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2009-10-29 00:01
 神社の周りには神が降臨すると言われる御神木のある鎮守の森が必要ですが、鎮守の森だけではなく、清水もあるべきですね。
 神社の参道のわきなどにある、柄杓が備えて、水が出て溜めてある施設は、手水舎[てみずしゃ、ちょうずや]と言うとの事です。参拝者が拝礼の前に手や口をすすいで身を清めるところだそうです。子供の頃は何も考えず、単なる水飲み場だと思っていたのですが、宗教的な意味もある施設なのですね。手水の起源は、かつては聖域を訪れる際に周囲に流れる河川の水や湧水で身を清めた事に由来するそうです。しかし、川の水が汚染され、清流や湧水が確保出来なくなったために、それらに代わる施設として境内に御手洗場を設けるようになったのが起こりと言われているそうです。
 最近の神社は・・特に神主が常時滞在していない無人の神社は・・手水舎の水が枯れている場所も多く、ちょっと寂しい感じがいたします。
神社の境内に手水舎があるのは、それはそれで趣があっていいですが、やはり古来のきれいな川や湧水があれば、もっと趣深いですね。そのような場所もまだ各地に残っているようです。そして、ここ、会津の地にも無人の神社で、清水が湧き出ている神社があります。

この場所は、12年ほど前に、もともと清水が湧き出る場所を探していたところ紹介された場所です。(当時は北会津村、現在は会津若松市に合併されました・・)神社の横に伏流水が湧きだす清水です。イトヨもいて、なかなか趣のある清水です。
教えてもらってからは、時々訪れて、お参りをした後、柄杓で一杯水を汲んで飲んでいました。
久しぶりにここを訪れたら、鎮守の森が以前より削られたようです。林自体もう少し広がりがあったような記憶です。清水が溜まっている泉も金網の柵で囲われていました。・・・子供が落ちると危険・・・と言う意味もあるかも知れませんが、金網で囲むのは趣も無くなるし考えものです。・・鎮守の森が削られて行くのは悲しい事です。

さて、この鎮守の森には、普通の(大きな)石の鳥居をくぐって、神社があるほか、横に木で出来た小さな赤い鳥居があって、お稲荷さんが祀ってあります。・・・これも普通に見かける光景でしょう。そして、もう一つ・・・観音堂もあります。・・・そう、神仏混淆[しんぶつこんこう=神仏習合]で神社と寺が一緒に祭られていたのが、明治時代の神仏分離で、同じ敷地内で二つの建物に分けられたのかも知れません。・・・変遷の歴史を調べるのも面白いですね。

 観音堂は、会津三十三観音の一つで、観音巡りも為されているようです。・・・殆ど見かけませんが・・・


田村山1

  ↑↓田んぼの向こうに鎮守の森が見えます。

田村山2

  ↑田んぼをはさんで県道に面しているほうは、
     神社の裏側で、清水が流れ出る泉があります。

  ↓上の写真の後ろ側の神社、観音堂の入り口
    正面の鳥居の向こうが、住吉神社
    右手のお堂が観音堂の養泉寺

田村山3

    

田村山4

  ↑↓正面は住吉神社・・・(初めて名前を知りました・。)

田村山8;住吉神社

  ↓定番の二匹の狛犬迎えてくれます。  

田村山9;住吉神社

  ↓住吉神社の裏手
    囲われている社・・・貴重な建造物か?

田村山15;住吉神社後ろ



田村山5

  ↑↓住吉神社の左手(南側)には
   小さな赤い鳥居の先に稲荷神社がある。

田村山7:稲荷神社



田村山6

  ↑↓住吉神社の右手(北側)には
    観音堂、養泉寺がある。
      (こちらの名前も初めて知りました。)

田村山10;養泉寺



田村山11;養泉寺

  平地にあるのにどうして『・・・山』って言うのでしょうね?
   ・・・今度調べてみたいですね。
    ・・・誰かおわかりでないでしょうか?

田村山12;養泉寺



田村山13;公園の置物

  ↑12年以上前から目を赤く塗られた動物の置物
    (・・ちょっと不気味・だけど、魑魅魍魎とした雰囲気を醸し出している。)
  ↓滑り台・・・枯葉も滑り落ちて、下の部分に溜まっている。
    ※神社は地元の子供の遊び場も兼ねる事多いですね。
   

田村山14;滑り台



田村山16;景勝清水の由来

  ↓神社の裏手に湧き出る清水

田村山17;景勝清水1



田村山18;景勝清水2



田村山19;景勝清水3

  ↑↓清水は、柄杓で汲んで、一杯だけ飲むのがいい・・

田村山20;景勝清水4



田村山21;景勝清水5

  ↑↓沢山湧いてくる清水が流れ出しているごく短い沢。
      ・・・この沢は、ほんの数mで沼に通じている。
    ↓沢の中でも水が湧いている。

田村山24;景勝清水8



田村山22;景勝清水6



田村山23;景勝清水7

  泉から沢に流れ出した清水は、沼に溜まる。
    ・・・トゲチョ(・・イトヨの会津の方言)も住んでいる筈・・
  
田村山25;景勝清水9



田村山26;景勝清水10

  さらに沼の水が、用水路に流れ出していく・・・
   結構な水量・・・沼の中でも水が湧いているのだろう。

田村山27;景勝清水11



田村山28;御神木1

  ↑↓神社の入り口右手の稲荷神社の手前にある大木
     ・・・ここの鎮守の森で一番大きな御神木

田村山29;御神木2



田村山30;御神木3



田村山31;御神木4

  黒っぽくシルエットに見えるのは、
     鎮守の森から外を撮っているから・・

田村山32;御神木5


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【2009/10/29 00:01】 | 森林木のある風景 トラックバック(0) |

鎮守の森
上々
かなり昔になりますが、某大学教授の講演で鎮守の森だけが元来の植生を残しているだけで、他の田畑・山林などすべてが人の手が加えられているものだと聞かされました。
今住んでいる石川県の気多大社の森も全く手つかずの原生林ですが、その樹木の種類は意外に広葉樹が多いことがわかります。
日本の南は本当に照葉樹林帯なんだなと思わせられます。


>鎮守の森だけが元来の植生を残している
雑草Z
    上々さん


 う~ん、なるほど、山奥は別として、人里では、元来の植生を残しているのは鎮守の森の一部だけかも知れませんね。

>気多大社の森も全く手つかずの原生林

それは凄いですね。ネットで調べてみたら、気多大社って随分大きな神社のようですね。そしてその鎮守の森は「入らずの森」と呼ばれているとの事ですね。
「古くから神域として信仰の対象となり、住民の出入りが禁じられてきました。」
とあります。いいですね。訪れてみたいです。・・・そう言えば私は石川県は訪れた事がありません。能登半島とか素敵ですね。

 今回記事にした鎮守の森は、本当に小じんまりした集落の鎮守の森です。それはそれで趣がありますが、原生林とは言い難いでしょうね。・・いつか会津地方の大きな鎮守の森も取材して記事にしたいです。


>その樹木の種類は意外に広葉樹が多い

 手つかずの原生林・・とまではいかなくても天然林は東北地方でも、広葉樹が圧倒的に多いですね。
やはり人工林と言えば杉などの針葉樹を想起しますね。
広葉樹を切って杉を植えた日本の林業の政策は失敗ですね。
この時期、紅葉した広葉樹に混ざって植樹された杉の木の多いところは興ざめです。

 ところで、日本に山奥・・なんてあんまりありませんが、確かに私の住む会津地方にもブナの天然林なども残っています・・ブナの天然林として残っている森の中で世界最大と言われています。

上々さんは、石川県の方だったのですね。再度のコメント有難う御座います。非常に参考になったコメントでした。これからも宜しくお願い致します。

神社の森
上々
石川県には仕事の関係で今年から来ているだけです。
家は九州にあります。
鎮守の森は確かに原生林とは言えず、特に人が出入りすれば下生えは大きく影響を受けますので、違っては来ますが、樹木種はそのままかも知れないと思います。
気多大社の入らずの森は外から見ただけですが、確かに大木もあり、下生えも色々な植物があるようで、植物に興味のある人にとっては面白そうな様子でした。
私はどちらかと言うとキノコ(真菌類)が興味対象なんですが、それも各種ありそうでした。でも入れないのが入らずの森なんですね。
東北地方のブナ林というのは実際に見たことはないのですが、きれいなものなんでしょうか。一度拝見したいものです。

山号といいまして…
でなしNo.146
お寺に「~山」とある場合、そのほとんどが山号と呼ばれるものです。
(普通に山の名前を取っている場合もあります)

起源やら、意味などはあまりよくわかりませんが、意外と街中のお寺にも山号を持つお寺は多いようです。

ところで今回の記事は、画像が多くて、非常に興味深かったです^^

なぜか、古い動物の置物に妙にひきつけられました。
とってもいい味出てますね!


Anthony
うちの近所には住吉神社の総社である「住吉大社」があります。

で、最近、知ったのですが、短い期間ですが、ここに都が置かれていたそうです。



Re:神社の森
雑草Z
    上々さん



 開発のときに、配慮されて残される鎮守の森ですが、周りが伐採されて、小さくされてしまったところも沢山ありますね。御神木となる大木だけ残して切られてしまった鎮守の森もありますね。御神木さえ邪魔だから切る・・・とか云う話もよく耳にしますが、実際開発なんてもう必要ないですね。 開発=破壊 

>私はどちらかと言うとキノコ(真菌類)が興味対象なんですが、

そうですか。観察の対象としてですか?食の対象としてですか?
 私は食の対象としてはワラビなどは採りますが、キノコは種類が多く、毒かどうかの区別がつかなくて自分では取りません。観察が対象なら、真菌類と言うとカビや酵母菌なども興味の対象でしょうか?


>東北地方のブナ林というのは実際に見たことはないのですが

 東北のブナの森は、青森県と秋田県境付近にまたがる白神山地が世界遺産として有名ですが、会津のブナの森も見事です。会津のほうが総量としては多いようです。
 会津のブナの森も記事としてアップしたいと思いました。(冬になる前に写真を撮って来ようかと思います。)



 九州の方なら、石川県は雪が多くて寒く感じますよね?・・暖かい九州より暮らしにくいと感じますか?

『山号』・・と言うのですね。
雑草Z
    でなしNo.146さん

 確かに神社ではなくて、お寺、観音堂のほうの名前が「田村山」でしょう。昔は山に作ったからでしょうか?・・・その山の名前、例えば「田村山」はどこから付けるのでしょうね?・・・興味あります。

>なぜか、古い動物の置物に妙にひきつけられました。 とってもいい味出てますね!

はじめてここを訪れた12年くらい前に、この、目などに血のように赤いペンキを塗られた動物の置物を見た時は、しょうもない悪戯をする輩もいるものだと思いましたが、・・漠然と中学生くらいかなと思いました・・・年季が入るとこれはこれでちょっと不気味な趣があって悪くないかと感じます。・・・訪れる度に確認します(笑)・・・このお寺の公園には滑り台の他に、定番の寂しいブランコもありますが、こっちの置物に気を取られてブランコの写真は撮り忘れました(笑)
 神社やお寺の寂しい(不気味な)公園もいい味出していますね。鎮守の森には邪魔・・・とも言い切れないかと感じます。これからは、鎮守の森に公園があったらそこの寂しいうらびれた遊具もアップしようと思います。・・・他に定番はシーソーですかね?(笑)

「住吉神社」と言う名前
雑草Z
    Anthonyさん

 神社の名前ってその土地土地の固有名詞ではなくて、祀ってある神などの名前だったんですね。

稲荷神社は当然お稲荷さんを祀ってあると思っていましたが
諏訪神社、八幡神社、愛宕神社、熊野神社・・・どれも全国に沢山ありますね。


「住吉神社」をネットで引いたら
「全国に約600ある」
と書かれていました。随分沢山ありますね。その総本山が「住吉大社」ですね。大阪の街中にあるようですが、鎮守の森には天然林で、生態系が豊かなのでしょうか?

