-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2014-05-23 00:01
『成長の限界』の続編 『限界を超えて』[Beyond The Limits 1992] には、
資源の消費量や汚染の排出量が持続可能な限界を超えて増大していることを示す兆候に対して、人類社会がとり得る対応は三つあるとあります。
(以下引用)
一つは、その兆候をごまかし、否定し、混乱させる方法である。たとえば、もっと高い煙突を建てる。有害な化学物質を、内密に非合法な方法で他人の領土に捨てる。雇用の確保や債務の返還を理由に、無理を承知で魚や森林を過剰に利用し、実際には雇用と債務返還の基盤である自然システムを危機に陥れてしまう。既知の資源を不注意に浪費し続けながら、もっと多くの資源を捜し求める。資源不足に反応して上昇する価格を抑制したり、コストを環境や遠くに暮らす人々や将来の世代に押しつける。政治的に微妙すぎるという理由で人口増加の問題を議論しないままにする。・・・こうした対応(もしくは非対応)は、限界によって引き起こされた問題への取り組みを否定するものであって、間違いなく時間とともに問題を悪化させる。

二つ目の対応は、限界からくる圧力を、根本的な原因には手をつけず、技術もしくは経済的解決策で緩和しようとするものである。たとえば、自動車の走行距離あたりの汚染排出量や、発電1kw当たりの汚染量を削減する。さらなる資源を捜し求め、資源をより効率的に利用し、資源をリサイクルし、ある資源を別の資源で代用する。下水処理や治水、土地の施肥など、これまで自然が果たしていた機能を人間の資本や労働で代替する。・・・これらはただちに必要な方策ではあるが、殆どは一部の圧力を一時的に軽減するだけで、その根本にある原因をどうこうするものではない。

三つ目の方法は、一歩さがって、現在の社会システムの構造そのものを変える必要があるという事実を認めることである。
    (引用終わり)

勿論、3つ目の方法が最善の方法で、二つ目の方法はひとつ目の方法よりはましだけれど、第一、第二の方法は共に根本解決にはならないという主張です。私も一つ目の対応と二つ目の対応は大差ないと考えます。場合によっては、第二の対応のほうが、問題がより深刻になると考えます。第一の方法よりも被害が表に出てくるのも遅く、問題の先送りの期間が長くなり、問題はより肥大化し破局の局面で助かる可能性もより低くなるかも知れない・・・とも考えます。兎も角、ここのサイトでは、一つ目の対応と二つ目の対応は区別しておらず、三つ目の方法意外は根本解決作にはならない、問題の先送り、肥大化、深刻化となり、文明崩壊に至るしかない・・・と、繰り返し主張してきました。

さて、本書は1992年に発行された本ですが、それから20年以上も経ったのに、日本をはじめ世界の殆どの国が、いまだに第一、第二の方法で対応しようとしています。第三の方法・・・現代のシステム構造では不可能だから変えなければならない・・・という合意には至っていません。
本書『限界を超えて』Beyond The Limits の前のほうの章には、限界を超えた地点からの引き返しの実例として、オゾン層破壊の例が挙げられています。オゾン層破壊に対し世界的に協力して対処し、かなりの効果を挙げた・・・のような記述です。しかし私は、この対応も、二番目の対応・・・小手先の解決策に過ぎず、問題の深刻化までを先送り出来たとしても、根本解決には至っていないと考えます。

