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2008-02-29 00:13
 中国製餃子毒物混入事件が発覚して、世間が騒ぎ出してから一か月ほど過ぎたでしょうか?相変わらず中国は、自国企業内での毒物混入は不確実だとして、日本の見解と対立しています。このままうやむやにする気でしょうか?それに対し日本でも、中国からの食料輸入はやめてしまおう・・・という議論も出始めています。 もし、中国食品の輸入を停止した場合、より困るのはどっちの国でしょう??食品を輸出出来なくなる中国企業でしょうか?食料が不足する日本でしょうか?・・・実際、そんな事になったら一時的には大きな混乱となるでしょうが、長い目で見ればきっと両国にとって好ましい事です。食料の貿易なんて、持続可能な世の中を想定した場合、輸出国にとっても輸入国にとってもいい事ではありません・・・・・。

 昨年日本のカロリーベースの食料自給率が39%になったと発表されて、やっとこの日本でも、食料自給率を高める必要性が頻繁に論じられるようになってきました。そしてさらに今回の餃子毒物混入事件を受けて、日本は自給自足すべきである・・という議論も高まってきました。・・・ようやくやっとか・・と言う感も否めませんが、少しでも好ましい方向へ進んだというべきでしょう。日本の食糧自給率をやっと多くの人が直視しはじめました。・・・こんな低い自給率では大変だ!!・・・この意識を一過性のものとはせず、もっともっと高めるべきでしょう・・・深刻な食料不足が始まる前に・・そこまでの意識を持った政治家が何人いるか?・・・も深刻な問題ですが・・・。
現に、中国との食料貿易は必要だから、今回の問題がおこっても日本と中国の食料貿易は続けなければならない・・などという、日本の食糧自立を考えていない人たち・・政治家、研究者、財界人・・・も沢山存在します。
 
 このような議論が活発になった事だけでも、今回の中国餃子毒入り混入事件は、『功罪』の『功』の部分が大きいと感じます。このまま中国と安易に和解せずに、中国食品の輸入を減らす方向に進み、最終的に食糧輸入を停止し、日本が食糧自給を目指して歩み始めれば、
「災い転じて福となす」
となるのではないしょうか?
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【2008/02/29 00:13】 | 食料と人口 トラックバック(0) |


nao
中国食品の輸入がストップしても困るのはボロ儲けしている外食産業と食品メーカーくらいで、多くの消費者はむしろおっしゃられるように「功」の面の方が大きいでしょう。

一時的に困る方はもっといるでしょうが・・
雑草Z
    naoさん

 食料輸入の30%とかを占める中国食品の輸入がストップすると、食品が値上がりして、食料不足も起こるでしょうから、一時的に貧しい人を中心に消費者も困るでしょう。
でも、そこを堪えて、日本の食糧自給を伸ばす事が大切です。道路特定財源予算なんかみんな食料自給のために回せばいいのです。
家庭栽培も多くの人が取り組むようになればいいと思います。

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2008-02-25 00:02
 最近日本でも、人々の環境問題に対する意識は高まったように見えます。しかし相変わらず、マイ箸、マイバッグすら、持ち歩かない人が大半です。
 環境関係の催しや集まりでさえ、マイ箸、マイバッグを持ち歩かない人が大勢参加しにやって来ます。それを見越してか、はじめから意識がないのか、主催者側もレジ袋を用意し、割り箸付きのプラスチックの容器に入った弁当を準備しています。ご丁寧に紙コップや紙のトレイまで用意して・・これで環境問題を考える集まりであるのはおかしくないか?と問えば主催者曰く
「まあ確かに・・・でもこれは地球温暖化を考える集まりで、二酸化炭素の削減という大きな問題を話し合う場所で、そのくらいは大目に見て下さい・・・。」
 そう言って、エコキュートのパンフレットを配ったり、アル・ゴアの「不都合な真実」の本を売ったり、・・・マイ箸やマイバッグと比べて、大きな問題というよりも、あまりに低レベルではありませんか?
 つい数日前も、「割り箸は日本の文化です。・・・・割り箸を作るから間伐材の利用が出来るのです。とかしたり顔で話している大学の先生がいました・・・最近の割り箸はほとんど中国産で、間伐材など利用していない事すら分からないで、環境問題を専門にしているらしいのです。・・・

 さて、前置きはそのくらいにして、流石にマイバック、マイハシくらいはそろそろ定着しはじめるかと思います。今年中に、マイ箸、マイバッグを持ち歩く人がかなり増える事を期待しています。・・・しかし、こんな事ですら、21世紀までかかってしまったと言う事は、愚かな話です。脱力感があります。レジ袋や割り箸くらいは、20世紀中に廃止されてもよかったとも思います。
・・・環境問題は、もっともっとシビアな問題があるから、こんな事に時間をとっていられない・・・と言う言い方をする人もいますが、何をか言わんや!です。こんな簡単な事すら解決せずに地球全体の環境問題を解決は出来ないでしょう。

 それに、この事は、環境問題の根本に関わる大きな要素を孕んでいるように感じます・・・。

 割り箸、レジ袋を何故廃止しないか・・・?
もし廃止すれば、それを作っている会社なり労働者が困ります。そして、もし、割り箸とレジ袋を廃止したら、次に、食品トレイ、包装紙、ラップ、カップ麺のカップ、化粧箱、・・・と次々使い捨ての商品が廃止される方向に進むでしょう。・・その後、使い捨て商品だけでなく、無駄なもの・・・としてもっと大 きく色んなものが廃止されていくでしょう。つまり社会が大きく生産縮小の方向へ動くかも知れないのです。・・・経済が縮小方向へ進むのです。だから、産業界では、レジ袋や割り箸を廃止する方向へなかなか話を進めないのかも知れません。これらが廃止されると、堰を切ったように、色んな”無駄”が、見直されるかも知れないからです。
 考えてみて下さい。それらの無駄は、もともと要らなかったのです。否、あってはならなかったのです。こんな不要なものの為に資源と捨て場が枯渇して、社会が破局に向かっているのです。愚かなり・・・人類。
 色んな環境技術の開発ばかりを待ち望むのではなく、不要で、資源の無駄、環境汚染になるものを廃止し、持続可能な社会に持っていくべきでしょう。割り箸、レジ袋廃止は、その大きな一歩になるかも知れません。
 すぐにでも、割り箸、レジ袋を廃止し、無駄な生産廃止の方向に進むべきでしょう。生産縮小は、持続可能な社会への必要条件です。

 
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【2008/02/25 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

マイ箸の効果
mao
記事の本質で無い質問かつ、無知な質問で恐縮ですが、
いろいろなサイトを見ていると、マイ箸は塗装が必要なので無駄だとか、
洗うのに水や洗剤を使うので結局環境保護にならないとか、
マイ箸を拭くのにペーパーナプキンを使うのでとんとんだなどなど、
批判的な意見も多く見受けられます。
個人的には環境保護に対しての意識付けにはなるとは思うのですが、
上記のような事を言われると反論に困るわけです。
先述のとおり非常に重箱の隅をつつくような話題ですが、
雑草Zさまはじめ皆様のご意見賜れれば幸いです。

私のマイ箸の使い方
雑草Z
    mao さん

 幼稚園児から高校生までお弁当では、マイ箸は普通に使われています。
 プラスチックやビニールのリサイクルのように溶かして使いなおすなら、燃やして燃料にした方が省エネになると言う議論はわかりますが、マイ箸は、リサイクルではありません。リユースと言うか、何度も使うのですから、それらの批判を言う人は愚かというべきでしょう。

 私のマイ箸の使い方は、いたってシンプルです。箸入れも、籐で編んだサックのようなものです。食事が終われば、出されたコップの残りの水で箸の先の使った部分をささっとゆすいで終わりです。洗剤なんか不必要です。水なんかすぐに乾きます。私はタオルも持って歩いているので、それで拭いてもOKです。

 因みに、サックと箸で200円くらいで売ってます。

>マイ箸は塗装が必要なので無駄だとか、洗うのに水や洗剤を使うので結局環境保護にならないとか、マイ箸を拭くのにペーパーナプキンを使うのでとんとんだ

 なんでそんな無駄な使い方を想定するのでしょうね?


調査しました。
解死塚
当然の事ながら、回転率の良い飲食店はそれに比例して割り箸も消費します。そこで、牛丼店の吉野家とラーメン店の幸楽苑に割り箸を洗い回し可能な箸にしないですか?という質問をしました。

吉野家の回答(メールの内容を引用し一部改訂)
割箸のコスト削減と環境負荷低減の両面から、リターナブル箸の導入に向けて、現在20店舗で試験導入を行なっております。現在、お客様からの反応もよく、材料、運用方法について、全店導入に向けての検証を続けている最中でございます。現時点では、全店導入できるかどうかのお約束はできません。

幸楽苑の回答(メールの内容を引用)
現在、環境保護のため つま楊枝はテーブルから撤去しましたが、割り箸につきましても、使いまわしの箸を検討しております

ここで、多少の考察をします。まず、2社の営業方法の共通点として、回転率が良く多くの割り箸が利用されています。また、食器洗浄は多くの店舗が食器洗い洗浄機を用いていると言って良いと思われます。そこで、洗い回しの箸(以下、吉野家さんの呼び名を借り、リターナブル箸とする)が出来たからと言え手間が増える訳では無いでしょう。
吉野家さんについて、「環境負荷対策」と言う言葉がメール引用の冒頭にありましたが、インターネットの中でも環境対策の項目は多くあり、社会の動きに対する行動の柔軟性を感じられました。実際に全店舗がリターナブル箸になる日も遠くないのでは無いかと感じさせてくれます。
幸楽苑について、ラーメンを出すチェーンとして、ラーメン・チャーハンには必ずレンゲが付いてきます。この理由で、リターナブル箸を加えて添付するだけの対応は比較的簡単だろうと予想していたので良い回答が帰ってくるのでは無いかと思っていました。しかし、「検討しています。」ということで、吉野家さんに比べ、行動力としての差を感じてしまいました。頑張れよ、会津出身企業。
以上から、コストパフォーマンスとしてもリターナブル箸の有用性を検討する活動は広がっていると思われます。


プードル
口で言うのは簡単ですが実際に行動に移すのは難しいデスね…(>人<)
割り箸の使用を禁止するコトでその生産に関わる業者が影響を受けそこで働く人たちが困る…でもこれはもともと必要のないものだったはず…それが今では…悲しいコトデスね…(^_^;)

調査するなんて素晴らしいですね!!
雑草Z
    解死塚さん 


 実は私はマイ箸は持って歩いていますが、飲食店では、リターナブル箸(大げさな感じもしますが、こう呼べばいいんですね。「塗り箸」とか、適切な表現がなくて、「使い捨てしない箸」とか苦労して呼んでいました・・笑)を出すべきだと考えていす。ナイフやフォークのように、お店で何度も使えばいいのです。(ケンタッキーフライドチキンのように、ナイフやフォークも使い捨てのプラスチック製・・って最低ですね。最もここ何年もケンタッキーには行ってませんので現在はわかりませんが・・・)

 環境意識が強くなった現在、リターナブル箸を使う飲食店は支持されると思います。なんで企業はそんなことに気づかないのでしょうね?