PS
「鎮守の森」シリーズは、Anthonyさんのコメント(南方熊楠の事などもコメントされていました)から名付けました。


Anthony
鎮守の森は空襲で焼けたので、鎮守の林程度ですが、天皇家に献上する米を作る田とか畑があります。



大阪は空襲がありましたね。
雑草Z
    Anthonyさん

 空襲で焼けたのは残念ですね。天然林は半世紀ぐらいでは復活は無理なのでしょうか?・・

>天皇家に献上する米を作る田とか畑

は無農薬有機栽培なのでしょうかね?

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2009-10-25 00:02
 かつてゴミのない大陸と言われたアフリカには近年までゴミ箱がないのが普通だったそうです。人々は不用になった物をそこらへんに捨てていたそうです。生ゴミや木で作った物なら動物が食べたり、すぐに腐って分解したから、ゴミ箱は要らなかったのです。・・アフリカに限らず、どこの国でも昔はゴミ箱なんてそんなに必要ではなかったでしょう。

 1990年あたりまでアフリカでは、市場で買った食材を鍋とかに入れて持ち帰っていたのですが、1990年以降、軽くて持ち運びが便利なポリ袋を使いはじめ、市民生活のあらゆる所に普及しました。その結果、大量のポリ袋がゴミとなって町中に散乱して酷い状況になりました。下水道を詰まらせ、水の流れが止まり、蚊が大量発生し、マラリヤなどの伝染病が蔓延しました。雨期には下水が詰まって溢れ出しました。農地に捨てられたポリ袋が風によって畑まで飛ばされてきて、土に埋もれたり農作物にからまったりして、収穫が半分以下に減ってしまった農地もあちらこちらに沢山出て来ました。
アフリカの国の中には、風に吹かれて木に引っ掛かったポリ袋があまりにも多い事から、このポリ袋を『国花』・・と皮肉って呼ぶ国もあるくらいだそうです。

 そこで政府は、ゴミ箱を設置してポリ袋をゴミ箱に捨てる習慣をつけようとしています。ポリ袋を使ってカバンや人形を作っている取り組みもあります。それはそれで悪くないでしょうが、対症療法の感がぬぐえません。・・やはり、元から経たなければダメでしょう。

 現在アフリカでは、ポリ袋の使用や販売を禁止する法律を作ったり、税金を課しても決定的な対策にはなっていない・・・といいますが、それはやり方次第でしょう。やはり、ポリ袋をリサイクルするよりも使わない方向に戻すべきでしょう。買い物袋(・・エコバックなんて大げさな表現です・・)を持って買いに行く事の徹底や葉っぱ等すぐに腐るもので物を包んで売る・・・という昔ながらの文化に戻るべきでしょう。
 腐るプラスチック・・などの研究もされていますが、そんなものを研究開発しなくとも、植物を使えば十分な筈です。

 実はこれはアフリカだけでなく世界中が取り組むべき問題でしょう。ポリ袋をゴミ箱に捨てれば済む問題ではありません。
 日本のようにゴミがしっかり集められても、その処分にはかなり苦労しています。リサイクルでは解決出来ません。・・・その証拠に、ゴミ問題でかなり困っているアフリカなどに日本などの「先進国」と自ら名乗っている国が、経済力に物を言わせて有害ゴミを運んでいます。自分の国で処分しきれなくなったから・・・という身勝手な理由でせす。

 科学技術が問題を解決するのではなく、科学技術がこのシビアな問題を起こした・・という事実にしっかり対峙すべきでしょう。世界では、資源の枯渇問題のほうが大きくクローズアップされていますが、腐らないゴミの大量出現によって、資源の枯渇の前に廃棄物の捨て場の問題のほうがシビアになる可能性がかなり高くなったのではないでしょうか?
 だから、ゴミが出てからの対症療法ではなく、根本解決・・・自然の循環に乗らない物を作らない、使わない・・・という方向に行くべき・・・戻るべきでしょう。


 ゴミ箱に、腐らないゴミを捨てる習慣が確立した社会よりも、ゴミ箱が無くても困らない社会・・・その辺に捨てたものが自然に土に帰り、資源に戻る社会のほうが素晴らしいと思いませんか?。
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【2009/10/25 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

合成の誤謬
guyver1092
 現代文明の技術力はまさしく合成の誤謬の宝庫ですね。何か新しいことをするたびに必ず複数の不都合が生じます。

 ひょっとして人間という生き物は、部分について賢くなると、全体を見る能力が落ちてしまうようにできているのでしょうか。

 具体的な対策としてマイナス経済成長のほかにデポジット制の強化は効果があるかもしれません。理由は産業界が反対しているからです。


以下ブラックジョーク

 自民党政権があのまま続いていたら消費者が消費するための金を全て吸い上げられて、結果的にごみ問題が解決していたりして。

新たな技術は新たな問題を引き起こす。
雑草Z
    guyver1092さん

 私は経済畑の人間ではありませんので、
『合成の誤謬』のような経済用語はあまり慣れてませんが、
guyver1092さんは経済学を離れて使ってらっしゃっている点が、ユニークですね。

>現代文明の技術力はまさしく合成の誤謬の宝庫ですね。何か新しいことをするたびに必ず複数の不都合が生じます。

確かに、新しい技術は、新しい問題を引き起こしている場合が圧倒的に多いですね。・・でも、それを「合成の誤謬」と呼んでいいものかはちょっと疑問です。どういう観点で「合成の誤謬」と言えるのでしょうか?


>具体的な対策としてマイナス経済成長のほかにデポジット制の強化は効果があるかもしれません。

そうですね。先ずは生産縮小ですが、デポジットも不可欠でしょうね。


>理由は産業界が反対しているからです。

あはは!・・・これ、とっても素晴らしいブラックジョークですよ!!・・・ヒット作です。・・・実際そうですから、ブラックジョークと言い切れないのが怖いですね。

 腐らない物質の大量生産大量消費は、深刻な問題を引き起こす事ははじめから十分に予測のついた事だと思うのですが、こんな状態まで放っておく・・・って、ここでも利権が優先されたのでしょうね。 

合成の誤謬2
guyver1092
 私の知っている語彙の中で一番近かったので拝借しました。
「ミクロの視点では正しいことでも(この場合では「便利」なポリ袋を導入する)、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、かならずしも意図しない結果が生じることを指す(アフリカの人々にとってごみはその辺に捨てれば消えていくという認識に反していつまでもごみとして残る)」という感じです。



 新技術を導入した結果、思いもよらぬマイナスが生じているので

予測はどの位出来たか・・
雑草Z
    guyver1092さん

 その言葉の使い方は適切かわかりませんが、
意図するところはよく伝わってます。

>新技術を導入した結果、思いもよらぬマイナスが生じている

と言う事も、その通りだと思う一方、
ポリ袋を使う事の弊害などは、予想できたのではないかと思います。・・ただ、止める機関なり人物がいなかった・・・と言う事になりましょうか?

ゴミはなくなるという認識かぁ・・・
BEM
捨てたものが何代も無くならないという発想はなかったんでしょうね。
確かにポリ袋に代表されるようなプラスチック製品は便利なものではありますが、一度使って便利さを感じてしまったらそれをやめる事は容易ではないでしょう。

日本でもこれだけゴミ問題が何十年も前から提起されているのに、次から次へと新しいゴミになる製品を開発しているのには呆れてしまいます。

アフリカに援助しに出掛けている海外協力隊の持ち込むペットボトル等も大きな問題となっているようですね。
一体何しに行っているのだか。先進国はアフリカや途上国でのゴミの認識が甘過ぎます。

温暖化?で海に沈みかけているツバルも観光客が持ち込むゴミに悩んでいるとか。新製品を作る側の方便にはもううんざりです。

ごみは自然に帰るという認識・・・
雑草Z
    BEMさん

ゴミは自然にゴミで無くなって、自然に帰る・・・という発想は、元々は正しかったのですね。
『文明人』が科学の力で腐らない物を作り出した事が諸悪の根源ですね。それも、大量生産して大量消費するのだから堪ったものではありませんね。
ポリ袋を一度しか使わないと言う発想は恐ろしいと思います。そして、それはアフリカばかりではなく、「先進国」と自ら呼んでいる国々でも同様でしょう。

>一度使って便利さを感じてしまったらそれをやめる事は容易ではないでしょう。

 その結果もたらされる災害を考えたら、止められると思います。・・・ただし、一斉に止める為には法律化が必要でしょうね。

>アフリカに援助しに出掛けている海外協力隊の持ち込むペットボトル等も大きな問題

そうでしょうね。もともと援助しなければならない状態にしたのは、欧米列強の「先進国」ですし、ODAなどの援助も利権がらみで、挙句に腐らないゴミを普及させて、酷過ぎますね。


>新製品を作る側の方便にはもううんざりです。

同感です。

BEMさんのコメント
guyver1092
 BEMさんのコメントを見て、思い出したことがあります。 私の同僚の父の話ですが、大雨が降って増水すると近所の川に粗大ごみを捨ててよく流れていくと大喜びをするそうです。また日本のごみ行政でも必ず埋め立てが行われますが、これは要するに、ごみは埋めたり、水に流せばれば消えてなくなるという意識が、日本人の中にもしっかり根付いたままなことの表れではないでしょうか。

 本当か嘘かは知りませんが、旧日本軍がどこかの熱帯雨林に進軍した際、これほどの森なら何らかの食べられるものがあると判断して、食料を少ししか持たず入ったところ、食べられるものがなくて、ひどい目にあったとか。(現地人の協力者には食料を持たずに行くのは止められたにもかかわらず)

 自分の常識で(古いごみは埋めれば消えるという常識で)新しいものを判断すると、(粗大ごみもプラスチックも埋めれば消える)ひどい目にあうでしょう。

ゴミも地産地消がいいでしょう。
雑草Z
    guyver1092さん

 いつも連続のコメント、有難う御座います。

>ごみは埋めたり、水に流せばれば消えてなくなるという意識が、日本人の中にもしっかり根付いたままなことの表れではないでしょうか。

 無くなるとは思っていなくても、目の前から無くなればひと安心なのでしょうね。だから、ゴミ処分場もよそに作る分には賛成の人も多いのでしょう。・・・そして、田舎に捨てたり、海外に持って行ったりして捨てて、漠然と、まだまだ使い捨て時代が続くと思っている人間が多いのではないでしょうか?・・・実際は捨て場の問題はかなりシビアです。本文にも書いたように、資源の枯渇以上に切迫した問題かもしれないのに、他に持って行ってるだけで、何となくまだまだ大丈夫な気になってしまうのでしょう。


>自分の常識で(古いごみは埋めれば消えるという常識で)新しいものを判断すると、(粗大ごみもプラスチックも埋めれば消える)ひどい目にあう

その通りですね。・・・だからこそ、新しい物の導入には慎重になるべきでしょう。

ゴミも地産地消・・・よそに持って行かないようにする事がゴミの減量に一番効果的でしょう。

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2009-10-21 00:03
 予防原則[Precautionary Principle]とは、深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、科学的に因果関係が十分証明されない状況でも、規制措置を可能にする制度や考え方のことです。科学的な不確実性をもとに、対策を拒否、または遅らせる動きを防止すると言う目的もあるでしょう。

 最近、予防原則と言えば、地球温暖化対策を想起する人も多いのではないでしょうか?・・全世界的な深刻な問題とされていますし、二酸化炭素地球温暖化説懐疑論もあるから、予防原則と言う大義名分が必要なわけです。
 さて、私も二酸化炭素温暖化説懐疑派です。(・・否定派ではありません。あくまで懐疑派です。・・・確かに二酸化炭素温暖化説は科学的に決着のついた問題ではありません。・・科学的決着は当分つかないでしょう・・・) その予防原則が理に適ったまともなものならば、それはそれでいいと思いますが、その予防対策は、とんでもないものばかりです。
 
 原発、二酸化炭素の地下貯留、ハイブリットカーなどへの買い替え補助金・減税、エコポイント・・・どれも更なる環境悪化をもたらすギャグ効果(・・ギャグのように愚かな逆効果・・)な対策ばかりです。・・・環境対策・・・と言うよりも経済対策と言うべきものばかりです。

