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2008-03-29 00:11
 いよいよこの4月から小麦が30%値上げされます。日本の小麦輸入量の90%はアメリカからですが、アメリカの小麦の確保もままならなくなった現在、日本の商社は、南米のアルゼンチンなどからの輸入を増やす方向に戦略を変えています。南米からの方が輸送コストは20%くらい上がるのですが、それでも小麦を南米諸国から買うほうが有利になってきているのです。・・・。南米では害虫のつきにくい遺伝子組み替え小麦が主流ですが、日本の商社は南米の農家それぞれ個別訪問して、遺伝子組み替えしていない小麦を栽培してもらう契約をしているとの事です。
 商社も、日本の食と食の安全の確保・・・を背負って頑張っている・・とでも言いたいところでしょうか?しかし、商社はただ自分の会社の利益を追求しているだけでしょう。・・・と言うよりも、こんな商社の存在こそ危険です。お金の力で外国の小麦を買い続けるやり方が、いかに無理があり、持続不可能で、環境破壊活動であるか・・に気付くべきです。 
 輸入にはエネルギーを使います。現在それは勿論石油です。他の食べ物の例に違わず、小麦も石油を燃やして食べているのです。輸入に頼ると言うことはフードマイレージも高くなると言う事です。
 これから先も海外の国々から小麦の安定供給を続ける事は至難の業でしょう。・・・ほぼ無理・・と言うべきでしょうか?・・・これから、中国やインド、ブラジルなどBRICs諸国をはじめ、多くの国が工業化優先策で農業政策を軽んじていきますと、小麦も輸入希望国の取り合いになるでしょう。日本がそれらの国々に勝ち続けて小麦を輸入し続けるのは無理というものでしょう。・・・それよりも、小麦の欲しい国同士で国際紛争が起こる可能性もあるでしょう。土地の流出により、地力も下がり、生産性も下がっています。
 この小麦の値上がりを機に、日本はもっと食料自給率を上げる方向に努力すべきです。穀物の自給だけでも早く100%を達成するべきです。商社が頑張って輸入先を確保すればするほど、日本の自給自足に向けての道が遠のき、食糧危機による大きな飢餓が起こる危険性が高くなるでしょう。
 商社は、持続可能な農業を破壊しているのです。

 やはり日本人は、小麦ではなく米を食うべきでしょう。稲作に塩害はほとんどありません。持続可能な稲作をするのは、持続可能な小麦栽培よりも簡単でしょう。

 今回の小麦の30%値上げを受けて、商社に任せて輸入先の確保にばかり躍起になるのは愚かです。毒入り餃子事件の後に起こった食糧自給の話のように、これを機に日本は食糧自給自足を目指す方向に方向転換すべきです。
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【2008/03/29 00:11】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

小麦の大幅値上げを前にして
病弱名なしさん
>日本人は、小麦ではなく米を食うべきでしょう。
2000年間、血糖値の上がり難い米+雑穀を主食にしてきた、日本人の膵臓のインスリン分泌能は欧米人の半分程度で糖尿病になりやすいです。

そして、パン食が増えた現在、日本では糖尿病患者数が2000万人と激増しています。
小麦粉価格の大幅値上げは家族に患者を持つ者としては歓迎しています。
 
あと、成人の日本国民全員がカロリー制限食にすれば自給率が上がりそうな気がしますがどうでしょうか。
2600(自給率40%)、1800(自給率58%)、1600(65%)

40歳以上男性は過半数が耐糖能異常(糖尿病)
男性6割、女性4割が耐糖能異常日本全国どこでも状況は同じ。
>>http://medicalkaihatu.nikkeibp.co.jp/medicalkaihatu/pdf/2005/cme200509-1.pdf



素晴らしいご提案です
雑草Z
    病弱名なしさん

 はじめまして、ご訪問有難う御座います。何かすごいHNですね!?。


>成人の日本国民全員がカロリー制限食にすれば自給率が上がりそうな気がしますがどうでしょうか。

 その通りだと思います。カロリーベースの食料自給率というのは、価格ベースの食料自給率よりは有効ですが、そのカロリーが実は必要なカロリーではなく、実質消費されているカロリーのようですね。(かつて調べようとしましたが、見つけられませんでした。)
 だから、一人当たりの食糧消費の多い日本の食料自給率は北朝鮮よりもはるかに悪い数字になるのだと私は考えています。

>2600(自給率40%)、1800(自給率58%)、1600(65%)

の手の計算はしてみたかったのですが、データが見つけられませんでした。非常に参考になる数字です。
 2600(自給率40%)を覚えておけばいいですね。

非常に的を得たご提案だと思います。ただ、食糧危機が来れば、食糧の分配の公平さが保たれなくなるでしょうね。
 ちなみに、食料を食べなくて捨てた分も食料の消費にカウントしているのではないでしょうか?だったら、食べ物を粗末にしないことでも自給率は高められますね?!。

 食料自給率の悪い日本は、カロリーの取り過ぎや、捨ててしまうというとんでもない行為も原因なのでしょうね。
 まあ、それでも日本の人口はもっと減るべきです・・。
 このままでは、日本の食糧危機も近いでしょうね。

 食糧危機が来れば自ずと肥満や糖尿病は減るのでしょうね。
 


輸入に頼るという事は
おかっぱ頭
 餃子事件はあのように連日報道がなされた割には混入原因も究明されず、いつの間にかうやむやに終わってしまった感じではありますが、国産品を見直しましょう、と言う方向に目が向いた事は、僅かでも意識の改革がなされたと思いたい所です。
ただ、命に関わる衝撃的な事件でしたので、食の安全と言う報道や議論も、輸入国日本の被害者的立場と言う観点でなされた事が多かったように感じられました。
 自給率が低く輸入に頼り切っている日本こそ、この記事に書かれていますようにその分だけ石油に依存し、地球のいたる所の環境に悪影響を及ぼしている事この上なく、
輸入国日本=加害国という、寧ろ逆の意識を持たなくてはいけないと思います。
こんな愚かで不安定な関係の上での食料のやり取りは持続可能なはずでないことがよく分かります。

