-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2008-08-29 00:04
 「もったいない50の実践」 という小中学生向けのポスターのコンクールのチラシを見ました。応募要項を読むと 主催 福島県 と書いてあります。 運営は 福島県生活環境部環境共生課 というところがやっているようです。入選作品で「もったいない50の実践カレンダー」をつくるとの事。
ポスターや標語を書かせる事しか思いつかないこういう組織も情けないものがあります。ポスターの絵をみんなに書かせる事やカレンダーを作るほうが紙の無駄だから、こんなことはやらない方がよい、そんな事するよりしっかり立法化するべき・・とも思いますが、今回はそれは置いときます。
 「50の実戦」には、結構いい事も書いてある中に、疑問な内容のものも混じっています。そして、どうしようもない事も書かれていたので、その事について述べさせて戴きます。
  水(に関して)
1.水道を出しっ放しにしないようにしましょう。
2.油やごみは排水に流さないようにしましょう。
ここまでは、まあいいでしょう。
次に
3.洗剤は適量を使用しましょう。
とありました。そもそも「適量」って何でしょう。少なめに使った方がいいのでは?。全然使わなくてもいい場合だって結構あります。・・・『3.洗剤の使用は出来るだけ控えましょう。』とすべきでしょう。
そして、「洗剤は適量を使いましょう」とかよりも、どんな洗剤を使うかが大問題です。
「合成洗剤ではなく、粉石鹸(自然石鹸・・脂肪酸ナトリウム、脂肪酸カリウム)を使いましょう」 
とかけないのでしょうか?。

 合成洗剤は、水の汚染の大きな原因です。川も湖沼も河川も、地下水や飲料水までも汚染しているのです。分解されにくく、水中の微生物を殺します。植物の生長も阻害致します。皮膚からの浸透性も強く、溶血作用による貧血、肝臓や腎臓障害、もあります。それに対して、自然石鹸は、一日で水と二酸化炭素に分解され、石鹸カスは微生物の栄養源となり、生態系を循環します。・・・詳しくは、その手の本をお読み下さい。(このブログでも折を見て書こうと思います。)

 何故、合成洗剤の使用禁止を訴えないか・・・きっと、合成洗剤メーカーに気を遣っているのでしょう。そういう運動をしないから、合成洗剤会社もつけあがって、合成洗剤を作り続け、しょうもないCMを放送し続けているのでしょう。
 テレビ局が合成洗剤の被害についてあまり放送しないのは、スポンサーとして大口であるからでしょう・・・ならばNHK・・なんだけど、それも出来ない情けないNHK・・・受信料を払う必要ありませんね。

 勿体ないを呼びかけることは、悪くありませんが、合成洗剤会社に気を遣って   
「洗剤は適量を使用しましょう。」としか言えない福島県生活環境部も情けないものがあります。  

 × × × × × × × × × × × × × × × ×


 最後に蛇足かも知れませんが、最近は、天然成分を使ったと言う合成洗剤も多いようです。だから買う時に、成分を見て間違わないように私が数年前に作った、覚え方です。

   「石鹸は、脂肪さんとは、ナカ良くね!」 
・・石鹸の成分は、脂肪酸ナトリウム、脂肪酸カリウムだけで100%近い成分のものを!! 

 まあ、実際は、洗剤も石鹸も使用を控えるのが一番ですね。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/29 00:04】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


Anthony
サラヤのヤシの実洗剤には騙されません。

ヤシの実から抽出したパーム油を原料にした合成洗剤...


P

洗剤会社の潜在環境破壊
雑草Z
    Anthonyさんは、洗剤にお詳しいようですね。
 情報有難う御座います。
 天然素材の合成洗剤、と言うのはよくあるらしいですね。ヤシの実から抽出したパーム油もそうでしたか!?
 
 それが大気中のCO2を抑制するカーボンニュートラルであるなんてとんでもない宣伝活動をしているようですね。
そうやって、森林を伐採する方が環境には絶対良くないし、同じヤシの木が育たなければCO2削減にもなりはしませんね。
 洗剤会社は相当環境破壊している事に間違いないですね。
  兎も角パーム油は使うべきではありませんね!! 

石鹸Vs洗剤
mao
ご無沙汰しています。
と言っても私は毎日拝見させていただいていますが(笑)

昔から洗剤Vs石鹸の戦いがあるようですね。
過去に何度かネットで調べていたことがありました。

今のところ下水道が整備されていることを前提とすると、
五分の判定なのかと思っています。

同じ洗浄力を求める場合、石鹸は洗剤よりも
多く使わなければならない点では洗剤に軍配があがり、
毒性が低いという意味では石鹸に軍配が上がるとの
認識です。

下水道の廃止をめざす場合は、やはり石鹸なのでしょうが、
そのような前提で大勢の人の理解を得るのは難しいかも…。

個人的にはやさしいイメージな石鹸が好きなので、
今回も雑草様のページをうれしく見ていたわけですが。


mao
すみません。下のHPなどを参考にしてのコメントです。
http://ohyoune.exblog.jp/7478487/


Anthony
パーム油自体は、食品にも使われているので、たいした悪者じゃないですし、自然の物ですからね。


悪いのは、パーム油を原料に合成して界面活性剤を作っているのに、天然由来だと、偽装しているヤツラです。

P

大スポンサーの洗剤メーカー
BEM
特にテレビでは洗剤メーカーの批判はできませんね。
こんな啓発しかできないで「もったいない50の実践」とは、そんなチラシやカレンダーを作る方がもったいないです。
もう10年以上も前になりますが、アムウェイを薦められてから色々調べて洗剤の事が分かりました。台所では油を使っていなければ水だけで洗っていますが、これって菌の繁殖とかどーなんだろ?と思いながらも大丈夫かあ♪って感じです。
それからお風呂の洗剤はもう10年全く使わなくなりましたよ~。スポンジで充分なんです!コマーシャルのようにあんな汚さないうちに毎回洗ってると洗剤って必要ないんです。こういうのもテレビじゃなかなか言いませんね。
でも一度、掃除の番組で重曹が一番!みたいな事をやってて、勇気あるな~と思いました(笑)

合成洗剤Vs石鹸
雑草Z
    maoさん


 お久し振りのコメントと情報有難う御座います。ご紹介のページを読ませて戴き、色々考察する為の参考になりました。・・確かに天然石鹸でも自然が処理出来る量には限りがありますから、使用量を控えるべきですね。

>下水道の廃止をめざす場合は、やはり石鹸なのでしょうが、そのような前提で大勢の人の理解を得るのは難しいかも…。

 は、その通りかも知れませんが、そこに落とし穴があると考えます。下水道処理は、その部分で、また更なる汚染が大量発生し、その処理(廃棄)の問題が出てきます。やはり、大規模下水道処理には賛成出来ません。
ご紹介の記事の

>工場排水は規制や対策が進み、

も、確かに工場から河川や湖に流す段階での排水はきれいになったでしょうけれど、処理場で発生した大量の汚染物質の問題から目をそらしているように感じます。
同様にご紹介の記事の

>ライフサイクルアセスメントの試算では,石油系原料の合成洗剤の方がせっけんより優れてい るという結果がある

これも要注意です。合成洗剤会社には、お抱えの御用学者が沢山いますから、この手の「先に結論ありき」の研究は様々な形で出されると思いますが、鵜呑みには出来ないな・・・と思います。

 定量的な水質汚染に関しては、もう少ししっかり調べないと何とも言えませんが・・後のBEMさんのコメントにもあるように、洗剤を使わずに水だけで済ませるようにするのが一番でしょうね。・・・今回の皆さんのコメントを受けての結論です。
 maoさんのおっしゃるように、やはり、(使うのなら)自然の植物などから得られた自然石鹸でしょう。

 
 PS.ご紹介の記事にも同様なコメントしたいと考えます。



パーム油問題
雑草Z
    Anthony さん

パーム油は、生協や自然食品店などでも売られていますが、それは、天然素材と言う事で、「地球に優しい」と言うキャッチコピーに踊らせられているのですね。・・・生協や自然食品店によくある事ですね。

