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2009-02-25 00:01
 ドーピングとは、スポーツ競技などで、薬などを使用して、不正に競技能力を高める事です。禁止されている大きな理由は、フェアプレイでないという事や、薬物などの副作用で健康を害するからでしょう。
しかし、もしドーピングが禁止されてなかったら、スポーツ選手達はどうするでしょうか…程度の差はあれ、健康を損なっても、ほとんどのスポーツ選手はドーピングをするでしょう。禁止されてなかったら、フェアじゃない・・・なんて感じる事もなく、勝つ為の手段としてどんどんドーピングするでしょう。ドーピングをしない選手がいたとしても、彼らはドーピングした選手に大方負けてしまうでしょう。・・・ドーピングしない選手は勝つ可能性は非常に小さくなるでしょう。1988年のソウルオリンピックに於いて、世界新記録で優勝したけれど、その後ドーピングで失格となったベン・ジョンソン選手のように、圧倒的にドーピングした選手のほうが有利でしょう。

 ここのサイトでは、社会に対するドーピングと言う言葉を発信して頻繁に使っています。はっきり定義はしていませんが、一時的な効果をあげて、その後の持続性を台無しにしてしまうような物事を私はドーピングと呼んでいます。【ドーピング社会】で述べています。
 国家も企業も個人もスポーツと同様明らかにドーピングしているほうがしていないよりも強いでしょう。戦争をしても、経済の市場競争をしても、ドーピング社会は強いのです。
だからどの国もこぞってドーピングしています。・・・ドーピングしないと簡単に滅ぼされてしまうかもしれません。大陸の先住民たち・・・・アメリカインディアンも、オーストラリアのアボリジニもドーピングされた好戦的なヨーロッパの白人に滅ぼされました。アフリカの原住民達は奴隷として売られ、今でも搾取され続けています。だから、途上国と呼ばれている国々はこぞって西洋文明化と言うドーピングを急いでいます。あたかもそれが当然の進化の方向であるように・・・日本だって、明治維新で欧米に追いつけ追い越せ・・・とばかりにドーピングしてきました。そうしなければ他のアジア諸国のように、植民地化されたかも知れません。
 そう、こんなにしつこく述べなくとも社会もドーピングすれば(一時的に)強くなる事は明らかです。
ドーピングされたほうが強くて勝つ・・・と言う理由で、社会に対するドーピングは肯定されて来ました。正義のようにさえ言われて来ました・・・勝てば官軍ですから・・まあ、それがドーピングであるという認識はなかったかも知れませんが・・。
 でもドーピングは持続可能ではありません。ドーピングしてない社会を滅ぼした後、健康を害して自滅していくのです。【人類存亡のパラドックス・・・だから人類は滅びる。】に書いたとおりです。

 この意味でも人類はひたすら自滅に向かって進んで行くようにDNAにプログラミングされているかのように思えます。持続不可能なドーピングされた人々のほうが強いから、持続は出来ない・・・・
 人間のDNAはあたかも癌細胞のように悪性なのかも知れません。そんな宿命を背負った人類は滅びゆく運命にある・・・と言い切れそうです。・・しかしそこを踏ん張って人間の理性でクリア出来るかが問題でしょう。そこを超えずして持続可能な社会へのパラダイムシフトはないでしょう。持続可能な社会を目指すに当たって最もシビアでクリアしなくてはならない大きな問題と言えましょう。
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【2009/02/25 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

足ることを知る。
でなしNo.146
>アメリカインディアンも、オーストラリアのアボリジニも

持続可能な生活という視点で見ると、驚くほど先進的ですよね。

彼らの価値観は世界を滅びから救うと思います。

分け合い、求めすぎず、助け合う彼らが侵略されるというのは、本当にパラドックスですよね。


ドーピングしている経済、国、組織、そして日常をリセットしなければいけません。

ところで、
代表的な侵略国家アメリカの国債が不人気とのこと。
このまま、底なしの経済低迷が続けば、大きく価値観が変わりそうですね^^

強さは正義ではない
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 非情な方法で先住民を滅ぼし、追い出してまるまる領土を取ってしまって元来の自分たちの土地のように振舞っているアメリカ人の正義は、いつも力に裏打ちされているようです。

 『正義は勝つ』
なんて事はないんですが、勝って来たアメリカは、強い(強かった)自分たちの正義が最高のように振舞っています。

 でも最もドーピングして来た国だから、その害も最初に現れたのでしょうね。どこまで持ちこたえられるのでしょう?


おっしゃるように
>ーピングしている経済、国、組織、そして日常をリセット
が大切ですが、ドーピングしていると判断力も麻痺するので、自浄作用はなかなか働かないようです。・・・人間の本来持っている(筈であろう)理性も壊されてしまっているからシビアです。
 ドーピングの副作用が人類を滅ぼす前に、人間の理性、自己抑制で乗り切れるかどうかですね。


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2009-02-21 00:02
 現代は昔ほど重労働をしなくて良くなった・・・科学の進歩で大きな力を使う力労働は機械がやってくれるし、煩雑な事務処理はコンピュータがやってくれる・・・便利な世の中になった・・・と言われますが、本当にそうでしょうか?・・・最近こそ不況でワークシェアリングも脚光を浴び始めましたが、それでもいまだにほとんどの業種で労働時間は過剰に思えます。定職に就いていれば、週に5日以上1日8時間以上、・・・と言うのは当たり前で、起きている時間の半分以上が労働時間・・・と言う人も沢山いるでしょう。日本も高度経済成長時代よりは労働条件が改善された・・・と言ってもそれは正社員の場合だけです。派遣社員の労働条件は高度経済成長時代の正社員よりは色々な面で良くないでしょう。
パーキンソンの法則】よろしく、いまだに目一杯働いてくたくたになって家に帰る人が大勢います。・・帰る家があるだけましだ・・・なんて状態です。
 日本では現在、高度経済成長時代以前よりも1人当たりのGNPが10倍以上にもなりました。しかしそれでもさらなる成長を目指して労働時間はそれほど短縮されてはいません。
 人間社会には、出来るだけ働いて努力して経済成長させよう・・・と言う(国や企業、団体の)意志が働いているようです。GDPの伸びを減らして、その分労働時間を短縮してゆったり余裕をもって生活しよう・・・なんて発想にはなかなかならないようです。・・・余暇も出歩かせてレジャー産業などを成長させよう・・と言う動きは沢山ありますが・・・

 狩猟採取時代には、人は1日平均3時間くらいしか働かなくても良かった・・・と言う研究報告も為されています。・・・あながち間違いでもないでしょう。動物の生活を見ても1日中必死に食べ物を探し回る・・・と言うのは過酷な条件下の特殊な場合のみでしょう。・・・自然破壊された現在こそ食べ物に困る野生動物も沢山出てきていますが(山の食べ物が減って人里に下りてくる動物達とか・・)人間以外の動物はある意味いつだって働いていません。働かされているのは人間の奴隷となった家畜などの一部のみでしょう。人間も狩猟採取時代は・・・人口が増え過ぎる以前は、食べたい時に食べ物をその辺の森林や川・海から採取したり、捕まえて食べると言う、ある意味気楽な生活だったでしょう。・・・勿論現代よりも大変な面もあっただろうし、現代とは別の大きなリスクがあったのも事実でしょうが、現代がそれよりも素晴らしい・・・と思うのは「文明」による洗脳かも知れません。


便利になったと言われる社会で、こんなに働かなければならないのは何故でしょう?。・・・人間の性[さが]とも言えなくはありません。人間は出来るだけ努力するから・・・と言う部分もある事は否定しません。大きな要因でしょう。・・・でも、そう言う個人の意思だけではない事もまた事実です。