>コストパフォーマンスとしてもリターナブル箸の有用性を検討する活動は広がっている

は、いい事ですが、なんではやく踏み切れないのでしょうかね?判断ミスです。

20近く前に、スナックみたいなところで、割り箸やめて、塗り箸にしたほうが、お客さんにも感じいいし、お店も経済的で、ゴミも減量出来ていいよ・・・って提案したら、そこのママさんが、「お客さんが汚いと感じるからだめよ・・」って、いつから日本人は、洗った箸でも人が使ったあとは汚いなんて感じるようになったのだ!?っていうかそんなこと感じる人がいるのか?人が使ったあと洗ったスプーンやフォークを汚いなんて嫌悪感を持つ奴がいるのか・・・?

 因みに、会津若松市の八剣伝という飲食店(飲み食い居酒屋のチェーン店)は既に(おそらく出来たときから)リターナル箸です。だから好きです。・・・でも確か、リターナル箸を紙の袋に入れて出していたような記憶が・・・折角だからそこも止めたほうがいいと忠告したような覚えが・・・
 リターナル箸を使っているお店も探せば結構ありますよ。えび茶色の安い塗り箸を箸立てに沢山立てておいて、適当に2本取って使う餃子屋さんやラーメン屋さんもありました。そういう店は学生時代から応援していて、それほど美味くなくとも行ってました。
 幸楽苑は、いやらしい会社だから応援しませんけどね・・(笑)

 企業にリターナブル箸を使うように働きかける運動も大切ですね。素晴らしい実行力です。頑張って下さい。
  

 

マイ箸、マイバッグ・・は、習慣です
雑草Z
    プードル さん

 お久しぶりのコメント有難う御座います。
マイ箸、マイバッグを持ち歩くのは、難しい事でも何でもありません。ただの習慣です。
 
 マイ箸は、上のコメント返しに書いたように、箸入れが大げさでないほうがいいですね。箸入れの中に水分が溜まらないものがいいです。100円ショップなんかにも売ってます。

 マイバッグは、私は2つの方法があって、
1.たたんでポケットにも入るくらい小さくなるものを持って歩く。(自分の荷物が無いとき)
2.入れるところが沢山あるバッグに自分の荷物を入れて持って歩き、買ったものも同じバッグに入れて歩く(自分の荷物があるとき)

 マイバッグもマイ箸もはじめは持ち歩くのをよく忘れますが、
マイバッグを忘れたら、買い物をしない。
マイ箸を忘れたら外食をしない。
と決めて、実行すればすぐ習慣化しますよ。・・・忘れたら忘れたで、節約になるわけです。(笑)

さあ、あなたも明日から実行です!!!!・・ってもう実行してますか?! 

  

イノベーションとポピュレーション
サーシャ・ルビニコフ
環境問題については、さまざまな書物や議論などを総合的に判断すると、やはり人口増加を止めないことには根本的な解決にはなりませんよね・・・・・・


あのブータンですら、このままいけば20年後までにマルサス的窮乏が顕著になるだろうという研究結果もありますし(ブータンは完全な農業国家ですが、人口は増加し続けているのに農業生産量は増えていない・・・・・)。
キューバもカストロ議長が進めてきたできるだけ自立していこうという経済方針を、ラウル氏が変更するかもしれないとの報道もありましたよね(外貨を獲得するために工業化を促進するらしいです)。

結局はある経済学者が言ったように、『イノベーション(技術革新)とポピュレーション(人口増加)が続く限りは、資本主義はいき続けるだろう』ということなんでしょうね。

資本主義の(持続可能でなければ共産主義だろうが社会主義だろうが同じことですが)地球に対する搾取を止めるには、人口増加を止め、逓減させていかないとだめでしょう。

『再生可能エネルギーも、使う量が多くなれば当然再生不可能となる。ここでどうしようもない事実に立ち戻る。問題を解決するには、人口が多すぎるのだ』ジェームズ・ラブロック氏のこの言葉は、『現実より自分がみたいと思うものをみる』人間というどうしようもない生物に対する警告のようですらありますね

人口が多いと色んな問題が大きくなりますね!?。
雑草Z
    サーシャ・ルビニコフさん

 はじめまして。ご訪問歓迎いたします。
(以前にご訪問された方が、違うHN使っているのではありませんよね?)

 おっしゃるように、人口問題は、環境問題の主因のひとつですね。人口増加と経済成長が環境悪化の2つの主因と言ってもよいでしょう。

>キューバもカストロ議長が進めてきたできるだけ自立していこうという経済方針を、ラウル氏が変更するかもしれないとの報道

 それは困りますね。苦労して自給自足を確立したキューバは、これから自給自足を目指すべき世界の国々の一つのお手本ですから、この路線は続けるべきですね。

>地球に対する搾取を止めるには、人口増加を止め、逓減させていかないとだめでしょう

 全くその通りです。60億を超えた世界の人口は十分に脅威です。

×××× ×××× ×××× ××××


 最後になりますが、サーシャ・ルビニコフさん、コメントする記事が違いますよ。ここの記事とこの人口問題は呼応してません(笑)この一つ前の記事の

>グローバルな視点話さなければならないか? (02/21)

でのコメントでの議論に混ざりませんか?(ってそれを読んでのコメントかと思いますが・・)


 


nao
歯痛の事情で支離滅裂な記事になりましたがアップしました(^_^;)

「穢れ」の精神&清潔好き
雑草Z
    naoさん

>「穢れ(けがれ)」の精神

って、非常に非効率で厄介ですね。日本では、これに極端な清潔好きが重なって、勿体無い物の使い方が蔓延ってますね。

支離滅裂な記事ではありませんでしたよ。起承転結のしっかりした、ウイットに富む記事でした。楽しんで読めました。当方、最近もっともっと滅茶苦茶なコメントを相手にしてますよ。



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2008-02-21 00:03
 最近、環境問題は世界的な規模で考えなければならなくなりました。かつて、1970年代頃までのように、公害という局地的なものではなく、地球規模の環境問題に発展してきました。食糧問題、廃棄物の問題、異常気象、人口問題、森林、生態系・・・
これらは地球規模で見なければ全体像が見えません。
 
 だから環境問題は、完全に個人レベルでは、身近なエコ・・・マイ箸、マイバッグ、節約、省エネ・・・しか語られないのでしょうか?
 グローバルな問題に関して、一般庶民は対策も考えられないのでしょうか?

 地球規模の考察は確かに必要です。地球全体で繋がっているからこそ、グローバルに考えるべき問題も確かに存在します。・・オゾン層破壊、異常気象、水産資源・・・

 しかし、地球規模の問題でも、小さな地域だけの考察でも十分の場合、もしくは小さな地域を考察した方が地球規模でも考えやすい場合が結構あるのではないでしょうか?個人、地域レベルの話を地球規模の話に持って行ける筈です。

 基本は、地域ごとに持続可能な生活をしていくことを考えるのです。
 独立小地域が全て、他の地域に環境付加をかけずに、かつそのコミュニティ内で持続可能な生活を営んでいれば、昔のように地球規模での考察は必要ないでしょう。

 例えば食糧問題
世界の食糧生産の総量がどのくらいで、人口が何人だからどのくらいの生産が必要だとか言う話になるから、個人レベルでデータを用意できないし、考察も専門家任せになりますが、国家よりもずっと小さい小コミュニティ・・・小地域が、自給自足していればいいのです。小地域で地産地消すればいいのです。小地域だったら個人レベルでも必要な農地の広さも判断出来るし、論じることも出来ましょう。


 エネルギー問題も同様 
 よそからエネルギーを持って来る事を考えずに、地域でまかなえるエネルギーを使うのです。地域でまかなえないエネルギーは使うなって事が原則です。勿論有害なエネルギーは使うべきではありませんが、自分の地域で処理するつもりで、使う。と・・・
自分の地域で核廃棄物を受け取ってまで、原発をしたい自治体はまず出ないでしょう。補助金もつかないわけですし・・・

 その廃棄物問題
 集めて人のいない所に持って行くと言う発想だから、廃棄物がたまり過ぎたのです。どこでも廃棄物を引き取りたい自治体なんてないのです。・・・だからといって、人の少ない僻地に捨てるという発想は最悪でしょう。・・・そういう土地こそ、生態系が豊かで、水や空気も浄化しているのです。先進国の産業廃棄物を発展途上国に持って行って捨てるという発想も、ただの廃棄物の押しつけです。窮した苦肉の策でしょう。・・・捨て場がないなら廃棄するな!廃棄するなら作るな!が原則でしょう。
 グローバル化による国際分業と申しますが、塩素系化学物質や放射性核廃棄物のように、絶対に生態系に循環しない廃棄物をよその国に押し付けるのは、大きくモラルにも反するでしょう。


 はじめから地球全体の事を考慮するのは危険です。グローバルに考えると言うことは、ややもすると、環境問題を個人レベルで考えられない手に負えない物とし、政府や大企業、多国籍企業の都合のいいように扱われてしまうリスクがあります。事実現在はそう言う事だらけです。

 食料供給も、エネルギー供給も廃棄物処理も、先ずは個人レベルで個人の周りの小さなコミュニティーで考える事が基本でしょう。
 人間一人当たり、単位面積あたりで考えて、それで地球規模を類推する事は可能です。
 

その妨げになるのがグローバリズムという国際間の色々な交流です。国際分業、国際貿易・・・みんな持続可能な社会の構築の妨げになっています。・・・あるコミュニティが危機になった時は、援助するという意味では大切ですが、特別な危機の場合以外は、グローバルな物資の交流は、環境問題を先送りして、地球規模まで膨らましてしまうのです。勿論大崩壊も地球規模でやってくるのです。

