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2010-03-09 00:01
 現在、人類が地球に及ぼしている環境破壊は致命的です。
 人類が地球に加えてきた環境負荷は、(超)指数関数的に増加して、20世紀の後半に持続可能な限界を超えたと考えられています。そして21世紀に入った現在でも、更に環境負荷は増え続けています。地球環境が、持続可能な限界を超えた事は、地球の生態系が年々破壊され、縮小されているのを見れば明らかです。人間や家畜を除く殆どの動物や、農作物や園芸植物などを除く殆どの植物も・・森も、陸の野生動物も海洋生物も年々減少しています。・・生態系の繋がりを考えれば、一部の増え過ぎた種(=人類)が減り始めるのも時間の問題でしょう。

 現代の人間社会が環境にかける負荷(・・エコロジカル・フットプリント・)を過去と比べてみます。いつの時代と比較してもいいのですが、ほんの100年前と比べても、その差・・・倍率に驚きます。紀元前と比べれば物凄い倍率になります。
紀元前の世界の人口や環境負荷の推定値などはかなりアバウトなもので、一桁違い(10倍や10分の1倍)くらいの誤差は当然でしょうが、そんな違いも気にならないようなアバウトな試算を行ってみます。


 先ず、100年ほど前の西暦1900年頃と現代(西暦2000年ちょっと過ぎ・・)を比べてみます。
 西暦1900年の人口は16億~17億と推定されています。(1900年でさえもそんなに正確な数値は出せません。)現在の4分の1以下です。また、1人当たりの環境負荷は、10分の1から100分の1と考えられます。(・・当時はまだ、いわゆる「未開」の民族が沢山いました。彼らの環境負荷は紀元前の人々とそれほど変わらないでしょう。)
地球に対する人類の環境負荷は 
(人口)×(一人当たりの環境負荷) 
と考えられますから、現在の人類の 環境負荷=環境破壊 の速度は、1900年当時と比べて現代を小さ目に見積もっても
(人口)4倍×(1人当たりの環境負荷)10倍=40倍
です。たった数世代(・・3~6世代・・)前の1900年頃の人類が1年かけて消費していた資源を、現在は10日以下で 消費=浪費 しているのです。
 まあ、20世紀の100年間は、人口も経済も超指数関数的に増加した”特異な世紀”でしたので、ほんの100年でもこれだけ物凄い倍率になりました。・・その意味で20世紀は、異常なまでに破局への加速度を増大させた世紀と言う事になりましょう。そして、その延長線上に21世紀があるのです。

次に紀元前と現代とを比べてみます。

 紀元前1万年くらいの世界の人口は100万人から1000万人くらいの間と推定されています。(・・相乗平均を取って、300万人くらいとしてもいいでしょう。・・指数関数的なお話ですから平均も相乗平均が理に適っているでしょう。・・)
 そうすると現在の人口は当時の人口の700~7000倍です。
現在の人間が一人当たり消費している資源やエネルギーは、当時の人間の100倍から1000倍と考えられます。
 以上から、現在の人類の 環境負荷=環境破壊 の速度は、紀元前10000年と比べて、少な目に見積もっても
(人口)700倍×(1人当たりの環境負荷)100倍=70000倍
です。
 現代の人類が1年で破壊する地球の自然環境は、紀元前1万年の人類は7万年以上もかかたのです。(このくらいの数値になると、1桁くらいの誤差は気にならなくなるでしょう・・)言い換えれば、
 紀元前1万年くらい前の人類 7万日=200年 分 の環境破壊を、現代の人類は1日もかからずに破壊するのです。(計算のアバウトさを考え、小さ目に見積もれば、現代の人類は、たった1時間で破壊するとも計算出来ます。)

 かなり恐ろしい事を現代の人類は行っている事になりましょう。こんな単純な計算でも十分に現代人類の無節操な暴挙がわかるというものです。だから、昔の人間が無限に大きいと考えても大丈夫であった地球に対する環境負荷も、20世紀に持続可能な限界を超えてしまったのです。そして、その負荷は全然減っていません。減るどころか、いまだに増えているのです。流石に20世紀のような超指数関数的増加は物理的にもう無理でしょう・・・もう資源が枯渇しつつありますから・・それなのに、不足している物を無理に消費し続け、経済成長を続けようとすればどうなるか・・・それは破局しかないでしょう。指数関数的特徴から考えて、【地球の再生能力】はこれから100年は持たないでしょう。だから21世紀は文明崩壊の世紀なのです。人類も含んだ地球の生態系を全体で考えた、ガイア地球は、21世紀中に、生態系の活動の停止を始めるのです。人間の(経済などの)活動も制御不可能な崩壊を始めるでしょう。もうその兆候は世界の至る所で現れています。


・・・こんな預言はしたくはないですね。だから最後に文明崩壊しなくてすむ方法をかきます。・・・それは勿論、脱成長、縮小路線です。人口も経済も工業も・・人間活動の殆どを縮小して、十分に余裕のあるところで、安定するのがいいのです。
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【2010/03/09 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

森林面積
guyver1092
 現在の年間森林消失面積で世界の総森林面積を割ると大体200年でほぼ零になるようです。森林消失面積も当然指数関数的に増えているはずですが、増加率のデータを見つけることができませんでした。
 仮に消失面積の増加率が7%とするとあと50年かからずに零になります。

 森林がなくなると、失われた農地を補うために開発する森林がないということになりますので人口を養うべき農地が年々少なくなっていくと言うことになります。すなわち、地球の定員削減です。

 成長などと寝言をいっている場合ではないところまで追い詰められているのに、なぜ支配者にはわからないのか私には解りません。世界最大の謎です。

こんばんは♪
BEM
>紀元前1万年くらい前の人類 7万日=200年 分 の環境破壊を、現代の人類は1日もかからずに破壊するのです。

いや全く(--; ホント計算は苦手ですけど、もっと言えば紀元前の人類なら、地球の環境はは永遠だったはずです。
現代の生活はもう破滅にまっしぐらですよね。
かといって一気に紀元前の生活はできないのですが、現実に日本でも自給自足に近い生活をしている方も居る訳で、もっと質素に暮らして行く方法はいくらでもある訳です。
パソコンの前に居る私が言うのも説得力はないのですが、最近ますますそのような生活に憧れます。

北海道は厳しい冬もありますが、太平洋岸は結構温暖で、雪も少ないのです。終の住処としてはどこがいいのかな? なんて考えるようになって来ました(笑)
地方に行けばいくほど時間は今でもゆったり流れている気がします。
マスコミなんかに流されなければ結構脱成長は可能なんじゃ?って気がします。

学生の頃、歳をとったら皆でじじいの国を作ろうぜ! なんて言ってた友達がいましたが、今から真剣に考えるべきかもなんて思う時があります。
私も友達も今は札幌に住んでるんですけどね(^^;

薪を使わずに住めるところ
上々
おぼろげながら気が付き始めた人が持続可能な社会なんてことを言っていますが、燃料を使う社会は持続可能ではありません。
それはさておき、温暖化が進んでいるとの与太話の割には今年の冬はひどく寒いようです。慣れない初めての北陸生活ですが、雪のすごさもさることながら、あまりの寒さに毎日震えています。最高気温が3℃、4℃なんて言うのが普通で、去年までの九州生活が夢のようです。
たとえ燃料に限りがあろうが、この寒さでは暖房を入れざるを得ません。
この電気も原発製かと思いながらエアコンを稼働させております。