3つの対応に目を通すと、現代社会はいまだに一つ目、二つ目の対応で言及されている「愚かな」対応が、脈々と続いていることを再認識させられます。二つ目、三つ目に近い対応をしているようでも、それは見せ掛けで、実質一つ目の対応、若しくはそれ以下の愚かな対応になっている例も枚挙に暇が御座いません。例えば、自動車の燃費向上をして、補助金まで出して自家用車を買わせて使わせ、公共交通機関を潰しています。エコ換え、エコポイントと称して電化製品をより大きな製品に交換し、より資源を浪費しています。太陽光発電、風力発電等の代替エネルギーもその類で溢れています。
アベノミクスの成長戦略なんて、最悪の対応の見本市みたいなものです。第一の対応を読んで、アベノミクスはそのまま、若しくはもっと酷いと感じるのは私だけでしょうか。アベノミクスが低レベルだと感じるのは、第一の対応に記されている、「兆候をごまかし、否定し、混乱させる方法」はアベノミクスの場合、誤魔化しているのではなく、そこまで考えが及ばないのだと思われるからです。「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がないとしか思えません。その意味で確信犯と言えます。具の極みと言えましょう。未来予測はあてになりませんが、アベノミクスに関しては、必ず失敗する・・・と言えるでしょう。実際には成長には限界があるのですから・・。

日本に限らずアメリカ然り、中国然り、インド然り・・・他の多くの国も殆どがまだまだ第三の対応に舵を切る話が出ていません。物質、エネルギー、経済・・・のフローは成長の限界を既に超えています。20世紀後半に超えたと考えられています。破局に至るのは時間の問題です。破局の兆候もそこここに沢山現れています。それなのにまだこのような愚かな対応をとって問題を先送り肥大化、深刻化しているのであれば、いっそのこと、もっと顕著に確認出来る前兆・・・人々が恐怖心を抱く前兆が始まって、大半の人が現在のシステム、経済成長志向が愚かであることに気付き、一気にシステム変更したほうが良いとさえ思えます。そうなれば経済成長の洗脳から一気に抜け出し、大きく持続可能な方向に舵を切るでしょう。・・・しかし非常に大きな犠牲は避けられないでしょう。始まった崩壊は歯止めが聞かない可能性も高いでしょう。システムにはタイムラグが内在していますから、手遅れになって仕舞う危険性もあります。どこまで犠牲が大きくなるか・・・絶滅は避けられるか・・・という問題になりましょうか。21世紀の現在でも、まだ第三の方法にシフトする合意が出来ていない事に戦慄を覚えます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/05/23 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

現代社会と江戸時代
guyver1092
 この記事に関して、現代社会と江戸時代を比べてみるとよくわかりますね。現代はほとんどの対策が1で、緑の革命等が2ですね。
 対して江戸時代は2で時間を稼いで、3を主にしていますね。江戸時代の2は、かまどの改良、干鰯の利用、遠洋漁業、植林でしょうか。3は一人当たりの木材利用の上限を定めたこと、晩婚化等で人口抑制したこと等ですね。
 3は行わなければなりませんね。しないと確実に文明崩壊が未来に待ち受けている事でしょう。

Re:現代社会と江戸時代
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど,現代社会と江戸時代を比べてみると、現代日本の対応の愚かさが嫌と言うほどわかりますね。

>現代はほとんどの対策が1で、緑の革命等が2

おっしゃる通りです。しかし別の見方をすれば、緑の革命も、実は欧米の途上国支配が目的だったかも知れませんね。つまり、エコ替えの類かと・・・

>江戸時代の2は、かまどの改良、干鰯の利用、遠洋漁業、植林でしょうか。

遠洋漁業は別として、その他の対応は、緑の革命よりも遥かに優れてますね。

>3は一人当たりの木材利用の上限を定めたこと、晩婚化等で人口抑制したこと等ですね。

ここまで江戸時代の人々が出来たのは、素晴らしいです。民主主義では無くて封建制度のなせる業でしょうか?現代人も出来る筈ですね。・・・金融資本主義では無理でしょうか?
正当な恐怖心は必要でしょうね。

>3は行わなければなりませんね。しないと確実に文明崩壊が未来に待ち受けている事でしょう。

その通りですね。現代社会が出来ないとすれば、その理由をguyver1092さんはどうお考えでしょうか?

