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2008-02-17 00:02
 一般の人が環境問題を語る時、地球規模の問題に関してのデータは、それなりの機関が出したものを使います。対策も概して専門家が出したものを元に考えます。個人なり小さな組織では地球規模のデータの収集は無理でしょう・・・。
 そこで見落とされる問題は、データの精度、および”専門家”が出した結論の信頼性です。この事についてはあまり論じられません。・・・だから大衆操作もしやすいのです。その気になればデータの捏造も簡単でしょう。確認は困難でしょうから・・・

 データや対策の内容以前に、しかるべき機関が出した統計データがどのくらい信頼が置けるかという事に関しても、もっと考慮すべきでしょう。

 例えば、森林面積のデータのアバウトさについては、このあいだ言及致しました。
【森林減少に関する軽卒過ぎる楽観論】
 森林面積のデータは、森林の質に関してはほとんど考慮されていません。樹齢数百年の木々の生えている手つかずの天然林が皆伐されて、そこに苗木を植えた場所でも、同じ森林面積としてカウントされるのです。さらに火事などで焼けた森林も、伐採された森林も森林面積に計上されているのです。
 森林の質は面積に比べて測定するのは難しい事は確かです。現在取られているデータで最良の方法は原生林の面積データで考える事です。そして、その面積は明らかに減っています。この非常に価値ある原生林もみるみるうちに他の用途・・・価値の低い植樹された森林や農地、放牧地、道路、工業用地、住宅地に転換されています。
 公式に保護されている森林は、約3億ヘクタールしかないと言われていますが、その書類上保護されている森林でさえ、組織ぐるみで不法伐採が行われています。そしてその消失分はデータには反映されていません。
 このように比較的統計を取りやすいと思われる森林面積のデータでさえ、正確にはわかりません。公式な森林面積の統計データはかなりいい加減です。出される数字は毎年かわり、どの数字が正しいかも結論が出ていないのです。つまり、森林の消失状態は正確には分かっていない・・・と言うのが実態です。

 過去の地球の気温はもとより現在の地球の平均気温についても、データを取る場所は偏っているし、小さな温度計では、局所的な偏りもがデータとして取り入れられてしまいます。

 私は、過去の気温もCO2濃度も、かなりアバウトな胡散臭いデータで、異常気象や温暖化が語られていると考えています。

 以上、地球に関する統計データは結構当てにならないものです。その信頼性についての議論なしに、都合の良いデータが疑いをもたれず使われ、対策が生み出されているのです。・・・

 環境問題に対して、統計データは諸刃の剣です。
 統計データから、対策をしっかりしないと間に合わないという議論から、対策をしなくともまだ十分間に合うという議論まで、色々な意見が出されます。それに伴い予防原則も都合のいい部分では採用され、都合の悪い部分では無視されます。

 データが不確実だからと言って対策をしないでいいと言える根拠もないのです。

 そう考えると、統計データに頼らずに、身近なところで森林が伐採されている、生体系が壊されている・・・と言うことから地球規模の危機を感じ取る事もあながち間違った方法ではないでしょう。
 例えば、森林消失、生体系の破壊に関して、統計データが不確実だから、環境危機を煽ってはいけない・・・などと言ったら、かなり自然の摂理に対する洞察力が欠如していると言うべきでしょう。
 
 地球規模の統計データは信頼の置けないものが沢山ありますが、環境問題はかなりシビアな事は間違い御座いません。

・・・・環境問題に対する楽観的なデータは疑ってかかって、シビアなデータは尊重すべきだ・・・という主張になってしまいそうなので、このへんで止めておきます(笑) 
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【2008/02/17 00:02】 | 環境総論 トラックバック(0) |

信憑性が全てか
解死塚
いつだったか、「朝までテレビ」の生放送で温暖化問題について熱い議論が交わされるということがありました。
今や有名な国立環境研究所の江守さんなど、温暖化に詳しい人たちが集まっていました。
その中で私が特に耳に残ったのは、調査・研究方法の正確さ、用いた情報が最も新しいか否かという議論でした。
しかし、一番感動したのは、司会の田原総一朗さんが視聴者に分かりやすいように、視聴者の為の議論をしようとしていたこと。研究者たちはなかなか田原さんの思うような議論をしてくれてはいなかったような気がします。

その番組の中でアル・ゴア氏の「不都合な真実」についての議論がありました。批判ばかりで、あれはよかったという人は一人もいませんでした。研究者として間違った表現をすることがゆるせないという事でしょう。
しかし、「不都合な真実」により、どれだけの人の意識が高まったか、それだけの人の関心が高まったか、そちらを評価すべきなのではないのでしょうか。

北極の氷が溶けるから海面が上昇すると思っている人はまだまだたくさんいます。だからといって、それは間違っていると指摘する必要は私は無いと思います。温暖化問題に対して興味はあっても、知識はないひとはたくさんいる。しかし、温暖化問題が悪いことだと、頭の中では誰しもが理解していると思います。それで充分だと思います。
映画、本、テレビといった全てのメディアにおいて、間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいいのでは無いかと思います。

