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2014-08-29 00:33
裏庭の芝生を掘り起こして畑にしてから5年目になります。毎年春、雪が融けてから、5月始め頃に、高めに作った畑の畝に堆肥や米糠を入れ、土を盛ったり、少し横に移動したり、草も取って、雑草もあまり生えてない状態に整備します。そして、家の南向きの部屋で育てた苗を定植したり、作物の種を蒔いたりします。
その時期、多くの雑草の芽も生えて、何度か草取りをしますが、いつも意図的に少し抜かずに残します。特に朝顔や紫蘇、ちょっとシャレた形の好みの雑草も取らずに残します。・・・梅雨が明ける頃、その雑草は伸び放題の草むらとなって、作物を覆います。…もう少し多めに抜いて置けば良かったかな・・?と若干後悔します。・・・・草むらはジャングルのように暴れ出します。地面を這う蔓に実った、カボチャや西瓜、瓜が覆われて仕舞い、気が付いたら、虫に喰われていた・・・なんて事も毎年です。
だから今年は思い切って朝顔の双葉をほとんと引っこ抜いてしまいました。6月の梅雨前の頃になっても、朝顔が見受けられなくて、「抜き過ぎた・・・」と後悔しました。しかしその後朝顔を一つ二つ見付け、大切に抜かないで置きました。7月、梅雨が明ける頃、気が付くと朝顔は沢山に増えて作物に巻きついていました。まあ昨年よりは少ないかと思いますが、今年も朝顔が蔓延ってしまいました。ちょっとラッキーなのは、いつもの赤紫色の朝顔に混じって、蒼色の朝顔も咲いていた事です。


朝顔草むら
 ↑シソやトウモロコシに巻きついた朝顔   8月6日朝6時50分頃
 畑が草むら化している。
↓トウモロコシにも朝顔の蔓が巻いている。
 トウモロコシは黒餅トウモロコシ(野口のタネ)
 草丈はゆうに2mを越える。
 トウモロコシの実もかなり長い。  7月26日朝5時頃

朝顔草むら1

↓高いトウモロコシの穂先に迫る朝顔。
 横に立ててみた支柱は2.7m。    8月6日朝6時50分頃

朝顔草むら2

 ↓固定種クロモチトウモロコシ強し!!
 1体に実が何本も実っている。   8月6日朝6時50分頃
 これまで植えた中で、これだけ実ったのは初めて。 

朝顔草むら3


今年はミニトマトを減らして、食用鬼灯を沢山植えました。ここ2年間メインで沢山植えていたミニトマトは、毎年植えているアイコと、野口のタネから購入した固定種のステラミニトマトだけです。他の作物はみんな固定種ですから、アイコだけがF1品種と言う事になります。アイコを止めれば全て固定種となりますが、アイコが欲しいという方が沢山いるので、今年もアイコだけF1を育てました。

固定種の種は、殆ど野口のタネで購入しました。食用鬼灯のみ農業屋.com.でも購入しました。会津地域の固定種の丸茄子やインゲンの苗は知人から頂きました。そして、紫蘇、アスパラなどは、種を蒔かずとも毎年自然にこぼれて生えてきます。アスパラはほぼ定位置、紫蘇は毎年色々な場所から生えてきます。勿論他の草花も全て毎年自然に生えてきますから固定種でしょう。
食べたカボチャのタネが土に埋めた生ごみに混ざっていて、毎年数か所から生えてきます。
アイコを植え無ければ、全て貴重な固定種だけと言う事になります。今では凄い事のように感じますが、数十年前までは日本中で普通の光景だった筈です。

固定種草むら3
↑頂いた会津地方の固定種 丸茄子   8月6日朝6時50分頃
固定種草むら4
↑スイカは、野口のタネの「大和クリームスイカ」
 カボチャは自然に生えてきたもの。      8月6日朝6時50分頃
 例年生ごみを堆肥として畑に入れているので、
 そこに入っていたカボチャの種から発芽したものでしょう。
 カボチャは毎年何箇所から生えてきます。生命力が強いんですね。

固定種草むら1        

↑瓜(昨年採種した種を蒔いたもの)  8月4日朝6時10分頃

固定種草むら2

↑食用ホオズキ・・・ここは朝顔を全て抜いた。  8月4日朝6時20分頃

 手前の列が矮生種で草丈50cmくらいにしかならないという、
 ハニ―ゴールド・・・実(袋)が沢山生っているのが見える。
 ・・・沢山の苗に見えるけれど4本

 奥の列が、ストロベリートマト(ホオズキ)
 これまた、3本の苗~から成長して枝分かれ。
 やはり実(袋)が見える。
 
 その奥に隠れて見えないが、
 野口のタネから購入したスカットパール種が2本ある。
 

固定種草むら5

↑スカットパール種の食用鬼灯   8月6日朝6時50分頃
 花と実が見える。実は袋がクリーム色から黄銅色になると食べ頃

現在、大規模農家は殆どがF1品種を栽培しているとの事で、固定種を栽培しているのは小規模農家や私のように趣味で畑を作っている一部の人になってしまったようです。しかし、またそのうち自然の摂理に適った固定種が見直されるだろ言うと予測していますし、そう信じています。(遺伝子組み換え作物は言語道断です。)
来る食料危機では、生産性の高いと言われているF1品種よりも、固定種のほうが必要になるでしょう。種屋から買わなくても自家採種出来るのですから・・。
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【2014/08/29 00:33】 | 作物、畑 トラックバック(0) |

無農薬で自然の恵み
団塊親爺の遺言
目の覚める様な朝顔の色~

そして様々な自然の恵み お見事ですね
自然の基本に従えば無農薬栽培は何処でも可能なのですよね

今の農業指導はお金が懸かり見掛けだけで中身が薬剤だらけ
味も悪いものが多いですね 本当は化学肥料や農薬等無くても
野山の落ち葉の下の様な生きた土づくりをする事で何でも
出来ますよね 私たちは農業の素人ですが今の社会に蔓延する
現代病は自然の仕組からかけ離れた農法で作られた食品類が
原因と思われます そして医療や薬剤関係者が大活躍する時代

私たちが知らない内に危険な食べ物が増え病に懸かる
医者へ行っても又薬剤治療で金の懸かる社会に
健康は 食に在り 金の懸からない無能薬栽培こそ現代に生きる
私たちの生きる武器に成るかも 世の中の風潮に流されずに
自然に学ぶ作物つくりの実践は本当に美味しいものが出来ますね

当方、プランター栽培ですが葡萄や葉物類少々ですが我が家の
食卓に載っています 味や香りはスーパーに並ぶものには無い
自然の味覚です 誰にでも出来る無農薬栽培はお金の懸からない
私たち庶民の味方 この知識を持つ事が健康の一歩ですね

Re:無農薬で自然の恵み
雑草Z
団塊親爺の遺言さま

 コメント有難う御座います。
 家庭の庭や家庭菜園などは、無農薬でやってしかるべきだと思います。それなのに安易に除草剤や殺虫剤(化学農薬の除草剤や殺虫剤)を使う人が多いですね。悲しい事です。

私の家の庭は、雑草は勿論作物も殆ど固定種です。全て固定種にしたいと思っています。(ミニトマトのアイコ等、F1にも魅力ある作物もあるので、来年から一気に全て固定種にするかどうかは迷うところです。
 草取りは意図的にしっかりやらないので、整備された庭では無くて、「草むら」若しくは「藪」って感じになってしまいます。もう少し多く草取りしたほうがいいと感じています。

