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2012-10-29 00:01
 家路への夜道、大通りから家へのわき道へ左に曲がって入ると、舗道の左端の道路標識の下に大きな花が視界に入りました。通り過ぎるときに気が付いたので、戻って確認したら、やっぱり鶏頭の花でした。それも舗道の端に置かれたプランターの中ではなく、外側に生えていました。

根性鶏頭1
2012年9月9日(日)夜18時15分頃 撮影↑


後日、9月29日(土)朝7時20分頃 改めて撮影↓ (以下6枚)

根性鶏頭2

根元の生え際を確認したら、アスファルトで舗装された道路と、側溝の側面のコンクリートとの間の僅かの隙間から生えていました。こんな大きな花が、こんな舗装道路の隙間から生えている事に驚きました。↓

根性鶏頭3



根性鶏頭4



根性鶏頭5

今年、家の庭では、春、色々な草花が芽生えた頃、まだ小さくてケイトウと気が付く前に抜いてしまったらしく・・・何となくケイトウかも知れないと思いつつ、ここで抜いても他にも沢山生えてくるだろう・・と楽観視して抜いた記憶があるのです。結局2本しか成長しませんでした。
鶏頭に拘る理由は、一昨年読んだ自然農薬の本に、「鶏頭は、虫を寄せつけない自然農薬の働きがあり、作物と混植すると、虫が付きにくい」・・・等と書いてあったからです。
だから、庭の家庭菜園の畑のところどころに鶏頭の花が咲いている状態にしたかったのです。

 ↓以下2枚は、家の庭の家庭菜園の貴重な2本のケイトウ
  上の1本は、ミニトマト畑の中にあるのですが、
  ミニトマトばかりでなく、バジル、シソに混じって
  頑張っている…ある意味これも「根性鶏頭」
根性鶏頭6


  ↓こちらは、近くに草やネギはあるものの、あまり邪魔な植物はなく、
  すくすく育った。
  地面には、台風で落ちたアイコトマトも見られる。
根性鶏頭7


余談ですが、同様にアサガオも自然農薬の働きがあると書いてあったので、毎年生えてくる紫色のアサガオもあまり抜かずに混植したら、トウモロコシなどに巻きついて、トウモロコシががみんな負けてしまいました(笑)・・昨年はアサガオを巻かせてアイコトマトがやられましたし、アサガオに巻かれると、作物がやられて仕舞う事を身を持って体験致しました(笑)・・・朝顔に限らず、ツタで巻きつく植物は強くて、巻かれた植物はやられて枯れて仕舞う事も多いようです。

  ↓朝顔に巻かれて姿の見えないトウモロコシ
          遡って、9月1日土曜朝6時頃撮影↓
アサガオに巻かれたトウモロコシ


 「根性」と言う言葉は好きではありませんが、世間ではこのように舗装したところに生える植物を「根性○○」と言っていますので、それに習ってタイトルを付けさせて頂きました。この根性鶏頭の種を戴いてきて、庭に蒔こうかと考えています。


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【2012/10/29 00:01】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

鳥のトサカに似ているだけじゃないのですね
アルテミス^^
こんばんは^^

なるほど!
植物の写真だーと思って拝見しておりましたが
自然農薬の働きに得した気分で勉強させていただきました。

畑の脇や道路端に見かけたことがありますがそんな効用があったのですね。てっきり虫が鶏に食べられるのを学習してよりつかなくなったのかな?とも思ってみたり・・・。

改めて自然の逞しさを感じる写真ですね♪
人間としての生き様も照らし合わせることができる一枚だと感じます。

Re:鳥のトサカに似ているだけじゃないのですね
雑草Z
 こんばんは。アルテミスさんならきっとこの記事にコメント下さるだろうと期待していました。
 そうなんですよ。ケイトウは害虫が嫌う成分を分泌するようです。
>てっきり虫が鶏に食べられるのを学習してよりつかなくなったのかな?

そういう部分もあるかも知れませんね。・・ただ、この鶏頭のエキスを絞って作物に振りかけても効果があると描いてあったような記憶です。(件の本が見当たらなくて確認出来ませんが・・)

それにしても、鶏頭が、コンクリートの隙間から伸びてこんなでかい花を咲かせたのには驚きです。植物も過保護に育てない方が逞しく育つのかも知れません。

本文にも描いたように、朝顔を自然農薬の一つですが、巻かれると植物が枯れてしまう事が多いですね。
アルテミスさんは朝顔などのつるに作物をやられた経験はありますか?あけびなどと果物の木を共存させたいと考えているのですが・・・。


アルテミス^^
雑草さん

おはようございます。

<それにしても、鶏頭が、コンクリートの隙間から伸びてこんなでかい花を咲かせたのには驚きです。植物も過保護に育てない方が逞しく育つのかも知れません

ほんとそうかもしれません。雑草の中でも逞しく育った野菜の種なら強いかもとたまに思っちゃいます。

蔓にやられてしまった経験はないですが、プラムの樹につる系の植物が巻きついて成長を阻害されたのはあります。

コンクリートの植物はほんの隙間に根を下ろしあそこまで育ちました。周りに競争植物がないことが唯一の強みですが値を春作業が大変だと感じます。あれだけ大きくなっていれば根も凄く育っているはず!?です。

この写真をみて、人間も植物も適度なストレスが成長には欠かせないのかもしれない・・・。と感じました。

Re:
雑草Z
    アルテミスさん

>プラムの樹につる系の植物が巻きついて成長を阻害された

なるほど、やっぱりそうですか。つる系の植物は、巻かれる植物と共存共栄しているのかな・・・とも思いましたが、巻かれる植物はやはり成長を阻害されるのですね。
 朝顔なんかひ弱そうで、強いトウモロコシもミニトマトも枯らせてしまいました。・・・蔓系の植物は魅力的ですが、要注意でもありますね。

>周りに競争植物がないことが唯一の強み

なるほど、そういう強みはありますね。

>あれだけ大きくなっていれば根も凄く育っているはず

コンクリートの下の土は固められて、栄養分もあまり無いように感じますが、そうでもないのかも知れません。根もしっかり張っているのでしょう。

>人間も植物も適度なストレスが成長には欠かせないのかもしれない

そうですね。過保護は逆にひ弱に育つでしょうね。コンクリートから生えた鶏頭から色々学びますね。

 

