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2007-10-31 00:01
 確かに世の中には似非環境問題が存在します。・・・その環境問題自体は実際に起こっていても、対策がとんでもないものは溢れています・・・
 しかし、最近「間違いだらけの環境問題」とか「環境危機を煽ってはいけない」なんて書物などのタイトルや内容に感化された経済学者や物知り風な経済成長論者が、よく持ち出す論法には賛成出来ません。

 『「地球はひどい状態か?」と聞かれると「イエス」と答える人が
 「あなたの周りで環境は破壊されているか?」と聞かれるとみな「ノー」と答える。
世界中の人々は「自分の住んでいる場所は大丈夫だけれど、どこかよその場所で環境が破壊されているのだ」と考えている。でもそれはおかしいんじゃないか?本当は世界中の環境は良くなっているんじゃないか。』
などともっともらしく言う輩がいますが、何をおっしゃるウサギさんです。

 先ず、実際に中国などは、ニュースで紹介されるように環境はみるみる酷くなっています。やらせとは思えません。それどころか隠そうと思って隠せなかった部分が出てきているのではないでしょうか?・・対策もされていますが、全く追いつきません。
 巨大開発などで住む場所を奪われつつある途上国の人々も沢山存在するし、酷い環境破壊に苦しんでいる人々も確実に存在します。

 「他のどこか」を考慮しなくても、大抵の人の身近な周りでも環境は悪化されているのではないでしょうか。

 例えば、私の周りを見渡しますと、残念ながら、自然環境はゆっくりと、でも確実に破壊されています。
 近くの雑木林や草地も宅地開発されて、緑が極端に減りました。
 ちょっと遠くに見える山々の森も道路やスキー場、ゴルフ場で切り刻まれて分断されています。実際に山に行くと、至る所不法投棄だらけです・・・。
 多くの草や木の葉を近づいて見ると、酸性雨にやられて葉脈から枯れはじめています。
昔は沢山飛び回っていた蝶やトンボも減っています。夏の間、アブラ蝉だけが頑張って、暑さを煽るようにがんがん鳴いています。
 川も汚れました。そこそこ大きな川から小川、水路にいたるまで、魚の数は極端に減りました・・・・昔はうようよいたメダカやタガメ、ゲンゴロウでさえ珍しい存在です。
 湧き水も農薬が入ったり枯れたりして飲めなくなってきて、清水を求めて山の奥へ奥へと入っています。百貫清水と言って、山の泉の底から沢山湧いていた名清水も、上の方のブナなどの林が切られてしまって、今は、一貫清水って感じで、少ない水がやっと湧き出しています・・・
 子供の頃は泳げた川も、表面には油等が流れてきて、底にはヘドロが溜まっていて泳ぐ気が致しません・・・

 まだ色々ありますが、日本中、多くの田舎町や村は、みんなこんな感じではないでしょうか?

 都会はどうでしょう?はじめからコンクリート等の人工物に囲まれた都会の人々は、その人工の景色がだんだんオシャレになってきたと思っているかも知れませんが、オシャレな建造物を建てる一方、廃棄物をどんどん周りの地域に出して、捨て場がなくて困っています。

 ・・・年々の変化がゆっくりなので、普段住んでいるからこそ気付かない変化もあるかも知れません。・・だから逆に、数十年振りに訪れた地の変わり果てた姿にがっかりすることもあるのではないでしょうか?・・山国育ちの私は、子供の頃訪れた海岸に、かにや小魚やイソギンチャクやヒトデやアメフラシがやたら多い事に感動したものですが、二、三十年振りに同じ懐かしの場所に行ってみて、海までコンクリに固められて、海岸に、かにやイソギンチャクや・・・を見つけるのが困難になっていたことに唖然としたものです。・・・そんな海岸は一つではありません。再訪問したいくつかの思い出の海岸全てがそうでした・・・
毎日の変化には気付かなくとも、二,三十年では、かなり環境が悪化しています。 

 場所によっては、自然環境が保護されて、昔のままだったり、改善された場所もあるでしょうが、大抵の人の周りの多くの環境が、年々少しずつ悪化されているのです。

「あなたの周りで環境は破壊されているか?」と聞かれたとき「ノー」と答える人々は、文明病に冒されて、観察する眼がなくなったり、忙し過ぎたり興味がなくて、環境悪化に気付かないだけではないでしょうか。
 こんなことをまことしやかに論じている書物や人物は観察力がない、目が節穴と言うべきでしょう。少なくとも私は、信用致しません。
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【2007/10/31 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |


nao
先日、ふっと思ったのですが道をコンクリートとアスファルトで固めにゃならん理由て「靴が汚れる」以外に何か理由があるのでしょうか?
妙に気になるのです。

空気と水はタダ?
aguri
空気と水はタダだとか、湯水のように使うとかのフレーズがむかしあったようです。しかしそのようなことは現実的でない世の中になりました。

水道水もカルキの量がすごく。不安もなく飲んでいた井戸の水も飲めないのがほとんどになりました。水はお金で買う、空気も買わなくてはいけない時代が来るのはすぐだと感じています。中国の環境汚染は許容範囲をもう超えています。

最大の理由は勿論アレでしょう!
雑草Z
naoさま

私も、道路舗装の愚かさについていつか記事にしたいと考えています。

まあ、車や自転車が凸凹で走りにくくならない為とか、安全にスピードを出せる為とかいう理由もあるのでしょう。
私は雪国住まいですが、冬の道がアイスバーンで危険になるのは道が舗装してあるからです。砂利道や土の道だったらアイスバーンにはなかなかならないでしょう。

 確かに高速道路は舗装してないと駄目かも知れません・・高速道路が必要かどうかはわかりませんが。

 まあ、道をアスファルトで固める最大の理由は、道路公団などがあるからでしょう。それで儲かる奴がいるからでしょうね。ついでに水道工事やガス管工事も大変になり、その手間賃も上がる事も好都合なんでしょうな。
 

日本で飲み水を買う時代が来るとは・・・
雑草Z
aguriさま

 十数年前まで、飲み水をペットボトルで買うなんて馬鹿みたいだと思っていましたが、最近は種類も多いし、買う人も多いですね。私は、滅多に買う事はありませんが、一方、時々山に水を汲みに行ってます。
 井戸水も油臭くなったりして飲めなくなったと言う話はよく聞きます。
 空気まで買わなければならない時代が来たら世も末ですが、確かに空気も売っていますね。

 中国は大気汚染も水の汚染も大量の犠牲者が出るレベルですね。
 こんな時代に環境はよくなっていると言っている輩(ロンボルグなど・・・次回あたり書きます)は、ペテン師です。
 


nao
やはりアレですか。もしやと思いましたが、、、(棒読みで)。
にしても奴等はどれだけ金が欲しいのでしょうか。
姉歯事件でも鉄骨ばかりに目が行って、生コン業界のシャブコンのタブーには目もくれない。
アスファルトはバージンを使わずに剥した中古を使い回し。
こんな不正だらけの業界はそろそろ本腰入れて潰さねばなりません。

政治改革
mao
私の周りでも緑がどんどんアスファルトやコンクリート
に変わっています。腹立たしい限りです。
しかしながら、破壊活動をされている方も
仕事が無いと生活ができないという理由でされているのでしょう。

本ブログにほんどの仕事は環境を破壊してまで
やるべき仕事で無いというご指摘がありました。
まさにその通りだと思うのですが、このサイクルを
断ち切るのは非常に難しいですね。
社会構造を変えるためには政治活動が必要ですよね。

雑草Z様が、次の選挙に立候補されるとうれしいですが。

ついでに僕も
かんちゃん
今回はたくさんのコメントが寄せられていますね。
やはり皆さんアスファルト舗装やコンクリートの建設物にかなりの違和感があるのですね。
僕の暮らす田舎の小川はほとんど三面張りのコンクリートになってしまいました(子供の頃よく釣りをしました)。呼び名も川とは言いません「水路」です。2~30年前までは部分々々のコンクリート改修でしたが、国の基盤整備事業(小さな田んぼを寄せ集めて10a~1hぐらいの大きな田んぼにする)により一気にコンクリートになりました。夏場に雨の降らない日が何日も続くと枯れた状態も出現します。魚もほとんど見かけません。むごいものです。でも、川底のコンクリートがはがれた大きなくぼみには時々魚影があります。小さな水溜りのようなところでも自然は何とか回復しようとしているのですね。

ところで、これは以前から考えていることなんですが、河川改修などの土木工事の工法を変えたらどうでしょうか。
コンクリートや護岸ブロックの代わりに川底や近隣の自然石と土盛りだけにするのです。川底にもコンクリートを打ちません。当然大きな水害には弱いでしょうが、壊れれば直せばいいのです。この工法のメリットは、自然を損なわない、工費がたぶん安い、壊れるから土建屋さんも恒常的に仕事があるなどでしょうか。デメリットは水害に弱いことでしょうが、大きな災害に至らない方法はあると思います。ついでながら今の河川防災の工事はちょっと過剰のような気がします。


農道や林道まで舗装するする必要はない
雑草Z
  naoさま

 
日本では、もう道は要らないし、舗装すべき道は全部舗装になっていますね。何せ農道や林道さえ舗装になっている所が沢山あるのですから、舗装もかなり過剰になされています。もう必要ないですね。

 アスファルトやコンクリートも廃棄場所に困るので、

>アスファルトはバージンを使わずに剥した中古を使い回し

と言うのは、いい事だと思います。ただしその分コストを安くして、その旨も正直に言わないと詐欺と言われても仕方が無いですね。
 
 

選挙の戦略
雑草Z
  maoさま

 選挙に推薦して下さって有難う御座います。(笑)

 実はこの夏の参議院選挙で、東京地方区の「川田龍平を応援する会」に入ってほんのちょっとだけ応援しました。先日ちょっとした集まりでその選挙の総括報告を聞いてきたのですが、あの薬害エイズの実名告発で人望を得た川田氏でも、多くのボランティアと緻密な選挙運動で、やっと最下位当選でした。・・・選挙にはある程度緻密な戦略と多くのスタッフが必要です。

・・・と言う事で選挙には出ても勝つ見込みはないし、微力ながら暫くブログでプロパガンダ致します。

 川田氏も脱経済成長を主張する団体に所属しているのですが、彼は、やはり薬害とか厚生省の不正と戦うほうがメインかも知れません・・

ほとんどのいらない仕事はなくして、少ない仕事をワークシェアして気楽な生活を送れる世の中にしたいものです。・・その方法は、やはり政治を変えるということでしょうか。

   

>河川改修などの土木工事の工法
雑草Z
  かんちゃん さま

>コンクリートや護岸ブロックの代わりに川底や近隣の自然石と土盛りだけにするのです

に賛成致します。
私は「あまりいじるな」が基本ですが、
兎も角、地面と川との水の行き来を断絶し、生態系を根こそぎ破壊する三面張りは、やめるべきでしょう。あれこそ、そんなものを作る業者と、工事をしたい業者の為以外の何ものでもないでしょう。
>国の基盤整備事業
も酷いもんですね!

最後に
>今の河川防災の工事はちょっと過剰のような気がします。

と述べられましたが、全くその通りです。ただ、「ちょっと」ではなくて「かなり」過剰です。ほんの小さな小川にすら大げさな護岸工事や砂防ダムを作るが沢山見られます。

【河畔林を潰す大義は・】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-182.html
【U字溝】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-177.html

 道路も河川もコンクリートで固めすぎ!!  