もう一つご意見を御伺い致しますが、アベノミクスは、本文に書いたように、
>「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がない

とおもわれますか?、安倍総理自体はそんな概念ないと思いますが、取り巻きの経済学者、財界連中もそんな低レベルの輩のそろい踏みでしょうか???
兎も角高度経済成長時代の遺物はさっさと引退させる事ですね。

Re:Re:現代社会と江戸時代
guyver1092
 私の考える、現代社会が3の対策をとれない理由は、排水口が取水口の下流にあること、会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)、何が最も大切かが分からなくなっていることと考えています。
 アベノミクスには、私も「成長の限界」「持続可能な限界」という概念自体がないと考えています。安倍総理は、日本人の、豊かになりたいという欲望に付け込んで、破滅への道を、豊かになるための道と思い込ませることに成功しました。これは、1で言う、ごまかし、否定し、混乱させることそのものと感じます。

Re:Re:Re:現代社会と江戸時代
雑草Z
    guyver1092さんの言う通りでしょうね。

>排水口が取水口の下流にあること

なるほど、全くご指摘の通りです。排水溝が致命的な汚染をしていても、取水口はいつもきれいなところを探して水を取り入れるのが現代流エゴイズムでしょうね。

>会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)

そうか、会計法が強欲を助長するのですね。

>何が最も大切かが分からなくなっていること

結局江戸時代よりも遥かに愚かだと言う事ですね。

>破滅への道を、豊かになるための道と思い込ませることに成功しました。

多分、安倍自身は、破局への道だとは考えが及ばないのだろうし、全員でないにしろ、日本全体は豊かになると信じているのでしょうね。思考力無さ過ぎです。


、会計法により思考が制御され(貨幣という道具に支配され欲ボケしている)、何が最も大切かが分からなくなっていることと

コメントを閉じる▲
2014-05-17 09:42
 誰でも考え方、価値観は、自分が生きている時代に大きく影響されると言います。「大きく影響を受ける」・・・と言うよりも、「その時代と共に生きて、その中で価値観が培われ、形成されていく」・・と言うべきでしょう。
一方、現代の「自由社会」では、何でも自由な考えをしてよく、「自由な教育」を受けて、多様な価値観が認められ、多様な価値観が育っている・・・と漠然と考えている人も多いのではないでしょうか。
しかし実際は、現代社会の一般的な価値観こそ、非常に特殊な環境で作られた、極めて偏った、自然の摂理に相対する価値観と言えるのではないでしょうか?
普通にまかり通っている経済成長主義、進歩主義や科学万能主義、唯物論等です。

多くの人が普通に考え、よく口にする
「人類は進歩して未来になればどんどん理想に近づいていく」
とか、
「人は日々成長していかなければならない」
「人間は無限の可能性を秘めている。何事もやってやれない事はない。」
・・・・・・・・・・・・・・・
と言った、生き方や道徳観念にも通じる価値観も、実は高度経済成長、工業化、・・・と言う時代背景によって作られて来たものでしょう。
これらの価値観が普遍性を持っているように語られているうちに、環境はどんどん破壊され、気付けば文明崩壊に至っていた・・・と言う事になって仕舞うでしょう。
経済成長にいつまでもしがみついているのは愚の骨頂です。これからはポスト高度経済成長時代・・・よく言われているような「低経済成長時代」ではありません。「縮小の後の定常安定経済時代」の価値観に変わっていくでしょう。そう変わらなければ、人類は破局を迎えるでしょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/05/17 09:42】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

身に覚えが・・・・
guyver1092
 子供のころを中心として、身に覚えがあります。
曰く「科学技術は永遠に発展し、人類は銀河すべてに広がる。」「人間はもっともすぐれて正しい生物で、他の動物とは一線を画している。」など等。
 全く悪質な洗脳ですね。理想というものは、確かにあるのでしょうが、この地球上という限界を理解しての上での理想でない限り、実現は不可能でしょうし、洗脳された現代人では、生命圏の永続という正解を選べないのは明白でしょうね。
>「人は日々成長していかなければならない」
これだけを取り出せば、正解といえるかもしれませんが、この前提は、無限の経済成長があるのでしょうね。
>「人間は無限の可能性を秘めている。何事もやってやれない事はない。」
この三次元宇宙の限界を超えることは、物理的に不可能です。見果てぬ夢を追う姿は、人によっては美しいと映るかもしれませんが、この世の制約から考えると、人類を滅ぼすための努力かもしれませんね。

