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2010-12-29 00:00
 本年の締めくくりとして、現代社会の狂気についてまとめさせて戴きます。
 世界征服を企むマッド・サイエンティストなり狂信的な政治家、独裁者の小説や映画というのがあります。その小説や映画を鑑賞する人は、普通その内容を荒唐無稽な内容として、あくまでフィクションとして捉える事でしょう。(絶対に起こりえないと)可能性としては否定出来ないまでも、あくまでフィクションの世界と捉えていることでしょう。

 現代から見れば、昔は狂気の沙汰と思われるようなことが色々あったようにも見えます。古代ローマのコロシアム、人柱や生け贄、大航海時代の西洋人の数々の横暴、残虐行為・・・・。それらに比べると現在はそこまで酷い狂気の沙汰はない・・・と思っている人が結構いるかも知れません。・・・しかし、現実的には、現在も狂気の沙汰があちこちに存在します。大虐殺もついこの間まで行われていました。人類史上最悪の戦争である第二次世界大戦だって大昔の出来事ではなく20世紀の出来事です。ファシズム、ホロコースト・・・そう、第一次、第二次世界大戦をはじめとして、20世紀にも多くの狂気の沙汰が行われました。第二次世界大戦後だけでも枚挙に暇がありません。ベトナム戦争、天安門事件、ルワンダ大虐殺・・・そして、チェルノブイリ原発事故・・。20世紀ほど高密度に狂気の沙汰が行われた世紀ってそれより過去に見当たりません。・・それは単に私の歴史の知識不足でしょうか・・・?・・・もしかしたら21世紀が更に酷い狂気の沙汰が行われている世紀かも知れません。
21世紀に入ってからも多くの狂気の沙汰が行われてきました。9.11の同時多発テロ事件やそれに端を発するアメリカのアフガン侵攻やイラク戦争・・、メキシコ湾原油流出事故(・・これは災害と言っても人災的側面が大いにあります。)・本当に酷い狂気の沙汰です。これからも世界大戦や大虐殺でさえ起こりそうな危うさを孕んでいます。それらの事件や事故を防ぐ対策も色々論じられていますが、それらは対症療法的なものばかりです。事件や事故が起こらなくても、社会の構造自体に狂気の沙汰を含んでいるのです。資本家に都合のいいように作られた市場原理主義やグローバリズム・・現在の矛盾だらけの資本主義社会とそれを正当化する為の数々の穴だらけの理論体系、そしてそれを受け入れる多数派の人々・・・正に狂気の沙汰と言えるでしょう。これを現代人の多くは進歩と呼んでいるようですが、進歩と言うよりも破局への大行進と呼ぶ方がふさわしいかも知れません。

現代社会の中でも社会的に認められて罪の意識もなく行われている狂気の沙汰が存在します。・・これが一番始末に悪いでしょう。

開発と言う名の環境破壊も狂気の沙汰です。20世紀以降行われた巨大開発は、殆ど全てが利権目的で行われており、それによって地域住民の大多数が幸福になった例など皆無に等しいでしょう。
「エコ」と言う名の逆効果なども枚挙に暇が御座いません。その代表が、原発であり、エコ替え、エコポイント・・・グリーンニューディール政策でしょう。新種の利権開発です。

それもこれも現代人の大多数が経済の奴隷になっているからと言えましょう。現代ほど、経済が優先されている時代は過去にはなかったでしょう。財界人や資本家はもとより、政治家やマスコミに煽られて一般庶民の猫も杓子も経済成長、経済成長と唱える様は正に狂気の沙汰と言えましょう。社会構造の中心に経済が居座るようになって経済に支配されるようになってしまった現代社会の構造そのものが狂気の沙汰と言えるのではないでしょうか?

早くパラダイム・シフト・・大転換すべきでしょう。
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【2010/12/29 00:00】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

今年もお世話になりました♪
ぴのこ
年の瀬も押し迫ってきました。
本年もありがとうございました♪
今年は、なんでや劇場にもお越しいただき、より近く感じられとても充足いただきました。ありがとうございました。

現在、自然の摂理ブログでは、年末年始シリーズが今日から始まっています♪
テーマは、代償充足から本源充足へ~『社会期待の歴史』~です。
ぜひお立ち寄り下さい☆

また来年もよろしくお願いします。
つながりの深い一年にできたら・・と思っています☆+゜

Re:今年もお世話になりました♪
雑草Z
    ぴのこさん

 初のコメントですね。有難う御座います。ぴのこさんも、<自然の摂理から環境を考える>のメンバーでしょうか?ご無沙汰しておりましたが、今覗いてみると、12月も興味深いタイトルの記事が並んでいました。また改めて読ませて戴きます。先日東京会場に参加させて戴いたときにお遭いした方でしたか?

 現代の狂気の沙汰、経済成長路線の社会にあって、類ネットワークの存在は、一縷の希望かと思います。このようなネットワークの存在を非常に嬉しく思っています。
 だから来年もまた参加したいとも考えています。しかし、正直言わせて戴きますが、人類の昔からの歩みの講義などが冗長過ぎました。ちょっとワンウエイ的な学習会の講義形式は飽きました。意見の交換はやぶさかではありませんので、参加する場合は当方も発言させて戴きます。(・・前回もそうさせて戴きましたが・・)

 さて、失礼ながらぴのこさんのコメントは、最初一瞬スパムコメントかなと思いました。何故なら、記事の内容に触れていないからです。ここの記事は、類ネットワーク、<自然の摂理から環境を考える>で取り上げているテーマと共通する部分もあると思いますので、記事の内容に関するコメントも書きやすいのではないかと思います。今からでもコメント書いて下さいな。・・期待してます。他のメンバー・・かっし~さんやy.suzuki さん達はしっかりコメントも書いて下さってましたよ。

 ・・と、若干色々クレームさせて戴きましたが、「なんでや劇場」の雰囲気も良かったし、参加メンバーも大変気に入りましたので、機会があればまた厚かましくも参加させて戴きたいと思います。そのときは宜しくお願い致します。

 類ネットは、日本に本当の意味でのサステナビリティ革命を起こす一翼を担う存在であると考えて期待しております。深い進展を期待しております。


2011年
上々
年明けのテレビでは今年は良い年になりますようにという祈りばかりですが、どうもそうはなりそうもないですね。
世界のどこかで景気が回復すればすぐに資源制約から価格高騰が始まりストップがかかるということの繰り返しでしょう。

閉塞感が高まればテロや戦争の脅威も増して行き、実際に事件が起こる可能性も高くなるでしょう。

人間の狂気を全開にしたような事件が続くかもしれないという予想をしておきます。

あけましておめでとうございます
guyver1092
 昨年最大の狂気の沙汰は、私はもんじゅの再起動と思います。これは信じられないほどの幸運により、放射能の漏れがない致命的事故が起きて世界は無事でしたが。(これで運を使いつくしてしまっていないか不安ですが)


 経済システム限定で考えれば、企業減税が決まったことでしょうか。企業に減税しても、景気は良くならないのは、バブル崩壊後、20年同じ政策をして失敗し続ければ、いい加減わかりそうなものですが。

Re:2011年
雑草Z
上々さん

 あけましておめでとうございます。年明け早々からのコメント感謝致します。私もワールドワイドな狂気の沙汰が起こらない事を祈るばかりです。

>世界のどこかで景気が回復すればすぐに資源制約から価格高騰が始まりストップがかかるということの繰り返しでしょう。

 年明け早々から相変わらずの鋭い洞察ですね。人類の科学技術の進歩(・・と言う名の破局への大行進、無軌道な暴挙)と経済、社会のグローバル化により、狂気の沙汰もグローバルになってきています。その意味でも現代の狂気の沙汰は、有史以来最悪の狂気の沙汰となり得るでしょうね。

>人間の狂気を全開にしたような事件が続くかもしれないという予想

予想が当たりそうで怖いですね。グローバルな狂気の沙汰にはあまり逃げ場がない事が恐ろしい点です。
早くこの狂気の社会構造から脱出する大転換が起こって欲しいものです。

 今年も上々さんの豊富な知識と判断による世界情勢の分析等、様々なコメントを期待しております。宜しくお願い致します。

Re:あけましておめでとうございます
雑草Z
    guyver1092さん

 新年早々からのコメント有難う御座います。狂気の沙汰をウイットを効かせたブラックジョークで書いて戴いたら、guyver1092 さんは読み応え満載の記事を書けるいでしょうね。

>昨年最大の狂気の沙汰は、私はもんじゅの再起動

おっしゃる通りですね。幸いにも(・・と言えるのかどうかはわかりませんが・・)このもんじゅで3.3トンの炉内中継装置を原子炉の中で落としてしまうとお粗末過ぎる事故があって、槌田敦さんの見解ではもう使い物にならないだろうと言う事です。槌田さんは、「ニセもんじゅ」(文殊菩薩を詐称する原子炉)が「お釈迦」になったと上手い事を言っています。これは、 HP <『環境問題』を考える> 
http://env01.cool.ne.jp/index02.htm
の 4.核開発に反対する会ニュース
にも載っています。 

