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2008-07-29 00:12
 今年は例年よりは過ごしやすい夏かな?・・・と思っているうちに、暑くなってきた。暑い日はエアコンがよく効いているデパートや喫茶店、または職場に行くのが一番か??・・クー ルビズなんて言ったって、27℃前後の設定温度は十分に涼しいし、今でもギンギンに冷やしているデパートや喫茶店も数多い・・・町の図書館も冷やし過ぎ・・・気温が30℃以下ならエアコンなんて全く必要ないのに、設定温度が25℃以下とかっておかしい・・。
 この暑さ、地球温暖化かな?とも思うが、CO2が原因とかはあまり思えない。3原子分子であるCO2は、確かに赤外線を吸収する。それも地表から最も多く放射する波長帯を・・・それがCO2温暖化説の根拠の大きな部分なんだろうけど、CO2温暖化説の証拠はあまりにお粗末。・・・まあ、その事は以前にシリーズで書いたし(カテゴリー【CO2】)今回の主題はそんな事ではないので、省略するけど、最近の都市部の暑さは、確かにヒートアイランド効果など、都市化による部分が大きいと思う。私の住んでいる田舎町ですら、こんなにコンクリートだらけでは暖められるし、上昇気流が起きて、夕立ちも激しく降るだろう・・・コンクリートに固められているので、激しい夕立の後は水の逃げ場も川だけ・・川は溢れて道は水浸し・・・
 このコンクリートと車や工場、エアコンの出す熱で、都市が暑くなる・・・と考えるのがごく普通ではないだろうか?・・・だってこんなに暑くても、森や林の中は涼しい。川辺だって、護岸工事でコンクリートで固められていなければ実に涼しい・・・夏の暑さの原因をCO2のばかりにするな!!・・・そして、CO2対策と称して、税金を湯水の如く使ってギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)の対策をするな!!・・・と言いたい。・そう、現在のCO2対策は逆効果のものが多い・・・道路工事やめたり、車を作らなかったり使わなかったり、森林伐採をやめた方が、どれだけ効果的だろうか・?・・経済活動を控えて、経済成長をやめるのが1番!!
 私は寒いのは比較的平気で、この寒い東北地方でも、冬でも暖房はあまり必要ないし、真冬でも寝るときは暖房なしで布団だけで十分。
・・・しかし暑いのは不得意だった。エアコンは数年前まで重宝していた・・・・子供の頃はエアコンなんか必要なかったのに・・
 ・・・エアコンて、非常に非能率的な機械だ・・・ エアコンを夜まで入れて、夜に外に出てみると、エアコンなんか必要のない温度になっている事がよくあった。・・エアコンを入れる為には、部屋を閉め切りにして、さらに日差しも入らぬように窓から日が差し込まないようにしたほうがいいからカーテンを引いて暗くして、昼間っから明かりを点ける・・・何と言う不経済・・・と言うよりもエネルギーの無駄遣い・・・部屋に熱が籠りやすい状態にして熱を抜く・・・非常に非能率・・・だから、外が涼しくなってもエアコンを止められない・・・もっとも、大都会ではどこもかしこもエアコンで冷やしていてその熱気(熱力学的には取り出した以上の熱・・・部屋の中を冷やした分以上の熱)を外に出すから、各オフィス、家ではますますエアコンを強くする・・・悪循環・・・もっ と自然の風を利用した効率のいい方法を考えるのが科学ってもんだろう(ヒートポンプの熱効率はいい・・なんて低レベルな話ではなくて・・・)・・・自然をうまく利用して、あんまり物資やエネルギーを使わないでやるのが本当の賢い科学。
 科学などと言わなくとも、昔ながらの打ち水とか、家を植物で覆うなんて方法は好きだ。もっとも、大都会の摩天楼ではどっちも効果はあまりないだろうけど・・・昔のように夏は縁側で涼む・・・そんな大らかな、人口も少なく土も緑も神社も森も多い町がいい。
 暑さに弱い私であるが、この夏は家のエアコンを極力稼働しないで過ごしてみよう・・と思う。一昨年、昨年と意識して家のエアコンつけなくしたら、夏の日に使った日はほんの数日間だけだった・・今年は0日に・・・なんてプレッシャーかけて喫茶店やネットカフェに入り浸ってもしょうもないな。・・・なるべく使わない。使うとしても設定温度は30℃くらい。家で暑がりは私だけだから、私がOKなら大丈夫・・か?
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【2008/07/29 00:12】 | 雑談 トラックバック(0) |

蚊帳
おかっぱ頭
 夏になると、子供の頃蚊帳を吊って寝ていたのを思い出します。雑草様はそういう経験おありでしょうか?
私はずっと祖母と寝ていたのですが、蚊帳の中で祖母が団扇で扇いでくれる風の心地良かったのを記憶しています。
椅子に上って、朝晩吊ったり外したりするのも大好きでした。
エアコンなど勿論無かった時代、あの風の柔らかさは今でも忘れられません。

古き良き時代の夏の一コマ・・
雑草Z
    おかっぱ頭さん

 私の家には蚊帳がなかったので、自分の家で蚊帳を吊った記憶はありませんが、親戚の家には蚊帳があって、時々泊まりに行って従兄とかおばあちゃんと蚊帳に寝るのは楽しみでした。それだけでキャンプに行くような楽しみでしたね。蚊帳や蚊取り線香って夏の風物でしたね。その時代と比べて現代は何か良くなったのでしょうか?文化が破壊されてそれと共に環境が破壊されて、住みにくくなっただけなのかも知れません。
 おかっぱ頭さんのコメントはほのぼのとノスタルジーを誘いますね!?。
 エアコンをつける為に部屋を外から遮断して閉め切るという発想が貧しいですね。
 そう言えば、昔は夏に家の中にウンカや羽蟻や蛾など沢山入って来たものです。・・・それが自然で、ちょっとくらい虫が布団についていても気にしませんでした。
 現在の家は、出来るだけ自然を遮断しようとしているようで嫌ですね。愚かです。自然から遮断されたら人間も滅びるでしょう。

拙宅(長屋)も蚊帳でした
ぐっちゃん
表も裏も開けっ放しでした。うつ伏せに寝ながら遥か生駒山の麓まで見渡せたものですが。それができなくなったのは、蚊より怖いものが入って来るようになったからです。

大学の
東京珈琲
僕の通っている大学の教室はすごく寒いです
地下だし別に冷房つけなくてもいけるんじゃないかと思うんですが、毎日毎日鳥肌が立つくらい寒いんです
冷房の設定温度を見てみたら、24度でした
びっくりしました
生徒か先生かは知りませんが、設定した人はちょっとひどすぎます
環境学科がある学校とは思えませんね

エアコンをやめて、蚊帳に戻したいですね。
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 夜に寝ながら遠くの山まで見渡せたなんて、凄いですね。ある意味贅沢です。
 私の家には蚊帳がなくて網戸だけで対応していたのは何故だろう・・?って考えてみましたが、親がものぐさだったのか?(笑)蚊に刺されるのをあんまり気にしなかったのでしょうかね?でも、よく夜中に蚊に刺されて起きて、明かりを点けて家族で蚊取りしたのを思い出しました。・・血を吸った蚊を手でつぶすのは気持ちが良かったですね。(笑)
 よく聞く、蛍を取って来て蚊帳の中に放す・・と言うのもやってみたかったですね。・・子供の頃は、ホタルも近所の田んぼの周りや小川に沢山沢山いました・・

>蚊より怖いもの

って何ですか?気になります。泥棒とかの侵入者・・・? 

その旨伝えましょう。
雑草Z
    東京珈琲 さん

 学校とか図書館とか公共施設で、いまだにエアコンでギンギンと冷やしているところがありますね。・・・それがサービスだと勘違いしている人たち・・・24℃でも昔よりは設定温度を上げたのかも知れませんが、甘過ぎますね。

 環境学科がある大学なら、是非ともその学科の先生にその旨伝えて、エアコン設定温度を上げるように提案してみて下さい。きっと大学に掛け合ってくれるでしょう。・・大学だって経費節減になるし・・・
 因みに私は、そう言うところで、さり気に密かに設定温度を上げる事があります。こちらは客ですから文句は言われません・・言わせません。・・でも私は本文の記事にも書いたように暑がりですから、暑い外から冷え切った部屋に入ると気持ちいい・・って妥協することもよくありますけどね・(笑)・・


Anthony
僕の部屋のベランダの戸を開けると、裏の建売住宅のエアコンの室外機からの熱風が入ってくる。

なので、ウチも窓を閉めてエアコン・・・


こういう連鎖が、都市を暑くするのだ!


