-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2011-04-29 00:02
福島原発の事故を受けて、原発の是非を問う論議が盛んになってきました。当方はこの事故のずっと以前より一貫して原発撤廃論者ですが、原発の是非論議が、原発推進派や彼らに洗脳されてきた人々(マスコミも含む)によって、意図的に、若しくは無知によって変な方向へ進められようとしていると感じています。それは今に始まったことではなく、原発の導入が始まってからずっと原発推進派はまともな議論を避けて誤魔化してきました。そして現在も同じ手法で乗り切ろうとしているようです。しかし、今回はそうやって誤魔化されるわけにはいきません。今回の福島原発の事故を受けて、大衆の多くもそのまやかしに気付いてきました。

推進派は、事故が起こってしまった事について、「想定外」とか「1000年に一度」とか言う言葉で、逃げ切ろうと躍起になっていますが、安全神話は完全に崩壊したと言っていいでしょう。一つ覚えの九官鳥の如く、「事故は起こらない」と言い続けて来たのだし、事故が起こることを想定せずに対策も練っていなかった・・という大失態を見せたのですから。

「反原発は宗教だ」・・と言うような事を主張している連中がいるようですから呆れます。これは、「原発安全神話は宗教である」・・と攻撃されてきたのを逆手にとっているのでしょう。「宗教的」という表現自体は、特に肯定的な意味も否定的な意味も無いでしょうが、安全神話が「宗教的だ」と言われる場合は勿論否定的な意味合いです。「神話」という言葉で語られる理由は、盲目的に言っているからでしょうし、逆説的な意味もあるでしょう。原発の安全神話は、危険性の裏返しである事は明白です。あまりにも危険である為に「絶対安全だ」と言い張る様は、カルト宗教に似ていると言えましょう。しかし今回の福島原発事故で、案の定、安全神話は完全に崩壊しました。原発自体何のメリットもないのに、推進派によって強力に有無を言わさず推進されてきましたから、原発を推進する行為自体が、カルトと表現出来るでしょう。
 それに対して「反原発は宗教だ」という主張は、何を根拠に言っているのでしょうか?脱原発は非常に理性的な当然の帰着点です。科学的にも理に適っています。だから反原発はカルト呼ばわりされる所以は全くありません。その根拠はカテゴリー【原子力】に色々な視点から書いてきました。
原発の代替案もないのに、原発廃止を訴えることは無責任だ。電気を使っているのに反原発を主張するのはおかしい・・・とでも言いたいようです。・・そんな初歩的な事しか言えない原発推進派は山ほどいますが、彼等は原発カルトに洗脳されていると言えましょう。その主張は浅はか過ぎますから簡単に反論出来ます。先ず、原発に代替案は必要ありません。【原発に代替案は必要か?】に書いたように、原発をやればやるほど、他のエネルギーの浪費にも繋がるからです。だから早急に止めた方がエネルギーを節約出来、発電だって、原発がないほうが沢山出来るのです。・
 原発に反対するなら電気を使うな・・・と言う稚拙な主張に対しては、原発の防護壁以上の何重もの構造で反論出来ましょう。先ず、反原発派は原発以外の方法で発電した電気を使いたいのに、無理に原発で電気を作っておいて、他の発電方法の電力と混ぜ合わせてしまって電気を使うなと言う論法自体破綻しています。仮にその破綻した論法を受け入れたとしても大したことではありません。今現在の日本の原発の発電量は高々30%程度です。日本人の平均の電力使用量の70%程度で生活すればいいだけで、それは難しいことではありません。(勿論、家庭で消費する電力だけではなく、電車に乗ったり、電気を使って生産したものを消費する分も考慮に入れてです。)何故ならその30%はもともと必要無い、浪費の分だからです。不幸中の幸いにも、フランスと違って、日本の原発依存率は脱原発に殆ど支障が無い程度なのです。浪費を止めれば、30%削減どころか、50%削減も全然困難なことではないでしょう。差し当たって、電気エネルギーの最も愚かな使い方・・・調理や暖房など発熱に使う事を止め、オール電化住宅などを止め、自動販売機を止めるなど、電力の「無駄遣い」と思われる部分をカットしただけでもかなり節電出来ます。・・・実際は原発の推進のためにわざわざ止めたり休んだりしている火力や水力発電所を使えば、電力は今まで通り十分に供給可能ですが、そんな無駄遣いを続ける必要は無いでしょう。
 「原発廃止と言うなら電気を使うな!」・・と言う輩には、同等の発想で言い返しましょう。「原発推進するなら、家族ごと原発の近くに住むこと。そして、事故が起きたら、放射能漏れを防ぐ為に必ず事故現場で働く事・・・以上約束せよ。・・だって『事故は絶対起こらない』のでしょう?」

 「脱原発と原発推進の不毛な対立はやめて、お互い歩み寄って話し合いすべきだ」という第三者的な中立な立場を気取って論じる人がいますが、その第三者的立場と言うのは中味の無いものと言えましょう。脱原発に折衷案などありません。脱原発は安全対策を厳しくすれば妥協すると言う類のものでもありません。理性的な反原発派の主張は、原発は止める以外は無いのです。原発推進派と反原発派の対立を「囚人のジレンマ」で説明するような方まで存在しましたが、ふざけたお話です。・・・協力して、折衷案を出そう・・とでも言う発想でしょうか?お門違いも甚だしいと言えましょう。反原発の人に「囚人のジレンマ」などありません。原発を止めるだけです。

  はっきり言える事は、脱原発は科学的にも、理性で考えてもまともな事であり当然の帰着であると言う事です。そして、原発推進は非人間的な利権や軍事利用、及びそれらの輩の洗脳でしかないと言う事です。
 「何を言ってるんだ、それこそ反原発派の驕りであり洗脳である」・・・と原発推進派の方がおっしゃるのなら、しっかり公の場で公開討論会をやりましょう。
理性的な原発反対派はいつでも議論のテーブルに着きましょう。それに対し、原発推進派は原発をよく知っている反対派と議論すれば負ける事はわかっているから、無視を決め込んでいただけです。そして、圧倒的資金力と権力を使って、安全神話などを作り出して来たのです。マスコミも電力会社の広告料が大きいし、潰されるのが嫌だから黙っていたのでしょう。政府やNHKも利権に群がっている原発関連の民間企業に癒着しているだけです。政官財一体となって、虚構を作り上げてきたのです。 そして、メディアまで支配して、その虚構を暴かれないように反原発派をオミットして来たのです。

原発推進派は、地球温暖化防止の二酸化炭素削減だとか、クリーンなエネルギーだとか、燃料が安いだとか、資源の節約だとか都合のいいように根拠の乏しい事や嘘八百を並べて原発を推進してきましたが、それらの主張ははじめから破綻しているのです。・・その事に気付く人も増えてきました。

推進派の方々、「そうじゃない、原発は大きなメリットがある」とおっしゃるなら、公の場で公開討論致しましょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/04/29 00:02】 | 原子力 トラックバック(0) |

あまりに低レベル
上々
原発廃止の方向についてはあまりにも歴然としているのですが、それを論じる人々のレベルの低さには驚きます。
廃止論者は電気を使うなというのには雑草Zさんと同様に、存続論者は福島に行って交替で原発作業をやれと言いたい気持ちです。

別にすぐに電化社会をすべて捨てろと言っているわけじゃないんですがね。とりあえず30%減らすだけ。(その内に残りの大部分も止めることになるけれど)

おそらく、文明の取りうる形には無限の可能性があるということがまったく理解できない人達なんでしょう。電気が使えないといっても文明社会でなくなるわけではないし、電気使用量が半分になったとしても真っ暗闇の世界になるわけもないし。
想像力がまったく欠如してるんでしょうね。


Anthony
大阪では、電気メーターの交換とかの工事業者も、関電のオール電化のパンフを持っていて、しきりに勧めてきます。

僕が、「熱源に電気を使うなんて、愚の骨頂。ロスしかない。」と言ったら、嫌な顔をされた。(笑)



Re:あまりに低レベル
雑草Z
>原発廃止の方向についてはあまりにも歴然としているのですが、

上々さんにそう言って頂けると心強いですね。上々さんのようにそこまで見通している方は日本政府には殆どいないのではないでしょうか?福島原発の事故だけではまだ足りずにもう一つ他で事故が起きないとわからないようでは日本もお仕舞いでしょう。

>その内に残りの大部分も止めることになるけれど

鋭い一言です。さらにここまで見通せる方は、日本政府には皆無かも知れません。そしてそこが対症療法的な事しか出来なくて、事態がどんどん悪い方向へ追いつめられていく根本原因でしょう。

>電気が使えないといっても文明社会でなくなるわけではないし、

おっしゃる通りです。文明は電気で定義されるほど軽率な融通の効かないものではありませんね。
「原発やめて、原始時代に戻るのか?」と言う物言いは、

>あまりに低レベル

で、相手にするのも馬鹿馬鹿しいですね。

>想像力がまったく欠如してる

 現代文明は、これだけ情報が氾濫しているのにも関らず、つくづく価値観が理不尽な方向へ単一固定化されていると感じています。元を辿れば経済成長洗脳でしょう。

>熱源に電気を使うなんて、愚の骨頂
雑草Z
    Anthonyさん

 流石にこちらでは、原発事故以来オール電化の「エコと一緒に暮らしませんか?」みたいな最低のTVコマーシャルは流さなくなりましたが、関西のほうではまだオール電化のコマーシャルが流れていますか?