実は、現代の【狂気の沙汰】と言うタイトルで最初に書いたのは原発の事でした。2010年の締めと言う事で、現代社会の狂気の沙汰全般について後で書いた方を載せましたが、原発のほうの記事もありますので、後日アップしたいと考えています。今までに書いた原発の狂気をまとめて書きましたのでそちらにもコメント戴ければ幸いです。(・・ただ、今年は、ポスト経済成長社会やその大転換などについて多く書きたいので、この記事のアップは少し先にしたいと思います。)

>企業に減税しても、景気は良くならないのは、バブル崩壊後、20年同じ政策をして失敗し続ければ、いい加減わかりそうなものですが。

民主党も自民党と同じく経済成長路線に疑問を持っていませんから(・・鳩山前首相は、「成長の限界」を読んで感銘を受けて、自らその内容を受けた著書も出している筈でしたが・・・)、話になりませんね。色々新戦略を提案しても、経済成長を唱える時点でその政党は終わっていますね。「旧態依然」と言う言葉は成長フェティシズムの人々に使う言葉にしたいものです。2010年の年明けの記事【兆し】に書いたように、脱成長路線を掲げる団体が台頭してくるでしょう。その事も新年の記事に致しますね。

 今年も経済成長主義などの愚を論じていきますが、そればかりではなく、脱成長の方策とその後の路線について色々考えていきたいですね。guyver1092さんの得意とされる大転換の発想です。宜しくお願い致します。 

あけましておめでとうございます。
Power
雑草Zさん


21世紀の狂気の沙汰はズバリ「核兵器」でしょう。北朝鮮やイランが核開発しているとされ、常任理事国は「核開発を止めるべきた!」などと騒いでいますが、完全に狂気の沙汰です。


世界最先端の技術が集まるのが軍需産業のため、経済膨張で世界をリードしたい常任理事国は他国が核兵器を持つのを嫌がります。他国は核開発の理由を「抑止力のため」と説明しますが、実際は経済膨張をするためです。


今や発展途上国でさえ、経済膨張のために核開発をしたいと考える政治家が出て来ているのです。全世界が核開発をすれば、他国からの抑止力にはなるでしょうがさらなる経済膨張 を引き起こし、技術革新による所得格差が凄まじいスピードで拡大し続け、どの国も内戦状態となって滅ぶでしょう。


核兵器を持つ、常任理事国+インド+パキスタンは「抑止力のため」と言わずに、正直に「経済膨張のため」と言うべきでしょう。もうそこまでしないと、経済膨張し続ける流れは止まらないのです。

Re:あけましておめでとうございます。
雑草Z
    Powerさん

 早々のコメント有難う御座います。直球のコメントですね。

>21世紀の狂気の沙汰はズバリ「核兵器」

21世紀か20世紀かは決めかねますが(・・20世紀で留まって欲しいところです。)核兵器は現代の狂気の沙汰の代表でしょうね。世界の人々に「現代の狂気の沙汰は何か?」と言うアンケートをとったら、かなり沢山の人が選ぶでしょうね。最大多数かも知れません。この記事を書くにあたって核兵器は余りにストレイト過ぎて頭から抜けていました・・・勿論第二次世界大戦と言う範疇には含まれていましたが・・。
 日本に落とされた2つの原爆は、真に狂気の沙汰ですね。もう日本の敗戦は決まったも同然の時期でしたから、終戦を早めると言う意味はあっても戦争に勝つ目的で使われたとは言えません。日本に落としたのは人種差別もあったかもしれませんし、ウランとプルトニウムの核分裂爆弾の多義にわたる比較実験と言う意味もあっただろうし、終戦後のアメリカの覇権を強化すると言う意味もあったでしょう。その為にあれだけ悲惨な犠牲を払ったとすればまさに狂気の沙汰です。

 さて、
>世界最先端の技術が集まるのが軍需産業
と言うのはおっしゃる通りだろうし、核開発の結果、経済膨張もするというのもその通りだと思いますが、核を持ちたい直接の理由は、やはり軍事的圧倒的有利さでしょう。現在のの最強兵器と言えるでしょうから。経済成長はその後について来るものでしょう。

 それに比べて原発は偽善性がずっと強いと言えましょう。「核の平和利用」と言う詭弁で押し切っているのですから・・。そして、地球温暖化防止の名目で、また勢いを取り戻し、どんどん作られようとしているのですから始末に負えません。・・しかし、原発も核兵器も基本は同じウラン(やプルトニウム)の核分裂ですから(核融合の核兵器、水爆はありますが、核融合発電が実用化されたらそれこそ狂気の沙汰の極みでしょう。)核兵器と核発電をまとめて、「人類が原子核をいじって変えると言う事」が狂気の沙汰とまとめさせて戴きましょう。

 原発の狂気の沙汰に関しては今まで何度も記事にしていますが、また改めてアップさせて戴きます。宜しくお願いします。
 
 

21世紀だぞ!
BEM
雑草Zさん あけましておめでとうございます(^^
20世紀末には「恐怖の大王が〜」なんて話しを信じてはいませんでしたが、それでも何かしら大転換なんかをちょっとだけ期待しましたが、戦争、内戦のようなものも民族間の争いも武器の削減も環境破壊もさっぱり改善されてない気がします。

それも根底にあるのは先進国の経済優先の社会があるのかもしれないなって感じます。
原発に関しては今後中国、インドなどが増産される恐れもありますが、なぜ放射性廃棄物の処理が確率されていないのに突き進むのでしょう。
まさに狂気の沙汰ですね。

日産はこれから電気自動車に力を入れていきますが、それによって電気需要が高まり原発推進に拍車がかからないかと気がかりです。

今年もよろしくお願いします。

狂気の沙汰2(先進国では日本限定)
Power
雑草Zさん


仰る通り、核兵器よりも原発の方が偽善性が強いですね。
「平和利用」を掲げて本質を隠すという。
最も、核兵器も「100%、軍事的優位性を持ち抑止力
のための所有」などと言ったら原発ほどではないにしろ偽善では
ありますが。


さて、追加で狂気の沙汰2があります。
タイトルにもあるように「先進国では日本限定」の狂気の沙汰
・・・それは、「あらゆる無駄だらけ」です。

欧米先進国からみれば、理解しがたい無駄が日本には多数あります。

電車が遅れた際の遅延証明書の発行がそうです。
遅延証明書をもらうために、改札で列を作って並ぶという無駄。
並ぶ時間があるなら、携帯電話で勤務先に「電車遅延のため、
遅刻になります」と連絡すればいいのにと思ってしまいますね。

「紙の遅延証明書を提出しないと勤務先が信用しないから」
などの理由もあるかと思いますが、それでも、今ではweb上で
遅延証明書の発行もできるのだからわざわざ紙の遅延証明書
をもらうために改札に列を作って並ぶ必要がないのです。

最も、携帯電話で勤務先に連絡するのが一番効率がいいのですが。

・・・こういった無駄が日本には多いです。
これも、狂気の沙汰ですね。
駅員の仕事(遅延証明書を渡す)や印刷屋の仕事(遅延証明書
の印刷)やIT企業の仕事(遅延証明書のweb作成)などを
作り出して、無駄に経済成長させているようにしか思えません。

欧米先進国よりもたちが悪いです。

欧米先進国にはない日本独自のこういった無駄をなくしたら
GDPが半分どころか3/1を切ってしまうんじゃないかと
思うくらいです。

以上、狂気の沙汰2(先進国では日本限定)でした。
欧米先進国より日本の方が実際はヤバいのかもしれませんね。

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2010-12-23 00:01
経済成長率は、国民総生産の増加率で表されます。その定義では、経済成長[Economic growth]とは、国民総生産が増加する事を指します。国民総生産として、GNPでなくて、GDPを使うとか、名目GDPを使うか実質GDPを使うかとかいった細かい事は、今回の議論には本質的に意味がないので拘りません。つまり、同じ物、サービスを同じだけ生産(若しくは消費)した場合でも、単価が上がれば名目経済成長率は上昇するけれど、実質経済成長率は、そこの部分をしっかり補正している・・・と、多くの経済学者は言うでしょうけれど、それは非常に我田引水的な不完全な見方です。 単価の変化ではなく、今まで無料であった物事を商売として成立させ、有料にした場合は、実質経済成長率の定義からも経済は成長する事になります。つまり無料で享受出来る同じ物、サービスが有料になる事は、実質GDPの定義でも「成長」となるわけです。
 
現在の定義に従って経済成長[Economic growth]と言う言葉が使われている事が、人々が経済成長主義に洗脳されてしまう一つの要因と考えられます。多くの人々がその言葉に騙されていると言えましょう。
 何事でも「成長を止めるべきだ」等と言えば、大部分の人が違和感や反感を持つでしょう。賛同出来ない人が圧倒的に多いでしょう。それは「成長[growth]」と言う言葉には、ポジティヴなイメージがあるからでしょう。
本来の「国民総生産の増加」と言う定義から考えれば、どう考えても、成長[growth]では無くて、拡大とか膨張[expansion]と言うべきところです。つまり、現在の定義では、経済成長とは、経済活動が膨張していくこととほぼ同じ意味になりましょう。
 英語では、人口増加も売り上げの伸びも growth で表します。それに習ってか、日本語でも、同じように「成長」という言葉が使われています。つまり、いつからかはわかりませんが、(もともとかも知れませんが・・)「成長[growth]」と言う言葉には、拡大、膨張[expansion]と言う意味も付け加わっています。拡大とか膨張とかの意味があるのは、生物の体の「成長」と言う表現を考えてみても、当然の事でしょう。ただ、生物の成長の場合は、「体が大きくなる」と言う意味ばかりではなくて、「構造が発達する」と言う意味もあります。しかし、現在の経済成長の定義には、構造の発達の意味を含んではいません。「経済成長」の定義からは、同じ事をするのにお金が掛かるほうが成長したことになりますから、構造の無駄が増えた方が「経済成長」したことになるのです。それは決して構造的発達とは言えないでしょう。寧ろ構造の後退と言えましょう。資源や物資、サービスの過剰供給による社会の病的肥満さえ、現在の経済成長の定義では「成長した」ことになるのです。普通に理性で考えれば当然の事なのに、現在の社会では論じられないところが、「洗脳」と考える所以です。

