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2009-11-29 00:02
 会津地方に、まだ訪れた事のない由緒のある大きな神社がある・・・という事で、猪苗代町の土津[はにつ]神社・・・と云う所に行ってみたました。この神社の裏側の北側には500mくらい続く並木に囲まれた小径もありました。・・・東に続く小径を行けばもう一つ、古い由緒のある桜で有名な神社がある・・・という事で、水路に沿って歩いて行ってみたら、確かに岩椅[いわはし]神社がありました。さらにそこから山道を下っても小さな神社がある・・・という事で、歩いて行ってみました。小さな神社があと二つあって、その下の山道が終わって町の道に合流する部分にも町の神社がありました。
5つの神社それぞれに鎮守の森らしきものがありましたが、その鎮守の森が全部繋がって大きな林になっていました。(最後の町の神社までは繋がっていませんでしたが・・・)全行程1kmくらいの中に神社が5つもあり、その鎮守の森が繋がっている・・・ってなかなかいい感じです。
昔はこのように鎮守の森どうしが繋がっているところは沢山あったのでしょうけれど、どんどん神社のごく近くの周りだけ残して木が伐採されて行ったのでしょう。・・・鎮守の森が連なった風景を残したいものです。


一番大きな土津神社[はにつじんじゃ]
    ・・・ここは訪れる人も多い。

神社の小径1;土津神社



神社の小径2;土津神社



神社の小径3;土津神社

  土津神社は紅葉の名所でもあるようです。

神社の小径4;土津神社

  ↓手水舎

神社の小径5;土津神社



神社の小径6;土津神社



神社の小径7;土津神社

   ↓正面に向って左側・・・西側・・手水舎から登る道

神社の小径8;土津神社

   ↓正面に向かって左の後ろ側
     裏にも色々な建物があり、
      さらに後ろ〔北側〕に並木のある小径が続いている。 

神社の小径9;土津神社

  ↓鳥居の前の水路・・・水路に沿って上流に歩いて行くと次の神社がある。
  
神社の小径10;土津神社

  ↓水路に沿って上流に歩いて磐椅神社に来る。

神社の小径11;磐椅神社

  ↓ここから磐椅神社[いわはしじんじゃ]

神社の小径12;磐椅神社

   鳥居の前に御神木

神社の小径13;磐椅神社

  ↓杉の木の途中から桜が生えている

神社の小径14;磐椅神社

  この神社が一番歴史があって由緒正しいとの事ですが、
  色んな宣伝の立札があちこちにあり、
  商業的過ぎる感じでちょっとばかり期待外れの感じでした。
    

神社の小径15;磐椅神社

  ↓ここから山道を下る
   道の両端の木が植樹されたような杉である事や
   道の周りがきれいに刈り取られ過ぎている点が気に入りません。
   殺伐とした感じです

神社の小径16;

  ここから大山神社・・・小さな神社

神社の小径17;大山神社

  参道の草を刈り払いし過ぎて殺伐とした感じ・・・

神社の小径18;大山神社

    ↓雪囲いされた神社本殿
      一年中雪が濃いされているのでしょうか??

神社の小径19;大山神社

   ↓さらに山道を下る
    木の枝が払われ過ぎ・・・もっとうっそうとした森のほうがいい・・

神社の小径20

  ここから無名神社
  ↓木々の後ろに荒れた感じの神社が見えて来た

神社の小径21;馬頭観音

   ↓神仏混合のようで、神社の名前はわからないが
     馬頭観世音・・と書いてある。

神社の小径22;馬頭観音

    鳥居もあるしどう考えても神社・・・

神社の小径23;馬頭観音



神社の小径24;馬頭観音

   京都、清水寺のミニチアのよう
・・・・でも、荒れ寺の雰囲気もある・・・

神社の小径25;馬頭観音

  入り口は正面ではなく
   正面向かって左横〔東側〕にあった。

神社の小径26;馬頭観音

  あんまり管理されていないようで、魑魅魍魎としていい感じ。
   ・・・今回の一番のお気に入り
  ↓下って行くと鳥居の下に小さな滝があった・・・きれいな飲めそうな水

神社の小径27;諏訪神社

   ↓滝から流れ出す小さな小川の前にお地蔵さま

神社の小径28;諏訪神社

  ここから諏訪神社
  ↓神社の裏側

神社の小径29;諏訪神社

  ↓道だと思って正面に回ると鳥居がある。

神社の小径30;諏訪神社

  御神木2つの間をくぐって本殿がある。

神社の小径31;諏訪神社

   一応町中の神社。こちらも一応雪囲いされている

神社の小径32;諏訪神社


 山の小径沿いに神社がぽつりぽつりとあるところを歩くのは情緒があります。
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【2009/11/29 00:02】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |


Anthony
こういう道を歩いてみたいです。



徒歩で神社巡りが出来る!
雑草Z
    Anthonyさん

 お寺巡りってよく聞きますが、神社巡りもいいもんです。
 最初の神社までは、徒歩ではきついですが、(自転車で参りました。)5つの神社を徒歩で回れるっていい感じです。道も、車道ではなく、山道みたいな感じがいいです。・・・車が通れるようにしないほうがいいと思います。

大山祇
上々
大山祇神社は西会津野沢に本社があるそうで、その分社でしょうか。
「大いなる山の神」という意味だそうです。
ただし、同名の神社は伊予三島にもあり、そこは海の神だそうです。

それにしても神社が集まっている場所と言うのは面白いのですが、ちょっと荒れているようですね。
人手が入っているのは仕方がないけれど、手の入れ方に少し問題があるような。

Re:大山祇
雑草Z
    上々さん


おお!大山神社ではなく、大山祇神社・・・って言うのですね。
ネットで調べてみたところ、確かに愛媛県の瀬戸内海の島と西会津町にありますね。西会津町のほうは、私の家から、今回の写真の猪苗代町と反対側の西側20kmくらいのところにあります。・・・会津地方にも大きい神社が沢山あるもんですね。西会津の大山祇神社は、HPに拠りますと、
「遇拝殿がムラのなかにあり、そこから歩いて一時間ほどの大倉山八合目に本社、山頂に奥の院が祀られています。」
とあります。いいですね!!是非行ってみたいです。行ったらまた『鎮守の森』シリーズに29日にアップしたいと思います。宜しくお願いします。・・・来年になりそうです。手前に「鳥追い観音」と言うのもあって、そこは一度行ったことがあります。



>人手が入っているのは仕方がないけれど、手の入れ方に少し問題があるような。

そうですね。自然が好きじゃない人が、「邪魔な」木や枝を切って、「邪魔な」下草を刈った・・・って感じですね。殺伐とした雰囲気があります。

馬頭観音石碑
上々
馬頭観音の石碑は動物供養の意味合いで作られたことが多いそうです。昭和20年の日付なので、軍馬の供養なのかもしれません。
会津も昔は優秀な馬の産地だったですよね。

土津神社と磐椅神社は神官が居られるようですが、他の三社は無住でしょうか。
管理者がいないとどうしても手が回りきらないかもしれません。



Anthony
きっと、空気が、おいしいんだろうなぁ~~




Re:馬頭観音石碑
雑草Z
    上々さん


 実際に行かれていないのに写真だけで、色々推測出来るなんて神社仏閣にお詳しいですね。・・・色々情報有難う御座います。


>昭和20年の日付なので、軍馬の供養なのかもしれません。

なるほど、そう云う可能性は思いつきもしませんでした。

>会津も昔は優秀な馬の産地だったですよね。

そうなんですか?・・・知りませんでした・・・ただ、私の住む町は、馬刺しの産地です。


>他の三社は無住でしょうか。

神官がいない神社は、神官のいる神社が管理している・・と最近聞いたのですが・・・。
すさんだ感じの神社は嫌ですが、馬頭観音のところの荒れ寺みたいな雰囲気は嫌いじゃないです。

空気
雑草Z
    Anthonyさん

 ここに限らず、田舎で植物の茂った場所は大抵空気がいいですね。

馬刺し
上々
会津でも馬刺しを食べるのですね。
熊本と長野は良く知っていますが、会津は知らなかった。

ちなみにどうも生肉は苦手で数切れは食べますがあまり多くは頂けません。それでも家内の親戚で熊本で肉屋をしている人があり、実家に行くと結構貰ってきていたりします。

荒れ寺も良いのですが、どうも最近は物騒で都会では空き家に入り込んでしまう人も居たりしていけません。

Re:馬刺し
雑草Z
    上々さん

 私の住む町の肉屋さんは大抵馬刺しを売りにしています。
店ごとにたれは違います。辛子にんにくみそのたれが美味しいです。一番おいしい近くのお店のご主人が何年か前に倒れていつでも美味しい馬刺しが食べれなくなりました。

>荒れ寺も良いのですが、どうも最近は物騒で

そう言えば、最近お賽銭泥棒が頻発する為か、賽銭箱がなくて、神社の戸の窓から投げ込むところが増えてますね。

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2009-11-25 00:01
博士山ブナ林2
 

 ブナの木は日本で愛されて来ました。ブナの木が市町村の木に指定されている自治体も沢山あります。
日本一のブナの原生林は、秋田県と青森県の県境に位置する白神山地・・・と思われています。確かに白神山地のブナの原生林は、人が入ったり切られたりしないようにしっかり管理されているようで、素晴らしいブナの原生林のようです。
 しかし、ブナの原生林の日本一の面積を誇るのは、福島県の会津地方の南会津の地域、会津美里町(旧会津高田町)と昭和村、柳津町にまたがる博士山から只見町の浅草岳のほうに連なるブナの天然林です。・・・しかし、道路などで分断されています。数年前まで天然ブナ林の伐採も行われていました。林野庁では6年ほど前に南会津のブナの伐採は一切しないと宣言致しました。しかし、現在も必要のない林道建設でブナが伐採されています。
 それでも、これだけのブナの原生林の地帯は世界にはもう残っていないとの事です。・・・(・・日本も外国の原生林をかなり伐採してきました。・・)
 だから、この南会津のブナの原生林は、現在世界で残っているブナの原生林地帯の中で最大の面積だそうです。只見町には諸外国の人々もブナの原生林を観察に訪れています。一方、博士山のほうも見事なブナ林がありますが、そんなに人は観に来てないように感じます。

紅葉も終わった晩秋の日、(11月15日日曜日)冬越しの為の素晴らしい清水を汲みに昭和村に出かけたときに、南会津地方の東北部にあたる博士山のブナの原生林と清水が湧く矢の原湿原の写真を撮影して参りました。・・もう、紅葉の時期は過ぎ、殆ど落葉していました。残っている葉も色あせていますが、落ち葉で埋まった山の表面も素敵です。
私は、一応博士山ブナを守る会の会員です。でも10年以上前に会員になったばかりの頃はブナの木がどの木かもわかりませんでした。(汗)
(追加の一文)・・・と、云う事で、ブナの森の写真には、ブナ科のミズナラやコナラなど、ブナの木以外の木も写っています。・・・・


