-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2010-01-29 00:02
 雪国の冬の神社や鎮守の森の雰囲気は中々いい感じでしょう。・・・それを写真に撮って記事にする・・・昨年の秋頃から計画していました。・・・神社の候補はいくつかありました・・・。
正月に福島県の湧水の本を見ていたら、頭無のお不動様の水・・・というのが載っていました。山の中の小さなお堂・・という感じで独特の雰囲気です。湧水も湧き水というよりも滝の水のようですが、澄んでる感じです。この磐梯山の麓にあるお堂に行って、奥にあるという滝を見て、その水を飲んでみたい・・・と思いました。

毎月末29日にアップし始めた『鎮守の森シリーズ』には、自然崇拝である神道の神社と鎮守の森を載せたい・・・と考えていたのですが、神社仏閣に詳しくない私は、不動尊が神道か仏教かの区別がつきませんでした。ネットで「不動尊」を調べてみると、「不動明王」の尊称で、仏教の信仰対象との事です。・・つまり不動尊が祀ってある建物はお寺と言う事になるのでしょうか?・・まあ、実際は神仏混合で、両方祀ってある場所も結構あるようですし、兎も角行ってみました。・・・確かに鳥居はなかったので、神社ではないようですが、冬の厳かな雰囲気がいい味を出して気に入りました。
       

 この道の右手の林の中にあるようです。
   ↓ 奥の山は磐梯山
頭無不動1:磐梯山

 磐梯山のほうへ坂道をずっと上ってから、右折して東側にちょっと下りました。

頭無不動2:道

頭無不動3

 頭無(ずなし)不動尊のお堂

頭無不動4

 

頭無不動5



頭無不動6

 ↓お堂の右手の林に入っていくと、水が流れていて不動滝があります。

頭無不動7

 ↓お地蔵さんもあります。

頭無不動8

 ↓頭を雪で覆われた地蔵?

頭無不動9

 眼を病む人が滝の水で眼を洗って治したと言われる。
昔は、囲炉裏で焚く火で屋内に煙が充満して眼が悪くなり易かったとのこと。


頭無不動10

 滝の周辺には、眼の病が治った人が奉納した剣が沢山立っていた。

頭無不動11


頭無不動12

 かなり小さな滝で、落差も3mくらいな感じでした。

頭無不動13



頭無不動14

 ↑↓滝の両側に像が置いてあった。
 ↓左側に座っているのが不動尊であろう・・・だけれど、頭はあった・・・
 大きさは、地蔵くらい(赤ん坊くらい)で小さい。

頭無不動15

    1月18日月曜日夕方撮影

20年くらい前に訪れたと言う人(母)によると、その頃は、不動滝の水は不動尊の境内を流れ、食べられる植物も豊富でもっと雰囲気があったようです。お堂の裏に、人間ぐらいの大きさの頭のない不動尊もあったとの事
その後、リゾート開発かなんかで荒らされたらしいのは残念な事ですが、現在も十分に雰囲気はありました・・。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

信心
上々
ほんとに雰囲気のあるところですね。
それがわずか200年ほど前の創建というのにも感じるところがあります。
ちょっと現世利益だけに傾くところはありますが、それだけ信心深い人が江戸末期にもまだ居たというところが。

今では信仰心が深いというとかえって危ない(?)ように見られる風潮もありますが、素朴な信仰心というものと考えさせられる水の流れでした。

>素朴な信仰心
雑草Z
    上々さん

 この滝の水は、結構澄んでいて美味しく飲めました。
 
 いつも案内板の写真の文章まで読んで下さってのコメント有難う御座います。・・上々さんは古文書もかなり読めるのではないでしょうか?

 ちょっと解らない事が色々あったのですが・・・・お分かりでしたら教えて下さい。
先ず、不動尊を祭ってあるこのような所も「お寺」・・・と言うのでしょうか?
それから、鎮守の森・・・って神社じゃなくてお寺の場合も言うのでしょうか?・・調べてみた感じでは、お寺では鎮守の森・・・って言葉は使われてない感じでしたが・・・

 +  +++    +++++      +++++++

 冬の神社や鎮守の森も趣があっていいですね。・・・金沢あたりにも冬らしい趣のある神社が沢山あるでしょうね。 
 例の西会津野沢の大山祇神社の写真等も、是非上々さんに見て頂きたいと思っているのですが、まだ行ってません。次回あたりにアップしたいと思っています。宜しくお願い致します。

お不動様
上々
古文書が読めるなんてとんでもない。崩した筆文字など全く読めません。楷書で書いてあればなんとか意味は取れます。

さて、お不動様を祀ったお堂というのは仏教施設であるとは思いますが、お寺ではないですね。お地蔵様も地蔵菩薩ですので仏教ですが、地蔵堂もお寺とは言えないと思います。
まあ体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるものでしょうか。

鎮守という言葉は守るということで、古代の官名でも鎮守府というものがあります。
それから転じて地域を守る神様のことを鎮守の神と言うようになりました。おそらく神社に限って使われているのではないでしょうか。

こちらは写真を楽しみにするばかりで、全然発信しないですね。すみません。

神社仏閣について興味深いお話有難う御座います。
雑草Z
    上々さん

 なるほど、地蔵・・って日本の昔話にも沢山出てくるので、神社同様に、日本の古来の信仰のように感じてましたが、仏教なのですね。・・・とても日本的な感じがしますけどね。
不動尊もそうですが、なるほど・・。

>体制としての仏教組織と土着信仰の間にあるもの

と言う上々さんのご説明に納得です。

やはり、鎮守の森は神社に限って使われるようですね。
このあたりの上々さんの知識は豊富ですね。色々教えて頂き感謝しています。

・・こちらこそ、自分でアップした写真について質問してすみません。これからもアップした写真の解釈等よろしくお願い致します。

信仰
上々
弾丸避け祈願というのは切ないですね。
皆さん無事に帰って来られたのでしょうか。

土着信仰とか、現世利益とか、マイナスイメージがありますが、こういった祈願とか、体の不調をどうにかしたいとか、そのような心と信仰の結び付きは否定できないものがあります。
現代はあまりそのような信仰を持つ人は居ないようですが、かえってカネカネという風潮であったり、地位が高ければ良いと思ったり、自分でもいまさらお不動さんやお地蔵さんにすがる気持ちはありませんが、それで良いのか分かりません。

お参り
雑草Z
    上々さん

 ここのお不動さんは、眼の病にご利益がある・・・と言う事から始まって、戦争中は弾丸除け、近年は交通安全・・・・ってどのような共通点があるんでしょうね?
適当でしょうか?

 そもそも不動信仰ってどんなものなのでしょうか?

・・・そう言えば、不動さんに行った時も、お参りはしましたが、特に何を祈願した・・・と言う事はないですね。
 (形式的に、敬って?・)・・ただ、お参りしただけですね。

次からは何か祈願致しましょうかね?
食料危機が来ませんように・・・とか・・??

 

不動明王
上々
不動明王は五大明王(明王というのは如来の化身で実働部隊?のようなもの)の中心的存在で仏教に従わない魔を武力で従わせる役割のようです。(ウィキペディア知識ですが)

平安時代に平将門の乱の際に祈祷したことから広く信仰され各地に不動を祀る寺院が多いそうです。
本来は戦勝祈願の方が近そうですね。
非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

仏教も意外と過激ですね
雑草Z
    上々さん

 仏教はキリスト教やイスラム教ほど排他的ではなくて、どちらかと言えば日本の神道に近い感じかな・・・と思っていましたが、意外と好戦的な神もいるのですね。

>仏教に従わない魔を武力で従わせる役割

とは、過激ですね。確かに不動像は、片手に剣を握ってますね。でも、ここの頭無不動の滝に座って祀ってある不象像は、穏やかな顔に見えます。

>非常に力のある神様なので、なんでも祈願する人が多いというのが元にあるようです。

なるほど、そう言う事ですか。わかりました。・・・弾丸避け・・は関連ありそうですが、目の病とか、交通安全とか、武力派とはあんまり関係なさそうですね。

お地蔵さんは何のご利益があるのでしょうか?

菩薩信仰
上々
釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間は、仏がいない状態なので、菩薩が救済する役割を担います。(観音菩薩、地蔵菩薩等)
中でも地蔵菩薩は世界の隅々まで目を届かせ、特に子供など弱いものを救うとされているので、特に庶民の信仰を集めました。

特に幼くして亡くなった子供や水子の救済をしてくれると信じられていました。
そこで、寺院や地蔵堂だけでなく、道端にも小さなお地蔵さまが多いわけです。
悲しい話ですがほんの少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実があります。

お地蔵さん
雑草Z
    上々さん

>釈迦入滅から弥勒菩薩の現れて救済するまでの間

このあたりの事は学んだ事もないのでよくわかりません。宗教も映画や小説のように、物語や背景を知っていないと全然わからない部分が多いですね。

 なるほど、地蔵も菩薩の一つなんですね(・・菩薩自体がどういう存在か判りませんが・・笑)、お地蔵さんって一か所に沢山並んでいる事も多いですから、固有名詞ではなく、ああいう雪だるまみたいな像の総称かと勘違いしそうです。


>少し前までは産れても成人するまで無事な子供の方が少なかったという現実

この悲しい現実が自然なのでしょうね。幼児の死亡率が低くなった分、出生率も下がるのほうが合理的ですね。・・その意味でも少子化は理に適っていることで、憂えるべき事ではありませんね。

 他の像が、大抵お堂にあるのに対して、地蔵像は、道端とかにもあるのがいいですね。
 ここの頭無不動像のように不動明王が外の自然の中にあるのも珍しいのでしょうか?それとも普通の光景なのでしょうか?

コメントを閉じる▲
2010-01-25 00:02
アメリカで、日本で、そして世界で、景気の二番底が来るとか来ないとか昨年後半あたりから盛んに論じられています。アメリカには二番底が来るけど日本は大丈夫だとか、ドバイショック、バランスシートの調整がどうのこうのと経済学者、経済アナリストが論じてます。・・いちいち経済用語を調べるのもあまり意味がないし、聴くに堪えない内容なのであんまり聴いていないのですが、経済人ってどうしてこんなにどうしようもないのでしょう?・・以前何度か言及しています。【エコノミスト】、【エコノミスト2】、 

経済のど素人の私が言うのも何ですが、【経済学に疎くとも・・】こんなもんで底を打ってまた経済成長始めても、すぐにまたダウンして、3番底、4番底・・・と底を打っていくのではないでしょうか?・・・何故なら、もう経済成長を長い間続けられるほどに地球の環境負荷の耐性は残っていないからです。資源も掘り尽くされつつあります。廃棄物の捨て場もなく、押し付けあいや公海への投機が続いています。人口だってこれ以上増えれば・・今のまま維持しても・・・養えるだけの食料が続かないのです。・・・もう経済成長は頭打ちになっているのです。100年周期とかそういう景気の波によるものではなく、経済成長路線の崩壊が始まっている事に気付くべきでしょう。従来の二番底の理論なんて通じないのです。財界人、経済学者は何故にこんなに思考範囲が狭いのでしょう。・・こんな経済学者の言う事を鵜呑みにしていたら人類は滅んでしまうでしょう。・・・大不況なんて甘い甘い・・。


