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2008-01-29 00:01
 日本に限らず、世界中で格差問題が顕著になってきています。日本、アメリカ、中国、インド、ロシア・・・それぞれの国内でも個人的な経済格差は開いていますし、国同士を比べても、経済的に豊かな国と貧しい国の格差は開いています。

 貧困問題の解決策には、経済成長が必要だ、経済成長による解決以外に解決策はない・・と信じている人は、(この20世紀になっても)いまだに沢山います・・沢山と言うより主流でしょう。 

 20世紀は、工業の発展が牽引力となり、経済も驚異的に伸びましたが、経済的に大変豊かになったのは、一部の国々、一部の人々です。20世紀は経済成長の世紀でありましたが、貧富の差がより大きくなった世紀でもあります。経済が成長することで貧富の差はさらに広がってきたという厳然たる事実があるのです。
 国連開発機構[UNDP]によるデータも、最も豊かな国に住む20%の人々と、最も貧しい国に住む20パーセントの一人当たりの所得の比は、1960は30倍だったのが、1995年には82倍になっていたなど、格差が増えたと言うデータばかりです。

 それでも、各国政府や財界人、マスコミなど多くの分野の人々が出してくる格差是正策の対策の多くが、経済成長の方策ですから笑うしかありません。
 このような対策を出してくる人々は、自らが富裕層か、支配層である富裕層の御用団体に属しているのではないでしょうか?でなければ本当の馬鹿です。
 一国の最高指導者や経済界の代表者まで、経済成長こそ格差是正の方策だという人々は、信頼出来る筈がありません。・・・第一経済成長は、大きな環境の犠牲の上に成り立ちますし、それでも持続は出来ません。


 普通に考えれば、経済成長は・・・少なくとも、現在の経済システムによる成長は、格差問題を是正するどころか、格差を助長させることは明らかではないでしょうか?

 経済的に豊かな人々のほうが、貧しい人々より、資源を占有したり、新しい技術を導入したり、市況を左右したりして財産を殖やしていく事は遥かに簡単でしょう。

 現在の市場経済は、弱肉強食とも言えるもので、その名の通り、強い者である富める者が、弱者である貧しい人々から搾取しているわけですから、格差は是正どころか増えていくのは当然です。豊かな先進国は、貧しい人々、国に多大な債務を負わせて、ずっと支配していく構造を作ってきたのです。現在それをグローバル経済が強化しているわけです。WTOも、その支配体制を助長しているだけです。
 個人レベルで言えば、最高税率も引き下げられ、累進課税の率も下がってきて、金持ち優遇策になっているのは、政治家と富裕層の癒着でしょう。民主主義とは言いますが、選挙にはお金がかかり、金の力で政治を左右出来るのです。 


 つまり、弱肉強食の経済システムは、弱い貧しいものに不利、富める強者に有利に出来ているから、富めるものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくなると言うフィードバック構造になっているのです。


 ごく当然の事ですが、富が公平に分配されれば、経済的格差問題は解決するのです。
経済成長よりも、社会主義的政策のほうがよっぽど格差是正になるでしょう。

普通に考えられる格差是正策は
 貧しいものの生活の保証をするセイフティネットの充実や、累進課税の強化、贅沢品への重い課税、教育などの機会均など・・でしょう。・・・必ずしもそれらがすべて有効とは言えませんが、経済成長よりは、遥かにまともな政策でしょう。

 
  経済成長が格差是正の有効手段である筈がありません。
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【2008/01/29 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


sitb
格差是正策をする理由が良く分かりません。
格差が広がっても、最も貧しい人の富が増えるのであれば問題ないのではないでしょうか?
結局、経済成長が環境に害を与えているから経済成長戦略自体がだめということでしょうか?
環境の数値化困難などの理由で今は導入さえていませんが、環境に害を与えるのを経済のマイナス成長と捉える考え方もあるようです。
あと、日本は世界の中でも格差が2番目くらいに少ない国だったと思います。ですから、もう少し能力別に評価する仕組みはあってもいいと思います。


nao
そもそも食べて子孫を残す為に動物は生まれて来たのですから(笑)。
その中で人類だけが欲望を持ってしまいました。贅沢もそこそこならば経済成長も必要でしが現代世界は強者が弱者から収奪するシステムに変わってしまっています。こんなシステムがいつまでも続く訳が無くいつかは破綻するでしょうが、その被害を真っ先に浴びるのも又、貧しい人々です。

ちょっと外した御質問です。
雑草Z
    sitbさん

>日本は世界の中でも格差が2番目くらいに少ない国だったと思います。

いつの時代のお話ですか?日本の格差は、ここ数年でどんどん進み、2年ほど前にアメリカに次いで2位になったと言われます。但し格差の定義も調べ方もあいまいですから、格差世界2位とは言い切れないでしょうが、格差が2番目くらいに少ないと言うことはないでしょう。


>格差是正策をする理由

 不公平だからです。同じだけ(時間や労働量)働いて、収入が10倍も100倍も違うのはおかしいでしょう?悪平等の必要はありませんが、例えば同じ仕事で正規雇用と派遣の待遇の違いはかなり不平等です。
勿論セイフティネットはもっと充実させるべきでしょう。

>経済成長戦略自体がだめということでしょうか?

 そういう事も言えます。成長には限界があります。あなたの身長だって体重だって、増え続けることはないでしょうし、増え続けたら大変です。

<以下略>

ずるい卑劣な奴が、正直者から搾取するシステム
雑草Z
    naoさん

 歴史的にも、自由市場主義経済は、格差を助長する仕組みになっているのが明らかです。その理由は本文に書いたように
富めるものはさらに富み、貧しいものはさらに貧しくなると言うフィードバック構造
があるからです。
それだけでも格差は確実に生ずるのに、強者のなかでも卑劣で姑息な奴が、市場原理以外の不正をして富を蓄えようとするから嫌ですね。

場をお借りします(笑)。
nao
sitbさん、確かに上智大学名誉教授の渡辺昇一先生は、富める者が存在しないと貧しい者は更に貧しくなるとおっしゃられています。その通りだと思います。更にイギリス病時代のマーガレット・サッチャー首相は「貧しき者を金持ちには出来ないが、富める者を貧しくする事は簡単だ」と暗にマルクス・エンゲルス路線を批判されました。それもその通りだと思います。76年に及んだ社会主義はいとも簡単に崩壊したのですから。しかしながら我々が危惧しているのは経済成長イコール富の偏りを杞憂しているのです。百万円を百人で分ければ一万円ずつです。そこに優しさ無き強者が存在すれば富のバランスは崩れます。
お借りした言葉ですが。
「物を奪い合えば物は足りなくなる。物を与え合えば物は有り余る」って事です。立食パーティーなんかでありがちですね(笑)。



sitb
>雑草さん
日本における格差のことですが、何の資格が無くてもバイトだけで十分食べていける社会は格差社会だとは思えません。
>naoさん
naoさんのブログを見させてもらいました。
食糧を、機械を動かす燃料に変換する?
確かにそう言われればとてもおかしいことですよね。そんなことがまかり通るのはまさに世界が格差社会だからということでしょう。
正直マルクス・エンゲルス路線が何かとかは全く知らないのですが、自分の無知を知れていい勉強になります。

何とお答え致しましょうか?
雑草Z
ナンとお応え痛しましょうか?

    nao さん
代わりのお相手有難う御座います。(笑)ただ
>富める者が存在しないと貧しい者は更に貧しくなる
と言うトリクル・ダウン理論には賛成出来ません。
「富める者」と言うよりも、「富める大地・・豊かな地球」と言うべきでしょう。

マルクスの哲学は、歪んだ嫉妬心あたりから来るから人間理解が間違っているとも言われますね。かと言って、アダム・スミスやケインズも有限性を考慮できなかったと言う致命的な欠陥はマルクスと同じです。

nao さんのおっしゃるように
>物を与え合えば物は有り余る
と言う豊かな精神の国であって欲しいものです。


    sitbさん

 食べ物もろくに食えなくて、飢えている人が何億人もいるこの世の中で、食えるだけでも幸せだという理論なら、一理あります。しかし、あなたは、ワーキング・プア問題とか知っていますか?
それを踏まえて、家族を養うのも派遣やバイトではかなり深刻な状態です。
また、資格がないと食っていけない社会なんてかなり不健全で危険です。食っていくのに資格も何も御座いません。
 非常にオリジナルな発想かも知れませんね。
バイオマスを世界の格差社会の象徴とするところなんか。

更にこの場をお借りして(笑)
nao
僕の知人でも手取り17万円で奥様と子供三人を育てている人もいますから。
先日、子供さんのミルクを買う為にパソコンを中古屋に売ったとか言ってました(笑)。
sitbさん、現状はかなり深刻でね。
貧困による自殺者は少ないけど「鬱」に持って更に貧困となると首をくくってしまう人が多いんです。
発表では自殺者三万人ですが、自殺に失敗?(と言っていいのか)した方々は10倍の三十万人いるんですね。
アフリカの貧困層は命をつなぐ食べる為に水を汲み畑を耕します。私達から見たら悲惨に映るかも知れません。
アフリカの貧困層が日本のサラリーマンやフリーアルバイターを見たら、かなり悲惨に映るかも。

大学生にして雑草zさんに噛み付くsitbさん。今後の活動に期待してます(^_^)v



sitb
ワーキングプアですか・・・
個人的にはテレビで大げさに報道しているだけのような気がして前回のコメントではあえて書きませんでした。

なんか生意気なことばかり書いてすいません。
次からはもう少し勉強してコメントしたいと思います。

Frontier spirit
雑草Z
    naoさん

 更に、代わりのお相手有難う御座います。
アフリカの貧困層とは、西洋人の文明化(余計なお世話)によって出現したのですね。それまで資本主義どころか貨幣経済もなかったアフリカの原住民にとって、金持ちも貧乏もなかったわけですから。
世界中が欧米人の
開拓者精神=自己中的お世話
に翻弄されてますね。


    sitb さん

マスコミの言うことを鵜呑みにしないで自分の意見を持つ姿勢は素晴らしいと思います。もう少し内容を検討、吟味してからコメント下さい。 HNはどういう意味でしょう?

