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2011-01-29 00:01
「経済のトレンド」と言えば、投機目的の経済動向の話題のようですが、・・投機的短期のトレンドの話ではありません。・・でも敢えてそんな誤解を呼ぶようなタイトルにしてみました。(笑)
・・・「経済」と言う概念自体に対する時代のトレンドを考えた場合、投機で使う「長期」と言う言葉はどれも短期過ぎる話です。そうではなくて、世紀にわたる「長期」の話です。つまり経済がどのようなものである(べき)か・・と言う「トレンド=潮流」のお話です。
現在の経済のトレンドは、「成長志向」です。「トレンドではなくて、永遠のテーマだ。」と言う経済学者や財界人などは山ほどいるでしょう。しかしそれは、ここ数十年の「短い」経験をもとに考えた軽率な発想です。成長志向は高々ここ1,2世紀の間の「トレンド」に過ぎないのです。経済学では経済成長を『公準』のように扱っているようですが、こんな概念が公準であってはたまったものではありません。ここ100年ばかりの見識の狭い経済学者達が「公準」に祭り上げただけで(それに乗っかる人々も愚かですが・・)こんなものは打ち上げ花火のようなトレンドです。そのうちみんなから見向きもされない「トレンド」になるでしょう。・・1,2世紀もの長い期間トレンドであったこと自体が近代人類の恥部だと言えましょう。
世界の主流である「経済成長主義」は、現在は圧倒的多数派でありますが、安泰では無くなって来た事は多くの人がうすうす肌で感じているところでしょう。それどころか大きく揺らいでいます。【経済成長路線は難攻不落ではない】で述べました。現在最大勢力である経済成長主義は、実は砂上の楼閣なのです。バラ色の夢がある事のように思い込ませられているだけの、実質、無謀で不可能な概念です。この、経済成長主義者の信念はそのうちに揺らいで崩れ去るでしょう。

 現在、環境問題はかなり優先されるようになってきました。ここのところ環境問題を重要視することは日本だけではなく、世界の趨勢になってきています。多くの企業も環境問題に力を入れている事を売りにしています。・・実際に効力があるかどうかは疑わしいものに溢れていますが、一応スタンスとしては環境に配慮しています。そして環境を無視した経済活動、工業は非難されるようになって来ました。政治家でも企業人でも、あからさまに「環境問題はどうでもいい、無視していても良い、経済最優先!」という態度の人は見かけなくなってきました。勿論、ポーズだけで、そのようなスタンスの輩はまだまだ世に溢れていますが・。
 しかしそんな世の潮流とは裏腹に実際に解決した環境問題は、ほんの一握りの局地的なものばかりです。全体として環境問題はいまだに悪化の一途を辿っています。それは環境に配慮したということを大げさにプロパガンダしているだけで、実際は殆ど効果が無かったり逆効果のものが多いからです。対症療法的なものばかりで根本原因には目をつぶっていたからです。
 その根本原因は何か・・・それは成長主義という名の膨張主義です。いくら省エネ製品を沢山作っても、エコポイントや補助金を付けたりしても、グリーン・ニューディール政策を実施しても、環境は悪化の一途を辿るのみです。経済成長という名の物質的膨張、物資の浪費がある限り環境問題は解決しないのです。だんだんだんだん自然環境も人間の住める環境も破壊されていく一方です。経済成長を前提に環境対策を行っているからです。つまり環境対策も経済効果ばかりに注目しているからです。
環境問題の根本原因が経済成長戦略にあることに気付いた人も次第に増えています。ネットや書物を見ると脱成長の支持に名乗りを上げた人々も増えています。経済成長に意義を唱える団体も沢山現れています。緑の党をはじめ、反経済成長の政党も現れ、議員にも当選するようになって来ました。

脱成長に関する会議も開かれるようになりました。

第1回「脱成長」国際会議は2008年フランスのパリで
第二回「脱成長」国際会議は2010年にスペインのバルセロナで開かれました。
(正式名称は、 『地球生態環境の持続可能性と社会的公正の為の経済的脱成長に関する国際会議』 です。)まだそれほど大きな会議ではなく、日本の政治家やマスコミは無視を決め込んでいるようですが、近い将来取り上げざるを得ない状況になるでしょう。
ヨーロッパ人の一部の知識人の間では、脱経済成長がホットな話題になっているようです。、経済成長を公準としたどうしようもない経済学と違い、最も理性的な経済の評価だから当然の成り行きと言えましょう。
様々な国で経済成長主義に反旗を翻す人が確実に増えています。
だからこれから 脱成長が 大きなトレンド=潮流 になる事は間違いないでしょう。
 経済成長を主張することが恥ずかしい事になるのも時間の問題でしょう。・・きっと21世紀中の遠くない日までにそんな価値観が世の趨勢になるでしょう。『経済は膨張させるべきものではない。』・・・と言う価値観が多数派になるのです。
 つまり、経済よりも環境が大切であることが社会の価値観として確立しつつある現在、環境問題の根本原因である成長志向という名の膨張志向は、愚かな思考と見なされるようになるでしょう。何故なら本当に愚かだからです。(笑)
 現在経済成長を声高に連呼している大部分の政治家も、経済学者も、経済評論家も・・・経済成長を主張していたことを恥ずかしい事として、そんな過去を誤魔化したり隠したりする時代になるでしょう。何故なら、確かに経済成長フェティシズムは恥ずかしく愚かな志向だからです。
 以上は個人的な希望的推測のように見えるかも知れませんが、極めて理性的な推測であると確信しています。根拠のしっかりした預言とも言えましょうか。
環境が破壊され、崩壊の危機が迫った地球上の社会で、脱成長は唯一の理性的な解決策だからです。問題は、崩壊の規模がどれくらいの段階で脱成長の合意が得られるか?間に合うか・・・と言うことだけです。一刻も早く脱成長の合意に至り、経済成長路線から脱する事が大切です。
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【2011/01/29 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

脱成長こそ「成長」の源ですね。
power
雑草Zさん

逆説的かもしれませんが、脱成長しなければ「成長」する
ことはないという(笑)

工業化社会からサービス産業化社会(日本も含めた多くの
先進国)になろうが、工業化社会からサービス産業化
社会への過渡期(中国・インド・ブラジル・ロシアなど)
だろうが、農業林業水産業社会(アフリカ諸国など)
だろうが、物資やサービスの浪費を続けていたら
いくら省エネ製品を作ったりサービスの質を良くしたり
(ここでいうサービスの質とは、対価に見合った質と
いう意味。要は、高級サービスで高単価)しても、行き詰まる
(既に、行き詰っているが・・・)だけであるという。

これを防ぐには、全世界で皆が「遊ぶ」ことが必要です。

電気などのエネルギーを使わない「スポーツ」や
生涯学習という意味での「勉強(高等遊民?)」を
することぐらいしかないでしょうが、この方が「成長」
するのではないか?(知識・教養が身に付き、身体も
鍛えられるという意味で)と。

技術革新においては理数系教育にもっと予算を
割いて技術者を輩出すれば、「できるだけエネルギーを使わず
環境に負荷が掛からない」製品やサービス
を発明することは十分可能(しかも、今よりも遥かに少ない
労働時間で)であると思うので、極少数の
方々がそういった立場に就き大多数の方々は「遊ぶ」
ことがメインになっていくでしょう。

冷酷な言い方になってしまいますが、本当の意味で「成長」
するには大多数の方々は働く必要がない(技術革新に
より、生活必需品と教養娯楽に必要な製品やサービスは
極少数の方々が働けば十分賄えてしまう)のです。



新産業育成や既存事業の拡大も×
power
雑草Zさん


経済成長には新産業育成や既存事業の拡大が必要だ!!
などとよく言われますが、両方とも×です。

どちらも、完全に限界に達しています。

新産業育成においては、ここ10年ほどの間で出てきたのは
ITを利用したサービス(ブログ・SNS・ミニブログ
・ネット広告・オンラインゲーム・スマートフォン・
ネットブックなど)ばかり…

共通しているのは、「どうでもいい内容ばかり投稿して
いたりどうでもいい動画を見ていたりうざい広告が表示
されるだけだったりと、大多数の人に
とっては無くても困らない上に時間と金の無駄になる
だけのサービス」だという(笑)

私も人のこと言えませんが、ITを利用したサービスは
娯楽性が非常に高くやり始めると中毒になりやすい
(オンラインゲーム中毒など)ため、IT技術者は
消費者に「時間と金の無駄使い」をさせているだけで
経済成長を抜きにしても有害の方が多い(真面目に
議論している雑草Zさんの様なブログなどの方が
遥かに少ない)のです。


既存事業に拡大については、以前、あるテレビ番組で
売上も利益も驚異的に伸ばした畳職人が紹介されていた
のですが、24時間365日交替で畳が完成した直後から
24時間以内に顧客の元へ届けるというサービスを開始
しただけ…という内容で、そこまでしてすぐにでも畳が
欲しい人なんていないだろうと思ってしまいました。


新産業育成は「時間と金の無駄使いのITを利用した
サービス(笑)」、既存事業の拡大は「そこまでする必要性
もない(緊急を要しない)サービスを作っただけ(笑)」

経済成長を抜きにしても、バカバカしい。

こんなバカらしいことをしなければ経済成長できない(笑)
というのは、既に経済成長なんて無理
だということが実証されてしまったということです。
(物理的に考えれば、理論上、無理なのは明らかなのだが)


狩猟採取民
guyver1092
 『文明崩壊』によると、狩猟採取民でさえ、より多くの獲物をとれるようにするため、過去に森林を焼き払ったことがあるようです。現在の狩猟採取民はそんなバカなことはしませんが。ジャレド氏は、長い間に足るを知るようになったと推測しています。現代人の主流ががこの域に達しない限り、文明崩壊は不可避でしょうね。

Re:脱成長こそ「成長」の源ですね。
雑草Z
    powerさん

>逆説的かもしれませんが、脱成長しなければ「成長」する
ことはないという(笑)

 現在の「経済成長」の定義である「国民総生産の増加」のような実質「経済膨張」と言えるものから「脱」しないと、社会の真の成長がないと言う事ですね。「社会の真の成長」と言うものはまた哲学的な話になるとは思いますが、兎も角「膨張」と言う名の「成長」は早く脱するべきですね。

>工業化社会からサービス産業化社会(日本も含めた多くの先進国)になろうが、・・~・・いくら省エネ製品を作ったりサービスの質を良くしたりしても、行き詰まる(既に、行き詰っているが・・・)だけであるという。

おっしゃる通りです。まさしくこの部分が現在の経済成長主義者、エコノミスト達の限界であり、彼らの考えの及ばない点であります。ここまで考えられない人達が社会の指導者だと言うところが大問題ですし悲しいところです。

>これを防ぐには、全世界で皆が「遊ぶ」ことが必要です。

 素晴らしいご提案です。科学技術が発展しても経済成長する為に労働時間が減らないと言う事はおかしな事ですね。楽しむ事よりも経済成長を優先すると言う狂った発想がまかり通っていますね。

>電気などのエネルギーを使わない「スポーツ」や 生涯学習という意味での「勉強(高等遊民?)」を することぐらいしかないでしょうが、この方が「成長」するのではないか?