 実際には、プランテーションによる森林伐採(皆伐)による熱帯雨林の消失、先住民からの土地の取り上げ、農薬汚染など、かなり深刻な問題が沢山ありますね。
 
 ところで、界面活性剤は種類が多過ぎて、天然界面活性剤と合成界面活性剤の区別もままなりませんが、 
パーム油を原料に合成界面活性剤を作っている・・・と言う事なのですね?。

  ++++++  ++++++  ++++++ 

 界面活性剤や塩化ビニル系の物質など化学的な事柄は、もっとよく調べなければ記事に出来ないと実感いたしました。 

 

洗剤を使わない事が基本
雑草Z
    BEM さん

 私も、洗剤を使わない事・・を基本に置いて実践していたのですが、
ここのところ、他の人には天然石鹸(脂肪酸ナトリウム、脂肪酸カリウム)を使う事を薦めていました。
 しかし、BEMさんのコメントを読んで、初心に戻ろうと思い直しました。
 石油から作られる合成洗剤よりは、天然石鹸の方がずっとましですが、やはり使わない事が一番でしょう。

洗剤メーカーは、極端な清潔意識を植え付けて、実際に洗剤が必要ない所まで、合成洗剤を使わせていますね。・・その為に川の生態系はボロボロです。

・・・と、言う事で、本記事の最後に小さく

>洗剤も石鹸も使用を控えるのが一番ですね

と、付け加えさせて戴きました。
貴重なアドバイス、有難う御座いました。

  ++++  ++++++   ++++++
 
 余談ですが、私もお風呂洗いには洗剤を使っていません。お風呂の残り湯は洗濯と浴槽洗いに使っています。
 ただ、風呂場の洗い場のタイルの目じりの緑のカビはとれませんねえ・・・BEMさんのように毎回洗わないから駄目なんでしょうけどね。・・模様と思えばいいでしょうか?(笑) 
 
 


Anthony
>パーム油を原料に合成界面活性剤を作っている・・・と言う事なのですね

その昔、日本消費者連盟がサラヤを叩いていたが、今も同じらしい。



サラヤのHPには、無添加・無香料・無着色をうたっているが、どんな界面活性剤を使っているかは、一切、ひた隠し。

で、環境保護を商売の一部として利用している。


P

コメントを閉じる▲
2008-08-25 00:03
 U字溝のように、川の底と両側面をコンクリートで固める三面張りは、地下に水が染み込む事を妨害して地下水を減らすし、水を下流に素早く流して水の有効利用も出来なくします。何よりもその場所の生態系を分断し、破壊するからろくなものではありません。昔より反対です。
 最近わかった事は、地元の農家の方々なども必ずしも賛成はしていないとの事・・ただ、行政からのトップダウンで、反対すると補助金なんかが減らされるから仕方なく黙ってU字溝をはめる事を受け入れてきた地域が多いのです。たまに気骨のある農家の方が反対すると、行政が手を回して悪い噂を流したり、村八分にしたり、農業を邪魔したりして嫌がらせをして来たと言うから酷いものです。・・・実際にそうやってU字溝の設置に反対して行政や土建屋、周辺の農家の方と戦った人から直接話を伺った事もあります。U字溝でさえ、利権構造に結びついていて、反対するには大きな覚悟がいるのです。全てとは申しませんが、多くのU字溝のような三面張りが、土建屋と行政の癒着で、利権の為に促進されて来たのです。
 
 さて、2年ほど前【この夏一番嬉しかったこと】で書いたように、私の家の近くの小学校の裏門の横を流れる小さな水路に沢山魚がいました。夏になると上流の堰の水門を開けて、水量が増し、水草も青々と流れに沿って伸び、水も結構きれいです。そして、フナッコ(フナ)やぼやっこ(アブラハヤ)がすいすいと群れをなして泳いでいます。メダカがいないのが寂しいところですが・・・
 数年前に東幹線道路がその水路を横切るように作られて、水路はコンクリートの下をくぐらされました。そして道の反対側で地上に顔を出したところを今度は今回道幅の拡張工事が為された、東幹線道路に直行する道路によって、歩道の下に埋め込まれてしまいました。三面張りで十分に痛めつけられて瀕死の水路の生態系は、上も塞がれ4面張りにされてしまいました。これでは水草も光合成が出来ません。・魚も生きていけないでしょう。
 この水路はもともと一面も鋪装されていないきれいな小川だった筈です。・・・昔はシジミもカラス貝もタニシもいたし(今でもシジミの殻は沢山あるから上流にはいるのでしょう。)沢ガニもいたそうです。鮎ものぼってきたそうです。それが今ではこの無惨な姿・・・
 かつて夏の暑い日には、近所の人達が、家の前の水路の水を大きな柄杓のようなもので汲んで道路に撒いて、打ち水をしたものです。・・・4面張りでは打ち水すら出来ません
 この水路の上流、小学校の前の部分には、この夏も水草が沢山生え、沢山の魚がすいすい泳いでいます。しかし、そのちょっと下流・・・東部幹線道路から下流では全て4面張りにされ、道路の下を下水道のように流されています。
 町民の多くも役場の方々も工事の方々も、ただの側溝、若しくは下水道としか見ていないようです。・・こうやって、小川が下水道に変えられていくのです。

 特に他に下水道を作るべきだとは思いません。廃油や合成洗剤を流さずに(そもそも合成洗剤は使ってはいけません。)うまく水路と付き合ってきれいな水路を保っている町も日本の各地に存在します(特に西日本の方に多かったような・・・)しっかり生態系を考えて水路に流すものを選べば、江戸時代の川や東京湾のように、生活排水が、川の生物の栄養となり、生態系を豊かに出来る筈です。
 ただの利権で三面張りを促進する自治体も愚かで欲の皮が張っていますが、それでも足りずとばかり臭いものに蓋をするような感覚で4面張りを促進する自治体には困ったものです。
 臭いものにふたをするどころか、臭くないものに蓋をして腐らせて、下水道化するのが4面張りの本質でしょう。・・大変危険です。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/25 00:03】 | 公共工事 トラックバック(0) |


nao
今、入院中です。すみません。

これからは、
天地 はるな
最近の雨の降り方は、温暖化によるスコールです。
そのために、川の増水などで、多くの人が命を落としています。

これからは、三面張りをやめて、元の姿に復元するという公共工事が始まるような気がします。

環境のためではなく、儲けるために・・・。


Anthony
四面楚歌・・・








雑草Z
    naoさん

 ゆっくり養生してください。

環境再生事業
雑草Z
    天地 はるな さん

 最近の雨の降り方は、寧ろヒートアイランド現象でしょう。それも含め、温暖化と言えなくはありませんが・・。
 川の増水などは、道や川などいたるところコンクリートで固めている事や森林を荒らしている事が明らかに原因でしょうね。

>三面張りをやめて、元の姿に復元するという公共工事

 『環境再生事業』と言う名のもとにやるのでしょう。
自分たちで掘った穴を自分たちで埋めて、税金を浪費するわけですね。税金泥棒。酷いもんです。

環境再生事業に関しては、以前より書きたいと思っていました。

四面楚歌
雑草Z
    Anthonyさん

 まさに現在の地球環境ですね。環境意識は進んだようですが、ギャグ効果(ギャグのような逆効果)ばかり・・環境破壊は進むばかりです。

里山の思い出
団塊おやじの遺言
どじよっこだの~フナっこだの~確かこんな歌ありましたよね その川に貝や沢蟹まで 貴重な自然遺産でしよう 何故にこの価値を 解からないのか?子供の頃は日本全国いたるところで目にした風景 子供達の絶好の遊び場であり自然への好奇心や命の研究所でもある 今の子供達はテレビゲームでしか遊べ無く成る様な 環境に我々がしている
名水百選とか有るけど この様に貴重な里山やビオトープの様に自然の生態系をこれからの子供達に経験させる上でも法律で保護する必要があるでしょう このコンクリートやアスファルトだらけの上では命は育たない 暑さに溶けたアスファルトの道路工事は永遠に続けるのか 犬の散歩もペット達の足は大丈夫なのかな 土や雑草の上では動物たちは活き活きとしているのに 少しはペットたちの意見も取り入れたい

