2008-06-09 00:12
 数日前の朝、ラジオから聞こえてきた。
「アフリカの経済成長はめざましいけれど、その経済成長に取り残された貧しい人々を救う事も考えなければなりません。アフリカには、今も1日1ドル以下で暮らしている人がいっぱいいます・・・だから、先進諸国はこう言う貧しい人々の経済状態も豊かになるような援助の仕方を考えなければなりません。」

 一見、もっともらしいこの手のステレオタイプの議論にはうんざりだ。なんでこんなに薄っぺらな議論を繰り返すのだろう・・・?
 かつて貨幣経済が発達していなかった自給自足、物々交換の行われていた地域が最近貨幣経済圏に組み込まれた場合、その豊かさを貨幣経済活動の大き さ、GDPなんかで計ったら、低く出るのは当たり前。
 経済活動がなくて、自給自足をしていた民族は、1日0ドルの生活だから最も貧しいと思うのは、自ら優位性を謳って「先進国」なんて呼ぶ国のおごりだろう。 
 1日0ドルで暮らしていける地域って、素晴らしくないかい?ある意味ユートピアではなかろうか?一方、先進国と呼ばれる国々の都市部では、1日1ドルでは暮らしていけない。・・・どっちが貧しい社会だろうか?
 
1日0ドルで暮らして行けた自給自足的社会は、昔は普通であった。今ではユートピアのようなそんな社会を破壊したのは、開発に頭を冒された自ら先進国と呼んでいる国々の人々である。その先進諸国の人々は・・本気で、自給自足的な社会を貨幣経済にすれば人々は幸せになれる・・・と考える一部の御目出度い人々をのぞけば、「未開の地」の開発は全て、自分達の利権の為であろう。貧しい人々を救う・・・なんて体のいい口実。

 1日1ドル以下の生活をしている人をなくす努力よりも(この為には、富の偏りをなくして再分配などをしなければならないだろう・・)1日1ドルでも楽に暮らしていける社会が、素晴らしい社会と言えるのではないんかい?

 「幸せはお金では買えない、お金があっても幸せにはなれない・・・」
なんて誰でも言えるような使い古された表現は、死語になってしまったのだろうか?

 
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【2008/06/09 00:12】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


団塊おやじの遺言
もの心がついた頃 母の後を私達5人の兄弟達は 空っぽのリュックを背負い 永い道を歩き 帰りには 一杯野菜の詰まったリュックを担ぎ夜遅く家路についた 母の姉が農家だったので 食料難の時代も無事に生きて来た それが当たり前で 何も特別な事とは思わなかった 水もおいしかつたし野菜も夢中で食べた しかし今の開発援助とは 自然破壊の引き金になる事が多いし 資源の利権等で地域の平和が脅かされる原因にもなる 話し合いをしているのは 役人同士で 信用度は 銀行金利並み
地元で生活している人達の 本当の声を聞きたい

そう!そうですよね!
BEM
1ドル以下の生活が決して不幸な訳ではありませんよね。
それで幸せに生きて行ければ良い訳です。問題は食べられないってことでなので、別に車を持っていたり、海外旅行に行ったり高いワインを飲む事が決して幸せな訳ではない筈なのに、いつのまにか1日何ドルもかけないと幸せな生活ができないというようになってしまったようです。
ホント最近森の中で暮らしたい〜なんて感じるようになりました。

お金がかかるのが当たり前の時代?
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

幼い頃のお話は大変いいお話です。そういう時代の方がつくづく幸福だったと思いますね。

>水もおいしかつたし

 今は、水を美味しく飲むのにもお金を払わなければならなくなってきました。
 つまり、何にでもお金がかかるようになったから、経済が成長し、それを豊かさの指標にしているのだから、経済界は本当に愚かです。

>今の開発援助

は、本当に税金の無駄遣いであり、自然破壊であり、酷い事づくめですね。開発はもう一切必要ありませんね。




1日1ドル以下でも食と住が手に入る生活!!
雑草Z
     BEMさん

 今の日本にはかなり難しい事ですが、お金がなくても生活していけるって、ある意味ユートピアですよね。

>いつのまにか1日何ドルもかけないと幸せな生活ができないというようになってしまった

のは、明らかに儲けたいやつが何でも商売にしたりして来たからでしょう。

途上国と呼ばれる国々の余計な開発援助を見ているとつくづく思います。
 お金がなくても生活出来ている楽園を、開発の名のもとに破壊して、プランテーションで嗜好品を栽培させて自給的農業も破壊して、貨幣経済を持ち込んで経済圏に取り込んでいるのだから、酷いものです。

高いワインを飲んだり、高級品をコレクトするなんて本当に厭味な軽薄な趣味ですね。
 そんな事でしか幸せを感じられないのは不幸ですし、心も貧しいですよね。
 

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コメント
この記事へのコメント
もの心がついた頃 母の後を私達5人の兄弟達は 空っぽのリュックを背負い 永い道を歩き 帰りには 一杯野菜の詰まったリュックを担ぎ夜遅く家路についた 母の姉が農家だったので 食料難の時代も無事に生きて来た それが当たり前で 何も特別な事とは思わなかった 水もおいしかつたし野菜も夢中で食べた しかし今の開発援助とは 自然破壊の引き金になる事が多いし 資源の利権等で地域の平和が脅かされる原因にもなる 話し合いをしているのは 役人同士で 信用度は 銀行金利並み
地元で生活している人達の 本当の声を聞きたい
2008/06/11(Wed) 10:23 | URL  | 団塊おやじの遺言 #-[ 編集]
そう!そうですよね!
1ドル以下の生活が決して不幸な訳ではありませんよね。
それで幸せに生きて行ければ良い訳です。問題は食べられないってことでなので、別に車を持っていたり、海外旅行に行ったり高いワインを飲む事が決して幸せな訳ではない筈なのに、いつのまにか1日何ドルもかけないと幸せな生活ができないというようになってしまったようです。
ホント最近森の中で暮らしたい〜なんて感じるようになりました。
2008/06/12(Thu) 18:33 | URL  | BEM #hszQL7r.[ 編集]
お金がかかるのが当たり前の時代?
    団塊おやじの遺言 さま

幼い頃のお話は大変いいお話です。そういう時代の方がつくづく幸福だったと思いますね。

>水もおいしかつたし

 今は、水を美味しく飲むのにもお金を払わなければならなくなってきました。
 つまり、何にでもお金がかかるようになったから、経済が成長し、それを豊かさの指標にしているのだから、経済界は本当に愚かです。

>今の開発援助

は、本当に税金の無駄遣いであり、自然破壊であり、酷い事づくめですね。開発はもう一切必要ありませんね。


2008/06/12(Thu) 21:05 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
1日1ドル以下でも食と住が手に入る生活!!
     BEMさん

 今の日本にはかなり難しい事ですが、お金がなくても生活していけるって、ある意味ユートピアですよね。

>いつのまにか1日何ドルもかけないと幸せな生活ができないというようになってしまった

のは、明らかに儲けたいやつが何でも商売にしたりして来たからでしょう。

途上国と呼ばれる国々の余計な開発援助を見ているとつくづく思います。
 お金がなくても生活出来ている楽園を、開発の名のもとに破壊して、プランテーションで嗜好品を栽培させて自給的農業も破壊して、貨幣経済を持ち込んで経済圏に取り込んでいるのだから、酷いものです。

高いワインを飲んだり、高級品をコレクトするなんて本当に厭味な軽薄な趣味ですね。
 そんな事でしか幸せを感じられないのは不幸ですし、心も貧しいですよね。
 
2008/06/12(Thu) 21:22 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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