では、国民総生産の増加を「経済膨張[Economic expansion]」という言葉で言い直した場合、本当の「経済成長[Economic growth]」と言う言葉は何を表すべきか・・・と言う議論も出てくるでしょう。実際、真の経済成長とはどのようなものか定義し直ししている方も現れています。それは抽象的に表現すれば、「生物の成長」のもう一つの意味、「構造の発達」と言うことになりましょう。しかし、ここから、「経済構造の発達」と言うことを議論する必要は無いでしょう。新たに経済成長という言葉を定義し直しする必要性を感じません。これからは「経済構造の発達」とか「経済を成長させる」という概念はそれほど重要では無くなると考えるからです。何故なら、パラダイムシフトの大転換後の持続可能な社会では、現代社会のように経済を中心に据え置く必要はないからです。経済を中心に社会の物事を考えるべきではないのです。
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【2010/12/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済至上から精神文化へ
上々
経済が重みを無くしたところで代わりになるものと言えば精神文化でしょうか。
しかし、現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。と言うのは、思索すべき時間を持てなくなっているからです。
仕事が忙しすぎて。

ブッダやキリスト、孔子など偉大な宗教家・哲学者が時代が接近して出てきたというのも、それぞれの文化圏で階層性や奴隷制が発達し、思索できる時間を持った階層が出現したからという一面があります。といってもほとんどの人間は暇になると悪いことばかりするのですが。
19世紀・20世紀になっても思索するばかりの人、哲学者が頻出していますが、現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、あまり哲学者が居るようには見えません。
(宗教者はいるようですが、これも宗教者というよりは宗教利用金儲けという方が多いようです)

文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。

Re:経済至上から精神文化へ
雑草Z
ポスト経済至上主義が、即精神文化と言うべきかどうかはわかりませんが、「経済史上主義」と言う考え方が狂信的な異常な考え方でしょう。

>現代人は精神性という点ではかつてなく堕落した。

と言い切る上々さんは歴史を熟知されているからでしょう。

>現代には仕事に追われるばかりの人だらけで、

ここは同じく感じているところです。「経済成長主義」に疑問も持てないほどに社会のシステムに組み込まれて、仕事に追いかけられている現代人、企業戦士が豊かだとは言えませんね。物が有り余るほど溢れている事をもってして「豊か」と表現する事自体、非常に貧しい発想です。

>文化的にも今はあまりにもエネルギー依存していますので、そう簡単には切り替えられないでしょう。

しかし、オイルピークを過ぎて、望む望まざるに関らず、エネルギーをはじめとした資源枯渇が迫ってますから、エネルギー依存の文化はもうすぐ終わりを告げなければならないでしょうね。お互い合意する部分ですね。



時間の使い方
上々
暇ができたから哲学や宗教が発達したといってもそれは直接食糧生産に関わっていない特権階級ができたからで、労働者には暇な時間は少なかったものと思います。
それにしても現代の特に日本の現状は異常なもので、朝から夜中まで働いている人が多いというのはどうなんでしょう。

昔は飢餓と隣り合わせで、ちょっと生産が狂えば飢え死にということもあったわけですが、しかし長時間働いたからといってたくさん生産できるわけでもなく、そこそこで終えて休養もできたのかもしれません。

エネルギーに依存しない文化とはなにかと言うと、あまりありませんね。IT関連は全滅だし、建築や映像・絵画もエネルギーを使っているし。音楽もその面が強く、アカペラで歌うくらいですか。

エネルギーに依存しない程度
雑草Z
 
 哲学や文化は食料生産などから解放された一部の特権階級の贅沢とも言えますね。実生活から隔離され過ぎた観念的な哲学は余り役に立たないかも知れません。好きにもなれません。苦行をする必要はないと思いますが、せめて自給自足ぐらいはして、自然の摂理を体感した哲学がいいですね。余談ですがデカダンスなんかは本当に特権階級のお遊びだと思います。

さて、おっしゃるようにワーカーホリックな現状は宜しくないですね。一生懸命働いて、気づいてみたら社会、環境を破壊するのに手助けしていて人間社会が崩壊した・・・では洒落になりません。

>エネルギーに依存しない文化

に関する上々さんの考察は、徹底していますね。(私もそういう傾向があります。)程度問題かと思いますが、現代よりはずっと浪費レベルを減らして行く事から考えましょう。
 例えば公園で遊ぶと言う場合、ブランコや滑り台やシーソーのような人力レベルの物は許容し(作ったり運んだりするエネルギーは消費しますが・・)、コーヒーカップやジェットコースター、バイキングなどの(現在の有料遊園地)動かすのにもエネルギーを使う遊園地は止めましょう・・・と言うレベルでしょうか・・・もっと徹底すれば、滑り台もブランコも必要なく、ただ草地があれば楽しめますが・・・ボールや間くらいは許容できるでしょう。
 ドライブやカーレース、モーターボート等のマリンレジャー、昨今のクリスマスのように夜のイルミネーションを派手に飾ったりするようなエネルギーをどんどん投入するような文化をエネルギー浪費文化とでも定義し直しましょう。


 +  +++    +++++      +++++ +++  +
 今回の上々さんのコメントもさらりと完結ですが奥深い内容で、色々議論、考察の対象が散りばめられていますね。記事のネタにもしたいところです。

 さて、こちらは昨日から雪が本格的に降り始めましたが、そちらはどうですか?会津地方は昨夜から今日にかけて積雪1m近くになりました。会津地方の只見町と金山町では昨日、本日の全国一の降雪量を記録したみたいです。私もこれからまた雪かきです。除雪にもエネルギー使い過ぎですね。冬期は色々なレジャー施設や道を閉鎖したりして、仕事も休業を増やして冬ごもりすればかなり省エネになるでしょうね。そのような冬ごもりの中からも素晴らしい文化が生まれるかも知れませんね。

私が考える、経済成長の定義
Power
雑草Zさん

貴ブログで何度か述べていることでありますが、技術革新により
ある仕事を行うのに必要な人数が10人から9人に減った等
が本来の「経済成長の定義」であるのだと考えています。

一人当たりの「労働生産性」の増大と言った方が分かりやすい
ですね。今まで10人でやっていた仕事が9人でできるように
なった訳ですから、生産量が同じと仮定すれば一人当たりの
労働生産性は増大します。

ただ、現在では技術革新が行きすぎて10人でやっていた仕事が
1人でできるようになった(特にIT系)とか人間がやる必要
がなくなった(駅の自動改札など)等したため、技術革新につ
いて行くのに必要な知識・資格・学歴などを持っている高度知識
人以外は働く場がどんどん無くなっているのが現実です。

一人当たりのGDPを増大させる「経済膨張」を行おうとして
も、技術革新により大多数の人間は失業に追い込まれ購買力
が無くなっていくのですから需要と供給に限界が無かったと
しても、無理なのです。

実際は需要も供給も限りがあるので大多数の人間に購買力が
ある社会(日本の高度成長期が当てはまる)であっても
確実に行き詰まる(現代の先進国が当てはまる)のですがね。

・・・こうなりますと、もう食べていくためだけの必要最低限の
仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネル
ギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと
全員が生きていくのは無理ですね。

非常につまらない人生になりそうですが技術革新が止めら
れないのであれば、こうなるしかないのです。

経済成長するということは具体的にどうなる?
guyver1092
 経済成長するということは去年より今年のほうが物・サービスが売れなければなりません。
 逆からみれば去年より今年はたくさん物を買わねばなりません。それをしようと思えば、去年よりたくさん稼がなければなりません。しかし会社は給料を上げてくれません。去年よりたくさん仕事をしなければなりません。去年よりたくさん仕事をしても、成果主義とかで、売り上げに貢献しなければ給料は増えません。
 結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。

Re:私が考える、経済成長の定義
雑草Z
   Powerさん の考えるところの経済成長の定義はおっしゃるように、技術革新による
>一人当たりの「労働生産性」の増大

と言う事ですね。現在の「経済膨張」の意味での「経済成長」とは全く違う定義になりますね。私が本文に書いたところの「構造の発達」と言うことに相当しましょう。それはそのまま「労働生産性」と言う言葉で定義してもいいですね。この場合も技術の使用による資源の消費や環境負荷も考慮しなければなりませんね。

>食べていくためだけの必要最低限の仕事をして余った時間は友人と雑談する等のなるべくエネルギーや資源を使わない余暇をするのが当然という世の中にしないと全員が生きていくのは無理