ケイトウ
天地 はるな
それにしても、よく育ちましたね、ケイトウ!
いい根性してます( ̄▽ ̄)
ケイトウは、子どもの頃、隣の家の前に咲いていました。
隣だけでなく、いろんなうちの畑の隅っこに生えていました。
仏さんにお供えする花でしたから・・・。
ケイトウ、おしろい花、ノコギリソウ・・・。
昔の懐かしい花です。

アサガオも元気いっぱいですね。
元気過ぎて、トマトに被害が。
( ̄m ̄*)
やっぱり、土がいいのでしょうね。


Re:ケイトウ
雑草Z
    天地 はるなさん

 あんな細い隙間から生えた鶏頭があれだけ大きな花を咲かせた事に驚くと共に感動しました。
 残念ながら今年は同じ場所に鶏頭は生えていませんでした。

>ケイトウは、子どもの頃、隣の家の前に咲いていました。
隣だけでなく、いろんなうちの畑の隅っこに生えていました。

以前私の庭の写真に鶏頭が写っていたのに対して、今でも庭に鶏頭がある事に珍しいとコメント下さったのが印象に残っています。それ以来鶏頭は意識しています。今年は2本しか生えていなくてハラハラです。

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2012-10-23 00:01
昔は、そこら辺の川の水や井戸水を飲まなければならなかったけれど、上水道が引かれて水道の水が飲めるようになりました。そして今ではペットボトルで水が売られています。飲める水を売るだけでお金になります。だから川の水が汚れても平気です。川はどんどん汚れてきました。
 昔は、子供はその辺の木の実を採ったりしておやつにしていたけれど、今ではいろんなお菓子がお店で沢山売られています。だから道端の木の実は必要ありません。どんどん伐採されて、道が拡張され、コンクリートで固められています。
 今は、お金さえあれば色んなものが簡単に手に入るようになりました。経済が成長したおかげさまで、昔は只だった物が、有料になってきています。そのおかげで商売をしてお金を儲けられます。ビジネスチャンスがあちらこちらに転がっています。水も売れます。土も売れます。石も売れます。そのうち空気も売れるでしょう。色んな物がお金になるから、さらにもっと働いてもっとお金を稼げます。そして、もっともっと物を所有できます。物をどんどん所有する為にお金を稼ぐのです。買った物を使う時間がないくらい働いてお金を稼いで物を買います。昔は資産としての価値は無かった物の所有権を現代は主張すればお金を儲けられます。物ではなくて、知的所有権などと言うものもビジネスチャンスです。色んな物に資産価値が付けられます。・・・こうしてもっとどんどん経済は成長します。・・・そしてそこにはビジネスチャンスがあちらこちらに転がっています。そう、新たなビジネスが生まれれば経済は成長するのです。
 ふと気が付くと、様々なビジネスの為にかけがえのない自然が破壊されてしまいました。・・・でも、「災い転じて福となす」です。・・破壊された自然を取り戻す為に環境再生事業をすれば、また儲けられます。ビジネスチャンスです!・・・昔はどこにでもあった里山の風景も今ではすっかり影をひそめてしまった・・・懐かしくて郷愁を誘うから、里山もこれからは十分お金になります。…ビジネスチャンスです!!
昔、只で幾らでも手に入った物が、手に入りにくくなくなったらビジネスチャンス。環境が悪化したらビジネスチャンス。困った事が起こったらビジネスチャンス・・・・。
ビジネスチャンスが多ければそれだけ経済も成長します。一石二鳥です。


以上、現代の経済活動と経済成長の構造をデフォルメして描いてみました。デフォルメとは言いましたが、現代の経済成長主義、ビジネスチャンスの本質だと考えます。上に描いた事以上に崇高な概念など何一つないでしょう。経済成長しなければ、お金はあまり儲けられないけれど、高度経済成長時代以前はお金をあまり使わなくとも暮らせる社会でした。
現代主流の経済成長主義にどっぷりと浸かった人々は、物が溢れ、何でもお金に出来る現代社会を豊かな社会と呼んでいますが、お金が無ければ暮らしていけない社会よりも、有り余る物資やお金が無くても暮らしていける社会のほうがよっぽど豊かな社会と呼ぶのにふさわしいのではないでしょうか。

 勿論、これらのビジネスチャンスには大きな犠牲を伴う事は忘れてはいけません。個人の金儲けの為に、環境に負荷が掛けられ、破壊されていくのですから、こんな事が続く筈もございません。
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【2012/10/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

同感です
アルテミス^^
自然と共にあった時代に育った人と不自然さと共にある時代に育った人とは若干価値観や感性が違うかもしれません。

しかし、日本人のDNAに刻まれた深い部分まで染めることはないと感じます。

なぜなら、現代社会は目に入るものは、さして必要のない情報が多く、多くの人が目を晦まされたり惑わされたりして、自己の本心から欲する情報や気づきに対して中々たどり着きにくいのかな、流されやすいのかな?と感じているからです。

日本だでなく他の国に対しても当てはまりますが、方向性さえ間違えなければ、楽しく、心から豊かになれるのかも?と考える私は平和ボケしているのかな?

貧乏恐怖症
東京珈琲
子供の頃、秋になったら祖父母とその知り合いとで、山に栗拾いに行ってました。その他色んな山菜も山で採っていました。
最近、栗が食べたくてスーパーで値段見たら結構高くて買うのを諦めました。米二キロ買えるやん…と
中国の剥かれている甘栗なんか買いたくも無いし、やはり山で栗を拾えることは幸せなことです。
水だって、水道水なんて不味いから本当は飲みたくないです。市販の水は論外。山で汲んだ水や綺麗な地下水が飲みたいですよ。
だったら山で生活しろ?
誰かが所有しているため、金が要ります。
豊かな貧乏を選択したいけれど、そのためにはお金がいるってひどいです。
みんな、金が、物が欲しい。貧乏恐怖症みたいだ。

足を知る事を知らない

Re:同感です
雑草Z
    アルテミス^^さん

 いつもと違った表現の記事でしたので、受け入れて貰えるかな?と思っていましたが、記事をアップして直ぐコメント頂き、有難う御座います。

>日本人のDNAに刻まれた深い部分まで染めることはないと感じます。

そうかも知れませんが、社会のシステムが経済成長しなければ成り立たないようにえげつなく作られてしまったので、軋轢無く生きるには順応して染まるしかない様な現代社会です。こんなシステムを作り上げたのは、ビジネスチャンスで一攫千金を得、そのお金を死守し、更に増やしたいと考えている強欲な人々です。

>方向性さえ間違えなければ、楽しく、心から豊かになれるのかも?