海の環境破壊
Grace
今日は本当に寒いですね。鹿児島でも雪が降っています。。。
 先日、脱原発学習会で鹿大の生物学者・佐藤正典教授と南方新社代表・向原(むこうはら)祥隆氏のお話を聞きました。
 温排水による海の環境破壊、生態系の異常のお話でした。最近川内(せんだい)原発付近の浜ではサメやウミガメの死骸がたくさん上がっているそうです。この数は、九州のほかの浜辺よりも異常に多いということ。それなのに、市や県でさえ原発の影響とは認めないんです。向原さんたちの調査によって、温排水の流出範囲がごまかされていることも判明しました。それでも原子力保安院も「あ、そう。」的な反応だそうです。。
 川内川の源流は宮崎県の山奥で大きな河川だから、河口付近はとても栄養豊富で、海の生物にとってはよい場所だそうです。だけど、今は熱帯性の魚がいたり、温排水排出口あたりでは大きな魚が連れる、といって釣り人の人気スポットだそうです。・・私はそんなところで釣れた魚、絶対に食べたくないですけど・・でも、サーファーにとっては「サメが出る場所」として有名で、誰も来ないそうです。
 佐藤教授が「取水口で撒く次亜塩素酸ソーダは極めて有害だ」というと役人は「水道水にも入っているんですよ。そのくらいの濃度なんだから、危険とは言えない。」と言ったそうです。佐藤教授もおっしゃっていましたが、「人間が基準ではない。魚の稚魚やゴカイなど海の小さい生物はそのくらいの濃度でも問題なんです。」と。うちの子供が金魚を飼っていますが、急な水温変化、塩素などの水質変化には気をつけて水換えします。。。うちの子供でも分かっているのに、市や県の職員は生き物のことなんて分かっていないんです。取水口から取り込まれた水は、7℃上昇し排水されます。そこでプランクトンや稚魚の7割がショック死か瀕死の状態で出てくるそうです。(でも「瀕死状態」は「生きている」としてカウントされるので、7割以上が死んでいる可能性がある)
 また、上げ潮時と下げ潮時では温排水の流れる方向が違うのですが、上げ潮時にはどう考えても排水した「温排水」を再び取水口から吸い込み、さらに水温上昇をしているようです。それらデータも捏造で隠しているみたいですが。
 このような環境破壊は今に人間に返ってくるのに、本当に愚かな連中です!

>シグモイド関数
雑草Z
    路傍の石ころさん

シグモイド関数を教えて頂き有難う御座います。

 指数関数増加は、制限のないところで、一個体当たりの増加率が一定・・つまり増加率がその時の存在量に比例する物の特徴的増え方です。地球上での増加の例で言えば、地球を無限の広さと考えた場合の増加の仕方ですね。
 それに対し、実際は有限の地球では、指数関数のように増加率を増しながら増えて行ったものが、限界が見えてくる途中から増加率減少に転じます。そのような増え方をする関数に名前はあるのかな?どんな式で表されるのかな・・・と、漠然と思っていましたが、特に調べようとは思いませんでした。
それを突然、「シグモイド関数」・・・と、教えて頂いて有難う御座います。数十年のもやもやが消えました。

>始めはゆっくり、中盤は爆発的、やがて頭打ち

ですね。現象としては、 路傍の石ころ さんが例示されたように、
>外来種の植物の個体群の動態など
に現れるでしょうね。


私が、「指数関数的」と表現したのは、キャパシティがまだ無限に広がると仮定出来る部分についてです。
シグモイド関数 のグラフの真ん中の変曲点までに達していない増加の部分の近似・・と言うべきでしょうか?・・でも今回の例は明らかに変曲点を超えてますね(苦笑)

 サツマイモの栽培や収穫率の事、このシグモイド関数の事と、長年求めていたものを教えて頂き、非常に感謝しています。
 人類の人口増加も経済成長も20世紀には異常な超指数関数的に増加してきたように見えましたが、
>「シグモイド関数」的
に増加してきて、とっくに変曲点を過ぎていますね。いつの間にか成長が出来なくなってくるのは、「シグモイド関数」的でしょうけれど、その後、制御不可能な減衰を始めるのは、カタストロフィーの理論でしょうね・・?


>雑草Zさんの過去の記事で拝見しました。

過去の記事まで遡って読んで頂き有難う御座います。
【指数関数的増加】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-283.html
【対数関数感覚】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-284.html
ですね?

路傍の石ころ さんは、漠然と生物系が得意なのかと思っていましたが、数学系や物理系(流体力学とか)も得意なのですね。今回のような御指摘は大歓迎です。有難う御座います。これからも御指南宜しくお願いします。 

>地球の定員削減
雑草Z
    guyver1092さん

地球が有限であるだけでも、無限の成長は不可能な愚かな事なのに、森林消失のような事が起こっていると、guyver1092さんのおっしゃるところの
>地球の定員削減
つまり、地球自身がその上に住める人間の数の限度を下方修正する・・と言う事ですね。相変わらず表現が上手いですね。・・それこそ、持続可能な限界を超えた・・・と言う証拠の一つでもあるわけですね。


地球の再生能力内での変化
雑草Z
    BEMさん

 紀元前の人類が何万年もかかった自然破壊と同じ事を、今の人類は一日もかからずにやってしまう・・・と言う事は非常に恐ろしい危惧すべき事ですね。
BEMさんのおっしゃるように

>紀元前の人類なら、地球の環境はは永遠だった

ですね。つまり、地球の再生能力内での変化だったと言う事ですね。

>もっと質素に暮らして行く方法はいくらでもある

その通りですね。そして、経済は縮小安定の方向に行かなければならないでしょう。

暖をとる方法
雑草Z
    上々さん

もし、持続可能な範囲で薪を使うのなら、日本の人口レベルは100万人以下くらいでしょうかね?
 雪国でも人口密度1人/km くらいだったら永続可能ではないでしょうか?
 ヨーロッパでも石炭を使い始めたのは、薪として木を切り過ぎたからと言いますね。

 先ず、先に改めるべき事は、家の中を全部暖かくする全館暖房はやめて、炬燵やあんかのような局所暖房にするべきですね。・・・そして、目指すべきは体温発熱・・・体温を逃がさないで、それで温まる方法ですね。
 私の家でもなるべくそうしてるのですが、私は兎も角、家族が駄目ですね。

 

原発が一番の憂鬱の種
雑草Z
    Graceさん

 どんどん脱原発の勉強が進んでいらっしゃいますね。そう言う方がどんどん増えていって欲しいものです。

>温排水による海の環境破壊

これは相当酷いでしょうね。何せ原子炉では、核分裂で数万℃まで上がりますが、蒸気タービンを回すために熱しなければならない温度はせいぜい1000℃ですから、大部分の熱を海に捨てる・・・それが冷却ですね・・・と言う愚かな事をやってるわけですよ。地球が温暖化しているとしても、原発による部分も大きいでしょう。


>市や県の職員は生き物のことなんて分かっていない

どうしようもないですね。市や県の職員にも良識的な人は沢山いるでしょうけれど、組織として駄目ですね。原発を安全だなんて言っている連中は、「原発産業界の犬」 ですね。県民、市民のほうを見ないで、最低最悪の原発関連企業などの味方をするのは、県民、市民に対する背任行為ですね。

色々な示唆
雑草Z
    路傍の石ころさん

 またまた、興味深い長いコメント有難う御座います。

 路傍の石ころさんが国文学専攻だったなんて、ちょっと意外で面白いです。素敵ですね。
 私は確かに理系で、物理を専攻していました。あんまり勉強しませんでしたけどね。生物や農学を専攻していた方が面白かったかな・・・などと思う事もよくあります。

 今の時代、ネットが発達していて、わざわざ大学や研究室で学ばなくとも、(知識面は)ネットで十分ですね。

>植物地理学や個体群生態学

私もとても興味があります。

>宮城県の金華山のシカの生息数の消長

ざっと拝見させて頂きました。週末にじっくり見てみます。有名なグラフなんですね。
おっしゃるように

>個体群生態学の分野で、人類の今後を考える参考になりそう

ですね。実は統計は大好きです。

>自然界でも普通に起こるこういう現象が、人類の場合ドーピングの反動で強烈に破滅的にくるのじゃないかと、わたしは想像しています。

私もそう思います。金華山のシカの大量死も異常かも知れませんが、それとは比べ物にならないでしょうね。

週末の楽しみな課題が出来ました。

金華山
上々
金華山の鹿も限られた環境での生育なんで調べやすいと言う意味があったのでしょう。
他にもそのような場所は幾つかあると思いますが、やはりどこでも生態系の変動を受けやすく、個体数の変動も大きいのではと思います。
これは主に食糧の供給の面で限界に達しているためと考えられます。

その意味では地球全体の中であっても人間の生態系はすでに限界に達しているため、変動の影響は極めて強く現れるのではと思います。
しかも武器と言う手段を持っているため、鹿や猿などと違って食糧不足になってもおとなしく飢え死にしてくれるとは限らず、奪い合いの戦争と言う可能性が非常に高まっているものといえます。


閉鎖系の生態学
雑草Z
    上々さん 
も金華山のシカの生息数の調査の事は御存じだったのですね?