 現在のグローバル化は環境問題の先送りと環境付加の押し付けあいを助長しています。
 環境問題の基本は、地域ごとの持続可能性で考えることです。
 グローバルな視点も大切ですが、ほとんどの問題は、ローカルな視点でも十分に考えられるのです。そして地域ごとに考える事こそ基本です。
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【2008/02/21 00:03】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

自立のための鎖国
田中敬三
食料についてですが、中島正さんの『農家が教える自給農業のはじめ方』には、1人5aの畑で自給ができる、とあります。で、〔5a×日本人の人口〕分の可耕地は、日本にはあるんだそうで、分配さえうまくやれば、日本は100%の食料自給が可能、ということになります。単純計算ですけど。

班田収授法で、6歳以上の国民に貸し与えられた田んぼ(口分田)は、男良民に約2.4a、女良民に約1.6a、奴(ぬ)=男の奴隷に約0.8a、婢(ひ)=女の奴隷に約0.53aだったそうです。少ないですね。おそらく、田んぼとは別に、畑があって、そこで働かされていたのでしょう。
「貸し与える」と言っても、年貢はとられるのですから、「働かされる」との境界は、あいまいです。そのへんが現代で言えば、楽しみでやる畑仕事と、一部の産業界や政治家、教育関係者らが言う「徴農」との境界と、重なるわけです。

農業者は、圧倒的に「働かされる」という側面が強いのに、「自分の畑だ」という意識を持たされて、自発的に服従するしくみに、はめ込まれています。だもんで、わたしみたいに、「楽しくなければ畑でない」なんてちゃらんぽらんなことを言う人間に対して、敵意むき出しになる人、多いです。こういうの、わたしは、「小地主根性」と呼んでいるんですけど。「ごやごちゃ言わんで、働け」と言うのは、100%地主か地主の代理人です。

何にしても、日本人で、農業をやりたいと希望する人が多数派になるとは思えないので、自給的農業を目指す人が土地を見つけられなくて困る、という事態には、今後もならないだろうと思います。

エネルギーについても、廃棄物についても、雑草さんのおっしゃるとおりだと思います。
各国が鎖国をすれば、かなりの問題は解決すると思います。鎖国して、民族自決にして、それでどうにもならなかったら、それがその国の運命だと思って、あきらめるしかないでしょう。少なくとも、外国人が勝手な価値観で引っかき回すよりは、ましです。
飢餓の問題も、その原因には手をつけないで、自国の余った農産物を「援助だ」と言って送るだけでは、ますます自立できなくなります。貧しい国に金を貸して、ますます依存させるような開発をやらせるのは、やめるべきです。返済を迫ったり、利子をとったりするなど、問題外です。

それと、ジェット機は、ぜひ禁止にしてほしい、と思います。オゾン層を破壊するんですよね?ジェット機って。

自立の為の鎖国に賛成です。
雑草Z
    [太字]田中敬三 さん

 今こそ日本も鎖国をして、自給自足を目指すべきでしょうね。突然は無理でも、数年かけてそうするべきです。そういう荒治療しないと、将来、食料が入って来なくなったときに、パニックになるでしょう。農水省のように、10年で、食料自給率を45%に上げるなどというふざけた事を云ってるようでは、話になりません。10年後にどこの国が日本に食料を輸出してくれるでしょうか?日本に飢餓が来る日も近いと感じてしまいます。

 キューバも、換金作物のサトウキビなどを作っていたのにソ連の崩壊と共に、アメリカに海上封鎖され、鎖国状態にされ、食糧不足の危機に立たされましたが、カストロ政権の頑張りで乗り切り、それによって自給自足の出来る社会に生まれ変わりました。

>自給的農業を目指す人

が増えて欲しいものですね。そういう人に農地が使える制度を確立するべきですね。

>自国の余った農産物を「援助だ」と言って送るだけでは、ますます自立できなくなります。貧しい国に金を貸して、ますます依存させるような開発をやらせるのは、やめるべきです。

 は、正におっしゃる通りだと思います。ODAの実態は、酷いものです。金儲けと経済支配の為の援助ですね。

 
 ジェット機の撒く排気ガスのほうがCO2よりもずっと温暖化の原因になるのではないかと、槌田敦さんは言っておられます。

 食糧自給に関して非常に参考になるコメント有難う御座います。

江戸化しなさい。
ハイパーポン太
 江戸社会は、実は高度な循環型社会であったという話を聞いたことがあります。先人の知恵を借りるのも悪くないんじゃない?と思います。完全な循環型社会は無理なんですけどね、でも見習うべきところは多数あると思う。
 だから、江戸化社会(もちろん、将軍様指導の幕藩体制をやれと言っているわけじゃない)を目指すというのならば、鎖国は賛成ですね。というか、食料自給率は、やはり上げておくべきだと思いますよ、私は。どこの先進国だって、万が一に備えて食料自給率の向上に努めているわけだし。下手すれば、いつ北朝鮮を笑いものにできなくなるかもしれない状況なんですから、日本は。食料自給率が低いと、「将軍様」の国の仲間入りになっちゃうかも。
 かの国を見習って(笑)工作員の育成や麻薬や偽ドル札の製造技術を学んでも、仕方がありません。

日本は北朝鮮よりも食料自給率は悪いのです
雑草Z
    ハイパーポン太 さん

 日本より食料自給率の悪い国は、ルワンダなど最近まで紛争をしていた貧しいごく一部の国だけです。(まあバチカン市国とかもだと思いますが・・)だから、現在日本に食料が全く入ってこなくなったら北朝鮮よりも悪い状態になる可能性は大ですね。

×××× ×××× ×××× ××××

 『鎖国』という言葉を使っている事からも、記事の内容からもお分かりのように田中敬三さんのコメントは、江戸時代の鎖国も踏まえてのコメントである事は明らかです。
 食料に限らず何でも自給自足出来た江戸時代は持続可能な社会のお手本によくされますね。このブログでも何度か触れていたと思います。その意味で、現代日本よりずっと優れていました。田中さんはその辺お詳しいかと思います。

それは知らんかった…。
ハイパーポン太
 あの「将軍様」の国で行われている「主体農法」というアホな農業政策(密植すれば収穫量が上がると錯覚している)を見ていると、とてもではないが、食料自給率が日本以上とは思えませんでした。しかし、北朝鮮よりも自給率が低いというのは、笑い話にもなりませんね。いい加減、持続可能型社会を目指して政治家の皆さんも活動してほしいんですが。少しキューバに勉強しに行け(笑)。有機農業である程度成果が出ているから。

日本の食糧政策はあまりにとほほです。
雑草Z
 早晩、日本に食料は入って来なくなるでしょう。その時にキューバみたく耐えて自給自足を達成出来るか・・・?ってやるしかないわけです。だから今から備えるべきです。
田中敬三 さんのおっしゃるように、自給的有機農業をやる人間が増えるのが望ましいと思います。

 私が調べてみたいと思っている事は、日本と北朝鮮の食糧自給率の出し方です。一人当たりの必要なカロリーの量も、北朝鮮のほうが必要最小限に抑えてあって少なめに考えられているのでは?・・って言うよりも日本の食料自給率は、捨てられた分も消費したとカウントしているんのかも知れません。・・だから、日本の実質の自給率は少しは上がるのではないかと(捨てて無駄にする事は、ほめられた事ではありませんが・・・)カロリーベースでも自給率の計算の仕方は、調べてもなかなか載っていません。

 まあ、それでも中国の農薬入りの食品をバッシングしているより、自国の自給率を高める努力を一刻も早くすべきでしょう。  


sitb
江戸時代化は確かに必要だと思いますが、今の人口では不可能だと思います。今できてかつ効果がありそうなことは世界の人口を減らすことだと思います。
そのために、鎖国ではなく世界政府作って人口政策をしたほうがいいと思います。
まあ、無理でしょうね・・・。人一人の価値は国ごとに違いますから。

人口問題は環境問題の中心です。
雑草Z
 日本の現在の人口でも

>分配さえうまくやれば、日本は100%の食料自給が可能

と言う事が、上の田中敬三さんのコメントに書いてあります。私もそれは不可能ではないと考えます。、
 しかし、環境負荷の小さい自給的有機、自然農業をしても、やはり1億以上の人口を養うには、森林伐採など大きな環境負荷を伴うでしょう。
 
 だから、人口は減らさなければなりません。江戸時代並みの3000万人くらいの人口がいいのかもしれません。

 現在の少子化のペースで人口を減らすのでもペースが遅すぎると考えますが、日本は少子化対策と称して少子化を止めようとしているから愚の骨頂です。だから、鎖国でもすれば、勿論、人口を減らさなければならなくなります。勿論工業優先から農林水産優先になるでしょう。
 そういう意味でも鎖国をしたほうがいいと議論しているのです。・・・勿論現実問題として、クリアしなければならない問題が沢山有ります。

sitbさんの言うように、世界で人口抑制を推進していく事も必要になるでしょう。

 このような事についてはこのブログで散々描いています。
カテゴリー【食料と人口】などを見てください。
 


sitb
コメントありがとうございます。

カテゴリー【食料と人口】見てみます。

世界政府に反対します
田中敬三
sitbさんの

> そのために、鎖国ではなく世界政府作って人口政策をしたほうがいいと思います。

というご意見について、「鎖国を!」と言い出した責任者として、一言言わせてください。

世界政府っていうのは、内政干渉を国内問題に矮小化する運動です。別の言い方をすれば、強い国が弱い国を全部併呑する性格を持つ運動です。で、「低開発国の人口を減らせ!」というのは、低開発国から地力やヴァーチャル・ウォーターや労働力を収奪しているわたしたち高開発国の利益を維持させようとする、エゴイスティックな主張なのです。

人口というのは、現状でも、食料の配分のし方によってコントロールされているのですよ。穀物商社の都合で、人口をふやせだ、へらせだと、いじりまわすのはやめてほしいと思います。また、利害者の息のかかった情報操作にのせられて、他国の人口をどうしろだのと、軽率な発言をするのも、どうかと思います。
低開発国で、人びとの貧しさや無知につけこんで、荒っぽい断種手術や、避妊薬の皮下への埋め込みがおこなわれていますが、子どもを産み育てる男女にとって、自発的でない人口抑制策は、すべて犯罪的であると、わたしは感じます。
戦争を起こして人口を減らせ、などと言うのは、論外です。