>自然の基本に従えば無農薬栽培は何処でも可能

そうですね。化学農薬は絶対に手を出したくないですね。

デング熱が発生したからと、しっかり特定もされていない東京の代々木公園などを化学殺虫剤で「消毒」していますが、あれもどうかと思います。好ましくはない方法ですね。

>今の農業指導はお金が懸かり見掛けだけで中身が薬剤だらけ味も悪いものが多い

確かに見掛けは大きくてきれいで「農業のプロの作品」って感じですが、味は薄くて香ばしさが足りないですね。有機無農薬で作った作物のほうが味が見掛けは貧弱でも濃くて美味しくて驚く事が多いです。

>金の懸からない無農薬栽培こそ現代に生きる私たちの生きる武器に成るかも

そうですね。来る食料危機には、有機無農薬の固定種こそ、救世種(救世主)になると思っております。

>味や香りはスーパーに並ぶものには無い自然の味覚

「野生の味」ですね。少し前まで・・・1900年代の半ばまでは、どこにでもあった美味しい作物ですね。



食用ホウズキ
天地 はるな
きれいですね♪
オクラの花かと思いました。

どの植物も元気に育っていますね。
土がいいのかな?

ブロックの穴に土を入れ、そこに植えたりしているうちとは大違いです。
とはいえ、うちも雑草は、元気に育っています。
それに、朝顔の種もいっぱいとれそう♪
実りの秋近し・・・。


Re:食用ホウズキ
雑草Z
>オクラの花かと思いました。

なるほど、雰囲気ありますね。色は違えど茄子の花にも似てますね。

 そう言えば先日、「不味い」という食用鬼灯が生えている知り合いの畑に観に行ったら、本当に茄子の花のような青紫の花が咲いていました。私の家の黄色い花よりも一回りも二回りも大きなきれいな花です。実もきれいな感じで、肥料もやらずにほったらかしだから不味いのではないかと、まだ熟していない実を食べて見たら本当に不味かったです。来年は種を貰って来て蒔こうかなと考えていましたが・・・検討します。

>土がいいのかな?

自慢じゃありませんが、山や森の香りがする畑です。山や森の香りがする畑が有機、自然農法の畑の理想だそうです。雑草や雑木を生やしっ放しにしている部分があるからかも知れません。

>ブロックの穴に土を入れ、そこに植えたりしているうち

土が少ないからそこまでされている事に感動です。素敵なお話です。


不屈の足袋
雑草さんご無沙汰してます。
いい感じの畑ですね。
食用ほうずき、僕も一昨年に子供の研究をかねて栽培しましたが、実が熟す前に袋の中で虫に相当やられてました。でも種が落ちてその後毎年勝手に生えてきます。ほかの作物に勢力負けして実が熟すまでにはなりませんが。

Re:
雑草Z
    不屈の足袋さん

 お久し振りのコメント有難う御座います。

>いい感じの畑

と言って頂いて有難いですが、小さいのに手入れの行き届かない畑です。自分の性格が現れています。
タイトルにある通り生えている植物は殆ど固定種だと言う事が自慢ですが、半世紀前はどこでも当たり前の風景ですね。

不屈の足袋さんも食用鬼灯を栽培していたのですね!・・何と言う種かご存知ですか?

>種が落ちてその後毎年勝手に生えてきます。ほかの作物に勢力負けして実が熟すまでにはなりませんが。

との事ですが、食用鬼灯はおそらく原産が南国でしょう。
今年栽培してみて感じましたが、気温が高くなるまで、ある程度大きくなるまでは成長が非常に遅いです。おそらく東北地方では、落ちた種で勝手に生えた草木では、花が咲いて実がなるまでに夏、更には秋が過ぎてしまうのではないでしょうか?
 3月頃から、家の中でポット栽培などしなければ、なかなか夏には実らないのではないかと思いました。
今年は3月中旬にポットに種を蒔きましたが、それでもちょっと遅かった感じです。来年は3月早々にはポットに種蒔きしたいと考えています。

別件ですが、やはり水田で稲作をしてみなければ、家庭菜園の域を出ないなと感じている今日この頃です。不屈の足袋 さんは、水田も作っておられそうだし、畑作も含めて自給自足出来る以上に沢山の作物を作っていらっしゃいましたイメージです。


不屈の足袋
本当にご無沙汰してました(笑)。水田も1hほどやっています。そのうち完全無農薬が」半分の50aです。品種はミルキークイーン。肥料は米ぬかのみ。味には自信があります。今年は長雨の影響で最悪の出来で頭が痛いです。
話は変わりますが、1昨年から続けている月2回の半原発デモが50回になりました。広島の片田舎三次で頑張っています。最近はアホの安部のおかげで「特定秘密法案」、「解釈改憲」等でデモと集会ばかりで大変忙しくしています。
そういえば、8月の終わりに福島第1原発の避難者の保養のお手伝いもしました。さらに言えば広島にも福島からの移住者も沢山おられ、その方々と来月にはイベントも予定しています。ご存知かもしれませんが、自然放牧の牛でチーズを使うられている福本さんのご家族も近所に福島から来られました。何とか生計が立つように皆で買い支えています。

Re:
雑草Z
>水田も1hほどやっています。そのうち完全無農薬が半分の50aです。

この広さなら専業農家ですね。失礼いたしました。ミルキークイーンって品種は知らなかったので調べてみましたら、コシヒカリの突然変異から出来たお米で、低アミロースの代表格とありました。高級米ですね。これで完全無農薬なら、普通のお米の数倍のお値段ですね。50aも作っていれば、凄いです。家族で食べきれませんね。通販とかもされているのでしょうか?

+  +++    +++++       +++++    +++  +


>月2回の反原発デモが50回

50回も数えたのですね。継続は力なりですね。ここのところおろそかになっている当方も見習わなければなりません。


>アホの安部のおかげで「特定秘密法案」、「解釈改憲」等

本当に愚かな事ばかりしていますね。戦前の日本に似てきたのが怖いです。

>広島にも福島からの移住者も沢山おられ

政府は、帰還政策に熱心ですが、当分帰還は無理そうなところに帰還させようとしています。政府は原発事故を収束したようにプロパガンダしてますが、現実は全く収束していません。

>自然放牧の牛でチーズを使うられている福本さんのご家族も近所に福島から来られました。何とか生計が立つように皆で買い支えています。

不屈の足袋さんは行動力がありますね。政府は、帰還しない避難民には支援を打ち切ってますね。結局遠くに避難した人達を支えているのは、そこの地元の有志と言う事になりますね。



不屈の足袋
1基も稼動してない原発の現状。3.11以前はどれだけ反対運動をしても考えられなかったことです。福島の悲劇がそのきっかけだとしても、この流れを止めてはいけません。黙っていると世間は安易に全面再稼動に傾いてしまいます。しつこくやるしかないのです。

お米は550円/kg(白米)、500円/kg(玄米)で知人に販売しています。ネットで販売するほどの量ではありませんから。このお米は玄米食の方に非常に好まれています。