 先ず第一に競争による市場原理主義を挙げます。・・・どんなに便利になって生産コストが安くなっても、市場原理主義は競争です。他よりいい製品、安い製品が選ばれます。・・・だから、競争に勝つ為にみんな必死に働きます。

 続いて、経済成長主義・・・恐慌に突入した現在は変わってきたとしても、どこの企業でも目標は対前年度より何パーセントか売上を伸ばす事・・成長です。・・・現状維持やマイナス成長を目標にする事は本当に特殊な場合で、ほとんどないでしょう。・・そう、現代社会で経済成長は暗黙の了解なのです。毎年毎年成長させて、ちょっと後戻りしようものなら一大事とばかりに危機感を募らせます。毎年成長・・・と言うのは大きなプレッシャーで労働時間短縮などは出来ないでしょうし・・・不可能な事ですから・・。

 そして、第3番目に搾取構造・・・楽して人の何倍(何十倍、何百倍、何千倍・・・)も富を蓄えたいから、労働者に低賃金で長く働かせる・・搾取構造です。・・・・この搾取構造は昔から存在しました・・・搾取構造がなければ人類はもう何百年も前から、そんなに働かなくても暮らして行けたでしょう。

 兎も角、労働者の権利が色々確立された現代社会においても、労働者は起きている時間の半分以上・・・8時間以上も働かなければならない構造となっています。


 競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質・・・これらの構造を一掃すれば労働時間を飛躍的に短縮できるでしょう。・・・だって物もサービスも溢れ過ぎているのですから・・

・・・人間は労働しなければ堕落する・・・と言う人もいるでしょうが、社会の事を落ち着いて考えられないほど労働に追われた生活をしているから、社会の悪も直せないのでしょう。・・そう言う意味においても長時間労働は社会にとってもマイナスでしょう。
 労働時間を短縮して、社会について十分に考える時間を作るべきです。・・・そうすれば現在社会の酷い構造も見えてくるし、しっかり社会改革も出来るというものです。みんな仕事に追われ過ぎています。遊んでも、家族サービスしても、社会活動、ボランティアなどに参加しても、仕事に費やす時間を減らして、社会構造を深く考える余裕も持ちたいものです。

やり甲斐を持てる仕事・・・と言う観点からも論じた方が良いかも知れませんが、それはまた機会があれば・・
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【2009/02/21 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


nao
毎日毎日毎日毎日毎日毎日残業ですorz、、、、、。
しかも八時間ピッタリで帰る人の仕事で、、、、、。

今はマシですが、去年、精神を病んで閉鎖病棟に入院した時は、正に搾取構造のせいでした。
なんせ、一日中パソコンにへばりついて一切、仕事をせずに毎月20万円の売上金を盗んでる所長の負担が全て僕の所に、、、、、。
それが嫌で都会から逃げて無責任でいられる派遣の仕事を選んだのに又しても、、、、、。
もう、しんどい、、、、、。

小コミュニティ主義。
でなしNo.146
>競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質の一掃

まさにその通りだと思います。

なぜに、わざわざ海外から安いという理由で輸入するのか…ホント、疑問です。
(まぁ、輸入関係でも、技術的に自国で作れない医療関係のものとかは例外かもしれませんが…)

単純に考えて、石油と金融のなせる業。


話を戻します。
企業側は長時間使えて、安い労働力がほしいんですが、そんなご都合主義は今すぐやめてほしいですね。

自分が搾取される側になると慌てて抗議するくせに、搾取している時はニコニコしているなんて神経おかしいと思います。

さらに、経済成長という宗教じみた信仰やら、競争市場原理主義でビジネスというらせんから降りないと死ぬまで競争の中に身をおく異常さも、よく考えればおかしいとわかるはずなんですが…

人間が生きるのに必要な労働時間って8時間って多すぎますよね。
現体制を維持するのに必要な労働時間というのが本当のところですね。

私も、本来人間が生きていくのに8時間も働く必要はないと思います。


仕事に魂を食い尽くされず、もっと気持ちに余裕を持って、「人間、持ちつ持たれつ」の気構えで取り組むべきでしょう。

まぁ、それには各地域ごとの小コミュニティを活性化させ、近隣のネットワークを構築する必要があると思いますが^^


現状・・
雑草Z
    naoさん

 毎日お疲れ様です。同僚に仕事を押し付けてろくに仕事もしない給料泥棒見たいな人は、大抵の職場にいるようですね。給料分くらい仕事をしない方はやっぱりやめて貰うべきでしょうね。

仕事が生き甲斐である必要はありませんが、
 搾取されながらも生活の為に仕方なくしんどい仕事をやらせられて、精神を病んでいく沢山の人々・・・これが市場原理主義と経済成長で得られた資本主義社会の現状です。


BEM
う~ん、いつもながら雑草Zさんの文章にはその内容もさることながら、よく分かりやすくまとめられていると感服させられます。

今回の記事を考えるとつくづく労働ってなんだろう…と考えさせられます。日曜日は休んで、1日8時間程度の労働というのも欧米から伝わったものですよね? もともと日本人は休みの習慣はなかったと聞いた事があります。
戦前、日本人は安い賃金で休みも取らず働くので、アメリカの労働者が仕事を奪われると抗議をした事もあったとか。

自分や周りの集落単位で食べる分だけ働けば良かったのに、歴史の中で文明が起きてからはすでに搾取構造が出来上がったように思えますね。

>物もサービスも溢れ過ぎている
それなのに、まだまだ物もサービスも今以上に求めている人は主に搾取する側の人達でしょうか。自ら物を作ろうとしない人達が求めるのだから困ったものです。
社会構造を深く考える余裕…自分も持ちたいですし、子供達にも考えさせたいです。

>ご都合主義
雑草Z
    でなしNo.146さん

 社会構造が上手く出来ていれば、労働時間は今の半分以下で、もっと生きやすい豊かな暮らしが出来る筈ですね。

その為に

>競争市場原理主義、経済成長主義、搾取体質の一掃

でしょう。・・・財界人たちはそう簡単にはいかないから世界中で苦労している・・・と言うでしょうが、それは、資本家達が利権を求めて搾取構造や成長を前提とした金融構造を作って来たからでしょう。『複雑な経済』の本質は単純な『エゴイズムの欲望』でしょう。・・・勿論きれい事だけでは済まされませんが、搾取して大儲けしたいと言う欲望が資本主義=金権主義を助長し、多くの一般庶民にとって社会を住みにくくしていますね。


>現体制を維持するのに必要な労働時間というのが本当のところ

その通りだと思います。



さて、記事の主題とは少し違いますが(根っこは一緒です。)コメントのタイトルと前半に述べておられる


>小コミュニティ主義

は、全面的に同意致します。グローバリズムの方向ばかり言ってる多くの経済評論家たちは、非常に軽率に感じます。



Anthony
正社員の人が、うらやましい。

残業手当が、うらやましい。

長時間働いても、掛け持ちして仕事をしてるから、残業手当は関係ない...