博士山ブナ天然林1

 ↑山の上のほうでは、もう、紅葉・・・ブナは黄葉でしょうか?
   ・・・も終わり、山肌は一面落ち葉で埋もれています。
 
博士山ブナ林3

 ↑↓わずかに枯葉が落ちずに枝に残っています。

博士山ブナ林4


博士山ブナ林5

 ↑↓木の下のほうに苔が生えているのも年季を感じます。

博士山ブナ林6

 ↓雨水が流れて小川になってます。 

博士山ブナ林7

 ↓国道401号線・・・この道にブナ林が分断されています。 

博士山ブナ林8;分断国道401


博士山ブナ林9;分断国道401

↑↓道の両側に枯葉がいっぱいです。
   国道401号線はまあまあ車も通りますが、
   この他に全く不要な林道建設が為されています。
   いつかその林道工事の酷い実態も写真でアップしたいと思います。

博士山ブナ林10;分断国道401

 ↓苔に覆われた大きな岩・・山の森の岩はこうでなければなりません。

博士山ブナ林11


博士山ブナ林12

 ↑↓樹齢何百年と思われる大きな太いブナの木も沢山ありました。
   ・・・嬉しくなりました。

博士山ブナ林13

  大きなブナの木は森の主・・・って感じです。
  夏場は多くの鳥や動物も集まりそうです。

博士山ブナ林14


博士山ブナ林15

↑↓大きな木の近くの枯れ葉の中からは小さな若い木もどんどん生えてます。

博士山ブナ林16


博士山ブナ林17


博士山ブナ林18

 ↑↓標高が低くなると、枝に葉も沢山残っています。(・・昭和村側・・)

博士山ブナ林19


 ↓以下、矢ノ原湿原にて

   雨っぽかった空模様も、矢ノ原湿原に着くと、からりと晴れました。

博士山ブナ林20; 矢ノ原湿原1
博士山ブナ林21; 矢ノ原湿原2


博士山ブナ林22; 矢ノ原湿原3

 このブナ林の下にきれいな清水が流れて、湿原付近で沢山湧き出しています。

博士山ブナ林23; 矢ノ原湿原4


博士山ブナ林24; 矢ノ原湿原5

 雲一つない空に伸びるブナの木

博士山ブナ林25; 矢ノ原湿原6


博士山ブナ林26; 矢ノ原湿原7

 ↓この写真のちょっと右側(下)に素晴らしい代官清水が湧き出しています。

博士山ブナ林27; 矢ノ原湿原8

 代官清水は私の清水番付第一位です。

博士山ブナ林28; 矢ノ原湿原9

 ブナの森があっての湿原でしょう。
 あんまり人手を加えずにこのまま自然が保たれて欲しいものです。

博士山ブナ林29; 矢ノ原湿原10


博士山ブナ林30; 矢ノ原湿原11

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【2009/11/25 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

ブナ林
上々
会津のブナ林、本当に素晴らしいですね。
白神山地ばかりが有名なので知りませんでしたが、写真からだけでも伝わってきます。

特に樹齢数百年の木は良いですね。

ミズナラ?
kageie
いつも楽しみに拝見しております。経済が不況の今が、環境問題を解決するチャンス!と同感させられる記事が多いですね。
さて、今回の記事で少し気になった点があったのでコメントさせていただきます。

ブナ林の写真ですが、一部ミズナラが混じっているようです。ブナの樹皮はなめらかですが、縦すじが入り薄い表皮があるのはミズナラのようです。現物を見ていないので断言はできないのですが、その他の樹種も混じっているようです。

ブナは根が浅く、土壌の発達した傾斜の緩い場所(贅沢)に生育していますが、急斜面や土壌が浅い場所にはミズナラ、コナラなどが生育したいる場合が多いです。

参考までに。

世界一の一部、拝見させて頂きました。
おかっぱ頭
 またまた見応えのある風景ですね。
 雄大なブナ林、神聖なるものを感じます。
 これから山には雪が積もり、長く厳しい冬を越した後には木々が一斉に芽吹いて、また生命が動き始めるのですね。
 写真の青い空と木々と地と、その地中深く・・と辿って行くと分かるのは、素晴らしい「循環」と云う二文字です。壊したくない風景です。

原生林には古木も多い。
雑草Z
    上々さん

 早速のコメント有難う御座います。
 上々さんとのお約束の写真です。
遠くから森の全体像みたいな写真も撮れば良かったと後から思いました。
・・・勿論ブナ林の全体像は一枚の写真に収められませんが・・
  もっと遠景を数枚入れたかったと思います。

 樹齢数百年・・・と思われる大木はかなりありました。凄いと思いました。
 天然林は色んな樹齢の木が混ざっていていいな・・と思います。

Re:ミズナラ?
雑草Z
    kageieさん

 はじめまして・初のコメント有難う御座います。
記事も以前より見て下さっていたようで、有難う御座います。

 さて、ご指摘の件ですが・・・・・・
 本文にも書きましたが、私は植物の名前に疎くて、
ブナを守る会に入って長くなりましたが、はじめはどれがブナの木かもわかりませんでした。(汗)
 実は今回も、写真を撮りながら、葉っぱも幅が広いのから細いのまで、どう考えても違う種類・・・と思われる数種類の木の写真を撮りました。・・・ブナにも何種類もあるのか、別な種類か判断がつきませんでした。私の知っているブナの葉は細いほうだったな・とか・・。
 もともと天然林は、単一樹種ではなく、色んな種類が混ざっていて当然だから、混ざっていてもブナの森と呼んでもいいだろう・・・と、アバウトに写真を載せました。・・・今回は、記事の内容的にもしっかりした検証は必要ないかな・・・と・・・(苦笑)
 そしたら案の定・・ご指摘がありました。
・・・きっと kageieさんの御指摘の通りでしょう。有難う御座います。

>縦すじが入り薄い表皮があるのはミズナラのようです。

と、云う事は、例えば、矢ノ原湿原の写真
下から2つ目の湿原に向かって生えている手前の木とか
下から6つ目の青空の中の木の写真(二つのうち下のほう)とかでしょうか?
 それから、樹齢数百年の山の主もそうでしょうか??

ブナの木を知らない方に間違った写真をブナと紹介してしまっては、申し訳ないですね。

 ミズナラ・・とはナラの木の一種ですか?

ナラとブナは近い種類なのでしょうか・・・ともにどんぐりみたいな実が成りますね?

これを機に、色々コメント戴けると幸いです。宜しくお願い致します。

神聖なるもの
雑草Z
    おかっぱ頭さん

>雄大なブナ林、神聖なるものを感じます。

そうですね。太い古木など、特に神々しく見えます。・・・しめ縄は張ってなくとも、御神木・・と言う感じがしました。やっぱり『主』のイメージです。・・・それが、沢山ありました。・・それがブナでなくとも・・(笑)

>これから山には雪が積もり、

雪の積もる深さまでブナの枝は折れてしまうそうです。だからブナの木の一番下の枝の高さが冬の積雪量だ・・・と言う説明を受けたことがあります。


>素晴らしい「循環」と云う二文字 

そうですね。自然の循環は素晴らしく新鮮なものですね。  

お礼
上々
雑草Zさん
本当にありがとうございます。
南方の森林と比べ、木々の下に分け入っていくことが容易にできそうでわくわくします。
どうも九州の林は下草も多く、何か居そうで、ちょっと怖い感じがします。

落ち葉が多いような気がしますが、季節のせいでしょうか。
分解が遅いとそのまま雪が隠してしまうのでしょうか。
小動物が見られても良いような雰囲気ですが、その形跡はあるのでしょうか。

分からないことばかりです。

ブナ・ミズナラ・コナラ
kageie
雑草Zさん
このHPに似合わないコメントですみませんでした。
これからも専門性は気にせず、自然の写真をどんどん載せてください。

こんなことを書きながら矛盾しておりますが、少しフォローさせてください。

>下から2つ目の湿原に向かって生えている手前の木とか

これだけコナラのようです。

>下から6つ目の青空の中の木の写真(二つのうち下のほう)とかでしょうか?
>それから、樹齢数百年の山の主もそうでしょうか??

こちらはミズナラのようです。

ブナはブナ科ブナ属、ミズナラ・コナラはブナ科コナラ属のいずれも落葉広葉樹です。ミズナラとコナラは親戚で、ブナは遠い親戚といったところでしょうか。ブナとミズナラはやや標高の高いところで共存していて、コナラはそれよりも低い場所に多いようです。ただし、日本海側に近い雪の降る地域では、これらが共存している場合もあります。

コナラ・ミズナラは皆さんがよくイメージするドングリ(ロウソクの炎型)を着けますが、ブナは少しイメージが違います。巻いたイガイガの殻に入ったナッツのような感じです。

ドングリもこんなに種類があります↓参考までに。

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/fagaceae/fagaceae.htm

東北地方は冬の始まりです。
雑草Z
    上々さん

>南方の森林と比べ、木々の下に分け入っていくことが容易にできそうでわくわくします。

そうですかあ?・・東北に住んでいるものには気付かない感動があるものですね。

 でも、夏場は東北の森も下草が沢山ありますよ。

>落ち葉が多いような気がしますが、季節のせいでしょうか。

はい、ここのブナの森は落葉広葉樹が殆どです。(・・植林した杉などもあって場違いな感じです・・)そして、紅葉の時期が終わって葉が大体落ちました・・・下草も枯れて積もってます。

>分解が遅いとそのまま雪が隠してしまうのでしょうか。

はい、その通りです。雪に埋もれた枯葉はなかなか腐りません。翌年春・・夏近くまで雪の下に冷凍保存されます。・・・発酵もするでしょうが・・

>小動物が見られても良いような雰囲気ですが、その形跡はあるのでしょうか。

はい、夏場は沢山いますが、今頃は大抵冬眠とかに入ってるのではないでしょうか。
 国道401号線沿いのここのブナ林では、うさぎをよく見かけます。クマの親子にも遭った事があります 。勿論鳥類は沢山います。・・・ここはイヌワシもいる事で有名です。
博士山ブナを守る会は、イヌワシを守る会でもあります。・・・確か九州ではイヌワシも絶滅したのではなかったでしょうか?・・・でも、暖かいところのほうが動物は沢山いるのでしょうね!?

