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2007-04-30 21:19
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会津坂下町図書館付近の側溝にて
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【2007/04/30 21:19】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

いわゆる『ドブ』にこんなきれいな植物が・・・
雑草Z
 上の白い写真の花の名前を知っている方は、教えて下さい。春の七草だとか・・・? カスミソウのようにきれいですね。
 

 下の写真は、タンポポの黄色が目立ってきれいですが、タンポポの手前に土筆があるのが見えますか?
 この写真を、
「春に土筆を見たいが為に敢えてスギナを庭に植えている」
というコメントを、【スギナ退治】4/18 に下さった
天地はるなさんへ
  

感激!!
天地 はるな
ヽ(゜∀゜)ノツクシだ~♪
感謝、感謝。ありがとうございます。
メチャ、嬉しい。

春の七草なら
スモールイズビューティフル
雑草様
お久しぶりです。
この季節は、道端のいろんな草にも
かわいらしい花が咲いて
本当にきれいですね。

写真の画像サイズがあまり大きくないので、
細かいところは見えないですが、
春の七草と言うことであれば、
この花はナズナじゃないでしょうか?

ナズナは別名ペンペン草ともいいます。
種が三味線のバチの形をしているからだそうです。
草の上に花が、その下に種が並んでできていたら
多分そうですよ。

グーグルのイメージで検索してみると分かるかもしれませんよ。




ナズナでしたが残念な事に・・・
雑草Z
春の七草と教えてくれたのは、真ん中の写真の排水口のある家です。その家にナズナであるかどうか聞きに行ったら、やはりナズナでした。
・・・でも残念な事に、町内会の指導で、排水溝掃除をして、もう土ごとさらってしまっていました。
・・・側溝をコンクリートのU字溝で固める事も酷い事ですが、そこに生えた植物を撤去しなくてはならないのも残念な話です。今度、U字溝の愚かさと、どぶの理想像についてかきたいと思います。

 土筆のほうは、土筆が枯れるまでそのままだったみたいです。

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2007-04-30 00:19
 通常、開拓者精神[Frontier Spirit]
は、新しいことに挑もうとする勇ましい心を指し、ポジティブな意味で使われる言葉でしょう。
 特に米国の西部辺境における開拓者たちの精神を指し、剛健・忍耐・創意などを特色としました。
 しかし、アメリカにおける開拓者精神は、実際にはインディアン(ネイティブ・アメリカン)迫害の歴史でもあり、白人の自己実現の為に他の民族を犠牲にしてきた歴史でもありました。
 つまり、開拓者精神[Frontier Spirit]
は、ポジティブな意味と同時に、闘争性・現実性・利己性などを特色とするエゴイスティックなネガティブな面もあるのです。

 これまで、欧米的な開拓者精神により、多くの自然環境が破壊されて来ました。そして、アメリカ・インディアンや東洋的な、自然と共生すると云う思想も破壊されてきました

 欧米の白人の、「自然は人間が征服すべき対象」と云う思想がフロンティア・スピリットには流れているのではないでしょうか?そして、自然の摂理を考えずに、無闇に開拓して大きな環境破壊を引き起こしていったのです。産業革命もある意味開拓者精神によるものでしょう。

 時代的に自然の摂理を理解出来なかったのでしょうか?いや、アメリカインデアンは、昔から驚くほど自然の摂理を熟知していました。江戸時代の日本人も同じです。

 黄色人種はそう云う面で直感が効いたのかも知れませんが、白人だってそう云う感覚は持っていたのではないでしょうか?野心のために、そう云う心を見失った一部の者や、自然破壊に目をつぶる人々が、「開拓者精神」の名の下に、貴重な自然環境を破壊していったのではないでしょうか?
 
現在の不景気こそ、開拓者精神が必要だと言われます。しかし、それには敢えて反対致します。現在の不景気は、経済成長の行きずまりによるものです。持続不可能な事をしようとする矛盾から起こったものです。開拓者精神など以っての他です。さらに環境問題を深刻に致します。現代的な開拓者精神も数々の環境問題を引き起こして来ました。原子力などその最たるものでしょう。

 経済を優先にして自然を切り開いて、自然環境を破壊して行く開拓者精神はもうやめるべきです。
 独善的、偽善的な「開拓者精神」は地球環境を人間が住めないほどに破壊する危ない思想ではないでしょうか?

 でも、そうは云っても、これから、環境問題対策に於いて新しい局面を切り開くこともある意味開拓者精神かも知れませんが・・・
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【2007/04/30 00:19】 | 社会・経済 トラックバック(1) |


のり
雑草Zさん、こんにちは(^_^)
「自然の摂理から環境を考える」のメンバーの1人、のりです。はじめましてm(__)m

>経済を優先にして自然を切り開いて、自然環境を破壊して行く開拓者精神はもうやめるべきです。
今起きてる環境問題の根本に「経済優先」があると私も思います。そこを切開せず、目先、目先の対応が多いことに驚きます。

「砂漠化問題」についての記事アップしたので、また読みに来て下さい☆(TBも貼らせてもらいました)

「経済優先」は、現代のファシズム
雑草Z
 はじめまして、
「砂漠化問題」についての記事、興味深く読ませて戴きました。「砂漠緑化のプロジェクト」のレベルの低さに呆れます。砂漠緑化対策が経済対策の一環に成り下がっていますね。それが上手く行くならいいのですが・・・ 目先の利益優先で本質的な解決になっていません。のりさんのご指摘はごもっともです。本質を突いていると思います。

 本質的に考え方の同じ方からのコメント嬉しく思います。

 環境破壊や社会問題に対する国や企業の論理「経済優先」は、本当に無茶苦茶な論理ですね。流石に今の時代は、「経済優先」と言う直接的な言葉は使わなくなってきましたが、色々な隠れ蓑を着ながら、論点の本質は変わっていませんね。
 
 経済の事を考えるのも当然ですが、優先順位は、「人間の生存できる環境」でしょう。それが主客転倒している現代社会の「経済成長」原理は、人類の破滅に向かっている大変危険な考え方でしょう。
 経済成長理論は、無限に成長できると言う出発点から間違っているのに、それを大きな目標にしている国家は、あまりに愚かで悲しいものがあります。
 この事については、今まで何度か述べてきましたが、また改まって(タイトルのような)別な題材からアプローチしてみようと考えています。
  

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2007-04-27 00:26
人間に限らず、生物が成長して成体に育てば、体の大きさは安定致します。さらに過剰な食べ物を食べれば太っていきます。太ってさまざまな病気になります。
 いつまでも成長を続ける生物は存在致しません。仮に、いつまでも成長を続ける生物が存在したとしても、それは素晴らしい事どころではなく、その生物にとっても、周りの生物にとっても、大変悲惨な事でしょう。
 体が大きくなり続けたら、それに伴い食料も沢山必要になるし、服もきつくなり棲家も狭くなっていきます。不便と言うような生易しい表現ではなく、悲惨と言うべきでしょう。
 周りの生物にとっては、その生き物は怪物になっていくわけですから大変な脅威です。食料をはじめ、あらゆる資源を根こそぎ持って行かれてしまいます。

