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2009-09-25 00:22
先日の記事【政権交代】の最後に

今回の一気の政権交代劇は、ある日トリガー値を超えた社会は、一機にパラダイムシフトを起こし得る・・・と言う事を確認出来ただけでも有意義でした。
・・・勿論そんなに猶予はないのですが・・

と書かせて戴きました。今回はその、脱経済成長路線への移行について論じさせて戴きます。


持続可能な社会への移行には
 経済成長路線を否定する新たな政党が台頭してきて、政権を取るか、政権与党の中に経済成長路線を否定する画期的なリーダーが現れて、国家が脱経済成長路線に変更する事が起こることが必要です。

 

 今はどちらも絵空事のように感じるでしょうが、経済成長路線で社会がますます酷くなってくれば、気づく人も増えてくる事でしょう。勿論、財界、資本家、産業界の大反対はあるでしょうが、破局の兆しが見えてくれば見えてくるほど、そうせざるを得ない事に気付くでしょう。・・・いつまでも気付かない輩も沢山いるでしょうけど・・
何よりそれは日本だけではなく、世界的な現象になるでしょうから、沢山の人間に支持されてくるでしょう。

 先ず、「経済成長路線を否定する新たな政党の台頭」  について述べますと
現在そういう活動を始めた団体は存在します。所属している人間が1000人足らず、賛同する人もその数倍としても、現在日本に1万人いない・・・と仮定します。支持される理がある団体であれば、指数関数的より速く、超指数関数的に支持する人間は増え始めれば、脱成長を掲げる政治団体が政権を取る事も夢ではないでしょう。・・まあ、革命なんてはじめは数人の人間が始めるものです。キューバ革命では、フィデル・カストロ、チェ・ゲバラをはじめとして、キューバへ乗り込もうとした革命軍はたったの82人で、上陸直後に政府軍の襲撃を受けて、残ったのは12人のみでした(生き残ったのは17人という説もありますが)こんな少人数から始めて抵抗運動していても、地道に民衆の支持を取り込んでいけば革命が成功するのです。・・・流石に私も、チェ・ゲバラの映画をいくつか見て、こんな20人足らずの人数で乗り込んで革命を起こして成功するのは、凄いなあ・・と驚きましたが・・。
私が危惧する事は、その団体が掲げる政策目標を、脱成長一本に絞らずに広げ過ぎて、他の政党との差別化が明確にならない事です。「エコ、社会正義、民主主義、非暴力・・・」などは大切な概念だとしても、実行するか表向き掲げるだけかは別として、他の政党だって掲げる政策目標でしょう。これらを「脱成長」と並列して掲げるべきではないと思います。・・・差別化を図るのは、『脱経済成長』です。第一にそこに焦点を絞る事が、結局支持者を増やす事になると思います。

次に「政権与党の中に経済成長路線を否定する画期的なリーダーが現れて国家が脱経済成長路線に変更する可能性」  を考えます。
・・・これはソビエト連邦に現れたゴルバチョフのような存在です。台頭するまでは体制に従う振りをして、我慢する人物です。若しくは、経済成長路線を否定する新たな政党に感化されて、方向転換する指導者です。・・・ここで注意すべきは、もしそれまでの成長路線を目指していた与党が方向転換する場合、政党内には抵抗勢力がひしめいていて、政策が骨抜きにされたり引き戻されたりする事でしょう。・・やはり政党自体を一度潰して、生まれ変わるくらいの改革が必要になるでしょう。


以上描いたこと・・・今の段階では絵空事に見えるでしょうが、経済成長路線は人類社会を破滅に向かわせているのですから、一刻もはやく脱しないと、人類社会は破滅するでしょう。経済成長路線の愚かさに気付いてくる人は増えてくるでしょう。
 破滅が先か?パラダイムシフトが先か?
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【2009/09/25 00:22】 | Sustainability トラックバック(0) |

パラダイムシフト
guyver1092
 近頃の脱経済成長の考えを持つ人々の増加は、バブル崩壊以後のことではないでしょうか。特に増加が著しいのは、小泉構造改革が始まってからではないですか?

