね。現代資本主義は本当にとんでもないですね。


>劇的に生活を変えるような新製品は出ていなかったと記憶しています。高度経済成長の時代は、家電製品が生活を激変させていますね。


そうですね。家電製品が人々の暮らしを楽にした・・とも言えますが、「慣れ」の問題も多分にあるでしょうね。炊飯器や洗濯機が無ければ、家庭の仕事が多い・・とも言えますが、みんな持ってなければ、その分の労働時間なども配慮された社会であり、それこそ現在流行りの「スローライフ」かも知れませんね。

豊かさと貧しさ
kk0638
はじめまして。このブログは以前から拝見しておりますが、はじめて書き込ませていただきます。
「昔は貧しかった」とは、言い換えれば「現在は豊かである」ということになります。「現代は物質的には豊かになったが、精神的には貧しくなった」とはよく言われることですが、豊かな事はいい事でしょうか。
経済規模を拡大し、利便性の向上を追求するために、人類は何をしてきたでしょうか。地下資源を掘り返し、森林を伐採し、海や大気を汚し続けてきたのではないでしょうか。その結果、地球環境に深刻な危機が迫り、人類の生存が危ぶまれる可能性さえあります。
現代の石油化学文明は、自分で自分の首を絞めているように思えてなりません。
それとは逆に、貧しい事は悪い事でしょうか。確かに、経済的な規模は小さく、文明の利器の恩恵に預かる事ができなくなれば、それは不便だし、GNP等の指標からすれば「貧困」の烙印を免れないかもしれません。
しかし、経済規模が小さくても、自給自足等で豊かな生活を送る事は可能で、それはGNP等の経済指標から、「貧困」の烙印を押されても、決して不幸であるとは限らないという事です。
「貧しかった」昔は、文明の利器がなく不便な事もあったかもしれませんが、その分、家族や隣人間で助け合って、絆を育んできたはずです。
また、環境への負荷も現代に比べれば各段に小さく、地球環境と調和しながら人類が存続していくヒントが、「貧しかった」時代にあると思えてなりません。
「昔は貧しかった」とは、言い換えれば「現在は豊かである」ということになり、「豊かであり続けたければ、貧しかった昔に戻りたくなければ、現在の社会システムを維持せよ」という脅迫じみたプロパガンダにも思えるのは、私の考えすぎでしょうか。
人類が存続していくためには、人類が自ら進んで「貧しく」ならなければならない、と私は思うのです。


自称 詩人
雑草Zさんのブログ、1年ほど前から読ませていただいておりました。地球環境への警鐘、先進国(軍事大国)の経済グローバル化への疑問、、、ブログの姿勢に..拍手.賛同しておりました。貧しい=ゆとりがない現実は、そこここに見られます「老親を1週間あずかれない現実」「新築の家に居るのは、眠るとき位」職場でも、車に乗っても、一本道を後ろから追われ、降りることのできない人生ゲーム。人生80年なんて威張れる国じゃありません。地球は人間のものじゃありません。文明社会の人間の方向性に、疑問.反対してる人は、ここにも おります!雑草Zさんの、具体的行動 おおいに注目しております。

人類が自ら進んで「物資的に貧しく!」
雑草Z
    kk0638さん

 はじめまして、初のコメント書き込み有難う御座います。
コメント内容が、私と殆ど同じお考えで、嬉しく思います。

勿論コメントで論じている「豊かさ」、「貧しさ」とは「物質的豊かさ(物資が沢山手に入る事)」、「物質的貧しさ(物資が不足している事)」と言う意味に於いてですね。


>経済規模を拡大し、利便性の向上を追求するために、人類は何をしてきたでしょうか。地下資源を掘り返し、森林を伐採し、海や大気を汚し続けてきたのではないでしょうか。その結果、地球環境に深刻な危機が迫り、人類の生存が危ぶまれる可能性さえあります。

この辺りの認識も殆ど一緒ですね。結局のところ、かけがえのない地球環境を代償にして、一時的な物質的豊かさを手に入れただけで、その手に入れた物よりも代償のほうが遥かに大きかったでしょう。・・そのしっぺ返しが、着実にやってきています。許せないのは、このしっぺ返しは、地球の破壊行為を率先して行ってきた輩だけでなく、全員にやってくる、特に貧しい人々に先にやってくる可能性が高い事でしょう。