世界にとっても日本にとっても
雑草Z
    おかっぱ頭さん

 
>輸入国日本=加害国という、寧ろ逆の意識を持たなくてはいけない

 仰る通りですね。食料に限らず、木材も、地下資源も、輸入によって著しく相手国の環境を破壊していますね。
 日本と相手国の一部の商社、実業家達が、自国の発展の為・・と言いながら強引に行っているようです。
 
 日本の加工貿易・・と言う常識も持続不可能な形態ですね。とんでもない事です。早く方向転換すべきです。

 食料を輸入に頼るという事は、仰るように

>地球のいたる所の環境に悪影響を及ぼしている

だけではなく、日本にとっても食の確保が不安定で、経済力に物を言わせているようで、実はアメリカなど他国や商社などの多国籍企業に首根っこを押さえられている事になりますね。

>こんな愚かで不安定な関係の上での食料のやり取りは持続可能なはずでない

 その事に気づかない、または気づかない振りをしている日本の政治家、官僚は本当に愚かで頼りになりませんね。困ったものです。
 個人レベルでは、出来るだけ家庭菜園でも致しましょうか?


団塊おやじの遺言
日本の農業関係者こそ家庭菜園でもと言いたい2~3日前に茨城の無農薬農業7年目になる方から☎があり久々に話をした専業農家で蔬菜を作っている 全国の農業技術の3位に入賞した人です この人でさえ周りの農家からは変人扱いされている 例の天然成分を使い 病気や虫の駆除から開放されている しかし周りの農家には今にあいつは大変な事になると・・そう簡単には人の意識や向上心は変えられないのか 組織的にいまだに同じ肥料や農薬を使用している 我々だって体質により食べる物はそれぞれに違いが有るのに 上からの指示に従う体質がいまだに抜けきらない 私の故郷北海道はまだまだ食料の増産には余力が有りますよ ただ保障される金額が低いのでためらう農家が多いし離農も多い 

農薬や化学肥料を信じないで欲しいものです
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

>上からの指示に従う体質

は、何も農家に限った事では有りませんが、その農薬や化学肥料を売る事自体を目的とした場合も多いみたいですね。
 国や県ばかりではなく農協も、企業の利益優先で動いている部分が大きいですね。困った構造です。

>保障される金額が低いのでためらう農家が多いし離農も多い

 どうすればよろしいでしょうかね?
日本の工業優先の体質は変えるべきですね。
補助金については一概に言えませんが、道路特定財源などにするお金があるのなら、食料自給率を上げるための農業補助金も有りかと思います。
 如何でしょうか?


 P.S.
 例の天然成分、送っていただき有難う御座います。これからアメシロも出てきますし、色々試させて戴きます。

 

どうすればよろしいでしょうかね?
病弱名なしさん
農業補助金よりも肥満税(Fat tax)の導入の方が良いと思います。

2008年から始まったメタボ健診では厚労省は2兆円の医療費の減少を見込んでようですか、専門家の試算では、診察料だけで年間5兆円かかるという試算があります。

財政状況から考えると、メタボ検診は止めて肥満税を導入すべきですね。
課税対象は小麦などの高血糖食品で、税率は農業が儲かる程度にすれば、自給率の引き上げも可能です。


食べ物を大切にするのはいい事ですが・・
雑草Z
  病弱名なしさん さん(笑)

 前回の

>成人の日本国民全員がカロリー制限食

と言うのは、実現性は色々困難な事があると思いましたが、原案といたしましては、素晴らしいと思いましたし、近い将来食糧不足になるであろう日本では考えなければならない事だと思いました。


 今回の

>肥満税(Fat tax)の導入

に関しましては、一概に賛成は出来かねます。
肥満は体質もあるでしょうし、カロリー制限で食べない分には大賛成ですが、飲食を減らさずに沢山食べて、肥満税を取られないようにダイエットするようなら、もっと食料の無駄ではないでしょうか?
 現在も胃の吸収を抑えるウーロン茶とか(ウーロン茶でなかったかもしれません?。)流行ってますが、ふざけた話です。世界中には飢えている人が10億人以上いるのに、食べ物を食べても胃に吸収されなくするとか、ダイエットするとか、には反対です。

 そのかわり人力利用で結果的にダイエットになる方法がいいと思います。通勤を徒歩にしたり自転車にしたり、電気や石油のエネルギーで動く機械利用をやめて手作業にしたり・・。

 私自身ダイエットやスポーツは興味ありませんが、
10kmくらいまでは歩くなり自転車に乗る。(30kmくらいでも自転車で行くことも多々あります。)エレベータに乗らない。発動機のついている物はあまり使わない。・・で、十分健康だと思ってます。(健康診断は嫌いなのであまり受けませんが・・笑)

>2008年から始まったメタボ健診では厚労省は2兆円の医療費の減少を見込んでようですか、専門家の試算では、診察料だけで年間5兆円かかるという試算があります。

 政府はこうやって無駄な出費を増やしているのですね。明らかにメタボな方だけ自費でやればいいでしょう。メタボな方は車に乗らずに歩くとか・・・(苦笑)

>財政状況から考えると、メタボ検診は止めて

は、大賛成です。



 

自給率引き上げ
病弱名なしさん
>成人の日本国民全員がカロリー制限食
農水省の食料不足の際のシュミレーションはカロリー制限食です。(笑)

>飲食を減らさずに沢山食べて、肥満税を取られないようにダイエット
 
 肥満税とは過体重の人に課税するのではなく、不健康な加工食品に課税するものです。
 自給率を引き上げるための手段としてはどうでしょうか? 小麦に課税すれば、米を増産する事も出来ると思いますが。
 あと、カロリー制限をすると、体は逆に脂肪を溜め込むようになるんで体重が減り続ける事は無いですよ。
 
>10kmくらいまでは歩くなり自転車に乗る。
 
 私は5kmまでは歩き、10~100kmくらいなら、ロードに乗ることもあります。
 今後は、徒歩又は自転車で移動出来るように都市計画を見直すべきですね。郊外型店舗の規制強化、4車線道路から2車線+自転車道に…





なるほど、そういう事でしたか!?
雑草Z
    病弱名なしさん

>肥満税とは過体重の人に課税するのではなく、不健康な加工食品に課税するものです。

なるほど、それならわかります。勘違い致しましたね(汗・・苦笑)非常にいいご提案かも知れません。病弱名なしさんは、毎回、あまり聞いたことがないようなオリジナリティー溢れる興味深いご提案をされるので大変参考になります。

さて、
 持続可能な社会を考えるにあたって、自由貿易は地域の産業を壊すだけではなく、環境を大きく破壊する悪しき制度、一部の国や商社や多国籍企業の利益の為に推し進めている制度でしょう。だから、輸入に関税を沢山かけるという保護貿易的な昔ながらの政策も私は支持致します。
病弱名なしさんは、保護貿易についてはどうお考えになりますか?