・・でもそう言えば、私の町の給食センターもオール電化にしたようです。それを誇って言ってる馬鹿がいたので判りましたが後の祭りです。オール電化が原発の落とし子である事を知らない人が沢山いるようです。

確かにオール電化は愚の極みですね。

原発の電気
guyver1092
 yahooニュースのコメントで見たのですが、推進派の「今まで散々電気を使ってきたくせに・・・」という書き込みに対して「わかりました。そちらの責任において、送電線路を分けてください」と返しているのを見ました。
 本気で送電線路を分け、原発分とそれ以外で電気契約をすることになれば、直ちに原発はタービンミサイル事故を起こして送電が出来なくなるでしょうね。なにせ原発は負荷の変動に弱い仕組みですからね。
 非理論的な言い草にもほどがあります。

Re:原発の電気
雑草Z
>「わかりました。そちらの責任において、送電線路を分けてください」

これも傑作ですね。面白いですし、その通りですね。第一
>「今まで散々電気を使ってきたくせに・・・」
という言い草がおかしいですね。原発で無駄な発電をして
麻薬のように
「今まで散々電気を使わせてきた・・・」
というべきでしょう。

原発は出力調整が難しく、出力変動や停止の時に事故が起こしやすい事は知っていましたが、
>原発は負荷の変動に弱い仕組み
と、言う事ですね
>タービンミサイル事故
というのですね。調べてみたらなるほどとんでもない事故です。原発は本当にフットワークも重くて不便な発電方式ですね。同じ発電量でも、制限も多過ぎますね。そして超危険・・何のメリットがありましょうか?

  +  +++    +++++    +++  +

追伸
前回の記事、【非電化】に、guyver1092さんに追加の情報書いておきましたので、見てみて下さい。 

予言と徒労
上々
こちらの論旨とは関係ありませんが、本業に近い食品衛生の分野で以前から折に触れ強調していた肉の生食の危険性ですが、やはり北陸で2人の幼児の犠牲者を出してしまいました。
原発の危険性も以前から種々の可能性を想定しており、その意味でも「想定外」なんていうものは無いのですが、それも実際に起こってしまいました。

別に予言をするつもりは無いのですが、危険性があることを主張していながらなんの効果もなく実現していくところを見なければならないという徒労感は大きなものがあります。

他にも危険性を述べていることが幾つかあります。それが実現するところを見なければならないのでしょうか。

Re:予言と徒労
雑草Z
理性で考えて危険のあるものは、放って置くといつかは事故が起こると言う事ですね。
 肉の生食の危険性についてはよく分かりませんが(・・小さい子供に食べさせるのはまずいと思います。・・馬刺しは私の町が産地な事もあり私も好きです。)専門家の方の警鐘はしっかり聞くべきですね。

原発事故は起こってはならないものなので、「想定外」で逃がすわけにはいきません。

 化学物質も次々に作られ、遺伝子操作もどんどん行われている現在、
「実際に事故が起こって危険が実証されたら禁止する」
ではリスクが高過ぎます。それこそ文明崩壊に直結するかも知れません。
「安全と判っていない事はしない」スウェーデン方式で無ければなりませんね。
 それなのに国も企業も「予防原則」に非常に積極的なのは、二酸化炭素削減ばかりです。その為に原発をやる・・なんて狂気の沙汰、具の極みが現実に行われて来ました。実際原発事故が起きる3月11日まで、「原発はエコだ」という最低なキャンペーンが政府や電力会社によってしつこいくらいこれでもかと行われてきました。最低です。

  +  +++    +++++    +++  +

ところでこの場合は『預言』でなくて『予言』なのでしょうか。


Anthony
利権からみで、欲だけで原発推進というのは、まだ理解できるけれど、

本当にクリーン・エネルギーだと思ってる人は、狂ってるとしか思われないです。

理解は出来ても・・・
雑草Z
 テレビであれだけエコだと宣伝して、小中学校でもそんな教育しているのだから(・・原子力推進ポスターコンクールなんてのもあるようです。)事故前まではクリーンなエネルギーだと思っていた馬鹿者は多いでしょう。管直人もその一人かも知れません。
 そう思っていた人々は騙され易い愚か者ですが、利権がらみの連中のほうが悪質で許せません。出世の為にクリーンだとプロパガンダし続けた官僚達も許せません。

コメントを閉じる▲
2011-04-23 00:22
人類が現在消費しているエネルギーの質も量も愚行と呼ぶべきレベルでしょう。持続可能にするには、質的には原子力を筆頭に、使用すべきでないエネルギーの種類がありますし、量的には桁違いに減らさなければならないと確信しております。人類が、その歴史と比べ、半永久的に利用可能なエネルギーは太陽エネルギー起源のエネルギー、若しくは地熱のエネルギーだけでしょう。太陽エネルギーの最も優れた畜エネルギーの方法は、光合成による炭水化物であると確信しています。そして、その炭水化物を最も有効に使う内燃機関は生命体です。その最たるものが人力であると考えています。【人力のススメ】等で論じています。炭水化物をエネルギー源とする人力は、環境問題も起こさないし、食料にもなるし運動にもなって一石二鳥どころか、一石三鳥、四鳥・・・最も有効なエネルギーの使い方であると確信しています。

            +  +++    +++++    +++  +

非電化工房は友人から紹介されてかなり以前から興味を持っていました。何故か私の住んでる町からは遠くにあると思っていました。今年の1月に<自然の摂理から環境を考える>の記事にちょっと触れられていて、栃木県の那須にあることを知りました。早速友人を誘って地震が起こる直前の3月6日に非電化工房の見学会行って参りました。見学会参加者は今回は我々を含めて17名でした。

非電化工房がどのくらい当方の理想に近いかこの目で確認したいと思っていました。・・人力の利用と非電化はかなり共通点があると言えましょう・・。脱原発に有効な代替かどうかはかなり懐疑的でしたが、(原発に代替は全く必要ないのですが、代替のアピールとして有効かどうか・・と言うことです。)それも確認したいと考えていました。期待があまりなかった・・と言えば嘘になりますが、冷めたニュートラルな目で確認したいと考えておりました。

先ず、電気でなければ無理だ・・・と考えられる冷蔵庫さえ非電化にしたという事に大きな関心がありました。・・・私の考えが及んだのは、断熱膨張の利用かな・・・と言う事でしたが、実際は想像の及ばなかった放射冷却の利用でした。年間を通して晴れの日が多いモンゴル辺りでは非電化冷蔵庫で、4℃くらいまで冷えるというから驚きです。放射冷却でそこまで冷やせる事とは思いもしませんでした。

「非電化テーマパーク」は、まだ半分も完成していませんでしたが、副代表の藤村研介さんの案内で非電化工房の敷地内を一通り見学しました。その後、非電化工房代表の、藤村靖之氏(日本を代表する発明家の一人で非電化工房のアイディアから実現まで全てを仕切ってきたと考えられる人物)のお話があり、その後交流会で、自己紹介等がありました。見学に来られた方々はそれぞれ色々な目的があって、みんなそれぞれ多岐にわたって話していました。私と一緒に行った2人の友の1人(以前非電化工房の存在を私に教えてくれた人物)は大いに感化されたようです。もう一人のエンジニアの友は感化された部分もありましたが、ちょっと宗教じみたものも感じたとの事です(笑)。・・・電気漬けの生活に慣れてしまった現代人からは、非電化工房はこのように見られる部分もあるのかも知れません。
家に帰ってから、非電化工房で買ってきた藤村靖之氏の著書(辻信一氏と共著の「テクテクノロジー革命」)を読みました。槌田敦さんの本のように非常に興味深く面白く読めました。藤村氏も脱成長、反グローバル化など、私と同じ主義思想の持ち主であることを確認しました。一気に読み終えた3月10日に、また近々訪問して非電化製品も購入して来よう!記事にもしよう!(3月17日付けの記事にしようと考えていました。)・・・と考えているうちに、原発震災が起こってしまいました。

藤村氏は反原発派ですし(・・後日お伺いしたお話では、反原発運動40年とのことです。・・だから『非電化』と言うことにも納得出来ます。) 原子力や放射能にも非常に詳しい方です。海外にも頻繁に行き、海外に在住していた期間も長い方なので、海外に避難されてしまっただろうか・・・もう非電化工房見学会やセミナーなどは当分お休みだろうか・・と想像していました。・・・震災から何日も経って、少し落ち着いてから非電化工房のHPを開いてみたら、予想に反して、非電化工房は相変わらずやっていました。(流石に3月2回目の見学会[3月21日]は中止したようですが、)原発震災後初の見学会が4月3日にあったので、早速また行って原発事故のお話や非電化のお話を聞き、書物や非電化製品を購入してきました。

     +  +++    +++++    +++  +  

藤村氏は、グローバリズムと電脳化に対するアンチテーゼとして、ローカル化と非電化を掲げています。だからといって悲壮感を持たずに楽しみながら非電化する事によって、脱成長も目指しているようです。

藤村氏は
お金を持っている人しか実現可能とは言えない、お金とエネルギーの大量消費による豊かさの実現
に対し
誰でも実現可能なお金もエネルギーの消費量も小さい非電化による豊かさの実現
を提示して、どちらがいいかみんなに選択して貰おう・・・と言う方法論を示しています。つまり強制ではない方法です。前者はお金を持っていないと得られない豊かさ、後者は、お金を持っていなくても得られる豊かさと言う事です。方法論としては上手い方法だと思いますが、実際には、成長の限界を超えてしまった現在、前者の選択、即ちお金とエネルギーの大量消費による豊かさの実現 は不可能でしょう。
つまり好むと好まざるとに限らず、お金もエネルギーもほとんど消費しない方法による豊かさの実現しか選択肢はない筈です。・・・実際、藤村氏も、そこは明らかにわかった上で、人々に強制ではなく理性、意志で選択して貰う・・・と言う方法論を取るためにこのような選択肢を用意したのだと考えます。
非電化の理念は、非電化製品の発明、供給だけに留まらない事・・・もっと大きな脱成長も視野に入れた壮大な理念があることがわかり嬉しく思います。脱原発にも大いに貢献する理念です。
非電化の発想は社会構造のパラダイムシフトに、早期の実現可能性を示し、大きな役割を担っていると考えます。

オール電化住宅やら深夜電力利用の温水器など(・・発熱に電気を使う事は非常に非能率なエネルギーの使い方です。)非効率な電気の使い方は、全て原発を利用する為、原発に大きく依存させ、原発漬けにして脱原発出来なくする電力会社などの原発推進派の策略です。冷やされたり暖められたりしている飲料水の自動販売機、テレビや電気の点け放し・・・など、電力の浪費の為に電気の需要が大きく見積もられ、原発を止めない口実にされているのです。なんと愚かな事でしょう。原発をしてまで電気を使う価値があるものなんてありません。脱原発の為にも非電化製品は有効な代替の提示になると確信致しました。・・・私は使用を減らすことで対応できると考えていますが、非電化の代替のほうがもっと早く沢山の賛同を得られるのではないかと思いました。

