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2008-12-29 00:01
 最近、海外でも日本でも、多くのエコノミスト[economist・・・経済の専門家]が世界の金融危機について分析し、世界金融の立て直しについて見解を述べてマスコミを賑わしています。大規模な公共投資を行え・・とか、証券会社、銀行、自動車会社などの大企業を公的資金で救えとか救うなとか・・・・その中には、まるでこの状況を数年前から予測していたような口調のエコノミストも沢山いますが、彼らの大部分・・・殆ど全部は、直前までこの状況を予測出来ませんでした。・・・2年前にサブプライムローンの破綻、リーマンブラザーズの破綻から、金融恐慌が始まる事を世界のエコノミストの誰が予測出来たでしょうか?
 世界の経済界の大物と自負する人々の多くは、こぞってサブプライムローンを絶賛して、乗り遅れるなとばかりに投資したのではなかったのでしょうか・・・?

 彼らの分析は何故ことごとく外れるか・・・未来予想ですからそうやすやすとは当たる筈は御座いませんが・・・それでも彼らの経済理論が破綻するのは、経済成長を基盤にしているからに他ならないからでしょう。経済成長を続ける事は不可能で、いかに愚かなことであるかはここのブログで散々論じてきたので繰り返しませが、金融について言及すれば、
金融って概念そのものが、経済成長の落とし子みたいなものでしょう。金融こそ、経済成長無しではすぐに行き詰るドーピングです。
 経済は成長させなければならないという強迫観念にとりつかれたどうしようもない破局への理論を根本において議論しているエコノミスト達は完全にエコファシズム(Economic Fascism)に侵されています。

 エコノミスト達は、経済だけにとどまらずに社会をも論じています。何故なら現代社会は経済と同格に論じられるほどに経済が蔓延っているからです。
でも、エコノミストが社会を論じるって、
例えばクラシック音楽の指揮者がどんな音楽でも指揮するようなもの・・・原始的な民俗音楽からインプロバイゼーション中心のロックまで指揮出来る積りでいるようなものです。
・・いや、もっと酷いでしょう。・・・例えは悪いですが、将棋の棋士や野球の監督が戦争や政治の国際戦略を論じるくらいお門違いな事ではないでしょうか?
そんな偏狭なゲームのような特殊な経済理論で社会を論じて欲しくないものです。

 マスコミでその手のエコノミストが論じているさまは、滑稽と言うよりも、ペテン師に見えます。宗教の教祖様は、大部分の人が眉唾だと思っているからいいのですが、経済は社会科学であるから、ほとんどの人はエコノミストの言う事には真理があると思ってしまうでしょう。
 ハーバードで何年研究を続けようが、ノーベル賞を貰おうが、経済成長を基盤にして金融の立て直しを考えているエコノミスト達は、視野が狭すぎます。社会を論ずるべきではないでしょう。
 地球が飽和したと考え、限界を考えなければならない時期に、地球が無限に大きいと近似出来た短い時代(本来そんな時代はなかったのですけどね・・)の愚かな経済成長路線理論を、適応する愚かさ・・・地球のキャパや生態系の事、自然の循環の考察無しに社会を論じて欲しくはありません

 エコノミスト達の中にもこの経済路線に疑問をもつ人は少なからずいる事でしょう。・・・しかし彼らは今のところマスコミの表舞台には出て来てません。・・・何故なら社会は、経済成長を望む人々・・・大企業や財界、実業家・・に仕切られているからであり、テレビ局も新聞局も経済成長の恩恵に預かっている経営者や資本家がトップにいて、その下で働く従業員達は、経済成長に洗脳されて、忙しく働き、思考する事を放棄しているからでしょう。・・・そういう意味では、マスコミはかなり保守的かも知れません。そんな情けない状態がマスコミの実態でしょう。
 その情けないマスコミで経済成長と言う不可能な事を前提に議論を展開しているどうしようもない人たち・・・それが現在主流のエコノミスト達でしょう。

彼らの全盛時代も今年で御仕舞になり、新年からは、脱成長路線を基本に置く人々・・・エコノミストであってもなくてもいいのですが・・・に台頭して欲しいものです。
マスゴミに期待出来なくとも、ネットが発達しています。
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【2008/12/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

良い年をお迎え下さい。
BEM
これでも経済成長をのぞむ方々、お金を動かすだけで利益を得ようとする人達を見ていると、目前に滝壺が迫っているのに相変わらず下流に漕ぎ続けている船に乗っているように思え滑稽です。
知らずにその船に乗船させられている人はたまった物じゃありませんけど。マスコミにのせられず早目に飛び降りる勇気を持ちたいですね。

今年もあと1日ほどになりましたが、沢山ためになる記事を読ませていただき、またコメントもいただき、ブログタイトルを変えるきっかけを作っていただいた雑草Zさんには、大変感謝いたしております。

来年も(私の場合は、来年は!ですけど)良い年でありますように(^^)/

ネットの縁、ネットの力
雑草Z
    BEMさんこそよいお年を!

>その船に乗船させられている人はたまった物じゃありません

グローバル化した現在の世界では、みんなが乗せられている訳ですから何とかしないといけませんね。・・絵の上手いBEMさんはその辺の風刺画を上手く描けるんじゃないでしょうか?。・・やっぱりみんなで舵取り方向を変えなければなりませんね。・・・

 +++++   ++++++++   +++++    +++

 BEMさんとのコメントのやり取りはもうかなり長いと思ってましたが、今調べてみましたら、当方の今年の5月20日の記事にコメントを戴いたのが始まりでした。まだ一年経っていませんね。はじめは、BEMさんのサイトが交通安全のサイトだと思って、あんまり興味を示しませんでした(失礼!・・汗)その後、面白く興味深い記事が多い事に気付き、訪問するのが日課になりました。
 プロフィールを読んだら、ブログタイトルにも深い意味があったようで、余計な事を言ったかな・・・などとも思っていました。
 来年も宜しくお願い致します。

マスゴミとエゴのミスと。
でなしNo.146
エコノミストなんて基本的に後出しジャンケンです。

しかも、
マスゴミ好みのエコノミストは大抵、経済成長信仰者。

そもそも、
マスコミは広告で成立していますから(、反応率も低く、効果を測定しづらい広告。)、経済が停滞すると広告費を削られるので、成長してもらわないと困るんですね。


ある大物コンサルタントのメルマガで、トヨタはTV広告費をなくせば、1~3年で返り咲けると言っていましたが、

「大間違い」と言ってイイでしょう。

広告費を出してくれていたから、あこぎなことも報道しないし、どれだけの人が影で泣いているかも報道統制がされているのです。

それもすべて、「トヨタ様は最強のスポンサー」という広告費が絡んでいたから。

この暴露報道への抑止力がネックになって広告費から手を引けない事実を失念しています。

実際、広告費をゼロにしたら、とんでもないことになると思います。今まで抑えていたものが全部出ますから…


この一件でも、コンサルタントや経済学者と言っても、驚くほど回りが見えていない人が、堂々と看板を出しているんですね。玉石混合。
(もしくは、トヨタをアジテートして破滅させたい意図があるのか??それなら、大絶賛ですが^^)


最後になりますが、
来年にはもう一つ大きな波が来る可能性がありますから、資本主義社会の破綻は一層進むと思います。

今年一年、興味深い記事を拝読させて頂き、ありがとうございました。

>エゴのミス人
雑草Z
    でなしNo.146さん

 またまた興味深いコメント有難う御座います。


>反応率も低く、効果を測定しづらい広告

確かに、TVショッピングでもない限り、CMの効果って測定しにくいですよね。
 私も広告、特にテレビCMについては、費用対効果について常々疑問を抱いていました。
 広告料もずいぶん高いのに(何せ、民間テレビはそれで収入を得て経営している訳ですから・・・)こんなにバンバンCMを打って、元を取れるなら、商品自体の価値よりも広告が物を言う虚構のシステムだな。・・・商品自体の原価もかなり安いからこんなにCM打てるのだろうか・?・・・TVCMしないで、いい商品を安くしっかり売る流通システムは作れる筈だ・・・等々
 
>広告費を出してくれていたから、あこぎなことも報道しないし、どれだけの人が影で泣いているかも報道統制がされている

 洗剤会社や化粧品会社もこれと似たような構造でしょうね。・・・と言うか、電力会社も重工会社も、製薬会社も・・・大抵の大企業がそんな事情でTVCM出してるのでしょうか?・・するとマスコミも無言の脅迫をする暴力団みたいなものですね。

>トヨタをアジテートして破滅させたい意図がある

そんな気骨のあるエコノミストがいたら凄いですね・・・でもそう言うエコノミストがいれば、それは気骨ではなく他の自動車会社の回し者でしょうね。(笑)


 

   ××  ××  ××  ××    ××  ××  ××  ××

>来年にはもう一つ大きな波が来る可能性がありますから、資本主義社会の破綻は一層進むと思います。


地球のキャパの限界から、大きな破局の波はどんどん打ち寄せるかも知れませんね・・・100年周期の筈もなく・・
その時に各国が資本主義の防衛の為に色々な対症策を打ち出すでしょうが、その度に地球環境は悪化させられますね。過剰防衛は、地球環境を破局に追い込むでしょう。
あんまり景気対策はしないで欲しいですね・・・この辺りに関しては、新年からどんどん書いていきますので、こちらこそ来年も宜しく・・・


   +++++++   +++++    +++++++     ++


>今年一年、興味深い記事を拝読させて頂き、

って、今年の秋からまだ2,3か月じゃなかったでしたっけ??(笑)・・・同じ志を持った、鋭い洞察力を持った論客が常連になって戴いて嬉しい限りですよ。
 お約束通り、来年からは脱経済成長の方法やパラダイムシフト後の持続可能な社会についても考察していこうと思いますので、宜しくお願い致します。



