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2010-01-29 00:02
 雪国の冬の神社や鎮守の森の雰囲気は中々いい感じでしょう。・・・それを写真に撮って記事にする・・・昨年の秋頃から計画していました。・・・神社の候補はいくつかありました・・・。
正月に福島県の湧水の本を見ていたら、頭無のお不動様の水・・・というのが載っていました。山の中の小さなお堂・・という感じで独特の雰囲気です。湧水も湧き水というよりも滝の水のようですが、澄んでる感じです。この磐梯山の麓にあるお堂に行って、奥にあるという滝を見て、その水を飲んでみたい・・・と思いました。

毎月末29日にアップし始めた『鎮守の森シリーズ』には、自然崇拝である神道の神社と鎮守の森を載せたい・・・と考えていたのですが、神社仏閣に詳しくない私は、不動尊が神道か仏教かの区別がつきませんでした。ネットで「不動尊」を調べてみると、「不動明王」の尊称で、仏教の信仰対象との事です。・・つまり不動尊が祀ってある建物はお寺と言う事になるのでしょうか?・・まあ、実際は神仏混合で、両方祀ってある場所も結構あるようですし、兎も角行ってみました。・・・確かに鳥居はなかったので、神社ではないようですが、冬の厳かな雰囲気がいい味を出して気に入りました。
       

 この道の右手の林の中にあるようです。
   ↓ 奥の山は磐梯山
頭無不動1:磐梯山

 磐梯山のほうへ坂道をずっと上ってから、右折して東側にちょっと下りました。

頭無不動2:道

頭無不動3

 頭無(ずなし)不動尊のお堂

頭無不動4

 

頭無不動5



頭無不動6

 ↓お堂の右手の林に入っていくと、水が流れていて不動滝があります。

頭無不動7

 ↓お地蔵さんもあります。

頭無不動8

 ↓頭を雪で覆われた地蔵?

頭無不動9

 眼を病む人が滝の水で眼を洗って治したと言われる。
昔は、囲炉裏で焚く火で屋内に煙が充満して眼が悪くなり易かったとのこと。


頭無不動10

 滝の周辺には、眼の病が治った人が奉納した剣が沢山立っていた。

頭無不動11


頭無不動12

 かなり小さな滝で、落差も3mくらいな感じでした。

頭無不動13



頭無不動14

 ↑↓滝の両側に像が置いてあった。
 ↓左側に座っているのが不動尊であろう・・・だけれど、頭はあった・・・
 大きさは、地蔵くらい(赤ん坊くらい)で小さい。

頭無不動15

    1月18日月曜日夕方撮影

20年くらい前に訪れたと言う人(母)によると、その頃は、不動滝の水は不動尊の境内を流れ、食べられる植物も豊富でもっと雰囲気があったようです。お堂の裏に、人間ぐらいの大きさの頭のない不動尊もあったとの事
その後、リゾート開発かなんかで荒らされたらしいのは残念な事ですが、現在も十分に雰囲気はありました・・。
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【2010/01/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

信心
上々
ほんとに雰囲気のあるところですね。
それがわずか200年ほど前の創建というのにも感じるところがあります。
ちょっと現世利益だけに傾くところはありますが、それだけ信心深い人が江戸末期にもまだ居たというところが。

今では信仰心が深いというとかえって危ない(?)ように見られる風潮もありますが、素朴な信仰心というものと考えさせられる水の流れでした。

>素朴な信仰心
雑草Z
    上々さん

 この滝の水は、結構澄んでいて美味しく飲めました。
 
 いつも案内板の写真の文章まで読んで下さってのコメント有難う御座います。・・上々さんは古文書もかなり読めるのではないでしょうか?

 ちょっと解らない事が色々あったのですが・・・・お分かりでしたら教えて下さい。
先ず、不動尊を祭ってあるこのような所も「お寺」・・・と言うのでしょうか?
それから、鎮守の森・・・って神社じゃなくてお寺の場合も言うのでしょうか?・・調べてみた感じでは、お寺では鎮守の森・・・って言葉は使われてない感じでしたが・・・

 +  +++    +++++      +++++++

 冬の神社や鎮守の森も趣があっていいですね。・・・金沢あたりにも冬らしい趣のある神社が沢山あるでしょうね。 
 例の西会津野沢の大山祇神社の写真等も、是非上々さんに見て頂きたいと思っているのですが、まだ行ってません。次回あたりにアップしたいと思っています。宜しくお願い致します。