 何故そんな愚かな対策になってしまうのか・・・?答えは簡単でしょう。環境問題も金儲けの手段にしか考えていない人々が政府を動かしているからです。
 そして、そんな有効性の乏しい対策が堂々と論じられているのは、大気中の二酸化炭素(・・や他の温室効果ガス・・)に特定して減らせばいい・・・という本末転倒な論理がまかり通っているからでしょう。
 二酸化炭素を減らせば放射性廃棄物には目をつぶる・・・先進国が途上国に原発を作って、それで地球温暖化防止に貢献した・・・とする愚かな論理・・・どう考えても二酸化炭素より放射性廃棄物のほうが危険です。・・・と言うより原発こそ予防原則で直ぐに禁止すべきものでしょう。この事は以前【確実に危険なものには適応しない理不尽な「予防原則】にも書きました。
 二酸化炭素地下貯留然り・・・二酸化炭素を発生させてしまっても、空気中に出さなければいい・・・とエネルギーと地下資源を大量に使って無理やり地下の地層に押し込める・・・普通の人なら馬鹿馬鹿しい・・と考える方法でしょう。勿論そのうち漏れ出したりして、また深刻な環境問題に発展するでしょう。
 以上二つの二酸化炭素対策は実際には二酸化炭素もかなり排出しますから、二酸化炭素削減の効果があるかどうかも怪しいところです。

 二酸化炭素排出量を確実に減らし、しかもコストがあんまりかからない方法は、もっとシンプルでしょう。・・・それは、森林を保全する、木を植える、石油を使う量を減らす・・・石油文明社会で石油の使用量を減らす・・・・産業活動の縮小・・・経済縮小に他なりません。

 経済を縮小して石油の消費量を減らせば、二酸化炭素のみならず、窒素酸化物 NOx , 硫黄酸化物SOx ・・も削減できます。・・・つまり酸性雨の原因を減らせる事になります。
 経済縮小によって森林破壊や廃棄物問題をはじめとする環境問題の多くがかなり解決出来るでしょう。
 
化学物質だって作らなければいいのです。

 最も有効な予防原則・・・は経済活動を出来るだけ減らす事です。それに勝る予防原則はないでしょう。

 実際現代社会がこんなに深刻な環境問題を抱えてしまったのは、石油や鉱物などの地下資源の大量消費にしろ、原発にしろ、化学物質にしろ、それが人や生態系にどれだけの打撃を与えるかの検討無しに見切り発車してしまって起こった問題です。だから、予防的措置・・・として、先ずは工業生産を一端止めて、使用していいものかどうか検討するのが真っ当な措置でしょう。安全性が確認されるまで使用しない・・・それが本当の予防原則と言うものでしょう。

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【2009/10/21 00:03】 | Sustainability トラックバック(0) |

予防原則の胡散臭さ
上々
いつも的確なお話ありがとうございます。
予防原則なるものはあちこちで飛び出してきますが、どうも都合のいい時にだけ持ち出されるもののようで、その論者たちの説は一貫しません。
原発にしても風力・太陽光発電にしても予防原則を考えるなら極めて危険なものばかりです。
その中で一番予防する必要のないものが二酸化炭素による温暖化のように感じます。

しまった
guyver1092
 前回のコメントは、今回の記事にこそふさわしかったですね。失敗でした。

 二酸化炭素削減だけについて考えれば、本質はおっしゃるとおりと思います。周辺を言えば、汚染物質(化学物質)が光合成を阻害することは多々あるので、これを規制すれば効果の増進になるでしょう。


・・・なるほど槌田氏の毒物等物品税は良く考えてありますね。石油類のみを規制するより効果的と思えます。

 木を植えるのはしっかり監視しないと、砂漠拡大になります。熱帯雨林の伐採後にユーカリを植えると、ユーカリを切った後は、砂漠になります。ご用心を。


 予防原則としては、教育に経済成長に対する疑問を教えるのはとても効果的と思います。私の経済成長に対する疑問は実は、中学校で経済成長のモデルを習ったときに芽生えました。

>予防原則の胡散臭さ
雑草Z
    上々さん

 はじめまして、初のコメント有難う御座います。


>予防原則・・・どうも都合のいい時にだけ持ち出されるもののようで

 そうですね。経済効果があって、利権が絡んでいるときに出てきますね。・・・儲けになるからやる・・・と言う輩が牛耳ってます。



>原発にしても風力・太陽光発電にしても予防原則を考えるなら極めて危険なものばかり

やはり抜群に危険なのは原発でしょう。・・・放射能はまともに安全な処理の方法がないのですから。・・どれも、費用対効果を考えれば有効ではなく、更なる石油の無駄使いですね。


>一番予防する必要のないものが二酸化炭素による温暖化

 本文にも書きました通り、二酸化炭素温暖化対策はギャグみたいな逆効果の対策が蔓延ってますね。


本当に危機だと考えるなら、早急に工業活動、経済活動を縮小すべきでしょうね。

本末転倒な論理
雑草Z
    guyver1092さん

 温暖化の危機を叫んで、二酸化炭素だけ減らせばいい・・・という主客転倒な、愚かな対策で溢れていますね。
・・・それによって環境汚染は悪化する一方です。

>木を植えるのはしっかり監視しないと、

そうですね。失敗例はそこここにありますね。天然林を保存するのが先でしょうね。

>予防原則としては、教育に経済成長に対する疑問を教えるのはとても効果的

そうですね。それをやって行けば、経済成長の洗脳から抜けられるでしょう。・・・ただ、経済界べったりの政府ではそれを認めないでしょうね。・・・先ず教員が経済成長の愚かさを分かっていなければなりませんね。


>私の経済成長に対する疑問は実は、中学校で経済成長のモデルを習ったときに芽生えました。

へぇ、経済成長の理論を中学でやりましたか?・・・教科書に書いてありましたか?・・それはその先生の独自の授業ですかね?・・・私は経済成長のモデルを学校で習った記憶はありません。中学でそれに気づかれたのは素晴らしい洞察ですね。・・・本来なら、みんな気づくべきでしょうね。いい大人が経済成長論を振りかざすのは、本当に軽率です。・・・それが、国の指導者であったり学者であったりするから始末に負えません。・・・人間ってそんなに愚かな存在なのでしょうか?

経済成長のモデル
guyver1092
 中学だったと思うのですが、そういわれると自信がなくなります。
 習ったことは、資本主義とは、お金を集めてそれを三つにわけ、労働力と、原材料、設備投資に振り分け、製品を作り、売り払って得た金を、労働力と、原材料、設備投資、資本準備金に振り分け、以下これを繰り返すというものでした。

 その当時の疑問は、いっぱいになったらどうなるのか?というもので、自分で考えても何に対していっぱいになるのかわかりませんでした。この回答を得たのは、「21世紀は警告する」からでした。いっぱいになるのは、消費者の払える額に対してでした。経済成長といっても、経済の枠と経済の実質と二つに分かれておりそれぞれ成長するのだとか。そして必ず経済の実質のほうが成長が早く、経済の枠を超えた瞬間、経済の枠を壊してしまうとのことでした。そして番組では、人類は過去二回これを経験していて、第一次世界大戦及び第二次世界大戦であると。


 自分の理解に直してみると要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

地球の生態系の限度
雑草Z
    guyver1092さん


>要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

これはいわゆる「大不況」とか「恐慌」の事ですよね?・・・それは現在主流の多くの経済学者の言っている事と同じですよね?・・ちょっと混乱しませんでしたか?

経済成長が怖いのは、消費者の消費出来る限度云々の話ではなくて、
 有限な限りある資源の地球で、持続可能な地球のキャパを超えて経済成長続けたら、その負荷に人間を含む生物の生活環境、生態系が滅茶苦茶に破壊される・・・と言う事です。・・・guyver1092さんもそのお積りで今までコメント下さいましたよね?

子供のころの理解
guyver1092
 まあ子供の頃の理解の記憶ですので現在の私の理解とは違います。経済システム限定の話です。

>>要は消費者の消費できる限度以上の生産をしてしまうと、破滅がくるよということなんですね。

 すみません。当時の理解のことです。言葉足らずのコメントしてしまいました。
 今はおっしゃるとおり、経済の外にもいろいろ超えられない枠があるのを理解しています。

了解です。
雑草Z
    guyver1092さん


 いや、言葉足らずではなくて、そう言う意味で書かれていましたね。こちらこそ解釈違いで舌足らずでした。
 現在のお考えとは違う事を確認出来て良かったです。

上っ面の対策…
社枯
>原発、二酸化炭素の地下貯留、ハイブリットカーなどへの買い替え補助金・減税、エコポイント

どれも根本的な解決策ではないですよね。
やはり表面上の対策に走っているような感じがします。
それって、"問題"を"問題"として真剣に受け止めていないって事の表れだと思います。
そうやって問題の核心から目を背け、"とりあえず"的な対策に走ったり、「ここぞ」とばかりに利益を得ることに夢中になっていては、いずれ…取り返しのつかないことになりますよね。というか、もう取り返しのつかないところまで来てしまっているのかもしれないですよね…。

>どれも更なる環境悪化をもたらすギャグ効果(・・ギャグのように愚かな逆効果・・)な対策ばかりです。・・・環境対策・・・と言うよりも経済対策と言うべきものばかりです。

「おっしゃる通り。ごもっとも」と頷く直前、不謹慎ながら吹き出してしまいました(ギャグ効果の箇所。すばらしい切れ味です)。
まさしく、と思います。
取り繕ったり、うわべだけの対策ではなく、切れ味の良さを感じさせるほどの抜本的な対策を打ち出してほしいです。

>以上二つの二酸化炭素対策は実際には二酸化炭素もかなり排出しますから、二酸化炭素削減の効果があるかどうかも怪しいところです。

本当に無駄な対策ですね…。お粗末だと思います。

>それは、森林を保全する、木を植える、石油を使う量を減らす・・・石油文明社会で石油の使用量を減らす・・・・産業活動の縮小・・・経済縮小に他なりません。

そうですよね。本当に削減して問題を解決するつもりなら、こういったことが対策として一番に出てくるべきだと思います。
環境問題さえ利用して金儲けをしようとする輩が牛耳っているせいで、ギャグのような対策を打ち出しているんですね。

>それが人や生態系にどれだけの打撃を与えるかの検討無しに見切り発車してしまって起こった問題です。

個人にも言えることだと思いますが、安易な行動というのは恐ろしいですね。
目先の利益にとらわれ、後先考えずに行動すると「こんなはずじゃなかった」って結果になるものだと思います。

Re:上っ面の対策…
雑草Z
    社枯さん

>どれも根本的な解決策ではないですよね。
>やはり表面上の対策に走っているような感じがします。


対症療法的対策ですね。・・・それも、問題をさらに大きく悲惨なものにしています。マッチポンプ的です。メインは経済効果ですね・・・環境悪化は加速するでしょう。。


>切れ味の良さを感じさせるほどの抜本的な対策

これはやはり、経済活動、工業生産の縮小でしょう。・・・そうじゃない方法がある・・・と主張する人がいても、その方法が本当に有効だと検証されるまでは、活動停止にすべきでしょう。・・・それが真の予防原則です。


>安易な行動というのは恐ろしいですね。
>目先の利益にとらわれ、後先考えずに行動すると「こんなはずじゃなかった」って結果になる

現代の経済活動、工業化は、「目先の利益にとらわれた安易な行動」
と言うべきですね。目先の利益で必ず後から大きなしっぺ返しがあるでしょう。環境負荷をしっかり考慮に入れてない安易な工業化、都市化、公共工事などによる環境破壊はかなり酷過ぎます。


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2009-10-17 00:02
 鳩山首相は、国連本部で開かれた国連気候変動首脳級会合の開会式で演説し、2020年までに温室効果ガスを1990年比で25%削減する新たな日本の中期目標を表明しました。

 政権交代して、民主党政権は予想以上に頑張っています。政権交代して本当に良かった・・・と思っている人は多い事でしょう。私も今のところ、今回の政権交代ははじめの期待以上に評価しています。