発電量確保の為には原発が必要か?・・・などと言う愚か過ぎる議論は止めて、直ちに原発を全廃し、電力を利用するものはAO機器など必要最小限とし、他は非電化製品の利用を考えるべきでしょう。それこそが賢い科学技術の利用法と言うものです。


今回の原発震災は多くの人々の生活を大きく変えてしまいました。当方の生活も大転換の時期を迎えているように感じています。永続可能な社会への大転換のための具体的な大きな示唆が非電化工房にありました。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/04/23 00:22】 | Sustainability トラックバック(0) |

非電化工房
guyver1092
 ホームページ見ました。私の所からは遠いので、直接行く気にはなりませんが、欲しいと思えるものもあります。すでに類似製品を購入済みのものもあります。手回しラジオは、ラジオ、ライト、サイレン一台三役をすでに準備してあります。浄水器もアウトドア製品を購入済みです。自作のほうが良かったかと少し後悔していますが。
http://tokyo.cool.ne.jp/meguro15/CS/Program/filtration.htm

 この工房のコンセプトである安い、というのはエネルギー産出比的に理にかなっていると考えます。自然エネルギーを集めるのに、あまり金をかけ過ぎては、産出比がマイナスになりかねませんからね。
 冷蔵庫について、槌田氏の本で、吸収式冷凍機利用の冷蔵庫が紹介されていましたが、凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。
 スターリングエンジンも興味があります。熱源を選ばないという点が良いですね。ある一定以上の廃熱を出す工場はこれを利用した発電機を必ず備え付けることを義務付ければ、量産効果でかなり安くできそうな気がしますし、ひょっとしたら追加の燃料なしで原発が不要なほどの電力が出てくるかもしれません。エネルギー産出比的には、太陽エネルギーのみ利用の社会になった場合は却って無駄に資源を利用することになるかもしれませんが、今、原発を追放する力の一つになればそれで意味があると考えます。

Re:非電化工房
雑草Z
guyver1092 さんも非電化製品に興味を持っていらしたのですね。そして、既に非電化製品を持っていらっしゃっているとの事、素晴らしいですね。さらに自作されようとしていらっしゃったようですね。私は自分で自作は出来そうにありません。非電化工房では、ときどきワークショップを行って自作で非電化冷蔵庫や太陽熱調理機兼生ゴミ乾燥機などを作って持ち帰るようです。藤村氏の素晴らしいところは、それら非電化製品は誰でも作れて普及させることが目的であり、特許を取らないところです。

>槌田氏の本で、吸収式冷凍機利用の冷蔵庫が紹介されていましたが、凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。

これ、非常に興味あります。またまた記憶が無いのですが、どの書物に書かれていたか教えて頂けますか?

>スターリングエンジンも興味があります。熱源を選ばないという点が良いですね。ある一定以上の廃熱を出す工場はこれを利用した発電機を必ず備え付けることを義務付ければ、量産効果でかなり安くできそうな気がしますし、ひょっとしたら追加の燃料なしで原発が不要なほどの電力が出てくるかもしれません。

なるほど、鋭い洞察です。そこまでは思いつきませんでしたが、可能性はありますね。かなり検討の余地がありそうです!・・guyver1092 さんは藤村さんと同じような発明家タイプなのかも知れませんね。

>太陽エネルギーのみ利用の社会になった場合は却って無駄に資源を利用することになるかもしれませんが、今、原発を追放する力の一つになればそれで意味があると考えます。

その点に関しましては、私も全く同じように感じ、考えております。




Anthony
TVで藤村さんが紹介されている番組をタマに見ることがありますが、「ヘンなエコおじさん」「変人」として扱われることが多いので、残念です。


吸収式冷凍機
guyver1092
 資源物理学入門の220ページに載っています。これは一切動力を使いませんので、故障と言えば、錆びて穴が開くぐらいでしょうか。太陽熱でこれを利用した冷蔵庫を作ろうとすると、太陽の追尾装置が必要になりますので、ここが稼働部分となり、故障しやすい部分となるでしょうし、コストもそれなりにかかる気がします。(ゼンマイ式のキッチンタイマーほどの仕掛けででわりと安く作れそうな気がしますが)

 今回の統一地方選挙で、災害に強いまちづくりが争点の一部になったようですが、彼らの言う災害に強いまちとは、どのようなイメージなのでしょうか。私は、いろんなものを分散して持つことが災害に強い街だと感じますが。たとえば電力なら、巨大発電所ではなく、小規模の物を(小水力発電所とか、スターリングエンジンの廃熱利用発電とか) 大量に用意して利用するのをイメージします。水洗トイレは災害時には役立たずですが、バイオトイレの類の人力駆動の物は役立ちそうに感じますし、ソーラークッカーが生活の中に溶け込んでいる社会なら、ガス、電気が無くても晴れていれば調理できます。災害に強い街と言うからには、便利を捨てて、いざという時に強い、タフな生活基盤を用意しておくことこそ最強の対策と感じます。

そうでしたか!
雑草Z
    Anthonyさん

 オール電化住宅だとかIHクッキングヒーターだとか、エネルギーの浪費としか思えない電気の使い方を平気で行う現代人は、非電化をまがいもの扱いしか出来ないのでしょうね。現代の洗脳でしょう。原発してまで電気を作って使おうと言う考えの方が完全に病んでると思います。

Re:吸収式冷凍機
雑草Z
    guyver1092さん

 ご回答有難う御座います。早速、
>資源物理学入門の220

見てみましたが、「加熱型冷凍器」=「ガス冷蔵庫」でした。これが、「吸収式冷凍機」と同じものなのでしょうか?
附章 に書いてあったのでこの本を読んだ時、残しておいて読まなかったのかも知れません。

>凹面鏡利用のソーラー式吸収式冷凍機なら燃料なしで、非電化工房式より冷やせるかもしれませんね。

と、guyver1092さん御自身のアイディアを付け足したあたりが素晴らしいですね。さらに、

>ゼンマイ式のキッチンタイマーほどの仕掛けででわりと安く作れそうな気がします

と、追加されていますが、素晴らしそうなアイディアに感じますが、どのようなシステムか想像が湧きません。

>私は、いろんなものを分散して持つことが災害に強い街だと感じます

>災害に強い街と言うからには、便利を捨てて、いざという時に強い、タフな生活基盤を用意しておくことこそ最強の対策

おっしゃる通りだと思います。全面的に賛同いたします。この発想は、反グローバル化=ローカル化 に通じる思想ですね。エコタウンと言うものも、このような発想で、自分達のコミュニティーの中で何でも自給自足出来るタフさが必要ですね。これからのまち作りに必要な発想でしょう。 

 

 

吸収式冷凍機
guyver1092
 資源物理学入門には、加熱型冷凍器と書いてありますね。このシステムを初めて知ったのは槌田氏の本だったのは間違いなく、別の本には吸収式冷凍機と書いてあったのだと思います。これは同じものだそうです。
 ゼンマイ利用の追尾システムですが、私はあまり機械には詳しくないのですが、朝ゼンマイを巻いて、そのほどけていくスピードが太陽の移動速度に対応して方向が回転するようにすればよいとイメージしていました。

Re:Re:吸収式冷凍機
雑草Z
    guyver1092さん 素早い御回答有難う御座います。

「加熱型」 と 「吸収式」では何となく原理が違うように感じましたが、吸収力の高い液体に冷媒を吸収させて発生する低圧を利用する事と、その為に冷媒を加熱蒸発させると言うところで同じものなのですね!

>朝ゼンマイを巻いて、そのほどけていくスピードが太陽の移動速度に対応して方向が回転するようにすればよいとイメージしていました。

了解です。加熱部分を太陽光で凹面鏡なり凸レンズなりで加熱するときに太陽の動きに合わせて焦点を合わせると言う事ですね。イメージ出来ました!有難う御座います。

 今回の原発震災は代償が大き過ぎましたが、だからこそ、これをきっかけに、
  非電化、ローカル化→脱原発→脱石油→脱成長 
 の流れを作りたいものです。guyver1092さんのコメントで、この記事でそう言った議論を出来てとても有意義です。


こんにちは。
BEM
雑草さん、いつもありがとうございます。
ご指摘の原発地図の訂正をしましたので、よろしかったらお使いくださいm(^^)m

いつもながら文章の内容、構成は素晴らしいですね。
原発事故という不幸な事が起きないと生活様式を考えられないというのは非常に残念なことですが、震災前を比べると企業の真剣さ、本気さがやっと出て来たかもしれないと一縷の希望も出てきました。
これだけの事故で希望という言葉も虚しいものがありますが。

温暖化対策で及び腰で二酸化炭素25%削減なんてとてもできないと言っていたのがウソのようです。
やれば出来るんですよ。
というかエネルギーを消費しない生活にならなければいけませんね。

Re:こんにちは。
雑草Z
>原発事故という不幸な事が起きないと生活様式を考えられないというのは非常に残念なことですが、震災前を比べると企業の真剣さ、本気さがやっと出て来たかもしれないと一縷の希望も出てきました。

事故以来重苦しい憂鬱な感覚が続いていますが、この事故によって反原発運動は確実に盛り上がりました。ドイツでは原発撤廃が決まりましたし、日本でも10基くらいは凍結や白紙撤回になりましたから、大きな犠牲でありましたが意味はありました。
 以前【大事故までやめない積もりでせうか?】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-194.html

と言う記事を書きましたが、その大事故が私の在住の県で起こってしまいました。これだけ大きな犠牲を払ってしまったのですから、是非とも原発は全廃に持って行きたいですね。

>エネルギーを消費しない生活にならなければいけませんね。

そうですね。エネルギー消費は必要最小限でしょう。その為の方策の一つが非電化でしょう。



コメントを閉じる▲
2011-04-17 00:21
~閉塞されていく空間~原発で世界中が放射能汚染された地になる危機~
  
今回のように原発事故が起きて放射能が大量に外部に漏れ出せば、周辺地域の住民が当分の間住めなくなる事は、当然予測された事です。事故からおよそ四半世紀経ったチェルノブイリでは、いまだに周囲の広い範囲が立ち入り禁止区域になっています。

それでは、事故が起こらなければ、人間をはじめとして、生物が棲めなくなる場所・・放射能汚染される地域は発生しないのでしょうか?

