-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2008-12-13 00:02
 不用になった衣服などを、発展途上国に送る(贈る)・・・と言う事をボランティアなどで行っている・・・と言うお話はずいぶん昔からありましたが、現在も結構活発に行われているようです。
使い捨てが常識化してしまった現在社会で、「勿体ない」と言う感覚は必要な感覚ですし、他者の為にボランティアで一生懸命尽くすと言う行為も・・・自分の為にしか努力しない人々と比べれば賞賛に値するでしょう。
 しかし、私自身はこの行為は昔から賛同出来ません。・・・いまだにこんな事が為されている事にがっかりする場面もしばしばです。
「恵まれない人々を救う為に・・・」と言う掛け声のもとに、「国際協力」の名のもとに、
衣服、靴、パソコン、テレビ、鉛筆、ノート、絵本、車いす、自転車・・・色んな不要物がボランティアの人々の奉仕作業の協力で、自動車や船、飛行機を使ってエネルギーを費やして輸送されます。
それをマスコミなどでもしばしば「美談」として伝えていますが、そんな素晴らしいものでしょうか?

 例えば、衣服や靴。いわゆる未開の地で素足、または裸で生活していた人に、衣服を送って着せる・・・私にとってはぞっとする光景です。・・衣服も靴も必要としない人々を・・・貧しいと考え、文明化の名のもとに自分たちと同じ格好をさせる事は、その地域の固有の文化を破壊することになります。それだけではなく、衣服や靴を必要な生活にしてしまうのです。・・・無くていいものを使わせて、生活必需品にする・・・まさにドーピングです。先進国と自負している国は、こうやっていわゆる途上国を経済圏に取り入れて、頭打ちになった自国の経済成長に役に立てている・・・と言う見方も出来ます。

靴がない時代は、歩く所に足を傷つけるものがあまりなかった地域に、靴と一緒に文明のゴミ・・ガラスの破片や鋭い金属片を撒いて、靴を必需品にしてしまうのです。

そして、結局、途上国のゴミを増やす事になるでしょう。そうじゃなくとも、途上国へのゴミの押し付けは酷いのに(途上国であんまり騒がないだけですね・・・政府の担当者などが賄賂を貰たりしているのではないでしょうか・・?)穿った見方をすれば、善意の振りをしたゴミの押し付けではないでしょうか?

一番お馬鹿なものは、中古の辞書を贈る事でしょう。高校などで、卒業生が大量に辞書を学校に置き去りにしたり捨てていく辞書。英和、和英、国語辞典を役立てたいと、日本語を学びたい途上国の学生に回収して送っているという話を20年くらい前に聞きました。
でも随分語学力がなければそれらの辞書を使いこなせないでしょう。日本語の国語辞典はその国の人々にとっては、英英辞典や独独辞典みたいなものでしょう・・・かなり日本語を知ってなければ使いこなすのは無理です。英和辞典や和英辞典も、英語力が十分になければ駄目です。・・・まあ、英語圏の植民地だった国は多いから、ある程度は役に立つでしょうけれど・・・日本人の学生が、独英辞典や仏独辞典を貰っても、多くの学生はもてあますだけでしょう。これらの辞書はあくまでも、既に日本語の堪能な日本人向けの辞書です。・・・これらの辞書を贈る事によって、日本語を知らない彼らに非能率な語学の勉強をさせる事になってしまうでしょう。・・無責任にもほどがあります。何故そこまで考える事が出来ないのでしょうか?
 贈られた(送りつけられた)国では、建前上感謝の意を表するでしょうが、それこそ紙ごみの山でしょう。辞書を渡されれば大抵の人は喜んで受け取るでしょうが、しっかり追跡調査すれば、ほとんど有効利用されなかったのではないでしょうか。・・・この辞書によって、日本語を学ぶことを断念した人も少なからずいたのではないかと思います。私が、ドイツの国語辞典(独独辞典)を渡されてこれでドイツ語を勉強しろと言われたら、絶対やりませんね。
その高校で新入生に安く売ったほうが遥かに再利用されて役に立つでしょう。そして、その売り上げ金を送ったほうがまだましと言うものです。・・・貨幣経済を輸出する事も好ましくないと考えますが、差し当たって、不用物の輸出よりは、役に立っているようです。


現在、途上国と呼ばれている国々は先進国以上にごみ問題に悩まされています。
捨てるのが勿体ないのなら、自分でもう一度使うなり、日本国内で中古市場とかに出すべきでしょう。・・・そして、なるべく倹約して、不用になりそうなものは買わないようにするべきです。


必ずしも全ての不用物が向こうで役に立っていないとは思いません。役に立っているものもあるでしょう。
 しかし総論として、不要な物を途上国に送る事は、ゴミと大量生産大量消費の経済・・・持続不可能な文明を輸出する事になるのではないでしょうか?

