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2012-12-29 00:01
  現代は人類の歴史の中でも特筆されるべき特異な、そして短命な時代である事を確信するに至りました。GDPの増加で定義される『経済成長』に支配された極めて特殊な狂った愚かな時代だと言う事です。「経済成長」と言う概念が出来たのは、数百年前の事のようですが、その頃はまだ、GDPの増加で定義されていなかったでしょうし、大部分の国民はそんな事を気にも掛けなかったでしょうし、何よりもそれ自体が目的では無かった筈です。GDPの増加で定義される「経済成長」と言う概念が確立され、「経済成長」すること自体が目的となって、経済の中心に据えられたのは、20世紀になってからでしょう。少なくとも日本では、「高度経済成長時代」と呼ばれる時代以降・・20世紀後半からの事でしょう。
経済成長[Economic growth]の目的は、経済的に豊かになる為だと言いますが、それが非常におかしい事はこれまでにここのサイトで何度も指摘しています。改めて例を挙げてみます。今まで無料であった物事を有料にすれば経済は成長します。同じ事をするのに迂回させてお金がかかるようにすれば経済は成長します。もっと極端な例を挙げれば、平和で安定した暮らしから、大災害に遭って災害復興にお金をかけたほうが経済は成長します。戦争で武器がどんどん作られ、使われれば経済は成長しますし、物が破壊され、また生産の必要が出来れば経済は成長します。つまり、経済成長は現在一般に言われているような・・洗脳されているような・・豊かさの指標ではありません。幸福をもたらすわけでもありません。『豊かさの指標』と言うよりも『浪費の指数』と言った方が本質に近いでしょう。
ではその経済成長の真の目的は何か・・・と問われれば、「金融業を成立させて儲けさせる為」にあると言えましょう。金融業は、GDPの増加率で定義される経済成長率が高ければ高いほど儲けが出ます。経済成長が無ければ、金融業は単なるゼロサムゲーム、普通のギャンブルと全く変わらない存在になってしまいます。・・そのままでも十分なギャンブルですが、「成長」途中では、ゼロサムゲームではありません。・・そこが騙されるところでしょう・・。経済成長があれば、金融業界全体が潤う事も可能なのです。しかしそれは、無限連鎖講(ネズミ講)のように行き詰まり、最後は破綻します。無限連鎖と同じく、成長すればするほど、破綻の規模も大きくなります。実際20世紀途中から始まった経済成長戦略で、金融業は無駄に膨張して来ました。経済成長が無ければ金融業の大半は潰れてしまうでしょう。もう成長の限界は見えてきて、金融業の破綻も始まっています。
だから、これからも経済成長すべきだ・・・と言うのは問題の肥大化先送りです。経済成長によって金融業が蔓延り、経済成長の為に本来必要のない資源の浪費が増加し、環境破壊に加速が付きました。・・・現在既にその兆候も始まっています。・・・「しかしそれでも全ての産業は、経済成長が無ければやって行けない」・・と言う反論があちらこちらから聞こえそうです・・・現在の「主流」ですから・・。しかし、経済成長が必要なのは、そのような社会を作ってしまったから、金融業を中心に据えたシステムを社会に構築してしまったからで、それこそが、特殊で異常な社会と言えましょう。金融に支配されて、多くの人々が無駄に長時間働かされて、不要な生産をどんどん増やし、どんどん環境負荷を加えて、人類は破局に突進しているのです。そんなとんでもない事を疑いも無くやっているのが現代社会の流れです。歴史上非常に特殊な時代です。カルトよりも質が悪いと思っているのは私だけでしょうか?
近い将来・・・遅くとも21世紀中には、経済成長戦略は人類史上稀に見る愚かな洗脳だったと評価されるようになるでしょう。・・・そんな狂った社会に我々は暮らしているのです。
多くの庶民は「経済成長」の実態をよく知らずに、マスコミや政治家、経済アナリスト達が、「経済成長、経済成長」と連呼するのに踊らされて、経済成長は必要なんだと洗脳されているだけでしょう。詐欺的な経済理論に染まってしまっているだけでしょう。しっかり考えれば、その可笑しさ、酷さに気付く人が沢山いる事でしょう。大多数の人が気付いて社会を変えるのが先か、経済成長戦略で社会がズタズタに破壊され、経済成長が出来なくなるのが先か?・・・もう直ぐ結論が出る事になりましょう。この短い特異な「経済成長志向時代」に多くの資源が浪費され、ある資源は枯渇して、環境はズタズタに破壊されてるのです。短命な狂った時代ですが、その代償は、大き過ぎるのです。
何年か先にこの時代を振り返れば、
経済成長なんてどうしようもない酷い概念をを信仰した、洗脳された最悪の時代だったと言われる事でしょう。そう、「特異で短命な時代だった」・・・と。
そしてその時代が短命であればある程、人類の生き延びる可能性は高くなるのです。

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【2012/12/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長
guyver1092
 現代人の大部分は、「経済成長は絶対的な善」と信じ切っていますが、経済成長は有限の世界では、破滅をより大きくするための事前準備ですね。

 今までの雑草Zさんとの議論を重ねた結果、私の中で経済成長に対する定義について疑問がいろいろと膨らんできていますが、『浪費の指数』というのも、一つの回答だと思います。私としても、経済成長の本質を探るため、一つの思考実験を考えてみました。「良いインフレ、悪いインフレ」という議論がありますが、会計基準、税法をいじって、最高の資産が、太陽エネルギー補足手段としての森林、農地である社会を作ったとして、農地、森林がどんどん増える社会になった場合、良い経済成長と言えるかどうか? です。

崩壊の近さを予測する指数…
ST
としてエネルギー消費、食料、人口… 戦費と防衛、災害。
それに加えてジニ指数で表される「格差」も一つかと…
ダントツがUSAかと…崩壊の速度は最速と言えますかね?
確かに最貧国も持続困難だけどその原因に最富国などの
必要ない浪費が暗く影を落としているという現実がありますね。
破壊と創造(全く無駄でしかない百害あって一利無しの…)で
全ての資源や人間のみではなく生態系、環境まで破壊してまで
金融と言う最大の「化け物」を作ると言う愚かさの極致…
愚かさを示す指数、西欧諸国に大きな値を取る国が多そう。

Re:経済成長
雑草Z
>現代人の大部分は、「経済成長は絶対的な善」と信じ切っていますが、

多くの現代人は洗脳され切っていますね。まともに理性で考えればその愚かさに気が付く筈です・・・何故なら江戸時代の日本人も、アメリカのNAも、世界各地の先住民の多くは成長の限界に気が付いてシビアな対策を普通にしていたからです。

>『浪費の指数』というのも、一つの回答だと思います。

これは、経済成長率と言うよりもGDPの解釈と言うべきでした。「一つの回答」との事ですが、別の回答・・guyver1092さん独特の解釈があれば、是非お聞きしたいです。記事にして頂くのもいいですね。

>会計基準、税法をいじって、最高の資産が、太陽エネルギー補足手段としての森林、農地である社会を作ったとして、

これだけしか読まなければ解釈が難しいですが、今までのguyver1092さんの記事、コメントを読んでいる私にはおっしゃりたい事が伝わります。その上で、

>農地、森林がどんどん増える社会になった場合、良い経済成長と言えるかどうか? 

に私の考えをお答えします。
「農地、森林」は有限の地球上で成長の限界が分かりやすい例です。だから、勿論限界に達したら、物理的に成長は無理ですね。
 物理的限界に達する前段階では、農地と森林(河川や湖沼、海の魚介類や自然も含めてと考えて・)が増える事に大きな問題ないでしょう。太陽エネルギー捕捉の範囲での試算ですから、それほど莫大なものにもならないだろうし、実体を伴わないマネーゲームにも陥らないでしょう。・・と言う事で、大きな欠点は見出せません。少なくとも現在の工業、グローバル化による無理な経済成長策よりは遥かにいいと思います。

guyver1092さんは、御自分が考えたこの政策に関して大きな問題点を見出していますか?