>主に食糧の供給の面で限界に達しているためと考えられます。

なるほど、やはりそうでしょうね?他の環境圧的要因はどんなものが考えられるのでしょう。

1985年の大量死も食料圧が主な原因なのでしょうか?路傍の石ころさん御紹介のサイトを調べて考察してみます。

>地球全体の中であっても人間の生態系はすでに限界に達しているため、変動の影響は極めて強く現れる

そうでしょうね。まして、ドーピングして一時的に限界を上げてますから、路傍の石ころさんのおっしゃるように

>人類の場合ドーピングの反動で強烈に破滅的にくる

でしょうね。

上々さんの御示唆される部分の

>奪い合いの戦争と言う可能性が非常に高まっている

も非常に懸念される部分であります。それなのに政府の行政のなんとお門違いな事・・・食料生産行政に関しては自民党政権時代よりは多少ましになった感はありますが・・・

週末になりましたが、まだ路傍の石ころ さん御紹介の件のサイトはしっかり目を通していないので、明日日曜日、時間をとりたいと思っています。
 
 

農業生産
上々
路傍の石ころさんの言われる通り、温暖化は農業生産にはプラスになります。マイナス要素としては産地の適性がずれてくるので、違った作物を作らなければならない場合が出てくると言う点ですが、これは必ずクリアできるはずのものです。
逆に寒冷化する場合を考えてみれば、現在の農業北限の地域で全く農業不適化になりますので、世界的な生産量が減少するのは明らかです。

さらに、二酸化炭素が増加すれば植物の代謝も活発になりますので、その点でもプラスになります。

しかし、大方の予測とは逆にやはりこの後は寒冷化に向かっていくものと予想しております。


金華山島の鹿
雑草Z
    路傍の石ころさん

 ここ数日、野暮用などで、時間がとれず、前回のコメントのお返事〔3月12日付〕も、もっと踏み込んだ内容を書きかかったのですが大雑把な内容になりまして失礼いたしました。今回前回のコメント〔3月9日付〕のお返事の追加も兼ねて、お返事させて頂きます。

御紹介のサイトの図1『金華山島におけるシカ個体数変化』 のグラフだけではなく記事は全部読ませて頂きました。
1994年あたりの中間報告的な論文という感じで研究助成金の報告書的なものですね。第5期(1994年度)とあります。中途半端な感じがしましたので、検索でもっと後の報告書を探して、第8期(1997年度)と第10期(1999年度)も読みました。後の報告書を読むと、1984年の大量死に続き、1997年にも大量死があったとの事ですね。
 後の報告書によると、金華山島の鹿の環境収容力は550頭くらいとの事です。その値を過ぎて暫くすると大量死があるようですね。
 第10期報告
http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h10/h10-no07.html
には、

>爆発的に増加して食料を食べ尽くして崩壊する

と言う従来の考え方ではなく

>環境収容力に達したのちに、環境変動に応じて減少し、また回復するという過程を繰り返すとする考え方

>おそらくこの研究により、従来教科書的に信じられてきた爆発・崩壊説や爆発・崩壊・平衡モデルなどは誤りであったことが証明されるであろう。 

と、ありましたが、その根拠がしっかり示されてなくて弱かったと思いますし、それはあくまでも環境が破壊されずに保全された場合の例で、現代の人間社会は、爆発・崩壊 の可能性のほうが遥かに高いと思います。

 さて、金華山島には、鹿の捕食者がおらず、狩猟も行われていないので、環境収容力の限界の550頭以上まで増えるとのこと。
 そこで興味深かったのは、人家のある地域にいて、給餌されたり、残飯を食べるなど、野生のシカとは違う食生活をしている「神社群」と給餌は受けていない「草原群」がある事ですね。
 人間に例えると、
ドーピングされている「文明人」とドーピングされていない「未開人」の対比でも考えられるし
同じ未開の人々の中で考え
 文明人と接触したり物的交流のある部族と無い部族(最近文明人と交流のない部族はいなくなったでしょうか?)に分けて考察する事も出来ますね。

 報告書では鹿の数の安定を保つためには給餌が必要である・・みたいな事が書かれていましたが、
給餌によって、鹿の数は自然の状態よりも膨れ上がった状態で安定しているようなので、給餌が途絶えた時の衰退は大変でしょう。
 野生動物も人間活動によって個体数が激減しているばかりではなく、人間によるドーピングをかなり受けているわけです。ドーピングはなるべく抜くべきだと考えていますが、ドーピングを抜くときはかなり慎重にしなければならないですね。そう言う余裕のあるうちにドーピングを抜くのがいいでしょうね。

       ******   *   ******   *   *********  

今回の路傍の石ころさんのコメントや御紹介のサイト、ネット検索により金華山に興味を持ち、訪れてみたいと思いました。金華山の神社も、境内の面積も広くて大きいみたいですね。興味があります。同じ東北ですし、機会を作って訪れてみたいと思います。ガラパゴス諸島に行くような気分です(笑)

>雑草Zさんは温暖化に関する話題は他の方に譲ると仰っているので、これを持ち出して恐縮ですが、 温暖化したほうが農業生産が増えるのに・・・

これは温暖化懐疑論と言うよりも、温暖化脅威論に対する批判ですから、この手の議論は歓迎です。
私が記事に書いたのは、

>二酸化炭素温暖化説に対する懐疑論は他の方に任せるとして

と言う事であって、自分はあんまり深入りしないと言うだけの事です・・・ちょっと深入りしそうな状況になってきましたが・・・二酸化炭素温暖化説懐疑論に嵌ってそればかりになるのは避けたいと言う事です。その議論をする専用の掲示板とかありますので・・。でも、ここのその手の記事のコメント欄に懐疑論のコメント頂く事は全く構いません。また【二酸化炭素温暖化対策の大罪】の続編を記事にしようかと思いますので、その時は宜しくお願いします。



あまりお返事になっていなかったかも知れませんが、長くなりましたのでこの辺でやめておきます。


 

温暖化と農業
雑草Z
    上々さん

 農業に関しては、路傍の石ころさんや上々さんのおっしゃるように、温暖化はプラスになる可能性が高いでしょうね。
 砂漠化は温暖化と相関している訳ではないですし・・。
また、上々さんのおっしゃるように

>産地の適性がずれてくるので、違った作物を作らなければならない場合が出てくると言う点ですが、これは必ずクリアできる
>二酸化炭素が増加すれば植物の代謝も活発になります

も全くその通りだと思います。

 二酸化炭素温暖化説は、二酸化炭素が主因か?温暖化しているのか?温暖化しているとして憂うべき事か?・・・と言う何十もの複雑な構造になっていて、全然実証されていない事に、「予防原則」とばかりに巨額な税金を投入すると言う詐欺構造になっていますね。

予防原則
上々
予防原則とは平易な概念のようであり、安全性が確認されるまでは実施させない、あるいは確認される前に手遅れにならないよう対応すると言ってしまえば確かなようですが、実際はそうではありません。

一言で言えば「自分の気に入らないものはさせない」という以上のものではなく、それに口実をつけているだけに堕しています。

なぜなら、予防原則を適用している対象は留めていても、それに代わるもの、現存の物質・工程・システム等はその検討を全く加えず、安易に採用されている。

さらに、温暖化についての予防原則では、新システムすら予防原則なしに採用されています。太陽光発電の危険性はかなり大きいと思われるにも関わらず、その予防原則は検討されているでしょうか。
風力発電では予防どころか、実際に有害であることが数多く現れているにも関わらず、なんらの予防対策も取られていません。

そんなわけで、今の予防原則なるものは、極めて恣意的に「嫌いなものはさせない」という意味でしかないというものです。

Re:予防原則
雑草Z
    上々さん

 本当に地球温暖化に関する予防原則は酷過ぎますね。
おっしゃるように風力、太陽光発電に予防原則はされていませんし、二酸化炭素の地下貯留なんてもかなり危険なものでしょう。そして、最悪なのは勿論原発です。
予防原則と言うのなら真っ先に原発に適応すべきですね。