 何が言いたいのかというと、財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた結果、以前の一億総中流時代は政府が「このままの日本の枠組みを守っていけばもっと豊かになれる」との幻想を振りまいていれば、国民のほぼ全てがそれを信じ手いたところ、バブル崩壊以後、このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきたのではないかと考えているのです。

 つまり政府は自らの失政によって(政治的な)自滅の種を撒き散らしたのではないかと。※資本主義の当然に内包する性質というだけのことかもしれませんが・・・

>地道に民衆の支持を取り込んでいけば革命が成功するのです。

 そのとおりだと考えます。

 支持を取り込む手段として、脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば指数関数的に支持者を増やすことができるかもしれませんね。

 江戸時代の家庭のかまどは化学工場でトイレは肥料工場だったとか。それぞれ灰もし尿も収入になったようです。このような自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。

>脱経済成長の考えを持つ人々の増加
雑草Z
    guyver1092さん

 1990年代に経済成長論理は狂っている・・・と言っても、頭から考える気がない人ばかりでした。・・・人類が築き上げて来た歴史を否定する事になる・・・とか。
 私も情報が乏しく、他に脱経済成長を主張する人も知りませんでした・・・電車の中で遭ったドイツ人の学生一人くらいです。

 マスコミも経済成長路線ですから、そういう情報は発信しないのでしょう・・・・そんな中で、やはりネットの力は凄いですね。こうやって、guyver1092さんのように私の発信した脱経済成長の記事に同意のコメント下さる方も何人かいますし、経済成長の愚かさを主張する他のサイトも見受けられるようになってきました。・・新聞やテレビよりもネットのほうが遥かに新進的ですね。(サイトに因りますが・・)

さて、 guyver1092 さんのおっしゃるように、

>このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきた

のは確かですね。しかしそれでもまだ「景気回復」・・と言っている人が圧倒的に多いですね。短い経験(・その人が生まれて以来・・・もしくはここ200年ばかりの人類の歴史を振り返って・・・)をもとに、景気刺激策をすれば景気が回復する・・・と云う幻想・・・

 そんな人々は、自民党には「ノー」を言ったけれど、経済成長にはノーを言ってませんね。そして民主党に期待しています。・・・公共工事みたいなものに対する期待は減って、無駄遣いと考える人が増えて来たのはいい傾向ですね。・・そこから次のステージ・・・脱成長の方向に向けばいいのですが・・。


>脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば

勿論、物質的な豊かさではありませんね。・・・物が不必要なくらい溢れている状態を物質的に豊かだ・・・と表現すること自体おかしな話です。豊かさをGDPなどで示すこと自体が経済成長論の洗脳ですね。


>自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。

 豊かになるならずに関わらず、循環型社会にならなければ資源は枯渇し廃棄物は増え、社会は崩壊しますね。
 時間的空間的ゆとりからくる精神的ゆったりした生活、環境破壊などの恐怖から解放された生活・・・これでも十分かと思いますが、しっかり大衆にアピールする方法が必要と云う事ですね。

 

豊かさ
guyver1092
 もちろん物質的な豊かさではありません。私のイメージしているのは江戸時代的な豊かさです。多くの人が江戸時代を封建主義で切り捨てごめんと思っているようですが、事実はむしろ現代より民主的なぐらいだったようです。
※明治維新後、江戸時代的に自由を模索した民衆は政府による徹底的な弾圧を受け、その不満を廃仏毀釈運動にぶつけ、放心状態を経て後人形になったとか。(新潮45で読みました)


 その他江戸末期よりも、明治維新後のほうが食生活が貧しくなった証拠もあります。
※骨格とか歯を比較した研究結果をニュースで聞きました。

>豊かさ
雑草Z
    guyver1092さん

 素早いお返事有り難う御座います。江戸時代から明治維新にかけてのお話はとても参考になります。
・・私は江戸時代の鎖国肯定派です。・・・鎖国したからこそ、日本は実質第2次世界大戦後まで欧米列強に占領されて植民地化されなくて済んだわけですからね。