>現代の石油化学文明は、自分で自分の首を絞めているように思えてなりません。

 全くその通りで、石油にどっぷりとドーピングされている現代社会は、石油が枯渇する頃には、悲惨な状態になっていることでしょう。・・この事は近々記事にしようと思っていました。


>経済規模が小さくても、自給自足等で豊かな生活を送る事は可能

これも全くその通りですね。社会が目指す方向であると確信しています。


>地球環境と調和しながら人類が存続していくヒントが、「貧しかった」時代にある

これは確実にありますね。そのような物資的貧しさは、本来、貧しい事でもなく、持続可能な社会の為の当然のスタンスでしょうね。

>「豊かであり続けたければ、貧しかった昔に戻りたくなければ、現在の社会システムを維持せよ」という脅迫じみたプロパガンダにも思えるのは、私の考えすぎでしょうか。

いえ、考え過ぎではないと思います。そしてそのプロパガンダは、搾取階級が、もっと搾取して儲けようとして行っているのでしょう。


>人類が存続していくためには、人類が自ら進んで「貧しく」ならなければならない

そう、これも必須条件でしょうね。経済を縮小して、自然の摂理に則した社会構造を目指す事がこのブログの大きな目的です。そのような、同じ考えの方からのコメント頂き、非常にうれしく思います。
ここのコメントの常連さんはみんな大筋で同じ考えです。

 *******      *****    ***  *


  HNの KK0638 とはどのような由来があるのでしょうか?
これからアップする何回かの記事も KK0638 さんの今回のコメントに関連する内容も含まれています。 ・・またのコメント期待しております。  


>文明社会の人間の方向性
雑草Z
    自称 詩人さん

 初めまして、そして初のコメント有難う御座います。

>職場でも、車に乗っても、一本道を後ろから追われ、降りることのできない人生ゲーム。

 何だか個性的な上手い比喩ですね。・・そう、かなり昔であれば、仕事を辞めても、狩猟採取や自給自足で簡単に生活出来る豊かな自然環境(・・「豊か」と言う言葉は本来こういう事に使うべきですね・・)がありました。それが現在は、かなりな現金収入が無ければ、首が回らない社会になってしまいました。物質的に豊かになったと言いながら、一部の特権階級を除いて、余裕がある社会とは言えませんね。


>文明社会の人間の方向性に、疑問.反対してる人は、ここにもおります!

 それは嬉しい事です。本日は、同じような考えの方が2人も初のコメント下さいました。
 現代文明社会の過ちは、科学妄信と経済成長と言う馬鹿げた破局への主義でしょう。早く軌道修正しないと人類は滅びるでしょうね。


>雑草Zさんの、具体的行動 おおいに注目しております。

おお、プレッシャーですね。・・実はこれまでいくつか環境の団体に所属しましたが(・・一応まだ名前は所属している団体もあります。)今一つ入り込めない感じでした。今年また一つのきっかけがあったのですが・・どういう方向へ進むか定かでありません。

 *******      *****    ***  +

 自称 詩人 さんは、どのような詩をお描きになるのでしょうか?
 またのコメントお待ちしております。
 
 

昔の豊かさ、今の豊かさ
上々
豊かか貧しいかと考えると、何がどうやらいろいろ難しいことがありそうです。

夏のさなかに氷を食べるということを考えました。今では誰でもそれほど高いものを食べるという感覚は無く普通に食べれるものですが、江戸時代以前では冬に降った雪を山の洞窟などに貯めておいて少しずつ夏に使うということがあったようです。
もちろん大変贅沢なものでした。

ここに今の贅沢と昔の贅沢の本質的な差があるのではと思います。
雪を山奥に貯蔵し、それを掘り出しておそらく馬を走らせて運び溶けずに残ったわずかなものだけを食べる。そこにはそれに携わった数多くの人々の費やした時間がかかっていたわけです。
今の氷にはそのような他の人の費やした時間という贅沢はほとんどありません。
その代わりに石油を代表とするエネルギーを費やして製造した冷蔵庫を使い、電気を使って運転し、作った氷を食べているわけです。すなわち現在では非常に安価と見られている化石エネルギーを費やして作られているわけです。