ですから、プランテーションは引き上げてもらって、自給的な農業に転換してもらって、あとの国の運営は、その国の人たちに任せなさいと、そういう意味で「鎖国を!」と言ったわけです。
かの国のことは、かの国の人たちにまかせる、というのが、一番いいのです。かの国のひとちにまかせて、うまくいかなかったら、それは、その国の運命ですから、しょうがありません。それでも、他国の勝手な都合、勝手な価値観でいじくりまわすよりは、はるかにましなのです。

かの国の人たちが自治をすることができるように、わたしたちは、かの国から収奪することをやめなければなりません。
日本で生産できる農作物は、国産品でまかないましょうよ。バナナやコーヒーやチョコレートなんか、食べなくたっていいじゃないですか。

あとですね、日本国内で食料自給がむずかしい最大の理由は、農地が足りないからではなくて、農業をやろうとする人が圧倒的に少ないからです。
耕作放棄地は、いくらでもあるのですから、自給することの大切さに気づいた人から、田舎へ引っ越していって、自分の家族が食べる分ぐらいの食料生産をはじめればいいのです。政府は、このような自給的な小規模農業をはじめたい人に、農地を使わせることを、許可するべきだと思います(現在は、きびしく制約されています)。

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2008-02-17 00:02
 一般の人が環境問題を語る時、地球規模の問題に関してのデータは、それなりの機関が出したものを使います。対策も概して専門家が出したものを元に考えます。個人なり小さな組織では地球規模のデータの収集は無理でしょう・・・。
 そこで見落とされる問題は、データの精度、および”専門家”が出した結論の信頼性です。この事についてはあまり論じられません。・・・だから大衆操作もしやすいのです。その気になればデータの捏造も簡単でしょう。確認は困難でしょうから・・・

 データや対策の内容以前に、しかるべき機関が出した統計データがどのくらい信頼が置けるかという事に関しても、もっと考慮すべきでしょう。

 例えば、森林面積のデータのアバウトさについては、このあいだ言及致しました。
【森林減少に関する軽卒過ぎる楽観論】
 森林面積のデータは、森林の質に関してはほとんど考慮されていません。樹齢数百年の木々の生えている手つかずの天然林が皆伐されて、そこに苗木を植えた場所でも、同じ森林面積としてカウントされるのです。さらに火事などで焼けた森林も、伐採された森林も森林面積に計上されているのです。
 森林の質は面積に比べて測定するのは難しい事は確かです。現在取られているデータで最良の方法は原生林の面積データで考える事です。そして、その面積は明らかに減っています。この非常に価値ある原生林もみるみるうちに他の用途・・・価値の低い植樹された森林や農地、放牧地、道路、工業用地、住宅地に転換されています。
 公式に保護されている森林は、約3億ヘクタールしかないと言われていますが、その書類上保護されている森林でさえ、組織ぐるみで不法伐採が行われています。そしてその消失分はデータには反映されていません。
 このように比較的統計を取りやすいと思われる森林面積のデータでさえ、正確にはわかりません。公式な森林面積の統計データはかなりいい加減です。出される数字は毎年かわり、どの数字が正しいかも結論が出ていないのです。つまり、森林の消失状態は正確には分かっていない・・・と言うのが実態です。

 過去の地球の気温はもとより現在の地球の平均気温についても、データを取る場所は偏っているし、小さな温度計では、局所的な偏りもがデータとして取り入れられてしまいます。

 私は、過去の気温もCO2濃度も、かなりアバウトな胡散臭いデータで、異常気象や温暖化が語られていると考えています。

 以上、地球に関する統計データは結構当てにならないものです。その信頼性についての議論なしに、都合の良いデータが疑いをもたれず使われ、対策が生み出されているのです。・・・

 環境問題に対して、統計データは諸刃の剣です。
 統計データから、対策をしっかりしないと間に合わないという議論から、対策をしなくともまだ十分間に合うという議論まで、色々な意見が出されます。それに伴い予防原則も都合のいい部分では採用され、都合の悪い部分では無視されます。

 データが不確実だからと言って対策をしないでいいと言える根拠もないのです。

 そう考えると、統計データに頼らずに、身近なところで森林が伐採されている、生体系が壊されている・・・と言うことから地球規模の危機を感じ取る事もあながち間違った方法ではないでしょう。
 例えば、森林消失、生体系の破壊に関して、統計データが不確実だから、環境危機を煽ってはいけない・・・などと言ったら、かなり自然の摂理に対する洞察力が欠如していると言うべきでしょう。
 
 地球規模の統計データは信頼の置けないものが沢山ありますが、環境問題はかなりシビアな事は間違い御座いません。

・・・・環境問題に対する楽観的なデータは疑ってかかって、シビアなデータは尊重すべきだ・・・という主張になってしまいそうなので、このへんで止めておきます(笑) 
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【2008/02/17 00:02】 | 環境総論 トラックバック(0) |

信憑性が全てか
解死塚
いつだったか、「朝までテレビ」の生放送で温暖化問題について熱い議論が交わされるということがありました。
今や有名な国立環境研究所の江守さんなど、温暖化に詳しい人たちが集まっていました。
その中で私が特に耳に残ったのは、調査・研究方法の正確さ、用いた情報が最も新しいか否かという議論でした。
しかし、一番感動したのは、司会の田原総一朗さんが視聴者に分かりやすいように、視聴者の為の議論をしようとしていたこと。研究者たちはなかなか田原さんの思うような議論をしてくれてはいなかったような気がします。

その番組の中でアル・ゴア氏の「不都合な真実」についての議論がありました。批判ばかりで、あれはよかったという人は一人もいませんでした。研究者として間違った表現をすることがゆるせないという事でしょう。
しかし、「不都合な真実」により、どれだけの人の意識が高まったか、それだけの人の関心が高まったか、そちらを評価すべきなのではないのでしょうか。

北極の氷が溶けるから海面が上昇すると思っている人はまだまだたくさんいます。だからといって、それは間違っていると指摘する必要は私は無いと思います。温暖化問題に対して興味はあっても、知識はないひとはたくさんいる。しかし、温暖化問題が悪いことだと、頭の中では誰しもが理解していると思います。それで充分だと思います。
映画、本、テレビといった全てのメディアにおいて、間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいいのでは無いかと思います。

まともで有効な対策の為に
雑草Z
    解死塚さん

 ちょっと記事の内容とはずれたコメントですが、お返事致します。

 確かにアルゴアは、アメリカの能天気な人々をはじめ、多くの環境問題に関心のない人々に環境問題に関心を向けさせたという意味で功績はあるでしょう。
 しかし、「不都合な真実」にも沢山の不都合な真実が見え隠れします。アルゴアの発言等は、環境問題を長年研究してきた人とは思えぬほど表面的で、環境問題の本質を分かっていない薄っぺらな環境論者に見えます。

 アルゴアをはじめとするCO2温暖化対策とCO2削減にばかり躍起になる人の明らかな功罪は二つあると思います。

 先ず、原発やCO2地下貯留のような、CO2温暖化よりも酷い環境汚染を起こしそうなとんでも対策・・・これは実質CO2削減にならないというよりも、さらなるCO2発生をも促すとんでも対策です。そして、放射能汚染など、もっとシビアな問題を起こします。

 次にCO2温暖化対策ばかりで、他の切実で重要な環境問題から目をそらせてしまう事・・・「不都合な真実」はこの典型かもしれません。

「不都合な真実」で環境問題に目覚めた子供達が、環境問題をしっかり研究、考察し、アルゴアレベルでは話にならない事を悟って、本質的な環境対策に取り組む・・と言う風に進めばいいのですが・・・。

>間違った表現、あるいは信憑性の欠けた表現があったとしても、それが人々をエコに駆り立てるものであるならばそれでいい

 こういう部分での間違いが判明すれば、世界にまだまだ沢山いる経済優先を叫ぶ大多数の人に「無責任に環境危機を煽るな」と言われ、経済優先、開発優先の口実にされてしまいます。言いたい事はわかりますが、間違った認識で誤った対策をしても地球環境は改善しません。   
 
 

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2008-02-13 00:02
 前回は、世の中に蔓延っている軽率な環境問題軽視論の中から森林減少について言及させて戴きましたが、今回も前回に引き続き軽率な環境軽視論に反論させて戴きます。
今回は、食料生産に対する楽観論について、特に食料の中でも基本となる穀物生産に絞って論じさせて戴きます。


 穀物生産に対する楽観論は、世界の穀物生産はずっと増産されている事を根拠にしています。例えば1950年から2000年までの50年間で世界の穀物生産高は3倍以上に増加しています。その間の人口の増加は2倍を少し上回るほどです。人口増加率よりも食料増加率は上まわっているから、世界の飢餓はなくなるだろうという楽観論です。
 FAOは、もし全て耕作可能な土地を食料生産に使い、土壌浸食などもなく、天候も良好で、管理も万全な状態で耕作すれば、途上国の食料生産高を現在の16倍に出来るなどという報告も行っています。
 でもそれは極めて楽観的な理想的な状態の元でのお話です。そんなに簡単にはいきません。そんな事はほぼ無理でしょう。
 でも、それでもまだましなほうで、技術によって、土地の収穫率は無限に上げられるような事を述べている本なども存在し、売れてます。無限の収穫率なんて、疑いを持たないほうが変です。それだけで信頼出来る筈がありません。
 実際現在の食料は、全世界の人に適切に供給する事は理論上は可能です。しかし、それは、穀物を家畜のえさに回さず、かつ収穫から消費までの間に腐ったり害虫にやられて食えなくなる分がないとした場合です。
 実際には、収穫後に損失する穀物は10~40%もあり、食料の配分は公平というにはほど遠く、貧しい人々を飢えさせてまで肉を食べるための家畜のえさになるのです。当然、10kgの穀物を食べた家畜の肉は1kg分にしかなりません。
ここ20年ほどは、穀物増産率は、人口増加率も下回るようになってきました。つまり、人口一人当たりの穀物生産は1985年をピークに少しずつ減少しているのです。