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2007-10-27 00:01
 現在世界中色んな重要な問題の先送りが成されています・・・・必ずいつか議論しなければならない問題の先送り・・・・先送りすればするほど問題は大きくなり、さらに解決不可能になっていきます。仕方がなくさらに先送りすることになってしまいます。多くの当事者達が無責任にも他人事のように・・あたかもその問題を考える人々は愚か者のように・・先送りされてきた問題の無視を決め込んでいます。

そのような大きな問題の先送りの例をあげてみます。

 日本の借金の超過による財政の破綻問題・・・多くの経済学者もお手上げで、無視を決め込んでいます。何とかしようと考えている政治家などは大増税を考慮しているし、経済成長とインフレで実質の借金額を目減りさせようと愚かな事を本気で目論んでいます。まじめに考えれば公共工事の早急なるストップとか、そう言うことをしなければならない筈ですが、痛みを伴った改革と言いながらも、未だに不要な公共工事をせっせと行っています。

 原発の放射性廃棄物の処理の問題・・・はじめっから人間の手に負えなかったのに、無責任な原子物理学者が科学の力で解決すると約束して(約束させられて?・)見切り発進してしまいました。・・・だから、多くの人が反対しているのに、国や国に雇われた核燃などの職員たちは、問題の本質には無視を決め込んで、「プルサーマルによるリサイクル」とかいい加減なことを計画して問題を先送りしています。放射性廃棄物を厳重に遮断して地中深くに埋めても・・・半減期に達する遥か以前に地上にまで出てしまう・・・そんな最終処分場にはどこも名乗りを上げたがらないし・・・その間にも処理の不可能な放射性核廃棄物は、排出され続けるのです。

・・・やはりこの放射性廃棄物が最も大きな問題の先送り?・・・と言いたいところですが今回は、これらを包括するもっと大きな問題の先送りを考えます。

 それは、経済成長スパイラルです。前回書いたように経済成長スパイラルは、続けることは不可能です。そして、経済成長スパイラルの塔が高くなればなるほど崩壊する時の衝撃は大きくなります。
 だから、今すぐにでも経済成長スパイラルからは抜け出すべきですが、世界はその方向に動き出していません。世界の指導者達・・経済ファシスト達・・は、経済成長を維持出来ると考えているようです。・・根拠は、短い経験からか、無限の資源を基本に始まる経済学を信じてか・・・実際は問題の先送りをして、その間にも破局のエネルギーは溜まっていくのです。

 かなり困難な事ではありますし、大きな犠牲も出るでしょうが、直ぐにでも人間が自らの手で経済成長スパイラルを止めて、出来るだけ安定にランディングさせるべきです。

 この調子で経済成長スパイラルを放置しておくと、最悪のシナリオ・・人間の手に負えない経済スパイラルの大崩壊・・・カタストロフィーが始まり、人類は絶滅に追い込まれるでしょう。  
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【2007/10/27 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |

はじめまして
aguri
aguriさんのブログ:素人の農業体験です。コメントありがとうございました。18世紀産業革命以来、人類は豊かさの定義をペーパーマネーによる工業製品の生産と消費をいかに増加させるかが主体と勘違いしてきました。それは、いまなお世界中にある貧困の現実から、そう考えても仕方がなかった部分はあったかも知れません。

しかし、一方経済学の発達は地球の資源が無限、そして環境破壊などないとの前提で発達してきた学問です。これから私達が迎えようとしている未来の地球がどうなるか、こんなことは最近やっと考え始めたところです。

このような問題を、環境、農業分野に視点を置くことによって色々なことが感じ見え始めてきたところです。残念ながら、まだまだ環境、農業分野に無関心な国々、政治家、国民が多いのに危機感を感じます。


はすざわ
 はじめまして。時々蝦夷縞さんの掲示板に
投稿させていただいています。

 エコファシズム=エコロジーの衣をまとったエコノミー
(経済)ファシズム、良い定義ですね。ビビッと(笑)
きました。使用許可をいただけますか?(笑)

 おっしゃる通り、これからの経済学は無限大の環境
(廃棄場)を前提とした理論の組み立てを「廃棄」すべき
だと思うのですが、今も一般には経済成長がまず前提の
議論ばかりで、まともに読了する気になれません。

 槌田さんがかつていわれた、「一般に成長はどこかで
止めなければならない。それに失敗すれば破局があるだけ
である」(「石油と原子力に未来はあるか」)という言葉
その通りだと思うのです。

 かつて学問は「人間はこんなこともできる、あんなこと
もできる」というのが仕事だったような気がするのですが、
これからの学問=自然科学と言わず社会科学と言わず=に
必要なのは、「人間の限界(あれはできない、これも
できない)」を合理的に説明することではないかと思う
のです。まあ、あまり楽しい作業ではないかもしれませんが。

 そして、その根幹となるのが、おそらく熱学第2法則
ということになるのでしょうね。

 これからも期待しています。

GDPで豊かさをはかる愚かさ
雑草Z
aguriさま

 食料自給率、日本の農業を憂えている事が一致していたので訪問させて戴きましたが、そればかりでなく
 無限の資源と言う事を前提に、環境問題などを考慮しないで展開した、『出発点から間違っている経済学の愚かさと』言う点でも同じ考え方で一致していたようで嬉しく思います。
>18世紀産業革命以来
の価値観をいまだに絶対だと思い込んでいる輩が多くて困ったものです。GDPは、人間の豊かさよりも、人間が自然に与える環境負荷のほうをよくあらわしています。
 この期に及んで、実質、工業優先、農業冷遇の政策をしている日本政府も本当に場当たり的でどうしようもないと思います。
グローバリゼーションは持続可能な社会の構築を破壊致します。
自給自足は基本です。
実際に農業をはじめたaguriさんの今後の動向を楽しみに致しております。

 
 

槌田敦さんの定義とは異なりますが・・
雑草Z
はすざわさま 

 はじめまして、
「蝦夷縞さんの掲示板」は、近藤邦明氏から紹介されて、数回訪問したことがあります。書き込みした事はありません。
はすざわさんの書き込みはどのようなものかと今見てみたところ、たまたま、つい先日訪問して、面白いなと思った書き込み No 1805 が、はすざわさんでした。
>「ノーベル政治賞(政治ショー?)」
 ってのも面白いですし、
>CO2温暖化論の唯一の「証拠」であるシュミレーション結果に対する「妄信」じゃなかった、「コンセンサス」
 ってのも、言い得てますね。

気候は複雑系のカオスで、CO2温暖化説は、立証も当分不可能でしょうが、同様に反証も不可能でしょう。(懐疑論者に立証の義務はありませんが・・・)これにはかなりの労力を費やし、時間もかかるでしょう。
 私は、反エコ・ファシズム(勿論、私の定義のほう)に力を入れます。

 さて、「エコ・ファシズム」なる言葉は、私は槌田敦氏の本で初めて見ましたが、彼の定義は、
Ecologic Fascism 環境ファシズム ですが、
私は、特に日本では、そんなファシズムは存在しないと考えますので・・・似非環境ファシズムらしきものは存在するかも知れませんが・・・・
代わりにEconomic Fascism 経済ファシズムを定義させて戴きました。こちらのファシズムは、ナチスより遥かに強力かと・・詳しくは、
【エコファシズムを定義する】
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-168.html
を見てくださいね!!
ご使用の際には、どちらの定義かご注意ください(笑)
まあ、一般的に言ったら槌田さんの「環境ファシズム」でしょうね。でも、「経済ファシズム」こそ、ファシズムの定義に合ってると思いませんか?

熱力学第2の法則による
>「人間の限界(あれはできない、これもできない)」を合理的に説明すること

>あまり楽しい作業ではないかもしれませんが。

との事ですが、
「無限の可能性」なんて言葉は成長神話の洗脳でしょう。
余分なものを作らずにすむのですから、本来は、時間に追われず怠けられるお気楽な事かも知れませんよ。

 これからも宜しくお願い致します。

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2007-10-23 00:01
デフレ・スパイラルという言葉はときどき耳にします。さも大変なことのように国や財界人や経済学者など経済ファシストたちは騒ぎ立てまが、景気が落ち込むとかそういうレベルの話です。

 「経済成長スパイラル」と言う言葉はあまり耳にしません。ネットで調べたら、ありませんでした。だから、定義致します。・・・そのままです (笑)・・経済成長によって新たに現れ出てくる経済との相乗効果で次々にさらなる経済成長の必要性と圧力が発生し、経済成長を止められなくなって行く・・・

 経済成長を続けなければ、社会は大変な事になると言われていますが、何故なのでしょうか?

 どんな産業の例でもいいのですが、先ず新しい産業が出現します。必要に迫られて・・と言うよりも特に最近は、(不必要な)新しい需要の開拓と言うべきでしょう・・電気会社としましょうか?はじめは、初歩的な電気製品、照明器具やラジオを売りはじめ、そのうち電気炊飯器や洗濯機、テレビを売りはじめると会社の規模も大きくなり、生産と販売を拡張するために、モデルチェンジや新製品の開発を行います。オーディオ製品、電子機器・・・それ専門の会社も設立され、関連企業も増えて・・・そして、どんどん成長していきます。緑の革命で農業生産も増え食料も豊富になって、人口が増え、消費者が増え、企業戦士も増えていきます。銀行も経済成長スパイラルを支えます・・・と言うより銀行こそ経済成長の落とし子で、それ自体によって利益を上げる企業の典型です。・・・自国で成長し切れなくなると、消費者を海外の途上国に求め、ニーズを開拓していくのです・・・こうやって雇用を確保した企業は、今度は従業員の為にも生き残るために新たなニーズを開発していく・・・・明らかなスパイラル発展構造です。

 こうやって出来上がった経済スパイラルのバベルの塔は、決して完成する事はなく、ずっと高くなっていくと想定されます。どんどん高くしていく過程で資本家達は儲かって行きます。そしてその成長をやめれば、失業者が溢れ、社会構造が崩れ落ちます・・・だから、各国とも経済は成長を続けなければ・・・と強迫的にそれ自体が目的化して行くのです。・・・だからこの経済成長スパイラルを止めるのは現実的ではない・・・と、ほとんどの経済学者、財界人、一般庶民も言うわけです。
・・・これが、私の定義するところの「経済ファシズム」の洗脳、脅しです。

 しかし経済成長は、非常に基本的な事を落とした欠陥論理です。
・・・それは、有限性。地球は有限ですし、かなり前からその有限性による成長の限界が至る所に出現しています。資源、廃棄場所、そして人口の増加の受け皿・・・経済学は無限に広がる大地とそこに眠る無限の資源を仮定しているから・・出発点で廃棄場なんて大して考慮もしてなかったでしょう・・その出発地点から間違っているのです。だから経済成長スパイラルは早晩・・・各方面で頻繁に歪が現れている現在からはそう遠くない未来に・・・行き詰まり、壊れる運命にあるのです。

 経済成長スパイラルでどんどん上に上に積み上げようにもそろそろ資源は底を着いて無くなりそうですし、どんどん高くなっていく塔の下を支えるには、大きな裾野が必要ですが、もう世界中に・・・途上国にも・・・裾野を広げてしまって、これ以上広げようもない段階に差し掛かっているのです。


 この経済スパイラルの塔を積み上げてのぼり続ける成長を止めようすれば、大混乱が起こるでしょう・・・・だからと言って、この塔はいつまでも高く積み上げられ続けるものではなく、高くなればなるほど、そこからもっと高く積み上げるのは困難になるし、崩壊のときの衝撃も大きくなるのです。

 早い段階なら、適当な高さで止めて、高さを伸ばすのをやめれば、塔を補強しながら永続出来るかも知れません。または上に積み重ねたものをそっと下ろしながら、スパイラルの塔を適当な高さまで低く出来るかも知れません。
・・・・残念ながら、その高さはかなり高過ぎるところまで伸びてしまったので、崩壊の混乱は大きいでしょう。しかし人類が生き残る為にはこの経済成長スパイラルから脱するしかないのです。脱するのが遅れれば遅れるほど、崩壊の破局は大きくなり、人類は破滅へと導かれるのでしょう。
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【2007/10/23 00:01】 | Economic Fascism トラックバック(0) |
2007-10-21 00:01
「浮き沈みの波はあったけれど、現在まで人類は進歩し、世界経済は成長を続けてきた、これからも大恐慌などもあるだろうけれど、長い目で見ると科学は進歩し続け経済は成長し、物質的にも豊かになり、人類はより豊かになっていく・・・」これが成長神話、典型的な経済成長主義者、つまり現在の主流の考え方でしょう。アメリカはもとより、ヨーロッパ諸国、日本、中国、インド、ブラジル・・・・世界中のほとんどの国の現在の基本的な考え方でしょう。

一般庶民だけでなく、国や自治体の指導者も研究者も、こんな短い経験から自然の摂理・・・・物事には限界がある・・と言うことを忘れている、または理解しない人間が多過ぎるのではないでしょうか?・・・ 

「無限の進歩、経済成長の根拠は?」
と聞かれたら、なんと答えるのでしょう?
 色々な根拠もあがるでしょうけれど、根本には、それまでの人々の短い「経験」が、あるのではないでしょうか?。これまで絶滅したことがないから、と言う 「経験」。人類が心の底に持ち合わせている楽観主義・・・・・・・この楽観主義は希望の源ですから、否定は出来ませんが、それ故に現状把握が甘く、時を逸する危険性が大です。

 実際は歴史の中には絶滅した国や民族も沢山あったわけですが、自分達は上手くやってきた生き伸びた民族の子孫だから・・・・・?
 そして、わずかな経験や知識から飛躍して、無限の可能性だとか、無限の成長だとか・・を確信しているのです。

 「無限の成長」と言う言葉にロマンを求めるのは、洗脳であり、成長主義者の驕り、無軌道ではないでしょうか?