 しかし、「温室効果ガス1990年比で25%削減」は戴けません。
そもそも、どうして二酸化炭素などの温室効果ガスをどこかの年と比べて何%削減・・・なんて事を目標にするのでしょう?・・・とりあえずの目標・・・と言うのはわかりますが、それにしても日本に限らず世界中が1990年比何%削減・・・と言う事を目標にする事に非常に違和感を覚えます。1990年比では、ヨーロッパに有利で日本に不利だ・・・と言う事ではありません。目標の立て方が変だと言っているのです。
 「削減」と言う言葉を使っていますが、二酸化炭素が地球温暖化の主因だと仮定すると(・・温室効果が大きいとしても、気温の上昇は二酸化炭素濃度に比例・・・なんてレベルではなく、濃度の対数に比例・・程度のものでしょうが・・・。)温暖化は、年毎の排出量の関数ではなく、累積量・・・現在の大気中の二酸化炭素など温室効果ガスの量の関数になるでしょう。ならば、いくら排出量を減らしても化石燃料を使っている間は大気中の二酸化炭素濃度は増加し続けるのです

 産業革命以前の大気中の二酸化炭素濃度の平均は280ppmとされています。そして、現在は380ppmを超えたとされています。
 各国のCO2排出量の計算もかなりいい加減だと思いますが、カーボンニュートラルなどの分は排出量に入れない筈ですから、例え世界中の二酸化炭素排出量を対1990年度90%削減しても、10%排出していると言う事は、これからも地球大気中の二酸化炭素濃度は増えてIPPCなどが危険だと言っている380ppmよりも増えて行くと言う事です。・・・増やさない為には、光合成で木の中に閉じ込める以外には有効な方法はないでしょう。(・・既に木の中に閉じ込める事も考慮して収支計算しているのではないでしょうか。・・・おわかりの方いればお知らせ下さい・・)だから、結局排出量を0にしなければ、地球の温暖化は早晩やってくる・・・と言う事になりましょう。

 CO2温暖化懐疑派の中には(・・私も一応懐疑派ですが・・)大気中に放出された二酸化炭素は殆ど海に溶けるから大丈夫だ・・・と言う人もかなりいますが、海水が酸性化することはそれはそれで問題があるでしょう。・・・海水が炭酸水になれば生態系に大きな打撃があるでしょう。それに、ヘンリーの法則を出すまでもなく、大気中に増えた分の二酸化炭素が全部海水に溶ける訳ではありません。

 IPPCなど、CO2温暖化に警鐘を鳴らす団体が先ず出すべきデータは、このままのペースでCO2の排出が続けば、100年後に気温が何度上がるか・・・などと言う殆ど信頼性のないシミュレーションの結果ではなくて、化石燃料をどの位使うと大気中の二酸化炭素の濃度がどの位になり、その結果世界の気温がどの位になり、どのような気候になるか・・・そして、だから化石燃料(炭化水素)は累積でどこまでしか使ってはいけない・・・あとどの位排出すると、温暖化の程度はどうなり、被害はどの程度になる・・・と言う事ではないでしょうか?二酸化炭素温暖化説を主張する権威は、気候は定常状態と考え、二酸化炭素濃度などの外部条件だけでシミュレーション可能だ・・・としているわけですから・・

 現在埋蔵されている石油や天然ガスなどのいわゆる化石燃料(炭化水素)が全て使われて二酸化炭を発生した場合、地球の大気の二酸化炭素濃度はどの位になり、その結果各地の気温はどの位上がるか・・と言う事にも言及して欲しいと考えます・・・。これまでのIPCCの論調からすればそこまでいけば人類は破滅でしょうか?
 ・・・この辺の定量的な話はあんまり聞きません。世間への露出が少ないと感じるのは私だけでしょうか?・・・ネットでも、なかなか見当たりません。
100年後の気候をコンピュータでシミュレーション出来ると言うのならば、この手の定量的な事もしっかり予測出来る筈でしょう。

 気候も過去からの連続的なものだから、大気の方程式を使って初期値をしっかり入力し、細かく時間を区切って地球全体の大気数値モデルを時間で積分しなければならない・・・だからスーパーコンピュータを使って多くのデータを入力して時系列的にシミュレートしなければならない・・・と言うのなら・・複雑系カオスの地球に関してそのシミュレーションは全く無力でしょう。・・・だって現にいくらスーパーコンピュータを使っても、一週間先の気象予報だってしっかり予測出来ない事は気象学の常識ですから・・。バタフライ効果はコンピュータシミュレーションでは予測出来ません。


 温室効果ガス削減目標・・・と言うけれど、化石燃料(炭化水素)を使っている間は、地球の大気の二酸化炭素は380ppmからさらに増え続けるのです。産業革命以前の280ppmまで下げる・・と言うのなら、光合成で木の中に炭素を閉じ込めるしか有効な手段はないのです。(かなり世界中を木で覆わなければ不可能でしょう。)二酸化炭素の地下貯留は論外です。

 二酸化炭素温暖化説が本当だとしたら、排出量を25%削減したところで、問題を先送りして、温暖化の時期を何年か遅れさせるだけで、解決になっていません。
 二酸化炭素温暖化説を主張するIPCCなどは、あとどれだけ以上化石燃料(炭化水素)を使ってはいけない・・それ以降は、使用量0にしなければならない・・・と言わなければ、ならないでしょう。・・そうしなければ、地球温暖化は防げない筈でしょう?・・かなりシビアな問題の筈です。
 
その事を危機感を持って主張しないのは、ご自分達も二酸化炭素温暖化の脅威をあんまり信頼していないのでしょうか?
その脅威と早急性のプロパガンダに比べて、世界で行われているCO2温暖化対策は、有効性が少なかったり逆効果のものばかりです。このブログでも何度か言及しています。【CO2温暖化説への見解】 ,【COP13を終えて】 など。

 予防原則・・・と言うのなら、早急に石油文明に終焉を告げ、油田に封印すべきでしょう。
2020年とか決められた日までに何%削減・・・ではなくて、石油をはじめとする化石燃料(炭化水素)の使用をストップする・・・でなければCO2温暖化説が正しい場合、地球温暖化は防げないでしょう。
 
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【2009/10/17 00:02】 | CO2 トラックバック(0) |

CO2温暖化懐疑派
guyver1092
>その事を危機感を持って主張しないのは、ご自分達も二酸化炭素温暖化の脅威をあんまり信頼していないのでしょうか?


 じつは、CO2温暖化説派と自称する人は、CO2温暖化懐疑派なのではないでしょうか。だからこそ彼らの主張する対策は、二酸化炭素をより多く排出するものばかりなのでしょう。
※本気で書いてから気がついたのですが、ブラックジョークでも通用しますね。

 CO2の25%削減も化石燃料の消費量を削減すると言うのなら、これらの消費にしたがって撒き散らされている各種毒物の量が減るので完全に無意味ということはないでしょうが・・・

どの位本気なんでしょう?
雑草Z
    guyver1092さん

 いつも素早いレスポンス有難う御座います。

>CO2の25%削減も化石燃料の消費量を削減すると言うのなら、これらの消費にしたがって撒き散らされている各種毒物の量が減るので完全に無意味ということはない


はい、その通りだと思います。使用ペースを落とす事は十分に意味が在りますね。そこを踏まえた上で、『排出量削減』と言う言葉が、あたかも問題を解決しているような印象を持たせているけど、・・彼らの論理からすれば、CO2温暖化・・と言う事に関しては、悪化のペースを落とすだけで、状況を好転させるものではない・・・と言う事をみんながしっかり認識すべきでしょう。・・・年毎の排出量に一喜一憂するものではなく、あくまで累積量が問題の筈です。


>じつは、CO2温暖化説派と自称する人は、CO2温暖化懐疑派なのではないでしょうか。

ホント、ブラックジョークみたいですね。定常状態の二酸化炭素濃度の関数としてある程度まで論じられず、色んなパラメータを調整してシミュレーションしているならば、地球の気候と言う複雑カオス系のシミュレーションはほぼ無意味でしょうね。IPCCのメンバーの多くも懐疑派かも知れません。
 天体の運動のようにニュートン力学で単純に計算出来る物理現象でもない限り
 「コンピュータシミュレーションによる未来予測を信じる程の馬鹿でなし」・・・ですね。


危機は次から次へと
BEM
思えば地球寒冷化という話もありましたし、ヨーロッパでは酸性雨、温暖化の前はオゾン層破壊。
それぞれ全て解決したんでしょうか?
90年比25%減というのはとりあえず、どこかで目標値を決めなければという程度のものなんではないでしょうか。
雑草さんのおっしゃるように、90年のレベルであれば安心なんて保障はありませんよね。

思えば原発推進派がよく「電気がなくなって原始時代に戻っても良いのか!」と言ってました。
温暖化問題ではこのまま温室効果ガスが排出されると大変な事になる。ってなんだか似てるような。エネルギーの使用を止めれば解決するのにそれが止められないってことで。
どちらも一番困るのが電気事業者だったり、大企業だったりして。

油田も原発も封印
雑草Z
    BEMさん

 酸性雨の問題もオゾン層の破壊の問題も解決していない筈ですね。シビアな状況になっているのではないでしょうか?・・・気付いたらもう遅い・・・とはなって欲しくないですね。


>90年のレベルであれば安心なんて保障はありませんよね。

 本文に書いたように、1990年レベルだろうが2010年レベルだろうが、二酸化炭素が温暖化の主因ならば、大気中の二酸化炭素が増え続ければ、毎年の排出量を規制しても、状況は悪化する筈です。だから、先ずは
「大気中の二酸化炭素濃度が何ppmを超えてはいけないから、これから以降の総排出量をどこまで抑えなければならない」
と言うべきでしょうね。100年後の気候のシミュレーションを有効だと言っている研究者なら、遥かに簡単な計算だと思います。・・・そして結局、石油などの化石燃料と呼ばれている物の使用を止める以外に有効な方法はないと思います。


>原発推進派がよく「電気がなくなって原始時代に戻っても良いのか!」と言ってました。

原子力はライフサイクルで言えば一番効率の悪い発電で、やればやるほど石油などの消費も増やします。放射性廃棄物の事も考えれば「原発やってまで、電気は要らない」と言うべきですね。少なくとも「原発やる分は省エネしよう!」と言うべきでしょう。・・・溜まる一方の放射性廃棄物の問題はシビア過ぎますね。
結局、有効な方法は、大量生産大量消費を止めて、脱経済成長・・・しかないでしょう。その事は次の記事に書いています。また宜しくお願いします。

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2009-10-13 00:13
 現代の無節操な自由経済社会には、不要な仕事が溢れています。石油や地下資源によってドーピングされて永続可能なレベル以上に膨張してしまった経済や人口・・・そして、自由市場経済というシステムにおいて、この異常な人口がそれぞれ文明的な快適な生活と呼ばれる、ドーピング漬けの生活を望むが故に、様々な不用な仕事が創造されています。
これら不用な仕事を止めなければ永続可能な社会にシフトは出来ないでしょう。

 不用な仕事はやる必要がないのに、そんな仕事こそ、労働時間も多めになって残業も増えるのです。・・・必要ないものやサービスを無理に売りつけるのですから、なかなか売れず、労働時間も増えるのは当然です。・・・無駄な努力と呼ぶべきかも知れません。・・・そんな無駄な努力、やるべきではない努力をしなければ生活が出来ない人であぶれてしまう現代社会のシステム・・資本主義、市場原理主義は異常なシステムと言うべきでしょう。
 必要のない仕事に労働の価値を見い出さずに、社会の仕事の絶対量を減らせば、一人当たりの仕事時間も当然減るでしょう。・・・・不用な仕事を上手くカットすれば、特に不便も発生せずに、仕事の総量は現在の半分以下に出来るでしょう。・・・つまり、1人当たりの労働時間はずっと減らせるわけです。

 汗水たらして労働するのは自分や家族の為で、それが社会の為にも繋がる・・・と言う事は、よく言われる現代の一般的な価値観ですが、それも現代社会の洗脳の一つでしょう。
・・・現代社会において「社会の為」・・と言うのなら仙人のような暮らし、自然農法などによる自給自足的な暮らし、若しくはホームレスのような暮らしでしょう。つまり、地球に負荷をかけない暮らしです。他の、一見「生産性の高い」と言われている仕事は、大局的に見れば、地球から資源を搾取して、廃棄物を増やし地球に負荷をかけて、環境破壊しているものが多いでしょう。そういう意味で、ホームレスほど環境負荷をかけていない人はなかなかいないでしょう。