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2008-12-25 00:01
 現在、世界の金融危機に際して、企業の救済方法などがさかんに論じられています。米自動車大手3社(ビッグ3)の救済についても、政府からの緊急融資が決まりました。かつての日本の住専問題の時のように、結局、公的資金の導入が為されました。その目的は、労働者救済のようにも言われていますが、「何をおっしゃるうさぎさん」・・・です。
 公的資金の導入の目的は・・ 金融安定の為・・と言われます。
 金融安定・・・ってつまるところ資本主義経済の保護って事でしょう。
 救済される会社は、厳しいリストラを義務づけられたり、自ら課したりします。
 本来のリストラの意味は、re-structuring ;再構築 です。広く『構造改革』と言う意味にもなりますから、当然行うべき事でしょう。それによって社会のシステムを持続可能な方向に持って行けるのならば大歓迎です。
しかし、特に日本で一般に使われている『リストラ』は、組織再構築のために不採算事業や部署の縮小を行う事やそれに伴う従業員解雇を差します。日常ではただ単に『解雇』と言う意味で使われる事のほうが圧倒的に多い状態です。・・・つまり、リストラは、従業員の為に行うのではなく、企業自体の為という建前のもと、実質は、経営者・・・株主の為に行っているのです。
・・日本では現在、派遣社員切りが頻繁に行われています。・・・会社の為・・・って結局、株主の為、資本家の為です。ほんの数日前に証券取引でその会社の株式を大量に取得した人の利益の為に、その会社の為に毎日働いていた人々が職を失う・・・こんな理不尽で非情な事が『合理化』の名のもとに行われるのが、the “資本主義” です。
ここのところ、日本でもアメリカに習って、会社は株主のものと考えるべきだ・・・・みたいな事が散々言われてきました。お金を出した人のもの・・・と言う考え方は一見確かに合理的です。それが資本主義社会と言うものでしょう。
しかし、株式市場で、最も多く投資して株式を取得した者に会社の経営権が行く・・・って、おかしい事でしょう。その会社の為に尽くしてきた人よりも、突然利益を見込んで投資した人のほうが会社の恩恵にあずかれる・・・金権主義以外の何物でもないでしょう。「会社の利益は社会の利益」なんてきれいごとを言うつもりは御座いませんが、会社の利益は「投資家の為」・・では労働者は奴隷です。酷過ぎます。せめて、「従業員の為」と言うべきでしょう。
 会社はお金を出資した株主のもの・・・と言う発想、それが資本主義の本質でしょう。
株主が会社を支配して、会社員も支配する・・・会社が株主の所有物であるなんて、金権主義以外の何物でも御座いません。資本主義の本質は、資本・・・お金があるものが会社・・・社会を支配していく、資本家の搾取の構造に他なりません。
労働者を奴隷のように使って搾取し、不要になったら解雇・・・と言う事を『会社を守る』と言う建て前のもとに為されているのです。
株主の会社と言うのなら、株主が会社の危機を救うべく、持ち株に応じて出資すればいいでしょう。不景気で会社の売り上げが下がったら先ずすべき事は、株式の配当金を減らす事・・・無くしてもいいではないでしょうか?・・・それだけで派遣社員の多くを解雇しなくて済む筈です。会社の儲けが無くなったら配当金を出さない・・・ごく当然の事ではないでしょうか?株はもともとそういうリスクを含んでいるものです。・・・こんな事態になっても株主を守る・・・ってそれはただの経営陣、株主達のエゴでしょう。株主を守るための公的資金の導入を行い、派遣社員をはじめとする従業員の解雇をする・・・会社で実際に働く人々よりも投資家を守る・・・これが現在の資本主義の実態であり、政府が公的資金を大量に導入してまでも守りたい物は、従業員ではなく資本家なのではないでしょうか。なぜ資本家を守りたいか・・・それは、政治家、官僚の多くが、資本家達の傀儡だからでしょう。
 
 今回の金融危機で、資本家達も沢山財産を失った・・・と言うかも知れません。しかし、億万長者が財産の半分~9割を失っても、まだまだ十分に贅沢出来るでしょう。それに投資家の財産は、もともと、投資と言うギャンブルで儲けたあぶく銭です。そんなお金は守る必要ありません。

 中小企業の社長の中には、会社が厳しい状況のとき、従業員の給料はしっかり払い、自分達は無償で働く・・・人がいる・・と言う話をよく聞きます。・・そんなに多くない美談かも知れませんが・・・それが経営者と言うものでしょう。投資家だってそうすべきです。

 投資家がいなければ、会社が困る、起業家も困る・・・と言う反論が来るでしょうが、そりゃそうです。資本主義社会はそういうシステムになっているのです。投資家の仕事がしっかり用意されているから、投資家に有利で、資本主義と言うのです。そんな持続不可能な資本主義社会の範疇で議論しても仕方ありません。



 因みに今回の記事は、資本主義を批判したのであって、自由主義を批判したものではありません。まして、民主主義を批判したものでも御座いません。資本主義と自由主義と民主主義を同じ主義とする考え方は、姑息な資本家達のプロパガンダでしょう。以前【抱き合わせ商法的な主義の図式】で書かせて戴きました。

 資本主義は、自由主義とも民主主義とも違う概念です。資本主義を別の主義で置き換えろと言うのなら、一番的確な表現は
資本主義は金権主義ではないしょうか。

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【2008/12/25 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

賃金奴隷。
でなしNo.146
会社に雇われている限り、時間を切り売りする賃金奴隷という立場で一生を送らなければならないのかと思うと、無念です。

某会社ですが、
以前に過去最高益をたたき出し、内部に資本を蓄積しているにもかかわらず、派遣社員は無情に切る…

その意図は、
株主総会で、株主に問い詰められることを嫌った経営陣の判断に他なりません。

なぜか、派遣労働者を切っているのに、株主配当が横ばいだったり、上がったりするのを見ると、株主最優先の姿勢が見えてきます。(日本人じゃなければ、暴動になると思います。)


人の人生を何だと思っているのか、呆れます。

投資家は、「お金を出してくれる上客。」
労働者は、「替えのきく部品」という感じでしょうか。


来年は、金融恐慌から産業恐慌に波及していくと思うので、労働者ってナニ?と言う疑問が人々のこころにじゃんじゃん出てくると思います。

さらにこの流れだと、
最悪、産業恐慌から、エネルギー恐慌(このへんで戦争になる可能性有)、食料恐慌(日本は餓死者多数)になっていく場合もあるかも知れませんので、これからも政府や世界の動きから目が離せません。
(まぁ、資本主義下では、いずれ通る道かもしれませんが…)


とりあえず、早くワークシェアリング&地域コミュニティのコネクションの強化をすすめてほしいですね。


y.suzuki
 これからの企業の有様についてヒントが隠されているように感じます。
 
 つまり、資本家、経営者、労働者の一人三役を実現できれば問題が解決します。資本を投資するだけの存在も、答えがもみつからず身動きできない経営者も、ぶら下がりの労働者も、結局は全体的な視点で物事を判断できる存在に進化することしかありません。社員の持ち株で社員自らが経営していく企業とは、つまり自分たちで運営することですから、気合が入ろうというものです。

 派遣社員の解雇についても報道をにぎわしていますが、選択肢として、雇われるだけではなく、何人か集まって上記のような運営を起業すればどうでしょう。農業などは、企業の体裁はとっていないけれども、ほとんど全て自前で運営しているようなものですしね。

 可能な限り、金融とは縁を切った運営ができるかがポイントとなりそうですが。(無借金経営への挑戦です)



でなしNo.146
>y.suzuki さま

非常に、斬新なアイデアですが、神田昌典さんなどからの影響でしょうか?

私も、資本家、経営者、労働者が分け隔てられている事が、貧困やワーキングプアを生む一因だと思います。

たしか、神田さん監訳の某書には、三者がパートナーとして、利益を等配分し、しかも必要なぶんだけの労働で事足りる世の中が予測されていました^^

今回、suzukiさまは、社員全員(全員というわけでもない?)が「お金」と「経営能力」と「労働力」を全て兼ね備えた組織を提示されましたが、例えば派遣労働者を見る限り、「お金」と「経営能力」は乏しいと思われます。
(経営能力を磨くにも、ある程度お金がかかりますし、悲しい事にお金がないから派遣という立場でも就労するしかない人も多いので。)

もしよろしければ、この点を「各自、努力する」と言う以外で、クリアする具体的な案を聞いてみたいのですが、いかがでしょうか?


y.suzuki
 でなしNo.146 さま、レスありがとうございます。神田昌典氏については存じ上げませんでした。

 資本については、会社設立時の資本金の基準が下げられましたので、社員の持ち株としてもそんなに負担はかからないと思います。現在の過剰消費を前提とした超肥大企業である必要はありませんし。もちろん、はじめは資本参加がムリでも、給与、賞与からの出資も可能だと思います。

 また、経営能力については、やっていく中で、現実の外圧を感じながら社員全員が考えていくしかありません。誰の責任というような形式論ではなく、舵取りをその都度とっていけば、全体を統合できる方針化が出てくるのではないでしょうか。能力という大それたものではなく、自分たちの企業を運営するという資質というか気概があれば、無責任な方向には行かないと思いますがいかがでしょうか。おのずと、実地で勉強するスタンスになっていくと思います。むしろ既存の知識こそがこの破局を招いた原因でもあるので、意外と素人集団のほうが、感覚が鋭敏なのではないでしょうか。

 あとは、国家の助成金の使い方で、必要な事業にこそ、国家が積極的に配分すべきで、そういう起業とそこに参加するひとがいま最も不足しているのだと思います。


  


恐慌
雑草Z
  でなしNo.146 さん

>株主最優先の姿勢が見えてきます

株主最優遇ですね。・・・何でも株主がまず最初・・・と言うのなら、本文にも書きましたとおり、リスクも最初にひっかぶるべきですね。会社が損失を出した時も、先ずは株主が損失を請け負う・・・それが本来の経営者でしょう。
株主よ・・・もっと責任とリスクを背負え・・・卑怯過ぎるぞ!!!! 