Re:
雑草Z
    不屈の足袋さん

素早い御返事有難う御座います。

>1基も稼動してない原発の現状。3.11以前はどれだけ反対運動をしても考えられなかったことです

そうですね。3.11以降再稼働したのは(北海道の泊原発は試験運転中だったのを営業運転に移行しただけ)大飯原発の3,4号機が2012年7月に再稼働しただけです。それも翌2013年9月に定期点検の為に停止し、今年2014年5月に福井地裁の差し止め裁判で、「運転してはならない」と判決が出ましたね。ただ、安部内閣は他国への原発売り込みの為にも再稼働を強引にしようとしています。愚かで軽薄な彼ならやろうとするでしょう。・・・それまでに内閣を潰すべきですが、次の自民党の総理も危険ですね。

>黙っていると世間は安易に全面再稼動に傾いてしまいます。しつこくやるしかないのです。

そうですね。私も不屈の足袋さんに見習って今週末には久し振りに金曜抗議デモに参加しようと思います。

>お米は550円/kg(白米)、500円/kg(玄米)で知人に販売しています。

やはり高級ですね。でもミルキークイーンの有機無農薬米としては安い方ではないでしょうか?会津の有機無農薬コシヒカリは600円/kgくらいで購入しています。

私もいつか耕作放棄地などの水田で有機無農薬で米を作ってみたいと思っております。
 ところで、日本でもF1のコメが作られるようになったようですね。まだ割合は低いようですが用心すべきですね。・・・・TPPでモンサントに遺伝子組み換え米なんて普及されたら大変です。何としても阻止すべきですね。中国でも遺伝子組み換え作物は禁止の方向に動いているようです。

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2014-08-23 00:32
現在、世界中のあちこちの国で金融危機が憂慮されています。そしてその危機を乗り越える方法も色々と議論されています。現在金融業は世界経済の中心に居座り、国家を大きく動かすまでの存在になっています。その金融業が潰れれば国家が立ち行かなくなる、国家が潰れる・・・大変だ、金融を救え!・・と言う事になっています。
しかしこれまでの世界において、金融業の果たしてきた役割が大きく、重要だったとしても、現在の社会に於いては、金融業はお荷物、不要な仕事を創出し続ける疫病神のような存在ではないでしょうか。つまり、金融業が潰れることが国家の脅威になるのでは無くて、逆に存在し続けた方が国家の危機を大きくするのではないでしょうか。
成長の限界が近づいてきた、あるいは限界を超えてしまった現代社会に於いて、これ以上金融業が社会の中心に居座ることこそ、資源を浪費し、環境を破壊し、社会の破局を導く事になりましょう。・・・・。金融業が存在するが為に、不要で無駄な仕事が創出され、続けられ、資源が浪費され、廃棄物が次々に生産されて、世界が汚染されていくのです。つまり、金融業は社会に対して負の遺産を量産する司令塔になるのではないでしょうか。

それはあたかも、軍需産業を生き延びさせる為に(若しくは更に成長させるために)戦争を起こし続ける政策、ゼネコンを生き延びさせるために不要で自然を破壊する公共工事を続ける政策と似ています。・・・・というよりも、それらの政策も、元を辿れば金融業に行き着くでしょう。現代の不要な産業の大元締めが金融業と言っても過言ではないでしょう。

地球の有限性を考えるまでもなく、限りない経済成長は不可能です。掟破りの巧妙な方法で(・・バブル、実体のないマネー経済等・・)可能だと仮定しても、それが人類にとって必要だとはとても思えません。次々に禍を呼び起こす事になるでしょう。経済成長が人類に幸福をもたらすという発想自体が、狂気の洗脳なのです。限りない経済成長は、資源の浪費を増加し、汚染物質を次々に廃棄し続け文明崩壊をもたらすものです。その大きな原動力が現在の金融業です。

経済成長がなく、定常社会に移行した場合、各産業も定常状態になれば存続することが可能です。企業の中には拡大するものもあれば、縮小するものもあります。全体としてはプラスマイナスゼロのゼロサムゲームとなるのです。然るに、それでは存続できない商売があります。それが金融業です。金融業は、基本的に利子で利益を出します。すなわち経済成長があって、その伸びの部分から利ざやを稼ぐのです。(各企業に寄生して伸びしろを頂くとも言えましょう。)だからゼロサムゲームでは生きて行けません。経済成長が必要になるのです。金融業は定常社会で生き延びることは出来ないと言う事です。定常社会では存在意義も無いでしょう。・・・他の企業から財産を奪い取ることでしか生き延びられないでしょう・・・それがバブルであり、マネー経済でしょう・・・
経済成長が鈍ってきた現代社会において、既に金融業は掟破りの酷い手段に出ています。現在、少しずづでも見せ掛けの「成長」があるのは、実際には金融業が生き延び、更に大儲けする為に、掟破りの色々な手を打っているからです。実体経済が行き詰ったので、バブル経済を作り、電子マネーで実体のないマネー経済を作り出しているのです。それらは実体が無いので、必ず破局を迎えます。金融業は経済成長の終焉とともに既に役割を終えたと言うべきでしょう。
 これから持続可能な定常社会に移行する為には、金融業を解体、縮小していくべきでしょう。そうしなければ文明が崩壊する事になりましょう。金融危機は必然の流れであり、憂うべき事では無く、逆に歓迎すべき事なのです。勿論痛みは伴いますが、それでも金融業は解体して無くすべきです。公的資金で救済すればするほど、断末魔の金融業はモラルハザードを撒き散らして大暴れして社会を破壊するでしょう。・・もう既にかなり以前から繰り返している事です。
金融業はその役割を終えたのです。持続可能な社会への移行には、先ずは、金融業を解体縮小して、無くすことが必要条件でしょう。


最初に「これまでの世界において、金融業の果たしてきた役割が大きく、重要だったとしても、・・」と書きました。そして最後に「金融業はその役割を終えた・・」と書きました。実際に20世紀の頃は、その役割=影響」は非常に大きかったでしょう。一般には、「経済発展に大きく寄与して来た」と評価されて来たでしょう。然し、それが社会をよくしてきたかと言えばそうとは思えません。はじめから詐欺の匂いのする社会を悪くするシステムだったのではないかと感じています。・・・その事に関してはまた次の機会に書きたいと考えています。

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【2014/08/23 00:32】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

資本主義
爽風上々
金融業は実業への投資(融資)を行ないそこからの配当を受け取るというのが従来の姿でしょうが、手品か詐欺のような金融自体の操業ということを発明して以来、単なる害毒となってしまいました。

日本のバブル崩壊のあと、そうそうたる大会社が本業をお留守にしたバブル時期の投資の失敗でつぶれていったのも記憶に新しいものです。(若い人は違うでしょうが、中高年以上の話です)
しかし、本業であろうと資産運用であろうと、儲けた金には名札は付いていませんので仕方のないところかも知れません。

しかし、資本が利益を求めればこそ経済成長もインフレも必要になるということです。人間が働いただけ報酬を貰うならば衣食住だけ安定すれば良いのですが、資本が働けばその報酬も金でなければなりません。そこが何かおかしいという感覚が生まれなければ資本主義に対する疑問も生じないでしょう。

アメリカの金融資本は特に狂っているとしか言いようが無い状態のようです。しかしそれを留めることができる者は居りません。金の力で彼らを止めることは不可能です。政治力で止めることが必要なのですが、それができる勢力はありません。

