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2007-07-29 21:56
核兵器根絶運動は、ある程度盛り上がっていて盛んですが、原子力発電根絶運動って、あまり聞きません。・・・
 何せ原発は、「核の平和利用」ですから・・・最近では、CO2温暖化説の有効対策の一つとしても、プロパガンダが盛んです・・。
 個人的には、原発を「核の平和利用」と呼ぶくらいなら、核兵器の抑止力を「核の平和利用」と呼ぶ方がまだましかとも考えます。・・・・まあ、どちらも世紀の愚策で、こんな事を国家レベルで論じている現代は、かなり野蛮な時代と呼ぶべきでしょう。

 さて、原発核兵器と比べたら、「原発の方がいいに決まっている」・・と言う人は圧倒的に多いのではないでしょうか?。
 何せ、「核の平和利用」ですから・・ってしつこいですね。
 しかし、そうとも言えないのではないでしょうか?。寧ろ原発の方が厄介な部分が大きいのではないでしょうか? 

 核融合発電は実用化されていませんので、(放射能を出さないとか言っても、さらに大変な問題もあるので、このまま廃案になって欲しいものです・・・)
 比較のために、核兵器は水素爆弾(核融合爆弾)は考えずに、原子爆弾(ウラン、プルトニウムの核分裂爆弾)を現行の原発(核分裂発電)と比較いたします。

 原発原爆より質の悪い部分は何か・・・と言えば、やはり放射性廃棄物でしょう。
 勿論原爆は、高レベル放射能を一瞬に大量に出すでしょう。・・・原爆の場合、それを放射性廃棄物と呼ぶかどうかは別として・・・濃縮ウランの濃度も遥かに高いから、放射能のレベルも超高レベルでしょう。・・・そして、原発と違って、放射能を上空からまき散らします。まき散らされた放射能を被曝した物体は、放射能汚染されます・・・原爆を肯定する積もりはありません。・・相当酷い話です。
 しかし、原爆は、使用されない限り、放射能は放出致しません。(日本に落とされた2回と、実験で何度も使用されています。・・・ウラン濃縮段階などでは、放射性廃棄物を出しますが、それは原発も共通です。)それに対して、使用することが目的で作られる原発は、稼働している間中、超高レベルまでの放射性廃棄物を発生させているのです。1基の原発を1年間運転すれば出てくる核廃棄物は、膨大です。日本では現在、1基あたり平均して、1年に高レベル核廃棄物10t、低レベル核廃棄物400t てところです。
 
 安全に(?)処理されて集められた放射性核廃棄物は、放射能をガラスで固化して、それを分厚い金属容器に入れ、さらに粘土で包み、挙げ句に地中深くに埋める。・・・などと言って最終処分場の候補地を募集していますが・・・・本当に大丈夫でしょうか・・・?いや、それくらいしないと、放射性廃棄物は、安全は確保出来ないほど危険であるのです。そして、それでも全く安全性は不十分です。・・何故なら1000年後には、放射能が、これらのバリアを通り抜けて,地表に現れてくる事は、核燃も認めているところです。何万年もの半減期(放射能が半分に減る時間)を持つ強力な放射能が、放射能の威力が、半分にも衰える前に地表に出てくると言う事です。・・・この意味で、原発原爆よりずっと厄介ではないでしょうか?

 子孫に負の遺産を半永久的に残すのです。そんな核廃棄物を原発は次々に量産しているのが現状です。

 
 余談ですが、原発の核廃棄物の排出量をネットで検索していたら、東京電力のHP、TEPCOに載っていましたが、ほかの一般廃棄物や産業廃棄物の量が参考のために乗せられていました。その量に比べて、放射性廃棄物の量が少ないとプロパガンダしたいのでしょうか・・・かなりふざけています。
 他のどんなに危険な産業廃棄物だって、放射性廃棄物、特に高レベル核廃棄物の比ではありません。飲んだり触ったりしなくても、近づいただけで被曝し、癌になって死んだり、遺伝病になって、子孫にまで影響いたします。
 ガラスで固化して、それを分厚い金属容器に入れ、さらに粘土で包んで、地中深くに埋めても、安全ではないのです。


 経済産業省 資源エネルギー庁 放射性廃棄物等対策室の「放射性廃棄物のホームページ」にはこんな事もかいてあります。
「原子力の便益を享受した我々の世代は、これに伴って発生した放射性廃棄物の安全な処理・処分への取組に全力を尽くす責任を、未来の世代に対して負っています。」


 安全な処理・処分は出来ないのに、見切り発進したのは、あなた達です。子孫の安全は確保出来ません。
 原発の恩恵を受けたのは、ごく一部、原発関連企業と国の原子力委員会、一部の政治家など限られた人々です。そして、その恩恵を受けた一部の人々も含め、全ての人々は、末代の子孫まで(未来永劫と言っていいくらい)放射能の危険にさらされるのです。この中途半端な処理(?)に、ひとりあたり何十万円も支払わなければなりません。これから、どんどん処理の費用は追加され続けます。そして、いくら費用を追加しても、放射能は消ず、安全は確保出来ません。
原子力発電を推進して来た人々は、皆、重大犯罪者です


・・・・こんなことを論じている現在も、原発は稼働し、半永久的になくならず、しっかり処理・処分の出来ない極悪の環境汚染物質・・放射性廃棄物を・・超高レベルまで、・・・発生しているのです
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【2007/07/29 21:56】 | 原子力 トラックバック(1) |
2007-07-27 23:08
 原発は、稼働すれば必ず、様々なレベル・・・超高レベルまでも・・・の放射性廃棄物が発生します。そして、この放射能は人類の歴史と比べて半永久的に消滅致しません。人間の手に負える代物ではありません。たとえ、小さな事故や放射能漏れがなくとも、この、1度出したらなくならないと考えるべき放射性廃棄物の存在だけで、十分に原発は廃止するに値する、最悪の発電方法です。

 しかし、今回の中越沖地震で柏崎刈羽原発火災が起きて、時間が経つにつれて隠された情報が出されて、まずい状況になっても、柏崎刈羽原発事態の事、または各地の原発の個別の安全性の話に持っていかれて、全ての原発廃止の方向には向かっていません
原発のエネルギーに対案が必要ないことは、先日アップした、【原発に代替案は必要か?】で述べた通りなのですが・・・

 CO2地球温暖化説により、原発は、CO2削減の有効な手段のようにプロパガンダされ、見直しさえ始まっている状況です。こういう流れからすると、原発廃絶までには、まだ長い道のりがありそうで憂鬱です。
 こんな間違ったプロパガンダをしている政府も、しっかり叩けないマスコミもかなり低レベルです。(放射性廃棄物も、このマスコミや政府のように低レベルであれば、問題は小さいのですが、放射性廃棄物は、極高レベルまで必ず排出されています。)

 今回の事故で、この程度しか騒がれないようなら、
大事故でも起こさない限り、原発廃絶には至らないのではないでしょうか?。

 大事故の可能性は本当にないのでしょうか?原発1基あたり1年間あたり大事故を起こす確率を0.1%と見ても、50基の原発なら(現在稼動中の日本の原発は54基くらい・・)、平均して20年に1度の割合で大事故を起こすと言う計算になります。大変な話です。大事故を起こす確率は、もっともっと小さいなんて、誰も断言出来ない筈です。
 こんな社会の状態・・・・マスコミも政府も愚かなこの日本では、大事故でも起こらないと、原発廃絶運動は、盛り上がらないのでしょうか?大事故が起これば、たった一基でも、
物的損害だけでも、国家予算を超えます。人的災害は、太平洋戦争レベルまでなるかも知れません。・・・たった数日でです。

 大事故でも起こらないと原発が全廃にならないないなんて、酷く愚かな悲惨な話です。実際大事故が起こったら、もう後悔のしようがないでしょう。日本は滅びてしまう可能性も高いでしょう。

・・・・こんなことを論じている現在も、原発は稼働し、処理のしようのない半永久的になくならない極悪の環境汚染物質・・放射性廃棄物が・・・超高レベルまで、・・・発生しているのです
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【2007/07/27 23:08】 | 原子力 トラックバック(0) |
2007-07-25 23:20
 私は、CO2温暖化説は鵜呑みに出来ません。つまり懐疑派です。槌田敦さん達のように否定派と言うほどの確信はありませんが、CO2温暖化説は、まだ仮説の領域を出ていないものだというのが、科学的には正当な評価でしょう。
近藤邦明氏の 
温暖化は憂うべき事だろうか・・CO2地球温暖化脅威説の虚構   
のしっかりした論証を読んで、その後、色々な書物やHPの情報から懐疑派になりました。

 まあ、CO2温暖化説は、カオスな現象の因果関係の長い連鎖ですから確実に正しいとも間違っているとも当分科学的には実証できないでしょう・・・。


 おっとっと・・・今CO2温暖化説の真偽や証拠を議論をするつもりは毛頭ございません。
(CO2温暖化懐疑論については、近藤邦明氏のHPこのリンク集を御覧下さい。)

 私もかつて当ブログで
近藤邦明氏の「温暖化は憂うべき事だろうか」の内容をご紹介しながら地球温暖化懐疑説を論じたことがありますが、(2006年12月25日から、翌1月11日まで10回に渡って論じています。)そのとき、ヒステリックに反論してくる肯定派がいました。当時の私のブログは、懐疑派の立場ではなく、自分自身ニュートラルな立場で書いた積もりですが(まあ、疑う気持ちがあれば懐疑派でしょう・・)それでもヒステリックに狂犬みたいに噛み付いてくる輩もいました。
 私のように懐疑派の入門者ではなく、槌田敦氏や近藤邦明氏のように、年季の入った完全な懐疑派、否定派には、誹謗中傷や脅迫メールまでよこす始末だそうです。


 現在、地球温暖化説肯定派は、大々的なプロパガンダにもより、圧倒的多数派です。『説』の字をとって、科学的事実と決めつける勢いです(「もう既に事実」と言いたい方も沢山いるみたいです。)

 で、その地球温暖化説の権威の方々に訪ねたい事があるのです。・・・マスコミや権威の言う情報を鵜呑みにして信じてしまっている多くの一般大衆ではなく、専門家と自認している方への質問です。懐疑派に噛みついて誹謗中傷する輩も含めてもいいですが・・・

  CO2地球温暖化説肯定派の方々は、その予防原理に基く対策について、どう思われますか?

 植物を伐採したり抜いたりしないで、植物を増やして光合成を増やすとか、石油の消費を控えるとか、そういう基本的な良識的な対策には異論はありません。・・・というより、そういった対策をもっとしっかり押し進めるべきでしょう。

しかし、世間では、もっと遥かに愚かな対策を推進しようとしています。

 風力発電や太陽光発電のような、エネルギー算出比の問題などについても、かなり怪しく議論の対象ですが、今は触れません。

 CO2排出権取り引きや、最近まずいと騒がれ始めたカーボンニュートラルに基づくバイオマスエネルギーについては論じたいところですが、もっと確実に愚かな対策について焦点を絞りたいので、それらも今は触れない事に致しましょう。

 今回は本当に愚かな2つの対策に的を絞ります。

それは・・

 先ず、CO2海底地下貯留計画、どうお考えですか?これは数々の危険性だけでなく、莫大な設備を作らなければならないし、稼働にも多くのエネルギーを使うからギャグ効果(ギャグのように愚かな逆効果・・笑)で、もっとCO2が増えるのではないでしょうか?増えないにしてもこんなことで大気中のCO2が効果的に減らす事が出来ると本気でお考えですか?もし、それで減らす事が出来ても、植物をふやしたり、省エネのほうが、遥かに素晴らしい対策ではありませんか?


 さて、もう一つは、原発です。これが、最も愚かな最悪の対策です。もし、あなたが原発反対派だとしても、CO2温暖化説は、確実に原発推進の口実にされています。酷いものです。ライフサイクル全体として考えると実際は石油を燃やす火力発電よりもCO2を排出して、実質的エネルギーを産み出さない事は原発関係者の常識です。それをおいといても、原発の危険性は別格です。原発を稼働すると必ず出る核廃棄物は、人間の手に負えるものではありません。非常に危険です。いつまでもなくならない最悪の環境汚染物質です。・・・原発の愚かさは論じるまでもないでしょう。
CO2海底地下貯留計画も火力でなく、原発でやるからCO2を排出しないとか言い出すのではないでしょうか?(それが詭弁であることは、これまでに何度も述べています。) 実際政府は企業とつるんでCO2温暖化説を口実に、20世紀の終わり頃には下火になってきた原発をまた盛んにして増設する積もりです。



 議論するならいざ知らず、マイナーなCO2温暖化懐疑派潰ししている暇があるなら、CO2温暖化説を原発促進に利用されるのを全力で阻止するべきでしょう。たとえ原発を推進する積もりがなくても、結果として、CO2温暖化説は、原発推進のプロパガンダに大きく利用されているのですから・・・それが科学者の良心というものでしょう。
 そんな運動をする積もりは毛頭なく、ただ、CO2温暖化懐疑派を潰そうとし、CO2海底地下貯留や原発を推進するなら、あなたはやはり御用学者で、政府や企業の犬です。科学者の仮面を被った最低な人間です。
 科学者だから、対策は政治に任せると言うのは、おかしな事です。対策こそ科学者の使命ですし、少なくとも対策の間違いは指摘するべきでしょう。その指摘も出来ないようなら、予防原理などと言う事を言う資格はありません。その予防原理によってCO2の増加よりも、遥かに危険で逆効果の対策を推進することになるのですから・・・

 CO2温暖化説を信じている多くの一般大衆に言いたい事はCO2温暖化説を信じて善意の心から森林伐採に反対したり、石油の消費を控える運動をする分には賛成ですが、CO2温暖化説肯定派の権威に踊らせられて、そのシミュレーションによる脅威だけ騒いでいると、CO2海底地下貯留計画のような愚かとしか言いようのない対策や、原発推進のような恐ろく危険な事に利用されるかも知れません。  
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【2007/07/25 23:20】 | 原子力 トラックバック(0) |

海底
翠雨
あんまり大量に書き込みすぎて、ご迷惑をおかけします。
でも興味があったので・・・。

>先ず、CO2海底地下貯留計画、どうお考えですか?