 もっとも、しっかり労働もしないで、人が稼いだお金を浪費して贅沢している連中は言語道断です。・・・例えば投資家達・・・ただのギャンブラーであるくせに世界の中心で世の中を動かしている気で偉そうにしている人々です。
・・人に労働させておいて搾取する輩や共同作業で自分だけ手を抜く輩は論外です。


 労働によって不用な物やサービスを作り出して、社会に貢献している・・・と胸を張って言うような価値観はそろそろ見直す時期に来ているでしょう。

 持続可能な社会を築くには、出来るだけ必要のないものやサービスは作らずに、生産活動は控え目に・・・こういう事を是とする社会に移行する必要があるでしょう。

「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。
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【2009/10/13 00:13】 | Sustainability トラックバック(0) |

不要な仕事雑感
guyver1092
 ハードランディング後なら不要な仕事はなくなっているでしょうが、これでは意味ないですね。少なくとも財界はハードランディングをするため日夜努力しているようですが。

 ギャンブル経済が失地回復を狙って活動して結局失敗し、経済のみが痛手を受け、お金の信用がなくなれば不要な仕事もなくなるでしょうが大多数の人々は不幸になるでしょうからやはり意味がないですね。この場合地球環境はハードランディングほどのダメージはないでしょうが。
 ※最近、年末にかけてバブルが発生するとあおっているエコノミストがいるようです。

 無駄な仕事の結果、日本のフードマイレージ世界一を達成してますね。たぶんいろいろな物流も無駄に走り回っているのではないでしょうか。

 無駄なことをすればするほど税金とか補助金で企業が儲かるようになっているのかもしれませんね。

 そういえば槌田氏は牛乳パックの回収は資源の無駄使いといっていますし、武田教授は容器リサイクル法は無駄に資源を浪費させるための悪法といっていますね。

 思い出したのですが、「成長の限界」に優秀な工作機械が導入されたら労働時間を短縮するのが一番賢いといてありました。

>不要な仕事雑感
雑草Z
    guyver1092さん


 ユニークだけども的確で本質を突いた面白いコメント有難う御座います。 


>ハードランディング後なら不要な仕事はなくなっているでしょうが、これでは意味ない

そうですね。ハードランディングの後には人間が疲弊しきって不用な仕事は消えるでしょうね・・・勿論ハードランディングの衝撃が大きければ、文明崩壊で、草木も生えないかも知れませんね。・・・そうならない為の予防です。


>※最近、年末にかけてバブルが発生するとあおっているエコノミストがいる

証券会社などと組んで投資を煽っているのでしょうね・・・金融周辺は、今も実体のない経済で稼ごうと言う輩で溢れていますね。・・・この事も記事にしてもいいかな・・・とも考えていました。

>少なくとも財界はハードランディングをするため日夜努力している

そう、彼らは自分のあり余る財産を増やしてもそんなに満足度は変わらない筈なのに【対数関数的感覚】そんな事の為に地球に対する環境圧を増やす努力をしているから始末に負えません。


>経済のみが痛手を受け、お金の信用がなくなれば不要な仕事もなくなるでしょうが

どんな改革も痛みを伴うでしょうから、この路線が比較的ましかも知れません・・・おっしゃるように

>地球環境はハードランディングほどのダメージはないでしょう


>無駄なことをすればするほど税金とか補助金で企業が儲かるようになっている

 実際のバブル経済、経済成長論理の本質でしょうね。



税制の見直しも面白いかもしれません。
でなしNo.146
マスコミはよく「ものを買わなくなった」とか言いますが、もう必要なものは十分まわりにあるから、「いらない」んですよね。

よくよく言い回しを検証してみると催眠術をかけようとしているのか?と思えてくるほどです。

また、
>しっかり労働もしないで、人が稼いだお金を浪費して贅沢している連中
ですが、

日本の税制では、汗水たらして物を3億円利益を出すとだいたい半分は税金でもっていかれます。

株で3億円利益がでてもかかる税金は2割ほど(笑)

つまり、どうせ大きなお金を儲けるならば、株の類で勝負するべきという事になります。

…これってまともじゃないですよね。
一応、金融の流れを促進するとかいろいろ説明はされていますが、まさに「資本主義」的な税制です。

まぁ、汗水たらしても3億円も利益を上げるような会社はかなり環境に負荷をかけてるハズですから、同情する余地はないのですが、投資家と呼ばれる連中にはパラダイスのような制度はおかしいと思います。

いらない仕事が多すぎる現在、もう一度必要なものといらないものを税制ともども見直してみるべきです。

要らないものは買わなければよい
雑草Z
    でなしNo.146さん

>マスコミはよく「ものを買わなくなった」とか言いますが、

だから「ニーズ」を作り出す・・・って、主客転倒ですね。狂ってます。・・・物を買わなくなったら、生産中止すればいいだけの話です。・⇒・それではメーカーが困るから・⇒・景気活性化・・・本当に愚かな流れですね。・・・実際、資源は限りあるのだから大切に使うべきですね。必要がなければ作らない・・・という選択肢が一番妥当でしょう。・・・その選択肢がないのが、経済成長主義でしょう・・・・社会破滅の理論です。


>言い回しを検証してみると催眠術をかけようとしているのか?

洗脳ですね。経済成長を基本と受け入れるように洗脳されてしまったマスコミなどによる大衆の洗脳。


>投資家と呼ばれる連中にはパラダイスのような制度

>一応、金融の流れを促進するとかいろいろ説明はされていますが、まさに「資本主義」的な税制

 アメリカに習っているのですね。結局資本家の為の社会・・・Capitalist Society ですね。財閥などが傀儡の政治家を利用して作った制度ですね。

>もう一度必要なものといらないものを税制ともども見直し


guyver1092さんと大体同じ意見ですね。私も賛成です。やはり「法の規制」は重要です。


無駄は無駄
社枯
「どんな事も無駄にはならない。無駄なんて何一つない」
といった言葉がありますが(この言葉の言わんとしている事も納得なのですが)、
"本当に"無駄なもの(ムダな無駄)は、やはり"無駄"でしかないと思いますし、何より無駄はカットすべきだと思います。

>汗水たらして労働するのは自分や家族の為で、それが社会の為にも繋がる・・・と言う事は、よく言われる現代の一般的な価値観ですが、それも現代社会の洗脳の一つでしょう。

とても納得です。
このような価値観で"ムダな無駄"を正当化するのは、これまた無駄な行為だと感じます。
専門家ではないので不用意な事は言えませんが、特に日本人はこういった(一見)真面目?な考え方をする傾向にあるのかな、という気がします。
かく言う私もれっきとした日本人なのですが。

全くの余談ですが、私の母も生真面目です。
「汗水たらして働いて得るお金じゃないと残らない」
「悪銭身に付かず」
といった事をよく言っている気がします。
母は「ギャンブル」や「一攫千金」という言葉にすごく嫌悪感を持っているようです。

まぁ私もギャンブルは好きではありませんが、兎も角、
不用な仕事に無駄に汗水をたらす必要はないと思っています。

>一見「生産性の高い」と言われている仕事は、大局的に見れば、地球から資源を搾取して、廃棄物を増やし地球に負荷をかけて、環境破壊しているものが多いでしょう。

そうですね。生産性が高いほど、何かを犠牲にしている可能性が高そうに思います。

>そういう意味で、ホームレスほど環境負荷をかけていない人はなかなかいないでしょう。

なるほど、確かにそうですよね。
そういった視点で考えたことがありませんでした。
また少し視野が広がりました。

>「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。

とても斬新な印象を受けますが、まさしく正論だと思います。「分相応」じゃないですけど、何事もキャパを超えるってのは、その分何かを崩壊させる恐れをはらんでいるものなのではないか、と思いました。

Re:無駄は無駄
雑草Z
    社枯さん

 

>「どんな事も無駄にはならない。無駄なんて何一つない」
といった言葉がありますが(この言葉の言わんとしている事も納得なのですが)

確かにこの言葉の意味する事に一理ありますが、おっしゃるように、無駄なものは無駄・・・ですね。現代社会は、もの凄い無駄に溢れていると思います。


>母は「ギャンブル」や「一攫千金」という言葉にすごく嫌悪感を持っているようです。

まっとうなお考えのお母さまですね。現代社会は、ギャンブラーで上手くお金を集めた人を「成功者」などと呼んでますが、ギャンブラーはギャンブラーですし、違法行為や法律ぎりぎりのグレーゾーン、法に反さなくてもモラルに反する行為で儲けている人々が「成功者」を自覚している場合が多いようです。

>何事もキャパを超えるってのは、その分何かを崩壊させる恐れをはらんでいる

まさに現代の環境問題を深刻にしている原因はそこにありますね。そこが本質でしょう。


>「働かざる者食うべからず」的な価値観から
「食う以上に働くべからず」的な価値観への移行です。

って、絵空事や現実離れ・・・ではなくて段々そのような価値観が広がって行くと感じている今日この頃です。

   +++++++++++  +  +++ +++++++

別々の記事への連続のコメント有難う御座います。これからも宜しくお願い致します。 

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2009-10-09 00:12
 前回【自動車というドーピング】で述べたように、現代社会は自動車と言う大きなドーピングをされた社会です。 

 アメリカでは、GMなどの大手自動車会社は、石油会社やタイヤ会社、トラック会社などと組んで、ダミー会社を設立し、弱小鉄道会社を買収しては閉鎖していきました。【GMはどうやって巨大企業にのし上がったか?】日本の自動車会社は、そこまで悪どくはなかったかも知れませんが、やはりゼネコンなどと一緒になって、無理やりニーズを作り出しては自動車を販売してきました。
・・日本人のみならず、世界中の人々が自動車と言うドーピングをされて自動車依存症にされてきました。
 自動車会社の戦略や国の方針で、公共交通機関よりも自家用車が推進され、日本もアメリカのような自動車社会になってしまいました。・・まだアメリカほど酷くはありませんが、欧米諸国よりは酷い状態になってしまったでしょう。・・日本や欧米諸国に限らず、新興国と呼ばれている国々、発展途上国と言われている国々も自動車社会になんなんとしています。
東南アジアの都市などで、日本よりも酷い交通渋滞になっている映像もよく目にするところです。これらも欧米や日本の自動車会社の戦略によるものが多いでしょう。

 渋滞するから道を作り、道が出来たからまた自動車を普及させる・・・現代経済成長論理の構図の典型です。・・悪循環と呼ばせて戴きましょう。

 自動車社会が持続可能か・・・と考えれば、議論の余地なく持続不可能でしょう。

 自動車を作る場合の地下資源等の消費は大変な量でしょう。地下資源を精錬する為に、出来る製品の何倍もの量の地下資源を掘り出す必要があります。その際、資源の浪費と言う事ばかりでなく、大きな環境汚染を引き起こします。そうやって、作る段階でも多くの資源を浪費し、環境に大きな負荷を与える自動車は、使われる段階でも、どんどん石油を消費します。
 ハイブリッドカーは、テレビなどで盛んにエコだ・・・って宣伝していますが、普通のガソリン車の燃費の2倍程度ですから、大したエコではありません。ハイブリッド車のバッテリー等を作る時、普通の車を作る場合よりも資源やエネルギーを多く使います。自家用車を持たずに電車やバスなど公共交通機関を利用したほうが遥かにエコと言うものです。
 電気自動車は高級なエネルギーである電気を常に使うのですから、もっとお話になりません。ライフサイクルでトータルに考えれば普通のガソリン車より資源の浪費であり、環境負荷が大きいでしょう。

 自動車は燃料の消費も半端ではありません。・・それだけの石油を使って車を使う必要があるのでしょうか・・?。必要のない事に石油を使っている事が大半です。・・・仕事の為に使うのはそれぞれの生活があるから仕方がない・・・とも思いますが、社会全体で見れば、その仕事事態が必要ない場合が殆どです。・・この事に関しては、今までにも何度か言及していますが、また近々記事をアップします。【労働の価値】