お不動様
上々
古文書が読めるなんてとんでもない。崩した筆文字など全く読めません。楷書で書いてあればなんとか意味は取れます。

さて、お不動様を祀ったお堂というのは仏教施設であるとは思いますが、お寺ではないですね。お地蔵様も地蔵菩薩ですので仏教ですが、地蔵堂もお寺とは言えないと思います。
まあ体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるものでしょうか。

鎮守という言葉は守るということで、古代の官名でも鎮守府というものがあります。
それから転じて地域を守る神様のことを鎮守の神と言うようになりました。おそらく神社に限って使われているのではないでしょうか。

こちらは写真を楽しみにするばかりで、全然発信しないですね。すみません。

神社仏閣について興味深いお話有難う御座います。
雑草Z
    上々さん

 なるほど、地蔵・・って日本の昔話にも沢山出てくるので、神社同様に、日本の古来の信仰のように感じてましたが、仏教なのですね。・・・とても日本的な感じがしますけどね。
不動尊もそうですが、なるほど・・。

>体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるもの

と言う上々さんのご説明に納得です。

やはり、鎮守の森は神社に限って使われるようですね。
このあたりの上々さんの知識は豊富ですね。色々教えて頂き感謝しています。

・・こちらこそ、自分でアップした写真について質問してすみません。これからもアップした写真の解釈等よろしくお願い致します。

信仰
上々
弾丸避け祈願というのは切ないですね。
皆さん無事に帰って来られたのでしょうか。

土着信仰とか、現世利益とか、マイナスイメージがありますが、こういった祈願とか、体の不調をどうにかしたいとか、そのような心と信仰の結び付きは否定できないものがあります。
現代はあまりそのような信仰を持つ人は居ないようですが、かえってカネカネという風潮であったり、地位が高ければ良いと思ったり、自分でもいまさらお不動さんやお地蔵さんにすがる気持ちはありませんが、それで良いのか分かりません。

お参り
雑草Z
    上々さん

 ここのお不動さんは、眼の病にご利益がある・・・と言う事から始まって、戦争中は弾丸除け、近年は交通安全・・・・ってどのような共通点があるんでしょうね?
適当でしょうか?

 そもそも不動信仰ってどんなものなのでしょうか?

・・・そう言えば、不動さんに行った時も、お参りはしましたが、特に何を祈願した・・・と言う事はないですね。
 (形式的に、敬って?・)・・ただ、お参りしただけですね。

次からは何か祈願致しましょうかね?
食料危機が来ませんように・・・とか・・??

 

不動明王
上々
不動明王は五大明王(明王というのは如来の化身で実働部隊?のようなもの)の中心的存在で仏教に従わない魔を武力で従わせる役割のようです。(ウィキペディア知識ですが)

平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多いそうです。
本来は戦勝祈願の方が近そうですね。
非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

仏教も意外と過激ですね
雑草Z
    上々さん

 仏教はキリスト教やイスラム教ほど排他的ではなくて、どちらかと言えば日本の神道に近い感じかな・・・と思っていましたが、意外と好戦的な神もいるのですね。

>仏教に従わない魔を武力で従わせる役割

とは、過激ですね。確かに不動像は、片手に剣を握ってますね。でも、ここの頭無不動の滝に座って祀ってある不象像は、穏やかな顔に見えます。

>非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

なるほど、そう言う事ですか。わかりました。・・・弾丸避け・・は関連ありそうですが、目の病とか、交通安全とか、武力派とはあんまり関係なさそうですね。

お地蔵さんは何のご利益があるのでしょうか?