>金融恐慌から産業恐慌に波及していく

この読みは適切でしょうね。金融なんて言う馬鹿な仕組みを作ってしまったが故の大恐慌ですね。金融によって社会が崩壊・・・有限の地球を考えれば100年前でもわかる筈。


>産業恐慌から、エネルギー恐慌(このへんで戦争になる可能性有)、食料恐慌(日本は餓死者多数)になっていく場合もあるかも知れません

 私は、エネルギー恐慌の前に食糧恐慌が来る可能性も高いと思います。・・・石油枯渇まではまだ数十年かかりますが、ドーピングされ放題の食糧は・・・怖いですね。


 


個人事業主
雑草Z
    y.suzuki さん

>資本家、経営者、労働者の一人三役を実現できれば問題が解決します。

 つまり、個人事業主と言う事になりましょうか?
そういう古き良き地域社会を破壊していったのは、大資本ですね。本当に資本家ってろくなもんではありません。大資本家達の「地域の開発、活性化」の掛け声に踊らされて、地域のコミュニティも環境も殺伐としたものに変えられて来ましたね。


>農業などは、企業の体裁はとっていないけれども、ほとんど全て自前

これがこれからの持続可能な社会の企業形態の基本でしょうね。


>可能な限り、金融とは縁を切った運営ができるかがポイントとなりそうですが。(無借金経営への挑戦です)

頗る賛同致します。これこそ、これからの企業が目指す方向でしょう。永続可能な公平な社会を築く為の大きな鍵となるでしょうね。・・・さもなければ共産主義になるしかないでしょう。


>無借金経営への挑戦
雑草Z
でなしNo.146 さん  &  y.suzuki さん

 お二人の議論、興味深く読ませて戴きました。


>神田さん監訳の某書には、三者がパートナーとして、利益を等配分し、しかも必要なぶんだけの労働で事足りる世の中

必要な分だけの労働で事足りる世の中・・・これは、これからの世の中の進むべき方向ですね。・・・このブログの主題でもあります。でなしNo.146 さんとのお約束通り、新年になったらその事についてもどんどん言及していきますね。
 ところで、私も神田昌典氏については知りませんが、でなしNo.146 さんのコメントからすると、彼は

>三者がパートナーとして、利益を等配分

と言ってますが、
y.suzuki さんは

>資本家、経営者、労働者の一人三役

と言ってます。つまり分業ではなく、個人が経営も労働も兼ねると言う事ですね(資本家も兼ねる・・・ですが、資本の意味は薄れて欲しいものです)こちらのほうがより堅実な形態かと思います・・・分業の方が能率はいいですが・・そこから格差が生まれる可能性は大きいですね。・・・まあどちらにしても、資本家が支配する社会を壊す・・と言う意味において同じ考え方ですね。

金融とは縁を切った運営

が大切なポイントですね!!!

>既存の知識こそがこの破局を招いた原因でもあるので、意外と素人集団のほうが、感覚が鋭敏なのではないでしょうか。

う~ん!賛同致します。パラダイムシフトに際して大切な発想ですね。 

ありがとうございました。
でなしNo.146
>y.suzuki さま
コメントへのお返事ありがとうございました。

私としては、会社(団体)というものは、これからはWeb 2.0のようなフラットな組織で、全員で運営して行くスタイルが主流となると考えています。

雑草さまの言っていた、個人事業主や家業レベルでも競争力を持つビジネスモデルを模索して行きたいと思います。
(競争力と言うか、持続して生き残れるかたちにしたいですね。)

重ねて、ありがとうございましたm(__)m

>持続して生き残れるかたち
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 これまで産業界は、統合、吸収による大企業化と言う形で行われてきました。この大企業化は、結局のところ、ピラミッド構造による資本家達の効率的な搾取構造でした。
 政府も中小企業を守るなんてのは口先だけで、大企業に有利な構造を築いてきました。不公平な大企業中心の構造は壊していくべきでしょうね。


y.suzuki さん の提唱なさる

>資本家、経営者、労働者の一人三役
>金融とは縁を切った運営・・(無借金経営)

が理想的な持続して生き残れる企業のあり方だと思います。・・・斬新なアイディアですが、昔はみんなこう言う堅い経営だった筈です。
 

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2008-12-21 01:01
 アメリカ自動車業界の大手3社、いわゆるビック3が経営難に陥っています。公的資金による救済を求めています。関連会社の連鎖倒産が起これば300万人が職を失うとか言われています。
確かにこれらの会社で働いている人々にとっては大変な問題です。大きな社会問題にもなるでしょう。しかし、人類の未来の事を考えた時、公的資金の導入云々の前にこれらの自動車会社が必要かどうか・・・もっとシビアに考えた場合、大きな自動車会社が世界にこんなに存在していいものかどうか考えれば、それは永続出来ないものである事にすぐに気付くでしょう。毎年毎年何百万何千万台の新車が世界中で生産され、同じくらいの数(オーダー)の廃車が出ていると考えるとぞっとします。車の部品の再利用が進んでいると言っても、燃料の石油も含め、多くの地下資源が消費され、多くのスクラップが産み出されています。・・・社会から自動車が減って、次第に無くなるのは寂しい事かも知れませんが、自動車の大量生産大量消費は続く筈はなく、そう遠くない将来に自動車社会は崩壊する運命にあるでしょう。
 そもそも、関連会社も含めて何百万人も失業者が出るようなアメリカの自動車社会は異常と言うべきでしょう。それだけ自動車会社がでかくなり過ぎたがための危機です。アメリカは20世紀に強引な方法で車社会を作っていったから反動が来るのは至極当然でしょう。・・・
 因みにアメリカは、もともとの車社会のような錯覚にとらわれますが、そんな事はある筈御座いません。20世紀当初までは鉄道が発達していたのです。自動車会社や石油会社の陰謀で、わざわざ鉄道を廃止に追い込んで車社会にしたのです。その酷いやり方は
デヴラ・デイヴィス著「煙が水のように流れるとき」に描かれています。
 例えば、GMなどがダミー会社を作って、鉄道会社を買収し、路線を廃止し破壊したというのですから酷いものです。市民の足を奪って車を買わせたわけです。こう言う事をしっかり取り締まる事の出来なかったアメリカ政府もどうしようもありません。
 その意味では自動車会社も石油会社も反社会的なあこぎな会社です。・・・あこぎな会社でも、ニーズを無理に作りだして、大きくなって従業員を沢山抱えれば、社会に無くてはならないもののように扱われるのが世の常です。しかし、世界経済が頭打ちにならざるを得ないほど経済が成長して(これに『成長』と言う言葉を使うのですから悲しいものです。)、人類を含んだ生物の生存環境が危機に陥るくらいになるまで破壊されているのです。
 こんな社会の悪しきシステムを根本から変えなければならない時期に来ているのです。だから、自動車会社も、救うどころか心を鬼にして意図的に潰さなければならない時期に来ているのではないでしょうか?・・・潰さないまでも業種転換するべきでしょう。
 食料がなければ生きていけませんが自動車が無くても生きていけます。自動車を作るために地面を掘り返して地下資源を使いまくり、使い終わった廃車はスクラップにして、一部を再利用するものの、残りは捨てる・・・捨て場なんかないのに捨て続ける・・・そんな事は、始めからすべきではなかった事でしょう。自動車がないほうが住みよい世の中になるでしょう。・・・
 現在の世界の自動車生産量は異常です。差し当り、自動車生産を何分の一レベルまで落とさなければならないでしょう。だから、ビック3は救済すべきではありません。
 でも、その為に経営陣よりも労働者が損をする・・・と言うのが、資本主義の嫌らしいところでしょう。それについてはまた別問題ですので、後に論じます。
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【2008/12/21 01:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


y.suzuki
 同感です。背後に金融勢力(ロックフェラー)の意図があるとはいえ、企業のありかたも再考すべきときですね。

 資本家、経営者、労働者を分断しているのが最大の問題であるように思います。みんな自分らの領域のことしか見えていないという構造に陥ってしまってます。そしてM&Aのわなにもはまり、コンプライアンスも営利優先で見えなくなることになってしまうようです。

 企業としても、自立性つまり社会性が求められ、ここに転換できるかが勝負どころではないでしょうか。

>みんな自分らの領域のことしか見えていないという構造
雑草Z
    y.suzuki さん

 本質を突いた根本原因からの考察のコメント有難う御座います。

>金融勢力(ロックフェラー)の意図

についてはよく分かりませんが(宜しければご説明を・・)アメリカを典型例として、財閥が政治的力を持ち過ぎる社会は、非常に危険ですね。現代も民主主義の名のもとに実質的には金権主義が蔓延ってます。


>資本家、経営者、労働者を分断しているのが最大の問題

そうですね。同感です。特にグローバル化してしまったこの世界では、これは致命的な事かと思います。


>みんな自分らの領域のことしか見えていない

と言う寄せ集め構造で世界が動いていて、地球全体の事を考えている組織がありません。環境問題を考える国際的組織も色んな利害関係で動いている場合が多い現状です。
 世界はグローバルな方向に進んで来たのに、人々は利害関係でのグローバルなものの見方はしているものの、永続可能な社会と言う意味でのグローバルな物事の見方が不足しているように感じます。多くの人が自分の家族、所属する組織など個人的な事で目一杯です。
 

 

