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2008-09-29 00:14
 『野蛮人』を辞書で引いてみると、
  1 未開人。蛮人。
  2 粗野で教養がない人。不作法で粗暴な人。
とあります。
 要するに自称『文明人』『教養人』から見た、未開の人たち、非文明人に対する一種の差別的表現でしょう。・・・まあ歴史的な使い方の変遷はあるようですが、ここでは単純に以上2つの意味や、「蛮行を行う人」の意味で考えます。

 自称『文明人』『教養人』は、『文明人』『教養人』と言う言葉こそ『野蛮人』の反対語だと信じているでしょう。
 でもその『文明人』の『文明』が地球規模の環境破壊を引き起こしました。
 『教養人』の『教養』って、その『文明』を是とする『知識の詰め込み』、『洗脳』に近いものがあると思います。
 『文明の利器』を使いこなしている『文明人』の多くは、単に使い方を知っているだけで、その機械の原理なんて知らない人が大部分でしょう。パソコン、テレビ、携帯電話・・・原理を知っていても、その生態系への影響まで思いを巡らせなかったり、無視したり・・・。
 『知識人』の『知識』も単なる『博識』の場合が多く、マスコミなどが垂れ流す情報を鵜呑みにしていたり自分で本質を見極める『洞察力』があるわけではありません。
 いわゆる『専門家』の意見と言っても、自然の摂理に対する洞察力は、彼らが『野蛮人』と呼ぶ未開の地の人々にかなわない場合が多いのではないでしょうか。

 「野蛮人に文明を!」などと言って、いわゆる未開の地に『開発』と言う名の自然破壊行為を平然と行おうとする自称『文明人』こそ、排除されるべき『野蛮人』ではないでしょうか。いまだに開発だとか経済効果だとかしか語れない経済界の人々などは、その手の愚人の代表格でしょう。
 生態系や自然の摂理を考えられずに「自然を切り開いて開発する」「経済をグローバル化する」なんて行為こそが『蛮行』です。
 『野蛮』と言う単語に必ずしもネガティブな感覚を持っている訳ではありませんが、私自身が考えるネガティブな意味での『野蛮人』は、
  1. いまだに経済成長や開発に心身を注いでいる人
  2. 生態系への悪影響も考えられずにゴルフをやっている人間
  3. 限られた資源をひとりで沢山浪費する権利があると考えている金持ち 
    ・・・・・・・・・・・
    ・・・・・・・・・・・
   ・・などです。
 現代の『文明人』『教養人』にこそネガティブな意味でのどうしようもない『野蛮人』が溢れていると考えています。だから悲惨な環境破壊が進み、人類は絶滅に向かって進んでいるのです。

 自称『文明人』による『未開の場所、未開の人を文明化する』と言う思い上がりの行為こそ『蛮行』です。彼らが未開の地と呼ぶ場所こそ地球の生態系をしっかり守っている最後の砦でしょう。
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【2008/09/29 00:14】 | 雑談 トラックバック(0) |


Anthony
その昔、北海道の炭鉱で働いていたという年配の人と話をしたことがある。

なんでも、かなり儲けていたらしく、お金の使い道に困って、家の電灯やTVをつけっ放しにしたりして消費していたとのこと。


これって、なんなんだろうと思った。

>これって、なんなんだろう??
雑草Z
    Anthonyさん

 訳の分らぬお金の使い方ですね・・・今は貧しくとも電灯やTVをつけっ放しにする人も多いですね。

 そういう浪費を最高の贅沢と言うのでしょうか?

学生時代、夜中に突然私のアパートを訪ねて来たアルバイト仲間が言いました。
 「ここの近くに美味しいコーヒー屋さんがある。夜中に突然そこの一杯のコーヒーが飲みたくて、車を飛ばしてはるばるやってきた・・今はその帰り・・こう言うのを最高の贅沢・・って言うんだよね。」

 イヤミな奴ではなかったので不快な感じはなかったけど、こんな事に車を使うならガソリン1ℓ10000円でもいいですね・・・ガソリン代も高いほうが最高の贅沢に相応しいってもんだ。
 


Anthony
>夜中に突然そこの一杯のコーヒーが飲みたくて、車を飛ばしてはるばるやってきた

明日にでも死ぬってのなら理解できるのだが...


P

粋な浪費?
雑草Z
     Anthony さん

 この手の浪費や環境破壊を、粋だ、オシャレだ、カッコイイ・・・と思ってやる輩がどこにでも転がってますね。
 ゴルファーなんてみんなこの類でしょう。

こいつらこそ、ネガティブな意味での『野蛮人』ですね。


Anthony
車でドライブってのが、昔から嫌いでした。

移動手段としての道具としてしか、ガソリンを消費できないのです。

P

>車でドライブ
雑草Z
    Anthonyさん



現在のような自家用車が溢れ、みんなが気楽にドライブを楽しむ時代って、20世紀後半から21世紀前半にかけての一時的な事で、
「こんな無駄な野蛮な事をやっていたんだ・・」
って言われる時代が来るでしょうね。
Anthonyさんのその感覚こそ、現代人が持つべき感覚だと思います。
 数十年前にアメリカのくるま社会は異常だと思っていたのに、日本もそうなってしまいました・・。
 私もかつてはドライブもしましたが、現在は通勤に車を使う事も愚行だと思っています。
  
 

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2008-09-25 00:13
 ここ数年、環境意識は日本中、世界中で高まっているように見えます。テレビや新聞では毎日のように環境問題が取り上げられ、環境関係の世界会議も頻繁に開かれています。企業も努力して色々取り組んでいるような事が宣伝されています。世界各国で色んな環境対策が推し進められているかのように報じられています。

 しかし、その殆どが、対症療法的であり、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)としか思えないものばかりです。
 確かに民間レベルでは、無農薬有機農法や自然農法が見直されたり、使い回し(リユース)が進み、意識の高い地域では、使い捨ても減ってきてますが、大筋では世界の環境は年々悪くなっていく一方です。

 例えば、地球温暖化対策・・・私はCO2地球温暖化説には懐疑的ですが、炭化水素(いわゆる化石燃料)の使用は控えたほうが環境負荷が小さい事は明らかです。CO2だけでなく、NOx , SOx は、酸性雨の原因にもなるし、大気中などに増える事は大きな環境負荷です・・・使用を極力控える事・・・使わない事が一番の対策でしょうが、省エネも費用対効果も無視した、何より環境負荷がもっと増えるような代替エネルギーを使う事ばかりです。最悪の原発は言うまでもなく、バイオエネルギーも、今のところ石油の浪費を止められません。(バイオエネルギーを作って取り出す過程で、かなりの石油を使います。)太陽光発電や風力発電も、大規模なものは、今のところどうしようもないレベルで、やはり石油の浪費です。・・・挙句の果てに、二酸化炭素の地下貯留などを本気で考えているのだから、どうしようもありません。CO2温暖化対策に名を借りて、その手の企業に儲けさせるだけとしか考えられません。・・愚かなCO2温暖化対策については今までも繰り返し述べています(【COP13を終えて】、【CO2温暖化肯定派の権威へ】etc・・・)ので、このへんに致します。


 生態系を考えてみます。・・・生物はみんな繋がっていますから、生態系が豊かでなければ人類も存続出来ません。しかし、都市化などにより、生態系が年々破壊されて、自然領域が縮小されるばかりです。熱帯雨林の破壊の例を出すまでもなく、部分的に川の浄化や森林の回復などが為されていても、全体的には生態系は破壊が進んでいます。
 食物連鎖の出発点は植物ですから・・・・と言っても、植物も動物の糞尿や死骸などを利用しているから持ちつ持たれつの部分もありますが・・・植物の量と動物の量のバランスは大切です。しかし、現在はヒトという種が異常繁殖した為に、圧倒的な植物不足です。または、ヒト種の異常繁殖によって、他の動物が激減したり絶滅しています。人口増加は環境破壊の主要因の一つです。

 環境意識が進んだといっても、今のところ、環境破壊は年々進むばかりです・・・加速さえついている状況です。
 地球の環境負荷は、全人口の環境負荷の総和です。言い換えれば、
(人口一人当たりの環境負荷)×(全人口)
です。環境対策の基本は、一人当たりの環境負荷を減らして、人口も増やさない事です。(もうかなりのオーバーでしょう。)それなのに、日本は少子化対策という世紀の愚策をやっています。
 さらに、経済成長には、環境負荷を増やす方向に進むことが要求されます。
つまり、世界の経済レベルは、全人口の経済活動の総和、言い換えると
(人口一人当たりの経済活動)×(全人口)
です。
 経済活動は環境負荷と必ずしも比例は致しませんが、大体比例関係にある事は明らかでしょう。

