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2009-03-29 00:02
 世界恐慌に突入しつつあると言われる現在、世界各国は恐慌対策に躍起になっています。80年前の大恐慌時の、ニューディール政策と同じような対症療法的な景気回復策ばかりに囚われています。
 狂った現代の経済システムそのものにメスを入れようとはしていません。
 

 物が余った状態での恐慌は、富の分配を公平に行い、セイフティネットをしっかり張れば恐れずに足りない事を前回【恐慌が何故『恐』い】で述べました。

 恐慌それ自体は地球の有限性、環境を考慮しない経済システムの歪みから必然的に生じてます。だから、人間がシステムを変えればいいのです。人間が自分達で修正可能なのです。
 食べ物をはじめとした物資が余っているのに、生活の心配をしなければならない経済システムって何なのでしょう?


 恐慌自体より恐れるべきは、それに対する経済刺激策ではないでしょうか。恐慌対策として、消費=浪費 を増やし、新たな物作り、新規産業を立ち上げ、需要の開拓を図ると言う現代主流の対策がどんな結果を引き起こす可能性を秘めているかをしっかり考慮すべきです。
 
 折角、不景気で、資源の浪費が減り、不用な物も作らなくなってきたのです。環境破壊の度合いも小さくなって来たのです。
 そこに恐慌対策・・・とばかりに、景気刺激の為に、公共工事を立ち上げ・・・恐慌の元凶、金融を救い、現在使っている物をスクラップにして物を買わせ・・・景気刺激策は環境破壊を加速するような対策ばかりです。経済立て直しの為に人類の生存環境を破壊すると言うのは本末転倒です。・・・・

 景気刺激策ばかりやっていると今度は逆に物不足が始まるでしょう・・・特に食糧・・・生態系が破壊されたら食料の生産もままならなくなるでしょう。そのほうが恐慌よりも遥かに恐ろしい事でしょう。
 景気刺激策がトリガーになり、環境カタストロフィーが始まらないとも限りません。そうなればもう人間は制御し切れません。

旧態依然とした経済刺激策は、資源、物資を浪費し、生態系を始めとした人間が生存できる環境を破壊します。恐慌を脱する為に、人類が存亡の危機に立たされるのです。
 そんな景気刺激策こそ恐慌そのものよりも遥かに恐い事でしょう。

  恐慌を好機と捉え、狂った経済成長路線を打破し、健全な社会システムを構築する為の絶好の機会と致しましょう。

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【2009/03/29 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

10年後までには…
東京珈琲
アルバイトで毎日コンビニの食料を大量に廃棄してます。それを貰えれば少しは楽になるのですが、そのコンビニでは貰えないんです。欲しい人がいるのに、捨てる事は無いでしょと思います。
ホントこのシステムって何なんでしょうかね。食糧危機がくる前になんとかして欲しいです。
安心して子育てしたいので、10年後までにはみんなに優しい持続可能なシステムを築いて欲しいものです。
無理なら、最近憧れているホームレスにでもなろうかな なんて思います。

パラダイムシフトのチャンス
でなしNo.146
>物が余った状態での恐慌は、富の分配を公平に行い、セイフティネットをしっかり張れば恐れずに足りない

まさにその通りだと思いますし、モノが余っているのですから、せめて余ったモノは足りないところに分配して然るべきですよね。

持続可能な社会では、「たくさんお金があるから幸せ」、「たくさんモノを持っているから幸せ」という価値観を古いものへと押し込み、「幸福度」(?)で人生の充実を感じるような世の中にしたいものです。

あと、労働時間も短くして、考える時間など自由に使える時間を増やせば、生活レベルが落ちても十分実りのある生活ができると思います。

最後になりますが、
とりあえず、この不況で貧富の二極化が加速する向きもあるので、早く資本主義そのものを「破綻」させるべきですよね。
じゃないと、今年の年末の冬の時期には凍死者や餓死者がたくさんでそうです。


不景気でも安定した世の中に・・・
雑草Z
    東京珈琲さん

 物が余って売れなくなった不景気で、生活が窮乏する困る世の中って異常と考えなければなりませんね。

 コンビニで賞味期限切れの弁当などを廃棄するのは、食中毒とか値崩れを防ぐ為とか理由があるのでしょうが、食べ物を粗末に扱うのは良くないですね。・・・食糧危機が迫っているのにとんでもない話です。フランチャイズ店ではその手の規約があるのでしょうが、そんな規約を作るコンビニも嫌らしいですが、融通を利かせて、アルバイトの苦学生にそっとくれるような店長ならいいですね。・・・ばれたらフランチャイズ取り消し・・・でしょうか?

>みんなに優しい持続可能なシステムを築いて欲しい

その為に運動・・・とまでは行かなくても、声を上げて行きましょう。


>最近憧れているホームレスにでもなろうかな

そこまで達観出来ればいい素晴らしいですが、それはそれで色々大変だと思いますよ。

 

健全な社会システムを構築しよう。
雑草Z
    でなしNo.146 さん


 物が余っているのに、生活の心配をしなければならない社会のシステムを当然と受け入れる人々は、経済に洗脳されていますね。そんな異常な社会は人間社会だけですね。


>この不況で貧富の二極化が加速する向きもある

日本は2,30年前まで、所得格差が非常に小さくて、総中流意識だった筈です。・・・それがこの10年ほどで、格差が非常に大きくなりました。・・・日本に限らず世界中で所得格差は開いています。
  資本主義=金権主義=金持ち主導
だからでしょうね。世の中は発展しているのではなく、住みにくくなっているのでしょう。


>「幸福度」(?)で人生の充実を感じるような世の中

それって当然の事なんですが、GDPと言う指数で裕福度=幸福度をはかっている現代社会は経済に洗脳されてます。


 不況で困る事のない健全な社会システムを構築しましょう。・・・それが持続可能な社会へのパラダイムシフトにもなりましょう。

一元的には見ることができない
is-b
先進国、発展途上国との関係に目を向けてみると
消費=浪費という考えに捕らわれることなく
物事をより包括的に見ることができるのではないのでしょうか。

生態系の破壊、確かにおぞましいことです。
ただ、自然の循環を維持そして破壊しながら
人類は発展してきた事実も注目すべきです
その事実なくして今日はあり得ないでしょう。

そして今世界は新しい世界へと足を踏み出そうとしている
それがグリーンニューディール
確かに対処療法的なものかもしれません
しかし対処療法的なものを積分していった先に
正しい答えがあるとも見れるのではないのでしょうか

世界は広い、そして繋がっています

だからこそ私達は一つの視点に捕らわれることなく
物事を多角的に見る必要があるのだと私は思います。

元生徒より

ステレオタイプのご意見です。
雑草Z
    is-b さん
 

 先ず、世の中の主流の不況、恐慌対策は、景気刺激策です。・・ほとんどそれのみです。そう言う意味で一元的対策と言えば、景気刺激策、需要の開拓などと言う事になりましょう。

