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2010-03-29 00:02
 雪国の冬にふさわしそうな神社を思い出して行ってみました。
そこは谷底の滝壺の近くにある神社です。谷底に向かって参道の階段を下りて行きます。谷底に着いてからも川に沿って長い参道を上流に向かっていきます。鎮守の森も、いつものこんもりした森と言うよりも、参道に沿って広い範囲に細長く伸びています・・・特に鎮守の森と言うよりも、河畔林と言う感じです。
 滝も前回(1月)アップの不動滝よりもずっと大きな白糸の滝です。そして、こちらにも不動尊も祀ってあっりました。神社と観音堂と不動尊を祀ってある3つのお堂がありました。更に稲荷を祀った小さな祠も幾つか並んでありました。
 白糸の滝とは言いますが、白糸の滝・・と呼ぶには幅広い滝です。岩肌に沿って枝分かれして糸のようになって落ちる滝なので白糸の滝なのでしょう。でも雪解けの頃は、白糸の滝と呼ぶには幅の広い滝になる事でしょう。

白糸神社1;道しるべ

   ↑雪の不動川林道をちょっと奥へ歩いて行きますと
   ↓不動尊の旗が立った参道が谷底の方へ伸びています。

   
白糸神社2;参道遠景


白糸神社3;参道降り口

   ↑ここから階段を谷底の方へ降りて行きます。雪道です。
   ↓谷底に着くと、手前に疣神様があり、奥に一番目の鳥居が見えます。
    ここからまだしばらく歩きます。

白糸神社4;参道疣神

   ↓一番目の鳥居

白糸神社5;参道1つ目の鳥居



白糸神社6;参道の倒木

   ↑倒木が参道をふさいでいます。上にまたがって越えました。
   ↓不動川の橋を渡る。谷の斜面には長いつららが生えていました。
    奥に白糸の滝と白糸神社が小さく見えます。

白糸神社7;不動川

   ↓2番目の鳥居の下の奥に3番目の赤い木の鳥居が見えます。

白糸神社8;参道の2つ目の鳥居

   ↓3番目の赤い鳥居の下の奥に4番目の鉄の赤い鳥居が見えます。

白糸神社9;参道の3つ目の鳥居

   ↓4番目の鉄で出来た赤い鳥居・・これが最後の鳥居・。

白糸神社10;参道の4つ目の鳥居

   ↓境内全景  手前右が手水舎、その左奥が白糸神社
          白糸神社より手前左側が休憩所、川と木を挟んで
          その左奥が不動尊のお堂
          一番左に半分見えるのが観音堂

白糸神社11;境内全景



白糸神社12;白糸神社遠景

   左←休憩所 と 右→手水舎 の間の奥↑に見えるのが白糸観音

白糸神社13;白糸神社

   ↓白糸神社の右横に 小さな北向稲荷の祠が並んでいました

白糸神社14;北向稲荷



白糸神社15;不動尊のお堂

   ↑↓不動尊が祀ってあるお堂。不動尊は見えませんでした。
     千羽鶴が沢山飾ってありました。

白糸神社16;不動尊と千羽鶴

   ↓観音堂;会津三十三観音の一つとの事

白糸神社17;御観音堂

          ↓不動川の白糸の滝を挟んで、
   手前 左←が不動尊のお堂 、  右→が白糸神社

白糸神社18;不動尊と白糸神社



白糸神社19;不動滝と白糸神社



白糸神社20;不動滝と滝壺


撮影:2月21日 日曜日午後 天気晴れ



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【2010/03/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

寒そう
上々
白糸神社は残念ながらグーグルマップには記載されていないようです。
それにしてもまだ残雪がすごいですね。
しかし、赤い幟が全く痛んでいないようなので、きちんと管理されているのでしょうか。
参詣の人が多いようには見えませんが。
滝の見事さと相俟って、なかなか厳かなお社と拝見しました。