これは人口の規模にもよりましょうが、真の意味での再生可能エネルギー、即ち太陽光エネルギーの範囲で(・・太陽光のエネルギーは人間の歴史と比べて半永久と考えて・・)暮らす事になりましょう。人口規模がある程度以下であれば十分に使えるでしょう。
 それがつまらない人生とは言えないでしょう。「雑談」と一口に言っても色々な話があり、雑談の域では語れないかも知れません。色々な内容のコミュニケーションが増えると言う事になりましょうか。友人と雑談する以外にも、人力中心のスポーツもゲームも出来ますし、エネルギーを現在よりも浪費せず、人力や自然エネルギーを上手く活用するのも技術革新と言えましょう。
 人間は動物的な基本的な欲求を満たし、社会で平和に仲良く生きて行けば十分でしょう。さらに+αとして必要なものがあるとして、エネルギーの浪費で解決出来るようなものではないでしょう。逆にエネルギーの浪費が出来て膨張していく社会がどれだけのものでしょうか?エネルギーを浪費する事によって、それ以上の何が得られるのでしょうか?脱経済成長社会は決してつまらない社会ではないでしょう。その事について今までも言及してきましたが、来年改めて書こうと思っています。

Powerさんも同じ方向をお考えでしょうから、経済の成長無しでも素晴らしい社会・・・否、経済が定常性を保つからこその素晴らしい社会について考えていきましょう。 


Re:経済成長するということは具体的にどうなる?
雑草Z
    guyver1092さん の今回の論法(4段論法、何段論法?)は、至極当然の事から出発して、最後には見落としがちな結論を導いていますね。そう、結局毎年毎年仕事の量は増えて

 >結論は経済成長すればするほど勤め人は不幸になります。

と言う事になりますね。結局経済成長主義も資本家などに都合のいい主義だと言う事になりましょう。
この事は是非とも全ての労働者に気づいて頂くべきですね。

「成長主義」の言葉に隠された真実は、「定常」ではより不幸になって行くと言うおぞましい結論でしたね。

文化の衰退?
Nowhere
エネルギーにあまり依存しない社会に移行しようとすると
今ある娯楽や職業の多くが消滅するかと思われますが、反発は強いでしょうね。
よっておそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで
エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかもと思います。

自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに
栄えていくことを望むだろうし、車が好きな人は車文化がこれからもずっと
繁栄していくことを強く望むでしょう。

しかし何にせよ資源の制約はいつかはやってくるので
F1レースから人力車レースへ
制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ
という昔の形に還っていくのかもしれません。

しかし今の大衆文化に見られるのは、より速いスピードを求める事(乗り物など)、
よりリアルで高速に動く映像を見る事、大音量の音を耳に流し込む事など
刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが
多い気がします。私たち現代人はあまりにもせっかちに
多くの刺激を求め過ぎているのかもしれません。


Re:文化の衰退?
雑草Z
    Nowhereさん

 上々さんやPowerさんの文化論を受けてのコメントですね。

 おっしゃるように、現在の仕事や文化は大量のエネルギー投入によるものが大半ですね。つまり石油などにドーピングされている状態と言えましょう。(私のように)導入された当時からエネルギーの浪費と見る人もいたでしょうが、一方それが、科学技術の成果だ・・・と歓迎した人のほうが圧倒的に多かったでしょう。経済も科学技術も資源、エネルギーは次々に開発されて枯渇の心配は無いような、漠然とした無限の開発を前提に進んできました。

>F1レースから人力車レースへ
>制作費数10億の映画から舞台演劇やサーカスへ
>大音量の電子楽器音楽からアコースティック音楽へ


とってもいい例ですね。それぞれ拘りを持つ人がいますから、Nowhereさんのおっしゃるように抵抗は強いでしょうね。

>おそらく資源制約がシビアになり止めざるを得なくなるまで エネルギー依存型のスタイルを続けていく可能性が、現実には高いかも
>自分の職種にアイデンティティーを強く持つ人は、その職種が将来も滅びずに 栄えていくことを望む

このあたりの現状認識は的確ですね。おっしゃる通りでしょう。しかし、Nowhereさんも言及されているように、

>資源の制約はいつかはやってくるので

大量エネルギー投入の文化は止めざるを得なくなるでしょうね。はじめから打ち上げ花火のような文化、20世紀前後の徒花だったのでしょうね。

>刺激を脳に与えて表面的な快感を得るに過ぎないようなものが多い気がします。

全くおっしゃる通りです。わざわざエネルギーを浪費する娯楽を作り出していると言えましょう。・・・それは勿論、経済成長を前提にしているからでしょうね。
結局そんな文化は次々に新しいものが現れて使い捨てにされるものが多いでしょうね。それもこれも経済成長フェティシズムの産物です。

大量にエネルギーを浪費する文化が消える事が文化の衰退とは言えないでしょうね。時代の要求に適ったまた新たな文化が生まれて来るでしょうね。

 これからの方向性を考える材料豊かなコメント有難う御座いました。 

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2010-12-17 00:01
12月11日土曜日の朝は冷え込んで、氷点下になりました。外に出して置いた水の入った桶などにも、薄氷ではなく、もっと厚めの氷が張りました。
集めて置いた堆肥にする落ち葉(初の試み)を見ると、糸のように細長い氷=霜が枯れ葉に掛かっていました。周りの木に目をやると、枝から沢山の糸のようなものが垂れていました。霜が糸状に垂れ下がっているようです。これまでも何度も蜘蛛の巣に霜がついた状態は見たことがありましたが、今回はそこかしこの木から垂れ下がっているのでちょっと変だと思いました。蜘蛛の巣の場合、当然の事ながらあの蜘蛛の巣の形に霜が付きます。ところが、この日は、蜘蛛の巣の形ではありません。片端だけが木の枝に付いてそこから真っ直ぐ下に垂れ下がっているもの、両端が木の枝に付いて、懸垂曲線状に[catenary]垂れ下がっているもの、枝から枝に(・・蜘蛛の巣のように?)ピンと張られていたものもあります。・・つららでもなさそうです。・・やっぱり蜘蛛の巣でしょうか?・・それにしても多過ぎます。・・それともこれが本来の霜でしょうか?
結構長く、30cm以上の長さのものもありました。やはり蜘蛛の糸に霜がついたのとは違う感じです。試しにこの霜の糸をそっと払って掌に乗せてみると、融けて無くなりました。・・・後には糸も残らなかった感じです。・・・糸が見えなかったのかも知れませんが・・・。

霜の糸1


霜の糸2


霜の糸3


霜の糸4


霜の糸5


写真を撮って物差しを持って来て長さを測ったりしているうちに、10時を過ぎ、沢山の霜の糸は次第に融けて、消えて無くなりました。
これはどんな現象だったのでしょう?


おまけです。同じ日にホウレン草の葉についていたものです。ほうれん草の葉を食べる虫(害虫?)の冬ごもりの巣でしょうか?中に卵が産みつけられているのでしょうか?幼虫か蛹が眠っているのでしょうか?ただの土の塊か鳥か何かのウンチでしょうか?↓

虫の冬ごもり?



そう言えば、昔、まだ子供の頃だったでしょうか、朝、サッシのガラスに大きな雪の結晶のような霜が付いていて驚いた記憶があります。普通雪の結晶は虫めがねなどで拡大しなければ見られないものかとばかり思っていましたが、この雪の結晶・・と言うかサッシに張り付いて平面的に成長した氷の結晶=霜は、サッシのガラス一面に、平面的ですが、かなり大きく成長していました。サッシのガラス面の真ん中あたりを中心として、きれいな六角形状にフラクタルパターンの大きな氷の結晶が出来ていました。一つの結晶の外接円の半径は10cm以上はあったでしょう。空気中の水蒸気が昇華してくっついてどんどん成長したのだろうかとは想像しましたが、こんなに大きく成長したのは非常に不思議な感じが致しました。それ以降、そんなに大きな氷の結晶を見た事はありません。


今回の長い霜の糸も、昔見た霜の巨大結晶も、特殊な条件・・・気象条件など、が揃ったのかも知れません。不思議で面白い事です。こんな現象を目撃すると、その日は何だか浮き浮きです。奇跡も信じたくなりそうです。・・まだまだ世の中は捨てたものじゃあないかも・・大転換出来るかも知れない・・・とオプティミズムが顔を覗かせます。
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【2010/12/17 00:01】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

霜の糸
上々
霜の糸とは何か俳句の季語のような感じですね。季語辞典に載っていないか探してしまいました。

これはやはり蜘蛛の糸の細いものに霜がびっしりと着いたものではないでしょうか。着くときは徐々に氷が着いていくので大丈夫ですが、溶ける時は速度が速いので崩れてしまったのではないかと想像しております。

去年の17日はこちらも大雪で30cm以上積もりましたが、昨日の雪はうっすらとなっただけですぐに雨で溶けました。
今年は何回あることか。

Re:霜の糸
雑草Z
私も試しに「霜の糸」で検索してみたら当ページが検索トップに出てきました(笑)。「霜柱」は冬の季語ですが、「霜の糸」はないのではと思います。

>溶ける時は速度が速いので崩れてしまったのではないかと想像

なるほど、霜の重みで蜘蛛の糸が切れて垂れ下がったとしたら、蜘蛛の巣の形でなく、一直線に垂れ下がったり、懸垂曲線になる可能性はありますね。
 ただ、その数があまりにも多過ぎるので不思議に思いました。確かに蜘蛛の巣を敢えて取り払う事はしませんから、蜘蛛の巣は多くあるとは思いますが、こんなにあちこちに不自然なくらい、一本の木にも沢山蜘蛛の巣があるとは普段気が付きませんでした。(普段は見えにくいでしょうが・・)木の上から地面のそばまで、蜘蛛の巣だらけで、これじゃあ蜘蛛屋敷です(笑)
 蜘蛛の巣以外の可能性はないのでしょうか?


