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2014-09-29 00:01
ビル・トッテンさんの講演会の案内メールが届いたのは8月始めの頃でした。ビル・トッテンさんは、今最も会って話をしてみたい方でしたが、講演のある京都は遠いので、最初は東京で講演会があるまで待とうと考えていました。最近たまたま京都への出張があり、その時に彼の自宅が京都の賀茂川沿いにあり、京都駅から6~7kmと言う事がネットに載っていたので、空いた時間に歩いて彼の家を探してみました。丁度鴨川の豊かな生態系を見たかったのと(訪れた地の川の生態系を覗く事が私の趣味です。・・・都会の真ん中の川とは思えないくらい自然、生態系の豊かな川でした。)彼の完全無農薬有機農法の家庭菜園のお庭を覗いてみたいと思ったからです。彼のPNにもヒントを得て、幸運にも彼の家は直ぐに見つかりました。高い側面の塀の上にカボチャの蔦がはっていました。ただ、残念な事に、彼の家の塀は高過ぎて、お庭を覗きこむことは不可能でした。 

 関西は遠いと思って滅多にいかない東北人の私は、彼の講演を聴きに行くかどうかはぎりぎりまで迷いましたが、彼の自宅のある京都で講演を聴く事にも意義があると思い、この週末に講演を聴く事だけを目的に京都まで行ってきました。行く途中の会津線の中と高速夜行バスの中で、今回の講演のタイトル『本当はもっとよくなるニッポンの未来』と同じタイトルの彼の著書を1冊読んで行きました。


講演は、本やネットで知っていた彼の持論が中心でしたが、面白く聞く事が出来ました。その後の懇親会では、丁度トッテンさんのテーブルの真向かいの席が空いていたので、厚かましくもそこの席に座って色々話を御伺いする事が出来ました。諸々の陰謀論の真偽に関する彼の見解から、有機農法の話まで色々話せました。人糞の堆肥化の極意も伝授して頂きました。また、彼はシルビオ・ゲゼルの信奉者であるとも言っていました。

著作物や講演、個人的に話してみて感じた事は、考え方が殆ど私と近いと言う事です。
反TPP、反原発、農業重視、・省エネ、脱成長(経済成長は浪費の増加)、自動車は出来るだけ使わずに数kmなら歩く・・(私は歩くと同じくらい自転車も多いのですが・・)。飛行機がエネルギーの浪費であることと、事故が怖い事(信用出来ない事)の二つの意味で大嫌いなのも私と一緒でした。自宅ではエアコンは使わない。マイ箸を持って歩く・・・あれもこれも私も同じ事をしていました。江戸時代を一つの理想社会と考えている点も同じでした。使う表現まで一緒で、かつて私がここの記事で使ったのと同じ表現も幾つも見出せて、不思議な感じさえ致しました。
 彼は庭に作ったテニスコートを潰して畑にしましたが、私は芝生を潰して畑にしました。その広さも似たような感じです。
 糞尿の利用は大切だと、かつて私もこのブログで散々述べてきましたが、牛糞や鶏糞を買って来て使うだけでした。しかしトッテンさんは馬を飼っている人から馬糞を譲ってもらって、リヤカーで運んで使っていますし、更に自分の人糞まで利用すると言う徹底のしようです。糞の利用については私の完敗です。同様にかつてここのブログの記事で、その素晴らしさを強調したリヤカーも、実は私はまだ持っていません。これまた彼に負けています。

ビルさんは古き良き日本社会のよき理解者で、自分の生活や御自分が作られた会社に古き良き日本社会の文化、システム、慣習を色々取り入れています。彼の話を聴いていると日本人は戦後、アメリカ人に、アメリカ、欧米文化は素晴らしいと洗脳され続けてきた事を改めて痛感いたしました。彼は、伝統的な日本文化のほうが遥かに素晴らしい!・・と言う事を日本人に気付かせてくれるのです。

彼と私の見解が違う点と言えば、彼は安くて豊富な石油時代の終わりが来る事を真剣に心配してますが、私は早く石油が高くなるべきだと思っている点。環境が破壊する前に石油時代はなくべく早く終わるべきだと思っている点でしょうか?。・・・ただ、この点は彼の書物から判断した事であって彼に直接確認した訳ではありません。
 もう一つ言えば、彼は、「6割経済」を主張しています。遠くない将来に日本の経済規模は現在の6割から半分まで落ち込むと予測して、それに対応する為の準備を進めています。しかし私はその程度の縮小では止まらないのではないかと考えています。即ち、無理な経済成長で環境破壊が進めば、制御不可能な崩壊が起こり、一桁以上の減衰が起こるのではないかと考えています。そして、6割経済くらいでは、社会は(半)永続出来ないのではないかと考えています。トッテンさんの言うように6割経済で止まってくれれば嬉しいと思いますし、彼のお話を聴いていると、それを期待してしまいます。

余談です。
彼は、今度来たら、是非家庭菜園の畑を見せるからと言って下さいました。(翌日[9月28日]でもいいようなニュアンスでしたが、翌日は早朝に東北に帰って来ました。)お言葉に甘えて、改めていつの日か見学に行くかも知れません。そのとき、何をお土産にしようか・・・真面目に考えてしまいました。私が作っている畑の作物ならば・・・・食用ホオズキしか、(彼が珍しく思うであろうものは)可能性はないだろうかと思いました。

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【2014/09/29 00:01】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

印象
爽風上々
ビル・トッテンさんともう直接お会いになっていたとは知りませんでした。
”賀茂川耕助のブログ”の名前もそういった由来なんですね。

ブログから受ける印象はアメリカやヨーロッパの国際情勢にも非常に詳しく、また反アメリカ的な考え方を強く感じますので、農業を実際に行っているというところはやや意外な思いでいます。

土や野菜をいじりながら目は世界に広く向けているのでしょうか。

ブログはすでに1000編以上、私のブログなどと違って一つ一つが非常に中味が濃いのでなかなか読み進みません。少しずつでも読み解いていきます。

Re:印象
雑草Z
私は、記事を書くとき、寝かせてから書く事が多いです。愚図とも言えましょう。時事問題等も直ぐに書かず、時期を逸してしまった事も何度かあります。お会いした方の事は記事に書かずに秘密にしまって置く事のほうが多いです。
 今回は、別の主題の記事を用意してありましたが、帰りの列車の中でビル・トッテン氏から直接聴いた事、受けた印象を是非とも書きたいと思って、家に到着したその日に記事を書きました。

>アメリカやヨーロッパの国際情勢にも非常に詳しく、また反アメリカ的な考え方を強く感じます

最初はアメリカを愛するが故にアメリカの悪い部分を沢山書いていたら、アメリカ政府のブラックリストに載せられたので、アメリカを捨てて日本に帰化したとの事です。

現在の日本人の多くは、経済が成長しない事を気に病んでいますが、トッテン氏は6割経済を見据えて、それに対処する方策を考え、実行しています。自らの生活にも、会社にも会社の社員にも提案し、実行に移しています。非常に実行力のある方です。
 私のようにもっと悲惨な未来を想定しながら、それに対処する対処法がまだ分からず、実行していないのとは大違いです。ただ、6割経済以上の悲惨な状態は想定していないのかも知れません。記事にも書いたように、そこで留まれるのなら希望が持てます。その意味で、以前の上々さんの洞察のほうが合っていたのかと感じております。
そう言えば、3.11以降の反原発運動の盛り上がりが冷めないかと言う心配のコメントを頂いた事がありますが、その時の上々さんのコメントも、後から振り返って的確だったと感じております。