参拝者は他に見かけませんでした。
雑草Z
    上々さん

 鎮守の森シリーズに、この頃いつも、真っ先のコメント有難う御座います。

 この場所は会津若松市の、白虎隊で有名な飯盛山の裏のほうにあります。5年ほど前に近くの山に行ったときに見つけました。これが3度目ですが、いつも我々以外参拝者には誰にも遭いません(笑)。・・でも、お祭りの日もあるらしく、その日は参拝者も多いとか・・・。

 因みにグーグルマップでは、
「中小田代山甲」・・・(近くの地名です)・・・で検索すると出てきました。「中小田代山甲」と記された場所から南東に500mくらいのところにあります。倍率を調整すると「白糸神社」とも表示されました。
滝の名称は「滝沢不動滝」 、観音堂は「滝沢観音」のようです。この記事に写真をあまり載せなかった滝沢観音が、会津三十三観音第十八番札所として有名なのかも知れません。

 このシリーズを始めてから気付いた事ですが、情緒があり、歴史もありそうな地元の神社仏閣で知らないところが結構ありました。色々行ってみたいと思っております。

 

方向違い
上々
結構市街地に近いところなんですね。もっと山奥の方かと思い見当違いのところを探していました。

こういった神社での行事や、そもそも神社自体どこにあるのかも、地元のお年寄りの方は知っているのかもしれませんが、特にこういった知識はあまり伝承されなくなっていますね。
神頼みというのは今では半ば否定されるような言葉ですが、現代でも神に頼むしかないことはたくさんありそうです。


短歌の勝手な解釈をしてみました
路傍の石ころ
雑草Zさん

こんにちは。

 御地の福島県までお参りに行くのは大変なので、画面の写真に手を合わせて参拝させていただきました。静かそうな良いところを見せてくださいまして、ありがとうございます。

 御観音堂に合掌しまして、額に掲げてある和歌を観賞し、勝手な解釈をしてみました。
 特に流麗で上手いといえる墨痕ではありませんが、この短歌は字余りとかなく形式を踏襲していて、典型的な 「自然観照」 の歌です。「観照」とは観賞や鑑賞ではなく、どちらかと言うと 「直感に重きを置いた客観」 によりものごとの本質や現象の意味を捉えるというふうな意味だと思います。
 
 「変体仮名」 といわれるものが用いられているので、変体仮名を漢字に復元して書き表すと、たぶん次の通りだと思います。

 た支さわ能 
   於ちて奈かるる
        多きの水

 可かるすえすえ
    みろくなるらん

 「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。現在の 「の」 は乃の字を崩したものです。江戸時代までは現在使われているひらがな以外のひらがなが使われていました。それを変体仮名と申します。数が多すぎて、不統一で、あまりに煩雑なので、明治政府が整理しました。そして現在の平仮名となったのです。
 意味を考えて現代表記に改めますと、多分次のようになると思います。

 滝沢の 落ちて流るる 滝の水
       掛かる末々 弥勒なるらん

 この短歌は、「かかるすえずえ」 が2通りに読めそうで難しいところですね。かくある状態が何時までも……、とも読めなくもないし、滝のしぶきの水が木の梢に掛かる……、とも読めます。和歌は余分な表現を削り落して、言外の意味を含ませる 「極小値の文学」 ですので、難しいものです。

 で、私の勝手な解釈です。

「苔むした老杉の生い茂るこの滝沢は素晴らしいところだ。ここの沢は夏でも干ばつでも枯れることはなく、清冽な真清水が常に流れている。その滝の水が岩をうがち、はね跳び、しぶきの水が流れのほとりの草を潤し、木々の梢をしっとりと濡らしている。本当にいいところだ。
 弥勒菩薩は五十六億七千万年の後に、この世界を浄土という理想の世界にしてくださるというけれども、この豊かな水資源の恵みをもたらせてくださるこの滝沢こそが、じつは浄土の世界ではなかろうか? そうだ、こここそが弥勒の浄土そのものなんだ」

「かかるすえずえ」 をかくある素晴らしい状態や環境が未来永劫よの末までと解釈した場合は、素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて、深い意味のある短歌だと思います。