Anthony
うわ~っ

こんなの初めて見た。


亜熱帯の大阪では、考えられない現象です。



>こんなの初めて見た。
雑草Z
    Anthonyさん

 雪国に住む私もこんなのは初めてです。
何せそこかしこに霜の糸が垂れたり張ったりです・・・長いものは30cm以上でしたから・・
特に寒い日とか、雪が降っている日とかではなく、特殊な気象条件等が揃ったのでしょうね。

 あと、サッシに付いた巨大な霜の雪の結晶も凄かったですよ。あれももう一度見てみたいものです。


上々
蛾など、繭を作る昆虫と言うのはその原料として繊維を出しますね。カイコの絹は利用されていますが、その他の昆虫でも何らかの糸を吐き出しているわけです。

これらの線維は動物繊維で、タンパク質が原料となっています。綿や麻など植物繊維は多糖類(セルロースなど)であるのと良い対比です。

しかし、人間て何でも利用するもんなんですね。蜘蛛の糸も大量に吐き出す種類がいれば利用したかもしれません。

繊維を出す生物
雑草Z
>蛾など、繭を作る昆虫と言うのはその原料として繊維を出しますね。

あっ・・・なるほど、蜘蛛以外に、蛾の幼虫の吐き出す繊維の可能性は高いかも知れません。・・・そう言えば、木に蛾の蛹のようなものも見つけました。・・・それから、アメシロは毎年沢山木に付きますが、蜘蛛の巣のような糸を張りますね。その可能性大です。・・・大きなヒント、有難う御座います。兎も角、蜘蛛の糸にしては多過ぎるし真っ直ぐ過ぎると思ったのです。
 木の出す樹液か何かの可能性も考えました。

 昆虫の出す動物繊維はタンパク質で、植物繊維は多糖類なのですね。勉強になりました。有難う御座います。

 アメリカシロヒトリの幼虫の吐き出す糸も利用できるかも知れませんね。利用できた途端に、害虫が益虫に早変わり・・・人間のご都合ですね。

量次第
上々
カイコの繭はその身体からすると非常に長い糸を作ってカプセルを作るので、それをまたほどいて絹糸にするわけですね。
他にも糸を出す動物は数多くありますが、それほど大量にまとまったものを作り出すものは少ないのではないのでしょうか。

まとまっていれば使いようがあります。石油も石炭もまとまって存在するので利用価値がありますが、オイルシェールなどはかなり分散しています。太陽光も風も非常に分散したエネルギーなので使えるようにするだけでエネルギーがかかります。海水中のウランを集めると言う新技術が成り立つかどうかを細かく検討されている方が居ました。(またもや出典不明)
と無理やりこちらの話題にも触れてみました。

密度次第
雑草Z
 おっしゃる通りですね。資源は、絶対量が多くても、密度が多くなければ取り出す方がエネルギーなど他の資源をより多く使ってしまう場合が多々ありますね。金など大抵の日本の川では採れるようですが、含有率が多くなければ採算が合いませんね。風力発電や太陽光発電などもエネルギー密度が決して十分に高いとは言えませんから、やればやる程エネルギーの無駄使いになる可能性が高いですね。それこそEPRの問題です。

>無理やりこちらの話題にも触れてみました。

まあ、ここの記事でこの話題と言うのもかなり強引のようですが、そんなに無理のない流れで運ばれましたね?!・・・お見事です(笑)

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2010-12-11 00:12
いつの頃からか、経済成長は経済の万能薬のように言われてきました。経済問題とは言えない他の社会問題にさえ、経済成長が有効な解決策であるかのようにも言われています。貧困の解消にも経済成長、人々が十分な教育や医療を受けることが出来るようになる為にも経済成長、環境問題の解決にも経済成長、貧富の格差の問題や食料問題、人口問題でさえ、経済成長が解決するかのように論じられています。・・そしてそれを説明(正当化)する為に滴下理論のような理論が(御用学者達によって)作られてきました。普通に考えれば、貧富の格差の問題は冨の分配、偏りの問題でありますし、食料不足や人口問題などに至っては地球のキャパとの関係で考えなければなりませんので、いくら経済が成長しても解決する筈がありません。かえって逆効果でしょう。つまり、どう考えても経済成長では解決しない問題、解決どころか逆効果になる問題さえ、経済成長で解決されるかのようにプロパガンダされています。こんな詐欺まがいの事がODAとかOECDなど、様々な国際的に認められている機関や国家そのものから常に発せられているのです。
ここ数十年の間に、世界の経済は何倍にも成長した筈なのに、解決してない問題が山積みされています。それに対する懲りない経済成長論者の答えは「さらなる経済成長」です。・・・経済成長神話と言われる所以でしょう。神話と言うよりも洗脳と呼ぶべきかと思いますが・・。

そして、経済対策は勿論のこと、教育方針も医療政策も経済は持続的に成長するもの、若しくは経済を持続的に成長させるという前提のもとに計画され、施行されるようになりました。その為に、もう既に過剰になって久しい生産もさらに増やすために、ものをいかにして壊して、使い物にならなくして消費させるかを常に考えています。増え過ぎた人口さえも減少しないように対策をとろうとしています。日本で行われている少子化対策などその典型で、世紀の愚策と言えましょう。

本来経済成長主義の落とし子であるような金融業などを除けば、経済成長は必要無い筈です。それなのに、そこに各国の指導者たちが経済成長政策を織り込んで、経済成長しなければ破綻するような経済システムを構築して来たのです。その意味では、金融資本家達を蔓延らせるために経済成長政策が施行されてきたとも考えられるでしょう。
だから現代社会には経済が成長しなければ破綻する組織も沢山あるのです。つまりそれは、そのようにシステムが作られたからであって、経済成長を組み入れないシステムに組み直せばいいのです。

OECDが、日本政府が、アメリカ政府が、・・・経済成長は必要だと強調しても、そんな洗脳機関に耳を傾ける必要は無いのです。否、耳を傾けるべきではないのです。それらの機関は経済成長に洗脳された人々によって運営されているからです。もっと単純に基本に返って理性で考えましょう。「限りない経済の成長は可能か?万が一可能だとしても必要か?経済成長で問題は解決するのか?逆効果ではないか?」・・・と。
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【2010/12/11 00:12】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

経済成長では解決しない。
power
雑草Zさん


経済成長を続けるには皆が「贅沢」をすることが
前提ですが、当然ながら資源には限りがあるため
いつか行き詰ります。


現在、クリスマスを前にイルミネーションがあちこちの
SCや駅前の広場にライトアップされていますが、こう
いった「贅沢(資源の無駄使い)」を24時間365日
続けたとしたら、忽ち資源がなくなってしまうでしょう。

「持続可能な経済成長」はあり得ません。
資源は無限ではないので。
太陽光などは無限と思われている方がいますが、いつかは太陽
そのものが消えてなくなるらしい(ソースはないが、
ネット上で検索すると分かります)ので、無限といえる
資源はないのです。

既に世界は、贅沢を戒めないとヤバい段階です。

例を挙げれば、どんなに高価な腕時計を作っても
1日24時間が30時間になったりはしません。
皆が高価な腕時計を買えば、経済成長率は上がるでしょうが
高価な腕時計を作るのに必要な資源を考えたら
単なる資源の無駄使いです。


キリがないので止めておきますが、こういったケースは
いくらでもあります。


日本のGDPが中国に抜かれただの
日本の1人当たりのGDPの順位が低下し続けている
(1993年では世界1位だったが、今では世界20位以内
にも入っていない)だのを挙げて、「経済成長をしな
ければいけない!!そうしないと、日本は貧乏な国に
なってしまう!!」などと騒ぐ方がいますが、上に
挙げたような「資源の無駄使い」を戦後の日本は
しまくってGDPを上げてきただけなので、別に悲観
することではありません。
現在の中国も、かつて日本が辿った高度成長期と
同じ様に「資源の無駄使い」をしているから
GDPが上がっているだけで、別に脅威でも
何でもないのです。

それなのに、さも経済成長をしなければ国が破綻する
かの様な大げさに装う人達はどうかしています。

資本家が労働者を安くこき使いたいがために
経済成長!!と連呼しているの除けば、ですが。

経済成長で解決する筈がない。
雑草Z
    powerさん

 様々な例を挙げての賛同のコメント有難う御座います。無限の経済成長が不可能と言う事は今までこのサイトで繰り返し言及してますので、今回は経済成長しても、言われているような沢山の社会問題が全部解決する筈がないと言う事が主題です。 現在の大多数派の経済成長主義者のように、多くの社会問題が経済成長で解決するような物言いは欺瞞であると言う主旨です。