私は大反対です。
どの程度の深さまでCO2を沈めるのかは知りませんが、
まず浅いところだったとしても、
海底からCO2が漏れ出した時の
海底内(生態系)とその周辺の環境影響が計り知れません。
また、深層水まで大量のCO2を沈めて、出てこなくしても、
結局深層水のコンベアベルトに乗って、500年~2000年後
(日本の位置的にはもっと時期が早いかもしれません)
には北太平洋にて大量のCO2を出すことになるでしょう。
ちなみにですが、確か・・・
海は森林と同じかそれ以上のCO2を取り込んでいたような・・・。


>植物を伐採したり抜いたりしないで、植物を増やして光合成を増やすとか

実は、人工林は管理しないと二酸化炭素の吸収量が弱まります。
自然林だとそんなことはないはずですが、
人工林は植物がうっそうとし始めると、山自体が弱ってしまいます。
すると光が山に入らなくなって下草が生えなくなり、
結果保水力が落ちたりCO2吸収量が落ちたり・・・etcと、かえって悪化してしまいます。
ですから、皆伐はまだしも、間伐や択伐などである程度木を切ることは大事です。

ちなみに、日本に自然林と言える自然林はほとんど残っていません。

大量の書き込みありがとう御座います。
雑草Z
 この記事にコメント下さったと言うことは、
CO2温暖化肯定派の権威でしょうか?!
それともCO2温暖化懐疑派バスターズですか?!(笑)

人工林は、天然林よりCO2吸収量はかなり少ないでしょうが、そういう植物の働きを補助する研究のほうが、植物を使わない人工的な、CO2削減より、ずっと効果的でしょう。

CO2海底地下貯留計画は、
翠雨氏の賛同を得られたように、愚の骨頂ですが、

 最悪のCO2対策は、本文にも書いたように原発と考えますが、翠雨氏はどうお考えですか?!
 若しかして、CO2温暖化肯定派で、原発推進派ですか!?(笑) 

森林について、CO2対策について
翠雨
>CO2温暖化肯定派の権威でしょうか?!それともCO2温暖化懐疑派バスターズですか?!(笑)

潰したいとも肯定したいとも特に思ったことはないですねぇ。
ただ、それぞれ年別に分けられたグラフを見た時に、
空気中のCO2濃度の上昇に伴って気温が上昇しているということを表したグラフを見ると、
あながち間違っていないのではという考えが今の私の考えです。
とにかく、様子見です。

>人工林は、天然林よりCO2吸収量はかなり少ないでしょうが、そういう植物の働きを補助する研究のほうが、植物を使わない人工的な、CO2削減より、ずっと効果的でしょう。

その補助する役割をするのが、間伐と択伐です。
一般的に「木を伐る→植物量が減る→CO2吸収量が減る」という考えは、
間違ってはいませんが正解でもありません。
なぜかといいますと、詳しくいうと長くなるので簡潔に述べますが、
うっそうとした山は森林内部に光が差し込まなくなって下草が生えなくなり、
様々な害(土壌流出、保水力低下、CO2吸収量低下、他)を引き起こし始めます。
これら害によって、さらに山が不健康な状態になっていきます。
すると挙句山の木々や草が弱って枯れ始め、
CO2吸収の話どころの問題ではなくなってきます。
よって人工林は管理する(適度に木を伐って山に日が入るようにするなど)、
つまり山を健康的な状態に保つことが最も効果的です。
特に山に日が入るようになると、光合成が行われやすくなるわけですから。

ちなみに今の日本は森と緑が溢れていますが(江戸時代並だったような・・)、
今は山があまり管理されていないという状況を受けると、
うっそうとした山が増えて、あんまり良くない傾向なんじゃないのかという気持ちになります。


>最悪のCO2対策は、本文にも書いたように原発と考えますが、翠雨氏はどうお考えですか?!若しかして、CO2温暖化肯定派で、原発推進派ですか!?(笑) 

私としては、原発よりCO2海底地下貯留計画を懸念しています。
CO2海底地下貯留をCO2削減量として認めようという動きもあるほどですから。
それに海底に貯蔵したとしても結局いずれ自分の身に帰ってくるんですから、
その場しのぎのようなことをせず、(というか生態系に影響がある)
もっと具体的に効果的な対策を練るべきではと考えています。
原発推進については、推進したくありません。
例の広告を初めて見た時から、
そんな広告して大丈夫かという気持ちが最初からありましたから。
でもだからと言って反対を主張したいという気持ちも
それほど大きくないというのが正直なところですが。

放射性廃棄物の恐ろしさを確認してください
雑草Z
 本文を読見直して戴ければわかりますが、

>植物を伐採したり抜いたりしないで、植物を増やして光合成を増やすとか、石油の消費を控えるとか、そういう基本的な良識的な対策には異論はありません

の趣旨は、他の愚かな対策に比べて、植物の光合成の利用と石油の消費を控える事が基本で大切だと言う事です。
その細かい内容として、間伐とか択伐とか、その是非を論じてはおりません。そういうことを全て考慮した、「植物の光合成」です。

CO2海底地下貯留計画は、非常に愚かな計画ですが、
原発は別格です。何故、そんなに原発を軽く見るのか分かりません。有害性も別格だし、人間の手に負えない代物です。


>私としては、原発よりCO2海底地下貯留計画を懸念しています。

 の根拠が理解できません。放射能、放射性核廃棄物などについて、しっかり調べてみて下さい。


しかしながら
翠雨
揚げ足を取るようで何か微妙なのですが。

>その細かい内容として、間伐とか択伐とか、その是非を論じてはおりません。そういうことを全て考慮した、「植物の光合成」です。

とありますが、本文中の
植物を伐採したり抜いたりしないで、植物を増やして光合成を増やすとか~・・・~対策をもっとしっかり押し進めるべきでしょう。 」
「善意の心から森林伐採に反対したり~・・・~賛成です」
とありますように、かなり盲目的な言葉が見られませんか。
これを受けると、そういうことを全て考慮したと感じられる文ではありません。
私はこの文章を見て、趣旨がどうかではなく、本文中に述べられている内容に対して「本当にそれは正しいのかどうか」ということを論じたのです。仮説とか不確定なものだったなら論じることもありませんが。

>何故、そんなに原発を軽く見るのか

軽く見るつもりはありませんが。



さらに
>何故、そんなに原発を軽く見るのか
>>私としては、原発よりCO2海底地下貯留計画を懸念しています。
>の根拠が理解できません。放射能、放射性核廃棄物などについて、しっかり調べてみて下さい。

とありますが、そうおっしゃると言うことは、私の価値観を捻じ曲げようとしていらっしゃいませんか。
これはちょっと変な話ではないでしょうか。
そもそも「最悪のCO2対策は、本文にも書いたように原発と考えますが、翠雨氏はどうお考えですか?!」を受けて答えています。
雑草Zさんの価値観からすれば、原発が最も重大なのでしょうが、
しかし私の価値観としては、確かに原発も重大ですが、
私はそれより地下貯留という対策の環境影響の方が今は興味深いと言うことで、その意思表示をしたまでです。




価値観の問題ではありません。
雑草Z
 どちらが人類にとって有害であるかです。
CO2温暖化対策の根拠が価値観であってははたまりません。
「翠雨氏はどうお考えですか?!」
と尋ねて、答えが返ってきたのに対して
「認識不足ではないですか」
と言ったら、ちょっと失礼ですが、特にマナー違反ではないでしょう。

原発に対する認識不足の方が多いと感じます。
そのプロパガンダをこのHPですべきだと感じました。


>盲目的な言葉

は不適切な表現だと思いますが、そうであったとしても、光合成についてです。「全て考慮した」と言うのは私が有効と判断したと言う意味ではなくてそういう細かな吟味は「植物の光合成による有効な方法」に含むという事です。それこそ、「間伐や択伐の有効性」を妄信はしていませんので、程度問題になろうかと思いますが、ここで論ずる気はないと言うことです。まあ、さっと流しただけですので舌足らずだったかも知れません。もう少し厳密に述べるべきでしたね。基本はしっかり述べるべきですね。それにしても

>実は、人工林は管理しないと二酸化炭素の吸収量が弱まります。

と、議論外の話を持ち出されても、他でやってくれということです。

脈絡が違うと思います。・・それ以上は水掛け論になりますので、判断は読んだ方にお任と言うことで、兎も角、ご訪問有難う御座いました。
  

おっしゃることは理解しました。
翠雨
>「認識不足ではないですか」
と言ったら、ちょっと失礼ですが、特にマナー違反ではないでしょう。

私が地下貯留という対策について興味を持っているのは、
問題の中で不確定なことが多く、環境影響がどうなるのか目に見えていないのに、
地下貯留を推進しようとしていることに危機感を持っているからです。
その根底にある「環境影響が大きい(かもしれない)」のに「何らかの形で推進されている」ということは、
原発なり地下貯留なり共通していることではないでしょうか。
しかし価値観と申し上げたのには語弊があったかもしれません。
申し訳ございません。


>>盲目的な言葉
>は不適切な表現だと思いますが、

確かに、表現方法がまずかったです。申し訳ございません。
原発の議論に森林の話を持ち出すのは筋違いでしたね。

しっかりまとめて戴きましたね。
雑草Z
>その根底にある「環境影響が大きい(かもしれない)」のに「何らかの形で推進されている」ということは、
原発なり地下貯留なり共通していることではないでしょうか。

 おっしゃる通りです。どちらも酷く愚かな政策です。
こちらで、そのことを主題に書いておいて、
「その2つを比べてください」
と言うのも、この記事の趣旨に反しますね。・・書いた本人が逸脱してはしょうもないですね。失礼致しました。

 これからも宜しくお願いします。


2010年まであっという間
たま
こんにちは、お久しぶりです。

経済産業省の報告では、京都議定書で掲げた目標とは逆に、このままだと2010年では4.6%排出量が増加するそうです。すでにご存知かと思いますが…

車の排ガスは大分削減されるらしいですが、医療機関、家庭内では20%を超える増加が見込まれるそうです。


CO2削減のために推進している原子力発電も、人間活動を広げ、逆にCO2を排出させる手助けをしているように感じるのは私だけでしょうか…

あなただけでは、ありませんよ・・
雑草Z
 お久しぶりです。元気してますか?
君の事だから、活発に活動していることでしょう!!
本文にも書きましたが、原子力発電は、
>人間活動を広げ
る事ばかりでなく、同じ発電量の火力発電より、CO2を排出しています。
CO2を排出しないのは、まさに実際の発電段階での話の事で、原料のウランの濃縮にも、膨大な石油を使います。
そればかりか、原子力発電所を建設するときも膨大な石油を使うし、最も石油を使うのは、その原発が廃炉になってからでしょう。何せ、放射性廃棄物の安全な処理方法はありませんし、放射能は、数万年以上経たないと安全になりませんから、半永久的に管理するのに石油を使ってCO2を排出いたします。詳しくは、
【原発に代替案は必要か?】に
http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-191.html
ここにも是非君のコメント欲しいですね!!

因みに原発関係は今まで何度も触れていますが、最近は、
7/19~8/3まで、7回にわたって書いています。

君も、CO2温暖化説懐疑派みたいですね!?
CO2温暖化説懐疑論については、この、12月末から、1月上旬にかけてかいています。
検証もせず鵜呑みにCO2温暖化説を肯定するのは、危険だと思いますから、君のスタンスは、いいと思います。

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2007-07-23 22:16
 予防原則[Precautionary Principle]とは、環境保全や化学物質の安全性などに関する政策の決定にあたり、具体的な環境への影響や人の健康への被害が発生しておらず、また、その原因と思われる行為や物質との因果関係を科学的に証明できない場合でも、予防的に規制していく考え方のことです。

 1992年の国連環境開発会議リオ宣言で、
「深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由にしてはならない。」と記され、環境問題への基本的な基準となりました。
これによって、環境問題対策は
疑わしきは、手を打つ」という方向に向かったのです。この考え方は、環境問題の基本的な考え方になった筈です。

 しかし、日本でこれまでなされてきた、開発に関する環境アセスメントでは、因果関係が不確実なときには、大抵「影響は軽微である」という結論が下され、結果として開発は推進されてきました。誰の目にも影響は明らかな場合でさえ、因果関係が確実に立証されていないと切り捨てられてきました。ほとんどの事例で、結果として酷い環境破壊が起こっても予防原則は適応されませんでした。最近では、諫早湾の干拓が有名です。

 しかし、CO2地球温暖化対策では、影響が地球規模で重大であり、結果がわかったときには取り返しがつかないと言う恐れがあるからと予防原則による対策が次々と立案され、実行されています。(素人が考えてもおかしな対策も多いのですが・・・)

 CO2地球温暖化説は、因果関係の長い連鎖によって形成されています。個々の因果関係は、立証されてない部分も多く、不確実性が大きいので、私などは「風が吹けば桶谷が儲かる理論」と呼んでいます。地面が放射する赤外線の一部の波長を吸収するCO2が温室効果ガスであることに間違いはありませんが、吸収波長帯の狭さや吸収量の飽和などが理由でCO2濃度の上昇だけでは大した温度上昇にはならないので、いろんな因果関係を持ってきているわけです。だから、スーパーコンピュータによるシミュレーションも必要になるわけです。と言うよりシミュレーション自体が大きな証拠にさえなっているわけです。

・・・ここでは、CO2温暖化説の真偽や証拠に関してはテーマではないので、深入りは致しません。
(CO2温暖化懐疑論については、当ブログで2006年12月25日から、翌1月11日まで10回に渡って論じています。または、近藤邦明氏のHPなどをご覧下さい。)

 ここで論じたいことは、それほど不確実で、これからも当分確実に立証される事はないであろうCO2温暖化説に、今世界中で、大々的に予防原則が適応されているのにも関わらず、(しかも、その多くがあまりにデタラメでふざけた対策です・・・)もっと確実な、もっと深刻な世界規模の環境汚染に予防原則を適応していないと言う事です。

 もっと確実で深刻な環境汚染源とは、
勿論原発です

 原発は、1基でも大事故を起こせば、原子爆弾と同等レベルの被害があります。事故が起こらなくても、原発を稼働させれば、放射能は毎日、冷却水中や大気中に漏れていきます。・・・いわゆる放射能漏れとは、予め定めた安全基準の量より多く漏れたと言うことで、必ず多少の放射能は外に排出されるのです。その漏れた放射能は、原発の周辺・・人体にも・・蓄積、拡散していくのです。
 そして、極めつけは放射性核廃棄物です。放射能の処理は人類の手に負えません。ただ時が解決するのみです。・・・・と言っても半減期が何万年と言う放射能もあるので、人類の歴史と比べて永久になくならないと言うべきでしょう。(毒の濃度が半分になったからと飲む人はいないでしょう・・・放射能が人体にあまり影響がなくなるまでには何十、何百万年かかります。)
 放射線を一気に沢山浴びれば死にますが、致死量を浴びなくても、放射線は遺伝子を破壊し、癌や遺伝病の原因になるだけでなく、子供にまで影響致します。
 原発を見切り発車するために科学者が(口からでまかせで)「いずれ科学技術で放射能を消滅させる」などと約束したのですが、その約束は、果たされていません。
 放射能を消滅する研究の結果、放射能消滅の為には、専用の原子炉を設置して、気の遠くなるほどの運転時間を必要とすることがわかったのです。そして、その作業により、消滅した放射能に比べて、もっと新たに大量の放射能を作り出す事がわかったのです。要するに、放射能の消滅は出来ないのです。・・・これは、原子物理学者なら予測されるべき結果ではなかったのでしょうか? 