 江戸時代は循環型社会として非常に優れていた事は私も認めるところです・・・これから世界が目指す循環型社会の一つの模範になるでしょう。

>灰もし尿も収入になったようです

 江戸時代でなくとも、50年くらい前まではトイレの汲み取りは農家の人が野菜を手土産にやって来た・・・と父などから聞きました。・・・短期間に化学肥料・・と云うドーピングに取って代わられてしまいましたね。・・・化学肥料は土地の微生物を殺し、更なる大量の肥料の追加を求めますから、まさしく麻薬ですね。

 江戸時代的封建制度の下での庶民の生活の実態は、良く解りません。 guyver1092さんの言う通りかもしれませんね。・・しかし武士の身分が一番・・・と云うのは戴けません(笑)
 でも現在は民主主義と云う名の下での実質金権主義ですから、どっちがいいかはわかりませんね。
 兎も角GDPを国民の豊かさの指標にするようなお金市場主義の洗脳からは脱したいものです。

脱経済成長に一票!
BEM
同感です!
私は政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと感じます。
ネットからというのも実感として感じます。新聞、テレビのマスコミはおっしゃっている通り既に取り残されているという印象さえあります。何せスポンサーあってですから昨今の広告収入減はますます言いたい事が言えない状況を作り出すかもしれませんね。

いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。
そうなれば給料も上がらずデフレに拍車をかける事も考えられますが、江戸時代のような生活だって良いじゃないですか。新しいものを作らなくても直す商売だって大切でしょうし、本当に今は不要なもの(商売)が多すぎると感じます。
iPodのソフトやWiiの新しいゲームとかも、あ~アホらしいと感じています。

以前雑草Zさんからもコメントをいただきましたが、「私のマニュフェスト」という記事で「新しい製品開発の制限」という項目に目を向けていただきました。今回の「脱成長路線への移行の道」という事と共通するものがあるような気がしました。

ところで、上のコメントに対してですが、guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが、『武士は食わねど高楊枝』という言葉があるように、私は武士もかなり摂生した生活をしていたのではないかと思います。まだまだ勉強不足ですが、江戸時代はヨーロッパのような酷い社会ではなかったと考えています。

脱成長諸々
雑草Z
    BEMさん

>政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと

そうですね。そういう動きも歓迎です。それが政党や団体になったり、それを主張する政党や団体の支持に回ったりしていく事になるでしょう。

>いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。

そういけばいいのですが、庶民にも生活がありますから、社会システムとして財界からのプレッシャーを弾き飛ばすような政府でないと庶民の生活が追い詰められますね。
guyver1092さんの一番最初のコメントにある

>財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた

と云うような事の反省に立ってです。格差問題、2極化の原因はここにありますからね。・・・財界(・・酷い響きです・・)と云う存在自体を無くす必要があると思います。


>「新しい製品開発の制限」

はBEMさんの素晴らしい提言ですね。脱経済成長路線への移行として大切な政策になるでしょう。これはちょっと前の記事【ドーピングを抜いていく】とそこの guyver1092さん とのコメントのやり取りでも言及しています。

>guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが

私の書き方が誤解を受けたようです。一般論として、江戸時代の身分制度、士農工商の一番上、封建制度の上に立っていたのが武士(軍人)と言う事は・・は戴けない・・・と云う事です。(・・財力のある商人の力もあったようですが・・やはり江戸時代も金の力は大きかったようです。)
 武力や財力による政治支配からの脱却・・と云う事は難しいけれど重要ですね。

江戸時代の身分制度
guyver1092
 蛇足になりますが、BEM氏と雑草Z氏のコメントに引用されましたので江戸時代の身分制度について。

 士農工商についてですが、これは幕府が決めたのではなくて、学者(儒学者だったと思います)が言ったことだそうで、実際は自由に職業を変わることができたようです。なぜ子供が親の仕事を継ぐことが多かったかの理由は、職業訓練のせいだそうです。他人と親とでどちらがより熱心に訓練してくれるかというと当然親ですよね。

 武士とそれ以外の間も、養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

 BEM氏のおっしゃるように武士も裕福ではなくて、ツツジの生産農家(鉄砲隊)、足軽隊だったと思いますが、傘の生産工場、地方の武士は実質農民と、いろいろ副業に精を出していたようです。(石川英輔氏の本による)

>江戸時代の身分制度
雑草Z
    guyver1092さん

>士農工商についてですが、・・・実際は自由に職業を変わることができたようです。

それは知りませんでした。面白いですね。小中学校の教科書からは、士農工商の身分がはっきり分かれていたような印象でしたが、結構フレキシブルだったのですね。

>養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

なるほど、面白いですね。・・・実際武士の株を買ったのは、豊かな商人とかだったのでしょうかね?