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2008-01-25 00:02
 

 世界の同時株安がマスコミで連日報じられています。アメリカのサブプライムローンの焦げ付き問題に端を発したと言われますが、サブプライムローンの焦げ付きは、あくまできっかけでしょうか?

 毎日、ニュースや新聞で株価を報道するのにはうんざりです。ニュース等で本日の株取引の情報になりますと、チャンネルをかえたりテレビ、ラジオを消します。

 株式といってもギャンブルでしょう。
ギャンブルと言えば、私も20代の頃はポーカーが大好きで、ラスベガスまで行って、睡眠と食事以外は1日およそ17時間、1週間連続ポーカーをやり続けたなんて馬鹿な真似をした事もありますが、そんなギャンブルとどこが違うのでしょう?
 いや、株は市場経済の運営の柱で資本主義の根本だ!株価は経済成長に伴い全体として価格が上がるものだ。ギャンブルのようなゼロサムゲームとは違う!それによって世界の経済も動くのだ・・・等と鼻で笑う経済学者や財界人はごまんといるでしょうが、そういう事こそが最も愚かでしょう。
 ポーカーは単なるギャンブルのゲームです。
一方、株式もギャンブルなのに世界を動かすんです。狂ってませんか?

 株を投機の金儲け以外の目的でやる人が何人いるでしょう?
 ギャンブルと違ってしっかり情報を得て分析すれば、確実に儲けられるなどと言ってる連中は、インサイダー取り引きやそれに近い事をやっている輩でしょう。 
 金儲けの手段の株式なんかに世界を動かされているのです。株式が格差社会を生み、途上国の巨大開発事業で森林を破壊する資金を産み、先住民のすみかを奪い、戦争すら起こします。
 株式なんかに世界を運営されて、安心出来る筈がありません。民主主義の世の中といいつつ、金権主義です。株を沢山保有している富裕層のほうが、世界を動かすことが出来るのです。 

 西洋人が発明した株式に世界中の人間が踊らされて、社会がそのシステムにかき回されて動いていくさまは、奴隷制度より愚かで滑稽ではないでしょうか? 全体主義国家より滑稽に感じます。とても正気の沙汰とは思えませんし、こんな市場経済に任せて、持続可能な社会がやってくると思える程に楽観主義にはなれません。株に人類の未来を託す程に人間は愚かなギャンブラーなのでしょうか?株券に未来を任せるよりは、カードやダイスに運命を任せる方が富裕層のイカサマがない分ましと言うものでしょう。

 世界同時株安の話に戻りますが、今回の世界同時株安が、どの程度になるか?すぐに回復するか?ブラックマンデーレベルまでなるか?はたまた大恐慌レベルまでいくか?分かりませんが、そもそも経済成長を続けることは不可能です。いつかは株価は下げ止まらなくなって破綻するのではないでしょうか?。破綻は早ければ早いほど被害をより少なく抑えられるでしょう。しかし、グローバル化した現代社会では、経済も世界一斉に破綻するかも知れません。
 世界がこれまでどおりの無理な経済成長を推し進めれば、世界同時株安から、世界同時経済破綻の流れは避けられないでしょう。問題は、環境と社会が持ちこたえられるかどうかです。

市場原理主義の象徴みたいな株式に、環境も社会も破壊されて崩壊させられたら・・シャレになりません。・・・。      
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【2008/01/25 00:02】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


nao
事実、現在進行でコンクリートを貼り付けている企業は全て株式会社ですから。真面目に働いておられる世界のおっちゃん達が、役満狙いのギャンブラーに生活を右往左往されるゆえんはありません。日本のマスコミも世界同時株安を明るいニュースとして取り上げる知恵があればテレビも面白いのですか。

世界同時株安は、悪くない。
雑草Z
    naoさん

 新聞の株式欄は、1面を大きく使って銘柄毎に動向が載っていますが、競馬や競輪のレース結果みたいです。なんでこんなギャンブル情報みたいなのを毎日毎日載せるんだ?って感じですが、これが自由放任市場経済の本質ですね。

 「世界同時株安で、経済成長の洗脳から目覚めた人々が増えています!」・・・って報道は彼らは出来んでしょうね。インサイダー取引で甘い蜜を吸っている関係者も結構いるマスコミです。最近もそんな事が話題になってましたね。 




sitb
僕は株に対する知識はあまり無いので雑草さんを肯定することも否定することもできませんが、
確かに、環境問題から見たら世界同時株安は望ましいことでしょうね。
ミクロに見るかマクロに見るかの違いでしょうか。

株に対する知識があまり無い人も株に投資しています。
雑草Z
sitb さん   

 本文にかいたとおり、私も株式には興味がないので詳しくはありませんが、株式は市場経済社会の象徴でしょう。
 でも多くのいかさまがあって、とても市場原理のみで動いているとは考えられない現状でしょう。
 
 この自由放任市場経済は環境にいい筈はありません。

>ミクロに見るかマクロに見るかの違いでしょうか。

 との事ですが、使い方が適切じゃないですね。


sitb
なるほど・・・
いろいろと勉強になります。

株式なんかに社会運営を任せられる筈がありません。
雑草Z
 新聞でもテレビでもラジオでも、毎日毎日ギャンブルに過ぎない株価の最新情報を垂れ流しています。競馬・競輪新聞でもないのに・・・。
 こんなものに、現代社会はかき回されて動かされているのです。株式なんかに社会運営を任せていたら大変です。 

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2008-01-21 00:02
 ガイア説とは、地球を1つの生命体と考える説です。私もその考え方に賛同いたします。地球を実際の地上の生物に例えますとマリモでしょうか?(笑)・・・もうそんなに緑ではありませんが・・(苦笑)
 それはさておき、地上の生物をガイア地球の細胞の一つ一つと考えると人間はガン細胞に違いありません。

 細胞とは、生体の細胞がコントロールを失って、無制限に増殖するようになったものです。その特徴は

 ・無制限に栄養を使って増殖するために生体は急速に消耗する。
 ・正常な組織の細胞を圧迫しガン細胞に置き換え臓器を機能不全に陥れる。
 ・異常な内分泌により正常な生体機能を妨げる。
 ・全身に転移することにより、多数の臓器を機能不全に陥れる
 ・・・・・・・・・
 生体 → ガイア地球
 栄養 → 資源
 臓器 → 地球の各部、大陸など
 組織 → その大陸などのさらに各部分
 機能不全 → 生態系の破壊
 異常な内分泌 → 人工の化学物質

 などと置き換えれば
完璧に人間は地球のガン細胞にほかならないでしょう。
では、置き換えて、癌細胞の特徴を書き直してみます。

 ・無制限に地球の資源を使って増殖するために地球は急速に消耗する。
 ・各地に住む生物を圧迫し、人間が住む為に開発し、各大陸の生態系を破壊する。
 ・人工の化学物質により正常な生体機能を妨げる。
 ・全地球上に転移することにより、多数の大陸の生態系を破壊する。
 ・・・・・・・・・

どうです?違和感ありませんね!?。

ちなみに、健康な細胞とは、その種類によって存在する場所が決まっていて、細胞数をほぼ一定に保つために、分裂、増殖し過ぎない制御機構が働いています。・・人間以外の動物にはほぼ当てはまっていますね。
 地球の健康な細胞であった様々な動物達が、癌細胞である人間に滅ぼされていったのです。そして、癌細胞である人間が無節操に増えてきたのです。
 人間の中でも特にたちの悪いのは、異常な内分泌(化学物質)を出す、自ら文明人と名乗る民族です。先進国の人々ですね。
 つまり、先進諸国は、癌細胞に冒された末期器官、いわゆる発展途上国はガン細胞が転移して活性化した状態と言えましょうか。

 地上に人間が現れる以前の何千万年、何億年は、外的要因・・・太陽活動や地殻の変動以外は、地上の生体系はかなり安定していました。つい最近、百万年ほど前、このガイア地球に人類の祖先が現れましたが、それから現在に至る99%以上は、癌細胞である人間の存在が小さすぎてガイア地球も気にならなかったでしょう。
 最近・・ここ千年ばかり、癌細胞が指数関数的に増えはじめ、ガイア地球も嫌な感じがしたでしょう。産業革命以降癌細胞は特に活性化し、悪質になりました。異常な内分泌も出しはじめました。・・合成した化学物質・・そして、最悪の放射性物質・・・特に20世紀になって、ガイア地球は相当苦しみはじめたに違いありません。
 21世紀に近づくと、癌細胞人間も、善玉細胞になろうとする細胞が現れはじめましたが、口先だけで、悪玉細胞である癌細胞のままです。 22世紀を確認する前にガイア地球の殆ど全ての細胞が滅んでしまう・・・すなわちガイア地球が死滅してしまうかも知れません。
 