 額の左端に数名の名前のようなものが書いてあるのですが、観音堂建立の奉納者でしょうか? 判読できないのでわかりません。この和歌の作者の雅号なりがないので、詠み人知らずの作者不詳でしょうか? それはともかく、これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌ですね。

良いものを見せてくださり、ありがとうございました。 

追伸、もし間違っていたらゴメンなさい。本当のところはどんな思いでどんな意味をこめて詠んだのかは、これを詠んだ作者に聞かなければ分かりません……。



正解者に拍手
上々
路傍の石ころさん 読解正解のようです。
会津三十三番札所のHPを見ると、各札所に御詠歌があり、18番滝沢のものはまさに御解釈の通りでした。

なお、そこで見たところ、赤い幟は神奈川の方から団体(講?)で多くの方が訪れ奉納していくそうです。
結構、広く信仰されているようで驚きです。

神社仏閣の伝承
雑草Z
    上々さん

 この場所は市街地から林道に入って少し行ってすぐのところを下りていく感じのところにあります。

 おっしゃるように、大きな一部の神社仏閣を除いて、このような場所の行事はあまり伝承されてなくて、知られていませんね。寂しい事です。・・・と言っても私も最近までそれほど関心ありませんでしたが・・・。

 神頼みも悪くないと思いますが、文化として伝承していきたいものですね。日本には、このような神社仏閣が高い密度で存在する事が素晴らしいと思う今日この頃です。


 調べてみると、不動尊も結構あるものですね。
 不動尊ばかりでなく、不動川、不動滝、不動湯・・・という地名も沢山ありますね。会津地方だけでも、お不動様関連の場所は沢山あると思います。神社、不動尊、会津三十三観音・・・巡ってみたいところは地元会津だけでも沢山あります。
 

解釈有難う御座います。
雑草Z
    路傍の石ころさん

>「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。

なるほど、そう言う事ですか!・・私はこの字や他の変体仮名なども読めない字がありましたので、解釈どころか、まともに読めませんでした。(苦笑)私の苦手とする分野です。・・路傍の石ころさんが現代表記にして下さっても、御説明読まないと後半の意味が掴めませんでした。路傍の石ころさんの解釈を読んではじめてなるほど・・・と思いました。
 特に

>「かかるすえずえ」

の解釈に感動致しました。二通りの解釈を教えて戴き感謝いたします。私は二通りどちらも意味する深い掛け言葉なのかと思います。

>素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて
>これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌

なのですね。本当に深い意味です。ここのブログの主題にも通じますね。

 ここまで深く解釈して表現出来る為には、弥勒菩薩に対する知識など、仏教や和歌や歴史に造詣が深くなければ出来ない事ですね。流石、国文学を修めた方ですね。有難う御座いました。

 

歌詠み
雑草Z
    上々さん
    路傍の石ころさん

 昨年までは会津三十三観音詣りにはそれほど興味はありませんでしたが、こうやって馴染んでいくうちに、してみたいと思うようになりました。今年の夏あたりに時間を見つけて会津三十三観音を巡ってみたいと思います。


 他の地域にもあるのかどうか分かりませんが、会津では、亡くなった人の霊を弔う意味で、歌詠みと言う習慣があります。七日毎に近所の人が集まって、四十九日までみんなで三十三観音の歌を詠むのです。三十三観音には京都あたりの有名な三十三観音を詠む「西国三十三観音」とかもありますが「会津三十三観音御詠歌」もあります。1人の人の打つ小さな鐘の、ちーん、ちーん・・と言う音に合わせて詠むのですが、会津の地域によって、詠むイントネーションも微妙に違います。あの厳かで味わいのある歌詠みの雰囲気が昔から好きです。

歌詠み
上々
御詠歌と言う言葉は知っていましたが、実際に詠じる習慣というものが残っているとは知りませんでした。
一度その雰囲気を味わってみたい気はありますが、よそ者には難しいでしょうね。

東京近郊の私の実家では親戚も集まれないので四十九日までの七日毎の法要も告別式の後にまとめてやってしまったほどで、不信心も甚だしいものでしたが、九州の家内の実家では親戚もまとまっているせいもあるのか、七日ごとに集まって念仏を上げるようです。
北陸も信仰が篤い土地柄なので、色々あるんでしょうね。