>武士も裕福ではなくて・・・いろいろ副業に精を出していたようです。

貧乏侍が傘を作っているようなシーンは時代劇とかでよく目にした記憶がありますね。・・・そう考えると、江戸時代も民主主義とか人権みたいな考え方もしっかりしていたのかも知れませんね。・・・明治維新以降に民主主義や人権が確立した・・・と云うのも明治政府のプロパガンダの虚構かも知れませんね。江戸時代よりも現代のほうが遥かに民主主義である・・・と云うのも洗脳なのかもしれませんね。江戸時代のほうが良かったかも知れませんね。

 非常に裕福な農家・・・ってのもあったのでしょうか?
庄屋・・は身分的には農民なのでしょうか?
・・考えてみれば江戸時代の事は色々基本的な事もあまり知らなかったですね。


 江戸時代の面白い情報、色々有難う御座いました。

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この記事へのコメント
パラダイムシフト
 近頃の脱経済成長の考えを持つ人々の増加は、バブル崩壊以後のことではないでしょうか。特に増加が著しいのは、小泉構造改革が始まってからではないですか?

 何が言いたいのかというと、財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた結果、以前の一億総中流時代は政府が「このままの日本の枠組みを守っていけばもっと豊かになれる」との幻想を振りまいていれば、国民のほぼ全てがそれを信じ手いたところ、バブル崩壊以後、このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきたのではないかと考えているのです。

 つまり政府は自らの失政によって(政治的な)自滅の種を撒き散らしたのではないかと。※資本主義の当然に内包する性質というだけのことかもしれませんが・・・

>地道に民衆の支持を取り込んでいけば革命が成功するのです。

 そのとおりだと考えます。

 支持を取り込む手段として、脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば指数関数的に支持者を増やすことができるかもしれませんね。

 江戸時代の家庭のかまどは化学工場でトイレは肥料工場だったとか。それぞれ灰もし尿も収入になったようです。このような自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。
2009/09/25(Fri) 21:55 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
>脱経済成長の考えを持つ人々の増加
    guyver1092さん

 1990年代に経済成長論理は狂っている・・・と言っても、頭から考える気がない人ばかりでした。・・・人類が築き上げて来た歴史を否定する事になる・・・とか。
 私も情報が乏しく、他に脱経済成長を主張する人も知りませんでした・・・電車の中で遭ったドイツ人の学生一人くらいです。

 マスコミも経済成長路線ですから、そういう情報は発信しないのでしょう・・・・そんな中で、やはりネットの力は凄いですね。こうやって、guyver1092さんのように私の発信した脱経済成長の記事に同意のコメント下さる方も何人かいますし、経済成長の愚かさを主張する他のサイトも見受けられるようになってきました。・・新聞やテレビよりもネットのほうが遥かに新進的ですね。(サイトに因りますが・・)

さて、 guyver1092 さんのおっしゃるように、

>このままの状態を続けてもどんどん貧乏になっていくという現実によって幻想が打ち砕かれた人々がどんどん増えてきた

のは確かですね。しかしそれでもまだ「景気回復」・・と言っている人が圧倒的に多いですね。短い経験(・その人が生まれて以来・・・もしくはここ200年ばかりの人類の歴史を振り返って・・・)をもとに、景気刺激策をすれば景気が回復する・・・と云う幻想・・・

 そんな人々は、自民党には「ノー」を言ったけれど、経済成長にはノーを言ってませんね。そして民主党に期待しています。・・・公共工事みたいなものに対する期待は減って、無駄遣いと考える人が増えて来たのはいい傾向ですね。・・そこから次のステージ・・・脱成長の方向に向けばいいのですが・・。