菩薩信仰
上々
釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間は、仏がいない状態なので、菩薩が救済する役割を担います。(観音菩薩、地蔵菩薩等)
中でも地蔵菩薩は世界の隅々まで目を届かせ、特に子供など弱いものを救うとされているので、特に庶民の信仰を集めました。

特に幼くして亡くなった子供や水子の救済をしてくれると信じられていました。
そこで、寺院や地蔵堂だけでなく、道端にも小さなお地蔵さまが多いわけです。
悲しい話ですがほんの少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実があります。

お地蔵さん
雑草Z
    上々さん

>釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間

このあたりの事は学んだ事もないのでよくわかりません。宗教も映画や小説のように、物語や背景を知っていないと全然わからない部分が多いですね。

 なるほど、地蔵も菩薩の一つなんですね(・・菩薩自体がどういう存在か判りませんが・・笑)、お地蔵さんって一か所に沢山並んでいる事も多いですから、固有名詞ではなく、ああいう雪だるまみたいな像の総称かと勘違いしそうです。


>少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実

この悲しい現実が自然なのでしょうね。幼児の死亡率が低くなった分、出生率も下がるのほうが合理的ですね。・・その意味でも少子化は理に適っていることで、憂えるべき事ではありませんね。

 他の像が、大抵お堂にあるのに対して、地蔵像は、道端とかにもあるのがいいですね。
 ここの頭無不動像のように不動明王が外の自然の中にあるのも珍しいのでしょうか?それとも普通の光景なのでしょうか?

密教と浄土
上々
そろそろ知識の限界が近く、ちょっと苦しいのですが、
不動明王信仰は密教と密接に関係があり、即ち真言宗・天台宗ですね。
国家護持の祈祷などにも使われたため大きな寺院が建てられたのではないでしょうか。
その点、地蔵信仰は浄土信仰のさらに庶民への広がりから来ているので、お堂なども作れずに石を削っただけの路傍のお地蔵さまがあちこちに点在する風景ができたのではと想像します。
頭無不動の場合は、元々近くに大きな不動尊はないでしょうか。それを信仰していた人が仏の導きで新たに建てたが、たまたまそこまで財力のある人ではなかったので、野外になってしまったのかも。想像ですが。


雑草Z
    上々さん

 色々な興味深い面白い話有難う御座います。
・・・何だか興味深くて、上々さんに沢山質問してすみません。上々さんの推測はなるほどそうかも知れない・・と納得する部分が多々あります。
仏教も奥深いですね。

さて、不動明王とか検索してみると、密教とかありますが
そもそも密教ってどんな者なのでしょうか?・・・秘密の宗教、秘密の教え・・ってことでしょうか?

厳かですね。
おかっぱ頭
 真っ白な雪景色の中で聞こえてくるのは、滝の音だけなのでしょうね。滝の中に仏像が浮かび上がっているように見えますし、とても厳かな雰囲気ですね。キーンとした空気が伝わって来ます。
5枚目の写真の左上に鰐口が見えますので、お寺なのだと思いましたが、そう単純には決めつけられないのでしょうか?
小学生の頃、目の悪い祖母の付き添いで時々お参りに行っていたのも確か、お不動様、と言っていたような気がします。その頃の記憶もおぼろげですが、何十年か振りに訪ねたい気持ちになりました。



お不動様は目にご利益
雑草Z
    おかっぱ頭さん

>滝の中に仏像が浮かび上がっているように見えます

これは、一番下の写真の不動像右側の滝の中の仏像の事ですね!?。
言われてみれば確かに・・

>5枚目の写真の左上に鰐口が見えますので、お寺なのだと思いました

鳥居が無くて、鈴ではなくて鰐口(・・そう言うんですね?)なので、基本的にはお寺なのでしょうね。不動尊も仏教の信仰対象であるようですし・。

>目の悪い祖母の付き添いで時々お参りに行っていたのも確か、お不動様

 おかっぱ頭さんが幼少の頃に行かれたお不動様も目を治すと言われてたのですね。・・・お不動様は目にご利益がある言うのは結構一般的なのかも知れませんね。

 +  +++    +++++      +++++++

 御久し振りのコメント有難う御座います。おかっぱ頭さんから時々頂くコメントには、いつも懐かしさやノスタルジーを感じます。

密教
上々
仏の力は教えだけではなく、呪文や曼荼羅などに呪術的な力があるという考えはすでにインド仏教においても発生していました。
それが中国に伝わり、最澄・空海が持ち帰ったものです。
修行をして法力を高めた僧による加持祈祷が国家の大難においても効力があると考えられ、国の保護を受けましたが、鎌倉時代以降、浄土宗や日蓮宗など大衆仏教の興隆を受け、影響力は低下したと言えます。

密教と言う言葉の響き・・
雑草Z
    上々さん

 またまた色々ご説明有難う御座います。
 密教と言う言葉は何やら怪しげな響きがありますね。
「秘密の宗教」でしょうか?「秘密の教え」でしょうか?