P

その通りですね
雑草Z
    Anthony さん

 そう、最近都会の夏が暑すぎるのは、Anthonyさんがコメント下さったような事による、都市の構造の問題なんですよね。CO2地球温暖化なんてあんまり関係ないんですよね。
 私の住む田舎町ですら、コンクリートで固められ過ぎて、照り返しで日中は暑くてかないません。
「ネコも熱中症でやられてしまう・・・」ってなもんです。

 


Anthony
建設現場にて炎天下にいるんですが、気温が40度以上あります。

日陰の百葉箱での気温は35度でも、実際は・・・


ああ、倒れる~~~


P

暑い中、コメント有難う御座います。
雑草Z
    Anthonyさん

 
 気温が40度以上ですか?砂漠みたいですね。やはり、都市化って言うのは色々な意味で砂漠を作りますね。
『コンクリート砂漠』って都会の殺伐さを表現した比喩だけではなく実際の事ですね!?
 現場の様子がありありと想像されて暑さが伝わってまいります・。
 水分を沢山とって、無理をなさらずに・・・倒れないで下さいね。 

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2008-07-25 00:11
 現在、世界中で毎日のように環境問題が取り上げられている。ここ数年、世界の人々の環境問題に関する意識は高まっているように見える。・・・・国や自治体、マスコミや企業の多くも環境対策を重視するようになってきている。・・・一部の地域や特定の問題に関して環境対策が功を奏している分野があることも認める・・・・しかし、地球全体で言えば地球環境は年々悪くなっている。改善の方向には向かっていないし、今現在世界で取り組んでいる対策では、回復の方向には向かわないだろう・・・・何故なら、その方法の多くが対症療法的であるからだ。

 例えばリサイクル・・・糞尿とか落ち葉等の生体系の循環にのせるリサイクルなら非常に有効だけど、ペットボトルなどのリサイクルは、その為に使うエネルギー、石油の方がリサイクルで出来る製品よりも多かったりする。・・・ペットボトルが出たからどうするかと言う完全な対症療法・・・そうじゃないだろう・・・ペットボトルを出さないこと・・作らないことを検討すべき。

 もう一つ例えをあげれば、原発・・・火力発電ではCO2が出るからと、原発をする事は、タバコやマリファナが体に悪いからと、代わりにコカインやヘロインをやるようなもので環境被害が桁違いに大きくなるから愚の骨頂・・・(カテゴリー【原子力】)・・・そうじゃないだろう・・・エネルギーの使用を減らす事を考えるべきだろう。

 2つだけ例に挙げたけど、こんな例は枚挙に暇がない。

 世界の政府は、何故、元から断つ事を考えずに、対症療法的な対策ばかり考えるか・・・答えは簡単。経済優先だから・・・根本に「経済成長」と言う狂った理論があるから・・・

 麻薬中毒患者やドーピング常習者に薬物乱用は続けさせたまま治療し続けても仕方がない。麻薬、薬物を断たなければならない。
 
 経済成長と言う理不尽な麻薬、ドーピングを元から断たなければ、いくら色んな対症療法としての環境対策をやっても、地球環境はどんどん悪化して、地上の生物とともにガイア地球は死滅する。
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【2008/07/25 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

100円ライターの運命
団塊おやじの遺言
産油国の今の利益の一部でも砂漠の緑化に注げ 砂漠の砂に人糞など有機物を入れ 砂漠を農耕が可能な地に変える・・
そして世界一の地球のオアシスに変える事こそ 今のドバイ等原油国の天文学的な資金の使い道でしよう でも実態は逆だ 50~100年後には 使い棄てライターと同じ運命を辿る道を選んでいる 廃墟と資源の無い処には何の魅力も無い! 持続の可能な農耕こそ人類に最も必要なのに・・
こんな人間達に導かれる私達・・絶対に反対するぞ地球の為に!

>持続の可能な農耕こそ人類に最も必要
雑草Z
     団塊おやじの遺言さま

 いつも力のこもったコメント有難う御座います。

 石油は、人類の行っている愚かなドーピングの最たるものですね。中東などの原油産国のオイルマネーは、拡大再生産とか色んなしょうもない投機に使われて、環境破壊も拡大再生産すると言う愚挙に出ていますね。

>砂漠の砂に人糞など有機物を入れ 砂漠を農耕が可能な地に変える・

私も砂漠や禿山に人糞や生ゴミを撒く事は必要だと思いますし、実験してみたいと常々思っています。しかし、方法をよく考えなければ、逆に環境汚染と言われるでしょう
・・・でも、本来、放射性廃棄物や人的有機塩素化合物のように、自然の循環をしない有害物質のほうがよっぽど酷いものでしょう。そちらの方が遥かに批難されるべき環境汚染ですね。

>使い棄てライターと同じ運命 

 人間は富を築けば築くほどに、こんな愚かなお金の使い方をするものなのでしょうか?




Anthony
産油国の大量の資金は、先物相場に流れて・・・

自国の原油を吊り上げるために。

そして、更に儲ける・・・



P



対症療法どころか・・
雑草Z
    Anthonyさん

 環境破壊の最右翼である石油で儲けたオイルマネーは、さらに原油価格を吊り上げる為の投機に使われて・・・悪循環ですね。
 市場経済は、環境問題の有効策ではない典型例ですね。
人間は金儲けに走ると、非常にエゴイスティックになってしまうのでしょうか?


Anthony
金は人間を変えますが、

産業のない産油国も、金で変わりますかな。


オイル・マネーで太陽電池を大量に買うぐらいのことは、多めにみても、(あくまでもね)先物の対象をバイオ・エタノールに乗り換えて、さらに、金を得ようとする。

油の次は、米国の農業メジャーに投資して、トウモロコシをも支配?

エネルギー支配を恒久的に続けたいのか・・・


P

ペットボトルは不用ですね
BEM
こんにちは。
よくペットボトルリサイクルの話しが出て、使い終わったペットボトルで工作したとか聞き、この辺は妻と意見が一致していて全然リサイクルじゃない!といつも憤慨してます。我が家はほとんどペットボトル買わないので。
で、最近ペットボトルのキャップを集めて海外の子どものワクチン代にしようという運動があるのを知りました。400個で10円、20円で1人分のポリオワクチンが接種できるそうで、あちこちの団体が集めています。これでゴミにしないことでCO2も減らせるし♪ と夢中になっているようです。
も~アホくさくて笑ってしまいます。

金銭欲、物欲が世界を滅ぼしますね
雑草Z
    Anthonyさん

 オイル・マネーに限った事ではありませんが・・
人間の金銭欲、物欲も限りがなくて、身の丈以上に桁違いに儲けると、今度は世界支配なんて考えるのでしょうね。
・・悲しいかな、そう言う人間が世界を動かしているから、世界は破局に近づいていくのは当然ですね。
 本当に破局が迫った事を実感したときに、金や物に執着した事が馬鹿だった事に気づくでしょうが・・時既に遅し・・でしょうか? 

対症療法の典型ですね
雑草Z
    BEMさん

 おっしゃる通りです。
 ペットボトルの工作って、確かににリサイクルとは言えませんね。私もその手の活動は嫌いです・・でもまあ、新たな工作用の材料を購入して作るよりはましかとは思いますが・・
ペットボトルのキャップ集めも本当にくだらないですね。費用対効果だってマイナスかも知れません。・・でも・・出されたゴミの中からキャップを集めるとか仕方がなく多少地域に協力しています(笑)・・・そのためにペットボトルを買うとかは本当に愚かですね。
 この手の対症療法はペットボトル廃止の方向を妨げる誤魔化しかも知れませんね。用心すべきです。やはりペットボトルは廃止してリターナルビンとかにするべきでしょう。