>脱経済成長(マイナス経済成長)はかえって豊かになることを示すことができれば

勿論、物質的な豊かさではありませんね。・・・物が不必要なくらい溢れている状態を物質的に豊かだ・・・と表現すること自体おかしな話です。豊かさをGDPなどで示すこと自体が経済成長論の洗脳ですね。


>自給経済を組み込んだ経済システムこそ豊かになれると示すことができれば次なるパラダイムシフトも可能かもしれませんね。

 豊かになるならずに関わらず、循環型社会にならなければ資源は枯渇し廃棄物は増え、社会は崩壊しますね。
 時間的空間的ゆとりからくる精神的ゆったりした生活、環境破壊などの恐怖から解放された生活・・・これでも十分かと思いますが、しっかり大衆にアピールする方法が必要と云う事ですね。

 
2009/09/26(Sat) 11:25 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
豊かさ
 もちろん物質的な豊かさではありません。私のイメージしているのは江戸時代的な豊かさです。多くの人が江戸時代を封建主義で切り捨てごめんと思っているようですが、事実はむしろ現代より民主的なぐらいだったようです。
※明治維新後、江戸時代的に自由を模索した民衆は政府による徹底的な弾圧を受け、その不満を廃仏毀釈運動にぶつけ、放心状態を経て後人形になったとか。(新潮45で読みました)


 その他江戸末期よりも、明治維新後のほうが食生活が貧しくなった証拠もあります。
※骨格とか歯を比較した研究結果をニュースで聞きました。
2009/09/26(Sat) 18:29 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
>豊かさ
    guyver1092さん

 素早いお返事有り難う御座います。江戸時代から明治維新にかけてのお話はとても参考になります。
・・私は江戸時代の鎖国肯定派です。・・・鎖国したからこそ、日本は実質第2次世界大戦後まで欧米列強に占領されて植民地化されなくて済んだわけですからね。

 江戸時代は循環型社会として非常に優れていた事は私も認めるところです・・・これから世界が目指す循環型社会の一つの模範になるでしょう。

>灰もし尿も収入になったようです

 江戸時代でなくとも、50年くらい前まではトイレの汲み取りは農家の人が野菜を手土産にやって来た・・・と父などから聞きました。・・・短期間に化学肥料・・と云うドーピングに取って代わられてしまいましたね。・・・化学肥料は土地の微生物を殺し、更なる大量の肥料の追加を求めますから、まさしく麻薬ですね。

 江戸時代的封建制度の下での庶民の生活の実態は、良く解りません。 guyver1092さんの言う通りかもしれませんね。・・しかし武士の身分が一番・・・と云うのは戴けません(笑)
 でも現在は民主主義と云う名の下での実質金権主義ですから、どっちがいいかはわかりませんね。
 兎も角GDPを国民の豊かさの指標にするようなお金市場主義の洗脳からは脱したいものです。
2009/09/26(Sat) 19:09 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
脱経済成長に一票!
同感です!
私は政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと感じます。
ネットからというのも実感として感じます。新聞、テレビのマスコミはおっしゃっている通り既に取り残されているという印象さえあります。何せスポンサーあってですから昨今の広告収入減はますます言いたい事が言えない状況を作り出すかもしれませんね。

いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。
そうなれば給料も上がらずデフレに拍車をかける事も考えられますが、江戸時代のような生活だって良いじゃないですか。新しいものを作らなくても直す商売だって大切でしょうし、本当に今は不要なもの(商売)が多すぎると感じます。
iPodのソフトやWiiの新しいゲームとかも、あ~アホらしいと感じています。

以前雑草Zさんからもコメントをいただきましたが、「私のマニュフェスト」という記事で「新しい製品開発の制限」という項目に目を向けていただきました。今回の「脱成長路線への移行の道」という事と共通するものがあるような気がしました。

ところで、上のコメントに対してですが、guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが、『武士は食わねど高楊枝』という言葉があるように、私は武士もかなり摂生した生活をしていたのではないかと思います。まだまだ勉強不足ですが、江戸時代はヨーロッパのような酷い社会ではなかったと考えています。
2009/09/27(Sun) 02:49 | URL  | BEM #hszQL7r.[ 編集]
脱成長諸々
    BEMさん