 もし、一番底なり二番底を打って一時的に不況を脱して、しばらくまた経済成長路線を開始したとしたら、経済学者たちはあと百年くらい経済危機が来ないとでも言う積りでしょうか?100年に1度の経済危機・・なんて事を言ってる段階で浅はかだと思うのですが、【100年に一度の経済危機と言うナンセンス】次の恐慌までは100年どころか10年も持たないでしょう。・・それは、今回の恐慌の続き・・とも考え得るでしょう。そしてその時の恐慌は今よりももっともっと酷いものでしょう。何故なら、ある時期から経済は(超)指数関数的に増えて来て、その後限界に近付いてきたのに無理やり成長させようとして、強制的に上にどんどん積み重ねてきたからです。大きな負荷がかかっているのです。・・・地球のキャパは決まっていて、科学技術では何ともならない限界があるのです。

 「エコノミストの予測を信じるほどの馬鹿で無し・・・」
 グローバル、グローバルとひとつ覚えのお経のように唱えて、そのくせ地球の状況を読めない経済学者の言う事を真に受ける事は非常に危険でしょう。彼らの言うような一番底、二番底・・・なんてステレオタイプの対症療法的な近視眼的見方は止めて、不条理で滅茶苦茶な為に、大きな歪みを生じガタがきている市場経済、経済成長主義に終止符を打って、脱成長の新たな社会の構築を考えるべき時は既に始まっています。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/25 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

踊り場
上々
一番底、二番底という考え方が非常に面白いですね。私も聞いて感心しました。まあ、呆れたと言う方が近いですが。

どっちかと言うと下りの階段で、ところどころに踊り場があって一息ついている状態と言う方が当たっているのでは。
また急な下りが待っているだけです。

Re:踊り場
雑草Z
    上々さん

 冗談の言い回しと言うか、皮肉と言うか、お上手ですね。
踊り場ですかあ!!・・・非常に巧妙な言い回しですね。

 エコノミスト達も投資相場の用語みたいな「2番底」・・・なんて言ってるようじゃあどうしようもないですね。持続可能な限界以上に上り過ぎたのだから、上々さんのおっしゃるように、

>下りの階段で、ところどころに踊り場があって一息ついている状態

でしょうね。踊り場で重力に逆らって無理に飛び跳ねて上がろうとしているうちに、滑って倒れて、階段を転がり落ちてしまいますね。・・・それが文明崩壊。
・・・人類は自らの意思で階段を着実に歩いて降りる選択はしないのでしょうか?・・このサイトのテーマなんですけどね。

将来へのつけ
guyver1092
 今までの経済政策はほぼすべて、将来と、環境へのつけですから、経済が成長すればするほど、エコロジカルフットプリント等の指標が悪くなるし、現実に悪くなる一方という歴史があるわけで、ほんとに「まだ言うか!この口は!!」と罵りたくなります。

 ほぼ世界中の国々が、今回のリーマンショックの克服のためつけ回しをこれまで以上の規模で行ったわけですが、日本以外は、それなりの効果があったようで、特に中国は、目標の経済成長率を達成したようです。

 このことは地球の生態系には非常に悪いことだと思います。人々がまだつけ回しは可能という受け取り方をしてしまうからです。過去の文明崩壊の寸前の、先人の愚行そのものです。

 今が多分最後のチャンスではないかと思います。

 イエスキリストのように最後の審判とでも唱えたい気分です。

>将来へのつけ回し
雑草Z
    guyver1092さん

>経済政策はほぼすべて、将来と、環境へのつけ

その通りですね。世界中の何人がその事に気付いているのでしょう?・・・質の悪いのは、エコノミストなどの多くが殆ど気付いていない点です。

>人々がまだつけ回しは可能という受け取り方をしてしまう

本当にそれは危惧すべき深刻な問題ですね。破局を迎えるまで分からないのでしょうか?あまりにも愚かなオプティミズムです。

>過去の文明崩壊の寸前の、先人の愚行そのもの

本当にその通りです。歴史に学んでないし、歴史に学ばなくとも理性で考えれば明らかにわかる事です。
この期に及んで二番底の議論とか、エコノミスト達は本当に愚かです。

>まだ言うか!この口は!!

ですね。

最後の審判
上々
guyver1092さんの言われた「最後の審判」に目を奪われました。
まさに、この最後の審判に向かって行進しているようなものです。
暗黒の中世から産業革命で明るい未来を得たはずが、実は最後の審判への距離を縮めただけだったのかも。

それでもすべてが滅ぶわけではないと思いたいものです。

底なし沼
BEM
我が家も不況の真っただ中。
5番底くらいの中にいるような気がします。
しかし、考えてみると、
とりあえず家も車もあって、こうしてパソコンを使える環境にあることを考えると、25年前に比べると格段に良い生活をしています(笑)

世界的に物が溢れ膨らみ過ぎているんですよね。
経済界も国も、後退するのを異常に恐れているようですが、
30年前の生活は今思ってもまんざら悪くなかったと思います。

現在のテクノロジーでもう少しのんびりできるような社会にシフトしても良いんじゃないでしょうか。
とかくアメリカと、成長著しい中国、インドに目が向けられますが、
気になるのはヨーロッパの国々。
東ドイツ出身の方が昔の方が良かったなんて言っているのを聞くと、決してヨーロッパも良い状況でもないのかもしれませんが、日本はどこに学ぶのか、どこを目指すのか国民で議論した方がよいと思うのですが。

色んな国に視察に行ってる国会議員、地方議員はホント何しに行っているんだか。

Re:最後の審判
雑草Z
    上々さん

>guyver1092さんの言われた「最後の審判」

この表現を読んだとき、人類はまだまだ懲りてないだろうから、また成長路線を変更しないと思ってましたので、(・・guyver1092さん や 上々さんもそうお考えでしょう?)
もし今回の恐慌が最後の審判なら、人類は確実に滅びるだろうと思いまして、言及は控えました。・・・でも、
今回は無理だから次回以降・・・・では、私の批判するところの
>愚かなオプティミズム
ですね。

上々さんのおっしゃるように
>この最後の審判に向かって行進しているようなもの
だと思います。上々さんも
>それでもすべてが滅ぶわけではないと思いたい
と、書かれているように、希望はずっと持ちたいですね。
guyver1092さんはどのような希望を見いだせるでしょうか?
誰が最も楽観的、悲観的でしょうね。
このあたりも我々は殆ど共通認識を持ってますね。

このあたりのコメントを踏まえてまた記事を書きたいと思います。・・・・guyver1092さんと上々さんの鋭い洞察や例えは、本質を突いていて説得力がありますね。表現も上手いので記事を書かれても読み応えあるでしょう。

>経済界も国も、後退するのを異常に恐れている
雑草Z
    BEMさん

 物質的豊かさ(・・「豊か」と言う言葉は使いたくありませんが・・・)は、相対的な事で一喜一憂していますね。衣食住が必要なだけあっても、他の人が贅沢品を持っていれば、貧困だと感じる(・・感じさせられる)ような。
その結果不必要なもの、過剰なものを次々に作って

>世界的に物が溢れ膨らみ過ぎ

ですね。この過剰な物資を作る事による地球の環境負荷は相当なものでしょう。・・環境はもう崩壊を始めてますね。

>東ドイツ出身の方が昔の方が良かったなんて言っている

この、旧東ドイツ出身者は、決して物が溢れているのがいい事ではない事を、身をもって体験していますね。

>日本はどこに学ぶのか、どこを目指すのか国民で議論した方がよい

そうですね。エコノミストや財界人にオピニオンリーダーを任せては、さらなる経済破局に向かう事間違い無しですね。今の日本人は必ずしも経済第一とは考えていないと思います。エコノミストや財界人の見解が代表意見のようにマスコミが取り上げて煽っているのでしょう。

『景気後退』という言葉にネガティブな印象を与えて自己暗示にかけているようです。

>後退するのを異常に恐れている

いいお題を頂きました。これぞ洗脳でしょう。この事についていつか書きたいと思います。人類社会が平和に永続する為には、この洗脳から抜ける事が必要条件でしょう。

 

飽和した世界。
でなしNo.146
大まかに言って、現在の日本では必要のないものに価値をもっていかないと経済成長ができないところまできました。
(不況だと癒しを求めるのかペット系の商品の売れ行きがいいんです。犬専用のハブラシとかが売れてます汗)

また二番底を回避し、不況を脱出するには新興国の市場開拓が必要だとかよく聞きますが、それじゃあ、その先には何がある?という視点が欠如していると思います。
(というか、意図的に見せていないんですね)

現在目をつけている新興国が成長しきった後は?次はアフリカの国々でしょうか?

その頃まで今の路線を突っ走ったら人類は滅びていると思いますが、成長し続けるものなどありません、まして今は世界中で借金をしてでも成長に持っていく(将来の誰かが尻拭いをする)という狂気の沙汰を続けていますから、人々がこの先に希望がないことを悟れば経済成長の洗脳を解くきっかけになるかもしれません。

少なくとも私は尻拭いをするくらいなら、ぜいたくなどせずゆったりと日常を過ごしたいですね^^

繁栄への原理
BEM
そうそう、久しぶりに星新一の本「妄想銀行」を借りて読んでいたら、面白いのがありました。
中学生頃によく読んでいましたが、すっかり忘れていました。

「繁栄への原理」という話しですが、地球の宇宙船がある星に辿り着きます。
そこは穏やかな気候、文明も科学も進んで病気も争いもない世界。
地球の探検隊は聞きます。なぜこれだけ進んだ星で宇宙に進出しないのか?
その星の住民は答えます。「宇宙開発にはとてもお金がかかります。しかしここではそんなことはやめ、すべての住民が満足するために生活の向上に使ったのです、と。

とても当たり前のことですが、未だ人類は戦争をやめられず、少数の人が多くの富を得る社会であり、それをもっと加速しようとする一部の人もいます。

でも多くの人は、でなしNo.146さんと同様、私もそうですが、ゆったりとした日常を送りたいのではないでしょうか。

コメントを閉じる▲
2010-01-21 00:03
 金融工学[Financial engineering] って違和感のある言葉に聞こえます。
「工学」 と言う単語が持っているイメージに「金融」は馴染みません。
「数理文学」 みたいな不協和音に聞こえます。 「フルーツご飯」 とか 「クリームラーメン」 のような喰えない感覚。 実際食べてみると変な味がするでしょう。・・・そして、後からそれが“詐欺の味”だったという事に気付くのです。 多くの工学の研究者は、工学を金融などと一緒にして欲しくないと思っているのではないでしょうか?
しかし、一方 「金融」と「工業」と言えば大きな共通点も見えてきます。
持続不可能
環境問題の2大根本原因みたいなイメージです。
まあ、いずれにしても、そのイメージ通りろくでもない代物でしょう。

そんな金融工学の申し子の一つがサブプライムローンです。
優秀な・・・と自負している・・証券アナリストやらファンドマネージャーやらが、サブプライムローンのリスクや詐欺的性質を見破る事が出来ずに、彼らが属する証券会社や銀行などの金融グループがこぞってサブプライムローンに投資したとはどういうことでしょう?・・・彼らは「プロ」の筈です。その破綻が問題になるまで、「サブプライムローン」という言葉さえ聞いた事がなかった私のような素人ではないのです。その大きなリスクもしっかりわかっていなければならなかった筈です。ローンやら借金やらを「証券化」して、手数料などの利益を取った上で、将来発生するかも知れない貸し倒れなどのリスクは「証券」とともに売ってしまうというモラルハザードの商品です。プロなら破綻は目に見えていた筈なのに、騙されたのです。そんないかがわしい商品を購入しまくって・・証券アナリストやらファンドマネージャーは、やっぱり馬鹿です。・・儲ける為に貧しい人々を食い物にして、証券化商品にする為に、言葉巧みに無理なローンを組ませ、そのローンまで投資の対象にして、いつかは紙くずになるであろう証券を売りつけた金の亡者達の言葉を信じて、証券を大量に購入したのです。・・・結果的にはまんまと詐欺に騙された訳です。・・金融工学を使って、こんな詐欺まがいな商品を作って売った連中が一番悪いのですが・・・それを買ったり買わせたりしたファンドマネージャー達もどうしようもありません。