 人間が本当に健康な善玉細胞になろうと思うなら、不健康な自己増殖する遺伝子を放棄し、他の生物と共存出来る遺伝子を持つべきです。つまり、成長主義から脱却して、持続可能な安定した細胞になる遺伝子を持つべきでしょう。
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【2008/01/21 00:02】 | 生態系 トラックバック(0) |

何かが 変?
団塊おやじの遺言
最近の 豚インフルエンザですが・・
健康な若者が狙われている 農薬の歴史が50年位
我々の年代は10歳位までは無農薬の食べ物で 体は造られて来たが今の子供たちは 農薬の恩恵(疑問)の食べ物を食べ続けて来たそして孫達の年代 有って当然の抵抗力が備わっていないのでは・・ウィルスが突然 降って湧いた訳じゃなかろうに 自然環境を壊し 自分達の都合の悪い虫たちを殺し そして儲かれば良い 金になればと ここ50年の歴史を見ても 改める時期! 人間は自分で自分の首をしめている 例えばこのネットの害虫相談を見てもその答え100%に近いのが農薬や殺虫剤だ 子供でも買えるこれらの毒薬
本当に いい社会と言えるのか・・自然は何とか 今の所 持ちこたえてくれているが 蜜蜂がいい例かもしれない 

かなり変ですね。
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 こんな前の記事へ遡ってのコメント有難う御座います。

 現代の人間社会の構造は持続する事は不可能ですね。酷い自然破壊を平気でする人々で溢れています。かなり変で異常な社会でしょう。

>例えばこのネットの害虫相談を見てもその答え100%に近いのが農薬や殺虫剤

天敵を使う方法など色々あるのに、農薬ばかり・・・と言うのはかなり洗脳されてますね。


>自然環境を壊し 自分達の都合の悪い虫たちを殺し

そうですね。そして殺虫剤はそれほど選択性はありませんから、都合の悪い虫だろうが益虫だろうが、まとめて殺す無差別殺虫ですね。・・・虫だけでなく、魚や鳥も直接、間接に殺してしまいました。たった1種類~数種類の害虫を絶滅させようとして、多くの種類の動物を巻き添えにしてきました。馬鹿ですねえ・・・その結果、駆除しようとした虫がもっと増えた・・・という例も枚挙に暇がありません。・・・人間は愚かです・・・と言うか、農薬会社と癒着した政府や自治体がガンなんでしょうね。

 農薬の害が騒がれてからも50年くらい経ちます。それなのに未だに農薬べったりの社会。・・・私たちはもっとしっかり農薬の恐ろしさを認識するべきですね。

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2008-01-17 00:02
動物は、その動物を食べる他の動物がいない場合、食料が豊富にあればどんどん増えます。食物連鎖の頂上にある人間を食べる動物はいないと考えていいでしょう。
だから、基本的に食料の増産は、人口を増加させると考えるべきでしょう。

 貧しいから人口は増える、貧しくなければ人口も安定するという考え方もありますが、・・・その考え方のほうが主流な考え方のようですが、生物学的には、環境が良くなれば・・食料が増え、死亡率が下がれば・・人口は増えるでしょう。

 いわゆる途上国と呼ばれる国々を見る限り、貧しさは人口爆発の原因ではなく結果のようです。先住民が原始的な生活をしている分には、人口爆発はありませんでした。・・・・ついでに言わせて戴けば、先住民の昔ながらの生活が貧しいという発想は、自称先進国と呼んでいる、経済に冒された国の人々の偏見でしょう。・・・・ 事実、そのような国が植民地化された事や、自国の経済の為に利用してやろうと言う先進国との接触が人口爆発の原因でしょう。

 その爆発的な人口を支えるために行われた緑の革命も、一時的な食料の増産を産み・・・私はこれをドーピングと呼びますが・・・さらなる人口爆発を呼び込みました。人類は、食料が増えれば人口も増え、不公平な富の配分も影響して、有史以来、絶えず飢餓との限界線上に生存してしました。

 何の規制もなければ、人口は増えられるだけ増えようとします。人間が理性の存在であると言うのであれば、意図的に人口増加を止めるべきでしょう。

 現在、食料が公平に分配されれば、この地球は、80億から100億の人口を養える、いや200億まで大丈夫だ・・・とか言う研究もあるようですが、地球が何人養えるかなんて、生活状況などの条件にもよるし、正確に試算出来る筈がありません。第一、限界に挑んでどうするのでしょう?限界の人口を養うと言うことは、飢餓との境界線上にいると言うことです。食料の分配の不公平があったり、異常気象とかで食料生産が減ったら大変です。飢え死にする人が増加します。・・・そうなれば、争いも起こるでしょう。人肉食までは起こらないだろうなんて、誰が言えるでしょう?

 緑の革命の例を出すまでもなく、食料の増産には無理が生じています。現在の農業は、農薬、化学肥料によるドーピング状態です。・・・ドーピング状態とは、持続せずに反動がきて、収穫は減ると言うことです。最後は砂漠化してしまうと言う事です。
 
 持続可能な自然農法では、地球上で8億人くらい養うのが限界という説もあるくらいです。
漁業だって、上手くコントロールすれば80億の人口を養えると言いますが、繰り返しますが、限界に挑んでどうするのでしょう?

 世界の人口は60億を超えた時点で十分に脅威です。アメリカの物質水準(・・これを生活水準とは呼びたくありません。)なら、10億人だって持続可能性はかなり怪しいでしょう。
なんだかんだ言っても、現在の食糧増産は、土地を収奪します。

 欧米、特にアメリカで、たっぷりの化学肥料と農薬などの(または、遺伝子組み換えで、)ドーピングで育てられた小麦が、自国のエロージョンを引き起こしています。その小麦が食糧不足の日本や、プランテーションで自給穀物さえ栽培出来ないいわゆる途上国の農業をも破壊しています。悪循環です。
 つまり、欧米の工業生産的小麦の一時的大量生産は、自国の農業と他国の農業を共に破壊しているのです。

 日本の人口が減り始めたことは、歓迎すべき事です。(ちょっと遅かりし感もあります。)ここから、食糧輸入を減らしていって、ドーピングではなく無理なく自給率を上げていって、・・・それは難しいかも知れませんが・・100%以上自給自足出来るレベルにするべきでしょう。
 世界情勢や環境問題の悪化を考慮いたしますと、あまり悠長な事は言ってられませんが・・・

 食糧増産よりも人口増加を意図的に抑えるべきです。殺し合いをしなければならなくなる前に・・。
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【2008/01/17 00:02】 | 食料と人口 トラックバック(0) |

持続可能な社会
田中敬三
人口が増えるのは、余剰食料があるからですよね。だったら、人口を減らすためには、農民が、自分たちが食べるぶん以上は、つくらないようにすればいいのです。つまり、作物を出荷しない。100世帯ぶんの食べ物をつくっているから、昔から農民は苦労が絶えないのです。100分の1の仕事でよければ、楽でしょうがないですし、ドーピングしなくてもやっていけるのです。
中島正さんの『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』(舞字社)を読んでいたら、↓こんな数字が出ていました。

・・・・日本には600万ヘクタールの可耕地があるので、一人5アール(5アールあれば食うだけは穫れる)の耕地配分には事欠かないのだ。・・・・

お金があっても農民が売ってくれないから、食べ物がない。で、困った都市住民には、畑はありますから、どうぞご自分で栽培してください、と、農村にお招きすることにすれば、すべてうまくいって、めでたしめでたし……ってことに、なりませんかね。

農人から一言
かんちゃん
よその国ではまた馬鹿なことをやろうとしています。クローン牛の販売許可を出そうとしています。安全上問題はないと藪の国の保健当局は結論を出したそうです。ユニオンジャックの帝国でドーリーが誕生して何年がたつのか忘れましたが、もう生産現場では「量産」?可能なまでに技術が「進歩」?したのですね。そこまでして肉が食いたいか。
大量生産で価格が下がる→多くの人が食べられる の図式はそのまま 大量の穀物が必要→穀物価格の上昇と環境破壊→主食の不足と飢餓の増大 となりとんでもないことです。
それでなくてもバイオエタノールなんぞという、ただ車を走らせるだけのために穀物価格が上がっているという馬鹿げた状況が現実化しているのに。
人間が増えることをマーケットの拡大としかみない人達がいるのでしょう。
話がややずれますが、この人達が欲望の拡大再生産に油を注ぎ、さらにそれが人間本来の抑制された欲求の蓋を取っ払い、あげくには例えば代理出産という人間関係を根本からズタズタにしてしまう物にまでゴーサイン出すように仕向けるのでしょう。
・・・ね。


素晴らしい発想です。
雑草Z
    田中敬三さん

 自分達の食べる分は自分達で作る・・と言う事は、私も持続可能な社会の基本かと思います。

 人口抑制の方法として、
>農民が、自分たちが食べるぶん以上は、つくらないようにすればいい
と言うのは、過激な意見と見なされるかも知れませんが、独創的な面白い発想であると共に、いい方法であると思いました。みんな小農になると言う事ですね。
>ドーピングしなくてもやっていける
と言うのも理想です。

>『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』
は、読んだ事がないばかりか、存在も知りませんでしたが、タイトルからも素晴らしい内容が垣間見られます。こちらも賛同いたします。持続可能な社会です。


 実際に農業をやっている方のご意見だからこそ重みがあって、現実味がありますね。
 私は、ご意見に賛同しつつも、農業をやるのは二の足を踏んでしまいます。
 確か田中さんは、よそから北海道に移られて農業を始めたのかと思いますが、踏み込めた理由は何でしょう?