>政党や団体にとらわれず、市民レベルでじわじわと進行していくのではないかと

そうですね。そういう動きも歓迎です。それが政党や団体になったり、それを主張する政党や団体の支持に回ったりしていく事になるでしょう。

>いくら財界が何を言おうが、新しい製品を作ろうが我々がそんなの要らない!とNOを突きつければ成長を止める事ができますよね。

そういけばいいのですが、庶民にも生活がありますから、社会システムとして財界からのプレッシャーを弾き飛ばすような政府でないと庶民の生活が追い詰められますね。
guyver1092さんの一番最初のコメントにある

>財界及び政府与党はバブル崩壊後、大衆から大企業へ利益の付け替えを絶え間なく行ってきた

と云うような事の反省に立ってです。格差問題、2極化の原因はここにありますからね。・・・財界(・・酷い響きです・・)と云う存在自体を無くす必要があると思います。


>「新しい製品開発の制限」

はBEMさんの素晴らしい提言ですね。脱経済成長路線への移行として大切な政策になるでしょう。これはちょっと前の記事【ドーピングを抜いていく】とそこの guyver1092さん とのコメントのやり取りでも言及しています。

>guyver1092さんは武士の身分が一番とはおっしゃっていないと思われますが

私の書き方が誤解を受けたようです。一般論として、江戸時代の身分制度、士農工商の一番上、封建制度の上に立っていたのが武士(軍人)と言う事は・・は戴けない・・・と云う事です。(・・財力のある商人の力もあったようですが・・やはり江戸時代も金の力は大きかったようです。)
 武力や財力による政治支配からの脱却・・と云う事は難しいけれど重要ですね。
2009/09/27(Sun) 07:17 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
江戸時代の身分制度
 蛇足になりますが、BEM氏と雑草Z氏のコメントに引用されましたので江戸時代の身分制度について。

 士農工商についてですが、これは幕府が決めたのではなくて、学者(儒学者だったと思います)が言ったことだそうで、実際は自由に職業を変わることができたようです。なぜ子供が親の仕事を継ぐことが多かったかの理由は、職業訓練のせいだそうです。他人と親とでどちらがより熱心に訓練してくれるかというと当然親ですよね。

 武士とそれ以外の間も、養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

 BEM氏のおっしゃるように武士も裕福ではなくて、ツツジの生産農家(鉄砲隊)、足軽隊だったと思いますが、傘の生産工場、地方の武士は実質農民と、いろいろ副業に精を出していたようです。(石川英輔氏の本による)
2009/09/27(Sun) 20:15 | URL  | guyver1092 #-[ 編集]
>江戸時代の身分制度
    guyver1092さん

>士農工商についてですが、・・・実際は自由に職業を変わることができたようです。

それは知りませんでした。面白いですね。小中学校の教科書からは、士農工商の身分がはっきり分かれていたような印象でしたが、結構フレキシブルだったのですね。

>養子縁組という抜け穴があって、武士の株を売買ということがあったようです。

なるほど、面白いですね。・・・実際武士の株を買ったのは、豊かな商人とかだったのでしょうかね?

>武士も裕福ではなくて・・・いろいろ副業に精を出していたようです。

貧乏侍が傘を作っているようなシーンは時代劇とかでよく目にした記憶がありますね。・・・そう考えると、江戸時代も民主主義とか人権みたいな考え方もしっかりしていたのかも知れませんね。・・・明治維新以降に民主主義や人権が確立した・・・と云うのも明治政府のプロパガンダの虚構かも知れませんね。江戸時代よりも現代のほうが遥かに民主主義である・・・と云うのも洗脳なのかもしれませんね。江戸時代のほうが良かったかも知れませんね。

 非常に裕福な農家・・・ってのもあったのでしょうか?
庄屋・・は身分的には農民なのでしょうか?
・・考えてみれば江戸時代の事は色々基本的な事もあまり知らなかったですね。


 江戸時代の面白い情報、色々有難う御座いました。
2009/09/27(Sun) 21:04 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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