 兎も角、
 放射能は、具体的な環境への影響も人体への被害も発生していますし、それが放射能が原因と特定されていることに科学者達は異議はないでしょう。
 これだけはっきり因果関係も危険性も立証されている原発を廃止しないで、不確実なCO2削減だけに躍起になっている世界は、本当に愚かで狂っています。・・それどころか、CO2削減の有効手段として原発を見直す発言が増えている事自体、狂気の沙汰す。
 予防原則は
確実なものには手を打たない」という原則だと曲解されているとしか思えない矛盾です。 

 CO2自身は基本的に無毒です。炭酸飲料でみんな口にしています。生態系を循環し、H2Oと共に、光合成の原料になり、栄養である炭水化物になります。植物は、タンパク質もこの炭水化物から作り出します。・・・
生態系で減らす事も出来るCO2より、生態系を循環しないどころか破壊する放射能の方が、遥かに恐ろしい環境汚染を引き起こします。放射能は最悪の環境汚染物質です。

 はじめに述べた予防原則とは違いますが、将来ずっと続く放射性核廃棄物の恐怖を予防する為には、早急に原発を廃止すべきです。
 稼動させれば、必ず高レベル、超高レベルの、人類の手に負えない放射性廃棄物を発生させる原発は、不確実なCO2温暖化よりずっと恐ろしいものです。予防原理よりもっと確実な消せない環境汚染として、廃止すべきです。・・確実だから、予防原則を適応しないとか言う積もりでしょうか?
 CO2温暖化脅威説がもし本当だとしても、原発よりは恐ろしい筈はありません。


 参考文献
 新石油文明論 、など ;槌田敦
 <地球環境読本> 
  ハイテク技術が地球環境をさらに汚染する ; 山田国広  
  エネルギーを使えば使うほど人間は貧しくなる;瀬尾健
  その他、原子力関係の記事
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【2007/07/23 22:16】 | 原子力 トラックバック(0) |
2007-07-21 15:06
 脱原発に関する議論でよくあるのが
「脱原発を主張するなら、具体的な代替エネルギーを提案しなければ、無責任だ」
と言う主張です。
「原発はとにかく危険だから、一刻も早く止めなければならない」
と言う脱原発派に対して、
「日本の電力は、もう40%も原発に頼っている、そのエネルギーの代替案を示さなければ説得力がない」
というものです。

本当に、原発の代替エネルギーの検討をする必要があるのでしょうか?

 これまでの、このブログでの議論どおり、原発事故も核廃棄物も、他に類を見ない危険なもので、電力の利便性と比較すること事態が愚かなことです。さらに、現代のエネルギーの消費は、浪費と呼ぶにふさわしく、エネルギー消費の半減なんて、大した事ではありません。それだけでも、代替案は必要ありません・・・と断言致します。

 しかし、今回はそういう議論を離れて、エネルギーの代替が必要か?つまり、原発が実質的に有効なエネルギー生産出来るか?と言うことを考えてみます。

 何を今さら基本的なことを?って思うかも知れませんが、実は原子力発電は・・現在行われている核分裂発電も・・夢のエネルギーと言われていた核融合発電・・も(核分裂発電さえ、当初は夢のエネルギーと言われていました・・苦笑)実質的なエネルギーを生産しているか?と言う部分は、専門家の間でも議論のされている部分です。
 
 エネルギー算出比とは、あるエネルギー供給システムの、投入するエネルギーに対して、出力として取り出せるエネルギーの比です。
 単純に考えて、エネルギー算出比が1以上でなければ、そのエネルギー供給システムは無意味です。1リットルの石油を使って、機械などで掘り出す石油が1リットル以上でなければ、その石油採掘は、石油の浪費にしかならないと言うことです。

 実際電力は、高品位の2次エネルギーで、(【電気エネルギーの正しい使い方】)利便性を考慮して変換するわけですから、その分の考慮をして、火力発電のエネルギー算出比0,35と比べても、原発のエネルギー算出比は、もっと低いのです。つまり、原発よりも、直接石油を燃やして発電する火力発電のほうが省エネになるのです。・・・この辺の計算は、近藤邦明氏の計算を参照して下さい。
   HPか(著書『温暖化は憂うべきことか』p128~130、p138~140)
 
 
 実は、原発のために投入するエネルギーよりも、出力するエネルギーのほうが少なく、原発は使い物にならないことは、エネルギー関係者の常識です。その常識を喋ってしまったら、自分達の仕事もなくなるし、これまでの原発政策が全否定されて、責任問題に発展するから、誤魔化しているのです。酷過ぎる話です。


 一般に電力会社や原発を推進する政府は、このエネルギー算出比が4くらいになるような数字を出して誤魔化しています。

 しかし、実はこの計算の中身には、投入エネルギーをかなり低く見積もったり、かなり抜けている部分があります。送電変電設備の建設費(原発は、需要の高い都会からかなり離れた僻地で作るから、特別に必要です。)夜間の揚水発電の建設維持管理費、など・・・でも、この金額は、まだ大したことではありません。凄いのは原発が使えなくなって停止してからです。
  ERDA(アメリカエネルギー開発庁)では、積み上げ方式で、これまでかかった費用で算出しています。しかし、原発は、実は運転をやめてからの投入エネルギー(費用)が途方もありません。原子炉の廃炉の処理、放射性廃棄物の最終処分場の建設、と管理の費用・・・・

 火力発電所は、建設と運転にエネルギーを使い、廃棄のときも、解体処分に一時的にエネルギーを使うだけですが、原発は違います。同じ発電規模で、建設費用も火力発電所の2倍くらい使い、運転にもウランの濃縮、運搬にかなりのエネルギーを使います。しかし、原発が使えなくなって廃棄後に、とんでもなく途方もないエネルギーを投入し続けなければならないのです。どのくらいかかるかは、誰も答えられません。わからないから、試算に入れなかったと言うふざけたような本当の話があります。

 100万キロワット級の原発1基建設するのに、電力会社は3000億円以下の予算を立て、実際は4000億円以上かかっています。安全性を考えれば、さらに高くなります。
 そして、その原発が、一応安全に運転を終えて廃炉となるときの処分費用は、一基あたり1兆円を越すと言われています。・・・しかし、これでも終わりじゃ御座いません。これから管理が、半永久的に続くのです。(人類の歴史の終わりまでと考えてよいでしょう)


 六ヶ所村の再処理施設は、当初6000億円で作れると予算をとりましたが、実際は2兆円投入しても出来ませんでした。イギリス並みに安全基準を満たすなら(それだって安全ではあり得ませんが)5兆円くらい必要だとも言われます。
 その再処理施設で、日本の原発の核廃棄物を処理する費用は、当初2兆円の見積もりだったのが、作りはじめて計算し直したら16兆円とか。それもその後の試算で30兆円まで修正されました。それも、2000年あたりまでの分です。原発が動いている限り、これから、もっともっと核廃棄物が出て来て、処理費用は上乗せされます。既に排出された放射性核廃棄物だけでも処分費用が50兆円超えるとも言われても、誰も否定できない筈です。

 そして、最終処分場での費用は誰も試算のしようがありません。・・処分方法が決まっていないのですから・・・本当に安全な処分方法などないのです。
 さらに原発の破局的な大事故が起これば、人的損害を含まなくても、物的損害だけで、日本の年間国家予算は超えると言われています。100兆円くらいでしょうか?・・・・・一基につき大事故が起こる可能性が1000年に1回と考えても50基なら20年に1回です。

 

【宇宙開発を考えるほどの馬鹿でなし】でも述べたように、おなかがすいたからと数粒のご飯粒を食べる為に、山に登るのは、逆にもっとおなかが減ります。
石油を100リットル掘る機械に200リットルの石油を使うのは愚かです。
そんな愚か者はいないでしょう・・と言いたいところですが、 原子力エネルギーは、これと同様な議論が成り立つのです。原発は、得られるエネルギー以上の石油のエネルギーを投入しなければならないという、情けなくてお話にならないレベルなのです。お馬鹿なだけでなく、ずるくて、核廃棄物の処理のためにどのくらいのエネルギーが必要か分からないから、はじめは試算に考慮しなかったのです。(核廃棄物はプルサーマルで使える価値のあるものとか言ってますが・・とんでも御座いません。プルサーマルの後の核廃棄物は超高レベル放射性廃棄物になるだけです)

 以上エネルギーレベル(エネルギーは、必ずしも費用に比例しませんが、大雑把な目安にはなります。)から考えても、原発は、石油火力発電以上の石油を消費するのです。つまり、CO2も石油火力発電以上に排出するのです。
 

 結論として、
原発は、石油を使った火力発電の代替にはなっていないのです。その段階で、原発の代替を考える事自体が無意味です。
 因みに、原発の近くには必ず、その原発と同じくらいの発電能力のある補助の火力発電所があり、原発を停止させたときには、稼動させるように待機しているのです。これだけでも原発は火力発電の代替になっていないことは明らかでしょう。原発はこの上なく危険で頼りないだけでなく、とんでもない無駄遣いなのです。
 
 
 だから、例え全ての危険性を考慮しなくても、原発はエネルギーの浪費であり、代替エネルギー案は必要ないのです。原発を廃止するだけで、立派に余分なエネルギーが使えるのです。言い方を変えれば、原発廃止が立派な代替エネルギー案です。




参考文献・・・主に定量的な部分に使わせて戴きました。

 温暖化は憂うべきことだろうか CO2地球温暖化説の虚構 ;近藤邦明
 新石油文明論 他 ;槌田敦 
<地球環境読本>
 エネルギーを使えば使うほど人間は貧しくなる :瀬尾健
 ダーティーな原発があるから、電力会社は「省エネ」ができない;西尾漠
 斜陽にあえぐ核融合は、プロパガンダで生き残ろうとあがいている: 吉岡斉

 
 参考HP・・・主に定量的な数値を使わせて戴きました。
  京都精華大学 細川弘明 授業公開 
            2002年第12回  2003年第11回、第12回
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【2007/07/21 15:06】 | 原子力 トラックバック(0) |

知る程に驚きです。
おかっぱ頭
 人間の手によって行われて来た環境破壊は数知れませんが、原発一基でも国を滅ぼし得るとなると、全く違うレベルの話ですね。電力会社が強調する、クリーン・安全・低発電コスト・・・、それらのすべてが全く出鱈目であるという事が分かりました。表示された数字を見ると体が固まってしまいます。
 これだけの事故が起きても耐震の事ばかりが論じられ、廃止という方向には進まず、「再開は最短3年後か?」などという報道を聞くと、本当に大事故でも起こらない限り、根本は何も変わらないのかと思ってしまいます。
 地元を知るきっかけにもなりました。
 多額の交付金、それだけでも原発は危険と背中合わせであるという事を明確に物語っているのに、甘い蜜を吸わせて麻痺させる・・・麻薬ですね。
 また、被爆した際に飲むヨウ素剤が今年度から柏崎市の全小中学校に配布されたそうです。子供を犯罪から守るなどといったそんな話ではもはや無く、24時間危険にさらしている国こそが一番の犯罪者だと思います。
 「想定外」など、絶対に使って欲しくない言葉です。


人類史上最悪の科学技術でしょう。
雑草Z
 原発は、子孫に対する最悪の負の遺産です。 

 おっしゃるように、国や電力会社のプロパガンダ

>クリーン・安全・低発電コスト

は、全く正反対です。
ダーティー・危険・高発電コスト という謳い文句
すべてに、「非常に」という形容詞がつきます。
  ウルトラダーティー・超危険・破綻的発電コスト

>再開は最短3年後

とか言ってるという事は、実際はかなり危ない状況があるのでしょう。停止したと言っても柏崎刈羽原発は、まだまだ安心できません。

どんなに多額の交付金や施設や仕事を貰っても、原発を町には誘致したくはありません。大事故がなく、原発が稼動を終えても発電所事態が大きな核廃棄物になるのです。

>24時間危険にさらしている国こそが一番の犯罪者だと思います。

 本当におっしゃる通りですね。安全性の見通しがないままに見切り発車した責任はかなり重いでしょう。

 いつもほのぼのとした内容のコメントを戴くおかっぱ頭さんに、こんな悲惨な現実のコメント戴かなければならないのも、とんでもない人達・・マッド・サイエンティストや企業、政治家の原発推進派がいるからですね。

