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2009-11-05 00:02
庭の花壇にしても、道端の花壇にしても、わざわざ野生には生育しない人手の必要な植物を植えるから、毎年手入れが必要になるのです。タンポポ、つゆ草、ススキ、月見草、昼がお・・・・そのようないわゆる「雑草」であれば手入れは必要ありません。そこに最適な草が生えるのですから・・・


天然林はそのまま放っておいて定常性を保ちますが、人工林は手入れしなければ荒れてしまいます。(その後、放っておけば長い年月をかけて天然林になるのでしょうが・・・・)
そして森としての機能は、天然林のほうが遥かに上回ります。光合成量、生態系の豊かさ、保水性、土壌を肥沃にする作用・・・・


治水にしても、自然の川の周りを固めまくって、川筋を変えたり、大袈裟なダムを作り過ぎて、管理に四苦八苦しています。そのダムも、何年か後には底が埋まってしまうから、堆積物を掘り出さなければなりません。
 原発に至っては、細心の注意を払っても事故ばかりです。挙句の果ては、使用後の核廃棄物を半永久的に管理しなければなりません。・・・原子の安定を破って無理な事をした代償はあまりにも大きいのです。

 今の世の中、多大な労力、エネルギーを投入しなければ、すぐに崩れてしまう定常性のもとに成り立っているから、管理が面倒くさくて難しく、危険なのです。人為的にしっかり管理しなければ定常性を保てない・・・と言う事は、その定常性が不安定だと言う事です。自然を大きくいじって征服してやろうと言う西洋的開拓者精神は破滅と背中合わせの思想でしょう。現代社会には必要のない大げさすぎるやり方が蔓延しています。しっかり管理しなければならない現代社会の大きく自然をいじるやり方は全て脆弱な好ましくないシステムと言うべきでしょう。・・・その手の欧米の自然征服思想が現在の環境問題を引き起こして、切迫した深刻な状態にしてしまったのですから・・。

それもこれも、社会に「経済成長」と言う破局へ突き進む洗脳が蔓延しているからでしょう。

・・・基本的に自然を大きくいじらない事が真の環境対策ではないでしょうか。自然の循環を助けるくらいが丁度良いのです。
簡単な管理で十分に安定するシステム・・・それは自然の循環に逆らわない、自然の循環を補助する程度のシステムでしょう。
本当に有用な科学技術とは、自然の循環を解析して、それを上手く邪魔しないように利用する技術、ちょっとばかり補助するシステムを構築する技術ではないでしょうか?
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【2009/11/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

治水の話題
上々
治水の管理は難しい話で、今ちょうど八つ場ダムや川辺川ダムの問題が焦点になっています。
誰しも洪水で家が流される事態は避けたいのは当然ですが、100年に一度の大洪水にとまで言われると、どんな巨大なものになるのか分かりません。

川辺川ダムは九州で地元だったので、色々とニュースがずっと流れていましたが、どうも治水効果と言うところも疑問があるようです。
球磨川の中流域で毎年洪水で浸水する地域がありますが、ここもダムの治水効果があるのかどうか、不明です。
それよりも、この地域は家が数軒しかないところです。ダムを数百億かけて作るより家を移転させた方が安くつくのではと思ってしまいます。

韓国で、北朝鮮がダムから急に放流したために流された事件がありましたが、これもダムが無ければかえって無かった事態です。日本でもダムの放流での増水は時々あります。

どの程度の水害を受容しなければならないか。政治が決めなければいけないことですが。

治水も河を大きくいじらない事が基本でしょう。
雑草Z
    上々さん

なるほど、治水のお話は難しいですね。治水をめぐる紛争は昔から沢山あったようです。

>100年に一度の大洪水にとまで言われると

河川事務所などは、すぐに「予防原理」・・何かあったらどうするんだ・・・とダム作りなどを進めて来ましたが、民主党が言っているように、緑のダム・・・のほうがいいでしょう。・・・緑のダムの考え方は昔からありますが、やはり森林、特に天然林の保水機能は素晴らしいものがあって、ダムは作るものではないと思います。写真の景勝清水のようなきれいな湧水も森林があっての事でしょう。・・・私は山の清水大好きです。