 統計データに現れた表面的な事だけ読んでいては話になりません。

例えば、世界の作付け面積は15億ヘクタールで、ここ数十年ほとんど変わっていません。それに対して、地球上の耕作可能な面積は20~40億ヘクタールあるから耕地面積を増やして増産すれば大丈夫なんて楽観論が本やネットを駆け抜けるから始末に負えません。確かに食料増産分のほとんどは、農地の実質的な拡大ではなく、収穫率の向上によるものです。
 だからと言って、耕地が維持されているのではないのです。かつて生産力があった土地が、浸食や塩害、都市化、そして砂漠化によって失われて、それと同じくらいの新たな耕地が森林伐採などによって生み出されているのです。耕地に転換できる土地の面積は年々縮小しているのです。耕地の土壌の質の低下を補う為に化学肥料でドーピングして、収穫率を維持した上げたりしていますが、そんなものは問題の先送りでしかなく、問題をより深刻にするだけです。


 以上のような議論もしないで、表面的に統計データを捉えて、世界の穀物生産は増えていると楽観論を展開することは、軽卒というものでしょう。その軽さには、しっかりした洞察など微塵も感じられません。こんなレベルでよくもまあ環境問題を楽観視出来るものです。

 環境問題の本質を見極められない、すぐ流されてしまう土壌のような薄っぺらな似非楽観論を展開し、「環境危機を煽ってはいけない」などとのたまう輩は愚かで無責任です。
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【2008/02/13 00:02】 | 環境総論 トラックバック(0) |

お久しぶりです。
坂番
春休み、考える時間にしていきます。

理論上、地球で生産される食物で世界中の全ての人へ最低限の供給が可能という事ですが、現在それが出来ていないのは、それを実現する為のシステムが無いと言うことと、それを妨げるニーズがあるということかと考えます。
理論上は可能でも、結局世界はそんなことをする気はないのではないのでしょうか。
自分の身は自分で守らなければならないのだから当然と言えば当然か・・・

それを考えると、その理論は飽食という状態に“後ろめたい”と思う気持ちを払拭する為のバックグラウンドでしかないのではないかと思っていまいます。

ま、食料自給率39%の日本、高級和牛なんて食べてる場合なのかと思いますね。




春に、沢山考えてください。
雑草Z
     坂番 さん

お久しぶりです。・・100年振りくらいでしょうか?

>それを実現する為のシステムが無いと言うことと、それを妨げるニーズがある

は、その通りですね。

>結局世界はそんなことをする気はない

という事は、世界を牛耳っているいわゆる先進国の為政者達にその意思がないという事でしょう。ならば、人口を増やさない方向に行かなければかなり危険です。結局政治家のほとんどは、ほんの目先の事ばかりしか考えていないという事です。

 日本人は人ごとのように言ってますが、ここにも頻繁に書いているように、食糧危機はすぐそこまで着ているでしょう。日本の食料政策は本当に愚策です。
 自給自足はこれからの独立国家の基本でしょう。道路特定財源なんてやってる場合じゃないです。

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2008-02-09 00:02
 最近、人々の環境問題に関する意識は高くなってきている(まだまだ話にならないレベルですが・・・)一方、「環境危機を煽ってはいけない」なんて本も流行っていて、環境問題に関する楽観論も論じられています。その手の本も沢山発行されています。確かに環境問題に対する認識や対策方法はとんでもないものが沢山あり、改めるべき部分も沢山ありますが、環境問題自体は、かなりシビア-なもので、楽観論を語っている余裕はないでしょう。
 それぞれ個別の環境問題で、安心出来るものがあれば安心したいものです。まだまだ大丈夫という裏付けがあれば、それはそれで結構です。
 だから、そういう環境問題に対する楽観論を書店で立ち読みなどもしたものですが、あまりの軽率な議論にがっかりするとともに、怒りも込み上げてきます。 買う価値がない本ばかりです。よくもまあこんな薄っぺらな内容の本を恥ずかしくもなく書くものです。そんな軽率な環境軽視論にいちいち目くじらを立てて反論しても時間の無駄だとも考えていたのですが、こんなとんでも議論を真に受けて、環境問題など大した事ない・・・という風潮は後を絶ちません。それが一種、ファッション化していて危険なので、ちょっと論じてみようと思います。

 環境楽観論と言っても様々な分野がありますが、とりあえず、森林減少に関する楽観論について、反論させて戴きます。彼らは統計データを一面的に捉えて、楽観論を展開しています。しかし、この楽観論には、しっかりした洞察など微塵も感じられません。こんな表面的なデータをかじったレベルで、よくもまあ環境問題を楽観視出来るものです。

×××× ×××× ×××× ×××× ××××
 
 統計データによると世界の森林の減少率は、年間たった0コンマ数%だ(0.7%とか)という楽観論があります。・・それでも十分に脅威となる数字ですが・・・。一時の乱伐は減って、植林も増え、このペースで植林が進めば森林は増加に転じると期待出来ると言う楽観論もあります。・・・本当にそうなら嬉しいのですが・・・
 森林の統計データもかなりいい加減です。例えば、1999年に出されたFAOの評価によると、森林の年間消失速度は、年間1130万ヘクタールという数字が出されていますが、それは農業や放牧、道路や居住用に転換した森林だけです。伐採された森林も山火事で燃えた森林も森林として計上されています
 天然林が伐採されて、集約管理型の植林に転換されていますが、天然林の森林の密度や生態系の多様性は同じ面積の人工林に比べて遥かに大きいのです。多くの国が発表している森林面積のデータにはこの違いを区別していません。天然林の伐採後に苗木を植えたばかりの土地も、同じ森林面積として統計データに載るのです。

 確かに1993年のFSC[森林管理協会]の設立など、健全で持続可能な森林管理の取り組みはなされています。
 しかしまだこの取り組みは持続可能な林業にはほど遠い状態です。

 地球全体では、森林消失は増えていて、残っている原生林は消失しつつあり、まだ残っている森林の質も劣化しているのです。

 こんな議論も出来ないで、表面的な公式データで、森林消失は年間たったの1130万ヘクタール(これだって多過ぎです。十分に脅威です。)だとか楽観論を言ってる人間に環境問題の本を書く資格はないでしょう。
 環境問題の本質を見極められない似非楽観論者に騙されないように・・!!!。
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【2008/02/09 00:02】 | 環境総論 トラックバック(0) |

砂漠の宗教
田中敬三
岸田秀さんと小滝透さんの対談本(『生きる幻想 死ぬ幻想』)を読んでいたら、小滝さんが、ヨーロッパでペストが大流行したころのことを語っていました。↓

……さらに森林伐採には宗教的な意味もあって、森を残しておくと、土着的な精霊信仰が生き残って、異端や異教が生まれるので、キリスト教を広めるという意味でも、森林を伐採した、そうしたらフクロウとか蛇とかがいなくなって野ネズミが大発生し、それにペスト菌を持ったノミが寄生したので、大流行を引き起こしたのです。……

うっそうと繁る森林を見ると、「こんなもの」と、敵意のようなものが湧いてきて、明るく切り開かないではいられなくなるような心性があるのかなー、と思いました。

キリスト教の独善
雑草Z
    田中敬三さん

>土着的な精霊信仰が生き残って、異端や異教が生まれるので、キリスト教を広めるという意味でも、森林を伐採した

 とんでもない奴らですね。キリスト教徒は選民思想の塊でしょうか?この排他性は、世界を征服するまで終わらないのでしょうか?

>うっそうと繁る森林を見ると、「こんなもの」と、敵意のようなものが湧いてきて

と言うのが彼らの開拓者精神[Frontier spirit]の本質かも知れませんね。
 Frontier の本来の意味は「アメリカ先住民の掃討の最前線」という意味だといいます。
 だから開拓者精神[Frontier spirit]の本来意味するものも異民族、異宗教者の掃討・・・
 かつて白人のキリスト教徒は、船に乗ってやって来て、巧みに近寄って、ある日突然牙を剥く・・・他民族にとっては悪魔だったのでしょうか・?。
 

植林、林間農法
地下水
 皆伐された広大な内陸の穀倉地帯は、保水力も弱く灌漑地下水位が下り、化学肥料で土壌が傷んで来ています。皆伐はし過ぎであり何割か残すべきでした。
 この穀倉地帯に縞模様の様に直線に植林する事で、地球の緑を飛躍的に増やし、保水力を上げ、落葉で土壌の劣化を遅らせる事ができると考えます。
 地下水位が下っている米国のトウモロコシ地帯、乾燥が進んでいるオーストラリアの小麦地帯、アラル海が干上がっている東の綿花地帯などに植えるべきだと考えます。

Re:植林、林間農法
雑草Z
    地下水さん

>穀倉地帯に縞模様の様に直線に植林する事で、地球の緑を飛躍的に増やし、保水力を上げ、落葉で土壌の劣化を遅らせる事ができると考えます。

それは大変いいアイディアですね。他の記事への地下水さんのコメントのように、植林も混植すれば強い林になる可能性が高いですね。穀倉地帯にこそこのような林を作って林業も起こし、里山を作るっていいですね。
「広大な穀倉地帯、綿花地帯」も現代人類の失敗作である事はもう証明されたも同然ですからね。
是非とも早く
>地下水位が下っている米国のトウモロコシ地帯、乾燥が進んでいるオーストラリアの小麦地帯、アラル海が干上がっている東の綿花地帯

でやって欲しいです。


Re:Re:植林、林間農法
地下水
 凡その統計値を調べますと、緊迫の度合いには凄まじいものがあります。

 過去50年間に、世界の人口は270%に急増しました。
 過去50年間に、世界のエネルギー消費量は300%以上に急増しました。
 過去百年間に、世界の森林の面積は30%も消失しました。
 過去50年間に、珊瑚礁の40%は消失するか劣化し、マングローブ林も35%が失われました。
 特に漁業や淡水資源の利用は、今後50年のうちに回復不能な状態に陥る危険があります。
 過去50年間に北京の地下水位は60メートル減少しました。地下水位の低下は、特に、中国、インド、アメリカの三大穀物生産国で顕著です。この50年間に地下水の過剰使用によって帯水層は干上がりつつあります。この水不足は食糧危機につながります。

 従って、一子制によって世界人口を減らす必要があります。乾燥地や皆伐された内陸の綿花地帯や穀倉地帯に、縞状の計画的な植林と林間農法によって、緑地と土壌と保水力と藻場を回復する必要があります。