里山の大切さ
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さん

 おっしゃるように里山を守ることは、非常に大切な事であると考えます。つまり、身近にしっかりした生態系がある事が、子供が自然の摂理を体感する上で非常に大切であると思います。
 まだまだ都市化を歓迎する愚かな人間が多い現状に呆れます。田舎ばかりでも社会は成り立ちますが、都会だけではやっていけない、都市部はそのまわりの何倍もの面積の森林や田畑がカバーしてこそやっと存続出来ると言う簡単な事をわからない馬鹿が多いのです。非常に嘆かわしい事です。

コメントを閉じる▲
2008-08-21 00:02
 先日夜、街灯などに集まる虫が昔と比べて減ったかどうか調べる為に自転車で、町の中を見て回りました。夜の9時頃でしょうか・・?夜だというのにどこもかしこもコンクリートで固めて暑苦しい・・と文句を言いたいところですが、今回の主題ではありませんので省略致します。
 虫が集まりそうな、特に目立って明るい場所を探そうとして唖然としました・・・。どこもかしこも明る過ぎる・・・ガゾリンスタンド、コンビニ、無人サラ金、ラーメン屋さん、スナックの派手なネオンサイン・・・開いている店はまだしも、閉まっている店も、宣伝の意味と防犯的な意味からか、室内や看板に明かりが灯っていたりします。ライトアップしている無人のお店さえあります。飲み物の自動販売機もやけにあちこちで光ってます。・・・こんな田舎町がまるで不夜城
 街灯は・・・大通りは当然点いてましたが、小さな裏通りや農道に近いところまで、かなり短い間隔でずらりと並んで点灯していていました。・・・そう言えば地域の「社明運動」・・・社会を明るくする運動・・・とやらがあって、その一つとして防犯の意味からも、町内ごとに電気代を負担して街灯を点ける・・・てのがありました。私の家の前の電柱に取り付けられている街灯も、一晩中どころか、かなり明るくなるまで消えないで点いています。夏じゃなくたって、朝の7時くらいに点いている必要はないと思うのですが・・・
 公園の街灯も沢山点いてました。それこそ防犯の為でしょう・・・公園の横の野球場や小学校の校庭でさえ、ナイター設備が整っていて、夜間にこうこうと照明を点けて練習している時もあります。
 試しに夜中の0時過ぎにまた自転車で回ってみましたが、電気の消えたところは、各家庭は多かったけれど、お店の類は多少消灯致しましたが、あまり変わりませんでした。
 私も夜更かしで、家では電灯を点けてパソコンでこのブログを書いたりしていますが、夜更かしの人も増えています。
 夜が明るい町は活気があっていい・・・と思っている方も多いようです。・・・私も夜遊びは嫌いじゃありませんでしたが・・・。夜が静かで暗い町は、さびれた町だと勘違いしている方も多いようです。夜の闇が恋しく感じました。魑魅魍魎とした闇夜は、深く山の中の森にでも入って行かないとないのでしょうか?  こんな田舎町でも真っ暗闇は、閉め切った押し入れの中ぐらいしかないのでしょうか?わかってはいたものの、実際意識しながら夜の町の灯りを見て歩くと恐ろしいものがあります。 これは私の町だけの事ではなくて、全国的な事でしょう。そう、不夜城は大都会だけではないのです。だから真夜中に人工衛星から写真を撮ると、日本はこうこうと輝いている訳です。
 こうやって人の住む場所をいつでも明くして環境問題の暗闇から目を反らされているようにさえ感じます。
 こんな事の為に、値上がりした原油で発電し、禁じ手の原発を行い、世の中は知らず知らずのうちにエネルギーが枯渇し放射能で汚染されていくのです。
 
 こんな田舎町でも真夜中まで明るく照らし、電気などのエネルギーを浪費しているという現実・・それが全国的、全世界的に行われていて、それも経済活動の一つに取り組まれて・・・という悪循環が今日も続いています。節電をして、消費量を半分以下に減らすなどと言う事は簡単なのだけど、経済構造に組み込まれてしまった夜の電気の使用は、構造と意識を変えなければ止まないのでしょうか?。


夜の自転車散策の本来の目的であった 「夜街灯などに集まる虫」の調査については、さらにもっと憂鬱な結果でした・・・後日アップ致します。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/21 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


やさい
工場の操業時間が24時間制になると、つられてコンビニも増えるし、確かに近所にコンビニがあると、重宝するのは確かなんですねぇ。急にマンガ読みたい時とか(笑)。

でもそれを当たり前~、と思ってたら人間がダメになりそうな気はします。
実際、それでエネルギーを使いまくっている訳ですからね。

不夜城で毎晩夜宴をやっているうちに
雑草Z
    やさいさん

>それを当たり前~、と思ってたら人間がダメになりそうな

 深夜の不要な電力ばかりでなく、人類は、無駄を通り越した浪費を当たり前と思うようになってきました。色んなものの浪費と言うドーピングで破滅への道を暴走しています。

気づいた時にはもう遅い!でしょうか?

 


熊本から
 はじめまして
 人の日常生活や動植物への悪影響を与える照明を「光害」と呼んでいます。
 防犯灯りなど必要なところには照明が必要ですが、その設置が悪く、道路を照らすが本来の目的なのに、水平や上空へ光を漏れさせ、光害になっているものもあります。もちろんエネルギーの浪費でもあります。
 しかし、最近は環境に配慮した照明に切り替える動きもあります。手前味噌にはなりますが、
http://astro.magma.ad.jp/ から
「アイシン九州・アイシンキャスティングの新しい防犯灯を撮影」をご覧ください。他にも「光害」防止へ取り組む記事があります。


先ずは夜間照明を減らすこと
雑草Z
    熊本からさん

 はじめまして、

>防犯灯りなど必要なところには照明が必要

は、・・・どこまで必要かが問題です。光が水平方向や上方に漏れない対策も否定は致しませんが、全体的に夜間照明をなくす事が記事の主張です。
 地球上空からの衛星写真では暗いけれど、実際には照明だらけ・・と言うのはシャレになりません。


コメントを閉じる▲
2008-08-17 00:02
    前回の【オアシスの水】の続編です。
 
 私の住んでいる町は、河沼郡という所にあります。地名からも想像出来るように、川や沼が沢山あった所らしく、かつては地面をほんの少し・・1~2メートルも・・掘るとすぐに地下水が湧いてきました。地下水脈までパイプを差して、地下水を自噴させ、そのパイプの水の出口に水が溜まる丈夫な水槽を作たものを軒先や庭に持っている家が沢山あったとの事です。それを地元ではどっこんせい(どっこん井?どっこん水?)と呼んで、野菜洗いなど様々な用途に使い、夏にはトマトやスイカやウリを冷やして置いたものです。それが、年々徐々に水が出なくなって、とうとう涸れてしまったところがどんどん増えて使われなくなってしまいました。
 私の住んでいる町よりももう少し広域に見てみても、周囲を山に囲まれた会津盆地は、山から地表を流れてくる川の水だけでなく伏流水も豊富で、良質な地下水に恵まれています。だから現在でもその水を利用した作り酒屋や豆腐屋さんなどが沢山あり、お店の軒先では、湧き水を自由に汲んだり飲めるようにしているお店もあります。・・そんな喫茶店もあります。井戸水を使っている家もまだまだ残っています。大抵は自分の家で掘ったものらしいです。・・・ただ、残念な事は、昔は自噴だったその地下水も、現在はポンプで汲み上げているところが多くなったようです。