まさに同感ですがあきらめるより他にないのか
kurohune
 戦後、国会に原子力発電の開発を提起した、若き日の中曽根康弘議員(日本の国会に初めて「原子力予算」を国会に提出し成立させる。正力松太郎にこの頃近づき、正力派結成の参謀格として走り回る。共に政界における原発推進の両軸となる。)は、当時このようなことは、知る由もなかったことと思います。日本初のノーベル賞科学者、湯川英樹氏も、将来日本では原子力発電が使われてゆく事になるであろうと、予言しています。しかしこれの危険性は日本人誰もが気がついています。当時、原子力発電所を都心のビルの中で稼動させるという夢が語られたこともあったようですが、実際は、人里離れた地方に建設されています。
 これに対し私は、下記のブログを提起します。
http://d.hatena.ne.jp/kurohune0702/20070212


原発をやるだけの理由なんてきっとないでしょうね。
雑草Z
    kurohuneさま

はじめまして、日本で原発予算を成立させた政治家の事など興味深い情報有難う御座います。
 当時、原発の放射性廃棄物の酷さや、費用対効果の面や、実質、エネルギーを生み出しているかどうかの懐疑論などは、原子物理学者は想像出来たと思います。確かに日本の政治家は理系的素養がない人が多いので、知らなかったかも知れません。特に中曽根などは、そんな事考慮もしなかったろうし、回りからきちんと説明されたかどうかも疑問です。

 一方核理論物理学者の湯川秀樹は、そんな事も予想できなかったとは思えません。放射能が時間だけの指数関数で減少する事は、高校の教科書にも載っているくらいの基本ではないでしょうか?湯川秀樹は、アインシュタイン等と共に核兵器廃絶運動もしているのに、原子爆弾と近い存在の原発の非合理性を知らなかったのでしょうか?でも調べてみると彼は原子力委員会参与とかもやっているようですから、ある意味御用学者だったのかも知れません。
 中高生の頃、彼の講演会に行ったことがありましたが、彼の晩年だった事もあってか、話の面白くない人だと感じました。頭はよさそうには感じませんでしたし、憧れの存在とは程遠い印象でした。(笑)
兎も角、実情を熟知していた筈の湯川秀樹が

>将来日本では原子力発電が使われてゆく事になるであろうと、予言しています。

という発言をしていたなら、彼は本当は賢くはないのか先見の目がないのか、はたまたかなりの御用学者だったのかも知れません。?

目からうろこですね
よね
■似たような話がリサイクルでもありますね。ペットボトルをリサイクルするのにどれだけ石油使うんじゃい!とか、水素自動車の水素を生成するのにどれだけエネルギー使うんじゃい!とか、太陽モジュール製作するのにどれだけー・・・(以下同文)とか。
■私も最近まで発電所で発生するCO2は、その場で回収できるので原子力はクリーンなんだと思っていたクチですが・・・。恥ずかしいです。

あるある、似非環境対策!!
雑草Z
    よね さま

 遡ってのご訪問及びコメント有難う御座います。

 近頃問題になっている似非科学のように、現在とんでもない『ギャグ効果』(ギャグのようにふざけたような逆効果)の似非環境対策が蔓延していて、怒りを感じます。このブログでもこれまで何度も扱っています。
 その最たるものが原発です。・・・研究やエンジニア、現場に携わっているものは、「確信犯」もかなりいるでしょう。
しかし、それを信じて、環境運動している人々を騙している行為は許されません。
 


とても参考になります!
Grace
初めまして。湯川秀樹と原子力発電、で検索してたどり着きました。
私の住む鹿児島県薩摩川内市に原発3号機を増設しようとしていて、市議会に反対陳情を出しているんですが、来週月曜、参考人招致があります。いかに趣旨説明をするか考えているところなんですが、雑草Zさんの書かれた文章が本当に私の言いたい事をうまくまとめられていて感動しました。ぜひ参考にさせていただきたい、と思いコメントしました。
市議の人たち、ほとんど賛成派なのですが、市民の安全、健康よりも、結局頭にあることは「お金(交付金)」のことなんです。恥ずかしいと思わないんでしょうか。原子力特別委員会、なんて言いながら、原子力について自ら勉強なんかしておらず、電力会社と国の言うことを信じているだけです。
安全、といいながら先週の金曜日には定期点検中の1号機でアースとりで火花が出、1人死亡、2人重症の事故を起こしています。そんなことも起こっているのに、「安全」にするよう注意する、などで済まされるのです。だから私は経済的なコストやエネルギーの見地から意見を述べようと思っていたのです。
もともと私は鹿児島出身ではないので、よく分かるのですが、地元民は原発のある暮らしに麻痺しています。
先月1月19日に原発防災訓練がありましたが、原発から約10キロは離れたところまで避難し、そこでヨウ素剤などをもらうそうです。15、6キロ離れた小学校の教頭先生に聞くと、「ここまで放射能が来るまで7~8時間あるから、十分避難する時間があると言うことです。」と言われました。私が「え?ここまでそんなに時間が掛かりますか?昨日の平均風速が4.9m/秒でしたが、」と言って別れたんですが、後で計算すると5.0m/秒として、風は1時間に18キロ進んでいますよね。どこから仕入れた情報か知りませんが、みんなそれで信じてるんですよ。恐らく私だってこんな運動をしていなければ、信じてしまうかも、と思いますけど。。なんとか啓発していきたいところです。そのために、市議会の市議に分かりやすく丁寧にお話してあげないと・・。私も傍聴に行き始めてから知りましたが、皆さん「大丈夫ですか?!」と言いたくなるくらい議論ができないんです。だって勉強していないから。質問といっても、細かい部分の揚げ足取りみたいな質問で、、、。まぁ、高校に行ってない方、高校中退された方がほとんどらしいですから。。それでもきちんと勉強され議論ができるならまだしも、と思うんですけど。。
前回も「もう高度経済成長はしない、と言われましたが、それは本当ですか。」などという議員もいて、『ああ、バブルの夢をまだ見ているんだなぁ。』と思いました。

そうそう、湯川秀樹博士の件ですが、私はポプラ社の伝記(二反長 半 著)を持ってて、その中の年表で1956年原子力委員会初代委員になり、翌年1957年に辞めていることを知りました。彼がアインシュタインたちと核兵器廃絶を訴えたことは知っていましたので、きっと何かの策略で原子力委員会に入れられたのかも、と思い調べたのです。
もしかしたら、もうご存知かも知れませんが、上述の中曽根氏が絡んでいたようです。
まず「経団連の会長石川一郎」に「学会ではノーベル賞の湯川さんが承諾してくれました。」と嘘をついてくどき、次には石川の名を出して「日本学術会議の会長で、後の東大総長になる茅誠司」を通じ湯川氏を原子力委員会メンバーに加えた。湯川がこの要請を断りきれなかったのは、ノーベル賞受賞の翌年(1950年)、読売新聞の協賛で読売・湯川奨学基金をスタートさせていたせいもあった。
湯川氏は後に正力氏に対する不信感を募らせて、原子力委員を辞任しますが、その事情は世間に知られることはなく、湯川秀樹の名と共に「原子力平和利用の幻想」がいまだに「唯一の野党」とも言われる日本共産党にさえこびりついて離れないのです。
************
ということでした。やはり国会内に強力な原発推進議員がいたんですね。きっと湯川さんは自分が初代原子力委員になってしまったことを後悔されていたと思います。アインシュタインがE=mc2を発見したことを後悔したように・・。

是非どんどんお使いください。
雑草Z
    Graceさん

 初めまして、長い、中味の濃いコメント有難う御座います。

 放射能は、人間に制御し切れない危険極まりない代物ですね。放射性廃棄物の処理だけを考えただけでも、原発は絶対に開いてはいけないパンドラの箱だったと思います。
 それに、本文にも書きました通り、実質はエネルギーの浪費であり、有効なエネルギー生産は差し引きマイナスです。やればやるほど、産みだす以上のエネルギーを投入しなければなりません。
 コスト的にも割に合いません。現在の発電の中で単位電力量当たりの値段が一番高いでしょう。・・補助金で誤魔化されているだけで、いずれ膨大な金額を受給者に負担させることになるでしょう。原発は、大犯罪だと思います。


>原子力特別委員会、なんて言いながら、原子力について自ら勉強なんかしておらず、電力会社と国の言うことを信じているだけです。

原子力に関しては、電力会社と国の言う事は詐欺と言うべきレベルです。お話になりません。

>15、6キロ離れた小学校の教頭先生に聞くと、「ここまで放射能が来るまで7~8時間あるから、十分避難する時間があると言うことです。」

とんでもない事を言うものです。状況によって全然違うでしょうに、7~8時間なんて言えるわけないですね。ちょっとした放射能漏れでも、風が小学校に向かっていればGraceさんの試算通り1時間もかからずその小学校に到達するでしょうし、臨界で大爆発でもしたなら、数分で到達でしょう。1分もかからない場合だってあるんじゃないでしょうか。


>「もう高度経済成長はしない、と言われましたが、それは本当ですか。」などという議員もいて


これは、どう言うシチュエーションでの議論でしょうか?・・・「もう高度成長はしないから、エネルギーの需要はそんなに伸びない・・・という意味なら、全く以てその通りですね。仮に需要をどんどん伸ばしたとすると、破局しますね。その手の、いつまでも経済は成長する・・・浪費が増えると思っている人には困ったものです。

 
 どうぞ、記事を反対陳情、、参考人招致でどんどんお使い下さい。もう既に読まれたかも知れませんが、
このサイトの左側にある カテゴリーの 【原子力】のところの記事、他にもお読みくださいませ。これらの記事もお使いになって頂いて結構です。

記事の最後にまとめて載せた参考文献もいいですよ。
ここの参考文献の著者の一人である 槌田敦さんは、かつて原子力の研究をしていて、危険なものである事を痛感し、そこをやめて、反原発の立場で本を書かれています。読みやすい名著です。

 多くの著作物に原発の酷さを書かれていますが、
「原発安楽死のすすめ」  学陽書房
はまるまる一冊反原発の本です。



 「原発推進するほどの愚か者」はなし・・・

 何かありましたらまたご連絡ください。

ありがとうございます!!
Grace
私は二人の小学生の娘がおり、大切に育てているつもりですが、その子供達の将来を考えると腹が立って仕方ありません。。。反対陳情と、住民投票と市内の全小中学校の保護者&高学年には原発について説明を行え、という陳情です。
まだ原稿にはしていないのですが、頑張ります!

槌田敦さんの本、いいのですね。図書館にあるかなぁ。今はけっこう古いけど、「原子力の経済性」という室田武さんの本を読んでいます。あと、「テレビのやらせ、情報操作」渡辺武達さんの本も。色んなことを調べたいけど、なかなか時間が無くて・・

頑張ってください。
雑草Z
    Graceさん

 原発を地域に産業として誘致する自治体は愚の極みですね。自分の住む地域に原発が出来ようものなら、心痛の種です。まして子供を持つ親だったら補助金で幾ら立派な施設を貰えようと反対して然るべきです。

 日本では核兵器に対する反対運動ばかり盛んですが、原発はある意味核兵器よりも始末が悪いと思います。TV番組などでも、核廃絶運動は結構取り上げられますが、反原発運動はあまり取り上げられません。産業界の圧力があるのではないでしょうか?

 原発は、たとえ事故が起きなくても、放射性廃棄物の管理を半永久的に行わなければならず、日本にはそれを受け入れる自治体は今のところ一つもない(・・現れたら、最高に馬鹿な自治体です・・)・・・などと言う事を議員さん達に説明してあげて下さい。
 原発賛成の議員さんの皆さんのご家族には、是非とも大好きな原子力発電所のすぐそば(500m以内)に住んで頂いて下さい。そして後に最終処分場の上に引っ越して頂く事を確約して頂いて下さい。

槌田敦さんの「原発安楽死のすすめ」は、図書館にあるかどうかはわかりませんが、私はネット(アマゾン)で、安く手に入れました。調べてみたら今はもっと安く手に入るようです。
・・・陳情までお時間がないようですので、ここのカテゴリー【原子力】のどれかの(複数でも)記事をそのままコピーされて使って戴いても結構です。
 応援致します・・・ご健闘を祈ります。

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2007-07-19 23:59
今回の中越沖地震では、柏崎刈羽原発の火災の映像がTVで映し出されてかなりひやりといたしました。これから、放射能漏れの規模とか色々大変な状況が見えて来るでしょう・・・・。

 地震は、天災の中でもかなりな大災害をもたらします。しかし、地震の直接の揺れだけで日本が崩壊する可能性は、ほとんどないでしょう。一国崩壊の危険性は、2次災害の原発事故があるときでしょう・・・現在地震で何が一番恐ろしいかといえば、2次災害として原発が壊れることでしょう。

 原発一基でも、大きな事故が起これば、日本でも滅びます。
 ソビエト連邦が崩壊したのも、その前にチェルノブイリの原発事故がありました。 
 原発災害以上に恐い災害などSFでもない限り思い付きません。

 原発が、深夜電力に沢山使われている理由は、夜間に出力を落としたり、停止するのは危険だからです。水力、火力発電は、夜間に出力を簡単に落とせますが、原発は出力変更の時に事故の可能性も高いのです。だから、出力は昼間のまま・・・新幹線のようにP波(地震で先にやってきて初期微動を起こす波)を探知して、すぐ止めるなんて訳にはいきません。急停止しようとしたら、大事故に繋がります。フットワークのものすごく鈍い、この上なく危険な最低な施設です。

 一基で日本をも滅ぼしうるほど恐ろしく、廃棄物の処理も出来ず、実質、間接的に、二酸化炭素も沢山排出し、それ以外でも、火力発電所以上に地球温暖化の原因の可能性も高く、実質エネルギーを産出しないで石油の浪費につながる原発を続ける意味は何もありません。あるとしたら、軍事目的とメーカーに儲けさせることぐらいでしょう。
こんなにむちゃくちゃな設備はすみやかに廃止すべきです。