 ・・だから途上国と言う言葉は、胡散臭いのです。援助と言う名のドーピングをして自給自足出来ない社会にしているのです。わざわざ持続不可能な国の背中を追ってはいけません。・・・残念ながら、ほとんどの途上国と呼ばれている国々はドーピングされ放題で、食料の自給自足すら出来ない悲惨な状態です。
スポンサーサイト
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/12/13 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(1) |

こんにちは(^^
BEM
アフリカなど水にも苦労するような地域で私たちと変わらない服を着ている人達がいますが、もしかすると日本を含めて不用な衣服をボランティアによって贈られたものなのでしょうか。

不用な辞書を送るというのは初耳でした。外国の方に日本を好きになって貰えると嬉しいですが、親切の押し売りのようなことはいかがなものでしょうかね。

最近では使わなくなったランドセルをアフガニスタンの子供たちに使ってもらおうという活動も知りました。
新1年生は真新しいランドセルを背負って学校に行きますが、3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行きです。
これは勿体なく、学校・PTAに呼び掛け、ランドセルを送る活動も良いかもと考えましたが、輸送料1800円を募金しなければならないそうで、自分も簡単にできないものをとても人には勧められずあっさり断念しました。

不用になったから途上国に送るというのは、送られた国が喜ぶのかもしれませんが、少々傲慢な気がしてなりません。
日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね。
そういえば、東南アジアでも日本から輸出された中古テレビも同様、最終的に使われなくなったブラウン管が不法投棄され、水銀の汚染が心配されています。
軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。

>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要
雑草Z
    BEMさん

 連続の記事へのコメント有難う御座います。

 アフリカや南アメリカなどのいわゆる『未開の地』で、最近まで裸で生活していたような人達が、西洋人と同じような服を着ている映像をよく目にします。彼らにこのような事を奨励する、いわゆる『先進国』の人々はこう言う事がいい事だと思っているのでしょうか?・・・結局『未開の地』にゴミを増やす事になるのではないでしょうか?
不要になった辞書を贈る事をはじめとして、送っていい物かどうかもっと向こうの国の事を考えて検討すべきですね。日本の辞書はあくまで日本語が堪能な人向きに作ってあるのですから、そんなもの送るのは向こうの大部分の人々にとっては逆効果でしょう。


>少々傲慢な気がしてなりません。

おっしゃる通りです。自分達は『ごみに出すよりはまし』と言う感覚でしょうが、ほどこしの感覚もあるかも知れないし、向こうでゴミが増えるだけです。


>3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行き

 そうですか?大抵の小学生は6年間使うような感じですが・・・この頃のランドセルは安物でも長持ちするような気がします。・・

>日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね

 そうですね。そう言う事を美徳とする文化が日本にはあった筈なのですがね。・・・自慢じゃないですが、私は中高時代のジャージを、冬など家で過ごすときの防寒着(下着と上着の間に着たりして・・)として、20年近く使いました。


>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。

 それが一番大切な事だと思うのですが、経済成長の為に、その運動はなかなか進みませんね。逆に「エコ換え」なんて煽って、もっと買わせようとしているのだからどうしようもありません。

 


あんなのパパ
とても、考えさせられる視点ですね
この物事を少し斜め後ろから見つめる考察って
子どものころから 身につけさせたいですね


nao
寄付する方々は、あまり深く考えてないようですね。古着なんかも、簡単に好い人になれてタンスの整理も出来て一石二鳥ですし。
現金もまずいようです。そもそも最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから。
先進国が環境の為に出来ることは発展途上国への寄付では無くて、先ずは自らの足元から、だと思うのですが。