 現在の普段の生活の中でも無駄な消費が多い中で、景気刺激策によるさらなる消費拡大の部分は、正に、消費=浪費と言えましょう。
 

>対処療法的なものを積分していった先に正しい答えがあるとも見れる

 原因が分からない場合、試行錯誤の先にいい対処法があるだろう・・という事を言いたいのでしょうが、
 この場合原因ははっきりしている訳ですから、対症療法は、先送りして問題を大きくするだけです。
 森林伐採したために谷川に土砂が次々溜まって、その対策として次々に砂防ダムを作っていくようなもの。
別な例で言えば
 サラ金の借金の返済に次々に別のサラ金から借りて(借りさせられて)利息がどんどん膨らんでいくようなもの・・・

グリーン・ニューディール政策は、言葉本来の意味自体はいいでしょうが、実体はビジネス主体で利権構造になっており、環境対策としては逆効果のものが沢山あります。本来の言葉の意味通りの対策に軌道修正するべきです。


くるくる
東京珈琲様

コンビニの廃棄弁当はもらわん方がいいです。
だって、不味いのだもの。
弁当は自分で作りましょう。
飯は自分で作った方が旨いし、経済的だし。
コンビニで弁当売ること自体が本来不要なことです。
街にも飲食店と自販売機多すぎ。スーパー高すぎ。
飯作る時間削って働いて、高い外食や弁当買うとか、
子供と付き合う時間削って働いて、保育園足らないとか、
本末転倒の逆立ち経済は、あんまり楽しくない。
自分の手でお金ではない生活の糧をもっと作り出すような生活をせにゃならんのでしょうな。第一そっちの方が楽しい、生きている実感がある。自給自足とまではいいませんがね。


東京珈琲
くるくる様

からだに良くないのは分かりますが、なんせタダですから。
私は不味いとは感じません。
時間があるときは極力自炊するようにしています。
ですが、廃棄はタダです。
経済的です。棄てるくらいなら貰いたいです。

 >>コンビニで弁当売ること自体が本来不要なことです

確かにそうだと思いますが、実際あると楽です。私の親は朝早く仕事に行くので、弁当や朝食作るとなると、早く起きなければいけません。なのでコンビニで済ませます。
だからといって働く時間を減らせる訳無いですし。
結局は社会を変えなければいけないと思います。

 >>自分の手でお金ではない生活の糧をもっと作り出すような生活をせにゃならんのでしょうな

今の社会では難しいと思います。お金ある人は出来ると思いますが。そうでない人は飯作る時間削って、子供と付き合う時間削って働かないと生活出来ないんです。「お金ではない生活の糧をもっと作り出すような」そんな余裕は無いんです。









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2009-03-25 00:01
 現在、世界は不況を通り越して、大恐慌に突入するかしないかの状況です。
 職を失った人は沢山いますし、多くの財産も失われたと言われます。
  恐慌には『恐』と言う字が付いてますが、何がどうして『恐』いのか、恐慌が何故起こるのか、根本に戻って原因の本質から考えてみるべきでしょう。

 恐慌とはどういう状態かと簡単に言えば、突然始まる深刻な景気後退です。生産が消費を上回った結果、急激に物価が下落し、失業が増え、破産、銀行の取付などが起きる経済の混乱状態の酷いものです。
 80年前の1929年にやはりアメリカから始まった世界大恐慌の教訓から、現在は適切な金融政策で回避出来ると言われていた恐慌が回避出来ずに突入しつつあるのは、金融政策でなんか回避出来ないからに他ならないからでしょう。・・・金融政策が適切じゃなかった、自分の主張する金融政策であれば回避できた・・・などと多くの優秀な(・・・勿論皮肉ですよ。)経済学者達は連日マスコミでのたもうておりますが、何をかいわんや?です。確かに金融政策によって一時しのぎ的な対策は可能でしょうが、崩壊のエネルギーを溜め込み、状況をもっと悪化させるでしょう。金融制度そのものにこそ恐慌の本質的な原因がありましょう。もっと根本まで突き詰めれば、経済成長を目標にした現代社会に於いて、有限の地球で経済成長は続けられないから起こるべくして起こるのです。
 
 恐慌は経済が回らない症状ですが、物資は余っている状態です。不足しているのは物ではなくて需用です。需要がないから物資が回らないだけです。・・不用な物を次々に作って無理に供給しようとしているのが恐慌前夜の状況でしょう。
 そして物を買う事を拒否されたから無理に買わせよう・・・としているのが現在の恐慌対策です。
でも、生活物資が十分にあるのに、何故悲劇が起こるのでしょう?
その原因は富の分配に不公平があるからに他ならないでしょう。
恐慌そのものより
富=物資 の偏在こそ大きな問題
です。最貧国と言われている途上国でさえ有り余る富を持っている一握りの人々が偏在します。その特権階級の人々・・・経済的強者がさらに多くの富を手に入れようとする欲望こそ恐慌の間接的原因とも考えられるでしょう。

 物を公平に分配すれば不況は恐れるに足りない筈です。そしてしっかり分配が出来ないのはシステムに欠陥がある・・・と考えるのが当然ではないでしょうか?
そう、現在の資本主義の経済システムに欠陥があるのです。・・そのシステム欠陥の中心が金融です。金融は拡大を要求します。富める者がさらに富を産む為の錬金術です。金融システムにこそ大きな欠陥があるから恐慌が起こるのです。

 有限の地球で無限の成長は不可能だから、恐慌によって、成長し切った経済を一度大きく下げなければならない状況になるのです。
 つまり有限の地球で成長を前提とした経済・・・金融が中心にいる限り免れないシステム・・・を続ける為には、突然の経済破綻・・・恐慌で経済をぐっと下げなければならない・訳です。・・・経済的強者の論理が存在します。・・・だから財閥等は、実は経済が飽和したとき、意識的に恐慌を引き起こそうとしていないとも限りません。・・・

 物が余ったら、破壊して消費して、廃棄して新たな物を買えば経済が回復する・・・と言う現在の狂った経済システムを根本から変える事を考えるべきです。人間が生存できる地球環境に対する負荷を先ず考えるべきでしょう。

 現在の資本家が動かしている経済、金融中心の資本主義社会において限りない経済成長を追及する限り恐慌は必ず起こるものでしょう。有限の地球では限りない成長は無理な事ですから・・。
 物資がしっかりあるのに恐慌が何故怖いかと言えば、セイフティネットがしっかりしていないからでしょう。そして、金融資本主義が、お金が余っている人々の更なる金儲けの手段・・であれば、しっかりしたセイフティネットは期待出来ないでしょう。何故なら、金融資本主義は搾取が目的ですから・・
 
 恐慌は物資は十分にあるのですから富の公平分配とセイフティネットがあれば本来恐れるものではないでしょう。

恐れるべきは・・・愚かな恐慌対策でしょう。・・次の機会に描きます
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【2009/03/25 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