6割経済
爽風上々
会社経営をしながら6割経済という主張をされるというのが非常に興味深いところです。
どうも私は在籍した会社が良くなかったのか、企業活動とそういった社会への洞察が同居するということが私の考えの中で結びつきづらいものがありますが、もしそれができる経営者が居るとすればそれは稀に見るほど卓越した人かもしれません。

私はゆくゆくは1桁以上減少した経済も有得るのではないかと思っていますが、6割というのが現実的な数字としてはぎりぎりの線かも知れません。一挙に9割減などといってもまったく対応が取れないでしょうが、6割なら現在の経済からの延長も考えやすく、その数字を出してくるあたりにもトッテンさんの優秀さなんでしょうね。

ますます、彼の考え方を知りたくなりました。

Re:6割経済
雑草Z
 以前にもご紹介しました彼の著書
【「年収6割でも週休4日」という生き方】
には、将来6割経済になった場合を想定した方策が述べられています。年商が6割になっても決してリストラで人員削減はしないと社員に公言しています。「終身雇用制」は日本の古き良き企業経営の一つと考えておられます。
 年商が4割減になった場合、給与水準も4割減らさざるを得ないので、その代わりに労働時間も4割カットするとの事です。現在、週5日勤務なので、6割勤務は週3日となり「年収6割週休4日」となるわけです。(ちなみに、給与のカットは一律ではなく、給与の多いものほどカット率を高くするとの事です。だから御自分の給与を一番カットするそうです。)既に希望者を募って週休3日や週1日在宅勤務等を実験しています。(給与水準は減らしていません。)

余談ですが、彼は私が持参した2冊の彼の著書の両方にサインして下さいましたが、その際、
【「年収6割でも週休4日」という生き方】
の表紙に写っている彼がかついでいる鍬の柄が長過ぎる件を尋ねたら、出版社が写真撮影の為に用意した鍬が、筍採り用の鍬だった・・・と言って笑っておられました。彼の会社のオフィスで、長靴を履いて鍬を担いだ彼の姿は異様な感じがするかも知れませんが、とても好感が持てます。
http://book.akahoshitakuya.com/b/4093878749


文章の印象
爽風上々
ブログで国際政治や経済に関して書かれた文章を読んでいると少し冷徹な印象を受けたのですが、鍬を持っている写真はまったく違いますね。
ますます考え方を知りたくなりました。

年商が6割になっても人員削減はしないというのもすばらしい心構えかと思います。
ほんのわずかなコスト削減のために平気で社員の首切りをする会社が多く、その方が優れた経営者かのように評価されるという世の中は完全に間違っています。

Re:文章の印象
雑草Z
政治や経済に関しては、沈着冷静な文章を書くかもしれませんが、実際に本人の講演を聴いたり、お話をしてみると、かなり熱い話しっぷりでした。

鍬を担いでいる写真も凄いですが、彼の格好に関しては色々とエピソードがあるようです。
 例えば、スーツとネクタイでは日本の夏の暑さには耐えられないと、職場で作務衣を着たり、自宅のでは地下足袋を愛用し、自宅周辺を地下足袋で歩いているとよく大工さんに間違えられるそうです。

【「年収6割でも週休4日」という生き方】には、彼の考え方や日常生活が色々描かれており、彼の人となりがよく現れていると思います。

>ほんのわずかなコスト削減のために平気で社員の首切りをする会社が多く、その方が優れた経営者かのように評価されるという世の中は完全に間違っています。

これぞ、アメリカ流ですね。ビル・トッテン氏も同じような批判をされています。対極の日本の終身雇用制を非常に評価されています。


ゲゼル主義
guyver1092
 ビル・トッテン氏はつい最近まで知りませんでしたが、紹介された主張は同意します。やはり合理的に考えると、目指すべき地点は同じになるのでしょうね。
 ゲゼル自身は世界が無限と考えていたようですが、それでも貨幣の特権に気付き、マイナス金利を考えたのは素晴らしいことと感じます。

Re:ゲゼル主義
雑草Z
>合理的に考えると、目指すべき地点は同じになるのでしょうね。

そうですね。だからこそ、このように考える人は最近増加の一途を辿っているのでしょう。・・・というか、20世紀後半の洗脳で、狂った経済成長考え方が主流になってしまいましたが、その愚かさに気付く人が年々増えていると言う感じでしょうか。

 guyver1092 さんがこれまで主張されて来られたゲゼル主義の素晴らしさがようやく理解されて来ました。ゲゼルの理解者もこれからどんどん増えてくると思われます。

Bill Totten氏
tukaisutedorei
 お久しぶりですでしょうか? 前回のコメント時に、ご挨拶を 
していませんでした。改めまして、はじめまして、となりま
 
す。tukaisutedoreiです。

 トッテンさんや雑草さんほどではないですが、私も去年の9月
 
から畑を借りて家庭菜園を始めました。菜園歴は2年目になりま
 
す。

 それまで農的なことについては、しようと思ったこともあり 
ませんでしたし、土をいじるといったことには全く縁のない生 
活だったのですが、様々な出会いもあり導かれるように始める 
こととなりました。

 ただ、いわゆる慣行農法と有機農業ではなく、川口由一さん 
の自然農を参考に自己流で始めたのですが、ビギナーズラック 
といいましょうか、畑で次々に蒔いた種や植えた苗が見事に実 
を結ぶ姿を見ると、心が澄んできて本当に清々しいも氣持ちに 
なります。

 極端に言えば、畑で野菜たちが育つプロセスを見ているだ 

けで命が癒されます。お金にはならない世界ではありますが、
 
お金には変えられない世界ですね。日本中、世界中を探しても 
見つからず売ってもいない素晴らしいものです。
 
 日々、いのちたちが営みを繰り返す自然農の生活。農的 
 
生活バンザイです。



Re:Bill Totten氏
雑草Z
    tukaisutedorei

お久し振りです。最初のコメントは【使い捨て・・・】でしたね?

>農的なことについては、しようと思ったこともありませんでしたし、土をいじるといったことには全く縁のない生活だったのですが、様々な出会いもあり導かれるように始めることとなりました。

いい出会いがあったのですね。tukaisutedoreiさんも深層心理的には作物栽培に興味があったのではないでしょうか。

>川口由一さんの自然農を参考に自己流で始めた

おお、自然農法ですね!?・・私も理想とするところです。ただ私は有機肥料を畑に入れてしまいます。・・・窒素や炭素は畑に入れなくても空気中のものを固定できますが、ミネラル分などは、作物を収穫していけばどんどん減るので、土に入れる必要性を感じます。

>ビギナーズラック

とおっしゃるところは、微量元素がまだ十分にあったと言う事かも知れません。連作を繰り返すと不足元素が出て来るかもしれません。(私も知りたいところです。)キウイなど、素人が最初に作ると、見た目は貧弱でも、味は売っているものよりも遥かに美味しくて吃驚しますが、何年も経つと段々旨みが無くなって来ます。(経験です。)