>物事を少し斜め後ろから見つめる考察
雑草Z
    あんなのパパさん

 ご訪問及びはじめてのコメント有難う御座います。

 不用になった物を途上国に送る(贈る)と言う事は、上のコメントのBEMさんがおっしゃるように傲慢さも感じますが、
何よりも「勿体ない精神」のはき違えに感じます。・・・勿体ないのなら、やはり自分で長くボロボロになるまで使うべきかと思います。

 現代社会が善意に満ちたものではなくて、非常に不完全な出鱈目な酷い側面がある事を、ある程度大きくなった子供には、気付かせるべきですね。それがいつの時期かについては、難しい問題ですが・・・。




自己満足の慈善事業
雑草Z
    nao さん

 おっしゃる通りです。

>最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから

「Band Aid」「 We Are The World 」っていう企画覚えていらっしゃいますか??それぞれ、イギリス、アメリカのミュージシャン達が、アフリカの恵まれない子供達に援助の手を!食糧を!って事ではじめたチャリティ企画、コンサートでした。
 しかし、そのイベントで稼いだお金で送った食糧は、食料に困っている反政府の家族の子供達には渡らずに、その人達を迫害する政府軍の食料になったとか・・・間接的に政府軍の武器弾薬にもなったかも知れませんね。
 本当に自己満足です。
こんな事なら何もしない方が遥かにまし・・というものです。


y.suzuki
ほんとうに必要なものであればOKなのかもしれませんが、押し付けはだめでしょうね。

 廃棄物の問題にもつながりそうですが、もったいないから使いまわすという感覚はおそらく正しいと思いますし、そうすれば、耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発に繋がっていくのではないかと思います。日本の技術力であれば既に実現可能な水準にあるのだろうと思いますので、あとは、価値観の転換だけなのかもしれません。


>価値観の転換
雑草Z
     y.suzuki さん

 おっしゃるように、勿体ないから使いまわす・・・と言う感覚は、必要な感覚であると思います。
 ただ、そこで、途上国に送る・・・と言う感覚が短絡過ぎると思います。輸送にはエネルギーが必要ですし、廃棄の事まで考えるべきですね。費用対効果の観点も抜けているように感じます。

>耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発

それも大切な事ですね。それから、不要な物を使わない事。


>価値観の転換だけ

何より先に、経済成長と言う愚かな洗脳からの脱却ですね。 

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
こんにちは(^^
アフリカなど水にも苦労するような地域で私たちと変わらない服を着ている人達がいますが、もしかすると日本を含めて不用な衣服をボランティアによって贈られたものなのでしょうか。

不用な辞書を送るというのは初耳でした。外国の方に日本を好きになって貰えると嬉しいですが、親切の押し売りのようなことはいかがなものでしょうかね。

最近では使わなくなったランドセルをアフガニスタンの子供たちに使ってもらおうという活動も知りました。
新1年生は真新しいランドセルを背負って学校に行きますが、3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行きです。
これは勿体なく、学校・PTAに呼び掛け、ランドセルを送る活動も良いかもと考えましたが、輸送料1800円を募金しなければならないそうで、自分も簡単にできないものをとても人には勧められずあっさり断念しました。

不用になったから途上国に送るというのは、送られた国が喜ぶのかもしれませんが、少々傲慢な気がしてなりません。
日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね。
そういえば、東南アジアでも日本から輸出された中古テレビも同様、最終的に使われなくなったブラウン管が不法投棄され、水銀の汚染が心配されています。
軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。
2008/12/13(Sat) 16:20 | URL  | BEM #hszQL7r.[ 編集]
>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要
    BEMさん

 連続の記事へのコメント有難う御座います。

 アフリカや南アメリカなどのいわゆる『未開の地』で、最近まで裸で生活していたような人達が、西洋人と同じような服を着ている映像をよく目にします。彼らにこのような事を奨励する、いわゆる『先進国』の人々はこう言う事がいい事だと思っているのでしょうか?・・・結局『未開の地』にゴミを増やす事になるのではないでしょうか?
不要になった辞書を贈る事をはじめとして、送っていい物かどうかもっと向こうの国の事を考えて検討すべきですね。日本の辞書はあくまで日本語が堪能な人向きに作ってあるのですから、そんなもの送るのは向こうの大部分の人々にとっては逆効果でしょう。