自分の場合・・・
原田
僕の場合ですが、働き過ぎって、何よりも
「面白くない」です。頭の中が「効率」の二文字に覆い尽くされ、「結果」しか興味がなくなり・・・。そして、「これだけやってるんだから、しんどいんだから、代償に金がもっとほしい。」となっていきます。
 時間や、体力を少し余裕があるようコントロールにしておくと、単純な労働でも楽しんだり、工夫したり、充実感を感じられます。(だらだらと仕事をするというのではない。)仕事をすること自体が快感になるのです。その状態になる労働時間は、いまのところ、1日6から7時間労働(休憩時間含まず)を5.5から6日ぐらいですかね。
 それ以上は嫌です。

 知人(会社経営者)が言っていたのですが、貨幣経済を無くせば今の生活レベルで、労働時間を半分にはできるだろうと言っていました。 貨幣にかかる労働、ホワイトカラー(税金、銀行、金のやり取り、事務作業、インク、紙、株やらなんやらが不要になる、労働力と資源が余る。)がブルーカラーに回せるからだとか。
 富の再配分をどうするかという問題はありますが、一理あると思います。
 

庶民が楽に生きられる社会
雑草Z
    BEMさん


>歴史の中で文明が起きてからはすでに搾取構造が出来上がったように思えますね

 そうですね。国の王とかが搾取構造の頂点だったのでしょうね。・・・だから王室が残っている国が多いという事は、ある意味社会はまだまだ遅れているという事でしょうね。
 搾取構造も人間社会の性[さが]と言えるのでしょうか?・・古来より搾取階級に対する被搾取階級の闘争があり、搾取構造を破壊して行ったのでしょうけど、次々に新たな搾取階級が出現して搾取を続けています。現代の搾取階級のメインは資本家でしょうね。


>まだまだ物もサービスも今以上に求めている人は

狂った経済論理に洗脳されているのでしょうね。経済成長だとか市場原理主義だとかはみんな、搾取階級やそうなりたい人々の限りない欲望から生まれた、彼らにとって都合のいい主義でしょうね。


 社会は子供の頃に想像した以上にいい加減で不公平で、悪のはびこる世の中でした。


>社会構造を深く考える余裕

これは、子供の頃;高校生か中学生の頃から考えて欲しいと思います。しかし、それぞれの時代にやる事があり過ぎて、深く考えている時間がありませんね。中学も高校も色んな事に追われて、じっくり考えている余裕がない事自体が問題です。
ゆとり教育・・とは本来社会の事などを考える余裕を持つために使うべきなんでしょうね。・・そう言うものを目指すべきでしょう。



搾取構造と不公平
雑草Z
    Anthonyさん

 正規と非正規の条件の違いは不平等過ぎますね。正規になったとたんに仕事をさぼっても身分が保障されたりして・・・
21世紀になっても労働条件が良くなっているとは思えません。搾取構造が庶民の生活を圧迫している事は明らかです。


労働時間は減らせますね。
雑草Z
    原田さん

はじめまして。コメント有難う御座います。

>働き過ぎって、何よりも 「面白くない」
>時間や、体力を少し余裕があるようコントロールにしておくと、単純な労働でも楽しんだり、工夫したり、充実感を感じられます。


の感覚はとても共感出来ます。やはり余裕が必要ですね。1日5,6時間しっかり働けば、

>富の再配分

さえしっかりすれば、十分豊かになれる社会システムは作れる筈です。(人間のエゴにより富の再分配は難しいですし、肥大化し過ぎた経済や人口の問題も深刻です。)



 知人の方がおっしゃっているように必要労働時間と言うのは、現在の半分以下に出来ますね。記事にも書きましたが、搾取構造、成長強迫、市場原理主義などを改善すれば、労働短縮は十分に可能ですね。要らないホワイトカラーが多過ぎる事は確かです。その分の仕事の多くは消せますね。・・・消した方が環境の為にも社会の為にもいい仕事・・・って多過ぎます・・・・そんな仕事の為に身を削って働いている人の何と多い事でしょう!?

 ところで原田さんはどちらからいらっしゃいましたか?

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2009-02-17 00:01
 現代社会・・・少なくとも日本は、物質的に豊かになったと言われます。物が溢れている事に間違いはないでしょうが、作り過ぎて物が有り余っている事に『豊か』と言う表現を使うことには違和感があります。それを『豊か』と表現する事自体が精神的に貧しい現れではないでしょうか。

『衣食足りて礼節を知る』と言う格言があります。意味は、読んで字の如くですが、
『衣食足りて』をちょっと拡大解釈して「経済的に十分である」とか「生活のゆとりがある」と解釈する場合も多いようです。
いくら日本でも「経済的に十分である」と言う表現は万人には使えないでしょうが、いい物を食べられるとかいい衣服を着られるとかは別として、必要最低限の衣食くらいは足りている人が大部分でしょう。
でも「衣食が足りた」・・だけでは満足も出来ない人間がほとんどでしょう。現代社会において、衣食足りて満足出来るのは、よっぽど世の中を達観している仙人か何かでしょう・・・

現代の日本では「衣食足りても礼節を知らず」の傾向が増えています。
「衣食足りて」も「生活のゆとりがあるか」・・と問われれば、多くの人が「ゆとりがあるとは言えない」と答えるでしょう。「生活のゆとりを作る」為にお金を稼ごうと必死で、その為に逆に時間的にも精神的にもゆとりが無くなります。何せこの自由経済の現代社会は何をするにもお金がかかります。余暇を楽しむ為にさえ沢山のお金を使わなければなりません。つまり『衣食は足りて』も『限りない物欲』は満足しなくなっています。経済成長と言うドーピングによって、物欲はどんどんエスカレートしていくだけです。・・・勿論有限の地球は人類の限りない欲望に対応しきれる訳などなく、どこかで破局を迎えるのは明らかです。
「仙人のような質素な暮らしをしよう!」とは申しません。・・でもある程度の「衣食」・・・物質的充足・・・が満たされたら・・・程度問題にはなるでしょうが・・・物質的所有の追及は止めて、金儲けではない方向を目標にすべきでしょう。そしてその為の規制をかけるべきでしょう。
 自己中心的な考え方をやめて、限りない欲望は捨てよう・・・などと呼びかけても、そうするのは人のいい善良な市民だけで、エゴイスティックな金の亡者はますますお金を貯め込もうとするだけです。・・・現代社会もまさにそういう状態でしょう・・・「搾れるだけ搾りとれ・・」とばかりに搾取階級は容赦なくお金を絞り取ります。
 極端な累進課税・・・ある金額以上はすべて税金・・・みたいな制度【収入頭打ち制度】を作って、お金を一人で沢山所有する事は悪だ・・・と言う社会評価を下すべきでしょう。・・・有限の地球上で一人で沢山の富を持つ事は許されません。『金持ちは限られた資源をひとりで多く使うから悪だ』・・と言う評価は妥当でしょう。

『衣食足りて、節度を知る』です。その為には
物質主義=拝金主義  から脱却しなければなりません。
貪欲な物欲=社会悪
こうしたモラル的社会通念は、実は人間が生存環境を守るための防衛行動ではないでしょうか。


『衣食足りたらそれ以上仕事はしないで社会活動』と言うのが理想でしょう。
『衣食足りたらそれ以上仕事はしないで寝て暮らす』も悪くありません。
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【2009/02/17 00:01】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


nao
「衣食足りたら趣味に走る」
先日、久しぶりに楽器店を覗いたら、酷いもので、安物ギターのオンパレードでした。あれでは真面目にコツコツと仕事をされているクラフトマンは報われません。
現在、問題なのは偽物、安物を右から左に横流ししているブローカーだけが大儲けして、匠の仕事が大幅に減っている点にあると思います。 消費者の方々も、そろそろ安物に手を出すのを止めて、貯めたお金で良いものを買ってもらいたいものです。そして職人さんに儲けて貰って、そのお金で新たなる芸術の挑戦。その為の費用になればいいな、と思ってます。
百の安物より一の高級品を。
そうすれば物に対する感謝の気持ちが芽生え、衣食足りて礼節を知りえます。

ユートピアです^^
でなしNo.146
>衣食足りたらそれ以上仕事はしないで寝て暮らす。

まさに、ユートピアです!