>曼荼羅

も時々耳にする言葉ですが、得体の知れない感じが致します。何の事かもわかりませんでした。

 この辺の事を学んでいくと、仏教ってえらく奥深いと感じます。
そう言えば思い出しましたが、高校時代に少しばかり仏教に興味を持ってほんのちょっと調べた事がありました。手塚治虫の「ブッダ」と言うマンガも読んだのだけれど、今思うと調べたうちに入りませんね。

曼荼羅
上々
密教とは宗派内で師から弟子へのみ伝達していく秘密の教えというところから来ているようです。
他の宗教にも同じような立場の宗派はあるようで、それらも密教と呼ぶことがあるようですが、ここでは一応日本の仏教のみの話とさせていただきます。

曼荼羅もかなり広い意味で使われていますが、密教で言うものは世界観を絵画で表したものということです。
幾何学的な構成を取るものが本来のものですが、他に具象化したものもあるようです。必ず複数の仏などが描かれており、一体だけの仏画は含まれません。

密教と曼荼羅
雑草Z
    上々さん

 先のコメントにお返事を書くときに、
密教も曼荼羅もネットでちょっと調べてみたのですが、長くて要領の得ない説明で、ピンと来ませんでしたが、今回の上々さんの簡潔なご説明で、はっきりわかりました。有難う御座います。
 
>密教とは宗派内で師から弟子へのみ伝達していく秘密の教え
曼荼羅とは
>密教で言うものは世界観を絵画で表したもの

ですね。簡潔でよく理解出来ました。


>必ず複数の仏などが描かれており、一体だけの仏画は含まれません。

面白いですね。言われてみれば確かに沢山の仏の像の模様みたいな感じですね。

曼荼羅つづき
上々
たくさんの仏を描かれているというのは、世界の構造がそのようになっていると考えられていたことを示しています。
中心が阿弥陀如来でその周囲をさまざまな菩薩や明王が守っているという世界観です。

本来はそういった曼荼羅も誰でも見られるものではなかったのだと思います。

仏教的世界構造
雑草Z
    上々さん

 なるほど、曼荼羅を良く観ると仏教の示す世界の構造が解るのですね。
>阿弥陀如来
が仏教の中心なのですね?
・・・やはり仏教は奥深いですね。

ところで以前のコメントに遡りますが(2/3付)

>平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多い

平将門は結構理想に燃えた素敵な人物だと思うのですが、
不動明王は、平将門を撃退すると考えられていたのでしょうか・・?・・・当然の事ながら仏教も為政者にいいようにりようされたのでしょうか。

歴史には疎い私も
平将門やスパルタカスは気骨のある凄い人物だと思います。彼らの反乱には感情移入します。


平将門
上々
平将門はその端緒は自族内の勢力争いであったかもしれませんが、東国の虐げられた人々の不満を取り上げる形で大きな反乱を起こしました。
京都の朝廷側では非常に驚愕し追討軍を派遣するとともに、寺社に調伏の加持祈祷をさせたわけです。

元々東国ではその人気は高かった上に、徳川幕府もそれを利用したこともあり、現在に至るまで評価が高いものと思いますが、その当時の朝廷側の恐怖も大きかったと考えられます。
源平の時代よりさらに古い年代でもあり、負けた反乱者の側の記録はほとんど残っていないのでしょうが、ヨーロッパなどでも反乱を起こし破れて処刑された人々は英雄として伝承されている例は多いかと思います。

反乱者
雑草Z
    上々さん

 平将門について色々歴史的な事教えて頂き有難う御座います。

>徳川幕府もそれを利用したこともあり、

どのように利用したのでしょう?

 政府に対する反乱者には興味があります。特に欧米列強に征服された先住民族の反乱の歴史は、悲壮感漂います。南北アメリカ大陸、インド、アラブ、アフリカ・・・白人支配に対して数々の反乱を起こしては、圧倒的な武力で反乱を鎮められてきた歴史があります。・・やり切れない出来事もかなりありますが、長い間戦って独立を勝ち取った先住民族もあります。・・確かに強国間の駆け引きもあるのでしょうが・・。

神田明神
上々
神田明神は中途から平将門を祭神として祀るようになりましたが、江戸幕府開府後、これを江戸鎮守として幕府も尊宗するようになり、栄えました。

その後、明治になり東京遷都後は将門は朝敵ということで、祭神から外されたということです。(ちょっと事実関係が不確かです)
成田山新勝寺は将門調伏の側とのことで、神田明神と成田山へは重ねて参ってはいけないそうです。

神社訪問
雑草Z
    上々さん

 将門に関する歴史上の面白いお話有難う御座います。

>明治になり東京遷都後は将門は朝敵ということで、祭神から外された

宮内庁だか神社庁だか知りませんが、歴史的な物事に関してもそんな事やってるんですね。今の時代もそんなこだわりがあるんでしょうか?