>少々傲慢な気がしてなりません。

おっしゃる通りです。自分達は『ごみに出すよりはまし』と言う感覚でしょうが、ほどこしの感覚もあるかも知れないし、向こうでゴミが増えるだけです。


>3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行き

 そうですか?大抵の小学生は6年間使うような感じですが・・・この頃のランドセルは安物でも長持ちするような気がします。・・

>日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね

 そうですね。そう言う事を美徳とする文化が日本にはあった筈なのですがね。・・・自慢じゃないですが、私は中高時代のジャージを、冬など家で過ごすときの防寒着(下着と上着の間に着たりして・・)として、20年近く使いました。


>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。

 それが一番大切な事だと思うのですが、経済成長の為に、その運動はなかなか進みませんね。逆に「エコ換え」なんて煽って、もっと買わせようとしているのだからどうしようもありません。

 
2008/12/14(Sun) 21:52 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
とても、考えさせられる視点ですね
この物事を少し斜め後ろから見つめる考察って
子どものころから 身につけさせたいですね
2008/12/15(Mon) 15:36 | URL  | あんなのパパ #ezb/BYNs[ 編集]
寄付する方々は、あまり深く考えてないようですね。古着なんかも、簡単に好い人になれてタンスの整理も出来て一石二鳥ですし。
現金もまずいようです。そもそも最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから。
先進国が環境の為に出来ることは発展途上国への寄付では無くて、先ずは自らの足元から、だと思うのですが。
2008/12/15(Mon) 16:38 | URL  | nao #-[ 編集]
>物事を少し斜め後ろから見つめる考察
    あんなのパパさん

 ご訪問及びはじめてのコメント有難う御座います。

 不用になった物を途上国に送る(贈る)と言う事は、上のコメントのBEMさんがおっしゃるように傲慢さも感じますが、
何よりも「勿体ない精神」のはき違えに感じます。・・・勿体ないのなら、やはり自分で長くボロボロになるまで使うべきかと思います。

 現代社会が善意に満ちたものではなくて、非常に不完全な出鱈目な酷い側面がある事を、ある程度大きくなった子供には、気付かせるべきですね。それがいつの時期かについては、難しい問題ですが・・・。


2008/12/16(Tue) 22:00 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
自己満足の慈善事業
    nao さん

 おっしゃる通りです。

>最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから

「Band Aid」「 We Are The World 」っていう企画覚えていらっしゃいますか??それぞれ、イギリス、アメリカのミュージシャン達が、アフリカの恵まれない子供達に援助の手を!食糧を!って事ではじめたチャリティ企画、コンサートでした。
 しかし、そのイベントで稼いだお金で送った食糧は、食料に困っている反政府の家族の子供達には渡らずに、その人達を迫害する政府軍の食料になったとか・・・間接的に政府軍の武器弾薬にもなったかも知れませんね。
 本当に自己満足です。
こんな事なら何もしない方が遥かにまし・・というものです。
2008/12/16(Tue) 22:14 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
ほんとうに必要なものであればOKなのかもしれませんが、押し付けはだめでしょうね。

 廃棄物の問題にもつながりそうですが、もったいないから使いまわすという感覚はおそらく正しいと思いますし、そうすれば、耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発に繋がっていくのではないかと思います。日本の技術力であれば既に実現可能な水準にあるのだろうと思いますので、あとは、価値観の転換だけなのかもしれません。
2008/12/16(Tue) 22:56 | URL  | y.suzuki #-[ 編集]
>価値観の転換
     y.suzuki さん

 おっしゃるように、勿体ないから使いまわす・・・と言う感覚は、必要な感覚であると思います。
 ただ、そこで、途上国に送る・・・と言う感覚が短絡過ぎると思います。輸送にはエネルギーが必要ですし、廃棄の事まで考えるべきですね。費用対効果の観点も抜けているように感じます。

>耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発

それも大切な事ですね。それから、不要な物を使わない事。


>価値観の転換だけ

何より先に、経済成長と言う愚かな洗脳からの脱却ですね。 
2008/12/18(Thu) 20:37 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
 金融破綻を契機として、国際金融資本家たちの実態が暴かれつつある今、sinsi...
2008/12/14(Sun) 22:45:13 |  自然の摂理から環境を考える
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。