 日本の総理をはじめ、政治家達は、かなり無知と言わざるを得ません。原発の本質を知っていて、原発の近くに住んでいたら、心配で発狂しそうになるでしょう。

 原発推進派は、原発のすぐ近くに住むべきです。地元の推進派、政治家、核燃料事業団のトップクラス。電力会社の役員・・・・安全性は大丈夫なのでしょうから、是非ともお近くに住んで下さい。

 原発推進派は原発から半径10km以内に住むという法律を作るべきです。      
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【2007/07/19 23:59】 | 原子力 トラックバック(0) |

恐れていたことが・・・
かんちゃん
日本の原発は活断層の近くに建てられたものが幾つかあると聞いています。今回の柏崎、島根、浜岡など。特に浜岡原発は東海地震を引きおこすとされるフィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込むその境界面の上にあります。
http://www.stop-hamaoka.com/index.html参照)
むしろ日本の原発はすべて地震の上に乗っかっているといえるのでは。

相変わらず国や電力会社は被害を過小に且つ小出しに発表しています。地震による事故はありえないという過大な安全性をひたすら吹聴してきてたのが、今回とても怪しくなったからでしょう。本当は重大で深刻なことが隠されているやも知れません。要注意。
ありえないことや想定外のことが起こる。所詮人間が考えたものですから現実には起きうることです。現代社会ではある程度のリスクは引き受けなければならないのでしょうが、こと原発は別です。原発事故は今生きている我々だけでなく未来に生きる人や動植物に大変な被害をもたらします。
決まり文句のごとく繰り返される「人体・環境には影響はありません」に馴らされて、本当に重大な事故が発生してからでは手遅れです。

危険な火遊びともいえる原発は止めなければなりません。

愚かな政府は、大事故が起こるまで原発は廃止しないかも知れませんね。
雑草Z
 常時放射能漏れして、原発の事故隠しが発覚しても、少しの期間停止しただけで再開するような原発行政は、本当に愚かです。

 >地震による事故はありえないという過大な安全性をひたすら吹聴してきてた

政府は、本当に犯罪ですね。年金問題より大問題です。

>本当は重大で深刻なことが隠されているやも知れません。要注意。

 って、その通りですね。
チェルノブイリのような事故が起こってからでは、取り返しがつきません。原発を推進する人間は、モラルがないのか?狂っているのか?無知なのか?・・原発推進より罪な事って思いつかないくらいです。関係者の幹部は、全員極刑レベルでも足りません。

 ご紹介のサイトも、関心深い内容です。
 原発はどこでも最悪ですが、浜岡原発も世紀の愚行ですね。こんな代物が許可されたなんて、行政は完全に狂ってますね。

初めまして。
翠雨
大変興味深い記事ですね。勉強になります。

先日の中越沖地震、悲惨なものでしたね。
それに加えて原発の火災事故、危機感を持ちますね。
あの放射能漏れは本当に人体に影響がないレベルなのか、
少し信じがたいところがあります。


さて、今回気になったことがあったので書き込みます。
まずチェルノブイリの原発事故との関連付けについてですが、
チェルノブイリと現在の原発は構造が基本的に違っています。
現在は軽水炉と言われる原発が設置されていて、
通常安定性はチェルノブイリよりずっと安定しています。
しかし、今回のように災害が起こり、2次災害で原発事故が起こると、
そう安心してもいられなくなりますね。
例えば爆発事故で放射性物質が大気中に撒き散らされれば、
地元の人々だけでなく、広範囲にわたって被害を受けることになります。
特にチェルノブイリのようにメルトダウン(核燃料の温度が耐熱の限界を超えて溶け出す)が起こってしまうともはや手の付けようがなくなってしまうため、
実際安定性を失うと、取り返しのつかない重大な事故になってしまう恐れがあります。
ちなみにチェルノブイリはメルトダウンを起こして、地下水脈で水蒸気爆発を起こしていますし、
その後ヨーロッパ全体に放射性物質が撒き散らされて、ガン発病率が高まるという事態に陥っているようです。
これらのことを考えると、原発において安全性というのは第一項目であると言えますね。


また、エコキュートや最近開発されつつあるプラグインハイブリッドカーなど
深夜電力を使う機械が普及し始めると、深夜電力の消費が上がってしまうと考えられるため、
原発増設の引き起こすのではないかという話もあります。
これを受けると、今後の電力需要事情によって、
原発増設の行方が変わることになるだろうと考えられます。


はじめまして
雑草Z
 色んな情報有難う御座います。HNの読みと由来は?

>チェルノブイリの原発事故との関連付けについて
は、本文にもかいたとおり、大きな事故は一基でも国が滅びるレベルと言う事です。ソビエト連邦の崩壊は、色々な要因があるでしょうが、直接の原因でなくともチェルノブイリの事故で、国力が極端に低下していた事も大きな要因のひとつでしょう。
軽水炉があろうとも、比較の問題で多少安心でも、絶対的には安心とは、考えられません。

>原発において安全性というのは第一項目
は、無理かと考えます。


こんばんは
翠雨
HNの読みは「すいう」です。
由来と言うよりは、国語辞典で見つけて、綺麗だなと思って使っています。

>軽水炉があろうとも、比較の問題で多少安心でも、絶対的には安心とは、考えられません。

核エネルギーという莫大なエネルギーを使っている時点で、
災害時など予防不可能なことに弱いですから、絶対ということはありえないでしょうね。

>>原発において安全性というのは第一項目
>は、無理かと考えます。

これについての記述は、現に運営しているということ前提に、
最も優先すべき事項であるということが言いたかったんです。
また、通常運行での事故や、その情報でさえ公開しないと言う運営体制を受けると、
もっと安全性を公表すべきではと考えます。

なるほど「すいう」は綺麗ですね。
雑草Z
 「荒城の月」の仙台の晩翠とは、何か関係があるのでしょうか?
 
 私は、原発に有用性の意味も少しも見出すことはありません。

 今に大きく後悔するときがくるでしょう。
そのとき、手遅れになっていない事を希望する(祈る?)のみです。

う~ん・・・
翠雨
関係ですか・・・特に考えていません(笑)

有用性は私自身も見出していません。
というよりは、雑草Zさんの話や、
原発と石油のエネルギーを比べた結果について色々調べてみても、
かえって石油消費とウラン消費を同時にしているような気になって、
あんまり有用的でないなというのが今の私の考えです。
しかし、現に原発は動いているので、動いていることを考えて、
その運営に対してもっと安全性を確認すべきだというのが私の意見です。

再度、3つ連続のコメント有難う御座います
雑草Z
 このコメントが最もコンセンサスに持っていけるかも知れませんね。(笑)

>現に原発は動いているので、動いていることを考えて、
その運営に対してもっと安全性を確認すべきだというのが私の意見です。

に対し、稼動により確実に放射性核廃棄物を発生させている原発は、すぐにでも停止すべきだと言うのが私の主張です。
 放射能の悪性は別格です。
差しあたって、これからも何回かその事について書いていきますね。


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2007-07-17 20:58
前回、【アメリカ インディアンの言葉】でもかいたように、自然の摂理に対する的確な感性を持っている民族は、他の生物に対しても、他の民族に対しても共存共栄の思想があり、包容力がある分、好戦的でなく自然の摂理に対する感覚が欠如しているエゴの強い、征服欲の強い民族に滅ぼされて来た歴史があります

 前回は白人が、アメリカ・インディアンを滅ぼした事について書きましたが、日本人もアイヌを滅ぼしたと言われています。
 どこから先住民と呼ぶかは、解釈に議論の余地があるところですが、一般に先住民と呼ばれる人々は、長い歴史を生きて来ただけあって、他からやって来た征服好きな民族に滅ぼされない限り、持続可能な社会を築いて来ました。アメリカ・インディアンもアイヌも戦争したと言うよりも、侵略者に一方的に攻撃されたと言うべきでしょう。それを滅ぼした白人、日本人は戦は強かったかも知れませんが、自然の摂理に対する感性を失い、自然の一部として生きなくても大丈夫と勘違いする人間が沢山現れて、確実に破滅への道を辿っています。

 自然と共生する気持ちの強かった日本人が、アイヌと共生して、その生き方に学ぼうと言う者が少なかった事は、重ね重ね残念です。当時の指導者が悪かったのでしょう。

 アイヌの人々は、地球規模の環境破壊なんて起こる以前の、豊かな生態系が残っていた時代に、しっかり生物どうしのつながりを大切にし、自然の摂理を大切にした生活を実践していたのです。

 アイヌの里二風谷に生きて (アイヌ・・・萱野茂 の言葉)
 を読むと、なんと自然の摂理をしっかり理解して生活していたか、驚きます。食べ物を採取するときも全部は採らず、植物は根から掘り起こさない・・・現代の乱獲と比べると理想的な採取です。
 自然の摂理から学んだ生活の知恵を小さな子供に教えるときは、昔話と称して、代々伝わっている民話を教える・・・現代で言うところの迷信でしょうが、これは経験から得られた素晴らしい感性に裏打ちされた、ある意味、しっかりとした科学です。これを迷信といって切り捨てたなら、現代科学のなんと愚かなことでしょう!現代の似非科学とは比べ物にならない先人の知恵が詰まっています。

 生存競争もある意味自然の摂理でしょう。そして、先住民をあまりに理想化する必要はないかも知れません。
 しかし、平和だとか、協力だとか、共存共栄とか言う言葉を安っぽく使う現代の似非指導者達よりも、今こそ真摯にアイヌの生き方に学ぶべきでしょう。
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【2007/07/17 20:58】 | 思想 トラックバック(0) |

いつも愛読させてもらっています。
debater in the making
今回の記事に対するコメントとしては少々不適切なのですが、最新の記事ということで、このブログに対する意見(感想?)を書かせて頂きます。

今回始めてコメントをさせていただきますが、このブログはいつもとても参考にさせて頂いています。
僕はEnglish debateをやっているのですが、、English debateの議題では
We should abolish nuclear power plant
等といった環境などに関する議題が往々にして出ます。
そして、debateではよく大雑把に言って環境が大事か経済(今の生活など)が大事か・・・という論点になります。
debateの論点としておかしくは無いのですが、このサイトを見ていると、どちらが大事なのかは一目瞭然なのになあ・・・とよく思います。

もし機会あれば、こちらのブログの意見を参考にdebateしてみたいと思います。
「原発を全面廃止し代わりの発電手段は設けない。人間が生活水準を落とせばよい」という風に。
(実際のdebateでは「原発の代わりに〇〇を使ってまかなう」などが多いです。)

ところで、柏崎の原発事故があった今、もっと多くの人が原発という物により大きな不信感を抱いてくれればいいものですね。
そしてそれが別の手段を模索するという愚かな行為の切欠になりませんよう・・・





原発は、世紀の愚行である事を是非ディベートで主張して下さいね。
雑草Z
 はじめまして。いつもご愛読とのこと、有難う御座います。

debater in the making氏が、このコメントを書いているとき、偶然にも次の柏崎の原発の記事をアップしたところでしたね!

>「原発を全面廃止し代わりの発電手段は設けない。人間が生活水準を落とせばよい」という風に

ディベートして頂くのは結構な事ですが、
「生活の水準を下げる」
と言う言い方ではなく、
「無駄なエネルギーの浪費レベルを下げる」
と言う風に言って下さいね。
現在日本、世界中で消費しているエネルギーの半分以上が必要のない浪費レベルのエネルギーです。
エネルギーの浪費が生活水準に比例していると言う考え方は、いかにも「GDPが豊かさの指標」と言うプロパガンダに洗脳されている言い方です。
 因みに、原発のあるところには必ず補助の火力発電所があるので、原発稼動停止してももっと有効にエネルギーは使えます。
 仮に原発が稼働中に事故を起こさないと考えても、

>「原発の代わりに〇〇を使ってまかなう」

と言う代替案は、必要ありません。それは「エネルギー算出比」を検討すればわかります。以前の記事でも触れていますが、次の記事(明日7月21日アップ予定)で書きますので、読んでくださいね。



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2007-07-15 21:04
 前回、自然の摂理の感覚が麻痺した人々が増えていることを指摘いたしました。
 持続可能な社会を考える場合の問題点は、自然の摂理の感覚を持っている人間のほうが、持っていない人間より強いとは限らない事でしょう。いや、往々にして、自然の摂理に対する感覚が欠如している人間の方が、強く、悪賢く、自然の摂理に対する感覚のある人間を滅ぼしてきました。有名な例が、アメリカ・インディアン(NA) を滅ぼした白人達でしょう。


 自然の摂理を感覚でしっかり身につけたアメリカインディアンが、白人に滅ぼされる前に白人に言った言葉は圧巻です。

 シアトル首長のアメリカ大統領への手紙(1854年)
 

 シアトル酋長の言葉(同上)
 父は空、母は大地

父は空、母は大地〈解説)

 こんな100年以上も昔に環境問題の本質をズバリ言い当てているのですから、アメリカ・インディアンのほうが白人より賢いと言えるでしょう。自然の摂理に対する感性の鋭さは素晴らしいものがあります。持続可能な社会の条件も当然の如く知っています。意識的な自然との共生という考え方よりも、もともと人間は自然の一部に過ぎないことを悟っています。自然を畏怖する心があるから、こう言う感覚は文化とともに伝わっていたのでしょう。アメリカ・インディアンは常に七世代先を見ながら行動していたといいます。先進国と言われている国の人々で、さすがに次の世代の事を考えている人はいるでしょうが、二代以上先の事を見据えて行動している人がどれだけいるでしょう?