そう、こんな田舎の会津地方でも、地下水は涸れてきているのです
 飲料以外の色んな用途に使い過ぎているのも原因のひとつでしょう。・・・工業用、融雪用・・・雪国の冬季間の融雪の為の地下水の使用は、それこそ「湯水の如く」使います。
・・・しかしその前に、そもそも川や地面をコンクリートやアスファルトで固めて覆い過ぎて、水が地下に染み込まないのが地下水枯渇の大きな原因でしょう。そんな事して水を早く下流へ下流へと流して、折角太陽のエネルギーによって塩分と分離して蒸発して山の高いところまで降らせた天の恵みの雨水を急いで海まで戻す事が賢い事とは到底思えません。・・・どこもかしこも舗装だらけ・・・水が染み込む土の土地がない!!!こんなんじゃ地下水が無くなって当然!!!U字溝等の三面張りだって大抵地元の人々も望んでいないのです。ただ、町と業者の馴れ合い・・・・ 

・・そして、地下水枯渇のもう一つの大きな原因と思われるのが山を荒らしている事でしょう。山の森の木を切り、土を掘り返し・・・水を涸れさせるだけでなく、水質も悪化させているでしょう。


 この手の話は私の住んでいる地方に特有の事ではなく日本中いたるところでであることでしょう。かつては、上水道なんてなくて、みんな川の水や地下水を飲んでいた筈です。上水道が出来たから衛生的になったと言いますが、上水道があるから地下水や川の水を汚してもいい・・・と言う口実にされている事も確かでしょう。地下水や川の水が汚れてきたと、自治体に苦情を言うと、「汚すのを抑えよう!」とは言わず「上水道を引くから・・」です。ふざけた話ですが日常茶飯事の事です。・・それが自治体のやり方、開発なのです。
 昔はどこの町でも井戸水や山の清水、川の水などが普通に飲料水や炊飯用に使われていた筈です。そして、それゆえに飲み水の水源としての清水や井戸水は大切に扱われた筈です。
 挙げ句の果てに飲み水までペットボトルに入れて海外からまでも輸入するなんて、狂気沙汰です・・・そして、こういう事が経済効果なのです。
 日本に限らず世界中ではもっともっと酷い地下水の汚染、枯渇が起きていて、非常に深刻な問題になっています。地下水の湧水や清水は自然がもたらした、かけがえのない人々の財産だったはずです。そもそも清水を涸らしたり汚してまでする価値のある開発なんてあるのでしょうか??
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/17 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |
2008-08-13 00:26
 缶ジュースって、中身のジュースよりも缶の材料である鉄やアルミニウムの方が価値があるのではないか?・・・って子供の頃からよく思ったものです。中身のジュースなんて殆ど水分で、そこにちょっと成分が入っているだけ・・・それに比べ、鉄やアルミニウムは、地下資源を精錬して作るのです。
 
 一昔前には、水が不足している砂漠地方に限らずヨーロッパなどのように海外では水が売られているところも多いけれど、 水に恵まれている日本では普通飲み水も只同然で手に入る・・・と言われていました。

 それがいつ頃からでしょうか?日本でも、ただの水がペットボトルなどに入れられて普通に売られるようになりました。・・・はじめ、こんなただの水を買う人いるのか??・・・??って思っていましたが、結構買う人がいて、種類も数も増えてきました。曰く;安全な美味しい水を飲む為ならお金を払うのは当然だ!!
 こうして、水が豊かにあると言われた日本でも、ただの水を、遠くからペットボトルに入れて運んで売られるというシステムが出来上がって、経済価値も付いたのです。
 でもどう考えても、この水の値段は、運賃と容器のペットボトルの値段と儲けの分だけでしょう・・こんな事に資源を使うのは、”浪費”と呼ぶべきではないでしょうか・?・・・まあ、水じゃなくてもジュースでもウーロン茶でもあんまり変わらないかも知れませんが・・・飲み物だけじゃなくて、こう言う風にかつて只同然だったものに付加価値をつけて、売り物にする事が経済なんでしょう。
 普段飲む水を海外からまでも輸入するなんて、狂気沙汰だと思うのです・・・が、これが経済効果なのでしょう。

 さて最近、究極の最低なペットボトル入りの売りもの用の飲料水を見つけました。・・それはオアシスの水・masafi。・・まさか砂漠のオアシスから日本に運んでくるのだろうか?と思いましたが・・その『まさか』のようです。・・その名のとおり、「マサフィー」ならぬ「マサカー」のとんでもない代物だったのです。 ペットボトルに付いている説明を読むと
「アラビア半島のマサフィー山に降った雨が、自然の”砂漠の砂”をフィルターとして濾過された巨大な地下水脈から採った水」
との事。
 挙げ句の果てに、
「数千年の長い時をかけ、磨きあげられてきた豊かな大自然の”恵みの水”をご賞味ください」
 と来たもんです。これって、貴重な化石水に近いものではないでしょうか?宣伝文句が本当なら、砂漠で数千年をかけて溜まった貴重な水を、大して水に困ってない日本人が嗜好品的に飲むのです。
 ただでさえ水が不足している砂漠の水・・・オアシスの水として湧くであろう地下水を汲み取ってペットボトルに入れて、わざわざ日本まで(ほかの国にも輸出されているでしょう・・)運ぶって何事でしょう??植物だってさらに枯れて、生態系も破壊されるでしょう。ますます砂漠化が進むでしょう。現在、地下水の枯渇は世界的な大問題です。
 それをこの降水量の多い、水に恵まれている日本に持って来て飲料として売るってどういう神経をしているんでしょう??あちらの国の政府は禁止しないのでしょうか??・・・賄賂でも貰っているのでしょうか??・・・日本からNGOが井戸を掘りにボランティアに行くよりも(井戸も地下水を枯渇させるから、いいものとは言えませんが・・)先ず、こう言う商売を禁止するべきでしょう。誰も騒がないのが不思議です。こんなもの早くやめさせましょう。無法状態の現在の市場原理主義の世の中では、こんな理不尽な商売も日常茶飯事で、人が驚かなくなっているという現実も恐いものがあります。
 水が極端に少ない砂漠地帯から貴重な地下水を、水に恵まれた洪水の国日本に輸出するって事が異常だと感じるのは私だけではないと思うのですが・・
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/13 00:26】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

水は誰のものか?
天地 はるな
昔、外国に行った時に、水を買ったことがあります。
その時、
「日本はいいな。わざわざ、水を買わなくていいから・・・」と思ったものです。
あれから30年あまり、水は買うものになりましたね。
水はおろか、お茶のペットボトルも買っている、それも老人がいるのを見ると、もう世の末と思わずにはいられません。
(ノД`)
ところで「六甲のおいしい水」など、企業が作っている水は、どこからとるのでしょうか。
勝手にとっているのでしょうか?
地下水は企業のものでは、ないと思うのですが・・・。




水が豊富な(筈の)日本で・・・
雑草Z
    天地 はるな さん

>日本はいいな。わざわざ、水を買わなくていいから・・・

 これは日本の良き風土の証として、続けるべきですね。
まだ、今なら間に合うと思います。馬鹿な事で沢山伐採されてはいるものの、森林はまだ沢山あるし、清流も清水も良質な地下水も残っています・・・それらをしっかりと守り、飲み水を輸入するなどと言うお馬鹿な事を止めれば、今だったら間に合うのに・・・みんなで水を買うのは止めましょう!!。

 さて、はるなさんの今回のコメントの主題;地下水は、誰のものか・・・っておっしゃるように誰のものでもなくて、人間も他の生き物も含めたみんなの共有物ですよね!?
 でもそれは、水に限らず、石油や鉄鉱石などの地下資源や森の木や川の魚などについても言える事ですね。
 つまり、人間の土地の所有と言うルールが矛盾しているのですよね。自分の所有している土地に住んでいる生き物たち・・・鳥や獣や虫達が、そこに住んでたり、訪れたりしたら、そこの土地の持主の所有物だなんて、ふざけてますよね!?やはりインディアンのように、土地を所有すると言う概念がないほうが理にかなっているしまともです。



Anthony
日本でいくらでもあるもの「水」をわざわざ石油資源を使って、国外から輸入って、狂気です。

その上、関税もかかるし、人件費も。

なのに、安い。だから、買う。


な~んか。おかしい。


P

水の自給率も100パーセントにならなかったらシャレになりません。
雑草Z
    Anthonyさん

 ほんと、日本が水を輸入するって、狂気の沙汰ですよね。
私は日本国内の水でも、ペットボトルに入れて売っているのはお馬鹿な事だと感じていますが・・・水道水がまずくて飲めない場所もあるんですね・・。

>安い。だから、買う。

との事ですが、500ミリリットルくらいで100円とかは十分に高いと感じます・・・たかが水ですよ!