原発事故が起こらずに、30年から60年経って、(一応見かけ上は)安全に運転を終了した原発は廃炉にされます。・・・はじめは30年くらいで廃炉にする計画であった筈が、色々な思惑により運転期間が延長されています。・・・廃炉寸前の原子炉は、全体が放射性物質の倉庫と言えましょう。その原子炉を解体する際に放射性廃棄物が一挙に出されることになります。この放射性廃棄物を、現在日本の原発関係者達は、埋設処理すると説明しています。原子力発電環境整備機構(NUMO)という出鱈目な組織を作って、放射性廃棄物を地下300mより深いところに閉じ込めると言っています。曰く『安定した地層はモノを閉じ込める性質がある』・・「モノ」は言いようです。人類の科学技術では手に負えない放射性廃棄物を、仕方ないから地下に埋めよう・・と言うだけのお話です。本末転倒も甚だしいと言えましょう。・・「手に負えないほど危険なものは作らない」と言うのが予防原則の筈です。原発推進派はこんなどうしようもない事をも、さも素晴らしい事のように説明する無責任な輩ばかりです。これも原発の『安全神話』の一端と言えましょう。
これだけ地震が多発している日本の地層のどこが安定しているのでしょうか?放射能レベルを考えれば、何万年も管理しなければ危険な筈ですが、そのような長期間の経年劣化に耐える埋設技術は確立されていません。まして、放射能やその放射能の崩壊熱も出されるので、地下埋設の容器の劣化はより激しいでしょう。安全の為に何重もの構造になっている・・と言われている埋設容器でも、そのまま埋設されれば、放射能が安全な量まで減少する以前に漏れ出す可能性は、限りなく100%に近いと言えましょう。
放射能が漏れ出せば、日本の豊かな地下水も汚染されてしまいます。数万年どころか、数百年以内に放射能は地上にまで出てきて、周辺も汚染される事になりましょう。・そのような汚染が見つかる度に、周辺が長い間立ち入り禁止区域になり、人間が踏み込める地域が制限されてくるのです。
それ以前に、安全に埋設処理する事自体、簡単なことでは無いでしょう。埋設処理の途中で、放射能漏れが起こる可能性も小さくないでしょう。埋設処理が中途半端な状態で放置される可能性もあるのです。作業員の中にも被曝者が沢山出るでしょう。

現実に日本では、この埋設処分場には、どこも立候補していないので、まだ試験場の位置づけであり、受け入れる体制は整っていません。ですから、やむなく原子力発電所内で仮置きしているのが実態です。これを原発推進側は「保管」とか「一時貯蔵」という言い方をしています。現実的に日本では、この危険な埋設処分を許す自治体はなかなか現れないでしょう。・・原発自体を受け入れる自治体があることを考えれば可能性はありますが・・埋設処理場建設には、汚職と脅し、札びらで頬をたたくと言うやり方で行われることになるのではないでしょうか?・・それでも立候補する地方自治体はなかなか現れないでしょう。

原子力発電環境整備機構(NUMO)は最悪の原発推進団体の一つです。事業仕分けで真っ先に廃止すべき団体でしょう。この組織が無くなって、六ヶ所村や東海村の再処理施設も使えなくなれば、プルトニウムなど放射性廃棄物の持って行き場が無くなって、日本の原発は止めざるを得なくなりましょう。直ちにそうすべきです。六ヶ所村や東海村の方々もその実態・・真実の姿を知れば、みんな怒り、再処理施設も稼働は出来なくなるでしょう。

増え続ける放射性廃棄物の持って行き場がなくなれば、廃炉を解体したとしても、放射性廃棄物をよその土地へは持って行けなくなります。・・現在既にそれに近い状態になっているので、六ヶ所村再処理施設とか、プルサーマル等の、より危険な事が行われるようになったのです。だからこれからは、廃炉になった原子炉を解体することなく、原子炉ごと周囲を立ち入り禁止区域にする可能性も大きいと考えられます。そして、石油が枯渇に近づけば、埋設処理も適切な処理も困難になってくるでしょう。被曝労働もますます増えていくでしょう。・・・そして放射能がいつか漏れ出してくるのです。つまり、廃炉になった原発周辺は、将来人が立ち入れない地域が増えて、それが長い間・・人類の歴史と比べて半永久的に・・続く事になる可能性が高いのです。立ち入り禁止区域であっても、放射能の漏れを少しでも食い止める為に、被曝しながら労働する人が必要になります。放射能漏れの危険が無くなるまでの途方もなく長い間、被爆労働者が必要になると言う事です。何とも憂鬱な事です。


日本の原発は約20か所に約55基、世界の原発は約440基です。これらの原発が・・稼働中に事故が起ころうが起こるまいが・・これからどんどん廃炉処理されて、今世紀半ばくらいまでには全部廃炉になるのです。そして、全ての廃炉が放射能漏れの危険性を孕んでいるのです。小さな放射能漏れは絶えずどこかで起こることになるだろうし、何年かに一度、どこかの廃炉で大きな放射能漏れを起こすだろうと予測しても、誰も否定することは出来ないでしょう。(・・否定するのは、NUMOなど原発関係の組織に属する御用学者だけでしょうか?・・)もう世界中が放射能汚染の脅威にさらされているのです。自国に原発のない国でも、放射能汚染の心配のない国は無いのです。(オーストラリアが比較的心配が少ないと言えましょうか?)以上の事だけでも、原発は即、全廃にすべきである理由として十分過ぎるでしょう。


何のメリットもない非常に危険で愚かな原発を、限られた人々の利権の為に、次々に作って来た為に、人類はこれから何万年も放射能汚染の心配をして暮らさなければならないのです。・・放射能汚染により、何万年経つ以前に人類は滅んでしまう可能性も低くはないでしょう。そして、放射能漏れが発覚する度に、立ち入り禁止区域が増え、息苦しい隔離された閉塞空間が増えていくのです。高々50年の発電の為に、多大な放射性廃棄物が産み出され、広い土地に人間も他の生物も住めなくなっていくのです。・・何とも憂鬱な事です。

原発の発電の恩恵なんて、放射能汚染と比べれば恩恵とも呼べないでしょう。そして、その微々たる恩恵にも預かれなかった末代までの子孫に、その憂鬱な管理を任せることになるのです。
原発が始まってから半世紀程経ちました。これから廃炉になる原発は次々に現れます。一つの廃炉に、広島型ウラン原爆の何十、何百、何千倍もの放射能が入っているのです。そう、今直ぐ原発全廃を決定して、廃炉作業を始めても、もう既に手遅れかも知れないのです。それでも、早く原発を廃止すればそれだけ助かる可能性も大きくなるのです。だから、一刻も早く原発を撤廃しなければなりません。

原発は、夢のエネルギーどころか、人類史上最低最悪のエネルギー、愚の骨頂です。
 何と憂鬱な事でしょう。



関連内容を更にお読みになりたい方には、以下の記事がお薦めです。

<自然の摂理から環境問題を考える>
自然の摂理を踏み外してしまった原発技術発
環境問題を考える> 『ホームページ管理者から』
    2009/10/19【ふざけた『NUMO』の全面広告】
    2009/10/26【常軌を逸した『NUMO』の謀略広告】
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/04/17 00:21】 | 原子力 トラックバック(0) |

運転中
guyver1092
 昔、プレイボーイという雑誌で明石昇二郎氏が署名付き連載記事を書き、それを『敦賀湾原発銀座「悪性リンパ腫」多発地帯の恐怖』という本にまとめていますが、モニタリングポストにはでは検出されていなくても、原発周辺では明らかに、悪性リンパ腫が多いとの結果でした。正常に運転していても、足きりとして、一定レベルの放出は認められているので(不活性ガスの類はろ過の仕様がない)この分が影響しているのではないでしょうか。
 放射線に閾値はないそうですので、自然放射線、プラス過去の原爆実験での分、プラス原発運転の分とで、段違いに人類の浴びる放射線量が増えているのではないでしょうか。その結果が、日本人の癌死が死因のトップになった原因の一つだったりして。

Re:運転中
雑草Z
    guyver1092さん
 
 いつも様々な情報有難う御座います。記事に書いた運転後の事だけではなく、原発は運転中も放射能を出し続けると言うとんでもない存在ですね。

>正常に運転していても、足きりとして、一定レベルの放出は認められているので(不活性ガスの類はろ過の仕様がない)この分が影響

そうでしょうね。現在盛んに言われているように、許容量だから大丈夫と言う言い方はおかしいですね。

>放射線に閾値はないそうですので、自然放射線、プラス過去の原爆実験での分、プラス原発運転の分とで、段違いに人類の浴びる放射線量が増えているのではないでしょうか。

その通りだと思います。閾値が無いと言う事は、被害は放射能を浴びる総量に比例すると言う事ですからね。現在被曝労働で事故現場で頑張っている方々も、放射能を浴びれば浴びるほど危険になって行くと言う事ですよね。
 廃炉後の放射能問題だけでなく、被曝労働の問題一つとっても原発はやってはいけない悪魔の技術ですね。

閾値について
上々
閾値という言葉は色々な方面で使われますが、毒性物質について言えば、「閾値が無い」=「どんなに少量になっても無毒と言えない」ということです。
閾値があるものは、微小量になっていくと「完全に無害」になります。これは生体内の反応で分解されたりする作用が効果を上げるためなどで、閾値を越えた場合は量が増えるに従って害も増えます。

遺伝子に損傷を与え、ガン化する物質の場合は閾値が無いと言われることが多いようです。放射線に限ったわけではありません。
ただし、放射線の場合は閾値があるかどうかは学説も分かれているようです。