ビック3の救済は滅びへの一歩
でなしNo.146
最初にコメントの話題からですが金融勢力と言えば、
そもそも、今回の世界同時不況は、一説ではロスチャイルドとロックフェラーの勢力バランスが崩れたため起きたとも言われていますよね^^

特に前者はハンパじゃなく、あこぎな事をしているという伝説です。検索かければガンガンヒットします。
(まぁ、うわさですし、どこまで信じるかは個人の裁量ですね)


それはさて置き、米国ではビック3を支援することが決まったようですね。

こんなもの穴の開いたバケツに水を注ぐようなもので、当面の雇用確保以外ほとんど無意味です。
環境面から見れば、ホント最悪な決断ですね。

意図としては、ブッシュ大統領が飛ぶ鳥後を濁さず(まぁ、もう十分濁してはいますがw)という事で、ビック3問題をオバマ次期大統領に引き渡そうとしたためでしょう。

ことなかれ主義は万国共通ですが、こういう場当たり的で体裁を繕う事ばかりしていると、本当に取り返しのつかない事態を招くと思います。


>社会の悪しきシステムを根本から変えなければならない時期に来ている

私は、人類はこのパラダイムシフトの転換期を曲がり切れると踏んでいるんですが、今回のビック3救済で、人類は滅びへ一歩、歩を進めたと思いました…汗

ただ、
来年からは、加速度的に価値観の崩壊と生成(取捨選択と発生)が起ってくるはずなので、まだまだ悲観はしていません^^;

コツコツと、しかし確実に…価値観変えるぞ~!!


y.suzuki
>コツコツと、しかし確実に…価値観変えるぞ~!!

 そうですよね。実態を知ることがそれを促すものと思ってます。

 なお、ご存知のように、金融勢力の意図などはサブプライムローンを端に発する金融破綻が世間を騒がせていますが、もともと、1970年あたりに実体経済の飽和から金融ばくち経済への転換(ニクソンショック→プラザ合意)を推し進めてきました。GDP比率からも、その後の金融資本の信用創造(捏造)も、実体経済を一桁上回るような次元です。これがいま収縮に転じたのです。投資(融資)するという行為で中央銀行を通じて国家を相手に商売している彼らの存在意義が失われつつあります。

 そのあこぎな実態が露わになってきています。環境問題も彼らの戦略のひとつでしょう。国連を利用して危機を煽り、CO2の排出権を作り上げたりするのも、結局「無」から利益を生むだましの構造そのもので、まさに雑草Zさんのいわれるエコ・ファシズムです。



 


Anthony
最近は若者(特に都市部での)の車離れが進んでいるそうですね。

僕も、公共交通網が発達していれば、車を捨てれるのですが...




>ビック3の救済は滅びへの一歩
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 また、凄い事をガンガン言い切りますね!・・・その通りだと思います。

 大体、財閥は、莫大なお金を持っているだけで、一般庶民より偉いと思っているところが愚かなところですね。人間ってそんなに愚かな存在なのでしょうか?

>穴の開いたバケツに水を注ぐようなもので、当面の雇用確保以外ほとんど無意味です。

 アメリカ社会の衰退を加速するかも知れませんね。


>こういう場当たり的で体裁を繕う事ばかりしていると、本当に取り返しのつかない事態を招く

 世界中でその手の対策ばかりでがっかりしますね。地球温暖化対策をはじめ、環境対策も全くそんなのばかりです。


>私は、人類はこのパラダイムシフトの転換期を曲がり切れると踏んでいる
>来年からは、加速度的に価値観の崩壊と生成(取捨選択と発生)が起ってくるはずなので、まだまだ悲観はしていません

 その確信と希望が大切でしょう。その根拠はどこにあるのでしょうか?・・・来年はそのパラダイムシフトの方法論やその先の社会の構想をどんどん書いていく積りです。

 

>そのあこぎな実態
雑草Z
     y.suzuki さん

>1970年あたりに実体経済の飽和から金融ばくち経済への転換(ニクソンショック→プラザ合意)を推し進めてきました。

 お詳しいですね。確かにばくち経済・・・バブルはその頃から顕著になり始めて来たと思います。


>金融資本の信用創造(捏造)

そう!金融資本の信用は、「作られたもの」ですね。経済的事柄はこの手のハッタリが多いですね。


>実体経済を一桁上回るような次元です。これがいま収縮に転じたのです。

 これまでは、そのペーパーマネーのバブルに追いつこうと実体経済を成長させようと無理していたから、色んな歪が生じたのですね。環境問題もそれで非常に悪化しましたね。


>投資(融資)するという行為で中央銀行を通じて国家を相手に商売している彼らの存在意義が失われつつあります。

 なるほど・・・世の為に彼らには早く滅んでもらいましょう。




>車離れ
雑草Z
    Anthony さん

 日本の都市部は、鉄道網が発達していますから、自家用車は必要ないですね。・・若者がそれに気付いて、車離れが起こった事は好ましい事です。
 ビッグ3に続いて日本のトヨタも赤字に転じて目出度い目出度い・・・いつか通らなければならない道
 

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2008-12-17 00:01
 現在世界は大きな不況に突入しつつあるといわれています。マスコミなどは、何十年に一度だとか百年に一度の経済危機なんて騒いでいます。でも、これが100年に1度の周期のような不況の筈が御座いません。・・・100年後にもこんな不況が起こる筈が御座いません。・・それは100年後は経済基盤がしっかりしているという意味では御座いません。100年後には現在のような経済システムが破たんしている・・もしくは社会自体が破たんしてしまっているという意味です。
 もし仮にこの無節操な資本主義経済が続けば、100後まで続くだけの土地も資源も廃棄場も自然もありません。指数関数的に発展する事を前提にする経済成長路線は、これから百年も経つずっと以前に、今回の金融危機どころではない恐ろしいカタストロフィーに襲われて社会は崩壊するでしょう。それは【100年に一度?の経済危機・・】に書いた通りです。

 いや、百年に一度と言っている大部分の経済人たちは・・・・それは周期的なことではなく、百年に一度しか起こらないような大きな危機だ!!・・・と言っているのでしょう。大部分の人はその積りでしょうけど・・・それはそれでかなりの愚かな事でしょう。・・・経済の事を知りつくした経済人だろうが、ノーベル賞を貰った経済学者だろうが、大恐慌以来80年ぶりの金融危機がおとずれたからって、何十年に一度、百年に一度のレベルの経済危機・・・と発想する事自体が、この、持続不可能な資本主義経済しか考えられない、狭い世界にどっぷりと浸かった発想法でしょう。近代経済学と言う間違った出発点に立った狭い特殊な世界しか考えられない人々・・・始まってほんの数百年しか経っていない刹那的な資本主義経済を、永遠に続く社会体制の根本の如く考える発想法の貧しさ・・・。

 この不況は、構造的なものであり、経済成長と言う理不尽で不可能な目標に向かっているから起こるべくして起こった事、必ず起こる筈である事を知るべきです。
そして、永続不能な欠陥システムであるが故に、必ず崩壊するのです。・・・願わくば早く崩壊する事を・・・そうしないと社会自体が滅んでしまうでしょう。

多くの企業が、自然の循環や自然の摂理を無視して、地球の包容力の限界を考えずに成長させられるだけ成長させたから、恐慌は起こるに決まっているのです。そして最悪な事は、経済が成長し続ける・・・と言う状態のもとで成り立つ社会システム・・・経済システム、金融システム・・・を構築してしまったのです。そして気がつくと、いつ間にか、『経済成長』そのものが経済の目標になってしまったのです。・・・本当に愚かな洗脳です。

 現在は経済成長体制が崩壊しつつあるのです。今回の経済危機がいつまで続き、どこまで持ち返すかはわかりません。・・・しかし、『景気の波』などと言う近視眼的なものの見方ではなくて、大きく見ると、この経済は必ず破綻するに決まっているのです。その現実を直視せずに、この、永続不可能で、理不尽な資本主義経済、経済成長がいつまでも続くと思っている愚か者がなんと多い事でしょう!!現在は、この無理のある社会を根本から修正する必要のある時期である事をしっかり見つめるべきでしょう。

だから、銀行だとか証券会社だとか自動車会社だとかの救済に走るべきではないのです。それらは永続不可能で、いつか崩壊する運命にあるのです。救済してまた成長でも始めれば、次なる崩壊はもっと悲惨になるだけです。心を鬼にして、永続不可能な企業をなくし、永続可能な社会を築く時代が来ているのです。
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【2008/12/17 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

早く崩壊するべし。
でなしNo.146
>永続不可能な企業をなくし、永続可能な社会を築く時代が来ている

まさに、そうだと思います。

現在、ビッグ3救済に焦点が当たっていますが、不良債権まみれの金融系機関への公的資金注入など、持続不可能な企業への延命措置が後を絶ちません。

理由も、経済安定化ですからタチが悪いですね。
今、安定化されちゃ、資本主義の暴走を止められないまま人類自体が滅びると思います。

まぁ、どうせ見た目は安定化しても5年も経たないうちに、また不況でしょうが…
(個人的に次は、米国の本格的な自動車産業の衰退と、それに付随して石油産業の衰退というシナリオ。)


他にも、せっかくの大不況という機会に、今までの反省をし、この道を突き詰めれば先に何があるのかくらい、きちんと国民に理解させるべきだと思うのですが…
(国民も、「永遠に成長します」なんて言う話に疑問をもたなければ、それこそ滅びへまっしぐら^^)

マスコミや経済学者の間では、成長路線に持っていこうという意見が先行していて、本質を掴みにくくしています。
(最近は、経済学者は有害だとさえ思えてきました)

これまでの不況などで、経済成長させても私達は幸せになれない事を暗に学習しているはずなので、多くの人が早く経済成長主義の洗脳から覚めてくれるのを願うばかりです。

>早く崩壊するべし。
雑草Z
    でなしNo.146さん

 またまた大胆に私の言いたい事を言い切って下さいましたね!
 この愚か過ぎる経済成長主義は、一刻も早く崩壊させなければなりませんね。最悪の洗脳ファシズムでしょう。


>現在、ビッグ3救済に焦点が当たっていますが

う~ん、言われちゃいましたね!(笑)実は次の記事は、まさにこのビッグ3救済に代表される

>持続不可能な企業への延命措置

について書いていました。


>理由も、経済安定化ですからタチが悪いですね。

その通り・・・本当に安定化と言うのなら、経済成長なしでの現状維持でしょう・・・ただ、現在の水準も持続不可能なので、もっともっと経済を縮小してから安定化を図るべきでしょう。しかし彼らの発想は逆で、安定化は経済の成長と信じて疑わないのですから大馬鹿者です。


>どうせ見た目は安定化しても5年も経たないうちに、また不況でしょうが…

鋭い読みです。経済人達だってそんな事は分かっている筈ですが・・・

>マスコミや経済学者の間では、成長路線に持っていこうという意見が先行していて、本質を掴みにくくしています。


いちいちもっともです。 でなしNo.146 さんのコメントは、私の言いたい事をズバリ言ってくれて、そのまま記事にしたい感じですが、特に今回のコメントは、言い回しがいいですね!
 今度ここに記事を書きませんか?