現在その方向が間違っていて、方向転換しようにも、急流に押し流されている状態ですが、どうしましょうか?

Re:貧乏恐怖症
雑草Z
    東京珈琲さん

>子供の頃、秋になったら祖父母とその知り合いとで、山に栗拾いに行ってました。その他色んな山菜も山で採っていました。

いい経験しましたね。私は家族ではなく、友達と木の実採りをしましたね。初夏には、桑の実採りや山苺採り、蕨採り、秋には栗拾いやあけび採り・・・私は小中学校、高校は岩手県で、通学路でも、桑の実採りや栗拾いが出来ました。・・いい時代でした・・・これぞ豊かな子供時代だったと思います。

>市販の水は論外

前にも記事にしましたが、市販の水は古くなったものが多く、ちょっとした水道水よりも不味い水ばかりです。実際効き水して確かめました。・・あんな不味い水を買うのは、騙されているとしか思えません。

>山で汲んだ水

福島県には美味しい山の清水があちこちに湧いていたのですが・・・原発事故で放射能の危険性が・・・・今度、私が会津の銘水と考えている清水をアイソトープセンターで調べて貰おうと考えています。

>豊かな貧乏を選択したいけれど、そのためにはお金がいるってひどいです。

全く以てその通り。…ビジネスチャンスとばかりに何でもビジネスにしてしまった強欲な人々がそのようなシステムを作ってしまったのです。

>みんな、金が、物が欲しい。貧乏恐怖症みたいだ。

これまた全く以てその通り!・・「貧乏恐怖症」よりもしっくりする表現は、「金欠恐怖症」でしょう。

>足るを知るを知らない

"Never say never" のように上手い言い回しです。
この表現使って行きたいです。



どうしましょう・・・?
アルテミス^^
こんばんは^^

個人的には雑草さんのこの記事の内容。好きですよ♪

<現在その方向が間違っていて、方向転換しようにも、急流に押し流されている状態ですが、どうしましょうか?
ほんとですね。なかなかわかりやすい表現でごもっともと感じた次第です。急流じゃなくて激流かもです。

流されて流されて鮭のように海に出て逞しくなってから遡上しましょうか・・・?それとも流れの上に出てしまいましょうか?

いずれにしても、意識、行動の大転換が必要ということですね。
答えは・・・模索中です。

Re:どうしましょう・・・?
雑草Z
    アルテミス^^さん

 早速のお返事有難う御座います。

>急流じゃなくて激流かもです。

そうですね。その表現のほうがあってるかも。

>流されて流されて鮭のように海に出て逞しくなってから遡上しましょうか・・・?それとも流れの上に出てしまいましょうか?

そうですね。そのように「再生」が利けばいいのですが、
この場合、急流に流されて滝から落ちる先は、川や湖や海ではなくて、地の底です・・・非常に落差の大きい滝は、水も拡散して吹っ飛び、地面に叩きつけられるのです。即ち破滅を意味します。

>答えは・・・模索中です。

そうですね。ここのサイトのテーマですから簡単に答えるのは難しいですね。・・・経済成長を止めてあるレベル以下まで縮小する事が必須条件ですが、その具体的方法が問題です。




経済成長
guyver1092
 昔、経済成長に関する小話の類を読んで、非常に面白かったので、それを紹介します。(概要のみです)

 隣合った二軒の家があり、それぞれ夫婦が住んでいました。彼らは世帯の収入を増やすため、共働きを選択しました。方法は、それぞれの妻が、互いの家の家政婦として就職したのです。確かに世帯の収入は増えましたが支出も増え、可処分所得は増えませんでした。

 これに落ちがついて小話になっているのですが、経済成長の核心をついた話と思います。自給できるものを商品に置き換えるだけで経済は拡大しますが、当たり前に自給できるものまで商品にすることは無駄が拡大しているだけです。まして生存基盤を壊して商品に置き換えるなど狂気の沙汰以外の何物でもありません。

Re:経済成長
雑草Z
 経済成長主義は本当に愚かですね。ブラック・ジョークのような事が沢山まかり通っています。

>それぞれの妻が、互いの家の家政婦として就職したのです。確かに世帯の収入は増えましたが支出も増え、可処分所得は増えませんでした。

このような馬鹿げた事と本質的に変わりのない事が実社会で普通にまかり通っていますね。

>経済成長の核心をついた話

の通りですね。

>生存基盤を壊して商品に置き換えるなど狂気の沙汰以外の何物でもありません。

実際にこんな事がまかり通っているのですから、経済成長主義もどうしようもない末期状態ですね。

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2012-10-17 00:01
~税金の使われ方から増税を考える~