今年のインフルエンザの「予防原則」も欧米の製薬会社に儲けさせただけでしたね。


>今の予防原則なるものは、極めて恣意的に「嫌いなものはさせない」という意味でしかないというもの

なるほど、ずばりと言いますね。それと、経済効果の為の予防原則ですね。
かつて【予防原則】2009/10/21 と言う記事も書いて、上々さんにもコメント頂きましたね。

予防原則の変な適応
雑草Z
    路傍の石ころさん

>調査されて因果関係がハッキリしたものは、役人や関係者は、なかなか認めようとしないで


そうですね。本当に変ですね。予防原則は
「確実なものには手を打たない」という原則だと曲解されているとしか思えない矛盾です。
原発のほうが遥かに危険な環境問題ですから、真っ先に廃止しなければならない筈ですね。
もう読まれたかも知れませんが、
【確実に危険なものには適応しない理不尽な「予防原則」】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-192.html

と言う記事も書きました。


>温暖化脅威論のように、それが本当に危機なのか怪しげで、因果関係が不確かで、ハッキリとしなくて、よくわからないものほど、役人も政治家も張りきって動き回るという傾向

そうですね。やっぱりこれは、利権がらみでしょう。

予防原則再び
上々
本当は予防原則の記事の方のコメントに書く方がいいのかもしれませんが、ここで。

医薬品・添加物等の新規物質の安全性のように、一定の原則で種々の調査が行われていても、まだ不明の危険性があるというのが予防原則の主張者のお決まりの手法ですが、温暖化についての予防原則というのはそれとはちょっと意味合いが違います。

温暖化の危険性自体が明確ではなくても対策は今からしておかなくてはいけないというのがどうやら主張の実態のようですが、そこには前記の通り、代替手法の危険性に対しての予防原則というものがすっぽりと抜け落ちています。
中西準子先生なら、リスクの大きさの評価が全くされていないと言うところだと思います。

温暖化が進んだ時の危険性と、代替手法の危険性を比べ、温暖化の危険性が上回った時のみにその実施を認めるべきですが、どう見ても現在の代替手法はそれよりはるかに危険と思いますが。

なお、温暖化するかどうかは関係なく、化石燃料依存の危険性は莫大なものであり、できるだけ依存から抜け出すことが必要なのは言うまでもないことで、温暖化説もその方向で使えればよかったかもしれませんが、どうやらそれは無理だったようです。


二酸化炭素温暖化予防対策と言う愚行
雑草Z
    上々さん

そもそも、ここのコメント欄で「予防原則」について最初に触れたのは私なので[3月14日]こちらで議論致しましょう。

>温暖化の危険性自体が明確ではなくても対策は今からしておかなくてはいけないというのがどうやら主張の実態のようですが

全くその通りですね。温暖化の危険性だけでなく、二酸化炭素が温暖化の主因かどうかもわかりませんね。何重もの不確実性の重なったものが二酸化炭素温暖化説ですね。


>代替手法の危険性に対しての予防原則というものがすっぽりと抜け落ちています。

そうですね。そして、代替としての役割も果たしていませんね。更なる石油の浪費でCO2をもっと排出します。


>化石燃料依存の危険性は莫大なものであり、できるだけ依存から抜け出すことが必要なのは言うまでもないこと

これも全くその通りですね。二酸化炭素温暖化対策がどうしようもないのは、ほとんど、石油の節約になっていないばかりか、他の資源も浪費して、危険性も増えて行く点ですね。世紀の愚策です。

安全性管理
上々
医薬品・添加物・農薬の安全性審査の状況は一応分かりますので、いかに多方面にわたり厳密に行われているかが分かりますが、それにも関らず予防原則と言われるのも困ったものなのですが、その他の分野ではそこまで厳しくは考えられていいないでしょうね。

例えば環境アセスメントというのもその一種ですが、実効性はないというイメージがあります。
機械の安全性と言ってもせいぜい操作者や周囲の人への安全性であり、システム全体を見たものではないでしょう。

風車が低周波振動で周囲に健康被害が出るなんていうのは極めて低レベルな話で、(そんなことも予想できないのという意味で)薬品などであれば一例でもでればすぐに打ち切りですね。

まあそんなところに予防原則なんて持ちださないでくれというのが正直な気持ちです。

環境アセワスメント
雑草Z
    上々さん

>医薬品・添加物・農薬の安全性審査の状況は一応分かりますので

これらは基準どおりしっかり審査されているわけですね。
それに対し、公共工事等の環境アセスメントは酷過ぎますね。工事を行う事業者に都合のいいような「結論」が先にあって、それに「合わせて」環境アセスメントがなされて来たので、『環境合わすメント』と言われてきました。数年前に発覚した緑資源機構の官製談合事件の際の緑資源と癒着していた環境アセス法人も酷いものがありました。
【境アワスメントのトホホな実態】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-205.html
でも記事にしました。

>風車が低周波振動で周囲に健康被害が出るなんていうのは極めて低レベルな話で、

そうなのでしょうね?・・・ならばこの環境アセスにも癒着、汚職構造がある可能性が高いですね。

上々さんのおっしゃるように、予防原則の適応の仕方は事例によってかなり大きく異なっていて、公共事業に関しては意図的に骨抜きになっている場合が圧倒的に多いですね。

リスク評価
上々
医薬品や食品のリスクは狭い範囲で考えればよいのでそれは楽かもしれません。まあ内容は非常に厳格なので、実施するのは大変なんですが。

それと比較すれば工業装置や発電所などの設備のリスクと言うのは非常に幅広くなり考えにくい話になってしまい、結局は推進者側のお手盛り状態になるんでしょう。

リスクと言うからには、起こった場合の災害の規模と起こる確率を評価しなければなりませんが、原発の事故などは確率を出しませんので事実上評価不能です。
このような考察を重ねても、「現状で想像できない災害」というのは必ず出てくるので、困難が増します。

これを過大に言う人は予防原則と言う言葉に引っかかりやすい人でしょうし、過少に言う人は何でも良いから推進派という人かもしれません。

それでもできるだけ想像力を働かせて考えられる結果をすべて拾い上げる努力が必要なんですが、誰がやるかを考えると暗澹とします。

Re:リスク評価
雑草Z
    上々さん

>起こった場合の災害の規模と起こる確率を評価

これはなかなか難しく、評価者によって大きな違いが生じるでしょうね。
 原発の場合は確かに確率を出せませんが、今までスリーマイル島やチェルノブイリでの事故など考えると規模は莫大です。規模は小さいく、隠蔽されることも多いのですが、日本でも何度も起こってます。チェルノブイリ規模以上で国家が滅びます。地震や津波、テロを考えれば、世界の原発のどこかで大事故が起こる確率は小さくないでしょう。
 事故が起きなくても、放射性廃棄物の管理は数万年に及びますし、その間に何度も修理処理しなければ漏れ出すことは確実なので、原発は事故がなくても予防原則で、やるべきではありません。まさに負の遺産です。

逆に、二酸化炭素削減の為の現行の対策は、予防原則が逆効果で、やらないことが予防原則でしょう。

予防原則自体は
上々
予防原則の誤った主張を糾弾はしていますが、全く否定しているわけではありません。
薬品や化学物質、遺伝子操作に対して言われるような、これだけ安全性を証明してもまだあれこれケチをつけるようなやり方はおかしいと思いますが、環境アセスのような分野では全く検討していないに等しいものもあるようなので、ここはもう少し考えさせてもよいはずです。

ただし、その新規物質・事業等を予防原則で待たせている間に既存の物質・装置等はそのまま使用・稼働されていることを考えなければならず、本当にそれには害がないのかどうかも実は証明されているわけではありません。
害の全くないものはないと考えれば、その害を減らすための新規物質を使えずに、現状の有害性を放置している場合もある場合が多いのではと思います。

新規かどうかよりもリスクの大きさで判断しなければいけないのですが、現状のものを止めるのは大変なためか、予防原則の出番も余計に新規採用の時だけに限られるようです。

確実な予防原則は
雑草Z
    上々さん

 本来ならば、予防原則は、安全性が確かめられるまで施行すべきではない事だと思いますが、上々さんのおっしゃるように

>新規かどうかよりもリスクの大きさで判断しなければいけないのですが、現状のものを止めるのは大変なためか、予防原則の出番も余計に新規採用の時だけに限られるようです。

と言う、どうしようもない状況に陥っていますね。
既存の物質や施設でも、施行前に十分にリスクが予測されたのに、経済優先で見切り発車されたものが沢山あります。
 その最悪の例が原発でしょう。放射能の非常な有害性や継続性を知っていて、処理法も分からないまま見切り発車したのですから・・・そして、案の定、処理は出来ない・・・と言うことがわかったのですから、どうしようもない愚行と言うべきでしょう。原発を推進してきた人々は、償いきれない大罪を犯したことになりましょう。
 



地下水
2009年-2010年「地球温暖化ニュース」から。
「魚の平均体重がこの30年で半減している。」
「野生の脊椎動物の個体数は1970年に比べて2000年には60%までにも減少している。」
現状がここまで酷いとは驚いた。排気ガスを垂れ流す、石油文明がここまで酷いとは。

生態系の危機は人類の危機
雑草Z
    地下水さん

お久し振りのコメント有難う御座います。一年振りくらいでしょうか?