しかし、放射線の場合は「閾値が無いから怖い」ということではなく、閾値の有無は実際はあまり問題になりません。自然界に存在する放射線が結構多いためです。
とはいえ、そのような放射線によるガン発生は実はそれほど明確ではありません。タバコ・酒は言うに及ばず、普通の食品中にも発がん性物質は含まれますし、それらの原因によるガン発生が多すぎてどれだけ疫学調査をしても放射線影響を客観的に明らかにするのは難しいものと思います。

Re:閾値について
雑草Z
私は放射線被曝に関しては、確率論的に捉えています。
放射線の通過によって細胞が破壊された時、細胞の再生能力によって再生するのですが、その再生に失敗して、染色体などに異常が生ずると癌になったりするわけです。
 細胞の再生失敗は、細胞が損傷する量に比例し、細胞の損傷する量は被曝量に比例すると考えてよいでしょう。つまり、「閾値がない」とは、被害の確率(がんになったりする確率)は放射能を浴びる総量に比例すると言う事です。勿論放射線の種類によっても違うでしょう。

 ただ、一か所に集中して放射線を浴びる量が多いと、再生する前に次の細胞破壊が起こり、再生不可になる可能性が高くなる事も考えられますから、比例と言うようなリニアな関係にならないかも知れません。
 放射能の悪さに関しては、確率論的解釈が理に適っていると考えます。

 高校生の頃、放射性元素崩壊の半減期が単なる確率論だと気付いた時には面白いとともに不思議な感じが致しました。つまり、物質は原子レベルで考えた場合、古い新しいと言う概念が全くなく、ただ確率論に従っているからです。・・でもその後に、原子に古い新しいがあった方がおかしいという考えに及びました。

住めないし、食べられない。
でなしNo.146
棲む場所が限られれば、当然、食料も限られてくる。

水が汚染されて、放射性物質が食物連鎖の中に入り込んでしまったら…

考えただけでぞっとします。

また、子孫のことを考えると、原発は重大な犯罪だと思います。

「雑草の言葉」の予想はよく当たりますが、最近の予想はなんとかして「ハズレ」にしなければいけないものばかりです。

むしろ、このあたり(放射性物質地下に埋めるとか)でハズレにもっていけなかったら、それこそ人類の未来はお先真っ暗ですね。自作自演で破滅に向かいます。

Re:住めないし、食べられない。
雑草Z
    でなしNo.146 さん、お久し振りのコメント感謝致します。

 そうですね。棲む場所だけでなく食料も制限されますね。何とも憂鬱な事です。

 放射性物質はもう既に食物連鎖の中に入り込んでいるでしょうね。あとは程度問題です。チェルノブイリの一基の事故だけで、あれだけ食物が汚染されたのですから、より多くの放射性物質を撒き散らす可能性のある原発だらけですね。

>最近の予想はなんとかして「ハズレ」にしなければいけないものばかりです。

そうですね。でも今回の原発事故で確信した事は、理に適うな予測は当たると言う事です。・・だからあとは、程度問題になるでしょう。当たるけれど、程度は小さくて済んだ・・・とさせる為にも、原発は早急に全廃しなければならないでしょう。
 これまで出してしまった放射性廃棄物は、地下ではなくて、目に見える場所でずっと管理するしかない・・・と槌田敦さんもおっしゃってます。


y.suzuki
 ますます、バージョンアップされてますね。

 地層処分については、現在実験的施設という名目で、岐阜県の瑞浪、北海道の幌延で推進しているようです。

 しかし、自然災害に対しては技術的に管理することが不可能です。地震のメカニズムも最近、熱移送説などが提唱されて、これまでのプレート説では説明できなかった内陸型地震についても検証されつつあり、断層付近に限らず、いたるところ危険な場所だらけということになりそうです。

 原発関係者は放射性廃棄物に全力をかけて管理する義務を負うべきだと思います。

  



> 地層処分
雑草Z
    y.suzukiさん

 いよいよ、放射性廃棄物が溜まり過ぎたので、持って行き場がなくなり、NUMOは地層処分を焦っているのでしょうね。
 でも結局地層処分はやる自治体が無くなり、原発の立地で処分と言う事になりそうです。NUMOは、税金の無駄遣いと言う事になりましょう。・・まあ、とんでもない仕事をするよりはましでしょう。NUMOの役員は、恥を知るべきですね。給与は全額返還でしょう。更に詐欺罪で罰金を取ってもいいですね。NUMOの役員もNUMOを立ち上げた人々も。

今回の記事は、原発は事故が無く安全に運転しても割に合わない、廃炉後常に放射能漏れの心配がある、安全対策しても存続の理由にならない・・・と言う事を改めて訴え直す為に書きました。
 そちら、<自然の摂理から環境問題を考える>の記事
【自然の摂理を踏み外してしまった原発技術発】[2011-3-26]も参考にさせて頂きました。有難う御座います。



じゃんけんぽん
大好きな福島が今大変なことになっていて悲しいです。

先日こんなニュースを目にしました。
“原発再開・新設なければ温室ガス1割増の試算“
収束も見えないのに?それどころではないはずなのに。驚愕でした。

東京電力の根拠のうすい計画が提出されたことに対して、総理がにこにこ「前進したね」というコメントにも日本のこれからの不安を感じて止みません。

いったいどうなるのでしょう

放射能のほうが二酸化炭素より遥かに酷い。比べるのが変
雑草Z
    じゃんけんぽんさん

はじめまして、コメント有難う御座います。福島県の方でしょうか?

>“原発再開・新設なければ温室ガス1割増の試算“

これを誰が発表させたか、はっきりさせるべきですね。きっと原発推進派、原発利権に絡む輩でしょう。最低の輩です。地球が温暖化しているとしても二酸化炭素の寄与の分など大したことは無いでしょう。でも、その事は置いておいても、二酸化炭素出したくなかったら、原発も止めて経済活動を控えればいいだけの話です。高速道路の無料化とかして自動車に乗る距離を増やさない事のほうが大切でしょう。

>それどころではないはずなのに。驚愕でした。

その通りですね。二酸化炭素の増加よりも放射能の増加のほうが遥かにシビアな問題です。

今日テレビを見て怒りを感じた事は、福島県の佐藤雄平知事が、原発事故の事で東電の社長に文句を言っていた事です。彼等は同じ穴の狢です。プルサーマル計画を受け入れて、昨年秋に原発稼働を再開したのは佐藤雄平です。彼がゴーサインを出さなければ今回の原発事故も起こらなかった可能性が高いのです。県民に土下座して謝っても済む事ではありません。彼のような卑怯な輩が今回の原発事故の責任者です。事故が起きたら被害者面をしてつくづく卑怯な人物です。彼の太鼓持ちをしている福島県のマスゴミも本当に情けないものがあります。
佐藤雄平を筆頭に原発を推進して来た市町村の長は、文句を言う前に先ず自ら謝罪するべきです。


コメントを閉じる▲
2011-04-11 00:11
 アメリカは、第二次世界大戦の最中から、大きな労力と大金を投入して原子力技術を作り上げ、これを軍事機密として独占しようとしていました。ところが1953年、当時の大統領アイゼンハワーによって国連で「平和の為の原子力」と言う内容の演説がされました。世界の政治家達はこの気前のよい演説を絶賛して歓迎しました。
実は当時、アメリカは(ソ連も)原子力爆弾を作り過ぎていて、ウラン濃縮工場が操業短縮に陥っていました。そこで、この軍事工場で生産される過剰なウランを原子力発電で消費する事により、軍事工場を操業短縮しないで済むようにしたのです。
「原子力の平和利用」として、1950年代、アメリカはウランを諸外国の半値以下で売りまくりました。・・これはダンピングであったようです。つまり軍事目的があったからこそダンピングが可能であったと言えましょう。大量に濃縮ウランを消費してアメリカの軍需産業を助け、また他の国に濃縮ウランを作らせないようにする目的があったようです。

 日本の最初の原発である東海原発の原子炉はイギリスから買いましたが、原発で出たプルトニウムはイギリスに売られ、イギリスはこれで原発を作っていました。

つまり「原子力の平和利用」と言うキャッチフレーズは、原子力の軍事利用の為だったのです。
 この事は当初から原子力関係者の間ではよく知られていた事実です。
しかし原子力導入当時、このような軍事協力の事情を日本のどの新聞も報じませんでした。原発導入に反対するどころか、連日「唯一の原爆被曝国である日本こそ、原子力の平和利用を!」と言うキャンペーンを張って原発の導入を応援し続けたのです。
このようにして、原子力の推進者達はアメリカやイギリスの『軍事利用』に協力している事になるのを承知の上で、『平和利用』と言って人々を騙し、原発を導入したのです。原発平和利用推進は、第二次世界大戦中の大本営発表に通じるものがあります。
つまり何のメリットもない危険極まりない原発は、導入段階から不正手段を用いられたのです。つまり、「原発は、頭のてっぺんからつま先まで“ウソ・騙し」なのです。


参考文献;
 槌田敦著  原発安楽死のすすめ  
  ・・・現在は、 『エネルギーと環境 原発安楽死のすすめ』
と言うタイトルで復刻版が出ています。



*********************************

原発震災の発生から大分経って、事故は落ち着きませんが、事故後暫く経ってから以前に読んだ
 槌田敦氏著:原発安楽死のすすめ を読み直しました。
20年ほど前に出版された本ですが、全然色あせず、現在でも十分に通じる内容です。政府や原子力安全・保安院などの発表よりも遥かに有効ですし、今回の福島原発事故の事も暗示されているように感じます。原発の裏事情までよく分かります。槌田敦さんの洞察力の鋭さに舌を巻きます。今回の原発事故を機に読むべきお勧めの一冊です。


今回の原発事故のずっと以前から、脱原発を訴え続けてきたここのサイトでは、原発の酷さについては大体書き尽くしていると思っていました(カテゴリー【原子力】)。しかし、この 『原発安楽死のすすめ』 を読み直したところ、大切な部分でまだ書いていない事がいくつか見つかりました。
その一つが、原発導入時の「原子力の平和利用」と言う虚構の歴史です。・・・・と言う事で、本書の内容をまとめながら書かせて戴きました。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/04/11 00:11】 | 原子力 トラックバック(0) |