しかし、
一般的な動物の世界は当然のごとくやってますね(汗)

肉食動物でも、お腹一杯の時は目の前の動物に見向きもしません。

欲望を極限まで求めた人間って、そういう意味では動物以下なんですよね^^;


話は少し変わりますが、最近取りただされて、賃金問題で評価が落ちているワークシェアリングですが、これは、地域コミュニティを巻き込んで行かなければ成功はしないと思います。

言わば、「村ごとワークシェアリング!」
(と言うか、そもそも昔の日本の村はきちんとワークシェアして循環してたと思うのですが…)

日本全国に、こういう村や町ぐるみで人々が助け合い、食や職を譲り合うシステムが構築された時、自給率やら諸問題の大部分が解決の方向に向かうでしょう。

衣食足りて礼節を知る。
実にいい言葉だと思います^^


BEM
環境、エコなどが叫ばれてる昨今、江戸時代のリサイクル社会に学ぼうというのもありますが、江戸っ子は宵越しの金を持たない。というのもありますよね。
今は必要以上のお金を持っている人がもの凄く多いような気がします。
ちょっと違いますが、70も80も過ぎたお年寄りでも老後の不安と言って沢山のお金を溜めている人がいるようで、死ぬまで安心して暮らせない日本社会の表れでしょうか。

自営業を選んだのは自らの選択ですが、ジリ貧の我が家では最近、贅沢も望まないし、旅行も新しい車も要らないから毎月お金の心配をしないでゆったりと生活できたら、多くを望まないのになんて思ってます。
それにしても国も雇用主も、もうちょっと富の分配というか、適正な労働の価格を考えて欲しいです。

でなしNo.146さんのご意見頂戴したいです。
地域単位で助け合えば大きな資本がなくても皆が生きていける社会ができると私も思います。先進国は肥大し過ぎですね。


Anthony
衣食足りて....

ここ数年間は衣料品はフリーマケットの古着か、ユニクロでしか買ってません。

もともと、ブランドものは嫌いだし、食べることのほうが、いいかな。

CD・レコードも21世紀になってから数枚しか買ってません。(笑)



>「衣食足りたら趣味に走る」
雑草Z
     nao さん

 現在でもそういう生き方をしている人はよくいますね。それも悪くない生き方かも知れませんが場合に依りと思います。
使い捨ての安物を沢山作る事には反対ですが、安物も一概には否定出来ません。
クラフトマンが機械を使わず手作業する事には賛成です。

>「村ごとワークシェアリング!」
雑草Z
    でなしNo.146さん


>欲望を極限まで求めた人間って、そういう意味では動物以下

人間の限りない欲望が諸悪の根源ですね。環境問題もそこから生まれています。・・・実は似たような内容を次の記事で書いてます。

衣食足りたらあんまり欲を張らない事ですよね・・・欲張り過ぎると衣食もままならなくなって来ます。


>賃金問題で評価が落ちているワークシェアリング

これはやっぱり経営者側も含んだワークシェアリングにしないから出てくる不満で、ある意味搾取階級のエゴですね。


>「村ごとワークシェアリング!」

は斬新な素晴らしい発想だと思います。これは
「村ごと自給自足の地産地消」
と言う考え方と合わせて考えれば、まさに持続可能な社会のモデルになるでしょう。

おっしゃるように昔はみんなこうだったのですよね。



雑草Z
    BEMさん

>毎月お金の心配をしないでゆったりと生活できたら、多くを望まない

それですね。まさにそう言う事が今回の主題です。
その為にはそんなに貯えがなくても安心して暮らせる社会でなければなりませんね。


>死ぬまで安心して暮らせない日本社会の表れ

そこなんですね。日本の社会福祉行政のいい加減な事。年金だってあんな滅茶苦茶な使い方しているから、あと数年で破綻しそうなんですよね。・・・集めた年金をあのように使う事は犯罪レベルですから、当事者は責任を取るべきです。


>国も雇用主も、もうちょっと富の分配というか、適正な労働の価格を考えて欲しいです

資本主義の行き着くところはこう言う労働の買い叩きかも知れません。弱肉強食の市場原理主義は恐慌でその冷酷性を発露していますね。


食が先
雑草Z
     Anthony さん

>食べることのほうが、いいかな。

やはり食は衣の前に来るでしょうね。食、衣の後に住でしょうか?

 あまり買わないで節約するのはいい事なのに

『消費拡大』
を企業どころか政府も謳う現代社会は狂ってます。病んでます。・・・末期症状ですね。

 

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2009-02-13 00:01
 ここのところの経済不況、恐慌に対して、輸入品に高い関税をかけたり、輸出補助金を出したり、自動車会社に対する公的資金の導入など広く自国の産業を保護する動き・・・保護主義の流れがあります。
 この流れに対し、経済の縮小を起こし、更なる不景気を招くから、保護主義に走ってはいけない・・・現在の世界の流れは自由貿易であり、公正な国際競争、国際分業、の為にも保護主義に陥ってはいけない・・・と繰り返す経済評論家や経済研究所の権威(・・の振りをした、旧態依然とした経済至上主義者・・)が増えて来ました。
 彼らはグローバル化の進んだ現代の世界では、この恐慌下でも、国益の為にも世界経済の為にも自由貿易を推し進め、保護主義に陥ることなく国際協力を推し進めよう・・・などと一つ覚えのオウムのように保護主義批判を繰り返します。市場原理主義を導入して、弱い国を経済で支配する事を市場原理主義者は『国際協力』と言うようです。

 WTO[世界貿易機構]は、自由貿易を促進する事を主たる目的で作られた国際機関ですが、経済の強い国、多国籍企業の商売を有利にするように強国が作った組織でしょう。公正な機関の筈が御座いません。
 保護主義やナショナリズムが、大二次世界大戦を招いた過去があるから、その過ちを繰り返してはならない・・・と言われますが、このような単純な因果関係に帰着するのは如何なものでしょう。当時保護主義政策をとった国家とそれに反発する国家がそれぞれに覇権争いをしていましたが、利害関係で対立したところの延長線上に保護主義もあっただけでしょう。第2次世界大戦の根本原因ではないでしょう。

 主権国家と言うものが存在する限り、対外管理は当然の事です。何でも無差別に国内に入り込む事を放置していては、主権国家とは言えないでしょう。外国に武力進攻されないようにするように、経済支配されないように動く事は、ある意味当然の事でしょう。それを悪と言い切れるでしょうか?・・・経済だけは自由競争・・・とばかりに経済の強い国や多国籍企業が入り込んできたら、武力で支配されなくても経済で支配されてしまいます。・・・・実際そういう状況になっている発展途上国と呼ばれる国は少なくありません。だから、保護貿易を安易に批判して、自由貿易が正義だなんて考え方は軽薄過ぎるというものです。自由貿易なんて、経済支配を考えている経済強国や儲けるだけ儲けようと躍起になっている多国籍企業のエゴの賜物でしょう。


 食料に関しては自由貿易なんて以ての外でしょう。国家が主権国家としてしっかりした安定基盤を持つためには食料は自給自足するべきものです。

 貿易には輸送のエネルギーがかかるし、ある土地の物を他に移動する訳ですから、土地が荒れて痩せたり、逆に偏った栄養過多になったり廃棄物で溢れたりと、自由貿易は環境にも負荷をかけ過ぎます。自由貿易・・・と言う方向性は、時代の流れ・・・と言うよりも、ドーピング社会の象徴の一つ・・・環境負荷をかけながら、市場を切り開いて儲ける事にしか目がいかないエゴイストの発想でしょう。今こそ自由貿易を推奨するよりも、逆に鎖国を奨励すべきでしょう。