>私は5kmまでは歩き、10~100kmくらいなら、ロードに乗ることもあります。

それは凄いですね。私は、家からですと、晴れてましたら、ちょっとした距離も自転車に乗ってしまいますね。出先ではもっと長い距離歩きますが・・・

 病弱名なしさんは、これだけ長い距離を歩いたり自転車に乗っていたら、十分健康ではないでしょうか?普通の人よりも健康でしょう?それなのに何故に
<病弱>
なのですか?

>徒歩又は自転車で移動出来るように都市計画を見直すべきですね。郊外型店舗の規制強化、4車線道路から2車線+自転車道に…

 これまた素晴らしいご提案です。全面的に賛成いたします。特に
>郊外型大型店舗
は厭ですね。日本もいつの間にかアメリカみたいな自動車社会になってしまいましたね。

 言葉遊びになってしまいますが、
『都市計画』という言葉はそろそろ終わりにするべきでしょうね。都市は持続可能な社会の形成の大きな障害です。10万都市でも、周辺に対する環境負荷は膨大です。せいぜい『田舎町』程度が妥当でしょう。・・最後話が拡散してしまいました。・・蛇足でした。




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2008-03-25 00:03
 かつて、SF小説を読んでも映画を観てもマンガを見ても、未来の社会では、科学、文明が発展し、生活はどんどんと良くなるようなことばかり描いてありました。勿論、文明や科学に警鐘を鳴らすSF小説、映画、漫画、も存在しましたが、多くの場合、未来は現在よりもバラ色でした。私たちは昔でなく、現代に生まれてきて良かった・・・現代でなく、もっと素敵な未来に生まれたかった・・・などと思わせる未来に対する理想化がありました。人間社会は、紆余曲折があろうとも大局的にはより良い理想の方向に進んでいると考えられていました。
 だから、未来に対しては、すぐに「進歩」というポジティブな表現が使われ、「後退」と言うネガティブな言葉は、「進歩」と言うポジティブな言葉と比べ れば使用頻度もずっと少なかったのです。
   
 国家体制が成長するという事も、信じられていました。社会もどんどんどんどんより良い方向へ進歩していくと信じられていました・・・民主主義国家、自由主義国家、社会主義国家・・・でもそれも今のところ結果的には、かなり怪しい事でした。現在、多くの国で一般の国民にとって、公平で住みやすい社会体制が確立されて来ているとは、言えません。


 現在でも、未来はより良い方向へ進歩していると信仰している人も沢山います。・・・多くの人が理想に向って社会をよりよい方向へ向かわせようと努力しています。

 20世紀半ば過ぎ・・1970年代頃まで・・多くの人が想定していた21世紀は、概して現在の実際の姿よりは素晴らしかったのではないでしょうか?人類、社会の崩壊の可能性を描くSF小説、映画、漫画も沢山ありましたが、それはあくまでフィクションの世界・・・現実はもっと素晴らしい方向へ進むに違いない・・・と信じていた人が多かったのではないでしょうか?
 でもそんなバラ色の未来は、来ませんでした・・・少なくとも21世紀初頭は、貧困も増え、格差も広がり、そして何より多くの環境問題は悪化しました。
バラ色の未来どころか、文明崩壊の危機が現実的なリアルさを見せ始めています。確かにもっと悪い想定もありました。・・核戦争が起きていたら、21世紀を迎える前に、人類は滅んでいたかも知れません。それよりはましです。・・そう、最悪よりはずっとましなのですが・・・。
 現代は・・21世紀初頭は、過去のどの時代よりも素晴らしい・・・なんて胸を張って言える人がいれば、それはかなり御目出度い・・・と言うべきでしょう。現在の環境問題の悲惨さに対してかなり無知と言うべきでしょう。
 未来が、より良い方向へ進んでいると言う発想が、支配者や指導者の支配体制に利用する為に有効だ・・・等と陰謀説を持ち出す積もりは毛頭御座いません。人間に元来備わっているオプティミズムを否定する積もりもありません。何より希望は生きる為のエネルギーですから。ネガティブに性悪説を説く積もりも御座いません。

 しかし、人類の行う行為を何でも安易に肯定すべきではないでしょう。特に産業革命以後の科学信仰、自由資本主義は、決して、自然の摂理に沿っているものではなく、社会を好ましい方向へ導いていると考えるほどにオプティミストでは困ります。あくまで未来は未定です。社会を構成する人々が、私利私欲に走らず、勇気を持って持続可能な理想社会を目指さなければ、バラ色の未来なんて遠のくばかりでしょう。。科学妄信、無節操自由主義経済と決別しなければ、環境問題をはじめとして、多くの社会問題が悪化し、バラ色の未来なんて絵空事のまま、人類はその短い歴史に幕を下ろすのではないでしょうか?。
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【2008/03/25 00:03】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2008-03-21 00:02
 福島県の二本松市にある岳温泉は、昔は現在よりももっと山の中の標高の高い場所にありました。それが現在の位置に移動したのは、元の温泉地が崩壊してしまったからです。
 1824(文政7)年8月、大雨と無気味な山の唸りで不安だった宿泊客は、その不安解消も兼ねて、芸者も呼んで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをしていたそうです。そして、夜五つ過ぎ(午後8時過ぎ)、連日の雨と台風の直撃を受けて、温泉の上にある安達太良山系の鉄山の一角が崩落して、土石流が、温泉街を宿泊客もろとも飲み込んでしまいました。長い歴史を誇った元岳温泉が、一瞬にして、山津波で崩壊してしまったのです。
 この手の実話は世界中の歴史に残されています。
 