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2008-07-21 00:01
 20世紀最悪の出来事は何だろう?・・・と聞かれたら、第2次世界大戦を一番に挙げる人が多いだろう。・・・それも十分に分かるが、私は別のことを挙げたい。
 それは、エコロジカル・フットプリントが、人類が持続可能な限界を超えてしまった事だ。そう、全人口が地球の環境にかける負荷が、持続可能な限界を超えてしまった事。
 研究者の多くはその時期を1980年代初期と見ている。・・・・私は、複雑系カオスの地球に関するデータおよびその定量的解析はあんまり信頼していない。だから、エコロジカル・フットプリントが、いつ限界を超えたかに関しても、あんまり信頼していない。定義の仕方によっても変わるであろうが、1980年あたりと言うのは、あながち外れてもいないだろう。1970年代か1960年代かも知れないし、逆にもう少し後の1990年代前半かも知れないけれど、20世紀って事は先ず確実だろう。
・・・エコロジカル・フットプリントが限界を超えてしまった証拠は、枚挙に暇がない。
 海洋資源は確実に減少している。世界の穀物生産量も頭打ちで、人口一人当たりの穀物生産は明らかに減少している。・・・土地の収穫率は鈍化したり減ったりして、耕地は流出したり、砂漠化したりしている。熱帯雨林だけでなく寒帯林も、そう、世界の森全体が年々減少している。水に関しても間違いなく限界を超えてしまった水域が増えている。生物は、人間や人間が食用などにする一部の特殊な例を除いてその数も種も毎年どんどん減っている。世界の大きな水域であらゆる水生生物が死に絶えた「死のゾーン」も毎年増えている。一方、自然を循環しない廃棄物は世界中のあらゆるところに溜まる一方だ。放射性核廃棄物なんて、厚いコンクリートで囲って粘土で覆って、さらに地下深く埋めるという大きな手間をかけて、他の資源まで大量に無駄にしても、放射能の危険性がなくなる遥か前に(と言うか、人類の歴史と比べれば、放射能は半永久的になくならないと考えるべき)地上に漏れ出す事は関係者の常識だ。

 そして、何より問題なのは、色んな環境対策が叫ばれているのに、エコロジカル・フットプリントは、今なお増大をし続けていると言う事だ。・・・理由は簡単・・・ 経済優先だからだ・・・技術や制度が進歩したから何とかなると思っている輩は甘過ぎる・・・

 20世紀末現在で、エコロジカル・フットプリントは、限界より20%オーバーしているなんて研究結果がある。(・・私は、それはかなり信頼していない。やはり定義の仕方にも拠るだろうけれど、100%以上、つまり、2倍以上はオーバーしているかも知れない。2008年現在では、数倍はオーバーしているかもしれない・??)

 そう、これから先、人類は今までのように毎年変わらない定常生活を送ることは不可能なのだ。仮に数年間、前の年よりいい生活や変わらない生活を出来たとしても、それはドーピング効果。限界を超えたエコロジカル・フットプリントは、癌細胞のように確実に地球を蝕み、人類は破局の滝壺にどんどん近づいている。
 科学技術の進歩で何とかなるとか言っている政治家や学者も多いけれど、脳天気な彼等には大した根拠はないに違いない。

 先ずは、確実に不要な経済活動を押さえて、経済をしっかりシェイプアップするべきだ。つまり、少なくとも行き過ぎを戻すまでは経済のマイナス成長が必要だ・・・科学技術で何とかなると信じている人々も、(私自身はそれだけではどうにもならない局面に来ていると思っているが・・)先ずはエコロジカル・フットプリントを限界以下に戻してから色々試みるべきだろう・・・そんな事したら大混乱が起こるだろう・・・って経済界も政治家もこぞって反対するだろうけど、人類が生存出来る環境がなくなってしまう事よりはずっとましである事は、議論の余地はないだろう。世界は、生物・・・勿論人類も含む・・・の生存環境よりも経済成長が大切だと言うカルトに頭が冒されてしまった・・・。
 大きく限界を超えてしまったエコロジカル・フットプリントに時間的猶予はない。
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【2008/07/21 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

大丈夫?
ぐっちゃん
研究によると新人類に進化してから人類は全世界で三千人位にまで落ち込んだ時期があったそうです。氷河期です。しかし現代人は与えられたものだけで生きているので、そうなったら今度は間違いなく全滅でしょうな。

大丈夫!・・なんて言えないところが悲しいですね
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 氷河期に人口がそこまで落ち込んだと言う研究もあるのですか??でも、その頃は落ち込む前の人口もそんなに多くはなかったでしょうが、現在の超超過人口は資源の浪費も激しいから、いつか大量に滅びるんでしょうね。・・・人類が賢いのなら、自らの意思で徐々に人口調整すべきなんですがね。・・一人あたりの資源の浪費も現在の何十分の一以下に抑えるべきですね。
 人類がここ数百年の間に爆発的に増えて、自滅していくのなら、シャーレの中のバクテリアや放置された食糧倉庫の鼠のように愚かですね。・・人類はそこまで馬鹿なのでしょうか?
 


Anthony
考えるだけで、鬱が進行してしまう。

P

鬱の理由
雑草Z
    Anthonyさん

 そう、現在の持続不可能な地球環境を考えると、個人的な鬱なんて、みんな大したことないんじゃないかと思えます。

 世界の指導者達こそ、この鬱をしっかり感知して受け止めて欲しいものですが・・・。自国の経済成長に頭が占有されています。市場経済と科学技術で何とかなると思っているほどに経済成長カルトに頭が冒されているから始末におえません。 
 

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2008-07-17 00:12
 中国四川省大地震の復旧作業が行われているが、瓦礫の処理に困っているそうだ。中国では、出来るだけ使えるものを瓦礫の中から見つけ出してリサイクルしているとアナウンスしているが、現在の建物はあまりリサイクルまで考えられて作られてはいないから、簡単にリサイクル出来る部分は少ない。だから、瓦礫はとりあえず埋めて、リサイクル技術が出来たら掘り起こして使おうなんて事も言っている。・・・核燃料廃棄物みたいだな。まあ、核の廃棄物と違って、瓦礫の方がリサイクルの可能性はあるだろうけど・・・

 地震に限らず、台風、ハリケーン、津波、火事・・・色んな災害時に、多くの瓦礫が出てくる・・・大災害時に、あの、ニュースカメラに映し出されるおびただしい瓦礫の処理の話はあまり問題にされないようだが、かなり大変に違いない。人命や復旧の事が話題になるのはある程度仕方がないかも知れないが、緊急事態の名の下に、瓦礫は適当なところに集められて放置されている例も沢山あるだろう・・・。しかし、災害復旧もある程度落ち着いたところで、瓦礫の処理をしっかり検討しなければ、瓦礫の問題は途方もなく大きな社会問題になって来ている筈だ。

 災害がなくても瓦礫の問題は深刻である。都市の再開発などでは多くの瓦礫が出る。・・・再開発しなくても、ビルや建物の耐久年数は数十年からせいぜい百年あまりだろう。百年住宅なんてCMもあるが、たったの百年である。摩天楼と呼ばれる高層ビル街に限らず、大都市のビルは大部分20世紀以降に建てられたものである。・・・それらが近い将来みんな瓦礫になると思うとぞっとする・・・道路、特に高速道路の解体は手間もかかるだろうし、瓦礫をどうやって処分するのだろう?必要性が少ない道路に関して道路族は、二言めには、「いざと言う時に備えて整備が大切」・・・と、姑息な関係者が考えたであろう愚かな論法を持ち出すが、古くなる事や耐用年数には全く触れていない・・瓦礫が増えるだけ・・・
・・・都市計画とは、本来ならば解体した後の処理まで考えてやる事が当然ではないだろうか・・?しかし、そこまで考えて都市計画している自治体はほとんどないのが実態だろう。・・・先ずはつくる事、業者を潤わせて景気を良くする事・・一つ覚えのケインズ経済・・そして解体は後の世代まかせ・・・
 ゴミ問題と同じ、瓦礫の捨て場の問題、廃棄物の処理、処分場の問題は、環境問題の大きな柱で、かなりシビアな問題である。作って、使って、捨てる・・・と言う循環しない一方向の流れは持続可能ではないのは明らかであり、議論の余地はない。

 もう20世紀から既に、色んなところに瓦礫の山が出現しているが、この調子では21世紀は世界中至る所、瓦礫とゴミの山となり・・・ 
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【2008/07/17 00:12】 | 都市/文明 トラックバック(0) |

大都市の50年後…
BEM
までいかなくても、首都高などコンクリートの塊である橋脚などの耐用年数が来た時、どのように処理するのか考えると怖くなりますが、阪神・淡路大震災で見た倒壊したビルと高速道路の瓦礫はどこに処分されたのでしょう。全国的にゴミの山が来る日がやってくるのでしょうか。