・・・私も、庭で自然に生えるシソやカボチャ、木の実、(柿、梅・・)には施肥しませんが、大根やトマトには、米糠等を入れています。・・・使用を我慢してどれだけ使わなくても大丈夫か実験したいところです。
兎も角、自然農法は理想です。tukaisutedorei さんの収穫の状況をお教え戴ければ嬉しいです。

>極端に言えば、畑で野菜たちが育つプロセスを見ているだけで命が癒されます。

そうですね。生態系が生まれて、蝶や蝉が次々にやって来るのもいいですよ。川に小魚が戻ってきても嬉しいですね(残念ながら私の庭の近くの側溝は、ドブ状態です。)

 私のほうが経験はちょっと長くてもtukaisutedorei さんのコメントを読むと、tukaisutedorei さんのほうが、栽培が上手いんじゃないかと感じました。

これからも宜しくお願いします。

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2014-09-23 00:01
~成長を強いることこそ暗い~

最近あるところで成長の限界に関して話し、脱成長の必要性を述べた時「成長を望めない社会は、希望、夢がなくなるようなイメージがある」のようなことを言った人が何人もいました。今の社会では(経済)成長が是とされ、それに経済成長志向派が大多数である事を再認識しました。
そういえばかつて、脱成長を柱の一つとする団体の話し合いの席でさえ、「脱成長という言葉は、暗いイメージがあるから、他の表現がないものか・・・」などという話題が上がってきました。
「成長がないのが暗い」という発想する事自体が、現代の(経済)成長絶対志向に洗脳された発想でしょう。

経済成長[Economic growth] の定義は、GDPの増加です。これを成長[Growth] ということ自体が混乱の原因の大きな一つの要因でしょう。この定義では、昨年と同じ事をするのに、昨年よりも余計経費がかかったら、「成長」です。・・・普通の感覚では逆ではないでしょうか?つまり、同じ事をするのに要領よく、経費も削減できれば「成長」でしょう。
つまり、GDPの増加で定義される「経済成長」は、無駄の増加、浪費の増加のイメージです。GDPの増加によって、物の消費も増えますし、それに伴い廃棄物の量も増えます。そのような「経済成長」の先にあるものは、明るい活気のある社会と捉えているのでしょうか?仮にそんな事になろうともそれはほんの一瞬の事で、その後には、環境や社会の悪化が起こり、廃棄物が溜まるのです。「経済成長」と言う言葉を非常に不快と感じるのは私だけでしょうか?

一般の企業で考えて見ますと経済成長は、売り上げを伸ばすことになります。毎年毎年売り上げを伸ばしていくことが強いられれば、プレッシャーが大きく苦痛と感じる社員のほうが多いでしょう。売り上げをも伸ばさなくていいのなら、遥かに楽でしょう。
売り上げを伸ばさなければ給料が下がる・・・としたら、それはおかしな話です。昨年と同じ売り上げなら、昨年と同じ給料・・・が基本のはずです。そうではなく、ある程度売り上げを伸ばさないと昨年と同じ給料を貰えないとしたら、それは中間搾取されるからです。具体的には、銀行、投資家、経営者に搾取されるのです。


このようなことを話すと、「それでは進歩がない、他の動物と違って、進歩や夢があるのが人間である・・・・」のようなことを言う輩が必ずと言っていいほど現れますが、そんな肥大化膨張だけが「進歩や夢」だとするのなら発想が貧し過ぎます。『そんなこと』が「進歩や夢」だとしたならば進歩や夢なんてないほうがいいでしょう。
ここで言う『そんなこと』を具体的に表現してみましょう。
食事ならば、毎年毎年、高い高カロリーのものを食べていってぶくぶく太ること・・・
旅で例えるならば、近場から、他県、外国、果ては宇宙まで旅行すること・・・
所有物ならば毎年毎年所有物が増えて膨大になっていくこと。その増加率自体も毎年毎年増えること・・・

私は、毎年昨年よりも高価なものを食べたいとは思わないし、宇宙旅行もしたくないし、所有物も必要以上に増やしたくありません。

お金をどんどん使って資源を浪費して達成するそんな物事が「進歩や夢」なのでしょうか?・・・そんなことを求めなくても、同じ食材で工夫によって美味しくいただけますし、そんなに遠くに行かなくても、身近なところに新たな発見はありますし、所有物もほどほどで十分です。
「大きな幸せは必要なく、そこそこの幸せで十分だ」という事ではありません。それはそれで悪くはない発想ですが、「お金が有り余るほど無ければ、大きな幸せは掴めない」「お金や物を沢山所有すれば、それに比例した大きな幸せが得られる」・・・と考える事がかなり貧しい発想だと言う事です。

 今日のように物資が有り余るようになった社会、成長の限界に直面した社会に達しても、経済成長しなければならない・・・と強いるのは大きなプレッシャーです。明るくも楽しくもないし、希望も見いだせません。経済成長する事の必要もありません。経済成長は、環境を破壊し、人類を追い詰めるだけです。
「脱成長」は決して暗いイメージや希望を失う言葉ではありません。それどころか逆に、固定観念のがんじがらめのプレッシャーから開放され、自由が得られる事でしょう。


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【2014/09/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

洗脳
guyver1092
 日本人(おそらくは世界中の人)の大多数は、経済成長は絶対的な善という洗脳がしみわたっているのは間違いないと考えます。たとえば、エネルギー問題に関して知人と議論したことがあるのですが、新エネルギーの開発によって、石油代替は成ると考えているようでした。新エネルギーは人類の科学的知見からすると、絵空事であることを説明すると、絵空事を納得した後の言葉は「原子力しかないのか」でした。原子力も絵空事であることを説明し、経済成長は地下資源が無くなるまでであろうと言うと、「随分暗い未来しかない」との感想を持ったようでした。
 私の好きな小説の中に「進歩や夢」ではありませんが、あらゆる変化から保護された社会に対して「進化も発展もないではないか」との疑問を発したのに対し、「人類はすぐに進化とか発展とかを口にするが、そのためにこのように破滅に付け込まれることになったのではないか」と応答するシーンを思い出してしまいました。事実、現代社会は、進歩という名の破滅の坂を転がり落ちている最中で、崖はあと数十年との研究もあるようです。

http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-11839715029.html


Re:洗脳
雑草Z
>経済成長は地下資源が無くなるまでであろうと言うと、「随分暗い未来しかない」との感想を持ったようでした。

記事の冒頭のケースと同じ反応ですね。私は、地下資源が無くなる以前に環境汚染で破局を迎えると考えています。その汚染の酷さを少なくする為に、石油を筆頭に地下資源は少ない方がいいと考えています。

>経済成長は絶対的な善という洗脳がしみわたっているのは間違いないと考えます。

ですね。私は今回の記事で経済成長の呪縛のほうが人間を苦しめると言う事を描いているのですが、そんな「当然のこと」にも気が付かないほどに、経済成長洗脳は常識化してますね。

>「人類はすぐに進化とか発展とかを口にするが、そのためにこのように破滅に付け込まれることになったのではないか」と応答するシーン

私もまさにそのような事を言いたいのです。この小説のタイトルと作者を教えて下さい。

>崖はあと数十年との研究もあるようです。

これまでの記事で何度か述べているように、私も同じような見解です。つまり21世紀は「夢の世紀」ではなくて、「破局の世紀」であると。

それを避ける方法として

>自然からの資源の一人あたりの配分量を環境維持可能なレベルにまで減らし、また、資源が合理的な範囲で公平に分配された場合


と描かれていますが、これまた私も同じ見解です。そしてその有力な方法が、以前からguyver1092されている、ゲゼルの減価するお金ではないかと気が付きました。
関連の記事を描こうと考えています。guyver1092 さんは今までに何度か描かれていますが、また違った角度から描いて下さいますか?
「リアルマネー、原価するお金が世界を破局から救う」