Re:Re:Re:植林、林間農法
雑草Z
    地下水さん

 年明けはじめのコメント、記事を遡って昔のコメントに続けて頂いて有難う御座います。

 人口増加と1人当たりの環境負荷の増加は、環境問題の根本原因の大きな要因ですね。世界の人口は増え過ぎですから、望む望まざるに関わらず、何れ近い将来に世界は人口減少を経なければならないでしょう。
 欧米の指導者の間でも人口を減らす計画が立てられていると言うまことしやかな噂がありますが、過激な酷い方法が噂されています。そんな方法が実行される前に、人類は自らの意思で賢く人口を減らさなければなりません。その為にも、一子制はソフトで賢い政策と言えましょう。
 地球上の動物で独り勝ち状態の人類は、自らの意思で人口を減らさなければ、悲惨な将来が待っていますね。

 なお、以前コメントを頂いた次の記事もこの問題を論じていますね。

【人口圧】2008-05-01
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-292.html



Re:Re:Re:Re:植林、林間農法
地下水
 米国は1845年には2千万人であった人口が現在3億人へと激増しており、米国主義による大戦や産業革命と思っていたより危険な相関が考えられます。地球の人口は1987年に50億人、1998年に60億人、2011年に70億人と激増していて、思っていたより危険である事がわかりました。僅か13年で10億人も増えています。10億人増えると森が7%減り、藻場が8%減ると言う危険な相関も考えられます。資本主義や産業革命や軍拡のパラダイムを修正し変更しないと危険過ぎます。
 地上は太陽から見ると緑が日光の低いエントロピーを受光して蓄積している非平衡系で、緑の蓄積以上の経済活動をするとエントロピーが増大します。ましてや低いエントロピーの根源となっている緑を破壊すると、元も子もなくなりますので、普段思っているよりも森が大切な事がわかりました。
 日光を受けた雑草も、その陰で新たな木の種を発芽させようと、きっと思っているようです。

Re:Re:Re:Re:Re:植林、林間農法
雑草Z
人口爆発は、いわゆる発展途上国で起きている現象のように言われていますが、実は先進国と言われる国は既に人口爆発を経験していますね。日本も江戸時代はおよそ3000万人で安定していましたが、明治維新から100年ほどで、約4倍の1億2000万人ほどまで増えました。恐ろしい頃です。
江戸時代の人口抑制策も、現代人から見れば「非人道的」と言われるかも知れませんが、人口増加による悲劇をしっかり認識していたところが賢いと思います。「少子化」を問題にしている現代日本人は本当に愚かだと思います。

>資本主義や産業革命や軍拡のパラダイムを修正し変更しないと危険過ぎます。

そうですね。確実に破滅に向かって行進していますね。

人類は太陽光の範囲でエネルギーを利用しなければなりませんね。・・・太陽光発電と言う意味ではありません。・・光合成主体で、あとはパッシヴソーラーくらいでしょうか。

この辺りは、以前記事にしています。例えば、

【太陽エネルギーの有効な使い方】2008-10-13
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-339.html

とか

【光合成・神業!】2009-06-09
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-406.html

とか、
カテゴリー【太陽エネルギー】の記事です。この辺りの議論は、地下水さんと意見が一致する部分でしょうね。




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2008-02-05 00:01
 エコロジカル・フットプリントなどの観点からも、人類活動は1980年代に持続可能なレベルを超えて、現在は20%ほどオーバーしていると言われます。
つまり、例えば再生可能な資源・・森林だとか水産資源だとかの消費量が再生量を20%ほどオーバーしていると言うことです。
 私はこの手の数字はあんまり信頼していません。持続可能なレベルをオーバーしている量は、5%かも知れないし、50%かも知れません。定義の仕方によっても変わるでしょう。しかし、オーバーしていることは明らかです。実際に森林面積は減っています。水産資源も枯渇に向かっています・・既に枯渇してしまった漁場も沢山あります。

 そんな議論に対して、色々な限界はまだまだだと言う見解もさまざまな方面から出されています。産業界から発信されたり、政府や国際機関、研究所から発信されたり、「環境危機を煽ってはいけない」なんて軽率な本を書いている連中も盛んに述べています。比較的中立な立場の研究者からも発信されています。

 例えば、
漁業資源も森林資源も、適切に管理すれば現在のレベル以上に供給可能だという研究報告も沢山あります。農業に至っては、まだまだ十分に増産可能だから、 現在の人口より遥かに多い人間の食料を生産出来るなどと強気の見通しも出ています。・・確かに当たっている議論もあるでしょう・・・適性に管理されれば・・・・
 その結果、世界の人口もまだまだ増えても大丈夫、100億人くらい十分に養うことが出来るなどと言う研究も溢れています。
 人口問題は、単純に数だけではなく、  (人口)×(一人当たりの消費量など)
 つまり全消費量が問題になる筈です。
 兎も角、限界はまだまだだと言う強気な意見があるわけです。人口が増えても技術で何とかなると言う楽観論に溢れています。
 まあ、多くの経済界や財界人の発想のように、限界の概念のないものと比べればずっとまともな議論なわけですが、これらの
「限界まだまだ説」   に対して私が言いたいことは
「限界に挑んでどうするの?」     と言うことです。
 
 地球規模の限界に関する情報は、かなり不確実です。地球自体の様々なデータも揃っていません。未知の部分も沢山です。それなのに予測なんて出来る訳は御座いません。
 例えば石油の枯渇の予測なんて、20世紀の中頃はあと30年と言われていて、それから何年経ってもあと30年前後で減りませんでした。もう何十年も前に枯渇するという予測だった筈なのに、現在も枯渇までは50年とか言われています。かなり研究されている、ただ埋蔵しているだけの石油ですらこのありさまです。まして動きのある再生可能な資源の予測なんて、かなりいい加減なものでしょう。そこをごまかすためにも逃げ口上の為にも、「適正な管理がなされた場合」と言う条件がつくのでしょう。(勿論、適切な管理は必要ですが・・・)

 世界の人口が60億を超えたと言うだけで十分危惧に値する人数だと思います。世界の人口は、有史以来ずっと増え続けています。一万年前は世界の人口は1千万人ほどと推定されています。2000年前の西暦の始まり頃で1億人、200年ほど前の19世紀初頭で10億人。それが21世紀初頭で60億人です。もうどこもかしこも人間だらけです。
 特別な昆虫とか微生物は別として、ある程度大きな動物、例えば哺乳類とか鳥類、爬虫類、あたりで、産業革命以降増えた動物なんて、人間とその食用の家畜類くらいではないでしょうか?地上にこれ以上何人の人口が養えるかなんて、誰もはっきり分かりませんが、人口増加は意識的に止めなければ危険極まりありません。

 不確実な限界が示されて、だからとそのキャパぎりぎりの限界まで増やして行こうと言う発想は非常に危険で愚かです。何事も余裕が大切です。


 船でも電車でもバスでも飛行機でも可能なぎりぎりの人数が乗ったら、能率がいいのは、(事故が起きなかった場合の)経営会社にとってのみです。座れる席はみんな座って、立っても沢山乗って搭乗率200パーセントなんて言ったら、乗っている人達も苦痛だし、運転の制御も難しいと言うものです。余裕をもって座れるくらいの乗車率が快適でしょう。

 もしもその限界に対する推測が正確だったとしても、各要因には揺らぎがありますから、限界ぎりぎりで押さえていても、限界を超える危険性はかなりあります。
 限界ぎりぎりと言いつつ、実際は限界を超えていて崩壊が始まったら取り返しがつきません。崩れはじめたら制御不可です。

 海の魚も、森の木も、人間に利用出来るぎりぎり限界量まで利用してやろうと言う人間の欲望は異常というべきでしょう。人間の利用の為に存在している訳でもないし、そんな事考えているから、実際には持続可能量を超えてしまうのです。

 分配の不公平の問題を解消すれば、人間は物質的にはもう十分です。これで十分でなければ、どこまで行っても十分じゃないでしょう
 
 もう既に限界を超えているという研究結果は十分正しいとは思いますが、もし幸いにもまだ限界に達していないとしても、まだ大丈夫だとかそんなを言って、限界に挑戦することは愚の骨頂と言うべきでしょう。限界を超えればストックが減るだけで、ストックがなくなれば破局です

 限界を議論することは大切な事ですが、まだ限界に達していないからまだ成長、開発、増産可能だと言う議論は、最高に危険で、結局限界を超えて破局をもたらすでしょう。

 既に持続可能な限界を20%超えていると言うのが一番確からしい見方でしょうが、それも確実ではありません。だからといって、たとえまだ限界に達していないとしても、さらに経済成長を続ける事がどんなに愚かな事か、みんな気付くべきでしょう。

 持続可能な限界に挑むなんて馬鹿な発想はやめるべきです。余裕があるうちにストップするのが賢い人間の知恵の筈です。

 限界に挑んでどうするのでしょうか
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【2008/02/05 00:01】 | 環境総論 トラックバック(0) |

なるほど
サイケデリックパパ
限界に挑もうとしているのは、この体制がこのまま続くことを願っている
「我が世の春」を謳歌している大金持ち達なんでしょうね。
で、限界に挑んで欲しいと願っているのは、それにぶら下がっている人達。

金持ち達は最後の最後まで金の力で生き延びようとするでしょうからね、
彼等にゃ畑仕事なんてあほらしいだろうし。
地球が駄目になっても金持ちは残り、お金の力でそれを乗り越えようとす
るんでしょうねえ。一度悪魔に魂を売って楽しちゃうとね、なかなかそこ
から出ることが出来ませんからね。
そんだけ人類が人をモノのように使ってお金を得て、それで生きて行ける
システムっていうのはすんごい発明だったって訳なのかもしれなくて。
でも、その発明によって自分で自分の首を締めてしまうのが、今の世界っ
て訳でして。

まあ地球がどうなろうが、我々個人はそれに合わせてなんとか生き延びねばならない訳でして、だからさみんな北海道においで!(笑
こっちは温暖化で最近はかなり住みやすくなってきとるよ。(夏がちょっと
暑いけどね..笑)