金融工学で“正しく”(・・・自分達の理論を過信して正しいと仮定する事を前提として・・)計算された商品は、リスクとリターンを統計的に予測し、価格は合理的に出来ている筈でしょう、きっと。だったら、これを購入したら低リスクで有利に儲ける事が出来る・・という事はない筈です。実際は売り手(証券会社)が儲けを取る分だけ損をするでしょう。ギャンブルと一緒です。親(証券の売り手)が儲けるように出来ているのです。そして、その売り手は、「売り逃げ」すれば後はどうなってもいい・・・という無責任な金の亡者達です。法に反するかどうかは別として、道義的には詐欺でしょう。・・そもそもこんな詐欺のような証券を商品化する事が、法的に許されたのが金融資本主義の国家(アメリカや追随した国々・)でしょう。モラルハザードもいいところです。

 金融工学はもともとは資産運用やリスクの測定の為に開発されたとは言われますが、実際は、他者を騙して略奪する為のシステムであり、さらにそれを世界にばらまくのに利用されました。実質は詐欺の為の学問です。そして、そもそも、金融自体が資本家の儲けを増やす為に発明された詐欺のようなモラルハザードなのです。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/21 00:03】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

虚実どちらも
上々
金融工学という言葉に表されるマネーゲームは「虚業」そのものであるのに、その巨大化で物作りに関わる「実業」も大変な影響を被っているというのが一般的な見方なのでしょうが。

その「実業」も実は化石燃料のエネルギーに依存した「虚像」でしかなかったというところを見れば、五十歩百歩というものでしょう。

金の力というものが相当減退してしまった今こそ正道に立ち返る好機なのですが。

Re:虚実どちらも
雑草Z
    上々さん

 そうですね。おっしゃるようにマネーゲームと言う「虚業」で
>物作りに関わる「実業」も大変な影響を被っているというのが一般的な見方

ですね。エコノミスト達の大半もそんな見方をしていて、ある意味それが現代経済の「正義、良識」と考えられているのでしょうね。

でも、おっしゃるように被害を受けているように言われている

>「実業」も実は化石燃料のエネルギーに依存した「虚像」でしかなかったというところを見れば、五十歩百歩というものでしょう。

ですね。・・・現在、エコノミストの中に、ここまで言及できる人物はいないのではないでしょうか?・・・エコノミストは狭い枠から出れない薄っぺらな方ばかりです。


>今こそ正道に立ち返る好機

そうですね。そして、その兆しが見え始めているのですが、まだまだそこまで考えが及ばない人が大部分です。残念です。・・


前提
guyver1092
 たしかNHK特集のサブプライム問題の特集では、破綻が始まったのは、金融工学で前提にしていたローンの破綻率が変わってしまったからだと報道されていました。

 破綻率が上がった原因は、不動産価格の上昇だったと思います。不動産価格の上昇の原因は・・・やっぱりサブプライムローンで需要が増えたことでしょうね。

 なるほど金融工学という高度に研ぎ澄まされた刃は、金融工学の前提を切り裂いてしまったということでしょうか。

Re:前提
雑草Z
    guyver1092さん

前提にしていた

>ローンの破綻率

とはどのような定義でしょうか?
ローンを組んだ人のうち、ローンを払えなくて破綻する率でしょうか?・・それなら、ローンを組んだ後の不動産価格の上昇は、サブプライムローンを組んだ人にとって、有利に働くと思いますが・・・ローンの契約が特殊なのでしょうか? それともまた別の定義でしょうか?

>金融工学という高度に研ぎ澄まされた刃は、金融工学の前提を切り裂いてしまった 

相変わらず上手い表現ですね。・・でも、金融工学って、わかりりづらいだけで、所詮金貸しのギャンブルですから、買い手は(住宅)バブルの間だけ儲けているように見えて、最後はバブルがはじけて負債を抱える・・・と言う御決まりの結末でしたね。賭博場の親(売り手)がリスク小さく儲けられる・・という部分が、上手いというか詐欺っぽいというか・・・モラルハザードですね。・・まあ、巧妙に騙した変形ねずみ講・・ってところでしょうか!?

詐欺の手口
上々
振り込め詐欺の発生もようやく減少傾向になったようですが、その手口はさらに巧妙になってきているようです。
それに限らず、詐欺の手口というのは他人事で読んでいる限りは非常に面白く、その手の本も好きなのですが、

金融工学の手口というのはそういった一面「おもしろい」面があるわけではなく、ひたすらごまかしているだけのような不快感を覚えます。
関係者だけで口裏を合わせ、これで儲かるってことにしようなと言って実際に儲ける。なんか変だなと思うけれど良く分からないというもどかしさがありました。

ローンの破綻率
guyver1092
 大体のイメージで書いてしまいましたが、ローンを組んだ人のうち、ローンを払えなくて破綻する率と受け取りました。
 サブプライムローン利用者の平均的な収入に対してローン負担が過大になったから払えなくなる率があがったようです(不動産価格が収入に対して分不相応なほど高くなった)。
 加えてアメリカでは債務不履行となった場合でも、会社や個人に責任が及ばないため、物件とこれまでに支払ったお金を諦めれば、完済する義務はないそうです。
 その結果、破綻した人が、不動産を投売りしやすく、投売りが増えると、不動産価格が下落するそうです。
 そしていったん値下がり始めると消費者は更なる値下がりを期待して買い控えるようになり不動産価格の底が抜けるようです。
 サブプライムローンがなければ、不動産価格の上昇もなく、当然破綻率も変わらず、その後の不動産価格の下落もなかったであろうということです。

>詐欺の手口
雑草Z
    上々さん

 「金融工学」・・と言う造語自体が詐欺の匂いがぷんぷんしますね。


>ひたすらごまかしているだけのような不快感を覚えます。

何か難しい理論で、さも合理的に儲ける事が出来る・・・と言うようなニュアンスを与えて、実は破綻すると言う・・・いかさまですね。

>関係者だけで口裏を合わせ、これで儲かるってことにしようなと言って実際に儲ける。

これが本質でしょう・・・やはり詐欺ですね。

ローンまで投機にした強欲
雑草Z
    guyver1092さん

>ローンを組んだ人のうち、ローンを払えなくて破綻する率

やはりそうなら、ローンを組んだ後の不動産価格の上昇は、サブプライムローンを組んだ人にとって、有利に働くと思いますが・・普通、ローンを組んだ時点で、自分の支払総額は決まる訳ですから、不動産価格の高騰は、ローンとの差額だけ自分の利益になるのではないでしょうか??・・・実際、そう言って、言葉巧みに多くの低所得者層がサブプライムローンを組まされたのではありませんでしたか?・・確か低所得者層は、単純に家を欲しかっただけではなく、住宅価格の値上がりを見込んで投機の積りで家を購入した人も多かった・筈です。




不動産価格の上昇
 不動産価格の上昇していないうちに、サブプライムローンを組んだ人は、確かに有利でしょうが、不動産価格の上昇が一定レベルを越えた時期から上昇しきるまでの人は有利とは言えないのではないでしょうか。
 アメリカでは、ノンリコースローンと言って破綻した場合、物件とそれまで払った利息を諦める代わりに残りの債務は免除されるそうですので破綻した場合物件は手元に残らないとのことです。

>投機の積りで家を購入した人
 今回、番組の記憶がかなり薄れていたので、検索をかけたところ、この様な人も大勢いた様です。これらの人が、初めに、借りて家を手に入れた人を見て手を出したのだとすると、日本の住宅金融公庫と同じ、不動産値上げのためのまやかしですね。

詐欺
雑草Z
    不動産価格の上昇さん

guyver1092さんでしょうか?・(Name 欄にSubject 入力してしまったのでしょうか?・・私もたまにあります・・笑)

    * * * * *

 さて、本題ですが、要するに、不動産価格が上昇したのを見てさらなる上昇を目指して無理してローンを組んで、その後不動産価格が下がって、高額なローンだけ負債として残って破綻した・・・と言う事でしょうか。

結局儲けたのは、売り逃げしたリーマンブラザーズなどの証券マン達でしょうか?会社が潰れても儲けた・・・って、計画倒産や詐欺と何ら変わりはないですね。

 

コメントを閉じる▲
2010-01-17 00:02
 現代社会のシステムでは、人類社会が崩壊してしまうと言う危機感を持ち、持続可能な社会に移行する事に関心を持つ人が増えてきました。その中で、科学技術だけで何とかする・・・という軽率なお気楽な方々は別として、(・・こういう方々が環境問題の指導者の中にも多い事は困ったものです・・)環境問題の根本解決には、経済成長を脱しなければならない・・と気付いてきた人も多いように感じます。その事は今年最初の記事【兆し】に書きました。
今回は、持続可能な社会への移行を考えている意識の高い人の中で、持続可能な社会の為に必要だと考えられている共通項についてまとめてみたいと思います。書物、ネットのサイト、それからここにコメントを下さる方との意見のやり取りなどで感じる事は、脱経済成長・・・と言うディープな部分で一致している人の多くは、他の持続可能な政策についても結構一致している事が多い事がわかったからです。
持続可能な社会の構築・・と言っても具体的にどうするか?・・が問題ですが、まともに考えている人の間には多くの一致点がある事がわかり、方向が見えてきます。前提が同じだから、方策論も似てくる事はある程度当然かも知れませんが、絶妙な一致に、大局的な方向はしっかり決まっていると感じる事が多くなったからです。


1.脱経済成長、経済縮小;
  この事はここのサイトの主題のひとつで散々述べてますから改めて書きませんが、持続可能な社会の必要条件に間違いないでしょう。ここの部分で一致している方々についての共通点を他に探した・・・とも言えます。


2.人口の安定、または縮小; 現在の人口でも継続不可能なドーピングによって支えられているので、人口増加策なんて愚の骨頂、もっと人口が減ってから安定すべきだという考え方。経済縮小を考えている場合、人口の縮小も考えているという事は、ある意味当然かもしれません。
・・・経済規模は (1人当たりのGDP)×(人口) ですから。

3.生態系の保全; 循環型社会とは、人間の工業的なリサイクル活動を主とするのではなく、生態系の循環をしっかり確保し、人間はそれを守り、補助的役割を果たす。

4.自給自足型の小自治体;国家単位ではなく、都市国家のような小自治体ごとの自給自足(いわゆる小さな政府ではありません。)自治体の規模も小さく抑える。反グローバル化として、輸出輸入は控え、物質的交流は必要最小限に抑える。小さなコミュニティ毎に自給自足の体制にする。