昔の豊かさは他人の時間を使うという豊かさ、今の豊かさは本来使ってはいけない化石エネルギーを使うという豊かさと言えるのではないでしょうか。

この今の豊かさというものを勘違いしている人から見れば、エネルギーを使っていなかった昔というのは非常に貧しく見えるのでしょう。

人の時間、再生不能エネルギー
雑草Z
    上々さん

 なかなかユニークな鋭い視点ですね。言われてみれば、そうだな・・とも思いましたが、これは今回私が考慮しなかった観点でした。記事の内容とはちょっと外れますが、この観点について考察してみたいと思います。

 先ず、昔の人の労力について考えます。氷を運んだ人々がそれが仕事だとしたら、(氷などを支配者に運ぶ事の是非は別として・・)労力を売って代価を得ている訳です。再生不可能な資源ではなく、人力などのエネルギーで仕事をしているのですから、光合成で合成した炭水化物のエネルギーとそれを使った発動機関である人力を最高のエネルギーと考えている私としては、望ましい労働の方向かも知れません。(・・氷を夏まで保存して、遠くまで運ぶのは割に合わない愚行だとは思いますが・・)
【人力のススメ】に描きました。
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-51.html

さて、現代の仕事も、サービス業をはじめとして、人々の労力、時間を使っています。どうでもいいような無駄な事、さらには環境破壊行為に労力と時間を費やして、「仕事」にしていると言う意味では、江戸時代の真夏に氷を江戸の町中まで運ぶ仕事よりも遥かに愚かな酷い仕事で溢れていると思います。
 その上で、更に(再生不可能な)エネルギーをどんどん消費・・「浪費」と呼ぶべきレベルで・・しているのですから、今の物質的豊かさを支えている代償は、得ているものよりも遥かに大きいと言えましょう。
 この「物質的豊かさ」の恩恵に預かる人々と「代償を払う人」が同じで無いところが大きな問題でしょう。環境問題の本質の一部かも知れません。

この意味で、上々さんのおっしゃられる

>今の豊かさというものを勘違いしている人

で溢れているのが現代社会でしょう。


心の問題
guyver1092
 心の問題を言えば、経済成長主義では完全に考慮の対象外になっていますね。すなわち、飢えて強欲なほどより経済成長のために努力するでしょうから、他人の事情を考慮している余裕など入り込む余地はないということですね。

 その結果、自分のよって立つ環境まで食いつくすという事態になってしまっているわけですね。

Re:心の問題
雑草Z
    guyver1092さん

 経済成長と言う言葉が頻繁に使われるようになったのは、20世紀後半かと思いますが、経済成長と言う言葉と、使い捨てがプロパガンダされた事は明らかに相関がありますね。20世紀後半は、物質豊かさの追求が極端過ぎます。「洗脳」のレベルかと思います。

>自分のよって立つ環境まで食いつくすという事態になってしまっている

物資的豊かさの追求で自滅するのは本当に愚かですね。この辺りの価値観は転換しなければなりませんね。

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この記事へのコメント
何年前を基準にするか
 お金の出納だけをとって考えてみれば、バブル真っ最中と現在を比べると、かなりの人が昔のほうが豊かだったでしょう。バブル崩壊後は、政府が大企業に利益を付け替える政策をとっているのでかなりの人々が貧しくなっています。さらに高度経済成長のころと比べると文明の利器という点では劣るでしょうが金銭的な展望という点では段違いに高度経済成長時代のほうが上でしょう。

 生活の快適さを考えてみると、バブルのころより、文明の利器の数は増えているでしょうが、快適さは変化なしなのではないでしょうか。劇的に生活を変えるような新製品は出ていなかったと記憶しています。高度経済成長の時代は、家電製品が生活を激変させていますね。

 現在の多数はバブル心より搾取されていると考えますので「昔は貧しかった」は過去の高度経済成長やバブルのころ(の労働分配率)を思い出させないためのプロパガンダなのかもしれませんね。
2010/05/06(Thu) 21:28 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
貧しさかスローライフか?
    guyver1092さん