Re:崩壊の近さを予測する指数…
雑草Z
    STさん
 短いスパンでのコメント、歓迎致します。

>エネルギー消費、食料、人口… 戦費と防衛、災害。

この辺り、確かに崩壊に向かっている事を表わす指数ですね。崩壊しない為には安定する事が大切ですが、全く不安定です。日本など、いわゆる「先進国」と自負している国々が、食料供給に関して、見掛け上安定していると感じられるところが危険の裏返しです。他国の大きな犠牲の上に成り立っています。

>最富国などの 必要ない浪費が暗く影を落としているという現実がありますね。

の通りです。

>破壊と創造(全く無駄でしかない百害あって一利無しの…)で全ての資源や人間のみではなく生態系、環境まで破壊

『破壊と創造』は人類の進歩の象徴のように言われていますが、おっしゃるように負の面が非常に大きいですね。今までのようにこの言葉に「夢とロマン」だけを持つのは軽率と言えましょう。新しい解釈有難う御座います。

>金融と言う最大の「化け物」を作ると言う愚かさの極致…

この金融業の為にどれだけ環境が破壊されて来た事やら・・この特異な愚かな時代は金融業の終焉とともに幕を閉じるでしょう。

思考実験
guyver1092
 思考実験の結果、いろいろ整理がつきました。経済成長自体が悪いのではなく、成長するものがどのような性質によるかが一番の問題と考えます。実例として、森林自体が農地であった縄文文化がどれだけ成長しても、日本列島では生物種が絶滅しなかったことです。
※アフリカからずっと旅をして日本列島にたどりつき、日本中に広がった(成長した)。

 問題なのは、ガイアの癌細胞である現代文明が成長することですね。現代文明の成長はガイアの癌の進行でしょう。出てきた結論は、どこかで聞いたようなものでした(笑)。
 その他、経済成長は分業の進行であろうと考えますし、効率化の暴走による非効率化でしょう。(これも以前に読んだことがあるのを思い出しました。)
 いろいろ問題の切り分けもできましたし、新たに思いつくこともありました。文章にまとめて見たいと思います。

Re:思考実験
雑草Z
    guyver1092さん 新年早々のコメント有難う御座います。これからも宜しくお願い致します。

>経済成長自体が悪いのではなく、成長するものがどのような性質によるかが一番の問題

どうでしょうか?・・・半分賛成ですね。
私は、経済成長は、本当に豊かになれる(必要な?)ある一定ラインまでは達すれば、それ以上は必要ないと考えます。つまり、GDPを必要最小限なラインまで引き上げれば、あとはそれを保てばいいわけで、GDPの増加、即ち経済成長は必要ないと言う事です。

先の、guyver1092さんの思考実験の例
>会計基準、税法をいじって、最高の資産が、太陽エネルギー補足手段としての森林、農地である社会

で考えます。
私は先のお返事のコメントで、
>勿論限界に達したら、物理的に成長は無理

と書きましたが、限界に達しても経済成長を続ける方法はありますね。工業的経済成長が限界に達しつつある現在行われている酷い方法です。
即ち、森林、農地が限界まで大きくして豊かな社会になった時、「より豊かに効率よく」の名目で、今までの農地を「最新の効率的方法」で作り変えるとか、森林の植生を変えるとか(勿論必要な場合もあります。)挙げ句の果ては、土地の整理と称して、森林と農地、更には宅地までもを入れ替えるとか、そのような方法が成長(拡大)の限界に達した後の成長方法です。現在もこんなお馬鹿な事が為されています。エコ替え、エコポイントの類ですね。更には工業製品の規格の変更(テレビの縦横比の変更や、記憶媒体の規格変更)など、枚挙に暇がありません。
 だから、『経済成長』自体を目標にする事が諸悪の根源だと考えます。その為に『金融業』と言う巨大な麻薬の仲買人のような商売も出現します。私はこれこそが「経済成長の呪縛」だと思います。

Re:Re:思考実験
guyver1092
 申し訳ありません。新年のあいさつを漏らしていました。改めてあけましておめでとうございます。

 経済成長についての考えにつき半分賛成ということで、このような議論を深めて、真実に近づけることは大変有意義と考えます。
 
 雑草Zさんの反論につき、経済成長に対する認識について、私と雑草Zさんで相違があるのではと感じました。雑草Zさんの考えでは、経済成長と言う物は、いったん始まると必ず制御不能に暴走する物との認識でよろしいでしょうか。(違ってたらごめんなさい)
 さて、私の「成長するものがどのような性質によるかが一番の問題」との考えにつき、説明不足であったことをお詫びします。これは、人口増加等の環境破壊因子に対し、マイナスのフィードバックが社会システムに組み込まれているかを問題にしたつもりです。ティコピア島も江戸時代日本も人口を増やさないフィードバックがかかり、資源の消費も最小限に抑えられましたが、現代文明はまるで癌細胞のように制御がかからす野放図に暴走(経済成長を望んで)しています。これは、現代文明の会計基準及び税制が、人間社会とそれ以外を分離して認識し、人間社会の土台となっている生態系の損耗が、会計上のバランスシートには上がらず、己の拠って立つ存在基盤が壊れていくことを認識できないせいでは?と考えます。言い方を変えると、地球の生態系が一兆円の預金であり、人類社会はこの預金を取り崩しているのに、自力でお金を稼いでいると認識しているのです。金融資本主義は、預金を一度により多く取り崩す手段であろうと私は考えます。この認識の誤りを正す方法として、太陽エネルギー缶詰本位制は役に立つと考えます。人間社会の存在基盤である生態系を森林貨幣として、貨幣の価値の減少という形で認識できるからです。



Anthony
謹賀新年であります。



Re:Re:Re:思考実験
雑草Z
 新年早々、guyver1092さんと議論出来るとは嬉しい事です。

さて、私が言いたかった事は、単純です。

>経済成長と言う物は、いったん始まると必ず制御不能に暴走する物との認識

そこまでは考慮していなくて、先のコメントに書いた字面のままで、GDPの増加で定義される経済成長は、一定ラインに達したら止まるべきだと言う事です。制御できる出来ないでは無く、単純に経済成長は、直ぐに止まって定常状態(ゼロ成長)に移行すべきであると言う事で、経済成長を続けることは不自然で、無理があると言う事です。

>人口増加等の環境破壊因子に対し、マイナスのフィードバックが社会システムに組み込まれているかを問題にしたつもりです

なるほど、その意味ではguyver1092さんのおっしゃる通り

>経済成長自体が悪いのではなく、成長するものがどのような性質によるかが一番の問題

に大きく理がありますね。その上で、

>ティコピア島も江戸時代日本も人口を増やさないフィードバックがかかり、資源の消費も最小限に抑えられました

と言う事は、フィードバックがかかった時点で経済の成長も止まったと言う事ですね?(・・間違っていたら御指摘願います。)つまり、ここで、経済は定常状態になり、GDPの増加で定義される「成長」は止まったわけです。だから、その意味で、これ以降は成長は必要なくなったと言う事ですね。お互い同じ事を別のいい方をしているのではないでしょうか?