悲観的ですが…
ぐっちゃん
利用者のないビル。入居者が高齢化したマンション。耐用年数の過ぎた高架道路。世界規模の不況と自然災害によって、日本だけでなく世界中が近い将来瓦礫の山になるでしょう。もはや『何処に捨てる』次元ではなく廃墟です。

現在でも酷い廃棄の実態
雑草Z
    BEMさん

 現在の日本の最終処理場は、目立たない所に設置しているけれど、その実態はいい加減で自転車操業です。田舎の山林などへの不法投棄も酷いもんです。

 この調子だと、ゴミの処理がし切れなくて、町にもゴミが溢れるでしょうね。・・・それでやっと大量生産大量消費がおさまるんでしょうか?・・気づいた時には既に遅し・・ 

私もかなり悲観的です(苦笑)
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 
「瓦礫を捨てる」と言う発想が根本的に間違ってますね。
「自然に循環しないものは使わない」
が持続可能な社会の基本でしょうね。

 ぐっちゃん氏のおっしゃる通り、捨てる場所も手立てもなくなって廃墟と化すのが、現在の都市の行く末でしょうね。

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2008-07-13 00:11
7月9日、22か国の”首脳”とやらを迎えての洞爺湖サミットが3日間の日程を終了した。
 はじめから何も期待していなかったどころか、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)を危惧していたが、案の定、どうしようもなく愚かな会議だった。
 特に積極的にニュースを見たわけでもなく、気分が悪くなるので逆に控えていたくらいだったけど、世も末だと言う事を再認識するような会議であった。

 経済成長と環境のどっちが大切か・・・の折り合いだとか、経済成長を続けながらのCO2削減だとか言っているあたり、話にならない。各国の首脳はみんな経済界の回し者。経済成長と言う道理のない目標に何の疑問も持たない人間達が各国の首脳という恐ろしい世界。
・・勿論、そう言う人間が首脳に選ばれると言うことは、世界の大部分の人間が、(私の定義するところの)エコ・ファシズム=Economical Fascism に洗脳され切っていると言うことだ。・・・経済縮小なくして技術のみのCO2削減は無理であるし、効果もない。何よりCO2削減なんかばかりに目がいっ てては、もっと大切な環境問題をおろそかにしてしまう・・・

 今回の経済サミット・・・じゃなくて洞爺湖サミットは・・・内容は、「経済サミット」じゃないかと勘違いするものだったけど・・・・、人類が経済成長を続けようとして破滅に向かってひた走っている事を再認識した悲しい会談であった。

 IPCCが予測している2100年の平均気温が最大推計で6.4℃なんて「予測」ではなく、当てずっぽうの域を出ないコンピューターシミュレーションだ。複雑系カオスの地球の気候の定量的な気温をコンピューターで予測出来る訳がない。こんな事を臆面もなく話している会議の参加者たちやマスコミも情けない・・・未来予測なんて当てになるもんじゃない。コンピューターは、占い師の水晶玉か・・・???
 それとは同様ではないが、いくら経済成長というカルトが構造的に強固に思えようとも(カルトと呼ぶにはメジャー過ぎる圧倒的勢力だけど・・・)、いつか・・人類の滅亡前に・・その洗脳に大部分の人間が気付いて、人類の滅亡を防ぐことが出来るかもしれない・・・間に合うかも知れない・・・そう言うはかない希望を抱いて、少しでもオプティミズムを持たざるを得ない・・・そんな事を再確認する、他の類いの国際会議とあんまり変わらないどうしようもない洞爺湖サミットという打ち上げ花火が閉幕した。・・せめて、人類は、こんな下らない会議をやっている猶予はないんだって事を認識して、声を上げる人間が増えて欲しいものだ。
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【2008/07/13 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

自然環境へのテロ行為
団塊おやじの遺言
確かに 今迄 雑草さんの 言わんとしている事 この世界のトップ達が これから行おうとしている事 2050年迄に~気が付いたら 直ぐに実行だろう この自然環境へのテロ行為 このテロ行為の先に  待つものは 一体何か・・
これから生まれてくる 生命に思いっきり 好い空気を吸わせてやれない 人間の欲望を見ました   本当に愚かですね
今自分に出来る事は 害虫といわれている虫達の防除 近々ここで発表させていただいた事柄を   写真などで公表する予定です 小さな事ですが この地球の役にたちたい 夢は大きく・・


■ここしばらく続いた環境問題に関する話題への締めくくり-EU没落は必定か?
yutakarlson
こんにちは。私自身はサミットはお祭りなのであり、そこに目覚しい成果など最初から期待してなかったので、こんなものかとも思います。所詮お祭りなのですから、各国首脳同士のコミュニケーションを深めることが当初の目的だったはずです。
それよりも、地球温暖化説co2説は、完全に間違いだと思います。最近「地球温暖化詐欺」という動画がYouTube掲載されています。私は、この動画を見る前から、この説にはかなり懐疑的でしたが、その動画をみていくつかの研究論文など読んでみて、懐疑的どころか、地球温暖化co2説は完全に間近いであり、最早科学ではなく、宗教における教義に近いもの、もしくは政治的プロパガンダであると確信するにいたりました。
さらに、この地球温暖化co2説を信奉し、無駄な努力を続けるEUはいずれ過去の神聖ローマ帝国のように没落し、消え去るのではないかと思います。ここには、あまり長く書けませんので、詳細は私のブログを是非ご覧になってください。



経済成長は、自然環境へのテロ行為と言えますね
雑草Z
    団塊おやじの遺言さま

 洞爺湖サミットの参加者たちは、国と言う名の一部の利権団体のスポークスマンにしか見えませんでした。あの輩を首脳と呼ぶこの社会は病んでいます。
後の世代に取り返しのつかない大きな負の遺産を作ってますね。悲しい事です。



少しはましなコメントになりましたね
雑草Z
    yutakarlson さん

 今回はやっとまともなコメントに感じます。しかし、あなたの主張は一貫してません。あなたは、ここに以前も2回ほどコメントよこしてます。きっと記憶にないのでは・・・?以前のコメントは本当にどうしようもないコメントでしたよ。読解力が欠片もない(と言うよりも、記事をまともに読んでいない)シャドーボクシングでした。あなたの目的はいつもご自分のサイトの宣伝です。上のコメントも何かの受け売りに感じます。
 今回のコメントには、まともにお返事したいところですが、以前のあのどうしようもないコメントについて言及して下さい。そのあとで、改めて・・・。

お久しぶりです。
sitb
久々に訪問しました。

いきなりで恐縮です。

今回の記事の内容と関係があるかは微妙なのですが、面白い内容の文献を読んだので紹介したいと思います。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/shigentosozai/120/3/120_139/_article/-char/ja

資源節約の必要性の成立条件という文献です。

環境問題はなぜウソがまかり通るのかを書いた武田邦彦さんが書かれています。

雑草さんが武田さんをどう思われてるのかは知りませんが、僕は武田さんの考え方は基本的に正しいなと感じています。

もし、良かったら読んでみてください。

できればこの文献の内容を否定して欲しいです。(ネガティブな結論になっているので・・・)

>資源節約の必要性の成立条件・・
雑草Z
     sitbさん

 私は、武田勝彦氏は、あまり知りません。だから、あまり批評は出来ません。
「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」
も読んでません。槌田敦さんが昔から主張している事を、センセーショナルに売り出しただけ・・・と言うイメージを持ってました。そのくせ参考文献として槌田敦さんの書物を挙げてなかったので(ちらりと立ち読みしたときの記憶ですので間違っていたらご指摘を・・)、購入して読もうとは思いませんでした。立ち読みしたところでは、槌田敦さんの書物ほど面白くないし、新たな知識もあまりない感じでした。


 ご紹介のページ読ませて戴きました。(16行ほどの英文だけですよね?・・・これ以上あっても面倒なので読む気は致しませんが・・笑)
 ちょっと、主張を掴みかねる部分がありますが、

・・・資源節約は、環境保護の為に必要な概念であり、実行するべきであるとは言い切れない。色んな観点から資源節約に関して考察しよう・・・と言う趣旨でしょうか。

 確かに、歴史的に自然を循環する再生可能な資源を使う社会から、再生不可能な資源を使用する社会に変化した事が問題であると思います。この点は同意します。それは非常に重要な事です。
 それから武田氏が言及している南北問題や、欧米の資源独占の問題、世代間の獲得しうる資源の事など、言いたい事もある程度はわかりますが・・・、これだけ人口が増え、一人あたりの資源使用量も膨大になって、エコロジカル・フットプリントも地球の再生の限界を超えた現在、いくら再生可能な資源だろうが、浪費する余裕はないでしょう。節約して悪い事はないでしょう。
 資源節約の必要性の成立条件・・云々論じて、様々な観点から考慮しよう!・・で終わっている本文献は(続きがあるのでしょうが・・、)ちょっと無責任な感じが致します。