 世界が脱成長路線にシフト出来ないのは、世界のほとんどの人が経済成長に洗脳されているからであり、そういう風に社会のシステムが作られてしまったからでしょう。。世界の国の指導者が、ほとんど産業界のまわし者であり、経済成長と云うカルト・・・メジャー過ぎるから『カルト』と言えそうにないのなら『経済成長ファシズム』と呼びましょう。・・・に頭が洗脳されているからです。
いまだに経済成長に四苦八苦している政治家たちのレベルの低さには辟易ですが、その周りの学者も産業界の御用学者ばかり・・・
 私は科学妄信ではありませんが、経済成長路線を肯定する御用学者たちは、もはや科学を放棄した・・・と考えるべきでしょう。

 科学的に考えれば、閉じた系・・・物質的には外部とのやり取りはなくて、エネルギーの交換のみの系・・・の地球では、外部から入ってくるのは太陽エネルギーだけで、外部に放出するのは熱放射だけと考えるべきでしょう。科学技術者達は、そこをしっかり踏まえて議論すべきです。(宇宙開発は、さらに愚かな人類の自殺行為です。)そうすれば、物質でもエネルギーでも地下資源は有限ですし、使えば汚染される・・・・エントロピーが増大するだけ・・・という単純な基本が見える筈です。そう、わからないのか知っていても目をつぶっているのか判りませんが、エントロピーの法則に規制された孤立系のガイア地球から考えなければならないわけです。そうすれば、経済成長は必ず環境破壊という代償を伴い、現在に至るほんの数十年だけ信じられた危険極まりない概念であることがわかるでしょう。

 現在、環境対策で、地球の環境は良い方向に進んではいません。良くなっているどころか、今年は昨年よりもエコロジカル・フットプリント(私はこれに環境エントロピーと名付けましょう)は大きくなって、人類はまた一歩破滅に近付いているのです。
まずはエコロジカル・フットプリントのマイナス成長・・・経済のマイナス成長を実現した段階で、
「環境負荷は昨年よりも今年は良くなった」
と言うべき
でしょう。・・・私は預言者じゃないからいつからとははっきり言えませんが
今世紀の早いうちにそれを実現しなければ、人類は悲惨な絶滅を遂げるでしょう。
嘘の環境プロパガンダ・・・
「エネルギーも物質も沢山消費して科学技術の力で経済成長しながら、環境問題を解決」のような愚かな環境対策がまかり通っている現代社会はかなりとんでもなく狂っているというべきでしょう。
・・・「科学技術と言う名の似非科学信仰による経済成長」が愚かな発想であったと言われる時代が近い将来・・・今世紀中に到来するでしょう・・・でも気付いた時には既に遅し・・・で、人類は滅んでしまうのでしょうか?
 もう一度基本に戻って、エントロピーをしっかり考慮した環境対策、環境負荷や意識の高い地域では意識の高い地域では代替エネルギー論などを訴える必要があるとの思いに至っています。・・現在、そのあたりコンセンサスが全く得られていないから無茶苦茶な愚かな環境対策が為されているからです。
 これからエントロピーを深く考慮した環境問題、対策について言及していくつもりです。


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【2008/09/25 00:13】 | 環境総論 トラックバック(0) |

一律削減の欺瞞
地下水
 鉄を造る時、中国では日本の8.5倍、ロシアでは18倍のエネルギーを使うそうです。日本が25%削減と言っても、日本ではもう十分削減しているので効果が無いわけです。中国やロシアがこれを批准して25%削減しても、日本の何倍ものエネルギーを捨てている事にかわりはありません。
 自動車の排ガス規制の様に、鉄工所も排ガス規制をするのが本当のやりかたです。同様に、このことから京都議定書の一律7%削減などと言うやりかたも欺瞞でしかない事が、明確にわかりました。

Re:一律削減の欺瞞
雑草Z
    地下水さん

 遡って、コメントが一つもない記事へのコメント有難う御座います。(内容的にはカテゴリー【CO2】の中の記事へのコメントですね。)


 特定の年との比の一律削減という方法は本当に変ですね。既に省エネ技術の進んでいた日本に大きく不利になった・・・とはよく指摘される事ですが、その通りだと思います。そんなやり方にひっかかった日本も馬鹿ですが(・・排出権購入せざるを得なくなりました。)そんな理不尽な取り決めを作るCOP会議も京都議定書も欺瞞ですね。
 一律削減というのなら、世界中同じ一定の値まで削減するほうがまだ公平でしょう。・・人口あたりにするか面積あたりにするかとか会議で相談すればいいのです。その結果、途上国と呼ばれている国の中にはますます排出する権利が生まれるところも出るでしょうけれど、もともと削減対象にはなっていません。・・・まあ理想的なのは国ごとのカーボンニュートラルでしょう。でも、二酸化炭素削減に躍起になるよりももっと遥かに深刻で優先して取り組むべき環境問題がありますね。

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2008-09-21 00:12
 現在、生物の種の絶滅のペースは、一日あたり何十種類とか何百種類とか言われています。・・・年に数万種・・。人間に命名されていなかったり発見されていない種も沢山あるので、正確なところは誰にもわかりません。人間に認知されずに何百、何千万年も生きてきて、最近になって人間が知らぬ間に滅んでしまった種も沢山あるでしょう。
 生物の種は絶えず滅んでは新たな種が生まれているから危惧すべきかどうかはわからない・・・などと現在でも言ってる輩がいますが、現状認識の甘さにもほどがあります。・・産業革命以前は、年に1種も滅んでいなかったと言われていますし、人類が地上に現れる以前は、何十、何百、何千年に一種の割合だったと考えられています・・・・私は、この辺の数字はかなりアバウトでいい加減だと考えていますが、現代の種の激減は恐ろしいほど極端に多いことに変わりありません。完全に絶滅してしまわなくとも、激減している種は数えきれません。・・・と言うよりも、食用など人間が育てている特別な種を除いてほとんどの種の数が激減している事は身近に感じられます。そしてその原因が人間であることも明らかです。
 直接の人間の乱獲によって激減している場合は言うまでもなく、森林破壊、開発による都市化、農薬の散布・・などによって直接、間接に確実に激減しています。・・・この辺は規制が厳しくなって良くなってきている・・・とは、ごく限られた地域の限られた種についてのみで、プロパガンダによる思い込ませの部分が大きいのです。生物の種、数の激減は歯止めが効かない状態です。
 生物はお互いにつづれ織りのように繋がっています。・・・現在、多くの種が絶滅しているけれど、人類は増えているから大丈夫・・・という発想は、短絡的にもほどがあります。

 私は、生態系の繋がりをピラミッドに例える事には抵抗があります。それぞれの生物の繋がりは持ちつ持たれつで、上下関係ではないからです。・・・しかし、人類は、生物のピラミッドの頂点にいると考えている尊大な人間が沢山います・・・ピラミッドの先がこんなに沢山いたらアンバランスで倒壊してしまうのですが・・・人類は一応食物連鎖の頂点にはいるわけです。そう、ピラミッドに例えれば、一時的にアンバランスなピラミッドの頂点にいて、このアンバランスをもっと不安定にしているのです。
 色んな生物が激減しているという事実は、そのピラミッドの底の部分が・・・少なくとも人間より下にある部分が欠けてきている・・・と言う事でしょう。・・・人間の食物連鎖系の下にいない生物は関係ない・・・と言うかも知れませんが、生物どうしの複雑な繋がりは、人間に解明されていない部分が沢山あります。・・・だから、一見、「風が吹けば桶屋が儲かる」・・・の論理が生態系では成り立つ場合が無数にある筈です。

 そのピラミッドの最上部に乗っかって文明社会・・とやらを謳歌している人類ですが、この生態系のピラミッド・・・やはりピラミッドという表現には抵抗がありますが・・・のピースがあちこちで抜け落ちてきている現在、いつこのピラミッドの大崩壊が起こってもおかしくない状態ではないでしょうか?・・・これを否定できる人は誰もいないでしょう。この可能性を下げる為には、一刻も早く生態系の破壊をやめて豊かな生態系を取り戻す事です。それは人類が特定の生物や地域だけを過剰に保護する事でも、DNAを保存することでもなく、開発、経済活動を大幅に縮小すること以外に方法はないでしょう。
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【2008/09/21 00:12】 | 生態系 トラックバック(0) |

100年後は?
BEM
子供の頃に読んだ本に、昔アボリジニがオーストラリアに住んでいた時、頭の大きなドードーという鳥や、ダチョウよりもっと大型なモアという鳥、牙がもの凄く大きいサーベルタイガーという動物がいたということを読みました。(確か、ドードーやモアという名前だったと思います)
それが白人が入植してアッと言う間にそのような動物は捕り尽くされ、アボリジニも結局絶滅させました。
今も貴重な動物ばかりでなく身近な生物まで殺しているとは。
「侵略の世界史」という本に白人が世界で何をやってきたかを紹介しています。人間に対してかくも残虐なことをする人達ですから、動植物に関しては何とも思わないのでしょう。
自然を大事にしていた日本人も昔の話しなのかもしれませんが。