 賢いけれど、ずる賢くはなかったので、ずる賢く強いキリスト教徒に滅ぼされてしまったのでしょう。
   
 現代の環境問題がなんとかなると言うオプティミズムは効きません。だって、実際白人たちは、卑劣な残酷なやり方で、インディアンを滅ぼしたのですから、自分達が滅ぼされないと言う漠然とした楽観主義は、愚か者のたわごとでしょう。

 大地を害すれば、必ずその者は滅びるだろう。』
という酋長の言葉は、脅しでもなく、迷信でもなく、自然の摂理を感覚で知っている賢者の言葉でしょう。

 経済成長に洗脳された愚かな世界の指導者たちは謙虚に
アメリカ・インディアン(NA)の言葉をしっかり学んで欲しいものです。
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【2007/07/15 21:04】 | 思想 トラックバック(0) |

マヤ文明
天地 はるな
今日、NHKでマヤ文明の特集を見たのですが、彼らは、自然をうまく利用し自然と共存していました。
中には、人口が膨れ上がった国家もあったみたいですが、そんな国家は、消滅していました。
2000年も自然と共存した彼らを絶滅状態にしたのは、ここでもキリスト教徒の国、スペインでした。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070715.html


歴史に学ぶとは
雑草Z
マヤ文明は、やはりアメリカ大陸(中央アメリカ)ですね。先住民はインディオと呼ばれてますね。北米のアメリカインディアン(NA)が滅ぼされた経緯とかなり共通点がありますね。

 私が今年の春にかけて読んだ
『文明崩壊 滅亡と存続の運命を分けるもの』
             ジャレド・ダイアモンド著
にもマヤの崩壊の原因が、
 過剰な人口増加による戦争と旱魃などと著者が分析していましたが、その後のスペインの占領の事はあっさりとしか触れられていません。主題との趣旨が違う事もあるのでしょうが、著者がアメリカ人であることから、白人をあまり悪役にしたくないのかも知れません(苦笑)。

 キリスト教は、宗教の中でもストレートに多産を奨励する宗教で、ヨーロッパでの人口増加を新大陸への移民政策で解決しようとし、また、新大陸を植民地化していきました。そこには先住民に対する配慮がありません。ただの征服の対象で、悪役でさえあります。酷いものです。
 日本の神道のような多神教のほうがずっと寛大ですね。

 歴史を学ぶとは(私は高校時代、世界史は赤点だったような・・・)いつ何があったなどという史実を覚える事ではなく、「歴史に学ぶ」つまり、歴史で起こった事を現代に生かす事でしょう。何故文明が滅びたかしっかり分析し、同じような誤った道を辿らないようにするのが人間の知恵でしょう。
 マヤ文明の崩壊原因は、人口増加による食料不足とキリスト教徒の進出というグローバル化でしょう。
 まさに現代の世界の社会、環境問題を大きく反映している筈です。
 

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2007-07-13 22:44
動物は、みんな本能を持っています。それは時に、彼等が生き延びるために不思議なほど的確な行動をとらせます。
 肉食動物は必要以上に自分達の食料となる他の動物を殺しません。冬眠する前の熊だって、一冬分の食料以上は食い貯め致しません。本能で自分や自分の種の為に生き、それが結果として生態系の循環を作り出します。
 動物の中で本能が最も退化しているのが人間でしょうか?
 自分が一生かかっても使いきれないお金を貯めてもまだ貯めたい人間。 輸入してまで、食べきれないほどの食糧を宴席に出して、箸もつけずに捨てられている食べ物のなんと多い事・・・

 しかし、人間は、本能なのか理性なのかは分かりませんが、昔から自然の摂理に対する感覚は持ち合わせていた筈です。その感覚が壊れている人間が、最近特に増えてきたのではないでしょうか?

 自称先進国と言われている人々の余計なお世話によって、未開の原住民と呼ばれる人々は、最近めっきり減っていますが、未開人と呼ばれる人々の自然の摂理に対する感覚は、先進教育を受けた人々よりずっと的確でした。
 「生態系」なんて言葉は使わないでしょうが、実に生態系の循環に沿った生き方をしていました。
リサイクル率100%、Re-cycle と言うより寧ろ、そんな恣意的な Re- という接頭語抜きの Cycle 100%、 使ったもの、食べたもの、体を通ったもの、全て自然の循環に回す循環率100%の生活をしていたでしょう。
 
 そんな未開と呼ばれる人々でなくとも、江戸時代の日本だって循環率100%であったし、太平洋戦争前の日本人だって、自然に対する感覚を普通に持っていた人の方が多く、循環率も高かったでしょう。
 少なくとも生態系の循環をしない地下資源を、現代のように乱消費していませんでした。 

 それがいつの頃からか、全くと言えるほど自然の摂理に対する感覚のない人が沢山現れました
 例えば、都会で生まれ育った人の中には、都会だけで世の中が成り立つことが出来ると考えている人がいるのではないでしょうか?・・・そこまで愚かでなくとも、都市が成り立つためには、その都市の何倍もの大きさの郊外の田舎;農地、森林、河川や海がなければならないことを分からない人間が多いのではないでしょうか?
 生態系を循環しない地下資源を浪費することを平気でする人間、必要のないものを沢山生産し沢山消費することに不安を感じない人間・・・
 もっと身近かな具体例で言えば、 生ゴミや抜いた雑草をビニールのゴミ袋に入れて、平気でゴミに出す人は、沢山います。そうじゃない人の方が少ないかもしれません。
 若し、あなたも何の抵抗もなく生ゴミや草をビニールの袋に入れてゴミとして出すことに抵抗がなければ、自然の摂理に対する感覚が麻痺しています。・・・
 都市に住んでいる人で、住宅事情によって、やむを得ず生ゴミをゴミ袋に入れて出す人はいるでしょう。・・・しかし、そんなことをしててはいけないと、抵抗感を感じなくなっては危険です。現代は、生まれたときから生ゴミをビニール袋のゴミ袋に入れて捨てたり、地下資源を生ゴミと混ぜて捨てるのに慣れた、自然の摂理に反する行為に抵抗を感じなくなった人が増えています。大変危険な状況です。
・・都会にいる人は生ゴミ処理機を購入しよう!・・という主張ではありません。生ゴミ処理機のように、生ゴミを処理するのさえ、電気などのエネルギーを使うと言う感覚も、自然の摂理に対する感覚の麻痺でしょう。
 世の中で起きている環境破壊は、モラルハザードによるものも沢山ありますが、自然の摂理に対する感覚の欠如した人の所業に因る部分も沢山あるでしょう。だから、世界は破局に向かっているのです。
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【2007/07/13 22:44】 | 未分類 トラックバック(0) |
2007-07-11 23:20
お腹が空いている時に、食べると旨い。特に高級なものでなくても、納豆にみそ汁、白いご飯・・・粗食と云われている物や庶民的なものの方が実は旨い。毎日空腹を満たす程度に美味しいものを食べているだけでも幸せです。
 でも
 『人間は、パンのみに生きているのではなく、人生の目的がある。 
なんて言葉が常識のように現代の文明人と自ら呼いる人々の間に浸透しています。

 なんとか食っていけるだけが目標と言うの文明人はあまりいないでしょう。・・それは人間らしくない・・・などと言うかも知れません。・・・でも、そんな人がいたら逆に非常に達観した人かもしれません。・・・

 人間、必要な衣・食・住 しか望まない事は愚かでしょうか? 確かに他の動物のように食べ物などだけ求めている生き方は人間らしくないかも知れません。
 しかし、自分達を先進国と呼んでいる不遜な人々は、それ以上の事をあまりに求め過ぎます。
 必要な 衣・食・住 以外の+αのためにとんでもない事をしてきました。
 こんな言葉で夢とロマンを求め、人間が住める地球環境を破壊してきたのではないでしょうか?
 この現在の絶滅の危機がある種の『夢の達成』の結果ではないでしょうか。

 「未開の人々を文明化する」と言う名の下に
西洋の人々によって、世界の多くの原住民が西洋化させられ、時には滅ぼされてきました。実は、これは西洋人たちの支配欲だったのではないでしょうか?
 パンを食べる事以外の目標を持った自称文明人の『立派な目標』は、実は非常に世俗的な「夢」、
・・金持ちになる、名声を得る、権力を得る・・・
が多いのではないでしょうか?

 「パンのみに生きているのでない」
と言って、「崇高な目標」を持った自称先進国の文明人は、
 「パンのみに生きている」
と言われている途上国の弱い人々のパンさえ奪って、自分達の「人生の夢」を実現してきた事を直視すべきです。


 「パンのみに生きているのでない」
と言うところの、「崇高な目標」とは、持続可能な社会のために還元されるべきものでしょう。
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【2007/07/11 23:20】 | 未分類 トラックバック(0) |


nao
これですね。http://journeytoforever.org/jp/foodfirst/report/hunger/12myths.html 発展途上国の食料やエネルギーを収奪して我々、先進国民は豊かな生活を約束されています。リサイクルと言うのなら先進国の無駄を発展途上国にリサイクルせねばなりません。そして、それが出来るのは「立法府のみ」という現実があります。

立法府の改質
雑草Z
なかなか興味深いサイトのご紹介有難う御座います。一通り全部目を通させて戴きました。
 自由貿易や巨大開発という資本主義の象徴が、途上国の人口爆発、貧困を引き起こしたのですね。
 先進国のODAによる援助は、先進国の政官癒着の温床で、途上国の生活破壊です。先進国も税金の無駄使いです。

 立法府の人間の質をもっとまともにしなければ話にならないでしょうね。
 先ず、どの国も自給自足出来る国家になるべきです。 

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2007-07-09 21:10
 最近、あまりにもお粗末な年金問題とかが、世間を騒がしています。
 文字どおり「メチャクチャ」な事でしょう。モラルハザードも次々と起こっています。政治家も科学者もTVや新聞、マスコミも、稚拙な似非科学を使ってとんでもない事をプロパガンダいたしております。

 例えばこの年金問題の解決法・・・経済成長も解決法の柱として必ずのようにあげられます。確かに、経済成長させて、年金の金額を経済規模と比べて小さくすれば、インフレ政策のように対処は出来るでしょう。・・・でも、それで済むと考えているのでしょうか?あまりにも付け焼き刃の対症療法で、その後に来るべき大きなつけ、破局を考えていません。地球のキャパシティを超えてしまったことは無視しています。結局途上国など弱いものにつけをまわすのも酷い話ですし、これからはそんな事も無理になりつつあります。

 年金問題から脚光を浴びはじめた少子化問題も、日本の適正人口を議論される前に、食糧自給自足も出来ずに猫もしゃくしも少子化対策・・・補助金がおりて、景気対策になればそれでいいという思考停止状態・・・無茶苦茶な対策です。というより、そもそも少子化対策すること自体が間違っています。

 原爆容認発言に端を発して核拡散防止といいながら、核の平和利用とか、CO2温暖化対策にもなるとか言って、また原発を見直ししたり・・・原発と原爆は紙一重だし、原発ほど最悪なエネルギー政策はありません。(以前何度もかきました・・・)

 CO2と言えば、燃料電池車がクリーンエネルギーでCO2排出ゼロなんてTVのCMも始まりました。燃料の水素をどうやって生成しているのでしょう?太陽エネルギーとかで直接水を分解して水素を低コストで量産出来るのでもなければ、水素を作る段階で天然ガスや石油、バイオエタノールなどを使わなければなりません。そこを解決していないのに、水素のみに言及して、クリーンなエネルギーだとか、・・・・それって、発電所の事はおいておいて、電気エネルギーはクリーンなエネルギーだと言っているのと変わりありません。実際オール電化住宅をクリーンエネルギーとか宣伝していますから、とんでもない話です・・・科学じゃありません

 CO2の濃度増加だけでは、温室効果が少ないからと、コンピュータシミュレーションを使って、色んな因果関係を都合のいいように調整して温暖化の原因をCO2だけのせいにしたり・・・100歩譲ってそれが本当だとしても、海底地層にCO2の貯留だとか、カーボンニュートラルだとか、原発の推進だとか・・・・デタラメ、メチャクチャな方法としか、いいようがありません。CO2の増加以上に恐ろしい方法ではないのでしょうか?これが御用学者の発言で、まかり通っています
 
 大企業が、イメージ戦略などでいらない製品をどんどん作っています。平気で偽科学を使って、環境に優しいとか言う製品を売り込んでいます・・こう言う話を続ければ、キリが御座いません。・・・やはりこれまでのように個別にひとつひとつ書いていかなければならないのでしょうか??併せて偽科学についても次々と書かなければなりません。

 この滅茶苦茶になってしまった消費社会を正す為に、企業ひとつひとつ攻撃していてもキリがないだけでなく、本質の解決になりません。方法としては、社会の仕組みをもっと根本から変えなければなりません経済成長続けなければならない社会なんて理性で考えれば持続する筈が御座いません。ねずみ講と本質は変わらないでしょう。

 人間は動物ですが、理性を持っている、道具をしっかり使いこなす・・・って本当でしょうか?現代科学で途方もなく大きな威力のある道具を持った人間が、ほかの動物は持ち合わせていない限りない欲望を満たす為に、ムチャクチャなことをしています。
 道具を持ち合わせない他の動物や、大した道具を持たない未開の人間が無茶苦茶しても、地球規模での破壊には至りませんが(数が途方もなく多ければ別です)。地下資源を材料やエネルギーに使った大きな威力のある機械を使って無茶苦茶したら、人間の住める環境も破壊してしまいます。文明人の名の下に、自然の摂理に対する感覚を持っていないのか、良心を持っていないのかはかりかねる人間達が、滅茶苦茶して、それを「自由」の名の下にほとんど好き放題して、人類は加速をつけて絶滅に向かっています。

 環境対策が叫ばれる中で、それ以上のムチャクチャな環境破壊がなされています。そもそも現在の環境対策の大半が無茶苦茶です。
 科学とか人権とか随分確立された筈なのに、世界中いたるところで
非常に野蛮な、非科学的な、非人道的な無茶苦茶がなされています。

 テレビや新聞など、マスコミを通して、それら滅茶苦茶を毎日目にしていると、片目を閉じでもしなければ、正常な感覚ではやっていけません。それに慣れて正常な世の中だと感じる自然の摂理の感覚を失った人々が増えているのでしょうか? 
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【2007/07/09 21:10】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

ごぶさたしてます
かんちゃん
雑草さまお久しぶりです。この記事を拝見してあなたのままならない現実の前にした焦燥を感じましたので、コメントしました。
実は私も同じ気持ちを抱いています。地域で小さな変革をといろんなことに手を出していますが、今だ手ごたえをつかむことができません。日々追われる生活のための雑用を言い訳に自分の徹底できない性格、能力のなさと根気のなさを恨む日々です。
でも、前向きに々と言い聞かせてやっていこうと思います。

PS 今年の稲作は失敗気味です。特に無農薬栽培。


折のいいご訪問有難う御座います。
雑草Z
 お久し振りです。今回の内容に最も的確なコメントを戴ける方からのご訪問かも知れません。

 今回の記事は以前よりずーっと感じていた事ですが、直接書こうとしたきっかけは、最近の安倍総理の発言を聞いてのものです。もう少しはまともかとも思いましたが、こんな洞察力のないお馬鹿な人間が日本の指導者と言うのは、酷いものです。こういう愚かな指導者は日本だけではありません。こういう自然の摂理に対する感性のない、財界人のような指導者が世界を牛耳っているうちに地球は人間が住めない環境になっていくのでしょう。本文に書いた
>自然の摂理に対する感覚を持っていないのか、良心を持っていないのかはかりかねる人間達
が世界の指導者の大半と言うのも酷い話です。 
 
 日々の雑事と言うのもしょうもないですよね。世の中豊かになったと言いながら、仕事や雑事に追われ、世の中の事を考えて行動したり、選挙以外で政治活動に参加する機会がなかなかとれません。
 
 地域からの変革も大切です。かんちゃんさま、応援致します。かんちゃん様のコメントを受けて、私も久々に、大規模林道問題ネットワークに参加しようと決めました。


PS
 かんちゃん様は、色々作物を作られている事は、以前コメント下さいましたが、稲作までされているのですね!!素晴らしいです。どちらで作物を作っていらっしゃるのですか?