>分からないことばかりです。

 上々さんは本当に九州地方の方って感じですね。
私は逆に南方の九州の事のほうが分からない事ばかりです(笑)

因みにそんなに高くない博士山でも、ピークを挟んで国道401号線の両側にゲートがついていて、12月から3月くらいまでの、4か月以上くらいは閉鎖されます。
 会津の南西にある浅草山とか会津駒ヶ岳、燧ケ岳(尾瀬にある東北地方の最高峰です。)などは、6月でもかなり雪が積もってます。・・数mの木が雪に埋もれていたりします。

東北地方の山の上のほうの冬は長いです。 

ブナの仲間にはドングリがなる・・
雑草Z
    kageieさん

 ブナやナラに関する知識、教えて戴き有難う御座います。
写真のブナではない木についても教えて戴き感謝です。色々よく解りました。

>このHPに似合わないコメント

ではありませんよ。・・・リラックスの話題でも、明らかに間違ったことを書くのは信用を失います。ブナではない木までブナって呼んだら、だめですね。・・・まあでも、ミズナラもコナラもブナ科・・・と言う事で・・ご紹介のリンク先、ドングリの種類のところにも記されていました。・・・ブナの仲間はみんなドングリみたいな実がなる・・・と聞いた事がありましたが、栗もその仲間だったのですね!?・・確かに葉の感じも似てますね。


>ブナは少しイメージが違います。巻いたイガイガの殻に入ったナッツのような感じです。

はい、有難う御座います。ブナの実は熊も好物と言いますし、古代人は食べたとの事ですから、今度食べてみようと思います。
 

 
kageie さんのご指摘を生かし、
 記事の文も誤解がないように一部ちょっと書き換えて置こうと思います。
 また、何かありましたら、ご指摘戴ければ幸いです。
 



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2009-11-21 00:04
 不況は、物が売れなくて困る状態です。つまり供給過多で需要不足の状態です。・・・でもそれって社会全体で考えれば、困る状態ではないでしょう。・・・社会全体として考えれば、これで当分物を作らなくていい・・・働かなくても物が十分にある・・・と考えて然りでしょう。・不況を嘆く前に、物が十分にあると言う事で失望しなければならない異常な社会のシステムについて考えるべきでしょう。食料をはじめ、物が不足したら由々しき事態ですが、物が余って売れなくなったから、対策しなければならない・・・という事は、現代の資本主義社会がどうしようもない明白な矛盾を孕んでいるものだからでしょう。自然界には存在しない極めて異常な状態でしょう。・・・まるで癌細胞です。


 現在の不況対策・・物が余って大変だ・・・とばかりに物をどんどん消費する策を考える、需要を開拓し消費拡大を図る政策、・・・って愚の極みでしょう。・・何故そう考えられないか・・・それは、お金がないと物が自分の私有物にならないからです。貧困層が出現するのは、一方で限り無い私有財産の所有・・・というものを許可しているからでしょう。資本家が私有財産を限りなく増やそうとするから、搾取される階層の中から貧困が生じ、困窮する訳です。そう、物が余っていてもそれを手にする事が出来ない層を作って更なる消費拡大でもっと儲けよう・・・という資本家の強欲が不況を深刻なものにしているのでしょう。


 物が余ったら大変だ・・・使っている物をスクラップにしてどんどん作れ・・・それが成長を無条件に妄信している現代社会です。
でも本当の怖い事態は、そうやって恐慌対策の為に物を必要以上にどんどん浪費しているうちに資源が枯渇し物が無くなることでしょう。資源だけではなく廃棄物の捨て場の枯渇の問題も深刻です。
このままの市場経済原理に乗っ取り、不況対策を続ければ、物不足、それも食糧不足という悲惨な事態になるでしょう。そのほうがよっぽどヤバい状態でしょう。

 物が余っているうちが花・・・と言えましょう。そんなに猶予はないと思います。物が余っているうちに、物が余っている事が障害になるという非常に狂った資本主義社会に終止符を打ち、新たな社会・・・脱経済成長論理を中心に据えた社会を構築すべきでしょう。
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【2009/11/21 00:04】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

ベーシックインカム
mao
現実問題として、物を壊して作りなおすような無駄なことでも、お金が得られるならば、一個人にとっては重要なことです。結局、お金が無いと生きていけないので…。
つまり今の社会は止まることが許されない社会なのですね。

雑草様は以前、環境を破壊する公共事業をやるくらないなら、お金を配ったほうがマシと書かれていたことがありますが、もっともな話だと思います。
もっと言うならば、お金を儲けなくても暮らせる社会を
作る必要があるのでは無いかと思っています。
具体的には、生きているだけで、なんとか暮らせるだけの
お金をすべての国民に配当するベーシックインカム政策です。

ベーシックインカムにより、最低限の生活が保障されるため、止まることが許され、持続可能な社会が実現できるのでは無いかと思います。

ベーシックインカムは、意外にも元ライブドアの
ホリエモンも「あり」と言っていました。
少し考え方が違う方にも支持されていることから、
意外に現実的選択かもと思うのです。

Re:ベーシックインカム
雑草Z
    maoさん

 お久しぶりのコメント有難う御座います。本日、ふと、・・そう言えばmaoさんからコメント来てないなあ・・・と思っていたところです。


>物を壊して作りなおすような無駄なことでも、お金が得られるならば、一個人にとっては重要なことです。
>つまり今の社会は止まることが許されない社会

そうですね。おっしゃる通りです。それが現代の経済優先、成長路線の社会ですね。


>ベーシックインカムにより、最低限の生活が保障されるため、止まることが許され、持続可能な社会が実現できるのでは無いかと思います。

おお、なるほどごもっともです。確かにそうする事で
止まること=定常性を保つ事 
が出来ますね。これは大切な政策ですね。現在の日本は格差が激しく、本当に収入の少ない生活をしている人が沢山いますからね。
>止まること
って非常に大切ですね。
贅沢をしなくてもいいから最低限の生活をしっかりしたい人は増えてきています。ベーシックインカムが保障され、セイフティ・ネットがしっかりすれば、そういった人々は社会問題に対して考える時間も増え、持続可能な社会の構築についても考える時間が出来るでしょう。大賛成です。
 無駄な公共工事を撤廃し、事業の仕分けも厳しく実行し、累進課税もしっかりやって財源確保すればいいでしょう。

>意外に現実的選択

そう思います。現実的なしっかりした提案だと思います。
 食糧難だとか資源不足だとか、社会が混乱して来る前に実行したい政策ですね。

経済システム
guyver1092
>資本家の強欲が不況を深刻なものにしているのでしょう。

 同感です。ずっと以前からの疑問ですが、過去に不況になった場合の経済対策は全てが、お金を借りやすくするの類の消費者にもっと金を使わせるものばかりでした。はっきりと記憶はしていないのですが、それらは消費者が将来の収入に不安を持ったため生活防衛に走ったような記憶があります。
 このような事態には、単純に考えて消費者の収入を保証するため労働者の給料を増やすような対策が必要と思ったものですが、過去の対策は、消費者の将来の収入を今現在使わせるものばかりでした。
 私的には不思議でしたがそれなりの効果はあったようで経済が回復していたと思います。ただし時代が下るほど効き目がどんどん弱くなっているようでしたが。

 私は、彼らの認識している経済の仕組みと現実の仕組みのずれがだんだん拡大してきているのではないかと考えています。もしかしたら致命的なほどずれているのではないかという気がします。そしてずれの原因は彼らの強欲で、欲呆けした思考で経済の仕組みを考えた結果、現実の仕組みを見誤ったのたではないかと。

 この強欲システムから脱する方法のひとつとして、増えないお金を作るのも良いかもしれません。すなわち、地域通貨です。私が考えているのは、各家庭が自給する、自給で足りないものを地域のコミュニティーで補う、地域通貨でも補う、それでも不足する分を通常のお金でおぎなうというものです。

※前回の補足
 私の考えているソーラーシステムは、太陽炉利用の調理器等も含みます。簡単な太陽熱利用のものなら算出投入比的にも物質的な長持ちも十分やる価値があると思います。太陽電池は算出投入比的に不可ですが。

資本家本位の経済システム
雑草Z
    guyver1092さん

>過去の対策は、消費者の将来の収入を今現在使わせるものばかりでした。

だとしたら、資本家達は、現在の労働者から搾取するだけ搾取して、次は将来の彼らから搾取・・と言う事ですね。・・そんなことしたら将来もっと大変になるのですが、「共有地の悲劇」のように早い者勝ち・・・的な発想ですね。このような資本家の強欲、エゴは政府が規制するべきなのですが、為政者が一緒になって利権に群がる構造が出来上がっていたのでしょう。・・酷いものです。

>ただし時代が下るほど効き目がどんどん弱くなっている

未来の収入を先取りしているのだから、当然の結果でしょうね。資本主義も本当に末期症状ですね。

>彼らの認識している経済の仕組みと現実の仕組みのずれがだんだん拡大してきているのではないかと考えています。もしかしたら致命的なほどずれている

おっしゃる通りだと思います。元々彼らは理に適った経済の仕組みを作ろうなんて鼻から思っていなくて、どうやったら自分の財産をもっと増やせるか・・・で経済の仕組みを考えて来たのでしょうから、本当に矛盾だらけの酷いシステムですね。
guyver1092さんのおっしゃるように、致命的なほど不合理なシステムで、破綻は免れないでしょうね。・・・と言うよりも資本主義経済は破綻させなければならないでしょうね。今の経済システム批判は12月1日アップ予定の記事にも書きました。



  *************************
※前回の補足・・について・・

>簡単な太陽熱利用のものなら算出投入比的にも物質的な長持ちも十分やる価値があると思います

そうですね。私もそう思います。おっしゃるように太陽光発電は、エネルギー産出比が1を超えられない可能性が高いですが、シンプルで小規模で直接的な太陽熱の利用等はかなり有効ですね。・・・洗濯物を干すのもその一つですし・・

**コメントが繋がらないので、出来れば「前回の補足」などは、短くて結構ですから、別にそちらのコメントに続きとして書いて戴くと嬉しいのですが・・。



コメント
guyver1092
すみません。つい書いてしまいました。以前にも言われていたのに・・・

>ソーラーシステム等石油の缶詰・・?
雑草Z
    guyver1092さん

 いつも興味深い面白いコメント戴いて有難う御座います。
だから、謝って戴くと恐縮です。・・・ただ単に、コメントの応答が繋がらないので、出来ればその記事にコメント下さい・・・と言う事です。

>石油の缶詰

と言う表現も面白いと感じましたが、あちこちでやり取りすると混乱しますので、コメントの続きは同じ記事にお願い致します。・・とそれだけ。
 これからも宜しくお願い致します。

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2009-11-17 00:04
 「エコ替え」が環境対策としてあまり有効ではない、それどころか逆効果である場合のほうが多い・・事に気づいている人は多いでしょう。ここのサイトでも繰り返し述べてきました。エコ替えは、環境対策ではなくて、経済対策、売れなくなった物を売る為の景気対策です。
つまり現在の大量生産大量消費路線の延長で、エコ商品というものをなんとか売りつけようという、消費喚起の対症療法です。環境問題の解決には程遠い対策です。それどころか、まだ使える物を廃棄して新しい物を買わせて、物を大切に使うという精神を麻痺させるとんでもない方法です。

そんな欺瞞に満ちた「エコ替え」ではなく、もっと遥かに有効な対策は「エコ止め」でしょう。
「エコ止め」という言葉はちょっと違和感がなくもないですが、要は、エコの為に使用を止める・・・という事です。丁度その物が壊れて次に変えなければならない・・と考えられる時期が決断の時です。
車が壊れて乗れなくなったから、新車に買い替え・・・でなく、その時に自動車を手放し、マイカーの使用を止める。
エアコンも同様に、壊れたら思い切って使わない事にする・・・
北国では暖房器具はそう言う訳にはいかないでしょうけれど、床暖房や全館暖房は止めて、こたつなど局所暖房に戻す、家の中でも厚着をする・・・