そうですね。エネルギーを使わない「スポーツ」もいくらでもあるでしょうし、高等遊民的な学習もいくらでもあるでしょう。

>「できるだけエネルギーを使わず環境に負荷が掛からない」製品やサービスを発明することは十分可能(しかも、今よりも遥かに少ない労働時間で)であると思う

そうですね。これこそ本当に役立つ科学技術でしょう。

>冷酷な言い方になってしまいますが、本当の意味で「成長」するには大多数の方々は働く必要がない(技術革新により、生活必需品と教養娯楽に必要な製品やサービスは極少数の方々が働けば十分賄えてしまう)のです。

そうですね。新たな開発と言う意味ではそういう部分もあるでしょうね。ただ、エネルギーを浪費出来ない分大量生産、は出来ないわけですから(・・やる必要もないし、するべきでもありませんが・・)人力はかなり必要になるでしょう。
 農業も機械を使えない分、人力の小農が主体になるでしょうので、農業だけ考えてもやる事はけっこうあるでしょうね。土木事業もみんな人力主体ですから、遊んでばかりはいられないでしょう(笑)

しかし兎も角、エネルギーや資源を浪費しないで遊ぶ分には、成長成長とあくせく働くより遥かに社会の為でしょう。
いいお題を戴きました。
 


Re:新産業育成や既存事業の拡大も×
雑草Z
    powerさん

>経済成長には新産業育成や既存事業の拡大が必要だ!! などとよく言われますが、両方とも×です。

おっしゃる通り。この辺りも私はpowerさんと全く同じ意見です。・・まあ、人力と言う古くて新しい産業は必要ですが、「行き詰ったら新産業の開拓」と言う考え方は駄目ですね。この辺りもエコノミストの発想の限界でしょう。

>私も人のこと言えませんが、ITを利用したサービスは 娯楽性が非常に高くやり始めると中毒になりやすい

私も人の事は言えません(笑)。ただ、情報発信と言う意味で、脱成長革命の達成までは必要なツールでしょうね。

>こんなバカらしいことをしなければ経済成長できな(笑)
というのは、既に経済成長なんて無理 だということが実証されてしまったということです。

そうですね。もうかなり以前から経済成長は無駄と無理と不必要と不合理、不条理によって為されていますね。とんでもない事です。こうやって気づいた人からみんなで経済成長の理理不尽さを訴えて行けば、それがトレンドになりましょう(「トレンド」なんて言葉で表すと軽薄に感じますが・・・人類の思考の方向と言う意味です。人類が舵を切らなければならない方向に間違いありませんね。)



Re:狩猟採取民
雑草Z
    guyver1092さん

>狩猟採取民でさえ、より多くの獲物をとれるようにするため、過去に森林を焼き払ったことがあるようです。

確かに狩猟採取民族もそのような事はしていたでしょうね。
『文明崩壊』のどの辺りに書いてありましたか?(毎度すみません・・・確かにこの辺りは頭に残っています。)
『暴走する文明』にもマンモスを必要以上に大量に殺してマンモス絶滅の原因になった・・と言うような事が書いてありました。

>ジャレド氏は、長い間に足るを知るようになったと推測しています。

その推測は当たっているでしょうね。「足るを知った」古代人なのにいつの間にかまた「足るを知らなく」なってしまったのでしょう。そのきっかけは農業であったり、産業革命であったりでしょう。槌田敦さんは農業により余剰の食物が出来た事が支配階級の出現である・・と言うような事を書いていますね。

>現代人の主流ががこの域に達しない限り、文明崩壊は不可避でしょうね。

おっしゃる通り、もう十分に足りているのだから「足るを知る」べきですね。

 

新産業育成の弊害(追加)
power
雑草Zさん


雑草Zさんも感じておられることだと思いますが、ここ10年ほどのITサービスを利用した新産業育成においては「時間と金の無駄使い」以外の弊害がでて来ています。

ペニーオークション・クーポンサイト(バードカフェおせち問題で登場したグルーポンなど)・携帯電話用のSNS(グリーなど)などの、情報弱者を喰い物にした「詐欺的ビジネス」の横行です。

芸能人やスポーツ選手などの「有名人」を使ってTVCMなどで
ガンガン宣伝して、情報弱者から金を巻き上げ(グリーなどは月10万円を超える請求も出ている。プログラムを変えればいくらでも胴元に有利にできる、ネット上のガチャガチャやクジ引きなどで被害者多数。架空のアイテムなのに1回300円の課金など超ボッタクリ)るITを利用した新産業が幅を利かせているのです。


法律の不備を突いているとはいえ、経済成長のために詐欺行為し放題。グレーゾーンだから何をしても許されると勘違いしている。

ITを利用した新産業が出る前も詐欺的ビジネスはありましたが、最近は不況にかこつけてさらに酷い状況になっています。

経済成長のためにこの様な詐欺的ビジネスを横行させようという輩は、経済成長を抜きにしてもバカです。害の方が大きいので。

何としてでも経済成長をっ!!というスローガンが倫理まで狂わせてしまったと思えてなりませんね。新産業育成を考えている方々も本当は頭が悪いのかも知れません。

Re:新産業育成の弊害(追加)
雑草Z
    powerさん

>TVCMなどでガンガン宣伝して、

無料のゲームサイトなどはどうやってお金を儲けているのかと思っていましたが、なるほどそういう事でしたか。

>情報弱者を喰い物にした「詐欺的ビジネス」

その通りですね。ところで、

>情報弱者

と言う言葉は、世間で最近使われるようになった言葉ですか?・・それとも power さんの造語でしょうか?

詐欺行為やそれに近い事を行っている人々は、自分達が楽して沢山儲けようとやっている事で、社会の経済成長の為とは思っていないでしょう。そして、彼らの非合法に近い儲けは、国民総生産などにカウントされない可能性も高いと思いますが、このように詐欺的行為で儲けた輩があぶく銭をぱっと使うことによって、確かにGDPの増加に貢献するでしょうね。つまり彼らが意識しようがしまいが、こんな詐欺行為でさえ経済成長には貢献するわけですね!
 これが非常に特殊な例であるわけではなく、今日の経済成長の原動力なんてこんな詐欺まがいの事が沢山あるのでしょうね。経済成長の牽引者である金融業などの商売の本質も、この手の詐欺とあんまり変わらないでしょうね。

>最近は不況にかこつけてさらに酷い状況になっています。

それは言えますね。なり済まし詐欺もこの手の詐欺も根はあまり変わらないでしょうね。酷いものです。

>何としてでも経済成長をっ!!というスローガンが倫理まで狂わせてしまったと思えてなりませんね。

全くその通りですね。これまで世界中で経済成長の為に色々な事を犠牲にして来ましたが、その結果社会は、更なる経済成長を脅迫するようになりました。悪循環です。

>新産業育成を考えている方々も本当は頭が悪いのかも知れません。

私もそう思います。このような目先の経済効果しか考えない政治家が多過ぎます。今こそもっと大局的なものの見方が必要ですね。



使われれば経済成長に貢献!でも・・・
power
雑草Zさん


情報弱者・・・新聞やTVなどの「マスコミ」の情報を何の疑いもなく信じ込む人です。情報の正誤の判断が出来ない人のことを指します。

昔から使われている言葉です。


グリーなどはTVCMで「無料です!」とガンガン宣伝をして情報の正誤が判断できない人達(特に、小学生以下の子供)を騙して、ぼろ儲け(経常利益率50%を超えています)しています。

アイテム課金なども携帯電話の利用料金と一緒に引き落とすことで、情報弱者の方々が簡単に金を使うようになっています。
クレジットカード払いや課金前に暗証番号入力を求めるなどの手続きが一切ないため、「無料です!」のフレーズをまともに信じて利用すると後日とんでもない額の請求額になるという・・・

こういった「詐欺的ビジネス」で稼いだ金であっても使われれば経済成長に貢献!するからという理由で、「詐欺的ビジネス」を正当化する人がいるからタチが悪いですね。

Re:使われれば経済成長に貢献!でも・・・
雑草Z
    powerさん

 なるほど、
>新聞やTVなどの「マスコミ」の情報を何の疑いもなく信じ込む人

の意味で使われていたのが、ITビジネスが活発になってからは、ITに詳しくなくて情報産業の情報を信じてしまう人の意味で使われるようになってきたわけですね?
・・・私は「情報弱者」は、コンピューターやネットにアクセス出来る環境になくて、握れる情報が少ない事によって経済競争などに負けて行く途上国の人々とか貧困層の人々などを示す言葉と認知していました。言葉は日々変化しますね。

>アイテム課金なども携帯電話の利用料金と一緒に引き落とすこと

そんな事が出来るシステムであるとは変ですね。携帯電話サービス会社が共謀しているのではないかと勘繰りたくなります。

>「無料です!」のフレーズをまともに信じて利用すると後日とんでもない額の請求額になる

それでも非合法ではないのですか??