 つまり、guyver1092さんが、「社会にとってよい経済成長」と考えられている部分は、「社会によってよい経済(循環)状態」と言う事で、そこに「成長」は必要が無いのではないでしょうか。
 今回の guyver1092 さんのお返事を読んで、考え方の相違はなくて、「経済成長」と言う言葉の定義、解釈の問題かと思いました。(違っていれば御指摘願います。)

Re:Re:Re:Re:思考実験
guyver1092
 やはり定義の感じ方の問題でしたね。限界に達すればゼロ成長になる必要があると考えています。ゼロ成長はこれまでの合意事項ですしね。
 江戸時代の経済ゼロ成長は、槌田敦、石川英輔、石井吉徳各氏の本で紹介されていました。ティコピア島は書籍で読んだことはないですが、少なくとも人口はゼロ成長で、石油の輸入がなかったら、得られるエネルギーは太陽光のみですので、経済もゼロ成長しかあり得ないでしょう。
 社会にとって良い経済成長は存在するか?ですが、思考実験の途中で、既存の生態系にほぼそのまま溶け込める縄文文化を思い出し、人間が入り込む前の生態系が人間にも最も都合のよい社会であれば、その生態系の中いっぱいまでの成長は良い経済成長なのではないかと考えました。それ以上の経済成長は、当然悪い経済成長ですね。

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2012-12-23 00:01
 あるドイツの歴史学の大家が、「日本と言う国は変わらないように見えて、あるとき劇的に変化すると見ている」と言ったそうです。彼は、ドイツも脱原発を決めるまでに長い間市民の反原発運動があったから、日本も緑の党のような政党が現れて躍進し、脱原発に舵を取り、大きく変化する時が来るとの見解のようです。・・しかし、私にはドイツはまだ「劇的」な変化を遂げたとは思えません。その変化はまだまだ甘く、お話になりません。変化の始まり、途上と言えましょう。アラブ諸国の革命や、ラテンアメリカ諸国の反米、反帝国主義派の台頭も大きな変化ですが、まだまだ『劇的変化の前段階』くらいにしか考えていません。
それでは『劇的変化』とはどのくらいの変化を考えているかと言えば、狩猟生活から農耕生活への変化、手工業から大量生産体制に変わった産業革命のような大きな変化・・・人類の歴史上それほど度々は起こっていない『パラダイム・シフト』とも呼べるレベルの変化です。21世紀はまさしくパラダイムシフトの世紀だと考えています。どんなパラダイムシフトかと言うと、GDPの増加で定義される経済成長主義からの脱却、真の安定方向への大転換です。農業革命や産業革命が人類の膨張を起こしたとすれば、今度の脱成長革命は、その膨張を止める革命です。
否、それは夢想だ、経済成長はずっと続く・・・という考えはじきに否定されるでしょう。
人類がそれを認めずに、「成長」と言う名の「膨張」を続けようと無理を続けようとすれば(・・現在の世界各国の状態です。)文明崩壊に至り、やはり経済成長は止まります。マイナス成長・・転落になります。つまり、人類が望む望まざるに関わらず、経済成長は幕を閉じます。人類が意図的に上手く幕を引けば、それだけ崩壊の衝撃が減るのです。
これは、予言と言うよりも理性で考えて当然の帰着点です。
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【2012/12/23 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

二次関数の幻想、シグモイド関数の現実
guyver1092
 今回の選挙では、すべての政党が二次関数の幻想を訴えていましたが、個別の主張ではシグモイド関数の現実から見て、妥当な主張をしている政党もありました。
 実際に勝った政党は、最大限二次関数の幻想をふりまいた政党です。意識しているかどうかは別として、マスコミは明らかに文明崩壊を選ぶよう仕向けましたし、国民も破滅志向を選びました。
 私は政府とマスコミが一体となって愚民化政策を行ってきており、今回の選挙結果もその結果が出ていると考えています。これが失敗しているのならば、かつてのモンゴルのように一気に勢力が入れ替わったでしょうが。(与野党がと言う意味でなく、原発政策でという意味です)

指数関数の幻想、シグモイド関数の現実
雑草Z
>個別の主張ではシグモイド関数の現実から見て、妥当な主張をしている政党もありました。

それはどの政党ですか?日本の未来でしょうか。ジグモイド関数と言う言葉は使っていないでしょうが、その意味の事を言っているのは理性的ですね。緑の党もそんな理念を持っていますが、今はグリーンエネルギーの推進に躍起なのが残念な部分です。ただ、既にジグモイド関数では無く、無理をして持続可能な限界を超過してしまっている状態でしょう。

>二次関数の幻想

おっしゃりたい事は勿論十分に伝わっていますが、「2次関数」ではないですね。「指数関数」ですね。若しくは、「等比数列的増加」でしょう。ただ、経済や人口増加に「2次関数的成長」だとか環境問題、廃棄物の問題に「2次関数的増加」などと言う言葉を平気で使っている連中も結構いますから、政治家や財界人達の中には、2次関数と指数関数の区別もつかないで使っている連中も相当いるやも知れません。今回当選した議員の中にもいますね。そういう意味では彼等は「2次関数的幻想」を抱いているとも言えましょう。

ギャップの問題…
ST
物凄く端的に言えば「発散可能な妄想」と「収束しかし得ない現実」とのギャップの問題なのでしょう。
もっと簡単に言えば地球の質量は決して発散などしませんので、あとは太陽の気長な資源供給に従うしか無いのです…
宇宙さえ「果ては無いが限りがある」存在なのですからね。

Re:ギャップの問題…
雑草Z
    STさん

 時折頂くようになったコメントは短い中に真を突いています。

>物凄く端的に言えば「発散可能な妄想」と「収束しかし得ない現実」とのギャップの問題

短く上手まとめましたね。そして、「発散可能な妄想」は、20世紀以降の人々のほうが沢山抱いていると思います。それ以前は限られた土地なり空間を有効に利用する事で、有限性を考えながら暮らしていたと思います。特に「グローバル化」を「発散可能」と捉えているお馬鹿者には困りますね。地球規模での収束を考えるべきです。

>太陽の気長な資源供給に従うしか無い

ここのところをみんなしっかり認識すべきですね。太陽エネルギーを「無限のエネルギー」と捉えるのはかなり愚かですね。莫大とは言え、光合成をはじめとする地球上の生態系の循環に十分に供給されなければならないので、循環を壊さずに利用するには様々な制限がありますね。現代の太陽光発電や風力発電はそれを無視している部分が多く感じます。

赤面
guyver1092
 ありがとうございます。いつの間にかすり替わってしまったようです。

 私の考えている妥当な政策とは、TPP反対と食料自給率向上政策です。未来の党、共産党、社会民主党、国民新党、新党大地が主張しています。

http://www.jcp.or.jp/pc/index.php?_ucb_v=2&_ucb_u=http%3A%2F%2Fwww.jcp.or.jp%2Fweb_policy%2F2012%2F11%2F2012-03.html

上記のページに『東日本大震災は食料の確保が人間の生存や社会の安定に欠かせないことを改めて突きつけました。今年に入り国際的な食料価格の高騰が再燃するなど、21世紀の世界は、「食料は金さえ出せばいつでも輸入できる」時代ではなくなっています。』とのくだりがありますが、これは少なくとも地球上の農地の広さの限界を認識しての政策と考えました。
 実は、理由が書いてあるのを見つけたのは共産党ですが、結果から考えて他の党も同じことを少なくとも潜在意識では認識しているのではと考えます。

>TPP反対と食料自給率向上政策
雑草Z
    guyver1092さん

 参考になる興味深いページの御紹介有難う御座います。ご紹介のページは、共産党のマニュフェスト(民主党がこの言葉の信用を失墜させたので、今回の選挙では「アジェンダ」と言うべきでしょうか。)ですね。
 農業に関して中々しっかりした事を書かれていますね。しかし、共産党も、経済成長策を捨てきれないところが残念です。

>TPP反対と食料自給率向上政策です。未来の党、共産党、社会民主党、国民新党、新党大地が主張しています。

これらの党は、同時に原発政策に関して、他の党よりもしっかりした脱原発を主張していますね。

>食料自給率向上政策

に関して、この共産党のアジェンダには、

>食料自給率の50%台への引き上げを国づくりの柱に位置づけ、

と書かれていましたが、やはり食料自給率は、100%を目指すべきです。現実路線として50%台としたのでしょうが、それはあくまで短期・・数年以内の引き上げ目標にすべきです。日本に食料が入って来なくなるxday を見据えるべきです。エネルギー能率的にも、海外からの食料輸入はおかしい事です。その部分、残念ですが、「経済が強い日本を取り戻さなければ日本は沈む」等と言っている時代錯誤(いつの時代に主張しても愚かな事ですが・・・)の政策を実施しようとしている与党よりは遥かにまともです。