日用品の例で言えば、合成洗剤が切れたら使用をやめる、割り箸やレジ袋も使わない・・・ペットボトル製品も買わない(・・・今現在は、ペットボトル商品でないと買えないものもあるのですが・・・)鉛筆削り機や料理道具などの電動製品も壊れたのを機に使用をやめて手動に変える・・・・

「エコ替え」よりも遥かに「エコ」でしょう。しっかりした環境対策と言えるでしょう・・・これこそディープ・エコロジーの入口と言えましょう。

「エコ替え」も政府主導の補助金制度や減税があって効力を発揮しました。(・・本当にエコであったわけではありませんが・・)だから「エコ止め」も個人の良識に任せるのではなくて、政府でしっかり計画的に行うべきでしょう。「エコ止め」する度に多少補助金を出してもいいかも知れません。
「エコ替え」ではなく「エコ止め」の奨励には、社会もそれに対応出来る構造に変えなくてならないでしょう。マイカーが無くても、就職の妨げになったり、大きく不便になったりしない社会施設、システムの構築をしていくのです。(・・・多少の不便は仕方ないでしょう・・)


計画的に「エコ止め」を実施していけば、結果として経済も縮小して行き、持続可能な社会に近づいていくでしょう。昨年はあれを「エコ止め」したから、今年はこれを「エコ止め」しよう。そして、来年はあの「エコ止め」に着手しよう・・・・と。

「エコ止め」した事による仕事の減少は嘆く必要はありません。仕事が減っても、元々要らなかった仕事なのです。ドーピングが抜かれた分、人間の手作業は増えましょう。人々は手作業の時間といろいろと考える時間、ボランティアの時間、などは増える事になりましょうか。

このような事を、絵空事ではなく、本気で考える時代、考えなければならない時代が近い将来、やって来るでしょう。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/11/17 00:04】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

これこれ!
BEM
「エコ止め」これですよ〜!
さすが雑草Zさん!!

全く同感ですv(^^)v
兎角いつからかなんでも電動の商品が氾濫し出しましたよね。
私が小学生になるかならないかって頃から、文中の電気鉛筆削り機が登場して入学祝いに親戚からいただいたのかな? ありましたよ家に。
驚いたのがゴマすり機や毛玉取り機です。こんなのまで電気で? と思ったものです。

最近の我が家にはお金が回って来ないので(笑)壊れたビデオもそのままで、電子レンジも壊れて5年ほど買いませんでした。
温水便座もありませんし、テレビは全然悪くなっていないのでギリギリまでブラウン管で粘ります(^^;

テレビで「エコ替え」「エコポイント」「エコカー減税」なんてやられると強迫観念で替えなきゃ、買わなきゃって気にさせられそうですが、何とか抵抗勢力を増やしたいですね(^^)/


Anthony
その昔、電動ゴマすり機を貰ったことがあるけど、

それくらい、手でするよ~って思うものが、電動になったりするのがヤダ。




やっぱり「エコ止め」
雑草Z
    BEMさん

 賛同のコメント有難う御座います。この辺の考え方はいつもお互い一致してますよね。

電気鉛筆削り・・・って本当にふざけた商品だと思います・・・非常にアメリカ的な発想だと思います。私の家にあった事はありませんが、職場とかにはありますね。鉛筆削りに電力は不要ですね。100円くらいの小さな鉛筆削りでも十分です。

>「エコ替え」「エコポイント」「エコカー減税」なんてやられると強迫観念で替えなきゃ、買わなきゃって気にさせられそうですが、

そう、それも期間限定でやるから、期限前に替えろ・・とばかりにまだ使える物を手放すのは、物の浪費であって、エコ・・・エコロジーでもエコノミーでもありませんね。完全に景気対策です。税金の無駄遣い削減に熱心な民主党なのに、期間延長・・なんて言ってるのにはがっかりです。

・・日本に限らず、世界中でエコ商品で景気の下支えをしている・・と言われています。どうしようもないですね。


>何とか抵抗勢力を増やしたいですね

お互い頑張りましょう・・・でも、やはり国の政策としてやらなければ大きな効果は得られないでしょうね。


 

>それくらい、手でするよ
雑草Z
    Anthonyさん

 私は電動ごますり機や電動毛玉取り機は見たことありませんが、電気鉛筆削り機も含め、そんなものに電気を使うのは非常に馬鹿みたいですね。

 自動ドアや自動車のパワーウインドウも不必要かと思います。


>手でするよ~って思うものが、電動になったりするのがヤダ。

全く同感です。


エコ止め
guyver1092
 エコ止めすると、自動車をいきなり廃止した場合と同じく、経済は大混乱する可能性が高いと思います。
 だからエコ止めはしてはいけないとは言いません。混乱しても大丈夫なように対策を打ってエコ止めを行えばよいと考えます。

 対策のために過去に起こった類似の出来事を考えて見ます。ソビエト連邦が崩壊したときソビエト連邦域内は、大変な経済混乱になったそうですが、乗り切りました。なぜ乗り切れたかというと、彼らはダーチェと呼ばれる、家庭菜園を持っており、経済混乱で仕事がなくなり、仕事からの収入がなくなっても、食べていくぐらいの分は、ダーチェの収穫で何とかできたそうです。

 これを参考にして、自給経済部分を各家庭に持たせる準備をしておけば、エコ止めによる経済混乱を乗り切ることができるのではと考えます。
 ちなみに私は、し尿はメタン発酵で燃料ガスを取り、発酵残渣は肥料にして家庭菜園から収穫する、雨水タンクを準備しておいて、水の自給をする等は必須と考えています。
 その他、算出投入比をよく計算する必要はありますが、ソーラーシステム等石油の缶詰を導入しておくのもよいと思います。
 またこれからの資源のない時代が来ると考えられるのでそれにあわせた文化に変更する必要があるかもしれません。
 たとえば人間に食べられないものを食べる工夫として昆虫食を行うのも必要かもしれません。
※人間は木を食べることはできませんが、シロアリは木を食べて成長します。人間はシロアリを食べることができます。ちなみにアフリカではシロアリはご馳走です。


準備するものは救われる。。。
でなしNo.146
>このような事を、絵空事ではなく、本気で考える時代、考えなければならない時代が近い将来、やって来るでしょう

私もこの意見に賛成です。

現在の「環境を守ろう」という言葉は対岸の火事を見るような気分で使われている場合が多いように感じます。

そのうち、「実際は自分の家も燃えていた」といった状況を飲み込めた時、「環境を守ろう=自分達の生存を守ろう」というような極めて能動的な活動を始めるのでしょう。
(そうなってからじゃ、間に合わないですかね^^;)

今からやるべき事は、車など、石油燃料、電気エネルギーがなくなっても、循環可能な地域コミュニティを作っていくことだと考えます。

このあたりで、小さなコミュニティで全員で助け合いながら生きていける基礎を作れなければ、20年後には大多数の餓死者やら大変なことになってそうです。

具体的なエコ止め戦略
雑草Z
    guyver1092さん

 
 この記事でのエコ止め案は、大切に使って使えなくなった物から次々に使用を止めて行く・・・というアバウトな提示しかしていませんでしたが、guyver1092 さんの具体的なエコ止めの方法、参考になりました。面白く興味深く読ませて戴きました。


>混乱しても大丈夫なように対策を打ってエコ止めを行えばよいと考えます。

そうですね。悠長な事は言ってられませんが、可能な範囲で対策を打つべきですね。

 ソビエト連邦崩壊の時の
>ダーチェと呼ばれる、家庭菜園

のお話もなるほど・・・と思いました。同じ時期、ソビエト連邦の後ろ盾を失ったキューバも、アメリカに海上封鎖されて窮乏しましたが、やはり家庭菜園で急場(・・洒落じゃないです・・)を凌いでいますね。

>自給経済部分を各家庭に持たせる準備

これは非常に大切な事ですね。日本で減反政策なんてやってる場合じゃないですね。農業の新規参入も、大規模農家に制限するのは愚策ですね。兼業の小農を沢山作るべきですね・・・この夏、機械を使わずに手作業で、自然農法で自給自足している方のところへ見学に行ってきましたが、結構可能なようです。

>し尿はメタン発酵で燃料ガスを取り、発酵残渣は肥料にして家庭菜園から収穫する、雨水タンクを準備しておいて、水の自給をする等は必須と考えています。

なるほど、そうですね。昆虫を食べるのもいい方法だと思います。生存競争に強い嫌われ者のザリガニやブラックバスとかも食べるべきでしょうね。・・・カラスも食べるべき・・・と思います。(・・が、カラスは可哀想に感じてしまいます。・・山にかわいい七つの子がありますからね・・)

そう云う準備無しに食料不足になると、山の木の実や山菜、動物が無節操に食べられ尽くして、イースター島のようになってしまうでしょうね。



早く準備に取り掛かるべき・・
雑草Z
    でなしNo.146さん

>現在の「環境を守ろう」という言葉は対岸の火事を見るような気分で使われている場合が多い

全くその通りですね。・・・だから、本当に有効な環境対策をしないで、「エコ替え」・・のように、まともに考えるのがあほらしくなるような逆効果の対策を悠長にやってるのでしょうね。


>「実際は自分の家も燃えていた」といった状況を飲み込めた時、「環境を守ろう=自分達の生存を守ろう」というような極めて能動的な活動を始めるのでしょう。

そうですね。そして、おっしゃるようにそれでは間に合いませんから、「このままでは、実際に自分の家も燃える・・」という的確な予測が出来なければなりませんね。・・その為には目先の経済ばかりに捉われず、冷静に理性で考えればわかる筈ですが・・・経済に洗脳されていると気付けないのかも知れませんね。

>小さなコミュニティで全員で助け合いながら生きていける基礎を作れなければ、

そうですね。早くその方向に動くべきですね。そうしなければ、20年後・・よりもかなり早く破局が訪れる可能性も大きいでしょう。

20年後
上々
  皆様

 そうですか、20年以内ですか。私は昨年までの石油高騰で30年内には石油争奪を原因とする世界戦争が起こるのではと予想したのですが、20年内に破局が来ちゃうと・・まだ私も生きている可能性が強いですよ。

 ここで危機の可能性を論じている方々は判っていらっしゃるのでしょうが、一般には危機論は耳に入れ難く、楽観論ばかりがはびこります。
 ご承知のように石油は200年は大丈夫とか、日本中の屋根にソーラーをとか。

 日本の人口の1割以上が自動車産業関係者、さらに電器産業を加えると3割?、それらの人達に仕事をあきらめ農業に戻れと言っても簡単にはいかないでしょうね。

定量的な未来予想は出来ませんが・・・
雑草Z
    上々さん

いつも連続のコメント有難う御座います。

皆様という事ですし、上にコメント下さった方も宜しければご意見をどうぞ・・ですね。

>石油争奪を原因とする世界戦争

に関しては、上々さんのほうが、豊富な判断材料を知識としてもっていらっしゃるように感じます。

 私は世界戦争については判断できませんが、日本の食糧不足は・・目の前に迫ってきていると感じます。20年なんてかからずに、それこそ数年先か、来年かも知れません。日本国内でも食料の争奪が始まるでしょう。
・・・でも、はっきり何年後・・・とは言えませんし、いくらデータがあっても複雑系カオスの地球上の出来事ははっきりいつ・・とまでは言い切れないでしょう。