震災復興予算19兆円のとんでもない転用が続々と出て国民の怒りを買っています。コンタクトレンズメーカー・メニコンの岐阜工場の製造ライン増設とか、防衛省が自衛隊輸送機の購入にあてたりとか、アジア太平洋地域などの高校生、大学生を招いての交流会の費用だとか、およそ被災地の復興に直接関係の無いでたらめな事業が5000ほどもあるからです。
とんでもない転用の予算案を出した省庁やそれを容認した財務省の官僚達は
『復興増税法には被災地の復興及び「日本の再生のため」と書いてある。これらは転用ではなく「日本の再生」のために使われたので、問題はない。』などと、しらっと、答えて居直っています。このように酷い復興予算を、恥ずかしくもなく要求して、平然としている官僚達が予算を編成しているのですから、日本の税制は出鱈目もいいところでしょう。このままではこの手の官僚達に日本は潰されてしまうでしょう。
震災の復興には、それでなくとも膨大な費用がかかるのに、「経済活性化」、「日本の再生」のためと言う建前のもと、大企業などに儲けさせる為に予算を転用しているのです。
税金を大量に投入する場所に利権が発生し、そこに大企業が群がって、税金を貪る・・・という構造です。各省庁は、どさくさに紛れて災害復興予算を要求し、それぞれの利権団体にばら撒いているのです。今回のとんでも復興予算は、完全に本末転倒してしまって、明らかに被災者以外の人々の利権を作り出しているのです。
これらの震災復興予算の出鱈目な使い途は、国民の大きな怒りを買っていますが、実はこれが現代日本の税金の使われ方の典型例でしょう。つまり、本来の目的の為の費用に何倍も上乗せして、予算を請求し、景気対策と称して、大企業などに税金がばら撒かれているのです。増税によって、パーキンソンの法則よろしく、各省庁の下部組織やわけのわからない法人もどんどん増え、その組織の維持の為にまた税金を増やすと言うスパイラルを作りだしています。
小さな政府のほうが、必ずしも理想だとは思いませんが、現在の日本政府の税の使い方を見る限り、小さな政府のほうが遥かにましだと思うのは私だけではないでしょう。
税金を投入されるから、不要な産業が作られ巨大化されていくのです。その典型例が原発です。税金の投入が無ければ、原発は日本に出来る事は無かったでしょう。そしてこれからでも、税金の投入を止めれば、原発を維持する事は困難になり止めざるを得なくなるでしょう。原発だけではありません。不要な道路、ダム、護岸工事のような仕事が税金の投入によって成り立っているのです。つまり、税金によって必要のない産業が支えられているのです。
これらの不必要な産業は、不必要なだけではなく、税金の投入によって、環境に大きく負荷を掛けて環境破壊を産み出し、文明を崩壊に導いているのです。
現在の利権構造のままで増税すれば、税金は本来の目的以上に利権団体の組織拡大や大企業、グローバル企業の為に使われる事でしょう。税金が強者の経済の膨張の為に使われるのです。膨らみ過ぎた経済を縮小する為には、税金も縮小しなければなりません。だから消費税増税なんて以ての外です。その意味で増税に反対します。増税どころか、減税をして、経済の縮小化を図る事が、現在の日本に必要な事でしょう。
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【2012/10/17 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

予算編成
guyver1092
 官僚組織の目的は、経済成長をさせ、日本を豊かにすることでした。ただこの政策が日本人の幸福増進に役立っていたのは1960年代まででしょう。それ以後は、経済成長させること自体が目的となり、不幸な日本人が次第に増える結果となっています。これからは経済成長を目指せば目指すほど日本により大きな不幸が訪れるでしょう。
 官僚組織と官僚に経済成長政策を取らせる勢力は、文明崩壊を目指す推進力です。(彼らのつもりは幸福を目指しているのでしょうが) 文明の暴走とは、止められないから暴走というそうですが、国民の運動でこれらを止めることが出来れば、まだ、現代文明は暴走していないと言えるかもしれませんね。

Re:予算編成
雑草Z
>それ以後は、経済成長させること自体が目的となり、不幸な日本人が次第に増える結果となっています。

経済成長しないと破綻する経済の仕組みを作ってしまって、それに縛られている現在社会は、昔の様々な迷信よりも遥かに愚かだと思います。

>これからは経済成長を目指せば目指すほど日本により大きな不幸が訪れるでしょう。

何故、こんな簡単な事に多くの人が気が付かないのでしょうか?・・・経済成長は、現代の「迷信」ですね。


>国民の運動でこれらを止めることが出来れば、まだ、現代文明は暴走していないと言えるかもしれませんね。

難しい事ですが、そこに希望を見出せればいいですね。


宗門人別改め帖in土建業
環境大学新聞
94年春から上場ゼネコン等の防水元請会社の営業として若宮桃園信濃守太子家
第41代目糸屋葛野守太子大里陛下(若宮、主権者/太子大里=身分、日本皇族=民族/昭和37年生)
待機電力の削減やマテリアル・リサイクルに産業廃棄物の削減に依る
現場利潤の向上と温室効果ガス(CO2ナド)削減や
公共工事以外では大型開発工事でも御座成な契約現場への施工要領書の提出に
下請(会社・個人事業主)に対する注文書(請書)の発行と受取に下ずく出来高査定支払に
注文書(請書)の発行と受取や基本取引契約書の締結に下ずく出来高査定支払に出面月極支払
契約現場などで職長間や作業員の労務請負常用(日雇)雇用
(日本の建設現場で現実的なワークシェアー)
躯体(設備)工事からサッシ(ガラス)、左官、タイル・塗装、防水工事迄の一体化と標準化に取組

94年晩秋頃には柏市教育委員会後援の下に環境大学新聞頒布地域限定で開講した=森の講座=で
東京水産試験場の加藤氏や自然環境研究センターの千石氏と
博士山ブナを守る会々長の菅家氏に由る記念講座から受講されている
省庁に都と皇宮や赤旗・聖教・リビングの代表や宗教から上場ゼネコン等の代表と
行幸された数カ国の大里と2人の内裏(内親王皇后)と長王子と
天皇、皇長子、皇太子(長皇子)、親王、内親王と王、王子と
2人の皇后(日本民族、地士ト平民)、后(日本民族以外、平民以上)、皇爵士(日本民族以外、平民以上)、
妃(日本民族等、平民以上)、爵士(日本民族以外、平民以上)や
北朝鮮、大韓民国、台湾を除く外国々家代表(提督、大統領、議長、主席ナド国家元首=主権者)等や
全権特命大使や全権特命公使に総領事等と大使館付部隊長、駐在武官に在日米軍、在韓米軍、GHQ司令官等

1人の賤民内親王(賤民日本皇族=民族)、
皇太子賤民妃(賤民朝鮮籍=民族身分)1人、賤民妃(賤民朝鮮籍=同)1人に

企画委員会事務局長として特別講座で
北朝鮮、大韓民国、台湾を除く発券銀行、再保険会社等の外国金融機関と東京支店や
ILO、労働基準監督署、労政事務所等と取組み杉並区で扱った行倒保護の手法や
連鎖倒産防止問題と不正競争防止問題等と
糸屋(呉服)の売出の件に糸屋安全衛生協議会の発足に伴う祭事(催事)の件と
ISO9000問題に建設現場で取組でいる問題等を話た事も有
上場/大手建設会社は下より上場/大手設計会社や上場/大手開発会社に国・地方・公団と
大韓民国、台湾を除く外国施設(大使館・基地)からISO認定機関まで
会計方法等の手法を含め直接・間接の特許の認識と確認や検証と確立が出来上っていて