Anthony
「今の生活水準を下げたくない」という恐怖心。

最貧の僕にも、あります(哀)



分配の不公平
雑草Z
    Anthony さん

やはり、現代社会は富の分配にかなりの不公平がありますね。
 セイフティネットも非常に不十分です。
お金がなくても食べていける世の中がいいですね。


BEM
富の公平な分配はどうしたらよいか。
私もよく考えます。
最終的に一番強いのは食べ物を作っている人じゃないかと思うので、手に汗して働かない「株屋」のような人達には通常の何倍もの料金ふっかけてやれればなあなんて(^^;

でも実際に皆がまっとうな仕事をして、お互い労働をし合えばお金なんて必要ないかもなぁって良いと思いますよ。

全く同感です。
雑草Z
     BEM さん

>最終的に一番強いのは食べ物を作っている人

と言う原則が崩れなければいいですが・・・。


食べ物を作っている人 → 食べ物を持っている人 → 金持ち、強者

と言う図式にならないようにしたいですね。
それなのに、規制緩和とか何とかで、貧富の差が開き、2極化は進むばかりです。


>皆がまっとうな仕事をして、お互い労働をし合えばお金なんて必要ない

そうなんですよね。そう言う方向が好ましいですね。
庶民が団結してそう言う方向を目指したいですね。




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2009-03-21 00:02
 物事には限界があります。その限界が明確か不明確かの違いはあるでしょう。だから、はっきり限界線を引けない場合もありますが、それでもアバウトな限界ラインは存在するでしょう。(宇宙に限界はあるかとかそんな議論は今致しません。)
勿論、科学技術にも限界があります。その限界をしっかり認識するのも大切な科学です。限界を調べてそれに沿った方法を提示するのも科学でしょう。

 色々な条件を考慮した場合、現実の問題として人類は有限の地球上で生きていくわけですからその生活にも自ずと限界があるのは自明でしょう。
いつ頃からの流行かわかりませんが・・・産業革命以降でしょうか?20世紀に入ってからでしょうか?・・・現在も
「人類の無限の可能性」
 とか
「人類に、科学に、限界はない」
などと言う言葉が頻繁に使われています。無限の可能性を追求する事がロマンのある素晴らしいことでもあるように語られています。まるで限界論は可能性を自ら狭めるマイナス思考の如く言われます。その言葉とともに、無限の経済成長みたいな事さえ疑いもなく使っている人の何と多い事でしょう。これらの言葉は実は非常に危険な言葉でしょう。有限の世界の中で無限の成長に挑めば破局は免れません。【成長は破綻への道】です。
 これまでの社会が『無限の可能性』の思想の元にどれだけ破壊されていった事でしょう。

 例えば人間の体が、どんどん成長を続けたら大変です。10代までの成長期の勢いでどんどん指数関数的に体が大きくなり続け、山のように大きくなって、富士山よりも大きくなったら、食べ物だってすぐになくなるし、住むところも衣服も作れないでしょう。人類の数もほんの数人で地球は満杯。・・・・そこまで来る前にとっくに人類は滅んでしまうでしょう。・・・こんなお馬鹿なステレオタイプの例を出すまでもなく、『無限の成長』などと言う可能性は危険極まりありません。・・限界があるからこそ人類も地上の生物も永く滅ばずに生きて来れたのです。
 人間の体も大人の体になれば、あとは成長しないからいいのです。・・・だんだん衰えていくのは悲しい事ですが、それが自然の摂理と言うものです。・・・
 
『成長を続ける事は出来ない』と言う当然のことを受け入れる事は敗北でも何でもありません。それも自然の大切な大切な摂理です。
 20世紀あたりに流行った『無限の可能性』なんて言葉にロマンを感じて踊らされる事はもうそろそろ改めるべきでしょう。21世紀は限界をしっかり認識し限界とうまく付き合う世紀にすべきでしょう。それが人間の理性と言うものでしょう。
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【2009/03/21 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


BEM
子ども達には、君たちには無限の可能性がある!なんてくさい事を言ってしまいますが、成長を続けなければいけない!というのは、よく大企業トップが口にしそうな言葉ですね。
私はそんな大きな会社というのは、強迫観念のように成長し続けなければいけないと考えている事に、なんだか哀れささえ感じてしまいます。
巨額の負債を抱えて倒産してしまう企業は、成長しなければいけないと思い込んで無理をした結果なんだと思います。

もうちょっとゆるゆる生きていきたいんですけど~(^^;

>君たちには無限の可能性がある!
雑草Z
 確かに運命論でなかったら、未来の方向は無限の可能性がありますね。でもそれって、当然過ぎて何の示唆にもなりません(笑)・・・この言葉は子供達に「夢を持て・・」なんて時に言う決まり文句のようになっています。

>強迫観念のように成長し続けなければいけないと考えている事

それ自体辛い事ですが、何よりもその辛さを克服して成長すれば地球環境はより悪くなると言う事を考えなければなりませんね。


>もうちょっとゆるゆる生きていきたいんですけど

そうしたいものです。

限界にを超えようとするから世の中きついのかも知れません。現在考え方を変えれば緩く生きられるのですけどね。

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2009-03-17 00:02
『金融』の意味を調べてみると、お金の融通、つまりお金の余っているところからお金が不足しているところへの流れ・・・などと出てきます。「金融は経済の潤滑油」などとも言われていて、・・経済の拡大に貢献している・・などと説明されています。この説明からもわかるように金融こそ経済拡大の主因です。

 持続可能な社会とは、成長する社会ではなく、安定して定常状態を保つ社会でしょう。
農業でも製造業でも、サービス業でも、安定していれば拡大しなくても持続的にやっていく事が可能です。しかし、金融業は、経済の成長がなければ、成り立つのは難しい商売です。ゼロサム・ゲームでは金融業の取り分がなくなります。勿論経済の成長が無く、成長企業がある分、衰退する企業があるゼロサムゲームでも、そこを見極め、これから成長する企業にのみ投資していけば金融業はやって行ける可能性はありますが、その場合、金融業は経済システムの中心には存続出来ず、社会の片隅に追いやられるでしょう。(それが理想です。)・・・ゼロ成長、マイナス成長が報告されている現在の恐慌は、それを証明しています。・・・今回の恐慌も金融危機から顕著になって来ました・・・。
 お金を借りた者が、その資金を資本に、お金を稼いで、利息を付けて返さなければ、金融業は成り立ちません。「金融が経済の拡大に貢献している」と言うよりは寧ろ「金融は経済の拡大を要求する」と表現すべきでしょう。