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2012-12-17 00:39
今回の総選挙は、選挙戦に入って、『原発、TPP、消費税』と言う重要な3本柱がマスコミ報道からどんどん削除されていき、経済政策、景気対策に矮小化されました。政・官・財・学の癒着に、マスコミも取り込まれてしまっているのは、今や常識になっています。
この癒着の批判は多くの人がしていますし、ここのサイトでも何度か取り上げて来ました。確かにマスコミの姿勢には問題があります。・・・と言うよりも、マスコミは半分、政財界に買収状態にあると言っていいでしょう。
そんなマスコミ報道がそれほど批判も無く続けられているのは、(ネットでは多くの批判がされていますが、まだまだマイナーです。)多くの国民も目先の経済・景気対策に最も関心を持っているからでしょう。「未来の子孫の為に」と言う言葉は、決まり文句のようになっていますが、実際に多くの国民の考える「子孫」は、子供や孫、せいぜいひ孫まで、つまり自分が生きている間に関りそうな子孫だけの短絡的なものです。それも自分の子供や、孫の事。他の子供や孫の安全にはあまり関心が無いのかも知れません。だから、目先の経済的利益があれば、子供に財産をあげられると考えるのでしょうか。・・・個人主義が発達し、自由競争社会に育っていれば出てくる当然の考えかも知れません。【追われる生活】にも書いた通り、現代人は、レールが敷かれてると錯覚される社会に遅れない為に、絶えず追われた感じで生活し、その結果、非常に短絡的な経済的利益しか追及しない傾向が助長されたように思われます。その為だったら、原発を動かしてもいいと考えるのは狂気の沙汰です。自分が社会から落ちこぼれないように心配しているから、他の弱者は切り捨てられても余裕が無くて見て見ぬ振り。そこまで本人は自覚していないかも知れませんが、脱原発よりも目先の経済を優先するのは、余裕が無いのでなければ無知なのでしょう。
マスコミの誘導が酷いと批判しても、その誘導的マスコミ報道を歓迎する国民が多い状態になってしまっています。そんな国民を作ったのがマスコミとも言えましょうが、経済中心の思考をする人々が主流の社会は、おかしな方向へ進んでしまいました。そしてどんどん破局に向かって突き進んでいると感じるのは私だけではないでしょう。

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【2012/12/17 00:39】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

景気対策最優先…
東京珈琲
今回の投票率は戦後最低だそうですね。迷っていたのか、関心がないのか。
どうして自民が人気なのか僕は知識、経験不足で分からないのですが、景気回復を望む人が多いからなのでしょうか。
景気を良くして欲しい気持ちは分かります。給料が減り、雇用も無く、お金はいったいどこへ行ったの?って感じです。
しかし、原発よりも経済優先の人は他人の命より自分の金なんでしょうか。
そんなにも利己的で自己中心的なひとが多いのでしょうか。
そうだとしたら悲しいですね。

政治に関心が無いって人も沢山いるのでしょうね。原発にもTPPにも。
僕の世代は投票率が40%代と知ったときは少し驚きました。
友人は、自分が一票入れても何にも変わらないと言っていました。
他人任せです。

今は誰でもインターネットが使えて、情報も自分で調べて本当の事が分かるし、選挙の候補者も一人一人調べられます。
こんなに恵まれた環境があるのだから、何が本当に正しいのか自分で考えて、行動していかないといけません。

民意
guyver1092
 中日新聞の記事です。

『脱原発の民意とズレ


 本紙が中部九県の激戦区・二十六選挙区で実施した出口調査では、比例代表で自民に投票した有権者でも「原発ゼロ」を支持している人が六割近くに上った。圧勝に終わった自民だが、「続原発」の姿勢までが信任されたとは言い難い。


 自民は公約で「十年以内に最適な電源構成を確立」と原発の存廃について先送りしているが、自民に投票した人への出口調査では「直ちにゼロに」が8・0%、「将来ゼロに」が49・2%を占めた。「減らす」も28・0%に上り、「減らさず推進」は9・2%にとどまった。


 また、投票にあたり最も重視した政策で、「原発政策」を選んだ人はわずか2・8%。トップは「景気対策」の45・4%で、「増税や減税」(12・3%)「福祉や社会保障」(11・2%)などが続いた。投票した大半が原発以外の政策で自民を選んだことが分かる。』

 原発よりも、経済を取ったようです。また、原発事故を起こせば、経済が吹き飛ぶことはどうも考慮の対象外のようです。さらに安全教をどれだけ信仰していても、事故は起こることを学習していないようですね。

 根拠はありませんが、ここ五年ぐらいの例から考えて、阿部総理は一年ぐらいしか持たないのではと予想しています。

Re:景気対策最優先…
雑草Z
    東京珈琲さん

 今回の選挙こそ、原発のように非常に重要な問題の山積した争点の多い選挙だったので、投票率は史上最高でもいいくらいでしたのに、実際は戦後最低でしたか・・。マスコミを使った陰謀が成功したとも考えられます。

>原発よりも経済優先の人は他人の命より自分の金なんでしょうか。

「命とお金とどっちが大切なんだ?」と言う、問題にもならない愚問を問いたくなるような人が多いのかも知れません。

>こんなに恵まれた環境があるのだから、

今回、インターネット選挙は許可されなかったとの事ですが、インターネットで選挙出来れば、資金の無い人や団体も、ある程度公平に選挙が出来るのではないでしょうか。


Re:民意
雑草Z
中日新聞の脱原発の民意とズレの記事、有難う御座います。

>投票にあたり最も重視した政策で、「原発政策」を選んだ人はわずか2・8%。トップは「景気対策」の45・4%
>原発よりも、経済を取った
これは、現代の日本人が如何に短絡的な目先の利益しか追及していないかが分かりますね。江戸時代の人々よりも遥かに愚かだと思います。

>原発事故を起こせば、経済が吹き飛ぶことはどうも考慮の対象外

そうですね。運を天に任せて事故が起きない事を想定している楽観主義と言うよりも、無知と言った方がいいかと思います。そして、稼働中に事故が起こらなくても、解決方法の無い放射性廃棄物は溜まる一方です。極めて深刻で、出口は閉ざされる一方です。

>根拠はありませんが、ここ五年ぐらいの例から考えて、阿部総理は一年ぐらいしか持たないのではと予想しています。

マスコミに出ている評論家達よりもかなり鋭い予測だと思います。安部が投げ出した後、石破や石原が総理になったら更に大きな危機に見舞われるでしょう。旧態依然とした経済論、経済成長主義者は国政から一掃すべきでしょう。


集合的無知の状態です。
でなしNo.146
>現代人は、レールが敷かれてると錯覚される社会に遅れない為に、絶えず追われた感じで生活し、その結果、非常に短絡的な経済的利益しか追及しない傾向が助長されたように思われます。

現代では、できるだけ短い期間で、できるだけ多くの利益を出す方法ばっかりが評価され、研究されています。

当然、さまざまな「無理」をすることになり、文字通り、理に反するようなことをはじめるのだと思います。

そして理に反すれば余裕もなくなって、見える視野もすごく狭まっていきます。

視野がないからなんでも怖くなり、とりあえず隣を歩く人を見て、同じようなことを真似ることになります。

そして、その隣を歩く人も実は隣を見ているだけ、なんて状況もしばしば。

これを社会心理学の言葉で集合的無知と言うのですが、バカがバカの真似をして、集団がみんなバカになるというなんとも残念なスパイラルです。

今の日本はまさにこれだと思います。


そして今日も瞬間最大風速を更新し続けようと余裕もなく必死にがんばっているわけです。

これって何の意味があるんでしょうか?
そもそも、僕らの生きてる意味ってなんなんですかね(笑)

たま~にそんなこと聞くと「深いね。」なんて言われるんですが、本心は「不快ね」なんだろうなぁと思うんです。

たぶん、「うるせぇな。考えたこともねぇよ。」という人が多いんじゃないでしょうか。

最近、トルストイの人生論を読んで腑に落ちた箇所があります。

人は個人レベルで見れば、結局年老いて枯れて死ぬ苦痛ばかりが先にある、と。
そして個人的な欲望を満たすことを否定します。(きっと欲望は満たされないことを知っていたからでしょう)