 さて、現在、環境問題はかなり切迫したものになっています。しかし、しっかりした対策がなされているかと言えば・・・ほとんどそうではないでしょう。
 極端に煽られて論じられているのは地球温暖化問題ですが、その原因をCO2を代表とする温室効果ガスのみに着せて、原発を推進したりCO2地下貯留などと言う、普通に考えて狂気じみた事を中心に対策が行われています。危険なのは、温暖化対策の名の下にCO2削減のみ声高に叫ばれて、他の環境問題がないがしろにされている現実です。
 温暖化を防げ!を合い言葉に色々なプロジェクトが立ち上げられていますが、なんかお祭り気分です。
 他の環境問題も経済に取り込まれ、ビジネスチャンスとばかりに様々な環境ビジネスが立ち上げられています。

 再生可能な資源も汚染物質の吸収源も、再生速度を上回って消費され、目に見えて減っています。・・枯渇に向かっている事は明らかです。既に持続可能な限界は超えていると言う事です。

 それなのに世界は、オリンピックに浮かれ、ロケット打ち上げに浮かれています。株や先物取り引きなど、マネーゲームに明け暮れている人間、組織の何と多い事か!?。世界の国々がいまだに開発に取り憑かれ、経済成長、経済拡大に励んでいます。

 切迫した環境問題を恐れて、誤魔化していると言うよりも、まだ愚かな発展を夢見ているようです。
 まさに、破局を目前にした、滅びの前の大宴ではないでしょうか?
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【2008/03/21 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


nao
商品を売る為に地球環境を宣伝するのは本当に納得出来ません。
テレビなどのマスコミレベルでは、すぐに「地球環境」などと危機を煽ってますが、本当に絶滅しているのは日本の自然であり、絶滅させているのはテレビの広告媒体って事が何故わからないのでしょう。
春がやって来ます。福島はまだ遅き春でしょうか?

 本当に危機にあるのは自然ですね。
雑草Z
    nao さん

 おっしゃるとおり、年々の自然の後退には胸がえぐられる思いです。
本質的な、地球環境危機を煽るのは必要だと思いますが、ほとんどのテレビのスポンサーは自分の会社の拡大目的で環境問題を利用していますね。
 確かにテレビの広告媒体事態の従業員の生活もありますが、拡大路線のある限り環境は悪化するでしょう。テレビの中は毎日お祭り騒ぎ・・。

 福島県でも雪が多いのは、西部の会津地方ですが、温暖化のおかげさまで(笑)平地の雪はおおかた融けました。山にはまだまだ沢山残っていて閉鎖されている道も有りますが・・。

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2008-03-17 00:01
以前書いた【自然の摂理に対する感覚の欠如】の続きです。

 現代は、自然の摂理に対する感覚が麻痺した人、欠如した人で溢れています。
 人類の歴史と比べれば、ほんのごく短期間の、産業革命以降に現れた、持続可能でない現代社会。このある意味特殊な、破滅に向かっている経済成長神話社会で生まれ育ったのだから、自然の摂理に対する感覚が壊れているのも当然でしょう。
 資源を大量に消費し、必要のないものを大量に生産し、大量に消費することに不安を感じない人。生態系を循環しない化学物質・・・ビニール、プラスチック、合成洗剤・・・の製品を沢山作る生産者、使い捨てにする消費者
 ・・本来は気に病むべきですが、いちいちそれを気に病んでいたら精神が持ちません。・・・だから、考えないようにして・・・段々感覚が麻痺していきます。ドーピング状態の持続可能でないこの社会を疑うと云う、まともな感覚が錆び付いてきます。自然の摂理に反する行為に抵抗を感じなくなって、自然の摂理に対する感覚が壊れていきます。大変危険な状況です。
 感覚が麻痺していくのならまだしも、生まれたときからそういう環境に育ち、それが当然だと思っている、はじめから感覚の壊れた人間で溢れているのかも知れません。
 赤信号、みんなで渡れば恐くない・・・ではありませんが
  ある意味、現代人の自然に対する感覚は、集団催眠状態と言えるのかも知れません。
産業革命以後の短い経験を根拠に「人類は今まで上手くやって来た・・・」という楽観主義・・・・「人類は破局に向かっている途中であるが、まだ破局に至っていない・・」ってただそれだけではないでしょうか?・・・現代社会は、理性のある人間が持続可能性を最優先に動かしている理想的な社会ではないのです

 現代の社会の構造が持続不可能である事は、至極当然です。でもそれを考えずに、経済競争に勝ってゆく事だけを想定して生きている人々が、自分の物的欲望ばかりに走り、気付いた時には、本人のみならず、社会全体が滅亡・・となる事だけは避けたいのですが、自然の摂理に対する感覚が崩れている人が溢れている現代社会が、社会が崩壊する前に、持続可能な方向に方向修正出来るのでしょうか?
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【2008/03/17 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |
2008-03-13 00:01
 現在、ゴミ、廃棄物の処分場の枯渇が問題になっています。ゴミの処分場はどこでも自転車操業状態です。しかし、その問題は問題の深刻さと比べて、あんまり問題にされていません。時々テレビなどで特集を組まれると、そのときは大変だとは思っても、いつの間にか忘れ去られてしまいます。他の華やかな (?)環境問題、地球温暖化問題やエネルギー問題(環境問題とは言えませんが・・)などと比べると一見地味な問題に見えます。身近な問題として真剣に捉えている人は、多くないように感じます。それは、ゴミが人里離れた目立たないところで最終処分されているからでしょう。

 ゴミは自治体内で処分することが一応原則ですが、処分場はどこの地域でも嫌がられるから、郊外のあまり人の住んでない場所に作られます。臭いものには蓋をする・・と言うか、汚いものは見えないところへ・・・の発想です。首都圏のゴミが東北の北の外れのへんぴな所まで運ばれます。日本国内では済まず、中国や東南アジアの国々へまで運ばれます。ゴミのたらい回し状態もしばしば表面化します。しかしこれは、氷山の一角でしょう。
 ただのゴミが、トラックや船で莫大なエネルギーを使いながら、遠くへ運ばれるのです。フード・マイレージ ならぬウエイスト・マイレイジも定義すべきでしょう。
 エネルギー問題を騒いでいるうちに、捨て場の枯渇で、工業や経済活動が限界を迎え、崩壊する可能性も高いでしょう。(減速する分にはいいことですが・・)