 大きな体で力が強くなり、他の生物には負けなくなるでしょうが、はじめはアドヴァンテージと思っていた大きな体は、周りも破局に向かわせ、自分自身も破綻に向かっていくのです。自分で自分の首を絞めているようなものです。だから、生存競争に於いても有利とは言えないでしょう。

    
「常に成長する」と言う表現は、前向きな人を賛美する言葉としてもよく使われますが、そんなことは不可能です。人間の妄想に過ぎません。成長を続けると言うことは、決して好ましい事では有りません。それどころか、とんでもない酷い話なのです。この有限の地球に於いては、成長を続けると言うことは、危険この上ない事ではないでしょうか?

 経済でも同じ事が言えるでしょう。『経済成長』は単なる妄想、現代人の心の病です
経済成長が止まれば、世の中のいろんな仕組みが破綻して大変だ!とよく経済学者や財界人は言いますが、それは、頭が固いのです。経済成長を前提とした世の中の仕組みを作ってしまったからそうなるのです。違う価値観による違う仕組みを作ればよいのです。作らなければ破滅です。急速に破局へ向かっている経済成長はやめなければなりません

 成長から安定へ!

 安定と言う言葉は、特に若い頃はかなり抵抗のあった言葉でしたが、池でも島でも、物質や空間について(準)孤立系と考えられる所では、安定こそが生態系の持続の必要条件です。継続的な『成長』は、『破局』への道でしかありません。
安定』こそ『持続可能』と同意語でしょう。これだけ経済規模が大きくなった現代は、地球を池や島と同様に物質的には準孤立系と考えなければならないことは明らかでしょう。

 現代の経済は膨らみ過ぎて過剰なドーピング状態ですから、縮小してから安定すべきです。
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【2007/04/27 00:26】 | 未分類 トラックバック(0) |
2007-04-24 22:14
過剰包装だとか、缶やペットボトルだとか、レジ袋だとか割り箸だとか・・・・もう何十年も前からやめるべきだと言われ続けてきた無駄使いによる環境破壊、環境汚染は何故なくならないのでしょうか?

 人々の意識がまだまだ低い事は確かです。そういう意識を高めて行かなければならないことも否定出来ません。
 過剰包装を断る、缶やペットボトルの製品は買わない、買い物袋を持ち歩く、マイ箸を持ち歩く・・・・私自身もそんな事はとっくにやっていますが、わずかの人々が取り組んでも、自己満足とは言いませんが、効果は低いでしょう。
 出来る事からはじめましょうって、何年経って、どれだけ効果があったのでしょうか?そう言う意識の高い善意の消費者による無駄遣いの減少よりも、消費拡大による無駄遣いの増加の方が大きかったではありませんか?

 じゃあどうするか?やっぱり法律です。法律化することが大切です。法律で禁止するのが一番です。
 しかし、禁止しないで有効な政策は何か?と考えた場合、やっぱり高額な税金が有効でしょう。

 環境税は、環境破壊、環境汚染の物質、行為にかける税金です。

 例えばはじめに述べた使い捨て製品・・・包装紙、缶、ペットボトル、レジ袋、割り箸・・等に高額な環境税・・・缶、ペットボトル、レジ袋、割り箸・・ それぞれに1つ10円~100円(幅広!・・笑)もかければ、ほとんど使わなくなるでしょう
 商品は包装しないようになり、缶やペットボトルの飲み物から、瓶入りなどの飲み物に変わり、買い物かごでお買い物。飲食店でも、マイ箸または備え付けの塗り箸などで食べるようになるでしょう。

 環境税の金額はかなり議論の余地はあるでしょうが、使い捨て製品について言えば、本来はその製品の一生・・・作る段階から使い捨てしたあとまでに起こす環境汚染、環境破壊を元に戻す為の費用と言うことになりましょう。だから高額に決まってます。しかし、実際元に戻そとして下手な処理を行うと事態はより酷くなります。
 だから現実としては、環境税は予防的側面が大きいでしょう。
使い捨て製品に関しては、高額の環境税をかける事によってほとんど、使わなくなるでしょう。 

 人々の善意を待っていたのでは、かなり長くかかるだろうし、それでもうまく行かない場合も結構あるでしょう。今でもうまくいってない事だらけです。・・・最後まで全く取り組まない人もいるでしょう。そう言う人に限って環境を大いに荒らすのです。

やはり、残念ながら、善意の人々だけの取り組みでは早急に大きな成果はあげられないでしょう。
 政策として、今すぐにでも十分高い環境税をとるべきです。

 では、何故そいうい政策が実行されないかと考えると、それは政治家自身の意識が低い事と、政治家は人々の要望が多くなるまで見て見ぬ振りをする人が多いからでしょう。・・その為には人々の意識を高める事も大切です。

 禁止等の規制が出来ないのなら、高額な環境税を取るべきです。

 私自身は、法律で禁止するのが最も有効かと考えますが・・・。 
 
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【2007/04/24 22:14】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2007-04-21 00:01
 現在、世の中に本当に必要な仕事というのがどのくらいあるものでしょうか?
先ず思いつくのは、農林水産業、いわゆる第一次産業です。その他も諸々あるでしょうが、今はひとつひとつ取り上げて吟味は致しません。それが主題ではありませんから。

 逆に必要のない職業、いらない仕事は沢山あるでしょう。「否、職業に貴賤はない、どんな仕事だって世の中の需要で成り立っている」と言った、建前は論ずるつもりはありません。それらの多くは無理に作り出したニーズであるし、現在の、経済成長を前提においた無理のある持続不可能な社会の仕組みから出て来たものだからです。膨張し過ぎた自由主義経済は、そんな無駄な仕事を作り出さなければ成立しないほどに矛盾を孕んでいるのです。
 と言って、現在のそれぞれの仕事に就いている人はそれぞれ生活があるわけですからみんな責めるわけにもいきません。(悪徳企業は別です。)不必要な環境破壊ばかりの仕事を生み出さなければならない無節操な自由主義経済の構造を批判しているのです。

 人間が暮らしていける持続可能な社会の為に必要な仕事と、ある程度人間らしい文化的な仕事や娯楽とかを残して、仕事を整理してシェイプアップすれば、基準にもよりますが、仕事の量はトータルで何分の一のレベルに出来るでしょう。それに付随して経済レベルも何分の一とかに縮小されるでしょうが、大して不便ではないでしょうはじめから要らない仕事を省いただけですから・・・つまり、同じ人口の労働力で仕事の絶対量を何分の一レベルに下げられるわけです。その結果どうなるか・・・・同じ量の仕事をする人の数が増え、一人当たりの労働時間は大幅に減らせる訳です。
 