治水・・・と言っても、最近のダムは殆どゼネコンなどに儲けさせることが目的の利権構造である事は明らかですしね。


>これもダムが無ければかえって無かった事態です。

この事件のように明らかな場合でなくとも、河川の氾濫や土砂崩れも、ダムがなければそれほど酷くならなかったであろう災害は多いと思います。

ダムの弊害というものは大きいと思います。八ツ場ダムに限らず、私は、現在民主党政権が見直し中の143のダムなどのほとんどを中止にすべきだと考えます。2009/10/1
【肥大化してしまったゼネコン】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-440.html
に書きました。

文明の宿命
guyver1092
 複雑な管理を要する技術は成長する巨大文明の宿命だと感じます。かみそりの刃のような高度かつ繊細な技術を使わないと成長を維持するだけの切れ味が出ないのでしょう。当然繊細な刃を維持するには高度な技術を持って研ぎ続けなければなりません。

 その挙句、自分の足元まで切り取ってしまったのが現状ですが。


巨大文明の宿命
雑草Z
    guyver1092さん

またしても鋭い洞察ですね。
まさしく、現代文明の必然的な帰着、アキレス腱についての記事ですが、guyver1092さんは、それを独特の言い回しで表現されております。
 その繊細な刃による切り口が、私とはまた違った個性を感じます。
 この
>複雑な管理を要する技術は
自分達の首を絞めて、追い込んでますね。早く抜け出さないと身動きが出来ない状態に陥り、文明は滅びるでしょうね。

利水については
上々
ダムの理由づけの大きいところでは利水がありますね。
最近は水不足で問題になることが、四国以外では少ないようで、大きく取り上げられていませんが、これは農業衰退と工業用水節水のおかげで得られた僥倖みたいなもので、食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要があるかと思います。

>利水
雑草Z
    上々さん

>食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

なるほど、言われてみればその可能性は高いでしょうね。
でもそれをダムでまかなうのがいいのか?・・・と考えた場合、出来るだけ脱ダムのほうがいいと考えます。現在の巨大なダムは、あまりにも大げさで人工的過ぎて、コンクリートで固めまくっています。生態系もズタズタで、挙句に森林の緑のダムの機能も大きく低下させています。そして、数十年で埋もれてしまい、それを放流すればまた問題が起こります。
 やはり小規模で、あまりコンクリートで固めないダム・・ダムというよりも溜め池とか堤とか小規模で自然を残したものを沢山作った(残した)ほうが効果的だと思いますがいかがですか?・・2つ前の記事、【鎮守の森2~手水~】に写真を載せた景勝清水も、水飲み場から、小さな泉、沼・・・溜め池に溜まって、それが農業用水として用水路に流れて行きます。こう言う自然を荒さない小規模な利水・・がまだ各地に残っていますが、日本のダム行政は、このような小集落の工夫を潰していったのでしょう。


>世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要がある

そうですね。リスク分散という意味だけではありませんが、小規模の治水、利水システムを大切に育てていく必要があると思います。それも出来るだけ固めずに自然をいじらない方法で。
 

溜め池
上々
小規模な溜め池を数多く作るというアイデアは考えたことがなかったので、ちょっと意表をつかれた感じです。
確かにトラクターを走りまわらせる大規模農業でなければ、地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれないですね。

長い用水路を作り水を引いて田畑を開発というのも江戸時代の新田開発以来のことかもしれません。それで農業生産増加が可能となり、その結果人口も増えた。
江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。そうすると適正人口はさらに少ないのかも。