 
 自分達が生まれてから、ちょっと緑が減ったり川が汚れて魚が減ったのは寂しいけれど、(徐々に変化したから少しに感じるけれど、一気に昔と比べるとかなり減っているのですが・・)GDPは増え続け、店には商品が溢れ、後から後からこれでもか! とばかりに新しい製品やサービスが生まれ、どんどん便利になっていく・・・・
 崩壊の気配なんてありゃしない・・・もしもそんな可能性があるとしても、遠い遠い将来で、自分にも子供にも関係なくて、後の時代の人が何とか解決してくれる・・・先進国の日常生活にべったりの典型的な人間はこのように考えているのではないでしょうか・・・滅亡した古代国家でもきっとこんなだったのでしょう。
 

 自動車を運転して一度も事故に遭った事がないからと、スピードを上げ続ければいつかは大事故に遭うでしょう。・・・・現在の自動車のスピード(地球のキャパシティ)はまだ安全速度だと考えているのでしょうか?。このスピードで大災害がやってこない方が不思議ではないでしょうか?現在、地球のキャパシティを越えていないと考えている方は、ただ「今まで大丈夫だから」と言う事を漠然と根拠にしているのではないでしょうか?・・でもそれでは御目出度すぎます。実際には、定常性を維持できるキャパシティはとっくに過ぎて、自然破壊、資源の枯渇、捨て場の枯渇、・・・。環境付加は爆発寸前。崩壊の兆しも大きく膨らんできています・
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【2007/10/21 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2007-10-19 00:01
最終処分場とは、不要になったもののうち再利用や再資源化が困難なものを処分する施設との事ですが、早い話が処理し切れなかった廃棄物の最終置き場です。
 
 江戸時代あたりのゴミなら埋め立てしても安心ですが、今の酷いゴミは、そう簡単にはいきません。有機塩素系や水銀などの重金属系の廃棄物は厄介です。・・・放射性廃棄物に至っては、お手上げと言うしかないでしょう。 
 
 最終処分場にも種類があり、有害廃棄物は遮断型処分場へ、既に安定している無害な廃棄物は安定型処分場へ、埋め立て後も維持管理を要するなら管理型処分場へ・・・と言う区別はあるようですが、もともと廃棄物は混ざってしまってエントロピーの増えた状態が多いでしょうから、しっかり区別は出来ずに、例え安定型であっても、水が汚染されることはたびたびあるでしょう。  

  どこの住民だって、地元に最終処分場を作られることには反対です・・・賛成する方や団体は、ほとんど利権がらみです。各地に実質放置されたような状態の最終処分場もよく見受けられます・・・不法投棄と区別がつかないようなところも沢山あります。

 国や自治体も、どこかには作らなければならないから・・・と言う理由で、比較的人口の少ない山間部や過疎地に処分場を押し付けます。実際は最終処分場に使うべき土地なんてありません。
 最終処分場に使う土地はいつも不足していて、自転車操業ですし、最終処分場の維持管理も大変です。・・「最終」ですから、基本的には維持管理は無毒化するまで続けられなければなりません。無毒化しても不毛の地になってしまう土地も多いでしょう。もともと無毒化が困難だから、遮断するわけですが、完全な遮断は出来ていません。絶えず外部に漏洩する不安にさらされます。・・実際沢山漏洩しています。

最終処分場をどこに作るかと言う議論の前に、最終処分場を作ってまでも、物を生産する必要があるのか?・・・と言うことをしっかり議論すべきです。・・・誰もが嫌がる最終処分場を何処かに引き受けさせてまでも、ものを作る必要はありません。
・・・と言うより、「最終処分場」に捨てるべき廃棄物は出してはなりません。既に世界中そこかしこが最終処分場になりつつあります。

 自然の、生態系の循環に流れない物質を作って最終処分場を作り続ければ、やがて処分場はなくなります。
 最終処分場に捨てなければならないようなもの・・・自然の循環に回らない物質は使ったり作ってはいけないのです。持続可能な社会の鉄則の一つです。

 最終処分場をどこに作るか?と言うような対象療法ではなく、作らないと言う予防原則が必要です。
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【2007/10/19 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |
2007-10-17 00:02
「環境に優しい商品」・・・と云う言葉は好きではありません。うさん臭いものばかりで大抵信用出来ません。

 最近、エコ製品が世の中に溢れています。・・・それを最大のセールスポイントにしている製品も多々あります。・・・騙されないようにその見極めが大切ですが・・・しかし、現在使っている「環境にあまり優しくない製品」と言われている製品を廃棄してまで環境に「優しい製品を買うこと」が、本当に環境負荷が減ると鵜呑みにしてはいけません。

 例えば、石油と電気のハイブリッドカー。ハイブリッドカーは作る時に同じランクの普通のガソリン車より、CO2だけではなく、他の有害物質も多く排出します。作るときの環境負荷はハイブリッドカーの方が大きいのです。だから製造コストも高いのです。
 そして、買い替えて現在の車を廃車にするとスクラップが出ます。その環境負荷を考えずにメーカーは、ハイブリッド車への買い換えをエコだと言います。・現在使っている車が、非常に燃費が悪く、有毒ガスを撒き散らす車でもない限り、そのまま古い車を乗り続ける方がエコな場合が多いのです。「買い換えるのは勿体ない」の感覚は間違いでないのです。(でも、ハイブリッドカーを買う日本人のほとんどは、エコよりも、ガソリンが高くなったから、経済性で買うと車のセールスマンが言ってました・・・)

 省エネのテレビも冷蔵庫もパソコンもみんな同様でしょう・・・今使っている製品を廃棄してまで新しい製品を買うほうが環境負荷が優しいなんて事は、滅多にありません。・・・・こう言うと、データを示して、何年使えば、エコになる・・・という方もいるでしょうが、その何年を待てば、もっと省エネの製品が出るのです。そこまで待って、更にその時点での最高のエコ製品が元を取る年月限界まで古い商品を使って・・・と言うことを繰り返していけば、結局古い製品を使い続ける方がエコになるのです・・・って詭弁でしょうか?(笑)・・・廃棄物の環境負荷はかなりシビアーです。

なるべく買い替えずに一つの製品を大切に使い、修理しても使えなくなった時点で、新たに買うのならエコ製品!ってところが妥当でしょう。

 
 買い替えた方が環境に優しいと主張する事は、環境対策ではなく経済対策です。


 余談ですが今度ノーベル平和賞を受賞することになったアル・ゴアも、
「現在使っている様々な製品をエコな製品に買い替えましょう!」
などと、平気でプロパガンダしています。何年も環境を研究しているとは思えないほど軽薄なエコロジスト(?)に感じます。
 
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【2007/10/17 00:02】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

Repairの精神って大切ですね。
おかっぱ頭
 何年も愛用した製品が故障した時、もう部品が無いからと言う理由で修理が出来ず、廃棄処分しなければならないって腹立たしいですね。「環境に優しい商品」と言う前に、「商品に優しい」メーカーになって欲しいと思います。それが結果、環境に優しい事に繋がるのではないでしょうか?
 まだまだ大量生産・大量消費・大量廃棄の悪循環がなされていると思います。

 ゴア氏の発言も相当政治やビジネスに結びついたものだと思います。今年1月に来日した際の経団連会館での講演内容は、
『 「危機」と言う文字には、<危険>という意味と<チャンス>という意味が含まれていると聞きました。温暖化対策はビジネスチャンスです! 』
 あまりにも明快過ぎますね。

そうですね!Repairって大切ですね。
雑草z
 修理して使うという事、本当に大切ですね。自分の持ち物に愛着を持って、修理しながらいつまでも使うという事が、本当の「環境にやさしい」でしょう。
 自分のところで作った製品を「部品の在庫がない」という理由で修理してくれないメーカーって嫌ですね。部品の在庫がなくても工夫して修理するのが本当の職人、技術者でしょう。
 ドイツでは、製品のバリエーションを犠牲にしてまで修理には、ずっと応じてくれると聞きました。・・日本でもそんな良心的なメーカーもありますね・・。その前に、ドイツ製品は壊れにくいですね。

 私が書き落とした、『修理して使う』という事をフォローして下さり有難うございます。

××××××××××××××××××××××××

>『温暖化対策はビジネスチャンスです!』

 アル・ゴアだったら言いそうな言葉ですね。
「不都合な真実」は見るつもりはあまりありませんでしたが、最近DVDを貸してくれた人がいたので見てみましたが、環境問題をある程度かじったことがある人ならば、みんな知ってることばかりで、
「新しい真実」なんてない「使い古しの真実」って感じの「演出された映画」でした。


 でも、アメリカや日本の浪費しか知らない人々にとっては、いい教訓になるのでしょう。
 世界中にはもっと深い知識と洞察を持った本物の環境の指導者は沢山います。この程度の極めて政治的な人物がノーベル賞ですからね。
 でもまあ、「佐藤栄作と同じ、ノーベル平和賞」と考えれば納得ですかね!?
 


  
 

とにかく自分で修理
かんちゃん
世の中、マイコン制御が電気製品を筆頭としてあらゆる製品に蔓延して利便性を追及したことが問題ですね。マイコン制御は素人には手出しできないブラックボックスです。修理ではなくその部分はごっそり取り替えです。こういったところが修理代を押し上げ新しく買った方がお徳ですという商売になっているのでしょうね。
僕はペレットストーブの販売を手がけており、今日もデモストレーションをしてきました。僕が買っているストーブは電気も使わず価格は189,000円ですが、高いもっと安くなるだろう、そうしないと売れはしないよといわれます。
でも僕はやんわりとこういいます。お父さん、例えばあのジャパネットタカタで40インチの液晶テレビを買っても20数万円はするでしょう。でもせいぜい10年でまた買い替えでしょう。ストーブは鉄の箱ですよ。20年でも30年でも持ちますよ。それでお部屋はあったかいですよ。どちらがお徳でしょうかね。お父さん、あなたがここへ乗ってきた4WDの軽トラック。新車で100万円ぐらいしますね。このストーブ4つは買えますね。どちらがお徳でしょう。
話しずれてしまいましたが、つまるところ人がだらしなくなっているということです。僕は百姓もしていますがほとんどの機械は部品をかつて来て自分で修理します。マイコン制御部分以外は(^^)。中古の部品取りもして手元に置いときます。いつか役に立つのです。だってメーカーの部品は10年が在庫期間ですから。
皆さん、ほとんどの機械は自分で直せますよ。すぐに買い換えるのはやめましょうね。

私の「不都合な真実」
雑草Z
かんちゃんさま
おっしゃるとおり、マイコン制御ってのは、修理と言うよりも、大きな部品の交換って感じですね。非常に勿体無いですね。
 マイコン制御なんて付いているばっかりにかえって修理しにくいばかりか使いにくい製品も沢山あります。

 かんちゃんさんのペレットストーブの販売の誘い文句は上手いもんですね。やはり、『真実』があるからこそ、自信をもっておススメ出来る訳ですね!。
『真実』と言えば、おかっぱ頭さんのコメントを受けて、
『Repairの精神』の大切さ、修理こそエコだ!と言う事を書かせて戴きましたが、そこにはちょっとばかり私の『不都合な真実』が、ありました。・・それは、私は、修理不器用というか修理無精と言う事です。
 例えば、自転車で遠出するのは厭いませんが、タイヤがパンクしたときに、自分で修理した事がありません。自転車屋さんまで、引いて持っていきます。
 そして、たまに壊れたものを自分で修理するときも、結構大雑把で、安全に使えりゃいい!!って感じです。
 だからかんちゃん氏の

>ほとんどの機械は部品を買って来て自分で修理します。
 
と言うのは、素晴らしい事ですが、とても真似は出来ません。
物を捨てられない性格なので

>中古の部品取りもして手元に置いときます。

と言う事は、私もしますが、かんちゃん氏のように

>いつか役に立つのです。

とは結果的に言えません。ずっとそこにあるだけのものが結構あります。(笑)
 永久運動機関もアイディアだけノートに書き溜めて(記録は好きなもので・・)作ってみなかったのも私らしい無精です。(って、組み立ててみても動く筈ありませんが・・笑)


 と云うことで、永久機関と来れば
(話の繋がり、展開が強引ですね。)
かんちゃん氏の4代前のご先祖様のお話をもっとお聞きしたいものです・・・とても魅力のある人物です。 

お徳? お得ですよね(^^)``
かんちゃん
誤字、ごめんなさい。

部品取りのことですが、確かにいつ使えるかわからないものもあり、時々処分もしています。
モーター類はとにかくとって置くようにしています。先日も農作業中に負荷のかけ過ぎでモーターを潰してしまいましたが(炎が上がり危うく火災になるところでした)、30年ぐらい前の他のメーカーのやつをなんとかくっつけて直しました。でも、この夏に草刈機を修理したのは部品が高くついて、危うく新品の値段になるところでした。

4代前のご先祖様ですが、あの後久しぶりに図面を引っ張り出してみましたが、驚いたのは一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています。当然当時は土木機械なんかは無いわけですから、深い谷をダムを作るように人力で埋めていったのですね。今そのため池を下から見上げると先人たちの人間力のすごさにため息が出ます。

雑草様。僕が知っているのは爺様から聞いた話がすべてですし、残された資料で確認できるものは僅かです。


人力の偉大さ
雑草Z
かんちゃんさま

 モーター類は、プラモデルやおもちゃ用の小さなものは、壊れたものから外して転用した事がありますが、おもちゃ以外の大きなモーターは扱った事がありません。古い他のメーカーのモーターを付けかえるかんちゃん氏は、器用ですね。メカ好きですか?。

>一緒にあったため池の施工図と作業表?です。農閑期を利用して農家一軒あたりの作業量が詳細に書かれています

 凄いものが残っていましたね。明治時代のものですよね?かんちゃん氏の家は、いわゆる『旧家』なわけですね。

>深い谷をダムを作るように人力で埋めていった

と言うのも素晴らしい話ですよね。その技術も大変だったと思います。『人力』はやはり偉大ですね。ご存知でしょうが、私は『人力』推進派です。

××××××××××××××××××××

考えて見ると、2代前の祖父母の事は少しは分かりますが、3代前の曽祖父など名前すらわかりませんし住んでいた場所すら行った事もありません(笑)まして、4代前の方の事など、何も知りません。かんちゃん氏の家は旧家である事もあったのでしょうが、4代前のご先祖様が、アイディアマンで、色々取り組み、村のための偉大な功績も残っているので、地域の人々の記憶に残っているのでしょうね。

 何かまた4代前のご先祖様のものが出てきたら是非教えてください。

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2007-10-15 00:01
 再生不可能な地下資源などはいずれ枯渇します。・・特に、現代の大量生産大量消費の社会のままでは枯渇はすぐでしょう・・石油をはじめ多くの資源が今世紀中に枯渇されるといわれています。(石油は、20世紀に枯渇すると言われていましたが・・・)そして、地下資源の枯渇の問題は、色んなところで議論されていますが、枯渇する資源は、自然の循環に乗って再生しないからです。つまり最後には処分不可能な廃棄物になるのです。・・・ 
 
 資源の枯渇問題は、ある程度昔から叫ばれて、問題視されています。しかし、人類が再生不可能な地下資源などの枯渇で苦しむ姿は、想定される未来予測の中では、かなりいいほうではないでしょうか?その前に廃棄物の捨て場がなくなったらもっと悲惨です。そして、現在の無節操な廃棄物の放出が続けば、資源よりも先に廃棄物の捨て場が枯渇するほうが、かなり早いのではないでしょうか?