Re:資本主義
雑草Z
爽風上々さん

>手品か詐欺のような金融自体の操業ということを発明して以来、単なる害毒となってしまいました。

そうですね。金融資本主義はまさしく詐欺ですね。
 私は、自由経済とか市場経済と言う概念は認めても、「資本主義」は容認出来ません。ここで何度か書いてきましたが、Capitalist Society なんて社会体制に冠するとはかなり狂気の沙汰だと思います。「資本家に非ずば人に非ず」とまでは言わなくても(一部の大資本家達にはそのような意識はあるようです。)「資本家の為の社会」のニュアンスです。

>資本が利益を求めればこそ経済成長もインフレも必要になる

そうですね。資本は拡大再生産を求めますから、発散から崩壊と言う流れ以外に考えずらい筈ですね。

>アメリカの金融資本は特に狂っているとしか言いようが無い状態

本当に強欲でモラルハザードです。そして世界中の金融資本家がアメリカに習っていますね・・・と言うか、金融資本家達が多国籍企業を作って、自国の利益を追及するのではなく、単に自分達の利益追求に国家を利用している現状です。

>政治力で止めることが必要なのですが、それができる勢力はありません。

止めなければ多くの庶民が一部の金融資本家の奴隷になって仕舞いそうです。そのうちに人類も滅んで仕舞うのでしょうか?・・どうすればいいのでしょうね。「出口無し」とは思いませんが・・。

必要性
guyver1092
 金融危機とは、信用創造の逆の信用収縮によってはじまるとされていますね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%9E%8D%E5%8D%B1%E6%A9%9F#.E5.AF.BE.E7.AD.96

 それが正しいとすると、金融危機を起こさない究極の方法は、信用創造を禁止することになります。仮に本気で禁止すると、資金不足により、事業を起こす、又は拡大することが出来なくなるということになるのでしょうか。
 現在、拡大再生産が限界に達しつつあるのは間違いないことと考えています。このことから考えれば、雑草Zさんのおっしゃる様に、金融業は不要になったと言うのは真実と考えます。そして不要かつ巨大な物を無理やり維持するのは、国家にとって負担であり、巨大さの程度によっては危機でもあるでしょうね。

資本主義の終焉
爽風上々
もしも数々の制約から資本主義が終わり、”平衡経済社会”に首尾よく平和的に移行できたとしたら、(その可能性は低いと思いますが)そこでは余剰の資金はかえって障害となるものと考えられます。
余剰資金は投資に向かいますが、投資から得る配当は平衡経済では他の関係者からむしり取るものになるでしょう。そうなれば社会全体から見ればさらに経済を縮小させていくものになるでしょう。

それにしても金融業というのは資本主義の本体ともいえるようなものですが、それが無い方が良いと言う事実は資本主義自体が存続不可能であることを示しているのでしょう。

Re:必要性
雑草Z
>金融危機を起こさない究極の方法は、信用創造を禁止することになります。

金融資本主義を肯定している輩達から言えば、
「何をふざけた事を!」
となるのでしょうが、これこそ本質的解決策でしょうね。
バブルを作らなければバブルは崩壊しません。ネズミ講を禁止すれば、ネズミ講の被害者は現れません。
つまり、「もと」から発生させない根本解決策ですね。現在世界中で行われている対症療法よりも遥かに有意義な方法だと思います。(アベノミクス等の対症療法は問題の先送り肥大化です。)

金融業は現代社会の癌ですね。

Re:資本主義の終焉
雑草Z
>”平衡経済社会”に首尾よく平和的に移行できたとしたら、(その可能性は低いと思いますが)そこでは余剰の資金はかえって障害となる
>余剰資金は投資に向かいますが、投資から得る配当は平衡経済では他の関係者からむしり取るものになる

なるほど、確かにそうですね。理に適ったご説明です。

>そうなれば社会全体から見ればさらに経済を縮小させていくものになる
経済をどんどん縮小させていくことは基本的に悪くない方向ですが、資本家が労働者からますます搾取する事になりますね。この現象は既に始まっていますね。

>金融業というのは資本主義の本体ともいえるようなものですが、それが無い方が良いと言う事実は資本主義自体が存続不可能であることを示しているのでしょう。

そうですね。元々金融のシステムはお金が余っている投資家がより儲けようとしてあみだした仕組みですし、その為に「自由市場経済」と「資本主義」を混同させて抱き合わせにして資本主義社会に導いたのも彼らでしょう。資本主義は、矛盾と不公平だらけで不合理ですね。


この先も
爽風上々
将来にはその存続が疑われるとしても現在が金融資本が支配している社会であることは間違いがなく、この先も当分はその支配が続くでしょう。

将来の「平衡経済社会」にあっては物品の製造が一番の価値ある行為になるでしょうが、ここしばらくは金そのものが一番の価値という状況が続くでしょう。
その間には資源エネルギー価格の暴騰という事態がやってくるでしょうし、そのことが意識の変革を産むはずです。

人が生きていくための物品事態が貴重であり、それを作り出す行為が尊重されるものであり、金はあっても買えないものであるということになれば、抜本的な資本主義からの変革が進むような気がします。

Re:この先も
雑草Z
>現在が金融資本が支配している社会であることは間違いがなく、この先も当分はその支配が続くでしょう。

現代社会では、政治家もマスコミも、そして(御用)学者も、、金融資本の傀儡ですから、その意味で、「三権分立」なんて絵に描いた餅ですね。巨大化した金融支配を直ぐに切り崩すのは困難でしょう。しかし、近代・・・高々ここ2~3世紀の間に台頭して来た精力ですし、安定はしていませんから、切り崩す方法はあるでしょう。それが、上々さんの予測では、

>資源エネルギー価格の暴騰という事態

による意識変革から始まるという事ですね。
他にも格差の拡大や、環境の悪化、食料危機や金融支配のモラルハザードが大きくカミングアウトする事などが考えられます。それによって金融離れが起これば、金融業も終焉を迎えるかも知れません。
 現在、金融業を介したマネーゲームは、一部の財閥、大金融資本家以外はほぼ赤字になって来ている事と思われます。こう言った内容が世界中に拡散すれば金融離れも加速するではないかと思います。

>将来の「平衡経済社会」にあっては物品の製造が一番の価値ある行為になるでしょうが、

その件に関しては、疑問符”?”です。衣食住足りれば、それ以外の物欲は大きくならないかも知れません。(今の若い「悟り世代」がそうですね。「平衡経済社会」に上手く移行出来たとして、そこではどんなことが最も価値がある事になるのでしょうかね?