カーボンニュートラル(カーボンオフセット)だからと、バイオ燃料を作る植物を奨励するようなイメージと共通するものを感じました(勿論、武田氏がバイオエタノールを奨励しているとは思ってませんが・・)
 この文献だけで武田氏を評価する積りはありませんが、この文献は当然の事を論じただけで、(一部詭弁的な感じがします。)焦点をぼかしてご自身の解決策にはしっかり言及していないように感じます。
武田氏は、エントロピーの観点からは資源(物理学)を論じているのでしょうか?
 +++++++  +++++  +++++++++

 余談ですけど
槌田敦さんの主張の方が、鋭くて面白いし、文章自体魅力的です。エントロピーを最大に考慮した資源物理学もとても面白く素晴らしいものがあります。


 

丁寧な返事ありがとうございます。
sitb
>16行ほどの英文だけですよね?

pdfで本文が読めます。分かりにくくてすいません・・。
今度内容を要約して紹介するかもしれません。

>武田氏は、エントロピーの観点からは資源(物理学)を論じているのでしょうか?

僕が記憶する限りでは論じてなかったように思います。エントロピーを理解はしてるみたいです。(http://takedanet.com/2007/02/2_9bc6.html

>槌田敦さんの主張の方が、鋭くて面白いし、文章自体魅力的です。エントロピーを最大に考慮した資源物理学もとても面白く素晴らしいものがあります。

エントロピーを最大に考慮した資源物理学ですか・・。
かなり難しそうですが、卒研の考察に使えそうなので夏休みに勉強してみようと思います。

エントロピーの理解のしかた
雑草Z
    sitbさん

 資源物理学とは、資源から廃物、廃熱への流れの熱学で、エントロピー増大則が支配する不可逆変化です。槌田敦さんのおはこと言うか、彼が開拓に加わった分野でしょう。

 ところでまたご紹介の武田勝彦氏の「科学の時間」というサイトのエントロピー論は、ありきたりのエントロピー論ですが、わかりやすくかいてますね。

はじめのほうに

>エントロピーというのは乱雑さを表す尺度である。

と書いてあり、これは槌田敦さんやその一派が批判する表現です。
 エントロピーは「乱雑さ」ではなくて、あくまで(受け取った)熱量を絶対温度で割った量だ・・・と、定義されて、歴史的いきさつからも熱力学的側面から定義されているから、「乱雑さ」ではけしからん・・・と言う事らしいのですが、私は、「乱雑さ、無秩序の度合」と感覚的に説明することは悪くないと考えます。勿論微視的に分子運動論からも説明されるべきだと考えます。
・・少し違う内容ですが、熱の事で、槌田さんの書かれている内容について直接槌田さんとではありませんが、議論した事があります。

 まあ、物理的には多少納得出来ない部分があっても、槌田敦さんのエントロピー論は、エントロピー増大側を根本原理にどかんと据え置いた思い切った画期的な論理だと思います。エントロピーを中心に考えた環境問題は本質を突いていると思います。 

お邪魔します
ぐっちゃん
誰かの受け売りですが、洞爺湖サミットに一文字加減れば、洞吹爺サミットですから

なるほど・・そのまんまですね。
雑草Z
     ぐっちゃん さん

 こちらのサイトにようこそ・・いつも上手いですね。

 洞爺湖のお祭りだけならまだしも、こんな洞吹き爺達に世の中動かされていたんじゃ、世も末でしょうか?・・中には結構若い輩も混ざっていたけど、頭の中は洞吹き爺?

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2008-07-09 00:02
 最近私の家のすぐ近くで、道の幅を広げる工事が行われた。それに伴い、道の脇を流れていた小川・・小さい頃網で魚捕りをやった小川・・の上までコンクリートがかけられ、そこの部分の小川は、すっかりコンクリートの下に隠れてしまった。もう既に、魚の姿はあまり見られなくなっていたのだが、まだ、ドジョウやザリガニは頑張っていた。時々上流の堰からの取り入れ口が開けられると、フナやアブラハヤも泳いでいた。今まで何度も痛めつけられた小川が、今度は致命傷を負わされたかも知れない。・・・道路工事の人たちは、心が痛まないのだろうか?・・・と言うより、こう言う変化を気にしない人が多すぎるから、こう言う事が平気で日常茶判事に行われる。こういった川を、排水路としか見れない人が多過ぎる。
 こうやって、田舎町が人工的に一見こぎれいに改造され、その実、生態系がズタズタに破壊され自然の循環も断ち切られる・・・これが現在の都市化の実態を物語っている・・・
 こんな田舎町でさえ都市化の波が押し寄せているやるせない現実がある。
この都市化は明らかに持続可能ではない。生態系はメチャメチャ・・・けれど、それに気付いても無視しているのか?気付かないのか? ・・・業者は町から発注された仕事を黙々とこなすだけ・・・ただ、見かけをこぎれいにしてお金を儲けるばかり・・・生態系も自然の循環もありゃしない・・・そんな事を誰が考えようか? 
 エコロジカル・フットプリントは、とっくに限界を超えたのに、未だにエコロジカル・フットプリントを増やすような都市化が至る所で行われている・・悲し過ぎる現実・・・このような愚行が日本中で行われている。そして、・・中国で、インドで、ブラジルで、ロシアで、・・・世界中ではもっともっと酷い都市化が行われている。ますます現代社会は持続不可能になり、破局が近付いてくる・・・空恐ろしい・・・この手の都市化は将来的に砂漠化を引き起こすのではないだろうか?砂砂漠、擽砂漠ならぬ、コンクリート砂漠・・・最悪だ!!・この都市化に、現代の環境問題の本質が圧縮されて端的に現れているように感じる。
 
 今日もこうやって、自然の循環も生態系も無視した愚かなる都市化が世界中で行われている・・・そして一方、温暖化がどうの、代替エネルギーがどうの、エコ商品に買いかえろ・・・と環境問題を叫んでいる。先ず、そんなことより都市化を止めることが、最優先の有効な手立てだと思うのだが・・
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【2008/07/09 00:02】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


ろーん
このブログの記事と関係のないことを書くのをお許しください。私は先日、教えて○ooでこのような質問をしました。


私は現在「科学は環境破壊をふせぐことができるか?」

というテーマで、
「科学のみで環境破壊の防止は不可能である。なぜなら、人類は自然環境全てを理解てきているわけではないからだ。アインシュタインは{私は宇宙の真理の2%しか理解していない}という。それから数十年たった現在においても、自然環境を理解したつもりになり、科学という側面のみから対策を講じるというのは傲慢である。人類は環境問題を目の当たりにし、環境へのさまざまな対策を行ってきた。小手先の分析を試み、副作用だらけの対策を行い、結局さらに環境を破壊しうる。たとえば~」

の例えばの具体例が思いつきません(なんだそれ)
内容は「環境保全のために科学からの視点から対策を行ったが、逆効果だった」という例はないですか?

また、GMフードの反論に、
「科学的に環境、人体を破壊することは絶対ない、と証明されながら、数年後、大きな被害を与えてしまった」
という例も思いつかれたら教えてください。お願いします。

ー回答ー


「科学的に環境、人体を破壊することは絶対ない、と証明されながら、数年後、大きな被害を与えてしまった」
それはあり得ないことです。
「絶対ない」と仮に"証明"されたのなら絶対にないのです。

もっとも、科学的な話をすると、「環境、人体を破壊することは絶対ない」ことを証明することは不可能であると言うことは、科学の基本です。
ですから、そんな証明が科学的にされることはありません。

「小手先の分析を試み」だの「副作用だらけの対策」だの言う言い方は「科学」というものを理解していない人間の言い方です。
分析は小手先のものではない。その手法を一つでも知っているのか?
副作用だらけの対策?結果として副作用しか表れないのが分かっててやる人間はいない。

そもそも「科学のみで環境破壊の防止は不可能である。」という主張自体が無理。
逆に言えば、「非科学ならば環境破壊の防止が可能だ」となる。ほう、そうですか、オカルトに頼っちゃいますか~!なんてことになる。

「科学」ってのは技術ではない。「科学」というのは自然や社会など、人間を取り巻くすべての環境を知ろうとすること、知ろうとする方法です。



科学、と科学技術をごちゃごちゃにして書いた私が悪のいのですが、この回答についてどう思われますか?副作用が現れるのが、わかっていてやる人はいないでしょう。でも、フロンガスなども人間に無害の気体として使われ始めたが環境破壊という別の問題につながっています。結局、現在科学技術にも限界があるのではないでしょうか。たしか、足尾銅山鉱毒事件で、森林学者が「土地を回復させるには植林が必要だ」と杉を植えまくって、結局生態系を破壊し、その杉も重金属によって枯れてしまって金だけかかったというのがあったと思います。そのときの科学技術ではそれがベストだったのではないのでしょうか?この事件でも、この回答に書かれている小手先ではない分析と対策が行われたのではないのですか?現代科学ならば、それほど完璧な分析と対策はできるのでしょうか?