>それらの人達に仕事をあきらめ農業に戻れと言っても簡単にはいかないでしょうね。

そうですね。自由主義経済、資本主義経済のもとではかなり困難でしょうね。・・でもやるしかないのですがね。意識的にやらなくとも、自動車産業も電機産業も制御不可能な減退を起こすでしょうけれど・・ 




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2009-11-13 00:03
 日本では、自動車が売れなくなってきて、若者の自動車離れなどという事も言われるようになってきました。
 最近、自動車のCMと言うと、エコ替えの呼びかけと、その為の、補助金、減税がメインです。補助金で国が購入代金の一部を負担するから、税金も減額するから自動車を買い替えよう!・・と呼びかけています。
燃費のいいガソリンと電気のハイブリッドカーに買い替えても、廃車するには廃棄場所が必要ですし、ハイブリッドカーを作る為に多くの地下資源を使い、環境も破壊するのです。トータルで考えれば、現在使っている製品を大切に使うほうが環境負荷が小さい場合のほうが圧倒的に多いでしょう。その事は、容易に判断が出来る筈です。
例えば仮に、ハイブリッド車に買い替えれば、トータルで考えても現在の車を使い続けるのと比べて、10年使えばハイブリッドカーへ買い換えたほうが総合的に環境に良い・・・などというデータがあったとしても、やはり買い替えないほうがいいのです・・・10年以内に技術革新で、もっと燃費のいい車が出るのですから・・・自動車会社も、10年以内に、またもっと燃費のいい車へ「エコ替え」しよう!というキャンペーンを張るでしょう・・・結果、その短期間ハイブリッドカーを使った事は、環境負荷も多く掛けたし、個人の出費も税金も浪費したと言う事になりましょう。
これらの内容は、まだ「エコ替え」などという言葉が流行る以前に【買い換えは環境対策ではなく、経済対策】という記事に書きました。まさかここまで臆面もなく、なりふり構わず補助金や減税を餌に大々的に「エコ替え」キャンペーンを前面に出すとは自動車会社も末期症状ではないでしょうか。自動車会社も生産台数も多過ぎるんです。こんな肥大化した環境破壊会社を放置しておくわけにはいかないでしょう。

補助金として税金をそんなものに投入していいものでしょうか?補助金という名のばら撒きには反対ですが、本当にエコな物事に補助金を・・というのなら、公共交通機関や自動車を持たない家庭にこそ補助金を渡すべきでしょう。しかし、そう言う「経済効果」の少ない補助金はなかなか出しそうにありません。「エコ替え」は環境対策ではなくて、自動車会社の利益を中心に考えた経済対策だからです。
これから、燃料電池車だ!電気自動車だ!・・・と新しいエコカーを量産するたびに、補助金という名で税金を投入する積りでしょうか?・・・こんな事を続けていたら、資源の枯渇を早めるだろうし、環境は悪化の一方を辿るでしょう。ギャグのような逆効果です。自動車会社も、もう補助金や減税無しには会社を維持出来なくなる体質になるでしょう。民主党政権にはこのような愚策は断ち切って欲しいと思います。
・・・膨大な国の借金を増やし、肥大化し過ぎた自動車会社を温存させる・・・という「エコ替え、減税、補助金」政策は国の愚行です。

 この手の政策を実行するから、自動車会社も更なる自動車の生産を考えるのです。自動車社会は持続不可能なのですから、本来、業種転換などもしっかり考えるべき時期ではないでしょうか?
遠くへの移動、輸送というのはなるだけ少なくしたほうが、エネルギーも使わないし、環境負荷も少ないのです。自動車社会はその逆の社会・・破局へと続く持続不可能なドーピング社会です。
持続可能な社会では、自家用車はあってはならないものでしょう。【自動車社会は持続可能か?】でも言及しています。

 自動車離れ・・・というのは持続可能な社会の構築のために歓迎すべき事でしょう。エコ替えとその為の減税、補助金は、この自動車離れを阻止して、国の借金を増やす、愚策です。環境対策に名を借りた対症療法的な経済対策です。
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【2009/11/13 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

自動車社会からの脱却
上々
目の前の不況対策でとにかく最大の産業である自動車につぎ込むというのは分からないではないのですが、その先を考えると最悪です。
石油資源の減少ばかりではなく、他の資源も限りがある以上、できるだけ自動車は安楽死させる方向で考える必要があります。
電池自動車や水素自動車など、石油資源節約になるかどうかも怪しい上に希少金属資源の問題もあるようです。

とはいえ、現状で車が使えなくなったら即、経済は大混乱になるのも確かです。
そこを見越して政策を決める必要がありますが、自民党同様に民主党にも期待はできそうにありません。

まず、自動車を最後まで使わなければならないのはどこか、地域内の貨物輸送、地方の公共交通機関が補完できないところの最小限の移動は必要性が残ります。
それ以外の特に都会での移動手段としては自動車を早急に閉め出さなければいけません。
長くなるので、またいずれ

Re:自動車社会からの脱却
雑草Z
    上々さん


>できるだけ自動車は安楽死させる方向で考える必要があります。

これまた全くの同意見ですね。
【自動車は安楽死させる方向で】というタイトルの記事もいいですね。もともと自動車社会は、自動車会社の戦略によるもので、その弊害なんてしっかり議論される前に自動車社会にさせられた・・・って感じですね。

>電池自動車や水素自動車など、石油資源節約になるかどうかも怪しい上に希少金属資源の問題もあるようです


全くその通りで、トータルで考えれば環境負荷も現在のガソリン車よりも良くないかも知れませんね。


>現状で車が使えなくなったら即、経済は大混乱になるのも確かです。

そうですね。おっしゃる通りです。でも、長い目で見れば、即自家用車の使用を停止したほうが、現状維持よりは社会にとって遥かにいいでしょうね。

>自動車を最後まで使わなければならないのはどこか・・・・特に都会での移動手段としては自動車を早急に閉め出さなければいけません。

 なるほど、しっかり具体的に考えていらっしゃいますね。


>長くなるので、またいずれ

期待しています。早く読みたいですね。・・・宜しければ、その内容でここのサイトに記事をお書きになりませんか?。

自動車についてとその他
guyver1092
 最近、雑誌で読みましたが、現在のハイブリッドカーの電池は寿命が10年ほどでしかなく、取り替えるとなると4~50万円(だったと思います。あまり記憶に自信はないですが)かかるとのことでした。つまりはハイブリッドカーの寿命は電池の寿命でほぼ確実に終わるということです。誰も他人が10年乗った車に車体価格プラスのお金を払わないでしょうからね。
 つまりは確実に資源の無駄遣いであると考えられます。

 いきなり自動車を廃止すると、これは確実にハードランディングになる可能性が高いですね。今の人口を支えているのは、巨大な輸送力ですから(世界中から集めている)、これがなくなったら確実に日本人の多くは餓死するでしょう。人口の計画的な減少と(産児制限)それにあわせた輸送力の削減その他経済の構造、食料の自給のための政策が必要でしょうね。

自動車についてとその他2
guyver1092
 先ほどハードランディングと書きましたが、環境が破綻してではないので不適切ですね。経済と流通が混乱しての、なんといったらよいのか適切な言葉が思いつきませんが・・・

>いきなり自動車を廃止すると
雑草Z
    guyver1092さん

ガソリンと電気のハイブリッドカーのバッテリーシステムは、技術革新で安く小さくなってきている・・とはいいますが、やはり普通の車のバッテリーよりは遥かに大きく高価でしょう。沢山電気を使いますからね。・・ハイブリッドカーのオーナーはバッテリーシステムの交換は覚悟しておくべきでしょう。普通の車のバッテリー交換と同様に交換すべきで、中古車に出す必要はないと思います。(交換回数も1回くらいで済むでしょう・・・)でも、そのシステムの環境負荷もかなり大きいでしょうし、自動車会社はバッテリー交換時期に、もっといい「エコカー」に交換する事を提案するでしょうね・・・結局エコカーの乗り換えを頻繁に行って、より大きな負荷を環境にかける事を提案しているのが「エコ替え」の正体でしょうね。・・・「エコ替え」じゃなくて、「お金と資源の無駄遣い環境破壊替え」ですね。

 確かにいきなり自動車を廃止すれば日本人に限らず世界の人間が大いに困るでしょうね。

>人口の計画的な減少と(産児制限)それにあわせた輸送力の削減その他経済の構造、食料の自給のための政策が必要でしょうね。

全くその通りだと思います。景気対策なんてやってる場合じゃないんですけどね。

>ハードランディングの定義
雑草Z
    guyver1092さん

>環境が破綻してではないので不適切


おっしゃりたい事はわかります。
「ハードランディング」とは通常、制御不可能な環境圧によって社会が大混乱して破局を迎える状態に使いますからね。

でも、『ランディング』とは、そもそも持続不可能な現代社会から持続可能な社会への「ランディング」という事ですから、意図的にランディングしても、ハードランディングはあるでしょう。だから、

>いきなり自動車を廃止すると、これは確実にハードランディングになる可能性が高い

という表現は間違っていないと思います。
自動車廃止は持続可能な社会への必要な移行措置ですから・・・。まあ、私が定義する訳ではありませんが(笑)
経済が暴走している現代社会は、この調子でいけば、意図的にランディングしようとしても、かなりのハードランディングになるでしょうね。


車社会の終焉
BEM
すでにヨーロッパの国ではドイツなど自動車大国はあるにせよ、都市部から車が閉め出されるようになってきており、自動車優先の社会ではなくなっていくのでは?と考えます。
世界の中では日本とアメリカが一番車に頼っているかもしれません。
なんらかの自動車産業に携わる人口も日本は10%を超えるということも聞きます。

日本国内では昨年から既にハードランディングといえるほど、トヨタすら業績を悪化させているくらいですから自動車業界は厳しい状況で、それに絡む業種も軒並み影響を受けているでしょうね。

私はこのまま車を使う年数が伸び、2台持っている車を1台にする、使用が少ない家庭はカーシェアリングをするなど、徐々に車の総量を減らす方向になれば、様々な公共事業も要らなくなると思います。
そんな自動車に優遇措置をするのは全く納得できません。
温暖化防止というような曖昧なものは除いても、車にしても家電にしても購入できる人を優遇するというのは全く馬鹿げていると感じています。

車を持っていない人が一番のエコだと思います。

早く車社会に終焉を!
雑草Z
    BEMさん

 
>世界の中では日本とアメリカが一番車に頼っているかもしれません。

アメリカがダントツに一番でしょう。何せ大都会でも鉄道があまりなく、50km以上遠くの郊外から自動車通勤している人がざらにいるのですから狂ってます。・・でも、日本もアメリカ並みに狂ってきましたね。
 20年ほど前、自家用車で学校の送り迎えをしてもらっているアメリカ人の子供が多い事に違和感を感じましたが、日本でも最近多くなってきましたね。それも高校生が結構いますね。高校は学校が遠い・・事も多いのですが・毎日親に送り迎えして貰う高校生って恥ずかしい・・と感じないのでしょうか?