 どこのゴミ集配場でも、たかが一週間分の家族のゴミが膨大に出されています。ここにさえ置いとけば、収集車がやってきてどっか自分達から遠い所で処分してくれるから・・・

 いくらでも詰め込める秘密の穴でもあるかのような錯覚を持って、ゴミ捨て場の現状からは目が背けられています。放射性核廃棄物に至っては、「再処理」という名の下に六ヶ所村に押し込められています。

 ゴミの減量化を目指して、ゴミの有料化、製造業者引き取り・・など色々試みられています。どれも無効な方法ではないでしょう。
 しかし、ゴミは集めて人のいない所に持って行って捨てる・・と言う発想だから、たまり過ぎました。廃棄物問題は先延ばしされて途方もなく大きくなったのです。
 
 ゴミを大量に集めて捨てる余裕のある場所なんてないのです。
ゴミは、出来るだけ小さなコミュニティーで集めて、地域内で処分するようにするべきでしょう。そうすれば、みんなすぐにでもゴミゼロを目指し、レジ袋も食品トレイも過剰包装も化粧箱もすぐになくなって、ゴミも、土に帰る、つまり自然を循環するものにすぐにでも変わるのではないでしょうか?。
 そして、放射性核廃棄物のような人間の手に負えない廃棄物は出してはいけないと言うルールも身に染みて実感するでしょう。
 だからゴミは身近な地域で処理!!が基本でしょう。
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【2008/03/13 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


団塊おやじの遺言
またもや 登場です 一つづつ良く読む様にしないと私の少ない脳細胞は吸収出来ないので やっとここに辿り着いた所です 5年前に買った生ゴミ処理器 どうやっても堆肥には成り得なかった 悪臭と見た事もない虫を見て 2ヶ月もしない内に 約5万円の投資はゴミになった 環境展にも行き
最新の生ゴミ処理の実態を見たが 電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった
しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生するこれが大手のメーカーが推奨するものか・・
発酵を知らないのでは 今の若い技術者は 肥溜めとか堆肥場を見た事がないのでは 糠漬けなどは毎日 攪拌する事で良い発酵が 腐敗させてはいけない・・自分で作る事にした
丸いポリ容器に生ゴミを詰め 4個の車(50ミリ)の上に置きクルクルと回す 中のゴミは上になったり下になり攪拌が出来る 一月位で堆肥らしきものが出来るが毎日投入する物とじっくり発酵させる2基必要 この台の下に移動用の車を付けどこにでも運べる様にした 特許が60日位でとれたのです この東京で水分の多い生ゴミを焼却処理に掛かる経費は一世帯軽く10万円は超える 勿論悪臭と虫には天然の資材が活躍している 捨てればゴミ 生かせば資源 いつからこの様な・・私の近くの給食センターには今でも豚の飼料として残飯を回収している 生ゴミは飼料にも畑の肥料にもなる 外国からの輸入にばかり頼らず 我々の意識さえ変えれば 特にこの東京が動けば 助かる人達が多いと思います



生ゴミ処理機は最低ですね
雑草Z
    団塊おやじの遺言 さま

 またのコメント有難う御座います。それも古い記事への遡ってのコメント感謝いたします。
 参考になるコメントです。興味深く読ませて戴きました。

 さて、
>電機のエネルギーで生ゴミの水分を乾燥させ モーターでグルグルと固形物を粉砕して 元の生ゴミは添加物と混じり生ゴミとは判らなくなった。しかしこれらを畑に撒き雨が降ると元の生ゴミに還り悪臭と虫が発生する

との事ですが本当に最低ですね。ただ儲ける事優先で、環境の為には寧ろマイナスでしょう。これだけの機械を作る材料と動かすエネルギーの浪費ですね。
生ゴミ処理機の酷さについては、私もこのブログで何度か触れました。
【最もリサイクルすべきもの】  2007-02-17
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-133.html

などでです。
電気エネルギーを使うと言う発想が狂ってますね。

>肥溜めとか堆肥場

のほうが、遥かに優れた生ゴミ処理場でしょう。




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2008-03-09 00:02
 ガソリン税暫定税延長問題と道路特定財源の見直しについて、マスコミ、国会、ネット・・色んなところで盛んに議論されています。その、とんでもない使い道が次から次へと明らかになって、多くの人が呆れ怒っています。道路特定財源は全く必要ないでしょう。一般財源にして、その中から必要に応じて道路に回す事も出来るのですから(もう、ほとんど道に使う必要はありませんが・・)その事についても、各場所から色んな事が述べられていますが、言いたい事は沢山ある中で、一つの事だけに絞って言わせて戴きます。

 それは、全国の6人を除く市町村長が、特定財源を現状のままにしてくれと署名している事についてです。
 実に情けない事です。全国の市町村長は、ほとんどゼネコンと癒着しているのでしょうか?地元のゼネコンを味方に付けなければ選挙に勝てないのでしょう
か?・・と言うよりもゼネコンが応援した候補者が選挙に勝つのでしょうか?