歌詠み・・
雑草Z
    上々さん

 私が住んでいる町内では、まだ歌詠みの習慣が残っていますが、会津地方でも、歌詠みを省略する地域も増えて来たとの事です。
 歌詠みは正座して行います。三十三観音の歌を全て終わった後に「南無阿弥陀仏」も、小さな鐘を打ちながら拍子をつけてゆっくり唱えるのですが、その頃になると、足がかなりしびれます。その為に、腰の下に小さな座布団を折ってしいたり、あぐらをかいて歌を詠む人もいます。
 歌詠みの本は、町内会の人が何冊も持ってきて、2、3人ずつが同じ本に目を通しながら読みます。本ではなくて、筆で写本したものも沢山あります。だから、本によって微妙に歌詞が違っていたりします。各町内会にずっと伝わっている書物のようです。
 仏壇のある部屋やその周りの廊下などに所狭しとひしめき合って座って歌詠みをします。玄関から溢れ出てしまいそうなくらいの場面も何度か目にした事があります。
 ・・すたれなければいいなと思う、いい習慣だと感じます。

 北陸にも歌詠みの習慣あるかも知れませんね。お知り合いに尋ねてみて下さいませ。



 

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この記事へのコメント
寒そう
白糸神社は残念ながらグーグルマップには記載されていないようです。
それにしてもまだ残雪がすごいですね。
しかし、赤い幟が全く痛んでいないようなので、きちんと管理されているのでしょうか。
参詣の人が多いようには見えませんが。
滝の見事さと相俟って、なかなか厳かなお社と拝見しました。
2010/03/29(Mon) 08:43 | URL  | 上々 #-[ 編集]
参拝者は他に見かけませんでした。
    上々さん

 鎮守の森シリーズに、この頃いつも、真っ先のコメント有難う御座います。

 この場所は会津若松市の、白虎隊で有名な飯盛山の裏のほうにあります。5年ほど前に近くの山に行ったときに見つけました。これが3度目ですが、いつも我々以外参拝者には誰にも遭いません(笑)。・・でも、お祭りの日もあるらしく、その日は参拝者も多いとか・・・。

 因みにグーグルマップでは、
「中小田代山甲」・・・(近くの地名です)・・・で検索すると出てきました。「中小田代山甲」と記された場所から南東に500mくらいのところにあります。倍率を調整すると「白糸神社」とも表示されました。
滝の名称は「滝沢不動滝」 、観音堂は「滝沢観音」のようです。この記事に写真をあまり載せなかった滝沢観音が、会津三十三観音第十八番札所として有名なのかも知れません。

 このシリーズを始めてから気付いた事ですが、情緒があり、歴史もありそうな地元の神社仏閣で知らないところが結構ありました。色々行ってみたいと思っております。

 
2010/03/29(Mon) 20:44 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
方向違い
結構市街地に近いところなんですね。もっと山奥の方かと思い見当違いのところを探していました。

こういった神社での行事や、そもそも神社自体どこにあるのかも、地元のお年寄りの方は知っているのかもしれませんが、特にこういった知識はあまり伝承されなくなっていますね。
神頼みというのは今では半ば否定されるような言葉ですが、現代でも神に頼むしかないことはたくさんありそうです。
2010/03/30(Tue) 09:05 | URL  | 上々 #-[ 編集]
短歌の勝手な解釈をしてみました
雑草Zさん

こんにちは。

 御地の福島県までお参りに行くのは大変なので、画面の写真に手を合わせて参拝させていただきました。静かそうな良いところを見せてくださいまして、ありがとうございます。

 御観音堂に合掌しまして、額に掲げてある和歌を観賞し、勝手な解釈をしてみました。
 特に流麗で上手いといえる墨痕ではありませんが、この短歌は字余りとかなく形式を踏襲していて、典型的な 「自然観照」 の歌です。「観照」とは観賞や鑑賞ではなく、どちらかと言うと 「直感に重きを置いた客観」 によりものごとの本質や現象の意味を捉えるというふうな意味だと思います。
 