>徐々に車の総量を減らす方向になれば、様々な公共事業も要らなくなると思います。

そうですね。車の為に道を広げて舗装し、高速道路を作り、駐車場を作り・・・車が環境破壊の主役ですね。


>車にしても家電にしても購入できる人を優遇するというのは全く馬鹿げていると感じています。

同感です。本当におかしなシステムです。環境対策である筈がなく、経済対策・・・それも車会社優遇対策・・・です。折角環境負荷の少ない車離れする人が増えたのに、どうにか車に繋ぎ止めようと国が率先して対策をするのですから、呆れるばかりです。・・・環境に良くないに決まっているのに、「エコ替え」・・・て詐欺ですね。


>車を持っていない人が一番のエコ

その通りですね。一般に、マイカーを持って普段運転する人は、他に色々環境に配慮して生活しても、車無しで、他のエコな事に気を遣わない人よりも遥かに環境負荷は大きいでしょうね。
補助金出すなら車を持っていない人でしょう。


 この手の話題は、今までにも何度かBEMさんと、ここやBEMさんのサイトでコメントのやり取りをして、意見が一致してますね。
 

ちょっと貧弱な続き
上々
なんか、思わせぶりなことを書いてしまってすみません。
大した内容があるわけではないのですが。ぼちぼち

昭和30年代が良かったなんて、知らない人達の変な感想がありますが、当時はほとんどの人が歩ける範囲で暮らしていたので、非常にコンパクトに暮らしていた。すなわち、狭い家でごちゃごちゃと暮らしていたわけです。
それが自動車を使うようになって、郊外へ、より広い家へと広がっていった。そうすると子供でも老人でも車でなければ動けなくなった。
歩いて行ける範囲にあった小さな店や病院もつぶれてしまった。
これで車がなくなったら当面は何もできなくなります。
また、駅やバス停から歩いて行ける範囲の小さな家に移り住まなければなりません。
それでも、なるものはそうなるでしょう。

続き・・面白く読ませて戴きました。
雑草Z
    上々さん


>当時はほとんどの人が歩ける範囲で暮らしていたので、


 そう云う生活がいいですね・・持続可能な社会の条件ではないでしょうか?
 昭和30年代は、食料自給率も高く、日本への輸送が止まっても何とかやって行けたのではないでしょうか?
その後日本は、加工貿易・・・という自滅の方向へ突き進んでしまったのでしょう。
私もトータルでは現代日本よりも昭和30年代の日本が貧しいとは思いません・・少なくとも精神的には。

>非常にコンパクトに暮らしていた。すなわち、狭い家でごちゃごちゃと暮らしていたわけです

 現在の高層団地のほうが、面積当たりの密度はさらに大きいでしょうね。
 ほとんどの人が歩ける範囲で暮らせなくなったのは、上々さんのおっしゃるように、自家用車の普及が原因ですね。パーキンソンの法則ですね。


>また、駅やバス停から歩いて行ける範囲の小さな家に移り住まなければなりません。


狭い範囲に住むか、(一応・)不便な田舎に住むかは選択ですね・・
アメリカ人のように大きな家に住む事は異常であると考えます。自然界からの過剰な搾取行為の1つですね。


>それでも、なるものはそうなるでしょう。

この結論、頗る納得です・・・一寸もっとシビアに言えば
「そうならなければ滅びるでしょう。」

なかなか読み応えある内容でした・・・続きを楽しみにしています。

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2009-11-09 00:02
 世界同時不況から恐慌に突入しそうな今年に入ってからも、経済アナリストなどと自ら名乗る人々による投資の儲け話は活発に続けられています。バブルの夢をもう一度・・・という事で、また近々バブルがやってくるから、乗り遅れずに儲けよう・・・・などと盛んに煽っています。・・・曰く、今こそチャンス・・・。「巨大バブルがやってくる」なんて本も出版されています。
・・・確かに、程度の差はあれ、世界中を考えれば、バブルは色々な地域、分野に、これからもやってくるでしょうけれど、その度に自然、社会環境は犠牲になり、持続可能性は小さくなっていく・・・というバブルの功罪をしっか見極めるべきでしょう。

 一口に経済アナリストと言っても色々でしょうが、基本的に経済情報を売り物にしている経済アナリストは、その情報を売ったり、自分やパトロンの投資家達が買った後に、その株をおすすめ株として情報を流して値を吊り上げて自分達が儲けよう・・・などと目論んでいるでしょう。

「バブルがやってくるから乗り遅れずに投資して儲けよう」・・・と叫んでいる経済アナリストは、その後に「後から投資して自分の投資した株価の値を上げて、私達の儲けを出してくれ・・」とでも言っているようです。経済のゼロサムゲーム的側面を考えると・・資源などをしっかり考えればゼロサムどころかマイナスサムですが・・・「バブルを作り出して乗り遅れずに儲けて、損失、つけは他の乗り遅れた人々に回せ」・・・という事にもなりましょう。この手の経済アナリストや金融資本家達は、振り込め詐欺のように悪質かも知れません。

 そんな経済アナリストの本質は、競馬や競輪の予想屋よりも遥かに悪質なギャンブルの予想屋ではないでしょうか。彼らのギャンブルによって、ギャンブルに参加していない人々の生活まで左右されるのです。予想屋だけではなく煽り屋・・とも言えるでしょう。やっている事は程度の差はあれ、無責任なリーマンブラザーズの経済アナリスト達と大差ないでしょう。・・・多くの投資家に情報を売って、その投資家を儲けさせたり、失敗して損をさせたりしていますが、失敗しても自分達はお金を持って逃げる・・・というやり方がまかり通っています・・・そんな事を許すアメリカをはじめとする政府も本当にしょうもないものです。

もともと今回の恐慌は、リーマンブラザーズの破綻に象徴されるように、実態のないマネー経済、金融資本主義の肥大化が引き起こしたものです。つまり実態のないバブルが、当然の帰着としてはじけた事によるものです。それは、マネーゲームをしていない世界中の人々をも巻き込み多くの人々に多大なる迷惑をかけました。悲劇も沢山起こしました。・・しかし投資家も経済アナリストも自分の損得勘定だけで、自分達がやっているマネーゲームがどれだけ社会に迷惑をかけたかなんて、他人事のようです。社会にどんな悪影響を及ぼすかなんて一切眼中にないようです。ただ、どうやって投資で儲けるかだけ・・・儲けて逃げて、そして、またバブルがやってくる事を望み、乗り遅れずに投資しよう・・・と煽るだけです。そこにはモラルは存在しないようです。

 世界の政府も、今回の世界同時不況を教訓に、短期の投資などマネーゲームに規制を掛ける方向に進んだ筈ですが、まだまだ甘過ぎます。何故なら財界の投資家たちが、世界中の政府に深く入り込んでいるからです。

 この手の金融資本家の手先の経済アナリストが大手を振ってバブルを煽る社会は不健全極まりないモラルハザード社会と呼ぶべきでしょう。この手の経済アナリストを相手にしない、存在を許さない社会にシフトして行かなければならないでしょう。
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【2009/11/09 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


BEM
本屋に行けば株や証券、いかに儲けるかなんて本が山積みされています。
でも全くお金のない人間には縁のない世界だと思います。
リーマンが破綻しようが、JALがどうなろうと関係ないと思いたいのですが、経済の世界はそうはいきませんよね。

大多数の人は質素な普通の生活で満足しているのに、一握りの人間が一生かかっても使い切れないお金を持ちながら、それでも満足できない人達のために振り回されるのはもう止めにしたいですね。

世界同時不況で職を無くしたウォール街の人間もいるでしょうが、もう既にゾンビのように復活しているのもいるようで、どうにか懲りないヤツらに泡をふかせる方法はないもんでしょうか(笑)

懲りない証券アナリストや資本家達
雑草Z
    BEMさん

 アップ直後の適切なコメント有難う御座います。

 
>リーマンが破綻しようが、JALがどうなろうと関係ないと思いたいのですが、経済の世界はそうはいきませんよね。

そう、マネーゲームやっている連中がギャンブラーの仲間内で破綻したり潰れたりするのは自由ですが、社会の他の人々に多大な迷惑を掛けるんですね。・・リーマンブラザーズのトレーダーなんて、さんざん借金して持ち逃げですからね。そして、尻拭いはみんな他の人任せ・・・こんな時代にバブルを再び・・・と言っている証券アナリシスト・・・ってとんでもない奴らだと思います。


>大多数の人は質素な普通の生活で満足しているのに、・・お金を持ちながら、それでも満足できない人達のために振り回されるのはもう止めにしたいですね。

そこなんですよね。お金に困っていない人間の贅沢の為に多くの質素な生活をしている人々が沢山大きな犠牲を払っているのですね。戦争の多くも資本家や財閥の利権が絡んでいる事が多いようですし・・


>どうにか懲りないヤツらに泡をふかせる方法

近い将来、資本主義は崩壊してゆくでしょうから、証券アナリスト達は、職を失い、資本家達の証券の多くも紙切れになるでしょうけれど、大混乱になっても彼らは社会崩壊の責任なんか取らずにまた財産を持ち逃げしようとするでしょうね。彼らには責任をしっかり取らせるべきですね。・・マネーゲームの蚊帳の外の人々も悲惨な目に合うのが許せませんね。


実に適切です。
でなしNo.146
>自分やパトロンの投資家達が買った後に、その株をおすすめ株として情報を流して値を吊り上げて自分達が儲けよう・・・などと目論んでいるでしょう。

まさにその通りで、大手の証券会社になれば、ほとんどインサイダーが日常だそうです。

ふざけた商売だと思いますが、儲かるのでやめられないのでしょう。

やはり世界中、政府主導で金融を縮小&規制(取締り)していくしかないのですが、それができるような政府になるにはまだまだ時間がかかりそうです。

とは言っても、時間がかかりそう…なんて余裕は本当はないんですが(汗)

>ふざけた商売
雑草Z
    でなしNo.146さん

 インサイダー取引を禁止・・・ってどう考えてもギャンブルのルールに感じます。カジノでディーラーを仲間につけては反則・・・みたいな・・。

変な話ですが、株は会社に投資する訳ですから、その内部情報を知って投資するのはなんら問題はないようにも感じます。それを禁止・・・って言うのは、広く株主を募集する株取引に於いてインサイダー情報を知っていたほうが圧倒的に有利だからでしょうけれど、それってあくまで投資を短期などのギャンブル対象としてしか見ていないからでしょう。
 そして、実際はインサイダー取引をどんどんやって、そんな事はやってない・・・とばかりに小口の一般投資家を騙しているのでしょう。本当に株取引って矛盾の塊ですね。

>政府主導で金融を縮小&規制(取締り)していくしかないのですが、それができるような政府になるにはまだまだ時間がかかりそう


金融業は現代社会の諸悪の根源だと思います。民主党には全く期待していませんでしたが思いの他よくやっていると思います。でももっともっとディープにやらないと駄目ですね。
それが出来る政府になる前に資本主義経済は破局を迎えそうです。
 この局面で
「またバブルの再来がやってくるから乗り遅れずに儲けよう!」などと言って自負している証券アナリスト達は最低の人種だと思います。