 
 以上4つの他にも共通項はあるでしょうけれど(重要な共通項があればお知らせください。)大きく以上の4つによって、持続可能な社会のアバウトな全体像は掴めます。共通でない部分もありますが、自給自足コミュニティー毎にそれぞれ個別の対応を取ればいい部分もあるでしょうし、共通で決定しなければならない事も出てくるでしょう。
 持続可能な社会を目指す方向性としては真新しくもない当然の方向だと思いますが、以上の4点はアバウトに共通認識する部分でしょう。大雑把ですが意外としっかりした方向になりますね。あとは、富の分配の問題だとか、コミュニティーが他のコミュニティーに征服されないようにはどうすればよいかとかそういう大きな問題も幾つか出てくるでしょう。そういう部分を解決しながら持続可能な社会に移行して行く事になるでしょう。

 ここに挙げた事はまだまだアバウト過ぎますが、それでも検討の価値がある部分でしょう。今は検討の価値のない経済成長路線の洗脳から早く脱して、この手の検討に入って然るべき時でしょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/17 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |


guyver1092
>3.生態系の保全; 循環型社会とは、人間の工業的なリサイクル活動を主とするのではなく、生態系の循環をしっかり確保し、人間はそれを守り、補助的役割を果たす。

 これが一番重要と思います。江戸時代、少なくとも江戸周辺は、生態系が豊かになったそうですので、同じ、またはより洗練された仕組みを作ればより豊かな生活ができるでしょうね。石油にドーピングされた世界を基準にすれば不満大爆発でしょうが・・・

 ちなみに江戸時代末期、滋賀県のあたりは、森林破壊寸前となっていたと、どこかで読んだ記憶があります。このことはこのあたりで、人口が環境の養える限界以上だったことを示しているのでしょう。二番目の人口について、現在は知識の積み重ねによりエコロジカルフットプリントという指標も考え出されているので、これと現実を参考に適正人口を決める必要があるでしょう。

 四番目について、栄養塩の循環の範囲に、人が集まると考えればその範囲で自治体を作るというのも自然な流れでしょうね。私としては、頭からこの範囲と決めてしまうのではなく、自然に集まる範囲で決めればよいと思いますが。(ちなみにこの栄養塩の循環する範囲とは、川を意識しています。)
 輸出入については、石油がなくなれば自然と小さくなくなるでしょうが、「文明崩壊」によると江戸時代、北海道の鮭を本土に輸出したせいで北海道の森林は痩せてしまったとのことで、石油がなくても栄養分の収奪はあるらしいです。
 これについての解決策として、栄養分の輸出入について等価の(栄養分的な意味で)物質が交換されることを前提にすれば許しても良いかもしれません。この原則がが守られるなら少なくとも食料品の輸出入はかなり大きくても問題がないのではとも思います。

 まともに考えれば、前提となるエネルギー・物質・循環について同じような結論に達するでしょうから、考えた結果も共通してくるでしょう。

まともに考えれば行きつく共通結論
雑草Z
    guyver1092さん

 1番目は当然として、2番目から一つ一つに具体的な事まで言及しているコメント有難う御座います。いい議論が出来そうです。
 環境問題の本質は生態系の問題ですね。確かに生態系の循環を保ち、維持する為には、他の条件も必要になりますね。

1.経済成長優先・・では生態系が破壊されますし
2.人間が多過ぎても生態系は成り立ちません。
3.輸出、輸入でも生態系は破壊されますね。

結局4つの条件は相互に繋がっていて切り離せないという事になりましょう。

>エコロジカルフットプリント

は、経済規模同様
(1人当たりの環境負荷)×(人口)
ですから、おっしゃるように人口問題の指標になるでしょう。そして、やっぱり他の条件の指標にもなるでしょうね。

>栄養塩の循環の範囲に、人が集まると考えればその範囲で自治体を作るというのも自然な流れ

 なるほど、自給自足の自治体については、自然な流れを尊重するのはいい事かも知れませんね。・・・大河文明を想起します。

>栄養分の輸出入について等価の(栄養分的な意味で)物質が交換されることを前提にすれば許しても良いかもしれません。

でもその場合、輸出輸入にエネルギーを使い過ぎますね。やはり食料は原則地産地消でしょう。

>まともに考えれば、前提となるエネルギー・物質・循環について同じような結論に達するでしょうから、考えた結果も共通してくるでしょう。

 そうなんですよね。この手のまともな考え方をする人が増えてきた感触はあるのですが、一方それがわからないで(・・考えないで・・)経済成長、少子化対策、科学技術で何とかしよう、グローバル化・・・という現代の成長戦略に洗脳されて、どっぷり浸かっている人のほうがまだまだ多いんですよね。・・・よく考えればわかる筈ですが・・・・

 ・・・非常に参考になる長いコメント有難う御座いました。もし、他に重要な共通項を思いついたらお知らせ下さい。 

またまた地産地消
上々
以前にも話のあった、地産地消の厳密な意味での履行になりますね。
江戸時代でもあまり物資の移動がなかった頃はそうだったのでしょうが、徐々に動き出すとどんどんと崩れてしまいました。

なお、食物だけではなく人間は食べるだけでも最低限の燃料が必要です。石炭を使いだす前のヨーロッパでは煮炊きをする薪にも欠乏したことがあったそうです。(中世末期のスペイン)
それでも食べることはできなくなります。

薪を使う為には・・
雑草Z
    上々さん

 ヨーロッパでは、食物を調理する為と暖をとる為の燃料としての薪を取る為に森の木を切り過ぎて、木がなくなったから、石炭を使い始めた・・と読んだ事があります。(槌田敦さんの本だったか・・?)その当時は、貧乏な庶民が煤が沢山出る石炭を使い、木は贅沢品だったとか・・。
・・・でも、石炭のような地下資源は地球内部にあるエネルギーの貯蓄ですから、使わない・・・となるとやはり薪・・・と言う事になりましょう・・・そうすると、森が減らないようにする為にはやはり人口が桁違いに減らなければなりませんね。

北海道
guyver1092
>でもその場合、輸出輸入にエネルギーを使い過ぎますね。やはり食料は原則地産地消でしょう。

 江戸時代の鮭の輸出により、北海道の森林が貧栄養価したことが念頭にあります。江戸時代は帆船で輸送しているので、現代的なエネルギーとしてはゼロと考えられるからです。
 本土の人々が蛋白源として本土で取れた何らかの資源を利用していれば当然北海道の貧栄養価はなかったので地産地消は当然原則と思っています。
 江戸時代に、北海道から鮭を輸入する代わりに、肥料を輸出していればよかったのにということです。

 薪について、やっぱりメタン発酵と、太陽炉でしょうか。

地産地消原則
雑草Z
    guyver1092さん

>江戸時代の鮭の輸出により、北海道の森林が貧栄養価したこと

なるほど、史実をもとにした実践的なご意見ですね。よくわかりました。そういう事も考慮すべきですね。そして、おっしゃるように、

>本土の人々が蛋白源として本土で取れた何らかの資源を利用していれば

ですね。理想は小地域ごとの地産地消でしょうね。


>薪について、やっぱりメタン発酵と、太陽炉

ちょっと話が見えないのですが、具体的にどういう事か、ご説明頂ければ有難いと思います。


guyver1092
 すこし前提を飛ばしてしまいました。上々氏の「なお、食物だけではなく人間は食べるだけでも最低限の燃料が必要です。」についてです。薪を燃やす代わりに、屎尿からの燃料と、太陽光を利用して燃料にすることが必要ではないかという意見です。

熱の確保
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど、そういう事だったのですね。
太陽光は熱として使う時にそのまま凸レンズとかパラボラ凹面で集めたほうが効率的ですからね。・・太陽光発電して熱で使うなんて効率が悪過ぎます。
ただ、煮炊きするくらいの高温は、蓄熱も難しいでしょうから、太陽光を直接利用できない時(夜間、雨天時・・)は、屎尿からの燃料も有効かもしれませんね。
それらの利用は一考に値しますね。いいアイディアです。

燃料
上々
屎尿から燃料化と言うのは有効でしょうね。
作るのはちょっと大変そうですが。
現在の食料自給率から言えば、出てくる屎尿をすべて「日本の」農耕地に戻せば当然農地は過剰栄養になってしまい、流れ出した栄養分で河川や海の過栄養状態がひどくなります。
それ以外に使わなければいけないのですが、現状では下水処理で必死に無機化をしていますが、N、Pはそのまま出てきますね。
まあこの辺は今までの技術が有効に活かせるかもしれません。

肥料
guyver1092
 余った肥料は、山を豊かにするのに使うべきと考えます。日本の山地は、農地の何倍もあるので使いきれると思います。
 最近、日本の山は貧栄養化しているようです。豊かな山は食料、肥料の貯金であると考えていますので、いざというとき、助かると考えます。また、山が豊かになれば、海も豊かになると読んだことがあります。上手に肥料を施して、貯金をしておくべきと考えます。

コメントを閉じる▲
2010-01-13 00:09
 工業化社会、経済の成長に大きな役割を果たしたものに、地下資源があります。 
 地下資源の生産とは、元々そこに埋まっていた地下資源を掘り出して生成する事です。はじめから存在する資源を掘り出しているだけですから、『生産』とは言いますが、倉庫にしまって置いてあったものを出して来て使えるようにした・・・というイメージに近いでしょう。ただ倉庫から出すのとは違うのは、遥かに面倒な作業・・掘って製錬する・・と言う作業が必要であるという事です。そして、その作業は同時に大量の廃棄物を出します。
採掘作業で出る廃棄物は、鉱床を覆う表土、ミネラル含有率が少な過ぎて経済的な価値を持たない廃石、ミネラル分を抽出した後の尾鉱、ミネラル分を抽出した後の堆積浸出用の残滓・・採掘される鉱物の量より遥かに大量です。
そして、地下資源を掘る事による地表の損傷も環境破壊になります。
製錬という作業はコークスなどで鉄を還元しなければなりません。還元剤としてのコークスと加熱する為の石油資源などを消費しているわけです。・・・そして、その作業で出来て来る鉱物資源より遥かに多くの廃棄物が出ます。低エントロピーの資源であったコークスも石油も酸化して高エントロピーの廃棄物となる訳です。
 水の汚染も深刻です。金属そのものや、精製用の化学物質、廃液、沈殿物などが川や地下水に流れ込んで大きな害になります。・・・鉛と亜鉛の鉱山から排出されたカドミウムに汚染された神通川の流域で起きたイタイイタイ病など、かつては公害問題として大きく取り上げられました。(・・今は二酸化炭素地球温暖化説の陰に隠れています。)


 家電製品なり、自動車なり、それ自体が使えなくなって廃棄されるとき、随分な量の廃棄物が捨てられる・・・と危惧されます。しかし、家庭から出る地下資源由来の大量のゴミの一つ一つについて、その製品が作られるまでには、その何十、何百倍もの産業廃棄物が出てくるのです・・・ぞっとする現実です。もっと目を向けるべき問題でしょう。


 地下資源を使って製品を作るという作業は、地球に蓄えられた貯蓄である地下資源を切り崩している事になるだけでなく、大きな環境破壊行為なのです。質の悪い事に、それら地下の物質の多くは、生態系の循環に回らない物質がほとんどです。逆にそれが生態系にばら撒かれるときには、生態系を破壊する毒として生態系を循環するのです。

工業的生産活動は、出来る製品の何倍もの(・・・ライフサイクルでトータルすれば何十倍、何百倍、何千倍もの・・)廃棄物を出す・・・という事を肝に銘じるべきでしょう。そして、それが地下資源である場合、殆どの廃棄物は自然の循環を回らずにただ廃棄物として長い間・・半永久的に・・どこか・・・山林であったり海であったり・・・に放置されるのです。一度っきりの使用で廃棄されている物も沢山あるでしょう。