Re:身に覚えが・・・・
雑草Z
>「科学技術は永遠に発展し、人類は銀河すべてに広がる。」「人間はもっともすぐれて正しい生物で、他の動物とは一線を画している。」など等。

このような事は、子供に限らず、20世紀には一般に語られていた事だと思います。20世紀の子供達の大多数は、科学技術の限りない進歩を信じていました。未来に行けばいくほど素晴らしい世の中になるように思い込んでいました。・・・今でもそのような人は沢山いる事でしょう。
 でも、今考えれば、未来は、期待よりも不安が大きいですね。22世紀まで現代文明が続くとは殆ど期待出来ません。

>見果てぬ夢を追う姿は、人によっては美しいと映るかもしれませんが、この世の制約から考えると、人類を滅ぼすための努力かもしれませんね。

正にこの、最後の文、完璧です。この記事の主題そのものを的確にわかり易く述べています。有難う御座います。

現代の人々はこの事に気が付くべきです。

長いものに巻かれた結果
団塊親爺の遺言
 子供頃の道徳教育を思い出しました
長いものには巻かれよ・・ 他人様に迷惑を懸けるなと
そして大人に成り理不尽な社会の仕組を見ています
綺麗ごとを言いながら金を巻き上げる社会に変遷しました

今年三月に青梅市の梅林の一万本が全て伐採 その数年前には
梅農家もウィルスに遣られたと全伐採 畑の土迄総入れ替え
これが今の害虫対策の化学薬剤に依る結果です
いつも最後は薬剤の効かないウィルスたちが残ります

一本の樹も助からない今の害虫対策・・次は三保松原が
標的になりました この全敗の薬剤対策はいつまで続ける
のか・・? 一つも良い実績の無い農薬剤メーカーたちに
私たちの自然が壊されています そして私たちの食べ物も
全てが薬剤で造られています この仕組の流れは何処から
生れているのか・・? 原発と同じく生命の問題です 


Re:長いものに巻かれた結果
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 そうですね。理不尽な社会にも関わらず、日本人の多くはそんな長いものに巻かれていますね。

>青梅市の梅林の一万本が全て伐採 その数年前には梅農家もウィルスに遣られたと全伐採畑の土迄総入れ替え

このお話は、団塊親爺の遺言さまが前にも話されておりましたが、本当におっしゃる通り酷い話だと思います。おっしゃるように

>これが今の害虫対策の化学薬剤に依る結果

だと思います。狂っています。

>この仕組の流れは何処から生れているのか・・? 原発と同じ

経済成長至上主義のような現代社会の病んだ部分ですね。私が考えが及ばなかった分野の非常に参考になるご意見有難う御座います。

コメントを閉じる▲
2014-05-11 00:28
1972に発売された最初の『成長の限界』は名著と評価していますが、ローマクラブの会員でもある日本の監訳者、大来佐武郎氏のはしがきは、5ページ足らずの短文なのに拘わらず、頂けない部分が沢山あります。その最たる部分が「発展途上国の成長率を引き上げ、少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」と言う部分です。「成長の限界」の報告に対する「ローマ・クラブの見解」で、日本の監訳者、大来佐武郎氏自身が強く主張した・・・と、記されています。彼は日本のODAの回し者か?・・とさえ疑ってしまいます。