94年春頃から糸屋が飛地領主として企画委員会、実行委員会事務局長として
又、荘園時代から代々守る草薙の剣等からジューネーブ条約等に
葛野藩家訓律令・法度、天皇家法度、親王家(分家)法度、国際庄屋組法度、国別5人組法度、
庄屋組法度、5人組法度、海外5人組法度、国際5人組法度等から皇室典範等に下ずき

若宮様、(若子様)、御子様・皇子様ご誕生に礼式に合せて明治以前に組織した
葛野藩国際庄屋組講は環境大学新聞と森の講座の企画委員会と実行委員会事務局として
国別5人組講と庄屋組、5人組、海外5人組は
維新後直に結成した庄屋組講・5人組講と海外5人組講を兼務して国際5人組講と共に
環境大学新聞と森の講座の企画委員会と実行委員会として
読者等で組織した環境大学新聞企画森の講座実行委員会とは別に
94年春頃から松戸市等で発刊した環境大学新聞は96年晩秋頃には3万6千部に成っていました。



昭和20年迄は日本の戸籍、旅券も国際標準で民族・身分欄が有
君主国家に相応しく
昭和22年迄は主権者(皇族や国家元首/皇太子賤民妃等を除く)に対する罪(大逆・不敬)も
有ったのを憶ていますか。


天皇陛下は世界中の主権者(若宮ト大里ト王や提督、大統領ナド国家元首)は権利として
兵役義務の有る国は兵役と納税義務等の義務有る市民は義務として
献血、臍帯血を行った人々の功績に藍綬褒章を叙されのは
明治元年から変っていず
其の後独立した国々の主権者(議長、主席ナド)も良く知っているのを御存知ですか。


=民族に平民以上か移民と賤民、賤民朝鮮籍等が分無い国は存在しない筈です=

Re: 宗門人別改め帖in土建業
雑草Z
    環境大学新聞 さん

 この記事に対して何を言いたいのか分かりません。ただのスパムコメントと言う認識です。少し前の記事に、別名で同じようなコメントを貼り付けましたね。記事の内容に対するコメントで無いようなので削除しましたが、記事の内容に関係のあるのならご説明を。
当方がまともと考える理由が無ければまた削除するかも知れません。


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2012-10-11 00:01
 東日本大震災から1年以上を経て、大飯原発の再稼働や大間原発の再着工をはじめとして、原発の再稼働、再着工の話があちこちで議論されています。この国では、いまだに理不尽この上ない事が行われようとしています。
  さて、これら再稼働、再着工の是非の議論の中心となる論点は、「安全か?」と言う事です。そして、この「安全」はかなり「狭義」の意味です。即ち、稼働しているときに大地震などが起こっても安全か・・と言った意味に絞られていると言う事です。
原発の是非論議は、福島第一原発事故を受けて、稼働期間中に事故を起こさないように安全対策が為されているかどうかに論点が矮小化されているといつも感じます。・・その論点も大切ではあるけれど、その論点では、稼働期間中の安全対策が万全ならば(・・『万全』はあり得ませんが・・・)稼働していい・・・と言う事に繋がって危険です。
原発に反対する為にもっと先に主張すべき事は、使用済み核燃料等、放射性廃棄物の問題でしょう。・・放射性廃棄物の無放射化は、時間しか解決策はなく、その時間は人間の歴史に比して半永久的である事・・・即ち、放射性廃棄物は半永久的に放射線を放出し続ける事・・・この一点のみでも、原発は即刻中止すべきものである事は明らかです。
 そして、被曝労働の問題・・・被曝の犠牲になる者がいなければ、1日たりとも稼働できない事実・・このことだけでも、原発は稼働すべきでない事は明らかです。
以上2点をもっと前面に押し出して、再稼働反対、再着工反対を主張すべきだと感じています。
 いつも原発の是非の討論会等を見て歯がゆく感じる事は、稼働期間中の地震などへの安全対策の議論が先で、現状では安全でないから、どこまで安全対策しなければ再稼働を許せないとか・・そんな事が議論の中心になっている事です。そして、放射性廃棄物の問題と、被曝労働の問題は議論の中心になる事はあまりありません。
 あらゆる角度から原発に反対する事は大切ですが、昨今の原発是非論議は、安全対策ばかりが論議の中心になっています。もっともっと、放射性廃棄物の問題と被曝労働の問題を取り上げて論議の中心に据えて、原発の負の面を浮き彫りにするべきです。
原子力村のメンバーが過半数を占める「とんでも原子力規制委員会」がまともに機能する事は期待出来る筈もありませんが、「原子力安全委員会」が廃止され、「原子力規制委員会」へ移行したのですから、「安全論議」もひとまず置いて、先ず、「規制」する事でしょう。即ち、「放射性廃棄物の無放射化」が出来るまで、そして、誰一人として被曝労働する必要がなくなるまで、原発再稼働と再着工は凍結すべきである事は当然の帰着点でしょう。そして、結局無放射化も被曝労働を無くす事は(・・少なくとも当分の間は・・・)不可能なので、再稼働も再着工もあり得ないという結論になるのです。
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【2012/10/11 00:01】 | 原子力 トラックバック(0) |

議論
guyver1092
 この方針に賛同します。論点をずらし、矮小化するという手法は原子力邑と言うよりは、国家の常套手段ですね。この手に引っかかると、小手先のどうでもよい手法についての無意味な議論になってしまうというのがこれまでの原子力に対する論争と言う気がします。
 使用済み核燃料については、最近、日本学術会議が地層処分につき見直しを提言しました。理性的に考えて当然です。また、福島事故終息のため、被曝が限度を超える人が続出しているそうです。これらの推進側にとって最も痛いところから攻めるのが一番大切なことと考えます。というか、ここを一点取っはすることが未だ物の解っていない層を啓蒙する有力な手段と考えます。

Re:議論
雑草Z
 コメント、お待ちしておりました。guyver1092さんから1週間以上コメントを頂かないと、不安になりますね。(笑)