金はねえけど食い物や水、森なら沢山あるよ~。原発はあるけどよ、泊だけだからさ東に逃げればなんとかなるべさ。




個人的には…。
ハイパーポン太
 石油枯渇に関しては、私はおそらく100年単位ではないかと思っている。いや、確実な証拠があるかといわれるとそうではないんですが。
 日本の少子化現象を見ていると、おそらく70億人くらいで、人口増加は頭打ちになるのではないでしょうか。その後減少の方へとベクトルが向けられる。経済が発展し、物には充足感がある日本人。いまでは少子高齢化は進む一方で、発展途上国のように多産というのはまれ。ただし、発展途上国も安定してくれば、日本のようにだんだん少子化に向かうとみられる。要するに、少子化が進むことでの減少です。かつての大戦争のような殺し合いによる減少は、多分そうないんではないか?と思います(局地的な戦争はありますがね)。
 そこから、世界の国々の力も平衡化していくんじゃないかなぁと、漠然と思っております。
 一番いいのは、世界が「江戸化」することですが、完全な循環型社会は、おそらく不可能。アルミ缶は「電気の缶詰」と呼ばれるくらいだから、リサイクルはかなり有効らしいですが、ペットボトルのリサイクルは、物質収支的には成り立ちうるが、エネルギー収支的にはマイナス面が多い。しかも劣化が激しいから、質が悪い者は皆、中国の人民に二束三文で売り払うことに。
 だから、循環できるものは循環し、消費量はなるべく抑える…というか、その頃になれば、多分ものに関する欲望も、かなり抑えれられているんじゃないかと、人類。否応なしに、消費が減少方向に傾いていくんじゃないかなぁ。
 そのきっかけは、やはり石油…なんだろうか。

行き過ぎからの破局は止められない
雑草Z
    サイケデリックパパ さん

 そう、全くおっしゃるとおり、
>限界に挑もうとしているのは、この体制がこのまま続くことを願っている「我が世の春」を謳歌している大金持ち達
 
 でしょうね。もうこれ以上儲けても、幸福感はあんまり変わらないでしょうが、財産を増やしていく事自体が目的になっていますから・・・他の事を冷静に見つめられないのでしょうね。

>地球が駄目になっても金持ちは残り、お金の力でそれを乗り越えようとするんでしょうねえ。

そう、そして、地球が駄目になっても生き残れると勘違いしているから質が悪いのです。
 彼らの巨大な、しかしちっぽけな財産で買えるものは、
最後に滅びる権利・・・他の人々よりほんのちょっとだけ生き延びる権利という事がわからないのです。
 愛だとか信頼だとか人望だとかはお金では買えないと云われていても・・実際には買えるじゃないか!?・・と思っている彼らは、地球の人間が住む環境が破壊されても自分達の住む環境もお金で買えると思うほどの拝金主義で、理性を失っているのですね。
 例えば世界で核戦争が起こったとして、核シェルターを自宅に持っていて、非難すれば生き延びられると考えるのはかなり浅はかと云うべきでしょう。シェルターの中でじわりじわりと苦しんで死ぬだけでしょう。
 現在の持続可能なレベルからの行き過ぎが続けば、破局=カタストロフィーが始まるでしょう。そうすればもう人間の手には負えません。そこのところを馬鹿な拝金主義者は分かっていないのですねえ。そして、自分達だけは生き残れると信じて環境カタストロフィーを起こしてみんな巻き添えに滅んでしまいます。
 生き残るかどうかなんて、ほとんどみんなサイコロをころがす程度の確率論で、金持ちでも、いかさまサイコロは手に入れられないでしょう。
 
 破局が始まる前だったら、北海道はかなりいいかも知れませんね!!
  

きっかけが石油の枯渇じゃ遅すぎる!!
雑草Z
    ハイパーポン太 さん

 石油の枯渇、または大きな不足から、
>否応なしに、消費が減少方向に傾いていく

という考え方は、ある意味極めて妥当でしょう。主流の考え方かも知れません。しかし、そこまで環境圧は破局を待てないでしょう。まして、ハイパーポン太さんの考えるように、100年単位などという余裕はありません。
本文に書いたように、既に持続可能なレベルからの行き過ぎが何年も続いていて、資源のストックも廃棄物の受け皿も、底を突き始めています。
 行き過ぎからの破局がはじまれば、人間に止められるものではありません。経済も工業生産も人口もまとめて、制御不可能な崩壊・・つまり文明崩壊を始めるでしょう。
 エネルギーの問題より深刻な問題は沢山在ります。
森林破壊、食料不足・・・
それらがトリガーになる可能性が高いでしょう。


saver
限界に挑んでどうすんでしょうか??
大賛成です!!!

限界に挑むとは命がけ!
雑草Z
     saverさん

はじめまして、賛同のコメントは有り難う御座います。

 地球の生態系の命をかけて限界に挑むのは、愚行以外の何ものでもないでしょう。
 

エコロジカル・フットプリント
ハイパーポン太
 このままでいけば、確実に地球のキャパシティを超えるかなあというのは、多分みんなが漠然と感じていることだろうと思う。しかし、エコロジカル・フットプリントなるものが、どこまで客観性がある指標なのかは、私にはわからない。

 ただ、石油枯渇否定論者にしてもそうだが、石油枯渇論が、彼らの言うとおり幻であったにせよ、今のままの資本主義が進めば、貧富の格差は広がっていくのは当たり前だし、環境も否応なしに悪化する。
 
 たとえば、中国を見てみるがいい。実際に文化的な生活をしているのは、せいぜい一億足らずだといわれている。つまり、それ以外はほとんど貧民層か、そこまで行かなくても中の下くらいの生活を強いられている人民ばかりである。

 これがもし仮に、先進国並みの生活を13億の人民が行うようになったとしよう。仮に石油が「無生物起源説」が正しくて、全く枯渇することがないとしても、一度に掘り出せる石油量には限界があるし、需要と供給のバランスから考えたら、結局石油の需要に供給が追い付かなくなることは必至である。

 また、環境破壊も深刻だ。現在でさえ、中国発の環境汚染を「環境テロ」とまで位置付けている論客もいるくらいである。これが13億全体に拡大したら、どうなるかは想像するに難くない。

 仮に、中国発の環境汚染が地球のキャパシティで何とかできるレベルだとしても、やはり今以上の異常気象やそれ以外の人体への悪影響は避けられないだろう。

 結論として、人類が持続可能型社会に移行するためには、ラビ・バトラが言うところの現在の「掠奪的資本主義」の崩壊、およびアメリカと中国の覇権の終焉が必要不可欠となるだろう。

 アメリカの覇権はあと15から20年くらいで終わるはず。一極集中の場は、北京オリンピックや上海万博を経て中国に移行するだろう。だが、その覇権が終焉するのも、それほど遠いことではないのではないか。おそらく、2050年前後に、今のような軍事大国を維持することはできなくなる可能性が高い。もちろん、それまでは台湾に武力進攻したり、日本へは親日政治家を通しての「平和を前提とした」侵略行為、アメリカのチャイナ・ロビーへの働きかけなどを積極的に行い、海外に向けては「13億の市場」という甘い餌をちらつかせて、実に老獪な中国らしいやり方で、世界の覇者を目指す可能性が高い。

 北京オリンピックや上海万博の熱に浮かされていた世界の人々も、いい加減その頃になれば、中国という国の本質に気づくだろうからだ。軍事力を背景に、恫喝を繰り返し、現在でさえ利己主義のためになりふり構わぬ行動を行っているなどを見れば、さすがにその時の投資家や富裕層も、この国が近代的な国家だとは思うまい。実際、19世紀の国といっても過言ではないだろう。まさかその頃になってまで、「13億の市場」などと騒いでいられるとは思えない。

 結果、世界平和への移行に必要な条件をまとめると、
1.唯物論的世界観の終焉
(これは現代科学に何らかのパラダイムシフト(特に脳科学や量子力学など、意識に関係してくるもの)が起こるか、あるいは科学以上の価値観を人類が見いだせるかによる)
2.アメリカおよび中国の覇権の終焉
(これは上で説明した通り)
3.掠奪的資本主義の終焉
(プラウト主義、ないしはそれを発展させた新たな経済学。一番可能性があるのが、社会主義と資本主義のハイブリッド+α)
4.文明と自然の共存
(これはどちらかに偏り過ぎていてもダメ)

 これが私が予測する未来像である。たぶん、21世紀は中国とアメリカに振り回されるだけの世紀に終わりそう。


>世界平和への移行に必要な条件 ですか? >予測する未来像ですか?
雑草Z
    ハイパーポン太さん

 いきなり文体が変わって違う人が書いたように感じます。

 覇権国家がアメリカから中国に移ると言うのは可能性の高い予想です。
 書いてあることが、
>世界平和への移行に必要な条件
 なのか
>これが私が予測する未来像である
のか不明瞭ですが
 経済学、国際政治学(よくわかりませんが・・)などからの発想としては、かなり的を突いた的確な予測と言われるでしょう。きっと・・。
 しかし、このような予測に大きく欠如していると思われるものは、環境問題のファクターの大きさです。成長の限界の影響の強さが十分に含まれていません。
そういう意味で、国際政治学者などの未来予測は、かなり外れていくと考えます。

>21世紀は中国とアメリカに振り回されるだけの世紀に終わりそう。
 
は、ご自身の予測と矛盾しませんか?アメリカの覇権は20年くらい、中国も2050年頃に衰退を始めると言う予測では?。

 21世紀中、中国とアメリカに振り回されるだけの世紀に終わりそうなら、その前に世界が終わりそうです。 
 

そうか!
ハイパーポン太
 ご指摘の箇所ですが、21世紀前半はと書けばよかったと思います。
 うーん、自分で書いていて突っ込みどころ満載の文章です。まあ、私の予測する未来像ということで、理解していただければと思います。
 文体の変化は…特に意味はないです。というわけで、何となく偉そうになってしまったので、元に戻そうと思います。ははは。
 世界平和の条件は、参考までにということで。

もう一度
雑草Z
 ハイパーポン太さんの 2/12 のコメント
「エコロジカル・フットプリント」読ませて戴きましたが、
読み応えのあるコメントでした。それほど突っ込みどころがあるわけではないと思いましたが、大きな突込みどころがありました。それは、タイトルです(笑)どう考えても、エコロジカル・フットプリントについては、はじめにちょっこっとついで程度にかいてるだけで、やはり、
「21世紀の予測&世界平和への移行に必要な条件」ですよね。
 >世界平和への移行に必要な条件を改良すると、
 「持続可能な社会への移行の必要条件」に出来そうです。 これらの条件は、興味深いですね。
3.掠奪的資本主義の終焉 ・・は本当に必要条件ですね。この掠奪的資本主義こそ世界を破局に導く大きな牽引力でしょう。
1.唯物論的世界観の終焉・・は、本当にユニークな発想です。大切な事かも知れません。
2.アメリカおよび中国の覇権の終焉・・のあとは、多極主義の方向へ向かうと考えますか?