ダンピング
guyver1092
 そういえば、過去に読んだ本の中に、原子力発電を導入すれば、電気代がタダ同然になると宣伝していたと書かれていたのを思い出しました。
 アメリカが自国の軍事力のために、軍事費からお金を出して核燃料を安く輸出していたのですね。ダンピングしたものと適正価格の者が競争すれば勝負は目に見えていますね。最も、ダンピングはいつまでもは続けられなかったようですが。
 原子力発電は、発電所の建設と廃炉(核廃物の処理も含む)に巨額の資金が必要で、核燃料は比較的安かったと記憶しています。廃炉等の必要資金は原子力発電の収支に上がっていないそうですから、今の電気料金が安いのは当たり前で、これはダンピング価格でしょう。廃炉の金額が計算に入れられれば、原子力発電の価格の面での神話も終了するのではないでしょうか。

Re:ダンピング
雑草Z
>原子力発電を導入すれば、電気代がタダ同然になると宣伝していた

このようないい加減なプロパガンダは原発産業にはつきものですね。責任の所在を明らかにして欲しいものです。

>原子力発電は、発電所の建設と廃炉(核廃物の処理も含む)に巨額の資金が必要で、核燃料は比較的安かった

これも初期の甘い試算とプロパガンダのようですね。記事に挙げた槌田敦さんの参考文献によりますと、次第に建設費に対する燃料費と運転維持費が上がったようです。放射能を甘く見ていた事もあるでしょうし、ダンピングを止めた事や、原発利権に対する財閥の寡占などが理由でしょうね。

>廃炉の金額が計算に入れられれば、原子力発電の価格の面での神話も終了する

その通りでしょうが、それを遅れさせて、儲けようとする利権団体があるわけです。世界の存亡に関るのに、金儲けを優先する輩は、正に 悪魔に魂を売った と表現出来るでしょう。

 槌田敦さんも20年前に書いた本書で、
「原発はいずれ、コスト上昇で自滅するが、自滅を待っては破滅する」と書かれています。非常に的確な予測です。本書は本当に現在の状態を予測したような内容です。guyver1092 さんは読まれましたか?

放射性物質飛散は広島型原爆の60倍
地下水
 雑草Z管理人様御無さたしております。
 福島原発事故の放射性物質の飛散量が、遅ればせながら0.63エクサベクレルであると発表になりました。これは「広島型原爆の60倍」です。かってチェルノブイリでは5.2エクサベクレルの放射性物質が飛散し、広島型原爆の500倍にも及びました。つまり今回は0.63/5.2×500=60倍です。
 かってチェルノブイリでは事故処理などで86万人の交代作業員が被曝し、その内74万人が何らかの放射線病に罹り、その内5万5千人は既に亡くなっています。ウクライナの総被曝者数は342万人に上るとも言われています。
 福島も原発病院を早急に作り、継続的なガン検診と治療にあたる必要が出てくるのでしょう。福島周辺の方がチェルノブイリより人口密度が高いでしょうから。相当数の被曝作業員も出るでしょう。
 福島原発事故はまだ安定収束しておらず、放射性物質のもれや格納容器の爆発の心配が続きます。悲しい・・・。

昔読んでいます
guyver1092
 大筋しか覚えていませんが、読んでいます。槌田敦さんの原子力関係の本を読んで、すべてに共通して感じることは、"何とかしなければ"という、強烈な焦りです。何もできないまま時間が過ぎて、ついに破滅的な事態が現在進行形で起きていますが。
 外国からは、再臨界の疑いを示す論文等が発表されているようですが、日本国内で大手のマスゴミからは、何の発表もありません。第二次世界大戦当時、日本の指導者層はすべてに優先して国体の護持を計ってきましたが、それは現在も全く変わっていないようです。

Re:放射性物質飛散は広島型原爆の60倍
雑草Z
    地下水さん お久し振りのコメント有難う御座います。
冬からずっとお待ちしておりました。
 ・・と、申しますのは、昨年地下水さんから「お裾わけ」する事のコメントを頂き、是非今年は私も自分で作った作物のお裾わけをしようと考えていたからです。また、ドングリなどの木の実や果物の種から植えて木を育ててみたくて、色々お話を御伺いしようと考えていたからです。今年は完全に雪解けする前に早めに畑に作物を植えてみたりして、記事にしたら、地下水さんからアドバイス頂けるかな・・・などと考えていました。
 そこに原発震災が起きてしまいました。私の計画が台無しになってしまった事などは些細な事ですが、福島県の農家の方々の打撃を考えると胸が痛みますし、怒りが込み上げます。

 ××××××××
 
 そうですか、広島型原爆の60倍の放射能飛散になってしまいましたか。・・・・報道では原発事故の犠牲者はまだ一人も出ていないなどと言ってますが、放射能被曝した人は沢山いるでしょう。被害の発覚はこれからでしょう。第一、放射能の為に地震と津波に遭った原発周辺の方々を救助に行けなかったわけですから、被災した人の何人かを原発によって救助せずに見殺しにしたと言えましょう。・・これだけでも原発は大きな罪です。

>相当数の被曝作業員も出るでしょう。

現在事故現場で頑張っている人の多くが、地元の下請け、孫請け、ひ孫請け・・・会社の人々です。東電本社の社員や原子力安全・保安院の人々の多くは真っ先に逃げて戻って来ないようです。東電の役員や大株主こそ来て作業して欲しいものです。

   +  +++    +++++    +++  +

 今年は畑作業する気になれませんでしたが、気を取り直して、今年庭に木の苗や種を植えようと考えています。畑の作物も作ろうと考えています。ここ福島県の会津の地で、今年も安全に作物が作られ、安心して食べられる事を願って・・・。

Re:昔読んでいます
雑草Z
    guyver1092さん の事だから、やはり読んでいらっしゃいましたね!?

 今読んでも遜色の無い内容です。最後の第5章では、原発だけ廃止しても良い世の中にはならないし、「汚染の時代」を憂えてます。guyver1092 さんがおっしゃるところの

>"何とかしなければ"という、強烈な焦り

も感じますし、達観した部分も感じます。

>第二次世界大戦当時、日本の指導者層はすべてに優先して国体の護持を計ってきましたが、それは現在も全く変わっていないようです。

特に原発の事となると、かの独裁国家よりも情報統制や反対派潰し、無視が酷いですね。そこまでして原発利権を守ろうとする推進派の浅ましさが見えてきます。


雑草さん、はじめまして!m(_ _)m
バッジ@ネオ・トロツキスト
さすが雑草さん!
よく「原子力=平和利用可能」論のもつ危うさ(だか欺瞞だか)にお気づきになりましたね。
しかし、あの論の最奥には、実は20世紀左翼の大方が共有するマルクス生産力の歪曲もあるように思うのですがね。
全ての科学技術が、価値から自由であると誤認するような、20世紀左翼のマルクス理解の貧困がね。
どうでしょ?w

Re:、はじめまして!m(_ _)m
雑草Z
    原発は、コストもかかり過ぎるし、危険過ぎるし全然割に合わないのにやろうとする輩が後を絶たないのは、大きな利権があるか、軍事利用かのわけです。はじめは自国の核武装の為か・・・と考えていましたが、槌田敦氏の本によりますと、上の記事にも書いてありますように、日本の原発は、当初イギリスとアメリカの核武装を補助した事になるのです。
 アメリカに次いで、ソ連も原爆を作り過ぎて、「核の軍事利用の危機」に陥っていたのですから、「平和の為の原子力」と言うキャッチフレーズをソ連も利用した事でしょう。


>全ての科学技術が、価値から自由であると誤認するような、20世紀左翼のマルクス理解

これは、左翼、右翼に関らず、近代、現代の科学信仰の盲目性でしょうね。殆んど全ての科学技術は、価値観に縛られていますね。
 原発こそその典型でしょう。愚かな価値観に縛られたどうしようもない似非科学技術と呼べるかも知れません。    

放射性物質飛散は広島型原爆の48倍
地下水
 少し訂正します。
 福島原発事故が0.63エクサベクレルの放射性物質をまき散らしたと発表された。かってチェルノブイリ原発事故では5.2エクサベクレルの飛散があったが、これは広島型原爆の400倍であった。つまり今回は400×0.63/5.2=48で、広島の48倍である。
 チェルノブイリでは事故当初に203人が入院し、内31人が死亡した。しかし当初は予測されていなかったが、その14年後には事故処理交代作業員86万人中の74万人が何らかの病気に罹り、内5万5千人が死亡した。ウクライナ国内の被曝者総数は342万人に上ると言われている。そして25年経った現在も周囲30キロ圏は放射能の為に立ち入り禁止が続いている。
 従って単純計算では、今回は事故作業員の内9万人が病気に罹り、内6千人が死亡し、国内の41万人が被曝すると考えられる。早急に福島原発病院を作り、継続的な被曝計測とガン検診と治療を行なう必要が考えられる。
 また今回は元凶の核燃料を抜く作業に5年、完全な廃炉に10年かかると発表された。同様に長期に渡り立入禁止区域になると考えられる。

Re:放射性物質飛散は広島型原爆の48倍
雑草Z
    地下水さん 訂正有難う御座います。

 ただ、この手の話は、オーダーがあっていれば問題の無い話でしょう。60倍も48倍も誤差の範囲ですね。10倍以上の開き(桁違いの開き)が無ければ問題は無いでしょう。
 また爆発等で、これ以上の放射能飛散が起こり、チェルノブイリ以上に放射性物質を放出する危険が心配です。

 被曝の単純計算の試算の部分ですが、東北の人口密度は日本の中では小さいとはいえ、ソ連と比べれば小さくないでしょうから、被害人口はもっと大きくなる可能性がありますね。

 +  +++    +++++    +++  +

 地下水さんのお住まいの所では、放射能はどの位来ていますか?・・・今年も木を植えたりされるのですか?