小コミュニティー
雑草Z
    上々さん

>地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれない 

 持続可能な社会は、小さな地域毎の自給自足が原則だと思います。その小さな地域に適する自然を大きくいじらない小さなシステムがいいでしょうね。

>江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。

確かに自然の採集、狩猟生活なら3000万人は多過ぎるでしょうね。ただ、江戸時代の農業などは、完全な循環型で、化学肥料のように一時的に収穫量を上げて土地をダメにするドーピングとは違うので、許容範囲かと思います。
・・・でも人口はもっと少ないに越した事はないですね。おっしゃるように、3000万人以下のほうが好ましいでしょうね。・・・対外国の「国力」という事を考えなければの話です。
 確実に言える事は、現在の1億人以上の人口は持続不可能であるから、日本の少子化対策は世紀の愚策・・・という事でしょうね。民主党でも新しい少子化担当大臣が決まりましたが、少子化担当省・・・というのは、少子化を食い止めるのではなく、少子化を進め、それに備えた社会システムを作る省庁にすべきでしょう。・・・彼女はわかってんでしょうかね? 

江戸時代
上々
ちょっと出典がどこか忘れてしまったのですが、江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。
石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。
現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということですので、そこが危うくなれば生産力どころか、生存力?も危うくなります。
そうなれば人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。


持続可能な循環型社会
雑草Z
    上々さん

>江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。

そうですか?・・・循環型社会は人間がちょっと油断すると、循環が断ち切られる事もあるでしょうから、その可能性も小さくないでしょうね。
槌田敦さんの本などには、戦国時代の頃までに日本の森林は結構破壊されたけれど、それに危機感を持って、江戸時代の政策で復活した・・・ という事が書いてありました。


>石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。

石炭、石油は(・・人類の歴史のスパンでは・・)再生しないので、それらのエネルギーはドーピングの部類でしょうね。持続不可能です。だから、上々さんのお考えのように、出来るだけ人口が少ないほうがリスクは少ないでしょうね。

>現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということ

その通りだと思います。
私が

>対外国の「国力」


という表現で意味しようとした事は、
人口を減らして、生産も落とす事が持続可能な社会の必要条件ですが、一国だけでそう言う事をしても、他の国に(経済的な意味も含め・・)征服されてしまう・・・という事です。
【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-262.html

に書いた通りです。この事をクリア出来れば、確かに人口は少ないほうがいいですね。



世界全体で考えれば確かに

>人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。

ですね。基本的に私も同意見です。 

世界人口
上々
問題は現在の人口は急には減らせないということですね。
無理に減らすとすれば戦争でしょうが、それ自体が大変な事態になります。
資源エネルギーの限界は急激に来ると考えられますので、程度の問題はあれ相当な軋轢が生じることになるのではないかと思っています。
それまで自分が生きていてそういった時代を体験することになるのかどうか、微妙なタイミングです。

人口縮小
雑草Z
    上々さん

人口は減らなければ人間社会は持続不可能なのに、少子化対策・・・と称して人口を減らない努力をしようとしている政府は本当にどうしようもないと思います。


>問題は現在の人口は急には減らせないということですね。

そうですね。そこが大問題です。ただ環境負荷は、単純に人口の関数ではなく、それぞれの人間の環境負荷の総和ですから、人を減らすことと1人当たりの環境負荷を減らす事を同時進行すると、思いのほか環境負荷を減らして行けます。
指数関数的に減りますから・・・単純な仮定の試算なら簡単に計算出来ますから、いつか記事にしてみましょうか。


>程度の問題はあれ相当な軋轢が生じることになるのではないか

そうですね。かなりの混乱を生じるでしょうね。
人間が意図的にやるか、意図せずとも物理的にそうなってしまうか・・・
世界の人口も一桁小さくしなければならないでしょうね。
せいぜい10億でしょうか?

世界人口
上々
世界の人口は1600年で約5億、1800年で約10億のようですね。
この間にエネルギー源の変化があり、19世紀から爆発的に進行しますから、やはり5億と言うのが自然の限界かもしれません。
当時と比べると色々な技術がありますから、もう少し上積みできるかもしれないので、そこで10億でしょうか。
今の実際の人口が60億?として、どうせ日本人なんて余ってしまう50億の方でしょう。

技術力で今の生活水準を維持しながらソフトランディングなんて言う人もいるかもしれませんが、はっきり言って無理でしょう。

人口
雑草Z
    上々さん

人口論に関しては、考え方が全く一緒ですね。嬉しく思います。

>世界の人口は1600年で約5億

なるほど、産業革命以前の人口を基準に考えるのは一理ありますね。私も

>せいぜい10億

と書いたのは、

>世界の人口も一桁小さくしなければならないでしょうね

の脈絡で、数億がいいのかな?・・と思って書きました。

>どうせ日本人なんて余ってしまう50億の方でしょう。

いや、地域毎に自給自足が基本・・・と考えれば、日本も1000万人~2000万人位は大丈夫じゃないでしょうか?