破滅に付け込まれる
guyver1092
 この小説は、私がたまにコメントのネタにしている「百億の昼と千億の夜」です。作者は光瀬龍といいます。テーマは神、終末等です。
 エントロピー会計基準は、企業についてはめどがついた気がしますが、自然人の成長しないための税制を思いつかず苦戦しています。
「リアルマネー、減価するお金が世界を破局から救う」 について、まだ読んでははいないのですが、似たようなことを書かれているであろう本もあるようです。
http://www.amazon.co.jp/dp/4062183897/ref=wl_it_dp_o_pC_nS_ttl?_encoding=UTF8&colid=1643M2WQ7QKJ3&coliid=I3BZRRH3IGA5RF
 順番は後になりますが、書いてみます。

Re:破滅に付け込まれる
雑草Z
私は小説は殆ど読みませんが(いちばん近いところで読み通した小説は「2050年は江戸時代」かも知れません。)

>「百億の昼と千億の夜」

は、guyver1092さんがネタにも使っているということですし、読んでみたいです。今回の内容も非常に興味があります。作者の光瀬龍は、私の通った高校の先輩にあたる方ですので名前だけは高校の時から知っていました。これも何かの縁ですので、彼の作品も一つくらいは読んでみようと思いました。この作品が妥当ですね。

当方は、金融の仕組みを調べているうちにお金の仕組みの不合理にも行き着き、ゲゼルの洞察の鋭さにやっと気がつきました。guyver1092さんにかなり遅ればせながら、ゲゼルはちょっとしたマイブームです。

>順番は後になりますが、書いてみます。

ぜひお願いします。


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2014-09-17 00:01
日本の食料自給率は、カロリーベースで40%ほどと、致命的に低いのですが、米はほぼ自給しています。ミニマムアクセス米と言う、しょうもない米を無理やり買わせられていますが、それでも自給率は95%ほどで、主食用のコメはほぼ100%自給です。
他の穀物に比べ、米は、非常に優れた穀物です。単収(=単位面積当たりの収穫高=反収・・通常、1反[10a]当たりの収穫高)も抜群によく、連作障害もありません。
日本の農地、耕作放棄地を全て水田にすれば、カロリーベースで言えば、一億人以上(現在の日本の人口)も養うことが可能です。即ち日本が自給できるだけの収穫を上げられる計算になります。実際玄米は、あらゆる栄養を含み、日本では玄米を食すればあとは味噌と漬物と水かあれば生きていけると言われていました。

 一方日本の小麦の自給率は10%ほどしかありません。他は他国からの輸入に頼っています。小麦には、連作障害もあります。
それでも日本で小麦を沢山使うのは、戦後のアメリカの政策に負うところが大きいでしょう。学校給食でもパンが使われ、アメリカの余った小麦の消費地とされてきました。それ以上に日本を支配する為に日本の食料自給率を低く抑えていたと考えられます。

以上により、日本では、小麦よりも米を、これまで以上にずっと沢山栽培するべきだと考えます。

その為に、これからは、もっともっと米粉を活用すべきだと考えます。

餅や団子や煎餅などの和菓子は従来から米粉で作られていました。小麦粉から作られた商品では無く、これら従来から米粉から作られる食べものの消費割合を増やす事も必要かと思いますが、それよりも、従来小麦粉から作られていたものを米粉で代用する事が大切でしょう。「代用」と書くと、「本物」の小麦粉製品のほうが高品質のような印象を与えますが、米粉で従来の小麦粉の食品に勝るとも劣らない食品を作ることは可能でしょう。
現在流行っている米粉のパンやケーキは当然のこととして、うどんやそうめん、ラーメン(中華麺)、パスタのような麺類も米粉で美味しく作ることが可能でしょう。・・・既に、ビーフンはありますが、もっとうどんやそうめんに近い麺類を米から作るべきでしょう。


日本に於いては、米の消費量の増加が食料自給率のアップに繋がるであろうと考えています。
そうやって、米粉の活用範囲を増やしていって、休耕地も活用し、日本の食料自給率を大きく上げて、近い将来の食料不足に備えておくべきでしょう。みなさん、米で作った食品を沢山食べましょう。

・・・勿論、米の最も有効な食べ方は炊飯器で炊いてご飯として食べることだと思っています。
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【2014/09/17 00:01】 | 農業 トラックバック(0) |

米という作物
guyver1092
 米という作物は、麦よりも圧倒的に優れた性質があるようです。

http://www.geocities.jp/cato1963/jinkou996.html

 上記ページの終わりぐらいに紹介されていますが、麦を作物として利用してきた文明では、荒廃させてしまった農地は現時点で復活させることはできていませんが、古代中国では、曲がりなりにも農地の保全が出来たようです(槌田氏の本によると殷、周の跡地は砂漠だそうですが)。
 にもかかわらず、現代日本ではコメの消費が減少し、パン食が増えているそうです。また、外国ではパン食が減り、米を食べる者が増えているそうですが、日本では逆の傾向があるのは、理解に苦しみます。

Re:米という作物
雑草Z
    guyver1092さん

 最近、水田による稲作を増やすべきだと考えています。休耕田になっている水田を復活させれば食糧自給も絵に描いた餅では無いようです。(・・だからと言って、現在の日本の人口を維持すべきではないと考えます。現在よりも減って然るべきです。少子化対策は依然愚策だと考えています。)

またまた非常に有意義な知識を得ることが出来るサイトの御紹介有難う御座います。

>米という作物は、麦よりも圧倒的に優れた性質があるようです。

と言う事を根拠に水田での米作に関して、記事を書く積りでしたので、御紹介のサイトも参考にさせていただきます。


>外国ではパン食が減り、米を食べる者が増えているそうですが、日本では逆の傾向があるのは、理解に苦しみます。

その辺りも参考意見にさせていただきます。有難う御座います。

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2014-09-11 00:02
ある物資の生産状況などを見るとき、もしくは地域や企業を比べるときには、単純に生産量(もしくは単位あたりの生産量)を比べるのが普通でしょう。
昨年よりもどれだけ伸びたかを比較するような場合などには、その「増加率」を比べることもあるでしょう。しかしそれはあくまでも伸び率であり、現状を比較するのならばやっぱり単純に生産量そのものでしょう。だから国の経済状況を比較するときには、その名のとおり、国内総生産GDP[Gross Domestic Product] を比べるということになりましょう。
然るに、現代社会では、経済を語るときにGDPそのものよりも、その「増加率」である「経済成長」が問題にされることのほうが多くなりました。そしておかしなことに、いつの頃からかGDPの達成水準の目標・・・どこまで成長すべきか・・・が示されずに「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。
GDPが国民の豊かさを計る指標だとは全く思いません。寧ろ浪費のレベルだと考えています。(【GDPは何の指標か?】2007-11-11で述べました。)しかし百歩譲って、GDPが物質的豊かさを示す量だとしても、その到達水準の目標も設定せずに、毎年毎年GDPが増大すること=経済成長 を目標にすることは理性で考えれば非常におかしなことです。このことは既に何度も論じてきました。(【とんでも経済】2006-11-20【消費拡大の本質】2007-5-18など)
例えば、一人当たりの1年間の食料が何カロリーであれば十分であるとわかれば、その量のカロリー摂取が全手の人に可能になることが目標になるでしょう。・・・勿論、備蓄の分の考慮も必要です。さらに余分のカロリー摂取は肥満のもとであって必要ないのです。健康を損なってしまいます。ここで、一人の人間の摂取カロリーを毎年毎年増やしていくことを目標にしたら、誰もが狂っていると思うでしょう。毎年摂取量が増えていくのは、成長期の限られた時期だけです。人間で言えば、せいぜい二十歳くらいまででしょう。それ以降も摂取カロリーを増やし続ければ肥満になり健康を害します。
GDPも同様です。高度経済成長期が終われば、経済成長は止まって然りです。それ以上無理にGDPを増やそうとすれば、経済的に不健康である「バブル」を起こすことになりましょう。バブルは将来的には必ずはじけて、被害をもたらすのです。