踏み越えてはならない一線
雑草Z
    かんちゃん さん

 お久しぶりです。
またまた実際に農業をなさっている方からのコメント、重みがあり、頷けます。

>クローン牛の販売許可を出そうとしています

 そうですか!?遺伝子組み換え野菜に続いての暴挙ですね。狂牛病のような異常な病気は、こういうものから発生するのかも知れませんね。今に取り返しのつかないことが起こりそうです。

>人間が増えることをマーケットの拡大としかみない人達がいる

 本当にその通りですね。この地上でこれ以上人口が増えることは、大きなリスクである事に気づかないほどに経済に頭が冒されています。他の人達の大きな犠牲の上に自分の欲望を満たしても心が痛まない人達が蔓延っている世の中は嫌ですね。

>欲望の拡大再生産に油を注ぎ、さらにそれが人間本来の抑制された欲求の蓋を取っ払い

(うーん!ここのフレーズ、なかなか凄いですね!有用です。) 
 これが、現代の環境問題の悪化の本質的原因でしょうね。飢えている人々を横目に、限りない欲望と言う名のマネーゲームをやっている連中が、人間の住む環境と人間性、人間の尊厳を奪ってきた事も環境問題の大きな原因のひとつでしょう。

 かんちゃんさまも、実家に戻って農業をやろうと思われたきっかけはなんでしょう。
 最近、他の仕事から農業に踏み出せた方のお話をお聞きしたいと感じております。 


田中敬三
雑草Zさん

既存の農家に自主減産=自給化を呼びかける発想は、せっかく「独創的な面白い発想である」とほめていただいたのですが、これ、『都市を滅ぼせ―人類を救う最後の選択』の著者、中島正さんからの受け売りです。わたしのオリジナルの意見でなくて、すみません。

北海道へは、4年前に東京からやってきました。「新規就農」とか「帰農」とかいった言葉につられてのことでした。確かに耕作放棄地はいくらでもありますが、農地法のしばりがあって、小農での新規参入は無理でした。特に北海道は、農地を使う資格認定の基準(営農規模)が、都府県の十倍以上で、わたしは、認定を断念して、非農地(宅地・森林・雑地など)を借りて、栽培をやっていくことにしました。
今年からは畑の規模を縮小して、「自給的農業でいいや」と消極的な気分でいたところ、最近、中島正さんの本を読んで、「自給こそがいいのだ」と自信を持つようになりました。おかげで、「自分でつくったものを自分で食うのだ。文句あるか。誰が売ってやるもんか」と、近ごろえらく、意気軒昂です。

長男のつとめ
かんちゃん
>実家に戻って農業をやろうと思われたきっかけはなんでしょう。

20数年前、両親からの要請で都会から舞い戻りました。
その時母親の方が癌で入院し、かなり危ない状況だったのが一番の要因です。
「ウチには親を思う跡継ぎはおらんのか!」の母の言葉は強烈でした(笑)。
ということですからきっかけは全く主体性のないもので、田中さんに比べると恥ずかしい限りです。
ただ子供の頃から農業自体を嫌だと思ったことは無く、なんとなく俺は先祖代々のこの土地で生きていくのだろうなと思っていましたが。ただもう少し街で遊んでいたいと言う気持ちが強かったですね(笑)。

>他の仕事から農業に踏み出せた方のお話をお聞きしたいと感じております。

申しました様に成り行き上農業を始めた訳ですから、参考になりませんね。
また、農業だけで生活が出来ている訳でもありません。
ただ、父親が亡くなる13年前あたりからこだわりのある農業(特に稲作)に目覚めました。
農薬を使わない、特に除草剤を使わないようにするのにはどうしたら良いか。化学肥料から有機肥料にする。そもそも田圃は何故耕したり、わざわざ田植えをしなければいけないのか。などなど考えたり実践したりしてみると結構面白いものです。
農業は奥が深いですよ。

情報有難う御座います。
雑草Z
    田中敬三 さん

ご返事有難う御座います。
 
>耕作放棄地はいくらでもありますが、農地法のしばりがあって、小農での新規参入は無理

 田中さんの『栽培生活blog』でも議論になったところだと思いますが、営農の規模の大きさで農地を使う資格認定の基準にするって、酷い話ですね。農薬と化学肥料をバンバン使った大規模機械化農業じゃないと駄目と言ってるようなものですね。
 アメリカの大規模農業を真似るなんて愚かですね。やはり小農が大切です。小農こそが持続可能な農業でしょう。
 役人は、経済効果としての農業しか考えていないから、このような発想になるのでしょう。また今年も「減反はしっかり守って米価を支えよう!」なんて事をスローガンにしている県の役人の方針をニュースでやっていました。日本の食糧事情の将来が思いやられます。

>「自分でつくったものを自分で食うのだ。文句あるか。誰が売ってやるもんか」

気概がありますね。そう言われない様に、私も栽培生活をはじめるべきか?とも思う今日この頃ですが、腰は重いですね。
 私の住んでいる福島県会津地方も耕作放棄地はいくらでもある筈ですが・・・ 

>農業は奥が深いです ・・ね。
雑草Z
    かんちゃんさん

 お返事有難う御座います。
私の親は農家ではなく、父方、母方の祖父母も農業ではなかったので、残念ながら、私の親戚には農地がありませんでした。
 育った岩手県の小中学校の同級生の多く(半分以上・・8割くらいでしょうか。)は、農家でした。彼らの家は私の家のような小さな借家ではなくて、イグネ(屋敷林)に囲まれたかやぶき屋根の家でした。屋敷の周りには柿やチャグミ(俵グミ)、バタンキョ(スモモ)などの樹があって、よく貰いに行ったものです。みんな親切に沢山取ってくれました。必ず井戸があり、入り口を入ると広い土間がある家でした。
やはり20代の頃は、都会での生活が面白かったのですが、
少年時代をああいう田舎の農村で過ごせた事を幸福に思います。・・・懐かしいですね。でも、久しぶりに行ったその地は、結構開発されていて悲しく思います。

 さて、かんちゃんさまの拘りの農業、興味深いですね。

>そもそも田圃は何故耕したり、わざわざ田植えをしなければいけないのか。

 自然農法の発想ですね。私も、手間のかからない作物から、少しずつ育ててみたいとも思います。でも先ず耕地が必要です。(汗)

 本当に農業って奥が深そうですね。かんちゃんさまの コメントからだけでもよく伝わってきます。
 

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2008-01-13 00:02
 食料の自給自足も出来ない日本が、少子化対策と称して、人口減少を必死に食い止めようとしている対策の愚かさについては、今までこのブログで何度も述べたところです。少子化対策をしている日本政府は大馬鹿者です。(カテゴリー【食料と人口】

 この21世紀に、「人は多ければ多い方が良い」とか、「産めよ、増やせよ。」のような、地球とその資源の有限性を考えられない愚かな人間が多い事は危惧すべき事です。

 すると、
「人間あっての環境問題だろう!人間よりも環境を大切にするようなエコロジー優先は、おかしい。」
 みたいな事を述べる輩がいます。
確かに、人類が滅べば、他の生物達にとっては、棲みやすくなるし、人間に絶滅させられる事も無くなります。・・・・でもそういう議論ではなく、人間中心に考えても、人口抑止は必要条件です。

 小さな島でも池でも、そこの生態系が半永久的に持続する条件は、外的要因を除けば、そこに棲む生物の各種類毎の個体数が、ほぼ一定の割合を保つ事です。ある一種、特に、食物連鎖の頂点にある種が増え過ぎたら、食べ物が無くなって、他の生物もろとも、絶滅です。

 人口問題は、環境問題の大きな根本原因である事を認識すべきです。
 一挙に多くの人口が現れたら、人類は悲惨な滅び方をするでしょう。・・もうその徴候が世界中に現れています。地球はどこまでの人口を養えるかと言う考察は沢山なされていますが、限界ぎりぎりまで人口を増やす危険を冒す必要はありません。既に60億を過ぎた人口で、これから増え続ければ、どこかで破局を迎えますが、減る分には、半減以下に減っても、様々な問題はあるでしょうが、・・人類滅亡と比べれば・・大した問題ではありません。これから先、いつの時点でも人口は止まって、さらにある程度までかなり減るほうが望ましいのです。20世紀のような超指数関数的なペースで世界の人口が増えたら、人類に22世紀はないに違いありません。
  
 以上の事を踏まえて、これから先、地上に、無限とは言わないまでも、より多くの人間が半無限的に存在する為の必要条件を考えて見ます。
・・色々あるでしょうが・・最も大切な事は、タイムシェアリングして地上に棲み分ける事でしょう。