 まあ、確かに自動車産業の保護やら金融機関の保護やら、どうしようもない保護は枚挙に暇はありません。不公平な企業保護、補助金事業などすぐにでも見直すべき保護政策は山積みです。・・・・それはそれで、それぞれの国内で見直すべきでしょう。

 しかし、今回の恐慌は、経済レベルの不況などよりも環境崩壊が恐ろしいのです。保護主義に走るな・・・なんて言っている場合じゃありません。保護貿易~鎖国・・の流れが、時代に逆行する古い考え・・としか捉えられないのは、逆に発想が貧しく、既成概念の範疇から抜け出せない市場原理に洗脳された考えです。望む望まざるに関わらず、現在のような大規模な貿易は、エネルギーの面からも、環境負荷の面からも持続不可能です。保護貿易~鎖国・・の流れが、環境負荷を少なくし、持続可能な社会構築となるでしょう。

 保護貿易~鎖国の流れで最も困る国家の一つが日本でしょう。江戸時代に鎖国をした経験があるにも拘らず、今ではすっかり貿易依存。貿易立国なんて言って、食糧をはじめとして、資源を輸入に依存し、工業製品を輸出する『加工貿易』・・・だから日本の政府も企業も他国の保護主義を恐れています。よその国の保護主義を批判している前に、自国の貿易依存の体質改善こそ早急の課題でしょう。

WTO[世界貿易機構]なんて解体して、自由貿易促進なんてやめて、世界経済を縮め込ませて抜本的な構造改革を行うべきです。・・・貿易に頼らなくても自給自足で生き伸びられる社会が健全な社会と言うものでしょう
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【2009/02/13 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


でなしNo.146
ある国の大臣が「保護主義は悪だ」と言っていましたが、エリート階級の人たちの頭は経済成長以外、人類繁栄の公式はないようです。

私たちは、資本主義の下、競争に勝ては明日が開けると思ってがんばっています(いました?)が、本当に明日は開けるのか?と疑問に思います。

あとは、消費を増やせば好景気になるという妄想でしょうか。

いずれにせよ、経済は二極化の方向に走り始めていますから、すでに自由でも平等でもないんですよね。

さらに言えば、
明日が開けるも何も、地球に誰も住めなくなったら意味がないんですけどね。

ホント、自国で十分循環させられる、ミニマム経済へソフトランディングできればいいんですが…

今になって、チェ・ゲバラが映画化された理由がわかる気がします。

体制に従順なエリート
雑草Z
 世の中の進む方向を
開発~経済成長~グローバル化
と思い込んで、それに邁進している人の何て多い事でしょう。それが一国の首相だったり企業のトップだったりするから始末に負えません。・・・と言うよりもその流れがまだまだ主流だから、そう言う考えの輩がトップに立つと言う悪循環ですね。



>ある国の大臣が「保護主義は悪だ」と言っていましたが

大不況の現在、この手の発言する政治家だらけです。


>明日が開けるも何も、地球に誰も住めなくなったら意味がないんですけどね。

そんな明白な事まで考えが及ばない政治家だらけです。結局環境問題も、経済効果の一つとしか考えていない状況ですね。

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2009-02-09 00:02
 昨年11月に、【100年に一度?の経済危機・・】と言うタイトルで記事を書いた時には、景気の見通しも現在ほど下方修正されておらず、日本では、バブルを経験しているから、欧米・・・特にアメリカほど酷い不況には陥らないという経済評論家も沢山いました。だから、『100年に一度の経済危機』なんて言葉も日本ではあまり耳にしませんでした。・・・・しかし、年が明けて大不況が日本にも押し寄せてきた現在、日本でも沢山の人々が『百年に一度の経済危機』と言う表現を使うようになりました。この表現が如何に根拠のないもので間違った認識であるかは、【100年に一度?の経済危機・・】で言及させて戴きました。しかし世間では、その表現を頻繁に使うようになりました。あたかもこの恐慌を乗り切れば、経済システムはあと百年は安泰であるかの如く、お題目のように唱えています。

 そこで今回は再び、この恐慌は100年に一度の経済危機ではない事を断言し、従来の方法でこの恐慌を乗り切った場合どうなるか・・・と言う事を論じさせて戴きます。
先ず、百年に一度の大恐慌・・・と言う根拠は、ただ一つ、前回の世界大恐慌が、80年前だった・・・と言う事だけです。80年であって100年じゃないなどというどうでもいい事は申しません。オーダー的には100年も80年も大して変わりませんし、もし仮にこの恐慌を乗り切って次の恐慌が80年~100年後くらいにやってきたら、この表現は正しかったと認めます。・・・でもそんな可能性はないと言ってもいでしょう。

 80年前の恐慌のときは、まだまだ海も森も沢山あって、持続再生可能な範囲でした。開発されていない地域・・・途上国も沢山ありました。日本だって高度経済成長時代を迎えていませんでした。・・欧米型経済圏を広げる余地があったのです。
その大恐慌を一時的に克服して人類は更なる環境破壊を繰り返しながら、尊い自然を犠牲にして更なる経済の大発展・・・破滅への道・・・を辿ってきたのです。ケインズ理論による、自然の事や有限性を考慮しない環境破壊のニューディール政策でドーピングして大恐慌を乗り切ったのです。・・・実は問題を先送りして大きくしただけだったのですが・・・

しかし現在は違います。・・・未開の地なんて殆どありません。・・・わずかな未開の地は開拓するのではなく保護するべきでしょう。だから、持続可能な経済成長・・・などと言うまやかしを言って内需拡大やら需要開拓、消費拡大・・・のような本末転倒の対策に躍起になっています。・・・もう飽和に近付いている・・・と認めるべきです。

 ここで、この恐慌を従来のケインズ理論などで(見掛け上)乗り切ったとしましょう。そしてまた経済成長と言うバベルの塔を積み重ね続けたらどうなるでしょう??
これ以上積み上げるのは大変で、軋み始めて昨年上部が崩れ落ちた高い高い塔の上にまた石を積み重ねるのです。・・・今度はもっと大きな崩壊が、間もなくやってくるでしょう。
 そう、今回の恐慌を従来のケインズ理論で乗り切る事は、問題の先送りでしかなく、もっと大きな大恐慌がやってくるのです。

 私は定量的な予測はあまり信頼しません。自分もその手の予測をする事は得意ではありません。・・・と言うより、複雑系カオスの現象には、正確な定量的予測は不可能です。
 しかし、100年に一度の経済危機なんていう表現がまかり通っているから、しっかり否定する為に予測させて戴きます。

 従来の景気対策の方法・・・ケインズ理論などで・・・景気対策をしてそれが見掛け上成功して恐慌を脱したとしたら、次にはもっと大きな恐慌が、100年よりずっとずっと短いスパンで・・・数年以内・・・長くても20年も経つ前ににやってくるでしょう。経済だけでは済まされない色々な危機・・・食料危機、自然崩壊、環境悪化・・・人類の存亡にも関わる危機・・となるでしょう。・・・だからケインズ理論でなど乗り切るべきではないのです。

 ではどうするか・・・ゼロ成長でも十分にやって行ける健全な経済システムを構築するのです。そして、経済活動を人間社会の中心に置かない事です。経済システム・・・とも呼ばないほうがいいかも知れません。・・・これこそ必要なパラダイムシフトでしょう。
 