最高のご質問です
雑草Z
    ろーんさん

 はじめまして、 長いご質問、有難う御座います。お答えし甲斐のあるご質問です。

>このブログの記事と関係のないことを書くのをお許しください。

との事ですが、この類の記事は何度か書いています。このブログの主張の一つです。
例えば
【科学技術はどんだけ環境問題を解決できるか?】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-224.html


ろーんさんの主張の部分とそれに対する反論の部分の境界がちょっとわかりずらいので、その

>教えて○ooでこのような質問をしました。
>私は現在「科学は環境破壊をふせぐことができるか?」

が載っているところもご紹介戴けますか?

>科学のみで環境破壊の防止は不可能である。なぜなら、人類は自然環境全てを理解てきているわけではないからだ。・・・・・・小手先の分析を試み、副作用だらけの対策を行い、結局さらに環境を破壊しうる。

に賛成致します。

例えばの具体例は、
1.農薬、化学肥料は一時的に農業の土地生産率を飛躍的にあげましたが、土地のエロージョンをもたらし、土の中の生態系を破壊し砂漠化の原因となっています。
2.大規模下水処理施設は生態系の物質循環を断ち切り、かえって汚染廃棄物を増やしています。
3.腐らない素材として脚光を浴びたビニールやプラスチックが大きなごみ問題を引き起こしています。
・・・など

まあ、それらを、真の科学ではなく疑似科学、似非科学だったからだ・・と言ってしまうことも出来ますが、科学自体、単純化しモデル化し、理想化する部分があるから、不完全に決まっているでしょう。
ある、理想化された条件下でのみ完璧な場合がある・・・と言う事で、複雑系カオスの地球の環境問題に対して、人間は自然現象を全て解明出来るわけないでしょう。アインシュタインが「宇宙の真理の2%を理解」したと言う事も、眉つばに感じます。

>「科学」ってのは技術ではない。「科学」というのは自然や社会など、人間を取り巻くすべての環境を知ろうとすること、知ろうとする方法です。

は、その通りだと思いますが、それ故に完ぺきではないのは一目瞭然だと思います。

>現代の科学はそれほど完璧な分析と対策ができると思われますか?

 出来る筈ないでしょう。そのいい例が地球温暖化対策です。仮にCO2が地球温暖化の主因だとしてもその対策は、ギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果)ばかりです。
【CO2温暖化肯定派の権威へ】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-193.html

原子力なんて人間の手に負える代物ではありません。・・それをはっきり認識出来る事が真の科学かも知れません(笑)
兎も角、逆効果についても、それは科学ではなく、政治的なものだからだ・・政治の片棒を担いだ御用学者がやったものだ・・ともいう事が出来ます。

>「環境、人体を破壊することは絶対ない」ことを証明することは不可能であると言うことは、科学の基本

もその通りですね。・・・これも科学の限界、不確実性をも認めた言葉ですね。
 ちょっと禅問答のようになって来ましたが、回答された方は、理想論を述べていて、それはそれで悪くないと思いますが、言葉遊びと言うか、言葉の厳密性にのみ拘って、ろーんさんが、あげ足を取られた形に見えます。この回答者は、肝心な、ろーんさんの

>科学のみで環境破壊の防止は不可能である。・・・

に対しては正面から反論はしていないように感じます。
実際のやり取りを見ないと何とも言えませんが・・・

 私の意見は、科学の盲信が環境問題の悪化を招いたし、科学で何とかなると言うスタンスが、取り返しのつかない環境破壊をもたらしていると思います。・・科学の限界を知ることも科学だ!!とも言えますが、それも禅問答・・

 






嘆かわしい事ですね。
おかっぱ頭
 住民の利便性や安全性を図るためと言う名目で行われる工事がありますが、それで環境が破壊されるのは嘆かわしい事ですし、責任逃れのような怒りも感じます。
コンクリートで固めた後に潤うのは業者のみ。
生物の棲めなくなった環境に人間だけが持続可能に生きながらえる筈がありませんね。


ろーん
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4161910.html

です。回答は結構、「科学サイコー」という意見が多いです・・・。


ろーん
ちなみに、私はこの夏の農学部の編入試験の小論文のために勉強しているところです。

私自身理系ですが、科学技術で環境問題を解決できるなんて考えていません。私の大学の学者なんか、海水中のウランを取り出し、将来的に永遠に使えるエネルギーとか言っています。海水からウランを取り出すのにいったいどれだけのエネルギーが必要だと思っているのか?永遠に使えるエネルギーになるわけがない。しかしこういった科学狂はあまりに多いです。


しかし、科学の限界を知るべき。だから原始時代の生活をすべきだ、というのは実現可能性という点から論じてはいけないらしいです。
私は理系受験者なので、科学狂の教授相手に科学批判をあまりできないのが痛いところです・・。

理想と現実のギャップ
雑草Z
    ろーんさん

 科学と言うものを、理想的な状態で捉えている方が多いのですが、そんな理想的な科学はなかなか存在しないでしょう。科学者たちは非常に不完全なものを科学として、押し付けていますね。今日のCO2温暖化説なんてその典型ですね。コンピューターシミュレーションで、CO2対策をしなければ、100年後に最高で6.3℃平均気温上昇するなんて定量的な事を、真に受けている人間が多い事実には、本当に科学もカルトだと思います。

>私の大学の学者なんか、海水中のウランを取り出し、将来的に永遠に使えるエネルギーとか言っています。

典型的な愚か者ですね。発電段階を無視して、電気エネルギーはクリーンなエネルギーなんて言うのよりも愚かです。

>科学狂はあまりに多いです

その通りですね。それも疑似科学、似非科学にのめりこむ専門バカ・・・

>科学の限界を知るべき。

は全くその通りですね。

ご紹介の

>教えて○oo

の回答見せて戴きました。科学の理想的側面からの反論はわかりますが、本当に机上の空論もありましたね。

>副作用だらけでは、予想も簡単でしょうから、対策になりません。こんなもの、誰も賛同しません。

現実の社会では、副作用だらけで、対策もわからないのに賛同者を得て見切り発車した例なんて枚挙に暇がないでしょう。その代表が原発・・・放射性廃棄物の処理方法はいまだに見つかってません・・と言うより、それは物理的原理でしょう。限界とも言えます。
 科学者こそエントロピー的視点もしっかり持つべきですね。

>実現可能性という点から論じてはいけない

と言いながら、人類は滅びるのでしょうか?