 人間が持続可能な限度以内の人数でタイムシェアリング・・・つまり、時を別にして存在するという事です。同時に地上に存在する人間の数を持続可能な範囲内にとどめ、持続可能な人口以内で、永続的に世代を引き継いでいくのです。生まれる時代をずらすのです。少子家族で世代を持続させるという極めて単純な考え方が、最も理に適っているでしょう。

・・・これが、これから先、人類が無限に近く最も多数存在する為の必要条件でしょう。ごく当たり前の事だと思うのですが・・・
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【2008/01/13 00:02】 | 食料と人口 トラックバック(0) |


nao
恐竜も草食恐竜が植物を食べ尽くしたから肉食もろとも絶滅したって説が有力のようですね。
それにしてもマスコミや政府は確か30年程前には「将来地球は人口爆発で大変だ」なんて事を言っていたような気が(笑)。

30年前のマスコミのほうがまともでしょう
雑草Z
 有史以来、揺らぎはあるものの、人口は増え続けています。地球上では、何人の人口まで許容できるなどと言う研究がありますが、条件によっても変わりますし、そんな研究あてにならないでしょう。現在の人口で止まっても、経済成長による浪費で持続不可能に違いありません。
 細く長くと言うと、いいイメージではないでしょうが、人口も少ない人口でしっかりやれば、半永久的に持続可能でしょう。

 年金問題の不祥事を少子化問題に転嫁する政府も最悪ですが、それに乗っかるマスコミもどうしようもありません。」

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2008-01-09 00:01
環境問題の本質は、経済成長と開発、人口爆発です。
 これらを止めて縮小し、安定で持続可能なレベルにならなければ、個別の環境問題を技術で解決しても、根本解決にはなりません。ずっとこのブログが訴えてきたテーマです。

 ところで、経済を縮小し、人口を減らせば、そうしない国と比べ相対的に、いわゆる「国力」は低下します。・・他の国から征服される心配がなければそれが一番いいのですが、国力を下げた国は、軍事的、経済的に征服される恐れがあります。

 古来、歴史的に、国力のない国は、軍事的、経済的に強い国に征服されてきました。
 アメリカインディアンやインディオ、アポリジニなどの人々は、完全に持続可能な社会を作って生活していましたが、ヨーロッパの白人に征服され、ひどい仕打ちを受け、最悪の場合絶滅させられて来ました。

 江戸時代に鎖国していた日本も、ペリーの黒船に脅されて開国し、征服されないようにと国力をつけてきました。日露戦争などでは初めてヨーロッパの列強を破りましたが、第二次世界大戦では、物量作戦のアメリカに敗れ去りました。それ以来日本はアメリカの属国的扱いを受けています。・・・そう、環境破壊がより大きい物量作戦が出来る国の方が、戦争で勝ってしまうのです。

 現在の世界最強の覇権国家、大国アメリカは最悪の環境破国家です。その覇権を奪おうとする人口最大の大国中国も、その環境破壊最悪の地位とともにアメリカから覇権を奪取する勢いです。 

 環境問題を根本から解決しようと、人口を減らし経済を縮小し、環境破壊の技術を封印し、開発を止めれば、国力が落ち、他国に軍事的、経済的に征服されてしまいます。
その意味でも、まだどの国も本質的な環境問題と向き合っていません


 この問題を解決するには、世界が一つの国家になるか、そのような意識を持って、国連などがこの問題に全力で対処するべきでしょうが、悲しいかな、世界が一つの価値観に沿って動くために世界を引っ張る覇権国家は、アメリカや中国のような強大な大国・・・経済優先で人口多数の国家でしょう。
国連でもアメリカが最も発言力があります。
つまり、持続可能とは正反対な国家が覇権国家になっています。

 
 全体として人口を減らして物的生活水準を下げなければ(特に軍需産業の縮小)、世界は絶滅するけれど、人口を減らして、物的生活水準を下げた国は滅ぼされてしまうというパラドックスがあるのです。

 これは何も国家間でなくとも、共同体や個人にもあてはまる事です。
つまり、自由競争の勝利者と呼ばれる人々やその会社、共同体は、強く、大抵環境破壊レベルも大きいのです。

・・こう考えると人類の滅亡は、当然の帰着点で、避けることが出来ないのかも知れません。

 
 実はこのパラドックスに関して、かなり以前から危惧考察してますが、しっかりした解決への見解は見い出してません。・・性善説を基にした理想論になってしまいます。しかし、環境問題の解決にあたって、これは避けて通れない問題でしょう。
 
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【2008/01/09 00:01】 | 都市/文明 トラックバック(0) |


rita
現在の経済成長がアブラを燃やすこととほぼ同義であることを考えると,ピーク以降の時代、経済は否応無しに縮小せざるを得ないと思います。人口の増加(=食料の増産)もほぼ、アブラの消費と軌を一にしてきました。
経済が失速し、世界の食料備蓄が2ヶ月分を切る、そういう事態がアブラのピークに端を発し、玉突きの結果かと思われます。言い換えれば、経済や人口は放っておいても縮小していくでしょう。地球という観点から見れば、いずれ、持続可能なところへ落ち着くだろう。それは必然。
問題は、いかにピーク以降の道のりを降りていくか、ということではないでしょうか。何しろ、人類と来たら上ることばかり考えてきたから、右膝下がりの思考法がわからない。


意図的に縮小するか、破局するかの違い。
雑草Z
 はじめまして rita さん。若干今回の記事の内容に対しては呼応してないコメントに感じますが、このブログの主題ともいえる主張に対するコメント有難う御座います。

>経済や人口は放っておいても縮小していくでしょう。

 はその通りだと思いますが、オイル埋蔵量もまだ沢山あり、枯渇までは何十年もあります。市場経済に任せて放って置くと、縮小は、制御不能の破局の形で現れるでしょう。経済は仕方ないとしても、それまでに破壊される環境もさらに増え、その場合の人口の減り方は悲惨な状況でしょう。飢え死に、殺し合い、人類が棲みにくい環境による死亡・・。その破局の衝撃を小さく抑える為にも、本格的破局による崩壊が始まる前に、経済も人口も意図的に縮小していければいいのですが、経済成長に洗脳された現在社会の人々に、そういうコンセンサスはなかなか得られそうにありません。
 ・・ならば、破局が早く始まったほうが、被害のレベルも相対的に大きくなく、人類に生き残るチャンスはあるのかも知れません。安全な下降はかなり難しいものになりそうです。
 
 


mao
毎日更新を楽しみにしています。1日飛ばしの更新日(?)に更新されていない日はちょっとがっかりしています(笑)。このブログと、石油ピークについての論述ブログである以下のブログも参考にしながら、理想的な社会を考え、それを行動に移すことを希望とできればなぁと思っています。
http://oilpeak.exblog.jp/

石油ピークブログの2008/1/18の記述と同じ事をたまたま私が口走ったことがありました。すなわち日本の経済成長の減衰は「もったいない意識」の芽生え(再生?)が原因している可能性があるという見方です。楽観論といわれればそれまでですが、それを信じて発展させていくことには希望が持てるのではないでしょうか。

以下、私の持続可能な社会の作り方の妄想を語ります。あくまで妄想なのでいくらでも欠点はあると思いますが、ひとつの希望的方針としては面白いのでは無いでしょうか???

経済的・物質的に弱い国は滅ぼされてきたというのも事実ですが、情報化が発達した現在、世界からの目があるので大国であっても下手に小国を滅ぼすことは難しい気もします。事実人口数百万人の安定した国もあるわけですから。とはいえならずもの国家も存在します。国力に見合った国防力があれば外部からの侵略には怯えなくても良い気がします。

外部からの侵略が無いとすると、衣食住に必要な材料、エネルギーを自活することに注力します。関税の引き上げなどの政策を打てばそういう方向に誘導するこは可能でしょう。また、失業して暮らせないという状況をなくすために小農を推進させ自給農家を増やします。農業をしたくない人もいるでしょうから、そういう方には、一例としてリサイクル業界を担っていただく。リサイクルには賛否両論あり私も一部には否定的な意見を持っていますが、国際的な「円」の価値が落ちると、鉄・アルミなどの原料輸入が高くなります。そうすると自転車・ラジオなども基幹的なものまで作れなくなるので、リサイクルにより今ある資源を活用するのは妥当に思います。少し話がそれますが、家電や電子機器類に含まれる金属量を見ると日本には金が6800トンで世界の埋蔵量の16%。銀は6万トン、インジウムは1700トンで、それぞれ世界の埋蔵量の23%、61%に及ぶらしいです。これをリサイクルしない手は無い(?)
意外と安心して暮らせる低エネルギーで持続可能な社会が可能だったりしないでしょうか。

このようになんとなくできそうな(もう少ししっかりとした)プランを政治家が作ってくれると、日本人にはそういうことを実現する能力があると思うのですが楽観的すぎますでしょうかね…。

つっこみどころ満載(?)な内容ですが内容に責任は持ちません(笑)

P.S.
参議院インターネット審議中継で2007年分は検索できず、見られなくなってしまったのですね。時間があるときに川田龍平さんの勇姿を見ようと思っていたのでショック…。過去にいくつかは見て、薬害エイズのみならず環境問題でも良い質問されていたので、楽しみにしていたのに。