 日本の場合でも、都会にはゴミの捨て場が枯渇しているのは明らかで、産業廃棄物などを田舎に持って来たりしています。しかし、田舎の自治体のゴミの最終処分場も、自転車操業で、次々に新たな捨て場を確保しなければ、パンクしてしまいそうです。・・・不法投棄もかなり盛んです。
 最悪なのは、最も最終処理の難しい・・と言うよりも、遠くに置いておくより手の施しようがない核廃棄物を青森県の六ヶ所村に集めたりしているところです。最終処分場として捨てているのだと言うと、さすがに六ヶ所村の住民も怒るからと、プルサーマルとして使う再処理工場なるものを作って誤魔化しています。・・・プルサーマルを実行すれば、放射性廃棄物の放射能レベルがずっと上がってさらに手に負えなくなるだけなのですが・・・
 半永久的に無くならない最悪の放射性廃棄物は史上最悪の廃棄物です。
 
 先進国は、自国のゴミの山を少しでも減らすために、途上国に捨てに行きます。最近では、コンピューターなどの廃棄電子機器や、有害化学廃棄物をアフリカの途上国や中国などにお金で引き取らせています。・そこには捨ててもいい場所があるとでも思っているのでしょうか?
・・・実際は「引き取らせたら後は知らないよ!」って姿勢でしょう。

 田舎だろうが、途上国だろうが、人間の住んでいない場所だろうが、地上には有害ゴミの捨て場なんてないのです・・・火山の中にでも放り込みましょうか?

 考えてみて下さい・・・・・・・・。
都会には確実に捨て場がないからと田舎に行っても捨て場にしたいような場所があるわけありません。誰だって住んでいる近くに有害物質を投棄して欲しい筈がありません。・・・・じゃあ、人の住んでいない手つかずの自然が残っている大自然に捨てましょうか?原生林、熱帯雨林、渓谷、川の源流がある山の中・・・まさか、そんな大自然を汚染出来ないでしょう!?海だって汚染が拡散して大変です。・・・じゃあ、砂漠に捨てましょうか?日本ならば鳥取砂丘ですか???(中国ならゴミ(ゴビ)砂漠でしょうか?・・なんてシャレを言ってる場合ではありません。)

 そう、有害廃棄物を捨てる余裕のある他の土地なんてないのです。・・・ただ、捨て場がないから、より捨てやすい場所に捨てているに過ぎないのです。
 そして、実際には、都会にも田舎にも原生林にも渓谷にも砂漠にも海にもゴミが投棄されているのです!!!!”正規の”最終処分場と言われる場所に廃棄されたゴミからも、実質は多くの有害物質が漏れています。

資源の枯渇よりも有害廃棄物の捨て場の枯渇の方がよっぽど大きな環境問題なのです。

 ゴミは出したその土地で処分するべきなのです。もっと言えば、ゴミを出した本人がその場所で処分すべきなのです。・・・そう考えれば、ゴミは、生態系を循環して自然にかえる物質だけに限るべきであることは自ずと分かる筈です。
 
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【2007/10/15 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |


エコ猫
宇宙へ放射性廃棄物をポイしたらっていう議論も行われてましたね。英語ですが、参考になれば幸いです
http://www.corwm.org.uk/(2004年夏の資料)
要約すると、地球に最降下しない場所まで廃棄物を持っていくのが難しいのと、お金がものすごくかかりますってことみたいです。あとは倫理的な問題も関わってくるみたいですが、将来の可能性にはなりそうですね。
なにはともあれ、ゴミは出さないのが一番ですね!

愚かな議論の前に早く原発の廃止を!!
雑草Z
 地球の重力場から脱出するエネルギーは膨大で、宇宙から資源を持ってくることも、宇宙に物質を廃棄する事も、議論するまでもありません。地球の大きな環境破壊になります。

→【宇宙開発を考えるほどの馬鹿でなし】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-169.html

 そこにも書いたように、確かに人間の手に負えない高レベルの放射性廃棄物は宇宙に捨てたくもなります。しかし既にその量は多過ぎます。コストの問題だけではなく凄まじい大気汚染が起こるだろうし、ほかの様々な環境汚染も起こるでしょう。ロケットに積む技術もないだろうし、失敗して落ちて来たら大変です・・・ていうか、原発はすぐに止めるしか方法はありません。既に出してしまった放射性廃棄物はお手上げです。
 どんな角度から見ても原発は負の面しかありません。
(カテゴリー【原子力】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-category-18.html 参照)


 連日のご訪問有難う御座います。折角のご紹介のページですが、その手の議論をするよりも、一刻も早く原発を廃止すべきです。


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2007-10-13 00:01
 農薬やポストハーベストがたっぷりとかかった農薬、食えない物や毒など何が入っているか分からない加工食物をはじめとして、最近中国からの輸入品に怒っている国民が増えてきました。確かに中国からの輸入品は信頼を失っています。中国からの輸入食品は口に入れたくないという国民も増えています・・・・。
 しかし、そんな国に中国をした責任の大きな一端は、自分達を先進国と自負している国々の指導者や資本家達にあることは既に述べました。

 今回は、もっとズバリ、実際に中国からの悪質な輸入品よりも酷い、いくつかの「先進国」が中国に輸出している「もの」について述べます。
 
 それは、『ゴミ』です。それも、悪質な有毒化学物質を含む廃棄物などです。お金を払って、中国に引き取らせ、自国のゴミを減らしているのです。つまり、それらの先進国が、自国の環境汚染を中国に運び込んでいる事になります。中国に限らず、この手の有害廃棄物をお金で引きとらせられている途上国は沢山あまります。・・お金に物を言わせて、このようなゴミを引き取らせる行為よりも、有害な食物を輸出する行為のほうが酷いとは言えないのではないでしょうか?。
 さらに、生産国では既に違法となった科学技術を含む高汚染産業 を中国に伝えて持ち込んでいる先進諸国もあります。
 例としては、日本で既に禁止になっていたアブラムシ殺虫剤フヤマンの製造技術が20世紀末に中国の日中合弁会社に売却され、多くの人々を中毒にして死に至らしめ、深刻な環境汚染を招いたとの事です。・・・あまり報道されないだけで、中国だって日本に酷い環境被害を与えられているのです。

 だから先進諸国は、中国ばかり責めているのは不公平です・・・。中国からの輸入物資にクレームするより先に、せめてゴミや高汚染産業の輸出くらいはやめるべきでしよう!!・・・・しかし、こういう結論だけでは、収めたくありません。
 
 考えれば、そんな有毒廃棄物や高汚染産業の輸入を許可する中国政府も狂っています。・・・「何故でしょう?」って、普通に考えられる理由は、勿論
『ザッ 利権でしょう。
他の人々を犠牲にしてまでも、儲けたい輩がいるからに他ならないでしょう。そしてお決まりの政官財の癒着・・・勿論、アメリカや日本の政官財の「強欲な輩」もつるんでいることでしょう。こう言う利権構造が環境問題の大きな原因のひとつです。
限られた人間だけの利権の為に環境汚染は大きく進んでいくのです。・・・これも経済ファシズムです。

************************


 余談ですが、中国では、ゴミの再生利用がほとんど行われていないので、大量のゴミが空き地などに投棄されるとのことです。中国はエネルギーや食料問題以前に、ゴミに埋もれて破綻する可能性も大です。・・やっぱり中国は、お馬鹿で愚かなのでしょうか?・・・でも、ゴミに埋もれて動きのとれなくなって行く社会は、中国だけではなさそうです。次々結構沢山出てきそうです。・・・そのことに関しては次回かかせて戴きます。



 参考文献;『文明崩壊』 
      ジャレド・ダイアモンド著 楡井浩一 訳
      下巻 第12章 揺れ動く巨人、中国
 
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【2007/10/13 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


エコ猫
先日知り合いが中国に調査に行ってきた報告をしてくれたので、中国の環境問題に関してすごく身近に感じるようになりました。
中国は広いからゴミに埋もれることはまだないかもしれませんけど、中国の集権的で不透明な政治ってかなりいろいろな問題の背景になってるみたいですね。
調査しようにも国勢調査のデータが統一されてなくて使えないのも、噂によるとわざと外部に調査されないように作らせているとか。「ザッ利権」おそろしや。

>中国の集権的で不透明な政治
雑草Z
は、環境問題、人権問題でかなりの悪評ですが、
一方、あれだけ大きな国にもかかわらず、この中央集権体制は、トップダウンの意思決定が、かなり機能していたようです。だから、現在も省エネのおっ達に従って、省エネの為に夜は電気を早く消すとか・(都市部でなく田舎?・・)
実際調査した方の感触はどうでしたしょう?

 産児制限のように、廃棄物制限など強力な環境対策をトップダウンですればいいのですが、それを阻止するのが、「ザッ利権」



ゴミの捨て場、廃棄物の問題はかなり深刻です。中国の川や大気の汚染も廃棄物汚染の一部です
。 
>ゴミに埋もれる

という表現は兎も角、廃棄物の問題は資源の枯渇以上に深刻になってくるでしょう。(次回の記事)
 

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2007-10-11 00:02
中国は、あらゆる種類の環境問題で世界最悪になりつつあります。日本も、今まで東南アジアの諸国をはじめ、世界各国にしてきた環境破壊は棚に上げて、中国の酷さを非難しています。・・・現在も中国の環境破壊の最たる象徴の一つである大規模開発などには日本の企業も乗り遅れるなとばかり積極的に関わっているにも関わらず・・です。
 
 確かに、現在日本も中国の環境汚染の被害を受けていて、その危機感は年々大きくなっています。大気汚染も日本に進出して、日本での光化学スモッグも久々の復活です・・中国は、日本の高度経済成長時代の公害問題に学ばずして、経済優先政策ばかり学んでいるかのようです。・・・実際は、環境問題でもかなり対策に乗り出しているらしいのですが・・
・・・しかし、そんな中国でも、日本の政策よりも遥かにまともな政策もいくつかあります。

 その代表が、人口政策でしょう。

 人口政策は現在日本と中国では正反対の事を行っています。中国は人口抑制政策、日本は出産率増加政策、いわゆる少子化対策です
・・・・日本の人口を増やそう、または減らないようにしようと考えている日本人でも世界一人口の多い国、中国の人口は減って欲しいと望んでいるでしょう。しかし、そんな中国は、面積も広いので、人口密度を比べれば日本は中国の倍以上です。(日本が1平方キロメートルあたり 336人 に対して中国は、134人・・ちなみに中国の人口を抜こうとしているインドの人口密度は日本とほぼ同じ318人で、もうすぐ日本を抜くでしょう・・・)それでも中国は人口増加を憂えて、1979年から強制的な産児制限政策、一人っ子政策を実施しています。(それも、お互いに中国人の夫婦にのみ適応され、少数民族には強制していないのです。)

 これまでこのブログで何度も書いているように、日本は少子化対策する前に、適正な人口について論じるべきであり、適正な人口は、多くとも、食糧が自給自足できる範囲でなければ持続可能な社会とは言えません。食糧に限らず全ての必要な資源が自給自足出来る範囲が望ましいでしょう・・・日本なら多くともせいぜい5000万人というところでしょうか?・・もっと少ない方が環境負荷も少ないし、持続可能な社会により近いでしょう。江戸時代も3000万と言う現在と比べてかなり少ない人口であったればこそ、鎖国をしても自給自足が十分可能だったのでしょう。