 具体的な数字に関しても議論の余地のありそうなところですが、週休3日、一日の労働時間4時間・・・なんて事も可能ではないでしょうか?。
 実際、人類は、狩猟生活をしていた頃はそのような労働時間であったという説はかなり有力です。獲物がとれないと、一日中狩猟をやっていなくてはならなかった事も勿論あるでしょうけれど・・・そういう場合はいつの世でもあります。現代など、ワーキングプア問題に限らず、ほぼ1年中働きっぱなしの人もかなりいます。
 野生の動物だって、食べていく為にそんなに動き回りません。現在は人間に環境を荒らされて生活してゆくのも大変な野生動物も多いでしょうが、人間ほど働く動物はほぼいないでしょう・・(子育て中の鳥とかは別として・・・) 

 ワークシェアリングとは労働時間を短縮し、仕事を分かち合い、雇用を確保、創出することです。現在は失業対策としてクローズアップされています
 しかし私は、ワークシェアリングを、持続可能な社会の成立の為の方策として提案させて戴きます。つまり、必要な仕事、大切な仕事だけを多くの人で分かち合って少しずつすると言う仕組みです。


 この為には、ある程度共産主義的な考え方が必要になるでしょう。つまり現在の過剰な人口と工業の発展を考えた場合、地球のキャパシティ、規模からして、現在の膨張した無節操な自由経済は、もう限界を超えているドーピング状態です。このままでは、大規模な環境カタストロフィーに襲われることは間違いありません。

 不要な物の生産をやめ、不要なサービスをやめ、本当に必要な仕事と、ある程度人間らしい文化的な仕事、娯楽を精選して、その、少なくした仕事を地域のみんなで分業すれば、現代社会のように時間に追われてあくせく働かなくていいし、家族と過ごす時間も何倍にもなるでしょう。仕事に疲れて自殺する人もなくなります。ゆったりとした時間が流れるでしょう。
 そういう社会、生き方が好きか嫌いかを選ぶ余地はなく、仕事を精選してワークシェアリングする方向に持っていかなければ人類は滅ぶでしょう。移行するのが遅れれば遅れるほど、人類は大きな環境カタストロフィーに襲われるでしょう。 現在の社会を見渡す限り、持続可能な社会への移行はスムーズに行くとは考えていません。移行する前に人類は滅ぶかも知れないし、移行出来たとしても、かなりの人類が犠牲になるでしょう。しかしそんな中で、仕事を絞ったワークシェアリングは、持続可能な社会を作るための切り札になると考えます。仕事を絞ったワークシェアリングなしでの持続可能な社会への移行は、考えられません。
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【2007/04/21 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

連続です。
天地 はるな
いつも読み逃げしていたのに、昨日に続いて、今日の書きたくなりました。

実は、私も思っていたのです、必要のないことをしてるなと・・・。

服を売る店って多すぎです。
(私は好きでよく買いますが) _| ̄|○

全国に沢山、○○焼きという焼き物がありますが、数年、焼き物がなくても、日本人のだれもが困らないと思います。

旅先で、その土地の名物の焼き物を見るたびに、憂鬱になります。(ノД`)

生活必需品が出揃った後の自由競争
雑草Z
 現在の日本の家庭は大抵基本的な生活必需品は揃っています。あとは、この自由主義経済の中で躍らせられて要らない物を買っている(買わせられている)のでしょう。
 衣服など多くの製品は、過当競争ですね。企業からすれば、自分達のより良い生活のため、消費者からすれば店が多ければそれだけお気に入りのいい品物を見つけられる、と言う理由で、過当に製品を作り過ぎて、結局誰にも買われずに無駄になる製品の何と多いことでしょう!
 観光みやげ物もほとんど、無駄なものですね。なるほど確かに、焼き物など、ありすぎますね。「作品」を作りたがる人が多い事もあるのでしょう・・・。
 自由主義経済は豊富にいい製品も沢山作り出しますが、生活必需品が出揃った現在、無理にニーズを作り出さなければならず、大いなる環境破壊を作り出しています。
 基本的な生活必需品+α のワークシェアリングすべきときでしょう。

「読み逃げ」って面白い表現ですね。読んだらコメントしなければならないと思うのは律儀すぎです(笑)。


いざ、ワークシェアリング!!
でなしNo.146
ワークシェアリングがパラダイムシフト後の社会で必須だという意見を支持します。

というか、
近い将来(10年ほどの間で)、雇用問題、食糧不足などの深刻化から、ある程度自然な流れで採用されることになると思います。


現在でも、ワークシェアリングを推奨する団体があるようですが、賃金や既存の価値観などが障害となり、厳しい状況のようです。


深刻な食糧不足になれば、「お金で買えないものがある」こともわかると思いますし、「労働は善」という価値観も崩壊すると思います。
(生きることに必要な労働以外は悪って感じですかね^^)

そもそも、資本主義上級階級の搾取層が「労働は善」と教育した方が便利だから定着させたと睨んでいます。

聖書では「労働は罰」と明記されていますし…w


最近、過去記事を順繰り読んでいますが、雑草さまの過去記事は、大手ファンドが出す未来予測本よりもためになる情報が記されていると思われます。
(ヤツらは世論操作とか、利権団体に気を遣ったりしてるからオーダーが甘くなるんだと思います)



>「労働は善」という価値観も崩壊
雑草Z
    でなしNo.146 さん

 過去記事への連続での賛同の鋭いコメント有難う御座います。

>雇用問題、食糧不足などの深刻化から、ある程度自然な流れで採用

 理性的な洞察です。その障害となるのが自由競争市場や強欲な搾取階級でしょうね。

>「労働は善」という価値観も崩壊

これも必要な事ですね。この頃、労働に価値観を持たない方が増えているのは好ましいのですが、向かう方向が危険です。株などの投資などで「楽して儲けよう」と言う好ましくないスタンスも蔓延してますね。

>生きることに必要な労働以外は悪って感じですかね^^

う~ん。本質!この思想、大切だと思います。


でなしNo.146 さんのコメントはいつも共感の中に新たな示唆を含んでいて読み応え満載です。

めざせ1日4時間労働
mao
少し前にはワークシェアリングについて
マスコミでも取り上げられていて、これいい!って
思ってたことを思い出しました。
最近では忘れ去れたように聞かなくなりました。
どうすればこういう考え方を現実の物に、そして当たり前
のものできるんでしょうね。
雑草様のブログを見て日々このようなことを
日々考えるのですが、具体的行動に結びつけるのは難しいものです。

あと、コメントへのコメントですがよろしいでしょうか?
でなしNo.146様が書かれている
>聖書では「労働は罰」と明記されていますし
についてもう少し教えていただけるとうれしいです。
キリスト教徒ではありませんが、
千年以上も読み継がれた聖書に、なぜそのような
内容が書かれているのかが興味深く思ったので。
雑草様も知りたくありませんか(^^?