経済が成長しなければ人間らしい暮らしが出来ないと考える事自体、狂ってます。GDPが低い国が貧しい国だと言う洗脳にこそ、「成長の限界」は警鐘を鳴らすべきです。人類の歴史・・・何万年か何十万年か、若しくは百万年以上・・人類の歴史を何年と捉えるかは、研究や解釈の問題でしょうが、少なくとも一万年以上と捉えられている人類の歴史の中で。経済が大きく成長したのはつい最近・・・高々200年ほどの間です。それまで人類は人間らしい暮らしが出来なかったと考える事自体、経済成長神話に洗脳されていると言えましょう。豊かさ、貧しさをGDPと呼ばれる経済活動だけで決める発想の貧しさ・・・物やお金が回れば回るほど豊かと考えるのは経済成長洗脳に他なりません。更に踏み込んでそれが「成長」するとは、金回りに加速をつけると言う事です。つまりより金遣いが激しくなっていく社会が「豊かな社会」と言う事です。どんどんお金が必要になっていく社会と言う事になりましょう。そんな社会が豊かってどれだけ貧しい発想なのでしょう。

途上国と呼ばれている国は、経済が成長していなかったから不幸だったのではありません。西欧諸国に植民地化されて搾取されたから不幸になったのです。経済成長を拒否して自給自足していた方がよっぽど幸福だったのではないでしょうか?

散々搾取しておいて、
「少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」
と言うのは、西欧の常套手段です。日本も高度成長時代以降ODAを通して似たような事を散々して来ました。「援助」の名のもとに日本の税金を投入して、日本の大企業がそのお金で潤う・・・結局自国の企業の為の援助でした。結局、先進国の強欲な人々を儲けさせることになるのです。・・・話が脱線しました。この話はまた機会があれば・・・と言う事で、話を戻します。

自ら「先進国」と呼んでいる国の人々の多くが「野蛮」と考えてる人々の物欲を刺激して「援助」して、自らの後追いをさせて、「発展途上国」にする行為こそ余計なお世話でしょう。自給自足したい人間を無理に、若しくは物欲を刺激して、経済圏に引き込む行為こそ、先進国の利己主義です。そして、非常に重要な問題意識が欠如しています。
すなわち「先進国の生活は持続可能ではない」と言う事実です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2014/05/11 00:28】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

神話世界の住人
guyver1092
 この大来という人物は、成長神話世界の住人ですね。経済成長を信じる者は救われると考えているようですが、この地球を含む、三次元のこの世界は物理法則に支配されています。地球の面積は物理的に測れますし、その地球から採掘できる資源も有限です。
 有限の面積の世界で、有限の資源を利用する社会が、無限に成長することは物理的に不可能です。この当たり前の結論が出ないという思考構造は私には理解不能です。
 経済成長をした国の人間は、より多くの資源を消費する生活が出来るようになりましたが、その一方で、それまで消費していた資源を奪われ、貧困に陥る人々も出ています。今現在、生きている人すべてを豊かに出来たとしても、将来の子孫が生きていけないほど資源を消費しているのが現代資本主義の実情です。
 経済成長教信者が主流である限り、文明崩壊は避けられないと考えます。

Re:神話世界の住人
雑草Z
    guyver1092さん

 すみません。大来氏の「監訳者はしがき」は端折り過ぎました。省略した部分も付け足してかけば、
「経済開発の遅れた国の現状が固定化される事のないよう、先進国が成長を減速させると同時に、発展途上国の成長率を引き上げ、少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるように援助を拡大しなければならない」

です。だから、経済成長主義者と言う訳ではないだろうと思われるのですが、先進国ですら1970年代の現状よりも経済成長を(減速して)すべきだし、途上国は「一定レベルまで、成長率を引き上げなければ、人間らしい生活を出来ない」・・と考えているところが、駄目だ・・・と感じたのです。・・・・ってことはやっぱり経済成長神話世界の人でしょうかね?・・・ここまで端折らないで考えた場合、guyver1092さんはどうお感じになりますか??

兎も角、「成長の限界」に書かれている内容は、至極まともで、理性的な事なのですが、この研究を要請したローマクラブの会員が、財界の人が主流で、残念な人達に感じます。少なくとも日本のメンバーはしょうもないと感じました。

>経済成長教信者が主流である限り、文明崩壊は避けられないと考えます。

全く同感です。文明崩壊を避ける為には経済成長信者を即刻引退させることは必要条件かと思いますが、どうすれば可能でしょうか??