>経済学者は有害

経済成長路線に異議を唱える経済学者も出ていますから、全ての経済学者が有害とは思いませんが、マスコミで景気対策を論じている経済学者達は、有害で愚の骨頂ですね。よくもまああれだけステレオタイプの経済成長を唱えられるものです。経済と言う狭くて間違った世界しか考えられないのでしょうね。



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2008-12-13 00:02
 不用になった衣服などを、発展途上国に送る(贈る)・・・と言う事をボランティアなどで行っている・・・と言うお話はずいぶん昔からありましたが、現在も結構活発に行われているようです。
使い捨てが常識化してしまった現在社会で、「勿体ない」と言う感覚は必要な感覚ですし、他者の為にボランティアで一生懸命尽くすと言う行為も・・・自分の為にしか努力しない人々と比べれば賞賛に値するでしょう。
 しかし、私自身はこの行為は昔から賛同出来ません。・・・いまだにこんな事が為されている事にがっかりする場面もしばしばです。
「恵まれない人々を救う為に・・・」と言う掛け声のもとに、「国際協力」の名のもとに、
衣服、靴、パソコン、テレビ、鉛筆、ノート、絵本、車いす、自転車・・・色んな不要物がボランティアの人々の奉仕作業の協力で、自動車や船、飛行機を使ってエネルギーを費やして輸送されます。
それをマスコミなどでもしばしば「美談」として伝えていますが、そんな素晴らしいものでしょうか?

 例えば、衣服や靴。いわゆる未開の地で素足、または裸で生活していた人に、衣服を送って着せる・・・私にとってはぞっとする光景です。・・衣服も靴も必要としない人々を・・・貧しいと考え、文明化の名のもとに自分たちと同じ格好をさせる事は、その地域の固有の文化を破壊することになります。それだけではなく、衣服や靴を必要な生活にしてしまうのです。・・・無くていいものを使わせて、生活必需品にする・・・まさにドーピングです。先進国と自負している国は、こうやっていわゆる途上国を経済圏に取り入れて、頭打ちになった自国の経済成長に役に立てている・・・と言う見方も出来ます。

靴がない時代は、歩く所に足を傷つけるものがあまりなかった地域に、靴と一緒に文明のゴミ・・ガラスの破片や鋭い金属片を撒いて、靴を必需品にしてしまうのです。

そして、結局、途上国のゴミを増やす事になるでしょう。そうじゃなくとも、途上国へのゴミの押し付けは酷いのに(途上国であんまり騒がないだけですね・・・政府の担当者などが賄賂を貰たりしているのではないでしょうか・・?)穿った見方をすれば、善意の振りをしたゴミの押し付けではないでしょうか?

一番お馬鹿なものは、中古の辞書を贈る事でしょう。高校などで、卒業生が大量に辞書を学校に置き去りにしたり捨てていく辞書。英和、和英、国語辞典を役立てたいと、日本語を学びたい途上国の学生に回収して送っているという話を20年くらい前に聞きました。
でも随分語学力がなければそれらの辞書を使いこなせないでしょう。日本語の国語辞典はその国の人々にとっては、英英辞典や独独辞典みたいなものでしょう・・・かなり日本語を知ってなければ使いこなすのは無理です。英和辞典や和英辞典も、英語力が十分になければ駄目です。・・・まあ、英語圏の植民地だった国は多いから、ある程度は役に立つでしょうけれど・・・日本人の学生が、独英辞典や仏独辞典を貰っても、多くの学生はもてあますだけでしょう。これらの辞書はあくまでも、既に日本語の堪能な日本人向けの辞書です。・・・これらの辞書を贈る事によって、日本語を知らない彼らに非能率な語学の勉強をさせる事になってしまうでしょう。・・無責任にもほどがあります。何故そこまで考える事が出来ないのでしょうか?
 贈られた(送りつけられた)国では、建前上感謝の意を表するでしょうが、それこそ紙ごみの山でしょう。辞書を渡されれば大抵の人は喜んで受け取るでしょうが、しっかり追跡調査すれば、ほとんど有効利用されなかったのではないでしょうか。・・・この辞書によって、日本語を学ぶことを断念した人も少なからずいたのではないかと思います。私が、ドイツの国語辞典(独独辞典)を渡されてこれでドイツ語を勉強しろと言われたら、絶対やりませんね。
その高校で新入生に安く売ったほうが遥かに再利用されて役に立つでしょう。そして、その売り上げ金を送ったほうがまだましと言うものです。・・・貨幣経済を輸出する事も好ましくないと考えますが、差し当たって、不用物の輸出よりは、役に立っているようです。


現在、途上国と呼ばれている国々は先進国以上にごみ問題に悩まされています。
捨てるのが勿体ないのなら、自分でもう一度使うなり、日本国内で中古市場とかに出すべきでしょう。・・・そして、なるべく倹約して、不用になりそうなものは買わないようにするべきです。


必ずしも全ての不用物が向こうで役に立っていないとは思いません。役に立っているものもあるでしょう。
 しかし総論として、不要な物を途上国に送る事は、ゴミと大量生産大量消費の経済・・・持続不可能な文明を輸出する事になるのではないでしょうか?

 ・・だから途上国と言う言葉は、胡散臭いのです。援助と言う名のドーピングをして自給自足出来ない社会にしているのです。わざわざ持続不可能な国の背中を追ってはいけません。・・・残念ながら、ほとんどの途上国と呼ばれている国々はドーピングされ放題で、食料の自給自足すら出来ない悲惨な状態です。
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【2008/12/13 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(1) |

こんにちは(^^
BEM
アフリカなど水にも苦労するような地域で私たちと変わらない服を着ている人達がいますが、もしかすると日本を含めて不用な衣服をボランティアによって贈られたものなのでしょうか。

不用な辞書を送るというのは初耳でした。外国の方に日本を好きになって貰えると嬉しいですが、親切の押し売りのようなことはいかがなものでしょうかね。

最近では使わなくなったランドセルをアフガニスタンの子供たちに使ってもらおうという活動も知りました。
新1年生は真新しいランドセルを背負って学校に行きますが、3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行きです。
これは勿体なく、学校・PTAに呼び掛け、ランドセルを送る活動も良いかもと考えましたが、輸送料1800円を募金しなければならないそうで、自分も簡単にできないものをとても人には勧められずあっさり断念しました。

不用になったから途上国に送るというのは、送られた国が喜ぶのかもしれませんが、少々傲慢な気がしてなりません。
日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね。
そういえば、東南アジアでも日本から輸出された中古テレビも同様、最終的に使われなくなったブラウン管が不法投棄され、水銀の汚染が心配されています。
軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。

>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要
雑草Z
    BEMさん

 連続の記事へのコメント有難う御座います。

 アフリカや南アメリカなどのいわゆる『未開の地』で、最近まで裸で生活していたような人達が、西洋人と同じような服を着ている映像をよく目にします。彼らにこのような事を奨励する、いわゆる『先進国』の人々はこう言う事がいい事だと思っているのでしょうか?・・・結局『未開の地』にゴミを増やす事になるのではないでしょうか?
不要になった辞書を贈る事をはじめとして、送っていい物かどうかもっと向こうの国の事を考えて検討すべきですね。日本の辞書はあくまで日本語が堪能な人向きに作ってあるのですから、そんなもの送るのは向こうの大部分の人々にとっては逆効果でしょう。


>少々傲慢な気がしてなりません。

おっしゃる通りです。自分達は『ごみに出すよりはまし』と言う感覚でしょうが、ほどこしの感覚もあるかも知れないし、向こうでゴミが増えるだけです。


>3年も経てば全然痛んでいないランドセルも使われなくなって押し入れ行き

 そうですか?大抵の小学生は6年間使うような感じですが・・・この頃のランドセルは安物でも長持ちするような気がします。・・

>日本国民は一度買ったものはボロボロになって、使えなくなるまで使用することをすっかり忘れていますよね

 そうですね。そう言う事を美徳とする文化が日本にはあった筈なのですがね。・・・自慢じゃないですが、私は中高時代のジャージを、冬など家で過ごすときの防寒着(下着と上着の間に着たりして・・)として、20年近く使いました。


>軽々しく新しいものを買う風潮を止めるのが必要です。

 それが一番大切な事だと思うのですが、経済成長の為に、その運動はなかなか進みませんね。逆に「エコ換え」なんて煽って、もっと買わせようとしているのだからどうしようもありません。

 