虎の子・・
団塊おやじの遺言
虎の子の10万円 実は当ったんですね~宝くじ
これを有効に生かしたい 果物が好きなので農家にお願いし
無農薬 有機栽培で 勿論害虫には天然成分を支給し土つくりにも使用していただき 経費の大幅な削減でも出来るという事を実証したい 一本の樹の補償費として10万円はどうかなと思いますが農薬や化学肥料で傷めつけられている果樹の樹で試したい 実は今年の茶毒蛾で山茶花の樹に散布した
天然成分 これを撒いた処は満開の花 薬剤を散布した処は
本当に数える位の数 樹と花の勢いが全然違う 今の私には
こんな事でしか農家に協力出来ないが先行きの農家の経営の一助になればと思いつつ これもワークシェアリングになりますか心配しながら投稿・・

コメントへのコメントも大歓迎です。
雑草Z
    mao さん

 お久し振りです。そう言えば最近コメント下さいませんでしたが、まだ読んでくださって有難うございます。
 1日4時間のワークシェアリングいいですね。
でなしNo.146 さんの読みのように、近い将来自然な流れで採用されて行くかも知れませんね。

>具体的行動に結びつけるのは難しいものです

はおっしゃる通りかも知れません。具体的行動に結びつける記事も考えて行こうと思います。

>聖書では「労働は罰」と明記されていますし

に関しましては、maoさんのおっしゃるように
もう少し詳しくご説明願いたいですね。
でなしNo.146 さん
宜しくお願い致します。

別な意味でのワークシェアリング・・
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 団塊おやじの遺言さんは、果物がお好きなのですか?・・・私も大好きです。

経費も時間も節約出来れば広い意味でのワークシェアリングとも言えなくはないですね。
また、団塊おやじの遺言さんもそこの農家で働けば、ワークシェアリングと言えましょう。

 10万円当たったなんて、いいですね。それを有効利用しよう!と考えるのも素晴らしいです。 

労働は罰。。。
でなしNo.146
私が答えるのは出すぎたマネだとは思いますが、簡単に説明させていただきます。

まず、

「労働は罰」

という文言は旧約聖書(キリスト教とユダヤ教)の創世記に出てくるものです。

神に祝福されて生きていた人間は、知恵の木の実を食べてしまい、楽園を追われます。

しかも人間は、楽園を追われたあげく(追われたせいで?)、「労働する」という罰も受けることになったというものです。

だいぶ大雑把な説明ですが、これでおおまかな意味は汲み取れます^^;


ですから、
比較的、西洋人は労働に対してどこか冷めた傾向があるのかもしれないですね。
(ありえんくらい長い休暇とる人もいますからw)


ちなみに、聖書著者がなぜ「労働は罰」と記したかは、不勉強(というか、調査不能?)なため、わかりませんが、労働のしすぎは様々な生命(己も他も)を破壊する行為と暗示していたのかもしれません。



ここから余談…↓

時代を俯瞰するとよくわかりますが、「労働者」と言うものはず~っと蔑まれてきました。


ある時代では、労働者と言えば奴隷であり、他では最下級の民衆が労働に従事していたのです。
(貴族とか上級戦士のみが消費一方の優雅な生活)


ところが、
産業革命で資本主義が始まり、商人が勢力を握ります。
商人はできるだけ従順に働いてくれる人を欲しがりました。
(まさか、蒸気機関車とか全部自分で作って、しかも管理できませんからw)


こういう状況になると、
「労働者」が増えないことには商人は儲けることができないので、「労働者になることが普通」的な教育を敷きます。


低賃金長時間労働、児童労働問題、男女平等の流れなどを経て、現在では、しっかりとした仕事に就いていなければアイデンティティーを保てないところまで来ました。

「○○と申します。」

「で、お仕事は何を?」

「△△です。」

この、△△が上場企業の役員クラスの場合と、無職の場合の対応を想定するとぞっとしますw
(尊敬と侮蔑ってホント紙一重。人物より、まず社会的地位で判定!)


以上、
くだらないお芝居みたいなことを述べましたが、こうして「労働は罰」から、資本主義の「労働は善」という洗脳がほぼ成功したということですね。

(簡単に説明するとか言ってずいぶん長かった…)


最後になりますが、

>具体的行動に結びつける記事も考えて行こうと思います。

記事を楽しみにしています^^

個人的には、過去記事に散在するパラダイムシフト後の世界のビジョンをまとめた記事も読みたいですね。


労働は罰?
BEM
私もちょっと読んだ本の中から、お伝えしてよろしいでしょうか。

「侵略の世界史」という本で、なぜ白人は侵略的か?というのがありまして、もともと作物を育ているのに向いていないヨーロッパでは地道に物を作るより略奪した方が効率的という考えがあり、ヨーロッパはローマしかりバイキングに続く有名な王家も侵略、略奪の歴史で、でなしさんのおっしゃるように労働は奴隷のすることだったのですね。

現在は時計職人に代表されるように、労働者もちゃんとした評価をされているので、労働は罰という意識は小さいのかなと思いますが、それでもサッカーチームのオーナーに代表されるように、とてつもない大金持ちがいるので、そういう方々はどう考えているのでしょうね。

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2007-04-18 00:01
不必要な薬剤2 

 最近、あり退治の殺虫剤と並ぶくらいお馬鹿な除草剤のテレビCMを見かけました。それが、スギナなどの除草剤です。家の回りにスギナが生えていてどのくらい不都合なのでしょう?
 他の花や野菜などを植える為にスギナを除草すると言うなら、手で抜けば十分です。手で抜いてそこに置いておけば良質な肥料になるのです。

 スギナを枯らす除草剤が、いくら殺草選択性がある除草剤だとしても、他の植物にとっても、人間にとっても安全であるとは言い切れないでしょう。成分がすぐ分解するといっても、残留成分だってあるでしょうし、成分から考えても、安全な水と二酸化炭素のレベルまで分解し切れるとは考えられません。結構危険だと思います。

 いや、そうではなくて更地にしておくから、草取りの手間を省く為、と言う考えなら、一番手間をかけないのは、そのままにしておく事でしょう。そのままにして置いて、何か不都合があるか、しっかり考えるべきです。虫が発生するとか、庭が荒れるとか、たいした理由ではないでしょう。
 虫がいる方が自然の庭であるし、「荒れた庭」とは、スギナなどの雑草が生えた庭ではなくて、何も生えない殺伐とした庭、廃材が置かれた庭ではないでしょうか?更地にすれば黄砂のように砂埃が立って土が失われるし、土地も脆くなります。