>技術力で今の生活水準を維持しながらソフトランディングなんて言う人もいるかもしれませんが、はっきり言って無理でしょう。


全く同感です。何を持って技術力で今の生活水準を維持・・・なんて言ってるのか判りませんが、その技術力は、ドーピングによるもので、根本解決にはなってませんからね。 

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この記事へのコメント
治水の話題
治水の管理は難しい話で、今ちょうど八つ場ダムや川辺川ダムの問題が焦点になっています。
誰しも洪水で家が流される事態は避けたいのは当然ですが、100年に一度の大洪水にとまで言われると、どんな巨大なものになるのか分かりません。

川辺川ダムは九州で地元だったので、色々とニュースがずっと流れていましたが、どうも治水効果と言うところも疑問があるようです。
球磨川の中流域で毎年洪水で浸水する地域がありますが、ここもダムの治水効果があるのかどうか、不明です。
それよりも、この地域は家が数軒しかないところです。ダムを数百億かけて作るより家を移転させた方が安くつくのではと思ってしまいます。

韓国で、北朝鮮がダムから急に放流したために流された事件がありましたが、これもダムが無ければかえって無かった事態です。日本でもダムの放流での増水は時々あります。

どの程度の水害を受容しなければならないか。政治が決めなければいけないことですが。
2009/11/05(Thu) 08:53 | URL  | 上々 #-[ 編集]
治水も河を大きくいじらない事が基本でしょう。
    上々さん

なるほど、治水のお話は難しいですね。治水をめぐる紛争は昔から沢山あったようです。

>100年に一度の大洪水にとまで言われると

河川事務所などは、すぐに「予防原理」・・何かあったらどうするんだ・・・とダム作りなどを進めて来ましたが、民主党が言っているように、緑のダム・・・のほうがいいでしょう。・・・緑のダムの考え方は昔からありますが、やはり森林、特に天然林の保水機能は素晴らしいものがあって、ダムは作るものではないと思います。写真の景勝清水のようなきれいな湧水も森林があっての事でしょう。・・・私は山の清水大好きです。

治水・・・と言っても、最近のダムは殆どゼネコンなどに儲けさせることが目的の利権構造である事は明らかですしね。


>これもダムが無ければかえって無かった事態です。

この事件のように明らかな場合でなくとも、河川の氾濫や土砂崩れも、ダムがなければそれほど酷くならなかったであろう災害は多いと思います。

ダムの弊害というものは大きいと思います。八ツ場ダムに限らず、私は、現在民主党政権が見直し中の143のダムなどのほとんどを中止にすべきだと考えます。2009/10/1
【肥大化してしまったゼネコン】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-440.html
に書きました。
2009/11/05(Thu) 22:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
文明の宿命
 複雑な管理を要する技術は成長する巨大文明の宿命だと感じます。かみそりの刃のような高度かつ繊細な技術を使わないと成長を維持するだけの切れ味が出ないのでしょう。当然繊細な刃を維持するには高度な技術を持って研ぎ続けなければなりません。

 その挙句、自分の足元まで切り取ってしまったのが現状ですが。
2009/11/05(Thu) 22:44 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
巨大文明の宿命
    guyver1092さん