>「野生の脊椎動物の個体数は1970年に比べて2000年には60%までにも減少している。」

この辺りの数字の定量的信頼はかなりアバウトでしょうが、野生の脊椎動物は相当減っているでしょうね。
増えている脊椎動物って家畜くらいしかいないのではないでしょうか?・・・本当に酷いものです。末期症状ですね。

でもこれらの危機は地球温暖化が原因とは言えないでしょうね。乱獲とか、農薬など石油化学物質の自然界へのたれ流し、自然破壊などが主因である事は明らかでしょう。

>石油文明がここまで酷い

と、云う事でしょう。


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この記事へのコメント
森林面積
 現在の年間森林消失面積で世界の総森林面積を割ると大体200年でほぼ零になるようです。森林消失面積も当然指数関数的に増えているはずですが、増加率のデータを見つけることができませんでした。
 仮に消失面積の増加率が7%とするとあと50年かからずに零になります。

 森林がなくなると、失われた農地を補うために開発する森林がないということになりますので人口を養うべき農地が年々少なくなっていくと言うことになります。すなわち、地球の定員削減です。

 成長などと寝言をいっている場合ではないところまで追い詰められているのに、なぜ支配者にはわからないのか私には解りません。世界最大の謎です。
2010/03/09(Tue) 20:55 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
こんばんは♪
>紀元前1万年くらい前の人類 7万日=200年 分 の環境破壊を、現代の人類は1日もかからずに破壊するのです。

いや全く(--; ホント計算は苦手ですけど、もっと言えば紀元前の人類なら、地球の環境はは永遠だったはずです。
現代の生活はもう破滅にまっしぐらですよね。
かといって一気に紀元前の生活はできないのですが、現実に日本でも自給自足に近い生活をしている方も居る訳で、もっと質素に暮らして行く方法はいくらでもある訳です。
パソコンの前に居る私が言うのも説得力はないのですが、最近ますますそのような生活に憧れます。

北海道は厳しい冬もありますが、太平洋岸は結構温暖で、雪も少ないのです。終の住処としてはどこがいいのかな? なんて考えるようになって来ました(笑)
地方に行けばいくほど時間は今でもゆったり流れている気がします。
マスコミなんかに流されなければ結構脱成長は可能なんじゃ?って気がします。

学生の頃、歳をとったら皆でじじいの国を作ろうぜ! なんて言ってた友達がいましたが、今から真剣に考えるべきかもなんて思う時があります。
私も友達も今は札幌に住んでるんですけどね(^^;
2010/03/10(Wed) 00:29 | URL  | BEM #hszQL7r.[ 編集]
薪を使わずに住めるところ
おぼろげながら気が付き始めた人が持続可能な社会なんてことを言っていますが、燃料を使う社会は持続可能ではありません。
それはさておき、温暖化が進んでいるとの与太話の割には今年の冬はひどく寒いようです。慣れない初めての北陸生活ですが、雪のすごさもさることながら、あまりの寒さに毎日震えています。最高気温が3℃、4℃なんて言うのが普通で、去年までの九州生活が夢のようです。
たとえ燃料に限りがあろうが、この寒さでは暖房を入れざるを得ません。
この電気も原発製かと思いながらエアコンを稼働させております。
2010/03/10(Wed) 14:37 | URL  | 上々 #-[ 編集]
海の環境破壊
今日は本当に寒いですね。鹿児島でも雪が降っています。。。
 先日、脱原発学習会で鹿大の生物学者・佐藤正典教授と南方新社代表・向原(むこうはら)祥隆氏のお話を聞きました。
 温排水による海の環境破壊、生態系の異常のお話でした。最近川内(せんだい)原発付近の浜ではサメやウミガメの死骸がたくさん上がっているそうです。この数は、九州のほかの浜辺よりも異常に多いということ。それなのに、市や県でさえ原発の影響とは認めないんです。向原さんたちの調査によって、温排水の流出範囲がごまかされていることも判明しました。それでも原子力保安院も「あ、そう。」的な反応だそうです。。
 川内川の源流は宮崎県の山奥で大きな河川だから、河口付近はとても栄養豊富で、海の生物にとってはよい場所だそうです。だけど、今は熱帯性の魚がいたり、温排水排出口あたりでは大きな魚が連れる、といって釣り人の人気スポットだそうです。・・私はそんなところで釣れた魚、絶対に食べたくないですけど・・でも、サーファーにとっては「サメが出る場所」として有名で、誰も来ないそうです。
 佐藤教授が「取水口で撒く次亜塩素酸ソーダは極めて有害だ」というと役人は「水道水にも入っているんですよ。そのくらいの濃度なんだから、危険とは言えない。」と言ったそうです。佐藤教授もおっしゃっていましたが、「人間が基準ではない。魚の稚魚やゴカイなど海の小さい生物はそのくらいの濃度でも問題なんです。」と。うちの子供が金魚を飼っていますが、急な水温変化、塩素などの水質変化には気をつけて水換えします。。。うちの子供でも分かっているのに、市や県の職員は生き物のことなんて分かっていないんです。取水口から取り込まれた水は、7℃上昇し排水されます。そこでプランクトンや稚魚の7割がショック死か瀕死の状態で出てくるそうです。(でも「瀕死状態」は「生きている」としてカウントされるので、7割以上が死んでいる可能性がある)
 また、上げ潮時と下げ潮時では温排水の流れる方向が違うのですが、上げ潮時にはどう考えても排水した「温排水」を再び取水口から吸い込み、さらに水温上昇をしているようです。それらデータも捏造で隠しているみたいですが。
 このような環境破壊は今に人間に返ってくるのに、本当に愚かな連中です!
2010/03/10(Wed) 17:04 | URL  | Grace #-[ 編集]
>シグモイド関数
    路傍の石ころさん

シグモイド関数を教えて頂き有難う御座います。

 指数関数増加は、制限のないところで、一個体当たりの増加率が一定・・つまり増加率がその時の存在量に比例する物の特徴的増え方です。地球上での増加の例で言えば、地球を無限の広さと考えた場合の増加の仕方ですね。
 それに対し、実際は有限の地球では、指数関数のように増加率を増しながら増えて行ったものが、限界が見えてくる途中から増加率減少に転じます。そのような増え方をする関数に名前はあるのかな?どんな式で表されるのかな・・・と、漠然と思っていましたが、特に調べようとは思いませんでした。
それを突然、「シグモイド関数」・・・と、教えて頂いて有難う御座います。数十年のもやもやが消えました。

>始めはゆっくり、中盤は爆発的、やがて頭打ち

ですね。現象としては、 路傍の石ころ さんが例示されたように、
>外来種の植物の個体群の動態など
に現れるでしょうね。


私が、「指数関数的」と表現したのは、キャパシティがまだ無限に広がると仮定出来る部分についてです。
シグモイド関数 のグラフの真ん中の変曲点までに達していない増加の部分の近似・・と言うべきでしょうか?・・でも今回の例は明らかに変曲点を超えてますね(苦笑)

 サツマイモの栽培や収穫率の事、このシグモイド関数の事と、長年求めていたものを教えて頂き、非常に感謝しています。
 人類の人口増加も経済成長も20世紀には異常な超指数関数的に増加してきたように見えましたが、
>「シグモイド関数」的
に増加してきて、とっくに変曲点を過ぎていますね。いつの間にか成長が出来なくなってくるのは、「シグモイド関数」的でしょうけれど、その後、制御不可能な減衰を始めるのは、カタストロフィーの理論でしょうね・・?