私は、水を買って飲もうとは思いません。・・・・・と言う私ですが、美味しい湧水を求めて湧いているところまで行って色々飲み歩き(笑)致しました。
 現在は年に1~3回、阿賀川の源流の一つの湧水を汲みに行って、沢山汲んで来て保存して飲んでいます。・・容器に目一杯汲んで密封して置くと、冷蔵庫に保存しなくても一年以上置いても腐りません。・・・そんなバカな!!と、思っても、実際1年以上置いた水を飲んでみましたが、大丈夫でした!!凄い水です。夫婦清水(めおと清水)と言います。
 

むかし昔、
ぐっちゃん
真面目に(笑)働いていた頃、ハウス食品に営業に行きました。通された応接室で出された麦茶の美味かった事。『コレね、こんど出す新製品なんですよ』
馬鹿な俺は『水なんか金出して買う奴なんか居るかい!』と思ったもんだ。

お茶もウーロン茶もほとんど水・・
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 そんなんですよね。麦茶やお茶やウーロン茶なんて、乾かした葉っぱを買ってきて、家で入れれば十分です。たとえば紅茶のティーバックだって、1つで5回は入れられます(笑)
 ペットボトル入りのお茶もウーロン茶も麦茶も、コストの大部分は輸送費で、中味は容器のペットボトルよりも安いと思います。
・・・でもそれはコーラや無果汁ジュースも同様でしょうね。粉ジュースで十分・・『粉ジュース』ってもう死語でしょうか?(笑)・・そう言えば、粉ジュースのソーダもありました。水をかけると泡がぶくぶく・・・CO2が出るのでしょうか?(笑・・でもまじめに疑問)

備蓄
蜘蛛
店頭でお水を購入することに、正直、抵抗はありますが、
万が一に備え、2lペットボトルに入ったものを買いためておくことにしました。
本当は、大きなポリタンク等に水道水を溜めておければよいのですが、
それだと、塩素が抜けて雑菌が繁殖してしまい、
飲料水として使用できるのは1週間くらいが限度とか。
販売されているものは、なぜか2年間も持つんですよね。
(滅菌されて、すでに「死んでいるお水」なのかも)

理想は、天然の井戸を自前で持つことでしょうか。

水の備蓄
雑草Z
    蜘蛛さん

初めまして。ようこそ。どちらの方ですか?
お水は何に備えての備蓄でしょうか??・・色々考えられますが、それらをひっくるめて・・・と言う事でしょうか?
普通の水だと雑菌が繁殖してしまうと言うのは確かでしょうね。でも、私が汲んでいる山の水は、目一杯汲んで密閉しておくと、楽に一年以上持ちます。・・・実際実験するまでは信じられませんでしたが、きっと有機物の入っていない水(硬水の類?)は雑菌が繁殖しないのでしょうね。
>天然の井戸を自前で持つこと
は一昔前までは、普通の事だったのでしょうね。近い将来は最高の贅沢の部類になるかも知れませんね。そんな時代は来ないっで欲しいものです。
店頭で水を購入することにはいつまでも抵抗感を持っていて欲しいものです。

びっくり
東京珈琲
ペットボトルは高いと思います
会社は違うんですが、レモンティー紙パック1Lが120円なのに対し、ペットボトル500mlは140円します


コメント読ませてもらいました
1年も置いといた水が大丈夫なのは雑草Zさんのお腹が丈夫なんですよ

僕の住んでいる所の水道水は不味いです。かと言ってただの水を買うわけにもいかず

そこで発見したのが、薬局の無料で貰える「アルカリイオン水」です
アルカリイオン水ってよく分かりませんが、美味しいので貰ってきます
この水は消費期限2日なので、夫婦清水がどれほど優秀なのか分かりますね 笑

水こそ命
団塊おやじの遺言
砂漠で 一番必要なものは お金でしようか 原油でしょうか? 時代が変わりエネルギー資源の構造が変わった時にこそ 日本の安全な水こそ 人類の命の水に成る これを守らずして私たちの明日は無い筈・・私も名水を愛好している一人ですが どうも この名水の力は晩酌が余計に増えて困っています 私は秩父の名水 15年も前から 2ヶ月に一度汲みに行き 近所に配ります 周りの晩酌同好会の人たちも旨いね~と絶賛! この日本の安全で旨い水こそ 今の原油に負けない資源に成る様に 皆で環境を守りましょう  

コメントを閉じる▲
2008-08-09 00:01
 ここ2年ほどの間に、ガソリン価格が2倍近くに跳ね上がり、色んなところに影響が出ています。庶民生活も圧迫されていると言われています。・・・でも、それだけ切実に節約して後の事でしょうか?・・確かに日本の企業の省エネ技術は世界一と言われますし、企業努力もされていると言われます。・・・でも、その企業の事業自体が無駄な場合も多々あります。省エネする・・・と言うよりも、寧ろその事業自体がなくなる事が、最高の省エネだと思われる事業もいくらでもあります。個別の例は兎も角、全体的に言えば、日本の企業の省エネがそれほど素晴らしいとは思いません。もっとずっとシェイプアップ可能です。(勿論、経済は縮小し不景気になります・・・)まあ、これは、今回の記事の主題ではないので、これくらいにします。
 石油価格の高騰は、ピークオイルによるという煽りからの投資による部分も大きいでしょう。いつ枯渇するかは誰も正確に予測出来ません。しかし、いずれは枯渇するものですから、石油からは離れる準備はしなければなりません。

 さて、個人レベルの事を考えてみると・・・ガソリンの値段が上がって大変だ!・・・といいつつ、全く省エネ等していないように見える輩が多過ぎるように感じます。勿論省エネして切り詰めて生活している方々も沢山いるでしょう。しかし、その一方、環境問題を論じていても、自分達自身は省エネしないで快適な生活・・・という方も沢山います。
 この夏もエンジンをつけっぱなしで冷房を効かせているであろう車があちこちの駐車場に沢山見られます。買い物に来た店の前に並んだ車の多くがエンジンをかけっ放しで駐車しています。誰かが乗っているのかと覗くと誰も乗っていなかったりします。冷房もつけっ放しで買い物から帰って来て車に乗り込むとすぐに涼しいという事でしょう。
 家を出るときもエンジンを先にかけて、十分に冷えてから車に乗ってます。From door to door で、暑い思いは極力しないで快適・・・家から車に乗るまで、駐車場から建物に入るまでのわずかの間だけ我慢・・・て事でしょうか?体を過保護にして、体がなまると鍛えようと、エアコンの効いた部屋でトレーニング・・・なんとも情けないものがあります。車のための舗装道路の照り返しと熱い排ガスで、歩行者や自転車はえらい迷惑・・・。


 ガソリン価格の高騰なんてどこ吹く風、アイドリングのし放題。エンジンかけっぱなしの車なんて、いっその事、盗まれてしまえばいいのかもと思っても、盗まれて、その人がまた車を購入したら、さらに資源の無駄遣い・・・
 ヨーロッパのどこかの国のように、アイドリングしている車は法外な・・しかし妥当な・・罰金でも課さないとアイドリングはなくならないのでしょうか?・・・ガソリン200円/リットル くらいじゃ快適な無駄遣いを選ぶと言うことでしょう。・・実にヤワで情けない事です。