>経済成長に貢献!するからという理由で、「詐欺的ビジネス」を正当化する人がいるからタチが悪い

そこまで酷い人はあまりいない・・・とは言えませんね。確かにいます。詐欺的ビジネスを黙認して自分達もそんな隙間を見つけて儲けよう・・・と言う輩が沢山いるのも事実です。本当にタチが悪いですね。
 やはり新産業の育成も既存事業の拡大もこれ以上やる必要はないものばかりですね。


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2011-01-23 00:01
人類が他の動物と同じように自然にある物を採って食べていた頃、狩猟採取生活をしていた頃は、人口もそれほど増加はしなかったでしょう。その頃は石油等の地下資源によるドーピングもなかったので、分断されて人間が棲んでいた地域毎に、現在よりも遥かに小さな人口密度レベルで「飽和」してほぼ定常状態にあったと言えましょう。その頃の世界の人口は1千万人にも満たなかったと考えられています。
農業の発見で人口が一気に膨張したと考えられています。この辺りから他の動物との共生領域に対して人類の独占化が始まったと言えましょう。科学の発達で更に人口が増え、また、人間1人当たりの資源の使用量も増加をはじめました。特に20世紀までの数世紀の間、即ち産業革命以降は、人口も一人当たりの資源消費量も(超)指数関数的膨張をした極めて特殊で異常な時期と考えられるでしょう。つまり、農業の起こった1万年ほど前から現代までの人類の歴史は、「膨張の短い歴史」と言えましょう。「短い」という意味は、人類の歴史、農業の発見以前の時代と比べて遥かに短いという意味です。農業の起こりがアバウトに1万年前と考えられています。つまり、農業が始まってからの膨張の歴史は、人類の歴史を100万年と考えれば、ほんの1%ほどだと言うことです。人口一人当たりのエネルギー消費が急膨張始めて、地下資源の浪費も始まった産業革命以降からはまだ数百年、人類の歴史の0.1%にも満たないのです。

これまでの人類の歴史には局地的な文明崩壊は沢山ありました。火山の爆発や寒冷化など自然災害で崩壊した文明もありました。他民族に滅ぼされた文明もありました。
これらの天変地異的な原因や他の民族による攻撃が原因でない場合、その根本原因を一口であらわせば、「文明の膨張による崩壊」と言えるのではないでしょうか。人口や人工物が増え過ぎて人間が生きていく環境に負荷がかかり過ぎて、食糧不足などにより滅びたのです。北米大陸のアナザシ遺跡などにはその痕跡が残っています。それ以外にも過去に滅びた多くの文明が「文明の膨張による崩壊」と言えそうです。メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明などの大河文明、イースター島、南東ポリネシアのピトケアン島、ヘンダーソン島等の海で囲まれた島の文明、・・・枚挙に暇が御座いません。(・・ジャレド・ダイアモンド著『文明崩壊』参照。)膨張を始める以前は、ほぼ定常状態のように続いていた文明が、華々しく膨張を始めて栄華を謳歌し始めたと思いきや、いつの間にか崩壊がやってきたのです。
このような局地的崩壊を見ても一目瞭然であるように、膨張を続ければ必ず崩壊に至るのです。・・膨張を始めた瞬間に崩壊への道筋がはっきりと見て取れる・・と言えましょう。
農業が始まる以前は、再生可能な資源ばかり使っていた事でしょうし、再生可能なフローでしたから、消費する間に新たな資源が生まれ(太陽エネルギーによる再生)、環境の破壊はあっても局地的、一時的なもので、あまり広がる事は無かったでしょう。破壊の規模も小さく、生態系を循環しない化学物質や放射能による汚染もなかったので、環境の回復にも長い時間を要しなかったでしょう。地球環境も資源も人類にとって(半)永久的なものだったのです。1万年前の生活と人口規模ならば、定常状態として永続可能たったと言う事です。

現代の人類が地球環境にかける環境負荷は、人類が農業を始めたと言われている1万年ほど前と比べると、1万~10万倍と推測されます。【21世紀に文明が崩壊する根拠】で論じたとおりです。つまり、1万年前の人類が消費していた資源100年分を、現代社会ではたった1日前後で消費している事になります。現代文明に於ける資源の浪費は酷く恐ろしいペースです。環境が回復するペースよりも遥かに早いペースで資源の浪費と廃棄物の増加が続いています。
地域的な人類の膨張の歴史(・・大河文明、島の文明・・)を見ても、他の生物の膨張の歴史(・・バッタやアリ、ブランクトン・・・・)を見ても、局地的に一人勝ちして膨張を始めた種は、他の生物や環境を巻き込みながらその地域の永続可能な限界を超えて過剰な状態まで行き着いた後は、急激な崩壊が始まるのです。・・・普通に考えれば当然の帰結です。

生きている集団の安定状態とは定常状態の事でしょう。つまり膨張も縮小もない状態です。膨張状態というのは定常状態ではなく、不安定な状態です。膨張の規模がある程度以下で留まることが出来れば・・持続可能なフローの範囲内なら・・定常状態として永続出来る可能性もあるのに、目一杯膨張しようとしているので最後には崩壊するのです。人類は幾度となく局地的に経験してきた筈です。膨張は間違いなく破滅の原因の大きな一つなのです。勿論経済成長も膨張の代表例です。そして、人間が発展、開発と呼んでいるものも、多くは膨張の一形態なのです。膨張は崩壊の始まりと言えるのです。

グローバル化した人類社会は、局地的な危機が起こった場合、他の地域の援助で救う事が出来ます。しかし危機が地球全体に及んだときにはもう援助してくれる他の地域はありません。地球全体の崩壊と言う最悪のシナリオが待っているのです。【21世紀に文明が崩壊する根拠】に書いた通りです。20世紀に既に人間活動のフローが持続可能な限界を過ぎてしまったと考えられます。21世紀はもう膨張を続ける事は出来ません。膨張を続けようとすればするほど崩壊の時期を早めるだけです。多くの 成長志向者=膨張主義者 は、将来的に 地球の破壊者=崩壊の使者 と評価される事になりましょう。現代社会で『進歩』と考えられているものの多くの本質が、実は『膨張』であり、崩壊への行進と考える事が出来るのではないでしょうか?

ほどよいところで止まる賢さが必要です。もう既に、「ほどよい状態」を通り越し、フローの限界を過ぎてしまった現代は、先ずは持続可能なレベルまで縮小してから止まるという至難の業を迫られているのです。(・・実は「至難の業」と呼ぶほどに難しいことではないでしょう。・・)膨張を止めて、持続可能なレベルまで下げる事こそ、人間の理性の見せ所といえましょう。
過去の歴史の中には、江戸時代の日本のように無節操な膨張をくい止めた例もあります。膨張志向から降りることは決して無理なことではありません。それどころか、無理な膨張を続けることと比べれば、辛いことでもないでしょう。
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【2011/01/23 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

膨張の短い歴史
上々
「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと思いました。

膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能です。イースター島で最後の木を切り倒した人は何を思ったかという言葉が(どこかに)ありましたが、同様のことが世界中に起きるでしょう。

きたれ振袖火事
guyver1092
 人類が助かる可能性として、江戸時代の振袖火事に当たる何らかの出来事が起これば、あるいは人類が目を覚ますかもしれません。
 温暖化人類原因説もうまく回れば(二酸化炭素排出を削減するために石油の消費を現在の四分の一にしなければならないなどの合意がされれば)振袖火事の役をしたかもしれませんが、現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。
 あと、考えられるのは、経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊するとか・・・・
 確かに、反経済成長を主張する記事が新聞にも掲載されるようになっていますので、かつてよりは希望が持てますが、まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)

Re:膨張の短い歴史
雑草Z
    上々さん

>「膨張の短い歴史」という言葉に、もうすでに最後まで見きってしまったかと

そうですね。膨張の歴史はもう直ぐ短命で終わるでしょう。上々さんのおっしゃるように石油依存度の極端に高い現代は、石油ピークが過ぎて石油の産出量が減ると膨張ももう出来なくなるでしょう。つまり、膨張の歴史は今まさに幕を下ろそうとしていますね。

>膨張せずに、現状維持でももはや持続不可能

そうですね。人口も経済規模も資源消費量も現状より一桁くらい小さくないと、永続は出来ないでしょうね。

>同様のことが世界中に起きるでしょう。

そうですね。上々さんの預言でしょうか?