 江戸時代末期、1800年代半ばには、日本も中国も人口は現在の4分の1程度でした。だから、人口が急激に増えた20世紀の人口バブルは、日本も中国も共に人口の増加率はそれほど変わりがなく、ともに「人口爆発」したのです。中国だけが特別な人口爆発をしたのではないのです。

 産めよ増やせよなんて政策は、簡単に持続可能な社会を崩壊させてしまいます。
 少子化よりも人口の増加の方がずっと恐ろしいことで、年金を使ってしまった事の尻拭いで始まった先の見通しもなく場当たり的な、少子化対策を躍起になって行っている日本は本当に愚かな国です。日本も中国のように人口抑止政策に転換すべきです。

 人口抑止政策による心理的な逆効果は多少はあるでしょうが、現在のように、「子供を産んで増やすことは社会の為になる」といった富国政策のような誤った認識を持つことは非常に危険です。

******************************

  余談ですが、つい先日もTVで、「2050年には日本の人口は1億人を割ります。(人口を減らさない政策は)どうするんですか?」
 なんて新総理に質問している若者の映像が映し出されていました・・おめえバカか?って!2050年に日本は1億人の人口を養えると思っているのか?食糧自給もままならないのに、そんな事言ってる場合か?日本人はなんでこんなに御目出度いのだろう?
 百歩譲って、その時もし1億の人口を養うことが可能だとしたら、それは日本が他国の犠牲の上に(現在でもそう言う状況ですが・・)他の国を飢えさせて自国が食べている場合でしょう。日本が1億の人間を自給自足で養うことも不可能ではないでしょうけれど、その為には、森林破壊とか大きな犠牲があり、持続性も相当に無理が生ずるでしょう。
 未来のことはカオスだとしても、環境カタストロフィーで世界の人口が激減していても、2050年に少子化を憂えてる状況は、日本に限らず世界のどの国でも先ずあり得ない事でしょう。人口爆発も食糧難も20世紀からの大きな懸案事項です。
 少子化を憂える事は食糧余りを憂える事のように愚かな事です。   


 「少子化対策」は少子化を憂える対策ではなく、少子化を奨励する中国の一人っ子政策のような対策であるべきです。
 人口政策は、中国と比べ、日本のほうが遥かに愚かです。

 ちなみに中国は、十分一人っ子政策の成果が出たのでそろそろ高齢化対策で、産児制限をやめるかと言う議論もなされているようですが、それはまだ時期尚早ではないでしょうか?中国の人口抑止政策は大変素晴らしいからもっと続けて欲しいものです。
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【2007/10/11 00:02】 | 社会・経済 トラックバック(1) |


nao
マスコミって30年前は人口爆発で大変だって言ってて未来は氷河期が来て大変だって言ってて鍵っ子問題が大変だって言ってて、今は少子化と温暖化と働くお母さんですか(嘲笑)。大体「バベルの塔」でもあるまいしタワーマンションが売れるって事態が狂ってるんじゃ無いでしょうか(笑)。
と、今日久し振りにボクシングと金八先生が観たくてテレビを観たのですが、マジマジとCMを観てみると、大手企業が「私たちが環境を悪化させてまぁーす!」なんて自己紹介しているようで、経済至上主義の狂いっぷりをあらためて認識しました。
大体が毒薬を顔面に塗って皮膚ガンを増やしている化粧品メーカーが珊瑚礁を背景にイメージアップするなんて恥かしい行為は一般市民にとって不可能です。やはりテレビの中の連中は金に魂を売った狂人か?

いつも盛り沢山の内容ですね。
雑草Z
マスコミは、結構権威の言葉に弱く、権威の言葉を簡単に信用してしまうところは、他の一般庶民と変わらないようです。しかし、それを大衆に広く知らしめるのが仕事なのだから、しっかり検証して欲しいものです。
>人口爆発で大変だ
と言うのは、本当です。地球にはキャパがありますから・・・それに対して少子化というのは、ローカルな、国のご都合主義です。日本の場合その始まりは、人口増加を見込んで集めた年金を使ってしまった事の尻拭いなのですから愚かなものです。少子化対策の前に、人の年金を使ってしまい、天下り先まで作った官僚たちの全財産を没収すべきでしょう。少子化対策は世紀の愚策です。


(~ヘ~;)ウーン
確かに、食料状況だけ言えば正しい論理の部分もありですが、要は長寿国日本の負債と老人介護と年金の負担の問題です。
姨捨山の時代を社会が納得すれば、そういう論理もありでしょうが、それは間違いなくマスコミも大衆も理解しないでしょう。
 今の小さな子供たちにどんな増税状況があろうと関係ないと言う事なら別ですが・・・・
このまま行けば、30年後には間違いなく金があっても誰も介護などしてくれない社会が到来する計算になりますが・・・・
 中国は年金も健康保険もまともにないですからそういう政策もあり得るのでしょうが、今の日本の制度そのままでは、デノミでも起こさない限り衰退は間違いないでしょう。
 確かに、日本の官僚どもは腐ってましたから彼らに責任を持たせるのも一理ありますが、一人っ子政策をするのなら、その前に年金は停止、健康保険は停止するべきですが、それで日本人は納得しますかね?(;^_^A

それが、現在の多数派の典型的意見でしょう
雑草Z
 ご意見有難う御座います。政府もマスコミも現在、大体そのような考え方で少子化対策を進めています。
 しかし、それは愚かだと私は論じているわけです。別に奇を衒った訳ではありません。
 少子化問題が出てきたのは、国民が積み立てた年金を確信犯的に「後の世代に払わせればいい」として、官僚たちが財政官の癒着で、自分達の利権に使ってしまったからです。つまり、国民は官僚たちの詐欺に遭った訳です。

 で、こうなってしまった現在の段階では、人口増加政策をしなければならないと言うのは近視的で、官僚の論理のすり替えに嵌った政策だと言っているのです。
 その根拠は、既に本文にもかいてありますが、もう少し丁寧に書きますと、
 地球の有限性から、人口増加を続けることは不可能な事は納得しますね?
人口も経済も適当なところで止まらなければ必ずカタストロフィーに襲われます。
だから、先ず適当な人口の議論を人口爆発の前に世界中ですべきでした。しかし、もう適正な人口を過ぎてしまいました。この人口を養うには、一人当たりの消費をかなり(一桁以上)減らさなければ無理でしょう。(それも大切です。)でも、実際は、先進国にあこがれる人々が多すぎて、一人当たりの消費も残念ながら増えています。
 どの国も
 (人口)×(平均消費) を
最低でも自給自足出来るレベル以下に落とさなければ、持続不可能だといっているわけです。グローバル化の国際分業は持続不可能です。
 日本のカロリーベースの食料自給率は40%を割ったと言われています。(この算出法は、疑問のあるところで、養えるレベルで考えればもっと上がるとは思います。)この北朝鮮より低い自給率で、30年後に1億人の人口を養える根拠は?
「今大丈夫」だからでしょうか?しかし、現在の食料生産方法は化学肥料によるドーピング状態ですし、中国さえ、日本の人口分以上の食糧輸入国になる勢いです。30年後に日本に十分な食料を売ってくれる国があるという考えはかなり浅はかでしょう。

 日本より食料自給率が低い国を調べてみて下さい。昔から現在まで、人口圧と食料不足で殺し合いが起こった国は多数です。多くの国が滅びていきました。
 人口過剰と食料不足こそ、「姥捨て山」の可能性も高いでしょう。
どこかで、適正な人口に戻さなければなりません。それが「痛みを伴った改革」です。

>30年後には間違いなく金があっても誰も介護などしてくれない社会が到来する計算

その程度で済めばいいほうでしょう。それに、高齢化と言っても寝たきりになる期間を少なくすればいい訳です。100年生きて寝たきりが最後の5年なら、介護も可能でしょう。
折角(自然に)減りつつある人口をまた増やすというのは愚かです。
 この調子で行くと、現在の持続不可能な社会体制が崩壊するときの混乱は、相当なものでしょう。


(~ヘ~;)ウーン
δ◎◎¬ なるほど
つまりは、年金など言う制度はやめて老人介護もそう真面目にやらない方が将来のためだと言う事ですね(;^_^A

いずれ混乱するのなら、早めに混乱してしまった方が身の為だと
( ゜゜)(。。)(゜゜)(。。)うんうん

だとすれば自給自足出来る地域、つまりは農村畜産地域だけが生き残るって事ですね・・・・

総論は正しいと思います。
問題は誰がいつその切り換えを出来るか?
どんな偉い人が言っても、この日本社会では受け入れられない論理ですよね・・・(--;)
目先の事だけ言って、将来の事などあとの話しと言うのが、今の日本ですからね・・・

田舎で自給自足生活を目指しますか(;^_^A


破局の後に・・・?
雑草Z
 再度の素早いコメント返し有難う御座います。

>年金など言う制度はやめて老人介護もそう真面目にやらない方が将来のためだと言う事

 と、言われると「はい」とは言えませんが、その為の人口増加政策はリスクが大きすぎると言う事です。

>この日本社会では受け入れられない論理ですよね・

日本だけでなく、大抵の国で受け入れられない論理でしょう
それが私の定義するところの『経済ファシズム』です。

>いずれ混乱するのなら、早めに混乱してしまった方が

『混乱』という表現を使いましたが、カタストロフィーです。大災害を伴う破局が訪れるでしょう。
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-53.html
私はこのカタストロフィーを経てやっと人類は気付くのではないかと考えます。ただ、そのカタストロフィーで人類は絶滅まで追いやられるかも知れません。

>農村畜産地域だけが生き残るって事ですね・

そういう事ですが、世界はグローバル化しているので、世界的に農村地域と森林が確保されなければ、一蓮托生でしょう。

>田舎で自給自足生活を目指しますか


そういう風に分けられるならそうしたい所ですが、同様にグローバル化した地球は、一つの大きな船で、一蓮托生ですから・・・

 ・・どのくらいのカタストロフィーで人間が気付くかですね。


日本はもうあかんな
あかん
日本は住める土地が少ないしこれ以上増えない限り人口は半分くらいにするほうがよいね。サラリーマンも退職後は農業をすると税金は半分にするとか政策が必要かもね。しかし日本の将来は暗いなあ。これも日本の政治家がいままでどれほどいい加減で対策を打ってこなかったか。将来的な見極めの利かない無能な連中だったか。有能者は皆民間に。これが最大の原因かもしれない。日本の将来は暗いな。「食の」他、教育やモラルの面も様々だ。

構造改革しないとあかんですね。
雑草Z
    あかん さん

 はじめまして、・・・内容的に、このHNは今回のみのご使用ということでしょうか?

>サラリーマンも退職後は農業をすると税金は半分にするとか政策

いいアイディアです。小さな土地で自給的農業でいいんです。多くの人が持続可能な有機農業などに携わるべきでしょう。
>日本の政治家がいままでどれほどいい加減で対策を打ってこなかったか。

 アメリカの小麦を日本に売るためと、日本の首根っこを押さえるためにアメリカが日本の食糧自給を下げたにしろ、現在の食料自給率は惨たんたるものです。いわゆる先進国って、食料対策は結構しっかりしていて自給率も高いんですよね。日本ほど低い国って、ソマリアとかそういう最貧国くらいなんですよ。日本の政治家は、かなり愚かです。 

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2007-10-09 00:01
「科学万能の時代」と言う表現は現代では使い古されたいい回しですが、科学信仰はいまだに現代の主流です。
「経済成長」と「科学万能主義」とは全く違った概念ですが、「経済成長」主義者は「科学万能主義」を大きな根拠の一つにして経済成長の持続可能を唱えます。 しかし、そもそも経済成長論理はその根本から間違っていますから、そこに使われる「科学」も実は「似非科学」が多いのです。つまり、偽物同士のベストマッチングと言ったところでしょうか?

 似非科学、偽科学と言うものは昔から存在しました。有名どころでは、「錬金術」、「永久運動機関・・これにはちょっと拘りがあります・・
近いところでは、「常温核融合」、もっと身近なところでは「マイナスイオン」でしょうか?