20世紀になってからの大量に地下資源を使う産業構造は、百年レベルの打ち上げ花火のようなものです。持続する筈がありません。結局、地上に地下資源をばら撒いて、廃棄物だらけにして深刻な環境破壊をもたらし続けています。

 これだけの環境の犠牲のもとに生産された大量の地下資源が、それだけの価値のある使われ方をしているでしょうか?
 地下資源にはリサイクルすべき物質が沢山ありますが、その前に生産を控えるべきでしょう。・・缶詰めや缶ジュースなどは真っ先に廃止されるべきでしょう。

 有限の地球で、再生不可能な地下資源を浪費する行為は愚行です。そんな現代社会は刹那的過ぎるというものです。地下資源の使用にはもっと遥かに慎重になるべきです。地下資源は、持続可能な社会への移行に際して封印していくべきパンドラの箱でしょう。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/13 00:09】 | 資源・エネルギー トラックバック(0) |

鉱脈
上々
最初に地球ができた時にはあらゆる元素は分散していたはずですが、それから数十億年かけて元素ごとに集まってきて鉱脈となりました。
これはエントロピー則に反するようですが、その間地熱や太陽熱を使っているので、エネルギーを費やして分散から集中へ移行したことになります。

金やプラチナなど、大変な精製工程を経て得ているわけですが、その割にはいい加減な使い方も多いようです。
そのまま環境にばらまくようなことをしてはもったいないのですが。
元素自体はエネルギーと違い無くなるわけではないのですが、せめて循環して使用するべきでしょう。

いい加減過ぎる地下資源の使い方
雑草Z
    上々さん

 現在の大量生産大量消費社会では、地下資源に限った事ではありませんが、浪費と呼ぶべき使い方がされていますね。
循環して使うにしても、集めたり資源に戻す為にはエネルギーの投入が必要な訳ですから、しっかり節約して使うべきですね。元素もエネルギーもなくなるわけではありませんが、使用不可能な形(高エントロピー)になって拡散していくのですからね。

  +++++   ++   +++++++++  +

また、一日複数のコメント有難う御座います。励みになります。
 今日の石川県の雪は半端じゃなかったのではありませんか?
・・当方も今しがたも雪かたしをして来ました。雪をかたす場所も(・・流す側溝とか埋まっていて・・)少なくなってきました。雪が降らなくて楽・・・なんて言ってるとドカッと降ります。地下資源も雪のようにどんどん降って、使わなくなったら自分で融けたらいいですね。

 

安かった石油
guyver1092
 一番まずかったのは、動力源たる石油が安すぎたからでしょうね。オイルピークの考え方が正しければ、石油の値上がりとともに、是正されていくでしょうが・・・
 環境破壊との競争になりますね。


ブラックジョーク
 スクラップ専門のごみ屋敷の主になっておきましょう。そうすると、いまは鼻つまみ者となってしまいますが、石油が高くなり、資源が値上がりしたときには、拝んでスクラップを分けてくださいと人々が集まるようになります。

石油がドーピングのチャンピオン
雑草Z
    guyver1092さん

 石油は他のエネルギー資源と比べてEPR(エネルギー産出比)が抜群にいいですからね。だからEPRだけ考えれば石油に勝るエネルギー資源は他にないでしょうね。エネルギー資源としてだけではなく、化学製品の材料にも沢山利用されてますし。
 その石油によって現代社会は大きくドーピングされ、環境問題が深刻になりましたね。石油がなければ、工業もこんなに大きくならなかったろうし、農業などもこれほど持続不可能な農業ではなかったでしょうね。人口もこんなに増えなかったでしょう。石油のドーピングによって一時的に肥大化してしまったものを戻す事が環境問題の大きな解決策ですね。


 スクラップ専門のゴミ屋敷は有効利用できるでしょうね。一般にゴミ屋敷って言うと、色んなゴミがごちゃ混ぜのイメージですが、あとから有効利用する為には、ゴミの種類も専門化が必要でしょう。・・・ってそれじゃあゴミの分別回収ですね(笑)

石油の罪深さ
上々
石油のEPRが高かったのは自噴したためと、輸送コストが安かったためでしょうね。
もっとも、最近は巨大油田でも自噴できるだけの圧力が無くなってきたため、海水を注入してその圧力で出すということになり、かなりEPRが落ちてきているとのことです。

さらに石油の最大の利点は常温で液体であり、内燃機関の燃料として使えたことでしょう。石油がなければここまでひどい車社会にはなりえませんでした。
また化学工業の原料としてプラスチック社会を作り上げたのも石油なしでは無理だったでしょう。

これだけ優れた石油があと半分しか使えないとすると、よほど使い方を考えなければなりません。

Re:石油の罪深さ
雑草Z
    上々さん

>最近は巨大油田でも自噴できるだけの圧力が無くなってきた

中東あたりでもそうなんですか?・・・やっぱり上々さんのおっしゃる通りピークオイルは過ぎた可能性は高いですね。


>海水を注入してその圧力で出す

そう言えば、二酸化炭素の地下貯留もその圧力で石油を押すのに利用する・・・とか言ってましたね。・・こんな危険で馬鹿な事を実行しようとしている人達って狂ってると思います。

>化学工業の原料としてプラスチック社会を作り上げたのも石油

 石油化学工業と言うのは早く封印しなければ大変な事になると思います。プラスチックの廃棄物の問題は、石油を燃やして発生する二酸化炭素の問題(温暖化)より遥かに深刻だと思います。

石油は便利で、使っているうちにどんどん人間社会を蝕んでいく莫大な量の麻薬ですね。

石油の使い方
上々
石井吉徳先生の著書からの受け売りなんですが、サウジアラビア最大の油田でもすでに大量の海水注入が必要になっているそうです。
ただし、オイルシェールだのという劣化したものまで考えに入れなくてもまだ半分はあるので、うまい使い道を考えていけば徐々に移行が可能かもしれません。

その状況のなかで、最低限の車輸送の燃料(公共交通機関、船、都市内のトラック)、火力発電、食品・薬品工業の原料・燃料には最後まで石油を割り当てるべきではないかと思いますが、いかがでしょうか。

とはいえ、どうせ経済力に物を言わせた争奪戦になるとは思いますが。(武力に物を言わせなければまだましかも)

Re:石油の使い方
雑草Z
    上々さん


>最低限の車輸送の燃料(公共交通機関、船、都市内のトラック)、火力発電、食品・薬品工業の原料・燃料には最後まで石油を割り当てる

そうですね。それ以外の使用はどんどん止めていくべきでしょう。・・・ドライブのようなレジャーの用途は禁止の方向でしょうね。電車を使える長距離移動も自家用車は禁止でしょう。現在の自動車の使い方は正に「浪費」と呼ぶにふさわしい使い方ですね。・・自動車ばかりではありませんが・・・。



経済力に物を言わせた争奪戦は必至でしょうね。戦争は回避したいものです。

石油争奪
上々
アメリカの中東政策もすべて石油が絡んでいるという説もあります。
日本は全くエネルギー源を持たない割にはその辺の政策が乏しく、札束で頬をはたくようなことばかりしているようです。

少なくとも最低限の使用量に抑えればそれだけ外交の策が増えます。
国を保つということはそれだけの覚悟が要るということで、官僚が権力維持だけを考えているような現状は見ていられません。

Re:石油争奪
雑草Z
    上々さん

 アメリカの中東政策は石油がらみと、中枢にユダヤ人系が多い事との絡みが大きいでしょうね。・・民主主義を普及する・・というのはグローバル資本主義を広める為の方便でしょうね。アメリカの言うところの自由民主主義の普及は要注意ですね。・・「押し売り」に近いものがあります。


>札束で頬をはたくようなことばかり

それもこれからは通じなくなってくるでしょうね。札束競争は、中国やインド等にも負けてくるでしょうし、ピークオイルを過ぎた石油産出国も、出し惜しみしてくるでしょう。


コメントの後半はなるほど・・・と思いました。上々さんの外交論も聴き応えありますね。機会があればもっとお聴きしたいと思いました。


コメントを閉じる▲
2010-01-09 00:02
最も重要な環境問題は何か・・?の答え方が最近見つかりました。生態系の問題であります。人間が生態系を破壊する行為が環境問題と言えるのではないでしょうか。

簡単に言えば、  環境問題=生態系の問題  環境破壊=生態系の破壊
 と言えるという事です。
人間が生態系を破壊しない事、即ち生態系が維持される条件をしっかり守れば、環境問題はすべて解決と言っても過言ではないでしょう。逆に言えば、人間が生態系を破壊する行為そのものが環境破壊なのです。
種の保存と言った、そのままの問題は言うに及ばず、食料問題、汚染問題、気候変動の問題、全て生態系の問題に帰着出来るでしょう。

 環境問題はあくまで人間にとって生活しやすい環境の問題だ・・人間以外の生物の事は関係ない・と言う反論もあるでしょうが、生物は全てつづれ織りのように繋がっています。生態系がしっかり維持されなければ結局人間も滅びるのです。生態系を破壊しても人間は生きていける・・・と言う人がいますが、かなり軽率といえましょう。生態系の破壊された都会が維持出来ているのは、その周りの広大な自然、生態系があるからで、その周りとの交流(・周りから食物などの物資を取り入れ、ゴミなどを周りに廃棄する・・)が絶たれれば、生態系が破壊された都会は持続不可能で、数日でパニックに陥り崩壊するでしょう。


 食物の事を考えてみても、生態系の食物連鎖が断ち切られたら、人間も生きていけません。現在人間は食物連鎖のピラミッドの頂点にいる・・と考えられていますが、人間が食べる他の生物がいなければ人間も滅んでしまいます。その人間が食べる生物自身も生きる為の条件・・・自分たちの食料が生態系にしっかり確保されなければ生存できません。・・・こうやって食物連鎖を辿っていけば、連鎖の途中のどの生物も連鎖の中の役割を担っていて、どの種も抜け落ちればその循環が途切れてしまう危険性を孕んでいます。

食物連鎖の事ばかりでなく、生態系の維持は人類が生存出来る為の必要条件です。
環境汚染物質とは、生態系にとって有害な物質の事を云います。
砂漠化が何故問題かと言えば、生態系が破壊されてしまうからでしょう。砂漠とは、ただ熱い土地を指すのではなく、生態系が破壊されてしまった土地を指す言葉です。いくら暑くても生態系豊かな熱帯雨林のジャングルを砂漠とは言いません。逆に都市部は周りとの交流を絶たれれば人間を含む生態系は破壊され、コンクリート砂漠になるのです。

元来、エコロジー[ecology]とは、生態学を指します。そして、人間も生態系の一員であるから、人間生活と自然との調和、共存を目指す考え方がエコロジーの基本です。
環境問題と言えば、生態系の維持を何より優先して考えるべきでしょう。
経済の為に生態系を破壊するなんて事は本末転倒もいいところでしょう。
生態系破壊の巨大工事は全て許されざるものです。
生態系に循環しない放射能、化学合成物質は全て使用禁止にして然るべきです。
二酸化炭素は生態系の循環になくてはならぬ物質です。多過ぎると地球が温暖化して確実に生態系が破壊される・・と言うのなら排出量を考慮すべきでしょうが、そこのところが曖昧です。