現在の日本で、神社は参拝の意味で訪れる方もまだまだ多いでしょうが、史跡訪問とか建造物に興味があって観に行く人も多いでしょうね。
 私が訪れるのはあの雰囲気でしょうかね。

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コメント
この記事へのコメント
信心
ほんとに雰囲気のあるところですね。
それがわずか200年ほど前の創建というのにも感じるところがあります。
ちょっと現世利益だけに傾くところはありますが、それだけ信心深い人が江戸末期にもまだ居たというところが。

今では信仰心が深いというとかえって危ない(?)ように見られる風潮もありますが、素朴な信仰心というものと考えさせられる水の流れでした。
2010/01/31(Sun) 09:07 | URL  | 上々 #-[ 編集]
>素朴な信仰心
    上々さん

 この滝の水は、結構澄んでいて美味しく飲めました。
 
 いつも案内板の写真の文章まで読んで下さってのコメント有難う御座います。・・上々さんは古文書もかなり読めるのではないでしょうか?

 ちょっと解らない事が色々あったのですが・・・・お分かりでしたら教えて下さい。
先ず、不動尊を祭ってあるこのような所も「お寺」・・・と言うのでしょうか?
それから、鎮守の森・・・って神社じゃなくてお寺の場合も言うのでしょうか?・・調べてみた感じでは、お寺では鎮守の森・・・って言葉は使われてない感じでしたが・・・

 +  +++    +++++      +++++++

 冬の神社や鎮守の森も趣があっていいですね。・・・金沢あたりにも冬らしい趣のある神社が沢山あるでしょうね。 
 例の西会津野沢の大山祇神社の写真等も、是非上々さんに見て頂きたいと思っているのですが、まだ行ってません。次回あたりにアップしたいと思っています。宜しくお願い致します。
2010/01/31(Sun) 11:27 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
お不動様
古文書が読めるなんてとんでもない。崩した筆文字など全く読めません。楷書で書いてあればなんとか意味は取れます。

さて、お不動様を祀ったお堂というのは仏教施設であるとは思いますが、お寺ではないですね。お地蔵様も地蔵菩薩ですので仏教ですが、地蔵堂もお寺とは言えないと思います。
まあ体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるものでしょうか。

鎮守という言葉は守るということで、古代の官名でも鎮守府というものがあります。
それから転じて地域を守る神様のことを鎮守の神と言うようになりました。おそらく神社に限って使われているのではないでしょうか。

こちらは写真を楽しみにするばかりで、全然発信しないですね。すみません。
2010/02/01(Mon) 10:23 | URL  | 上々 #-[ 編集]
神社仏閣について興味深いお話有難う御座います。
    上々さん

 なるほど、地蔵・・って日本の昔話にも沢山出てくるので、神社同様に、日本の古来の信仰のように感じてましたが、仏教なのですね。・・・とても日本的な感じがしますけどね。
不動尊もそうですが、なるほど・・。

>体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるもの

と言う上々さんのご説明に納得です。

やはり、鎮守の森は神社に限って使われるようですね。
このあたりの上々さんの知識は豊富ですね。色々教えて頂き感謝しています。

・・こちらこそ、自分でアップした写真について質問してすみません。これからもアップした写真の解釈等よろしくお願い致します。
2010/02/01(Mon) 19:51 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
信仰
弾丸避け祈願というのは切ないですね。
皆さん無事に帰って来られたのでしょうか。

土着信仰とか、現世利益とか、マイナスイメージがありますが、こういった祈願とか、体の不調をどうにかしたいとか、そのような心と信仰の結び付きは否定できないものがあります。
現代はあまりそのような信仰を持つ人は居ないようですが、かえってカネカネという風潮であったり、地位が高ければ良いと思ったり、自分でもいまさらお不動さんやお地蔵さんにすがる気持ちはありませんが、それで良いのか分かりません。
2010/02/02(Tue) 11:39 | URL  | 上々 #-[ 編集]
お参り
    上々さん

 ここのお不動さんは、眼の病にご利益がある・・・と言う事から始まって、戦争中は弾丸除け、近年は交通安全・・・・ってどのような共通点があるんでしょうね?
適当でしょうか?