あんなのパパ
とても、考えさせられる視点ですね
この物事を少し斜め後ろから見つめる考察って
子どものころから 身につけさせたいですね


nao
寄付する方々は、あまり深く考えてないようですね。古着なんかも、簡単に好い人になれてタンスの整理も出来て一石二鳥ですし。
現金もまずいようです。そもそも最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから。
先進国が環境の為に出来ることは発展途上国への寄付では無くて、先ずは自らの足元から、だと思うのですが。

>物事を少し斜め後ろから見つめる考察
雑草Z
    あんなのパパさん

 ご訪問及びはじめてのコメント有難う御座います。

 不用になった物を途上国に送る(贈る)と言う事は、上のコメントのBEMさんがおっしゃるように傲慢さも感じますが、
何よりも「勿体ない精神」のはき違えに感じます。・・・勿体ないのなら、やはり自分で長くボロボロになるまで使うべきかと思います。

 現代社会が善意に満ちたものではなくて、非常に不完全な出鱈目な酷い側面がある事を、ある程度大きくなった子供には、気付かせるべきですね。それがいつの時期かについては、難しい問題ですが・・・。




自己満足の慈善事業
雑草Z
    nao さん

 おっしゃる通りです。

>最貧国は権力者が軍事政権が多いようですが、募金をしたら権力者に募金をすることになりますから

「Band Aid」「 We Are The World 」っていう企画覚えていらっしゃいますか??それぞれ、イギリス、アメリカのミュージシャン達が、アフリカの恵まれない子供達に援助の手を!食糧を!って事ではじめたチャリティ企画、コンサートでした。
 しかし、そのイベントで稼いだお金で送った食糧は、食料に困っている反政府の家族の子供達には渡らずに、その人達を迫害する政府軍の食料になったとか・・・間接的に政府軍の武器弾薬にもなったかも知れませんね。
 本当に自己満足です。
こんな事なら何もしない方が遥かにまし・・というものです。


y.suzuki
ほんとうに必要なものであればOKなのかもしれませんが、押し付けはだめでしょうね。

 廃棄物の問題にもつながりそうですが、もったいないから使いまわすという感覚はおそらく正しいと思いますし、そうすれば、耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発に繋がっていくのではないかと思います。日本の技術力であれば既に実現可能な水準にあるのだろうと思いますので、あとは、価値観の転換だけなのかもしれません。


>価値観の転換
雑草Z
     y.suzuki さん

 おっしゃるように、勿体ないから使いまわす・・・と言う感覚は、必要な感覚であると思います。
 ただ、そこで、途上国に送る・・・と言う感覚が短絡過ぎると思います。輸送にはエネルギーが必要ですし、廃棄の事まで考えるべきですね。費用対効果の観点も抜けているように感じます。

>耐用年数を長く、しかも使い勝手の多様性を考慮した製品開発

それも大切な事ですね。それから、不要な物を使わない事。


>価値観の転換だけ

何より先に、経済成長と言う愚かな洗脳からの脱却ですね。 

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2008-12-09 00:01
 私の住む福島県の会津地方の最大都市は10万都市の会津若松市です。(人口13万人)
最近どの位の規模の都市まで持続可能だろうかと考えている私は、会津若松市を観察する度に、10万都市でも十分に大き過ぎると感じます。
スーパーやコンビニが沢山あるのは当然として、ファミレスや家電量販店、ホテルのチェーン店もあります。デパートも大きなショッピングモールもあります。駅前にはタクシーが並んでいるし、朝晩の交通渋滞が酷い場所も何箇所もあります。・・・これだけを見ると、地方都市って金太郎飴状態で、経済の広域化(日本国内の話なので、グローバル化・・とまでは表現致しませんが・・)でどこもかしこも似たような状態です。・・・それぞれの個性が消えて行っているところが寂しいところです・・・しかしこれは今回の主題ではありません。

 さて、持続可能な社会を考えるに当たって、その都市が外部との交流がほとんど無しに独立でやっていけるかを考えます。・・・すると、現在の会津若松市は、持続可能ではないと思われます。・・・至る所コンクリートで固めてあって、自動車だらけで、夜のネオンの明るさ・・・一昔前の大都市の一部・・・と言った印象です。・・・これは何も会津若松市に限った事ではないでしょう。日本中の10万以上の都市は、ほとんどすべて持続可能なレベルではないでしょう。会津若松市のような地方都市は、まだ郊外の田畑や森林、山がある分、自給自足出来る、持続可能な都市に移行する事は比較的簡単に出来るでしょう。しかし首都圏近くの10万都市のように、殆どと市街地しかないような市は、なかなか持続可能な都市には移行するのは難しいでしょう。

会津若松市の隣町の私の住む町は、人口2万人弱・でも昔の田舎町の様子はすっかり様変わりしてしまいました。至る所コンクリートで固めてあり、会津若松市との間にあった田園風景は年々姿を消し、市街地が会津若松市と繋がって来ました。


ジェレミー・リフキンはその著、『エントロピーの法則』で、
メガロポリスは終わりを告げ、大都市は少しずつ規模を縮小して、工業化時代以前の10万人程度に変化する必要がある。この縮小した規模は、周囲の環境が、食料と太陽エネルギーを生み出す能力と調和している筈である・・・と書いています。
 この考え方は私も概ね賛成です。
前半部分の10万人程度と言う部分も特に反論するつもりはありませんが、人口の規模は都市の形態によって大きく変わるでしょう。
現在の日本の都市は10万でも大き過ぎて、持続可能でないレベルですが、それは、自動車も多く、ビルも高く、地面はコンクリートで固められ石油を湯水の如く使っている・・・からです。こんな街は自給自足も難しく、周辺地域との交流としての交通機能がストップすれば、都市としての機能は存続出来ないばかりか、人口の大部分は生きていけなくなるでしょう。
・・・だからと言って、10万都市が必ずしも人口が多過ぎるとも限りません。
江戸時代の東京・・・江戸は、100万都市であったし、現キューバの首都ハバナも200万都市です。しかし、持続可能な都市形態をしています。(勿論、完全に独立と言うわけにはいきませんが・・・)
つまり、【循環型都市】で経済レベル、物の消費レベルが小さければ、100万都市でも持続可能であるとも言えましょう・・・


持続可能な都市の条件は、自給自足出来るか・・・と言う事がこれからは非常に大切な条件となるでしょうから、都市の規模は大きくないに越したことはないでしょう。

兎も角、現在の都市を見て思う事は、10万でも十分に大きく賑やかである事です。
これだけグローバル化で分業が進んで大都市集中が進むと、田舎部分が都市を支え切れなくなり、いつか近い将来「せーの」で、一斉に崩壊を始めそうです。

 これだけインターネットなどの情報網が発達した現在、大都会に住むメリットはなくなって来ています。・・・まあ若いうちは大都会に憧れる人も多いのは理解出来ます・・・・様々な意味において、これからは地方の時代に移行していくだろうし、人口密度の低い町村に住んだほうが有利な時代になるでしょう。
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【2008/12/09 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


Anthony
地方の国道を車で運転中、窓から見える風景が、どこも同じような感じがする。

チェーン店の飲食店、スーツの店、書店・・・


P

金太郎飴状態
雑草Z
    Anthony さん

 ホント、地方の個性がなくなって来ていますよね。
これが世界にも当て嵌まって来ているから恐ろしいですね。
アジアやアフリカの国々でコーラも売っていてマクドナルドもあって・・・・

すみません、長くなってしまいました(^^;
BEM
雑草Zさんこんにちは。

私も人口密度は大きな問題だと思います。
札幌は190万都市に手が届きそうで問題外ですが、私の故郷美幌町の隣りにある北見市が現在12万人で会津若松とほぼ同じくらいの規模ではないかと思います。

北見は車でちょっと走れば周辺にタマネギ農家が広がるような地方都市ですが、やはり全国展開のスーパー、チェーン店、もちろんコンビニが街中にでき、私が高校生当時遊んでいた頃から比べると、つまらない街になったような気がします。

郊外型の大型店の進出により市内中心部の空洞化は深刻で、十数年前に5~7階建てのデパートが相次いで閉店となったりしました。
今後高齢化によって自動車に乗れないお年寄りはバスの利用が必要でしょうが、人口が拡散しているので、公共交通の費用がかさむ事を考えると、地方も決して良いとは言えない状況でしょうね。

しかし、5万人以下の規模の自治体ならお祭り等もやりようによっては盛り上がるだろうし、自給自足の事を考えるにしても農地があれば色んな可能性が見えてくるような気もします。
会社と同様に街も大きくなり過ぎると余計な費用がかさむし、大きな事業などをしてしまうとその負担が大きくのしかかり、身動きができなくなる可能性もありますね。

私が居た頃の美幌町は2万7千人くらいで、自転車で端から端まで行くのにも苦にならない面積でした。今ではそれから5千人も減少してしまいましたが、そう考えると3万人前後の規模の街は結構住み易いのではと思いました。

的を得た長いメールは歓迎です。
雑草Z
    BEMさん

 こんにちわ。BEM さんからの長いコメントはいつでも歓迎です。BEMさんの御実家は北見でしたか・・・札幌からもかなり遠いですね!