つまり、金融は経済成長路線の首謀者と考えられるわけです。

 現代の自由経済社会において、「金融は経済の潤滑油」なんて脇役ではなく、経済の主動力でしょう。経済成長自体を目標にするという、本末転倒な発想も金融業界なら大歓迎でしょう。
 不可能で危険な「無限の成長」などと言う概念に洗脳されている現代社会は、破局に向かって突き進んでいますが、その原動力が、金融です。金融が経済を暴走させ、環境を破壊していると言えましょう。・・・お金の余っている連中がその余剰金を貸して利子を取り、もっとお金を増やそうと言う強欲によって、環境、社会が破壊されるのですから堪りません。金融業者が財閥を築き、政治を左右し、戦争まで焚きつける社会って、とても健全な社会とは思えません。

 百歩譲って、金融業は社会の近代化、インフラ整備に必要だったとしても(個人的には全くそうは思いませんが・・)もう金融業の役割は終わっているのです。これからは安定が必要な社会に、無理に成長を押し付けようとするのが金融業の本質です。
 持続可能な社会にシフトする為には、先ず金融業を社会の隅に追いやる事です。この、破局にひた走る現代社会で、金融危機を、持続可能な社会へのシフトの好機と捉え、マネーゲームの温床、金融業を排除していきましょう。
 
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【2009/03/17 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

金融財閥が世界皇帝。
でなしNo.146
>金融業者が財閥を築き、政治を左右し、戦争まで焚きつける社会って、とても健全な社会とは思えません。

まったくその通りだと思います。

一昔前まで世界の覇権はアメリカにあると言われていましたが、本当の覇権はアメリカ財界を支配していたロックフェラーとロスチャイルドにあったわけです。

私も一刻も早く金融が自壊してくれる事を強く望みます。

本当の意味で持続可能な世の中へシフトしていけば、結果として平等で自由な世の中となると思います。

金融財閥の巨悪
雑草Z
>本当の覇権はアメリカ財界を支配していたロックフェラーとロスチャイルド

やはりそうなのでしょうか?第二次世界大戦も国の利権の争いですが、その火付け役は各国の財閥と言う話もありますね。
 日本も財閥の利権拡大から日清戦争、日露戦争、太平洋戦争・・・と突入したという話もあります。嘘とは言い切れないでしょう。・・と言うより主因とも言えるでしょう。


>本当の意味で持続可能な世の中へシフトしていけば、結果として平等で自由な世の中となる

そう言える でなしNo.146 さんはかなりの理想主義者ですね。
持続可能な世の中と平等な自由な世の中は別概念で両立するとは限らないと思います。両立は難しいのではないかと感じてしまいます。
 持続可能な世の中が平等で自由である事は理想ですが・・・・

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2009-03-13 00:02
 地球は外部の宇宙とエネルギーの交換はするが、物質は交換しない【閉じた系】と考えられる事は前回述べました。
だから地球上で行われている変化はグローバルに考えれば、物質的にはゼロサム[zero-sum]・・差し引きゼロ・・と考えられるでしょう。
ゼロサムゲームとは、全体の利得の総和がゼロになる状況のゲームです。
 例えば仲間内の賭け事がゼロサムゲームの代表例でしょう。ある物の価値が変わらないと考えた場合、その物の売買もゼロサムゲームと考えられるでしょう。

 さて、地球上での経済活動や開発はゼロサムゲームではなく、人間にどんどん利益を産んで行く・・・と考えられてますが、本当にそうなのか考察致します。

 固定市場に於けるパイ取り合戦は、典型的なゼロサムゲームと言われます。それに対し市場が拡大すれば、ゼロサムゲームではなく、全体としてはプラスの利益が出ると言われます。株式はその代表と言われ、経済成長社会において、お金を生み出す素晴らしい仕組みのようにさえプロパガンダされています。しかしそれはかなり軽率と言うものでしょう。・・・市場拡大と言っても勿論地球上での事。
新しく経済圏に取り入れられる人、社会、物事は、今まで経済価値が付けられていなかったのに、経済価値が付けられたから、人間社会にプラスの利益をもたらしたと考えていいのでしょうか?

 例えば新しい良質な地下資源が沢山採掘、精錬されたとしましょう。・・人間社会にとって、今までなかった資源が使えるようになった訳ですから、一見人類全体の財産が増えたように感じますが、その資源はもともと地下にあった物です。人類の歴史がいつまでも続くとすればいつか採掘される資源です。・・・先に使われてしまっただけの事です。・・・もしかしたらもっと後に採掘されたほうがもっと有効利用されたかも知れません。・・そして使ってしまったら、厄介な廃棄物になるのです。・・・リサイクルすればよい・・と言う考え方は熱力学的素養の欠如です。リサイクル活動は、エネルギーの浪費であるばかりでなく、地上に高エントロピーをまき散らしているのです。・・・エントロピーの増加分だけマイナスサムと言うべきでしょう。

 また、例えばそれまで経済圏に取り込まれずに自給自足的な暮らしを営んでいた人々。欧米から見て、野蛮な異文化社会・・が欧米の経済圏に組み込まれた場合、その組み込まれた社会は欧米に搾取されて来ました。欧米から見れば、ゼロサムではなく利益が増えましたが、経済圏に取り込まれた、異文化社会は欧米から搾取された事になりましょう。・・・結局全体で考えればゼロサムです。いや、欧米人に搾取され、命まで奪われた人々の事を考慮すれば、ゼロサムどころかマイナスでしょう。
 
  ゼロサムゲームと呼ばれているものの本質を考えてみると、実際はゼロサムではなくて、全体ではマイナスになっているのではないでしょうか?。そのゲームに使う別の浪費があるからです。
 例えば賭け事、ゲーム参加者のみを一つの系と考えた場合、主催者(胴元)の取り分がマイナス・・・と言う話は当然ですが、そんな事ではありません。主催者の取り分も系に含めて考えてもマイナスでしょう。・・・ゲームに使う道具やエネルギーの消費があるからです。・・・ではそこまで系に含めて地球全体で見ればゼロサムではないか?・・・と言えば、それでも違います。・・・元には戻らないものがあるのです。・・それはエントロピーです。増大したエントロピーの分だけマイナスサムです。そして、そのエントロピーの増加分だけ排熱として宇宙に放出してやらなければ、地球のエントロピーが増えて、使えない廃物が増えるのみです。経済活動の拡大はエントロピーの増大を早めて、熱死[heat death] に向かう速度を加速しているだけです。

 つまり、経済成長がゼロサムゲームからの脱出だと考えるのは近視眼的な見方で、逆に地球全体で熱力学的に考えればゼロサムゲームどころか、だんだんだんだんエントロピーが増える分、マイナスサムであり、自然の循環に乗らない活動は、地球に高エントロピーを貯め込み、地球を熱死に向かわせているのです。

 物質的にゼロサムな地球は、現在高エントロピーの処理をし切れずに、廃棄物がたまる一方です。だんだんだんだん資源が劣化して行くのです。


開発、経済活動によって、子孫にインフラなどの財産を残している事も否定しませんが、それらの活動は、ゼロからプラスを産み出しているのでなく、かなりのマイナス的なもの・・・環境破壊、高エントロピーも産み出しているのです。代償をしっかり払わされているのです。エントロピーと言う言葉を使わなくても、払った代償の大きさ・・悲しい現実・・から目を背けるべきではないでしょう。地球上での活動は、エントロピーの増加分だけマイナスサムゲームなのです。増加したエントロピーを太陽エネルギーが地上に作り出す循環に乗せてやり、排熱として地球外の宇宙に放射してやっとゼロサムと言えるのです。