 いっその事、石油価格が今の10倍くらいにならないと、本格的な消費削減には至らないのかも知れません。どうせこのままの市場経済で石油が枯渇に向かえば、石油価格も末期には軽く10倍以上には跳ね上がるでしょう。
 
 石油の価格が高騰して、省エネを徹底させているかと言えば、まだまだです。省エネと言うよりももっと積極的に消費削減すべきなのです。構造を根本から改革して世の中にはびこる大きな無駄を無くして消費削減すれば、現在の日本は、石油の消費量を半分どころか、10分の1まで削減可能でしょう。・・・最終的には、石油の消費はゼロにしなければならないし、望むと望まざるとに関わらず、石油は枯渇すれば使えません。石油というものは、人類の歴史の中で特異な100年くらいの間に咲いたあだ花で、非常に強力なドーピングなのです。(【ドーピングし放題の現代人】)・・人類の歴史の最後の100年にならない事を望みます・・・その為には、一つ覚えの経済成長という呪縛から解き放たれなければなりません。
 
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/09 00:01】 | 化石燃料 トラックバック(1) |

無知の恐怖
団塊おやじの遺言
閉め切った車庫でアイドリングをしていると 我々、人間は生きられない この地球も無限では無く限られたものしかないという事を知らない人間が多すぎる! この地球も大きな車庫となんら変わらない 限られた空間しかないのた゜
無知の暴走が世界中を 駆け回り いつも理不尽な戦争がどこかで起こっている 犠牲になるのは常に子供や庶民だ
自然を守り私たちを守ろうという意識は どうも今の指導者たちには 無いようだ・・無知なエゴがぶつかり合いそして戦争だ! 私たちの声を 聞け!と言っても 耳に入らないか・・

米大統領選 両陣営ともに石油供給増大へ舵
光山 昌浩
こんにちは。
 今回の記事で、雑草Zさんが主張なさっていることはまさにその通りだと思います。
 今回の原油価格の高騰は、ピークアウトを迎えた石油の需給が今後さらにタイトになっていくというシグナルです。
 需給がタイトになっているとき、とるべき政策は大きく分けて2つ。
 需要を抑制するか、供給を増やすかです。
 石油の採掘可能年数がだんだん少なくなっているなかで、供給を増やすことは、一事しのぎにはなっても、長期的には何の意味ももちません。
 旺盛な石油需要の増大に対して、全く手をつけていないために、一時的に供給量を増大しても、すぐに旺盛な需要に吸収されてしまうのからです。

 私たちがとるべき政策は、「石油消費量の抑制」しかありえないのです。

 しかしながら、今回のアメリカ大統領選挙に関して、オバマ・マケイン両陣営ともに、「新規油田を開発する」ことで「供給量を増やす政策」を打ち出しています。
 雑草Zさんが耳にしたら、「卒倒しそうな」政策ですよね。
 とても残念でなりません。

 詳しくはブログの記事(http://blog.environmentally-friendly-life.com/article/17826039.html)をご覧ください。また、記事の中で、貴ブログの記事をご紹介させていただき、リンクもはらせていただきました。さらにトラックバックもさせていただきました。

 よろしくお願い致します。

薄い大気圏
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

 地球の直径に比べ、大気圏の厚さは、本当に薄いものです。それは、ほんの2000mくらいの山に登っただけでも、気圧が低くなるので実感いたします。だから、おっしゃるように

>地球も大きな車庫と変わらない 限られた空間しかない

なんですよね。

>自然を守り私たちを守ろうという意識は どうも今の指導者たちには 無いようだ

 本当にこれは切実な問題です。それは指導者達が経済界の傀儡で、経済第一という愚かな人物ばかりだからでしょうね。
根本から構造改革しないと破滅でしょう。カウントダウンは始まってますね。

悲しいアメリカ大統領選
雑草Z
    光山 昌浩 さん

>供給を増やすことは、一事しのぎにはなっても、長期的には何の意味ももちません。

 は全くその通りですね。
地下資源は有限のものだから、供給を増やせば枯渇までが早くなる・・という当然の事を何故しっかり受け止めないのでしょうか?・・やはり政治家は在職中に成果を上げなければならないと言う短期決戦型で、長期展望は彼らにとっては得策にならないのでしょうね。そう言う目先のことしか考えない政治家が動かす社会では、目先の事しか考えない人間が(短期的な)得をし、それがまた政治に反映されていく・・と言う億循環スパイラルが起こってますね。

>雑草Zさんが耳にしたら、「卒倒しそうな」政策ですよね。
 全くその通りです。こうやって人類は泥沼に入り込んで身動きが出来ぬまま滅んでいくのでしょうか?

TB及び記事のご紹介有難う御座います。
光山 昌浩さんのサイトも近々じっくり訪問させて戴きます。
 これからも宜しくお願い致します。

原油価格上昇に対してとるべき政策
光山 昌浩
こんにちは。
貴記事に対してふたたびトラックバックさせていただきました。

PHPが出しているVoice9月号に記された竹中平蔵慶大教授の稿を参考にして、「原油価格上昇に対してとるべき政策」について、私の考えを記したものです。

詳細は私の記事を読んでいただきたいのですが、まとめだけ引用すると、

「選挙が近いこともあって、原油価格の高騰に対して、「ばらまき」型の救済措置が議論されています。これまで見てきた通り、原油価格の高騰などによる「交易条件の悪化」がもたらす国民生活への影響を少しでも緩和するためには、公平性の点で疑問が残る「ばらまき」型の業界救済策でなく、一律減税等で対応すべきです。また、間違いなく枯渇する石油に対しては、中長期的にはその消費を減らすような政策が必要です。そのためには、短期的な観点であっても原油価格の上昇を補填するような政策をとってはなりません。むしろ、中長期的には石油消費に関わる税率を引き上げることすら選択肢として考えなければならないでしょう。政策的に「石油消費を割りに合わない」ものとすることによって、代替エネルギー開発の促進を進めていくべきだと思います。」

 雑草Zさまのお考えをお聞かせいただくと幸甚です。
 よろしくお願い致します。

なぜかTBできないようですので
光山 昌浩
すみません。
なぜかTBできないようでしたので、以下にトラックバックするつもりだった記事のURLを記します。

http://blog.environmentally-friendly-life.com/article/17940927.html

ご迷惑をおかけしてすみません。
よろしくお願い致します。

代替エネルギー開発の促進は要注意かと・・
雑草Z
    光山 昌浩さん

 度々のご訪問とTB有難う御座います。

>原油価格の上昇を補填するような政策をとってはなりません。
>政策的に「石油消費を割りに合わない」ものとする

は大賛成です。理由も 光山 さんのおっしゃる通り、枯渇するものと言う事と、環境汚染です(私はCO2よりも寧ろNOx, SOx が良くないと考えています。)

しかし、代替エネルギーの開発は要注意であると思います。
地球の地下資源を使う天然ガス、オイルサンドなどは、やはり枯渇するものですし、やはり環境破壊します。
 また、補助金を出した場合、政治家や官僚の科学への無知をいい事に、はじめから見込みのない事をやって、かえって税金と石油の浪費になっている事が多いと感じます。現在行われている大規模な風力発電、太陽光発電などがその代表例です。原発は言語道断。
 代替エネルギーは再生可能なエネルギーでなければなりませんが、地球がほぼ物質的閉鎖系である事を考えた場合、再生可能なエネルギーは太陽光に起因するものしかないでしょう。つまり、そのままソーラーとか、風力やバイオマス・・・しかし、それらのエネルギー産出比(算出エネルギー/投入エネルギー)を考えた場合、まだまだ使い物にならないならないものが多い現状です。
 代替エネルギーが成り立つ条件は、補助金なしでやっていける再生可能なエネルギーである事でしょう。