またしても鋭い洞察ですね。
まさしく、現代文明の必然的な帰着、アキレス腱についての記事ですが、guyver1092さんは、それを独特の言い回しで表現されております。
 その繊細な刃による切り口が、私とはまた違った個性を感じます。
 この
>複雑な管理を要する技術は
自分達の首を絞めて、追い込んでますね。早く抜け出さないと身動きが出来ない状態に陥り、文明は滅びるでしょうね。
2009/11/05(Thu) 23:07 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
利水については
ダムの理由づけの大きいところでは利水がありますね。
最近は水不足で問題になることが、四国以外では少ないようで、大きく取り上げられていませんが、これは農業衰退と工業用水節水のおかげで得られた僥倖みたいなもので、食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要があるかと思います。
2009/11/06(Fri) 16:44 | URL  | 上々 #-[ 編集]
>利水
    上々さん

>食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

なるほど、言われてみればその可能性は高いでしょうね。
でもそれをダムでまかなうのがいいのか?・・・と考えた場合、出来るだけ脱ダムのほうがいいと考えます。現在の巨大なダムは、あまりにも大げさで人工的過ぎて、コンクリートで固めまくっています。生態系もズタズタで、挙句に森林の緑のダムの機能も大きく低下させています。そして、数十年で埋もれてしまい、それを放流すればまた問題が起こります。
 やはり小規模で、あまりコンクリートで固めないダム・・ダムというよりも溜め池とか堤とか小規模で自然を残したものを沢山作った(残した)ほうが効果的だと思いますがいかがですか?・・2つ前の記事、【鎮守の森2~手水~】に写真を載せた景勝清水も、水飲み場から、小さな泉、沼・・・溜め池に溜まって、それが農業用水として用水路に流れて行きます。こう言う自然を荒さない小規模な利水・・がまだ各地に残っていますが、日本のダム行政は、このような小集落の工夫を潰していったのでしょう。


>世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要がある

そうですね。リスク分散という意味だけではありませんが、小規模の治水、利水システムを大切に育てていく必要があると思います。それも出来るだけ固めずに自然をいじらない方法で。
 
2009/11/07(Sat) 13:55 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
溜め池
小規模な溜め池を数多く作るというアイデアは考えたことがなかったので、ちょっと意表をつかれた感じです。
確かにトラクターを走りまわらせる大規模農業でなければ、地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれないですね。

長い用水路を作り水を引いて田畑を開発というのも江戸時代の新田開発以来のことかもしれません。それで農業生産増加が可能となり、その結果人口も増えた。
江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。そうすると適正人口はさらに少ないのかも。
2009/11/09(Mon) 13:42 | URL  | 上々 #-[ 編集]
小コミュニティー
    上々さん

>地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれない 

 持続可能な社会は、小さな地域毎の自給自足が原則だと思います。その小さな地域に適する自然を大きくいじらない小さなシステムがいいでしょうね。

>江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。

確かに自然の採集、狩猟生活なら3000万人は多過ぎるでしょうね。ただ、江戸時代の農業などは、完全な循環型で、化学肥料のように一時的に収穫量を上げて土地をダメにするドーピングとは違うので、許容範囲かと思います。
・・・でも人口はもっと少ないに越した事はないですね。おっしゃるように、3000万人以下のほうが好ましいでしょうね。・・・対外国の「国力」という事を考えなければの話です。
 確実に言える事は、現在の1億人以上の人口は持続不可能であるから、日本の少子化対策は世紀の愚策・・・という事でしょうね。民主党でも新しい少子化担当大臣が決まりましたが、少子化担当省・・・というのは、少子化を食い止めるのではなく、少子化を進め、それに備えた社会システムを作る省庁にすべきでしょう。・・・彼女はわかってんでしょうかね? 
2009/11/09(Mon) 21:41 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
江戸時代
ちょっと出典がどこか忘れてしまったのですが、江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。
石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。
現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということですので、そこが危うくなれば生産力どころか、生存力?も危うくなります。
そうなれば人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。
2009/11/11(Wed) 11:45 | URL  | 上々 #-[ 編集]
持続可能な循環型社会
    上々さん

>江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。

そうですか?・・・循環型社会は人間がちょっと油断すると、循環が断ち切られる事もあるでしょうから、その可能性も小さくないでしょうね。
槌田敦さんの本などには、戦国時代の頃までに日本の森林は結構破壊されたけれど、それに危機感を持って、江戸時代の政策で復活した・・・ という事が書いてありました。