 こうして改めて考えると、結構今の世の中も偽科学がはびこっています。「マイナスイオン」のような科学レベルに達していないものならまあ、インチキの部類で済ませることも可能ですが・・・そんな製品を買った方にとっては詐欺です・・・「常温核融合」のように、一部の科学者たちが本気でプロパガンダしていたものはより悪質です。

 現在でも科学者、技術者達のプロパガンダ、流されているTVのCMとかでもニセ科学、似非科学がかなり堂々とはびこっています


 例えば、電気自動車や燃料電池車・・CO2排出ゼロを謳っていますが、発電された電気や燃料電池の燃料である水素を作る際にCO2を排出する部分を考慮していません。 そこまで含んだライフサイクル全体で考えたCO2排出量をしっかり見据えるべきです。それに対し、彼等はきっとライフサイクル全体で考えてもCO2削減は、70%以上とか言うでしょう。・・・火力発電のかわりに原発などを使っているから、その分はCO2排出ゼロと言うわけです。しかし、電気自動車と同じ理由で原発はその過程でCO2排出はかなり多いのです。何より、CO2排出などよりも放射性廃棄物のほうが遥かに恐ろしく、比べる事自体間違ってます。・・・それらを政府や企業の出してきた都合のいいデータをもとに議論してもそれ自体があまり有効性がありません。

 エコキュートは、エアコンに使われているヒートポンプと同じ原理です。(冷房の場合、熱の出し入れが反対ですが・・・)これも、電力会社や電気会社は堂々と「空気の熱でお湯を沸かす」と謳っていますが、熱は自然の状態で温度が低いものから高いものに流れませんので、そのためには仕事が必要です。熱力学の基本法則です。ポンプが圧縮や膨張させたときに空気にした仕事以上に仕事は出来ないでしょう。だからこれは基本的には、ポンプの成した仕事=電気の成した仕事でしょう。今までの非効率な電気温水器よりはずっと効率的と言うだけの話で、議論に摺り替えと誤魔化しがあります。(生産コストを考えれば未だに割りに合いません・・)何故なら、もし、外からの仕事以上に大気の熱を吸収して蒸気タービンなどを熱すれば、永久運動機関になるわけです。第2種永久機関です。
 これが可能なら、地球温暖化の大気熱を使って、熱機関を作れば、エネルギー問題と地球温暖化問題を一挙に解決です・・・お湯を沸かすどころの話ではないでしょう。世界の救世主です・・・でも実際はペテン師です。

 同様に、CO2を燃料に作り替えると言う事も、科学ではありません。作り出される炭化水素燃料の分子のポテンシャルエネルギー(化学エネルギー)のほうが、その燃焼結果として生成されるCO2やH2Oのポテンシャルエネルギーの合計より高いので、その作業に使うエネルギーは、作られた燃料が出すエネルギーよりも多いのは物理の基本原理ですから差し引きエネルギー収支はマイナスです。実験の必要すらありません。
 ところが、槌田敦氏の「新石油文明論」(p46)によると、関西電力総合技術研究所では、発電所から出るCO2を効率良く回収して、これを燃料に変換する技術を発表した(日本経済新聞2000年12月4日)との事です。これも偽永久機関の典型です。迂回過程を作って巧妙に騙しているのでしょうが、迂回過程が多いほど、投入するエネルギーがさらに増えるのは、エネルギー産出時の基本です。これが出来ればやはりエネルギー問題は解決です!世紀の技術です!・・・実情はインチキ科学技術です。

槌田敦さんは
「このような基礎的な物理学の知識もない技術者を大企業が抱えているだけでなく、この研究を堂々と記者会見して発表しても、誰からも批判されないのが日本の科学技術の恥ずかしい現実である。」と述べていますが、まさにその通りです。


 実は・・・私は少年時代に、永久機関に魅せられて、その案を沢山考案したので(実際は作っていませんが・・)似非永久運動機関を見破るのは得意ですし、どの部分が理に適わないかも指摘するのも得意とするところです(笑)だからエントロピーにも詳しいのです・・

 
 二進法のマシン(コンピュータ)が発達して、それらが作り出すヴァーチャルな世界を簡単に達成出来ると思い込んでいる物理の根本原理を知らない人間が増えてきた現代は、ニセ科学も簡単にはびこってしまうのです。その意味では現代は「科学の時代」と言うよりは「似非科学の時代」でしょうか?!「錬金術」のように愚かな似非科学が日々プロパガンダされているのです。


 ××××××××××××××××××××××××

 以前、疑似科学と言うものにはあまり興味がありませんでしたが、
The Black Crowes> を昨年知り、しばしば訪問しています。・・・まあ、はじめは、内容よりは、そのタイトルが趣味に合っていたのですが(笑)・・・
<The Black Crowes> は、
当初「疑似科学の行方を追跡するブログ」でしたが、最近では、
「分光学的温暖化懐疑論」とやらを展開しています。
・・・私自身は、CO2 温暖化論に関しては、懐疑的ですし、原発をはじめとするその愚かな数々の対策には、大反対ですが、非常にカオスな気候現象を論じても結論は出ないし、論ずるだけの引き出しも持っていないので、その議論にはあまり加わっていません。
 と言うよりも、反『経済ファシズム』が最重要と考えています。
  
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【2007/10/09 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(1) |

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技術開発のありかた
mao
経済成長を是とする世の中において、地球への負荷は
・エコキュートは電気温水器よりはマシ。
・ガソリン車よりも、ハイブリッドカーのほうがマシ。
・ブラウン管テレビよりも液晶テレビのほうがマシ。
と言えるかと思います。
そう考えると、経済成長を否定する世の中を作るのは
難しいので、「技術者は自分の生計を立てるために
環境破壊と知りつつも、せめてもの努力をしているんです。」
と弁護しようかと思ったのですが、
以下の事例のとおり、そういうわけでも無いのですね。

例1:
ガソリン車をハイブリッド車にしたが、
燃費向上のための技術としてはあまり使わず、
加速性能の向上のために使った。
(これはメーカー内でも論議があったらしいですが)

例2:
ブラウン管を液晶にすることで消費電力が減る。
しかし、画面を大きくしたので結局消費電力が増えた。

結局技術は環境破壊にしか使われていないと思うと
腹立たしくて仕方が無いです。

私が、テレビメーカーの社長なら
「私たちは地球温暖化に加担しないため、他社のように
むやみに大画面化を進めるのをやめました。本当はxxインチで
十分ですよね。つつましやかに暮らしましょう」
くらいのCMは打つのですが。

テレビメーカーの社長様、あなた方は環境破壊をしているのです。
せめて大画面化を進めるのは止めてください。


永久運動機関といえば・・・
かんちゃん
雑草さんも永久運動機関を夢想されたことがあるのですね。実は私の家系をさかのぼると4代前のご先祖様がこれの研究にのめりこんで田畑・山林の全てが抵当に入ってしまい、危うく破産しかけたそうです(笑)。私の爺様、つまりご先祖様の孫から子供の頃散々聞かされたものです。時代は明治40年前後かと思いますので、すでに自動車は発明されていたのではないかと。その動力源は巨大な振り子でした。残された図面を見ると荷車の中央にそれが設置され、沢山の歯車をへて車輪へ動力が伝わるようになっています。とても精緻な図面で眺めているうちに本当に動くのではないかという気がしてきます。専属の指物大工を一人雇い納屋に住み込みさせて約1年頑張ったそうですが、当然のことながらモノにならなかったそうです。ご先祖様は不慮の事故が元で亡くなったのですが、死ぬ間際に夢の中でその車が家の前の道路を快走しているのを見たそうです。この人はなかなかの社会事業家で、私財をなげうって村のために溜池を作ったりしており、永久動力機関を思い立ったのも村から広島市まで米を運ぶ苦労を少しでも楽にしたいとの思いからだったそうです。
今も蔵の片隅に木で作られた歯車の一部が残っています。

そのようなCMを打つ社長がいれば
雑草Z
maoさま


現在、「環境にいい製品」と言うのは、物を売る為の企業戦略になっています。
「環境にいい製品に買い換よう!」という言葉は非常に胡散臭い言葉です。
 おっしゃるように、実際には環境負荷が増える場合も多いし、古い製品の廃棄の問題もあります。
 本当に環境のことを考えるなら、mao氏のおっしゃるように、
「むやみに大画面化を進めるのをやめました。」
くらいのCMを打って欲しいですね。本当に社会の事を考えるそんな会社があれば素敵です。
しかし、熾烈な生き残りをかけた自由競争社会では、決断は難しいでしょう・・・消費者の意識が高まれば可能ですね。やはり社会の仕組みの問題もあります。
 それでも、そこを乗り越えてそんな会社が沢山現れて欲しいものです。 

ヒートポンプについて
近藤邦明
 ヒートポンプについて、「ヒートポンプを使って発電すればエネルギーの拡大再生産になるのではないか」という質問を受けたことがあります。
 確かに、ある条件下のヒートポンプは投入仕事よりも多くの熱エネルギーを供給できます。一般的に大気温度との差の小さい熱の供給・除熱では大きな効果を生みます。正にこれがエアコンですね。
 しかし、それを発電装置として使うことで電力を拡大再生産できるかといえば、現実的には不可能です。以下、その方に対する回答のメールです。御参考まで。

■ヒートポンプの熱収支とエントロピー収支は以下の通りです。
q2 + w = q1
q2/T2 + gs = q1/T1
ここに、
q2,T2 :低温側の熱量及びその温度
q1,T1 :高温側の熱量及びその温度
gs  :ヒートポンプのエントロピー発生量
w   :ヒートポンプに加える仕事

■低温熱から高温熱を取り出す場合は、上の2式からq2を消去して、
q1 = {T1/(T1-T2)}(w-T2*gs)
となります。さて、ヒートポンプから得られる高温熱エネルギーq1は、仮にヒートポンプにおけるエントロピー発生をゼロとすると、
q1 = {T1/(T1-T2)}w
となります。暖房程度を考えれば、外気温度(=低温側温度)T2=0℃=273K、室内暖房温度(=高温側温度)T1=28℃=301Kだとすると、
q1 = {301/(301-273)}w = 10.75w
つまり、ヒートポンプに投入した仕事の10.75倍の熱量が得られることになります。

■さて、ヒートポンプで得た高温熱を熱機関の熱源として発電することを考えます。熱機関の効率は高温熱源と低温の廃熱の温度差が大きいほど高くなります。例えば、現行の火力発電程度の効率を得るためには、高温熱源の温度は数100℃にすることが必要でしょう。例えば、高温熱源の温度をT1 = 300℃ = 573K にすることを考えます。ヒートポンプの低温熱側はT2 = 20℃ = 293K としますと、
q1 = {573/(573-293)}w = 2.0w
となります。

■ヒートポンプに投入する仕事をどのように得るかによって異なりますが、ガソリンエンジンを用いた場合にしろ、石油火力発電~電動機にしろ、これでは投入した熱エネルギーを回収することすら困難です(熱効率は0.3程度でしょう。)。実際には、ヒートポンプにおけるエントロピーの生成gsはかなり大きく、どう大きめに見積もってもq1はwと大きな違いは無く、到底投入熱量を回収することは不可能です。さらに変換プロセスが冗長となるため、システムの製造、運転などに投入される鉱物資源量も大きくなると考えられます。


ドキュメンタリーや映画にしたいお話です
雑草Z
  かんちゃん さま


 実際の製作とまでは行かなかったまでも、永久運動機関を夢見た少年にとって、かんちゃん氏の4代前のご先祖様のお話は、非常に感慨深いものがあります。
 永久機関の事だけでなく、溜池のお話も含め、大変ロマンを持った社会派の方だったのですね。図面が残っているところも凄いですよ!!
 その方の軌跡を追ってみたいものです。かんちゃん氏は、その方についてもっと色々ご存知でしょう。お時間があれば、是非とも教えて欲しいですね。
ドキュメンタリー番組や映画として見てみたいですね。


 当方は、主に磁石とてこを使った永久回転車(水車、風車のように軸に固定された車)などのアイディアの図をへたくそに子供用の理科ノートにいくつか描いていきましたが、そのノートも今はもうどこにあるのかわかりません。とっくの昔に紛失です。ひょんなところから見つかったら面白いですね。

 数年前、「ブナを守る会」の集まりで、東京へ行って永久運動機関を見てきたという方からその図面を見せてもらいましたら、私の考えた磁石を使った永久機関のひとつと原理が似ていました。実際エネルギーを生む筈の無いその機関を製作者は、電気を使って動かして見せて、入力電力より、沢山のエネルギーを生み出したと電流計などで証拠を見せ、見ていた人々を信用させたということです。(私に紹介してくれた方も信用しきっていました・・笑)そして、そのエネルギーは、宇宙空間のエネルギーを取り出していると説明したそうです。・・ここまで言うと詐欺、ペテン師というよりも、パラノイアですかね?!兎も角、ニセ科学の典型です。


 私の話に戻りますと、第1種永久機関は無理かと感じ始めた私は(笑)高校に入って、エントロピーの概念を知り、そこから第2種永久運動機関を作ろうと考えました。ブラウン運動は、熱運動をより大きな粒子の運動に変換したのだから、その手法の繰り返しで第2種永久運動機関を作ろうなどと考えました・・・実際は、運動量自体を考えれば、ブラウン運動は熱運動を有効に取り出したとは言えないのですが・・・(笑)

 話が長くなりそうですので、今回はここまでに致しますが、
いつか機会があれば、是非かんちゃん氏のご先祖様のお話の続きをお聞かせ願いたいものです。非常に興味のある人物です。
永久機関談義もしたいものです。・・

 大変いいお話をお聞かせ戴き有難う御座います。遠い日の少年時代のワクワク・・の感覚を思い出しました。

ご指摘有難う御座います
雑草Z
 近藤邦明さま


 私は、以前、このヒートポンプの原理を電力会社のHPのエコキュートのところで見て、それは、「熱力学の法則に反する。」と瞬間的に感じました。
http://www.chuden.co.jp/electrify/ecocute/index1.html
などです。
 そして、私の比較的身近にいる人の中で、唯一物理に関するしっかりした洞察力のある方にその話をしたところ、
「この電力会社の説明は熱力学的に間違ってはいない」旨を(式を使わず言葉で)理に適った説明をされ、そのときはほぼ納得いたしました。・・内容は忘れましたが・・(苦笑)