残酷な人間達が開拓の歴史を作る
雑草Z
    BEMさん

 私は、実際に滅んでいった大型の生物の事を読んだのは結構最近の事です。オーストラリアの独自の生態系で進化してきた生態系も白人の入植で滅茶苦茶にさせられましたね。アボリジニ達は何万年も動物たちとしっかり共存していたのに、ヨーロッパ人の開拓者精神・・・と言う名の征服欲は、残忍ですね。白人に限らず、この手の残忍な人々が開拓の歴史を作ってきました。現在の「開発途上国」、「遅れた地域」と呼ばれる地域への開発行為も似たようなものでしょう。地元の人々がほとんど望んでいなくても強制的に行われる侵略行為ですね。


ゆいまーる
雑草Zさま

私も同じ思いです。
あと、最大の環境破壊(心も破壊・負のスパイラル)である、
戦争を終わらせることが大事だと考えます。

まず、猫もしゃくしも『経済優先』の先進国をどうしたら方向転換できるのだろうかと、ない知恵をぼちぼち絞り、たった一人では微力すぎなので、同志を探しているところです。
みんなが、生きものが、本当に幸せに生きるために。

>どうしたら方向転換できるのだろうか
雑草Z
    ゆいまーるさん

>猫もしゃくしも『経済優先』の先進国

 いわゆる先進国だけでなく途上国と呼ばれる国もみんな
『経済成長』と言う根拠のない目的に洗脳されていますね。
 
 私もこのままでは破局に突き進んでいると思いますし、この『経済優先』という愚かな思想が幅を利かせている世の中はどうしようもないと思いますが、希望もなきにしもあらずです。・・・破局の恐ろしさを実感出来て、回避しようと言う理性は人間には残っているでしょう。どうしようもない人間もいますが、大抵は、しっかり話せばわかるでしょう。

 望みは捨てられないでしょう。

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2008-09-17 00:03
 近年、毎日多くの生物が絶滅していると言われています。生存能力の高いと言われている昆虫の数さえめっきり減って来た事を実感致してます。
この夏は、家の網戸に蝉、蛾、黄金虫・・・大きめの昆虫が付いているのを見つけませんでした。・・夜の街頭の下にゲンゴロウやタガメも見つけませんでした。かつて、つい数年前(・・昨年?)まで毎年夏には沢山現れてうっとおしいくらいだった昆虫達が、今では恋しい限りです。沢山いたから目障りだったかもしれないけれど、あの大きな色鮮やかな蛾さえ素晴らしかったと思います。いまでもきっと郊外の田園や山間部に行けば沢山いるに違いない・・・と思いたいのですが・・・。そういえば、毛虫もいも虫もめっきり見なくなってきました。いまの子どもたちは、植物の葉につく昆虫の幼虫を見たことがあるのでしょうか?蛾の幼虫は大抵毛虫で、蝶の幼虫は芋虫が多い・・・って事を知っているのでしょうか・・アゲハの幼虫のように小さい頃(1齢の頃)は毛虫で、大きくなるにつれて(終齢)いも虫になる場合もありますが・・・…この夏は、アゲハ蝶が家の庭にやって来たのを見なかったような・・・家の山椒の葉にアゲハの幼虫もいた筈なのに、今年は・・・。

 さて、今年の夏は早く暑くなりましたが、涼しくなるのも早く、ここ東北地方では、8月下旬には秋の気配を感じ、秋の虫が鳴き始めています。そう、秋の虫はまだ頑張っています。草が生え放題で殺虫剤も撒かない家の周りには虫が鳴いています。・・・・・・草を生えっぱなしにしておけば虫まで育ってくれるのだから、自然は素晴らしいものです。秋の虫が盛んに鳴いています。
 エンマコオロギの声が一番大きく聞こえます。この、コロコロコロコロって鳴き声は、幼いころから聞き慣れていて、一番耳に親しみがあります。昔はあちこちで鳴いていて大合唱でしたが、今はどこで何匹鳴いているかが分かるくらいなのが寂しいところです。
 鈴虫は、私が幼い頃から草むらにはいなくて、近所で買って飼ってた鈴虫の鳴き声が聞こえてきたものです。
 キリギリスってお洒落な響きの名前ですが、鳴き声は無粋でイメージと違ってた・・・と言うのが子供の頃からの印象です。
 9月半ばの今、家の周りの草むらでは、4種類ほどの虫が鳴いています。虫の種類はエンマコオロギ以外あんまり判明出来ませんが(苦笑)。秋の夜長に虫が鳴かなくなったら、寂しいを通り越して・・・悲し過ぎます。


  現在の動物の絶滅は目を覆いたくなるレベルです。ペットにしたり家畜にするような一部の動物を人間が世話をして餌を与えて人工的に増やすのは、付け焼刃どころか何の対策にもなりません。・・しかし、それ以外に増えている動物って人間以外にいるのでしょうか?・・・シビアな悲しい現実と対峙しなければなりません。
 地上の生物はつづれ織りのように繋がっています。人間だけが生き残ることは不可能です。このままでは人間の絶滅も時間の問題でしょう。それなのに生物の急速な激減に対する有効な対策はほとんど為されていません。・・捕まえて保護するなんてのは以ての外です。生物の生存環境をしっかり保持すべきです。つまり、生態系の循環を破壊しない事です。
いまだに『経済優先』なんて事を言ってるのですから人類は本当に身勝手で愚かです。
・・もう駄目だろうという悲壮感を打ち消すように虫の鳴き声が聞こえます。この虫たちの声が聞こえる秋がやってきている間は、まだかろうじて生態系は繋がっているのでしょう。秋の虫の鳴き声が聞こえている間に、生態系の循環を豊かにする方向に方向転換すれば、人類の歴史も幕を下ろさなくて済むかも知れません。・・わずかな可能性でも・・・
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【2008/09/17 00:03】 | 生態系 トラックバック(0) |

同感です。
菊の助でござる^^
急速に虫の種類は減っています。逆に一つの種類が異常発生したりしております。明らかにバランスが壊れています。特に高速道路やバイパスができると急激に生態系が壊されてしまいます。道路の建設が最も自然を破壊しているのではないでしょうか。明らかに山林を削って作るのが道路ですから。うちも近くを高速道路が通り、雨の降り方まで変わりました。農業をしているのでその変化は敏感に感じます。

>道路の建設が最も自然を破壊
雑草Z
    菊の助でござるさん

 道路建設はもう必要ありませんね。田舎ではあまり使われていない道路が溢れています。必要ないと言うよりも、作っては駄目ですね。・・明らかに造ることが目的で造られて、造ってしまったから使おう・・・と言うどうしようもない自然破壊の悪循環に陥ってますね。
 おっしゃるように道路の建設が最悪の自然破壊でしょう。生態系がズタズタです。日本に限らず20世紀最大最悪の公共工事が道路の建設でしょう。

>高速道路が通り、雨の降り方まで変わりました

うーん、道路は気象も変えてしまうのでしょうね。敏感に実感出来るくらいのレベル・・と言うのは凄いですね。
 

 

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2008-09-13 00:14
【誘蛾灯】の続きです。

 昆虫採集や誘蛾灯は、昆虫の数を減らすほどの影響は与えないという人がかなりいます。
確かに、化学的に無差別に地域一帯の生態系を破壊する農薬の殺虫剤の散布よりはましでしょう。物理的に局所的な昆虫を減らすだけ・・・とも言えなくはありません。しかし、私は昆虫採集も誘蛾灯も、生態系への影響は大きいと考えます。物理的に手とか網とかで昆虫を採集しても、ある程度長く時間をかければ人間は、何種類かの昆虫を絶滅まで追い込むことは可能だと思います。・・・実際、人類は、化学的農薬などを使用する以前に、物理的方法で絶滅させた動物は沢山いると考えられています。・・・


 家の近くのコンビニ・・・こんな田舎町でもいつの間にかコンビニが沢山出来ました。・・・の誘蛾灯に集まって来た昆虫を観察して、殺される昆虫の数を考察し、誘蛾灯が生態系に影響を与えるかどうか考えてみたいと思います。
 ・・・という事で、夏も後半の8月18日(月)夜に、近くのコンビニの誘蛾灯で、感電する虫の数を数えて、何匹くらい虫が殺されるか計算しました。
 下調べの段階では、ここのコンビニの誘蛾灯は、他の場所の誘蛾灯と比べて集まる虫の数は少ないほうでしたが、誘蛾灯の下にトレイがなく、感電した虫はトレイに溜まらず下のコンクリートに落ちてくるので、虫の種類も見分けられるので、ここの誘蛾灯を選びました。
 さて、19時前にコンビニへ行って待機していると、丁度19時にコンビニの店員が誘蛾灯の電源を入れました。もう既に日が沈んで暗くなっていた事もあってか、虫が一挙に集まってきました。予想より遥かに多く、誘蛾灯に触れて感電する昆虫の数が1分間に60匹以上になりました。これを数え続けるのも大変だと思ったので、試行錯誤して、30分のうち中間の2分間だけ数を数えることにしました。
その結果は・・意外な興味深い結果になりました。
例えば19時15分の感電した虫の数 [匹/分] は、19時14分から19時16分までの感電した虫の数を2で割った値です。[匹/30分]はその30倍の値。