 「変体仮名」 といわれるものが用いられているので、変体仮名を漢字に復元して書き表すと、たぶん次の通りだと思います。

 た支さわ能 
   於ちて奈かるる
        多きの水

 可かるすえすえ
    みろくなるらん

 「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。現在の 「の」 は乃の字を崩したものです。江戸時代までは現在使われているひらがな以外のひらがなが使われていました。それを変体仮名と申します。数が多すぎて、不統一で、あまりに煩雑なので、明治政府が整理しました。そして現在の平仮名となったのです。
 意味を考えて現代表記に改めますと、多分次のようになると思います。

 滝沢の 落ちて流るる 滝の水
       掛かる末々 弥勒なるらん

 この短歌は、「かかるすえずえ」 が2通りに読めそうで難しいところですね。かくある状態が何時までも……、とも読めなくもないし、滝のしぶきの水が木の梢に掛かる……、とも読めます。和歌は余分な表現を削り落して、言外の意味を含ませる 「極小値の文学」 ですので、難しいものです。

 で、私の勝手な解釈です。

「苔むした老杉の生い茂るこの滝沢は素晴らしいところだ。ここの沢は夏でも干ばつでも枯れることはなく、清冽な真清水が常に流れている。その滝の水が岩をうがち、はね跳び、しぶきの水が流れのほとりの草を潤し、木々の梢をしっとりと濡らしている。本当にいいところだ。
 弥勒菩薩は五十六億七千万年の後に、この世界を浄土という理想の世界にしてくださるというけれども、この豊かな水資源の恵みをもたらせてくださるこの滝沢こそが、じつは浄土の世界ではなかろうか? そうだ、こここそが弥勒の浄土そのものなんだ」

「かかるすえずえ」 をかくある素晴らしい状態や環境が未来永劫よの末までと解釈した場合は、素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて、深い意味のある短歌だと思います。

 額の左端に数名の名前のようなものが書いてあるのですが、観音堂建立の奉納者でしょうか? 判読できないのでわかりません。この和歌の作者の雅号なりがないので、詠み人知らずの作者不詳でしょうか? それはともかく、これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌ですね。

良いものを見せてくださり、ありがとうございました。 

追伸、もし間違っていたらゴメンなさい。本当のところはどんな思いでどんな意味をこめて詠んだのかは、これを詠んだ作者に聞かなければ分かりません……。

2010/03/30(Tue) 13:17 | URL  | 路傍の石ころ #js83eNAU[ 編集]
正解者に拍手
路傍の石ころさん 読解正解のようです。
会津三十三番札所のHPを見ると、各札所に御詠歌があり、18番滝沢のものはまさに御解釈の通りでした。

なお、そこで見たところ、赤い幟は神奈川の方から団体(講?)で多くの方が訪れ奉納していくそうです。
結構、広く信仰されているようで驚きです。
2010/03/30(Tue) 16:38 | URL  | 上々 #-[ 編集]
神社仏閣の伝承
    上々さん

 この場所は市街地から林道に入って少し行ってすぐのところを下りていく感じのところにあります。

 おっしゃるように、大きな一部の神社仏閣を除いて、このような場所の行事はあまり伝承されてなくて、知られていませんね。寂しい事です。・・・と言っても私も最近までそれほど関心ありませんでしたが・・・。

 神頼みも悪くないと思いますが、文化として伝承していきたいものですね。日本には、このような神社仏閣が高い密度で存在する事が素晴らしいと思う今日この頃です。


 調べてみると、不動尊も結構あるものですね。
 不動尊ばかりでなく、不動川、不動滝、不動湯・・・という地名も沢山ありますね。会津地方だけでも、お不動様関連の場所は沢山あると思います。神社、不動尊、会津三十三観音・・・巡ってみたいところは地元会津だけでも沢山あります。
 
2010/03/30(Tue) 20:21 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
解釈有難う御座います。
    路傍の石ころさん