因みに、余談になりますが・・
 低エントロピーである太陽光をエネルギー源として、地球上での水循環などが起こり、高エントロピーである廃熱を宇宙空間に放出する事によって、地球が熱死[heat death] せずに、定常状態を保つ・・・と言う理論は槌田敦さんの著書(幾つもの本に載っています。・・・槌田敦さんの書物は結構金太郎飴状態です・・・笑)から学びました。彼のオリジナルな発想か他の方がオリジナルかはわかりませんが、画期的な素晴らしい理論だと思います。読んだとき目から鱗の感がありました。
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【2009/03/13 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |

むしろマイナスですよね。
でなしNo.146
経済活動で便利と感じる時が多いという側面は認めますし、快適過ぎるくらいの日常は先人達の様々な積み重ねの上に成り立つものだと思います。

…ただ、経済活動やら文明化やらで「今まで必要なかったもの」を必要不可欠に(洗脳?)してしまうシステムは、やはりマイナス的な要因が濃いように思われます。

このマイナス分は人類が滅びて「ゼロサム」になるものなのでしょうか…

その視点も非常に大切ですね
雑草Z
    でなしNo.146

 今回の記事は、人間社会での経済活動など様々な活動が、閉じた系でも物理的に、ゼロサムゲームではなく、エントロピーの増加の分マイナスサムゲームである事を述べたのですが、説明が雑で、ちょっと別解釈されたかも知れませんね。

 でなしNo.146 さんのおっしゃるような、

>経済活動やら文明化やらで「今まで必要なかったもの」を必要不可欠にしてしまうシステムは、やはりマイナス的な要因が濃い

もその通りだと思います。ここの過去記事で、私も同じような主張をしています。


>このマイナス分は人類が滅びて「ゼロサム」になるものなのでしょうか

意図されている事はその通りだと思います。ただ、地球全体の系として考える場合、人間の活動はエントロピーを増加させた分地球に負の遺産を残した事になりますから、マイナスサムでしょう。生態系を考えてもマイナスサムですね。・・・そして何より恐ろしいのは、人類は地球を熱死[Heat Death] に向かって突き進ませているという事です。
 

 

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2009-03-09 00:02
 地球は有限です。地球外から入ってくるものは、隕石などのわずかな地球外物質と、膨大な太陽光エネルギーです。・・・地球に入ってくる太陽エネルギーは、最終的には地球外に熱として放射され、地球の熱収支をほぼゼロにしています。地球とその外部との物質の出入りはわずかですから、地球は、物質については外部とのやり取りは無く、エネルギーのやり取りはある・・・閉じた系と考えられます。
この閉じた系で、半永久的に利用出来るエネルギーは太陽エネルギー(やその2次エネルギーである風力、水力・・)です。半永久的に利用出来る物質は、その太陽エネルギーが地球に入ってから廃熱として宇宙に放射されるまでの間にエネルギーを与え、エントロピーを吸い取った物質でしょう。蒸発による水、光合成による炭水化物・・・
それ以外のエネルギーや物質はただ、使える量が減っていく方向に進むのみです。その代表が地下資源でしょう。石油石炭は、もともと光合成による化石燃料だとしても、かなりの年月を要した“貯蓄”ですから、それを使う事は、降り注ぐ太陽エネルギーを直接利用する事とは別物でしょう。
 こう考えた場合、現在降り注ぐ太陽エネルギーに起源しないエネルギー、物資の消費は、枯渇に向かう一方です。
新素材、新エネルギーの開発・・・と言っても現在地上にある物質を使う訳ですから、無から有を生じさせれる筈もなく、使える物を消費しているだけです。リサイクルは本質的解決にはなりません。その為にエネルギーを投入しなければなりませんし、エントロピーは増えていくわけですから、品質はどんどん下がっていきます。その物質の量も品質も下げない為には、多大なエネルギーを投入して他の物質のエントロピーが上がる訳ですから、何の解決にもなりません。
新素材、新エネルギーの開発は、長い目で見れば、地上のエントロピーを上げて、廃物を増やすだけです。・・・唯一循環させるには、太陽エネルギーにエントロピーを与えて宇宙空間に熱と一緒にエントロピーを放射する事です。
 だから一般に開発・・・と言う行為はエントロピーを上げて、廃物を増やす行為と捉えるべきでしょう。
環境破壊の少ない、エントロピーの増加の少ない開発は・・・重機を使わずエネルギーは人力を中心にした太陽起源のエネルギー、材料は再生可能な範囲での生物起源の材料中心・・・と言う事になりましょう。
基本的に
 開発=浪費破壊
でしょう。この辺の基礎の部分はもう少し科学者達はしっかり認識すべきでしょう。
この議論・・・閉じた系としての地球とエントロピー的考察・・・無しに資源、エネルギー開発を論じているから人類が住む環境がどんどん破壊されていくのです。世界中の科学者、エンジニアの大多数がそんな基本的な考察無しにエネルギーとか新素材を開発している事は非常に憂慮すべき事でしょう。
閉じた系としての地球とエントロピーの考察無しに 資源、エネルギー問題を考える事無かれ!! 
PS
槌田敦氏の『資源物理学入門』まだ読んでいませんでした。・・・読むべきですね。
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【2009/03/09 00:02】 | 資源・エネルギー トラックバック(0) |


BEM
科学者もエンジニアも結局は経済優先の社会の一角にいるんですよね。
儲からない研究はどこもお金を出してくれないんじゃないでしょうか。
新しいものを開発しようとした時、どうしても既存のエネルギーや資源を使わなければならないというジレンマ。

私も、もう新しい開発はしなくてよいのではないかなと思います。
5年ぶりに電子レンジを買ってしまいましたが、温水便座もブルーレイもない我が家です(^^;
レンジもなきゃ無いで、どうにかなっていたものです。

新しい商品は購買意欲に繋がるのかもしれませんが、それも廃棄物を増やすだけですよね。ヨーロッパでは家具など50年、100年と代々使ったり、イギリスでは傘を直して何十年も使うそうです。我々も見習いたいものですが、買った方が安いという日本のシステムを変えるには、作り手側だけでなく、消費者も考えを改めなければいけないのでしょうね~。