時刻     虫の感電ペース[匹/分] →  [匹/30分]
19時15分   69.5            2085
19時45分   30.5            915
20時15分   15             450
20時45分   5.5             165
21時15分   4              120
21時45分   2               60
22時15分   3               90
22時45分   2               60
23時15分   1               30
23時45分   2               60
 

はじめの6回、3時間ほどは、半減期が30分の放射性元素の崩壊のように、感電した虫の数は30分ごとにほぼ半減していきました。
・・・これは何を表わすのか・・・・
昆虫一匹当たりが30分で誘蛾灯で感電する確率が 1/2 = 50% 
と考え、はじめに一挙に昆虫がすぐに集まったと考えればいい訳です。
つまり、誘蛾灯に集まってくる昆虫は一晩を通して徐々に集まるのではなく、誘蛾灯の点灯とともに一挙に4000匹ほど集まって、30分毎に半数が感電すると考えれば、このような指数関数的減少になるでしょう。誘蛾灯の青い光はある程度遠くの虫も一斉に呼び寄せるのかもしれません。 
22時以降、感電する虫の数が減らなかったのは、測定数が 1~4匹/分 ですから、誤差の範囲かも知れません。よその電灯が消えて、そこから集まってきたのかも知れません。意味をつけて解釈をするならば、この時間帯は常に1~4匹/分のペースで、昆虫が集まってきて、誘蛾灯にぶつかる数と平衡状態になった・・ということでしょう。
 いずれにせよ、日付が変わる夜中の0時頃には、誘蛾灯の周りを回っている昆虫は数えられるほど少なく、ほとんど感電して下に落ちてしまっていました。感電して落ちた昆虫の数はおよそ4000匹。
あとは明け方まで観察しても、せいぜい1、2割しか増えないと思い、観察は中止しました。
下見の段階は22時頃でしたから、その段階で誘蛾灯の周りを飛んでいる虫が少ないと感じたのは、すでに大量虐殺が為された後だったのです。

この晩一晩で昆虫が4000~5000匹殺された事になります。一か所の誘蛾灯でです。
誘蛾灯の青いライトは、比較的遠くから虫を集めるといっても、このペースで虫が殺されたら、ひと夏で軽く10万匹は感電死させられるわけです。1か所のコンビニでです。
 町に住んでる虫の数の母体数はわかりませんが、これだけ虫を殺していたら、生態系に影響がない筈がありません。
一か所の誘蛾灯で殺す虫の数は、小鳥の数十匹分の餌にもなるでしょう。川に落ちれば魚の餌になるわけです。土に帰っても植物の栄養になります。
 箒で掃いて、ビニール袋に捨てて燃えるゴミに出すって、最低であると思います。
やっぱり誘蛾灯なんて廃止すべきです。光に集まる虫が困るなら、夜は店を閉めればいいのです。しかし、愚かな経済が、パーキンソンの法則で・・・
 この調子では、あと数年もすれば、誘蛾灯を使っても集まる虫がいなくなってくるのではないでしょうか?

・・勿論一回の観測ですので天候や、時期など日によって揺らぎはあるでしょう。
しかし、アバウトにここで挙げた数値のオーダー位は合っているでしょう。


 誘蛾灯の生態系に与える影響、昆虫採集コレクションによる生態系への影響、道路による生態系の影響(これは比較的為されていますが、工事側が行うどうしようもない環境アセスの場合が多いように感じます。)、などはもっとしっかり研究されるべきでしょう。予算なんて、道路建設と比べれば、ほとんど只同然で出来るのですから・・・・。
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【2008/09/13 00:14】 | 生態系 トラックバック(1) |

夜の高速道路にて
天地 はるな
夜、高速道路を走っていたら、小さな虫がいっぱい飛び交っていました。
虫たちは、フロントガラスにぶつかって、死んでいました。
もし、これが鳥だったら、運転上危ないので問題になるのですが、大騒ぎになりますが、虫だと無視。
_| ̄|○


鳥でも哺乳類でも、虫でも・・・
雑草Z
>運転上危ないので問題になるのですが

 人間の身勝手な言い分ですね。道路は生態系を分断するので生態系に悪影響をもたらしますね。
 私の住んでいる周辺でも、猫だけでなく、ムジナやイタチがよく道でひかれています。そのたびに胸が痛みます。
 芋虫や毛虫やミミズが道を横断していると、「急げ、頑張れ!」・・と応援したくなりますね。自転車や徒歩の場合、見届けるか、私が手で移動させちゃいますね。

 地方の道路は、空いているところが多くて、非常に無駄だし、生態系にも悪いから、これ以上一つも作るべきではないと思います・・・山間部や田舎の里山の道は、舗装しないと、生態系への負荷も減るでしょう。

TB成功!
天地 はるな
コメントに書いたことを書きました。

「おしゃれ手紙」の方は、TB成功しました(^▽^)/


虫だと無視
雑草Z
    天地 はるなさん

 TBのお知らせ有難う御座います。
人間の開発行為は行き過ぎばかりですが、道路、特に高速道路などの自動車専用道路はその代表例でしょう。

この偽装社会の中で あなたは・・
団塊おやじの遺言
虫は鳥や魚の大切な食物 この大地にも・・食物連鎖の中で行われる自然の行為 やはりそちらでも虫の数も減っているのですか 自然に任せば 天敵関係などでバランスの取れた生態系が維持出来るものが 今 人間の造ってきたシステムや環境が根底から崩れ 他の命なんか関係無い それも人の行為によって この豊かな生態系に生かされてきた事を知らない人が世界中に・・
小さな生き物がいなくなり生命の連鎖が切れる そんな事、全く意に介さない 儲けに走る人間が多すぎる今の社会 虫の観察 大変ご苦労さまでした あなたの様な人こそ環境大臣にしたいと思う 今日 この頃です・・


東京珈琲
最近、偶然ながら僕も走光性について調べたんですが、よく分かりませんでした(笑)
火に飛び込み、自ら死んでいくなんて美しいと思いましてね

夜間コンビニでアルバイトしているんですが、たまに蝉なんかが店内を飛び回っています
僕はそれを笑いながら見てるんですが、蝉にとっては辛いでしょうね

外では、光に誘われて来たデカいカミキリムシが潰れてたりします。それも卵がいっぱい詰った雌だったりします
可哀相です

こちらのコンビニは店内に誘蛾灯があります。なので、あまり機能していません
消してしまえばいいのにと思います


こんどは大学での話になりますが、授業中、教室の中をトンボが飛び回ってたりします
もう、どこもかしこも虫にとってはトラップだらけですね

アブなんかも教室の中を飛んでいたんですが、先生はアブないからと言って叩き潰してました。こちらが何もしなければ、あちらも何もしないのに。

もうクレイジーワールドです
徳川綱吉を見習って欲しいですね


…しかし、雑草さんの行動力には感服いたします
僕は夏休み中引き籠もりでしたので、そんな雑草さんを尊敬いたします

…夜中コンビニの外でずっと誘蛾灯を見つめる雑草さんを想像すると笑えます。
変人と間違われないように気をつけて下さい

言われてみれば…
BEM
都市に関してだけでなく、昆虫などの大量発生は見かけなくなった気がします。
また子供の頃の話しで恐縮ですが、町のスポーツセンターがありまして、その壁にビッチリとテントウ虫が発生していたり、そのもっと昔には川岸にイナゴが大量にいて、母親が佃煮にできるんだよと家族で獲った記憶があります。食べた覚えはないんですが(笑)
しかし最近ではアリの巣コロリとか、ワラジ虫なんとかとか、やたら家の周りの虫を絶滅させたいようで、こりゃ畑にミミズもいなくなりますよ。
一方で絶滅危惧種がどうのこうのってパラレルワールド?ですか?

>バランスの取れた生態系の維持
雑草Z
     団塊おやじの遺言 さん

 日本中どこでも虫の数は減っているようです。虫に限らず魚も鳥も両生類も爬虫類も減っていますね。・・日本中どころか世界中でしょう。・・・恐ろしい事です。・・・こんな中で唯一極端に増えている人間も、一時的なドーピングによるもので、食物連鎖から考えても、生態系から考えても、人間だけが増える事は不可能でしょうね。・・・現在の人口も維持出来ないでしょう。

>人間の造ってきたシステムや環境

は本当に愚かで滅びのシステムですね。・・科学的でもありません。ただのエゴと欲。

>生命の連鎖が切れる そんな事、全く意に介さない 儲けに走る人間が多すぎる

 本当にそうですね。愚かで強欲な金の亡者が多過ぎます。

走光性
雑草Z
    東京珈琲さん

 走行性に関しては2回前の記事【誘蛾灯】に書かせて戴きました。(東京珈琲さんもそこの記事やコメントに対する反応ですよね?)
そこでのえりざべすさんのコメント

>昆虫は光のやって来る方角を指標に飛ぶ向きなどを決定しているらしい
>視野の一定方向から光が来るように常に飛ぶ方向を修正

という説で考えられる昆虫の飛ぶ道の渦巻の軌跡は
等角螺旋というようです(・・・言葉ののまんまですね!)
生命の螺旋によくみられるようです。・・・よく見かける巻き貝などのきれいな螺旋です。

>火に飛び込み、自ら死んでいくなんて美しいと思いましてね

・・・危ない美学です!(笑)

>こちらのコンビニは店内に誘蛾灯があります。なので、あまり機能していません

あまり機能しないと言うよりも、名前の如く、逆に虫をお店の中に誘うのではないでしょうか?・・まさにギャグ効果!