>雑草Zさんの過去の記事で拝見しました。

過去の記事まで遡って読んで頂き有難う御座います。
【指数関数的増加】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-283.html
【対数関数感覚】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-284.html
ですね?

路傍の石ころ さんは、漠然と生物系が得意なのかと思っていましたが、数学系や物理系(流体力学とか)も得意なのですね。今回のような御指摘は大歓迎です。有難う御座います。これからも御指南宜しくお願いします。 
2010/03/10(Wed) 23:46 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
>地球の定員削減
    guyver1092さん

地球が有限であるだけでも、無限の成長は不可能な愚かな事なのに、森林消失のような事が起こっていると、guyver1092さんのおっしゃるところの
>地球の定員削減
つまり、地球自身がその上に住める人間の数の限度を下方修正する・・と言う事ですね。相変わらず表現が上手いですね。・・それこそ、持続可能な限界を超えた・・・と言う証拠の一つでもあるわけですね。
2010/03/10(Wed) 23:55 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
地球の再生能力内での変化
    BEMさん

 紀元前の人類が何万年もかかった自然破壊と同じ事を、今の人類は一日もかからずにやってしまう・・・と言う事は非常に恐ろしい危惧すべき事ですね。
BEMさんのおっしゃるように

>紀元前の人類なら、地球の環境はは永遠だった

ですね。つまり、地球の再生能力内での変化だったと言う事ですね。

>もっと質素に暮らして行く方法はいくらでもある

その通りですね。そして、経済は縮小安定の方向に行かなければならないでしょう。
2010/03/11(Thu) 00:05 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
暖をとる方法
    上々さん

もし、持続可能な範囲で薪を使うのなら、日本の人口レベルは100万人以下くらいでしょうかね?
 雪国でも人口密度1人/km くらいだったら永続可能ではないでしょうか?
 ヨーロッパでも石炭を使い始めたのは、薪として木を切り過ぎたからと言いますね。

 先ず、先に改めるべき事は、家の中を全部暖かくする全館暖房はやめて、炬燵やあんかのような局所暖房にするべきですね。・・・そして、目指すべきは体温発熱・・・体温を逃がさないで、それで温まる方法ですね。
 私の家でもなるべくそうしてるのですが、私は兎も角、家族が駄目ですね。

 
2010/03/11(Thu) 00:16 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
原発が一番の憂鬱の種
    Graceさん

 どんどん脱原発の勉強が進んでいらっしゃいますね。そう言う方がどんどん増えていって欲しいものです。

>温排水による海の環境破壊

これは相当酷いでしょうね。何せ原子炉では、核分裂で数万℃まで上がりますが、蒸気タービンを回すために熱しなければならない温度はせいぜい1000℃ですから、大部分の熱を海に捨てる・・・それが冷却ですね・・・と言う愚かな事をやってるわけですよ。地球が温暖化しているとしても、原発による部分も大きいでしょう。


>市や県の職員は生き物のことなんて分かっていない

どうしようもないですね。市や県の職員にも良識的な人は沢山いるでしょうけれど、組織として駄目ですね。原発を安全だなんて言っている連中は、「原発産業界の犬」 ですね。県民、市民のほうを見ないで、最低最悪の原発関連企業などの味方をするのは、県民、市民に対する背任行為ですね。
2010/03/11(Thu) 00:36 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
色々な示唆
    路傍の石ころさん

 またまた、興味深い長いコメント有難う御座います。

 路傍の石ころさんが国文学専攻だったなんて、ちょっと意外で面白いです。素敵ですね。
 私は確かに理系で、物理を専攻していました。あんまり勉強しませんでしたけどね。生物や農学を専攻していた方が面白かったかな・・・などと思う事もよくあります。

 今の時代、ネットが発達していて、わざわざ大学や研究室で学ばなくとも、(知識面は)ネットで十分ですね。

>植物地理学や個体群生態学

私もとても興味があります。

>宮城県の金華山のシカの生息数の消長

ざっと拝見させて頂きました。週末にじっくり見てみます。有名なグラフなんですね。
おっしゃるように

>個体群生態学の分野で、人類の今後を考える参考になりそう

ですね。実は統計は大好きです。

>自然界でも普通に起こるこういう現象が、人類の場合ドーピングの反動で強烈に破滅的にくるのじゃないかと、わたしは想像しています。

私もそう思います。金華山のシカの大量死も異常かも知れませんが、それとは比べ物にならないでしょうね。

週末の楽しみな課題が出来ました。
2010/03/12(Fri) 07:25 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
金華山
金華山の鹿も限られた環境での生育なんで調べやすいと言う意味があったのでしょう。
他にもそのような場所は幾つかあると思いますが、やはりどこでも生態系の変動を受けやすく、個体数の変動も大きいのではと思います。
これは主に食糧の供給の面で限界に達しているためと考えられます。

その意味では地球全体の中であっても人間の生態系はすでに限界に達しているため、変動の影響は極めて強く現れるのではと思います。
しかも武器と言う手段を持っているため、鹿や猿などと違って食糧不足になってもおとなしく飢え死にしてくれるとは限らず、奪い合いの戦争と言う可能性が非常に高まっているものといえます。
2010/03/13(Sat) 09:04 | URL  | 上々 #-[ 編集]
閉鎖系の生態学
    上々さん 
も金華山のシカの生息数の調査の事は御存じだったのですね?

>主に食糧の供給の面で限界に達しているためと考えられます。

なるほど、やはりそうでしょうね?他の環境圧的要因はどんなものが考えられるのでしょう。

1985年の大量死も食料圧が主な原因なのでしょうか?路傍の石ころさん御紹介のサイトを調べて考察してみます。

>地球全体の中であっても人間の生態系はすでに限界に達しているため、変動の影響は極めて強く現れる

そうでしょうね。まして、ドーピングして一時的に限界を上げてますから、路傍の石ころさんのおっしゃるように

>人類の場合ドーピングの反動で強烈に破滅的にくる

でしょうね。

上々さんの御示唆される部分の

>奪い合いの戦争と言う可能性が非常に高まっている

も非常に懸念される部分であります。それなのに政府の行政のなんとお門違いな事・・・食料生産行政に関しては自民党政権時代よりは多少ましになった感はありますが・・・

週末になりましたが、まだ路傍の石ころ さん御紹介の件のサイトはしっかり目を通していないので、明日日曜日、時間をとりたいと思っています。
 
 
2010/03/13(Sat) 12:22 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
農業生産
路傍の石ころさんの言われる通り、温暖化は農業生産にはプラスになります。マイナス要素としては産地の適性がずれてくるので、違った作物を作らなければならない場合が出てくると言う点ですが、これは必ずクリアできるはずのものです。
逆に寒冷化する場合を考えてみれば、現在の農業北限の地域で全く農業不適化になりますので、世界的な生産量が減少するのは明らかです。

さらに、二酸化炭素が増加すれば植物の代謝も活発になりますので、その点でもプラスになります。

しかし、大方の予測とは逆にやはりこの後は寒冷化に向かっていくものと予想しております。
2010/03/13(Sat) 21:18 | URL  | 上々 #-[ 編集]
金華山島の鹿
    路傍の石ころさん

 ここ数日、野暮用などで、時間がとれず、前回のコメントのお返事〔3月12日付〕も、もっと踏み込んだ内容を書きかかったのですが大雑把な内容になりまして失礼いたしました。今回前回のコメント〔3月9日付〕のお返事の追加も兼ねて、お返事させて頂きます。