懲りない人々
guyver1092
 以前、何かで読んだのですが、マルチ商法(紛いを含む)の被害者は何度も被害にあうのだと読んだことがあります。
 その文章の筆者は、マルチ商法の勧誘の会合に出かけて、理論的に儲かるはずがない詐欺的商法だとどんなに言っても被害者予備軍は笑って取り合わなかったそうです。
 つまり前回はマルチの末端にいて失敗したが今度はマルチの中心にいるから儲かると・・・

 証券アナリストが懲りないのは、どれだけ騙されても、信じて貢ぐばか者がいるからでしょう。 

悪質なギャンブラー
雑草Z
    guyver1092さん

>前回はマルチの末端にいて失敗したが今度はマルチの中心にいるから儲かると・・・

そう云う考え方も身勝手過ぎますね。・・今度はマルチの中心にいて、マルチの末端にいる人から巻き上げよう・・・って事ですからね。

>証券アナリストが懲りないのは、どれだけ騙されても、信じて貢ぐばか者がいるから

証券アナリストって結婚詐欺みたいですね(笑)彼らが普通のギャンブルのディーラーよりも悪質なのは、ギャンブルに参加していない一般市民まで巻き添えにするところですね。彼らのギャンブルの対象は会社・・・社会ですからどうしようもありません。


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2009-11-05 00:02
庭の花壇にしても、道端の花壇にしても、わざわざ野生には生育しない人手の必要な植物を植えるから、毎年手入れが必要になるのです。タンポポ、つゆ草、ススキ、月見草、昼がお・・・・そのようないわゆる「雑草」であれば手入れは必要ありません。そこに最適な草が生えるのですから・・・


天然林はそのまま放っておいて定常性を保ちますが、人工林は手入れしなければ荒れてしまいます。(その後、放っておけば長い年月をかけて天然林になるのでしょうが・・・・)
そして森としての機能は、天然林のほうが遥かに上回ります。光合成量、生態系の豊かさ、保水性、土壌を肥沃にする作用・・・・


治水にしても、自然の川の周りを固めまくって、川筋を変えたり、大袈裟なダムを作り過ぎて、管理に四苦八苦しています。そのダムも、何年か後には底が埋まってしまうから、堆積物を掘り出さなければなりません。
 原発に至っては、細心の注意を払っても事故ばかりです。挙句の果ては、使用後の核廃棄物を半永久的に管理しなければなりません。・・・原子の安定を破って無理な事をした代償はあまりにも大きいのです。

 今の世の中、多大な労力、エネルギーを投入しなければ、すぐに崩れてしまう定常性のもとに成り立っているから、管理が面倒くさくて難しく、危険なのです。人為的にしっかり管理しなければ定常性を保てない・・・と言う事は、その定常性が不安定だと言う事です。自然を大きくいじって征服してやろうと言う西洋的開拓者精神は破滅と背中合わせの思想でしょう。現代社会には必要のない大げさすぎるやり方が蔓延しています。しっかり管理しなければならない現代社会の大きく自然をいじるやり方は全て脆弱な好ましくないシステムと言うべきでしょう。・・・その手の欧米の自然征服思想が現在の環境問題を引き起こして、切迫した深刻な状態にしてしまったのですから・・。

それもこれも、社会に「経済成長」と言う破局へ突き進む洗脳が蔓延しているからでしょう。

・・・基本的に自然を大きくいじらない事が真の環境対策ではないでしょうか。自然の循環を助けるくらいが丁度良いのです。
簡単な管理で十分に安定するシステム・・・それは自然の循環に逆らわない、自然の循環を補助する程度のシステムでしょう。
本当に有用な科学技術とは、自然の循環を解析して、それを上手く邪魔しないように利用する技術、ちょっとばかり補助するシステムを構築する技術ではないでしょうか?
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【2009/11/05 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

治水の話題
上々
治水の管理は難しい話で、今ちょうど八つ場ダムや川辺川ダムの問題が焦点になっています。
誰しも洪水で家が流される事態は避けたいのは当然ですが、100年に一度の大洪水にとまで言われると、どんな巨大なものになるのか分かりません。

川辺川ダムは九州で地元だったので、色々とニュースがずっと流れていましたが、どうも治水効果と言うところも疑問があるようです。
球磨川の中流域で毎年洪水で浸水する地域がありますが、ここもダムの治水効果があるのかどうか、不明です。
それよりも、この地域は家が数軒しかないところです。ダムを数百億かけて作るより家を移転させた方が安くつくのではと思ってしまいます。

韓国で、北朝鮮がダムから急に放流したために流された事件がありましたが、これもダムが無ければかえって無かった事態です。日本でもダムの放流での増水は時々あります。

どの程度の水害を受容しなければならないか。政治が決めなければいけないことですが。

治水も河を大きくいじらない事が基本でしょう。
雑草Z
    上々さん

なるほど、治水のお話は難しいですね。治水をめぐる紛争は昔から沢山あったようです。

>100年に一度の大洪水にとまで言われると

河川事務所などは、すぐに「予防原理」・・何かあったらどうするんだ・・・とダム作りなどを進めて来ましたが、民主党が言っているように、緑のダム・・・のほうがいいでしょう。・・・緑のダムの考え方は昔からありますが、やはり森林、特に天然林の保水機能は素晴らしいものがあって、ダムは作るものではないと思います。写真の景勝清水のようなきれいな湧水も森林があっての事でしょう。・・・私は山の清水大好きです。

治水・・・と言っても、最近のダムは殆どゼネコンなどに儲けさせることが目的の利権構造である事は明らかですしね。


>これもダムが無ければかえって無かった事態です。

この事件のように明らかな場合でなくとも、河川の氾濫や土砂崩れも、ダムがなければそれほど酷くならなかったであろう災害は多いと思います。

ダムの弊害というものは大きいと思います。八ツ場ダムに限らず、私は、現在民主党政権が見直し中の143のダムなどのほとんどを中止にすべきだと考えます。2009/10/1
【肥大化してしまったゼネコン】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-440.html
に書きました。

文明の宿命
guyver1092
 複雑な管理を要する技術は成長する巨大文明の宿命だと感じます。かみそりの刃のような高度かつ繊細な技術を使わないと成長を維持するだけの切れ味が出ないのでしょう。当然繊細な刃を維持するには高度な技術を持って研ぎ続けなければなりません。

 その挙句、自分の足元まで切り取ってしまったのが現状ですが。


巨大文明の宿命
雑草Z
    guyver1092さん

またしても鋭い洞察ですね。
まさしく、現代文明の必然的な帰着、アキレス腱についての記事ですが、guyver1092さんは、それを独特の言い回しで表現されております。
 その繊細な刃による切り口が、私とはまた違った個性を感じます。
 この
>複雑な管理を要する技術は
自分達の首を絞めて、追い込んでますね。早く抜け出さないと身動きが出来ない状態に陥り、文明は滅びるでしょうね。

利水については
上々
ダムの理由づけの大きいところでは利水がありますね。
最近は水不足で問題になることが、四国以外では少ないようで、大きく取り上げられていませんが、これは農業衰退と工業用水節水のおかげで得られた僥倖みたいなもので、食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要があるかと思います。

>利水
雑草Z
    上々さん

>食料自給率向上なんて言って農業を再興しようとすると、とたんに水不足になるんじゃないでしょうか。

なるほど、言われてみればその可能性は高いでしょうね。
でもそれをダムでまかなうのがいいのか?・・・と考えた場合、出来るだけ脱ダムのほうがいいと考えます。現在の巨大なダムは、あまりにも大げさで人工的過ぎて、コンクリートで固めまくっています。生態系もズタズタで、挙句に森林の緑のダムの機能も大きく低下させています。そして、数十年で埋もれてしまい、それを放流すればまた問題が起こります。
 やはり小規模で、あまりコンクリートで固めないダム・・ダムというよりも溜め池とか堤とか小規模で自然を残したものを沢山作った(残した)ほうが効果的だと思いますがいかがですか?・・2つ前の記事、【鎮守の森2~手水~】に写真を載せた景勝清水も、水飲み場から、小さな泉、沼・・・溜め池に溜まって、それが農業用水として用水路に流れて行きます。こう言う自然を荒さない小規模な利水・・がまだ各地に残っていますが、日本のダム行政は、このような小集落の工夫を潰していったのでしょう。


>世界的に農業用水不足が問題化する中で、本当に大丈夫かは考えておく必要がある

そうですね。リスク分散という意味だけではありませんが、小規模の治水、利水システムを大切に育てていく必要があると思います。それも出来るだけ固めずに自然をいじらない方法で。
 

溜め池
上々
小規模な溜め池を数多く作るというアイデアは考えたことがなかったので、ちょっと意表をつかれた感じです。
確かにトラクターを走りまわらせる大規模農業でなければ、地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれないですね。

長い用水路を作り水を引いて田畑を開発というのも江戸時代の新田開発以来のことかもしれません。それで農業生産増加が可能となり、その結果人口も増えた。
江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。そうすると適正人口はさらに少ないのかも。

小コミュニティー
雑草Z
    上々さん

>地域ごとに溜め池を作って水も自給自足?ということも可能かもしれない 

 持続可能な社会は、小さな地域毎の自給自足が原則だと思います。その小さな地域に適する自然を大きくいじらない小さなシステムがいいでしょうね。

>江戸時代末の3000万人が日本の限界人口と思いましたが、その人口すら国土に無理をさせて増やされたものかもしれません。

確かに自然の採集、狩猟生活なら3000万人は多過ぎるでしょうね。ただ、江戸時代の農業などは、完全な循環型で、化学肥料のように一時的に収穫量を上げて土地をダメにするドーピングとは違うので、許容範囲かと思います。
・・・でも人口はもっと少ないに越した事はないですね。おっしゃるように、3000万人以下のほうが好ましいでしょうね。・・・対外国の「国力」という事を考えなければの話です。
 確実に言える事は、現在の1億人以上の人口は持続不可能であるから、日本の少子化対策は世紀の愚策・・・という事でしょうね。民主党でも新しい少子化担当大臣が決まりましたが、少子化担当省・・・というのは、少子化を食い止めるのではなく、少子化を進め、それに備えた社会システムを作る省庁にすべきでしょう。・・・彼女はわかってんでしょうかね? 