>消してしまえばいいのにと思います

 あなたが消して下さい。店員が消す分には大丈夫でしょう。

>アブなんかも教室の中を飛んでいたんですが、先生はアブないからと言って叩き潰してました。こちらが何もしなければ、あちらも何もしないのに。

 その認識は間違っていますよ。
・・蜂ならば、そう言えるでしょうが、アブは蚊と同じように吸血昆虫ですから、こちらが害を与えなくても、血を吸う為に体に針を刺します。・・蚊よりずっと太い針なので、刺されただけでかなり痛いですよ。
私は蜂は怖くありませんが、アブは厭ですね。・・・でもアブだからと言って『アブない』って表現は少し大袈裟かも・・


>もうクレイジーワールドです

そこは同感です。

>僕は夏休み中引き籠もりでしたので

 私は引き籠りは環境負荷が少なくて悪くないと思います。
少なくとも、海外旅行したりドライブしたりマリンスポーツやゴルフをカッコイイと思ってやっているお馬鹿達よりずっと素敵です。

>夜中コンビニの外でずっと誘蛾灯を見つめる雑草さんを想像すると笑えます。

当初の予定はそうでしたが、本文にも書いているように、30分に一回、2分だけ数を数えたのです。このコンビニは家から自転車で一分位のところだったので、家から通って数えてましたし、店員さんにもその旨断っていました。

繰り返しますが、変人と思われてもお店の中の誘蛾灯は消して下さい。
 理由はここ3回の記事を読めは色々言えるでしょう!?

>絶滅危惧種がどうのこうのってパラレルワールド?
雑草Z
    BEMさん

>また子供の頃の話しで恐縮ですが、

いえいえ、参考になるし、重要な事ですから、子供のときの豊かな生態系のお話は沢山教えてくださいね。

>川岸にイナゴが大量にいて、母親が佃煮にできるんだよと家族で獲った記憶があります。食べた覚えはないんですが(笑)

 本当にイナゴは沢山いましたね。イナゴと赤とんぼの大量発生が秋の風物詩でした。
 小学校の秋の大運動会では、校庭は赤とんぼだらけでした。・・これを古き良き時代、失われた自然・・・として振り返る時期がくるなんて思ってもみませんでした。・・悪い冗談でしょうか・・?
 私は自分で捕ったイナゴは料理に出来なくて、みんな放していました・・・そのくせ他の家で作ったイナゴの佃煮などは、戴いて沢山食べていました。

>一方で絶滅危惧種がどうのこうのって

 絶滅危惧種を保護することも大切かも知れませんが、
そうやってレッドデータがどうのこうのって、一部の種だけ人間が飼育して過保護に育てるよりも、生態系全体をそのまま残す事に力を注ぐべきですね。
 環境アセスでは、イヌワシ、ナキウサギなど、絶滅危惧種がいれば工事の見直しが出来ますが、そんな貴重な生物が見つからなくても、自然の山、森を残す事こそが大切だと思います。
 それから、人間の生活圏にある里山を守る事が非常に大切だと切実に感じています。 

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2008-09-09 00:13
前回【誘蛾灯】の続きです。

 近頃、夏の夜、明かりに集まってくる虫が減ったなあ・・と感じます。以前夏の夜は、街灯などには煩いほどの虫が集まってきて、真下には行けないほどでした。ところが、近頃は、電灯の下にもそんなに虫はいない所が多くなってびっくりです。・・・夜に町中至る所に光が溢れ、【田舎まで不夜城】虫が分散されていることもあるでしょう。・・・でもそれにしても、数も少なく、大きな昆虫・・・カブトムシやクワガタは、私が小さい頃から町場の電灯にはあまり来ませんでしたが・・・カミキリムシやコガネムシ、蛾や蝶、が沢山集まりました。水に棲むゲンゴロウやタガメなども集まって来て、彼らも飛べる昆虫であることを子供の頃に分かって驚いたものです。 外に出なくても、家の網戸に沢山虫がへばりついて、そのうち小さめの何匹かは、網戸の破れ目や隙間などから家に入り込んだものです。私が住んでいた岩手県の小さな住宅は、近くに田んぼや藪があったので、ツマグロヨコバイ(ウンカ)が網戸に沢山張り付いていました。ヨコバイや羽アリが枕元のスタンドの周りなどを数匹飛び回ったものです。時々カミキリムシやコガネムシや大きなガやセミが入ってくると、捕まえて外に逃がしたものです。

 今住んでいる福島県の会津の田舎町でも10年くらい前まではもっと沢山の虫が、網戸にへばり付いていましたが、近頃はめっきり減りました。少子化で人口が減っているにもかかわらず宅地造成が進み、道路が新たに造られたり拡張されたりして、雑木林や原っぱ、田畑が減っているからでしょう。土や、三面張りでない底や側面が土の川、雑木林や草地がないから、昆虫が繁殖できないのは当然の事です。卵を産む場所もあまりないし、幼虫も繁殖できません。挙句にいまだに殺虫剤を散布し、各家庭でもちょっとした虫に大げさに殺虫剤を使っています。田畑にさえ、虫が少なくなって来ました。2,30年前はどこにでもいたようなゲンゴロウやタガメが絶滅の危機にあるというから驚きとともに寂しい限りです。大きめの蛾や蝶もかなり数が減りました。


 確かに虫が夜の家の中・・・特に夕飯の食卓や眠る布団についていたりするのは気持ちのいいものではないかも知れません。しかし、そこまでデリケートな人間が増えた事は嘆かわしい事でもあります。人間の生活圏から昆虫をすべて追い出してしまおうと言うのは狂った発想でしょう。

   生物はつづれ織りのように繋がっています。昆虫などの虫が住めない土地に人間が住めるものでしょうか。これ以上すべての開発類は人類にとって命取りになる危険性を孕んでます。

 
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【2008/09/09 00:13】 | 生態系 トラックバック(0) |

たった30数年前
BEM
私の田舎でも今の時期ならガムシや、ケラが道端に這い出ていたり、夏になると農家の用水路のコンクリートには八つ目ウナギがびっちりとくっついていました。夜は近くの草むらからカエルの大合唱が聞こえていました。
それがたった数年で姿を消したような気がします。造成と農薬のせいだったのでしょうか、分かりませんが、そういった動物を取り戻すにはホタルより難しい事なのでしょうか。寂しいですね。

取り戻せたらいいですね。
雑草Z
    BEM さん

 失ったものは大きいですね。

>そういった動物を取り戻す

生態系を破壊してしまってから取り戻す事は大変でしょうね。
よく、開発か環境か・・・と言う議論がありますが、生態系を壊したら、生物の一種である人間も生きていけませんね。人類は後悔する日が来るでしょう。(開発に反対する人は着実に増えてますね)開発って結局はただの生態系の破壊活動ですね。
 BEMさんの田舎(北海道でしたよね。)も生態系が豊かな里山だったのですね。
『ガムシ』って何だかあまり聞いたことがなくてネットで調べてしまいました。・・・ああ、そうだったのか!・・って感じですね(笑)
 それに対して『ケラ』は私は大好きでした。幼い頃、あのぷくぷくした肉感的感じが、虫には思えませんでした。昆虫に分類されている事を知ってびっくり・・・の記憶があります。・・・だから夜の光に集まってくるのも意外でした。・・・そう言えば最近見かけません・・・寂しい限りです。
 一番意外だったのは『八つ目ウナギ』・・・そんなにいるものだったのですね。私が住んでいた地域では見かけた事がありませんでした。びっちりくっついているところを見てみたいものです。

 先ず、かけがえのない里山から取り戻したいものです。

本当に減りました・・・
菊の助でござる^^
初めまして、拙者、大分県の山間部で農薬や化学肥料を使わず農業を営んでおります。菊の助と申します。
拙者の住んでいるところは、都会から見れば緑の多い山間部ですが、実際、カブトムシもクワガタもいません。椎茸栽培が盛んな大分県ゆえ(原木栽培では日本一の生産量)クヌギは山にたくさん栽培されているにもかかわらず、ほとんど見ることはありません。拙者が子供の頃(40年ほど前)は、大分市の都市部でも近郊の野山から、町の灯り目がけてカブトムシやクワガタが飛んできたものでしたのに。
大型の甲虫も少なくなりましたが、田んぼのカエルも小型化して、殿様ガエルなどの大型のカエルはほぼ全滅に近い状態です。数年前、拙者の田んぼで殿様ガエルを見かけた時は小躍りしたものですが、それ以来一度も目にしておりません。13年農業をしてきて1度しか殿様ガエルを見ていないのです。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」はすぐそこにきております。
初めて伺って長々とコメント、失礼いたしました┏(<:) ペコッ