この手の長尺のコメントいいですねえ。
雑草Z
    mao さん

 今年初のコメントは、今までで一番長尺になりましたね。内容もこれまでで一番気合が入っているようです。
 更新を楽しみにして戴き、本当に有難う御座います。頗る嬉しく感じます。 
 当方の<雑草の言葉>の更新日は、今年から、毎月4で割って1余る日、言い方を変えれば、奇数番目の奇数日、即ち、
1,5,9,・・29日にすることにしました。
 すると、一ヶ月に8回しか、記事をかけません。書きたいことはまだまだ次々ありますが、<雑草の言葉>にばかり時間をかけずに、他のことにも時間をかけようと考えたからです。まあ、どうしてももっと更新したいときは、偶数番目の奇数日・・日付を4で割って3余る日に号外を出そうかとも考えてます。当分この方針で更新するつもりです。

×××× ×××× ××××

>石油ピークブログの2008/1/18の記述

読ませて戴きました。
この記事に関する限り私と大体同じ考え方だと思いました。

>浪費社会の限界を国民が悟りだした

と言うには程遠い浪費の量ですが・・私も楽観論は持ちたいですね・・。

>あくまで妄想なのでいくらでも欠点はあると思いますが、ひとつの希望的方針としては面白い

 面白く読ませて戴きました。現実が酷すぎる分、このような方策は、理想論的になってしまうのは仕方がありません。私もそうなってしまいます。でも大筋の流れとしては、素敵な方針だと思いますし、
>小農を推進させ自給農家を増やします。
とか
私の考えとオーバーラップしている部分も多々あります。

>小国を滅ぼすことは難しい気もします。

そのとおりでしょうね。しかし、グローバル化で経済的な征服はしやすくなってるわけです。

>日本人にはそういうことを実現する能力がある

 日本人に限らず人間はそういう能力は、あると思いますが、欲望がそれを阻止するわけで、その富裕層の限りない欲望との戦いが大変なわけですね。・・そんな欲望ぐらいで人間が存亡の危機にあるわけですから、悲しいものがあります。

>農業をしたくない人もいるでしょうから、そういう方には、一例としてリサイクル業界を担っていただく。

ここがmaoさんの一番オリジナルな部分に感じます。大変面白い案だと思いました。

 みんながmaoさんの言うところの 
>持続可能な社会の作り方の妄想
を持つほどに環境問題をしっかり考えていれば、細部で意見の食い違いがあろうとも、人間社会も捨てたもんじゃないですね。
 読み応えの多い長尺のコメント本当に有難う御座いました。


P.S. ・・

川田龍平氏は、メルマガを発行しています。
川田龍平メルマガ:生きるって楽しいと思える日本へ。
     http://ryuheikawada.jp/
     http://ryuheikawada.jp/mag.html
ご意見・ご感想・お問い合わせ:
      office@ryuheikawada.jp
川田龍平公式ブログ
     http://ryuheikawada.seesaa.net/




    

民主国家間では
ハイパーポン太
 少なくとも、民主国家間では戦争は起こっていないんですよ。私の知る限りでは。独裁国家対民主国家、独裁国家同士の戦争は確かにありましたが。
 こうしてみると、戦争を起こす最大の要因は一部の権力者、独裁者なのかもしれません。だから、国力を低下させる前に、まず周辺国家の民主化を促進し、なおかつ独裁体制が再び起こらないような仕組みにしなければならない。そのうえで相対的に武力を低下させ、それで緩やかに融合させた方がいいのかな?
 もちろん、ミャンマーやキューバに見られるような、開発独裁も時には必要ですが、それもやり過ぎると取り返しがつかないことになる。誤解されないか心配ですが、実はあのアドルフ・ヒトラーも、前半においては優れた指導者だったと言われております。だが、末路は自他ともに破滅。
 まあ、1000年位先の話となりそうですが、それまで人類が生き延びられるかは、保証の限りではないです。
 ついでに言うと、今の国連に「世界政府」みたいな能力は期待できません。中国のような独裁国家が拒否権を発動し、国連決議などいくらでも恣意的に無視できるんですから。そんな国が常任理事国というだけで、その資格などありません。

民主国家・・・?
かんちゃん
ハイパーポン太様。
下記の点に疑問があります。

>民主国家間では戦争は起こっていないんですよ。私の知る>限りでは。独裁国家対民主国家、独裁国家同士の戦争は確かにありましたが。

第一次世界大戦、太平洋戦争、ベトナム戦争などはこの規定ではくくりきれないのでは?

>ミャンマーやキューバに見られるような、開発独裁も時には必要ですが、

キューバは開発独裁とはいえないでしょう。
開発独裁とは70年代の韓国・朴政権、インドネシアのスカルノースカルト政権、フィリピンのマルコス政権、チリのピノチェト政権等が代表的なもので、アメリカや日本といった先進資本主義国家が自国の権益保護のためにODAや無償資金援助、武器の無償援助などで支えられた政治体制だと思うのですが。
キューバは政治的にはカストロによる独裁体制で、政治、思想、信条、情報の自由は保障されているとはいえませんが、大国主義におもねることなく自主独立の工夫した国家運営はされているのではないでしょうか。
開発独裁は必要とは思いません。恣意的な開発、工業化がもたらすすさまじい環境破壊や国民間の経済格差の拡大、民主化運動による多数の犠牲者の発生は容認できるものではありません。


不勉強で申し訳ない。
ハイパーポン太
 かんちゃん様
 不勉強で申し訳ないです。キューバに関しては、開発独裁にはならないという指摘は、まことにおっしゃる通りだと思います。
>キューバは政治的にはカストロによる独裁体制で、政治、思想、信条、情報の自由は保障されているとはいえませんが、大国主義におもねることなく自主独立の工夫した国家運営はされているのではないでしょうか。
 この点において、私はカストロを評価しているわけです。少なくとも、経済は確かに苦しいが安定した国家体制は作り上げた。例えば、キューバの有機農業なども、いまでは一部の研究者の間で評価すべきという声も上がっているし、識字率向上だって、それまでのバティスタ政権ではありえなかったことだと聞いております。まあ独裁者と言われればそれはそうですと言わざるを得ないけど。ただ、これを開発独裁のカテゴリーに入れたのは間違いだったと反省いたします。

 ただ、開発独裁が不要とするのは、いささか疑問ですけどね。たとえば、アウンサン・スー・チー。なんだか、民主化のシンボルのように語られていますけど、彼女自身、ただ父親が「建国の父」とされているだけで、教育だってほとんどイギリスで受けたようなもの。おそらく、ミャンマー人としてアイデンティティーは薄いんじゃないですか?要するに、政治家としての実績もなく、ミャンマー人としての自覚にも薄い。能力は全くの不透明。おそらく、彼女の過去の発言や人格などから、どうにも理想や理念ばかりが先走り、かえって経済をひっかきまわしてミャンマーを混乱させるんではないかと思えてしょうがないのですが。
 結局、民主主義を根付かせるには、やはりある程度国内情勢を安定させ、そして経済基盤もそれなりの土台を築きあげておかないと失敗すると思います。そのビジョンがスー・チーの発言や態度から、いまひとつ見えてこない。だから、今のところ、ああいう軍政も必要悪ではないかと思えるわけです。
 もちろん、将来的には民主化してほしいです。いや、民主化するでしょう。経済が発展してくれば、民衆は自分たちの意見を反映してくれる政権を求めるようになるでしょうから。これは、多くの人々の願いでしょう。私も、それを願っています。
 たとえは悪いですが、ある意味ナチスだって前半期は開発独裁に近いものだったでしょう。ヨーロッパの中で「最も理性的」と言われ、もっとも民主的なワイマール憲法をもっていた国家でさえ、ヒトラーのような男を必要とした。実際、ヒトラーはわずか数年で、あのめちゃくちゃな経済を再生させたわけです。もちろん、一方で彼はユダヤ人への迫害を行い、非道の限りも尽くしましたが、負の部分だけでは語れない一面もあるんではないでしょうか?
  
 あと、戦争についてですが、これについては、もう一度よく調べなおしてきます。不勉強で申し訳ない。よく考えてみたら、民主国家対民主国家とか、独裁国家対民主国家といったように、簡単に分けられるわけありませんね、ベトナム戦争とか、太平洋戦争とかは。
 本当に不勉強で申し訳ないです。

開発独裁・・・う~ん
かんちゃん
ハイパーポン太様
よく勉強されているご様子ですね。お若い方なのでしょうか?
開発独裁に関してさらに言わしてもらうなら、おっしゃるとおりアウンサン・スー・チー氏という人はどういう人物かマスコミ報道からは判断しかねるところもあります。エリートといえる方なのでしょうね。政治的手腕は未知数です。昨年起きた民主化デモの中心を担った僧侶たちの迫害に対して何の行動も起こさなかったのはとても不可解です。保身を図られたのでしょうか。自宅軟禁というのは迫害を受けているとも言えるし、だから行動が出来ないんだという言い訳にもなりえるわけですから。他国の人間が無責任なことはいえませんが、自身を省みず街頭に立つべきだったと思います。自らを民主化のリーダーと認ずるのであればこそです。殺されていたかもしれません。が、国民と世界に対して政治姿勢がはっきりと提示できたと思われます。(誠に無責任で高慢な言い方で申し訳ありません)
にもかかわらず、開発独裁に関しては頷可できません。
以前韓国に旅行した際、案内をしていただいた人から朴政権時代を懐かしむ声を聞きました。そういう評価の仕方もあるのも事実です。ですが他に道はなかったのだといえるのでしょうか。韓国は「途上国」?から「先進国並み」?といえるところまで経済発展?をしており、政治的自由度もかなり高い国になりました。でも60年代から90年代にかけて民主化運動に関わった多くの人が亡くなったり、耐え難い苦しみを受けたりしました。痛ましいことだと思います。
韓国のある詩人が言っています。
「目の前に目指す山がある。ある人は出来るだけ平坦な道を選び、またある人は険しい道を選んだとします。でもどれが正し道であったかは頂上に立ってはじめて分かるのです。」
けして険しい道を選ぶことが正しい道だとはいえないかもしれませんが、独裁政治である以上民主化を求める名も無い人々の犠牲が要求され、多大な国民的エネルギーが消費されるのは間違いないことです。