 バイオマスなら糞尿を燃料にする事は注目していますが、肥料にする事よりも有効か?と言う事が一番の関心事です。
 結局バイオマスのエネルギーの最も有効な内燃機関は生物になってしまうのです。つまり、人力、家畜の力がバイオマスの一番有効な内燃機関・・・だから、結局大量生産大量消費をやめて経済を縮小して、そのレベルの経済活動でないと持続可能ではない・・という結論になるのです。
 代替エネルギーの開発を否定は致しませんが、しっかり成り立つ代替エネルギーの条件は、補助金なしで採算が十分に合う再生可能なエネルギーと言う事になりましょう。

 それよりももっと省エネ技術・・・桁違いに省エネする技術・・・つまり、例えばガソリンの車の燃費を2倍良くするなどのレベルではなく(パーキンソンの法則で車が増えたり大きくなったりするだけかと・・)ガソリンでなく人力(自転車)にするとか、法的に全員、通勤を近場に変えて徒歩通勤するとか・・・その手のパラダイム・シフトも必要かと思います。


 このことに関しては、折を見て、もう少し詳しく記事としてアップする積もりです。



コメントを閉じる▲
2008-08-05 00:01
 よく、「無駄も必要」・・とか言われます。まあ自己矛盾する言葉ですが、逆説的な意味合いもあるのでしょう。
 「無駄だと思っていた事もいつかは役に立つ事もある」・・とも言われます・・それはそうです。そう言う場合も確かにあります。
 人間の社会生活には多少なりとも無駄はついて回ります。・・それはある意味仕方がないことです。でも、その無駄を議論するには、程度問題が大切でしょう。・・つまり、許容範囲の仕方がない無駄なのか?許容範囲を超える酷い無駄なのか・・・・?

 さて、現代社会を見渡すと、文明を謳歌している科学の時代と言われていますが、どうしようもない許容範囲外と思われる無駄が溢れています。・・・何かと効率を追求しているにもかかわらず、かなり酷い大きな無駄がなくなりません。そして、この大きな無駄は、現代の社会構造に付随したものです。どうしようもないような酷いレベルの無駄を意識的に作り出しているうちに、その無駄を必要とするような社会構造が出来上がってしまったのです。
『意識的に作り出している』とは、あたかもドーピングみたいなもので、はじめはそれで効果を上げようとした訳ですが、現在はそのドーピングがないと禁断症状を起こすような体質になってしまったのです。
 例を挙げればきりがありませんが、
例えば、公共工事はその典型例でしょう。大規模林道などのように利用者の少ない道路工事、巨大ダム、原発、・・・いつまで経っても補助金から抜け出せない公共事業や巨大公共工事の類いは無駄の塊でしょう。(カテゴリー【公共工事】
 
 過剰包装、レジ袋、使い捨て製品の氾濫による日々のゴミ・・・日本の一家庭から出されるゴミの多いこと。
 通勤にだって、公共交通機関は使わずにマイカー・・・乗り合わせもしないで一人一台のマイカー・・・。趣味で車を一人で何台も所有している道楽者も多い・・・
 これらの無駄は何故無くならないか・・・・・・・答えは簡単、経済効果
 
 そう、人々が(物質的)生活を豊かになるように、日々努力し、物がどんどん売れるように人々に浪費を煽って来たからです。ステイタスシンボルだとか、流行だとか、虚栄心、競争心、物欲を煽って、どんどん買わせ・・・それに伴って企業もどんどん肥大化して、増えてきて、銀行だとか株式だとかまで作って、・・・いつの間にかそれが社会の構造に入り込み・・・気がついたら、パーキンソンの法則よろしく、それらの無駄は社会を支える構成要素の一つになってしまったのです。その無駄ををなくそうとすると、経済が成長出来なくて経済が破綻をきたすと言う構造になってしまったのです。だから世界を牛耳る大多数派の経済成長信者は曰く;経済成長はやめられない。やめれば社会が壊れてしまう・・・
 しかし考えてみましょう。ドーピングで作られた体は、次第に蝕まれて、その人間は生きて行けなくなります。苦しくても、禁断症状が起きようとも、薬は断たなければなりません。
 経済成長の為にはこれらの無駄は必要悪である・・・と言う経済成長の洗脳から抜け出さなければなりません。経済成長なんて人類の目標でもなんでもなく、人類を破滅に導く極悪カルトなのですから・・。 
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/05 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(1) |

過剰投資からのいち早い脱却を!
光山 昌浩
はじめまして。
 いつも楽しく拝読しております。

 「経済成長を第一目標」においている、いまの経済政策を今後も継続することについては、私も疑問を感じています。
 いまの経済政策は、「非常にエネルギー効率が高く、かつ、名目価格が低い(地球温暖化や酸性雨などといった外部不経済を価格に織り込んでいないという意味です)」石油があたかも無尽蔵に供給され続けることを暗黙の前提として組み立てられているからです。
 私たちの生活のほとんどが石油の消費によって成り立っています。
 ところが、石油の採掘可能量の半分以上はすでに産出されているといわれており、産出ピークをすでに迎えたとする専門家も多数おります。
 昨今の原油高騰は、石油に対する需要が依然として伸び続けている反面、いまあげたように石油供給が今後は縮小していくという、構造的な問題点を反映しているように思います。
 このような状況を対処するために、太陽光や風力、バイオマスといった再生可能エネルギーや新エネルギーの開発が急速に進んでいますが、いまのところ石油の完全な代替物になりうるエネルギーを人類は得ていません。
 つまり、いま私たちがそれこそ「湯水」のごとく消費している石油ほど、エネルギー効率がよく、簡単に利用できるエネルギーはないのです。
 とすれば、いまのような「大量生産・大量消費」型の経済運営を続けていくことができないのは火を見るより明らかでしょう。
 したがって、いまのうちから、石油が枯渇するような事態、あるいは、コスト的に石油の採掘が不可能になった事態に備えることが肝要だと思います。
 その備えの1つが「経済政策」の見直しであり、私たちひとりひとりが「足るを知る」という意識の醸成であろうと強く思います。
 そういった意味で、貴ブログが主張なさっている意義は非常に大きいと思いますし、今後もがんばっていただきたいと思います。心から応援しております。

 前置きはともかく。

 ご主張なさっている通り、公共部門の「無駄」は多いですね。
 昨日の日経には、こんな秀逸な記事が載っていましたよ。

 「日航と全日空の路線廃止・減便、地方空港に過剰投資のつけ」
  2008/8/6 日本経済新聞

 記事によれば、「国内の航空会社が相次いで地方空港からの減便・撤退を打ち出したことで地方空港の経営は厳しさを増している」とのこと。この背景には、「高度成長期に「1県1空港」構想実現へ投資を拡大させた結果、全国的に空港過剰に陥る一方で、韓国やシンガポールなどが基幹空港に集中投資し国際競争力を高めてきたため」と分析しています。
 さらに、「そもそも狭い国土に空港が林立したのは、着陸料などを原資にする特別会計(社会資本整備事業特別会計・空港整備勘定)が空港建設費の半額程度を助成する仕組みがあったためだ。多くの地方自治体は負担が軽くて済むため、競って空港を建設した」と、なぜ「過剰な空港」が乱立したかという原因まで詳しく解説しています。
 記事は、「日本の空港行政が地方に薄く広く「バラマキ」を続けるなか、韓国の仁川などアジアの有力空港は集中投資で設備を充実させた結果、利便性を向上させ、世界での存在感を高めた。羽田や成田は「アジアの中核空港」としての座が危うくなっている」と締めくくっています。

 まさに「パーキンソンの法則」ですね。
 「予算化した補助金は使い切らなければ!」というのが明白に現れていると思います。
 石油というエネルギーがふんだんに使えた時代、つまり、右肩上がりの高度成長時代はこれでも良かったのかもしれません。
 でも、パラダイムがシフトしたのですから、「バラマキ型公共投資」から、貴重な資源を有効に使わなければならないという観点での「集中型公共投資」に発想を切り替える必要があるのでしょうね。