 テレビなどでは、公平を期す為にと、わざと山奥の僻地で、道路が整備されていない地区を選んで映して、道路特定財源の必要性を主張する地方の長と、そこの住民の悲願・・おらが町にも立派な道路を!・・というインタビューを映し出します。しかしです。そんな山奥に住む人は、はじめからそんな不便さを知ってそこに住んで居る訳ですし、住民も全部が全部道路を整備して欲しいとは望まないでしょう。ゼネコンやそれと癒着した市町村長や議員に促されて、嘆願書にサインする住民も多い筈です。・・・道路特定財源からの支出で、自分たちの懐が痛まないならば・・・という方も多いでしょう。それこそ、本当に必要なら一般財源から出せばよいのです。
 そして何より、そう言う場所は特別です。・・・実際は、大抵の日本の田舎には、山奥の、車もろくに通らないところまで、不必要に幅の広い道が沢山溢れているのです。
 最近では、田舎の方が道路事情はいいのです。渋滞もしないし、駐車禁止にもなっていなくて、・・長時間放置しても、大丈夫・・。同じ場所に行くのに何通りもの道があり、どの道を使うかも迷うくらい・・・そう、田舎の市町村長はみんな知っている筈。
そりゃあ捜せば、整備すべき道は見つかるでしょう。人のお金ですから・・・でも道路は生態系も分断するし、モグラもおけらも生き埋め・・・ それはさておいても(生態系的に置いとけない問題ですが・・)もう既に田舎の道は必要以上に整備され尽くしているのです。その為に、大して破損していな い道路のアスファルトを全部剥がして塗り直す大工事があちこちで行われています。

 特に道路族国会議員がいるわけでもない田舎に住んでいても、沢山不要な道が溢れています。要らない所にまで立派な道路を沢山作っています。私の住んでいる東北地方の各県ともそうです。・・・そう思っている方はかなり多いと思います。

 全国のほとんどの市町村長が、特定財源を現状のままにしてくれと署名している事も、そんな市町村長を選ぶ有権者も、非常に情けないものがあります。利権が欲しい道路族は国会議員だけではありません。地方の議員や市町村長の方が多いでしょう。建前の理由で道路特定財源を残すのはやめるべきでしょう。  

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【2008/03/09 00:02】 | 公共工事 トラックバック(0) |


nao
僕が吉野の山奥の村(人口700人)のホテルで住み込みをしていた頃の村長の嫁が土建屋でした。
隣り村の村長の弟が生コン屋でした。
おそらく地方のほとんどが、こんな感じだと想像出来ます。
これを打破するには田舎の村民の意識改革と選挙しか無いとおもうのですが、娯楽の少ない田舎の場合、選挙そのものが一つのイベントと化してまして中々、上手く進まない現実があります。

そんな構造なんですね。
雑草Z
    naoさん

 多くの市町村長が、ゼネコンと癒着している・と言うよりもゼネコンファミリーの一員なんですね。
 つまりゼネコンが国や市町村に入り込んで、政治を動かしているわけですね。
 ゼネコンマフィア・・とでも呼ぶべきでしょうか?

 

安易に物を言わないで下さい。
yasu
確かに道路特定財源は国交省にて無駄に使われていたりしま
す。
私は新潟の山間部のとある中小の舗装メインの会社の
営業をしているのですが、

それが無くなると前回の物件でもありましたが予算
が付かないので工事を中止にしましょうと役所側より
中止にさせられてしまいます。

そうする事によって体力のある大手ゼネコンは良いでしょう
が、弱小企業の我々は体力が無いためその工事の金で
食べて行かなくてはならないのです。しかもこの低入時代
に儲けもなくギツギツで札を入れてます。儲けもないのです。
会社が潰れば死活問題です。

上の役人が変にお金を使ってしまい明るみに出てしまいマス
コミ等に騒がれましたが、道路特定財源が無くなることによ
って工事発注が見直され、今までもまじめにやってきた(談合や癒着等
をしていない)企業もあります。そのような中小企業の多くが潰れる現実
が来るのは時間の問題とされております。

こちらの業界に居ない方には解らない恐ろしさだと思いますが・・・。

でも自分が働いている会社が明日潰れるのは無いにしろ近い
将来無くなったとき貴男ならどうお思いでしょうか?

私は30代でこの不況時転職出来る自信はありません
会社が潰れれば私も共倒れでしょう。

妻も子もいるのでバイトでは現実養っていくことは無理
だと思います。家族離散の危機に陥るかもしれません。
そのことを考えると夜も眠れない事も多々あります。

こういう者がいるという認識もしておいて下さい。

最後にかなり愚痴っぽくなってしまいましたが、すみませんでした。

道路特定財源は賛成派の怒りでした。

安易には言ってません。
雑草Z
    yasuさん

 正直で率直なコメント有難う御座います。

 確かに現在のゼネコン業界は大変でしょう。特に中小の会社は・・。当事者にとって死活問題かも知れません。

 しかし、道路工事は国民の税金が使われている訳ですから、(税金を取られている)国民はその使い方に意見を言う権利はある筈です。もう不要な道路に湯水の如く税金を使う事を黙って見逃してはいけないと考えます。

 きつい言い方ですが、yasuさんの正直なコメントこそ、道路特定財源の不必要性を物語っているでしょう。
 つまり、yasuさんの率直なコメントは、ゼネコン業界で働く人々の生活のために、道路特定財源が必要だと言ってますが、道路自体の必要性については一切触れていません。・・道自体の必要性はほとんど建前で、肥大し過ぎたゼネコン業界で働く人々の為の道路工事と言う事は、明らかでしょう。・・。本文にかいた通りです。大体もう道は飽和状態です。
・・そして、その道によって、自然は破壊され生態系が壊されています。これはかなりシビアで非常に由々しき問題です。

 日本の借金の大きさからして、道路作りにお金を使う愚策はこれ以上続けるべきではないと考えます。それこそ、道をこれ以上作るよりも、そのお金で、ゼネコン労働者の方々の再雇用の為の職業訓練だとか、生活の補助金をだしてもいいと個人的には思っています。・・既に転職したゼネコン業者の方も沢山います。

 大きな税金の浪費と環境破壊の道路建設は、もう止めるべきです。安易ではなく本気で怒ってます。

 それぞれの個人の事情は尊重しますが、それを全部汲み取っていては持続可能な社会は構築出来ないでしょう。
そういうスタンスでこのブログを書いていますので、ゼネコンだけでなく他の業界にもシビアな事を書いています。・・まあ、こんなブログに影響力はほとんどないでしょうけれど・・。
  
 

  
 

お考えは
yasu
判りました。安易な少々言い過ぎたかもしれません。

でも業界側から言わせて貰うと道路特定財源で、
実際災害の時は予算が降りましたが、災害前、
現在は予算はあるが地方に来るものは少なく
まだまだ直さなくてはいけない所もいっぱい
あるのに、少ししか仕事が出ません。それを
少なくとも5~11社が取り合うのですよ?