もちろん…
ハイパーポン太
 もちろん、こういった独裁体制が行ってきた悪事は、どこかで糾弾されなければなりません。これはけじめです。いや、それ以前の道徳論だと言われれば、そうなんでしょうが。
 私も、個人的な感情論から言えば、独裁体制などなくてもいいと思っているのです。すべての国が民主化され、政治的な自由が確立されるのはいつか…。そんなことを夢想したこともあります。まあ、本当に感情論なのですが。
 これは、独裁体制における一つの特徴なのですが、実に効率的な一面があるということです。もちろん、金正日のような馬鹿な指導者も中にはおりますが、独裁体制というのは民衆の意思を権力により統一してしまえるから、速やかに一つの国家目標に向けて行動を起こしやすい。また、仮に失敗があったとしても、国民に指導者を糾弾する権利はないから、指導者側としては、これまたスピーディーに政策変更を行える。民主国家なら…マスコミが騒ぎたて、民衆は面白おかしくお茶の間で愚痴をこぼす。しかし、実効性のある政策をすぐに打ち出せるものがいるかといえば、そうではない。少なくとも、効率的という点においては、独裁体制の方が(もちろん、指導者の資質の問題もありますが)優れている。
 だから、ヒトラーも速やかに経済の立て直しを行うことができた。彼は独裁者だから、憲法に違反しようと自分の周りが反対しようと、全く気にする必要もなかった。彼の思う通りに経済政策を行うことができた。その当時のマルクの魔術師と呼ばれたシャハト(だったと思います、ちょっと記憶があいまい)とともに、二人三脚で、あっという間に国を再興させたのです。数百万単位の失業者が、あっという間に1/10以下になったのもこのためです。アメリカも、恐慌による失業者増大のため、ニューディール政策などを行ったりしたのですが、当初見込んでいた半分の成果も出せなかった…というような話を聞いたことがあります。教科書なんかでは、大成功と教えられることもあったかもしれないが。
 結局、民主国家であるがゆえに、一部の指導者が完全にすべてをコントロールするということはあり得ない。自分の言うことを聞かないからと言って、すぐに追放すれば済むというわけでもない。だから、当時の大統領の思惑の、半分もやりたいことができなかったらしいです。
 まあ、長々と偉そうにしゃべってしまいましたが、結局のところ、独裁体制なんて厄介なものが必要悪となりうるのは、それだけ我々が不完全である証かもしれませんね。いつか、このような残酷な政治体制なしでも、人類は自分たちの生活をコントロールし、なおかつ地球との共存共栄の道を作り出せれば、これに越したことはないんですが、まだ我々には時間が必要なのでしょう。
 だから、1000年くらいの時間がかかると申し上げたのです。

効率ですか・・・
かんちゃん
>少なくとも、効率的という点においては、独裁体制の方が(もちろん、指導者の資質の問題もありますが)優れている。

政治に効率を求めるのはいかがなものでしょう。
私たちの国でもかつて大政翼賛会に始まり国家総動員法を経験していますが、行き着いた先に待っていたものは何だったでしょうか。
民主主義は手間の掛かる制度ですがそれゆえに大切なものと考えます。
ナチス体制を一面ではありますが評価されていますね。
あなたが言われるように経済は復興したのは事実ですが、その裏には連合国から課せられた賠償金の支払いを拒否したことがあったのです。下世話な言い方をすれば借金の棒引きを要求して居直ったわけです。しかも経済復興の牽引となったのは兵器産業ではなかったですか。ワーゲン社、ダイムラー社、クルプ社、シーメンス社、ハインケルン社等々。
揚げ足を取るわけではありませんが確かにナチスは効率的でした。アウシュビッなどの強制収用所では効率よくユダヤ人を処理していますね。(余談ですが、ユダヤ人の死体を処理した焼却炉は特許を取ったとか取らなかったとか)
最後に。開発独裁には軍という暴力装置が後ろ盾となっていることを忘れないでください。開発独裁の独裁者はほとんどの場合軍人です。この人たちに異議申し立てをするのは命を捨てて掛からねばならないのです。



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2008-01-05 00:02
日本の自然崇拝の中で最も基本になるのは、森やそこに生える木に対する崇拝でしょう。
 日本の神社には、必ず森や林があります。神社の神殿や拝殿というものは、7世紀頃出来たものらしく、それ以前は森そのものが神様だったようです。神様をあの神殿に閉じ込める事は出来ない筈であり、神様は空から時々木に降りてくると考えられていたのです。御神木にはしめ縄が張ってありますが、それは、この木に神様が降りてきますよという印なんだそうです。
  参考;[森の思想]が人類を救う  梅原猛 著 


 森は人間に多くのものを与えてくれます。食べられる木の実や草、水、様々な動物、道具にすぐに加工出来る木、燃料となる木、身を覆うもの・・・狩猟採取時代には人々が生活する為の全てのものを森が与えてくれていたのではないでしょうか?だから、森に感謝し、森やそこにある木を崇拝するという事は、古代の人々にとって至極当然のことだったのでしょう。
 崇拝する森を聖域とし、森を荒らす事を厳しく制限したからこそ、古代狩猟採取社会を長く維持出来たのでしょう。逆に、森を大切にしなかった古代人は、そのうち生活に支障をきたし、滅んでいったのではないでしょうか?イースター島の文明崩壊も、木を乱伐して切り尽くしてしまった事が大きな原因です。つまり、森を崇拝することは、迷信でも何でもなく、人類が生きる為に必要なものを供給してくれる森に対しての感謝であったのでしょう。


 現在でもよく、開発で御神木を切るとかいう話がありますが、とんでもない話です。ご神木を切ってまでも進めなければならない開発などない筈です。・・・と言うより開発は長い目で見れば人々の生活を悪くするものばかりです。森を潰すと言う行為は、社会の為といいながら、一時の自分の利益しか考えない人間の浅はかな行動ではないでしょうか?。

 神社とそこの森は、いつの時代でもしっかり守るべきでしょう。
 科学と合理主義の時代と言われている現代も例外ではなく、森の存在は持続可能な社会の維持の為の必要条件です。
 神社とその御神木を大切に守っている間は、日本もまだ大丈夫のような気が致します。
 人間はもっと謙虚に森を崇拝しなければ、きっと滅びてしまうでしょう。 

    ×××× ××××  ×××× ×××× ×××× 

 子供の頃、正月に従兄弟と一緒に、従兄弟の父親の伯父に連れられて、神社周りをした記憶があります。そこら辺の神社、お稲荷さんを祀っているだけの本当に小さな祠みたいなものから、比較的大きくて神主さんもいるようなところ、無人だけれど鳥居がやたらに沢山あるところまで、片っ端から回って見て歩きました。子供心にそれがとても面白い探検でした。小学生の頃の正月の思い出での中で、はっきり記憶にあるのはこの時の事だけかも知れません。その頃はまだ、神社とお寺の区別がはっきりつかなかったと思いますが、その日回ったのは全部神社だったような気がします。
 当時から別に信仰心はなかったけれど、この薄暗い神社の魑魅魍魎の感じがたまらなくいい雰囲気でした。あの古い瀬戸物で出来たお稲荷さんも、この雰囲気の演出には持ってこいでした。

    ×××× ××××  ×××× ×××× ×××× 

  私の友達に、趣味で、神社を巡ってこま犬を研究している人物がいます。以前は、正直、彼の狛犬の話はあまり興味がありませんでした。(ワイン好きのエンジニアの友人のワイン談義よりはましでしたが・・・)。ある日、彼と会ったとき、仕方がないから彼に付き合って神社で狛犬を実際に見て回ったことがあります。彼の解説を聞いているうちに、狛犬も中々面白いものだと感じました。口にくわえているものから、口の開き方、前の足で押さえているもの、など色々バリエーションがあるのです。きっとこれは、子供の時、神社めぐりをしたときと同じあの感覚があるのではないかと感じました。

・・・そう、神社のあの古からの魑魅魍魎が住み着いている感覚が好きだったのです。時々、道端に神社を見つけたときは、道草をして覗いてしまいます。

    ×××× ××××  ×××× ×××× ××××

 各地に沢山残っている神社とその森を守っていくことは、日本人にとって大切な慣習ではないかと思います。森に、神が降り立つ御神木が無くなり、魑魅魍魎の気配がなくなったら世も末かも知れません。

 この正月中に一日神社巡りをして見ようと思います。 
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【2008/01/05 00:02】 | 思想・価値観 トラックバック(0) |


sitb
はじめまして

僕も環境問題に興味があるのでこのブログはすごく参考になります。

これからちょくちょくコメントすると思うので、どうかよろしくお願いします。

環境問題の本質と有効な対策
雑草Z
はじめまして、コメント歓迎いたします。

 ここ数年、環境問題に関する関心が急速に高まっていますが、ギャグのような逆効果の似非環境対策だらけです。しっかりしたまともな対策は遅れて間に合わないペースです。もっと自然の摂理に沿った本質的な環境対策を早急にすべきです。

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2008-01-01 00:02
 自然崇拝は、人類の最も原始的な思想、哲学だと考えられています。しかし、最も原始的だからといって劣った思想と考えるのは、科学技術と合理主義を妄信した現代人の短絡的発想でしょう。

 それは、まだ人類が、森に住んで狩猟生活をしていた頃の長い歴史・・人類の歴史の99%以上・・・を通して経験した事から必然的に発生したものでしょう。人間は自然の一部だと言う当然の認識から発生した人間と自然の共存の思想、哲学です。人類は自然の力の偉大さを認識したからこそ自然崇拝が生まれたのでしょう。・・・そして自然崇拝は、日々の暮らしの思想、哲学から発展して宗教となっていったのではないでしょうか?