 以上のように生態系の維持は人類が最も心掛けなければならない事であり、生態系に優先する人間の行う事業なんてものはないのです。世界で行われている生態系破壊の巨大事業は全て環境破壊であり、逆効果です。
以上の事から帰着出来る環境対策の基本は
生態系の維持は全てに優先させるべき
と言う事でしょう。これがサステナビリティ革命の大きな柱の一つでしょう。
(もう一本は脱成長です。)
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/09 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

生物種の大絶滅
上々
これまでに生物の大絶滅と言われる事件が地球史上数回起こっているそうです。
近いところでは(?)6500万年前の恐竜絶滅の時ですが、もっとすごいのもあったようです。

現在が最新の生物種絶滅であると言っている人達も多いそうです。確かに人類が関与して絶滅させている種が相当数に上っています。
これらは人類が取り尽くして、あるいは有害物により、というものもありますが、大多数は人が住む環境を作るためにそれらの生物が生息できる環境を変えてしまったためと考えられます。

やはり、環境維持のためには人類の生息数削減しかないのでしょうか。

最新の生物種の絶滅期
雑草Z
    上々さん

 種の絶滅に関しては、どこまでを種とするか、どこまでの微生物まで含めるか・・などによってカウントの仕方が異なるでしょうし、人類が現れる以前の事との比較で、勿論記録なども残ってませんから、かなり曖昧である事は間違いありません。それでも現代の種の絶滅は正に大絶滅期と呼べるものでしょう。
 それに、この地上から絶滅しなくても、ある地域で種が絶滅する事も大変な事に違いありません。その土地固有の遺伝子を持っていたでしょうし・・。
 一説には、人類の影響の小さかった1万年前は100年に1種のオーダーだったのが、現在は1日に100種のオーダーだとか・・・。・・・信頼性はそんなにない数値でしょうが、この数値がどちらも2桁くらい違っていても現代の生物絶滅の速度は、大絶滅期・・と呼べるでしょう。
 食物連鎖のピラミッドの頂点にいると言われている人類が多過ぎる事は確かですね。食物の事ばかりでなく、人間活動による環境破壊が酷いですね。
 単純に人口ではなく、
(人口)×一(人当たりの環境負荷)
つまり当然人類活動の環境負荷の総和が問題になるのでしょうが、それは桁違いに減らさなければならないでしょう。その為には、人間活動の制限は当然のことながら、人口も一桁は減らさなければならないでしょうね。少子化対策は世紀の愚策です(・・日本ばかりでなく、世界の政策には世紀の愚策が沢山ありますが・・)

単純明快。
でなしNo.146
>最も重要な環境問題は何か・・?の答え方が最近見つかりました。生態系の問題であります。

まさにその通りだと思いました^^

「循環型社会を作る」より「生態系に影響を与えない社会を作る」と言う方が明らかにイメージがしやすくメッセージ性が強いと思いました。

今後の課題は、生態系への負荷を最低限に抑える社会構造作りですね。

そういった方向に人類が舵を切れるかが、将来の明暗を分けると思われます。

次世代の子ども達に無責任と批判されないためにも、なんとか私達の世代で解決する方向に持っていきたいものです。

イコール
雑草Z
    でなしNo.146さん

 最も重要な環境問題
と言うよりも寧ろ、本文にも書いたとおり環境問題そのもの
  環境問題=生態系の問題

とも言えますね。


>「循環型社会を作る」より「生態系に影響を与えない社会を作る」と言う方が明らかにイメージがしやすくメッセージ性が強いと思いました。

なるほど、そうですね。[生態系に影響を与えない」と言う事は非常に大切な方法論ですね。そしてもっと能動的に
「生態系に即した社会を作る」
つまり共生ですね。
「自然との共生」と言う表現もありますが、人間も自然の一部ですから
ただの「共生」でいいでしょう。
生態系は全てに優先!


文明の形
guyver1092
 大雑把に言うと、ヨーロッパ文明は自然との対決により、自然を支配するという考えが根底にあり、アジア文明は、自然と調和するという考えが根底にあると読んだことがありますが(厳密に考えると一概には言えないようです)人間の浅知恵で自然を支配し、人間の認識できる時間で自然を改変すると、自らの存在基盤を切り取って食べてしまうということになるのでしょうね。
 このままの文明の方向では自滅するという恐れを一定以上の人が認識したため、環境保護運動が盛んになり、二酸化炭素を削減とも言い出したのでしょうが・・・
 経済成長の道具にされても気がつかないのでは、まだまだ認識が薄いといわざるを得ないですね。

 そういえば、ヨーロッパの自然は過去の氷河期によって生物相が薄くなったままなので(ピレネー山脈だったと思いますが山脈が南方の生物の侵入を阻止しているのだそうです)、自然の生産力が小さいのだとも読んだことがあります。
 槌田氏の本によると江戸時代は自然を豊かにした世界でも稀有の例だとありましたが、文明の形として生態系を豊かにして、その一部として人類が生活するものであれば、その範囲内での経済成長も可能でしょうね。(山脈の南の動植物なら氷河期の以前にはいたので、外来生物の害としては無視できると思われるのでそれらををヨーロッパに移植して生物相を豊かにするとか)


自然を何の対象とするか・・。
雑草Z
    guyver1092さん

 ヨーロッパも昔は、アミニズム信仰などもあって、自然崇拝もあったのでしょうが、キリスト教徒に侵略されて行くうちに自然崇拝から、自然征服思想に変わっていったと言う事ですね。キリスト教には、征服して管理し、飼いならす事が神から人間に与えられた使命であるという考えがあるようです。それを「スチュワートシップ」と言うそうです。
 地球を一つの生命体ガイアとして考えた場合、この手の「開拓者精神」は、がん細胞のようなものだと思います。どんどん無節操な細胞分裂を繰り返し、地球の体を破壊してきました。

>文明の形として生態系を豊かにして、その一部として人類が生活する

それが理想的な方法ですね。そこに経済成長は必要ないでしょう。

経済成長
guyver1092
以下に差し替えてください。

 少し表現が不適切でした。経済成長というよりは、生態系の豊かさに比例して人間社会(この場合はヨーロッパ)も豊かになるといいたかったのです。ただ現実問題として、現在のヨーロッパからスタートと考えるとすでにドーピングで膨れすぎているので、縮小しかありえないでしょうが。

>地球を一つの生命体ガイアとして考えた場合、この手の「開拓者精神」は、がん細胞のようなものだと思います。どんどん無節操な細胞分裂を繰り返し、地球の体を破壊してきました。

 実は以前、これに関して極悪非道の冗談を思いついたのですがあまりに非道すぎて、発表は差し控えたいと思います。



BEM
種を絶滅させるまでに至らなくてもヨーロッパでは片っ端から木を切ったり、地中海、中国なども文明が発祥した所ではほぼ同様に環境破壊=森林伐採が行われ、別の土地を求めて行きました。
人類は地球のガン細胞であるというのは私もよく考えていて、もっともだと思います。

ある程度の人間が集落を形成してしまうと、必然的に生態系を変えることになってしまうのでしょうね。
二酸化炭素排出量上位を占める国(経済大国と成長中である国)と、生態系を破壊している国はイコールと言っても良いでしょうから、まずは経済成長をストップ! というと中国、インド、加えてこれらの国の成長を待ち望んでいる日本、アメリカ、ヨーロッパの国々が待った!をかけるでしょうね。

いつもは楽観的な私ですが、現在の経済至上主義と環境問題を考えた時に新年から非常に悲観的ですが、人類が適正の数に減るまでこのまま突っ走るのではと懸念しています。
都市に住む人間はギリギリまで金でなんとかなる! って考えている人間は多いんじゃないでしょうか。

地球の自然治癒力はガン細胞(人類)を極限まで減少させるのではないでしょうか。

guyverさんの悪い冗談、教えて欲しかったです(^^

生態系の豊かさ
雑草Z
    guyver1092さん

>生態系の豊かさに比例して人間社会も豊かになる

そうですね。決して経済(GDP)と豊かさは比例しませんね。そもそも現在、
 豊かさ=物質的豊かさ=物がどんどん手に入る
というような物欲的で短絡的な発想になっているから狂っているのでしょう。

確か、槌田敦さんは経済成長をGDPの増加率とは別の定義の仕方をして、それなら成長可能だ・・・と論じられていたと思いますが、私はそれでも無限の成長は必要ないと考えます。

 是非、極悪非道の冗談教えて下さい。・・本気ではなく、ブラックジョークと言う事ですから、あまり問題はないと思いますが・・・BEMさんもお聞きしたいようですし・・楽しみに致しております。 

楽観主義者の悲観
雑草Z
    BEMさん

>いつもは楽観的な私ですが、現在の経済至上主義と環境問題を考えた時に新年から非常に悲観的です

いよいよ本格的に我々のお仲間入りですね(苦笑)。私も心の底にはいつも楽観を持ち合わせていますが、地球の現状を直視すると悲観的に成らざるを得ません。
 実際、ここまで環境問題が深刻化しているのに、経済優先で有効性の怪しい、または逆効果の対策ばかりやっている政府なり社会を見ると人間の愚かさを痛感しますが、一方、脱成長社会の必要性を理解する人もどんどん増えています。その事を新年の記事に致しました。

>地球の自然治癒力はガン細胞(人類)を極限まで減少させるのではないでしょうか。

う~ん、意味深な洞察ですね。ブラックジョークと言えないから怖いですね。
 

コメントを閉じる▲
2010-01-05 00:02
 資本主義社会は資本家が資本の増殖を目的に無節操に利益を追求する事を是認する社会です。資本主義の目的は簡単にいえばお金儲けにある・・といえましょう。その為に労働者や土地までを商品化して、資本のあるものが労働者の何倍もの・・・百倍、千倍、一万倍以上にお金を稼げるというシステムを築きました。そしてそれを正当化する為に色んな資本主義経済の理論が作られていきました。
 しかし最近、脱経済成長路線のレベルまでは賛同しかねるけれども、現在の自由無節操なグローバル資本主義経済には、警鐘を鳴らす人が増えてきました。資本主義、経済成長の先鋒だったような経済人の中にもグローバル資本主義を批判する人が増えてきました。日本でも「資本主義は何故自壊したのか」とか「断末魔の資本主義」といった本が、かつてはグローバル資本主義の推進派、権化だったような人々によって書かれています。

 資本主義批判は、社会主義国が現れるずっと以前からありましたが、ソ連をはじめとする社会主義国崩壊の後暫くは、資本主義否定はかなり弱まり、資本主義が人類社会の最終形だ…などと言う極論まで現れました。20世紀末は資本主義の隆盛みたいな感じでした。そして、大資本家、財閥に有利なように累進課税が緩くなり、大資本による多国籍企業の為のグローバル資本主義が正当化されていきました。この辺の理論は資本家達の我田引水としか思えないのですが、アメリカを中心とする資本主義体制の経済学者たちは、それを「公正」、さらには「正義」とさえしてきました。
 その結果、実体の伴わないマネーゲームが横行し、非常に大きな格差を生み、環境も大きく破壊されてきました。人々は市場原理主義では社会が良くならない事を痛感した筈です。(・・実際には市場原理主義でもなく、大資本家による不正市場ですが・・・)