開発は浪費と破壊
雑草Z
    BEMさん

>科学者もエンジニアも結局は経済優先の社会の一角にいる

そこが大問題ですね。結局経済効果伴う研究が脚光を浴びて行きますね。そしてそれは往々にして環境破壊を伴います。


>新しいものを開発しようとした時、どうしても既存のエネルギーや資源を使わなければならないというジレンマ

開発するときに既存の石油などを使っても、その後自立出来ればいいのですが、原子力など結局最後まで石油から独立する事は出来ません。だから2重のエネルギーの浪費です。・・・それだけではなく、放射性廃棄物の問題は半永久的に続きます。
地球が閉じた系である事を考えれば持続可能なエネルギーは太陽エネルギーだけですが、太陽エネルギーは拡散していてエネルギー密度が低いので、大規模システムには不向きです。

人間が望むと望まざるとに限らず地球内部の資源もエネルギーも限りがあり、そこまで来たら枯渇するという現実がある訳です。

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2009-03-05 00:02
ニューディール政策は、先の1929年に起こった大恐慌を克服しようと当時のアメリカ合衆国大統領ルーズベルトが行った政策です。政府が公共事業を中心に財政支出を行い、経済を活性化させるというケインズ理論による政策です。当時の公共事業とは、勿論公共工事中心で、テネシー川流域開発公社を作ってダム建設をしたり、道路、鉄道、空港建設などを行い雇用対策、景気活性化対策としました。・・・高度経済成長時代の日本が最近まで行ってきた景気対策そのままですね・・。でも実際にアメリカが恐慌から抜け出して景気を回復したのは、第2次世界大戦に参戦してからという見方も強く、そこまで含めばニューディール政策は結果論的には成功しましたが、その実態は『軍事ケインズ主義政策』だったと言う事になりましょうか。

 このニューディール政策の21世紀型現代版、とも言えるのが、今回の恐慌対策として出されているグリーン・ニューディール政策です。2008年7月にイギリスを中心にした The Green New Deal Groupが、金融、気候、エネルギーの3つの危機[triple crunch] に対して新エネルギーを中心にしたグリーン・ニュー・ディールの必要性を説いたNEF[New Economics Foundation;新経済事業団]レポートが基になっているようです。この事業団は、市場原理主義や無限の経済成長を前提とする資本主義とは異なる、持続可能で公正な経済社会の在り方を追求している財団との事です。・・まあ実態は経済界の傀儡的な組織かも知れません。しかし、本当に市場原理主義や経済成長を前提としないと言うのならば評価に値するでしょう。

 さて、アメリカ新大統領のオバマのグリーン・ニュー・ディール政策は、今までの土木工事などの代わりに、今世界的に問題になっている環境問題、特に地球温暖化問題対策として環境、エネルギー関連に公共投資して、不況を克服しようとする政策です。クリーンエネルギーに今後10年間で1500億ドルを投資して500万人の「グリーンカラー雇用」を生み、輸入石油を減らし、・・・温室効果ガスを2050年までに1990年比で80%削減するというものです。

 これが世界にも波及して同調する動きが高まっています。
この政策に対して世界は経済効果ばかり期待しているように感じます。再生可能なエネルギー産業は20世紀に自動車産業が果たした役割と同じ役割とも言われています。クリーンエネルギーだけではなく、エコ対策、低炭素社会インフラなどに空前の規模の投資が期待されているといいます。大きな投資対象です。新たな大事業を生み出して育てている訳です。
・・・これで、金融、気候、エネルギーの3つの危機を乗り切ろうとの事です。・・・基本的に、現在の経済体制の維持と言う事になりましょう。・・・・大企業や資産投資家、多国籍企業を儲けさせる事が予想されます。彼らは既に動き出しています。市場原理主義による金融システムの温存・・・と言う事にもなりましょうか?
80年前の恐慌時のニュー・ディール政策と本質的に大差のない感じです。それを狙っている政治家、企業、国家・・・が大部分でしょう。公共投資が、土木事業などの公共工事から、再生可能なエネルギーを中心とした環境産業に移っただけです。・・・環境産業のほうがこれからの市場拡大が期待出来、経済効果も高いからでしょう。目指すところはいわゆる【持続可能な経済成長】という詭弁の世界。

 グリーンニューディール政策の中心となる【石油代替エネルギーシステム】の大規模な風力発電や太陽光発電は、地下資源も大量に使います。まだまだエネルギー産出比が低く、石油の浪費になりかねません。別の様々な環境問題を引き起こすでしょう。・・そこがこれからの技術開発・・と言うところでしょうが、環境問題はさらに悪化・・と言う笑えない逆効果になるかも知れません。しかし、経済効果が上がればそれでもいいというスタンスでしょう。


『グリーン・ニュー・ディール政策』と言う本来の意味は、
『グリーン』は緑の・・・環境を考えた と言う意味
『ニューディール』は、新規まき直し・・・新たな経済政策で富を再分配すると言う意味です。
それを考えるなら、森林保護や工業から農林水産業への転換、国家が経済に大きく関与してもいいから、マネーゲームは終わりにして、市場原理主義から脱却して脱成長の世の中に移行する事を考えるべきでしょう。勿論金融なんて必要ありません。機械は極力使わずに人力中心の労働。つまり、エネルギーも資源も極力減らす方向へ・・・これが本来のグリーン・ニュー・ディール政策の在り方だと思います。・・・そのほうが投資額も小さくて済むでしょう。
・・・でも、投資額が少なくマネーの動きも少ないこの方向には進まないでしょう。・・【人海戦術】でやれば、環境破壊が小さく、雇用対策効果も大きく、資源とお金の節約にもなるのですが、もっと浪費しなければその政策は良くない・・・と言う事になるのでしょう・・・嘆かわしい事です。・・ここを打破する政治家に現れて欲しいものです。・・・残念ながらオバマはその器ではありませんでした。
・・・環境問題をシビアに捉えればそういう選択方向を考慮すべきであるのに、経済効果優先の『グリーン・ニュー・ディール政策』 はその理念は形骸化されてしまい、環境問題を本質から解決はしないだろうし、ますます悪化させる可能性が高いでしょう。
 持続可能な理想的な意味での『グリーン・ニュー・ディール政策』には移行出来るのでしょうか?
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【2009/03/05 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

そろそろオバマ熱も冷めてきて…
でなしNo.146
そろそろアメリカ国民もオバマ氏の政策が焼け石に水だということに気づいてきました。

そもそも強いアメリカを復活させるなんて詭弁でアジテートしてきたわけですが、この状況で経済的にも政治的にもアメリカが存在感を示せる機会は「戦争」ということになりましょうか。

私の予想では、GMの倒産のからみでドルは大暴落します。
暴落する要素は整っているので、おそらく今年中には起こると考えています。


また、グリーン・ニューディール政策も詭弁ですね。

雑草さまが言うように、ギャグ効果になる可能性大です。
環境保護と訴えながら、本質では経済成長のために消費を上げようとする矛盾に気づいているはずなのですが…

たまに、私がバカなのか、世間がバカなのかわからなくなります^^

人間は
雑草Z
    でなしNo.146さん

>オバマ氏の政策が焼け石に水だということに気づいてきました。

でも景気回復しか頭にない国民がまだ大部分ではないでしょうか?・・強いアメリカに固執して、パラダイムシフトまでは考えていないような・・・

グリーン・ニューディール政策は、環境対策としてはギャグ効果で、ますます環境破壊しそうです。不必要なものばかり作りだして首が回らなくなるのではないでしょうか?