>お金の出納だけをとって考えてみれば、

 guyver1092 さんのおっしゃる通り、バブル真っ最中や高度経済成長期のほうが豊かだったと言えるでしょうね。
 それでも、「豊かさ」は相対的に感じる部分も多く、バブルなり高度経済成長の恩恵を受けたくてもあまり受けられなかった人は、貧しかった と感じたでしょうね。それにやはり「貧しい、豊か」の感覚は、心の問題も多い事は、guyver1092 さんも思うところでしょう。

>バブル崩壊後は、政府が大企業に利益を付け替える政策をとっている

>現在の多数はバブル心より搾取されていると考えますので

そうですね。資本主義社会の断末魔でしょうね。現代資本主義は本当にとんでもないですね。


>劇的に生活を変えるような新製品は出ていなかったと記憶しています。高度経済成長の時代は、家電製品が生活を激変させていますね。


そうですね。家電製品が人々の暮らしを楽にした・・とも言えますが、「慣れ」の問題も多分にあるでしょうね。炊飯器や洗濯機が無ければ、家庭の仕事が多い・・とも言えますが、みんな持ってなければ、その分の労働時間なども配慮された社会であり、それこそ現在流行りの「スローライフ」かも知れませんね。
2010/05/07(Fri) 00:23 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
豊かさと貧しさ
はじめまして。このブログは以前から拝見しておりますが、はじめて書き込ませていただきます。
「昔は貧しかった」とは、言い換えれば「現在は豊かである」ということになります。「現代は物質的には豊かになったが、精神的には貧しくなった」とはよく言われることですが、豊かな事はいい事でしょうか。
経済規模を拡大し、利便性の向上を追求するために、人類は何をしてきたでしょうか。地下資源を掘り返し、森林を伐採し、海や大気を汚し続けてきたのではないでしょうか。その結果、地球環境に深刻な危機が迫り、人類の生存が危ぶまれる可能性さえあります。
現代の石油化学文明は、自分で自分の首を絞めているように思えてなりません。
それとは逆に、貧しい事は悪い事でしょうか。確かに、経済的な規模は小さく、文明の利器の恩恵に預かる事ができなくなれば、それは不便だし、GNP等の指標からすれば「貧困」の烙印を免れないかもしれません。
しかし、経済規模が小さくても、自給自足等で豊かな生活を送る事は可能で、それはGNP等の経済指標から、「貧困」の烙印を押されても、決して不幸であるとは限らないという事です。
「貧しかった」昔は、文明の利器がなく不便な事もあったかもしれませんが、その分、家族や隣人間で助け合って、絆を育んできたはずです。
また、環境への負荷も現代に比べれば各段に小さく、地球環境と調和しながら人類が存続していくヒントが、「貧しかった」時代にあると思えてなりません。
「昔は貧しかった」とは、言い換えれば「現在は豊かである」ということになり、「豊かであり続けたければ、貧しかった昔に戻りたくなければ、現在の社会システムを維持せよ」という脅迫じみたプロパガンダにも思えるのは、私の考えすぎでしょうか。
人類が存続していくためには、人類が自ら進んで「貧しく」ならなければならない、と私は思うのです。
2010/05/07(Fri) 01:16 | URL  | kk0638 #-[ 編集]
雑草Zさんのブログ、1年ほど前から読ませていただいておりました。地球環境への警鐘、先進国(軍事大国)の経済グローバル化への疑問、、、ブログの姿勢に..拍手.賛同しておりました。貧しい=ゆとりがない現実は、そこここに見られます「老親を1週間あずかれない現実」「新築の家に居るのは、眠るとき位」職場でも、車に乗っても、一本道を後ろから追われ、降りることのできない人生ゲーム。人生80年なんて威張れる国じゃありません。地球は人間のものじゃありません。文明社会の人間の方向性に、疑問.反対してる人は、ここにも おります!雑草Zさんの、具体的行動 おおいに注目しております。
2010/05/07(Fri) 19:16 | URL  | 自称 詩人 #-[ 編集]
人類が自ら進んで「物資的に貧しく!」
    kk0638さん