 今後も素晴らしい記事をご期待申し上げております。

追伸
 以前の記事で、「高校時代は修学旅行がなかった」と書いておられたかと思いますが、私の高校も修学旅行はなかったですよ。



破局の構造;石油文明&経済成長
雑草Z
     光山 昌浩 さん

 はじめまして、長くて盛り沢山のコメント有難う御座います。

>前置きはともかく

との事ですが、この長くて中身の濃い”前置き”・・ボリュームたっぷりで非常に美味しい、これだけでも十分満足なイタリアの”前菜”ってところでしょうか(笑)・・にはじめにお返事致します。この前置きへのお返事がメインかも知れません(笑)

 現在でもほとんどの国の指導者達が経済成長自体を目標に置いているという現状は狂気ですね。悪夢のようです。経済に『成長』という加速度が必要と考えること自体が危険で愚かです。そして、成長を前提にした経済活動が盛んに行われて、社会構造に組み込まれてしまった事が悲劇です。ネズミ講のように必ず破局しますね。これまでにも大恐慌やブラックマンディなどがありましたが、そんな破局はまだ前兆の「ごく小さな」部類でしょう。

>石油があたかも無尽蔵に供給され続けることを暗黙の前提として組み立てられている

との事ですが、本当にその通りですね。私は経済には疎いのですが、石油に限らず、経済学ってそんな欠陥があるように感じています。アダムスミスの市場自由経済だろうが、マルクスの社会主義経済だろうが、無限の大地と無限の資源を仮定した、ネズミ講式破滅の学問ではないでしょうか?

>私たちの生活のほとんどが石油の消費によって成り立っています

 おっしゃるように現在は『石油文明』と呼べるでしょう。
石油によるドーピングによって成り立っている砂上の楼閣でしょう。

>石油ほど、エネルギー効率がよく、簡単に利用できるエネルギーはない

と言うのもご指摘の通りで、代替エネルギーが見つかっても再生可能なエネルギーでなければさらなる汚染が起こるでしょう・・原子力のように・・・最悪の原子力は論外ですが、システムの根本原理からも、代替エネルギーは難しいでしょうね・・難しいと言うよりも、根本原理から否定されてしまう部分も多々あるのに、平気で石油のさらなる浪費としか言えない似非代替エネルギーもまかり通ってます。【石油代替エネルギ-システム】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-111.html

>「大量生産・大量消費」型の経済運営を続けていくことができないのは火を見るより明らか

 それがわからない、または見て見ぬふりをしている政治家、学者・・・が多過ぎますね。

>「足るを知る」という意識

は非常に大切だと思います。しかし、経済成長が目標の社会では、「足るを知らない」ように煽り続けるわけですね。電通の戦略なんてその典型です。【消費拡大の本質】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-166.html



 さて、ここから本文(?前置きの後)への返事です。

>「日航と全日空の路線廃止・減便、地方空港に過剰投資のつけ」

の内容は参考になりました。やはり空港も道路やダムと同様の補助金行政の賜物だったのですね・・・本当にお粗末です。失敗の責任はしっかり取らせるべきですね・・・責任をしっかり取らせないから、いつまでたっても費用対効果もマイナスで、無駄としか言いようのない公共工事が無くならないのですよね。。
>「予算化した補助金は使い切らなければ!」
はいまだに多くの官公庁で行われていて、見直しすらされていないところも多々あるようですね。・・情けない話です。


と言う事で、これからも宜しくお願い致します。

コメントを閉じる▲
2008-08-01 00:01
 人類は、生物ですから、活動しないわけには行きません。しかし、生物の活動が半永久的に続く為には、安定した(準)定常状態になる事が必要でしょう。有限の地球上でいつまでも成長を続けたり、増え続けることは破局への道であることは明らかです。 
 しかし、現在でも世界の多くの人々は、つい最近、20世紀に確立された、「経済成長」という巨大カルトに翻弄されています。何事でも、いつまでもスピードアップ出来る筈がありません・・経済だって成長を続けられる筈が御座いません。
 もし仮に(高度)経済成長時代と言うものが必要だったとしても、どこかで止まらなければならない事は自明の理でしょう。・・・そのどこか・・・は勿論、世界のエコロジカル・フットプリントが、地球の再生能力の範囲内、つまり、持続可能な範囲内である事は明らかでしょう。・・・そして、その限界はとっくに超えています。超えたのは1980年代のはじめ頃と言われています。
・・それなのに世界の指導者達の大部分は、いまだに経済成長を目標に据えています。現段階で既にかなりのスピードオーバーである経済状態ですから、これからゼロ成長を続けても、破局を迎えるわけです。つまり、世界が持続可能な状態になる為には、これからブレーキを踏んで経済をマイナス成長させて、あるレベル以下・・地球の自己再生可能なレベル以下まで・・経済活動を押さえなければならないのです。
 ところがどうでしょう?
 自ら先進国と呼んでいる先進諸国は、高度経済成長時代は既に終わって、もう大幅なスピードアップは無理なのに、アクセルを目一杯踏み込んで1%でもGDPを上げようと躍起になっています。
 BRICs諸国をはじめとする、かつて発展途上国と呼ばれた国々も、色々な事を犠牲にしながら高度経済成長を謳歌している積もりでいます。世界の多くの人々はいまだに経済成長神話を信じています。無限の成長があると思ってる輩・・・そこまで愚かでなくとも、限界を超えてしまった現在でも経済成長を優先する財界人、政治家をはじめとする大多数の人々は、浅はかな暴走族と言うべきでしょう。経済成長の先にあるものは破滅でしかないのに・・。

 これから十分に減速して安全速度(持続可能な範囲)以下に下げなければ、人間社会は破局を迎え、破滅に向かうだけです。・・それなのに経済成長に取り憑かれた人々は、いまだに少しでもスピードを上げようとアクセルを踏み続けています。
 スピードを出し過ぎて道を外れて谷底に落ちるのか、岩壁に衝突するのか、はたまたエンジンが火を噴いて自滅するのか・・・人類は破局までスピードアップ(=経済成長)続けるつもりなのでしょうか? 人々は、経済成長の先にあるものは破局であると言うごく当然の帰着に気付くべきです。気付いて今すぐに減速すべきでしょう。破局の前に・・・
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2008/08/01 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(1) |

豆腐を食べる エネルギー
団塊おやじの遺言
この 暑い時期に 今日は冷や奴でもと思い買出しに・・
車でエアコンを掛け3Km先の駐車場のあるスーパー迄 車を走らす 待てよ・・昔は町内に 豆腐屋 納豆屋があり 良く走って買いに行った こんな事を皆でやっていたら この先どうなってしまう・・そういえば 豆腐屋のおやじさんが泣いていた 大手の豆腐は水増しで 安く半売しラッパを吹く力も無くなったと 真面目にやっていると 生活の出来ない時代なのか ずいぶんと無くなった個人商店 買い物するにも 莫大なエネルギーを使っている自分がいる


食物のエネルギー収支
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

 暑い中、いいタイミングでのコメント有難う御座います。

 よく、考える事は、食べ物が持っているエネルギーよりも、その食べ物を作って運んで人の口に入るまでのエネルギー消費の方が多いんじゃないかと言う事です。
 食べ物のエネルギーは、もとを辿れば光合成による太陽のエネルギーを炭水化物などの化学エネルギーに取り込んだものですが、そのエネルギーよりも、それを作ったり輸送するのに使う石油などのエネルギーの方が多いのではないかと言う事です。食べ物は人間が生きて行く為に必要ですから、簡単にエネルギー量だけで比べるべきではないかも知れませんが、地球上のエネルギーを浪費して食べ物を生産している現状は、持続可能な筈はないでしょうね。
 出来れば3kmくらいは自転車等をご利用ください。・・と言いたいところですが、それよりも、 団塊おやじの遺言 さまのおっしゃる通り、大手の郊外のスーパーじゃなくて、地域に小さな商店が並ぶ一昔前の方が便利で、人情があり、良かったですね。古き良き時代。市場原理主義がこういった情緒も無くしていったのですね。冷徹な社会になってきていやですね。

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。