福島の方はどうだかわかりませんがこちらは
豪雪地帯雪が降ると塩を道路にまいて凍結防止します
道路は春になると塩害および除雪車の影響もあり
ボロボロになってます轍や穴があき平坦性も悪く
車に乗っていてもボコボコしているのが判ります。
穴などはバイクが事故にあう確立も高くなります。

それこそ市町村で県議や市議等先生と呼ばれる人達が
強い地域は湯水のようにお金が流れて道路を新設で
作っていることもあるかもしれませんが。

私の実家は埼玉にあるのですが
帰るたびに工事をしていて渋滞に巻き込まれます。

地方はそんなに仕事もありません。

ようは地方には予算は回ってこないということ、

文中で地方を御責めになっていたこともありカッと
してしまいましたが、これが現状です。

家は先ほども書きましたが新潟の山間部です。ですが
もっと山の中に言い方は悪いですが部落集みたいなも
のもあります。そういうところへ行く道は生活者がい
るためなくすことは出来ないし、林道も材木を運ぶの
に必要です。
無意味に道路を作っているみたいな言い方をされて
おりましたが道路は無意味ではないと思います。

そこに人が住んでいるかぎりは・・・

マスコミでは現在道路関係が辛く国民を煽るように
言われておりますが、こちら側から言わせて貰えば
大手ゼネコン(建設業)のほうがドロドロしている
と思います。

必要なものの吟味
雑草Z
    yasu さん

 さらなるコメント有難うございます。
確かに大手ゼネコンが、建設業界の癌だと思います。
地方の仕事は、地方に任せたほうが実質的で無駄が少なく、実用的な場合が多いでしょう。かつて・・つい最近まで大手ゼネコンと道路公団やみどり資源は汚職と天下りの温床でした。まだその名残が沢山残っているでしょう。
 問題のルーツは、田中角栄の土建屋行政による肥大化し過ぎたゼネコンにあると思います。(もっと前にも遡れるでしょうが・・)何年か前まで、日本の道路工事は、日本よりずっと広くて人口も多く金持ちのアメリカの2倍だったのですから・・

>道路は無意味ではない


 はその通りです。しかし
 公共工事でも費用対効果は大きな指標のひとつです。特に田舎の林道などは、費用対効果を無視したものが沢山あります。
 例えば林道・・そこの山の木を全て切り尽くして丸裸にしても、林道をつくるお金の何分の一にもならない場合も沢山あります。

それから、道路は無意味ではないと言ってもその意味は、無意味より悪い場合が多いのです。広域林道の酷さは、見るに耐えません。森林破壊は心が痛むばかりです。このあたりはかつてシリーズで書いています。
→2007年8月
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-209.html
の前後です。

>林道も材木を運ぶのに必要です。

 と言うのは、建前論です。少なくとも広域林道を作る目的は道路工事そのものです。林道は舗装すべきでありません。

http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-204.html

 個人的な事情に目をやれば、考慮すべき部分があり、あまり強い事をいえない場合もあるでしょうが、そこは敢えて触れずに意見を述べています。

 ここでは道路工事の事を書かせて戴きましたが、道路工事に限らず、開発は悲劇を産みます。・・それがあまり問題視されない場合は、それから目を逸らして(逸らされて)いるだけです。有限の地球上で無限の開発や経済成長は無理なのに、それをやろうとしているから歪が生じるのです。そしてその開発工事自体が目的化してさえしまっています。
 こういう事を主張するのがこのブログの大きな目的です。


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2008-03-05 00:03
 昨年読んだジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』[Collapse]は、上・下巻に分かれています。私にとって下巻がより興味深い面白い内容でした。ジャレドは、慎重な楽観主義者としてその下巻を以下のようにの締めています。


・・今日のわたしたちは、テレビやラジオをつけたり、新聞を開いたりすれば、数時間前のソマリアやアフガニスタンでの出来事を見たり聞いたり読んだりすることができる。テレビのドキュメンタリー番組や書籍は、イースター島や古代マヤ、その他の過去の社会がなぜ崩壊したかを、まるで現場にいるようにつぶさに見せてくれる。わたしたちには、遠くにいる人々や過去の人々の失敗から学ぶ機会があるのだ。過去のどの社会も、これほどの機会には恵まれていなかった。現代に生きる人たちがその機会を活かして、失敗しない道を選んでほしいというのが、本書を執筆するに際してのわたしの希望だった。


 この内容は下巻の帯にも書いてあります。・・・そしてそれが、上巻を読み終えてから下巻を読みはじめるまでに時間が空いた理由です。・・・・あまりにも効力に乏しい、無策で根拠の弱い希望・・という結論が見えて、読む気が引いていました・・・・。
 さて、上巻を読み終えてから、間に何冊かの本を読んで、半年ほど経って優先して読む本も手元になくなって来たので読みはじめた下巻は、予想に反して、上巻よりもずっと面白く読めました。・・・・ニューギニアで4万年以上持続している社会、ルワンダの大虐殺の背景、ドミニカとハイチの独裁者(特にパラゲール)・・・・個別の国の例も環境対策の実態や考察も面白く読めました。・・・アメリカ人らしい甘さも感じましたが共感できる部分が沢山ありました・・・しかし、内容の素晴らしさとは別に、最後の結論の部分に至るまで、私の抱いた「根拠の弱い希望」の感じは否めませんでした。  

 何故なら、現代人は過去の失敗例をしっかり学習出来るから、失敗しない道を選択出来る・・・という事に対して、皮肉的に捉えるしかない状況が実際に進行しているからです。確かに情報という意味では、「過去のどの社会も、これほどの機会には恵まれていなかった。」事は確かですが、この情報化社会は、どんなジャンルにも相対する反対の情報も飛び交い、「環境危機を煽ってはいけない」なんて事をいう輩が大手を振って蔓延っています。まあ、嘘の情報はそのうち駆逐されるでしょうが、環境問題にそんな猶予はありません。つまり、情報も諸刃の剣なのです。