>私がバカなのか、世間がバカなのかわからなくなります

その感覚、非常によく分かります。こんな自分で自分の首を絞める様な経済成長をやっている連中は、ほとほとバカだと思っても、兎も角経済優先の世間・・・持続可能な経済成長が可能なのか?・・・心配は杞憂なのか?・・って一瞬感じる事もあるかも知れません。・・・・理性的に考えれば有限の地球では無理な話なのですが・・・彼らは根拠がないのに何とかなるとか考えているのでしょうか?・・・と言うより、それは国などが考える事であり、先ずは自分の生活の事しか考えていないのでしょう・・。やばい状態だと思いますが、でなしNo.146さんは、それでもパラダイム・シフトは間に合うと考えますか?。

難しいと思います。
でなしNo.146
>それでもパラダイム・シフトは間に合うと考えますか?

間に合うにはインパクトのある出来事が不可欠だと思います。(じゃないと普通の人は気づかない…)

アメリカが破綻するとか、3大資本家一族のいずれかが一文無しになる(関連金融機関一斉倒産)とか…

そういったバカでもわかるようなインパクトのある現実がないかぎり難しいと思います。

ただ、僕は望みを捨てていません。
今後10年以内に何かしら起きると予測しています。
(一応、裏づけ理論もありますが、10年もあれば何かしら起きますよね^^;)

>インパクトのある出来事
雑草Z
でなしNo.146 さん

なるほど。それは色々な意味で説得力がありますね。
そして可能性も十分高そうです。
ほんの2~3年まで安泰だと思われていた日米の大手自動車会社も倒産の危機にある訳ですから、もっと大きな組織の破局も十分に起こり得る事でしょう。
 ただ、アメリカや世界3大財閥は破綻時に様々な社会、組織、人々、自然を巻き添えにするでしょうね。
それでもそのエポックメイキングな出来事は起きるべきであり、でなしNo.146 さんの読み(期待)通り

>今後10年以内に何かしら起きる

でしょうね。その予測、鋭いです。10年もかからず現実のものとなると思います。
私は工業システムの急速な歯止めの効かない減退が起こると考えます。・・・グリーンニューディール政策がトリガーだったりして(笑)・・可能性は低くないですよね!?。
それは勿論、大国の経済の破綻や財閥の没落の原因にもなるでしょう。

 世界がその環境負荷に耐えられるかどうかが心配です。そして、持続可能な脱成長社会にしっかりパラダイムシフト出来るでしょうか?・・・出来るように持って行かなければなりませんね。


y.suzuki
雑草Zさんの期待にこたえられたかどうか、自然の摂理から~で記事をUPさせていただきました。TBを貼れなくてここにお邪魔しました。
 
 グリーンニューディールの実態はやはり、富の新たな収奪システムでしかないと思います。本来は富の収奪がおこらないシステムこそが環境問題、貧困、人口問題などほとんど解決するのではないかと考えています。

 日本の場合、市場(具体的には物的な充足)への期待が薄れているいま、いち早く新たな価値観に基づく転換が求められていると思います。そのあたりは、るいネットhttp://www.rui.jp/のほうでも活発に議論がなされていまして、結構ヒントになるものがありそうです。



>グリーンニューディールの実態
雑草Z
    y.suzuki さん

 その理念や本来の言葉の意味は望ましいものかも知れませんが、
y.suzukiさんもおっしゃるように、やはり

>富の新たな収奪システム

の面も大きいですね。

補助金もトリクルダウンで幾らかは労働者までも回るでしょうが、その多くは大企業のトップや投資家達が吸い上げそうですね。


>本来は富の収奪がおこらないシステムこそが環境問題、貧困、人口問題などほとんど解決するのではないかと

そうですね。それが理想ですし、そう言うシステムを導入するべきですね。


>るいネット

は随分と充実されたサイトですね。盛り沢山でごく一部しか読んだ事がありませんが、非常に興味深く、大変参考になるサイトです。このようなサイトが存在する事を嬉しく思います。どのような方々が参加されているのですか?


y.suzuki
 即レスありがとうございます。
るいネットは私も全貌はだれが参加しているのかわかりませんが、いろんなブログから飛んできているようですし、社会人全般というのが精いっぱいです。ただ、きちっと管理されているようで、中身のある真摯な投稿のみが掲載され、広告めいたものは除外されています。

 これからの社会をどうする?なんでこうなったの?という素朴な次元からさかのぼっているところがお勧めです。雑草Zさんのカテゴリーを見ても思うのですが、本気で考えていけば社会のあらゆる領域を扱わざるをえないのを痛感しますからね。とても独力では突っ込めないので、みんなで追求していこうというスタンスがこれからの主流になっていくのではないかと思っています。

内容を絞っている積りですが・・・
雑草Z
    y.suzuki さん

>本気で考えていけば社会のあらゆる領域を扱わざるをえないのを痛感しますからね

 おっしゃる通りです。環境問題の本質を中心に描いている積りでもあらゆる分野に拡散していきます。
 でも、カテゴリー別の記事の数やブログの説明を見て戴ければ分かりますが、
Economic Fascism 、経済成長路線 からの脱却による自然の循環に沿った生き方を!・・と言うのがこのブログの主題です。


>みんなで追求していこうというスタンスがこれからの主流になっていくのではないかと

それがネットのいいところですね。るいネットのような真摯なサイトが増えて、支持者が増えていけば、民衆から社会を変えていけますね。
これからも、るいネットを注目して見ていきます。何かしらかかわっていく事になるかも知れませんね。

宜しくお願い致します。


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2009-03-01 00:02
 現在、水不足は世界的に深刻化していると言われています。人口の増加や急激な経済発展による、農業、工業用水の需要の増加が原因と言われています。・・それは正しい認識でしょう。
・・・因みに「地球温暖化が原因」とも言われていますが、それは根拠もいい加減でかなり怪しい事でしょう。・・一般的には温暖化すれば降水量は増えるでしょう。保水力に問題があるとすれば温暖化よりも、森林伐採や川をコンクリートで固めて水を下流へ早く流す事などのほうが大きな要因でしょう。・・・まあそれは今回の主題ではないので置いときます。・・・