 はじめまして、初のコメント書き込み有難う御座います。
コメント内容が、私と殆ど同じお考えで、嬉しく思います。

勿論コメントで論じている「豊かさ」、「貧しさ」とは「物質的豊かさ(物資が沢山手に入る事)」、「物質的貧しさ(物資が不足している事)」と言う意味に於いてですね。


>経済規模を拡大し、利便性の向上を追求するために、人類は何をしてきたでしょうか。地下資源を掘り返し、森林を伐採し、海や大気を汚し続けてきたのではないでしょうか。その結果、地球環境に深刻な危機が迫り、人類の生存が危ぶまれる可能性さえあります。

この辺りの認識も殆ど一緒ですね。結局のところ、かけがえのない地球環境を代償にして、一時的な物質的豊かさを手に入れただけで、その手に入れた物よりも代償のほうが遥かに大きかったでしょう。・・そのしっぺ返しが、着実にやってきています。許せないのは、このしっぺ返しは、地球の破壊行為を率先して行ってきた輩だけでなく、全員にやってくる、特に貧しい人々に先にやってくる可能性が高い事でしょう。

>現代の石油化学文明は、自分で自分の首を絞めているように思えてなりません。

 全くその通りで、石油にどっぷりとドーピングされている現代社会は、石油が枯渇する頃には、悲惨な状態になっていることでしょう。・・この事は近々記事にしようと思っていました。


>経済規模が小さくても、自給自足等で豊かな生活を送る事は可能

これも全くその通りですね。社会が目指す方向であると確信しています。


>地球環境と調和しながら人類が存続していくヒントが、「貧しかった」時代にある

これは確実にありますね。そのような物資的貧しさは、本来、貧しい事でもなく、持続可能な社会の為の当然のスタンスでしょうね。

>「豊かであり続けたければ、貧しかった昔に戻りたくなければ、現在の社会システムを維持せよ」という脅迫じみたプロパガンダにも思えるのは、私の考えすぎでしょうか。

いえ、考え過ぎではないと思います。そしてそのプロパガンダは、搾取階級が、もっと搾取して儲けようとして行っているのでしょう。


>人類が存続していくためには、人類が自ら進んで「貧しく」ならなければならない

そう、これも必須条件でしょうね。経済を縮小して、自然の摂理に則した社会構造を目指す事がこのブログの大きな目的です。そのような、同じ考えの方からのコメント頂き、非常にうれしく思います。
ここのコメントの常連さんはみんな大筋で同じ考えです。

 *******      *****    ***  *


  HNの KK0638 とはどのような由来があるのでしょうか?
これからアップする何回かの記事も KK0638 さんの今回のコメントに関連する内容も含まれています。 ・・またのコメント期待しております。  
2010/05/07(Fri) 20:58 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
>文明社会の人間の方向性
    自称 詩人さん

 初めまして、そして初のコメント有難う御座います。

>職場でも、車に乗っても、一本道を後ろから追われ、降りることのできない人生ゲーム。

 何だか個性的な上手い比喩ですね。・・そう、かなり昔であれば、仕事を辞めても、狩猟採取や自給自足で簡単に生活出来る豊かな自然環境(・・「豊か」と言う言葉は本来こういう事に使うべきですね・・)がありました。それが現在は、かなりな現金収入が無ければ、首が回らない社会になってしまいました。物質的に豊かになったと言いながら、一部の特権階級を除いて、余裕がある社会とは言えませんね。


>文明社会の人間の方向性に、疑問.反対してる人は、ここにもおります!

 それは嬉しい事です。本日は、同じような考えの方が2人も初のコメント下さいました。
 現代文明社会の過ちは、科学妄信と経済成長と言う馬鹿げた破局への主義でしょう。早く軌道修正しないと人類は滅びるでしょうね。


>雑草Zさんの、具体的行動 おおいに注目しております。

おお、プレッシャーですね。・・実はこれまでいくつか環境の団体に所属しましたが(・・一応まだ名前は所属している団体もあります。)今一つ入り込めない感じでした。今年また一つのきっかけがあったのですが・・どういう方向へ進むか定かでありません。

 *******      *****    ***  +

 自称 詩人 さんは、どのような詩をお描きになるのでしょうか?
 またのコメントお待ちしております。
 
 
2010/05/07(Fri) 21:26 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
昔の豊かさ、今の豊かさ
豊かか貧しいかと考えると、何がどうやらいろいろ難しいことがありそうです。