普通の新車が廃車になるまでに、20万km走り、燃費が良くて、20km/ℓ だとしても、ガソリンは1万リットル使うのです。つまり実際にはもっと燃費も悪い場合が多いでしょうから、一台当たりの車が、その車の質量の10倍程度のガソリンを使うのです。

 大抵のドライバーは、一生のうちに車を数台乗り換えるでしょう。・・つまり、1人のドライバーは自動車だけで、一生の間でかなりの地下資源と石油を使うのです。10t 否、100t のオーダーではないでしょうか?
 自動車道楽で、一人で何台もの自動車を所有している人など言語道断です。

 
 1人の人間の体重の何十倍ものオーダーの重さの自動車を動かす・・・て、非常に非合理的です。勿論、車輪が付いた車の水平方向の移動では、その重さに対する力を加える訳ではありませんが、(・・上り坂では重さに抗して仕事をしなければなりません。)それでも、1人の人間の体重の10倍以上の重さの乗り物を使うって非常に非合理に感じます。車輪の付いた乗り物を使うにしても、せいぜい乗る人の体重と同じオーダーで十分でしょう。・・・小さいものの技術は日本が得意な筈です。50ccカーとか、かなり小さな移動手段を検討するべきでしょう。石油などのエネルギーを使わないで人力利用の自転車が一番いいでしょう。徒歩で十分の場合もかなりあるでしょう。
 
 自動車も道路も環境破壊の象徴の大きな一つです。現代の自動車社会は、流通に革命を起こしましたが、どんな革命かと分析すれば、持続不可能な社会をしっかり築いた・・と言う評価になりましょうか。世界中で道路が整備されて、各家庭で自家用車を数台持つ自動車社会・・・世界の大手自動車会社はそのような事を目論んで戦略を立てて来たのでしょうが、そうやって作られた道路は、便利なインフラではなくて世界の破滅への道でしょう。
このような自動車社会は持続可能な筈がありません。
 脱自動車社会は、持続可能な社会への必須条件でしょう。
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【2009/10/09 00:12】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

できませんね
guyver1092
成長を続ける巨大文明を維持しようとすると、大きな輸送力が必要で、具体的には日本の隅々まで道路網を整備し、自由度の高いトラックが走り回り、その一方で自家用車をはじめとする麻薬が蔓延する社会になるでしょうが、地球の有限という限界がこれを許しません。成長の限界に突き当たってしまいます。無策のままこれに突き当たると(ハードランディング)一説によれば日本の人口のは4分の1に減少するとのことです。

 ソフトランディングのためにすべきことは、輸送力に制限をかけるのが良いのではないかと考えています。具体的には石油類を多く使えば使うほど税金が多くなる税制というわけです。(前回の意見)

 ちなみに日本のフードマイレージは世界一で二位の韓国の二倍ということなので、このような税制になれば地産地消が多くなり、食料品についてはあまり値上がりしないのではないかと考えています。

蛇足
 一般的なガソリンエンジンは熱効率30%ほどですが、走行時間の90%以上を占める定速走行時(約6分の1負荷)は15%以下(正確な資料見つかりませんでした。どこかにはあるはずですが。)ほどだそうです。ただし、変則比20以上のトランスミッションを作ることができれば、ほぼ全ての運転域で最高効率での走行が可能だそうです。
 ハイブリッド車はこの差をバッテリーにため、部分的にエンジンを止めて燃費を向上させています。追加資源についてはご指摘のとおり。ちなみにプリウスはアトキソンサイクルを採用していて、熱効率は30%以上あるはずです。(当然約6分の1負荷時の効率も普通のエンジンより高い)

 

 電気自動車は発電所で40%、送電の効率が95%、充電効率70%、放電効率70%(鉛電池について。リチウム電池は効率見つかりませんでした)で最終効率は19%弱です。欠点は電池の重さあたりのエネルギー密度で、リチウム電池でもガソリンの1%で航続距離の点から化石燃料車の代わり(トラック等の輸送力)はほぼ不可能なことです。


2009/10/10(Sat) 01:10 | URL | guyver1092 # 元文受信
2009/10/10(Sat) 01:18           訂正文受信 

--------------------------------------------------


>できませんね
雑草Z
    guyver1092さん

>成長を続ける巨大文明を維持しようとすると、大きな輸送力が必要で、具体的には日本の隅々まで道路網を整備し、自由度の高いトラックが走り回り、その一方で自家用車をはじめとする麻薬が蔓延する社会になるでしょう

 そうですね。これまで日本のみならず世界の政府が持続可能性の検討もなく、自動車会社や道路族に踊らされて、そういった愚かで危険な方向に突き進んで来ましたね。

>ソフトランディングのためにすべきことは、輸送力に制限をかけるのが良い

そうですね。それも有効なひとつの手段だと考えます。
名前は『炭素税』ではなく、『地下資源税』とか、もっと広く『環境税』とかがいいと思います。

兎も角、大量生産大量消費に伴う国際分業、地方分業・・・などと言う非常な資源の無駄遣いや環境破壊を止める為にも、食料だけでなく、色々な生活物資を地産地消する事が必要になるでしょう。持続可能な社会にソフトランディングする為の必要条件ですね。


 ++++++++   +++++++   ++++  +++++

こちらで、guyver1092さんのコメントを元文をコピペして訂正箇所を直して、元文は削除させて戴きました。事後承諾になってすみません。
 ・・こちらの管理上の問題です。
・・一つのコメントに一つの返事で対応させておくと、1つの記事に対するコメントが偶数個になり、管理画面で、未対応のコメントや、頂いたコメント数がすぐにわかって便利なので、昨年末あたりからそうしています。

以前も書きましたが、訂正がある場合、訂正したコメント全文を後ろに入れて下されば、前のを削除して対応します。宜しくお願い致します。

  +++++++++

そうそう、訂正された部分

>当然約6分の1負荷時の効率

と言う事は解りませんでした。どういう定義の概念なのでしょうか?宜しければご説明願います。

6分の1負荷
guyver1092
 わかりにくいことを書いてすみません。たとえば2000回転時の全負荷の出力が30馬力のエンジンがあったと考えてください。このエンジンを積んだ車を運転していてエンジンの回転数が2000回転であっても、エンジンいつも30馬力出しているわけではないのです。トランスミッションをはじめとする動力伝達経路の出来にもよりますが、5~8馬力しか出していないばあいもあるそうです。(一定速度で流している場合)5~8馬力しか出していない場合、熱効率は12~13%前後しかないということです。
 
 前回では普通のエンジンの全負荷時の熱効率が30%で6分の1負荷時の効率が13%と仮定した場合、アトキソンサイクルのエンジンは運転域の全域において高く、全負荷時の熱効率が33%で6分の1負荷時の効率が16%になるといいたかったのです。(33%と16%は適当な数字です。実際のプリウスの熱効率は知りません)


ご丁寧に有難う御座います。
雑草Z
    guyver1092さん

 随分自動車のメカニズムにお詳しいですね。・・・ご説明は何となくわかりました。有難う御座います・・・まだ不明の部分もあります。

>アトキソンサイクルのエンジン

・・初めて目にする言葉でどんなサイクルか見当がつきません。

 

現代社会の恐怖
社枯
雑草Z様
おはようございます。(今朝は早起きです)
最近の記事をいくつか拝見させていただいた後で、
時間に追われ、自分自身のことで一杯になり、
無意識ながらも世の中や社会のことが
どこか他人事のようになってしまっていた自分に気づき、
愚かというか情けなく思いました。
今後しばしば記事を拝見しに参りたいです。

確かに話題のハイブリッドカーなど、大したエコではないと思います。
漠然とした見解ではありますが、
そういった新たな技術やエネルギーを用いた車の開発は、
何だか表面的な解決策に走っているのではないか
と感じます。
科学技術が発展し、豊かになり過ぎた現代社会において、
経済活動などの規模の縮小は、
容易に実現可能なものではないかもしれません。
さらなる発明や発展が、さらなる幸せをつくる
かのような認識さえ存在しているような気もします。

ですが本来、自然の摂理に則った生活というものがベストだと思います。
どんな技術を駆使してどんな素晴らしいものを開発しようが、所詮、人工のものは人工のものです。
物を作り出すために必要な資源。
その資源は自然の物であり、
決して人間の物ではないのだと思います。

神様でも何でもない人間は、全くの無から資源を生み出すことなどできないと思います。
その人間が、自然に逆らいながら、
一体いかに持続可能な社会をつくることができるのだろうかと考えたら、壊滅は目に見えていると感じました。

これまで日頃の生活の中で、現代社会の恐ろしさや
問題の行き着く先の不安などあまり考えずにおりました。
私は(貧乏)学生という身分ではありますが、
とりあえず最低限の衣・食・住には困らず生活しており、
社会問題の恐怖や不安を日頃強く肌身で感じることは
ほとんどありませんでした。しかし、とても怖いですね。
現代社会の問題は、
本当に取り返しのつかない、
もうどうしようもないレベルにまで達しているのでしょうか。
一人の力で社会に革命を起こすことは難しいかもしれませんが、
一人ひとりの自覚や意識づけにより変えられるとしたら、
自分にできることは何か。
微力ながらも真剣に考え、感じて行きたいと思います。

近々アップなさるご予定という記事【労働の価値】ですが、
内容に関心があります。楽しみにしております。
また訪問させていただきます。


現代社会・・という一瞬の花火
雑草Z
    社枯さん

 お久し振りの(・・100年振りくらいでしょうか?)コメントですね。丁寧で誠意ある長いコメント有難う御座います。


>自分自身のことで一杯になり、 無意識ながらも世の中や社会のことが どこか他人事のようになってしまっていた自分

これは誰にでもある事でしょう。自分の事ばかりで胸を張って生きている人も沢山いるでしょう。他人事ではない・・と感じて、持続出来ない現代社会の問題を認識して下さった事だけでも記事を描いている甲斐があると言うものです。


>新たな技術やエネルギーを用いた車の開発は、 何だか表面的な解決策

そうですね。解決策と言うよりも、ただ売る為の方便に使っているような感じですね。経済対策であって、有効な環境対策ではありませんね。


>経済活動などの規模の縮小は、 容易に実現可能なものではないかもしれません。

 そうですね。いまだに経済成長主義が多数派ですからね。ただ有限の地球に於いてそれは無理な事であり、経済の発展は社会の崩壊を早める事になるでしょう。ただ、最近、経済成長主義・・・と言うのはおかしい・・と感じる人も増えて来たように感じています。


>全くの無から資源を生み出すことなどできない

 地球は物質に関しては宇宙とのやり取りはほとんどなく、エネルギーだけ出入りのある『閉じた系』である事と、熱力学の法則(・・エネルギー保存則やエントロピーの法則・・)から考えれば、使える地下資源などは減って行く一方で、太陽起源のエネルギーの範囲でしか再生可能なエネルギーはない・・・という基本を認識して資源やエネルギーの利用を考えなければなりません。しかし、そう言った観点での議論がないままに科学万能主義、工業化が進んできたからこんな持続可能でない、一瞬の花火のような社会になってしまったのでしょう。


>自分にできることは何か。 微力ながらも真剣に考え、感じて行きたいと思います。
>今後しばしば記事を拝見しに参りたいです。

有難う御座います。これからも宜しくお願い致します。 

アトキソンサイクル
guyver1092
 一般的なガソリンエンジンは、オットーさんの考えたオットーサイクルといいます。これは圧縮比と膨張比が同じエンジンです。これに対してアトキソンサイクルというはアトキソンさんの考えたもので、複雑なリンク機構で圧縮比と膨張比を別になるようにしたものです。(圧縮比が10で膨張比が15とか)

 熱効率は当時のエンジンの中で群を抜いていたそうですが、突如生産打ち切りになったそうです。ねたにした本の著者は複雑さで故障等が多く、商売としては難しかったのではないかと推測していました。

 このアトキソンサイクルエンジンを簡単に実現する方法を、ミラーさんという人が考えました。方法はふつうのオットーサイクルのエンジンの吸気弁をたとえば半分吸い込んだとこで閉じてしまうのです。この欠点は排気量あたりの出力が小さくなることです。プリウスは一度吸いこんだ吸気を吸気管に押しもどして実現しているようです。

>アトキソンサイクル
雑草Z
    guyver1092さん

 またまたご丁寧なご説明有難う御座います。
本当に自動車のエンジンのメカニズムにお詳しいですね。ご専門ですか?