 水不足に伴い、浄水の供給、廃水処理、管理、運営など・・水ビジネスが非常に活発になっています。2025年には世界の人口の3分の2が水不足の危機に直面し、その頃、水ビジネス市場は100兆円規模になると言われています。・・・まあこのあたりはどこかの経済研究所がそこそこしっかり研究して出した数値でしょうが、例によって、この手の将来の定量的な分析は全く当てにはなりません。しかし、水市場をビジネスチャンスと狙っている企業や投資家は沢山いる事は間違いないでしょう。
以前【オアシスの水を輸入して売る】や【経済成長の本質】でも言及したように、これまで只だったものを有料にして、経済が潤いGDPが増えたから豊かになった・・と述べている経済人が沢山います。でも、飲める水、使える水が減ってきて、その為にお金を払って買うようになった・・・と言う事が豊かになったと言えるのでしょうか?・・・それを『禍転じて福となす』みたいな感覚で、ビジネスチャンスと捉えるのは如何なものでしょう?・・・地震や戦争で家が沢山潰れたから、建築会社はビジネスチャンス・・・と言う感覚に似ています。・・・他人の不幸で金を稼ぐ・・・まあ、ビジネスにはよくある話でしょうが、それを『豊か』とは表現出来ないでしょう。

 現在、世界の水不足で悩む国々では海水を処理して飲用水を作り出す為のプラントが沢山建設されています。日本企業は高性能なろ過膜をはじめ、高い水処理技術を持っているから、出遅れたがこれからビジネスチャンスだ・・・などと論じられています。
 『水は21世紀の石油』なんて表現されて、挙句の果ては、「石油は生活を豊かにするだけだが、水は生活に無くてはならないものだから、石油よりも経済価値が高い・・」・などとまで言う経済人も増えて来ました。・・確かに、水は命の必需品で石油よりも遥かに大切ですが、それを経済価値中心に捉えるって非常に危険な事です。食料と同じく水もビジネスにされ、水がこれからのマネーゲームの主力になる・・・と言っているのです。お金がないとまともな水さえ飲めなくなってきているのです。

 海水淡水化プラントを作るのにも沢山のお金・・・資源とエネルギーを使うし、その運転にもエネルギーを使います。飲料水や工業、農業用水の為に大量のエネルギーを投入するのです。水環境のドーピングと呼んでもいいでしょう。・・・その結果、不足していた筈の水の使用はどんどん増え、【パーキンソンの法則】よろしく、淡水を作れば作っただけ使うようになり、それに伴って経済も人口も規模を増し、淡水化プラントに依存する社会が出来上がるのです。・・・その結果、水不足のリスクはかえって増大しますし、それ以外の様々な環境問題も引き起こされるのです。とんでもない話です。
やはり水の浄化は自然の浄化作用・・・太陽熱による蒸留、森林や植物、土地による浄化の域を超えるべきではないでしょう。
 緑の革命と同じような過ちを繰り返す事になるのです。・・・淡水化プラントは、積極的な水不足対策と考えらているようですが、・・・典型的な対症療法でしょう・・・水不足の根本原因・・・人口や農業工業用水の増加・・・をそのままにして、供給する水を増やす・・・・非常に危険です。そしてこれは、確信犯的な対症療法です。巨大なビジネスチャンスであるので根本原因の解決はせずに、水不足を期待さえし、淡水供給ビジネスだけに注目しています。淡水化プラント依存の社会が出来れば、環境負荷がもっと増えるし、このプラントによる社会支配構造も出来るでしょう。・・・

近い将来に世界の人口の過半数が水不足の危機に直面すると言う予測があるのなら、水の需要をそこまで増やさない事を真っ先に考えるべきでしょう。・・・もう地球にはパンク寸前の環境負荷がかかっているのですから。・・・ここでそんな簡単な事まで踏み込めない社会は、経済成長にどっぷりと浸かった異常な社会と言うべきでしょう。・・・どこまで人類は自分の首を絞めていくのでしょうか?
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【2009/03/01 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


nao
僕の一生は恐らく節水に努める生涯です。何しろホテル勤めゆえ断水で、お客様にご迷惑をかけること限りなく。
昨年に、初めて、とあるきっかけで、清流漂う岩の苔を食べた天然の鮎をいただきました。
その味、正に美しき水と大自然の苔の香り美味し、川、無くしてはならない恩恵をいただきました。 水無くしては人は生きていけない大原則を、多くの日本人は忘れていると感じてます。美しき日本を取り戻す為には美しき水を取り戻さねばなりません。

そして、CAFEのうえで、麻生総理において、クズとか死ねとかを書いた点は反省してます。すみませんでした。
しかし、僕はあくまでも、麻生太郎総理大臣を尊敬し、盛り上げていくつもりです。
雑草Zさんと僕と、これからは戦いになるかもしれませんが、今後もAnthony's CAFEをよろしくお願いいたします。

>美しき水と大自然の苔の香り
雑草Z
    nao さん


>美しき日本を取り戻す為には美しき水を取り戻さねばなりません。


おっしゃる通りですね。その為には水ビジネスではなく、自然をいじらない事でしょう。河を三面張りにしない。森林を荒らさない・・・。


麻生総理は全く評価していませんが、その事はこちらのサイトの主題にそぐわないのでかきこまないでください。時間の無駄なのでその事で議論する気はありません。


 


BEM
先日見た007/慰めの報酬でも石油と並んで水の供給がビジネスとなり、それを得るために悪いヤツらが動いているという映画でしたが、実際に水ビジネス市場が100兆円規模ということだと、まんざら映画の世界だけも無さそうな感じですね。

川を流れる水を見る度、日本ではそのままでも飲料水として使える水がとうとうと海に流れ込んでいる事を考えると、パイプラインでも引いて外国に供給できないものかと考えてしまいます。

日本企業に淡水化プラントを製造する会社がありますよね、浸透膜を利用する方法であまりエネルギーもかからないとか。私は単純にこれは世界に誇れる発明でどんどん輸出できれば良いのに。アフリカなど慢性的な水不足を起こしている国に水が供給できたら飢餓も減るだろうか・・・なんて考えていましたが、これがビジネスになると考えると怖いモノがありますね。

水までビックビジネスになる住みにくい世の中です。
雑草Z
 何でも金に換算し、只だった物をビジネスにして行く事が、社会を豊かにすると考えるほどに人間は馬鹿なのでしょうか?・・・これほどまでに人間は経済に盲目的になっているのですね。


>浸透膜を利用する方法であまりエネルギーもかからないとか。

直接の浸透膜を通す作業の時はエネルギーはあまりかからないと言っても、一般の浸透作用の逆方向(普通濃度の低い純粋のほうから、濃度の高いほうへ水は滲みだします。これを逆にする訳ですから(エントロピーの減る方向)エネルギーも使うし、他にエントロピーの増加をもたらすでしょう。
たかが水を得る為に大きなプラントの建設も必要ですし、浸透膜の交換や洗浄も頻繁にやらなければならないのではと思います。


>アフリカなど慢性的な水不足を起こしている国に水が供給できたら

本文に書いたように、淡水化プラントに依存する社会が出来上がるのです。そして水不足のリスクはかえって増大しますし、それ以外の様々な環境問題を引き起こすのです。
「水ビジネスが21世紀の石油ビジネス」って住みにくい世の中です。経済信仰の社会は狂った方向にどんどん進んでいます。

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