>「たきさわの」の 「の」 は能の字を徹底的に草体化したものです。

なるほど、そう言う事ですか!・・私はこの字や他の変体仮名なども読めない字がありましたので、解釈どころか、まともに読めませんでした。(苦笑)私の苦手とする分野です。・・路傍の石ころさんが現代表記にして下さっても、御説明読まないと後半の意味が掴めませんでした。路傍の石ころさんの解釈を読んではじめてなるほど・・・と思いました。
 特に

>「かかるすえずえ」

の解釈に感動致しました。二通りの解釈を教えて戴き感謝いたします。私は二通りどちらも意味する深い掛け言葉なのかと思います。

>素晴らしい環境が破壊されることなく人類の続く限りいつまでも、という切なる願いを込めていて
>これはまさに「環境短歌」とも呼ぶべき素晴らしい和歌

なのですね。本当に深い意味です。ここのブログの主題にも通じますね。

 ここまで深く解釈して表現出来る為には、弥勒菩薩に対する知識など、仏教や和歌や歴史に造詣が深くなければ出来ない事ですね。流石、国文学を修めた方ですね。有難う御座いました。

 
2010/03/30(Tue) 20:34 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
歌詠み
    上々さん
    路傍の石ころさん

 昨年までは会津三十三観音詣りにはそれほど興味はありませんでしたが、こうやって馴染んでいくうちに、してみたいと思うようになりました。今年の夏あたりに時間を見つけて会津三十三観音を巡ってみたいと思います。


 他の地域にもあるのかどうか分かりませんが、会津では、亡くなった人の霊を弔う意味で、歌詠みと言う習慣があります。七日毎に近所の人が集まって、四十九日までみんなで三十三観音の歌を詠むのです。三十三観音には京都あたりの有名な三十三観音を詠む「西国三十三観音」とかもありますが「会津三十三観音御詠歌」もあります。1人の人の打つ小さな鐘の、ちーん、ちーん・・と言う音に合わせて詠むのですが、会津の地域によって、詠むイントネーションも微妙に違います。あの厳かで味わいのある歌詠みの雰囲気が昔から好きです。
2010/03/30(Tue) 21:47 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
歌詠み
御詠歌と言う言葉は知っていましたが、実際に詠じる習慣というものが残っているとは知りませんでした。
一度その雰囲気を味わってみたい気はありますが、よそ者には難しいでしょうね。

東京近郊の私の実家では親戚も集まれないので四十九日までの七日毎の法要も告別式の後にまとめてやってしまったほどで、不信心も甚だしいものでしたが、九州の家内の実家では親戚もまとまっているせいもあるのか、七日ごとに集まって念仏を上げるようです。
北陸も信仰が篤い土地柄なので、色々あるんでしょうね。
2010/03/31(Wed) 10:34 | URL  | 上々 #-[ 編集]
歌詠み・・
    上々さん

 私が住んでいる町内では、まだ歌詠みの習慣が残っていますが、会津地方でも、歌詠みを省略する地域も増えて来たとの事です。
 歌詠みは正座して行います。三十三観音の歌を全て終わった後に「南無阿弥陀仏」も、小さな鐘を打ちながら拍子をつけてゆっくり唱えるのですが、その頃になると、足がかなりしびれます。その為に、腰の下に小さな座布団を折ってしいたり、あぐらをかいて歌を詠む人もいます。
 歌詠みの本は、町内会の人が何冊も持ってきて、2、3人ずつが同じ本に目を通しながら読みます。本ではなくて、筆で写本したものも沢山あります。だから、本によって微妙に歌詞が違っていたりします。各町内会にずっと伝わっている書物のようです。
 仏壇のある部屋やその周りの廊下などに所狭しとひしめき合って座って歌詠みをします。玄関から溢れ出てしまいそうなくらいの場面も何度か目にした事があります。
 ・・すたれなければいいなと思う、いい習慣だと感じます。

 北陸にも歌詠みの習慣あるかも知れませんね。お知り合いに尋ねてみて下さいませ。



 
2010/03/31(Wed) 20:16 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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