 そして、何より現代人が昔の人よりも劣っている点は、自然の摂理に対する感覚です。
特にここ数十年、20世紀の終わりの頃から自然の摂理に対する感覚が、完全に壊れている人間だらけです。
「人間は、便利な快適な生活を知ったら、もう元には戻れない・・・」などというお気楽な論理をかざして、この社会が未来永劫どんどん発展していくと楽観的に考えています。経済成長は、ずっと続く・・と、考えていると言う事だけでも壊れているとしか考えられません。

 民主化社会といいながら、一部の資本家と結託した政治家が・・・・大部分が自然の摂理に対する感覚が壊れているのですが・・・持続可能な社会をこれでもかとばかりに壊して来て、民衆もそれに踊らされています。・・・とても現代が有利とは思えません。
 昔の破壊された社会は、逃げようと思えば、地球上の別の地へ逃げることは理論上可能でしたが、グローバル化した現代は、地球全体の人類社会の崩壊の危機にあり、・・・No Way Out です。

 こんな状況は史上最大最悪の危機と呼べても、絶好のチャンスと呼ぶのは、悪い冗談としか思えません。流石にジャレドもお気楽アメリカ人であっても、そんな楽観論を思って本書を書いた筈は御座いません。
 ジャレド自身、人類全体の文明崩壊の危機は切迫している事は十分に感知していて、駄目かも知れないと危惧しつつ
 自ら『慎重な楽観主義者』と言っているのは、最後まで諦めないという自戒を込めた言葉でしょう。
 

「失敗しない道を選んでほしいというのが、本書を執筆する際のわたしの希望だった。」 

 これは彼の切実な祈りに近い悲壮感を持った希望でありましょう。

 本書の彼の提言等を読んで、ジャレドはこれでも甘過ぎる・・・と感じつつも、やはり『慎重な楽観主義者』と言わざるを得ないと感じます。

 崩壊の恐怖を実感して、多くの人、為政者に過去の失敗に謙虚に学ぶ気持ちが出て、脱成長、脱開発を決断するのが崩壊に間に合うか?・・が問題の全てであり、その決断を下すのが現代人・・と言うのが吉と出るのでしょうか?
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【2008/03/05 00:03】 | Economic Fascism トラックバック(0) |
2008-03-01 00:02
 アメリカのサブプライムローンの焦げ付きに端を発した【世界同時株安に思う事】は、一月ほど前に書かせて戴きました。この手の話題はあまり関心がないのですが、今回も、サブプライムローン問題から感じる雑感をちょとばかり書かせて戴きます。
 
 先ず、低所得者向けローンと言う事で(Subprime の本来の意味は、『低所得者』ではなくて、『信用度が高くない』と言う意味で・・・などと言うことは、サブプライムローンの仕組み事態を論じる訳ではないので、ここでは拘りません。)今回のサブプライムローン問題とは直接関係のない部分から書かせて戴きます。
 ローンの焦げ付いた家の映像が映し出されますが、十分に大きな家ではないでしょうか?。日本だったら、豪邸と言われるかも知れません。向こうは土地も材料も安いと言われますが、それにしても、一家族が住むのにあれだけ大きな土地と家は必要ありません。庭も芝生にせずに、畑を作れよ・・・と言いたくなります。あれで低所得者の家なのですから、アメリカの中流から金持ちの家は、どれだけ大きくて、資源の浪費をしている事でしょう!・・・そこのところは、投資の焦げ付きの話よりずっと大切だと思うのですが・・・。
 アメリカ人よ!もっと家を小さくしたらどうですか?!あなた達が強奪した土地の先住民達は、小さなテントで自然と調和して生きていたのです。そもそも土地の所有概念さえなかったのですから。偉大なる無欲だったのです・・・・・ところが、サブプライムローン問題は、欲の固まりの金儲け話の失敗談です・・・。ちょっと話がずれましたね・・・



 続いて思う事は、このサブプライムローン焦げ付き問題は、自分達を先進国と呼んでいる国から途上国と呼ぶ国への多重債務問題の構造とよく似ていると言う事です。
 サブプライムローンは、低所得者層への強引な貸し付けが行われて、拡大していったわけですが、これは途上国に対する略奪的貸し付けに似ています。貧しい者を投機の材料としか見ない投資家達・・・
 サブプライムローンの場合、借りた方も(口車に乗って)投機の意味があった場合も多いでしょう。土地の値上がりを期待して、転売目的などの投資の意味もあったわけです。日本のバブル時代の「土地神話」みたいなものが、20年後のアメリカにもあって、同じように崩壊したから・・ちょっと笑えます。
 同様に途上国の債務問題も、先進国の口車に乗せられて強引に投資させられた・・・ってところでしょう。

 途上国の多重債務問題とサブプライムローン問題の違いは
 途上国への援助の本当の目的は、先進国の多国籍企業やゼネコンに儲けさせる事ですから、その後、国の間で負債免除しても企業は痛くもありません。業者と癒着した政府の当初の目的・・・業者に儲けさせる・・・は達成されているわけです。国民も、税金をみんなで分担して途上国を助けた・・・と思って納得・・・実際はその税金は、業者に渡っただけで、巧妙な税金ドロボーな訳なのですが・・・その意味では途上国の債務の方が、無責任で酷い利権構造です。サブプライムローンのほうは、一応貸した方、貸された方当事者同士の問題のわけです。・・これから税金の投入もあるようですし、経済を混乱させ後退させるという意味では、途上国への負債よりもアメリカをはじめ、先進国にとってはずっと痛手なのでしょうが・・・
 

 話題を変えます。
 ローンって、経済活性の為にあみ出された方法なのでしょうが、ろくなもんじゃないと思います。こんな制度のために、人間は企業の奴隷のようになっていくのです。

 結局のところ、【世界同時株安に思う事】にも書いた通り、サブプライムローンというマネーゲームに世界が動かされているわけです。こんな事に、世の中が動かされて、世界が経済の危機に陥るのですから、市場経済と言うものは、非常に危険なものです。投資家のギャンブルに世界が動かされている実情は、真に情けないことです。

 世界中で右往左往して、サブプライムローン問題の対症療法を練っていますが、もっと本質的な問題・・・市場経済の破綻・・・について考え、
市場原理主義からの脱却を考えるべき時期
はとっくに来ていると思うのですが・・・。
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【2008/03/01 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |
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