だけど、なぜ生きているかというと、後世のために世界をより善くするために生きているというわけです。


「僕らはよりよい世界を作る参加者であり続ける。」

そういう意味で、もっともっと長期の視野を持っていいんだと思います。


Re:集合的無知の状態です。
雑草Z
    でなしNo.146さんご紹介の

『集合的無知の状態』は現代日本に限らず、正に現代社会を反映した的を得た言葉ですね。

>バカがバカの真似をして、集団がみんなバカになるというなんとも残念なスパイラル

今回政権を奪還した政党も、された政党も、経団連も財界も東電も、そして多くの国民もみんな『集合的無知』の一員ですね。

>できるだけ短い期間で、できるだけ多くの利益を出す方法ばっかりが評価され、研究されています。

全くその通りで、経済学者もそのような事を主張する人程重宝され、ノーベル賞まで取らせられています。

>たま~にそんなこと聞くと「深いね。」なんて言われるんですが、本心は「不快ね」なんだろうなぁと思うんです。

この上手い表現自体が「深いね」

この頃、現代経済成長主義社会は、史上最も愚かな社会では無いかと感じています。その事をまた記事にしようと考えています。

 


黄金虫
「原発、TPP、消費税」この三つの争点も結局は経済政策ですやん。置き去りにされてるわけでもない。実は多くの国民は今回の選挙は大きなテーマを持っていたと思う。
それは、何を解決するにしても経済をしっかりさせなければダメなんだと。
つまり、今回の選挙から「原発、TPP、消費税」が忘れられているとか置き去りにされている、なんていってる人は実は前回の民主党を選んでしまったあの選挙の「コンクリートから人へ」「子供手当て、高速道路無料化」などといった小さなテーマでしか考えなかった当時から何も勉強していない人なんでしょう。


Re:
雑草Z
    黄金虫さん

 初のコメントですか?以前コメントした方のHNを変えてのコメントでしょうか?「経済政策」を大義に捉えて、経済システムそのものまで議論が及ぶのならば、大きな重要なテーマと言えますが、今回の選挙で言う「経済政策」は「景気対策」と近い意味で論じられていました。原発やTPPをその意味だけで論じるのは非常に危険な矮小化でしょう。

>「子供手当て、高速道路無料化」などといった小さなテーマ

前回の選挙でもこんなどうしようもない政策が論点のメインであったとは思えませんが、これこそ「経済政策」の一部とも見れます。

>何を解決するにしても経済をしっかりさせなければダメなんだ

 原発に関しては、長期的に見れば、費用対効果も破綻しています。動かす理由は目先の経済効果と別の理由です。経済の面からだけでも十分に原発が愚かである事は分かりますが、
「原発の争点も結局は経済政策」と言うのは、かなり矮小化した議論・・それこそ今回の選挙のありきたりの誤魔化しの議論になると考えます。
「経済の為には原発稼働が必要だ」とか逆に「経済をしっかりさせないと脱原発は達成できない」等と言う低レベルのまやかしの議論につきあう積りは毛頭御座いません。
もっと別の大きな論点があるのならばコメント下さい。


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2012-12-11 00:01
今回の衆議院選挙の争点は【一つに絞るべき今回の衆議院選挙の争点】で脱原発一つに絞るべきだと主張しましたが、国民の大部分(8割以上)が脱原発派である事を受けて、殆どの政党が票の確保も狙って、程度の差こそあれ脱原発を掲げています。笑ってしまうのは、「脱原発を主張するのはポピュリズムだ」等と批判していた政党までが、曖昧な形で脱原発を主張するようになりました。「脱原発は全ての政党が主張しているからもはや争点では無い。」等とのたまう輩まで現れましたが、それは勿論まやかしです。自民党や維新は勿論、大飯原発を再稼動させ、大間原発などの建設も再開させた民主党も選挙後に積極的に脱原発に動く事はないでしょう。1930年代までに脱原発などと言っている民主党は、今回もしも政権を取ったとしても(その可能性はほとんどありませんが・・)1930年まで政権を維持する事は無いでしょうから公約を守るも守らないもありません。マニフェスト破りを堂々と行った野田政権の公約が信じられる筈もありません。自民、民主、維新は、脱原発どころか現在停止中の原発を次々に再稼働させ、震災後に建設中断していた着工中の原発の着工を再開させる可能性が高いでしょう。この3つの政党は、脱原発派とはみなせません。だから、脱原発は今回の選挙の争点に十分になり得ます。
では、「卒原発」を唱えている「日本未来の党」はどうか・・?「10年で卒原発」と言うキャッチフレーズはあまり戴けませんが、「10年以内に完全廃炉」と言っていますから、(「完全廃炉」の定義が曖昧ですが、)着工中の原発工事は中止にし、再稼働もしないと言う事になりましょう。即撤廃を主張している共産党や次いで強固な反原発の社民党、新党大地、新党日本など、原発撤廃を強く主張する党と原発政策に置いては協力し、脱原発を目指し、尽力する党になりましょう・・・、議員数の数で言えば、最も勢力のある脱原発政党になるでしょう。「日本未来の党」は、新しく結党された政党の中で、最も期待が出来るでしょう。頂けない主張もありますが、脱原発、反TPP、反消費税増税の大同で最も力のある政党になるでしょう。今回は無理でも次の選挙以降政権を取れるかも知れません。この政党が出て、今回の選挙はそれ以前よりは希望が持てるようになりました。

 さて、今回の選挙の最も重要な争点は原発で、次いでTPP、消費税の順だと考えられますが、大手マスコミの世論調査の争点では、景気・経済対策が大体トップです。マスコミの作為も感じる世論調査ですが、国民の関心事の上位である事に間違いはないでしょう。自民党は、景気対策として、規制緩和、金融緩和でデフレ脱却、そして極めつけは旧態依然とした公共工事を挙げています。「事前防災」のため10年間で200兆円を投資する「国土強靭化」を主張しています。TPPに参加せず、日本は内需拡大にシフトすべき・・・と言う部分は反対ではありません。ただ、同じ内需拡大でも、もっと別の政策があるでしょう。山梨県の中央自動車道・笹子トンネル崩落事故を受け、道路などの点検、メンテナンスに力を入れるのは結構な事ですが、新規道路や橋、河川工事は必要ないものが殆どでしょう。財源として大量の国債を発行する積りでしょうが、結局それは税金で払われることになります。つまり消費税を上げて、直接間接、そこから支払う事になるのです。社会福祉の為の増税と言いながら、実質はゼネコンや大企業減税の穴埋めに使われるのです。つまり内需拡大でも何でもなく、ただ、国民から集めた税金をゼネコンなどの大企業に回すだけです。だから消費税増税は反対です。震災復興予算もあれほど出鱈目に使われている現在、消費税増税はなかなか国民の理解は得られないでしょう。右肩上がりの経済成長は望めませんから、それでなくとも膨大な国の借金が、更に膨らむ一方です。

先に、「TPPに参加せず、日本は内需拡大にシフトすべき」と書きましたが、厳密に言えば単に「内需拡大」でかなく「外需から内需へのシフト」するべきだと考えます。即ち、内需拡大によって経済成長させるのではなく、経済のグローバル化を止めて、経済の殆ど・・需要も供給も・・・国内でまかなうと言う事です。

予言めいた事を書くのは、ちょっと躊躇しますが、今回自民党が(連立)政権与党となる可能性は高いでしょうが、彼らの旧態依然としたやり方はことごとく失敗し、大きな危機を招く事になりましょう。麻生内閣や今回の民主党政権のような感じで、大部分の国民からスカンを食らう事になりましょう。それだけならまだやり直しが効きますが、3.11のような日本の存亡に関る一大事にまで発展するかも知れません。その次の選挙まで日本が持ちこたえ、まともな政府が出来る事を祈ります。

残念なことは、今回の選挙でも相変わらずどの政党も、経済成長策を訴えている事です。GDPの増加率で定義される経済成長は、国民の豊かさの指標ではなく、実体は浪費指数です。経済が成長すればするほど、環境は破壊され、文明崩壊へ近づいている事に気付くべきです。・・・多くの国民…世界の多くの人々が気付き始めています。脱原発、反TPPに続いて、脱成長まで掲げる政党が現れるのは時期尚早なのでしょうか?・・否、機は熟してきています。脱原発論議のように脱成長論議がなされ、今回の脱原発のように、経済成長主義派もいつの間にか経済成長を否定する時が来るでしょう。早晩・・・遅くとも今世紀中には、脱経済成長路線に変更せざるを得なくなるでしょうし、それが主流になるでしょう。そこまで見極めたいものです。
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【2012/12/11 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