石油「無生物起源説」が正しいとして、枯渇しない理由は何なのでしょう?地球内部でそんなに早く炭化水素が合成されるシステムは予測しにくいですね。・・・でも、あの黒い油分の石油が生物紀元説と考えるのも釈然としない感じはしています。

×××× ×××× ×××× ×××× ×××× 
 
 ハイパーポン太さんは、以上のような知識を本ではなくネットで得るのでしょうか?

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2008-02-01 00:02
1990年代に私が愛読していた月刊音楽雑誌にNYリポート(ニューヨーク・リポート)というが載っていて、音楽とは関係のないアメリカの社会問題などが色々書いてありました。ネットやBSのなかった(・・私の家に・・)当時としては、アメリカの社会問題に関する貴重な情報が得られて、毎月楽しみにして読んでいました。 
 あるときこのNYリポートにこんな記事が載っていました。記憶は定かでありませんから、年代的な事は少しずれているかも知れませんが、話の大筋としては問題ないでしょう。当時のアメリカ人の未来に対する不安か何かの記事だったかと思うのですが・・・。


その記事は以下のようです。
 アメリカ人の20世紀の中頃までの親の世代は、自分達の子供の世代の方が親の世代よりさらに豊かで幸せになっていくと信じていたのだが、泥沼のベトナム戦争からの敗退のあたりからだろうか?20世紀も終わりに近づくにつれて、自分達の子供の世代は、親の世代より幸せにはなれないのではないか?と疑問に感じる親が増えてきた・・・。
 その理由は、多くの社会問題が悪化して来たからだ。様々な環境問題も大きくなってきた。・・・。


兎も角、自由主義、資本主義の権化のような覇権国家アメリカの庶民も、20世紀末に来て、その社会の行く末に疑問や不安を持つ人が増えてきたのです。

×××× ×××× ×××× ××××

 さて、現在の日本を考えた場合も、残念ながら、子供の世代は親の世代よりも幸福になっていくとは考えにくいでしょう。今の子供達の方が自分達より幸せだと思っている親はどのくらいいるのでしょうか?
 日本も次第にアメリカ型の極端な資本主義社会になってきて、20世紀後半のアメリカ社会に特徴的だった諸問題が、日本でもよく見られるようになってきました。・・・・格差問題をはじめとして、凶悪事件や、昔は日本の中高生には無縁だった麻薬などの薬物乱用まで、今では田舎の中学、高校でも問題になっています。
 でもそれらの問題全てよりも環境問題が深刻です。人間が住める環境が破壊され、食料がなくなって・・・切迫した問題が山積みです。

 第二次世界大戦は悲惨でした。その頃生きていた世代は大変でした。命がけで生きていた時代です。沖縄の地上戦、本土空襲と広島、長崎の原爆投下・・悲惨の極まりでした。
 その太平洋戦争も終わり、焼跡からの復興が始まって数年経った頃・・・1950年あたりから二、三十年の間に生まれた世代はその少し前の世代よりは幸せだったでしょう。
 その頃生まれた子供達は、自分達は、戦時中に青年、少年、幼年時代を過ごさなければならなかった親の世代よりはずっと幸せだと思ったに違いありません。食べ物も十分にあり、欲しいものも戦時中とは比べられないほどすぐに手に入りました。・・・もっとも私自身は欲しいものは特にありませんでしたが・・・(笑)環境問題といっても、地域的な公害問題として捉えられていました。(実際は既にグローバルな環境問題は発生していましたが・・・)平和ボケなんて言葉も出るくらいな世の中でした。(時代の犠牲になった人も沢山いた事は、いつの時代にも共通ですが・・)他に大きな心配もなく、自分の夢とかを追えた時代です。

 この、親の世代より幸せな、1950年から1970~1980までの20~30年の間に生まれた世代は、自分達の後に生まれて来た子供の世代よりも幸せだった・・・と言わなければならない可能性が強いでしょう。

 20世紀末以降生まれた現代の子供達は、確かに物は沢山ありますが(これを物に恵まれている・・と言う言い方はしたくありません。)、このままでは親の世代より幸福な将来は期待しにくいでしょう。自然も毎年毎年減っています。様々な環境圧力は年々増しています。まだみんなあんまり心配していませんが、食料不足はもうそこに差しせまった危機でしょう。

 現代の子供はみんな色々な環境問題の存在を知っていて、それぞれ危惧しているでしょうが、まだそれほど悲壮感を持っていないかも知れません。お気楽な子供達の多くは、輝かしい未来が待っていると漠然と思っているかも知れません。・・子供はオプティミストが多いですから・・そしてそれでいいと思います。日本の子供の場合、まだ途上国のように環境圧で大きな被害を受けていません・・・。でも環境危機はかなりヤバいと感じている子供もいるでしょう。もしかしたら、親よりも危機感を持っている子供の方が沢山いるかも知れません。SF映画でもなく、現実に自分達の住める環境が破壊されていくのを見なければならない子供達は不幸です

 確実なのは、現在のような経済成長と開発を続けていたら、現在生きている世代、特に子供の世代は、大きな環境圧力による酷い仕打ちを受ける確率が非常に高いと言う事です。世界大戦よりも酷い仕打ちを受ける可能性も高いでしょう。今、日本をはじめ世界中で行われている技術革新のみで経済成長を続けようと言う試みだけでは話になりません。それに対し、経済成長、開発をやめ、経済も人口もゆっくりダウンすれば、それほど過酷な未来でもないでしょう。現在の子供たちの世代を過酷な環境サバイバルの境遇におきたくはありません。・・・(現在の発展途上国と呼ばれている国々ではそのような過酷なサバイバルが行われています。)その為にも一刻も早い脱経済成長の社会に移行しなければなりません。

親の世代より幸福でなくとも、飢餓の心配や命にかかわる汚染物質にさらされる心配、社会が崩壊していく心配をしないで済む社会を作らなければ、現在の子供の世代はやり切れません。
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【2008/02/01 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


やさい
環境問題からはずれてしまうんですけど、「できる子供のみを集める」という目的のお受験て、教育本来の目的から外れてる気がしてならないんですよね。
こういうシステムが格差社会を助長してゆくんだと思います。ワシが子供の頃はもっと呑気でしたからね。エリートであることが幸せだと思い込まされること、劣等感を植え付けられる子供が増えるだろうということ…。教育もアブナい人間がやったら洗脳です、対抗して「アホんだら同盟でも作らなきゃ~」と家人とギャグ飛ばしてました(笑)。

確かに教育システムが格差を助長してますね。
雑草Z
    やさいさん

 コメントの内容からすると、前回の【経済成長は格差を是正しない】に対するコメントですね(笑)。
 それは兎も角、ご訪問&初コメント有難う御座います。

 お受験の子どもって、出来る子って言うよりは、受験勉強に集中した子ですね。彼らのたちが悪い点は、自分がエリートだ、報われて当然だって意識だけが強くて、社会や人々のために尽くそうと言う気がない事ですね。
 逆にペーパーテストが悪い子供達は劣等感を持ってしまうのも問題ですね。こんなことで劣等感を持たなくてもいいのにと思うのは当事者じゃないからでしょうか?・。
 競争を煽る教育って、嫌らしいですね。私は、勉強に限らずスポーツエリート教育も嫌いですね。多くの一流と呼ばれるスポーツ選手も小さい時からの英才教育だから嫌です。
 まあ競争を全否定は出来ないのですが、確かにやさいさんのおっしゃる通り、こういう歪んだシステムが格差社会を作るんでしょうね。
 こういう事をギャグで笑い飛ばせるくらい達観している人こそ賢いと思います。


えりざべす
はじめまして.

「日本について考えるブログ」を管理している者です.

私も成長を基盤とする資本主義社会システムは,そろそろ限界が見えてきているという気がしてます.ヨーロッパは気づき始めていますが,日本やアメリカは駄目ですね(政治の話しですが...).そして何より,発展途上国の問題をどのように捉えるべきかという重大な問題も残ります.

経済成長は豊かさをイメージしがちですが,資源を食いつぶすこと以外のなにものでもないですから,そういう意味では限界が当然あり,もちろん永続的に続けられる経済システムではないでしょう.おそらく,ゆっくりと経済退化をしなくてはいけない.そして,早く資本主義に変わるものを発見しなくてはならないのだろうと感じています.それを発見したら,ノーベル経済学賞10回分だと個人的には思っています.笑

マルクスは資本主義を経験したあと,世界は共産主義に移行するだろう,と言っているようですが,こういう視点で考えると,意味深です.

経済成長路線から降りる方法
雑草Z
    えりざべすさん

 はじめまして、初のコメント有難う御座います。

経済成長に対する肯定的な妄信には困ったものですね。ゆっくりとした経済退化が出来れば上出来ですが、スループットが既に限界を超えている現在は、この行き過ぎが続けば、制御不可な破局が起こる可能性大です。そこが私の危惧する部分です。この破局でかなり悲惨な事が起こるでしょう。(本文には「世界大戦より酷い仕打ち」と表現致しました。)破局を抑える方法は、破局がはじまる前に出来るだけ早く自ら経済成長の階段を下りることでしょう。

 資本主義に変わるものは、『発見』と言うより『選択』ではないでしょうか?ただ、人間の欲望をどうやって制御するかと言う部分が難しいかも知れません。
 社会主義国家が失敗した理由はこのあたりと、指導者や体制の問題でしょうね。社会主義というよりは、自由のない官僚主義国家でしたから。

>マルクスは資本主義を経験したあと,世界は共産主義に移行するだろう,と言っているようですが,こういう視点で考えると,意味深です.

 これは、一度社会主義が失敗した後と言う意味でしょうか?
 私も、社会主義国家が崩壊したから、社会主義の理念が良くないとは言い切れないと思います。キューバはある程度成功していると思いますし、中南米の国々は、キューバを模範にしようとしています。・・・アメリカが妨害工作をしていますが・・・。

 まあでも持続可能な脱経済成長の世界は、従来の資本主義とか共産主義とかいうイデオロギーでないという意味で
「発見」とおっしゃられたのでしょうね。

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