 草が生えていた方が土地をしっかり支えます。
 庭をどんな用途に使うにしても、大抵の場合、雑草は生えていた方がいいに決まってます。


 殺草選択性で、ほかの植物にはあまり影響しないとか、除草剤の散布後はすぐに分解するとか色々安全性が歌われていますが、自然界に存在しない人工物質である除草剤が、完全に安全な筈がありません。スギナを枯らすだけでも十分危険でしょう。それは、抗生物質や蟻専用の殺虫剤が人体に危険である事と、本質的には同じ事でしょう。
 食料不足になって、いざ、庭など至る所に農作物を作ると言う時が来たら、除草剤を撒かない土地の方がいいに決まってます。除草剤を撒いている姿を見かける事は嫌なものです。

 除草剤を家庭の敷地に撒く事を躊躇しない感覚の人間が増えている事は、大変危険な事です。 
 現在の世の中は、必要のない商品が溢れています。家庭用の(農業用の方ももっと危険でしょうが、今回は家庭用のものについて述べさせて頂きました。)殺虫剤、除草剤はほとんど必要ないものばかりでしょうが、その代表が、蟻の殺虫剤と、スギナの除草剤でしょう。こんなお馬鹿な商品は、買う必要がないばかりか、危険ですから本来ならば国でしっかり規制すべきです。売っているから使えばきっと便利だ!と言う発想こそ、不要な商品のニーズを作り出すと言う自由経済の悪しき弊害です。

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【2007/04/18 00:01】 | 薬剤 トラックバック(0) |

確かに
ラグナロク
スギナ退治不必要?
これについては、凄く同感です。
 そのままにしたらいいんですよ。

しかも除草剤のCMは、明るく楽しそうに宣伝してるけど「最近はどうか知らないけど」、アレ見てたら腹が立ちますね。
 除草剤は、猛毒なのに

スギナは、お茶にできるらしいですよ。
 ただ猛毒で枯らすより、利用方法を考えた方がいいと思うんですけど
 僕からみたら除草剤は、雑草より桁違いに恐ろしいです。
 
 しかし、殺虫剤については、すみませんが、使うときもあります。
 とはいえ最近は蚊取り線香ぐらいですね。

 


蚊取り線香は、お香と変わりませんね
雑草Z
 またまたコメント有難う御座います。
 へぇ~、スギナはお茶に出来るんですか?スギナが生えればつくしも生えて楽しいですね。つくしはスギナの胞子体です。そう言えばつくしは食べられる筈です。それを、猛毒の除草剤で枯らすなんてとんでもないことですね。ラグナロクさんのおっしゃるように、枯らすより利用法を考えるべきですね。少なくとも肥料にはなる訳ですし・・・

 殺虫剤については、蟻用の殺虫剤は最高にお馬鹿だと思いますが、蚊取り線香は、比較的良心的な殺虫剤でしょう。殺虫剤と呼ぶのも気が引ける感じです。植物の除虫菊から作っていた訳(今は違っても・・)ですし、人間にとっても毒性はあまりないでしょうし灰を土に撒いても土地は死なないでしょう。


ご回答ありがとうございます。
ラグナロク
スギナ茶検索結果
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%82%B9%E3%82%AE%E3%83%8A%E8%8C%B6&lr=
 
 昔僕がまだ10代の頃除草剤のCMで「じょそうざいはパスタ♪」などと明るく宣伝してるのには、当時腹が立ちました。
 
 殺虫剤については、蟻ぐらいなら甘いものを封するなど対処できますが、しかしどうしても苦手なものがあります。
 僕は、子供の頃から「ムカデ」が大嫌いです。
 嫌いというより恐いです。
今僕が住んでいるところは、2年前に1回だけ出て、それ以来出ていません。 その時は、考える余裕がなかったので、びびりながら足で踏み殺しました。  
 理想論ですが、いずれ田舎暮らしをしたいと思っているのですが、田舎はよくムカデが出るといいます。
 殺虫剤がないと不安なのですが、田舎ぐらしをする場合、殺虫剤なしでムカデ対処する方法があるのでしょうか?
 ムカデは、ヘビより気持ち悪いです。

 
 


スギナって漢方みたいですね。
雑草Z
 ご紹介のページを見ると、スギナ茶って健康食品みたいですね。効き目は判りませんが、色んな利用法がありますね。スギナはバイオマスにも出来そうですね。まあ何にしろ除草剤で枯らすのは最悪ですね。
 その除草剤のCMは知りませんが、一般家庭で除草剤を使うと言う発想は、恐ろしく愚かな事ですね。

 確かに、部屋にムカデが出るとギョッとしますが、私の場合、袋かなんかにとって、外に放しています。小さい頃から虫には親しんで来たので、あまり怖い感情はありませんが、ムカデよりはゴキブリのほうが嫌かも知れません(笑)

 私もそこそこ田舎暮らしですが、場所にも拠るでしょうが田舎暮らしでも、家の中にムカデはそんなに出ませんよ。やっぱり蟻などのほうが多いですね。でも、そう言えば昔と比べて家に入ってくる昆虫は、蟻に限らず減ってきたような・・・

 地方によっては、カメムシが大量に発生するところは結構有りますね。カメムシって動きが鈍くてフィギュアのようです。(笑)

 余談ですが、昆虫って、結構食べられるんですよね!?  
来るべき食糧危機にも虫と雑草は役に立ちそうですね。 

ツクシは、春の楽しみなのに。
天地 はるな
こんばんわ。
私は家の小さな庭に、スギナを植えています。
こちらでは、土の部分が少なく、あっても管理されています。
スギナの生える場所がありません。
春になると土筆がみたい私は、庭に植えています。
庭に植えたら、スギナはもう雑草ではありません。
普通にあるものを、わざわざ植えるなんて、不幸なことです。
スギナのあることの幸せが分からないのでしょうか。

スギナをそんなに大切にされて
雑草Z
 ツクシの華奢さに似合わず、スギナは繁殖力も強く、結構逞しく生えてくるものですが、春に土筆を見れなかったら淋しいですね。私が住んでいる辺りは、そこら中で見れますし、庭にもいっぱい生えて来ます。(そう言えば最近見れる場所が減ったかも・・・)
 植えてまで見るって、はるなさんのおっしゃるようにちょっと悲しいですが、お気持ちはよく分かります。普通だと思っていたスギナのある幸せ、只今実感致しました。
 「土の部分が管理されている」って、雑草を生やさないようにしているって事ですか?それならば酷い話です。雑草が成長するだけで、二酸化炭素を吸収し、酸素を出すし、土地を強固にするし、雨もすぐに流さないで溜める働きもあるのに・・・
雑草って結構可憐で愛でるべきものも沢山ありますね。

 お久しぶりのご訪問、歓迎致します。有難う御座いました。


名乗らず
おまえらの庭にスギナ植えてやるよ

もう生えていますが、もう少し増えてもいいですね。
雑草Z
 スギナは芝生より好きなので、父が植えて増えすぎた芝生のところにスギナやタンポポやススキが生えて欲しいと思っています。スギナの除草剤でも売ってる方でしょうか?スギナが生えて困るとでも思っているのでしょうかね?