 稲作、特に無農薬栽培の失敗気味と言うのが、非常に気にかかりますね。原因はどのようにお考えですか?この後の経過も気にかかります。
  



グータラ百姓です
かんちゃん
広島県の北部あたりに生息(?)しています。ご先祖様からの農地で長男だからという理不尽且つ消極的な理由で農業もしています。も、というのはとてもそれだけでは生活できないので、普段は営業の仕事をしています。畑作はほとんど七十を過ぎた母親にまかせっきりで、1hばかりの稲作が私の担当です。どうせ作るのならとここ10年ほどは減農薬や無農薬栽培に取り組んでいます。
無農薬でといっても元来横着者のですから農業雑誌などから仕入れた情報を頼りに自分の都合(体力、気力)まかせです。苦労は除草とイネミズゾウムシ対策につきます。除草は米糠を撒いたり除草機を押し、イネミズゾウムシには廃食用油を流し込んでいますが、今年は油の量が多かったのか稲の株が増えないのです。ひどいところは植えたままの状態で背ばかりが伸びている有様です。今年の出来は半分作だと覚悟しています。

PS 雑草様は岩手の方と思われますが、実は今年の1月に木質バイオマスの調査で行きました。3泊4日で盛岡、釜石、住田、葛巻などをまわりました。
PS

小農がゆったり暮らしていける社会が理想です
雑草Z
 環境問題と社会を考えてきて私の出した結論のひとつです。それ以外にはっきり出した結論は、タイトルのような、無茶苦茶の滅茶苦茶な世の中って事くらいでしょうか?(笑)
 人類が狩猟、採取生活をしていた頃は、平均して、1日2,3時間くらいしか働かなくてよかったと言われています。家族と過ごせた時間も現代とは比べ物にならないほど多かったでしょう。(ほとんどの時間でしょう)食物を得る狩猟や採取のとき以外は働かないグータラは、平和で環境破壊もしなくていいことだと思います。(かんちゃん氏は、実際は自分のお仕事以外にNGOの活動もされているから、実際はお忙しく、理想のグータラは出来ないでしょう!?・・)

 現代のように、起きている時間の半分以上働いて、使い切れない物を手に入れ、レジャーの為や子供を預かってくれる場所に払う為のお金を手に入れ、挙句に人間が生活しやすい環境を破壊している社会を狂っていると感じない人間は、経済ファシズムに心酔し、洗脳されていると思います。

 グータラがゆったり生きられる社会がいいですね。

 岩手県は私が少年の小・中・高時代を過ごした場所です。
生まれたときと、現在住んでいるのは、福島県の会津地方です。

 これからも宜しくお願いいたします。

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2007-07-07 18:00
このあいだアメシロの駆除方法などについて述べさせて頂きました。
【アメシロの駆除方法】はじめの部分だけ繰り返させて戴きます。

 アメシロ駆除の消毒は酷いものです・・・散布した霧状の農薬が、木の葉から雫になって滴り落ちるまで散布致します。せみが狂ったように泣き叫び、木から飛び出して逃げていきますが、途中でポタリと地面に落ちて、また飛び立とうとしますが遂には力尽きます。どこかに潜んでいた蝶もひらひらと落ちてきます。アメシロ消毒のうるさい散布機の音が去ったあとは、虫たちの死の世界が訪れ、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」の世界の一節を連想致します。

 × × × × × × × × × × × × × ×

 その後、先日書かせて戴いたように、勿論、殺虫剤の散布はせずに、ときどきアメシロのついた1枚の葉や葉が何枚かついた枝をとって土に埋めています。先週は、忙しさと雨で木を見なかったので、アメシロにやられた葉がちょっと増えていたので、今日は、300~500匹くらい葉や枝ごと取って土に埋めました。多いようですが、卵からかえって、まだ産みつけられた葉から分散する前の段階なら、その葉1枚で100匹くらい一網打尽です。
 しかし、大きくなって枝中に分散して広がったアメシロを駆除するのはちょっと大変です。
 幼虫が吐いた糸だらけになって繊維だけ残って透け透けになった葉だらけの枝には既にアメシロはもぬけの空の場合も結構あります。 
 やはり、マメに観察して、1枚の葉だけが糸で巻かれた状態になった時が、産みつけられた卵からかえったばかりで、一網打尽にしやすいでしょう。

 
今回再びアメシロの話題を出したのは、コメントは頂きませんでしたが、前回の記事を読んだ家族や知っている方が、
「アメシロって、本当に土に埋めただけで大丈夫?焼かなくていいの?」
って、まじめに聞いてきたからです。アメシロに木をやられた経験のある人は、アメシロの猛威を恐れているのです・・・大砲のような大げさな機械を持ってきて、薬剤散布することも一因かも知れません。近くにいたセミやトンボやチョウも一緒にやられる程すごい薬剤を散布しないと退治出来ないと考えてしまうのでしょうか?
「埋めても、土の中から這い出して来て、また木に登るのではないの?」
って本気で聞いてくるのです。
 アメリカシロヒトリ蛾の幼虫は毛虫です。クワガタの幼虫の芋虫やミミズでもあるまいし、土に埋めた毛虫が土から這い出る可能性はまずないでしょう。まして、土に埋めた後足で踏み固めれば、クワガタの幼虫だって、潰れてしまうでしょう。(ミミズは大丈夫か??)どうして焼く必要があるでしょう??まして、殺虫剤なんてとんでも御座いません。


 確かにアメシロにやられて葉がなくなったり、枝中クモの巣の糸だらけのようになった木は、悲惨に見えます。でも、その木を食い荒らしたアメシロの幼虫も、はじめは1枚の葉に一緒に産みつけられた卵から孵ってある程度成長してから分散したのです。卵が産みつけられた葉が1枚だけでなくとも、数枚から、せいぜい数十枚の葉でしょう。
 その、卵を一緒に産みつけられた数枚の葉を取って、土に埋めれば御仕舞の獅子舞です。卵が見つけにくくても、幼虫が孵って繭の糸見たいなものを吐いた後は、簡単に見つけられます。まだ産みつけられた葉にまとまっているアメシロを、葉ごと摘んで土に埋めるのは非常に簡単な作業です。
その方法は、「けむしの会」のHPにも書いてあります。(ゴミ袋に入れて捨てるのはよくありませんが・・)

 農薬、殺虫剤の使用は、生態系に非常に悪影響であることは、よく言われていることです。私も同じ意見で、何度か述べています。生態系の為にも殺虫剤の使用は、特別な場合を除いて禁止にすべきです。

 それとは別に、意外と簡単なアメシロの手作業の駆除をしていて、大げさな殺虫剤の散布と比べて感じた事ですが、殺虫剤での害虫の駆除って、能率がいいようで、実は恐ろしく能率の悪いことではないでしょうか?
 大砲のような殺虫剤散布機械は、面倒で、簡単にいつでも出せませんから、ある程度大量発生しはじめた時に散布いたします。これって実は、アメシロがある程度大きくなって、1枚の葉から周りの葉に分散してから散布する事になるのです。分散してしまったから、丸ごと木1本全体に散布するのです。でも実際は、散布機でも高いところには届きません。ジェット噴射で届かせるなんて、高い位置で拡散するからとんでもない事です。・・・枝を切って埋めるのなら高枝バサミで簡単に切れます。・・・大砲のような散布機で殺虫剤を撒かなければならないと言う発想は、農薬会社の戦略、洗脳でしょう。

  

 殺虫剤の大規模散布は、生態系の破壊というそれだけの理由でも十分禁止するに値します。
 しかしそれだけではなく、実は殺虫剤の散布は、能率も悪く、効果も薄い対症療法ではないでしょうか?
 だいぶ以前から殺虫剤散布により、殺虫剤に強い遺伝子を持った害虫が現れて問題になっていますが、これさえ実は農薬会社では、喜んでいるのかも知れません。害虫は滅びず、毎年ニーズを作り出し、次々に強い殺虫剤を開発していけばいいわけですから・・。
 殺虫剤を作っている農薬、製薬会社は実はアメシロの恐ろしさを大げさにプロパガンダして危機意識を煽り、毎年毎年対症療法的に対処しているのではないでしょうか?。
 ・・・それに比べ、葉に産みつけられた卵から孵ったばかりの頃の葉を手で取って土に埋めるのも、対症療法かも知れませんが、たったこれだけで効果も高く、アメシロのみ選別して駆除出来るし、土に埋めれば生態系の循環も完璧でしょう。

 アメシロの駆除の消毒を何十年も続けた割に、アメシロはあまり減っていませんが、セミやトンボやチョウは目に見えて減っています。こんな愚かなことを続けてはなりません。 

 生物学者や農学者、農協の職員、研究員は、殺虫剤の散布など止めて、生態系に沿った害虫の駆除法を考えるべきです。卵を何処に産みつけるか?広がる前に駆除するのはどの段階が効果的か?人間が手で駆除するか、天敵を利用するか? ・・・きっとそういう研究もなされているのでしょうが、農薬会社の力が強く農薬依存にさせられているかも知れません。何せ、農薬会社はもともと軍需産業、化学兵器を製造していたわけですから・・・情けなく、愚かなことです。

 ちなみに、害虫、益虫って、人間のご都合で、人間に有害か役に立つかで決めていますが、木や農作物を食い荒らす毛虫も、結構生態系の循環に役に立っています。例えば鳥の餌になり、鳥が山の木の巣のヒナのもとに運びます。そこで糞などが、山の微生物や植物の栄養になるのです。下に下る栄養を高いところに戻す働きもあり、この働きもかなり重要です。(槌田敦氏の文献に載っていますので、中途半端になっている 槌田敦論-考 でいつか書かせて戴きます。)

 単純な発想ですが、アメシロに限らず、毛虫はたいていクモの糸のような糸を吐きますが、蚕の繭のように繊維に利用出来るのではないでしょうか?

 21世紀にもなって、科学の時代だとか言って、毛虫を駆除するのに、他の虫まで巻き添えにする、無差別殺虫の生態系まで破壊する殺虫剤を使うなんて、あまりに野蛮で非科学的で愚かな行為です。
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【2007/07/07 18:00】 | 生態系 トラックバック(0) |

「あまりの内容の正確さに驚いてます。」
nao
はじめまして。アンソニーズカフェのnaoと申します。よろしくお願いいたします。それにしても、こちらのサイトは他の環境ブログと違い、物凄く的確な内容ですね。僕もhttp://anthony3b.blog108.fc2.com/?mode=m&no=176こんなのやhttp://anthony3b.blog108.fc2.com/?mode=m&no=40&photo=trueこんなのを書いてます(笑)。こちらの記事はまだ全部は読んでないのですが、時間の許す限り早急に読破をしたいと思います(笑)。それでは長文、失礼しました。取り急ぎご挨拶まで。

自然の摂理に対する感覚を大切にかいています
雑草Z
 はじめまして、ご訪問&コメント有難う御座います。
 自分の主張中心に感覚でかいている部分もありますので、正確さが犠牲になる部分もありますが、環境問題は、科学の一面も大きいので、なるべく正確さには気をつけています。
 nao氏の貼り付けてくれた2つの記事も興味深く読ませて戴きました。ただ、氷の記述に関しては、ちょっと違う部分もありますので、時間を見つけてコメントしておきますね。 

北極の氷について
雑草Z
 先ず、
>「氷は、空気を含んでいるから体積が大きい」
と言う部分
 確かにそういう事もあるでしょうが、水の分子の構造上の特徴から、固体になったほうが、隙間が大きくなるのです。(その隙間に空気が入ると言う意味ではありません)つまり、水は元々特徴として固体のほうが体積が増え、密度が低いのです。

次に
 「北極の氷が融けると海面が上がるか、下がるか」
と言う事ですが、北極の氷は水に浮いているので、naoさんもかかれている、アルキメデスの原理により、融けた氷はその氷の水面下の部分と同じ体積になるので、海水面は、基本的に上昇も下降も致しません。
 ただ、氷はあまり食塩を含まないので、融ける事によってその海域の食塩濃度は低くなって、密度は減ります。それから温度上昇によってほんの一寸海面が上がる程度です。(4℃が、密度最高で、それより温度上昇した場合)
 海面が上昇するのは、南極とか、グリーンランドとか、大陸の氷が海に落ちるときです。落ちた段階で、氷が融けようが融けまいが、海面は上昇します。まあ、大した量ではなく、それよりは、巨大な氷が落ちたときの津波が危険でしょう。
南極とかグリーンランドでは、周辺でしょっちゅう氷の崩落は起こっています。そうでなければ降水により氷が増える一方です。

 結論としては、nao氏の言うように、氷が融ける事による海面上昇の危険性は杞憂に終わる可能性が高いですね。
 
 

薬剤散布の日は憂鬱です。
おかっぱ頭
アメシロの消毒って虫達にとっては死の雨ですね。
私の住んでいる町内でも年に2回、早朝からモーターの音が鳴り響き作業が行われます。散布の必要の無い、何とも無い木にさえも薬剤がかかって、駆除作業とは到底思えないところがあります。
家の近辺は狭い住宅地ですので、一軒だけ断っても両脇の家が希望すれば、結局は散布したのと大して変わらない状態です。
家の庭の木はアメシロの口に合わないのか、幸いにも被害に遭った事は無いのですが、事実、薬剤が飛んで来ます。僅かばかりの家庭菜園にも袋を被せたりと憂鬱な日です。
実家には昔梅の木が植えてあって、それには頻繁に発生して、父がその部分を切り落としては長靴で踏み潰していたのを思い出します。雑草様がされている様に踏み潰さずに土に埋めてくれていたら、私も少しは手伝いが出来たのではないかと今思います。
土に帰すという自然の摂理に沿った方法ですね。

アメシロと薬剤散布どっちが恐ろしいでしょう?
雑草Z
 アメシロよりその駆除の薬剤散布のほうがよっぽど恐ろしいですよね?!。アメシロの怖さって、きっと作られたイメージでしょう。
 本文に書いたように、成長して沢山の葉に拡散する前に手で取ればOKでしょう。
 アメシロの消毒を拒否して、周りの家にかける迷惑より、消毒の薬剤散布をして、近所の家に薬剤を飛ばすほうが悪いですよね!