ここで、何故GDPの増加率で定義される「経済成長」が目標にされるようになったか・・・を考えて見ます。・・・すると行き着く先は金融業です。金融業は本来、お金を貸してその利息が、彼らの利益になるからです。・・・最近は、それ以外の詐欺まがいのような理不尽な金融商品がたくさん出回っていて、それで儲けているようですが、基本は「経済成長の利ざや」を稼ぐことといえましょう。・・・そう、金融業は経済成長そのものが「金儲けの為の条件」となるのです。【金融の役割】2009-3-17 に書きました。経済が成長する過程で、金融業界は無から有を生み出せるのです。(実際には金融業界がごり押ししてそのような不合理なルールを政府に認めさせてきたのです・・・)銀行は、経済成長によって 新しいお金を印刷して増やせるのです。現代では印刷する必要もなく、書類に記入し経済成長に対応して電子マネーをどんどん作り出せばいいだけです。
現代社会はほとんどの業界で、可能ならば未来に向かってどんどん成長して伸びていったほうがいいように思えますから、どの産業も経済成長を志向するでしょう。しかし、経済成長が本当に必要な業界は金融業なのです。他の業界は成長なしで安定していてもやっていくことが出来るのです。
日本でも他の国でも当初は(日本で言えば明治維新の頃から)経済成長の目的はインフラの整備だとか生活水準向上だとか、成長の達成水準を目標にしていた筈です。その為の生産目標があったのです。つまり経済成長を志向しても、そこには「達成目標」=「これ以上の成長は必要ないレベル」があった筈です。それがいつの間にか「経済成長」することそのものが声高に叫ばれるようになり、その到達目標水準も示されなくなって、若しくはその目標が毎年毎年次々と付け加えられて、いつの間にか「毎年毎年経済規模が増加すること」即ち「経済成長」そのものが目標とされるようになりました。そこの論理の飛躍には無理があり「洗脳」と呼ぶにふさわしいでしょう。これは実は多くの人の共通理解から始まったのではなくて、金融業界、財閥、金融資本家による洗脳によるものではないでしょうか。「経済成長」自体が目標として大きくプロパガンダされるようになったのは、日本では第二次世界大戦後、1970年代の高度経済成長時代以降からではないでしょうか?(もっと後かも知れません。)・・・そして経済成長志向は、1980年代のバブルの頃に更に強まりました。その後に起きたバブルの崩壊、ブラックマンデーやらリーマンショックやら、いわゆる「百年に一度の経済危機」は、どれも経済成長志向の行き過ぎた結果でしょう。・・・ちなみにこれら20世紀の末から21世紀の初めにかけて起きた経済危機は序の口で、百年に一度の経済危機の筈がありません。「経済成長」を志向する限りもっと深刻な大崩壊が百年先よりもずっと早くやってくる筈です。政治家やマスコミはこの期に及んでも「経済成長」がすべての社会問題の解決策の基本であるかのように経済成長を連呼しています。長年にわたって洗脳されて来たので、「経済成長」は人々の心の中に入り込み、それがあたかも「常識」であるかのように、疑いを持たずに「経済成長」は必要である、全である・・・と、思い込んでしまった人もごまんといる事でしょう。これらはひとえに金融業界、財閥のプロパガンダ、による「洗脳」の賜物でしょう。
人間の活動に伴うフローはもう既に物理的限界、再生可能な成長の限界を越えて仕舞ったのです。それなのにこれ以上目先の利益の為に経済成長を優先していれば、成長の限界を超えた人類の活動は、環境を大きく破壊し続け、環境汚染がますます酷くなり、生態系も破壊されていくのです。このままでは近い将来、制御不可能な減退が始まり、大崩壊が始まるでしょう。人類の歴史に幕が下りる・・・と言う結末も決して冗談の範疇ではありません。

「経済成長を続けること」は、人類に課された命題でもありませんし、人類を幸福にする政策でもないのです。経済成長志向はすべての人間の本性ではないのです。
世の中には「成長」よりも「安定」を求める人のほうが多いのではないでしょうか?財閥、金融資本家達が長年に渡って洗脳し続けた結果、「経済成長信仰」は広く行き渡りました。現在、信者は、イスラム教徒よりもキリスト教徒よりも人数が多いでしょう。しかし、そのほとんどは、漠然とした経済成長信者であって、経済成長を続けなければならない理由もよくわからないのではないでしょうか?ごく一部のコアな経済成長志向者・・・極端な競争や弱肉強食、戦争を起こしてまで経済成長を希望するは、ほんの一握りの金融資本家くらいしかいないのではないでしょうか。そう、この「経済成長洗脳」を始めた一部の人間だけでしょう。彼らの「経済成長は必要である」という大前提は、彼らの莫大な資産をさらに増やしたいという強欲から来たものでしょう。そんな大きな詐欺に引っかかってはいけないのです。

現在、「経済成長を続けること」は自明の公理の如く扱われるまでになりましたが、理性で考えれば、非常に矛盾だらの不合理なことなのです。とんでもない話です。そろそろ人々は改めて「理性で考えて」経済成長信仰の洗脳から解けてもいいでのではないでしょうか。機は十分に熟している筈です。
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【2014/09/11 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長とは
爽風上々
一番悩ましい問題かと思います。
資本主義というものは投資に対して得られた利潤が投資家に戻ることで成り立っていますが、経済が成長している限りはその配当が十分に得られるわけです。

では、経済の成長が止まってしまったらどこにその配当の資源を求めるのでしょう。

この辺のところは現実の経済の細部にわたり細かくつつくような検討を重ねている経済学者や評論家と言う人々には分析能力は負けますが、あくまでも大まかなところを把握していけば間違いはないでしょう。

経済成長が止まってしまえば企業により利潤が得られるものと得られないものとが峻別されます。つまり、ゼロサムゲームないしはマイナスサムゲームとなるわけです。
利潤が得られた企業では投資家への配当もできますが、利潤が無かった企業はそれもできません。
そうなると利潤が無い企業へ投資した投資家には配当も無いということになるわけです。

これが経済が成長している社会ではかなり能力が劣る企業でも利潤が上がるのではないでしょうか。
そうなればどこの企業に投資している投資家にも一定の配当が転がり込むということになります。
それが、資本主義を信奉している人々にとっての理想社会なのでしょう。