Re:Re:神話世界の住人
guyver1092
 本心は、資源を途上国にも配分しようという意味のようですね。ただ、成長"率"と言っているところで本質を見誤っている事が丸わかりと感じますが。その当時はなかったかも知れませんが、真の意味でのフェアトレードをしなければと言えば良かったような気がします。
 経済成長信者を排除するのは、難しいと考えます。すべきことは、教育と考えます。教えるのは、経済も物理的制限があることと、地球が有限であることですね。あとは、この有限が、如何に経済に具体的に影響を及ぼすかの例と、無限と考えた既存の経済学の皮算用と、物理的制約を組み込んだ真実の計算を対比したものを教えるべきと考えます。ほとんどの人は、信仰心で物理法則の限界を突破できると言い張るかもしれませんが。


雑草Z
    guyver1092さん

>成長"率"と言っているところで本質を見誤っている事が丸わかりと感じますが。

その通りですね。「経済レベル(GDP)を一定水準まで引き上げる」と言うのが正確ですね。「成長"率"」と言った時点で、お馬鹿さんですね。経済成成長神話を信じているとも取れましょう。

>真の意味でのフェアトレードをしなければと言えば良かったような気がします。

なるほど!ニュアンスは少し異なりますが、これぞ本質を捉えた解釈ですね。

>すべきことは、教育と考えます。教えるのは、経済も物理的制限があることと、地球が有限であることですね。

これまた、なるほどです。唯、それを教えなければ「限界」に気が付かないのは、それこそ成長神話の洗脳でしょうね。今の世の中で普通に良く使われる「無限の可能性」とか「やる気があれば何でもできる」みたいな価値観もよくないのではないでしょうか?・・・兎も角もこの高々百年ほどの成長局面に於いて形成された価値観が現代の主流であるのがよくないですね。その手の記事を書こうかと思います。

>無限と考えた既存の経済学の皮算用と、物理的制約を組み込んだ真実の計算を対比したものを教えるべきと考えます。

大切な事ですね。理性で考えればわかる筈ですが・・・


 guyver1092 さん、私の書いた本文以上の深い洞察、恐れ入ります。非常に参考になりました。

ヘドロの味の貝 
団塊親爺の遺言
 昨日ご近所から頂いたアサリ貝

私の住む江戸川区は東京湾へ流れ込む川の最終地
隣町の浦安の海浜から沢山採って来たという
アサリは大好物ですが少し変な臭いが・・ヘドロ
の臭いがします これは食べられない

魚釣りも盛んです 江戸前と言いますが自然破壊の中で
魚介類は未だこんなものです 自然環境後進国なんです
そんな環境でも必死に生きている生き物たちを見ると
憐れですよね 一見綺麗に見える街並み 足元は腐って
います 自然の保護が如何に大切かを知らない輩たちに 
経済成長とか自然開発とかの名目を与え税金を投入
一部の悪代官が搾取 この構図は昔から変わりません
見た目さえ良ければ善しとする今の社会は豊かでは無い

後進国でも豊かな自然が在れば食べるのに困らない
今の私たちはアクセク働いて稼がなければ生きられ無い
電気の無い時代でも生きて来た私たち 生きる術は
食べる事 家族や仲間で分け与える事 便利さは私たち
から何を奪ったのか 金が支配する世の中に その金で
自然の残る豊かな南国で暮らしたいと考える人も多いのでは
私たちが最後に求めるのは豊かな自然で在って欲しい

私が育ったオホーックの沿岸は海が荒れた翌日には様々な
貝が浜に上がり 野山には山菜や木の実が豊富でした
戦後の食糧難の時代でも生きて来られたのは自然のお蔭です

それからヘドロ臭いアサリは私の天然粉を入れ一晩置くと
臭いも味も普通に戻りました さすがは自然の浄化作用です
でも傍の川に放流しようと考えています



Re:団塊親爺の遺言
雑草Z
    団塊親爺の遺言さん

 現在でも東京湾の付け根の江戸川の河口でアサリが採られ、食べられていた事には驚きでしたが、やはりヘドロ臭くなって仕舞いましたか・・・残念な事ですが、あれだけ汚い水を排水すれば当然ですね。・・・江戸川河口のアサリは、高度経済成長時代以降もずっと食べられていたのでしょうか?
江戸前の魚も、江戸川河口付近でもずっと食べられていたのですか?