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【2009/02/09 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

私は70年代の生活水準で止まってもよかったな~って思ってます
BEM
80年前の大恐慌はただ先送りしただけで、今の世界的な不況があるという事を考えると、100年に一度ではなく、今まで経験した事のない危機ということも言えるでしょうか。
これだけ自動車が売れない、家電が売れなくなったというのに、まだ景気成長を夢見ている人が世の中にはいるんでしょうね~(--;
先進国、特に日本とアメリカは、これでこれまでの使い捨てや使い切りの社会を考え直して、将来を見据えた政策、経済成長がなくてもで、ゆったりとした安心して生きられる社会を考えたいですね。

しかしまたまた麻生総理は「日本はそんなに大変ですか?!」なんて言っちゃいましたね。本当に自民党をぶっつぶすのはこの人かもしれません(笑)

生活水準もどこかで止まるべきですね。
雑草Z
    BEM さん

>100年に一度ではなく、今まで経験した事のない危機ということも言える

そうですね!今回の大不況は見かけ上一端回復するかも知れませんが、ここ数年で始まるであろう危機は、恐慌などと言う経済危機には収まらず、大きな環境破壊を伴う食糧危機やエネルギー危機、資源の不足などによる現代人類社会の存亡にかかわる危機に発展するでしょうね。


>まだ景気成長を夢見ている人が世の中にはいるんでしょうね~

まだ、いると言うレベルではなくて、まだまだ主流でしょう。この恐慌を乗り切って、さらなる発展を・・・と思っているでしょうね。・・・成長神話に洗脳され切ってます。


>経済成長がなくてもで、ゆったりとした安心して生きられる社会

ほんと、そうですね。もともと
安定=定常状態
で、成長とは相対する概念だと思うのですがね。記事にも書いているとおり、ゼロ成長でやっていける事が健全ですね。

破綻せよ。
でなしNo.146
>もし仮にこの恐慌を乗り切って次の恐慌が80年~100年後くらいにやってきたら

>でもそんな可能性はないと言ってもいいくらいでしょう。

私も、この意見を支持します。

万が一、見かけ上、恐慌を抜けたと思っても、またあちこちでバブルが弾けて連鎖的に破綻していくでしょうね^^

対症療法、糊塗策的なことをすると、さらにひどい状況になると思います。

今でも、十分待ったなしの状況なんですから…


>経済活動を人間社会の中心に置かない事

ズバリ、コレという感じですね。

経済を軸に生きる時代は、もう終わらせないといけないと思います。

もっと、本質的な、実りのある生活がパラダイムシフト後の世界にはあると思います。

…というか、そうならなければ、人類は動かないと思いますから、滅びへまっしぐらでしょう。


y.suzuki
 同感です。これを機会に国際資本と絶縁して、自立経済へ舵を取るべきですね。

 国家紙幣議論も出てきているようですから、非欧米諸国を巻込んで早々にポスト市場原理の国際世論を作るべきだと思います。

スロウ ランディング
雑草Z
    でなしNo.146さん

>またあちこちでバブルが弾けて連鎖的に破綻していくでしょうね

そうです。そこまで考えの及ばない頭の固いケインズ主義者(いまだにケインズ理論見たいな事を言ってる経済人が多いことに呆れるばかりです。)は、一掃しなければなりません。彼らは世の害悪です。


>今でも、十分待ったなしの状況

本当に、そこなんですよね。経済危機なんて大した事なくて、自然破壊等の人類の生存環境危機のほうがよっぽど深刻です。

 
でなしNo.146さんの今回のコメントタイトルのように

>破綻せよ。

で、大局的にはいいのですが、上手くスロウ ランディング出来ればいいですね。スロウ ランディングを検討すべき時期なのに、破綻している経済論理を使って景気対策でこの恐慌を乗り切ろうと考えている経済人ばかりで困ったものです。世界を破局に導く彼らを一掃しないと大変です。
 

>自立経済へ舵を取るべき
雑草Z
    y.suzukiさん

そうですね。自由貿易が理想なんて言ってる連中の意図は、その貿易で儲けたり経済で世界を支配したい多国籍企業とか財閥の連中や彼らに操られたり踊らされている連中ですね。
おっしゃるように

>これを機会に国際資本と絶縁して、

欲しいものです。その為には、財界、資本家の傀儡政権を打破しなければなりませんね。


>非欧米諸国を巻込んで早々にポスト市場原理の国際世論を作るべき

全く以って同感ですが、そんな動きは(少なくとも国家レベルでは)殆どないのが悲しいところです。やはり、現在の経済人、市場原理主義者達は早く退かせるべきですね・・・・→だから国際世論を早急に作るべきなんですね。ネットは非常に有効手段ですね。


nao
今日ふと思ったのですが、25兆円使って江戸時代型の完全循環システムの街を一個作れません?
その街はマイナス成長を基本としたインフラストラクチャーを理念とします。つまり、抜本的に退化する街。学者と政治家で議論だけでもすれば楽しいな、と。

そんなにお金はかからないでしょう。
雑草Z
25兆円と言ってもピンときませんが、それだけお金があればかなり大規模な循環型システムの街・・・町より大きな県のようなものが作れますね。・・お金に関してはかけようと思えばいくらでもかけられますが、・・・政治家はわざと沢山かけようとするでしょうが、経済縮小を提唱するならお金もかけない方向で行きたいですね。


>抜本的に退化する街。

の必要はないと思います。『成長しない街』が理想でしょうね。現代社会は行き過ぎているから、縮小が必要ですが。





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2009-02-05 00:01
 普通、人間には向上心があり、昨年より今年、今年より来年は良くなろう・・・と考えます。現状と比較して、次はもっとよく・・・と言う成長志向はある意味向上心を持った人間の普通の欲求でしょう。勿論私もかつては野心の塊でした(笑)『人間の欲望は切りが無い』と言われる所以です。

 さて、経済、GDPは成長率ばかりが注目されます。これは成長志向の人間の性[さが]として当然のことと言えば当然ですが、非常に危険な発想です。GDPの成長は、生産と消費と廃棄の拡大です。それが目標って、とんでもない事と考えて当然ではないでしょうか?。
財産を十分持つ事が目標と言うほうがまだましでしょう。その場合、みんなが裕福になっても、節約して財産の動きが小さくなればGDPは縮小します。
 GDPを大きくするには資源、財産をどんどん浪費する・・・と云う行為が必要ですし、GDPを成長させる・・とは、その浪費を毎年毎年増やしていく・・・と言う事です。成長率を上げると言う事を目的にした場合、節約は悪で、浪費が美徳という事になりましょう。それも、毎年毎年前年よりも浪費が増えていくことが美徳となるのです。・・・十分に愚かな事でしょう。【使い捨ての時代】なんて言われた愚かな時代もありました。
 例えばみんなの衣食住が必要十分にある・・・と言う事が目標ならまだ理解出来ます。・・・GDPを上げるとは、それが目標ではありません。その消費レベルを上げると言う事です。さらに経済を成長させる・・・とは、消費を毎年増やすという事です。・・・それが経済成長主義の本質でしょう。・・・・経済成長主義者は、経済を成長させなければ世界の人々の衣食住も満足にする事は出来ない・・・と反論するでしょう。・・・でもそれは、そういう経済システムに作り上げたからある意味当然です。特に経済成長が必要な金融システムは、無節操に利益を上げる為にお金に余裕のある資本家連中が作った資本家の為の集金システムです。