これまでのデフレ社会でも利潤を上げられている企業は存在していましたが、能力の乏しい経営者の企業は利潤もなく、その会社は配当も途絶えていきました。それでは投資家がやっていけないということで、インフレ政策が求められていたわけです。

経済学はともすれば難しい解釈ばかりになりますが、このような単純な図式化をしてみればどうでしょう。判りやすいのが一番です。

経済学は何故難しい解釈をするか?
雑草Z
爽風上々さんのご指摘の通り、経済学は、単純なことを難しく解釈しようとしてるように見えますが、それは現代資本主義社会が金融業や資本家にかなり有利に、言い換えれば非常に不平等に出来ている事を誤魔化す為でしょう。

資本主義自体が、その名の通り、資本家の為の社会であり、労働者は資本の一つに見なされています。つまり、差別社会だということです。

本文では、経済成長が金融業の為である事を中心に書きましたが、もっと広く金融資本の為と言うべきでしたね。。爽風上々さんのご指摘のように資本主義そのものが、経済成長志向ですからね。その単純明解な観点から論じるべきですね

経済成長
guyver1092
 資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステムです。商品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステムですね。年々消費と、その対価の貨幣が増え続ける経済成長がどうしても必要なシステムです。この性質から考えると、資本主義社会である限り、浪費は宿命と考えます。資本主義を維持する限り、経済成長は目標にせざるを得ないでしょう。
 資本主義は、無限に広がる先が必要なシステムですから、有限の地球上ではいつかはやめないといけないシステムです。この時期は、エコロジカルフットプリントが一以下の時点で終らなければならなかったでしょうね。
 資本主義の成立には12~13世紀説、15~16世紀説、18世紀説とがあるそうですが、12~13世紀には、キリスト教が利子を認めるようになったことにより少なくとも資本主義の萌芽が始まったとの理論構成だそうです。この時期に金融が発達し始め、銀行家がこっそり利子を取り始めたそうです。この説が正しいとすれば、資本家は最初から金融資本家だったということですね。

投資とは
爽風上々
実は最近仕事を辞めまして、そのとき貰った退職金を投資に当てました。投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態です。

その自己の状況を顧みると、資本金を元に運用してできるだけ配当が得られれば助かるのは確かです。
しかし、自分がなにも働いていないのも間違いのないことで、大きな顔をできるわけではありません。

しかし、微々たる額の投資とは言えそれが元本も破綻してしまえば困るのも確かです。それがいやなら貯蓄で握っている手もあるのですが、少しでも稼げる状況であればやはり欲しくなるのも事実です。

それでも不労所得というのはいけないんでしょうね。

しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。
危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

Re:経済成長
雑草Z
>資本主義は、貨幣的に見れば資本の拡大再生産を目指すシステム
>品的に見れば、より多くの物を消費させるためのシステム
>資本主義社会である限り、浪費は宿命


上記のguyver1092さんの分析のように

資本主義の維持の為には、経済成長は目標にせざるを得ないでしょうから、資本主義である限り社会は破局を迎えるまで膨張を続ける事になりそうです。やはり資本主義は、社会を破滅に導くシステムと言う事になりますね。

そして、その本質は、単に資本家達の余剰財産をもっと増やす為に出来たシステムと言う事になりましょうか?・・・つまり、資本主義は資産家の余剰財産を投資で増やす為に社会を破壊する
事を正当化するとんでもないシステムと言う事になりそうです。

Re:投資とは
雑草Z
>投資という行為自体が激しく人間社会を蝕む行為であるという認識には違いはないのですが、働いて稼ぐということが難しい状況ではやむにやまれぬ状態

爽風上々さん、現実社会に対応する為の実情的なお話、有難う御座います。
投資はギャンブルと変わらないと考えていますが、資本主義社会とはその名も投資家の社会ですから、投資家に非常に有利に出来ています。いわゆるギャンブルよりも割りが良くて、自己責任も小さく出来ています。…ただそれは、あくまで財閥、大資本家にとって極端に有利なだけで、一般の個人投資家には大して有利では無いですね。データは見つかりませんがバブル以降は、一般の個人投資家は、全体として損しているでしょう。

最近の投資は、社会に役立つ企業、伸びる会社の株が上がるというよりも、財閥、大手の金融投資家の思惑で仕手株が動いていますから、投機筋の先を読んで儲けるイメージです。
・・ただ、それはあくまで短期の話で、長期的に見ればまだまともな(?)評価通りに株価が動いているのでしょうか??
 それから、これだけマネーバブルが膨らんだ金融で、相応の配当金って、どれだけ見込めるのでしょう?・・・見当が付きません。
爽風上々さんはおそらく色々研究されて投資されているのかと思いますが、私自身は個人投資家でやっていくのは難しいと考えています。

>しかし、同様の手法で年金も何もかも運用しなければ成り立たない計算でやっています。それがこの先の危険の根源でもあります。

そうですね。だからほぼ確実に年金は破綻するのでしょうね。

>危うくて見ていられない思いもありますが、数千年の先から見れば単なる歴史の1ページに見えるのかもしれません。

日本に、更に言えば人類に「数千年先」はあるのでしょうか?先を見通す能力の高い上々氏から見て如何でしょうか?私は資本主義は21世紀中(それも早い時期)に決着する(=終焉を迎える)と見ています。資本主義以外にも乗り切らなければならない障壁が沢山あって(複合多重障壁)大変な世紀になると考えています。上手くパラダイムシフトしなければ人類に22世紀はないと考えています。
 

職人は見た・・
団塊親爺の遺言
私には皆さんの様に正確に経済分析出来る脳細胞は在りませが・・

先日、或る町の別荘の工事へ・・そこで見たものとは・・

町の風景を一望する これが富を持つ者か 世界で1%の富豪の別荘の様です 私の永年の仕事の中でも初めて見るものでした

敷地は1000坪程 建屋は300坪程 華美では無く・・
非常にシックな造りですが 全てが一流品の仕上げです

我が家とは比べ様も無く 小さな幸せや我慢をする教育を受けた私にも 驚愕の光景でした 多くの人たちがそこの主に奉仕
現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人なのでしようか・・

今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・
皆、中流層と云われた時が懐かしく想われます
国の様々な制度は維持するのが難しい時代に・・

この世には確実に金持ちに成る方法も幸せに成る方程式も無いが
ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと 中に服を着た子供たちが
7~8人居る 何事かと聴くと お背中流し隊と云う・・
早速頼む う~~~ん極楽・極楽じゃ~ 金も無いがさして幸せと言う程でも無いが 地域の思い遣りが在れば 心の温まる人生は送れるものだ ありがとうと子供たちへお礼の言葉を・・

今日の晩酌のお供は 魚のアラ煮だ・・安くて旨い~
余り難しい経済の事は 今後も判らないので勉強させて下さいね 
儲かりますとか・・? 今の社会は本当に信用の出来ない社会
私は仕事も現役で身体の動く内は 約束事は必ず守り重宝されています
信頼と思い遣りの社会は 生甲斐の在る社会と考えています


guyver1092
 爽風上々さんのコメントを見て、過去のコメントで止めたくても止められないのが暴走であるというのがあったのを思い出しました。資本主義を採用した時点で、すでに文明は暴走段階に入っていたのですね。