名乗らず
生やしていると虫(益虫・害虫問わず)が多くよってきて、周囲の農作物に影響が出ます。
除草した場合としなかった場合を比較すると、生産コストの変動率が前者はより小さく出来るのです。
自然界を守りたいのはわかりますが、自然界と共生していく中で、人口に対する農産物需要への安定的な供給力の確保を考慮すると、農薬はじめ化学肥料の必要性を考慮する必要があるでしょう。

スギナ、見る分にはいいんですけどね。

スギナに除草剤は必要ないでしょう。
雑草Z
    無記名の匿名さん

先ず、ここの記事を読み返して頂けば分かりますが、

>家の回りにスギナが生えていてどのくらい不都合なのでしょう?

という意味で農地のスギナの意味ではありません。

農地の話で無く、庭のスギナも農作物に影響を与える・・・というお話であれば、それは恐ろしいお話です。要するに虫は死滅せよ・・・という話にまで飛躍するでしょう。
 そうでなくとも虫も現在かなり激減しています。生態系の循環を考える場合、虫は必要な存在です。

 除草にせよ、虫の駆除にせよ、農薬でやる方が手間が省ける、能率的だ・・・と言う主張は、結局生態系を破壊し、取り返しのつかない問題に発展するでしょう。

>人口に対する農産物需要への安定的な供給力の確保を考慮すると

その前に、人口を抑止しなければ問題の先延ばしで、問題をもっと深刻なものにするでしょう。

 



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2007-04-15 00:01
不必要な薬剤1 
 シロアリ退治は別として、蟻の駆除の殺虫剤の宣伝を目にする度に、どうしようもなく愚かな商品だと感じます。どうして蟻の通り道や家の回りに毒である蟻専用の殺虫剤を撒いてまでも蟻を退治しなければならないかわかりません。
 蟻が少しくらい家に入って来て騒ぎ立てる人はおかしいと思います。どうって事もないでしょう。もっと虫に馴れるべきでしょう。
 もし、蟻がもっと大量に入って来て気になる場合でも、箒で掃いたり掃除機で吸って、蟻が集まってきた原因となった砂糖やお菓子をきちんと封をして管理してお仕舞いでしょう。仮にその後、何度も大量に入ってくるなら、ありの巣を探してそこを破壊すればいいことです。・・・そこまでしなくてはならない状況はほとんどないでしょうが、子供の頃、蟻の巣をほじくったり石鹸水を入れたり、ありの巣を荒らした経験は何度かあります。逆に、蟻に対して酷い事をしたものだと思います・・・。

 蟻くらいの虫に専用の殺虫剤を使う現代人の感覚はかなり狂っているのではないでしょうか?
「家に赤ちゃんがいるから、沢山の蟻に襲われたら大変だ。」
 なんて事をいう母親がいましたが、そんな事はほぼ杞憂でしょうし、赤ちゃんが蟻の殺虫剤を口に入れる方がよっぽど危険な事をわからないのでしょうか?・・・・わからないとすれば何が原因であるかと言えば、そんな殺虫剤が堂々と売られているからでしょう。「国で許して売っているからきっと必要なんだ、使っても害にはならないのだ」などと、思っている人もいるのではないでしょうか? 実際は、農薬会社、製薬会社などで、大げさなCMを作ってニーズを無理に作り出しているだけでしょう。国でも企業を保護して許しているだけなのでしょう。極端に蟻などの虫が嫌いな一部の消費者が、それに踊らされているのです。
 TVのCMなどを見ると、蟻が家の中に侵入してくるのがさも大変な事のように煽ってますけれど、蟻などの虫が入ってこない家って、理想でしょうか?それこそある意味シックハウスではないでしょうか? 

 蟻専用の殺虫剤を作って売っている企業があり、それを買う消費者がいる現代社会はかなり病んでいると感じるのは私だけではないでしょう。
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2007/04/15 00:01】 | 薬剤 トラックバック(0) |


プードル
たとえどんなに人類に害を与える動物でも私たち人間に滅ぼす権利はどこにもない…
そも②何のために自然保護をするのか?自然保護は結局人のためになってしまっていると思う…それが悲しい…自然保護は心の豊さが必要だと私は考える。

殺生を
雑草Z
 プードルさんのおっしゃるとおり、仏教的博愛精神で殺生をしない事は、特に現在の殺伐とした世界には必要な考え方かもしれません。しかし、そのかなり次元の違う(高い?)「自然保護」の考え方は、遥か彼方の理想論になってしまいます。

>自然保護は結局人のため
と言うのは現在の環境問題の基本でしょう。
「保護」という言葉がそもそもの語弊があります。
環境というのは変わっていくものですから、そこには
「人間が生存するのに適した環境の維持」というニュアンスが入り込むでしょう。
 本当に人間に害しか与えない動物がいたら、滅ぼすしかないでしょう。例えば、悪質の病原菌を運ぶ蚊とか・・(若しかしたら大切な役割があるかもしれません・・。)しかし、実際はそんな動物はなかなか見当たりません。生物は繋がっていて、綴れ織のようなものですから、今のペースで生物の絶滅が繰り返されていると、いろんなバランスが崩れて、結局、人間を含む多くの生物に悪影響を及ぼし、まとめて絶滅への道を辿るでしょう。
「何のために自然を保護するのか?」との問いに
「人類の生きる為の自然」という事を前提にしても、[経済優先」になってしまう実情です。
 先ずは、蟻とか団子虫(6/3の記事読んでくださいね)のように人間に大した害を及ぼさない虫を、環境汚染になる殺虫剤の散布で殺すという愚かなまねを止めるところからはじめましょう。

経験が
ひろりん
確かに難しい問題では有りますが、「すこしくらい入って...」と書いておいでですが、"少し位"じゃないのです。
うじゃうじゃと入ってくるのです。
しかも蟻って甘いものだけを食べに来るわけではないのです。
世の中には色々な意見を述べられる方がおいでになられますが、得てして経験の無い方は的外れなことをおっしゃっている事が多いように感じます。