 自然崇拝は、縄文時代から続く日本の文化、アイヌの文化にあるだけではなく、アメリカ・インディアンやアボリジニの文化の中にも見いだせる古くからの世界共通の思想、哲学でしょう。


 近代文明から、自然を客観的に研究するという自然科学が生まれ、それをもって『合理的』の名の下に自然征服がはじまり、自然崇拝を前近代的な非合理的なものとして排除していきました。
 しかし、自然崇拝は、愚かな思想でしょうか?
人間は特別な存在で、自然は征服すべき対象だとみなす近代合理主義のほうが
人間は自然の一部だと言う認識から発生した自然崇拝よりも、優れているとはとても思えません。

 自然を征服する為の技術が行き過ぎて環境破壊をもたらしました。「行き過ぎて」・・・と書きましたが、そうなったのは、科学技術は自然を人間の生活に最適な方法で制御出来なかったと言うことです。非常に不完全な科学を信じて・・・盲信して、こんな人類の危機的症状を作り出してしまいました。この近代の科学技術文明によって、環境破壊だけでなく、モラルハザードも起こり、多くの人々の精神も自然から離れて崩壊してきているように感じます。
 
 西洋を中心に、自ら文明人と名乗る国の人々は、彼等が未開の国と呼んでいる人々よりもモラル的にも優れていると思ったら大間違いでしょう。そんな発想は、力の弱い文化を攻撃し支配する口実に利用されただけです。ただ単に、近代科学技術を持った国家のほうが、戦争において強かっただけで、凶暴性や残忍性は寧ろ近代文明とやらを持ったヨーロッパの白人のほうがずっと酷かったのではないでしょうか?。・・・そう、凶暴で支配欲の強い人々ほど、大きな科学技術を持とうとするものです。
 西洋近代化文明の、自然も他民族も何でもかんでも『征服する』と言う共通の野望は未開人より『野蛮』と言うべきでしょう。

 近代から現代にかけて、多くの人々は、生まれた時から自然から離れた生活をするようになり、自然の摂理に対する感覚を失ってしまったが為に、自然崇拝を馬鹿にし始めました。そのくせ、科学と言う名の唯物論、自然科学を盲信し、経済発展、開発という名の持続不可能な自然破壊に気付かず、我々は文明人だとばかりに、破局に向かって行進しているのです。

 二進法のマシン(コンピュータ)や巨大建造物、バイオテクノロジーやサイバネティクスなどをもって、人類の技術は素晴らしく、無限に発展すると考えている科学崇拝の方が遥かに危険で軽卒で愚かだと感じます。
科学崇拝は今世紀中に人類を滅ぼすかも知れませんが、謙虚に自然崇拝が行き渡った世の中だったら、今頃人類の危機はなかったでしょう。

 宗教とまでは行かなくとも、自然崇拝は、今こそ人類みんなが持たなければならない思想、哲学ではないでしょうか?   
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【2008/01/01 00:02】 | 思想 トラックバック(0) |


nao
あらためて。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

今、朝日テレビのアレを見てます。
だんだん腹が立って来ました。

最近環境問題の特番多いですね。
雑草Z
こちらこそ、本年も宜しくお願いします。昨年度は沢山のコメント有難う御座いました。

コメントを見たら

>今、朝日テレビのアレを見てます。

との事だったので、「アレ」とは何かと見てみたら、環境問題の特番でしたね。

>だんだん腹が立って来ました。

とは、人間の愚行に関してですか?
それともこの番組の作りに関してですか?

 私は、このコメントに気づいてから、番組の最後のほうだけ見ましたが、他の民放のスポンサーのご機嫌取りのような環境問題の番組などと比べれば、しっかり出来ているように感じました。ただ、司会者や一部の出演者、CMがちょっと気に障りました。
 人類の愚行は酷いものです。 

人間の生活と寿命と空間
地下水
 私達は人間である。人間は、生き物である。生き物の幸せは、健康である。生き物が生きるには、生きて活動せねばならぬ。人間には生活が要る。
 健康の要素は、栄養、安眠、清潔、運動などである。栄養は、食糧からなる。食糧は農耕機器でつくる。農耕機器には工場や製鉄が要る。安眠には寝室のある家が要る。清潔には、風呂や洗濯機、トイレや下水道が要る。
 人間は、社会で役割分担をして、これらの生活物資をつくる。人間は、社会人である。
 人間はこの生活物資に生かされている。この生活物資に感謝が要る。この生活物資をつくる大人に対して感謝の念が要る。子供は大人を見習い、やがて大人となって、役割分担して、生活物資をつくらねばならぬ。人間は、社会人なのである。
 実際、山に登って見下ろすと、川が流れ、田畑が広がり、中程に町があり、道路と送電線が入っている。大人の仕事は、この生活の町をつくる事である。
 地球の外には、息の出来ない暗黒の死の空間が広がっている。この地球は何億年も太陽が照らし、森林やサンゴ礁が育っている。人間は、地球人である。地球には、地球の与える人間のきらめき、地球の花々の景色、地球の果物がある。人生八十余年、寿命には人生三万日余りの限りがある。これらの地球の贈り物を愛でて育てて、地球をよく見て限りある人生を送ろう。
 人間は、地球での健康な生活のための物資の生産の、この一点で、その目的を回帰し、協調し、分担し、共有する。

Re:人間の生活と寿命と空間
雑草Z
    地下水さん

 またまた、前の記事へ遡ってのコメント有難う御座います。

 自然崇拝とは、もともとこの限られた地球での豊かな生態系と物資の循環に感謝し、これを永遠に維持する為に長い世代間を通して作られていったものだと思います。決して迷信ではないと思います。

>これらの地球の贈り物を愛でて育てて、地球をよく見て限りある人生を送ろう。

このような生活が出来るのが、本当に余裕のある人間らしい生き方かも知れません。

Re:Re:人間の生活と寿命と空間
地下水
 今日もそうなのですが、大きな植物園のオープンテラスで、御茶をいただきながら、木々や花や涼やかな風を楽しんで来たのですが。
 そこへ行くのは車なのです。現代社会の矛盾です。公害を出しエネルギーを浪費して、その対極にある植物を求めるのです。心が求めているのは、植物であると、わかっているのに。
 こんなことなら、自分の町の中程に、相応の、心おきなく、安全で人目を気にせずゆったりできる、植物園があれば良いと、ときどき思います。町の顔として、近隣の町巡りの楽しみのはじめにあればと思います。
 ロンドンでも緑の回廊を何重にも設けてあるそうですから。
 大きなヒマラヤ杉の下のテーブルで和みながら、こんな大きな木を植えるのも有難い人の心、逆に他所の様に舗装して乾かして枯れさせてしまうのも困った事態だと思いました。

Re:Re:Re:人間の生活と寿命と空間
雑草Z
 おっしゃる通り、自然に親しむ為に遠出するときに車などを使って石油を消費して窒素酸化物や硫黄酸化物などを出す事は現代社会の矛盾ですね。
 私も地下水を汲んだり、田舎の秘湯に行ったり、鎮守の森を尋ねたりする時に車を使い、矛盾を感じております。

>こんなことなら、自分の町の中程に、相応の、心おきなく、安全で人目を気にせずゆったりできる、植物園があれば良いと、ときどき思います。

おっしゃる通りですね。地産地消は食べ物だけではなく、観光もゴミ処理も、殆どの物事を地産地消にする・・・昔に戻すべきですね。植物園でなくとも、歩いて、若しくは自転車に残しておくべきですね。

>舗装して乾かして枯れさせてしまうのも困った事

本当にそれは嫌な事ですね。日本ではもうこれ以上舗装をする必要はありませんね。現在でも舗装は過剰です。

「高度経済成長時代」と言われた1960年代、1970年代は各地で公害も発生し、大気も川も海も森林も荒らされましたが、それでも現在よりは遥かに自然が豊かだと思っております。そんな子供時代の自然の中で、現在失われてしまったものが色々あります。代償によって得たものは、失ったものに比べて殆ど価値がないと感じております。

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