やはり全国的傾向ですね。
雑草Z
    菊の助でござる^^さま

 はじめまして。初のコメント有難う御座います。

 町中だけではなく、山間部でも動物は減っているのですね。
 そして、おっしゃるように昆虫だけではなく、様々動物が身近な場所からいなくなってきていますね。
 田んぼにかえるがいないって、深刻な話だと思います。
 昔は水を引いた田んぼの中や周りの川には無数のプランクトンがいましたが、それもいなくなって来ました。特に肉眼でも確認できるミジンコが見当たらなくなってきてびっくりです。イナゴも赤とんぼも・・・・
 生物がうようよいない静かな田んぼになって来ているのですね。非常に危惧すべき事ですね
 私が住んでいるのも盆地ですが、久しぶりに行った海岸で、生物があまり見当たらなかった事も悲しい事実でした。私の記憶では、海岸は、いたるところ生物だらけ・・・だった筈です。
 動物だけでなく、植物もかなり減少してます。
日本だけではなく世界的な傾向でしょう。

>レイチェル・カーソンの「沈黙の春」はすぐそこにきております

 本当にその通りですね。
いまだに開発をしようとしている人類は本当に愚かだと思います。人類を含めた生物はまとめて滅んでしまいますね。
先ずは生態系をしっかり守る事でしょう。
 

このくらいの中味の濃いコメントは大歓迎です。長々としたコメントには感じません。これからも宜しくお願い致します。

 

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2008-09-05 00:12
 誘蛾灯の存在を知ったのは、中学生くらいの頃だったでしょうか?・・・農家の友達が、カブト虫が誘蛾灯の下のファンに吸われて小学校の頃沢山取っていたとか言って、そんなものがあるのかと強く印象に残っています。・・・その頃の誘蛾灯は、虫を青い電気で誘うことは今と一緒だったけれど、それを下に設置したファンで吸い取ると友達が言っていた記憶があります。ファンで虫が怪我したり死ぬこともあると聞いて、無差別で残酷なものだと思った記憶があります。・・・と言っても、友達から聞いただけで、想像の域で実際にはなかなか見たことがありませんでした。その後、農家の軒先に青白い光が見えて、ああ、誘蛾灯だなって思った記憶も有りますが、何故か近くまで見にいった記憶がありません。私は、誘蛾灯は、田んぼや林に囲まれた農家が使っていると言うイメージがありました。

 いつ頃からでしょうか?・・・誘蛾灯を普通の店先に見かけるようになりました。夜でも開けているコンビニなどの軒先によく見かけます。
 (昔からあったのかも知れませんが、)現在の誘蛾灯は、青い光の横に電気を通した鉄線が張ってあって、虫を電流で感電死とか焼き殺す仕組みになっています。虫が接触するたびに、電気がスパークし、ビリビリ音をたてて、気持ちのいいものではありません。

 夜の光に集まってくる虫が減った事を感じていた私は、もう少し詳しく調べる為に、先日夜、明るい場所を求めて自転車で住んでいる町を回りました。いくつかのコンビニなどの店先で誘蛾灯を見つけました。夜の9時過ぎでしたが、誘蛾灯の周りを飛んでいる虫が意外に少ない事に気付きました。セブンイレブンの誘蛾灯は、下にトレイ等がなくて、電気で感電した虫が、下のトレイに溜まるのではなく、直接地面(駐車場のコンクリート)の上に落ちていました。・・・・日を改めて、このコンビニの誘蛾灯を点けてから、消すまでにどのくらいの虫が集まってくるか・・・感電するか調べようと考えました・・・・その観察結果については次回以降にアップします。

 コンビニに集まってきた虫の様子を多少ここで書かせて戴きます。感電した昆虫は、下に落ちてきますが、羽が焼けたりしています。大きくぶつかって激しくスパークした虫は、胴体が焼けてしまって、両方の羽が取れてひらひら落ちてきました。電極にくっついて死んでいる虫もいました。・・・やはり残酷なものでした。ちょっとだけ感電したのか、下に落ちて生きているバッタが、大きなダメージを受けてふらふらで立ち上がるボクサーのように、またふらふらと飛んで、誘蛾灯の外の覆い(人間が間違って手を触れないようにした目の粗い金網)にやっとのことへばりついて、青い光を目指して上って行く姿には居たたまれなくて、そっと手で掴んで遠くの街頭の下まで持っていって放しました。
  誘蛾灯ってやっぱり残酷なものです。・・・まあ、殺虫剤なんかよりはマシでしょうが・・・・

 ++++++   ++++++++      +++++++++
 さて、切り替えて、かわいそうだとかセンチメンタルな事を言わずに、冷徹に書かせて戴きます。
 この誘蛾灯の下の昆虫の死骸は、大抵、翌朝店員が掃いて設置してある燃えるゴミのゴミ箱の中のゴミと一緒に袋に入れて燃えるゴミとして捨てるようです。以前にも書きましたが、【アメリカシロヒトリの駆除方法】、【恐ろしい?アメシロは、ただの毛虫】生き物の死骸を袋に入れてゴミとして出す感覚は異常です。・・・雑木林とか草地かなんかに撒いて、土に返すべきでしょう。蟻が運んだり、微生物が分解してこれが動植物の次の生命の栄養になるのです・・・魚がいる川に捨てれば魚のえさになります。・・・生態系の循環に流してやらなければ大変なことになります。
 提案ですが・・・・誘蛾灯自体あんまり好きではないので積極的な提案では有りませんが・・・誘蛾灯に集まった虫の死骸を回収して有機肥料として使えばいいと思います。売る事も可能でしょう。・・・かなりいい肥料になるでしょう・・・それに農薬で殺した虫ではないから安全です。

 余談ですが、誘蛾灯に集まってくる虫は、殆ど全部昆虫であると気付きました・・・つまり、羽があるのは昆虫だけ・・・ではないでしょうか?(そうではないとお分かりの方がいれば、是非ご一報を!)つまり、一応、無脊椎動物の外骨格系の動物の進化の最先端に属する動物の昆虫と言う事で、もしかしたら、誘蛾灯如きでは、絶滅しないのかも知れません(笑)。人類の後に繁栄するのは昆虫だ!!とも言われていますし・・・でも誘蛾灯は実際調べてみると種の存続に影響を与えるレベルであると考えます。(後日アップ)

 それからこれは昔からの疑問ですが、どうして正の走光性のある昆虫って多いんでしょうね??蚊とかゴキブリのように負の走光性で光を嫌う昆虫は、生存の為にその方が有利と言うことがわかりますが、光に集まる正の走光性って何の役に立つのでしょうか?特に夜光に集まると言う性質は、「飛んで火に入る夏の虫」の如く、圧倒的に悪い事のほうが多いと思うのですが・・・蛍のように雄が雌を呼び寄せるわけでもないと思いますし・・・それとも昆虫も人間のように夜の溜り場で出会いがあるのでしょうか(笑)・・・何せ、ポスト人類ですから・・・でも夜の溜り場で退廃しているようなら、人類のように先は長くないです
ね!!(笑)・・・・冗談はさておき、これも知っている方がいればお知らせ下さい。
 次回から2回も関連記事を書かせて戴きます。コンビニの誘蛾灯での観察した事・・・誘蛾灯に集まった虫の種類、数、誘蛾灯が殺した虫の数などについて報告致します。
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【2008/09/05 00:12】 | 生態系 トラックバック(0) |


えりざべす
雑草Zさま!

お久しぶりです.

昆虫の光走性の部分ですが,ちょっと私の拙い知識の範囲でコメントさせてください.

どうやら,昆虫は光のやって来る方角を指標に飛ぶ向きなどを決定しているらしいんですが,太陽や月の光はほぼ平行な光なので,それが可能になるようです.どんなに移動しても,常に同じ方角から光が来るので.視野のある方角に常に光を感じるように飛べば,真っ直ぐに飛ぶことができるわけです.

一方,電灯の光は一箇所から四方に広がる光なので,これを平行の光と間違えて飛ぶ際の指標にしてしまうと,視野の一定方向から光が来るように常に飛ぶ方向を修正し続けるので(昆虫としては,それが真っ直ぐに飛ぶことだと勘違いしている状況です),自然と光源に近づいていくことになるようです.たぶん,蛾が遠くから一直線に電灯に近づいてきて,そのまま激突というのはないでしょう.徐々に旋回などしつつ近づいてくると思いますが,そういう理由だと思われています.

おそらく長い間,平行な光だけを頼りにこの地球上で生活してきたのでしょう.平行と非平行の光を見分ける能力はほとんど必要なかったんでしょうね.もし,その能力を昆虫が獲得すれば,おそらく電灯には近づいてこなくなるのではと思います.