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2014-08-17 00:21
子供の頃からアゲハ蝶は大好きです・・・。アゲハ蝶がやって来て花にとまると、そっと忍び足で近づいて、手で捕まえていました。それを家に持って行き、紙箱に箸で沢山細かい穴を開けて、綿に砂糖水を浸して入れて置きました。虫籠の代わりに母が教えてくれたのです。・・・でもそうするとアゲハ蝶は箱の中で暴れて、羽のあちこちが傷つきました。何日か経つと逃がしていましたが、今にして思えばあんなことするんじゃなかったと思います。虫籠に入れても同じように羽が傷つくでしょう。大きな小屋でもない限り、蝶は飼うべきではないと思います。・・・と言うか、動物は基本的に大自然の中で暮らすべきで、時たま遭遇した時に観察したり愛でたりするのがいいですね。アゲハ蝶の思い出は色々あるので書こうと思いましたが、既に昔書いた事を思い出しました。興味のある方は是非そちらをご覧ください。【アゲハ蝶】2007-6-27
そのとき書き落とした事を一つ追加します。・・・素手で捕まえることが簡単な蝶はアゲハ蝶だけだと思います。幼い頃から花にとまっているアゲハ蝶を何度も素手で捕まえましたが、他の蝶を素手で捕まえた記憶はありません。・・・

今年、台風11号がやって来たときのその影響とかで、まだ台風が遠くの四国沖にある8月8日頃に大雨が降りました。雨が止んだ夕方、食用鬼灯の周りの草取りをして、折れた枝等を整理して、支柱を立てているとき、濡れた羽を乾かしているアゲハ蝶を見つけました。しっかりした軒下などに雨宿り出来ずに羽が濡れてしまったのでしょう。羽をばたばたやっても飛べませんでした・・・ばたばたやって、羽から水滴を飛ばしていたのかも知れません。羽を乾かす為に休んでいる蝶を観察したのは初めてです。カメラを取ってきて近づけると、力を振り絞ってちょっとだけ飛んで、場所を移動しました。・・・悪い事をしたと思いました。

雨宿りアゲハ1
  ↑食用ホオズキの葉の上で羽をばたばたさせて水を飛ばしている?   
  ↓同じ葉の上で休んでいる。
雨宿りアゲハ2

  ↓移動後
雨宿りアゲハ3

翌朝同じ場所にアゲハ蝶を見つけました。↓
雨宿りアゲハ4
幸い昨夜から雨は降らず、羽が乾いたようです。
少し場所を変えて2枚ほど写真を撮らせてくれた後、飛び立って行きました。
↓インゲンの葉の上に移動して
雨宿りアゲハ5

その後、暫くするとまた土砂降りとなりました。アゲハはちゃんと雨宿り出来たのでしょうか??


4日後の8月13日にまた庭でアゲハ蝶を見かけましたが、その蝶は、この雨宿りアゲハに似ていると感じました。思い込みかも知れませんが、きっとこのときの雨宿りアゲハでしょう。
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【2014/08/17 00:21】 | 作物、畑 トラックバック(0) |

少年時代
東京珈琲
幼い頃はよく虫を捕まえ虫かごに入れていました。イナゴやカマキリ、カブトムシやセミ。蝶は小学校の理科の授業で青虫から育てました。しかしホタルを捕まえて次の日死んでしまっていたの見た時はとても悲しくて、それ以降は虫を捕まえなくなったように思います。
ホームセンターなんかに売っているカブトムシは本当に悲惨だなあと感じます。やはり虫は自然の中で動き回っていた方が魅力的です。
そういえば先日バーベキューをしたのですが、街灯にマイマイガが大量に飛来していて、子供が蠅たたきで大量殺戮を繰り広げていました。虫は痛覚が無いと言いますが、見ていて痛々しかったです。農薬も然りで、何とか害虫と共生出来ないものかと考えています。
先日、僕の育てているトマトの支柱にトンボがとまっていて、可愛いらしいので写真に撮りました。虫ってただ純粋に生きているだけなので綺麗なんですよね。人間みたいに欲がない。
アゲハチョウ最近見てないです。こちらにも飛んでこないかしら。

Re:少年時代
雑草Z
子供の頃、虫や小魚を捕って籠などに飼う事がだんだん嫌になって、虫を逃がしたり捕獲しなくなったりする経験は、貴重ですね。そうやって自然の摂理と自然を愛でる心が育まれるのでしょう。
東京珈琲さんも私と同様に子供の頃、昆虫が大好きだったのですね。

>ホームセンターなんかに売っているカブトムシは本当に悲惨だなあと感じます。やはり虫は自然の中で動き回っていた方が魅力的です。


野生動物を店などで売っているのには違和感を感じますね。最近、奄美大島から数百匹のクワガタを宅配便で送って死んでしまい、損害賠償訴訟を起こしたという話題がありました。完全にクワガタを商品扱いしていますね。クワガタをそんなに沢山捕獲する事がおかしいと思います。昆虫を買ってまで育てるのではなく、自然の中で遭遇した時に観察したり愛でたりするのがいいですね。・・かと言って、ツアーで奄美大島に沢山乗り込んで行くのもよくありません。
身近な昆虫を観察するだけでも十分に色んな楽しみ、発見がありますね。

私たちは間借り人
団塊親爺の遺言
 暑中お見舞い申し上げます

我が家にもこれらの幼虫が10匹程、柑橘系の葉の上で暮らしています 頭の処をポンポンと刺激を与えると黄色い角を出します
葉を食べて小さな糞が肥料に成り年々植物たちも成長して往きます
この生き物たちが今の自然を造ったと想うと愛しく見守って
います 葉を食べるから害虫だと云う人たちも居ますが自然の
生業を知らない人も未だ多いのも事実ですね 我々人類はこれら
の生き物たちが造ってくれた環境に生まれ生きて来られた訳で
大切に護るべきものですね

それから東京珈琲さんがマイマイガの事を仰っていましたが今年
7月に農家からの依頼で天然粉のマイマイガ(毛虫状態)対策に
行って来ました 結果は翌日には全てのマイマイガが沈黙し現在
素晴らしいブルーベリーが収穫されています これらは農家の
薬剤散布に依る環境のバランスを崩した事が主な原因と思われます 
自然界は天敵関係に依る弱肉強食のバランスです これらを
破壊する今の薬剤散布が原因です 桜護りの会の人たちにも関心
を持って貰い普及は未だ時間は懸かると思いますが私一人の行動
では知れていますが全国に確実に広がりを見せています

現在の私たちの知識や常識は非常に曖昧で多くの危険が潜み
自然災害の犠牲や宗教・戦争等、理不尽な理屈がまかり通る世界

せめて自然環境だけは永遠に続いて欲しいものです

Re:私たちは間借り人
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 暑中お見舞い有難う御座います。今年の夏もかなり蒸し暑いですが、雨がかなり多いですね。水不足にならないのはいいのですが、多過ぎて災害多発ですね。

>これらの幼虫が10匹程、柑橘系の葉の上で暮らしています

それは羨ましいですね。以前、私の家の山椒の木にもアゲハの幼虫を見付けて嬉しくなりましたが、この頃は見付けていません。また来年以降、アゲハの幼虫を探してみたいと思います。

>我々人類はこれらの生き物たちが造ってくれた環境に生まれ生きて来られた訳で大切に護るべきものですね

そうですね。そういう気持ちが大切だと思います。

>結果は翌日には全てのマイマイガが沈黙し現在素晴らしいブルーベリーが収穫されています

それは素晴らしい事です。当地でもマイマイ蛾が増えたら(既に沢山発生しているとの話もあります。)試してみようと思います。宜しくお願い致します。

>これらを破壊する今の薬剤散布が原因です

現在の害虫対策は先ずは「農薬散布」と言うのは悪しき慣習だと思います。合成化学物質の農薬を大量に散布することは、非常に危険ですね。これを「現代科学」と言うのは愚かな事だと思います。農薬を使わずに自然の循環を利用する事こそ、「賢い科学」でしょう。 