>「経済成長をしなければいけない!!そうしないと、日本は貧乏な国になってしまう!!」などと騒ぐ方がいますが、

「そういう輩が中にはいる」程度ならまだしも、政府や官僚をはじめ、政治家など国の方針を決める人々の大多数が経済成長しなければ大変だ・・・と主張する様は、集団洗脳の様相です。GDPの増加率で定義される経済成長率は、人類の幸福の指標の筈がなく、浪費の指数と言うべきです。殆どの社会問題が「さらなる経済成長」で解決する筈がありません。

>上に挙げたような「資源の無駄使い」を戦後の日本はしまくってGDPを上げてきただけなので、別に悲観 することではありません。

その通りですね。そこを多くの人が認識する必要がありますね。おっしゃるように物資の浪費でGDPを上げてきた事をもって「高度経済成長」と呼ぶ様は、軽率で愚か過ぎますね。


>太陽光などは無限と思われている方がいますが、いつかは太陽そのものが消えてなくなるらしい

太陽の莫大なエネルギーは陽子の核融合によるものと考えられていますから、非常に膨大ですが、勿論有限に決まってますね。しかし太陽が消える前にヘリウムフラッシュで地球が吹き飛ばされるか飲みこまれてお仕舞いと考えられていますから、そこまで考える必要は無いでしょう。地球の歴史まで言及しなくても、人類の歴史と比べて太陽光は永遠と考えて話を進めなければ、諸行無常のような哲学の話になってしまいます。
 太陽エネルギーに関して 有限性を考えるのは、単位時間当たり、例えば1日あたり地球に降り注ぐ太陽エネルギーが有限であると言う事でしょう。そのうち光合成とか大気の循環だとか大切な働きがあるわけですから、(大気の循環には人間が使った後の排熱も使われていますが・・)人間が利用出来る分は限られていますね。現在の石油などのエネルギーのような使い方は出来ませんね。地球の外部から入ってくる太陽のエネルギーの範囲でしか、持続可能なエネルギーの利用は出来ないと言う事です。

>現在の中国も、かつて日本が辿った高度成長期と 同じ様に「資源の無駄使い」をしているから GDPが上がっているだけで、別に脅威でも 何でもないのです。

経済的に抜かれたとかそんな事は大した脅威ではないでしょうが、その為に中国に経済的に支配されたりする事は脅威でしょう。そして、中国の経済優先策による、資源の浪費、食料不足、環境汚染、環境破壊が何よりの脅威です。


>さも経済成長をしなければ国が破綻する かの様な大げさに装う人達はどうかしています

 装っている輩もいるでしょうが、本気でそう思っている人も沢山いるでしょう。
 経済破綻よりも遥かに恐ろしい破局・・環境破壊や食料不足等を憂慮し、対策を練るべきるべきですね。・・・つまりそれが脱成長に繋がります。 

哲学的経済成長
上々
なぜ経済成長が不都合かと言うことはエネルギーを始めとする資源供給に限りがあるため当然何時かは壁に突き当たるから、そしてその時の衝撃が破局的であるからということには間違いがないのですが。

一応の同意を頂いているように、地球上での活動は太陽エネルギーのフロー内であることというのが上限であり、それは既に越えているという問題です。

さて、それではその上限はいつ越えてしまったのかということです。太陽エネルギーだけをフルに使うということは現代でも不可能ですので、その代わりとして化石燃料を使い始めてからに違いありません。
もしも化石燃料が無ければ太陽エネルギーのみを何らかの形で使用しながらその上限に近付いて行ったはずです。

しかし、そこまで到達しあとは定常状態で推移していったとしても、その到達点まではまぎれもなく「成長」していったはずです。

ちょっと仮定と喩ばかりで判りにくいかもしれませんが、現段階でさらに経済成長を求めるのは現状判断が全くできていない愚の骨頂であることは明白ですが、もし紀元前の原始社会で資源もエネルギーもほとんど未使用の状態の社会に経済成長は悪であるということを本当に言うべきなのか。

ちょっと雑草Zさんの論旨に水を差すようで申し訳ないのですが、本当にいけないのは現代社会の経済成長だけなのか、あるいは人類社会というものは常に改善を求めているのでそれ自体が本質的に破局に向かうという性質を内在させているのか。
ちょっと後者のような気がしてきました。



Re:哲学的経済成長
雑草Z
>一応の同意を頂いているように、地球上での活動は太陽エネルギーのフロー内であることというのが上限であり、それは既に越えているという問題

に関して、いつ、何故超えてしまったかと言う事に関して、上々さんのおっしゃるように、化石燃料と言われる炭化水素の利用ですね。中でも、環境負荷以外では非常に優れている石油に因るところが非常に大きいでしょうね。まさに史上最高のドーピングです。石油によって急速に便利になった社会はオイルピーク後に萎むでしょうね。まさに夏の夜の夢です。

>人類社会というものは常に改善を求めているのでそれ自体が本質的に破局に向かうという性質を内在させているのか。 ちょっと後者のような気がしてきました。

この考え方は私も常日頃感じている事であります。他の種に比べて、人類の短い歴史の中で、これだけ膨張して来た事は、孤島で増え過ぎたネズミのように一挙に滅ぶ性質を内在しているでしょう。だから、急速な進歩とは、裏を返せば破局への道でしょう。自然を征服する対象と見る白人的開拓者精神は、人間社会や地球の癌細胞のようなものと見る事が出来るでしょう。そして、その白人的開拓者精神と言う名の癌細胞が他の人種にも転移したのが現代社会かも知れません。(・・白人ばかりでなく、他の人種も開発と言う癌細胞的要素は持っていたのかも知れません。)ただ、国民総生産の増加で定義される経済成長は、常に改善を求める事にはなりませんから、その部分が現代の洗脳と言える部分でしょう。
理性的に考えれば、常に改善を求めるなら決して経済成長を人類の自明の公理にはしない筈です。だから経済成長フェティシズムは決して人類の性ではないでしょう。


揺れ動く心
上々
厳密にいえば人間の文化的な成長もすべて排除しなければ真に定常的な社会というのはできないのかもしれませんが、そこまで話を持って行っても仕方がありませんので、一応太陽エネルギーフロー内の定常社会は認めましょう。

それで、論旨に戻り資源制限が見え始めた時代での経済成長をどうやってあきらめさせるかという点ですが。

年7%成長でも10年で2倍という話ではだめなんですかね。
まあ2倍に成長したからと言ってすべての資源使用量が2倍になるわけではないでしょうが、(日本ではの話、中国は知りません)もうそれだけの容量は地球には無いよということなんですが。
それすら理解できない(したくない)というのではもはや匙を投げるしなないのでしょうが。

議論の範囲
雑草Z
    上々さん

>厳密にいえば人間の文化的な成長もすべて排除しなければ真に定常的な社会というのはできないのかもしれません

 これもその通りだと思います。人間社会に文明が出来たと考えられる時期からずっと、文化も変化して来ましたので、文化の定常状態と言うのは考えにくいですね。
 ここのサイトでも文化的な事についてもそのうち触れなければならないかと考えていました。この辺りの考え方も上々さんと私は非常に似ていますね。

>年7%成長でも10年で2倍という話ではだめなんですかね。

そこが指数関数的成長の恐ろしいところなのですが、そもそも中国はそれを目標にしているので脅威どころか歓迎でしょう。(勿論資源の枯渇や環境負荷を憂える人は中国にもいるでしょうが・・まだまだ超少数派でしょうね。)日本も他の先進国と自負している国々も大抵そのような高度経済成長時代を経て来ていますね。高度経済成長こそ破局への近道なのですが、それが必要な事だとみなされている事が人類の愚かな洗脳でしょう。

>それすら理解できない(したくない)というのではもはや匙を投げるしなないのでしょうが。

人類はそこまで馬鹿じゃないから上手くプロパガンダすればきっと大丈夫でしょうけれど、政治家をはじめ経済成長フェティシストが国を動かしている間は駄目でしょうね。
 日本で言えば、自民党に次いで民主党離れが起こって、無党派層が増えていますが、そこに脱成長を主張する政党が現れて支持を得れば局面が急展開するでしょう。今は荒唐無稽に感じる事でも、そのうち事情は一変するでしょう。それが破局に間に合うかどうかですね。現代文明は一回滅びる方がいいのかも知れません。・・・私の預言とでもしておきましょう。
 

経済成長の定義
guyver1092
 ネットで経済成長を検索してみたところ「GDP(国内総生産)の伸び率を、経済成長率と言うのが一般的です。
GDPとは、「一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額」のことです。
「付加価値の総額」とは、
「新しく生み出されたモノとサービスの価格の合計」という意味です。」

とありました。
 単に物とかサービスがより多く売れたということですね。人々の幸福とは何の関係もないですね。確かに高度経済成長の時代は成長すると人々が幸福になったのは否定できないですが、現在を見ると、経済成長するほど不幸になるようです。
 また、別のページでは、経済成長するということは「生活にかかるコストが増大すること」と定義している人もいました。

 こちらの定義のほうが、過去から現在までの人々の幸福をより説明できると考えます。すなわち過去はコストが上昇しても優秀な機械等が手に入り、生活が改善したのを実感できたが、現在は、生活を改善できるほどの機械等は作りつくされ、コスト増の負担に苦しんでいると・・・・

 啓蒙するなら、幸福と経済成長は関係ないのだと理解してもらうことでしょうね。



Re:経済成長の定義
雑草Z

>「GDP(国内総生産)の伸び率を、経済成長率と言うのが一般的

この定義からすれば、「経済膨張」と言った方が意味が合うと思いますが、「成長[growth]」と言うポジティヴなイメージを持つ言葉を使っているところが混乱の原因でもあり洗脳ですね。その事は【経済成長の定義】として記事を執筆中です。おっしゃるように

>単に物とかサービスがより多く売れたということ

であり

>人々の幸福とは何の関係もない

でしょう。

>別のページでは、経済成長するということは「生活にかかるコストが増大すること」と定義している人もいました。

これ、我々と同じ考え方ですね。画期的です。見てみたいのでそのページご紹介下さいますか?