ところで誘蛾灯ですが,あの惨状はちょっと複雑な気持ちになります.
確かに有機肥料はいいかもしれないです.身勝手とはいえ,死を無駄にしないという意味でも...ただ僕もあまり積極的にはなれませんね...××


私の頭の糧
団塊おやじの遺言
天然成分×害虫=大地の糧 私もお亡くなりに成った虫たちは大地に還す事に大賛成です それが自然ですよね・・
でも正の光 負の光 また勉強になり ボケている暇は無くなりました‼害虫だ益虫は人間が勝手に区分けしているだけ自然界では皆 共生しているわけで人間の様に勝手な行動をして天下を取って自然の破壊者は見られない この光や火に寄って来る虫たちは害虫か益虫か?非常に興味があり楽しみです でも雑草さんの頭は枯れない名水のよう 日々 勉強になります

面白い説のご紹介有難う御座います
雑草Z
   えりざべすさん

 お久しぶりのコメント有難う御座います。確か、2度目のコメントですよね?・・・一度目は半年ほど前に、経済成長路線は限界である・・と言う事に対するご賛同と、それにヨーロッパは気づいている・・とかの内容でしたね?印象深く覚えています。

  +++++  +++++   ++++++++

 さて、今回のコメント、 えりざべす さんご紹介の興味深い説に関して考察させて戴きます。

 先ず、昆虫は、真っ直ぐ飛ぶものですか?・・そこから疑問です。蝶々や蛾は真っ直ぐ飛んでいるとはあまり思えません(笑)・・・夜に光に集まる・・と言うのは、光を太陽と勘違いして夜にも活動するからでしょうか?・・これはすぐに実験で確かめられますね。暗闇の昆虫と光を当てた昆虫の活動を比べればいいわけですね。・・・人間もそうですが、夜の明かりが、夜行性のない生物に夜の活動を発生させるのでしょうね。

さて、えりざべす氏のおっしゃるように
進行方向に対して右側でも左側でも、
>視野のある方角に常に光を感じるように飛ぶ
と致しますと、
90度未満の方向に光を感じて飛んでいる昆虫は、
  光源に渦を巻くように近づいてきて
90度の方向に見て飛んでいる昆虫は、
  ずっと同じ半径の円を描くだけ(笑)。
90度より大きな方向(後方)に見て飛んでいる昆虫は、
  光源から離れるように渦を巻いて飛ぶのですね。
・・・光によって活動するとすると、光から離れる方向に飛んでいく昆虫はあまりいないかも知れませんね。

 さて、これも実験で検証出来そうですね。・・・
ミツバチなどの、巣に帰る昆虫ならば、光源の近くに蜜が出る花でも置いておけばいい訳です。
 帰りは180°反対方向に光を見ながら進むとすると そこまで来た蜂は帰りには、同じ渦を戻るように巣に帰ることになりますね。つまり、帰りは回転方向が逆・・と言う、エリザベスさんご紹介の説でなければ説明が難しい行動をとりますね。
・・まあ、フェロモンなどを軌道に撒いてくるとも考えられていますが・・・それは鏡などを使えば区別出来ますね!?是非とも実験してみたいものです。
 渦の形は自己相似な渦ですね。私は幾何が好きではなかったのでわかりませんが、一点に対して常に同じ角度で進行する曲線の軌跡って名前がありそうな曲線ですね!。
(因みに光源が大きさのない完全な点ならば、軌跡はいつまでもフラクタルな図形を描いて、直進して突入してくる場合を除いて光源にはぶつかりませんね。)

 生物実験は面白いですね。・・・曲ったコースを直進と感じるなんて、相対性理論みたいです。
 何れにしても、夜の光を太陽と勘違いして、『飛んで火に入る』ならぬ、『飛んで誘蛾灯にぶつかる』夏の虫は哀れですね。青い光に反応しやすいのは(太陽の)紫外線に反応しやすいと言う事でしょうか?

 私はかつて、物理系で、理論好きで実験は好きでありませんでしたが、生物実験は面白いですね?!

 興味深い説のご紹介有難う御座いました。・・・この説は当たっている可能性が結構高いと感じます。
 

>大地に還す事
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 誘蛾灯は残酷ですが、もしそれを認めたとしても、昆虫の体は生態系の循環に回す事が当然すべき事ですね。
団塊おやじの遺言さんの天然成分も、害虫の体を土に戻す事が基本でしたね?それが何より優れた部分で大切ですね。
 
>光や火に寄って来る虫たちは害虫か益虫か?

 かつて大量に電燈に集まってきたツマグロヨコバイ(ウンカ)はイネの害虫でしたが、短絡的に害虫だと決めつけて駆除するのも危険でしょうね。
 生物の多様性は大切だと考えます。・・・現在、毎日何種類もの生物が絶滅している事は、非常に憂慮すべき事でしょう。

 

 


nao
山に住んでいたいた時はね。蛍光灯に無数の蛾が舞ってくるんですよ。Anthonyが気絶するくらい(笑)。
んで蛾が耳やら鼻やらに入るのを我慢して、耳をすませば、クワガタの音が聞こえるんです。
一時間程度で雄雌あわせて十匹程度でしょうか。
クワガタを捕るだけ捕って後はほったらかしです。多くは山に帰り土に還るのでしょう。

皆で夜のドライブをしている時に、喉が渇いた女の子が、自動販売機に近づけないのが、僕の密かな楽しみです(笑)。サーティワンアイスクリームとか(爆)。
虫と人との関係については、後日ゆっくりと(笑)。

山じゃなくても・・・
雑草Z
    naoさん

 田舎町でも以前は、・・・夏の夜は無数の昆虫が電燈に集まって来て、下に行くのが大変でした。・・・いつ頃から減って来たのでしょう。・・・私の町でも大きな蛾が少なくなって来ました。・・この事に関しては本日(9月9日)アップの記事にも書きました。


 クワガタが10匹って多いですね!・・一つの蛍光灯ですか?何箇所か回ったのですか?

>自動販売機に近づけない

と言うのも、わかりますねえ。自動販売機って夜は結構明るくて、沢山虫が集まって来てましたね・・・
 naoさんが、山に住んでいた頃って何年くらい前の事ですか?・・そこには今でも・・今年の夏も・・沢山の昆虫が集まって来ていればいいですね。


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2008-09-01 00:11
                     ~善意でわざわざ環境を破壊する人々~

 私の住む会津地方にも名水と呼ばれる清水が湧き出る場所が沢山あります。そのうち私が数年前から最も親しんでいる清水が博士山[はかせやま]の夫婦清水[めおとしみず]です。福島県から新潟県を流れて日本海にそそぐ阿賀野川の源流の一つです。
 その清水について、地元の無知な人々がボランティアでとんでもない慈善事業をした・・・とローカル新聞に載っていたと、知っている方から嘆きの声を戴きました。

 気が重いまま、その週末に、清水を汲みがてら、現場へ行ってみました。
現地に着くといつもの質素な小さな夫婦清水の紹介を書いた看板の横に、山に湧き出る清水にはとてもふさわしいとは思えない大きな看板が目に入りました。そこには

「青い空と緑の大地を守る」
と大きく書いてあり、下に
主催  会津宮川緑と水辺の里推進委員会
共催  会津美里町○○地域区長会
共催  会津美里町○○地域子供育成会
(・・・○○は、単に漢字変換出来なかったので伏字にしました・・苦笑)

と書いてありました。そしてその周りでは、草がきれいに刈り取られ、木の枝や小さな木までが無残に伐採されて、花壇に生えているようなこぎれいな花が、いかにも人工的に植えられていました。・・・酷いものです。
 山に木々や野草が自然に無造作に生えているのを「荒れている」とか「汚い」と感じるのでしょうか??・・かなり危険な感覚です。山の草を刈り、木を伐採して花壇の花を植えるという事が「緑の大地を守る」事だとでも思っているのでしょうか?こんな馬鹿なことを平気で提案する人も、それに反対もせずに推し進める人々もどうしようもありません。
こんな大人たちに『育成』されたら、子供たちも、自然の摂理に対する感覚を持てないどころか失っていくのでしょう。・・・願わくば、これに疑問を持ち、反面教師として異議を唱える、自然の摂理を理解した骨のある子供が育って欲しいものです。

その時の新聞記事の抜粋です。(後から戴いたもの)
「(前略)・・・清水周辺の環境を整えようと、初めて実施し、約十人が参加した。
清水は、博士山の伏流水が湧き出る場所。清水周辺のごみを拾い集め、草刈りを行った。さらに、花を植えて美しい環境を整えた。最後に、環境美化を広く呼び掛ける看板を設置した。参加者は一生懸命に作業し、地元の宝を守ろうと努めていた。」