夏のさなかに氷を食べるということを考えました。今では誰でもそれほど高いものを食べるという感覚は無く普通に食べれるものですが、江戸時代以前では冬に降った雪を山の洞窟などに貯めておいて少しずつ夏に使うということがあったようです。
もちろん大変贅沢なものでした。

ここに今の贅沢と昔の贅沢の本質的な差があるのではと思います。
雪を山奥に貯蔵し、それを掘り出しておそらく馬を走らせて運び溶けずに残ったわずかなものだけを食べる。そこにはそれに携わった数多くの人々の費やした時間がかかっていたわけです。
今の氷にはそのような他の人の費やした時間という贅沢はほとんどありません。
その代わりに石油を代表とするエネルギーを費やして製造した冷蔵庫を使い、電気を使って運転し、作った氷を食べているわけです。すなわち現在では非常に安価と見られている化石エネルギーを費やして作られているわけです。

昔の豊かさは他人の時間を使うという豊かさ、今の豊かさは本来使ってはいけない化石エネルギーを使うという豊かさと言えるのではないでしょうか。

この今の豊かさというものを勘違いしている人から見れば、エネルギーを使っていなかった昔というのは非常に貧しく見えるのでしょう。
2010/05/08(Sat) 11:21 | URL  | 上々 #-[ 編集]
人の時間、再生不能エネルギー
    上々さん

 なかなかユニークな鋭い視点ですね。言われてみれば、そうだな・・とも思いましたが、これは今回私が考慮しなかった観点でした。記事の内容とはちょっと外れますが、この観点について考察してみたいと思います。

 先ず、昔の人の労力について考えます。氷を運んだ人々がそれが仕事だとしたら、(氷などを支配者に運ぶ事の是非は別として・・)労力を売って代価を得ている訳です。再生不可能な資源ではなく、人力などのエネルギーで仕事をしているのですから、光合成で合成した炭水化物のエネルギーとそれを使った発動機関である人力を最高のエネルギーと考えている私としては、望ましい労働の方向かも知れません。(・・氷を夏まで保存して、遠くまで運ぶのは割に合わない愚行だとは思いますが・・)
【人力のススメ】に描きました。
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-51.html

さて、現代の仕事も、サービス業をはじめとして、人々の労力、時間を使っています。どうでもいいような無駄な事、さらには環境破壊行為に労力と時間を費やして、「仕事」にしていると言う意味では、江戸時代の真夏に氷を江戸の町中まで運ぶ仕事よりも遥かに愚かな酷い仕事で溢れていると思います。
 その上で、更に(再生不可能な)エネルギーをどんどん消費・・「浪費」と呼ぶべきレベルで・・しているのですから、今の物質的豊かさを支えている代償は、得ているものよりも遥かに大きいと言えましょう。
 この「物質的豊かさ」の恩恵に預かる人々と「代償を払う人」が同じで無いところが大きな問題でしょう。環境問題の本質の一部かも知れません。

この意味で、上々さんのおっしゃられる

>今の豊かさというものを勘違いしている人

で溢れているのが現代社会でしょう。
2010/05/08(Sat) 12:46 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
心の問題
 心の問題を言えば、経済成長主義では完全に考慮の対象外になっていますね。すなわち、飢えて強欲なほどより経済成長のために努力するでしょうから、他人の事情を考慮している余裕など入り込む余地はないということですね。

 その結果、自分のよって立つ環境まで食いつくすという事態になってしまっているわけですね。
2010/05/09(Sun) 17:30 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
Re:心の問題
    guyver1092さん

 経済成長と言う言葉が頻繁に使われるようになったのは、20世紀後半かと思いますが、経済成長と言う言葉と、使い捨てがプロパガンダされた事は明らかに相関がありますね。20世紀後半は、物質豊かさの追求が極端過ぎます。「洗脳」のレベルかと思います。

>自分のよって立つ環境まで食いつくすという事態になってしまっている

物資的豊かさの追求で自滅するのは本当に愚かですね。この辺りの価値観は転換しなければなりませんね。
2010/05/10(Mon) 06:46 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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