 昨年暮れ・・12月頃に、昨年8月に記事にして写真も載せた、八坂神社(・・地下水さんからもコメント戴いた記事です・・)にドングリを拾いに行きましたが、地面に枯葉が堆積していて、ドングリを見つけられませんでした・・・こんなことってあるんですね!・・吃驚でした。・・ドングリはもっと早めに拾うべきでしたね。
 八坂神社だけではなく、色々な神社に、原発事故が広がらない事を祈ってます。

コメントを閉じる▲
2011-04-05 00:01
かなり以前より、原発の現実を知れば知る程、原発が存在する事だけで憂鬱な感じが付きまとっていました。原発は、科学技術の暴走の典型、人間の愚行の象徴、狂気の沙汰・・としか思えません。そして、現実に事故が起こってしまった後は、その憂鬱は遥かに大きなものに変わりましいた。事故以来この憂鬱は払拭し切れません。これで、日本人、少なくとも福島県民は、これから何年も放射能と闘っていかなければならなくなりました。
ただの発電所の事故で、ここまで悲惨な事故が起こっていい筈が御座いません。狂っているとしか言いようがありません。原発事故では、これほどの災害、被害も十分に想定出来た筈です。

以前【大事故までやめない積もりでせうか?】と言う記事を書きました。もう3年以上も前の事です。これまでの人類の科学技術の中で最も愚かで最悪な科学技術である原発は、残念ながらスリーマイルやチェルノブイリ級の事故が日本に起こるまで止まらないのではないかと感じていたからです。

そしたら、私の地元福島県でその大事故が起こってしまいました。
直接の津波の被害だけでも過酷で甚大なのに、それに輪をかけて追い打ちをかけるような深刻な原発事故が引き続いて起こってしまいました。津波の復興から立ち直るだけでも並大抵ではなく、何年もかかるでしょう。それでも、津波の被害がより酷かった岩手県や宮城県の沿岸地域は復興に向かって動き始めています。一方福島県の原発事故現場付近は、事故後の救助活動もままならず、原発事故が無かったら助かったであろう筈の多くの命も救助もされず仕舞いでした。非常に残酷な事です。そして、原発付近から避難してきた方々の中には一生家に戻ることが出来ない人も沢山現れる事でしょう。こんな理不尽な人災があっていいのでしょうか?いまだに原発は必要だと言う人間が沢山いるのには呆れるばかりです。
「フクシマ」の名は「チェルノブイリ」のように、原発事故、放射能汚染事故の象徴として全世界の人々に知れ渡りました。そしてずっと人々の記憶に残り続けて行く事になりましょう。世界中の学校の教科書にも載るでしょう。やがて石棺が建設される事になるでしょうが、それで終わりではないのです。石棺もしっかり維持しなければ、劣化して放射能が漏れてくるのです。何代にもわたって管理しなければならなくなるのです。何とも憂鬱な事故です。色々な思惑のもと、利権の欲望に駆られた一部の人達の嘘に騙され、洗脳されて、禁断の原発を作ってしまった代償はあまりにも大きいのです。

原発には色々なメリットがあるとプロパガンダされてきましたが、何のメリットも無いことは【狂気の科学技術】等にも書いてきました。原発は真に狂気の科学技術なのです。だから、たとえ事故が起こらないとしても、被曝労働や放射性廃棄物の問題などどれ一つとっても原発は止めるべきなのです。これだけの代償を払ってしまった現在、原発を止める為にしっかり運動していきましょう。


    ××××××××××××××××××××××××××××××××


 今回の事故のずっと以前から脱原発を訴え続けてきたこのブログでは、これからも当分は原発事故の話題が中心になる事でしょう。内容は、原発の愚かさや理不尽さ、原発事故(特に今回の原発事故)は人災である事、原発は利権が中心で動いている事など、書く事は沢山ありました。しかし、その事はもう事故の前に大体書き尽くしています。カテゴリー【原子力】・・そして、それらの事は今後様々な方々、様々なサイトで書かれてくるでしょう。その中でも特に、ここにもリンク先になっている<環境問題を考える>及び<自然の摂理から環境問題を考える>は、よく調べ検証されているサイトです。今回の原発事故に関連して、マスコミでは発表されない裏事情まで沢山深く言及しています。洞察も深く鋭く為されています。皆さんも是非この二つのサイトをご覧ください。
・・当方は、ここまで短期にこれだけの深い内容を調べる事は出来ません。そこで、当方は、その事実関係や深い検証は、そちらにお任せする事に勝手に決めさせて頂きました。これからはそちらの該当記事をリンクしながら進めたいと思います。
そして、当方は、その二つのサイトによって深く掘り下げられた事実、および推測をもとに、独自の意見や提案をさせて戴こうと考えています。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2011/04/05 00:01】 | 原子力 トラックバック(1) |

現代科学の神話:コントロール願望とその幻想
TheorySurgery
こんにちは。人間の「致命的な思い上がり」がある限り、何度でも今回のような惨事が繰り返されるような気がしてなりません。欲望のままに地球を支配し、コントロールできるという考えは、私には大変、傲慢な考えだと思うのです。

養老孟司さんは、現代人の考え方を「ああすればこうなる」という言葉で言い表しています。「世界は思いのままになる」という現代人の思い上がりを戒めた言葉です。人間の欲望をどうコントロールするかの方が私には大事に思えます。そうすると、結局は、人間の心のあり方に行き着くのだと思いました。


原発の責任者たちは想定の甘さを想定外と言い換え、そういう責任逃れの体質が「万が一に備える」ことを怠らせました。「千年に一度」なら、40年稼動させれば、1/25(40/1000)で、惨事に遭遇する確率は4%にもなります。百年に一度なら、50年稼動させれば、50%もの確率になります。このようなハイリスクな運試し(ギャンブル)のもとで、原発の運営が行われていたことになります。

「万が一」に備えるどころか、「25が一」にすら備えていなかったわけです。原発ではたった一度の災いが破局の危機にまで陥るのですから、万全に「万全を期す」くらいの気持ちがなければ、安心して任せることなどできません。薄氷を踏むような思いで運営されなければならないテクノロジーに現代文明は、依存しなければならないのでしょうか。私はそうは思いません。口の達者な専門家たちがどんなに言い逃れのレトリックを持ち出そうが、このギャンブルの「代償」に、国民は納得しないと思います。

Re:現代科学の神話:コントロール願望とその幻想
雑草Z
>人間の「致命的な思い上がり」がある限り、何度でも今回のような惨事が繰り返されるような気がしてなりません。

そうですね。私もそう思います。さし当たって、原発を廃止しなければまた原発事故も起こるでしょう。

>欲望のままに地球を支配し、コントロールできるという考えは、私には大変、傲慢な考えだと思うのです。

この点も、全く同感です。日本の伝統文化には自然崇拝があり、自然をコントロールしようなんて発想は無かった筈です。同様に世界各地の殆どの先住民の文化にもそんな驕りは無かったでしょう。・・現代の、科学を妄信して、地球をコントロールしてやろうと言う文明は欧米の「開拓者精神」のようなものから続いていますが、そうやって他民族を支配し、巻きこんで、破局に突っ走っていますね。地球の癌細胞と言えましょう。

>口の達者な専門家たちがどんなに言い逃れのレトリックを持ち出そうが、このギャンブルの「代償」に、国民は納得しないと思います。

そうですね。この全く割に合わない大き過ぎる、「代償」を受けたのですから、しっかり目を覚まして原発を止める方向に進むときですね。そして、科学技術の妄信からも早く抜けるべきでしょうね。

   +  +++    +++++    +++  +

TheorySurgery さん
また、コメント頂き有難う御座います。以前、頻繁に意見を交換し共感していた時期が懐かしいですね。あの頃はまだ勿論、福島原発事故は起きていませんでしたし、BPの石油流出事故も、リーマンショックも起こっていませんでした。科学妄信の経済成長路線が崩れ始めて、いよいよ文明崩壊が始まったと言う感がしてなりません。この狂った現代文明は、早く世紀の大転換をしなければ大変な事になりますね。


壊れても大丈夫なシステム
上々
原発の地震津波想定が甘過ぎての事故ですが、ならばもっと頑丈に、また補助装置の追加をとなると元々不利なEPRがさらに低下ですね。
だいたい炉心溶融なんてもっとひどい状況でなければならないと思っていたのが冷却水が流れないだけであっという間に来てしまうというのは私も知りませんでした。
事故の想定云々の以前に、簡単にそうなってしまうシステムは使うべきではないと言うことです。
火力発電所ならせいぜい地震で壊れて火が周り発電所が全焼、燃料が漏れ出し少し汚染と言う程度でしょう。大したことはありません。

他のこともこのように考えてみればやって良いことと悪いことと言うのは分別できるのではないですか。
1000年に一度だけではなく、1万年・10万年に一度の災害が来ても身一つで逃げだして大丈夫になったら帰って再建。
そういうことができる社会システムにしておけば過大な投資をする必要はありません。


y.suzuki
>当方に、ここまで短期にこれだけの深い内容を調べる事は出来ません。そこで、当方は、その事実関係や深い検証は、そちらにお任せする事に勝手に決めさせて頂きました。これからはそちらの該当記事をリンクしながら進めたいと思います。>
 
 雑草Zさんの協働、わたしもうれしく思います。
自然の摂理から環境を考えるの会員メンバーさんも使っていただくほど喜ぶと思います。

 環境問題をはじめとして技術問題は科学的知見や関連する技術体系など膨大な裾野の広がりがあり、個人で扱うのには限界がありますから。そこを突破できれば、独占利権体制の壁を壊せるのではないかと思ってます。



原発を廃止していく方法は?
のぶぶ
はじめまして、理系の大学院卒の科学大好きなエンジニアです。
原発が怖いものであり、運転することによる長期管理の放射性物質があることも理解しています。
最終処分までを考慮すると、エネルギー収支的にプラスにならないから、停止すべきというのも、理解できます。
ただ、今後どのように原発を廃止していくかというシナリオが思いつきません。ぜひ、現在考える最適なシナリオをお知らせいただければ幸いです。