 実体の伴わないバブル経済が膨張し、当然の帰着として今回の恐慌が起こりました。アメリカを中心に、市場介入を強化しながらこのグローバル資本主義体制の立て直しに必死になっていますが、世界から反発されてきた強引なアメリカのグローバル資本主義は確実に衰退しました。アメリカの市場原理主義は失敗した・・・との見方が世界の主流になってきています。
 一方、一端主流になったグローバル資本主義を続けようとする圧力は続いています。それを止めるのは並大抵のことではないでしょう。しかし、このままグローバル資本主義を膨張させては、社会が崩壊してしまいます。グローバル資本主義に封印をするのは早ければ早いほど被害が少なくて済むのです。この恐慌を機に、景気回復・・・などと言う対症療法ばかりに走らずに、根本的な解決・・サステナビリティ社会への転換を考えるべきでしょう。
その為には、このグローバル資本主義に封鎖をして、公正で地域と多様性を大切にした社会を・・・という議論も頻繁に行われるようになりました。それを一歩進めて、資本主義に終止符を打って、パラダイムの転換を図る・・・と言う議論も起こっています。
 この動きはどんどん大きくなるでしょう。・・財力の大きな財閥や資本家に潰されたり誤魔化されたりしないようにしなければなりません。
 今年は是非とも反グローバル資本主義の動きが強く顕著になって欲しいものです。

 でも、経済人に限らず多くの人々はそこまでで止まってしまいます・・経済成長の洗脳が強い為か、やはりどうも経済成長までは否定出来ない人が多いようです。先ずは成長ありきの成長を前提とした経済のシステムにどっぷり浸かって、そこから議論を始めているためか、そこまでは否定し切れない洗脳された人々で溢れています。・・・そこが経済学者を信頼できない点であり、ここのサイトでも何度も言及している部分です。【経済学に疎くとも・・】、【エコノミスト】、【エコノミスト2】。
 脱資本主義と脱経済成長は異なる概念ですが、グローバル資本主義の否定から、一般の資本主義を脱する動きになり、そこから一挙に脱経済成長へ・・と言うシナリオで進みたいものです。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

グローバル資本主義の建て直し
guyver1092
<アメリカを中心に、市場介入を強化しながらこのグローバル資本主義体制の立て直しに必死になっていますが、・・・

 大方の見方のとおり、うまくいかない可能性大と思います。これらの対策は、私の目には過去日本が散々やってきた将来の所得の先食い政策に見えます。資本主義社会が地球に対して大きくなりすぎた現在では、「暴走する文明」の言う、「むきになって、失敗したやり方を変えない。」という破滅への暴走そのものと思います。

<グローバル資本主義を続けようと言う圧力

 資本主義のシステム内に組み込まれた生活手段(平たく言えば職業のことです)全てが圧力になると思います。以前言った呪縛であり、自縄自縛です。
 自分自身がこの圧力を出さないためには、自給経済部分をもつということが一番と思いますが・・・
 雑草Z氏の言うように政府は潰しにかかるでしょうね。(というか過去からずっとその政策だった)
 ブラックジョークで言った「政府は人類滅亡を図っている」というのも、意図は如何であれ、行動としてはそのとおりなんですね。

新年あけましておめでとうございます
かっし~
昨年は、ご無沙汰してしまいましたが、いつも“自然の摂理”のブログに来て頂き、ありがとうございます。

雑草さんのブログは、いつ見ても、単なる“エコ”ではなく、幹がしっかりされた事実追求をされていらっしゃいますね。
資本主義の欺瞞性については、私も同感です!!
まだまだ経済のことは勉強中ですが、モノが売れなくなった時代・・・マネー経済に胡散臭さを感じてしまう、日本の一般人の感覚・・・このあたりが、今後の可能性にも繋がってきているのかなと感じています。
上辺に躍らせれるのではなく、本質部分の追求を今年もぜひ宜しくお願いします★

自然の摂理ブログでも、今、新春特別企画を実施中です。
これからの環境問題に答えを出していくためにも、世の中の大きな潮流、根本は何なのかの事実追求が欠かせません。
それらを構造的にとらえていこうということで、≪潮流1~9≫シリーズをアップ中です★

こちらもご覧頂ければ幸いです。
きっと、雑草さんにも気に入って頂けるのでは??と感じています。

今年も、宜しくお願い致します♪


資本主義の呪縛からの解放
雑草Z
    guyver1092さん

>将来の所得の先食い政策

この表現をguyver1092さんは以前も使われていましたが、金融資本主義の先物取引的な面を良く言い得てた表現だと思います。

>むきになって、失敗したやり方を変えない

「暴走する文明」からの引用有難う御座います。高々100年レベルの金融資本主義の見かけの成功に拘るのは本当に愚かな自縛ですね。・・・資本主義体制の下での職業を

>資本主義のシステム内に組み込まれた生活手段

と言うのも上手い表現です。ロナルド・ライトのように絶妙な言い回しです。・・実際に大きな圧力であり、人々が後戻りが出来ないと感じる足かせですね。

>ブラックジョークで言った「政府は人類滅亡を図っている」というのも、意図は如何であれ、行動としてはそのとおり

そうですね。ブラックジョークにならずに実際に行ってますね。資本家の傀儡ですからね。日本の自民党もそんな権化でしたが、政権が代わって少しは良くなってきました。

今回のコメントは次の記事の参考になりました。この

>自縄自縛

をテーマに記事を書きたいと感じました。


雑草Z
    かっし~さん

 兆しが見えておめでとうございます。お久し振りのコメント有難うございます。
 社会主義国の多くが崩壊した後勢いのよかった資本主義ですが、アメリカ流金融資本主義の相次ぐ失敗で、脱グローバル資本主義を唱える人が増えてきました。・・いい兆しです。

   +++++   +++++   +    +++++++++

かっし~さんの糞尿シリーズのファンでしたが、その後新しいテーマに取り組んでいらっしゃいましたね。
 最近はそちらの記事にもご無沙汰してましたので、また訪問したいと思います。
 ちょっと質問ですが、
自然の摂理ブログ とデザインの統一感のある
金貸しは、国家を・・ブログとの関係はどういうものなのでしょう。メンバーも運営も共通なのでしょうか?
金貸しは、国家を・・ブログ
は、タイトルは何ですが(・・変わっている?危険?・)内容は良質でいい記事が読めますね。参考になる記事が沢山あるようです。
 

ありがとうございます☆
かっし~
雑草さん、金貸しブログもご覧頂いているんですね♪
ありがとうございます♪

金貸しブログも、自然の摂理ブログも、“るいネット”http://www.rui.jp/という認識形成サイトの衛星ブログになるんです☆
るいネットでも、毎日いろんなテーマの投稿がされていますが、それを、各テーマに分かれて深く追求し、どんどん発信していこう、ということで、衛星ブログも運営しています。
なので、他にも、家庭や、農業、経済、生物、歴史etc色んなテーマの衛星サイトがあるんですよ♪

自然の摂理ブログのメンバーの中にも、金貸しブログにも参加している者ももちろんいます。
るいネットの方も、ぜひ来て下さると嬉しいです♪

ネットの力
雑草Z
    かっし~さん

>“るいネット”

は 自然の摂理ブログ でも大きくリンクされていて、また当方の記事をTBして頂いた事もあり、数年前から関心を持っていました。まだシステムなどよくわかりませんが、脱市場原理主義、脱金融資本主義のパラダイムシフトに大きな役割を果たすサイトだと思います。このようなサイトが日本にある事を心強く思います。

 ちょっと質問ですが
「認識形成」、とか「共認」と言うのは、どのような事を指すのでしょうか? さらに『類』が意味するところは・・?
あまり耳慣れない表現でしたので・・。


 本日るいネットを訪問したところ、
当<雑草の言葉>が≪お勧めサイト≫に登録されていました。有難うございます。

 最後にまた質問ですが(・・質問ばかりで失礼!・・)
かっし~さんは、≪潮流1~9≫シリーズで記事を書かれていますか?・・
>kasaharaさん
てかっし~さんなのでしょうか?
金貸しブログ(・・誤解を受けそうな名前ですね・・笑)にも同じシリーズがありますね。

類農園とかにも興味関心があります。

類ネットは幅広く多岐にわたる窓(衛星サイト)があって奥深く感じます。環境問題や社会正義など一つの筋が通ってますね。
それを 『共認』 とか 『類』 と言う表現で象徴されているのでしょうか?

これからもよろしくお願いします。


かっし~
いえいえ♪こんなにたくさん、質問して頂いて、逆に嬉しいです☆

①「認識形成」の意味
これは・・・雑草さんも既に言われている、
>脱市場原理主義、脱金融資本主義のパラダイムシフト
とほぼ同義です。
今までの旧い観念を脱し、新しい観念に基づいた社会を作っていこう。
そのために、新しい認識を、学者やマスコミ、政治家に任せるのではなく、自分たちの手で作っていこう。
この活動そのものを、認識形成と言っています。
雑草さんのされている、このブログの発信も、同じです♪
なので、私も含めて、自然の摂理のメンバーみんなが、雑草さんも同じ認識形成を担う仲間だと感じています。
るいネットのオススメサイトに紹介させて頂いているのも、その意味もあるんです♪

②「共認」の意味→るいネットの定義集も参考に http://www.rui.jp/ruinet.html?i=400&t=6
相手と自分は、本来別々のものではなく、イコールなもの。
お互いを認め合い、その中で充足を感じて、昔の人々は生きていた(江戸時代の循環型社会が成り立っていたのも、これが根本にあったからなんです)
そして、こっちの方が、今の人々も本当に安心出来ますよね♪
るいネットの“るい=類”は、これらに基づいて、“仲間”という意味も含めているそうですよ

③(おまけ☆)>kasaharaさん
では、残念ながらありません☆(あんな素敵な記事がかけたらいいのですが・・・)

私の方は、今、新エネルギーについて、いろいろ調べているところです。
今年もボチボチ記事を書いていくと思いますので、またよろしくお願いします♪

PS.雑草さんは福島の方なのですね♪(写真に磐梯山が写っていたので)
個人的に福島の友達も多く、何度も遊びに行きました
福島弁の暖かい雰囲気が大好きです☆



共認
雑草Z
    かっし~さん

 素早い丁寧なお答え有難うございます。

①なるほど、「認識形成」の前に「新たな持続可能な社会を目指す」等の言葉が入るのですね。

②「共通認識」の省略語かな・・と感じますが、るいネットの新たな造語でしょうか? 、 それとも生物学的、人類学的用語でしょうか?

③ かっし~さんはいつも『かっし~』のHNで投稿されていたので、違うかな?とは思いましたが、
≪潮流1~9≫シリーズ にHNがなかったもので、こういった主題に対しては別のHNを使ってるのかと思ったのです。

>新エネルギーについて

ならば、糞尿も関連ありますね(・・糞尿は「新」とは言えないでしょうか?・・)自然の摂理ブログのメンバーの磯貝さんも取り上げて下さった事がありますが、最も有効なエネルギーは人力・・というのがこちらの主張です。一考を!

新たな記事楽しみにしております。

  
  + ++  +++   ++++

類ネットのメンバーは西日本の名古屋辺りが中心でしょうか?
私は東京より西には滅多に行きません。かっし~さんはどちらにお住まいでしょうか?