>この手に引っかかると、小手先のどうでもよい手法についての無意味な議論になってしまうというのがこれまでの原子力に対する論争

そうですね。今でも原子力ムラはこの手法を盛んに行っていますね。安全対策をして再稼働と言う流れを作ろうとしています。・・・更に杜撰にも、安全対策を将来的にするからと約束して、対策前に再稼働と言う掟破りも平気で行っています。
いまだに原発論議が歯がゆいのは、安全対策で堂々巡りの議論になってしまっているからですね。やはり、
放射性廃棄物の問題と被曝労働の問題
で、攻めるべきでしょう。

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2012-10-05 00:12
 日本でエネルギー政策や経済、産業を論ずるときに必ずと言っていいほどに出てくる決まり文句が「日本は資源の乏しい国」と言う言葉です。この命題の為に、日本は、資源を輸入し続けなければならず、シーレーンの確保が大切だとか、エネルギー安全保障上、原発は必要だとかの(お門違いの)主張がまかり通っています。(原子力の「少ない燃料で多くのエネルギーを作りだす国産エネルギー」と言うプロパガンダは、ウラン採掘や製錬から始まるライフサイクルを無視した騙しです。原発の燃料のウランも輸入に頼っているので、「純国産エネルギー」にはなり得ません。核燃料サイクルのように、とっくに破たんしているたわごとです。)さらには、だから世界はグローバル化は必要不可欠だと言う議論にまで発展しています。

これは誰がいつ頃言いだした言葉なのでしょうか?
先ず、「日本が資源に乏しい国」と言われる場合、この「資源」とは、一般に埋蔵されている地下資源を指しています。第二次世界大戦に突入した1940年頃には既に鉄鉱石も石油も大部分を輸入していたのですから、それ以前から言われていた事は確実でしょうが、鎖国していた江戸時代には全て地下資源は自給していました。それどころか、かつては「資源の博物館」「鉱物の標本室」等と呼ばれるほど地下資源が豊富な国と言う認識をされていました。明治時代になっても石炭も十分にあり、輸入の必要はありませんでした。だから日本が「資源の乏しい国」と言われるようになったのは、日本が工業国と呼ばれるようになって、産業構造が転換され、石炭に代わって石油が使われるようになった頃からでしょうか?経済を成長させる為に、資源を輸入して工業製品を作る「加工貿易」を国策にしたあたりからでしょうか?工業優先政策の為に日本の農業は犠牲になり衰退して、食料自給率も低くなっていきます。コスト面から利用出来る地下資源が乏しくなった・・と言う事も事実でしょうが、これ以降、「資源の乏しい国日本」と言うフレーズは、工業優先の国策の正当化の為のスローガンのようになってきたのではないでしょうか?

ここで、日本は、本当に資源の乏しい国なのかと考えれば、石油や鉄鉱石やレアアースなど現在の工業の構造、規模で考えれば地下資源は不足していると言っているに過ぎません。
どんどん他国の資源を輸入した結果、そのような産業構造になってしまい、ますます他国の資源が必要になってきたのでしょう。
 しかし最近は、日本周辺の海底にメタンハイドレートやレアメタルなど、膨大な地下資源が眠っている事が分かって来ました。都市鉱山と言う家電製品などのゴミの中に金や銀、レアメタルなど莫大な資源があるとも言われています。無尽蔵に近い地熱エネルギーもあります。・・これらの理由から、今や日本は資源大国だと言う主張もされるようになりました。その主張には『理』がありますから、日本はもはや資源に乏しい国とは言えないでしょう。しかしここではそんなありふれた議論をする積りは毛頭ありません。
 地下資源が日本海に大量に埋蔵されていても、地下資源は掘り続けていればいつかは枯渇します。それ以上に地下資源を掘るときには環境の破壊が起こります。当然深い海底を掘削すれば、深刻な環境汚染が起こるでしょう。・・ならば都市鉱山をフル活用して、リサイクルを徹底すればよい・・となりましょうが、リサイクルにもエネルギーは必要ですし、リサイクルの過程で品質低下や資源の減少も起こるでしょう。(100%リサイクルは不可能です。)
都市鉱山や海洋資源などを考えなくても、雨の多い日本は、植物も多く、再生可能な資源も多いのです。だから江戸時代はそれなりに豊かな暮らしが出来ました。・・現在のほうが豊かだとは思えません。・明治維新以降、工業化を押し進めて、経済の為にエネルギーをはじめとする資源の消費を増やし「加工貿易」を確立し、右肩上がりの経済成長を保とうとして来たからこそ、「資源の乏しい日本」と言うキャッチフレーズが必要だったのではないでしょうか?
しかし、「資源が乏しいから加工貿易」と言う発想はかなり短絡的過ぎましょう。仮に資源が乏しいのなら、「如何に資源を使わずに豊かになれるか」を考えればいいのです。それが本当の人間の英知と言うものでしょう。否、資源があろうが無かろうが、物やエネルギーを沢山消費しなければ豊かになれない・・・という発想そのものが貧し過ぎます。物は 生物学的に必要な量+α 消費される訳ですが、その+αの部分を異常に膨らませ過ぎました。その浪費の為に、よその国から資源を持ってくると言う発想こそ危険です。植民地主義の流れを汲んでいるとも言えましょう。「新興国」なんて言葉が生まれた現在、殆どの国が資源を全て自給自足しようとは考えず、多くを他国から取ろうとしています。資源の奪い合いこそが最もシビアな国際問題、戦争の主因です。
 「資源の乏しい日本」と言うキャッチフレーズから、そんな資源の略奪を連想するのは私だけではないでしょう。その意味でもこのキャッチフレーズは、浪費型経済成長主義の典型的な刷り込みに他ならないでしょう。
真のエネルギー問題】にも描いたように、本当のエネルギー問題は、膨らみ過ぎたエネルギーの消費(浪費)です。真の解決法は、代替エネルギーの開発よりも、エネルギーを使わない社会にシフトしていく事です。エネルギー資源に限らず、一般に資源は自給自足を原則にすべきでしょう。足りない資源はよその国から持ってくるのではなく、使わないか、自国で賄える資源で代用する事を考えるべきです。「使わない」と言う選択こそ賢いと言えましょう。
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【2012/10/05 00:12】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