文明暴走
爽風上々
「文明の暴走」という認識は間違いないもので、それを考えるかどうかが適切な対策が取れるかどうかの差になるものと思います。

ただ、それが資本主義採用の時点かというとそれは少し早すぎるのかもしれません。
もちろん、その芽はその時にあったのでしょうが、長い間暴走したくてもできない時代が続いたのではないでしょうか。
やはり、エネルギーの解放(使い放題)と科学技術の発達で、生産体制の爆発的増殖と通信技術の進歩、IT技術による情報処理技術の進化が協働し、金儲け技術の暴走につながってきたと思います。

止められないものではないのかもしれませんが、止めるためには「金の支配」を抜け出す強力な思想が必要です。

Re:職人は見た・・
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 実際に見た場所のレポート有難う御座います。


21世紀に入ってからマスコミメディアが

>現在の資本主義の頂点に君臨する成功した人

をセレブとか呼んで持ち上げるようになりました。非常に下世話な感じがします。

>今の格差社会は余りにも差が在りすぎる様な・・

税制、その他アメリカを見習って、金持ちに有利に改正されています。福祉国家とは程遠い感じですね。

>小さな幸せや我慢をする教育

身近な小さな幸せで満足する人々ばかりの社会ならば、もっと住みやすいでしょうね。格差や環境問題も起こらなかったでしょう。

>ま~ぁいいっか~と 銭湯へ行くと・・・・

最後に心の温まるお話で締めて戴き有難うございます。いい感じで仕事に出掛けられそうです。 

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2014-09-05 00:11
私が一般に経済学者の理論を信用していない事は今までに何度か言及しています。【経済学に疎くとも…】2009-12-01 等です。

公正な自由市場はローカルの日常生活的な小さな市場には見出せますが、市場が大きくなればなるほど、自由市場は公正で無くなって来ます。グローバル化された市場が世界的に公平な競争の場だなんて信じている人はこの期に及んでもいるのでしょうか?【看板ばかりの自由主義】2011-3-05 で論じました。


「市場経済における行動原理は自由則であり、需要と供給の価格メカニズムで資源を最適に分配するシステムである」なんて事は現在、絵に描いた餅になっています。世界の経済が、経済的合理性[economic rationality]で動いているなんて端から思っていません。

最近読んだ本に、ビル・トッテン[賀茂川耕助]氏のコラムの記事が引用されていました。タイトルは【今日の世界経済を理解するために】です。私が現在の経済理論に抱いている不信感を、しっかりと説明してくれていました。西洋人らしい例も豊富で非常に読み応えのある内容となっています。


概要は「世界経済の歴史の流れは、公正な市場における合理性で動いてきたのではなく、戦争、武力による威嚇、権力によって作られて来た・・・」と言った感じです。上記の私の過去の記事では、資本家と政治家、行政との癒着、既得権益と言った観点から公正な市場は機能していないと論じましたが、このコラムではさらに踏み込んで、戦争や武力的威嚇や数々の犯罪的不正によって蓄財し、権力を手に入れた人々について言及しています。
「経済学者は、正当な価格は公正な市場均衡点で落ち着くと説明し、世界が公正であったことなどなかったにもかかわらず、世界が架空のしかも「おとぎ話」のようなすばらしい世界であるかのように、公正な市場がいかに機能するかという研究を続けている。」
と、経済学者を皮肉り、その理論では世界的な掠奪者から自国を守ることは出来ないと述べています。
大富豪や資本家が富を蓄積し、権力を強化する為に、横領、契約不履行、略奪、窃盗などの不正を繰り返した様々な例が列挙されています。

そう、今日の大財閥、大富豪は、公正な市場競争(・・そもそもそんなものがあるかどうかさえ疑わしい状況ですが・・・)で、正々堂々と勝って、庶民に支持されてきたのではないでしょう。普通に良心のある人ならばためらうような悪どい手段を使い続けてのし上がってきた・・・と言うのが当てはまるでしょう。彼等の立志伝の多くも、御用作家が書いてきた作られた美談が大半でしょう。

経済的合理性で動いていない社会では、市場競争で公正な方法だけで勝つことは不可能です。・・市場競争で勝つことがいい事だとも思いませんが、横領、契約不履行、略奪、窃盗などの不正な方法で蓄財した連中を認める事は出来ません。しかし現実には彼等の傀儡政権が市場のシステムを作り、法律を作っているのです。理に適う筈がありません。

そして、
「今日、学生たちが受ける経済教育は、世界が実際にどのように機能しているかを示す学術的な描写ではなく、特別利益団体を擁護するための粉飾的理論にすぎない。」と結論付けています。
 
このようなあからさまな世界の現実を若い学生に包み隠さず見せる事は、その失望を考えれば心が痛みます。しかし、本コラムでは、子供たちがいずれ直面しなければならない現実に対処する準備を整えさせることが必要であると述べています。

  +  +++    +++++    +++  +

ビル・トッテン氏の記事は、このブログを始めた頃から、調べ物をすると、時たま検索にかかるようになりました。私の興味関心のある記事を書かれているからでしょう。彼の記事を読む度に、その素晴らしい内容に驚き、共感していました。分析も鋭く、どう言った人物か関心を持っておりました。現在日本に住んでいるアメリカ人(帰化人?)の中で最も関心を持っていて、お逢いしてみたい方です。しかし、このブログに取り上げるのは今回が初めてでした。これからときどき折に触れ、共感を持った興味深い記事などを紹介していきたいと考えています。(余談ですが、お逢いしたいとはっきり意識していると、思いがけなくお会いする機会が出来るものです。)
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【2014/09/05 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ビル・トッテンさん
爽風上々
ビル・トッテンさんが賀茂川耕助という名前で出しているブログを見てみました。
もうかなりの長期にわたり連続して書かれているようで、大量の記事がありますが全部は見ていません。

アメリカ嫌いというのは間違いのないことのようです。非常に厳しい反アメリカの論調です。
一方、経済に関してはご自身がIT企業経営ということもあり現実的な見方かと思います。

相当時間はかかるかもしれませんが、ブログの前の記事も要所を読んでみればもう少し輪郭がはっきりとつかめるかもしれません。

Re:ビル・トッテンさん
雑草Z
 ビル・トッテンさんは20世紀からコラムを書かれているようですから、大量の記事がありますね。

>全部は見ていません。

と言う事は、逆に結構な量を読まれたという事ですね。流石、読書家です。おそらく読む速度も速いのでしょうね。・・かく言う私は読むのが遅く、ビルトッテンさんのコラムはごく一部しか読んでいません。

>非常に厳しい反アメリカの論調です。

彼のアメリカ批判は核心を突いていると思います。殆ど彼の主張は正しいと思われます。アメリカ内部にいて、その汚さを痛感していたのでしょう。痛いところを突かれていたアメリカ政府からマークされて、日本国籍を取得して移住したのですからね。

以前、「田中宇」と言う方の「国際ニュース解説」 と言うのを一時期読んでいたのですが、彼の記事よりもビルトッテン氏の記事のほうが遥かに読み応えがあり、参考になります。共感出来ます。(・・田中はガセネタっぽさもあって、今一つ信頼出来ませんでした。)だからビルトッテン氏のコラムを知ってからは田中宇からは離れました。