>啓蒙するなら、幸福と経済成長は関係ないのだと理解してもらうことでしょうね

 本質的な認識ですね。これは文明崩壊に至らない為にも非常に必要なことですね。理性で考えれば直ぐに理解できる事の筈です。そのような議論が殆どない事事態、現代社会の洗脳でしょう。

脱成長党
上々
自民離れ民主離れが進み「脱成長党」が伸びるということになれば良いのですが、まず無理でしょう。
現在は政治的に極めて危険な状態で、ナチのようなファシスト党が出てくれば急速に支持を拡大する可能性があります。
そうなれば喜んで協力しそうな連中は挙げればいくらでも居そうです。
ファシストがどのような政策を取るかと言うことは実はまったく不定で、どのようなこともあり得ます。
ただし、政権奪取までの過程では極めて強い人気取り政策を実施するはずですので、まず脱成長は選ばないでしょう。


脱成長と言う表現
雑草Z
 GDPの増加を「経済成長」と定義しているから、それを目標にするのは止めようと言う意味で「脱成長」と言う言葉を使っていますが、もっと近いニュアンスは、「脱膨張」でしょう。
ネガティヴなニュアンスがある(・・私はネガティヴなイメージは持っていませんが・・)「脱成長」と言う言葉の代わりに、本来の意味により近い「脱膨張」を使えば、もっと賛同を得られるかと思います。既に高度経済成長時期を経ている「先進国」と呼ばれている国の人々の多くが「膨張主義」の愚かさには気づき始めているでしょう。

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2010-12-05 00:11
 寒くなってきた秋も終わりの頃の晩に、芝生を掘り起こして作った畑を見に裏庭に出たら、大根の葉の下に紋白蝶らしき蝶がじっととまっていました。この雪国の会津地方では、もうとっくに蝶が飛ぶ姿は見られなくなっていましたので、こんなところに蝶の姿があったのが珍しく感じ、携帯電話のカメラを持ってきて撮影致しました。

11月14日 日曜日 20時頃撮影

晩秋の蝶と大根1

晩秋の蝶と大根2


晩秋の蝶と大根3

晩秋の蝶と大根4


因みに翌日の夜も同じ葉にとまっていました。もう寒くて体が動かないのでしょうか?
しかし、更に数日後にはその姿は見あたりませんでした。


因みに昼間の大根畑はこんな感じです。↓

晩秋の蝶と大根5



晩秋の蝶と大根6




* *** *****  *******  ***** *** *

12月6日(月)
 追加写真です。
今年収穫した大根の中で最大の大根の写真です。

12月5日 日曜日 夕方 撮影

収穫大根1


収穫大根2

 ↓ 17時頃  暗くなりましたが、
   切る前に外で撮影して大きさを測定・・横の物差しは1mの長さ。
収穫大根3

勿論有機無農薬栽培です。

今年の春まで芝生が生い茂っていた場所です。ここは

春 芝 → 夏 とうもろこし → 秋 大根 と変遷しました。 

大根は葉も茎も、そして勿論根も食べられるので、
 ある意味理想的な作物だと感じました。

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【2010/12/05 00:11】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

冬越し
岩蔵テルテル
こんにちは。

今回の写真の蝶はモンシロチョウではなく同じ科のキチョウだと思います。暗い中なので白なのか黄色なのか判別が難しいですが、4枚目の写真を見ると羽に小さな黒い斑点のようなものが見えます。モンシロチョウの斑点はこのようなものにはならないと思います。
Wikipediaに画像がありますのでそちらを確認してみてください。

・モンシロチョウ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6
・キチョウ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6

多くの蝶は蛹か幼虫の状態で冬越ししますが、キチョウは成虫で冬越しする個体もいます。他にもタテハチョウの仲間などには成虫で冬越しするものがいくつかいます。
モンシロチョウは蛹で冬越ししますのでこの時期には成虫は通常見られません。
ちなみに、モンシロチョウの幼虫は大根やキャベツなどのアブラナ科の葉を食べますが、キチョウはマメ科の植物を食べるそうです。このキチョウはたまたま見つけた大根の葉で休んでいたのでしょう。


Re:冬越し
雑草Z
    岩蔵テルテルさん は、蝶(昆虫)にもお詳しかったのですね!この写真で、キチョウとお分かりとは脱帽です。

 早速のコメント有難う御座います。それも疑問にお答え下さって更に余りある貴重な情報、感謝致します。

 なるほど、紋白蝶ではなかったのですかあ!・・モンシロチョウかさもなければモンキチョウかと思いましたが、どっちでもなかったのですね?・・確かに羽の小さな黒い斑点が紋白蝶らしくはないと思っていましたが、長い間羽を使って、寒くなって冬が近づいて、あのような斑点が出来たのかなとも思いました。キチョウとは知りませんでした。確かにご紹介のWikipediaの画像のキチョウは時々見かけていましたが、モンキ蝶の変種くらいにしか思っていませんでした。違う種類だったのですね!

>キチョウは成虫で冬越しする個体もいます。他にもタテハチョウの仲間などには成虫で冬越しするものがいくつかいます。

それは驚きです。私は幼い頃から昆虫が大好きでしたが、小さい頃の先入観で、昆虫は冬には殆ど死んでしまうと思っていました。自分が飼った昆虫はみんな秋には死んでいましたから・・・だから死ぬまで飼うのは止めて、途中で逃がす習慣がつきました。
 小学校の高学年の頃、友達から、クワガタムシが木くずの中で越冬すると言う話を聞いて、非常に不思議な感じが致しました。眉唾ではないかとも思いました。
 越冬する昆虫って、寿命はどのくらいなのでしょう?

 別件ですが、11月には寒くて虫もいなくなってきたのですが、相変わらず大根の葉に虫に食われたような穴があけられていたのでどうしてなのかと思っていました。ある晩、丁度ヘッドランプで照らした大根の葉に真っ黒い昆虫の幼虫が照らし出されました。黒アゲハの幼虫にも似ていましたが、きっとヨトウムシでしょう。漢字で「夜盗虫」。その名の通り、日中は土の中に潜っていて夜中に出てきて葉を食べるそうです。こんなに寒くても芋虫も活動しているのですね!変温動物なのに・・。余談ですが、芋虫は蝶の幼虫、毛虫は蛾の幼虫が多いと思っていましたが、夜盗虫は芋虫ですが、夜盗蛾の幼虫です。夜盗蛾の蛹も土の中でよく見つけますが、かなり大きくて吃驚です。大きいので5cm以上は軽くあるのではないでしょうか。土を掘っていて見つけると、いつも安全な柿の木の根元などに移動して頂いています。(笑)  


えりざべす
お久しぶりでございます!

これはキチョウかなぁ,と思い,コメントを書いてみようと思ったのですが...もう解決済みのようですね.^^ でも久しぶりなので書いてしまいました.

キチョウはそちら付近が北限に近いのではないでしょうか.札幌にはいないので懐かしいです.

そういえば蝶もですが,トンボも成虫で越冬する種がいますよ.オツネントンボというですけど,北海道でも越冬していることが確認されていたと思います.

死と越冬(仮死状態)を分かつポイントは何なのか...ミクロな話としては,不凍蛋白質という,水を細胞組織内で氷になりずらくなる蛋白質を発現している種が多いと言われています.もちろんすべて調べられていないですけども,水の結晶は組織を破壊して死たらしめてしまうようです.

ヨトウムシ!
岩蔵テルテル
今はだいぶ知識が薄れてしまいましたが、小学生の頃は昆虫、特に蝶には夢中でしたね。アゲハチョウの幼虫を取ってきて、蛹にし、夜遅くに羽化の瞬間を見るのは小学校低学年の時は毎年の恒例行事になってました(笑)

>小さい頃の先入観で、昆虫は冬には殆ど死んでしまうと思っていました
そうですね、冬に野原に出てみても虫の姿はあまり目につかないのでそう思ってしまいやすいですが、人の目につかないところに隠れているみたいですね。彼ら昆虫の強さには感心するばかりです。

>きっとヨトウムシでしょう。漢字で「夜盗虫」。
ヨトウムシ!なんだか懐かしいです。
東京23区内にある我が家には玄関先に畳半分くらいしかない小さな花壇があるのですが、その周辺を以前はヨトウムシが沢山うろついて草花を食い荒らしていました。漢字が夜盗虫と書くとは知りませんでしたが、言われてみるとまさにぴったりなネーミングですね!
当時は我が家もガーデニングとして狭い花壇に園芸植物を熱心に植えており、それをあまりにしつこく植物の食い荒らすので、小学生の頃にオルトランをぶちまけたり、夜中に植木鉢の裏などを捜索してヨトウムシを殺戮したことを思い出します。子供というのはどこか残虐なところがありますが、今改めて思うと酷いことをしたものです。
それからしばらくヨトウムシを見なくなってしまいましたが、10年以上たった現在、みそ汁の具にできそうなほど綺麗なナズナなどの雑草の葉が一晩のうちに茎だけになっているといった事がしばしば起こるようになってきて、再び我が家にヨトウムシが帰ってきたのかと思います。いまはガーデニングは諦め、雑草が生えたい放題の花壇になっているのでヨトウムシに食いたいだけ喰わせておこうかと思っています笑



おから
大根、立派に育ってますね。
葉っぱも美味しそう!
我が家の大根は、やはり、間引きしたりなかったのか、肥料が足りないのか、小さめです。
でも、食べてます!