 そもそも不動信仰ってどんなものなのでしょうか?

・・・そう言えば、不動さんに行った時も、お参りはしましたが、特に何を祈願した・・・と言う事はないですね。
 (形式的に、敬って?・)・・ただ、お参りしただけですね。

次からは何か祈願致しましょうかね?
食料危機が来ませんように・・・とか・・??

 
2010/02/02(Tue) 19:06 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
不動明王
不動明王は五大明王(明王というのは如来の化身で実働部隊?のようなもの)の中心的存在で仏教に従わない魔を武力で従わせる役割のようです。(ウィキペディア知識ですが)

平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多いそうです。
本来は戦勝祈願の方が近そうですね。
非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。
2010/02/03(Wed) 09:31 | URL  | 上々 #-[ 編集]
仏教も意外と過激ですね
    上々さん

 仏教はキリスト教やイスラム教ほど排他的ではなくて、どちらかと言えば日本の神道に近い感じかな・・・と思っていましたが、意外と好戦的な神もいるのですね。

>仏教に従わない魔を武力で従わせる役割

とは、過激ですね。確かに不動像は、片手に剣を握ってますね。でも、ここの頭無不動の滝に座って祀ってある不象像は、穏やかな顔に見えます。

>非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

なるほど、そう言う事ですか。わかりました。・・・弾丸避け・・は関連ありそうですが、目の病とか、交通安全とか、武力派とはあんまり関係なさそうですね。

お地蔵さんは何のご利益があるのでしょうか?
2010/02/03(Wed) 20:14 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
菩薩信仰
釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間は、仏がいない状態なので、菩薩が救済する役割を担います。(観音菩薩、地蔵菩薩等)
中でも地蔵菩薩は世界の隅々まで目を届かせ、特に子供など弱いものを救うとされているので、特に庶民の信仰を集めました。

特に幼くして亡くなった子供や水子の救済をしてくれると信じられていました。
そこで、寺院や地蔵堂だけでなく、道端にも小さなお地蔵さまが多いわけです。
悲しい話ですがほんの少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実があります。
2010/02/04(Thu) 09:47 | URL  | 上々 #-[ 編集]
お地蔵さん
    上々さん

>釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間

このあたりの事は学んだ事もないのでよくわかりません。宗教も映画や小説のように、物語や背景を知っていないと全然わからない部分が多いですね。

 なるほど、地蔵も菩薩の一つなんですね(・・菩薩自体がどういう存在か判りませんが・・笑)、お地蔵さんって一か所に沢山並んでいる事も多いですから、固有名詞ではなく、ああいう雪だるまみたいな像の総称かと勘違いしそうです。


>少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実

この悲しい現実が自然なのでしょうね。幼児の死亡率が低くなった分、出生率も下がるのほうが合理的ですね。・・その意味でも少子化は理に適っていることで、憂えるべき事ではありませんね。

 他の像が、大抵お堂にあるのに対して、地蔵像は、道端とかにもあるのがいいですね。
 ここの頭無不動像のように不動明王が外の自然の中にあるのも珍しいのでしょうか?それとも普通の光景なのでしょうか?
2010/02/04(Thu) 19:17 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
密教と浄土
そろそろ知識の限界が近く、ちょっと苦しいのですが、
不動明王信仰は密教と密接に関係があり、即ち真言宗・天台宗ですね。
国家護持の祈祷などにも使われたため大きな寺院が建てられたのではないでしょうか。
その点、地蔵信仰は浄土信仰のさらに庶民への広がりから来ているので、お堂なども作れずに石を削っただけの路傍のお地蔵さまがあちこちに点在する風景ができたのではと想像します。
頭無不動の場合は、元々近くに大きな不動尊はないでしょうか。それを信仰していた人が仏の導きで新たに建てたが、たまたまそこまで財力のある人ではなかったので、野外になってしまったのかも。想像ですが。
2010/02/05(Fri) 15:19 | URL  | 上々 #-[ 編集]
    上々さん