Re:きたれ振袖火事
雑草Z
    guyver1092さん

 相変わらずguyver1092 らしいユニークな発想、面白く読ませて戴きました。
>振袖火事
の事は知りませんでした。guyver1092さんがおっしゃりたい事は、人間が築きあげた持続不可能な膨張文明が焼けてしまって振り出しに戻って反省のもとに脱膨&浪費文明・・と言うような事をおっしゃりたかったのだと思いますが、何故に「振袖火事」なのでしょうか?・・・興味津々です。教えて下さい。

>現実には、破滅に向かってかえって拍車がかかってしまいました。

二酸化炭素削減政策は原発を復活させたという点だけでも結果的に環境破壊の愚策ですね。

>まだまだ主流は自滅主義(経済膨張主義)です。あまり期待せずに期待しています。(本気で期待するとがっかりというののがいやなので)

大変共感出来る内容です。全く同じように感じています。まあでも当方はここの記事で散々絶望的な見通しは書きましたので、(敢えて『絶望的』に書こうとしたのではなく、最も実現確率の高そうな事を書くとそういう内容になってしまうのですが・・)今年はオプティミスティックな事も書いて行こうと考えたわけです。それに膨張主義に危機感を積もらせている人も段々と確実に増えています。




振袖火事について
guyver1092
 なぜ振袖火事かということですが、この火事の後、幕府はあまりのはげ山の増加に日本の危機を感じ、森林資源の消費を抑える政策を行ったからです。この方針転換により、日本は文明崩壊を回避できたとのことです。(文明崩壊より)
 なお、イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています。(ひところ話題になったゆでガエルですね)

Re:振袖火事について
雑草Z
    guyver1092さん

>なぜ振袖火事かということ

について良く分かるご説明有難う御座います。確かにいい例ですね。つまり、危機をしっかり認識出来るようなショックな出来事が起こってしっかり対策すれば、「災い転じて福となす」と、出来るわけですね。その意味でもguyver1092さんが先にあげた例、
>経済システムが暴走して、環境に致命的ダメージが来る前に資本主義が崩壊する
は、理想的な例ですね。

ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』は、guyver1092
さんも私も読んで共通の話題に出来る書物の筈ですが、(今回の記事にも書いています・・笑)私は忘れている部分も多いですね。通しては一回しか読んでいませんが、じっくり読んだ積りだったのですが・・(汗)
コメントに『文明崩壊』ネタを沢山書いて頂くと思い出すことにもなり、いいですね。どんどん文明崩壊ネタを書いて下さいね。

ちょっと見直してみたら、下巻p44に「明歴の大火」とありますが、これが「振袖火事」とも呼ばれている大火なのですね!?

>イースター島では、人間の知性で危険を感じないスピードで森林の減少が進んだせいで文明崩壊に至ったのではないかとの推測がされています

その意味では、環境破壊は急激に起こった方が人間も早く有効な対策を考えると言う事になりますね。・・現代は目に見えて環境破壊が進んでいると思うのですが、結構対策が遅れていますし有効でないものも多いですね。このままでは人間もゆでガエルになってしまいますね。

振袖火事とはげ山の増加
上々
江戸時代は理想的な循環社会と言う説が多いようですが、やはりはげ山が増加(=里山の荒廃)ということで、自分の考えに間違いはないと確信しました。
人糞まで循環したと言うのは人類史上そう無いことのようで、非常に優れていたのは事実でしょうが、それではまだ不十分です。
江戸時代の農産物の流れ(=土壌栄養分の流れ)は米の主産地から江戸への流れが大きく、そこから帰ったとしてもせいぜい江戸周辺の野菜を作った畑地程度ではないかと思います。
結局、米の主産地の周辺では山の栄養分まで収奪されたのではないかと思います。

また、大きいのは薪用の枝や間伐材です。これを煮炊きや暖房に使うと、その灰は肥料分として土壌に戻したとしてもそこは水田・畑地であり、山林には戻しません。その量もやはりロスがあるので全量は肥料分にはならないでしょう。

それでも世界の他の地域と比べればはるかにマシではあったはずですが。

明暦の大火
guyver1092
 振袖火事は、明暦の大火の別名です。なぜ別名のほうを使うかですが、特に意味はありません。しいて言えば、昔読んだ小説の中で、振袖がお寺の屋根にしばらく立った状態でいて、火元になったというシーンが印象的だったことによります。
 石井吉徳氏の本で見ましたが、江戸時代に明暦を境に人口の増加率が急激に減少していました。どこかの本には、人口の増加がほぼゼロになっていたとの記述も読んだことがあります。
 上々様。江戸時代に、江戸周辺は生態系が非常に豊かになったと槌田氏の本にありましたが、『文明崩壊』によると、北海道は森林に大きなダメージがあったとか。コメは、野菜ほどは肥料を必要としないそうなので、鮭を輸出するよりダメージが少なかったでしょうが、一部の地域が森林に限界寸前になっていたとの記述をどこかで読んだ記憶があります。

時期について書き忘れました
guyver1092
 一部の地域で森林が限界寸前という時期は、幕末ごろだそうです。明暦から幕末までは大きな破綻もなくほぼうまく動いていたのではないでしょうか。明暦までは森林の減少は相当なものであったのでしょう。


鼻勝
「崩壊」の後にくるであろうの「再生」とやらが、本格的な壊滅の後にはあるのでしょうかねぇ……。

何事も痛い目に遭ってみないと、いや、かつて遭っていたとしても、解らねぇし忘れちまうのが人間です。

まったく懲りない生き物ですわ。そうは思いたくもないですが。

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2011-01-17 00:01
~簡単に崩れる砂上の楼閣~
 
現在、公準のように言われている「経済成長」の本質は「経済膨張」というべきものであることは、その定義からも明らかです。【経済成長の定義】で述べさせて頂きました。その正体は実質「バブル」とか「ねずみ講」とかいったものに通じる軽薄で破局が必至の概念です。理性的に考えれば果てしない膨張は、人類を滅亡させることは自明の理です。こんな概念が公準であるはずが御座いません。今までここのサイトで散々言及した通りです。

そんな経済成長路線がいつまで王道として圧倒的多数の人々に支持され続けるでしょうか。決して難攻不落の城ではありません。それどころか、現在かなり揺らいでいることは間違いありません。
現在、経済成長を支持している大多数の人々は・・政治家もマスコミも企業人も・・一般に言われている経済成長の必要性を鵜呑みにして、それ以外の可能性を考えずに(・・考えられずに・・)支持しているのではないでしょうか?始めに「結論ありき」で実はあまり深く考えずに「公準」として受け入れているのではないでしょうか?いつもどこかで、・・・テレビやラジオやネットで・・・呪文のように「経済成長、経済成長」と唱えられているからかなり洗脳されている事は間違いありません。
そして二言目には「貧困も失業も経済成長無くしては救うことが出来ない」とステレオタイプの論理を持ちだしますが、それこそ大きな洗脳です。ここ数十年で世界の経済は何倍にも成長しましたが、貧困も失業も減ってはいません。かえって増えました。【経済成長で解決するのか?】で言及した通り、経済成長を推進する御用学者たちが作った身勝手な理論によって経済成長が万能薬のように美化されてきただけです。環境問題や世界の紛争が経済成長で解決する筈が御座いません。
そもそも経済成長主義は、前提から大きく間違っています。つまり無限の成長が可能な無限の大地と無限の資源、無限のエネルギーが前提なのです。人間が開発さえすれば何時でもどこまでも増やす事が出来る無限の資源が存在すると考えているのです。それは、昔、地球に開拓の余地が十分に残っている時代に作られた理論だからでしょう。けれども、昔と言っても、地球の有限性は知られていた時代ですから、それを考慮しなかったのは、軽率と言うべきでしょう。地球に限界は無いという現実離れした前提から出発している経済成長主義が、実際は地球の有限性によって様々な限界に当たっているのが現状です。科学技術や人間の強い意志によって限界を超えよう・・などと言う試みも現代に定着した価値観の洗脳の一つでしょう。「エネルギーも物質も無くならずに保存するから何度でも使えばよい」「地球がいっぱいになったら宇宙に成長すればよい。」・・・・物理の基本法則、エントロピーの法則や地球の重力ポテンシャルを無視したお目出度い理論です。こんな事を言って限界に挑もうとする輩が溢れている事も事実です。

人間は限りない欲望を持った生き物であり、経済成長志向からは抜け出せない・・・という見方も根強くありますが、それも洗脳の一つでしょう。
人間の動物的な欲望は否定しませんが、「限りない膨張」みたいな欲望よりも基本的な食欲、睡眠欲、性欲のような根源的な欲望のほうが遥かに強いでしょう。限りない膨張の欲望は、あくまでも基本的な欲望を充足させた後の、オプションの部分でしょう。言い方を変えれば、基本的な欲望を満たした後の贅沢みたいなものです。エゴイズムの一種でしょう。
そして、何より「経済成長志向からは抜け出せない」と言う認識は完全に間違っています。人間の意志で抜け出せるとか抜け出せないとかの問題ではなく、物理的に無限の成長は出来ないのです。食べ続けることから抜けられないと思われる過食症の人々も、食べ物が無くなれば、食べ続けるわけにはいかないのです。

・・以上のような理由から、経済成長支持派は圧倒的多数派ではありますが、実はみんな砂上の楼閣の上に乗っかった感じで、いざとなったら大抵の人はその路線を手放すのではないでしょうか?・・最後までしがみつこうとするのは利権に乗っかった金融資本家などでしょうが、それでも背に腹は変えられません。
現在の経済成長主義は、肥大化した巨大な箱があり、そこに乗っからないと大変だ、生きていけないぞ・・・と脅されるからとりあえず、乗っかってみたただけのものみたいな状況になってきた感があります。

これからの社会では、経済成長主義者と脱経済主義者の論争が頻繁に行われるべきだと考えます。地球の有限性までしっかり考慮すれば経済成長主義には理性的な説明がつきませんから、最終的には脱成長派が優勢になる事は理性的な帰結でしょう。しかし、気をつけなければならない事は、現在の社会のシステムの範疇で語らないことです。現在の経済成長を前提とした社会では、金融業は勿論のこと、企業も、社会保障制度も経済成長無しでは破綻するものばかりでしょう。・・・、リーマンショック如きでも、多くが崩壊しました。つまり現行システムでは「経済成長無しではやっていけない」という説明は出来るのです。それは現行システムが経済成長することを前提で作られているからです。現行システムで語れば経済成長主義者の思う壺です。この手の論争は現在のシステムを超越した、もっともっと根本的な事・・持続可能な社会の構築という目標において議論すべきものでしょう。脱成長は、これまでの人間の歴史の中でも、農業の発見や産業革命と同等かそれ以上の、世紀のパラダイムシフトなのですから。
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【2011/01/17 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