ビル・トッテンさん続
爽風上々
ビルさんが日本に帰化したのもアメリカ批判が強すぎたためのようですね。

経済関連、国際政治等々さまざまな方面に鋭い指摘をされていますが、最近の記事で興味深かったのはアメリカのシェールガスというものが期待を持たせるような形で使われていても実際はまったく使い物にならないということをはっきりと述べたものでした。これは別のところで聞いた話とも符合しており、事実に近いのではないかと思います。

また、大阪から北海道を結んでいたトワイライト・エキスプレスという寝台列車が来年3月で廃止されますが、それを愛用されていて惜しむ記事も印象深かったです。

公正でない市場の例
guyver1092
 「資本主義の終焉と歴史の危機」によると、石油価格の主導権は、原油先物市場を作ることにより、アメリカの都合のよい値段で売買できるようになったそうです。先物市場を作ると、その商品は金融商品になるそうです。詳しい理屈は書かれていませんでしたが、お金が支配の道具であることの証拠の一つでしょうね。さらには先物市場のある商品はすべて、公正でない取引を強制されているということでしょうね。

Re:ビル・トッテンさん続
雑草Z
>最近の記事で興味深かったのはアメリカのシェールガスというものが期待を持たせるような形で使われていても実際はまったく使い物にならないということをはっきりと述べたものでした。

興味があったので早速チェックしてみました。

>No. 1074 選ぶべき省エネの道

ですね。おっしゃるようにシェールガスは費用対効果が駄目ですね。EPRも現時点で1以下で破綻しているようですね。

この記事で彼は最後に

>今こそ再生可能エネルギーを増やし、それにあわせて一般国民は省エネの道を選ぶべきではないか。原発やシェールガスに頼っては、安全で安定した日本の未来はない。

と締めています。大筋で合意ですが、再生可能エネルギーを増やす事よりも先ずは省エネ、それも1割だとかそんな減らし方では無く、先ずは半分、長期的には桁違いに省エネする事が重要・・・と言うよりもその道しかないと考えています。

>トワイライト・エキスプレスという寝台列車が来年3月で廃止されますが、それを愛用されていて惜しむ記事も印象深かった

上々さんと御趣味が一致していますね。経済に対する現実的なスタンスも上々さんとかなり一致しているように思えます。かなりウマが合うんじゃないでしょうか?



Re:公正でない市場の例
雑草Z
    guyver1092さん

>先物市場を作ると、その商品は金融商品になるそうです。

そうですか!・・貴重な情報有難う御座います。そうするとおそらく原油に限らず、需要の大きい資源は、地下資源も食料資源も価格操作されているでしょうね。
公正な市場における合理性、需要と供給の価格メカニズムで価格が決定しているのではないでしょうね。
グローバリズムは世界的な価格競争で物資が安く手に入る・・・と言うプロパガンダとは裏腹に、巨大金融資本の不正な価格操作の為の手段でしょうね。アメリカと言うよりも、アメリカに対する愛国心もない多国籍企業の金融資本家の欲望によるものでしょう。



ウマが合うかどうか
爽風上々
趣味が似ているかどうかはともかく、主義主張がどうかというところが一番の問題です。

ビルさんは世界の政治経済につき非常に広い情報を確実な判断力をもって整理する能力があるようですが、問題は現代文明が非常に近い将来に「文明の形を変えなければならない事態に遭遇する」ことが理解できているかどうかです。

私の予測では「油切れ」のためにそのような未来を迎えると考えていますが、「環境破壊」や「二酸化炭素地球温暖化」(これは無いか)のためかもしれません。
これが理解できない人々は、その対策の必要性をいくら言っても「そのようなことは現実的ではない」と言うばかりです。
文明の激変という事態を前にその「現実」を理解できずに「現実的でない」と逃避してしまうのが、一般的な結構知識も持つ人々なのですが、ビルさんはどうでしょうか。
ビルさんがいまだ会社経営の実務の真っ只中に居るだけにその辺の認識が「現実的」である疑いを持ってしまいます。
まあ、もう少しブログを隅々まで見て判断したいと思います。

Re:ウマが合うかどうか
雑草Z
>文明が非常に近い将来に「文明の形を変えなければならない事態に遭遇する」ことが理解できているかどうか

そのあたりは勿論理解されていると考えています。ビル・トッテン氏は、近い将来にパラダイムシフトが必要であると考えている事はほぼ間違いないでしょう。
彼は、近い将来日本に大恐慌のようなもの(GDPの暴落)が来ると予測しています。理由は、グローバル経済の破綻、石油時代の終焉、環境破壊などです。

>ビルさんがいまだ会社経営の実務の真っ只中に居るだけにその辺の認識が「現実的」である疑いを持ってしまいます。

それぞれ現代社会に住んでいるわけですから、現代社会のルールに従って生活の糧を得る必要はあるでしょう。それは私も上々さんも同じ事でしょう。パラダイムシフトの為に革命の戦士になって、生活の手段はカンパに頼るのもそれはそれで尊重し立派だと思いますが、社長として金銭的余裕を持って講演活動などで、パラダイムシフトを説く方法は、彼の主張を広める非常に有効な手段だと思います。
 彼は経済縮小に対応して『「年収6割でも週休4日」と言う生き方』という本を書いて自らの会社で実践しようとしています。

それに彼は口先だけでは無く、かなり言行一致しています。 有機無農薬で自給的家庭菜園もやっています。かなり徹底していて、雨水を貯めて、馬糞や牛糞、鶏糞をリヤカーで集めてくるだけでは無く、自らの人糞も肥料に使っています。車には乗らずに公共交通機関以外は殆ど徒歩です。

彼の生き方には非常に共感を持てます。私はまだ彼ほど徹底していませんが、彼と同様にかなりディープにエコロジーを実践すべきだと考えています。・・・・もしかして上々さんよりも私のほうがウマが合うかも知れません。

賀茂川ブログ
爽風上々
どうも会社経営者というだけで目にフィルターがかかってしまうようで、長年の会社勤めの弊害が出てきます。

ブログNo1021自民党政権に望むという記事では、まあ当然ご本人は自民党には何も期待できないことは承知の上でしょうが、考え方が端的に出ているようです。

日銀を国有化し国債を買い取りというのはどういうことかよくわかりませんが、失業者対策を公共事業として手厚く行うというのは妥当でしょう。
また、エネルギーを使わない方向に向かわせるというのもまったくそのとおりかと思います。

当然のことながら、その後の自民党政権は彼の希望とはまったく異なる政策をゴリ押ししています。

Re:賀茂川ぶろぐ
雑草Z
確かに会社経営者は目先の利益に捕らわれて、大局的な見方ができず、社会全体的な問題に対しては、ポーズだけの方が多いですね。昔のカリスマ経営者、松下幸之助等も、その類いかと思います。

ブログNo1021読ませて頂きました。大変興味深い内容でした。
今の自民党には望むべくもないことが羅列されて居ましたが、可能性の低い希望を書いたのか、皮肉なのか、判断がつきかねます。

民主党がとってきた政策と逆の政策を取ることに期待---って、自民党の政策の転換を出来なかったものばかりですからね。

彼の提案は消費を増やす事以外はほぼ賛成です。
日銀を国有化し、国債を日銀に買い取らせると言う提案に、私は大賛成です。彼が書いているように、貨幣を作って発行する特権は民間に渡しておくのはかなり危険で、不公平です。政府紙幣の発行によって、金融資本主義の暴走を抑えることもかなり可能になるでしょう。

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