 色々な興味深い面白い話有難う御座います。
・・・何だか興味深くて、上々さんに沢山質問してすみません。上々さんの推測はなるほどそうかも知れない・・と納得する部分が多々あります。
仏教も奥深いですね。

さて、不動明王とか検索してみると、密教とかありますが
そもそも密教ってどんな者なのでしょうか?・・・秘密の宗教、秘密の教え・・ってことでしょうか?
2010/02/05(Fri) 21:53 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
厳かですね。
 真っ白な雪景色の中で聞こえてくるのは、滝の音だけなのでしょうね。滝の中に仏像が浮かび上がっているように見えますし、とても厳かな雰囲気ですね。キーンとした空気が伝わって来ます。
5枚目の写真の左上に鰐口が見えますので、お寺なのだと思いましたが、そう単純には決めつけられないのでしょうか?
小学生の頃、目の悪い祖母の付き添いで時々お参りに行っていたのも確か、お不動様、と言っていたような気がします。その頃の記憶もおぼろげですが、何十年か振りに訪ねたい気持ちになりました。

2010/02/08(Mon) 00:11 | URL  | おかっぱ頭 #N.vW.TCs[ 編集]
お不動様は目にご利益
    おかっぱ頭さん

>滝の中に仏像が浮かび上がっているように見えます

これは、一番下の写真の不動像右側の滝の中の仏像の事ですね!?。
言われてみれば確かに・・

>5枚目の写真の左上に鰐口が見えますので、お寺なのだと思いました

鳥居が無くて、鈴ではなくて鰐口(・・そう言うんですね?)なので、基本的にはお寺なのでしょうね。不動尊も仏教の信仰対象であるようですし・。

>目の悪い祖母の付き添いで時々お参りに行っていたのも確か、お不動様

 おかっぱ頭さんが幼少の頃に行かれたお不動様も目を治すと言われてたのですね。・・・お不動様は目にご利益がある言うのは結構一般的なのかも知れませんね。

 +  +++    +++++      +++++++

 御久し振りのコメント有難う御座います。おかっぱ頭さんから時々頂くコメントには、いつも懐かしさやノスタルジーを感じます。
2010/02/08(Mon) 07:13 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
密教
仏の力は教えだけではなく、呪文や曼荼羅などに呪術的な力があるという考えはすでにインド仏教においても発生していました。
それが中国に伝わり、最澄・空海が持ち帰ったものです。
修行をして法力を高めた僧による加持祈祷が国家の大難においても効力があると考えられ、国の保護を受けましたが、鎌倉時代以降、浄土宗や日蓮宗など大衆仏教の興隆を受け、影響力は低下したと言えます。
2010/02/08(Mon) 09:03 | URL  | 上々 #-[ 編集]
密教と言う言葉の響き・・
    上々さん

 またまた色々ご説明有難う御座います。
 密教と言う言葉は何やら怪しげな響きがありますね。
「秘密の宗教」でしょうか?「秘密の教え」でしょうか?

>曼荼羅

も時々耳にする言葉ですが、得体の知れない感じが致します。何の事かもわかりませんでした。

 この辺の事を学んでいくと、仏教ってえらく奥深いと感じます。
そう言えば思い出しましたが、高校時代に少しばかり仏教に興味を持ってほんのちょっと調べた事がありました。手塚治虫の「ブッダ」と言うマンガも読んだのだけれど、今思うと調べたうちに入りませんね。
2010/02/08(Mon) 21:16 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
曼荼羅
密教とは宗派内で師から弟子へのみ伝達していく秘密の教えというところから来ているようです。
他の宗教にも同じような立場の宗派はあるようで、それらも密教と呼ぶことがあるようですが、ここでは一応日本の仏教のみの話とさせていただきます。

曼荼羅もかなり広い意味で使われていますが、密教で言うものは世界観を絵画で表したものということです。
幾何学的な構成を取るものが本来のものですが、他に具象化したものもあるようです。必ず複数の仏などが描かれており、一体だけの仏画は含まれません。
2010/02/10(Wed) 11:13 | URL  | 上々 #-[ 編集]
密教と曼荼羅
    上々さん