低成長あるいは縮小経済での競争
上々
この20年の低成長あるいは平衡経済の中で、日本国内では同業間での競争の激化が進む一方です。
大きくならないパイ、あるいは縮んでいるパイの奪い合いは厳しくなる一途をたどっています。
実はそれが販売価格の一層の低下をもたらし、デフレの原因でもあります。

これから一定の目標を立て、そこまで経済を縮小させると言う政策を万が一(億万分の一位かも)推進出来るようになったとしても、自由経済を続ける以上は縮小した中で他の競争者を蹴落とそうと言う経済闘争がますます激化することになるでしょう。

だから縮小経済は無理というわけではないのですが、競争というものを脱するつもりでないと、暗いだけの社会になってしまいそうです。

Re:低成長あるいは縮小経済での競争
雑草Z
    上々さん

>自由経済を続ける以上は縮小した中で他の競争者を蹴落とそうと言う経済闘争がますます激化する
>競争というものを脱するつもりでないと、

おっしゃる通り難しいところです。・・資本主義とそのくくりでの自由経済競争は、経済成長とセットメニューなのでしょうね。自由経済社会の中では、経済的に優位に立つこと、より儲ける事が勝ちに繋がりますからね。
・・競争社会を超越しなければ脱成長を遂げられないと言う事になりましょうか・・?
 人生を賭けた競争、弱肉強食社会は決して住みやすいものではありません。競争はゲームや御遊び程度がいいでしょうか?
 成長志向と競争は切っても切れない関係のようです。・・この辺りしっかり考察しなければなりませんね。

経済強者
上々
縮小を納得させられるかどうかも危うい状況で、そうなったらどうなると言う話をするのも夢のようですが。
確かに縮小すべき体制の中でも、「うちだけは成長し成功する」という連中が湧き出るのは仕方のないことでしょう。

禁断の手かもしれませんが、やはり早めに成功者課税強化という方針を徹底し、そのような人々の海外流出を進めるべきでしょう。
残る人は消極的な人ばかりで、日本に活力が無くなると言う批判はあるでしょうが、もはや有り余る活力と言う物がかえって摩擦の原因である時代になりつつあるとも言えます。

Re:経済強者
雑草Z
    上々さん

一つ一つ共感致します。これだけ、世間の常識からずれている考え方が、共通していると同志意識が強く湧いてきます。
特に

>早めに成功者課税強化という方針を徹底し、そのような人々の海外流出を進めるべき

と言う、偏屈に見える考え方も一致しております。
国の指導者の連中やマスコミ、財界人は

「競争力のある実力者の海外流出になるから、日本が駄目になるとか、「頭脳流出」とか言うでしょうが、彼らは物欲が強く金に非常に執着心の強い人々と言う事で、いない方がいいですね。彼らを欲しい国や企業は海外にも沢山あるでしょうから、受け入れ口は(はじめのうちは)あるでしょう。彼らを追い出したら鎖国すればいいですね(笑)。彼らを受け入れた国は目先の利益は上がるでしょうが、長い目で見れば、彼等(経済強者)は国家を駄目にするでしょうね。

>残る人は消極的な人ばかりで、日本に活力が無くなると言う批判はあるでしょうが、もはや有り余る活力と言う物がかえって摩擦の原因である時代になりつつあるとも言えます。

とても洞察の深い、かなり時代を先取りした先見の明でしょう。その通りだと思います。

有り余る活力は、摩擦の原因だけでなく、環境破壊、社会崩壊の根本原因にもなりそうです。
経済強者は、労働の創出をして社会に貢献しているようなプロパガンダが為されていますが、「悪知恵の働く強欲な人」と言った方がより近いでしょうね。


砂上の楼閣。
でなしNo.146
世界経済が崩壊しかかっていることを知っている人間が増えてきたように思いますし、その手の本もけっこう売れていたり、注目されていたりするようです。

ただそういう本が不親切なのは、なかなか崩壊した後の世界に言及しないことです。

不親切というか、崩壊後の世界を想像もできないのでしょうか。

さて、世界経済がいつ崩壊するというようなお話はできませんが、相当ガタがきていて、だましだまし運転しているということは明白です。

アメリカの準備銀行のFRBはドルを刷りまくっていますし、ギリシャを助けたと思われているEUも次はどこの国がデフォルト寸前になるかヒヤヒヤしている状態です。
火種はたくさんあるけれど、みんなで示し合わせている感じですね^^

今年中にもう一度経済が不全状態になってくれれば、脱経済成長に気づく人が増えてくれるのではないかと思います。

>脱成長は、これまでの人間の歴史の中でも、農業の発見や産業革命と同等かそれ以上の、世紀のパラダイムシフトなのですから。

私もそう思います。
ある意味で地球規模で人類の生き残りをかけた話ですので、過去のどの事柄よりも重要なのかもしれません^^

洗脳の手段の一つ
guyver1092
 経済成長路線が唯一の進むべき方法と考える人がいまだ大多数を占めているのは、洗脳を行っているからでしょうね。
 この洗脳の手段の一つは、ひょっとして学校の授業で現代史を教えないという、学習指導の方針のせいではないでしょうか。私は、現代史で、どのような政策のせいでどのような事態が起きたなどと教えられると、現政権は到底持たないから、政権維持のため、現代史を教えていないと考えています。その結果、国民の多くは、どのような政策を行うとどういう結果になるかを予測する能力に欠けたまま、政府の主張する絵空事に踊らされているのではないかと。
 本当に日本の未来を考えるなら、現政権の維持のために最大限努力をするのではなく、日本人が、国民として正しい政策を選べる思考能力を身につける政策をするべきでしょう。

 少し主題と外れますが、多数派がいまだに経済成長路線を支持する原因を考えてみました。

Re:砂上の楼閣
雑草Z
    でなしNo.146さん

>世界経済が崩壊しかかっていることを知っている人間が増えてきた

そうですね。そして恐慌対策と称するものの実体も見えてきた人が多いのではないでしょうか・・?即ち、その対策は、自由経済とは程遠い、税金の投入による偏った政策であるし、弱者救済とは口先ばかりで、資本家達の利益の為である事の方が目的の主になってたりします。

>なかなか崩壊した後の世界に言及しない

おっしゃるように、経済崩壊後と言うか脱成長後の世界は想像出来ない、想像しにくい・・・と言われますが、何の事は無い、成長志向以前の昔の社会や、未開の社会などから想像出来るでしょうね。全く新たな世界のようで、昔に戻ることになるのかも知れません。・・・崩壊後、脱成長後の世界についてこのサイトでも考察していこうと思います。一緒に考えていきましょう。宜しくお願い致します。

>相当ガタがきていて、だましだまし運転しているということは明白

そうですね。洗脳されている政府の指導者達は、旧態依然とした経済対策で目先を切り抜けようと必死です。そんな事より、現代社会での経済成長の意味をじっくり考える事の方が必要でしょう。

>アメリカの準備銀行のFRBは・・・・火種はたくさんあるけれど、みんなで示し合わせている感じ

よく観察されてますね。現代の経済学、経済成長と言う狭い枠組みから抜け出せずにもがいているのでしょうね。

>今年中にもう一度経済が不全状態になってくれれば、脱経済成長に気づく人が増えてくれるのではないかと

おお、結構恐い希望ですね。達観されてます。・・どうなるかは不確実ですが、現在の経済状況は、言われているように、「100年に一度の経済危機」ではなくて、崩壊の序章と言うべき性格のもので、100年よりずっと短い間にもっと酷い経済危機がやってくるでしょうね。

>ある意味で地球規模で人類の生き残りをかけた話ですので、過去のどの事柄よりも重要なのかもしれません 

その通りでしょう。農業の発見や産業革命は、人間の膨張を促進するものでしたが、脱成長は、それらの逆方向ですね。

Re:洗脳の手段の一つ
雑草Z
    guyver1092さん

>洗脳の手段の一つは、ひょっとして学校の授業で現代史を教えないという、学習指導の方針のせい

なるほど、面白い観点ですね。確かに現代のどうしようもないような政策の同じようなミスによる繰り返しを客観的に見れば、その無能ぶりや無駄振り、癒着の利権構造が浮かび上がってくるでしょうね。

>本当に日本の未来を考えるなら、現政権の維持のために最大限努力をするのではなく、日本人が、国民として正しい政策を選べる思考能力を身につける政策をするべきでしょう。

おっしゃる通りです。同感です。現政権の経済成長路線維持は、破局に向かっている事をしっかりと認識すべきですね。

レミングの自殺
上々
レミングが集団自殺をするというのは誤解のようですが、周期的に大発生と餓死を繰り返しているようです。
まあ、誤解のままレミングとはそういうものだとしておいて。

産業革命が今の文明の暴走のきっかけであるというのはどうやら確からしいことですが、実際は人類にとってレミングの暴走と同様の事態の始まりだったのかもしれません。
産業革命の頃は科学技術の発展があったから暴走が始まったのではなく、やはり人類全体の雰囲気の中に暴走を始める萌芽があったのではないでしょうか。

技術革命とは直接関係がありませんが、アメリカやアジアへの膨張というのも時代を少し先行して起こっていますから、技術革命は偶然に起こったのではなく、必要とされて起こったとも言えるでしょう。

レミングの周期は一年ごとに回転するようですが、人類の自殺行為は数百年かかっています。(まだこれからですが)
しかしどんどんと加速されているようですので、この後すぐなのかもしれません。
最初はゆっくりと回転していて、回る風景も捉えられていたのが、段々と加速して途切れ途切れに見えるだけとなり、そのうちに目が回って気を失って倒れるのが人類の成長と限界のイメージです。