 お父さまが、長靴でアメシロを踏み潰していたとの事ですが、それもいい方法だと思いますよ。家でもそんな事もしてました。その後で土に埋めてもいいし・・・
 その他、自然の循環に回すと言うのなら、やってくる鳥やそのヒナの餌や、川や池の魚の餌にするのもいい方法だと思います。

 小さな庭程度のアメシロの駆除に薬剤を散布するのは愚かなことだし、本文の方法で、タイミングよく3,4日に1回の駆除を数回やれば、それでお仕舞いの獅子舞です。
 逆に、葉についたアメシロを観察してると、かわいいもんで、殺すのがちょっと忍びないくらいです。
 アメシロの成虫は小さな蛾ですし、幼虫はただの毛虫ですし・・。

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2007-07-05 23:05
昔、川で泳ぐのが危険だなんて、何故騒ぎ立てたのだろう。水泳のレースなら、プールの方がいいに違いないが、泳いで遊ぶなら、プールより海が面白い。そして、海より川の方が断然面白い。
 学校にプールが完備されはじめたのは、いつ頃だろう?若しかしたら、これもゼネコンなどのプロパガンダだったかも知れない。そりゃあ、プールで泳ぐよりは、川で泳ぐ方が危険だろうけれど、川で泳ぐ事を学校教育でなされていたら、川も今ほど汚染されず、魚も沢山いて、今でもいたるところで泳げるくらいにきれいでメダカもそこここで見られたかも知れない。 
     
 私が岩手県に転校した時、小学校にプールはなく、小学校で川に連れて行かれて泳いだのを覚えている。子供心にもプールでなく川で泳ぐのは、凄いことだと思った。まだ、しっかり泳げる前だったから、流れがあって泳ぎにくい感じはしたけれど、頗る面白かった。
 小学校高学年になって、プールを作ろうと運動がおこって、寄付金まで集めてプールが出来上がった。普通の都会の学校と同じくなって、それはそれで面白かった。川で泳いだことはそれほど恋しいとは思わなかった。・・・その頃は、プールに水カマキリがよく入ってきたのがやけに印象深い。・・・急な流れや深いところがあって危険な事と、農薬などで汚染されていることで、川で泳ぐのは、都会並に禁止された。・・・・そういう流れに乗らない郡上八幡とかは、 素晴らしい!・


 私も、川で泳がなくなった。・・・流れは魅力だったが、農薬や化学薬品で汚染された川では泳ぎたくないと思った・・・。

 私が育った岩手県一関市の萩荘(はぎしょう)地区には、北上川の支流の磐井川が流れていた。小さい頃は福島県の砂や砂利の下流のような川を見て育った私にとって、岩場が多く、野趣溢れる磐井川は素晴らしいところであった。父も磐井川が好きで、よく父と自転車で出かけた。その他友達と行ったり、一人で行ったりしていた。化石が取れる場所があり、化石取りにはかなり嵌った・・・磐井川のこの化石がとれた場所を釜ヶ渕と云う。
 釜ヶ渕には遊泳禁止の看板が立ててあった。
丁度一番危なそうな場所だ。岩場が、川の下流に向かって何メートルも長く張り出していて、その下流側が恐ろしく深い。一見底なしのような深さだ。それだけではない。その川に張り出した岩場の下に穴が入り込んでいる。・・・かつて溺れ死んだ少年が、その岩場の下から出てきたなんて話も残っていた・・・。


 非常に深い渕である。近くの高専(工業高等専門学校)から、実験などの汚い廃液が流れ込んでいた。農薬だって無節操に使われていた時代だと思う。
 高校生以上になって、釜ヶ渕で泳ぎたいと思った。禁止されていたから逆らってみたいのではなく、本当に魅力的な冒険であった。恐ろしいと同時に非常に面白そうな場所であった。はじめは一人で、後に高校時代の友達二人を加えて3人で泳いだ。はじめは、突き出た岩場と下流の岸の間を横断した。だんだん慣れて来たら、底まで潜る為に漬け物石くらいの石を持って、突き出た岩場から深い渕に飛び込んだ。耳がキーンと鳴った。漬け物石から手を離すと水面に飛び出た。スリルと恐怖が同居して面白かった。意外と浅く、すぐ底まで着けた。・・・深さは3~5mくらいか?突き出た岩場の下の穴にも入ってみたが、流石にちょっと入っただけで引き返した。


×××××××××××××××××××××××××××××× 
 ある日、数人の小学生も浅瀬で水遊びや魚救いをやっていた。渕の深みで泳いでいたのは我々3人だけだったと思う。小学生が急に騒ぎはじめた。足の立たない深みで水から頭を出してみると、川岸の薮の中から、緑の小人みたいなものが飛び出して来て、我々が泳いでいる渕に飛び込んだ。何だぁ~あって、あっけにとられていると、飛び込んだ緑の生物が私からほんの数メートルの所から頭を水の上に出した。赤ちゃんぐらいの顔の大きさで、逆三角形の形で顔中緑色。私と目が合うと、おじぎのように頭をこっちに向けて垂れた。・・・こちらに向けた頭の上は、ゼリーのような質感であった。・・・これが、河童の皿だろうか?
 「河童だ!河童だ!」水辺の小学生たちが騒ぎはじめた。・・・その生物・・河童?は水に深く潜り込むと、突き出た岩場の下に入り込んだ穴の下に消えて行った。我々3人は、恐ろしくなり急いで水からあがった。それから小学生たちと岸の上からその「河童」を探したが、二度と姿を現さなかった。・・・  
 水の上で小学生の最年長らしき子供は、
「ここで溺れ死んだ人は、みんな河童に足を引きずり込まれて、尻子玉(しりこだま)を抜かれて死んだ」
とか、「岩場の下の穴はずっと続いていて、薮の中に出口がある」
とか、おじいちゃんから聞いた話とか言って、盛んにしゃべっていた・・・・。日が暮れたので、興奮冷めや
らぬまま、おのおの土産話を持って、帰路についた・・・・
××××××××××××××××××××××××××××××


 この話をすると、何故かみんな疑いもなく信じた。特に釜ヶ渕の神秘的な景色を知っている者は、
 「あそこならさもありなん」
て思ったからではないであろうか?
 私は、かなり遊び心はあって、イタズラ好きだが、虚言僻はない。
でも当時この話を聞かせた奴はみんな信じたので、いい気になって、いくつかの場面で何人かの人間にこの話をした。
 去年、家族と丁度近くを通りかかったとき、懐かしくなって、家族にもその風景を見せたいと釜が渕に行ってみた。釜ヶ渕のある河原に下りようと思ったら、降り口が閉鎖されていた。別な降り口もなくなっていた。降り口を探したが見つからず、釜ヶ渕にたどり着けないどころか、上から見ることさえ出来なかった。
 日暮れで時間もなかったので、仕方なく帰った。
色々開発が進んで、地理が変わっていた。不法投棄でもされていたら残念だ。
 どうなったか是非とも近いうちに確かめたい。
こう云う魑魅魍魎とした話って、信じないけど面白い!

 ちなみに、このカッパの話を聞いて、初めて嘘だと発言した者は・・・話を聞いている途中に彼は突然思いあたる事があって、私に次のように言い放った。

 「その時一緒に泳いでいた高校の友達って俺達の事か・・あんときのことだべ?・・じゃあ、作り話か!?(笑)しょうもねえ!!!」
 
 
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【2007/07/05 23:05】 | 思い出 トラックバック(0) |

雑草Zさん、こんばんは。
TF(霧島)
いつもどうもです。

カテゴリー「思いで」の中にありましたよ。(笑)

そうですか、萩荘は、宮城県に近いほうなんですね。。。
変わっていたのは、厳美渓の手前あたりですね。
バイパスみたいな立派の道路ができていて、
鉄筋コンクリート造りの大きな旅館、かんぽの宿
なんかができていましたね。

こちらこそ、宜しくお願いします。それでは。



萩荘
雑草Z
    TF(霧島)さん

 
 コメント有難う御座います。カテゴリー「思いで」の古い記事まで読んで戴いて恐縮です。

「萩荘」と言う言葉に吃驚!反応してしまいました。郷愁を感じる地名です。

萩荘は、一関市の南西部です。丁度厳美地区と東西に続く境界線を接しその南部に在ります。
 私が住んでいた頃は、県道だった457号線が通り、一関市内から出て宮城県の岩ヶ崎へ抜けます。分岐して栗駒ダムの方へ行く道です。
 市内から厳美渓への手前だったら、赤萩(あこうぎ)地区ではないでしょうか?

町も発展しないで昔のままであって欲しいものです。
 ・・・なんかローカルな懐かしい響きのお話です。

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2007-07-03 22:32
 河畔林とは、読んで字の如く、河川の周辺、河畔にある林です。上流の狭い谷底や斜面にあるものを渓畔林、下流の氾濫原にあるものを河畔林と区別するようですが、ここではそれらを合わせて、河川の周辺の森林を「河畔林」と呼びます。

 ずっと昔は、河川は、護岸工事や河川改修工事などは行われていなかったから、森林に流れる川の流域は絶壁でもない限り全て河畔林だったでしょう。(絶壁にさえも逞しい木が生えています。)
 日本でいえば、江戸時代以前からも護岸工事などは行われていましたが、コンクリートで固めたわけではないでしょうし、昔は本当に必要と思われる地域で工事が行われたでしょう。
 それに比べて、最近の護岸工事、河川改修工事はどうでしょう?実質は、増え過ぎて太り過ぎたゼネコンを支える為だけとしか思えない護岸工事、河川改修工事の方がほとんどだと思われます。いまだに護岸工事がされていなくて、河畔林が茂って生態系の豊かな部分がターゲットにされています。
 昔は、本当に必要だった護岸工事も、最近は、護岸工事されていない河川の地域を探してきて、ゼネコンの為に順々に護岸工事しているとしか思えない部分が沢山あります。
 
 最近は、全く堤防のない、河畔林が堤防で分断されることなくそのまま森に続いているような美しい風景の場所は、激減しています。道路工事と護岸工事、河川改修工事がセットにされて、どんどん工事されています。

 河畔林や葦は、水面を覆って日陰をつくり、魚の隠れる場所をつくります。葉や葉についている虫などが水面に落ちて、水中生物のえさとなり、水草の養分となります。洪水の時危険だと言われる倒木も、川の中の生物の生息環境を豊かにします。木は逆に洪水時の土砂の流出を防ぎます。
 
 最近は、護岸工事や河川改修工事に慎重になってきたと言われますが、それは注目されている一部の場所の話で、今でも地方の至る所で、工事のメリット、デメリットを十分比較検討せずに、無節操にどんどん河川改修工事が為されています。
 河畔林の生態系での役割は、まだはっきりわからないと言っても、陸の生物も川の生物も他の場所より多く、生態系が豊かである事は明らかです。生態系の物質循環にも大きく貢献していることは最近明らかにされつつあります。それも、その河畔林の周辺だけではなく、ずっと下流の河口、さらには海、逆に上流の山の生態系にまで影響していることが、最近の研究でわかってきています。

 河川改修工事などで河畔林が失われると、そこで生活している沢山の生物に直接大打撃になる事は明らかですが、そればかりではなく、その川の全ての流域や、もっと広範囲の海や山の生態系、物質循環にも打撃を与えるでしょう。
 そのくらいの事は、環境アセスなどしなくても明らかでしょう。しかし逆に環境アセスしても、確実な証拠は示せないのが現状です。
 生態系への配慮もなくどんどん河川改修工事をするゼネコン、させる自治体(最近は形式的な配慮はするようです。)・・・彼等はとんでもなく無知なのでしょうか?それとも愚かなほどに強欲なのでしょうか?・・・生活の為と割り切っているからなのでしょうか? 
 
 護岸工事されて、周りは堤防があって、並木が整然と植えられている川は、いかにも人工的で、箱庭のイメージです。 
 それよりも、護岸工事などされてなくて、中州もそのままで、川の水の中から続いて草木が生い茂り、周囲はワイルドな雑木林の河畔林があることが生態系にとって大切な事でしょう。素晴らしい事です。

 現在残された河畔林を潰す大義なんてほとんどない筈です。
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【2007/07/03 22:32】 | 生態系 トラックバック(0) |
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