御紹介のサイトの図1『金華山島におけるシカ個体数変化』 のグラフだけではなく記事は全部読ませて頂きました。
1994年あたりの中間報告的な論文という感じで研究助成金の報告書的なものですね。第5期(1994年度)とあります。中途半端な感じがしましたので、検索でもっと後の報告書を探して、第8期(1997年度)と第10期(1999年度)も読みました。後の報告書を読むと、1984年の大量死に続き、1997年にも大量死があったとの事ですね。
 後の報告書によると、金華山島の鹿の環境収容力は550頭くらいとの事です。その値を過ぎて暫くすると大量死があるようですね。
 第10期報告
http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h10/h10-no07.html
には、

>爆発的に増加して食料を食べ尽くして崩壊する

と言う従来の考え方ではなく

>環境収容力に達したのちに、環境変動に応じて減少し、また回復するという過程を繰り返すとする考え方

>おそらくこの研究により、従来教科書的に信じられてきた爆発・崩壊説や爆発・崩壊・平衡モデルなどは誤りであったことが証明されるであろう。 

と、ありましたが、その根拠がしっかり示されてなくて弱かったと思いますし、それはあくまでも環境が破壊されずに保全された場合の例で、現代の人間社会は、爆発・崩壊 の可能性のほうが遥かに高いと思います。

 さて、金華山島には、鹿の捕食者がおらず、狩猟も行われていないので、環境収容力の限界の550頭以上まで増えるとのこと。
 そこで興味深かったのは、人家のある地域にいて、給餌されたり、残飯を食べるなど、野生のシカとは違う食生活をしている「神社群」と給餌は受けていない「草原群」がある事ですね。
 人間に例えると、
ドーピングされている「文明人」とドーピングされていない「未開人」の対比でも考えられるし
同じ未開の人々の中で考え
 文明人と接触したり物的交流のある部族と無い部族(最近文明人と交流のない部族はいなくなったでしょうか?)に分けて考察する事も出来ますね。

 報告書では鹿の数の安定を保つためには給餌が必要である・・みたいな事が書かれていましたが、
給餌によって、鹿の数は自然の状態よりも膨れ上がった状態で安定しているようなので、給餌が途絶えた時の衰退は大変でしょう。
 野生動物も人間活動によって個体数が激減しているばかりではなく、人間によるドーピングをかなり受けているわけです。ドーピングはなるべく抜くべきだと考えていますが、ドーピングを抜くときはかなり慎重にしなければならないですね。そう言う余裕のあるうちにドーピングを抜くのがいいでしょうね。

       ******   *   ******   *   *********  

今回の路傍の石ころさんのコメントや御紹介のサイト、ネット検索により金華山に興味を持ち、訪れてみたいと思いました。金華山の神社も、境内の面積も広くて大きいみたいですね。興味があります。同じ東北ですし、機会を作って訪れてみたいと思います。ガラパゴス諸島に行くような気分です(笑)

>雑草Zさんは温暖化に関する話題は他の方に譲ると仰っているので、これを持ち出して恐縮ですが、 温暖化したほうが農業生産が増えるのに・・・

これは温暖化懐疑論と言うよりも、温暖化脅威論に対する批判ですから、この手の議論は歓迎です。
私が記事に書いたのは、

>二酸化炭素温暖化説に対する懐疑論は他の方に任せるとして

と言う事であって、自分はあんまり深入りしないと言うだけの事です・・・ちょっと深入りしそうな状況になってきましたが・・・二酸化炭素温暖化説懐疑論に嵌ってそればかりになるのは避けたいと言う事です。その議論をする専用の掲示板とかありますので・・。でも、ここのその手の記事のコメント欄に懐疑論のコメント頂く事は全く構いません。また【二酸化炭素温暖化対策の大罪】の続編を記事にしようかと思いますので、その時は宜しくお願いします。



あまりお返事になっていなかったかも知れませんが、長くなりましたのでこの辺でやめておきます。


 
2010/03/14(Sun) 15:12 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
温暖化と農業
    上々さん

 農業に関しては、路傍の石ころさんや上々さんのおっしゃるように、温暖化はプラスになる可能性が高いでしょうね。
 砂漠化は温暖化と相関している訳ではないですし・・。
また、上々さんのおっしゃるように

>産地の適性がずれてくるので、違った作物を作らなければならない場合が出てくると言う点ですが、これは必ずクリアできる
>二酸化炭素が増加すれば植物の代謝も活発になります

も全くその通りだと思います。

 二酸化炭素温暖化説は、二酸化炭素が主因か?温暖化しているのか?温暖化しているとして憂うべき事か?・・・と言う何十もの複雑な構造になっていて、全然実証されていない事に、「予防原則」とばかりに巨額な税金を投入すると言う詐欺構造になっていますね。
2010/03/14(Sun) 15:46 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
予防原則
予防原則とは平易な概念のようであり、安全性が確認されるまでは実施させない、あるいは確認される前に手遅れにならないよう対応すると言ってしまえば確かなようですが、実際はそうではありません。

一言で言えば「自分の気に入らないものはさせない」という以上のものではなく、それに口実をつけているだけに堕しています。

なぜなら、予防原則を適用している対象は留めていても、それに代わるもの、現存の物質・工程・システム等はその検討を全く加えず、安易に採用されている。

さらに、温暖化についての予防原則では、新システムすら予防原則なしに採用されています。太陽光発電の危険性はかなり大きいと思われるにも関わらず、その予防原則は検討されているでしょうか。
風力発電では予防どころか、実際に有害であることが数多く現れているにも関わらず、なんらの予防対策も取られていません。

そんなわけで、今の予防原則なるものは、極めて恣意的に「嫌いなものはさせない」という意味でしかないというものです。
2010/03/15(Mon) 15:57 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:予防原則
    上々さん

 本当に地球温暖化に関する予防原則は酷過ぎますね。
おっしゃるように風力、太陽光発電に予防原則はされていませんし、二酸化炭素の地下貯留なんてもかなり危険なものでしょう。そして、最悪なのは勿論原発です。
予防原則と言うのなら真っ先に原発に適応すべきですね。

今年のインフルエンザの「予防原則」も欧米の製薬会社に儲けさせただけでしたね。


>今の予防原則なるものは、極めて恣意的に「嫌いなものはさせない」という意味でしかないというもの

なるほど、ずばりと言いますね。それと、経済効果の為の予防原則ですね。
かつて【予防原則】2009/10/21 と言う記事も書いて、上々さんにもコメント頂きましたね。
2010/03/15(Mon) 19:14 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
予防原則の変な適応
    路傍の石ころさん

>調査されて因果関係がハッキリしたものは、役人や関係者は、なかなか認めようとしないで


そうですね。本当に変ですね。予防原則は
「確実なものには手を打たない」という原則だと曲解されているとしか思えない矛盾です。
原発のほうが遥かに危険な環境問題ですから、真っ先に廃止しなければならない筈ですね。
もう読まれたかも知れませんが、
【確実に危険なものには適応しない理不尽な「予防原則」】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-192.html

と言う記事も書きました。


>温暖化脅威論のように、それが本当に危機なのか怪しげで、因果関係が不確かで、ハッキリとしなくて、よくわからないものほど、役人も政治家も張りきって動き回るという傾向

そうですね。やっぱりこれは、利権がらみでしょう。
2010/03/15(Mon) 23:03 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
予防原則再び
本当は予防原則の記事の方のコメントに書く方がいいのかもしれませんが、ここで。

医薬品・添加物等の新規物質の安全性のように、一定の原則で種々の調査が行われていても、まだ不明の危険性があるというのが予防原則の主張者のお決まりの手法ですが、温暖化についての予防原則というのはそれとはちょっと意味合いが違います。

温暖化の危険性自体が明確ではなくても対策は今からしておかなくてはいけないというのがどうやら主張の実態のようですが、そこには前記の通り、代替手法の危険性に対しての予防原則というものがすっぽりと抜け落ちています。
中西準子先生なら、リスクの大きさの評価が全くされていないと言うところだと思います。

温暖化が進んだ時の危険性と、代替手法の危険性を比べ、温暖化の危険性が上回った時のみにその実施を認めるべきですが、どう見ても現在の代替手法はそれよりはるかに危険と思いますが。

なお、温暖化するかどうかは関係なく、化石燃料依存の危険性は莫大なものであり、できるだけ依存から抜け出すことが必要なのは言うまでもないことで、温暖化説もその方向で使えればよかったかもしれませんが、どうやらそれは無理だったようです。
2010/03/16(Tue) 08:28 | URL  | 上々 #-[ 編集]
二酸化炭素温暖化予防対策と言う愚行
    上々さん