Re:レミングの自殺
雑草Z
 上々さん

レミングの伝説は知りませんでした。・・それどころか、レミングと言う種のネズミの種も初めて知りました。面白い情報有難う御座います。

>産業革命の頃は科学技術の発展があったから暴走が始まったのではなく、やはり人類全体の雰囲気の中に暴走を始める萌芽があったのではないでしょうか

う~ん、鋭い洞察ですね。産業革命の時期と言うよりも、人類と言う種が霊長類の中のプログラムミス(遺伝子ミス?)で、膨張志向があったのかも知れませんね。特に西欧人にその特徴が著しく、他の人種は西欧人から伝染したのかも知れません。地球を一つの生命体と考えるガイア説で考えると、暴走を始めた人類はガイア地球の癌細胞ですね。

実はこの辺りは次の記事の内容です(笑)

>最初はゆっくりと回転していて、回る風景も捉えられていたのが、段々と加速して途切れ途切れに見えるだけとなり、そのうちに目が回って気を失って倒れるのが人類の成長と限界のイメージです。

なるほど、言い得て妙な例えですね。おっしゃる通り、人類は自分の進んでいる破局の方向が見えずにわけがわからずひたすら『成長』と言う名の膨張路線を突き進み、滝から真っ逆さまに落ちていこうとしているのでしょうね。みんな同じ船に乗っているのですから、成長病に侵された大多数の人々も気を失わずに正気で現実を見つめて頂かなくてはなりません。

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2011-01-11 00:01
 【狂気の沙汰】では現代社会の狂気の沙汰を色々挙げさせて頂きました。特に社会構造の中心に経済が居座り、経済に支配された特殊構造に焦点を当て、いかに経済成長主義が狂気であるかを論じました。
 今回は一般に利用されている科学技術の中で最悪の狂気の沙汰について書かせて戴きます。それは勿論原発です。
原発については、メリット・デメリット色々あるなんて言われていますが、メリットなんてあるのでしょうか?・・・もしあるとしても、その途方もない負の面と比べれば、無いに等しいでしょう。正に現代の狂気の沙汰だと言えるでしょう。・・・理性のあるまともな人々ならば原発は封印するべきであると考えるでしょう。原発の酷さについてはこれまでも何度も言及していますが、色々追加しながらもう一度整理してみます。

 原発の安全性についてはよく『安全神話』という言葉が使われます。今どき絶対安全なんて電力会社の言う事を信じる人がいるのでしょうか?安全神話・・と言われている時点でお仕舞いでしょう。本当に安全なものに安全神話など必要ありません。
 原発で使用するウラン燃料は、1日運転しただけでも広島に落とされた原爆のウランより多いのです。1年以上運転した原発は、原発一基につき、広島原発の1000倍以上の死の灰が詰まっているのです。大きな原発事故が起これば、広島とは比較にならないくらい大量の放射能が外部の広範囲にばら撒かれる事になるのです。
 チェルノブイリやスリーマイル島のように、炉心溶融[meltdown]が起こって、放射能が外部にばら撒かれたら、被害は途方もありません。被曝して後にがんで死亡する人数も含めれば、死者も100万人以上になる可能性も低くはないでしょう。日本本土で原発事故が起これば、たった一基の事故でも第二次世界大戦以上の被害になる可能性もあるのです。
 原発事故の原因としては、よく危惧されている地震の他に、火山の爆発、航空機や隕石などの落下、なども考えられます。日本の原子炉建屋は、壁は非常に強く出来ていますが、屋根はかなり弱く、爆発物で無くとも、上空から重いものを落とされただけで、簡単に突き抜けてしまうくらいの強度だそうです。燃料棒の交換などのために格納容器の天井を取り外し、燃料棒の上にある全ての機器が取り外されたときに、砲丸投げの砲丸程度[7kg]のものでも、上空の高い位置から落とされて燃料棒や周辺の配管が直撃されれば、炉心溶融を起こす可能性も十分にあるとの事です。・・・狂気の沙汰と言えましょう。
 勿論、戦争にでもなれば、真っ先に原発が狙われるでしょう。日本を狙うミサイルに核弾頭を装備する必要もありません。原子炉にはミサイルに搭載出来る量よりも遥かに大量のウランやプルトニウムが詰まっているのです。通常核爆弾の何倍(何十倍、何百倍)もの威力でしょう。日本の隣国が核弾頭を持っているとかいないとか騒がれていますが、核弾頭を持たなくとも、日本に核爆弾以上の損害をもたらす事が十分に可能なのです。・・・狂気の沙汰と言えましょう。

 原発はたとえ事故を起こさなかったとしても、そこには毎日大量の放射能を被曝しながら労働している人達がいるのです。いわゆる被曝労働者です。【安全神話の闇に葬られる原発被曝労働者
原発は近代科学の水位を集め、コンピューターによる遠隔操作ばかりで運転されているのではないのです。そのイメージとは全く正反対の、重装備に身を固め、ボロ雑巾で床やパイプに付着する放射能除染作業や労働服の洗濯、大小パイプの点検、補修、ヒビ割れ箇所の溶接、放射能汚泥タンクの掃除やピンホールの穴埋め、蒸気発生器の点検・補修等、何百種類におよぶ原発内作業なくして原発は1日たりとも動かないのです。これまで日本だけでも百万人以上の下請け労働者達が被曝労働に従事し、何十万人が放射能被曝に苦しんで、そのうち何割かの人達が亡くなっています。(・・このあたりの数字は、隠蔽されていて正確には出されていません。)この事実をマスコミはほとんど報道せず、闇から闇に葬り去られてきました。全く酷い話だと思います。こんな非人道的な労働が行われているだけでも、原発は狂気の沙汰と言えましょう。その部分を抜きに労働基本法だとか人権問題を論じるマスコミは偽善と言うしかありません。

 原発は、発電が終わってからも狂気の沙汰はずっと続きます。それは放射性廃棄物です。放射能の強さは時間のみの関数ですから、時間を短縮して放射能を無くすことは不可能です。無理に無くそうと物理的な処理を施そうとすると、それよりもっと多量の放射能を産み出すだけです。半減期が長い放射性元素の放射能が許容量になるまでには数万年管理しなければなりません。・・・たかが数十年の発電の代償として、数万年の管理が必要な発電を実行するなんて、まさしく狂気の沙汰です。

 以上のように原発には様々な理不尽な狂気の沙汰と呼べるような事柄が内在しています。過去のどの狂気の沙汰と比べても、まともとは言えないでしょう。それなのに原発を作って運転していることは、まさしく狂気の科学技術です。

 原発についてはタブー視するのではなく、もっとしっかり論じていかなければなりません。現代社会で原発を行っている事自体が狂気の沙汰です。・・二酸化炭素による地球温暖化を防止すると言う本末転倒の狂った大義名分により、大事故が起こるまで原発を維持する勢いです。撤廃まで大事故が起こらないように願わずにはいられません。
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【2011/01/11 00:01】 | 原子力 トラックバック(0) |

原発
上々
「環境問題を考える」の近藤邦明さんは原発推進と核兵器製造能力との関連を強く疑っています。これは槌田先生の姿勢とも共通です。
そう疑わせる根拠は十分にあるものと思います。

安全性は事故確率の低減ということですが、これはどこまで行っても0になるものではありません。
トータルで事故確率を考えるなら、誤操作、自然災害、機器異常だけでなく犯罪・戦争等も考慮する必要があり、これらの確率算出は不可能ですが0とは言えません。
すべて「リスクがある」ということができるわけです。

リスクがある中でできるだけ安全性を上げるというのが求められる姿勢ですが、安全神話という中にはリスクを考えるというスタンスは全くありません。
例えばテロ集団が侵入し自爆した場合に連鎖反応をしない対策とか、近隣某国の普通ミサイルが狙って飛んできても防御できる体制とか、天井だけ強化するとか、そういった対策をするという姿勢がないのなら、すべて止めると言う方が近道です。

Re:原発
雑草Z
    上々さん

 記事にあげた数々の理由からも、原発は割に合わない狂気の沙汰です。デメリットだらけで、メリットなど無きに等しいと考えてもいいと思いますが、もし一つだけメリットがあるとすれば、軍事に直ぐに転用出来て、原爆(ウラン&プルトニウム核分裂爆弾)の材料が直ぐに揃うという点でしょうね。核兵器は最強の破壊兵器ですから持っているのといないのとでは軍事的優位性が全然違いますからね。原子力発電所を作っていて、核兵器を持っていないと言っている国は日本と韓国ぐらいではないでしょうか?

>安全神話という中にはリスクを考えるというスタンスは全くありません。

そうですね。かえって逆効果でしょう。
そもそも、いくら安全運転しても、運転終了後の放射性廃棄物の安全な管理に膨大な時間とエネルギー、資源が必要な時点で原発は封印しなければならないでしょう。それだけではなく、被爆労働者の実態も世にしっかり知らしめれば、原発は非人道的な発電所と言う事になり封鎖でしょうね。
 兎も角、原発は何重の理由により封印しなければならない悪魔の技術と言えましょう。こんな事を今まで続けてきた事自体狂気の沙汰でしょう。 

原発のメリット
guyver1092
 メリットを無理やり考えてみました。
 以前にも書きましたが、日本中の原発を暴走させ、放射性物質を全量解放ともなれば、地球を死の星にできるかもしれないので、(調べてません。勘です。)日本を侵略しようとすると、報復に地球を死の星にするぞと脅かせます。
 その他ときどき皮肉で言っている、文明崩壊を目的とするなら、これほど優れた方法は他にないでしょう。
 また、日本を破滅させる目的をもつ者なら放射性廃棄物の地層処分も将来、日本を破滅させる時限爆弾にもなるでしょう。

Re:原発のメリット
雑草Z
    guyver1092さん

 相変わらず冴えわたるブラックジョーク全開ですね。
でもここに書かれている原発の危険性は全て実現性がある事ですので、非常に恐ろしい事です。
 高々日本の発電の何割かの電力を数十年発電するだけで、(半)永久的に放射性廃棄物と一緒に暮さなければならないのですから狂気の沙汰もいいところです。原発推進者達はみんな狂っているか真正の御目出度い人達なのでしょう。