江戸時代
上々
ちょっと出典がどこか忘れてしまったのですが、江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。
石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。
現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということですので、そこが危うくなれば生産力どころか、生存力?も危うくなります。
そうなれば人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。


持続可能な循環型社会
雑草Z
    上々さん

>江戸時代も循環型とはいえず、後期にはかなり森林が衰退してしまったという説もあるようです。

そうですか?・・・循環型社会は人間がちょっと油断すると、循環が断ち切られる事もあるでしょうから、その可能性も小さくないでしょうね。
槌田敦さんの本などには、戦国時代の頃までに日本の森林は結構破壊されたけれど、それに危機感を持って、江戸時代の政策で復活した・・・ という事が書いてありました。


>石炭・石油のエネルギー源に移行する前は薪しかありませんので、その生産力を越える消費をしてしまえば再生不可能になります。

石炭、石油は(・・人類の歴史のスパンでは・・)再生しないので、それらのエネルギーはドーピングの部類でしょうね。持続不可能です。だから、上々さんのお考えのように、出来るだけ人口が少ないほうがリスクは少ないでしょうね。

>現在の議論の国力とは、あくまでもエネルギー源があった上での生産力ということ

その通りだと思います。
私が

>対外国の「国力」


という表現で意味しようとした事は、
人口を減らして、生産も落とす事が持続可能な社会の必要条件ですが、一国だけでそう言う事をしても、他の国に(経済的な意味も含め・・)征服されてしまう・・・という事です。
【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-262.html

に書いた通りです。この事をクリア出来れば、確かに人口は少ないほうがいいですね。



世界全体で考えれば確かに

>人口はできるだけ少ない方がリスクが少なくなります。

ですね。基本的に私も同意見です。 

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2009-11-01 00:02
 環境問題に関してはよく、「出来る事から始めよう」みたいな呼びかけが為されています。まあ、何もやらないよりも、先ずは出来る事から取り組んで行こう・・と言う事は悪い事ではないでしょう。
「出来る事から」と言う意味も、色々レベルがあります。
  ① ちょっと電気や車の使用を控えて減らす・・・と言う事も「出来る事」ですが、
  ② 原発の分(日本で言えば30%程・・)電気の使用を減らして原発をなくす、自家用車を所有しない・・・と言う事も、出来なくはない「出来る事」です。

さて、人類の地球に対する環境負荷が、持続可能な範囲を大幅に超えて久しい現在、
  ① のような、ちょっと減らす程度では、持続可能な社会に戻る事は出来ません。

  ② のように、大きな努力を必要とする「出来る事」のレベルじゃないと持続可能な社会に戻る為事は出来ないでしょう。

 「出来る事から始めよう」・・・と言う場合の「出来る事」とは普通①のような場合で使うでしょうけれど、そんな
 浅いエコロジー運動[shallow ecology movement]では、
 環境悪化のペースを若干遅らせる効果があるだけで、現在の環境問題の根本解決にはならないのです。
 深くて長期にわたるエコロジー運動[deep ecology movement]でなくては、持続可能な社会への移行は望めないでしょう。
私がこのサイトにこれまで書いて来た事は、深いエコロジー運動[deep ecology movement]に通じる思想です。・・・そんな言葉を知ってからまだ数年ですが、確かに私の主張はディープ・エコロジーに通ずるでしょう。・・
 ディープ・エコロジー論についてはしっかり読んだことがないので、少し研究してからこのサイトでも、ディープ・エコロジーの思想についても多少紹介して行こうかと考えています。・・・まあ、これまでの私の考え方とあまり相違はないとも思いますが・・。


持続可能な社会への移行の為には、「大きな努力を必要とする」と表現しましたが、現在の持続不可能な社会に溢れている沢山の無駄な仕事をしなくて済むわけですから、今まで以上に大変な住みにくい社会ではなく、そんなに働かなくて済む楽な社会だと思います。・・・移行が早くて、ソフトランディングの場合のお話ですが・・・。
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【2009/11/01 00:02】 | Sustainability トラックバック(0) |

できる事からの次は?
BEM
私も常々変な言葉だなあと思っていました。
特に環境問題ではよく耳にしますね。
小さな子供でもできること、気軽にできる、誰でもできるボランティア、エコ。
レジ袋、割り箸などでもよく使われ、エコキャップの活動でも免罪符のように使われていたような気がします。

な〜んか違うだろ。
と思っていましたが、できる事から初めて、次の段階に進んでいるんだろうか?
エコキャップで考えてみると・・・キャップを集める→ペットボトルを買わない→自販機のものを買わない→原発の新設をやめる。
ちょっと飛び過ぎかも知れませんが、何事も何のためにやっているかを見失っちゃダメですよね。

我々にとって住みやすい社会を作る事は結構たやすいものかもしれませんね。
大きな企業や一部の人にとっては腹立たしいかもしれませんが♪

できること?
guyver1092
最初のコメント削除してください。

 ソフトランディングするためには、経済がマイナス成長するように、今までより大きな経済成長するために長年かけて組み立ててきた経済の仕組みを根本から作り直すということになると思います。

 その仕組みに手をつけずに、それぞれ個人が勝手にできることをするのみで成り行きに任せるようなことをして、ソフトランディングできるはずがないと考えます。

 提唱者の狙いは、ちょっとの努力でできることをして、本当にしなければいけない努力をしなくても良いような幻想を抱かせて、本当は経済成長を目指す、まやかしではないかと考えています。

 ブラックジョーク
 もし年末に経済のもう一段のそこが抜けたら、「ディープエコロジーがこの世にあるから経済の底が抜けるのだ。」と騒ぎたて、日本がハードランディングするよう画策する黒幕が日本の政府の後ろにいる。


>な〜んか違うだろ。
雑草Z
    BEMさん

>できる事から初めて、次の段階に進んでいるんだろうか?

そうですね。出来る事から始めよう・・・ばかりで何年も何十年も経ってしまったようです。レジ袋や割り箸の廃止なんて、20世紀に完了させておくものでしたね。


>ペットボトルを買わない→自販機のものを買わない

の後は確かにちょっと飛び過ぎかもしれませんね。

→使い捨てのペットボトルや缶の廃止

でしょうか?
でも、環境問題対策には飛躍が大切ですね・・・今回の主題にも通じます

兎も角、原発は飛躍してでも何でもすぐに止めるべきでしょうね。


>何事も何のためにやっているかを見失っちゃダメですよね。

全くその通りですね。エコキャップ運動なんかやってる時ではないですね。・・・こんな事で環境問題が解決に向かっていると思われたら大変です。
 

>我々にとって住みやすい社会を作る事は結構たやすいものかもしれませんね。

そう、無駄な努力はしなければいいのですからね。その為には利権構造を壊し、金融資本家や搾取階級を排除しなければならないでしょう。

経済成長路線は、金融資本家の洗脳
雑草Z
    guyver1092さん

>長年かけて組み立ててきた経済の仕組みを根本から作り直す

もともと経済成長路線は、不可能な環境破壊のシステムですから、早く根本から変える必要がありますね。
・・こんな理不尽なシステムを鵜呑みにしてきた近代、現代の政府も人々も理性というものはどこにいったのかと思います。経済成長の洗脳の歴史を調べて記事にしてみたいと考えています。

最後のブラックジョークはまたまた切れの良いジョークに終わらずに実際に在りそうな事ですね。
それも日本に限らず、世界中に経済の行きずまり、恐慌までも、ディープエコロジー思想のせいにしようとする輩が沢山いるでしょう。

>ハードランディングするよう画策する黒幕

その事の重大さに気付いてか気付かずか、ハードランディングさせようとしているように思える勢力もありますね。 

しっかり考えよう
上々
この話も私もいつも思っていたこととピッタリですね。

今皆が信じさせられているインチキ環境問題ではできることから始めようでも、まあ始めなくてもどうせ問題にもならないことなので、良いようなもんんなんですが。

問題が大きければ大きいほど何から最初に手をつけて解決しなければならないのかを、まず良く考えて決めなければいけないのは当然です。
一見できそうもないことでも、やらなければならないことは実施していかなければいけない場合があります。
これからの世界で、経済縮小という問題は、できそうもないことの最たるものですが、資源・エネルギー供給問題という人類の最難題に直面している現在は、どうしても考えなければいけないことでしょう。

そんな時に簡単にできることだけやっていて良いわけがないはずです。

>簡単にできることだけやっていて良いわけがない
雑草Z
    上々さん

 2つ連続のコメント有難う御座います。


「出来る事から始めよう」

という一見もっともらしいキャッチフレーズも、環境問題に関しては無力だ・・・とその言葉の胡散臭さを感じている方が私以外にも何人もいて嬉しく思います。

>一見できそうもないことでも、やらなければならないことは実施していかなければいけない

現在の環境問題に関しては、まさにそうですね。「出来る事から・・」なんて、プチエコ、シャロウエコロジー運動ばかりやっていても解決になる筈がありませんね。
 社会の構造改革をしてパラダイムシフトしなければ駄目でしょう。
21世紀の現在、エコ替えだとかエコポイントだとかどうしようもない低レベルなインチキ環境問題対策をやっている政策にはがっかりですね。


>経済縮小という問題は、できそうもないことの最たるものですが、資源・エネルギー供給問題という人類の最難題に直面している現在は、どうしても考えなければいけないことでしょう。

そうですね。人間が理性で意図的に経済縮小してソフトランディングしなければ、
 資源や廃棄場の枯渇で、望まなくとも負のフィードバックが起こり、制御不可能な経済の破局が起こるしかないのですけどね。
 後者の場合、大きな環境破壊が起こり、文明崩壊、人類の存亡にかかわるでしょう。

 人類はどこまで理性があるのでしょうね。

 
 

できること…
でなしNo.146
>現在の環境問題の根本解決にはならない

一般の人々は「気づくことからはじめよう」が第一歩ですかね^^

個人のレベルで「できること」をやっていては環境の悪化は止められませんが、その意識が集まって大衆が「現状が非常に危険な方向へ向かっている」ことを大なり小なり理解しはじめれば、大きな変化が起こると考えます。(いつぞやの政権交代のように)

ただ、マスコミなどに洗脳されている人々が気づけるか…これは何かしら象徴的な事件がないと気づけないと思います。。。

パラダイムシフトを早めるためにも何かできることってないものですかね…

気づくことの内容
雑草Z
    でなしNo.146さん

>気づくことからはじめよう

その気づくべき内容は、現代の拡大成長路線では破局に向かっているから、大きく方向転換しなければならない・・・という事でしょう。


本文にも書きましたとおり、
現在の政府やマスコミの言っている「できること」は、
① 現在の経済路線は維持して、そのなかで身近なエコに取り組もう・・・というシャロウ・エコロジーです。
例えば、ペットボトルのリサイクル運動などに身を投じるのは、忙しさの中で本質が見えないかも知れません・・・そこで気づく場合もあるでしょうけれど・・・
「エコ替え」「エコポイント」・・・路線も愚策の極みです・・・経済対策に他なりません。

②のように「出来る事」の意味を「可能な事」と捉えて、拡大路線を止めて、パラダイムシフトに向けて動くことが有効な「出来る事」でしょう。

 はじめの小さな一歩から始まる事は同じでも、それでいいと言うのと、大きな目標があるのとは違いますね。


>パラダイムシフトを早めるためにも何かできること

拡大路線が破局への道・・・と気付くことから始めて、拡大路線のシステムを変える事でしょう。もっと過激に言えば拡大路線の構造破壊でしょうね。
 その為の具体的アプローチは色々あるでしょうね。
例えば、「エコ替え」じゃなくて「エコ止め」・・・今度記事にしたいと思います。

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