>郊外型の大型店の進出により市内中心部の空洞化は深刻

日本中の地方都市がそんな風になっているのは悲しいですね。車がないとやっていけない街って、嫌ですね。・・勿論そんな事は永続できる筈もなく、現在の郊外型都市形態は変わっていくでしょうね。


>人口が拡散しているので

だからこそ小地域の小売店が大切なんですよね。地域の小売店などはどんどんつぶれて行って寂しい限りです。


>自給自足の事を考えるにしても農地があれば色んな可能性が見えてくるような気もします。

そうですね。それが大切です。地方分業ではなくて、地域毎に自給自足出来て、独立出来る形態にならなければ、来るべき危機(金融危機なんて生易しいものではなくて・・)に対処できないでしょうね。


>会社と同様に街も大きくなり過ぎると余計な費用がかさむし、大きな事業などをしてしまうとその負担が大きくのしかかり、身動きができなくなる可能性もありますね。

 全くその通りです。夕張市のように財政破綻しそうな市町村は全国で沢山あるでしょう。


>自転車で端から端まで行くのにも苦にならない面積

って大切な事ですね。・・・BEMさんは、健脚ですから、その距離は結構長かったりして・・・30kmくらい?(笑)


 

巨大都市を支える田舎
でなしNo.146
>田舎部分が都市を支え切れなくなり、いつか近い将来「せーの」で、一斉に崩壊を始めそうです。

私も、この考えを支持します。


関東圏、名古屋周辺、関西圏の都市で自給率が100%越えている県は一つもなかったと記憶しています。
(ってか福島県でさえ、80%前後だったような…)

新聞で見たのですが、北海道が190%程でダントツトップで、東北地方や新潟あたりが100%前後でした。
(…ただ、この数値の算出の仕方がよくわからないので、参考までということで…汗)

単純に数字を見て判断すると、
近い将来、中国、インドと人口爆発して食料輸出から食料輸入に切り替わり、世界的食料危機になった時、日本の殆どの地域で、相当の餓死者が出るということになりますね。

その状況になれば、
スーパーに行っても、食品は売り切れ。
もしかすると、食料が国有化される可能性だってあるわけです。
買うには、闇市に行って超高額(or物々交換)で売ってもらうか、親類筋の農家を頼り、わけていただくという事になります。

もしくは、盗む!

長いサラリーマン生活で鍛えられた体では、山へ獣を取りに行ったり、食料を探す力や食べてもいいものかを判断する知識もないでしょう。


そして、
悲しいことに一番先に、食料が枯渇するのは、人口過密地域…つまり、巨大都市です。

私は、いくつかの都市崩壊のパターンを考えていますが、食料危機が今のところ一番崩壊させうる力を持っていると思います。

余談ですが、
先日も、WTOで、日本の農家をさらに圧迫するような条件を飲むことになる、と報道されていました。

農家の死は国家の死です。


上記以外のその他さまざまな意味でも、雑草さまの、自給自足できるレベルの都市サイズ(都市形態)の考察というのは、指針にもなり有用だと思います。


最後に、
パラダイムシフトが訪れれば、地方出身者は、ご先祖様に感謝する日が来るでしょう。

「あぁ、田舎に実家があって、助かった」と^^
(まぁ、その頃には、田舎⇔巨大都市という概念もお伽話ですかね)

田舎の時代
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 確かに日本で食糧自給率が100%に近いかそれ以上の都道府県って北海道、東北地方くらいですね。・・嘆かわしい事です。


>食料が国有化される可能性だってある

この可能性は結構高いですね。工業保護の為に日本の自給率を減らしてきた日本政府が今度は食糧確保に奔走するのは、いい加減な対症療法の政策しか出来ない、産業界の御用組織であるかが分かりますね。


>長いサラリーマン生活で鍛えられた体では、山へ獣を取りに行ったり、食料を探す力や食べてもいいものかを判断する知識もないでしょう。

この点に関して私が危惧するのは、ちょっと違って、
 現在、山菜も木の実がなる木々も、林道などによる伐採で減らされています。川もコンクリートで固められ、魚も極端に減っています。・・・だから、食糧危機が来れば、乱獲でたちまち山も川も荒らされて食糧が枯渇するのではないでしょうか?


>悲しいことに一番先に、食料が枯渇するのは、人口過密地域…つまり、巨大都市です。

これは間違いないでしょうね。東京都の食料自給率は1%しかありません。それも、ちょっとだけ田舎部分があるからでしょう。東京23区なんてほとんど食料の生産はないでしょう。


>農家の死は国家の死です。

全くもってその通りですね。・・農業は国家の基盤ですね。これからは農業の時代になるでしょうね。 WTOのような、欧米人が自分たちの生産物を売り込むために作った組織の言う事を聞いている日本の政府も情けないものがあります。


>地方出身者は、ご先祖様に感謝する日が来るでしょう。

そうですね。農家だったらなおいいですね。







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2008-12-05 00:02
 動物が生まれながらに持っている本能を最も持っていない動物がヒトだと言われています。人は生まれてから後天的に獲得した知識や体験から世の中のしくみを体得していきます。本能も行動に規制をかけるでしょうが、人間は生まれてから育つ間に多くの知識を身に付けて、行動の判断基準にしていきます。

 さて、現代社会はドーピングされた不自然な社会で持続可能ではない事はこれまで論じてきました。・・・・【ドーピング社会】【ドーピングし放題の現代人】など・・・
 つまり、石油や薬、文明の利器など持続可能ではない物質などにドーピングされて、本来動物としての人間が持っている筈の感覚が衰え、社会が一時的な高揚状態にあると言う事です。
このドーピング社会に生まれてきた人々、特にいわゆる先進国の都市部に生まれた人々の多くは、その、決して持続可能ではないこのドーピング状態を定常状態と勘違いして持続可能だと思い込んでしまっています。

・・・建物だらけで、道路も空地も地面の多くはコンクリートで固められ、植物は観賞用の花と街路樹以外はあまりなくても大丈夫。トイレも水洗で、台所の汚水を含めて全て下水道に流れて行って知らない間に処理してくれる。・・・・農地も魚の豊富な川も海もないけれど、食料はスーパーなどのお店に行けば沢山並んでいる・・・。お金さえ払えば、何でも買える。・・・・
 それ自体では決して存続する事の出来ない都市を、現在存続しているからと言うそれだけの理由で、半永久的に持続可能であると考えてしまっています。
 ・・・現在のドーピング社会では、子供の頃はそう思ってしまうのもある程度仕方のない事かも知れません。・・・生まれた時からそういうドーピング状態の環境で育ってきた訳ですから・・・・でも、だからこそ、大人になるまでの間に、自然の摂理、地球上での物質の循環、生態系の循環をしっかり学ばなければなりません。こんな滅茶苦茶なドーピングされた都市システムは、ごく近年始まった、決して持続可能ではない異常な状態である事を知らなければならないでしょう。
ここにコメントをよこした人の中にも、現在の大都会が機能しているのだから、生態系を壊そうが、自然の循環を無視しようが、人間は自然に頼らなくてもやって行ける・・・と言うステレオタイプの、愚かな人がいました。こんな理性のない短絡的な人間を作ってしまう現在のドーピング社会は恐ろしいと考えます。これほど頭の中までドーピングされた愚かな人物はあまりいないと考えたいのですが、政治家や財界人、企業人の中にはまだまだ沢山いるようです。
ドーピング状態を維持出来なくなるまでドーピング状態を続ければ、その都市は勿論、周りの郊外の田舎も巻き込んで砂漠化などが起こり、不毛の地になるでしょう・・・現在の大都市は既に不毛の地になっているところも少なくありません。・・・グローバル化によって、世界は繋がっていますから(その一番の立役者が、現在の最大のドーピング剤、石油でしょう・・・。)世界の各都市はぎりぎりまで崩壊を回避し、世界同時に一気に崩壊する可能性も高いでしょう。こんな異常なドーピング状態を維持しようとすればするほど、世界は破滅に近づくでしょう。

環境問題を根本から解決するにあったって、持続不可能なドーピング状態を普通の定常状態だと考える人間の洗脳状態を解かなければならないと考えます。

生まれた頃から自然に親しみ、自然の摂理を体感出来る、自然に囲まれた持続可能な社会に移行したいものです。
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【2008/12/05 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

連続投稿…汗
でなしNo.146
>頭の中までドーピングされた愚かな人物はあまりいないと考えたいのですが、政治家や財界人、企業人の中にはまだまだ沢山いるようです。

今だに、高度経済成長期やバブル時期の成功体験などから、資本主義が自分達を救う宗教みたいになっていますから、タチが悪いですね。

ある意味、薬物中毒者の相を呈しています。


>最大のドーピング剤、石油
私も、石油をできるだけ使わない世界へのシフトを考えています。

もし、石油の使用を規制すれば、毎日忙しく働く必要もなくなりますし、昼間中働きづめなんていうクレイジーな雇用状況も緩和されると思います。

もちろん、失うものは多いとは思いますが、それ以上に得るものが大きいでしょう。
(そもそも、このままだと滅亡ペースですから^^)


あと、
余談ですが、ある大手ファンドの未来予測本には、「経済成長限界」は2030年というオーダーでした。
その本によれば、ものが世界中に行き渡り、この辺りで頭打ちになるとの事。

ただ、まずオーダーが甘すぎですし、現状を見る限り30年まで経済成長させようと思ったら、戦争が必要だと考えます。

すでに、今、頭打ちなわけですから、ちゃんと経済成長限界という単語を知っているなら、経済縮小へのソフトランディングの方法を考えてもらいたいですね。

ちなみに、その本では経済成長限界後の世界については白紙でした…^^
(資本主義の尖兵とも言えるファンドが出す本ですから、経済成長限界を知っていただけでも、大絶賛ですかねw)