ギアンガでもない限り日本ではたいした事ありません
雑草Z
 「うじゃうじゃ」という表現や「甘いものだけを食べに来るわけではない」という言い回しが、その手の製薬会社のプロパガンダですね。
 かなり以前の話ですが、知人がずっと空けていた家に久しぶりに入ったら、蟻があちこちに沢山それこそ「うじゃうじゃ」いて、駆除を手伝った事があります。はじめは大変だと思って、用意されたあり専用の殺虫剤も撒いたのですが、結局、通路を絶ってありが群がっている所を整理して箒で掃いて掃除機で吸ってお仕舞でした。そのとき、殺虫剤は撒く必要がないと感じました。それが予防というのは、製薬会社のプロパガンダです。少し位じゃない場合の対策も本文に書いています。甘いものだけを食べにくる訳でなくても、元を断てば終わりです。具体的にご自分の経験をしっかり書いて戴かないと、あとは返事が出来ませんが、よっぽどのことが無い限り殺虫剤は必要ないし、殺虫剤を撒いたら撒いたで後始末が大変でしょう。そんな事で、他の昆虫なども殺し、生態系を破壊し、人体にも有害な蟻退治の殺虫剤はほとんど愚の骨頂かと考えます。


e-device
私もテレビのコマーシャルを見てこんな宣伝をしてはいかんなと思いました。蟻が来るには理由があります。お菓子の屑、砂糖など甘いものを落とし掃除をしないで放置した場合など蟻は食料として群がり列をなして巣に運びます。まずは、このような原因の元を断たなければなりません。次に殺虫剤は不要です、原因となった蟻の巣を壊せば良いだけです。殺虫剤を使用しますと、その殺虫剤を含んだ土ぼこりが舞い、その殺虫剤を吸う事になります。

人体にも有害で生態系を破壊する殺虫剤
雑草Z
 「蟻が、うじゃうじゃ家に入って来た、大変だ!」
と、思ったとき、殺虫剤を買いに走るという発想が沸くのがCMの効果ですね。蟻に殺虫剤を使うと言う発想自体が洗脳ですね。大げさなCMに踊らされています。本当は、大した事じゃないんですけどね。
 殺虫剤を使ったほうが余計な手間もかかるし、人体にも悪いし、生態系も壊す事をしっかり認識すべきです。

 CMを作るほうは、家の中に蟻を見つけたら殺虫剤を買いに走るように、出来るだけ危機意識を煽って、大げさなCMを作っているのでしょう。 
 消費者の冷静な判断も大切ですが、こういう誇大広告は、よくないですね。

 的を得た的確な賛同のご意見有難う御座いました。
   

管理人のみ閲覧できます
-


↑↑公開してもいいといいと思うので
雑草Z
↑↑↑上に管理人のみ閲覧できると言うコメントで、低レベルなのが入っていたので、まあ削除してもいいのだけど、ここに載せてコメント返し致しますね。

  × × × × × ×

△コメント(コピペ)

タイトル 蟻    投稿者 シルク


蟻位で?ってやっぱり気持ち悪いでしょ~極端な話、貴方は横に蟻がいても其処で物が食べられますか?部屋に入ってるのに其処で寝れますか?家はキャンプのテントじゃ無いのだから~!!
退治して住みよい暮らしをするのがあたりまえでは?
自然保護(共存)は一緒に暮らすのでは無く、その蟻は山に返す事では?
人間界(大袈裟)に入ってきた時は退治もか可能では?蟻は少々殺しても子孫が多い生き物だから心配しなくてもいいのでは?



◆コメント返し  
タイトル  虫がいない生活??   雑草Z

 横に蟻がいて物が食べられない人間がおかしいと思います。横に蟻がいて物が食べられないほどナイーブな人間にはなりたくないですね。蟻に限らず虫が少しくらい侵入している家で寝られないって、そんなのデリケートを通り越して、極端な神経質です。
それに本文では、
>蟻くらいの虫に専用の殺虫剤を使う現代人の感覚はかなり狂っている
と書いています。つまり専用の殺虫剤なんて必要ないと言っているのです。
>箒で掃いたり掃除機で吸ってお仕舞い。
>大量に入ってくるなら、ありの巣を探してそこを破壊すればいい
と書いておきました。
殺虫剤を使わずに蟻を排除する方法なんていくらでもあるし、蟻を怖いと思う方がおかしいと言っているのです。
殺虫剤の害の方がよっぽど危険です。

>自然保護(共存)は一緒に暮らすのでは無く

ってですね。クマでもあるまいし、虫や鳥など(スズメ、ツバメ・・・)人間界と隔離するんですか??狂ってますねえ。人間の住んでいる領域がどれだけ広いと思っているのですか??

>蟻が人間界に入って来たら山に帰すとか


あはははって笑っちゃいますね。あなた本気ですか??
蟻は、家の庭や道路端にいて当然ですよ。(そして、ときどき家の中に入って来ても・・)虫を人間の周辺から排除するなんて考える方がいるんですねえ?秋の虫が家の周りで鳴かなくなってきた最近は危険ですよ。
生態系を考えた事ありますか?人間の生活圏に虫がいなくなったら、その時は人間も滅びる時ですよ。



ぽんた
シロアリじゃない小さい蟻でもシロアリと同じことします。
家周辺に列をなしてても特に気にせず
甘くみてたら玄関の柱にスをつくられ柱が
グズグズボロボロになってしまいました。
シロアリのしわざと思いきや、小さい黒い蟻が大量にでてきて
ほんとびっくりしました。そのことがあってから人がかわったように
蟻退治するようになってしまいました。

確かに・
雑草Z
    ぽんたさん

 確かに白アリで無くとも、木に巣を作る場合もありますね。どういう場合に土で無くて木に巣を作るのでしょうね。
ぽんたさんの家はシックハウスではなくて、生物にとって健康的な家であると言う事でしょう。
 さて、そんな事があっては蟻退治したくなるでしょうね。
勿論その場合でも、あり専用の薬剤を使わなくても、物理的方法や、酢、石鹸水等でも十分に退治できるでしょう。
 人間の体や他の生物に有害な蟻専用の殺虫剤は使って欲しくないと思います。


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2007-04-12 23:31
書き損じとかミスプリントなどで、紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てる姿にはいつも非常な違和感を覚える。近頃は職場などでは裏紙利用の為に、印刷ミスを大きさ毎に分けてためておく場所もある。けれど、そう言う場所を利用せずに、単に紙をくしゃくしゃに丸めて捨てる輩がいる。こうやって経済成長や森林伐採に協力してきた輩が沢山いる・・・