>環境でも必死に生きている生き物たちを見ると憐れですよね

そうですね。環境保護が叫ばれて、一時、局地的に環境改善された場所はあっても、結局経済優先で、全体的には環境は悪化してきました。

>一見綺麗に見える街並み 足元は腐っています
>見た目さえ良ければ善しとする今の社会は豊かでは無い

全く同感です。私もその事に心が痛んでいます。街をきれいに見せて、ゴミをどんどん他に持って行って廃棄しています。自然破壊はその付けですね。 

>豊かな自然が在れば食べるのに困らない

そう、そこです。昔は自然からの恵みで、お金が無くても食べて行けたのですよね。

>私が育ったオホーックの沿岸は海が荒れた翌日には様々な
貝が浜に上がり 野山には山菜や木の実が豊富でした

団塊親爺の遺言さまは、北海道のオホーツク沿岸で育ったのでしたか!?・・・・海が荒れた翌日に様々な貝を浜で収穫出来た・・・って、これぞ自然の恵みですね。そういう自然を大切にすべきです。そのような時代に戻れるものなら戻りたいですね。貴重な体験の情報、非常に参考になりました。

>傍の川に放流しようと考えています

その川は淡水でしょうか?・・アサリが生きられる環境なら、そこで繁殖すればいいですね。自然を浄化出来れば素晴らしいですね。


はじめまして
funaborista
はじめまして、funaboristaといいます。
開店休業状態の左翼系ブロガーです。
半年くらい前から拝見させていただいております。

私の最近のテーマの一つは「経済」です。
というのも「右」はおろか多くの「左」の人たちも「そもそも経済とはなにか」がよくわかっていないために、(大学で経済学を専攻した訳でもない)私ごときが議論を修正しなければならないという事情があるからです(本来は専攻の社会学と数学が自分の分野だと思っています)。

では、私の考える「そもそも経済とはなにか」。

私にとって「経済とは(大)自然と同じ」です。
(なにしろ「経済(学)economy」と「生態系(or 学)ecology」は同語源ですしね)
つまり「経済は大自然に学ぶべき」であり・・・というよりもむしろ「経済は大自然をそのまま再現するべき」であり「それだけで現在のほとんどの経済問題は解決して、経済はうまく循環するようになる」と考えています。

「循環」。これこそが経済におけるキーワードであり、「成長」は必要に応じて可能な範囲でさせればよく(介護事業等)、マクロでは「同じ人口が同じレベルで経済活動したならば、『成長』も『縮退』もしていないのだから結果的に『定常』経済」でなければおかしいはずです。
しかし、最近特に「左」の人々の中で「経済は成長がなければ循環しない」というおかしな考え方が幅を利かせていて(私に言わせれば信仰もしくは狂気)、まあ「人間には欲がある」と言われればそれはそうなんですけれど、たいていそういう人は「そんな人間の欲とは関係なく」「(指数関数的)成長には限界があり」「実体経済を支える資源にも限界があり」「したがって成長には限界がある」ということを受け入れようとしないんですよね。

日頃そういう人たちに「成長を否定する『脱成長』という考え方が弱者を殺している」などと非難(内容が伴っていないので「批判」ではない)されて、まあこちらとしては苦笑するしかないのですが、ただ「むしろ成長を強制することこそ弱者を殺してきた」ことには早く気づいて欲しい、とは思っています(彼らも私たちと同じ一票を持っていますから)。

自己紹介が長くなってしまいましたが、最近時間もとれるようになったし、これからは時々コメントさせていただこうかと思っています。
ちなみにfunaboristaというHNは、都営新宿線の船堀近辺に住んでいるというのが由来で、団塊親爺の遺言さんと同じ江戸川区民です。


Re:はじめまして
雑草Z
    funaboristaさん

はじめまして、そして初のコメント、有難う御座います。とても興味深い内容で新たな知識もつきました。感謝致します。半年前くらいから訪問して頂いたとの事、感謝致します。丁度半年くらい前の冬から春にかけて、初めて参加した団体の東京での集会等に何度か行っていたのですが、ひょっとしてその時に名刺を交換した方でしょうか?