Re:予言めいたもの
guyver1092
 当たるでしょうね。理論的に考えて、過去と同じことをしたら同じ結果にしかならないですよね。過去に失敗した政策なら、今回も失敗するでしょう。
 自民党は明らかに原発推進派ですので、自民党が政権を取れば原発はどんどん再稼働します。自民党の支持者は、もう一度過酷事故を起こせば日本は終わりだとは考えないのでしょうかね。

Re:Re:予言めいたもの
雑草Z
主題とは少し外れた面白い部分へのコメント、有難う御座います。

>過去と同じことをしたら同じ結果にしかならない

更に、現状は経済成長と人口圧で、環境負荷が大きくなりましたので、公共工事の拡大は、長い目で見れば自殺行為でしょう。投入資金は回収出来ずにどぶに捨てるようなものです。・・と言うよりも税金を使ってゼネコン業者に環境破壊させるようなものです。借金は膨らむ一方です。

>自民党の支持者は、もう一度過酷事故を起こせば日本は終わりだとは考えないのでしょうか

巨大地震などが起きずに、原発事故が起こらない事を前提にしているだけでしょう。つまり、運を天に任せているだけでしょう。そして、実際にシビアアクシデントが起こっても責任を取ろうとさえしない事は、福島第一原発事故で実証されました。過酷事故が起こらなくても放射性廃棄物を出し続けるだけで、運転すべき代物ではありません。

緑の党
地下水
 世界のコンセンサスを構築しはじめた、緑の党に一票を入れてはどうでしょう。クリーンでグリーンを目指す・・・。 今回の擁立に日本の緑の党は間に合いませんでしたけども、無理なエコ、エコノミーは目指さないそうですので。
 各地に生まれた脱原発政党が、近い将来、緑の党にまとまれば、・・・。
 宇宙から見れば、地球はクリーンでグリーンでないと困りますから、・・・。でも放射能汚染はすぐには目に見えないから、たちが悪いですけども、・・・。

Re:緑の党
雑草Z
 日本の緑の党は、他の既存政党と比べて期待が持てると思う団体だと思います。
 その前身のさらに前身のみどりのテーブルの頃は期待感を持って、私も若干関わってきました。それが 似たような団体と合流して『みどりの未来』になり、今年、日本の 『緑の党』 が結成されました。結成式には参加しました。
脱原発は強く主張しているものの、太陽光や風力の自然エネルギーを強く推進しています。それは他の既存政党と差別化出来ません。重要な脱成長を全然前面に押し出さなくなってきました。それはドイツの本家の緑の党も同じで、ドイツの緑の党の方の講演も、ひたすら自然エネルギー推進でした。脱経済成長にはあまり関心がないようで、残念でした。
 これでは、今回結成された 『日本未来の党』 とあまり変わりません。だから、若干『緑の党』は期待外れの面があります。

>各地に生まれた脱原発政党が、近い将来、緑の党にまとまれば

それは賛成ですが情勢的には、『日本未来の党』にまとまるかも知れませんね。


地下水さん

 コメントお待ちしておりました。お久し振りのコメント有難う御座います。
 別件ですが、今年は、ミニトマトのお裾分けが多くの人に何度も出来ました。お裾分けはいいものですね。来年も目指します。 

Re:Re:緑の党
地下水
 選挙結果は過半数で自民法案が無批判にドンドン成立する事態になりました。
 御存知かと思いますが、参照を広める必要があると思うので、緑の党の結成宣言をうつします。雑草Zさんの考えと重なるところのある貴重な宣言だと思います。

3.11 後の 今 ここに
新たな道を歩み出す

森を奪う都市文明から
森に寄り添う文明 数多(あまた)へ
答えを生きる 時がきた

果てない世界市場化と
経済成長呪縛から
世界各地が共に奏でる
色どる経済成熟へ
答えを生きる 時がきた

いのち汚す原発と
奪い合いの地下資源より
太陽による 永遠の平和へ
答えを生きる 時がきた

はやさ 大きさ 効率主義 から
スロー スモール シンプル で
適正規模と多様性へ
答えを生きる 時がきた

過剰なほどに カネ追わず
過剰なほどに モノ造らず
過剰なほどに 働かず
仕事と時間を 分かち合い
豊かなこころを 蘇らせる
答えを生きる 時がきた

買うしか術ない暮らしより
手 足 知恵で 創るを楽しみ
与え 支え いのちを謳歌し
自立しあう 安心へ
地域でつながる 循環へ
答えを生きる 時がきた

色んな人と 色んな生き方
互いに凸凹△ 認め合い
組み合わさって 補い合い
使命を宿し おのおの輝く
答えを生きる 時がきた

テレビの向こうに 決断任せず
自ら責任 引き寄せて
足元からの 微力をつらね
笑顔の未来 えらびとる
答えを生きる 時がきた

今日から土に 種を蒔き
こころに緑を 育てよう
いのちにぎわう 豊かな地球を
いのちみんなで 分かち楽しみ
100年先を 見渡して
答えを生きる 一歩をここに
歩み出したい 一歩をここに


「緑の党」を 立ち上げる



          2012年7月28日緑の党結成総会


Re:Re:Re:緑の党
雑草Z
    地下水さん

緑の党の結成宣言のうつし、有難う御座います。確かに私の考え方と重なる部分があり、地下水さんのお考えとも重なる部分も多々あるでしょう。
 そして、江戸時代の日本人も、言葉に出して明確化しなくとも、このような考えは漠然とした常識としてあったと思います。このように考えられなくなった現代人は病んでいると言えましょう。今こそこの考え方に回帰すべき時でしょう。
 それを破壊した考え方が、GDPの増加で定義される経済成長信仰とか科学万能主義、工業化でしょう。現代は狂った特殊な時代です。

反核
地下水
 脱原発も、反核で結集することで、より大きな力にする必要があります。
 ヒロシマ・ナガサキの年代の人や、原水爆実験の地域の方は被爆の恐さを伝えて下さいますし、組織もありますし、歌も文学もあります。原水禁と原水協も分裂していますが、今回の反核の選挙の足並みの乱れを見ると、おもうものがあります。
 沖縄基地や、各地の基地の地域の方は、核持ち込みの怖れや、核標的の怖れを伝えて下さいます。
 福島や、ホットスポットの地域の方は、汚染被害や避難生活の困窮を伝えて下さいます。
 自然エネルギーの開発や、普及に努められている方や団体や企業の方は、反核に賛同して下さいます。
 チェルノブイリのホットスポットの地域の方や、ドイツの緑の党の方などは、反核政治の実現への道のりを伝えて下さいます。
 原発の下請けや、核開発をされてきた方で、被爆されてきた方の、声無き話を集めて伝えねばなりません。
 反核、反核戦、反核開発、核被害、反核政治を結集した、目的と効果と期限の明確な団体が必要です。
 
 今、日中は石原にダマされて、何百億円も損をしましたが、さらに大損に拡大しそうです。

Re:反核
雑草Z
    地下水さん

>脱原発も、反核で結集することで、より大きな力にする必要があります。

おっしゃるように、小異に拘らず反核で結集すべけでしょうね。

>原水禁と原水協も分裂

この辺りの経緯は知りませんが、原水協がソ連の核開発を認めたので原水禁が出来たと言われていますね。
それから現在でも一方は原発は認めていると聞きました。(どちらかご存知ですか?)
兎も角、反核と言ったら、原爆も原発も認めてはいけませんね。「核の平和利用」はまやかしですからね。

>反核政治を結集した、目的と効果と期限の明確な団体が必要です。

これが緑の党と言う事になりましょうか。

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2012-12-05 00:01
 現在の世界情勢をみる限り、人類社会は文明崩壊に向けてますます加速しているように感じますが、これを回避するための参考として、江戸時代の日本がいかにして文明崩壊の危機を乗り切ったかを、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」[下巻第9章]、その他の書籍から考えてみたいと思います。