 『成長が目標』という事は、有限の地球では危険な破滅への哲学です。狂気の哲学です。
先ず、衣食住+αの生活レベル・・・と言う経済目標を設定したとしても、物質レベルに関してはあるレベル・・・持続可能なレベル・・で終わりにしなければ、人類の歴史が終わりになってしまいます。それ以上の成長目標は切りがありません。・・切りが無い目標でも達成は不可能です。有限の地球で浪費レベルを切り無く上げる事は、人間が実感する為には、指数関数的に上げなければなりませんから、正に破滅のシステムでしょう。


ここで、
1人当たりのGDPの歴史的推移を見てみましょう。定義によっても違うでしょうが、購買力で考えます。
日本を考えた場合、1700年を1とすると、100年後の1800年は2,3割アップです。
ところが1900年には2倍。1950年には4倍、そして2000年には、36倍です。指数関数に加速のついた超指数関数的に成長してきた訳です。そして頭打ちになったのが現在の状況です。
人間の感覚は対数関数的【対数関数的感覚】ですから、この間豊かさが36倍になったとは感じないでしょう。そもそも、豊かになったと感じているのでしょうか?・・・勿論この経済成長で人類はドーピングされているので、もう昔に戻れないと感じている人は多いでょう。しかし、環境負荷は持続可能なレベルは超えています。これからは、人口が減少しない限り、1人当たりのGDPを増やしていくことは困難になっていくだろうし、これまで只だったものを有料にするといった方法・・・社会が住みにくくなるでしょう。・・を実行するしかなくなっていくでしょう。【経済成長の本質】・・にも書いたとおり、只だったものを有料化すると言う行為は経済成長の為の基本的な方法です。

 物質的生産・消費・廃棄を目標にするGDP信仰はそもそも愚かな洗脳です。
百歩譲ってGDPの達成目標を掲げたとしても、それはある一定のレベルが目標になる事でしょう。GDPがどんどん増え続ける「経済成長」が目標なんて、愚か者の発想です。生活に困らない衣食住のレベルまで達したら、あとは物質的レベルを追求する事はやめて、別な幸福を追求するべきでしょう。物質的豊かさを目標にするとしても、 “経済の成長“自体を目標にする事は本末転倒甚だしい事でしょう。物質消費レベルの水準をだんだん上げていく事に価値を見出すなんて、狂気の沙汰です。一人の人間が必要十分な物質レベル以上を望むと言う事は、有限な地球上では、未来に生まれてくるべく人間も含めて、他の人の分け前を取る・・・と言う意味でも罪と言うべきでしょう。

経済成長志向・・・物質の生産・消費・廃棄の成長を望むなどと言う事を目標にするほど人間は愚かな存在なのでしょうか?

経済だけではなく、現代社会で肯定的に捉えられている成長志向そのものも、そんなに素晴らしい観念とは思えません。上昇志向の若者が減って下流志向の若者が増えてきたといわている事もあながち悪いことではないように思えます。
ただ、いつの世でも、上昇志向の物質的欲望を持った者に、そんな欲望を持たない人々が踏み台にされてきました。そこのところのセイフティネットを張る事もこれからの社会に必要な事でしょう。
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【2009/02/05 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

経済で不幸になる。
でなしNo.146
>1900年には2倍。1950年には4倍、そして2000年には、36倍

これほどとは、ひどいですね。
無駄使いして地球を36倍痛めつけてるんですね。

決して、幸せが36倍になった気はしません。
(といっても、1700年に生きていたわけではありませんが)

むしろ、
金融関係をここまでいろいろいじくったせいで、こんがらがったヒモがほどけなくなった感すらあります。


最近の企業のニュースでは赤字修正報告ばかりですが、
この一年で、「え、この会社が?」みたいな企業が1、2コ潰れるかもしれません。

早く世の中が正しい方へいくことを願ってやみません。

消費レベルはもっと酷いでしょう。
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 ここでの「1人当たりのGDPの歴史的推移」は
1人当たり実質GDを超長期的に推計していることで著名なアンガス・マディソン氏のデータを使って書かせて戴きました。1人当たりGDPの単位は購買力平価で換算した実質ドルです。購買力で考えましたが、物やエネルギーでの消費レベルで考えると、20世紀の成長の伸びはもっと極端な超指数関数的でしょう。(こんな事に『成長』という言葉を使うのですからとんでもありません。)1700年を1としたときの2000年の値も、一桁ぐらい大きいのではないでしょうか?



>金融関係をここまでいろいろいじくったせいで、こんがらがったヒモがほどけなくなった感

全くその通りだと思います。はじめから金持ちがさらなる儲けを目的で始めた金融でしょうから、不公平で穴だらけでだったでしょう。・・・だから色々いじって滅茶苦茶な状態になってしまっていますね。一度御破算にして、システムを新たにしなければ、理不尽な金融支配から抜け出せませんね。


>この一年で、「え、この会社が?」みたいな企業が1、2コ潰れるかもしれません

1,2個じゃ済まないんじゃないでしょうか・・・?。

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2009-02-01 00:01
ここのところ色々な機関が、経済見通しを発表する度に成長見通しを下方修正しています。IMF[国際通貨基金] が1月末に発表した世界全体の2009年のGDPの実質成長見通しは、0.5%と、第二次世界大戦後最低の予想となったとニュースは伝えています。(因みに2010年の見通しは3%だそうですが・・何をおっしゃるうさぎさん、こんな数値はあってなきに等しいでしょう。あてずっぽうのレベルとそんなに変わらないでしょう。色んな思惑で出した数値でしょうか?・・・IMFも欧米が作った悪どい組織ですが、2010年の経済成長予想なんて当てにならない数値を示してどうするのでしょう?。)いわゆる先進国、アメリカ、ユーロ圏、日本・・・は軒並みマイナス成長の見込みです。(-1%~-3%)。成長著しかった新興国も下方修正されています。中国やインドの成長率も鈍化する見通しです。鈍化する見通しと言っても中国もインドもまだ5%を超えていますから、まだまだ高度経済成長と言えるでしょう。ロシアに至っては、欧米同様、マイナス成長の見通しです。
 まあこの辺の定量的な数値はかなりアバウトにしか信頼出来ませんが、今年に限らず、これからはマイナス成長の国が沢山出てくる事は明らかでしょう。経済が世界規模で飽和に近づいているのですから。これから無理に経済成長を推し進める為には、今まで無料で手に入った自然の恵みさえにもお金を払う事態が起こるでしょう・・・前回【経済成長の本質】で描かせて戴きました。・・・空気にさえお金を払う社会・・といううのも冗談のレベルじゃなくなってきています。・・・

 マイナス成長、低成長予測を受けて、各国政府もマスコミ各社も、新聞でもテレビでも、金融危機克服だとか委縮の連鎖を食い止めようとか、相変わらず経済成長率を高める事に躍起になっています。
 この経済のマイナス成長を歓迎する国や自治体はまだ現れていません。経済成長と言うドーピングにどっぷりと浸かった社会の指導者たちは、その呪縛から解放されていません。どうしてここまで世界は経済成長に洗脳されているのでしょうか?呆れるばかりです。

確かに、現在の狂った経済システムを維持するには経済成長が必要でしょう。特に、金融システムは、経済成長が前提となるでしょう。・・・でも、それはネズミ講(無限連鎖)のような破局に向かうシステムです。経済活動なんて、一言で言えば生産と消費と廃棄です。資源とエネルギーと廃棄場所の浪費を生活の向上と考える貧しい発想です。・・・実際にそれは生活向上ではなくて、生存環境破壊に他なりません。