まともで有効な対策の為に
雑草Z
    解死塚さん

 ちょっと記事の内容とはずれたコメントですが、お返事致します。

 確かにアルゴアは、アメリカの能天気な人々をはじめ、多くの環境問題に関心のない人々に環境問題に関心を向けさせたという意味で功績はあるでしょう。
 しかし、「不都合な真実」にも沢山の不都合な真実が見え隠れします。アルゴアの発言等は、環境問題を長年研究してきた人とは思えぬほど表面的で、環境問題の本質を分かっていない薄っぺらな環境論者に見えます。

 アルゴアをはじめとするCO2温暖化対策とCO2削減にばかり躍起になる人の明らかな功罪は二つあると思います。

 先ず、原発やCO2地下貯留のような、CO2温暖化よりも酷い環境汚染を起こしそうなとんでも対策・・・これは実質CO2削減にならないというよりも、さらなるCO2発生をも促すとんでも対策です。そして、放射能汚染など、もっとシビアな問題を起こします。

 次にCO2温暖化対策ばかりで、他の切実で重要な環境問題から目をそらせてしまう事・・・「不都合な真実」はこの典型かもしれません。

「不都合な真実」で環境問題に目覚めた子供達が、環境問題をしっかり研究、考察し、アルゴアレベルでは話にならない事を悟って、本質的な環境対策に取り組む・・と言う風に進めばいいのですが・・・。

>間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいい

 こういう部分での間違いが判明すれば、世界にまだまだ沢山いる経済優先を叫ぶ大多数の人に「無責任に環境危機を煽るな」と言われ、経済優先、開発優先の口実にされてしまいます。言いたい事はわかりますが、間違った認識で誤った対策をしても地球環境は改善しません。   
 
 

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コメント
この記事へのコメント
信憑性が全てか
いつだったか、「朝までテレビ」の生放送で温暖化問題について熱い議論が交わされるということがありました。
今や有名な国立環境研究所の江守さんなど、温暖化に詳しい人たちが集まっていました。
その中で私が特に耳に残ったのは、調査・研究方法の正確さ、用いた情報が最も新しいか否かという議論でした。
しかし、一番感動したのは、司会の田原総一朗さんが視聴者に分かりやすいように、視聴者の為の議論をしようとしていたこと。研究者たちはなかなか田原さんの思うような議論をしてくれてはいなかったような気がします。

その番組の中でアル・ゴア氏の「不都合な真実」についての議論がありました。批判ばかりで、あれはよかったという人は一人もいませんでした。研究者として間違った表現をすることがゆるせないという事でしょう。
しかし、「不都合な真実」により、どれだけの人の意識が高まったか、それだけの人の関心が高まったか、そちらを評価すべきなのではないのでしょうか。

北極の氷が溶けるから海面が上昇すると思っている人はまだまだたくさんいます。だからといって、それは間違っていると指摘する必要は私は無いと思います。温暖化問題に対して興味はあっても、知識はないひとはたくさんいる。しかし、温暖化問題が悪いことだと、頭の中では誰しもが理解していると思います。それで充分だと思います。
映画、本、テレビといった全てのメディアにおいて、間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいいのでは無いかと思います。
2008/02/21(Thu) 21:01 | URL  | 解死塚 #-[ 編集]
まともで有効な対策の為に
    解死塚さん

 ちょっと記事の内容とはずれたコメントですが、お返事致します。

 確かにアルゴアは、アメリカの能天気な人々をはじめ、多くの環境問題に関心のない人々に環境問題に関心を向けさせたという意味で功績はあるでしょう。
 しかし、「不都合な真実」にも沢山の不都合な真実が見え隠れします。アルゴアの発言等は、環境問題を長年研究してきた人とは思えぬほど表面的で、環境問題の本質を分かっていない薄っぺらな環境論者に見えます。

 アルゴアをはじめとするCO2温暖化対策とCO2削減にばかり躍起になる人の明らかな功罪は二つあると思います。

 先ず、原発やCO2地下貯留のような、CO2温暖化よりも酷い環境汚染を起こしそうなとんでも対策・・・これは実質CO2削減にならないというよりも、さらなるCO2発生をも促すとんでも対策です。そして、放射能汚染など、もっとシビアな問題を起こします。

 次にCO2温暖化対策ばかりで、他の切実で重要な環境問題から目をそらせてしまう事・・・「不都合な真実」はこの典型かもしれません。

「不都合な真実」で環境問題に目覚めた子供達が、環境問題をしっかり研究、考察し、アルゴアレベルでは話にならない事を悟って、本質的な環境対策に取り組む・・と言う風に進めばいいのですが・・・。

>間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいい

 こういう部分での間違いが判明すれば、世界にまだまだ沢山いる経済優先を叫ぶ大多数の人に「無責任に環境危機を煽るな」と言われ、経済優先、開発優先の口実にされてしまいます。言いたい事はわかりますが、間違った認識で誤った対策をしても地球環境は改善しません。   
 
 
2008/02/23(Sat) 00:37 | URL  | 雑草Z #SAV8FvZY[ 編集]
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