これから農業は変革が必要な大切な分野です。頑張ってください。応援します。

自立出来ない都市・
雑草Z
    おかっぱ頭さん

>生物の棲めなくなった環境に人間だけが持続可能に生きながらえる筈がありませんね。

人間も生物ですから、これは全く持って当然の事なのに、それすら理解していないと言うか、感覚的に掴めていない都市に冒された人間が沢山います。

都市を作れば作るほど、周りの田舎、山や森林や里山が、都市が破壊する自然をカバーしなくてはならないのに、エコロジカル・フットプリントが限界を超えた現在、そんな都市の環境負荷をカバーする大自然は残っていないのです。

だから、都市はある時期から衰退し始めるでしょう。


Anthony
僕みたいな馬鹿は「永久機関」という甘い誘惑には、は弱いです。


P

永久機関は太陽エネルギーだけと考えるべきかと・・
雑草Z
    Anthonyさん

 永久運動機関は、子供の頃、私もとりつかれた事があります。途中から第二種永久機関に変更しましたが・・・
永久機関は私たちのロマンかも知れません。

   ++++++++++   +++++++++

今回のコメントは、ろーんさんの

>私の大学の学者なんか、海水中のウランを取り出し、将来的に永遠に使えるエネルギーとか言っています。

を受けての事と思われますが、やっぱりこれは、似非科学の部類だと思います。
【似非科学・ニセ科学】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-225.html

ろーんさんの言うとおり、投入エネルギーの方が出力エネルギーを超えるでしょうから、やればやるほどエネルギーの浪費でしょう。原子力は全てこの壁を超えていません。
 その壁を超えても、廃棄物の問題等環境汚染の問題も深刻でしょう。
やはり半永久的に使える原子力は、太陽エネルギーだけと考えるべきでしょう。


ろーんさんの目にとまればいいのですが
5.2のために17
>ろーんさん
”分析は小手先のものではない”という回答についてですが、
こちらの宇井純さんの講演記録をご参照ください。宇井さんが批判されている拡散の取り扱いなど、”分析は小手先”の典型例と見ていいでしょう。

http://ci.nii.ac.jp/naid/110002074469/
「公害問題に現われた科学的方法論の限界」、日本物理学会誌、1980年12月号



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2008-07-05 00:02
 以前、【ドーピング社会】で、現代社会は、地球上の至る所でドーピングのような事が行われていると書いた。ドーピングの大きな特徴は、一時的な効果を上げる為に、その後の持続性を台無しにしてしまう事で、それをドーピング効果と命名した。
 現代人は麻薬漬け、ドーピングし放題だとつくづく思う。そして、一時の、長くとも一、二世代限りのドーピング効果ばかりを狙った、刹那的な麻薬のようなものばかり・・
 科学が発達して医学が進み、確かに平均寿命は伸びただろう・・・私は、過去の平均寿命の推測は、あくまで推測の域を出ず、そんなに確かなものではないと思うのだが・・・現代人の平均寿命の伸びも、ドーピングの賜物であり、決して持続可能とは言い切れない。化学物質漬けの現代人の平均寿命は、これから著しく下がっていくと言う研究も為されている。

 現代の自ら文明人と呼んでる人々は、朝起きてから、仕事に行ったり、学校に行ったりの活動をして、夜寝るまで・・いや、眠っている間でさえドーピングしっ放しだ。つまり、24時間年がら年中ドーピングをしてると言えるのではないだろうか?
 薬の服用は、それこそドーピングそのものだし、日々の生活が持続不可能なドーピング状態にある。

 ドーピング物質は色々あるだろうけれど、そのメインは、やっぱり石油であろう。そう、現代人は、石油と言うとんでもない、再生不可能な物質から作られるものをドーピングしながら、平気で生活しているわけだ。
 昔はナチュラルな石鹸だったのが、今は石油から作った合成洗剤。シャンプーはもとより、ボディ・ソープと言う名の体を洗う洗剤も勿論石油から作られる。足で歩かずに自転車さえ漕がずに、人力を使わずに動く自動車も勿論燃料は石油から作られるガソリン、軽油、・・・。食べ物だって、作物の栽培から食材の調理まで、石油付漬けで作っている。寒ければ暖房、暑ければ冷房・・・みんな石油でドーピング・・・石油ではなく電気エネルギーだってかなり使っているだろう・・と言うだろうが、火力発電所では、石油を燃やして発電しているし、水力発電所も原子力発電所もはじめは石油を使った動力でを使って建設される。そして、石油がなければ動かない。そう、誰も彼も、どこもかしこも石油でドーピングしまくっている。 みんな骨の髄まで石油という麻薬に依存しっ放しで、石油中毒は世界中に蔓延している・・・。
 石油の枯渇に関しては、いつでもあと30年なんて言われ続けてきて、まだ枯渇していないから、採可年数推定値なんて当てにはならないが、今世紀中には枯渇に向かうだろう。

 こんなに石油依存の石油漬けの現代社会で、石油の代替なんてそう簡単に開発される筈がないし、石油だろうが他の地下資源だろうが、太陽からのエネルギー以外地球上の資源、エネルギー源は早晩枯渇する。それも人間の歴史から見ても極めて短い期間にだろう。無理なエネルギーの開発は、地上にエントロピーを溜め込んで、地球はエントロピーが増加して、人類も他の生物も住めない場所になるばかりである。・・・それを熱死状態と言う。・・・
 
 こう考えていくと、人類が持続可能に有効に使える安全なエネルギーは、太陽光による光合成の産物、炭水化物などしかないのではなかろうか

 そう、実は有効な再生可能なエネルギーって、人力、一歩譲っても家畜の力、小規模な風力や水力・・風車や水車・・しかないのではなかろうか?人類が持続不可能な愚かな刹那的な石油のドーピングを断つ為には、光合成のエネルギーという基本に戻ることが先決であろう・・・。 
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【2008/07/05 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


Anthony
最近「バイオガス」という言葉をよく耳にします。

下水処理場や、し尿処理場の汚物からのメタンガス。

これは、行政をはじめ、もっと積極的に取り組んで欲しいです。





ウンチのエネルギー
雑草Z
Anthony さん

 バイオエネルギーを利用するなら、植物よりもやっぱり糞尿でしょうね。
 糞尿を下水に流して埋め立てに使うなんざ、最悪の方法でしょう。それなら、他の下水と混ぜずにエネルギーを取り出すべきでしょう。・・・ただ、私は、糞尿はここからエネルギーを直接取り出すよりも、肥料として使うのが基本だと思います。植物の肥料にして、作物を作り、光合成で炭水化物を作り、人間が食べる・・・そして体を作り人力のエネルギーになる・・・こういうかつてのスタイルが理想形でしょう。
まあ、副産物として糞尿から発生するガスはエネルギーとして使う分には好ましいかも知れません。


Anthony
副産物どころか、2度でも3度でも利用できるモノが世の中にはたくさん存在するんですが...

なんでも、金儲けの世の中では、効率という二文字が・・・


P


何度でも使える自然循環するものの利用
雑草Z
     Anthony さん

 そうですね。金儲けの為に非常にとんでもない無駄ばかりしてますね。
 最近また話題の諫早湾干拓なんて、その典型。
効率と言う名で、実際は効率も悪すぎ・・・「効率」と言う言葉を都合のいいように解釈している資本家が多すぎ・・
昔は只で出来た事を、今はお金をかけてやって豊かになったと錯覚している輩達・・・


Anthony
ウチの近所の公園にカラー・ブロックを敷き詰めた周回コースができた。

そこをウオーキングなりジョギングするなりしろということだろう。

でも、ぼくは以前の雑草だらけの土道?のほうが良かった。

アスファルトの上を歩くと、足腰に悪いからと、お年寄り達がよく歩いていた。僕もジョギングのコースにしていた。

スポーツ・ドクターや整形外科の先生に薦められて、わざわざ遠くからも来ていた人もいたのに...

このブロックはアスファルトよりも硬いので、足には負担がかかる。

なので、今は、誰も歩いてなんかいない。




酷い話ですねぇ・・・
雑草Z
    Anthonyさん

 何故こういうくだらない無駄な・・と言うよりも改悪の工事をするんでしょうね。・・役所の担当者達はふざけた奴らです。

>なので、今は、誰も歩いてなんかいない。

悲しさ、淋しさを通り越して怒りを感じますね。

   +++++++++   ++++++++++   ++++++
Anthony さんから戴くこの手のコメントは、いつも、もっともだと感じます。記事にしたいくらいです。
でも、コメントの記事の場所としては、
前後の【森林公園の目的と役割】か【都市化】でしょうか?(笑)
細かい事は兎も角、この手のコメントは大歓迎です。


 


Anthony
場所違い、すんません。



恐縮です
雑草Z
    Anthonyさん

 いえいえ、こういう(怒りなどを)共感出来る日常の出来事をコメント下さるだけで、非常に嬉しく思います。
>すんません。
なんて、滅相も御座いません。
 コメント戴けるだけで幸いです。これからも宜しくお願い致します。

残酷かもしれないが
ぐっちゃん
無理に殖えてるんですよね、今の人口は。究極のエコとはこの百年ばかりの間に発明発見されたものを辞めてしまう事だと、みんなうすうす気付いているんです。私は宗教なぞは信じませんが、どちらの道に進んでも恐らく百年前の人口に落ち着くと思います。それがいわゆる『天井いっぱい』だと。