>せめて自然環境だけは永遠に続いて欲しいものです

自然環境が破壊され尽くせば、人類も滅亡でしょうね。

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2014-08-11 01:05
2、3年前、『ばあちゃんの畑』と言うブログで、フルーツほおずきと言うものを知り、育てて食べてみたいと思っていました。昨年秋に、岩手県の龍泉洞のところで、食用ほおずきを見付けて一パック購入して友人と食べてみました。13個入りで700円、ほおずきの袋を見れば大きいけれど、中の食べる部分は、小さめのミニトマトやさくらんぼ、ブドウ粒くらいの大きさで一粒50円くらいですから、高いと思いつつ試しに食べたその味は、非常に気に入りました。
いつか栽培してみたいと思いつつ、年が明けてまだ冬のうちに、ネットで調べてみたら、野口のタネは品切れでしたが、農業屋.comと言うところで通販で購入出来ました。草丈150cmになるストロベリートマト(品種名では無いと思います。)と、草丈50cmにしかならないという矮生品種のハニ―ゴールドの2種類の種を購入する事が出来ました。その後、野口のタネのHPもチェックしていたら、品切れ解消となり、スカットパール種と言う品種を購入出来ました。野口のタネは割安で、一袋に100粒以上入っていました。

3月下旬にポットに種を蒔いて家の中で育てました。(冬~春は日差しが低く、南向きの部屋に日が結構差し込みます。)ミニトマトは1週間くらいで発芽しますが、食用鬼灯はなかなか発芽せず、不安でした。発芽まで1カ月近くかかった感じです。発芽後の成長も非常に遅かったのですが、5月に鉢や畑に定植後は、ぐんぐん伸びました。背丈の低いハニ―ゴールドは葉も大きくなく、明らかに違いましたが、ストロベリートマトとスカットパールの草も葉もは殆ど区別が出来ない感じで、商品名ストロベリートマトの品種名がスカットパールかな?と思いました。

昨年まで2年間、沢山育てたミニトマトは減らして、育てた苗も多くの人にあげてしまい、今年はフルーツホオズキを沢山育ててみました。

この8月4日に初収穫致しました。ハニ―ゴールドは期待外れで、変な味で美味しく感じませんでしたが、草丈も葉もとてもホオズキとは思えないくらい大きくなったスカットパール種と、それと殆ど区別のつかない品名、フルーツトマト(ホオズキ)は、昨年龍泉洞で購入した食用ホオズキのような、病みつきになる美味しさでした。しかし、家族や何人かの人に食べて貰ったら、人の味覚は様々で、私が不味いと感じたハニ―ゴールドのほうが美味しいという人、スカットパールは酸っぱくて不味いという人など様々でした。


 ↓以下3枚は、畑のストロベリートマト
食用鬼灯2


食用鬼灯3


食用鬼灯4


CA3H0058.jpg
  ↑下から、スカットパール , ストロベリートマト , ハニ―ゴールド

   ↓ストロベリートマトの袋を剥いて中味を出したところ。
食用鬼灯6

 ↓袋が向けているのがスカットパール種
 ・・・個体の差で、他のスカットパールは、袋が向けずにストロベリートマトと区別が付かないかも知れない。
食用鬼灯7

スカットパールやフルーツトマトホオズキの味は例えようがありませんが、感覚的には、木イチゴや桑の実、グミのような山や里山の(売っていない)木の実の雰囲気、野生の味と香りです。頗る美味しく感じる理由は、そこかも知れません。小さい頃、野山や林で採って食べた、木イチゴや桑の実、グミの味が大好きなのです。そこには畑で栽培して売っている果物とは違う、何ともいえぬ野生の美味さがあるのです。
ミニトマトなどに比べると収穫量も少ない感じで、そこも山の木の実に似ています。草丈と葉が大きくなる食用鬼灯は、癖になる味で、これから毎年植えたいと思います。
これは固定種で種採りも出来ますので、あまり自信はありませんが、種採りをした自家採種の種で来年以降育ててみたいと考えています。種が自然にこぼれ、自生してくる事も十分に期待できそうです。…でもその場合、発芽時期はより遅れ、収穫時期も秋になってしまうでしょう。
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【2014/08/11 01:05】 | 作物、畑 トラックバック(0) |

鬼灯が食べごろ。
でなしNo.146
鬼灯がたくさん収穫できているようで、うらやましい限りです。

私もいただいた鬼灯に水をやっておりますが、収穫は2つほど。
なかなかおいしかったですが、やはり量がものたりませんでした。

これからの収量に期待したいと思います。

少し前までの厳しい日照があって元気がなかったのですが、最近、くもり&雨が多くなって葉っぱが生き生きしてきました!

また固定種とのことで、私も種の採取と来年の苗の育成を試みたいと思います。

ほうずき
天地 はるな
ほうずきは、お盆の時期、お供えにも使いますね♪
仏様の灯りだそうです♪
そのほうずきに食用があるとは知りませんでした。

子どもの頃には、ほおずきをふくらませてあそびました。
懐かしい・・・。

Re:鬼灯が食べごろ。
雑草Z
でなしNo.146 さん

 ミニトマトの収穫のピークはお盆の頃ですが、鬼灯の収穫は始まったばかりですので、収穫のピークはこれからでしょう。これからどれだけ収穫出来るか、いつまで収穫出来るか楽しみです。・・・

>緑色の実がだんだんクリーム色からカサカサと乾燥した状態になると、中の実もミニトマト大のきれいなオレンジ色になり収穫期を迎えます。
(ばあちゃんの畑より)
との事ですから、当方の収穫は若干早過ぎなのかも知れません。

ミニトマトと比べると収穫率が悪いので値段が高くなるのでしょうね。(私の庭のは、小粒なので高くはないでしょう。)

Re:ほうずき
雑草Z
>仏様の灯りだそうです

なるほど、そんな趣がありますね。いい感じです。7月に会津若松の稲荷神社のほおずき市があったので「ひょっとしたら?」と行ってみたら、結構大きなお祭りでしたが、食用で無い普通のほおずきの苗しか売っていませんでした。

食用ホオズキと一般のほおずきは、実の形は似ていますが、葉や茎の感じはかなり違うと思います。スカッドパールのような大きい種のホオズキの葉や茎は、ちょっとしたひまわりのそれらに迫る大きさです。