 よく、循環型社会の一つの理想として江戸時代が語られますが、江戸時代のすべての時代が循環型社会であったのではないのです。たとえば江戸時代の人口は、戦国時代が終わった1615年の段階で1227万人でした。そして1720年頃まで人口は増加し続け、この時代に3128万人まで増えてしまったのです。この人口増は、新田開発、生産性の高い作物の導入(ジャガイモとサツマイモ)、病気の蔓延が少なかったこと等のさまざまな要因かうまく重なり合ったことによります。
 しかし、この人口増加は森林資源の枯渇をもたらし、これにより木材、燃料、飼料用の木の不足、巨大建造物が建設不能、土壌侵食による洪水等により、作物の生産量低下を引き起こし、飢饉が何度も起こりました(17世紀後半以後。明暦の大火ごろからでしょう)。この事態は、村同士、村内部、大名同士、大名と幕府が森林を取り合う等の、さまざまな社会不安を引き起こしました。
 日本の森林破壊は、西暦800年ごろの畿内盆地を皮切りに、時代を追うごとに伐採範囲を拡大し、1000年には四国、1550年には国土の四分の一まで伐採が進んでいました。そして秀吉、家康等の権力者の権威の象徴としての巨大建造物、城下町と都市の誕生、火災の復興による需要等により、本土の森林資源は枯渇に向かい、1678年には北海道の森林に目を向けざるを得ないほどまでになっていました。1710年にはついに、主要三島と、北海道南部の手近な森林はほぼ消失し、急斜面や近づきにくい地域、江戸時代の技術では労力や費用がかかりすぎて伐採不可能な場所だけに原生林が残っている状態にまでなっていました。日本は文明崩壊寸前まで追い詰められていたのです。
 この危機に対して警鐘を鳴らした事件があります。振袖火事とも呼ばれる、明暦の大火(1657年)です。この火事からの首都再建のための木材の需要は、おそらく日本の山々の風景を一気に塗り替えてしまったことでしょうし、これを原因とする水害及び飢饉も多発したのではないでしょうか。幕府は森林消失に対して大きな危機感を抱いたことでしょう。これ以後、幕府はさまざまな対策を講じ、文明維持に成功します。
 まず、1660年代には社会のあらゆる階層において森林の利用を規制する全国的な取り組みを開始しました。これらの中には、江戸城天守閣の再建断念、本丸御殿の再建延期も含まれているのでしょう。
木材供給の歴史/火災と再建

 また、1666年には森林伐採による土壌侵食、河川の沈泥、洪水の危険性を警告し、植林を促す布告を行っています。そして森林再生のために伐採された土地を閉鎖する、焼畑による農法の禁止、木材の切り出し及び放牧の制限等を行いました。これに合わせて諸大名も幕府とほぼ同じ森林政策をとりました。また、これ以外の地元の共有の森林では、入会と呼ばれる権利の制限が発達し、森林を持続的に利用する枠組みが出来ました。
木材の消費を抑制するために、森林資源の目録を作り資源として管理する、各地に番所を設け運搬を監視する、消費段階では、社会的地位ごとに消費できる上限を設けました。吉宗をはじめとする歴代将軍の倹約令も森林保全の為との面もあったのでしょう。
また、積極的に森林を増やし土壌浸食を防ぐために、林学者たちが観察と実験を繰り返し、1697年には「農業全書」という日本独自の科学的な森林管理の方法が、書籍としてまとめられ活用されました。また、石炭も一部地域で利用され、木材消費を抑制しています。
筑豊炭田 江戸時代までの歴史

 これらの政策は、国民の生活に対しても様々な影響を及ぼしました。木材及び森林の利用の上限を満たすため、建築物が軽量なものに変わり、炊事炉が熱効率のよいかまどに変わりました。干鰯等の魚類を肥料とすることも始まりました。暖房も家全体を温める方法から、火鉢で人を温めるようになりました。また漁網の改良、遠洋漁業の開始、北海道から輸入を増やす等、外部からの食糧調達も行われ始めました。また人口もゼロ成長になり、1721年から1828年の間はほとんど増えませんでした。
 日本人口半減、明治時代に戻る!

ジャレド氏は、享保の改革あたり以降の人口ゼロ成長は、晩婚化、授乳期間の延長による授乳性無月経、避妊、堕胎、嬰児殺より達成され、それは「それぞれの夫婦が食料等の資源の不足を認識して対応した」と分析しています。証拠として、江戸時代の出生率の上昇と下降が米価の上昇と下降に連動していることを上げています。以下のページによると新田開発が限界に達し、耕地面積が増えなくなったのがこの時期です。
 農業と人口 ⑥ 江戸時代

また、ジャレド氏は、日本は強固な上意下達型の強固な社会であったので、幕府の方針が全国にいきわたったと分析していますが、最近の江戸時代の研究によると、幕府は絶対的権力で君臨していたのではなく、事前の根回しで各藩が従うかを見極めたうえで命令を出していることから、各藩も幕府と同じ危機感を抱いたからこそこれらの命令が実行されたのではないでしょうか。その他、日本が独自で発達させた森林管理法は、樹木を数十年かけて成長する作物とみなす概念を発達させましたが、この延長として数十年以上先まで考える経済政策を、少なくとも幕府、大名、森林所有者に共有させたのではないでしょうか。分地制限令が1673年に出されていますが、
江戸幕府の法は農民がつくらせた!?分地制限令のページを見る限り、農民も将来を見据えて自制しているように見受けられます。

江戸幕府の法は農民がつくらせた!?分地制限令
 限られた資源の中で、長期的な生活設計を考え、その中で最良の生活をしようとした結果が、資源循環型社会であったのでしょう。そのためにさまざまな資源回収サービスが出現しました。また、江戸内では車で荷物を運ぶことが禁止されていました。これらは、仕事の分け合いとして働き、社会不安の防止に貢献したのでしょう。

 これらから考えると、文明を存続をさせるためには、エネルギー、資源の供給を長期的に予測し、エネルギーの範囲で社会内部での資源の分配を行うことが必要という結論になるでしょう。現代文明はどこまで、これらの視点を持って動いているのでしょうか。

その他の参考文献
槌田敦著書多数
江戸の真実
江戸・キューバに学ぶ”真”の持続型社会


 +  +++    +++++      +++++    +++  +

かなり以前から、循環型社会の理想に近い形として江戸時代を描いてみたいと考えていましたが、この度このサイトの常連の guyver1092さんが独特の切り口で大作を描いて下さいましたので掲載させて頂きました。非常に参考になる内容です。環境負荷が制御不可能なくらいに膨れ上がり、文明崩壊の兆しが至る所に出現している現在、非常に重要な視点です。来る選挙でも本当は、このような視点が非常に大切ですが、残念ながら日本人の一番の関心は経済対策のようです。
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【2012/12/05 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

現代日本人のほうが愚かなようですね。
雑草Z
色々知らなかった事も捕捉されていて読み応えがありました。

>エネルギー、資源の供給を長期的に予測し、エネルギーの範囲で社会内部での資源の分配を行うことが必要という結論

この結論の通りですね。もっと具体的に言えば、供給の長期的予測は安定的なものであって、再生可能なものばかりでの供給であり、右肩上がりではありませんし、あり得ませんね。

意外だったのは、

>暖房も家全体を温める方法から、火鉢で人を温めるようになりました。

の件です。家全体を暖める方式は、現代に現れたしょうもないエネルギー浪費暖房だと思っていました。かつては全館暖房方式だったのが、江戸時代に局所暖房にしたのですね。炬燵もこの頃でしょうか?・・・炬燵は局所暖房として非常に優れていると思います。足元を温める頭寒足熱で理想的です。発熱に電気を使用する事は愚行ですが、炬燵なら電気の使用も認めても良いかと思います。

Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
guyver1092
 化石燃料が枯渇した後は、地球の面積を上限に、森林増加があれば、その間は右肩上がりでしょうが、それ以後は物理的に不可能ですね。
 江戸時代には貨幣経済が農村に浸透するに従い、農民に負担がかかるようになったらしいので(学校の授業でも習った記憶があります)、エネルギー、資源の適正な分配は、プラス金利の貨幣システムでは不可能なのでしょうね(時間がたつにつれ、価値が下がる食料品等と、金利がついて価値が上がる貨幣の価格差を使って収奪されたのでしょう)。
 家全体の暖房は私も知りませんでしたが、46ページ7~8行目に載っていました。炬燵は載っていませんでしたね。どこで読んだか記憶がありませんが、電気炬燵は非常に暖房効率が高いそうです。