23%
上々
2010年の日本の発電量のうち原子力が23%だそうです。
世界的にはアメリカが20%、ロシアが15%で、フランスが飛びぬけて高く80%、その他はそれほど高いところはないようです。
23%を火力などで代替しようとすると大変な数の発電所を必要とするというのが一般論でしょうが、そもそも縮小を自明としていれば電力使用量を23%減らしましょうで何の問題も無いわけです。

それにしても原子力利用の最初から冷静な論議というものがまったくなされていない情けない国が日本です。
最終処分も何も決めずに、立地は貧乏な地方に金をちらつかせる手法で決めてしまい、とにかく運転。

まず、できるとこからと言えば電力の節約を家庭から、身近な企業から。それで原発の運転需要が減れば段々と廃止に向かって行くでしょう。
買い物袋を提げて行くよりまず電力削減。

Re:23%
雑草Z
    上々さん

>23%を火力などで代替しようとすると大変な数の発電所を必要とするというのが一般論

でも、原発の近くにはいざと言う時の為に補助の火力発電所が作られていると言う事ですので今すぐ原発を停止しても大丈夫なようですよ。しかし

>そもそも縮小を自明としていれば電力使用量を23%減らしましょうで何の問題も無いわけです。

ですね。全く以ておっしゃる通りです。現在、無駄の排除などが叫ばれています。エネルギー削減は数%減らすのが大変だと言われています。しかし、その中には広い意味での浪費が多いので、実際に必要な部分を吟味すれば半減は簡単な事でしょう。今すぐにでも可能だと思います。




ぴのこ
まさに、狂気の沙汰です・・。

>原発についてはタブー視するのではなく、もっとしっかり論じていかなければなりません。

本当にそうだと思います!!
ちょっと考えたら、誰でもわかること。
知っていれば、誰でもわかること。
記事を読んで、事実を知って、そう思いました。
だけど、それを知らせもしないし、私たちも知ろうとしない。

まずいですね~><
このままではどれだけ消費電力を減らしても、原子力より先に利権の少なそうな水力とかから運転を止められそう。

ちゃんとこういうことを、みんなで考える場が必要ですね。
どうにか実現できないかなー。としばらくウンウンうなってしまいました!

また記事読みに来ますv-343


>まさに、狂気の沙汰
雑草Z
    ぴのこさん

 実は私は学生時代ちょっとだけ原子力に憧れて研究してみたいと思った時期があります。・・でも調べれば調べるほど、その酷い実態がわかってきました。・・まさしく狂気の沙汰ですね。

>ちょっと考えたら、誰でもわかること。
>知っていれば、誰でもわかること。

そうですね。美化され過ぎた虚構の姿ではなく、原発の実態をみんながしっかり知れば、原発は撤廃出来るでしょうね。

>ちゃんとこういうことを、みんなで考える場が必要ですね。

そうですね。ぴのこさんも広めて下さいませ。


>また記事読みに来ます

それは有難う御座います。新年のご挨拶で終わらずに、記事にコメントまで戴くようになって嬉しく思います。頂いた色紙でどんな方かも確認出来ましたので楽しみです。

本日の大地震を受けて・・
雑草Z
 本日の大地震は、私自身が経験した中で最大の揺れでした。時間もかなり長く感じました。実際長かったでしょう。
 しかし、地震そのものは、子供の頃のようにそれほど恐怖は感じませんでしたが、あまりに大きな揺れなので、原発が非常に心配でした。・・・案の定福島原発や女川原発は危険な状態です。スリーマイル島やチェルノブイリ級にならない事を祈るのみです。
地震そのものの被害よりも、二次災害の原発事故のほうを遥かに心配しなければならないなんて、確かに狂っています。
原発推進者達は第二次世界大戦の戦犯以上の犯罪者と言えましょう。
 やはり一刻も早く原発は廃止しなければなりません。
ここを読まれた方、コメント下さい。

地震
guyver1092
 原発は地震があっても大丈夫と盛んに宣伝されていますが、巨大地震にあった原発は例外なく、電源全滅で危険な状態になっていますね。
 原発推進派の目的はやはり、人類絶滅でしょう。


PS 被害はどうでしたか? こちらではめまいかと思うほどの長周期の揺れがありました。

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2011-01-05 00:01
21世紀も10年が過ぎました。一世紀を一区切りとする考え方はあまり馴染みませんが、21世紀がどんな世紀になるか21世紀に入って既に10年経った今考えてみます。
20世紀までの人類の歴史は膨張の歴史と言えましょう。そして20世紀に既に人間活動のフローが持続可能な限界を過ぎてしまいました。ストックが無くくなってきている21世紀はもう膨張を続ける事は出来なくなるでしょう。
つまり21世紀中には、人類の膨張の歴史は終わりを告げる事になりましょう。人類が有史以来初めて経験する、グローバルに縮小する世紀・・縮小の世紀・・と言う事になりましょう。人口も経済も物質消費レベルも・・・縮小する事になりましょう。資源もエネルギーも、もう持続可能なレベルをとっくに超えて、ストックを切り崩している状態ですから、縮小を始めるのは時間の問題です。・・それがいつからか…と言う事は定量的な話になりますから、はっきりは(誰も)わかりませんが、21世紀中と言う事は確実でしょう。・・・早ければ今年から始まるかも知れません・・後の時代から考えれば既に始まっていると言えるのかも知れません。日本など先進国と呼ばれる国々では、既に何年も零成長に近い状態を経験していますし、自由主義経済の市場原理主義にとって掟破りの国の補助や税制の優遇によってやっと見せかけの経済成長を続けている国は日本ばかりではないでしょう。・・少なくとも兆しは十分に現れています。
エネルギー開発とか新しいマテリアルの開発とか言われているものも、元々物質に関して閉じた系と考えられる地球にある資源の消費でしかありません。省エネ、省資源によって多少限界を伸ばせるかも知れませんが、せいぜい数日~数年レベルでしょう。【ただの資源の食い潰し】2010-07-25 【閉じた系】2009-03-09 で論じた通りです。

あとは、縮小の仕方の問題でしょう。・・・・ハードランディングか、ソフトランディングか?この事は【降り方を考える】・~ソフトかハードか~・ で論じました。
ストックまで使い果たして限界になって、突然の制御不可能な衰退を始めれば悲惨な結果になります。・・・現在のところその見通しが高いでしょう・・。しかしその前に人類が意図的に縮小を始めて、持続可能なレベルまでソフトランディング出来れば、持続可能な定常社会を構築出来る事になりましょう。持続可能なフローの限界を超えてここまで来てもまだ無理な成長を考えている現代社会では、完全なソフトランディングは無理でしょう。肥大し過ぎた経済規模と環境負荷により、環境破壊と回復の差し引きが環境回復のレベルまで降りるまでのこれから暫くはさらに環境は悪化します。ハードランディングにならざるを得ないでしょう。逆説のようですが、出来るだけソフトランディングする為には縮小の合意が決まったら急いで急激な縮小をする事が必要でしょう。ここのところは【降り方を考える】・~ソフトかハードか~・ で論じた通りです。上手くハードランディングさせて、墜落を防ぐ事が最重要課題となるからです。

早晩、人類は成長の限界を認め、これからは縮小の時代である事を受け入れる筈です。何故なら、それは極めて理性的な唯一の結論だからです。そして、希望が持てるのは、書物やネットにも脱成長、縮小の大切さを論じるものが確実に増えてきた事です。早く脱成長元年を迎えたいものです。21世紀の最大で最重要な問題は、脱成長が人類社会の崩壊に間に合うかどうかです。脱成長縮小路線は、望むと望まざると、人類社会に必然としてやってくるものですが、出来るだけ早く人類が選択する事を熱望してやみません。脱成長元年が今年ならば大変嬉しい事です・・・と脱成長元年まで言い続けたいと思います。これを持ちまして新年のご挨拶に代えさせて頂きます。
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【2011/01/05 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

唯一の結論。
でなしNo.146
明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

唯一の結論はやはり,「縮小」になると思います。
ソフトでもハードでもどちらにしろ,人類がたどる道は規模の縮小しかないことは明白な事実です。

経済に関しても,調べれば調べるほど砂上の楼閣的な事実があぶりだされ,息も絶え絶えの感がいなめません。

連鎖倒産する寸前を連想させます。(あえて「連鎖倒産」を使わせてもらいました^^)


また今年も石油と食料品が高くなるんだろうな…と予想します。
おそらく、経済成長に疑問を持つ人がさらに増えていきますし、「何かおかしい」と気づける人もどんどん増加するはずです。
非常に楽しみな一年が始まります。

ハードランディングさせなければならないにしても、できるだけソフトにシフトさせたいものです。

Re:唯一の結論
雑草Z
    でなしNo.146さん

 こちらこそ今年もどうぞよろしくお願い致します。

>ソフトでもハードでもどちらにしろ,人類がたどる道は規模の縮小しかないことは明白な事実

そうですね。そこの議論無しに「経済成長」を連呼する政治家や財界人達は狂っています。人類を崩壊の方向へひた走らせていますね。そこが「洗脳」「フェティシズム」と呼ぶ由来です。

>経済に関しても,調べれば調べるほど砂上の楼閣的な事実があぶりだされ

経済の専門家ではない人々がその事に十分に気がついても、経済の専門家たちがその事実に気が付かないとは、まさに狂気の経済学者たちと言えましょうね。

>連鎖倒産する寸前を連想

おお、上手い例えですね。細々と持続する事の方が、膨張しようとして倒産するより遥かに賢い選択である・・と言う事をしっかりわきまえるべきですね。

>マスコミはどんな言い訳を使ってくるのだろう。 非常に楽しみな一年が始まります。

マスコミやマスコミに登場する評論家達は、経済成長路線に対する疑問を抱かない時点で論外ですね。正月のテレビやラジオの番組で景気回復を討論しあっている様には呆れます。きっと将来「恥ずかしい映像」と言う事になるでしょう。



縮小経済社会の展望
上々
将来、安定的には太陽光エネルギーMAXの定常社会しかないのですが、(宇宙空間の太陽光まで集めてと言うのは無し)そこに至るまでは紆余曲折でしょう。しかし、MAXが決まってしまえばその最大構成人数もおのずと決まって来るし、できることも決まってしまいます。まあかなり閉塞感の強い社会でしょうが、仕方が無いでしょう。

現在の産業社会ですべてが同率に縮小していくことはあり得ず、すぐに止めるべきもの、最後まで残すべきものはあると思います。
今ある産業の中で何を残すか、今の政治にその選択ができるはずもないのですが、市場原理に任せるとだいたい最悪のものが残りそうですので、なんとかそれができる政治にしなければいけないところです。

FAOの統計で、全世界の食品価格が昨年12月は史上最高値を記録したそうです。
だんだんとそこに向かっている。それが判っていれば納得できるのですが。


Anthony
明けましておめでとうございます。

今年も勉強させてもらいに、ここに来させてもらいます。





ぴのこ
雑草Zさん、あけましておめでとうございますv-237
今年もよろしくお願いしますi-261

年末は、中身のないコメントで失礼しました><。
今回は、コメントさせて下さい~!!

もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。でも、洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。だから、不安ばかりが募っていく。女が子どもを産まなくなった(産めなくなった)のも、その表れだと思います。

実際に、限界がきた時どうなるのでしょうか?
略奪戦争になるのか?それとも、日本人は縄文体質を色濃く残しているから争いにならず助け合えるのか?

何度想像してみても、イメージが沸きません。。

もちろん、私もすこしでもソフトランディングできるようにと願います。
きっと“縮小したら、もっと充足できそう”というイメージが必要なんでしょうね。
こういう充足イメージを考えるのは楽しいですね^^
大量生産・大量消費の贅沢に変わる可能性☆たくさんありますもんね♪

雑草Zさん、実現させるために発信し続けて下さってありがとうございます♪


ちなみに、私は大阪の自然の摂理ブログメンバーです。
(以前かっし~さんが送ってくれたメッセージカードにも写真を載せていただいています。お花と一緒に写していただいたかと思います。)
本格的に追求をはじめたのはまだ一年目のひよっこi-274でまだまだ勉強不足ですが、本年もよろしくおねがいしますi-267


Re:縮小経済社会の展望
雑草Z
    上々さん

>安定的には太陽光エネルギーMAXの定常社会しかない

これ、非常に大切な部分ですね。物質に関しては閉じた系である地球は、エネルギー保存則とエントロピーの法則から出てくるこの結論をしっかり踏まえてエネルギー政策について考えていかなければなりませんね。我々の間では合意出来ているこの結論を考えられない科学者は似非科学者と考えるべきでしょう。似非科学者が蔓延り過ぎです。

>宇宙空間の太陽光まで集めてと言うのは無し

このような事を実行しようとしている科学者が多い事も困ったものです。狂気の沙汰です。

>現在の産業社会ですべてが同率に縮小していくことはあり得ず、すぐに止めるべきもの、最後まで残すべきものはある

そうですね。直ぐに止めるべきものは、縮小と言うよりも即座にストップすべきですが、抵抗も大きいでしょうね。

>市場原理に任せるとだいたい最悪のものが残りそうです

おっしゃる通りです。市場原理主義は「適正」を反映しているのではなく、「エゴ」を反映している部分が大きいでしょうね。

 縮小に関する様々な展望有難う御座います。これからの考察の参考にさせて戴きます。  


雑草Z
    Anthonyさん

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。

 勉強と言うわけではなくても、興味をもって読んで戴ければ幸いです。・・・ってあんまり面白いとは言えない記事かな?

成長の限界
雑草Z
    ぴのこさん

 あけましておめでとうございます。
1つ前の記事【狂気の沙汰】へのコメント返しを受けてのコメント、わざわざ有難う御座います。

>もう限界が来ていることは誰しも感覚的には知っていると思います。でも、洗脳された旧い観念のつまった頭では、それに変わる可能性が見つからず捨象してしまうしかないのだと思います。

なるほどそうですね。とても参考になるご意見です。例えて言えば、花火が無くなって来た時、寂しくなる不安から、残りの花火をかき集めて来て花火を打ち上げ続けているのが現在の状況と言う事になりましょうか。
 その不安を捨象して旧態依然とした経済成長路線にしがみつくのは本当に愚かですね。・・・みんな(・・とは言わずとも十分に多くの人が・・)感知しているのなら、方策はありますね。希望がちょっと見えてきました。新たな記事を書くときのヒントとさせて戴きます。有難う御座います。

>実際に、限界がきた時どうなるのでしょうか?

持続可能なフローの限界はとっくに過ぎていますから、ストックも限界が来ると言う事ですね。・・・これはとても悲惨でしょう。制御不可能な崩壊が始まりますね。・・・だからその前に自らの意思で縮小路線に入るのが人間の理性であると思います。犠牲無しの完璧なソフトランディングは無理でしょうが、ハードな難着陸を犠牲を最小限に抑えて切り抜けたいものです。

>何度想像してみても、イメージが沸きません。。

誰もまだ経験していない事なので、想像出来なくても当然でしょうね。グローバルな限界ではなくて、局所的な限界に突き当たった過去の社会は沢山あります。イースター島とか・・その地球規模現代版・・・とでも言いましょうか?・・まあそれでも漠然としてますね。

それを切り抜けた場合、

>大量生産・大量消費の贅沢に変わる可能性

これは可能性と言うよりも確実にあるでしょうね。大量生産大量消費の物質レベルの過剰を「豊かさ」なんて言ってる(現代)社会はかなり発想の貧しい社会と言えるでしょう。

これからお互いポスト成長社会を考えて行きましょう。
そう言えば、先日の「なんでや劇場」もそんな話題になりましたね?。そこでも言わせて戴きましたが、そちらの共通認識の(代表氏の)考える潮流は、「日本の人々は1970年代以降はそれ以上の物質的豊かさを追求しなくなった」と言う事でしたが、それはそれである程度まで当たっていると考えます。しかし一方、限りない物質的欲望を追及している人間も現代日本にもごまんと存在します。だからやはり当日も言及したように、そこには成長の限界からの環境圧力が大きく存在しましょう。つまり、成長の限界によって望む望まざるに関らず、人類は全体として物質レベルの豊富さを追及できない・・と言う厳然たる事実・・環境圧をしっかり考慮しなければ片手落ちになりましょう。・・そこまで含めて『潮流』と考えれば考える事も出来ましょうか・・。

       +  +++    +++++    +++  +

HN『ぴのこ』とは手塚治虫の漫画のキャラクターからですね?そのキャラクターが好きなのですか?それとも、雰囲気とか似ていてそう呼ばれていらっしゃるのですか?
私の家にも手塚治虫の漫画の単行本は結構あります(笑) 
今年も宜しくお願い致します。
 

脱成長宣言
上々
たびたび取り上げますが、石井吉徳先生のHPでもヨーロッパで脱成長宣言が出され、NGOだけでなく政府内でも検討が始められているとの報道の紹介がありました。
まあここで話し合われているような定常状態までの縮小というようなところまでは考えていないでしょうから、かなり進んでいると思って良いでしょう。

一足飛びに定常状態の社会といっても無理ですし、少なくとも石油はこれまで使った量と同じくらい、石炭はもっと多く残ってはいますので、それを徐々に使って行きながら下げて行くイメージです。
問題はあとどれだけのエネルギーをいつまで使って行くかの計算根拠と世界的同意です。

石油も石炭も劣悪な品質のものまで入れると莫大なものになり、量的な試算が難しくなります。石油では比較的まともなものだけだとあと1兆バレルと言われていますが、タールサンドのようなものまで入れると7兆バレルと言う話もあります。しかも人類は低品質のものから使うと言うことは絶対にしませんので、結局後世代に付けを回すのは一緒になってしまいます。
また埋蔵量の推定もこれまで極めて恣意的に、また政治的に有利なように操作されているということですので、(だいたい実際を上回るように)本当の埋蔵量は不明確です。

また高速増殖炉と核融合の話は棚上げしておかないと話が進みません。本当にできるようになったら入れてあげるねということにしておかねば。

そこまで決めても肝心の「あと何年で使い果たすか」については同意が得られる可能性は薄いでしょう。まだ産れていない世代に残すエネルギーを誰が決めるのでしょうか。
自身の話だけで言えばあと40年持てばもう良いや、なんですが、まあ子供の世代まで入れればあと60年。
孫が生まれればもっと長くと思うようになるかもしれません。
この期間が長くなればなるほど今使えるエネルギーは少なくなります。

とはいえ、このような話が各国の思惑を乗り越えて決まるなどと言う可能性は全くないでしょう。完全無欠の独裁的世界帝王になれば別ですが。

日本の支配階級
guyver1092
 日本の支配階級が、年始にいろいろ言っていますが、少なくとも私の理性から考えると気違い沙汰のことを言っています。まあ、彼らの価値判断基準からすれば私の(ここの常連の)言うことは気違い沙汰なのでしょうが。

 現実問題として縮小経済を実行するには、江戸時代の振袖火事後の幕府の経済政策が参考になるのではと考えています。この火事までは江戸の日本は経済成長していたはずですから。すべてにわたって質素倹約しろとの命令が出されていたので、生活が一変したはずです。実際には物価も上がったのかもしれません。石川英輔氏の本のどれかに乗っているかもしれませんね。(ちなみに私は探してもいませんし、学校で習ったことも忘れきっています。)
 その他キューバも参考にできるでしょう。人類の英知の見せどころと考えています。見せてもらえる確率は非常に低いと思いますが・・・・

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