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2014-08-05 00:11
最近、水野和夫という経済学者の存在を知りました。彼の主張の核心は「資本主義は、利潤率が2%を下回る期間が長期化すると、資本主義が維持できなくなり、資本主義が終焉を迎えることである」です。
 私の知る限り、資本主義の終焉を主張したのはローマクラブ、ジョージェクス・レーゲン等のエントロピー派経済学者たち、ラビ・バトラ等ですが、水野氏は証券会社出身で、バリバリの経済人であった筈が、資本主義=拡大再生産の限界が来るという結論を導き出したという点で画期的な人物と考えます。
 彼がおかしいと最初に感じたのは、10年国債の利回りが2%を下回った1997年で、その後、ITバブルが起きても、小泉政権で戦後最長の成長を経験しても、利回りは2%を超えなかったことから、従来の景気循環と異なる資本主義の異変が始まったと感じたそうです。彼は、過去の歴史に着目し、過去の利子率が2%をきった時代と場所、その事態背景を分析した結果、資本主義の終わりが始まることを確信したそうです。
 なぜ利子率が2%を切ると、資本主義が維持できなくなるのでしょうか? 理由は、利潤率が2%を下回ると、実質の利益が無くなるからだそうです。実質の利益がないということは、株主に配当を払えなくなり、配当を払えないということは、だれも出資してくれないということになり、ここまでくれば、会社は存続が不可能になるということです。
 さて、その状況で資本が行うことは何でしょうか。過去の歴史からみると、新しい周辺を見つけることなのです。過去、2%以下の金利を記録したのは、16から17世紀のイタリアジェノバです。この当時、南米から銀が大量に流入していましたが、この銀の投資先が無い状態でした。具体的には、その当時の最先端の投資先はワインの製造でしたが、この当時のイタリアは、山の頂まで全てブドウ畑ばかりになっていたそうです。ヨーロッパで投資する先が無くなった後、覇権はイギリスに移ります。理由はイギリスの海運の能力です。優秀な海運能力により、ヨーロッパの外に周辺を作り出すことに成功し、ここに投資することにより、資本主義を存続させることに成功しました。
翻って現在は、すでに全地球に資本主義が広まっており、過去の海の外の世界に匹敵する、資本主義を維持できるほどの物質的周辺はもはやないのです。
その状況で資本家が行ったことは、新たな周辺としての電子・金融空間の創設です。具体的には、ITバブル、住宅バブルのためのCDSなどの金融商品、この金融商品を作り出すための、世界恐慌で禁止されたはずの、銀行と証券会社の一体化の許容等です。
しかし、新たな周辺とは言っても、作り出した空間は、現実にある世界を基礎に置いています。現実の何かから利益を吸い上げなければそれこそ絵に描いた餅となってしまいます。現実の社会で、電子金融機関の利益のために犠牲となったのは主に雇用者です。大部分の雇用者である中間層の取り分を、資本家の利益として付け替えたのです。これがアメリカでのサブプライム層、日本の非正規労働者なのです。また、国家としてはEUでのギリシャ、キプロスです。
また、水野氏は指摘していませんが、新たな投資機会として、官の行ってきた福祉や、水道のような公共の仕事の民営化等も新たな周辺の創出でしょう。
 資本家は、資本主義を存続させるため、新たな周辺を作り出しましたが、やはりというべきか、無から有を作り出すことはできず、リーマンショックが起きます。



 上記の知恵袋を読んで、当時の特集番組を思い出しましたが、永遠に土地が値上がりするとの前提の下、本来危険なサブプライム層に対する債権を、危険でないと思い込ませるトリックを使ったということなのでしょう。現実は、土地の需給、及びサブプライム層の返済能力という現実の世界の制限の前に、トリックは破綻ました。
 結果、作り上げた電子・金融空間も縮小に転じてしまいます。この付けを、結局は政府に押し付けましたが、バブルを作っては、その付けを政府に永遠に押しつけ続けることは不可能です。政府が付けを負担できなくなったときに、世界の経済秩序は、完全崩壊するのでしょうか。
 さて、この資本主義の死の前兆の利潤率の低下はいつから始まったのでしょうか。水野氏はこの始まりを、1974年と考えています。1970年代はオイルショックと、ベトナム戦争の終結がありました。この二つは、近代資本主義の大前提である、エネルギーコストの普変性と周辺の拡大、即ち、資本主義の及ぶ範囲の拡大が不可能になり始めたことを意味しています。
また、この時期は奇しくも、槌田敦氏の言う、最終財と資源の消費量の比例関係が崩れた=生産システムのエントロピーの増大が無視できなくなり始めた時期とほぼ一致しています。生産システムのエントロピーが増大するということは、技術革新による効率のアップが出来なくなったということでしょう。資本主義の前提の破綻と、技術革新の限界が同時に来れば、やはり、この時期に資本主義の終わりが始まったのは真実と考えます。
 資本主義の後の経済システムについて、水野氏は明確には語っていません。ただ、このシステムを構築するには定常状態のシステムである必要は認識しています。私として残念に思うのは、水野氏は、日本の現在のレベルでの定常状態を前提に考えていることです。現在の経済レベルが、地球の生産力の範囲であればその通りでよいでしょうが、現在日本のエコロジカルフットプリントは地球の大きさを超えているのです。地球の中の日本という大きさは、現実世界の制限であり、絶対に無視してはいけない制限なのです。
 私が以前、資本主義後の経済システムについて考えてみたのが、 【化石燃料のなくなった後の経済システム
です。
 私は、人類は過去に定常状態の社会システムで生活をしてきていたのですから、あまり考え込まずとも過去のシステムに近いものを作ればよいだけであると考えています。注意すべき点は、経済成長を前提とした、会計基準は、経済成長しないように設計したものである必要があると考えます。貨幣を固定出来た太陽エネルギーを基準に発行すれば、自然に正しいシステムになる気はしていますが。
 どこで読んだかは記憶していないのですが、ラビバトラは、日本から資本主義の次のシステムが始まると予想したそうです。世界が破綻する前に新たなシステムが出来れば、文明崩壊は回避できるかもしれませんね。


****以上、いつもコメントを頂いている HNguyver1092さんに執筆して頂いた記事です。********
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【2014/08/05 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

過去の定常社会システム
雑草Z
 副タイトル、『ろうそくの燃え尽きる瞬間』はインパクトがありますね。今日、まさにその瞬間が訪れようとしています。 

実はこの7月に【金融業の終焉】と言うタイトルの記事を書きましたが、他の記事を優先にしているうちにまだアップしていない状況です。8月中にはアップしますので、この記事と比べてみたいです・・・と言うか当方の記事はやはり金融業に焦点を当てていますので、根底にあるものは同じでも、内容はかなり違います。こちらの記事のほうがより包括的です。
 兎も角、21世紀の早い時期(目前)に金融資本主義は崩壊するという事で一致していますね。

この記事の最後の部分に、素晴らしい提言がさらりと述べられています。まさに目から鱗の、最高の部分です。

>人類は過去に定常状態の社会システムで生活をしてきていたのですから、あまり考え込まずとも過去のシステムに近いものを作ればよいだけであると考えています。

まさにその通りです。本来、持続可能な社会像を色々模索する必要はない筈ですね。愚かな人間が軽率に持続可能な定常社会を壊してしまったのが現代ですね。・・・まだほんの百年程度・・・過去の定常社会に戻ればいいだけです。非常に重要な考えです。この事に関して記事を書くべきですね。今回の記事はこの部分だけで、最高の主題を持った記事であると感じます。

水野和夫さん
爽風上々
水野和夫さんは証券会社に勤務のあと、大学に転進されていますが、その卓見には驚かされます。
私も2冊の本を読みましたが、著者の考えているとおりだとすると怖ろしくなります。

「もはや成長が望めない最大の理由はエネルギー価格の上昇」という著者の意見は私自身の持論とも一致します。少し心強くなります。

その書評は自分のブログに書いておりますのでよろしかったらご覧ください。
(爽風上々日記・読書記録)
http://d.hatena.ne.jp/sohujojo/20131004/1380834167

Re:過去の定常社会システム
guyver1092
 過去の社会では、生産物は自己の維持のために消費して、余りが出た場合は会計の閉めの日に消費しつくしていたようです。あとは、この生産の量を、人類社会の入れ物である自然環境の再生産の範囲に抑えれば大枠が決まりますから、その範囲内なら基本的に何をしてもよいのではと考えます。
 経済を成長させようとするのなら、槌田敦氏の言うように、この自然の再生産能力を大きくする=自然環境を豊かにすればよいだけだと考えます。