Re:Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
雑草Z
日本でも西欧でも、もともと、燃料としての木が不足したから化石燃料、石炭を代替に使ったわけです。燃料としての木から石炭に移行した時期は、現代と比べて人口も一人当たりのエネルギー消費量も数分の一・・ところによっては数百分の一だったでしょうから、現在の人口と一人あたりのエネルギー消費量を維持しながら木を中心としたバイオエネルギーに移行したら、森林が増えたとしても、途端に木は切り倒され尽くして森林は消滅するでしょう。バイオエネルギーへの代替以前に人口とエネルギー消費を桁違いに減らさなければなりません。だから、バイオエネルギーで右肩上がりは実現不可能でしょう。
ジャレド・ダイアモンドは、伐採を減らす事を『消極策』、生産を増やす事を『積極策』・・・と呼んでいますが、『消極策』のほうが大切だと思います。ジャレドは消極策をnegativeと捉えて表現したのでは無く別な単語を用いたのではないかと思いますが、passiveでも受け身過ぎますが・・原書を確認したいものです。

>エネルギー、資源の適正な分配は、プラス金利の貨幣システムでは不可能

ここのところ大切です。以前にも書いて頂きましたが、御説明を宜しくお願いします。

「文明崩壊」の第9章、この前書いた記事【深刻な人口問題】を書く為に前半を読み直しましたが、今回の guyver1092 さんの記事を受けて、後半も読み直しました。細かな忘れていた部分沢山あって新鮮でした(笑)。名著ですので、他の章も読み直ししたいものです。第11章のドミニカ共和国のパラゲール大統領のところが特に気に入っています。

Re:Re:Re:現代日本人のほうが愚かなようですね。
guyver1092
>バイオエネルギーで右肩上がりは実現不可能でしょう。 
 そうですね。現実的には右肩上がりは不可能ですね。できるとしたら、突然人類の人口が千分の一に急減するという事態でもない限り無いでしょうね。

>ここのところ大切です。以前にも書いて頂きましたが、御説明を宜しくお願いします。
 再度説明します。商品は、時間とともに価値が下がりますが(腐る、錆びる等)、お金は預金しておくと、利子がつきます。どちらの状態で持っているほうが有利かは誰でもわかりますね。そして立場の強いものがこの価値の差を利用して、お金を吸い上げています。交換するお金がなくては、お金のないところに資源もエネルギーも配分はされないですね。
 ちなみに歴史的な傾向は、プラス金利の社会では、人々は短期的な戦略をもって行動し、マイナス金利の社会では長期的な戦略をもって行動するそうです。

マイナス金利
雑草Z
 このマイナス金利の社会の事は、以前にguyver1092 さんに御紹介頂き初めて知りました。実験的であれ、半世紀以上前にマイナス金利が試みられた地域がある事も驚きですね。

>立場の強いものがこの価値の差を利用して、お金を吸い上げています。

彼ら、財界の金融業者が金利で儲ける為に経済成長が利用されていますね。経済成長主義の本質はそんな情けないものでしょう。

>歴史的な傾向は、プラス金利の社会では、人々は短期的な戦略をもって行動し、マイナス金利の社会では長期的な戦略をもって行動する

これは理性で考えれば当然の帰着点でしょうね。
 脱成長を主張する私でも、マイナス金利社会は想像しにくいですが、経済成長主義が破綻しようとしている現代でも、実践してみたいものです。

Re:マイナス金利
guyver1092
 物、サービスは実体として存在しており、いわば物理的存在です。お金はいわば約束で、観念的存在です。この約束と、事実としての物、サービスの総量は、現在どんどん乖離が進んでいます。いずれ破たんすると考えます。マイナス金利のお金だけの社会でも、物、サービスの総量と、お金の総額の乖離があれば、やはり最終的には破綻するのではと考えます。だから物、サービスの総量とお金の増額は一致していなければならないと考えます。

 古代エジプトはマイナス金利社会だそうで、古代エジプトの歴史を研究している人に聞けばイメージがつかめるかもしれませんね。ちなみに、江戸時代の日本も部分的にマイナス金利社会なので、ある程度は近いものがあるのではと考えています。もし、江戸時代が完全マイナス金利社会だったとすれば、豪商が発生せず、徳政令を出さずに済んだ社会になっていたのでは?と考えています。

視点を変えてみる必要性。
でなしNo.146
>日本が独自で発達させた森林管理法は、樹木を数十年かけて成長する作物とみなす概念を発達させましたが、この延長として数十年以上先まで考える経済政策を、少なくとも幕府、大名、森林所有者に共有させたのではないでしょうか。


私はこの部分に、非常に共感いたしました。
現代人は、寿命が延びたくせに長期的視野は失ってしまったように感じております。
個人的には、後の世代のことを考えて社会を良くしたいと常々思っています。

たとえば、「新年の目標をたてる」という概念はかなり一般的ですが、「10年後までにどうすればいいのか?」とか、「20年後にはどうするべきか?」といった視点を持っている人は多くはありません。


現代人は原発に代表されるような、驚くほど短期の視点しか持っておらず、そのせいでいろんなものに振り回されているような気もしています。
(原発の使用後燃料の処理や廃炉の管理について話をすると、むしろだから止められないんだとか言う輩がいる始末です。今だけよければいいんですね^^;)


また、江戸時代においては日本国内での資源の枯渇の問題でしたが、現代においては地球規模での資源の枯渇が問題になってきています。
日本国内に関わらず地球規模でものを考えて、案を提示できるような視点も必要になります。

ただ、地球規模と言っても、現在の主権国家体制で言えば各国が適切な対応を取れれば結果として地球規模で問題解決に向かうのかもしれません。
それこそ、幕府、大名、森林所有者の世界バージョンと言った感じですかね。

ただ、そこには「利害関係」などもあるでしょうし、この部分をうまく解決して足並みをそろえることが重要になると思います。

Re:長期的視野
guyver1092
 実は日本という国家は、国家戦略がないそうです。これは日本の国家が、短期的利益を追求していればよい企業に完全に支配され、企業の短期的な視点から国家が運営されているからだと考えています。特に現代の企業の姿勢は、視界に入るものすべてを売り払い、自分の儲けにしようという強欲ぶりですので、そのひとつの現われが原発政策でしょう。
 まして地球規模となると、もう絶望的です。世界の国家を見ても、地球規模での環境破壊に対する対策も、二酸化炭素に矮小化され(二酸化炭素問題も本質からずれており、さらに真犯人は別にいると言うでたらめさ)、本当に削減するならまだしも、二酸化炭素排出権事業という金もうけにすり替わるばかばかしさです。
 地球の物理的制約、エントロピー、エネルギー産出比、エコロジカルフットプリント等の制限基礎におき、真に科学的な経済学を構築し、それに基づき政治を行わなければ、人類は、将来確実に地球規模で文明崩壊を起こすでしょう。

Re:Re:長期的視野
雑草Z
>日本の国家が、短期的利益を追求していればよい企業に完全に支配され、企業の短期的な視点から国家が運営されているから

guyver1092さんの御指摘通りだと思います。そして、国民の多くも短期的利益を追及している状態でしょう。選挙の投票も、短期的に経済的に自分の利益になる党を選択のメインに考えている人が多いように感じます。これが自由経済、資本主義の本質かもしれません。

>人類は、将来確実に地球規模で文明崩壊を起こすでしょう。

現状を見る限り回避は難しいでしょうね。



Re:資本主義
guyver1092
 プラス金利の社会を極限まで追求すると、金融資本主義になるのでしょうね。束ねられる力が過去の文明の何よりも大きく、結果、破壊力が強くなっていますね。人間の短期的利益追求も、ネット取引で買ってすぐ株を売るなどのデイトレードがどんどん増えているようですね。江戸時代の日本とは全く逆の思考方法ですね。
 望みがあるとすれば、環境を破壊しつくす前に、金融資本主義が自壊するぐらいですね。あまり期待できませんが。

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