>圧縮比と膨張比を別になるようにした

ってなかなか素晴らしい発想ですね。



ちょっと最初のコメントへの質問ですが

>一般的なガソリンエンジンは熱効率30%ほどですが、走行時間の90%以上を占める定速走行時(約6分の1負荷)は15%以下

と言う事は、「熱効率30%ほど」と言うのはどういう状態での熱効率を指すのですか?

>変則比20以上のトランスミッションを作ることができれば、ほぼ全ての運転域で最高効率での走行が可能だそうです。

この場合の最高効率と言うのが30%程度・・・と言う事ですか?

次々に質問すみません。

熱効率
guyver1092
 専門ではありません。昔、好きで雑誌を読んで覚えました。

>、「熱効率30%ほど」と言うのはどういう状態での熱効率を指すのですか?

 オットーサイクルエンジンは、スロットルバルブで吸入する空気の量を調節して出力を変えていますが、出力を絞るためにスロットルバルプを閉じるとエンジンに空気を吸い込むために余分な力が必要になります。(細いストローと太いストローで思い切り息を吸い込んでみれば違いが解りますよね)
 熱効率30%ほどという場合は、スロットルバルブ全開でこの損失がない状態です。(全開加速中のことです)

>>変則比20以上のトランスミッションを作ることができれば、ほぼ全ての運転域で最高効率での走行が可能だそうです。

>この場合の最高効率と言うのが30%程度・・・と言う事ですか?

 効率ですが、どうも全ての回転数でスロットルバルプ全開時の効率が同じ30%ということはないようです。(たとえば1000回転のとき26%で4000回転のとき30%とか)
 通常のトランスミッションではスロットルバルプ全開では大概の場合どんどん加速して行ってしまいますが、荷物満載で急な坂を上る場合、加速していかない場合があります。

 変則比20以上のトランスミッションを使えばギア比を非常に高い状態まで持っていけるので、平坦地の定則走行時でも全開加速時でもスロットルバルプ全開にできるそうです。

 ちなみに内燃機関の理論上最高効率はカルノーサイクルの70%で、実現している内燃機関の最高効率は、大型船舶用の50%だそうです。



>熱効率
雑草Z
    guyver1092さん

>熱効率30%ほどという場合は、スロットルバルブ全開でこの損失がない状態です。

なるほど・・・
「エンジンの純粋な入力と出力の理想的な瞬間的熱効率」
みたいなイメージで理解してよろしいでしょうか?

そうすると、実際の燃費みたいなものはまた別の概念で、遥かに低くなる・・・と考えてもいいのでしょうか?

それにしても

>実現している内燃機関の最高効率は、大型船舶用の50%だそうです。

はちょっと意外でした。大型船の熱効率は何故にこんなにいいのでしょうね?・・・カルノー・サイクルからのずれが少ないのでしょうか?


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2009-10-05 00:11
 便利なものって、依存症になってしまうものです。理性で考えれば使う必要のない場合にさえ使ってしまう場合が日常茶飯事です。現代社会はそんなもので溢れていますが、その大きな象徴の一つが自家用車ではないでしょうか。
 ちょっとした距離の用足しに自動車を使う人は普通にいます。距離にして、1km未満でも自動車を使う人は普通に沢山います。500mくらいでも自動車を使う人がかなりいます。
 直接自動車を持っていなくても、ちょっとした距離のところに家族などに送り迎えして貰うと言う事も日常の事でしょう。・・本人ならば1往復で済むところを、送る人が帰って来てまた迎えに行くものだから、結局2往復する事になります。・・かなりな無駄をみんな普通の事としてやっています。
 それならば、便利なようにもう一台車を買ってそれぞれ使えと言う事で一家に複数台自動車があるのも普通になってしまいました。田舎では、電車に乗るのに駅まで自家用車・・・と言う場合も日常の事になっています。通勤で電車を使う人が駅まで自家用車で送って貰ったり、駅前に駐車場を確保したり・・。鉄道会社もパーク&ライドと言うサービスを行っています。(・・・本来ヨーロッパなどで実施されているパーク&ライドとは違う感じです・・)

 自動車そのものばかりではありません。駐車スペースも必要になります。自動車通勤の場合、自宅(近く)と職場両方の駐車スペースが必要になります。それから、各施設・・・公共施設から、様々な小売店、サービス施設まで・・広い駐車場を確保しています。かなりのスペースと経費とが必要でしょう。その店を利用する場合、自動車で来た人も自動車を利用しなかった人も、間接的に駐車場の施設費も払わされている事になるのです。駐車場の面積のほうが売り場の面積より広そうな店舗も沢山見受けられます。・・・全国の駐車スペースは、現在使われている自動車の何倍分もあるでしょう。
・・そのスペースや道路を耕地にしたら・・・耕地でなくとも、そのまま草地や森林にしたら・・と思わずにはいられません。。実際来るべき食糧不足の事態では、駐車場を潰して耕地にしよう・・・という動きも出てくるでしょう。・・それに備えて、駐車場は、コンクリート等で固めず土のままで・・・と思うのですが、今どき舗装していない駐車場は珍しいでしょう。

 現代社会は、必要のない、環境破壊の商売で溢れていますが、自動車社会によって、それが加速された面がかなり大きいでしょう。自動車の普及と道路の整備によって、職場も遠くなり、営業エリアも拡大されています。免許証を持たなければ採用してくれない会社も沢山ありますし、車がないと成り立たない職業も増えました。こんな社会で、運転免許を持たない事や自動車を使わない事は、仕事をするのに同業者と比べて不利になる事が多いのです。【ドーピングしたほうが強い】娯楽も自動車を使って遠くまで行く人が増えました。・・・高速道路の無料化によって、無闇に遠くまで出かける人も激増しました。・・・その結果、移動の時間のほうが、実際に現地にいる時間よりも長いなどと言う事も日常茶飯事時の事となったでしょう。
公共交通機関の利用ならば、まだ時間を有効に使えると言うものです。
 
 一見便利な自動車と言うものを使い過ぎて、歩く量が減り、運動不足に陥り病気になる・・・なんて事も普通によくあることとなって来ました。まさにドーピングです。
 
 最近は若者の自動車離れも進んできた・・・と言う事のみ考察すれば、若者も利口になって来たといえるでしょう。そう、マイカーを持たなければかなりの出費を抑えられ、生活にもゆとりが出てくるというものです。自動車会社の派手なコマーシャルに踊らされずに、自動車というドーピングから解放されていくべきでしょう。・・・と言っても、個人には限界があります。政府も自動車会社優遇政策はやめ、エコカー減税とか補助金なんて全部廃止し、逆に贅沢品として税金を沢山掛け、高速道路も高くすべきです。また、公共交通網をしっかり整備すべきでしょう。
 庶民も、無闇に遠くに行くようなドライブのような娯楽は止めて、もっと有意義な事をしたほうがいいでしょう。・・・別に有意義でなくとも他に楽しくて、環境負荷の小さい娯楽も沢山ある筈です。



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【2009/10/05 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

自動車がいらない社会へ…
でなしNo.146
私も通勤で車が必要なのでマイカーを持っていますが、この出費がなければ、相当自由になるお金があると思います。

ただ、やはり生活を営む上で車を持たないという状況は不利に働く事が多く、このあたりも行政が入ってでも是正する必要があると考えます。

(以前もお話があったと思いますが、車を使ってしなければいけないような仕事は本来必要性がない仕事がほとんどですよね^^)

近い将来、現在の社会体制では乗り切れない状況になった時に、仕方なく規制することになるのかもしれませんが、そうなる前に、時代の流れを見据えていろいろな対策を進めておくべきです。

>自動車がいらない社会へ…
雑草Z
    でなしNo.146さん

 日本も第二次世界大戦後だんだんと社会に車をドーピングされて来ましたね。エンゲル係数ならぬ、自動車係数・・・出費に占める自動車関係の経費・・てかなり多いでしょう。

>車を使ってしなければいけないような仕事は本来必要性がない仕事がほとんど


そう、長い目で見れば、やらないほうが社会の為の場合が殆どですね。

>時代の流れを見据えていろいろな対策を進めておくべき

これまでの自民党政権には望むべくもありませんでしたが、民主党には多少期待出来るかとも思います。・・・でも高速料金無料化・・・などと言ってるようでは駄目ですね。

 しょうもないのは、政府もアメリカのような自動車社会になるのを容認するかのようにどんどんと自動車に優遇して来た事です。・・その結果社会も持続不可能になってしまいました。・・・自動車社会は持続不可能でしょう。・・その事については次の記事に書いてあるので、また鋭い洞察によるコメント期待しています。

 

 


BEM
私は高速道路は個人的な理由で(^^; 地方などは部分的に無料化にして欲しいんで、、その他は全て大賛成です(笑)

如何に車を使わずに生活するかって思ったより簡単なんだって、最近自転車によるようになって感じています。
今思うと、こんな距離に車を使っていたのか! と驚くばかりです。
特に都市部だと、車も自転車も時間的にはほとんど変わりません。

また駐車場を舗装にするというのも、地面からの湿気が車に良くないとか聞いたことがありますが、それも舗装業者の営業でしょうか。
住宅部やほとんど通らない林道なんて土のままでも充分でしょうね。

車はやはりあると便利ではあるので、カーシェアリングのようなものをもっと増やして、車の絶対量を減らしていくべきでしょう。

これまで日本は若者でも気軽に車を買っていましたが、欧州では自動車保険が若年層は凄く高くて、古い中古車しか買えなかったと聞いたことがあります。
不況の要因があるとはいえ、若年層がスポーツカーを乗り回し事故を起こすという事例も減ってきて、車中心ではなく、身の丈にあった生活を考えられるようになったのは良いことだと思っています。

若いころ車が大好きでした
guyver1092
 今は、それほどではありません。しかし、通勤等にあると便利なので所有しています。(田舎だと通勤時間が短くなることが多い)
 ちなみに私の個人的感覚によると、ドーピングというよりは麻薬という感じがします。(若いころを思い出して)
 むだに乗る人は確かに多いですね。私は時間に余裕があれば3キロ位なら歩きます。ちなみに25分かかりません。一生懸命練習しました。(減量のためです)

>政府も自動車会社優遇政策はやめ、エコカー減税とか補助金なんて全部廃止し

 そのとおりですね。するなら炭素を多く使った製品ほど税率が高くなるように工夫した炭素税等で全ての税金をまかなえばよいと思います。


mao
若いころから(今もそこそこ若いですが)車は好きでしたが、
自転車で快適な社会が作れないものかとよく考えていたものです。
今でもその気持ちはありますが、現実問題として、
車からの脱却は難しいですね・・・。

世の中が持続可能な方向に進むための最有力候補は政治主導でしょう。
過去の記事にもあったように、今の社会構造では、
ドーピングしたほうが圧倒的に強いですから、積極的に変える力が
必要かと思います。そういう意味では高速道路無料化は論外ですね。

とは言え、家計が助かるなどと目先の事を考えてしまうのも人の性ですね。

つけが出来て・・
団塊おやじの遺言
半世紀も前の事ですがその地域に様々な個人の商店が
在り豆腐屋さん雑貨屋さん等におかずの足りない時には
しょつ中 食事時に走らされました
今日はお金が無いから ツケでね・・その当時は地域で
殆ど人たちが顔で判り子供でも信用が有った様な気が・・
今は無き昔の思い出です 個人商店は消えました
そして信用貸しの風潮も・・もう隣や近所に誰が住んで
いるのか気にしない社会 バラバラの生活で何をしようが
お構いなし・・他人に迷惑を掛けては駄目よとか個人情報
とか 昔の人と人のつながりは見られませんね
遠い畑の真ん中に大手の巨大な店が出現し一見便利に見えるが
つけで買うなぞ出来っこ無い! 豆腐や納豆を買うのに車が
必要な社会に そして人を疑う社会に 懐かしいあの頃・・