 清水周辺のゴミを集めるだけで十分だったでしょう。それならゴミもほとんどないのでほんの数分で作業も終わりです。「草刈り」と書いてありますが、明らかに木を伐採していました。「清水周辺」と書いてありますが、清水を汲みに行くのに邪魔になる場所ではなく、あの大きな看板を立てる事と花を植える為に草を刈り、木を伐採したという感じです。・・・これらの木々が伏流水をきれいに保っている事を理解出来ないのでしょうか?
 高山植物と云うほどの標高ではありませんが、山には、野に咲く山の花がふさわしいし、生育にも適している筈です。あんなところに花壇に植えるような花を植えたら、後から手入れしなくてはならないかも知れません。植えた花の周りに除草剤でも撒いたら清水に毒が混入されます。(彼らなら除草剤を撒かないとも限りません・・こんな愚かなことをする人々ですから・・)花の土と一緒に持ち込まれたであろう雑菌が繁殖して、あの清水が飲めなくなるかも知れません。・・それらのリスクを考えられないのでしょうか?
 こんな無知な人々の『善意』によって、美味しい安全なきれいな清水が汚されたら残念でなりません。
「初めて実施」とありますが、もう2度と実施して欲しくありません。このまま手入れせずに花を枯れさせて、また山の草木が生えるのを待つのがいいでしょう。
 新聞の写真に写っていた9人の「善意の方々」は大体お年寄りでした。この年配の方々でも、こんな愚かなことを平気でする方が多い事に驚きです。
自然の摂理に対する感覚が欠如しているのなら、しっかり生態系を科学的に学ぶしかないのでしょうか?
 いくら善意の上からとは言え、山の草を刈って木を伐採し、花壇に植えるような花を植えて環境美化を訴えるようなお門違いな事をする人々がいることを残念に思いますし、危機を感じます。
小中学生が書いた説明文のようなこの記事の拙い文章は仕方ないとしても、こんな団体から呼ばれて、太鼓持ちの記事を書くだけで、注意もしないし、問題意識ももたない新聞記者にも困ったものです。
この団体や新聞社に抗議しようと考えています。

20080831144703.jpg
新たに立てられた大きな看板
・・・下の草は刈り取られ、花壇に植えるような花が植えられていた
・・これが「緑の大地を守る」こと??

20080831144701.jpg
草刈りされたあとに植えられた花
・・・花壇のような花を林の中に植える事が「緑の大地を守る」こと??


20080831144659.jpg
草刈りされた跡・・・・・・笹などが無残に切られている
・・・山に草が生えていると「荒れている」と感じるのでしょうか?


20080831144702.jpg
伐採された木・・・山の木を切って花壇の花を植える感覚???




   ××××   ××××   ××××   ××××   ××××


 余談ですが、この事件ですぐに頭をよぎったのが、ここのサイトによくコメントを戴くAnthony氏から以前戴いたコメントです。
(2008-6-5の記事【邪悪なコンクリート】へのコメント)

川のコンクリートの護岸に水草とか苔とかが生えているのを「汚れている」からと、そこに合成洗剤をかけてブラシで洗っている自称「川の番人」がいたとの事。
 こちらのほうが福島県の「清水の番人」よりも輪をかけてとんでもないかも知れませんが、根っこは一緒でしょう・・・自然の摂理を理解せずに自然に生えた植物を「汚い」とか「荒れている」とか考えて、生えてくる植物を抜いたり洗い流したりする事が環境保全、環境美化と考える非常に愚かな短絡思考。・・と云うよりも考えることを放棄したとしか思えない狂ったきれい好き、清潔好き・・・その行為が環境負荷を増やしているということに考えを及ばせる事が出来ない人々・・・。自然の摂理に対する感覚を持ち合わせていない人間がどこにでも身近にいるのです。こういう小さな地域でも、彼らは全く不要なエコロジカルフットプリントを増加させているのです。地球全体で考えなくとも、ローカルなことの積み重ねで、地球のエコロジカルフットプリントは、持続可能な限界をとっくの昔に超えてしまっているのです。こういう自然の摂理に対する感覚が欠如した人々がうようよいる現代社会は、本当に末期症状のような気が致します。
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【2008/09/01 00:11】 | 身近なエコ トラックバック(0) |

退院しました。
nao
以前に僕のエントリーでも書いたのですが、琵琶湖のブラックバスやブルーギルが問題になって、何故外来種の植物が問題にならないのでしょうか?街のタンポポなんて100%ダンデライオンで日本種のタンポポは、もはや高山に行かないと見られません。
雑草zさんの記事のように、行政や市民町民村民は、あまり深く考えていないようですね。伐採された植物には咲く季節ではない百合やホタルブクロや水引や、否、そもそも生きている日本人を殺して外国人を無条件で入国させるようなものです。
もちろん、僕も川の入水口として薮は刈ります。そして山の旅館で働いていた頃も花壇にケイトウやらの西洋品種を植えていた大馬鹿者でした。反省してます。 多分、雑草zさんの自治体の方々も大馬鹿者なのでしょう。反省してもらって下さい。自然は自然に生まれ自然に育ち自然に繁殖し自然に死んで行くのが自然です。我々の先祖は最低限の自然を破壊し畑を耕し生活してきました。
政府も自治体も一般市民も、そんなに環境が大事なら、先ずは祖先に学ばねばなりません。

>自然は自然に生まれ自然に育ち自然に繁殖し・・
雑草Z
    nao さん

>日本種のタンポポは、もはや高山に行かないと見られません。

 そうなんですか!?

>伐採された植物には咲く季節ではない百合やホタルブクロや水引や

naoさんは、植物にお詳しいですね。
 お恥ずかしい話ですが、私は、10年以上前に『博士山ブナを守る会』に入った頃は、どの木がブナの木かもわかりませんでした(苦笑)

>山の旅館で働いていた頃も花壇にケイトウやらの西洋品種を植えていた

 ・・これは花壇に花を植えているのだから、まだ「大馬鹿者」ではありませんが、会津宮川緑と水辺の里推進委員会は、山の林を伐採して花壇の花を植えたのから、大馬鹿者達です。

  ++++   ++++++  + ++++

 退院おめでとう御座います。 

年寄りの 名水!
団塊おやじの遺言
今回は写真もあり良く判ります ひと目見て 似つかわしくない 名水を大切にしようと言う 気持ちは理解できます
お年寄りも何か社会貢献をしたい気持ちも判ります
しかし やつた以上管理が必要になります 何年ヶ後に草ボゥボゥに成っている気がします 一過性の行為がニュースになって あの時の記事は なんだったのか?と言う事にならない無い様に お願いします 今回は 直ぐに自然回帰する事が出来そうですが 自然に対し余りにも無知な大人が多すぎる この花壇に農薬など散布は絶対禁止 これだけは守って下さい 判りますよね・・

一過性の行為であって欲しいものです
雑草Z
     団塊おやじの遺言さま

 見た感じ、植えられた花は根付かないような感じが致しますが、それを無理に維持しようとすると、伐採や草刈りも増え、農薬、除草剤散布・・となるでしょう。

 この行為が逆に清水を汚染することにも繋がることがわからない愚かな人々には、ある程度厳しく説明する必要があるかも知れません。

 

悲しいですね。
天地 はるな
これを読んで、情けなくなりました。
日本人ってほんとうに、美に対する、意識がないのか間違っています。
これは、もう、このブログを新聞社に送りつけるしかないと思うのですが・・・。
きっと、同じ思いの方もいると思います。

今週末抗議に行く予定です
雑草Z
    天地 はるなさん

 この美里町の博士山ブナを守る会の知り合いの方で、有機農業をやっている町の議員の方と面識があったので、電話で尋ねたら、この
>会津宮川緑と水辺の里推進委員会
を知ってるとの事なので、一緒にこの会の方に週末会いに行く約束を致しました。
この会は、町からの補助金で釣り大会なども催しているとの事・・・よくある事でしょうが、こんな下らない事くらいしか思いつかないのでしょうかね?
それよりも、もしかして今回の件も補助金が出ているかも知れないとの事です。・・・調べてきます。
 勿論新聞社にも抗議しようと思いますが・・。

思い出しました。
BEM
こんな所にこんな花?
という事で、北海道の帯広市から札幌寄りの山道を走っていた時の事、学校だったかちょっと立派な建物がありました。周りはホント畑と森林のような場所です。その施設の前後は歩道もちょっと広く立派だったのですが、その歩道に都市部のような街路樹が植えられてありました。
その向かいは森林なのに、なぜ街路樹を植える?と違和感に驚き、無駄じゃないかと思いました。


Anthony
自然を愛でる。といことで、街中にある「菜の花 畑」(もちろん、人工の)に行ったら、農薬で苦しんだ...

馬鹿な僕...


森林の中に街路樹
雑草Z
    BEMさん

>その向かいは森林なのに、なぜ街路樹を植える?

全くですね。本当に愚かです。

 ・・そう言う事って、確かに見かけますね。
森の中の森林公園に花壇を作って花を植えているのもよく見かけます。・・・花壇だけじゃなくて、わざわざ人口の川を作って三面張りにしたりしています。本当にふざけたお話です。

 予算がついて税金が使えればいいんでしょうね。情けないものがあります。
 

 

菜の花畑は離れて見るもの?
雑草Z
     Anthony さん

 なるほど、町中にある畑は時として(・・と言うか大抵・・)町の建造物よりも危険なのですね。悲しいですね。 
 町の中にある畑や花壇の花は、離れて見て愛でるもので、近くに行って触れると農薬だらけ・・・現代社会の構造を端的に表していますね。

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