>石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。

石炭、石油は(・・人類の歴史のスパンでは・・)再生しないので、それらのエネルギーはドーピングの部類でしょうね。持続不可能です。だから、上々さんのお考えのように、出来るだけ人口が少ないほうがリスクは少ないでしょうね。

>現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということ

その通りだと思います。
私が

>対外国の「国力」


という表現で意味しようとした事は、
人口を減らして、生産も落とす事が持続可能な社会の必要条件ですが、一国だけでそう言う事をしても、他の国に(経済的な意味も含め・・)征服されてしまう・・・という事です。
【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-262.html

に書いた通りです。この事をクリア出来れば、確かに人口は少ないほうがいいですね。



世界全体で考えれば確かに

>人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。

ですね。基本的に私も同意見です。 
2009/11/11(Wed) 20:48 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
世界人口
問題は現在の人口は急には減らせないということですね。
無理に減らすとすれば戦争でしょうが、それ自体が大変な事態になります。
資源エネルギーの限界は急激に来ると考えられますので、程度の問題はあれ相当な軋轢が生じることになるのではないかと思っています。
それまで自分が生きていてそういった時代を体験することになるのかどうか、微妙なタイミングです。
2009/11/12(Thu) 08:31 | URL  | 上々 #-[ 編集]
人口縮小
    上々さん

人口は減らなければ人間社会は持続不可能なのに、少子化対策・・・と称して人口を減らない努力をしようとしている政府は本当にどうしようもないと思います。


>問題は現在の人口は急には減らせないということですね。

そうですね。そこが大問題です。ただ環境負荷は、単純に人口の関数ではなく、それぞれの人間の環境負荷の総和ですから、人を減らすことと1人当たりの環境負荷を減らす事を同時進行すると、思いのほか環境負荷を減らして行けます。
指数関数的に減りますから・・・単純な仮定の試算なら簡単に計算出来ますから、いつか記事にしてみましょうか。


>程度の問題はあれ相当な軋轢が生じることになるのではないか

そうですね。かなりの混乱を生じるでしょうね。
人間が意図的にやるか、意図せずとも物理的にそうなってしまうか・・・
世界の人口も一桁小さくしなければならないでしょうね。
せいぜい10億でしょうか?
2009/11/12(Thu) 20:50 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
世界人口
世界の人口は1600年で約5億、1800年で約10億のようですね。
この間にエネルギー源の変化があり、19世紀から爆発的に進行しますから、やはり5億と言うのが自然の限界かもしれません。
当時と比べると色々な技術がありますから、もう少し上積みできるかもしれないので、そこで10億でしょうか。
今の実際の人口が60億?として、どうせ日本人なんて余ってしまう50億の方でしょう。

技術力で今の生活水準を維持しながらソフトランディングなんて言う人もいるかもしれませんが、はっきり言って無理でしょう。
2009/11/13(Fri) 08:42 | URL  | 上々 #-[ 編集]
人口
    上々さん

人口論に関しては、考え方が全く一緒ですね。嬉しく思います。

>世界の人口は1600年で約5億

なるほど、産業革命以前の人口を基準に考えるのは一理ありますね。私も

>せいぜい10億

と書いたのは、

>世界の人口も一桁小さくしなければならないでしょうね

の脈絡で、数億がいいのかな?・・と思って書きました。

>どうせ日本人なんて余ってしまう50億の方でしょう。

いや、地域毎に自給自足が基本・・・と考えれば、日本も1000万人~2000万人位は大丈夫じゃないでしょうか?


>技術力で今の生活水準を維持しながらソフトランディングなんて言う人もいるかもしれませんが、はっきり言って無理でしょう。


全く同感です。何を持って技術力で今の生活水準を維持・・・なんて言ってるのか判りませんが、その技術力は、ドーピングによるもので、根本解決にはなってませんからね。 
2009/11/13(Fri) 19:35 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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