車離れを歓迎しましょう。
雑草Z
    BEMさん

>如何に車を使わずに生活するかって思ったより簡単

その通りなんですよね。・・・でも一方、ちょっとしたところに出掛けるのにも自動車を使うのが習慣になっている人が沢山いますね。・・・それも、早くからエンジン掛けて暖気運のみならず、冷暖房をつけて車内を”快適”にしてから出かける・・・用足し先でも数分だったらエンジンを切らない・・・と言うお馬鹿さんが結構います。そんな事してるからひ弱になってしまうのでしょう。

>地方などは部分的に無料化にして欲しい

そのお気持もわからないでもないですが、現在は田舎ほど道路の恩恵を受けていると思います。高速料金が利権構造を産んで来たのも事実ですが、それは道路特定財源等というしょうもない制度があったからで、一般財源に組み込めば他の予算にもまわせるでしょう。


>車中心ではなく、身の丈にあった生活を考えられるようになったのは良いこと

そうですね。はじめ、若者の車離れを聞いた時は、意外でした。・・・嬉しい誤算です。そのうち「車にお金を掛ける程の馬鹿で無し・・・」という価値観を持つ人が増えればいいですね。現在自動車会社は、若者の車離れに歯止めをかけようと対策を練ってるようですが・・そんな事に引っかからない若者がもっともっと増えて欲しいものです。

 

私も運転は嫌いじゃないですが・・。
雑草Z
    guyver1092さん

 おっしゃるように現代の日本は、田舎ほど、自動車が必要だし、田舎ほど自動車の恩恵に預かっている場合が多いですね。

>ドーピングというよりは麻薬という感じがします。(若いころを思い出して)

そうですね。おっしゃるように「麻薬」のほうが感覚的に合ってますね・・・・「麻薬」と「ドーピング」は本来は違う事ですが、同じニュアンスで使っていました。(・・汗・・笑)だから、ここのサイトでは「ドーピング」で統一して書いてました。


>私は時間に余裕があれば3キロ位なら歩きます

ガソリン代もかからないし、体力もついて一石二鳥ですね。・・因みに私はすぐに自転車に頼ってしまいます。・・・私にとっては自転車が麻薬ですね(笑)

>炭素を多く使った製品ほど税率が高くなるように工夫した炭素税等で全ての税金をまかなえばよいと思います。

また、大胆なご意見ですね。環境税みたいなものを重くするのはいいアイディアですが、炭素税に固定化してはいけないと思います。放射能、有機系塩素化合物だとか二酸化炭素よりも遥かに環境に悪い物質は沢山あります。・・二酸化炭素だけに固定すると非常に危険です。
 それから環境税だけで賄うのなら、かなり広く多額を集めなければなりませんね。直接的ではない固定資産や金融商品からもしっかり環境税を割り出して取るべきですね。

>政治主導
雑草Z
    maoさん



>現実問題として、車からの脱却は難しいですね・・・。

そうですね。おっしゃるように個人レベルでは、限界もありますね。

>ドーピングしたほうが圧倒的に強いですから、積極的に変える力が必要

そのとおりですね。自動車を持っているほうが有利であるという社会を改めなければなりませんね。だからこその

>政治主導

ですね。

  +++++++    ++++++  +++   ++++

maoさん、お久しぶりのコメント有難う御座いましす。・・・気にかかっておりました。 

食料や日用品は、歩いて買い物に行ける範囲のお店ですね。
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん



>遠い畑の真ん中に大手の巨大な店が出現し

郊外型の大型スーパー・・・って便利なようで、非常に不便ですね。・・・そのおかげで、おっしゃるように、町の中のお店が潰れ、どこの街でもシャッター街が普通に見られるようになってしまいました・・・非常に寂しい風景です。
 大きな物や高い買い物ならいざ知らず、食料や日用品を車で買い物に出かけなければならないって非常に不便ですし、車を持っていなかったり運転出来ない人は困ってしまいますね。・・・車があるから不便な社会になってしまった・・・と言えますね。

 それに、食料自給率の低い日本で、畑を潰して大型店舗を作る・・・なんて事はやるべきではありませんね。


私や他の皆さんと違った視点でのコメント有難う御座います。・・こう言う視点も大切ですね。

 

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2009-10-01 00:11
 民主党新政権の前原誠司国土交通相は記者会見で、全国で建設中、または計画段階にある直轄ダムや導水路、補助ダムなど計143事業すべてについて事業継続が妥当かどうかの見直しを行う考えを表明しました。
ダムはもう日本中にあり過ぎます。私の住む地域にある只見川沿いは風光明媚な所ですが、この田舎を流れるたった一つの川でさえ、下流から上流にかけてこれでもかとばかりにいくつものダムがあります。7つくらいでしょうか?
本当にどうしようもないと感じます。もう既にダムの数は十分を通り越して過剰と言うべきでしょう。
 それなのに、今でも、建設途中や計画段階のダムが全国で143もあると言うから驚きです。その原因は何か・・・勿論ダムが必要・・と言うのは建前論でしょう・・・本気でそのダムなどの施設自体が必要だから作ろう・・・と言うのは143のうち殆どないでしょう。・・・先ずは工事ありき・で、あとは、必要そうなところを探し出して、住民にも必要性を説いて、・・・無理に、いわゆる「ニーズを作り出す」・・・と言うやつでしょう。ゼネコンは自社の儲けの為、それに癒着する官僚達は天下りの為・・・八ッ場ダムに限らずそう言う構図・・というのは明らかな事でしょう。・・・だからみんな怒っているのです。

 高度経済成長時代と言う名の悪夢の時代を通して、ゼネコン産業も他の産業同様、どんどん肥大化してきました。肥大化した結果、ゼネコンは毎年毎年沢山の公共工事がなければ生きていけない体質・・・過剰肥満体質・・・になってしまったのです。
 ダム工事など河川事業ばかりでなく、道路工事についても言える事ですが、もうかなり前からかゼネコンは政治家や役人などと組んで必要のない工事を作り出しては、公共工事を行うようになりました。・・・国に限らず多くの自治体でそういう事が行われて来ました。その結果、山も川も平野も盆地も谷も湿原も森も林も自然がどんどん破壊され固められ、生態系もずたずたにされて来ました。・・・後世に振り返れば、大きな愚行であった・・と評価されるでしょう・・・。

 働く人々の生活を守る・・・と言う事は必要ですが、だからと言って必要のない公共工事を増やす・・・と言うのは本末転倒も甚だしいでしょう・・・それならまだ、工事と云う名の環境破壊はせずに、当分の間失業手当みたいなものを払うほうがいいでしょう・・・これ以上の自然破壊はすべきではありません。
 新たな公共工事を続ける・・・と言う事は非常に愚かな対症療法であり、肥大化し過ぎて貪欲で危険になったゼネコンを温存する・・・と言う事になるのです。・・・そう、今やゼネコンは腹を空かせた巨大生物のように危険な存在なのです。この肥大化し過ぎたゼネコンを生き延びさせるために不用な公共工事をやればやるほど、更なる不必要な自然破壊の公共工事を行わなければならなくなるのです。・・・これがケインズ経済の行き着く先でしょう。

 ではどうするか・・・肥大化したものは、縮小するしかないのです。仕事を作らずに、離職するなり職業転換するなりして、ゼネコンをダイエットするしかないでしょう・・・どのレベルまでか・・・と言えば、差し当たって現在ある設備をメンテナンスするのに足りるくらいで十分でしょう。・・・まあ。少子化に伴って、ダムなり道路なりももっと必要なくなって来るでしょうから、修理の必要な施設も減ってくるでしょう。
余談ですが・・・必要なくなった施設は環境再生事業で自然修復・・・には一概に賛成出来ません。人間が手を加えずに自然に風化して行くのが良いでしょう(・・環境再生事業に関しては、また改めて書こうと思います。)

 まあ、兎も角、そこで働く従業員に罪はないかも知れませんが、現在ゼネコンは、肥大化し過ぎて危険な自然破壊組織になってしまっています。危険ではないレベルまで解体、縮小すべきでしょう。
 痛みが伴う事は確かですが、見直し対象の143事業の大半(・・全て・・)の事業を中止するべきでしょう。

 私は民主党支持・・という訳ではありませんが、今回のダムなど計143事業の見直しには賛成です。これまで国土交通省と云うと国土荒らしのイメージが強かったのですが、今回の前原国土交通大臣の事業見直しの毅然とした態度は大いに評価致します。


ゼネコンの事を書かせて戴きましたが、自動車産業、電気産業、運輸業、建築業、鉄鋼業・・そして救いようのない金融業・・・どれもが肥大化し過ぎてしまいました。ここのところの不景気で幾分縮小されたからと言っても、まだこれからもっともっと縮小の方向へ向かうべきでしょう。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2009/10/01 00:11】 | 公共工事 トラックバック(0) |

経済成長
guyver1092
 経済成長を目的とする限り、ゼネコンの肥大化は絶対に必要なことでした。ゼネコンに巨大プロジェクトをどんどん発注し、お金をつぎ込めばつぎ込むほど、下々に余ったお金が滴り落ちて、経済が大発展していきます。

 代償に将来の生物(人類の)の生存基盤を支払って・・・・


 余分なゼネコンは清算していくべきですね。


 そういえば、総選挙の前、何かの雑誌で共産党の「企業の内部留保を労働者の賃金にまわせ」との主張は、会計法から考えると、企業を縮小して、清算してゆくことになるから、問題外だとの記事がありましたが、国内で不要になった企業(および所属する業界)を清算してゆくのに、この方法を使えないでしょうかね。

>ゼネコンは経済成長の象徴ですね。
雑草Z
    guyver1092さん

>ゼネコンに巨大プロジェクトをどんどん発注し、お金をつぎ込めばつぎ込むほど、下々に余ったお金が滴り落ちて、


滴下理論の典型ですね。・・・滴下理論なんて愚かな理論の代表ですが、滴下理論にしても、特に公共工事をする必要はないんですけどね。こんな理論を考えつく御用学者もどうしようのありませんが、それを本気で奨励する政治家もどうしようもない愚かものですね。


>余分なゼネコンは清算していくべきですね。


持続可能な社会への移行必須条件ですね。


>国内で不要になった企業(および所属する業界)を清算してゆくのに、この方法を使えないでしょうかね

資本家優先の資本主義社会では

>企業を縮小して、清算

と言う事はあるまじき事なのでしょう。会社は株主のもの・・・と言う考えですから・・。

でも、会社は従業員のもの・・と言う考え方からすれば、当然企業の内部留保は、従業員や社会にに還元すべきものでしょうね。・・・資本主義が不条理なのですね。

中止になった事業は負の遺産に
松田まゆみ
無駄な公共事業の中止で造りかけのものは、負の遺産としてそのままにしておくのが良いのではないでしょうか。中止になった大雪山国立公園の士幌高原道路も、山肌にジグザグの開削痕が残っていますが、「かつてこんな馬鹿げた工事をしようとした」というメッセージになっています。日高横断道路も然り。法面の崩壊をそのまま残すことで、自然破壊の象徴となります。

そのままにするのはいい方法かと思います。
雑草Z
    松田まゆみさん


 私は本文にも書いたように
環境再生事業にはかなり疑問を持っています。
自分で掘った穴を自ら埋めて、堀る代金と埋める代金をそれぞれ請求するようなものです。・・・はじめから何もしなければいいのです。
 破壊された自然は元に戻るまで時間を要しますが、環境再生事業で、更なる環境破壊が起こる可能性もあります。それに対し、そのままにして置けば、徐々に自然回復するでしょう。

>負の遺産としてそのままにしておく

それも一つの解釈ですね。

 まあ、でも日本中に

>「かつてこんな馬鹿げた工事をしようとした」というメッセージ

が溢れるでしょうね。それをもって、自戒としていくのも一つの方法ですね。 

 

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