文明の形
guyver1092
 拡大再生産文明を真の文明と定義すれば、確かに日本は資源小国でしょうが・・・ この形の文明は、偽物の文明です。これを真の文明と主張する者は、バイオスフィア水槽を使い、この水槽を壊さず、ミジンコの数を無限に増やせることを証明しなければなりません。ミジンコにも体積はあります。水槽も当然あります。算数が出来る人間なら、このような馬鹿な主張はしないはずですが。
 真の文明は、更新世資源を更新世資源として使いながら(現在のように消耗品として扱わずに)永続できる文明でしょうね。

危ない橋
みしぇぽん
雑草さんのご指摘どおり、無理に無理をかさねて過度な化石燃料に依存して抜き差しならなくなった社会は、やみくもに成長経済で打開しようと迷走し、資源の獲得で紛争・内乱・戦争を誘発していきます。誤解を恐れずに言えばふかしすぎたエンジンを冷やそうと気がついてもすでに社会システムは自由と民主主義の強固な土台に築かれた砦に政治は身動きできないどころか、改革をとりつくろうとフクシマ後に見られるようにウソの上塗りで自らが自らを取り繕ってゆくのです。
とくに戦争など環境破壊の最たるもので、エコエコなどとうかれている間にすべてのケンゼンなシステムは破壊されてゆくでしょう。そして、その紛争なり戦争の遠因の加担者は、武器商人や利権家だけではなく、便利さを享受して後もどりできなくなっている地球市民なのです。

追記
近隣国とのマサツを演出しているのは、原子力ムラの連中でしょう。フクシマでケチョンケチョンにばかにされてしまった彼らのしぶとい反撃が開始されているのです。仮想敵国との擬似戦争を演出して、脱原発勢力の追撃を粉砕しようと画策しているのです。恐ろしいことです。

Re:文明の形
雑草Z
> 拡大再生産文明

なんてものがまかり通るだけで、現代文明は十分に病んでいますね。

>これを真の文明と主張する者は、バイオスフィア水槽を使い、この水槽を壊さず、ミジンコの数を無限に増やせることを証明しなければなりません。

「暴走する文明」に書いてありましたが、地球上に人口はいくらでも住める・・・なんて主張した輩もいましたね。そんな事を平気で言う学者がいて、それを支持する人々がいて・・・本当に現代人の多くはどこかねじが外れています。

>更新世資源を更新世資源として使いながら(現在のように消耗品として扱わずに)永続できる文明

その為には、やはり経済縮小が必要ですね。現在でも過剰レベルの経済規模です。経済を最優先する事は危険過ぎますね。文明の存亡をかけてまで経済を優先する現代社会は、狂気の沙汰です。

Re:危ない橋
雑草Z
    みしぇぽんさん

またコメント有難う御座います。

>誤解を恐れずに言えば

誤解どころか、本質を突いた素晴らしい比喩です。

>ふかしすぎたエンジンを冷やそうと気がついてもすでに社会システムは自由と民主主義の強固な土台に築かれた砦に政治は身動きできないどころか、改革をとりつくろうとフクシマ後に見られるようにウソの上塗りで自らが自らを取り繕ってゆくのです。

全くこの比喩の通りだと思います。お見事な比喩です。

>近隣国とのマサツを演出しているのは、原子力ムラの連中でしょう。フクシマでケチョンケチョンにばかにされてしまった彼らのしぶとい反撃が開始されているのです。

>仮想敵国との擬似戦争を演出して、脱原発勢力の追撃を粉砕しようと画策しているのです。恐ろしいことです。

なるほど、鋭い御指摘です。それなら問題の発端が石原東京都知事から・・と言うのも繋がりますね。日本には原発があちこちにあるので、核爆弾を持たずとも、核攻撃の危機にさらされています。それも、原発よりも何倍もの威力があります。今更核弾頭など役に立たないでしょうし・・。

エリートの喪失感
みしぇぽん
私が言う原子力ムラというのは東電・原発産業・官僚・政治家を取り巻く連中のみではなく、原発を暗に推進してきた大学、マスコミ、大半の国民のことです。
その原子力ムラを大雑把に現代の知的エリートということにします。今回の原発大事故でその知的エリート層の精神的喪失感は大変なものなのです。
そのよたよたした精神的不安は社会の到る所に、いろんな軋轢となって混乱を引き起こしているのです。
彼らは、その劣勢をなんとしても挽回しなくてはならないのです。その体現が、ナショナリズムを刺激して自己を建て直し、また、一気に脱原発運動をも粉砕しようとしているのです。
雑草さんのように長年反原発の論陣を張ってきた方には信じられないかもしれませんが、日本の半分が知的エリート層として戸惑っているのです。そこにつけこんでいるのが、対外敵をつくって、精神浄化を図ろうとしているのです。非常に危ない状況なのです。
もちろん、私は、もともと知的エリートではないし、国民の後の半分の脱原発に立っております。

Re:エリートの喪失感
雑草Z
    みしぇぽんさん

 当方が guyver1092 さんと みしぇぽんさんにした先の2つのお返事(10月8日付)は、ちょっとずれていましたね。すみません。

>原発を暗に推進してきた大学、マスコミ、大半の国民のことです。

ここまで「原子力ムラ」に含めますか!?・・・責任の所在が曖昧になりそうです・だから事故以来今まで誰一人として罰せられていないと言えますね。確かに彼らも原子力ムラの周辺住人と言えそうです。

>その原子力ムラを大雑把に現代の知的エリートということにします。

これは、皮肉でしょうか?・・ただ長いものに巻かれていた理性の無い人々とも言えそうですが・・。彼等を「現代の知的エリートとするのなら、人類はかなりの愚か者ですね。

>日本の半分が知的エリート層として戸惑っているのです。

そう言われても、確かに私は信じられません。・・そんな馬鹿な・・・と言いたいところですが、このみしぇぽんさんのコメントを読むと、妙に説得力があり「さも有りなん・・」と思えてしまう部分もあります。みしぇぽんさんのほうが、人間に対する洞察が深いのかも知れません。

みしぇぽん さんのこのコメントは何度も読み返して解釈を試みましたが、みしぇぽんさんのおっしゃるところの
>知的エリート

とは、似非知的階級を皮肉った表現と考えていいかそうでないかの判断がつきません。

この辺り、guyver1092さんの見解もお聞きしたいところです。

みしぇぽんさんのコメントには、いつも考えさせられます。

 