連続投稿・・・大歓迎
雑草Z
    でなしNo.146 さん

>今だに、高度経済成長期やバブル時期の成功体験などから

 途上国では、それを手本にしてますし、いわゆる先進国では」、その時の手法を使おうとしている馬鹿者が沢山いますね。


>石油の使用を規制すれば、毎日忙しく働く必要もなくなりますし、昼間中働きづめなんていうクレイジーな雇用状況も緩和されると思います。

 鋭いご指摘です。そうなんですよね。石油って便利なようで、労働を増やしている面も否定出来ませんね。


>失うものは多いとは思いますが、それ以上に得るものが大きいでしょう。
 
 そうですね。それもアピールして行きたいですね。


>ある大手ファンドの未来予測本には、「経済成長限界」は2030年というオーダー

おっしゃるように、ファンドがそう言う予想する事は評価出来ますが、

>ものが世界中に行き渡り、この辺りで頭打ちになる

と言う予想はいかにも経済的狭い視点の見方ですね。物が行き渡ってとか言う経済的なレベルではなく、地球のキャパ、資源の限界から考察すべきですね。

>30年まで経済成長させようと思ったら、戦争が必要

鋭く、恐ろしい洞察です。核兵器がある中での大きな戦争は避けなければ、人類の存亡に拘わります。

>経済縮小へのソフトランディングの方法

これが大切ですね。人間の意志で自らその方法を実践すべきですね。ここのブログでも言及したいと考えています。

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2008-12-01 00:01
子供の頃は漠然と途方もなく凄く大きいと思っていた地球。・・・でも中高生の頃に地理とか理科の教科書に書いてあった実際の地球の大きさは、かなり小さいと言う印象でした。
 地球の表面積(陸地面積+海域面積、地球の全面積)は509,949,000㎢である。
とか
 地球の陸地の総面積は、148,890,000㎢、である。
と言われてもあまりピンと来ませんが、半径6400㎞、大円コースで一周4万㎞と記されるととても小さく感じます。(地球の子午線の長さの4千万分の1を1mと決めた訳ですから、地球の大円コースはほぼ4万㎞です。・・・メートル原器を作った後、測定がさらに精密になって、誤差が修正されたので、少し違います。)4万㎞と言えば、人間が一人で数年かかって歩き切れる距離です。1日40㎞ずつ歩けば、1000日、3年足らずで歩けます。・・・マラソン選手だったら、実際に3年で練習やレースでこのくらいの距離を走っているでしょう。1日1000㎞走る長距離トラックの運転手だったら、たったの40日で走行出来る距離です。・・・・一生の間に地球何周分もの距離を歩く人も沢山いる事でしょう。



 環境問題なんか大した問題じゃない・・と言う人々のよくある論法に、
「地球は十分に大きいから人類に地球は破壊できない」
と言うのがあります。ここのブログにも、最近何人かその手のコメントをよこした方がいます。
地球を破壊・・・って球体の地球をバラバラに砕く事は現在の技術では無理でしょうが、環境問題と言った場合、誰もそんな事だとは思わないでしょう。環境問題で「地球を破壊」と言うのは、人類が生きていくための環境を破壊・・・と言う意味でしょう。
・・・そしてその意味では、地球の破壊は現在の人類の技術で十分に可能でしょう。
地球上にある核兵器を全部使わなくともその一部を使って、地上の人類に限らず、ほとんどのある程度大きな生物を死滅させる事が出来るとはよく言われる事です。(バクテリアなどの微生物は生き延びる種があるかも知れません。)
いや、核兵器のような戦争の兵器ではなくて人類の通常の経済活動や開発、工業による汚染や破壊程度ならば大丈夫だ・・・と言うかも知れません。・・・しかしエコロジカルフットプリントは、20世紀後半に再生可能な限界を超えています。もし仮にまだまだ地球の再生能力は大丈夫だとしても、拡大する人口や経済レベルは、指数関数的に伸びる性質がありますから、限界はすぐに超えてしまいます。
そして、既に限界に達している証拠はしっかりあります。・・・経済の頭打ちです。・・・これまでの人類の科学技術の発展を持ってすれば、地球の大きさが人類の文明の規模に比べて十分に大きければ、高度経済成長期のように、毎年10%程の成長があって然るべきでしょう。・・・それが、ほとんどの先進国と自負している国では頭打ちで、成長しても数%・・・5%もいきません。・・・それどころか、マイナス成長も珍しくなくなってきています。まだ比較的未開の地も多いと思われる、いわゆる発展途上国も、経済の成長は何十年も続きません。・・・成長の限界に達している証拠ですし、それはとりもなおさず、経済活動や開発の大きさが地球の規模に達しているという証拠です。


 家の大きさと比べ、一匹一匹は十分に小さいシロアリは大きな家でも倒す事が出来ます。
 人間の大きさに比べて目に見えないくらい非常に小さい病原菌やバクテリアは、1個体や2個体・・・・いや、数百個体や数千個体人間の体内に入ってもびくともしなくても、体の中で指数関数的に増え、何万、何億・・・と増えていき、人間を病気にさせ、死に至らしめる事もあります。
まして、人類は数だけでなく科学技術も持っています。・・つまり、シロアリや病原菌、バクテリアとの違いは、一個体あたりの破壊力も毎年増加しているのです。(バクテリアや病原菌も毎年パワーアップしてるかな・・)
この手の洞察が出来なくて、
人類の規模<<地球の自然の規模 
(人類の規模に比べ地球の自然の規模は遥かに大きい。)
なんて言っている輩は軽率この上ありません。

 人類の人口、科学技術、文明は、既に地球に人類を住めなくなるくらいの破壊、汚染をするくらいの規模に達しています。・・例え現在そうなってなくとも、指数関数的に増える人口や経済規模は、すぐにそこまで達するのです。
・・地球の自然の規模に比べると、人類の文明の規模は遥かに小さいから、人類が生きていける地球環境を人類が破壊できる筈がない・・・などと言う議論は、数百年前ならばいざ知らず、現在は非常に軽率で聞くに値しないレベルのお話と考えるべきでしょう。・・・そしてそれは、指数関数的成長を考えられれば、数百年前でもわかった筈です。
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【2008/12/01 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


nao
このマイナス成長、そして経済の頭打ちを地球を取り戻すきっかけにせねばなりません。太陽、水、土と共に農業を取り戻すきっかけにするチャンスです。その為には政治家は官僚システムを潰さねばなりません。その意味で僕は麻生総理支持なのですが中々上手くいかないようです。
なんにしろ、個人的に、この不景気は僕がブログを始めたきっかけである「環境」「観光」「健康」の方向に進めばいいかと感じています。
いつも記事と関係の無い話ですみません。

成長に次ぐ成長。
でなしNo.146
永遠に成長するものなんて普通ありません。
そして、増え続けるものもありえません。

成長したら、待ち受けるのは「死」です。
増殖しすぎたら、適当な数に減少するのが自然です。

シャーレの中の細菌然り、ガン細胞然り、最終的に成長&増殖のしすぎで自滅しますよね。


小言を言わせてもらえれば、
空前絶後の絶滅ラッシュも「人類」が増えすぎて、食物連鎖のピラミッドの帳尻を合わせるため、他の種が滅んでいるように見えて仕方がありません。


>既に限界に達している証拠はしっかりあります。・・・経済の頭打ちです。

まさに、
今の経済は自転車操業(ほぼ衰退期末期)だと言って良いと思います。

車輪が止まると、「パタン」と倒れてしまうので、止まれないと思っているんですね。
だから苦しくても、こぐ。
そしてこげば、こぐほど、借金が増える。

常識的に考えて、
そんなフラフラな自転車なら、降りればいいんですが…

ただ、降りた後のヴィジョンを持っている人が誰一人としていません。(少なくとも政財界のトップには。)
だから、世の中の閉塞感や、社会不安が加速するのでしょう。


さて、
地球と言う限られた系で、成長に次ぐ成長を続けた資本主義と人類。

もし、人類がおバカちゃんで、資本主義=人類繁栄の源泉だとするならば、資本主義と抱き合い心中すること間違いなしですね^^


…さんざん環境破壊して金儲けをした連中が迷惑する分には良いですが、次世代の子ども達や、他の動植物にまでとばっちりが行くので、タチが悪い。

ホント、何とかしないといけません。
抱き合い心中なんてさせません。

マイナス成長を歓迎する柔軟さ
雑草Z
    nao さん

 経済規模が持続可能なレベルを上回っている現在、マイナス成長は歓迎されるべき事です。不景気を嘆く心境は理解できますが、人間はもっと将来を見通して考えるべきでしょう。
 関係ないけど麻生総理は自民党の歴代総理の中でも最悪の部類かと思います。

成長路線を降りた後のヴィジョン
雑草Z
    でなしNo.146 さん

>車輪が止まると、「パタン」と倒れてしまうので、止まれないと思っているんですね。

 本当に自転車を漕いでいるときは、大切な事ですが、経済成長は、風船を膨らまし続けているようなもので、いつか必ず限界に達し、パンクしますね。


>降りた後のヴィジョンを持っている人が誰一人としていません。(少なくとも政財界のトップには。)
だから、世の中の閉塞感や、社会不安が加速するのでしょう。

 そう、これが本質を突いてます。
>降りた後のヴィジョンを持っている
どころか、そう言う発想が出来ない古い発想の政治家だらけですね。今の政治家の大部分が産業界、政財界のまわし者だからこうなるんですね。困ったものです。

こちらでもこれから
>降りた後のヴィジョン

について書いていきますので宜しくお願い致します。 

とても楽しみです
でなしNo.146
>こちらでもこれから
 >>降りた後のヴィジョン

 >について書いていきます。


楽しみにしております^^

…すでにこのブログは単なる環境保護系ブログではなく、未来への道しるべになるほどのシロモノになりつつありますね。
(そもそも、それが現在の経済システムに警鐘を鳴らしている雑草さまがブログを始めた目的だと思いますが。。。)

背中を押されましたね。
雑草Z
    でなしNo.146さん

 このままの成長路線は破滅への道である。変えなければならない・・・・と言う事を主張続けて2年以上経ってしまいました。
 その後のヴィジョンについて書こうと思いながらも成長路線の否定が中心でした。

 本当にそろそろ、脱成長後のヴィジョンを描くべきですね。年が明けて早々ぐらいまでにはそう言う事を描き始めたいと思います。
 宜しくお願い致します。

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