 定量的な事は定義によっても変わるだろうし当てにはなりませんが、明らかにエコロジカルフットプリントはもう持続可能なレベルをとっくに超えています。マイナス成長を続けて持続可能なレベル以下の余裕のあるレベルまで経済レベルを落として、そこから先は揺らぎはあってもゼロ成長を続けるべきでしょう。さもなければ大恐慌の被害よりずっと深刻な環境カタストロフィーによって、人類の存亡にかかわる事態が発生するでしょう。

 現在、経済のマイナス成長は歓迎すべき事です。世界全体の経済成長率が0.5%とか言わず、是非とも今年から世界経済がマイナス成長を続けて、マイナス成長やゼロ成長でもやって行けるまともな経済システムに変換すべきでしょう。・・そう、ゼロ成長・・・定常状態で継続できるシステムをまともと呼ぶべきでしょう。成長前提の金融システムは異常なネズミ講だったのです。マイナス成長により、大きな痛みはあるでしょうが、異常で危険なドーピングから抜け出す為の大きな試練です。
経済のマイナス成長を歓迎致します
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【2009/02/01 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


nao
金儲け主義の奴らは下品です。値段の高いサーロインステーキを喜んで食べて、本当に美味しいお漬物の味が分からない奴らばかりです。
僕は雑草Zさんとは少し違い(商売が生業ですのでw)本物を適正価格で売るなら経済成長もありだと考えています。
某ブログで教えて貰ったのですがhttp://www.google.com/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fblogs.dion.ne.jp%2Fhanemone%2F&hl=ja&mrestrict=xhtmlchtml&inlang=ja&client=ms-kddi-jp&q=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7
自由主義社会は、良いものを安く売る、から、安物を安く売るを経て、現在は偽物を誤魔化して売る社会になってます。
余談ですが、サーロインステーキをパクって喰う下品な連中って、冷凍マグロと冷めた天ぷらと本だし入りの玉子焼きが大好きです。それと、不自然にツヤツヤと光る漬物とw
それらをアテにしてチンチンに沸かした白鶴を喜んで飲んでいるからどうしようもありません。
以前に勤めてたホテルで、五條土木って奈良県の土木課の空出張の連中に、その傾向が顕著でした。

経済のガス抜きをし、二度とバブルに戻らぬことを。
でなしNo.146
>空気にさえお金を払う社会・・といううのも冗談のレベルじゃなくなってきています。

二酸化炭素の排出権が国家間で取引されるそうですし、新鮮な(?)酸素バーなるものがあるそうですから、リアルになりつつあります。
(個人的に、二酸化炭素の排出権なんて言うのは、金融商品以外の何者でもないと思いますが)


今回の世界経済の停滞は、世界をゼロ成長路線へ舵を切らせる一助となると思いますが、経済成長主義に思考汚染された世界のリーダー&財界人に「用済み」のレッテルを貼らないといけませんね。

断言しますが、
経済成長させても、私達の生活を救えない。無論、地球も救えない。後の世代の子ども達の生活も救えません。

最後に余談ですがある雑誌で、
「この不況で、多くお金を持っている人の方がより、お金を失った。」と金持ちへの風当たりを和らげる記事がありましたが、それは一部だけの話で、必ず、失ったお金を受け取った人間がいるはずなのです。

マイナス成長なんていわずに、不必要な分のお金自体を消滅させちゃいましょう^^

どの商売も成長したいと思いますが・・
雑草Z
    naoさん

今回のコメントは記事の内容とはちょっと離れていますね。ここの記事の内容へのコメントではないかと思います。でもお気持ちは分かります。


>現在は偽物を誤魔化して売る社会

その傾向はかなりあると思います。エコ商品とか健康食品とかは特にその傾向が大きいですね。一般市民も真偽眼を鍛えるべきでしょう。


>本物を適正価格で売るなら経済成長もあり

 ここの部分も言いたい事は分かりますが、成長の必要はないと思います。何の産業でも成長していくのは歓迎されますが、全体としての経済成長は破滅への道だと思います。優良産業の一時的な成長・・という意味でおっしゃられているのなら、勿論有りだと思います。

>世界をゼロ成長路線へ舵を切らせる一助
雑草Z
    でなしNo.146 さん

>二度とバブルに戻らぬことを

本当にそう願いたいものですが、現在の世界の景気対策はまたバブルを呼びこもうとさえしているようです。・・そもそもまだまだバブルは抜け切ってません。


>経済成長主義に思考汚染された世界のリーダー&財界人に「用済み」のレッテルを貼らないといけませんね。


そうですね。ほとんどの政治家、官僚、財界人・・・ですね。残念ながらオバマもそのうちの一人ですね。


>断言しますが、経済成長させても、私達の生活を救えない。無論、地球も救えない。後の世代の子ども達の生活も救えません。

もっと踏み込んで言えば、無理に経済成長をさせる事は、逆に私たちの生活を窮地に追いやるし、人間を含む生物が住める地球環境も破壊するし、後の世代の子供達に負の遺産を増やすだけでしょう。


>不必要な分のお金自体を消滅させちゃいましょう

資本と金融を潰すにはいい方法かも知れませんね。でも方法が難しいですね。でなしNo.146さんならどんな方法を提案されましょう? 

不必要な分のお金の消滅。。。
でなしNo.146
具体的な案は細部まで練りこむ必要があるでしょうが、切り口の一つとしては以下のようになると思います。

まず、銀行などの利子は0%以下、ようするに、貯金をしてお金を腐らせるなら目減りするような方向に持っていきます。
金持ちの口座は累進課税的に目減りさせちゃいましょうか^^

そして、
そのお金は銀行が自由に使うのではなく、社会のセーフティーネット(福祉、教育、農業など)に使うというものです。

そうすれば、銀行も消滅する方向に行きますし、お金を供給する必要もなくなっていくと思います。

ちなみに、投資に使うなんてもっての他。
税金やら、規制をぎっちりかけてあげましょう。
儲からなくなれば衰退していくでしょうから。

(まぁ、そうなると問題はタンス預金が主流になって治安が悪くなることなどいろいろありますが…)


ただ、
これからは、商売も短命化し、10年弱で衰退期に入ってきてしまいますから、すべての人、産業においてセーフティーネットをしっかり整備する必要があります。

とにかく、あらゆるお金を集めてきて、セーフティーネット整備に回す。
極論を言えば、一日中働かなくても最低限の有意義な労働に携われば生きていける社会作りですかね。


以上、
拙い理論ですが、肝心なところは2つ。
あらゆる利子の撤廃とセーフティーネットの早急な整備でございます。

ゼロ成長にはゼロ金利
雑草Z
    でなしNo.146 さん


>銀行などの利子は0%以下

う~ん、そうですね。ゼロ成長にはゼロ金利が基本でしょうね。


>あらゆる利子の撤廃とセーフティーネットの早急な整備

ここまで案があれば、試案段階としては十分なビジョンですね。勿論、おっしゃるように実行するときにはまた色んなクリアすべき問題はあるでしょうけれど・・・


>貯金をしてお金を腐らせる

投機に回されるなら、腐らせた方がましかも知れません。


>金持ちの口座は累進課税的に目減りさせちゃいましょうか


なかなかいい案ですが(笑)そもそも累進課税は厳しくすべきだと思います。でも、政治家が金持ちの傀儡だからそうはいかないのですね。アメリカの大統領は代々ブルジョア階級ですし、オバマも一般庶民とは程遠い感じです。日本の総理も搾取階級の傀儡でした・・・現総理は搾取階級そのものですし・・。


先物取引のようなマネーゲームを止めさせるためにも投資の強い規制・・・禁止を含めて・・・は必須でしょう。・・・強い規制・・はやはり廃止でしょうか。 



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