訂正します
みしぇぽん
知的エリート層、のくくりは、間違っているし、はしょりすぎました。当方、自称詩人で論理的なものいいが不得手なのです。知的大衆、とでもいったらいいいかもですが、ちょっとすっくりきません。3.11後のこのクニをおおっている精神風土(病み)にはまた、べつの角度からなされるものでしょう。また、ときどき寄らせていただきます。

Re:訂正します
雑草Z
 知的エリート層、のくくりは、確かに説明ははしょり過ぎだったかも知れませんが、みしぇぽんさんには一定の想定があったのだと思います。その表現も「あり」かと思いました。

>当方、自称詩人で論理的なものいいが不得手

私は、みしぇぽんさんは、理系の方かと感じていました。直観による洞察は鋭く、ユニークで、書き込みは興味深く、参考になっています。もっと色々コミュニケーションしたいと感じております。


××××   ××××   ××××    ××××

みしぇぽんさんからここのサイトに最初に頂いたコメントは、
記事【エネルギーの枯渇以前に起こるべく問題】に頂いた、

>過剰な自動車は原発に匹敵する危機ではないでしょうか。

と言うものでした。かなり共感出来るインパクトのあるコメントでした。そこで、2回目のコメントのお返事にさらにお返事頂けなかったのが残念でしたが、再度、いい方を変えてお聞き致します。
 みしぇぽんさんも、経済成長主義が諸悪の根源だとお考えではないでしょうか?・・即ち、私やguyver1092さんなどと同様に、脱(経済)成長主義者ではありませんか?

お返事頂ける事を期待しています。



もちろん脱成長です
みしぇぽん
「いまが一番いい時かもしれません」

これは、槌田敦先生からちょっとした立ち話でお聞かせいただいた言葉です。
当方、あつかましくも文系くずれ(とくに3.11後の状況は、文系か理系か言っていられない)でも槌田敦さんを勉強しており一度だけ少しお会いしました。

さて、もちろん脱成長すべきです。
これから社会にはエネルギー制約が色んなかたちでどんどんやってくるだろうし、縮小経済を意図していけば破滅的な崩壊を緩和していける唯一の方法となるでしょう。
またはしょりますが、それが簡単ではないというのが私の結論です(脱原発はただちに政策決定すべきです)。
たぶん、社会はそのつどの内部崩壊を改革といって取り繕っていくぐらいしかできないでしょう。それは、経済恐慌や内紛、内乱、戦争などを結果していくでしょう。
雑草さんのしたたかな論調は、そういう社会に確実に警鐘をならしつづけております。敬意を表します。
感覚でしか、語れません。お許しを。

追記
はっきり言ってはいけないのですが、もったいない学会の主宰者は、どうも石油業界の利権代弁の深謀遠慮のような感じがしています。それも感覚ですので、間違っているかもしれません。

また、以下の本を最近読んで参考になりました。温暖化説の下りは捨象しても、今後人類が遭遇するだろう危機に対して諦めない技術者の熱意を感じました。
岩波新書新赤版 
『適正技術と代替社会』  ―― インドネシアでの実践から ―田中直著


Re:もちろん脱成長です
雑草Z
    みしぇぽんさん

 期待していたお答えを戴き、嬉しく思います。
ここのサイトの大きな柱は脱成長です。

>社会にはエネルギー制約が色んなかたちでどんどんやってくるだろうし

私は、エネルギー制約より先に廃棄物の制約、環境負荷の制約のほうがやって来ると考えています。エネルギー枯渇が近づくまで経済を成長させたら取り返しがつかなくなるでしょう。(・・既に取り返しがつかない状態ですが・・)

>はしょりますが、それが簡単ではないというのが私の結論です

みしぇぽんさんは、これからも是非、直感を大切にされてはしょって論じて下さい。もしもご説明願いたいときには、その旨書きます。
さて、私もそれは簡単でないと思います。・・はっきり言ってソフトランディングは無理だと考えています。ハードランディングの衝撃をどれだけ抑えられるかだと考えています。
この事に関して、以前(原発震災前)記事を書いていますので、宜しければそこにみしぇぽんさんの見解をコメント頂ければ幸いです。
【降り方を考える】2010-08-13
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-521.html


>社会はそのつどの内部崩壊を改革といって取り繕っていくぐらいしかできないでしょう。

「内部崩壊を『改革』と言って取り繕う」ですか!・・・なるほど、鋭い御指摘です。既に世界中でその兆候が現れていますね。

>それは、経済恐慌や内紛、内乱、戦争などを結果していくでしょう。

これも、もう世界中で兆候が出ていますね。そして、もっともっと深刻な状況になっていくでしょうね。1930年代の世界大恐慌なんて生易しいものではないでしょう。・・・現在は、環境負荷の大きさ、深刻さが桁違いです。リーマンショックなどは、ほんの兆候に過ぎないでしょうね。

>感覚でしか、語れません。

私は、一応理系ですが、感覚で語る方が好きです。理詰めで説明するのは面倒ですし、経済成長が、危険な事で、文明崩壊に繋がると言う事を、理詰めで証明しなければ納得しないような輩(・・「馬鹿」と言いたいところですが・・)と議論するのは脱力です。その意味でもみしぇぽんさんが感覚で論じて下さる事は歓迎です。(・・決して誰でも「感覚」で論じてくる事を歓迎するものでは御座いません。)

>もったいない学会の主宰者は、どうも石油業界の利権代弁のような感じがしています。

御見解、有難う御座います。もったいない学会 に関しては今までは肯定的に捉えておりました。理事会メンバーに東電の社員も名を連ねているので胡散臭い部分はありますね・・・ただ、よく知りませんので、自分の見解は出せません。アドバイスとして心しておきます。

ついでですが、「もったいない学会」といつも混同するのが、「使い捨て時代を考える会」なのですが、こちらは槌田敦さんの弟の劭さんが主宰しています。まともな素晴らしい会だと考えています。


>今後人類が遭遇するだろう危機に対して諦めない技術者の熱意

それは魅かれるものがありますね。

>『適正技術と代替社会』  ―― インドネシアでの実践から ―田中直著

は、是非読んでみたいと思います。ご紹介感謝致します。

これからも宜しくお願い致します。

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