>「右」はおろか多くの「左」の人たちも「そもそも経済とはなにか」がよくわかっていないために、(大学で経済学を専攻した訳でもない)私ごときが議論を修正しなければならないという事情があるからです

そのお立場、非常に良く分かります。現在の経済の仕組みは狂ってますからね。GDPの増加率で定義される「経済成長」を絶対目標とする狂った経済システムを是とする限り人類は破局への道を辿るでしょうね。

>私にとって「経済とは(大)自然と同じ」です。

これは新たな独創的な見解です。「経済」って多分に人工的な感じがしますから・・・しかしその後の御説明は説得力がありますね。

>「経済(学)economy」と「生態系(or 学)ecology」は同語源

私もこの似た二つの単語はよく対比して議論してきましたが、語源が同じでしたか!?・・・教えて戴き有難う御座います。

>「経済は大自然をそのまま再現するべき」であり「それだけで現在のほとんどの経済問題は解決して、経済はうまく循環するようになる」と考えています。

なるほど、説得力がある洞察です。この辺の事、記事に書かれた事あればご紹介下さい。とても興味が湧きました(・・上の御説明だけでも良く分かりましたが・・)

>「循環」。これこそが経済におけるキーワードであり、
>『定常』経済」でなければおかしいはず

この辺り、賛同致します。
私が全く同意見である事は、半年くらい前から読んで戴いているならお分かりですね。同じ考え方の方と知り合えて嬉しく思います。ここの常連の方は基本的に同じ考え方です。

>「経済は成長がなければ循環しない」というおかしな考え方

本当におかしな発想ですね。利息の付く金融業が経済の中心に居座っているからこそのシステムで、洗脳ですね。「循環」と言うよりも、破局へ続くスパイラルと言うべきでしょうね。

>「成長を否定する『脱成長』という考え方が弱者を殺している」

現代成長神話に洗脳された人の危険な発想ですね。おっしゃるように

>「むしろ成長を強制することこそ弱者を殺してきた」

ですね。


今回の funaboristaさんの自己紹介を読んで、考え方、主張が一致している事が良く分かりました。これから宜しくお願い致します。またのコメントを楽しみに致しております。 



funaboristaさん
guyver1092
 はじめまして。横から失礼します。経済がわかっていない人はそこまでなのですか。おそらく、経済政策を立案する者たちも同様なのでしょうね。だからこそ経済政策をしても役に立たっていないのですね。
 じつは、同僚と、赤旗の集金人に(別の機会ですが)地球の物理的制限による成長の限界を話したことがありますが、反応は、同僚は「戦争等で壊れれば、またそこから成長できる」で、集金人は無反応でした。(笑) 同僚はもう少し、エネルギーの有限を突っ込んだところ、限界を認めましたが。
 今、水野和夫という経済学者の「資本主義の終焉と歴史の危機」がかなり売れているようです。この本もタイトル通り資本主義の終焉を主張していますので、この本をまじめに理解する人がもっと増えれば、文明崩壊への一本道から抜け出せるかもしれませんね。

Re:funaboristaさん
雑草Z
更に横から失礼いたします。現在の政府の具体的な経済政策について、funaboristaさんとguyver1092さんの批判は非常に似ていると感じます。(私の意見はもっと大きく抽象的になってしまいます・・・。)

funaboristaさんのHPの記事の【永遠の途上国】2012-9-17は、guyver1092さんのブラック的記事を彷彿としました。

http://d.hatena.ne.jp/funaborista/20120917/1347844136#c

 

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。