 先のコメントにお返事を書くときに、
密教も曼荼羅もネットでちょっと調べてみたのですが、長くて要領の得ない説明で、ピンと来ませんでしたが、今回の上々さんの簡潔なご説明で、はっきりわかりました。有難う御座います。
 
>密教とは宗派内で師から弟子へのみ伝達していく秘密の教え
曼荼羅とは
>密教で言うものは世界観を絵画で表したもの

ですね。簡潔でよく理解出来ました。


>必ず複数の仏などが描かれており、一体だけの仏画は含まれません。

面白いですね。言われてみれば確かに沢山の仏の像の模様みたいな感じですね。
2010/02/11(Thu) 02:46 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
曼荼羅つづき
たくさんの仏を描かれているというのは、世界の構造がそのようになっていると考えられていたことを示しています。
中心が阿弥陀如来でその周囲をさまざまな菩薩や明王が守っているという世界観です。

本来はそういった曼荼羅も誰でも見られるものではなかったのだと思います。
2010/02/11(Thu) 09:48 | URL  | 上々 #-[ 編集]
仏教的世界構造
    上々さん

 なるほど、曼荼羅を良く観ると仏教の示す世界の構造が解るのですね。
>阿弥陀如来
が仏教の中心なのですね?
・・・やはり仏教は奥深いですね。

ところで以前のコメントに遡りますが(2/3付)

>平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多い

平将門は結構理想に燃えた素敵な人物だと思うのですが、
不動明王は、平将門を撃退すると考えられていたのでしょうか・・?・・・当然の事ながら仏教も為政者にいいようにりようされたのでしょうか。

歴史には疎い私も
平将門やスパルタカスは気骨のある凄い人物だと思います。彼らの反乱には感情移入します。
2010/02/11(Thu) 11:25 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
平将門
平将門はその端緒は自族内の勢力争いであったかもしれませんが、東国の虐げられた人々の不満を取り上げる形で大きな反乱を起こしました。
京都の朝廷側では非常に驚愕し追討軍を派遣するとともに、寺社に調伏の加持祈祷をさせたわけです。

元々東国ではその人気は高かった上に、徳川幕府もそれを利用したこともあり、現在に至るまで評価が高いものと思いますが、その当時の朝廷側の恐怖も大きかったと考えられます。
源平の時代よりさらに古い年代でもあり、負けた反乱者の側の記録はほとんど残っていないのでしょうが、ヨーロッパなどでも反乱を起こし破れて処刑された人々は英雄として伝承されている例は多いかと思います。
2010/02/12(Fri) 09:47 | URL  | 上々 #-[ 編集]
反乱者
    上々さん

 平将門について色々歴史的な事教えて頂き有難う御座います。

>徳川幕府もそれを利用したこともあり、

どのように利用したのでしょう?

 政府に対する反乱者には興味があります。特に欧米列強に征服された先住民族の反乱の歴史は、悲壮感漂います。南北アメリカ大陸、インド、アラブ、アフリカ・・・白人支配に対して数々の反乱を起こしては、圧倒的な武力で反乱を鎮められてきた歴史があります。・・やり切れない出来事もかなりありますが、長い間戦って独立を勝ち取った先住民族もあります。・・確かに強国間の駆け引きもあるのでしょうが・・。
2010/02/12(Fri) 23:17 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
神田明神
神田明神は中途から平将門を祭神として祀るようになりましたが、江戸幕府開府後、これを江戸鎮守として幕府も尊宗するようになり、栄えました。

その後、明治になり東京遷都後は将門は朝敵ということで、祭神から外されたということです。(ちょっと事実関係が不確かです)
成田山新勝寺は将門調伏の側とのことで、神田明神と成田山へは重ねて参ってはいけないそうです。
2010/02/13(Sat) 10:03 | URL  | 上々 #-[ 編集]
神社訪問
    上々さん

 将門に関する歴史上の面白いお話有難う御座います。

>明治になり東京遷都後は将門は朝敵ということで、祭神から外された

宮内庁だか神社庁だか知りませんが、歴史的な物事に関してもそんな事やってるんですね。今の時代もそんなこだわりがあるんでしょうか?

現在の日本で、神社は参拝の意味で訪れる方もまだまだ多いでしょうが、史跡訪問とか建造物に興味があって観に行く人も多いでしょうね。
 私が訪れるのはあの雰囲気でしょうかね。
2010/02/13(Sat) 13:12 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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