こちらの新年最初の記事【兆し】に書いた、脱成長を論じたり掲げる団体、ネットワークには、類ネットも念頭に置いておりました。
 実は「メルマガ・るい」も最近配信を申し込みました。
 これからもコンタクトを取っていきたいと思います。よろしくお願いします。


今年は更に深い年になりそうですね♪
かっし~
>こちらの新年最初の記事【兆し】に書いた、脱成長を論じたり掲げる団体、ネットワークには、類ネットも念頭に置いておりました。
実は「メルマガ・るい」も最近配信を申し込みました。

ありがとうございます!!
嬉しくて、他のブログメンバーにもお知らせしてしまいました♪

るいネットのメンバーは、全国にいらっしゃいます。
毎週3回、このるいネットを元に、みんなで集まって追求を深める場≪なんでやサロン≫を開催しています。
このサロンは、東京と大阪での開催なので、サロンにも参加しているメンバーは、この近郊が多いですが・・・
遠方のため、るいネットだけに参加されている方もいらしゃいいます。
新潟で学習塾を経営されている方も、よく投稿して下さっているんです☆

ちなみに、私は今は大阪でサロンにも参加しています♪
そこで自然の摂理メンバーと追求を深めていったりしてるんです☆

今年は、年始から雑草さんと、こんな深いお話が出来て、さらに、つながりを深めることが出来、光栄です☆

今後も、このようなお話が出来るよう、お互いいききさせて下さい☆


兆しの次の段階を実感出来る年である事を!
雑草Z
    かっし~さん

 またまた長い丁寧なお返事有難う御座います。
るいネットのメンバーが全国にいる事は心強いですね。

>毎週3回、このるいネットを元に、

随分頻繁に活動されていますね。非常に魅力を感じます。
サロンに参加してみたいと思います。ごくたまにビジターみたいな感じでの参加も可能でしょうか?


 楽しみにしていた糞尿シリーズ(・・呼び名が変ですね・・笑)が終わって、かっし~さんとも疎遠になっていましたが、今回コメントをやり取りした事を機に、また色々議論していきましょう。・・ずっと気になっていた類ネットに関しても教えて頂き有難う御座います。類ネットについてはもっと知りたいと思っているところでした。類ネットは、日本にサステナビリティ革命を起こす一翼を担う存在になるだろうと考えております。

コメントを閉じる▲
2010-01-01 00:01
 現代社会の主流はいまだに成長路線です。経済成長に洗脳された人間が世界に溢れています。成長路線の中で、世界の環境は破局に向かって悲惨になっていくばかりです。
 そんな中で、成長路線に疑問を持つ人々が増えてきました。…当然の帰着です。有限な地球上で、破局に向かってひた走っている文明の暴走を止めるには、成長路線から脱却するしかない事は明らかです。成長路線とは根本的な公理でも前提でもなく、単なる一つの根拠のない原理です。その狂信的な成長と云う洗脳から解放される事は必須です。
だから、理性で考えれば、無限の成長原理は否定されて然るべきものです。
脱成長を主張する書物もどんどん出版されています。経済成長批判はマスコミではタブー扱いされていても・・・単にマスコミ人が経済成長に洗脳されているだけかもしれませんが・・・ネットでは、その愚かさを論じるサイトも増えてきました。そして脱成長はどんどん賛同も得てきています。

 脱成長路線を掲げる団体も沢山現れてきました。政党としても現れています。・・日本でもぽつりぽつりと地方議会の議員に少しずつ増えています。そのうち国会議員にも現れるでしょう。(・・自民党が衰退して、脱成長を掲げる団体が民主党の対抗馬にまでなってくる可能性も大きいとみます。)
このブログにコメントを下さる何人かの人は、経済成長の愚かさを十分に知っていて、脱成長路線を支持しています。
勿論脱成長路線の支持者はまだまだマイノリティです。ほんのわずかでしょう。・・でも、あちこちに現れている感触が出てきました。・・どんどん多くの人が成長路線に反旗を翻すようになってきました。それをやっと最近実感しています。これから暫くは(超)指数関数的に増えていくでしょう。

 近い将来(遅れている)マスコミでも、タブー視されていた成長路線の愚かさがしっかり論じられるようになるでしょう。

 世の中がサステナビリティ革命に向かって少しずつ動き始めた今日この頃です。これから大きく動いていくでしょう。そしてその為の脱経済成長路線への変更の兆しも見え始めました。
あとはどこまで社会が疲弊してからパラダイムシフトが起こるか・・・人類社会崩壊までに間に合うか・・・の問題でしょう。

 兆しは十分に出ているのです。まだまだ可能性が低くとも、人類社会の崩壊の前に、「サステナビリティ革命」が大きくなって成功する期待が持てるようになりました。そして、本物の「サステナビリティ革命」に必要な条件は脱成長路線です。
「脱成長なくしてサステナビリティ革命なし」


これは私の期待的予測ですが、『預言』とも言えるのでしょうか?
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2010/01/01 00:01】 | Sustainability トラックバック(0) |

脱成長の見通し
上々
政府はまた新たな成長戦略とか言い出しており、さらに傷を深めようとしておりますが、一方で持続社会ということにも目を向ける人が増えているのも事実でしょう。

現在はまだニセ持続社会の話も蔓延しておりますが、ちょっと考えれば化石燃料を使う持続社会など有り得ないということは誰でも気が付くはずですので、その少しでも興味を示した人達に本当の持続社会の意味を教えていくということで道が開けそうです。

今まで化石燃料に乗っかったとはいえ色々な開発技術の蓄積はあります。江戸時代と同じ生活にはならないでしょう。使える技術、使えない技術の選別は必要になるでしょうが。

まあ近いところから、できることから始めて、本当の持続社会の実現を目指しましょう。

脱成長の動き
雑草Z
    上々さん

 日本に限らず殆どの国で、新たな成長戦略が練られていますね。その目玉がグリーンニューディールをはじめとするCO2温暖化対策などエコを利用した経済成長戦略ですね。
 おっしゃるように、その中にも使える技術もあるでしょうから、全て否定することはないかも知れませんが、先ずは成長ありき・・・の技術開発は要注意ですね。新たな技術など要らないところに不要で環境汚染となるギャグのような技術が次々に作り出されている現状です。


>現在はまだニセ持続社会の話も蔓延しておりますが

困ったもんです。いずれ淘汰されるのでしょうが、様々な権威が偽持続社会をアピールし、多くの大衆もそれを鵜呑みにする風潮は変えなければなりませんね。・・・勿論現在のマスコミにその力は殆どないので、ネットがその大きな役割を果たすでしょう。その動きがある程度大きくなればマスコミも動き出すでしょう。


>化石燃料を使う持続社会など有り得ない

これも至極当然なことですが、石油の代替エネルギー利用と称した、石油と独立出来ない似非代替エネルギーが流行って困ったものです。電気、燃料電池(水素エネルギー)・・も今のところいわゆる化石燃料なしで独立出来ませんし。

 経済成長に洗脳された人が世界の主流の時代はまだしばらく続くでしょうが、それが危険な概念・・と言われる時代が来るでしょう。実際非常に危険な破滅に向かう思想ですから。
今年も恐慌は続くでしょうが(さらに酷くなる・・)、脱成長の動きはかなり活発になると思います。

 脱成長派はまだまだ非常にマイノリティですが、確実に増えていると思います。

   ****
 
 新年早々コメント有難うございます。今年も脱成長などの議論をしていきましょう。宜しくお願いします。  

文明崩壊と大量絶滅
guyver1092
 あけましておめでとうございます。

 グリーンニューディールをはじめとするCO2温暖化対策などエコを利用した経済成長戦略がそれなりに効果を上げ、大多数の人が、幻想から(あるいは呪縛から)開放されず、成長路線をひたすら突き進むことになれば、確実に文明崩壊及びPT境界上の大量絶滅の再現でしょう。

 ただ私としてはそこまでの破局は来ないのではないかと考えています。文明崩壊以前に(生命圏としての地球にとっての致命的なまでの環境破壊の前に)資本家の強欲に端を発する経済システムの崩壊が始まるのではないかと予想しています。このときにかつてのソ連やキューバのような対応を人類が取れるかどうかが、まさしく運命の分かれ道と考えます。

 わかっている人間がそれぞれ個人的にでも対策を打っていれば、そのときに人類の手本となって地球を救うことになれるかも知れないと考えています。

希望の兆し
雑草Z
    guyver1092さん

 あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。
                           * **  ***

 新年の記事として、サステナビリティ革命の兆し、そして、その必要条件としての脱成長路線の兆しについて書かせて戴きましたが、guyver1092さんはその方向性にさらに希望の持てる予測をしていますね。新年にふさわしい内容です。
 つまり、
>生命圏としての地球にとっての致命的なまでの環境破壊の前に
(グローバル)資本主義が崩壊するという事ですね。・・・実際今回の恐慌でアメリカ的金融原理主義やバブル経済は大きなダメージを受けたわけですから、その可能性も大きくなってきましたね。既にアメリカの金融は崩壊が進んでいるし、資本主義も崩壊の兆しはあちこちに始まってますね。・・目出度い事ですね。・・


 その時、ソ連崩壊時のキューバのような対応が取れれば理想的ですね。キューバの例はサステナビリティ革命の方向に希望を持たせてくれますね。
 ソ連の対応・・・とはどのような対応を指しているのですか?

>わかっている人間がそれぞれ個人的にでも対策を打っていれば、そのときに人類の手本となって地球を救うことになれるかも知れない

 なるほど、いい筋書きです。しかし、その場面で財力や軍事力に物を言わせた政権や財閥が自給自足的な生き方を始めた個人から強奪していく方向を阻止しなければなりませんね。早いところ財閥や軍を解体して中央集権的政治を止める必要があるかもしれません。
                                 * **  ***

実は資本主義の崩壊の方向については次の記事の主題です。
そちらでも議論致しましょう。
今年もguyver1092さんの独自の鋭い視点と冴えたブラックジョークのコメント戴ければ幸いです。
 

ソ連
guyver1092
 わかりにくいことを書いてすみません。政府がしたことではなくて、ダーチェのことです。

ダーチャ
雑草Z
    guyver1092さん

 なるほど、以前コメントに書いて下さった
田舎の簡易別荘と菜園の事ですね。ソ連末期の食料調達も難しかったロシア国民の自給自足の手段ですね。

 ソ連崩壊前後のダーチェの事などを書いたお薦めの書物とかありますか? 


Anthony
あけましておめでとうございます。

今年もよろしくです。




雑草Z
    Anthonyさん

 新年は兎も角
兆しがあって目出度いと感じます。

自給自足
上々
食べるだけ作るという自給自足であっても日本ではほとんど実現の可能性はないですね。
まあ私らみたいな田舎暮らしの人間にとって見れば近くの空き地に種でも蒔けば野菜ぐらいは取れるでしょうが、東京の企業づとめの人ではどうしようもないでしょう。
その人たちの仕事をどうするかというところから変わらなければ。

いくら勤めの傍ら家庭菜園で野菜作りと言っても、昼間は自動車を作ってますというのでは、ブラックジョークです。

自給自足への挑戦
雑草Z
    上々さん

 この過剰な人口、工業化のドーピングの進んだ社会では、大半の日本人が自給自足を実現するのは不可能に近いでしょう。しかしその方向に進む事は大切でしょう。・・・そうすれば少子化対策も世紀の愚策である事にも気づくでしょう。
 東京のようにあれだけ狭い土地に1千万規模の人口がいれば、自給自足は無理ですが、それでもキューバの都市のように自給自足に挑戦するのは意味がある事でしょう。駄目なら駄目でその理由がしっかりわかるし、適正人口も見えてくるというものです。
首都圏の人の多くは電車を利用してますが、田舎で土地があっても自動車使い放題で自給自足・・・ってのもそれはそれで問題ですね。

>その人たちの仕事をどうするかというところから変わらなければ

全く以てその通りですね。だからこそグローバル資本主義からは早く脱却しなければなりませんね。・・

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。