環境問題の本質を突いてますね
雑草Z
    ぐっちゃんさん

 このぐっちゃん氏のコメントこそ、現代の環境問題の本質と解決策を示唆していると思います。
この<雑草の言葉>の大きな目的のひとつです。

 百年ほど前は、世界の人口は15~20億人。現在の四分の一ほどですが、これでも多すぎるかも知れませんね。
そして、GDPは現在の数十分の一
おっしゃるように、これが持続可能な
>『天井いっぱい』
かも知れません。

でも、それに落ち着くかと言えば・・・・環境が破壊され過ぎれば、もっと少ない人口しか養えない状態になるかも知れませんし、人類絶滅も大きな確率であり得ますね。
 だって、世界の指導者達があまりにアホだから・・・。

>みんなうすうす気付いているんです

それをみんな大きく叫んだら、人類の破局の前に間に合うかも・・・。

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2008-07-01 00:12
 数週間前の6月の土曜日、自転車で、隣町の柳津虚空蔵尊まで行ってみた。国道はあまり通りたくなかったので、途中裏道を聞いてみたら、山道で自転車では走れないけど、森林公園を通っても行けると聞いたので、遠回りだけれど行ってみた。
 車が全く通らないが鋪装された立派な道路を自転車で登って行くと、山を切り開いて作ったと思われる立派な・・と言うよりも大げさな森林公園に着いた。公園内はメインの道が鋪装されて、車が十分にすれ違える広さだ。森林もかなり切り開かれ、芝生が敷かれ、フィールド・アスレチックが設置されていて、幅1~2mのサイクリング・ロードも作られている。一台も使われていない貸し自転車が自転車置き場で錆び付いていた。もともとあったであろう小川も整備されて、川端がコンクリートで固められて人工的な感じがする。・・恐ろしいことに、魚をはじめ、大きめの生物がほとんど見当たらない。・・・アメンボウでさえ見つけられなかった。この公園には、夏も近い土曜の夕方だと言うのに、誰もいやしない。こぎれいな管理等もトイレも閉鎖されている。人っこ一人いないキャンプ場にがらんとしたバンガローがひっそりと並んでいる。

 そう言えば、最近、森林公園や森林公園のようなものがあちこちに沢山ある。私の住む会津地方だけではなく、日本中多くの市町村に森林公園の類いだらけだ。結構な都会の郊外にも良く見かける。この手の森林公園の共通点は、ほとんど利用されていない事。夏休み中に訪れても、ほとんど人の姿をみない。まして、満員であったことなどない。・・・この手の運動公園が利用される代わりに、お金のかかる遊園地のほうがよっぽど混んでいる。
 この手の自然公園は、自然に親しむ・・・と言う事を名目の目的でどんどん作られていったのだろうが、実際は、多くの道路などの公共工事と同様、作る事自体が目的であろう。そう、作る事のみが目的だから、作って税金で払ってしまえばあとはどうでもいい・・・管理出来ないから、放棄して放っておく。又は・・・特別な日・・・夏休みや冬を除く土日だけ営業・・・・
 あとは経済効果のいい、遊園地やレジャー施設に行ったほうが、産業界にも好都合・・・
 税金を湯水の如く使って、関係者にばら撒けば、あとは夕張市のように財政破綻してもいい訳だ。山の中にあって、利用者も少ないので、告発もされにくい・・・本当に考えているなら、各地の失敗例を見て慎重にするべきなのだろうが、作ること自体が目的なので、失敗例を横目で見ながらどんどん作っていったのだろう。

 そう、森林公園は、人々に自然を親しんでもらう・・・という目的は名目上の建て前のお話で、作る側は、そんなことはどうでもいいのだ。本当の目的は、ダムや河川の工事、側溝の三面張り同様、作ること自体が目的なのである。税金の無駄遣いである。

 森林はいじらずにそのままにしておけばいいものを、天然林を伐採して、芝生なんぞ植えて、天然林の光合成の能力を著しく減らして、生態系を破壊している現在の森林公園は作るべきではなかった・・・。 
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【2008/07/01 00:12】 | スポーツ・娯楽 トラックバック(0) |

金を発見!
団塊おやじの遺言
本当に夢は無くなって来ましたね 誰かのエゴで 自然にこの様な施設を造り ここが歩く場所とか ここが休憩する処と勝手に 決めつけ その様に 生きなさいと!この様な施設は街中には在っても良いかもしれないが・・しかし自然の豊かな場所では 自分の子供時代、山で葡萄やこくわ等を探し擦り傷も当たり前 川では金を見っけ!とこれで大金もちだと家に帰ると 親は笑っていた 黄銅鉱・・
樹の葡萄のつるにぶら下がり 川で魚とり 今の子供達は経験するのだろうか・・

本当の自然の中での体験
雑草Z
    団塊おやじの遺言さま

 そうですね。自然公園に夢も冒険もありません。

>ここが歩く場所とか ここが休憩する処と勝手に 決めつけ

 まさにその通り・・そして、歩く場所はコンクリやアスファルトで固め、休む場所には建物、バンガロー、ベンチ・・・それが自然散策でしょうか?そのために天然林を破壊して・・馬鹿です。

>山で葡萄やこくわ等を探し擦り傷も当たり前

 それが子供にとっては、たまらなくいいんですよね。今は桑や木イチゴもチェインソーで切ってしまうし、残っていても食べる人が少ないですね・・・私は見つけるとすぐに食べますが・・・
 こういう楽しみが日本全国、世界中でなくなっているのでしょうか。・・淋しい話ですし、生態系にとっても致命的でしょう。人間は経済に頭を冒されて愚かになってしまったのでしょう。

団塊おやじの遺言さまも、この種の経験を子供たちに伝えて、愚かな大人にならないようにご指導されているのでしょうね。 

不良中学生対 団塊おやじ
団塊おやじの遺言
今日はうちの裏にいた子供達 公園でたむろしていた10人くらいの子供達ボールを公衆便所に投げつけていた 壁は壊れ この間はトイレの紙に火を付けた様だ・・私は怒り 注意した 以外に素直に聞き入れた またその集団に夕方に出会う 今度はおじさんの葡萄やイチゴを食べにおいでと言ってやった 子供達は いつ 食べれますかと 凄く丁寧な言葉で 先に書いた様な事をする様な子供達では無い様な・・
何か お友達になれたのかなと 凄く気分が良くなった 注意して 良かった! 子供は 本当は良い子なのだ
それを 見ない振りをする 私達こそ おかしい・・


近所のうるさいおじさん
雑草Z
    団塊おやじの遺言さま

 一昔前まではどこの町内にもいた、よその子供でも悪い事をすれば叱る、おじさん、おばさんって大切ですね。
 そういう存在が減って来たから、道理のわからぬ屁理屈を言う変な子供が増えてきたのではないでしょうか?
それが、モラルハザードにも繋がりますね。
 いつまでも、近所のちょっとうるさいおじさんでいて下さいね。
 私も同じような注意はするように心掛けています。
 ただ、今回の中学生達のように素直じゃなくて、それが通じない子供も増えてきたのでご注意下さいね。
 記事の主題とは違ってますが、この手のお話、好きです。
 

いつも 有難う
団塊おやじの遺言
つい嬉しくて晩酌がすすみ 投稿してしまいました
今後は晩酌をしない時に投稿する様に 宣言したいのですが
今ちょつと もう飲んでしまいました 済みません
人は絆 あなたの主張や観点は素晴らしく私の人生の楽しみ
つい帰って来てシャワーの後の晩酌をしながら見るのが楽しみです どこにでも居る 親爺と思い お諦めください
でも 人畜無害ですので お付き合い宜しくお願いします
私もこの年で現場に行き 弟子を指導しながら 仕事をしています 体や仕事の事では 誰にも負けません 若いもんに任せちゃ おけねえ~と! 

この手の投稿も歓迎です
雑草Z
     団塊おやじの遺言さま

 いつも投稿有難う御座います。晩酌をされながらの投稿も禁止しておりません(笑)。寧ろ歓迎です。

>今後は晩酌をしない時に投稿する様に 宣言したいのですが

 そんな宣言されなくていいですよ。こちらも読んでほのぼのするコメントでした。万が一酷いコメントだったらその旨お伝えしたりするまでですからどうぞご遠慮せずに・・。

>現場に行き 弟子を指導しながら 仕事

いいですね。そういう職人気質の慣習は、古き良き日本の伝統でしょうか。

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