またいました!蝶にお詳しい方!
雑草Z
    えりざべす さん

 お久し振りです。ご無沙汰しています。えりざべすさんもキチョウとお分かりだったのですね!・・・そう言えば、えりざべすさんのブログにはトンボなどの昆虫の写真がよくアップされて、専門的でマニアックな解説がされていましたね。カメラの事は全く知らないのですが、私のようなロースペックの携帯電話のカメラではなく、かなりハイスペックな専門的なカメラをお使いでしたよね。美しい画像でしたし、一瞬の素晴らしいシャッターチャンスを捉えていた写真も数多くアップされていましたね。プロの昆虫カメラマンのようです。

 今回も、
>死と越冬(仮死状態)を分かつポイント
について知らなかった専門的な知識教えて頂き有難う御座います。
>不凍蛋白質という,水を細胞組織内で氷になりずらくなる蛋白質
なるほどと思いました。
越冬する昆虫は、2冬以上越冬出来るのでしょうか?昆虫の寿命の最高ってどのくらいなのでしょう?
 そう言えばアリとキリギリスの話しの如く、アリも何年も越冬して生きるのでしょうかね?

 当サイトは、環境問題の本質や反経済成長フェティシズム、脱成長などが主題ですが、時々神社や自然の写真をアップしていますのは私の嗜好です。私は幼い頃から身近な動物が大好きでした。昆虫だけではなく、カナヘビやカメ、沢ガニやサンショウウオ、川魚とか大好きでした。そのような同好の方が身近にいません。(・・犬や猫好きは沢山いるのですが・・)えりざべすさんはどんな動物がお好きなのでしょうか? お時間が御座いましたら、岩蔵テルテル さんのような子供の頃の昆虫の思い出話などもお聞かせ下さいな。

ちょっと気になっていた事があったのですが、かなり以前に、えりざべすさんのブログの記事のコメント欄で、(確かkaoruさんとか言う方のコメントのお返事に、)えりざべすさんが、「昆虫は自分もグロテスクだと思う」みたいな事を書かれていた記憶があるのですが、どのような意図でしたか?・・・そのコメントまた読み返してみたいので、どの記事かお分かりでしたら教えて頂ければ幸いです。

 また昆虫談義したいですね。・・・私は専門的な知識はありませんが、宜しくお願い致します。

Re:ヨトウムシ!
雑草Z
    岩蔵テルテルさん

 またまたコメント有難う御座います。一つ前の記事のコメントのお返事に
>岩蔵テルテルさんは植物のほうはお詳しいけれど、動物はそれほどでもなかったでしたか?

などと、予想で書いてしまいましたがどうしてどうして、植物以上に昆虫にお詳しそうですね。岩蔵テルテル さんも昆虫大好き少年だったのですね!それも私よりも遥かにマニアックに!
 今回の記事は当初予定の記事を遅らせて、挿入したのですが、(・・その記事は12月11日アップに延期しました。)記事をアップして本当に良かったと思いました。以前より時々コメント頂いていた2人もの方が、実は昆虫マニアだったと言う事に気付けたのですから・・。

>アゲハチョウの幼虫を取ってきて、蛹にし、夜遅くに羽化の瞬間を見るのは小学校低学年の時は毎年の恒例行事になってました

それは素晴らしい年中行事でしたね。私も小学2年の頃、アゲハ蝶の幼虫を育てて蛹から成虫になった時、羽化したばかりの汚れないアゲハ蝶・・ってこんなに美しいものかと驚きました。空を知らずに死んでしまったら可哀そうですから直ぐに大空に逃がしました。
 味をしめて翌年も飼ったら、蛹が羽化する代わりに、蛹の体に丸い小さな穴を空けて出てきたのは黒い寄生した蜂でした・・・。その蜂も逃がしましたけどね。

>子供というのはどこか残虐なところがありますが、今改めて思うと酷いことをしたものです。

岩蔵テルテル さんは、花壇を守る・・と言う大義名分がありましたが、私はそんな理由もなく、小さい頃、何度もアリ殺しをしました。アリ地獄にアリを入れて噛みつかせるのが好きでした・・確かに残酷でした。

 夜盗虫の名は実は私も今年家庭菜園を始めて、初めて知った名前です。昨年までは夜盗虫の蛹を見つけても何の蛹かわかりませんでした。岩蔵テルテル さんが、夜盗虫と小学生の頃から格闘していたなんて、マニアックですね!(笑)

>みそ汁の具にできそうなほど綺麗なナズナなどの雑草の葉が一晩のうちに茎だけになっているといった事 

夜盗虫の食欲がそんなに威力があるとは驚きです。農家の方は、夜盗虫を殺すのでしょうが(・・今は殺虫剤で殺すのでしょうか?)なかなか思い切って殺せませんね。でも殺すべきかなとも思います。
・・ただ、コガネムシの幼虫やモンシロチョウの幼虫の芋虫は、私の中では害虫のイメージはありませんでしたし、殺そうとした事は一度もありません。

また、昆虫談義致しましょう・・・私は専門的な知識は乏しいですが・・(笑)


大根
雑草Z
    おからさん

 ここの記事は、蝶がメインですが、ついでに芝生を掘り起こした畑のその後の報告も兼ねさせて戴きました。
 そしたら、おからさんからお褒めのコメント頂いたので、昨日収穫した今年一番大きな大根の写真を、記事に追加させて戴きました。
 この大根は甘くて、薄く切って煎餅のように食べても美味しいです(笑)。葉は塩漬けに致しました。刻んで納豆と混ぜて食べると頗る美味です。野沢菜のイメージですね。他に収穫した間引きした大根の葉を今まで何度もそうして食べています。ご飯にかけたり、餅に絡めたり・・。

レス,ありがとうございます
えりざべす
雑草Zさま,

雑草Zさんのレス中の質問,とても多いのですべて網羅して答えられない気がしますが,できる範囲でご容赦を.

まず...ご希望の自分が書いたエントリー,探してみました.

http://erisabeth.blog123.fc2.com/blog-entry-262.html

おそらくこれでしょうか.

僕は虫...に限らず生き物が大好きですが,昆虫が気持ち悪い,怖いと言う人の感覚も分かるのですよ.多分,そう感じるんだろうなぁ,と.意図も何もなくて本当にただそれだけです.まあ,そういう感覚が生まれることも含めて生き物なのだと思っています.

子供の頃の虫の思い出はいろいろありますが,書き出すと止まらなくなりそうなので,そのうち自分のブログに書いてみようかと思います.でもいつになるか分からないので気長にお願いします._ _

ええそれから...僕は生き物好きですけど,特にマイペースで思い思いに過ごす生き物が好きです.最近はユーチューブにアップされている,うたせ湯がお気に入りのカピバラが大ヒットです(検索するとすぐに分かると思います.長崎バイオパークにいるカピバラのようです).

あとカメラについてですが...「プロの昆虫カメラマンのよう」というのはいくらなんでも持ち上げ過ぎですから!ちょっと嬉しいですけど...(笑) 僕のカメラは確かに一眼レフですけど,最もロースペックな一眼レフです.ニコンの D40という,レンズ付きで在庫処分時に確か29800円で売られていたものです.それでもコンパクトカメラとは表現力の違いは大きいのは確かです.僕はスペックだけをうたった工業製品は,基本的に日本製品の場合あまり信用していません.多少安くても,基本がしっかりしていて,それを長く飽きずに使うのがモットーです.本当にプロだったらそうはいかないでしょうけども.

こちらこそ、ありがとうございます
雑草Z
    えりざべすさん

沢山質問して失礼致しました。私の好きな生物に詳しい方にしつこくつきまとって質問する癖が出来てしまったみたいです(笑)

>ご希望の自分が書いたエントリー,探してみました.

はい、これです、これです。読み返してみたら、当方もしっかり同じ内容の質問をして、えりざべすさんもしっかり同じお答えをされていましたね。思い出しました
 わざわざ該当の記事を探して下さって有難う御座いました。お手数おかけいたしました。・・でもこの記事をまた読めて良かったです。気になっていた事が解決いたしました。

>子供の頃の虫の思い出はいろいろありますが,書き出すと止まらなくなりそうなので,そのうち自分のブログに書いてみようかと思います.

はい、勿論御自分のブログでアップされて下さいませ。小出しに沢山の重いでを書いて戴いてもいいですね。楽しみに致しております。

 やっぱり生物の写真は上手いですね。写真集に出来そうです。そんな中で、マイマイと言うか、カタツムリの写真まで撮影されるのがえりざべすさんらしさですね。たしか、えりざべすと言う名のカタツムリも飼っていたのでしたよね?さらにナメクジまで飼われていたのには脱帽です。

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