 PS 【金融業の終焉】楽しみにしています。

Re:水野和夫さん
guyver1092
 始めまして。水野さんは、証券出身であるにもかかわらず、資本主義を冷徹に評価しているところがすばらしいですね。普通の日本人なら、贔屓の引き倒しで、理論が破綻してしまうところですが・・・
 私が現在読んだことのある水野さんの本は「資本主義の終焉と歴史の危機」だけですが、少しずつ読んでいこうと考えています。ちなみにこの本の中では、経済成長が出来なくなった理由は、地球上に資本主義の広がるためのフロンティアが無くなってきたためと述べられていますが、「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」では、エネルギー価格の上昇であると述べておられるのでしょうか。
 資本主義が終わるのは、それほど恐れることはないと私は考えています。理由は、最近の研究成果によると、資本主義が始まる前の日本はそれほど不幸な社会ではなかったからです。現代は、江戸時代よりも知恵の蓄積が多くなっています。正しく知性を働かせれば、石油が無くなった後でも、江戸時代よりもましな生活はできると考えます。
 

水野さんの著書
爽風上々
私が読んだ水野さんの著書もまだ2冊だけです。以下にその要約を記しておきます。(もちろん要約の責任は私にあり、適切ではないかもしれません)

「人はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか」
 グローバル企業は新たな帝国となっている。新帝国主義。これまでの近代資本主義とはまったく異なる秩序を求める。
 これまでは先進国がそれ以外の国から収奪するという構造だったのが、国の中に収奪構造をつくる。大企業と中小企業の関係も変わり、共存関係から収奪構造になってしまう。
 労働分配率は下がり続け、収入の二極化はさらに拡大するので世界的なテロの蔓延は防げない。
 マネーサプライでの政府の経済運営をしても自国に投資が落ちるとは限らない。つまり各国政府は自国への経済への影響力を失ってしまった。
 成長至上の近代モデルは通用しなくなったのでドメスティック経済圏では成長せずに続けていくという定常モデル、すなわち新中世主義が取りうるモデルである。

「終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか」
 近代の入り口の16世紀も低金利が続いていたが、新大陸発見、つづいて化石燃料使用が始まり資本主義の拡大が続く近代が始まった。しかし、石油ショックが起こりそのような近代は終焉が始まった。
 たまたまコンピュータの発展が起こったためにITが発達して「電子・金融空間」が作られたために大きな発展を遂げたが、それは「バブル」にすぎずリーマンショックで終わりを告げた。
 もはや成長が望めない最大の理由は石油をはじめとするエネルギー価格が極端に上昇したことによる。
 1バレル200ドル以上になると現在の経済構造では作れば作るほど苦しくなる。燃料価格が上がると削れるところは人件費しかなく、際限ない賃下げが続き中間層がどんどん没落していく。


『爽風上々日記』訪問させて戴きました。
雑草Z
>1バレル200ドル以上になると現在の経済構造では作れば作るほど苦しくなる。燃料価格が上がると削れるところは人件費しかなく、際限ない賃下げが続き中間層がどんどん没落していく。

これぞ資本主義の末期症状を示す酷い典型例ですね。強欲な金融資本家が醜態を晒しながら矛盾だらけの資本主義を持続させようと次々に公正でない汚い方法に打って出ている資本主義の末期ですね。
リンクのページの読書記録「終わりなき危機、君はグローバリゼーションの真実を見たか」に書かれていらっしゃるように、アベノミクスは傷口を広げるだけですね。

++++++++++++++++  ++++++++++ +  +++++

ところで、
「爽風上々」と言うHNを見た時は、もしや・・?と思いました。コメントに

>「もはや成長が望めない最大の理由はエネルギー価格の上昇」という著者の意見は私自身の持論とも一致します。

とあったので、おそらくそうだろうと思いながら、『爽風上々日記』訪問させて戴きました。読書日記以外のタイトルをざっと見せて戴いたところ、ちょっと「らしくない意外な」記事もあったので「別人かな」とも思いました。しかし、エネルギー関連の記事もいくつかあり、いくつかを流し読みさせて戴いたところ、オイルピーク関連の事やEPR,EPT勿体ない学会などについても描かれており、内容的に確信致しました。
かつての常連で、guyver1092 さんくらい沢山のコメントを下さったHN 上々さんですね!?・・・お久し振りのコメント有難う御座います。感謝致します。
以前議論した事などで、その後、上々さんの読みのほうが当たっていたことがあったなあ・・・と感じていたところです。また、色々議論したいですね。上々さんのブログも訪問させて戴きます。
爽風上々さんの読書量の豊富さにも驚きです。一日一冊くらいの割合で読んでいらっしゃいますね。興味ある本の書評、参考にさせて頂きます。お奨めの本をいくつかご紹介いただければ幸いです。
 これからも宜しくお願い致します。


Re:水野さんの著書
guyver1092
 要約ありがとうございます。水野氏の進化がよくわかりました。
 水野氏の現在の考えについて、私が不足と考えているのは、日本社会の定常状態を現在のレベルでと考えているところです。人類社会の定常状態は、地球の再生能力範囲内でないと破綻すると考えていますので、この点についてはいただけないと感じます。

Re:Re:水野さんの著書
雑草Z
>guyver1092さん

>水野氏の現在の考えについて、私が不足と考えているのは、日本社会の定常状態を現在のレベルでと考えているところです。

本文にも明記されているこの部分は、私もguyver1092さんのおっしゃる通りだと思います。経済規模エネルギー消費量、人口・・・一端縮小しなければ定常状態には持ち込めないでしょう。それも一桁くらい減らさなければならないと思います。

エネルギー定常状態
爽風上々
この点については以前からの持論ですが、太陽エネルギーの流れの総量(貯蔵分は含まず)のみで賄うことができるだけというのが上限とすべきだと考えます。

それは計算上はかなりの量になるわけですが、そこを捉えて太陽エネルギー変換のみで人類の必要エネルギーは十分まかなえるなどと唱える人々も出てくるわけです。
もちろん、太陽エネルギーは薄く広く流れてくるので、使えるような形で捕捉するためには何らかの装置が必要となります。

これは全くの例え話ですが、もしも小雨だけが水分供給であり、それを地面に落ちる前にすべて捉えなければ使えないとしたら、その水は使えるでしょうか。大掛かりなプールのような装置をコンクリートや鉄材を使って作り、それでようやく少量の真水を得るのみです。
今の太陽光発電などというものにはその程度のイメージしか持てません。

しかし、どうも経済学者・評論家といった人々はそのような科学技術上の問題点の在処に気がつかず、一部の扇動科学者の口車に簡単に乗せられることが多いようです。

Re:Re:Re:水野さんの著書
guyver1092
 雑草Zさんの言うとおり、人口×1人当たりの消費量で、ひとけたぐらいは減らす必要かなという気はします。(ヤマカンですが)
 太陽光を直接、ロスのない形でどこまで利用が出来るかにより、使える量は変わってくるでしょうが、現在の人類の技術では、ロスなく使えるのは太陽炉だけだそうです。太陽炉の類で集められる太陽エネルギーの使い道はどのようなものでしょうね。太陽炉の類は、蓄積という点で大きな問題があると考えます。

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