 しかし、やはり考え直すと、これでは第2種永久機関が作られてしまうから、どこかに誤りがある筈だと考え、リスクもありましたが見切り発車でこの事を記事にいたしました。


 そしたら思いもがけず邦明氏のご指摘、有難う御座います。
 なるほど、邦明氏の示されたヒートポンプの
熱収支とエントロピー収支の式から、投入する仕事に対する得られる熱量は・・・『得られる』と言う表現は語弊があります。『移る熱量』と言うべきでしょう。・・・移る熱量ははじめの温度と後の温度(低音と高温)によって、最高値が規制されますが、与えられた仕事量より多くの熱の移動が可能と言うことになりますね。
『与えられた仕事量より得られた熱量が多い』
と表現すると、エネルギー保存則に反しますが、
『与えた仕事の何倍かの熱を低温部から高温部に移動した』
と表現するなら、エネルギーの法則にはなんら反しません。後は熱力学の法則の問題です。

 邦明さんに質問した方の

>「エネルギーの拡大再生産」

とは、私の考える第2種永久機関と考えて宜しいですね?!
ヒートポンプの原理のプロパガンダを見ると、私だけでなくこういう疑問を持つ人は多い筈です。

そこで、邦明さんのご回答の部分に質問ですが、
「熱効率」は、技術的な問題であり、物理の基本的な法則ではないと考えます。その熱効率の問題で、この第2種永久機関を否定するのではなく、もっと根本的な部分で否定されなければならないと考えます。
 例えばエクセルギーという部分でしょうか?
 勿論、熱効率もはじめの温度と後の温度に規制されるのではないかと思いますが、
 高温側の熱量q1が、与えた(最小)仕事の何倍かという係数部分
 T1/(T1-T2) の逆数 (T1-T2)/T1 で規制されるファクターが根本的原理の上になければ、第2種永久機関の可能性を否定出来ないと考えますが、いかがでしょう?
 それは、ヒートポンプのエントロピー発生量の部分でしょうか?熱効率の部分でしょうか? 

ヒートポンプについて②
近藤邦明
 少し説明を追加させていただきます。

■例として、ヒートポンプに対して投入する仕事を熱機関によって得ることにします。仕事を得る熱機関の高温側と低温側の温度は、ヒートポンプの場合と同じ温度に設定します。

■この熱機関から得られる仕事は、
w={(T1-T2)/T1}q1-T2*gs
簡単のために、発生エントロピーをゼロとしてq1について解くと、仕事wを得るために必要な熱量は
q1={T1/(T1-T2)}w
となりますから、これはヒートポンプで得られる高温側の熱量と同じですから、熱機関、ヒートポンプの発生エントロピーを無視した場合、当然ですが、熱と仕事が等価で相互転化する、つまりエネルギーは増加も減少もしないことになります。
■実際にはエントロピーが発生しますから、プロセスを重ねるたびに利用できる有効なエネルギーは減少します。

■ただ、仕事をガソリンエンジンなどの熱化学機関で得る場合などは、熱機関の場合のように形式的には表せません。具体的なシステムを稼動させてみなければわからないということになりますが、おそらく永久機関は出来ないでしょう。


機関による熱効率は考慮しなくても完璧では?
雑草Z
近藤邦明さま 


 ご返答の追加説明有難う御座います。
随分と慎重に

>具体的なシステムを稼動させてみなければわからないということになりますが、おそらく永久機関は出来ないでしょう。

 と述べていらっしゃいますが、この表現では、永久機関の可能性もほんのチョットでも残っていると言うニュアンスですね?!。かんちゃん氏の偉大なる4代前のご先祖様や(少年時代の)私とご一緒に永久機関談義を致しましょうか?浮き浮きしますね。(笑)

 でも私はこの邦明氏のコメントを読んで、(残念ながら・・)永久機関の可能性は完全に消えたと証明されると考えます。

 先ず、
邦明さんがご提示されたヒートポンプの
<熱収支とエントロピー収支の式>
q2 + w = q1
q2/T2 + gs = q1/T1
は、ヒートポンプの範囲ではなく、一般の熱機関、さらにもっと広く、ある系の温度が変化した時の<熱収支とエントロピー収支の式>と言う事になりますね。(ヒートポンプ固有の考慮部分はありません)
そこで、
 ヒートポンプに加える仕事と記されている w ですが
これは厳密に言えば、

 ヒートポンプに与えられた仕事、つまりエコキュートのような電気エネルギーだろうが、(もっと効率がよいであろうと邦明氏が想定された)ガソリンエンジンなどの熱化学機関であろうが、このw は、
 (ヒートポンプをはじめに稼動する発動機関が発生したエネルギー)×(熱効率)
と言う事になるでしょう。即ち、この w は、熱効率を掛けられた後の正味のなされた仕事と言う事です。

 今論じていることは、ヒートポンプがエネルギーの拡大再生産を出来るか?つまり、第2種永久機関になり得るか?ということです。

 邦明さんのチョッとした勘違いだと思いますが、電気エネルギーが仕事をしようが、ガソリンエンジンなどの熱化学機関が仕事をしようが、そのエネルギーは先ず、ヒートポンプに与えられるわけですので、そこから先は、上記の
<熱収支とエントロピー収支の式>
が使われていい訳です。更に
「エネルギーの拡大再生産」の問題
ですから、その後は、邦明さんがコメント下さったところの
>この熱機関から得られる仕事は、
w={(T1-T2)/T1}q1-T2*gs
で全ての場合を表記して(規制して)いい訳です。

 だから、これで、エントロピーの発生がなくとも、エネルギーは拡大再生産はされない事に成りますね。
実際にはエントロピーが発生し、さらにそれぞれの機関の熱効率が掛けられる訳ですから、かなりの減衰で指数関数に近い形で仕事に使えるエネルギーは減衰していく訳です。

 と、言う事で邦明様のご示唆で完全に永久機関の可能性は消えたと考えますが、如何でしょう?

 有難う御座いました。 

熱化学機関から得られる仕事
近藤邦明
 熱化学機関から得られる仕事は
w=-(Δu-T2Δs+PΔv)-T2*gs
ここに、
Δuは熱化学機関に投入された空気と燃料の反応前後の内部エネルギーの変化量。
Δsは熱化学機関に投入された空気と燃料の反応前後のエントロピーの変化量。
Δvは熱化学機関に投入された空気と燃料の反応前後の体積の変化量。
Pは大気圧。
T2は排気温度。
(以上、槌田『熱学外論』p68)
となりますので、動力として熱機関を用いた場合と異なり、単純にヒートポンプから得られる熱量と明示的に比較する事は困難だと考えます。


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2007-10-05 00:01
よく、
「科学技術で全ての環境問題を解決出来る」
という人がいます。そういうサイトも沢山あります。
『環境エンジニア』を名乗る人が「科学技術で環境問題を解決してみせる」と公言しています。
 私が、止めるべき様々な環境破壊の悪しき例の事を話した時、
「俺達は理系の人間なんだから、人間が築いた経済活動や科学技術の否定ではなく、科学技術で解決する方法を考えるべきだ・・・俺は、技術屋なんだから、それを否定されるのは不快だ!」と口から唾を飛ばしながら反意を表明した友人もいました。

 現在の経済発展を維持して、彼等の言うところの「持続可能な経済発展」を考える大多数の連中は、(・・・私は彼等を『経済ファシスト』と命名しましたが・・)科学技術、ハイテク技術で環境問題を解決出来るという立場でしょう。そうでなければ、こんなお馬鹿な経済成長を容認出来る御目出度さを持てる筈がありません。

 しかし、現在の科学技術の発展は、環境問題を解決するどころか、ほとんどの深刻な環境問題を作り出して来たのです。大気汚染、水の汚染、土壌汚染を引き起こす有毒化学物質はもとより、科学技術で作った人工物質の捨て場の問題も深刻です。大規模発電施設は、水力だろうが火力だろうが、大きな環境破壊です。原子力は愚の骨頂です。新しい科学技術が新しい環境問題をどんどん引き起こしています。既存の環境問題対策として生み出された新しい科学技術が新たな環境問題を生み出す事も多々あります。・・そうじゃない場合のほうが圧倒的に少ないのです・・下水処理施設、太陽光発電、プルサーマル・・・ 

 科学技術で何とかならなかった典型的で最悪の例が、原発の放射性廃棄物です。さすがに放射能の酷さを熟知していた原子核物理学者達が、「いつか科学技術で放射能を消滅させて解決する」との約束の元に、原発を見切り発進したけれど、結局それは不可能である事がわかっただけです・・・それでも、いまだに科学技術の進歩を信じてなのか?無知なのか? 原発も廃止になりません。 


 現在、環境技術という概念は、経済発展によるますますの環境破壊を容認する免罪符のようになっています
もし、万が一、環境技術で全ての環境問題が解決出来ると仮定しても(・・それは無理に違いありませんが・・)その方法を試行錯誤しているうちに環境問題の悪化で人類は滅んでしまいます。私は、全ての環境技術を否定するものではありませんが、かなりの環境技術に懐疑的です。
 百歩譲っても、予防として環境負荷を減らすこと・・・経済縮小・・のほうが、個々の環境問題が顕著化してからの対処療法的な環境技術より、有効で、安全で、簡単です。(実施上、経済ファシスト達の様々な妨害があると言う意味においては困難ですが・・)この事は、エントロピーの法則を持ち出さずとも明らかでしょう。
 多くの逆効果の環境技術よりも先ず先に、経済活動を縮小して、環境負荷を小さくすることが先決です。
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【2007/10/05 00:01】 | 環境総論 トラックバック(0) |


エコ猫
はじめまして。最近、環境について本気出して考え始めまして、興味深くブログを拝見させていただいております。

わたしも、たまにテレビから聞こえる「技術でエコに答えを出す」というフレーズに眉をピクっとさせていますが、やっぱり日本には高度経済成長後の技術妄信的な文化がまだあって、それが覆っても破綻しない倫理観みたいのを構築するっていうのもなかなか重要であって大変なのかなぁって思います。

これからも拝見させていただきますのでよろしくお願いします。

経済成長の呪縛から抜け出す倫理観の構築
雑草Z
はじめまして、ご訪問有難う御座います。
確かに、日本に限らず
>技術妄信的な文化
は、世界中に蔓延しています。高々200年程の科学技術の目覚しい発達が、永遠に続くと言う類推は愚の骨頂です。第一、この期間に深刻な環境問題が起こったのですから・・
>テレビから聞こえる「技術でエコに答えを出す」というフレーズ
は、似非科学的なものが非常に多く、詐欺っぽいですね。
経済発展を止めるのは容易ではありませんが、それが目的となっている事は、主客転倒でしょう。その前に持続可能な社会の為の方策優先に決まってます。


環境改善の具体的策
mao
雑草Z様のお考えは、私の考えと一致するところが多く、
私自身の表現力では表現できない気持ちを代弁
いただいているような気持ちで2日に
一度の更新を楽しみにしています。
ですが、経済成長をめざさない社会を実現したいとき、
一個人としてはどうすべきなのか、考えてもあまり有効と
思われる案が思いつきません。

経済成長をめざさない場合、
原子力発電にかかわっている人、緑資源機構の人、
さらには、製造業の人たちがしている大部分の仕事は
すべきでない仕事と分類されると思います。
しかしながら、お金が無いと暮らせないので、
これらの人は突然会社を辞めるわけにもいきません。
結局、経済成長が望みで無いとしても、環境を破壊しながら
その仕事を続けざるを得ないのではないのでしょうか?