そもそも、ここのコメント欄で「予防原則」について最初に触れたのは私なので[3月14日]こちらで議論致しましょう。

>温暖化の危険性自体が明確ではなくても対策は今からしておかなくてはいけないというのがどうやら主張の実態のようですが

全くその通りですね。温暖化の危険性だけでなく、二酸化炭素が温暖化の主因かどうかもわかりませんね。何重もの不確実性の重なったものが二酸化炭素温暖化説ですね。


>代替手法の危険性に対しての予防原則というものがすっぽりと抜け落ちています。

そうですね。そして、代替としての役割も果たしていませんね。更なる石油の浪費でCO2をもっと排出します。


>化石燃料依存の危険性は莫大なものであり、できるだけ依存から抜け出すことが必要なのは言うまでもないこと

これも全くその通りですね。二酸化炭素温暖化対策がどうしようもないのは、ほとんど、石油の節約になっていないばかりか、他の資源も浪費して、危険性も増えて行く点ですね。世紀の愚策です。
2010/03/16(Tue) 21:33 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
安全性管理
医薬品・添加物・農薬の安全性審査の状況は一応分かりますので、いかに多方面にわたり厳密に行われているかが分かりますが、それにも関らず予防原則と言われるのも困ったものなのですが、その他の分野ではそこまで厳しくは考えられていいないでしょうね。

例えば環境アセスメントというのもその一種ですが、実効性はないというイメージがあります。
機械の安全性と言ってもせいぜい操作者や周囲の人への安全性であり、システム全体を見たものではないでしょう。

風車が低周波振動で周囲に健康被害が出るなんていうのは極めて低レベルな話で、(そんなことも予想できないのという意味で)薬品などであれば一例でもでればすぐに打ち切りですね。

まあそんなところに予防原則なんて持ちださないでくれというのが正直な気持ちです。
2010/03/17(Wed) 10:45 | URL  | 上々 #-[ 編集]
環境アセワスメント
    上々さん

>医薬品・添加物・農薬の安全性審査の状況は一応分かりますので

これらは基準どおりしっかり審査されているわけですね。
それに対し、公共工事等の環境アセスメントは酷過ぎますね。工事を行う事業者に都合のいいような「結論」が先にあって、それに「合わせて」環境アセスメントがなされて来たので、『環境合わすメント』と言われてきました。数年前に発覚した緑資源機構の官製談合事件の際の緑資源と癒着していた環境アセス法人も酷いものがありました。
【境アワスメントのトホホな実態】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-205.html
でも記事にしました。

>風車が低周波振動で周囲に健康被害が出るなんていうのは極めて低レベルな話で、

そうなのでしょうね?・・・ならばこの環境アセスにも癒着、汚職構造がある可能性が高いですね。

上々さんのおっしゃるように、予防原則の適応の仕方は事例によってかなり大きく異なっていて、公共事業に関しては意図的に骨抜きになっている場合が圧倒的に多いですね。
2010/03/17(Wed) 22:23 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
リスク評価
医薬品や食品のリスクは狭い範囲で考えればよいのでそれは楽かもしれません。まあ内容は非常に厳格なので、実施するのは大変なんですが。

それと比較すれば工業装置や発電所などの設備のリスクと言うのは非常に幅広くなり考えにくい話になってしまい、結局は推進者側のお手盛り状態になるんでしょう。

リスクと言うからには、起こった場合の災害の規模と起こる確率を評価しなければなりませんが、原発の事故などは確率を出しませんので事実上評価不能です。
このような考察を重ねても、「現状で想像できない災害」というのは必ず出てくるので、困難が増します。

これを過大に言う人は予防原則と言う言葉に引っかかりやすい人でしょうし、過少に言う人は何でも良いから推進派という人かもしれません。

それでもできるだけ想像力を働かせて考えられる結果をすべて拾い上げる努力が必要なんですが、誰がやるかを考えると暗澹とします。
2010/03/18(Thu) 11:08 | URL  | 上々 #-[ 編集]
Re:リスク評価
    上々さん

>起こった場合の災害の規模と起こる確率を評価

これはなかなか難しく、評価者によって大きな違いが生じるでしょうね。
 原発の場合は確かに確率を出せませんが、今までスリーマイル島やチェルノブイリでの事故など考えると規模は莫大です。規模は小さいく、隠蔽されることも多いのですが、日本でも何度も起こってます。チェルノブイリ規模以上で国家が滅びます。地震や津波、テロを考えれば、世界の原発のどこかで大事故が起こる確率は小さくないでしょう。
 事故が起きなくても、放射性廃棄物の管理は数万年に及びますし、その間に何度も修理処理しなければ漏れ出すことは確実なので、原発は事故がなくても予防原則で、やるべきではありません。まさに負の遺産です。

逆に、二酸化炭素削減の為の現行の対策は、予防原則が逆効果で、やらないことが予防原則でしょう。
2010/03/18(Thu) 21:37 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
予防原則自体は
予防原則の誤った主張を糾弾はしていますが、全く否定しているわけではありません。
薬品や化学物質、遺伝子操作に対して言われるような、これだけ安全性を証明してもまだあれこれケチをつけるようなやり方はおかしいと思いますが、環境アセスのような分野では全く検討していないに等しいものもあるようなので、ここはもう少し考えさせてもよいはずです。

ただし、その新規物質・事業等を予防原則で待たせている間に既存の物質・装置等はそのまま使用・稼働されていることを考えなければならず、本当にそれには害がないのかどうかも実は証明されているわけではありません。
害の全くないものはないと考えれば、その害を減らすための新規物質を使えずに、現状の有害性を放置している場合もある場合が多いのではと思います。

新規かどうかよりもリスクの大きさで判断しなければいけないのですが、現状のものを止めるのは大変なためか、予防原則の出番も余計に新規採用の時だけに限られるようです。
2010/03/19(Fri) 08:49 | URL  | 上々 #-[ 編集]
確実な予防原則は
    上々さん

 本来ならば、予防原則は、安全性が確かめられるまで施行すべきではない事だと思いますが、上々さんのおっしゃるように

>新規かどうかよりもリスクの大きさで判断しなければいけないのですが、現状のものを止めるのは大変なためか、予防原則の出番も余計に新規採用の時だけに限られるようです。

と言う、どうしようもない状況に陥っていますね。
既存の物質や施設でも、施行前に十分にリスクが予測されたのに、経済優先で見切り発車されたものが沢山あります。
 その最悪の例が原発でしょう。放射能の非常な有害性や継続性を知っていて、処理法も分からないまま見切り発車したのですから・・・そして、案の定、処理は出来ない・・・と言うことがわかったのですから、どうしようもない愚行と言うべきでしょう。原発を推進してきた人々は、償いきれない大罪を犯したことになりましょう。
 
2010/03/20(Sat) 15:10 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
2009年-2010年「地球温暖化ニュース」から。
「魚の平均体重がこの30年で半減している。」
「野生の脊椎動物の個体数は1970年に比べて2000年には60%までにも減少している。」
現状がここまで酷いとは驚いた。排気ガスを垂れ流す、石油文明がここまで酷いとは。
2010/07/22(Thu) 14:52 | URL  | 地下水 #4Fa3Cym6[ 編集]
生態系の危機は人類の危機
    地下水さん

お久し振りのコメント有難う御座います。一年振りくらいでしょうか?

>「野生の脊椎動物の個体数は1970年に比べて2000年には60%までにも減少している。」

この辺りの数字の定量的信頼はかなりアバウトでしょうが、野生の脊椎動物は相当減っているでしょうね。
増えている脊椎動物って家畜くらいしかいないのではないでしょうか?・・・本当に酷いものです。末期症状ですね。

でもこれらの危機は地球温暖化が原因とは言えないでしょうね。乱獲とか、農薬など石油化学物質の自然界へのたれ流し、自然破壊などが主因である事は明らかでしょう。

>石油文明がここまで酷い

と、云う事でしょう。
2010/07/22(Thu) 22:44 | URL  | 雑草Z #5uiXo0oE[ 編集]
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