私の考える無難なシナリオでは、
A.段階的な原発の廃止
①安全基準の低い既存の危険な原発(今回の震災でたえられないもの)を新しい安全基準の原発に作り変える。(対策追加、作り変え)
②今後は新しい原発はつくらない。
③段階的に古い原発から廃止していき、30年後には全炉を廃止する。(毎年3%ずつ減少させる。)
④最大電力量が減少するが、ピーク電力回避、自然エネルギー発電、節電対応、新しい燃料発掘にて対応する。

これは、残念ながら既に原発は稼動しており、エネルギー収支的には発電所としてマイナスであったとしても、できるだけ利用して時間稼ぎと電力の運転資金を原発で稼ぐというものです。
③、④を実行するためには、強いリーダーの意志と国民の協力が必要かと。
③、④を実行しなかった場合は、現状維持というもっともありえるシナリオとなります。

次は、もっとも過激な、自分たちの生活は貧しくなってもいいから、原発なんか即座に停止してしまえ。というものです。
B.強行(恐慌?)的な原発の廃止
①国内全部の原発の停止
②計画停電の全国的な実施
③ピーク電力を平準化するため、生活様式を夜稼動(企業、生活など)など、消費側で平準化する。
④大口の電力消費(企業等)での省エネ対応を実施する。
⑤自然エネルギー発電、新しい燃料発掘をすすめる。
これは、安全をお金と利便性の消失で得ることになります。今までの消費活動がかなり制限されるため、経済的な損失は過大になると思います。バブル崩壊、リーマンショックよりも大きな経済損失が発生するでしょう。ある意味、世界恐慌に発展する可能性も高いですよね。(現に、すでに、震災の影響でアメリカでの自動車生産にも影響してますし。)
たぶん、原発絶対反対派の考えかたは、このB案でしょうけど、②の計画停電が全国に波及するくらいしか考えていないと思います。実際この案が実行されたら、失業率は異常なまでに上がると思われます。早い話、農家とか漁師とか自給自足ができそうな人、意外は生活ができないかと思います。これだと世紀末ですよね。
この想定は、間違ってますかねぇ?

ということで、私は、A案の段階的な原発の廃止しかないと思っています。
また、段階的な廃止が実行可能なのかどうかといったところです。いかがでしょうか?



Re:壊れても大丈夫なシステム
雑草Z
    上々さん

>もっと頑丈に、また補助装置の追加をとなると元々不利なEPRがさらに低下ですね。

絶対事故が起こらない原発を作るのは無理ですが、仮にかなり安全に・・・例えば、廃炉にするまでに大きな事故が起こる可能性が0.001%以下(本来、このくらいにしても不安だと思います。)にする原発を作るなら、作るだけで、廃炉の後の事まで計算する以前に、EPRは1を割るかも知れませんね。・・・それだけも原発は、安全に作ると割に合わないものと言う事がわかりますね。安全に作らなければ、事故の場合の期待値まで計算すれば、(当然計算すべき事です。)それだけでも割に合わない事になりましょう。
 つまり、原発はどう作ってもEPRを考えただけでも破綻している事になりましょう。

>事故の想定云々の以前に、簡単にそうなってしまうシステムは使うべきではない

全くおっしゃる通りです。槌田敦さんに言わせれば、原発は余りにもお粗末すぎて科学技術とも呼べない代物だそうです。

>他のこともこのように考えてみればやって良いことと悪いことと言うのは分別できるのではないですか。

理性的分別の前に、利権に群がる強欲な資本家、財閥、政治家達がモラルを失っているところが問題と言えましょう。


>1万年・10万年に一度の災害が来ても身一つで逃げだして大丈夫になったら帰って再建。

そうですね。私の理想を上手く表現して下さいました。それが理想であり、当然の事だと考えています。昔はそれが出来た筈です。今回の震災も、地震や津波の直接の被害だけならそう出来たのに、原発がそれを不可能にしましたね。とんでもない事です。
 

>協働
雑草Z
    y.suzukiさん

 記事をリンクさせて戴いたとき、TBして、お知らせしようと考えておりましたが、その件でコメントして戴き、有難う御座います。

>自然の摂理から環境を考えるの会員メンバーさんも使っていただくほど喜ぶと思います。

そうおっしゃって頂き、有難う御座います。有効に使わせて頂きます。
 <自然の摂理から環境を考える>の今回の
 
> 東北地方太平洋沖地震~原発は必要か否か

シリーズのフットワークには脱帽です。メンバーの方々は、他にお仕事もおありでしょうに、毎日あれだけの記事をアップ出来ているのが凄いです。何人体制で、どのようなシステムで記事をアップしているのでしょうか?「ネットサロン」でやってるのでしょうね?

>環境問題をはじめとして技術問題は科学的知見や関連する技術体系など膨大な裾野の広がりがあり、個人で扱うのには限界がありますから。

その通りですね。るいの組織力にも脱帽です。仕事を終えた後のサークル活動で、スポーツや娯楽をやるのではなく、このような環境問題や社会問題に取り組んでいる事が素晴らしいと感じております。

 <『環境問題』を考える>の近藤邦明氏は、【HP管理者から】で、今回の原発事故に関連して、個人で最近毎日のように科学的で定量的な事まで含んだ記事をアップしているのも脱帽です。

次回の記事は、まだ<自然の摂理~・・>で扱っていない、原発の導入の経緯や「原発の平和利用」と言う事に関して言及しようかと考えていますので、槌田敦さんの著書などを参考に書く予定です。参考に見て戴ければ嬉しく思います。るいネットで使って頂けたら光栄です。

>そこを突破できれば、独占利権体制の壁を壊せるのではないかと

はい、強欲で利己的な連中の利権体制が今回のような深刻な問題を産んだとも言えましょう。悪魔に魂を売ったような連中の利権構造は壊さなければなりませんね。
 
 

Re:原発を廃止していく方法は?
雑草Z
    のぶぶさん

 はじめまして、なかなか核心に迫るご質問ですね。御自分で2パターンのなかなかしっかりしたシナリオをご用意されたところがいいですね。有難う御座います。それをベースにしてお答えさせて戴きます。


結論を先に言わせて頂けば、私の意見は勿論

B.強行(恐慌?)的な原発の廃止 

です。理由は、原発廃止は遅れれば遅れるほど人類は危機に瀕するからです。今直ぐストップしたところで、放射性廃棄物の問題はかなり深刻でしょう。これから非常に長い時間管理しなければならないと言うだけに留まらず、常に放射能漏れの心配が続きます。一か所も放射能漏れの事故を起こさず、何百何千年も管理する事など不可能でしょう。

 最悪の場所は六ヶ所村の「再処理工場」と言う名の最終処分場(結局そうならざるを得なくなるでしょう。)です。集められた放射性物質の量は膨大で、それこそ大事故で放射能の多くが漏れ出したら、日本は簡単に滅んでしまうでしょう。

 原発を即廃止したからと言って、生活が貧しくなると言うのも推進派の脅しでしょう。まだ日本はフランスのように原発依存率は高くありません。発電依存40%などと言うのは、原発をフルに利用し、その分火力や水力を停止した場合の依存率でしょう。
 電力供給能力で言えば原発は20数%です。日本人の全エネルギーの消費量からみれば、原発のエネルギーは10%そこそこです。庶民は節電レベル、企業は無駄なものを作らなければ簡単に達成できるレベルかと思います。・・でも持続可能な社会に移行する為にはもっと遥かに消費量を下げなければなりません。新エネルギーの開発ではなく、エネルギー消費レベルを思い切り下げる方向で無ければエネルギー政策は何をやってもそのうち破綻するでしょう。

 原発停止によって自分達の生活が貧しくなる事も殆どないと考えます。何故なら原発の分のエネルギーは浪費のレベルと考えるからです。エネルギー収支で実質エネルギーを出しているとも言えません。浪費を豊かさだと勘違いするような社会は破局に近付いていると言えましょう。だからこそ、原発のドーピングからは一刻も早く脱するべきです。

>実際この案が実行されたら、失業率は異常なまでに上がると思われます。早い話、農家とか漁師とか自給自足ができそうな人、意外は生活ができないかと思います。これだと世紀末ですよね。

そうですね。そのような事はあると思います。それでも原発は即停止でしょう。何故なら、原発を脱する時期を遅らせれば遅らせるほど、危機は大きくなるからです。原発に限らず人類の利用する資源、エネルギーは持続可能なレベルを遥かに超えて、浪費しているからです。望む望まざるに限らず、経済や社会の縮退は必ず起こるでしょう。急速な脱原発で考えられる危機よりも脱原発を遅れさせたことによる危機のほうが遥かに恐ろしいものでしょう。

 それでも、現実問題として、A.段階的な原発の廃止  
 で行けても上出来かも知れません。まだまだ原子力政策を推進しようとする輩が沢山いて、全廃には抵抗するでしょうから。

>また、段階的な廃止が実行可能なのかどうかといったところです。

と言う現状認識は残念ながら今のところ間違っていないでしょうね。それでも、浜岡原発などは、早急に廃止しなければ危険過ぎます。

 成長の限界による制御不可能な崩壊は
>安全をお金と利便性の消失
などと言う生易しいものではありません。




y.suzuki
早速のレスありがとうございます。
ブログについては誰でも参加できる公開のネットサロンでも議論していることを掲載しています。が私も管理者ではないので、全貌は把握できていません。

 また、ブログに掲載するために膨大な資料を検討もしていますが、皆さんにわかりやすく提示できるものがほとんどないのも事実です。あまりに専門的で、それを判りやすく編集する過程が不可欠なんです。

 近藤氏のHPも温暖化のシリーズでは参考にさせていただきました。

 まだまだ非力ですので今後ともよろしくお願いいたします。


ぴのこ
こんにちは!
協働、ありがとうございます☆
<環境を考える>さんも、めちゃくちゃ追求されて、すごいなと思いました!早速お気に入りに入れました^^

るいネットで、雑草さんの「狂気の近代科学技術」の引用紹介をしている記事が秀作になっています!!
いつも、みんなの気付きになる記事をありがとうございます♪


コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。