そこで、お考えがあればご教授いただきたいのですが、
上記のような立場の人達はどのようにすると、
雑草Z様がえがかれるような社会を実現できると
お考えでしょうか?
それが分かれば、世の中さっさと変わっているのかも
しれませんが・・・。

そこが大問題と考えられるわけですが・・
雑草Z
 当然、経済成長を否定するならこの事は、いつか書かなければならない事です。今回はコメントのご返事と言う事で簡単に書かせて戴きます。 

 先ず大前提は、持続可能な社会です。このままでは人類は今世紀中に滅亡の道を辿ります。そのために、多くの仕事、経済活動を止めなければならない訳ですが、今の資本主義の自由競争社会の仕組みでは、おっしゃるような無理が生じます。
 もしこの社会の仕組みをある程度維持しようと考えるなら、国や自治体や国連が沢山の規制を掛ける必要があります。原子力の禁止だとか、多くの不要な職業の規制だとか・・・。
多くの企業の傀儡政権の政府では無理があるから、政権交代も必要です。
 それは現在の社会から見れば困難でしょうが、
基本に帰れば、人間に最低限必要なものは『衣・食・住』。それをみんなに平等に行き渡るようにし、それ以外の物は持続可能な範囲でしか生産してはいけない筈です。特に『食』。
 そこから来る発想は、個人による富の占有は、他の人の生きる余裕を減らすと言う意味で、禁止事項にしなければなりません。結局、ある程度、社会主義的な社会になるしかないでしょう。
 はじめに『職』ありきではなく、はじめに『食』ありきです。
 必要な仕事を決めて不要な仕事を排除していくには(「不要な仕事」と言うより、「社会の害毒」でしかない仕事も沢山あります)ワークシェアリングする必要があります。上手くやれば、人力以外のエネルギーを使わなくても、大人が1週間に4、5日くらいで、1日4、5時間くらい働けば十分でしょう。つまり、いらない仕事を排除すれば、不便と言うよりもゆったり暮らせるのです。社会の事を考える余裕も出来、社会活動にも参加しやすくなるのです。
 自給自足の小さなコミュニティに分かれた社会が一つの理想モデルでしょう。


 まだまだ述べるべき事はありますが、今回はこのへんで・・いつかシリーズとして書きます。

 環境問題は、それこそグローバル化してしまったので、世界全体で対処しなければならないわけで、その点でも社会主義的な発想が必要です。

 そういう世の中に移行するのに対抗する抵抗勢力は、資本家の金持ち連中を中心とした”エコノミック・ファシズム”に洗脳されてどっぷり浸かった大多数の「先進社会」と自ら呼ぶ人々でしょう。

××××××××

これだけでは、突っ込みどころは沢山あるでしょうから、いつでもどなたでも突っ込みのコメント下さい。答えは大体準備出来ているるつもりです。
 ひとつ恐い事をかけば、大きな環境カタストロフィーが起こり、非常に沢山の犠牲が出てからでないと本格的な改革は始まらないでしょう。問題はカタストロフィーのレベルです。人類の絶滅までいって終わるか、どのくらい残るか?といったレベルでしょう。


maoさんはじめまして、(nao氏とは別人物ですね?!)
 最近は奇数日に更新と言う事にしていますが、更新しない奇数日もあります。
同じ考えの方からの、この手の本質的なコメントは、大歓迎です。
今回のコメントの返事がmaoさんの意図された内容とずれてしまっていたらすみません。そこの部分などまたコメント下さい。  
議論致しましょう。
 

自給自足
mao
貴重なご回答ありがとうございます。

「非常に沢山の犠牲が出ないと本格的な改革は始まらない」
とのコメントに関し、悲しいことに私も恐らくそうだと思います。
お金の力や魅力は圧倒的で「人間」はそこから逃れることは
無理だと思うからです。しかし、無理と思いつつも、
なんとかその前に雑草Z様の描かれる社会を実現したいものです。
個人的には、できるとこから自給自足。地域コミュニティへの参加。
政治への参加。などが第一歩かなと思っています。

ブログ更新楽しみにしています。

P.S.
私はnao氏とは別人物で、有名人ではありません。
幸せ追及が趣味な会社員です。


自給自足のかたち
雑草Z
早々のコメント返し有難う御座います。
 
 mao氏のコメントを読むほどに同じ考え方なのだと感じ嬉しく思います。
 自給自足とは勿論食料だけではなく、資源もエネルギーも生活全てですね。そして、そのコミュニティーの大きさは小さければ小さいほどいいでしょうね。
 家族と一緒に過ごせる時間が多い事も幸せの形の一つでしょう。
 それで十分幸福な筈なのに、それ以上のかなり過剰な物的財産を望む人間が、大きく環境を破壊するのです。
 
 小さなコミュニティーは原始時代への回帰か?と言われればその部分もあるでしょうが、小規模なコミュニティでエネルギーをほとんど使わず廃棄物も出ない技術こそ、素晴らしい科学技術ではないでしょうか?
 
 これからも宜しくお願い致します。

環境破壊にまた莫大な税金が?
おかっぱ頭
 政府はロンドン条約の96年議定書に加入し、二酸化炭素海底下貯留を本気で考え始めたようですね。
 この技術開発の為に膨大な税金が投入され、また新たな二酸化炭素が生み出されるのでしょう。本来海洋の汚染を防止する為に採択された筈のこの条約が、結果、環境破壊を推し進めるものになってしまっては本末転倒だと思います。
 このような技術開発を科学者達は先端技術と言って胸を張りたいのでしょうけれど・・

 自然の循環システムに組み入れられずに廃棄されてしまっている物を上手くそのサイクルに乗せる事こそ、求められている技術なのではないかと思います。


環境対策というより景気対策ですね。
雑草Z
 そうですか?新たな情報有難う御座います。遂にそんな愚かな対策を本気で実行しようとして考え始めましたか?
 意見を募ったのは、形だけで、企業と癒着してどうしてもやりたいのですかね?大きな利権が絡む話でしょう。くしくもCO2による海水の酸性化が問題になっているのにそれにはなんと答えるのでしょうか?
「それはそれで、また対策をする!」でしょうか?
対策の対策の上塗りで、次々経済対策をして、税金をどぶに・・・海に捨てるのでしょう。

それを考えた企業は、勿論、儲ける為だし、その技術を考えた科学者というか技術者は御用学者で環境の事をしっかり考えていないだろうし、経済効果だけですね。それによる別の環境被害は、またビジネスチャンスと歓迎するのでしょう!悪質です。

>自然の循環システムに組み入れられずに廃棄されてしまっている物を上手くそのサイクルに乗せる事こそ、求められている技術なのではないかと思います。

その通りですね。そして、自然の循環システムに組み入れられない物質は生産しない事が鉄則です。


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2007-10-03 00:01
 『日本は天然資源の乏しい国で、日本が国際社会の競争の中で生き残って行くためには、これまでどおり人的資源を育成するしかありません。』
と言う、もっともらしい論理
が21世紀になった今日でもまことしやかに語られています。。
 でも、その論理は本当に21世紀の日本でも通用するのでしょうか?

 ちょっと本題とは外れますが、先ず、『人的資源』と言う言葉が気になります。これって再生可能な森林資源のように、人間をその言葉通り『資源』として扱っているようです。再生可能と言えば聞こえはいいですが、「使い捨てにしても代わりがある」というニュアンスも感じます。まるで企業の経営者の所有物か、傭兵、奴隷のような表現でもあります。
 同じような表現で『人材資源』と言うのもありますが、派遣会社のような響きがあります・・・。
『人材』も『人的資源』も、人間を使い捨てにするような響きがします。自分を支配者と考える資本家からの発想のような語感です。

 まあ。そのような語感は置いといても、この論理こそ、人類の持続の可能性をぐっと低めた、悪しきグローバリゼーションの考え方に直結するものでしょう。

 こんな事が言われたはじめたのはきっと20世紀になってからの事でしょう・・。第二次世界大戦後の高度経済成長の時代になってからでしょうか?
 こんな表現を初めて聞いた子供の頃は、なるほどそうなんだと納得したものですが、納得してしまうところがグローバリズムのマインドコントロールです。

 20世紀後半にそんな発想を否定しなかったから、世界、特にアジアにおける日本の傍若無人のやりたい放題が始まったのではないでしょうか?そして東南アジアなどの発展途上国と呼ばれる国々の自然環境を悲惨な状態まで破壊していったのです。

 グローバリズムは、『国際分業』、『正当な競争』と言う一見合理的な発想を根拠としているようですが、実際は持続可能な社会の形成の妨げとなる自然の世界の根本原理を理解しない愚か者の発想です。

 世界各国が自由競争の国際競争中心にやっていれば、環境負荷は増える一方です。『発展途上国』と言う言葉は嫌らしい言葉ですが、その名の通り、途上国ですから次第に工業化されてきますし、今後、日本が工業のアドバンテージをキープするのは至難の業ですし、そんなことに躍起になっているうちに、環境汚染は進む一方です。
 日本は、たとえ天然資源が乏しくとも・・・まだ森林は世界有数の保有国なのですから・・・自給自足の出来る国に戻るべきです。人口が多すぎて無理と言うのなら、無理でなくなるまで人口を減らすべきなのです。
 『人材の育成』の名の下に、企業戦士をどんどん育てていくような教育は、日本に限らず世界中で早く終わりにさせなければ、人類の歴史が終焉を迎えるでしょう。
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【2007/10/03 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2007-10-01 00:01
 ここ数年「ゆとり教育」による学力の低下が問題視され、ゆとり教育の見直しと学力向上が叫ばれています。昔は世界トップクラスだった小中学生の学力が下がったと言われ、ゆとり教育は間違いだったと言われています。
 そのことについていろいろな側面から論じられていますが、
かつての「世界のトップクラスの学力」がいかほどのものだったのでしょう?つまり、日本政府も言うところの「世界トップクラスの学力」を身につけた学生は、その後、その『学力』で何をしたのでしょう。

 典型的な例として、官僚の例を考えてみます。キャリアとなる為の公務員試験は、大学の教養程度までの学力が広く問われます。その他に専門分野の内容もあります。・・受けたことはないので詳しくはわかりませんが、いわゆる日本教育の”学力”が高い人が有利に合格出来る典型構造でしょう。これを「最高学力」と勘違いしているキャリアもいるでしょう。
 
 その上級公務員試験をパスしてキャリアとなった方々が、「学力が高い」さらには「国を動かしている」というプライドを持ってしている数々の仕事の例が、政官民癒着による無駄な公共事業であり、天下り組織です。年金問題なんか、も含め、モラルハザードと言うべきでしょう。・・・『官』だけではなく、『政』、『民』のトップも「学力」の高い方が多いでしょう。・・・その結果が、財政破綻であり、環境破壊です。
 公務員は『公僕』です。国家公務員の価値は、国民にどれだけの福祉を供給出来たか?で評価されるべきですが、その評価を自分達で勝手に行い、自分達の勝手な論理でそのご褒美として天下り組織を作って天下りをしているのですから話になりません。

 国民に還元出来なくとも『学力』を持っている者が、評価されるべきであるという間違った認識が蔓延しています。


 以前TV番組で、官僚志望の東大生が
「優秀な人材が官僚になっているのだから、その褒美として天下り組織があっても当然だ!そうでなければ、優秀な人材は民間に流れてしまう・・・」
とか言ってましたが、天下りも当然のこととして官僚を志望しているのだから、開いた口が塞がりません。(彼が退職する頃まで天下り組織が存続したら大変です。)
 受験科目の知識が『学力』の目安だと考えている浅はかな人物です。こう言うステレオタイプの人間だけが官僚になる訳ではないでしょうが、こんな人間達に国家を動かして貰いたくはありません。
 
 『学力』が劣っていても、国民に対する奉仕精神と世界の持続性と福祉を考えられる人物に国を動かして欲しいものです。それに公務員試験的な『学力』がなくとも優秀な人物はいくらでもいます。
 そんなことも感知出来ない『学力』ってなんでしょう?

 「高い学力」自体が目的になってしまっては本末転倒であることは明かですが、そう言う事が実際に蔓延しています。 
  
 どうすれば『学力』がつくのかを論じるのではなく、社会が良くなる為の必要な『学力』はどんなものか?を論ずるべきです。それを『学力』を呼ぶには抵抗がありますが・・・  
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【2007/10/01 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |


nao
あと、大手食品メーカーと大手化粧品メーカーと大手合成洗剤メーカーとテレビ局の連中なんかも駆逐したいですね。

企業戦士としての『学力』
雑草Z
 日本に限った事ではないでしょうが、現在の『学力』って、他人に対するアドバンテージを得る事が大きな目的で、スポーツに於ける体力みたいなものですね。

大局的に見ると、競争社会を激化し、生物が住みやすい地球環境を破壊しています。
どっちも「富国強兵」と本質は変わらないかも知れません。



通りすがりの者
初めてコメントします。少し気になる記事を見つけたものですから・・・

いくらレベルの高い大学を出たり、教育を受けたりしても、果たしてそれを生かして世の中に役立ててる人はどのくらいいるのでしょうか・・・
雑草Zさんの意見にはものすごく共感が持てます。受験科目の知識を学力と考えている人たちには、どうもプライドが高く、偏った考えを持つ人が多いようです^^:

私は「学力=人間力」だと思います。社会を生き抜く力や人として生きて行く力、信念が強い人ほど学力が高いといえるのではないのでしょうか。私も学力と呼ぶのは抵抗がありますが(苦笑)
この先、このような人々に国を動かしてもらいたいものですね。

長文、失礼しました。

社会に還元出来てこその『学力』
雑草Z
 博識的クイズ的知識などが学力だと思っている輩が結構多いのに驚きます。

 官僚が、薄っぺらなプライドで作った政策の多くは、悪質な子供騙しの様で、あまりに愚か過ぎます・・・エネルギー政策、少子化対策、景気対策、そして環境対策・・・世の中を破滅に導いています。
 本当に愚かなのか、良心がないのか計りかねますが、『真の意味での社会の公僕としてのプライド』が無いのかも知れません・・。エゴイスト利権集団と呼ぶべきでしょうか?
  

 賛同のコメント有難う御座います。長文ではありませんよ。趣旨が無駄なくしっかり伝わりました。
これからも宜しくお願い致します。 

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