 作家や漫画家なども、ちょっとでも失敗すると紙をくしゃくしゃに丸めて捨てる姿が、ステレオタイプとしてテレビや小説や漫画に描かれている。
  
 紙の使用量は文明の高さのバロメータなどと言う事も言われる。
私の父は、無駄遣いなどせず、質素に、物を大切に使う人物であったが、書く為の紙だけはいつも惜しまず贅沢に使うと言う考え方の人であった。だから私も小さい頃からきれいな紙を沢山与えられていたが、一方母は裏紙ばかり利用をしていた。そして私も、裏紙を利用するのが好きだった。学校などから配付される紙は非常に多いのでその裏紙だけ使っても結構使えるものだ。配付プリント類の裏に色々書いて裏紙利用した後でも、まだ勿体ないので、古紙屋さんに引きとって使って戴こうと、溜めておいたものだ・・。

 話を戻すが、書き損じやプリントミスの紙をくしゃくしゃに丸めて捨てる人たちは、昔からの習慣なのかも知れないが、どうしても戴けない。
 こうやって紙をくしゃくしゃに丸めて無駄遣いしている人々の中にも、熱帯雨林の伐採を危惧している人々もいるだろう。環境問題を危惧していても、平気でそう言う行為をしているのである。彼等は気づかないだけなのかも知れない。
 「徹底して無駄遣いしないように気をつける」等と言うと、窮屈な感じがするかも知れないが、物を大切に使う気持ちがあれば、簡単に出来ることであろう。 平気で書き損じやミスプリを丸めて捨てる習慣をもった人間の多い現代社会は、かなり病んでいると言わざるを得ない。もっと物がなかった時代の、物を大切にする習慣を、感覚として持っているべきである。こんなに無駄遣いが出来るドーピング社会は、ほんの一時的なもので、持続するわけないのだから。
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【2007/04/12 23:31】 | 身近なエコ トラックバック(1) |
2007-04-09 23:37
ドーピングとは、知っての通り、スポーツ競技などで好成績をあげるために禁止されている薬物を使うことです。競技に対する不正行為と見なされています
が、それだけではなく、副作用で健康に深刻な害を及ぼします

 環境問題、社会問題を考えると、現代社会は、地球の至る所ドーピングの様な事が行われているのではないでしょうか。
 ドーピングの大きな特徴は、一時的な効果を上げるためにその後の持続性を台無しにしてしまう事です。これをドーピング効果とでも呼びましょうか。

 先ず、農業に於ける化学肥料、農薬、殺虫剤、除草剤の類いは、みんな農地に対するドーピング効果です。一時的に生産性を上げたり、見かけのいい農作物を作ったり出来ますが、副作用は深刻で、農地の生物を、微生物のレベルまで殺し尽くし、その結果土地の流出を起し、仕舞いには砂漠化してしまうことは、今まで述べた通りです。

 現在、食料生産は上がって現在の人口より多くの人口を支えられると言いますが、その多くは、ドーピング効果によるものでしょう。

 政府の経済政策も多くがドーピングでしょう。大型公共工事などはドーピング効果の最たるものではないでしょうか?ダム工事、高速道路、干拓事業・・・・大型公共工事の本当の目的は、工事そのものにあり、それによって雇用を生み出し、景気を良くしようという企てです。その結果麻薬のように、雇用を支え続ける為には公共事業という花火を上げ続けなければならなくなり、環境は散々痛めつけられて破壊されます。まさに中毒性のある薬物によるドーピングではないでしょうか?
 
 直接の環境問題では有りませんが、政府の出す補助金の多くもドーピング効果でしょう。政府の出す多額の補助金によって、事業を行い、製品などの開発を行いますが、もともと補助金(=薬物)を目当てにしたもので、それ自体で自立して、しっかり採算を上げられない事業は、ドーピング効果の賜物でしょう。

 最後に、エネルギーもドーピング流行りです。その最たるものが原子力です。しっかりした廃棄物の処理方法がなく、地球が病んでいくあたりは、ドーピングそのものでしょう。プルサーマルも原子燃料をリサイクルするという名の下の(実際は見せ掛けのみの)ドーピングです。


 つまり、20世紀あたりから活発になった、一時しのぎの、または手抜きのドーピング効果ばかり狙ったような政策によって、社会の持続可能性はどんどん0に近付いてゆくのです。社会の実情を考えると、あらゆるところにドーピング効果があり、身震いする思いです。ドーピング効果は、社会の持続の可能性を大きく妨害しています。社会の破たんを招くでしょう。
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【2007/04/09 23:37】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2007-04-06 22:16
食料不足7

 現在日本の食料輸入が封鎖されたら、日本は大パニックになるでしょう。日本の政府はそんなシナリオ、シミュレーションは想定していないでしょうか?否、いくら何でもそこまで御目出度くないから密かにシミュレーションしているとしても、食料輸入量の一向に減らない現在の日本の政府や官僚はかなりの愚か者の集団でしょう。シミュレーションしていてもいなくてもどちらにしても、現実問題として、この、カロリーベースで40%にもならない食料自給率で、フードマイレージの異様に高い日本の食糧政策は愚の骨頂でしょう。(生産額ベースの食料自給率は、経済的な話なので問題に致しません。)

 日本の食料輸入が封鎖されるなんて事は、今のところ非現実的で、杞憂というかも知れません。でも、食料輸入が封鎖されなくとも、日本に入る食料の量が激減して、封鎖されたのと同じような危機的な食料不足は近い将来、かなり大きな確率で起こりうる事ではないでしょうか?

 否、そうじゃない、食料生産は増えている、世界の食料だって、公平に分配されれば、100億人くらい養える!とかいう試算もありますが、それは、持続可能な食料生産ではありません。これまで書かせて頂いた通りです。

 
 さて、「有りもしない」とほとんどの日本人の考える、食料輸入封鎖を、積極的に考えるべきだと考えます。今から数年の内に食料封鎖されると考えた政策を行うべきだと考えます・・・

 私は、歴史に疎いほうですが、兵糧攻めは、今までの歴史に沢山出てきました。そして、最近では、キューバでそれが起こりました。 

 現在唯一社会主義国らしいキューバは、アメリカの半植民地支配に対して革命を起こし、独立致しました。ソビエト連邦と親密な関係を築き、サトウキビを主とした換金作物を中心に生産して、それ以外の多くをソ連からの輸入に頼っていました。
 だからソビエト連邦が崩壊したときキューバは危機に陥り、他国に援助を求めました。しかしアメリカに妨害されました。まさに食料輸入封鎖状態に陥ったのです
 国民はやせ細り、栄養失調者が続出致しました。
 ここで、何よりも食料の確保が優先と考えた最高指導者カストロは、国中の空き地を耕すように命じ、自ら真っ先にベジタリアンになって、軍主導で食糧政策を始め、軍自ら農業に取り組みはじめました。希望するものには土地を与えて、国民は空き缶にさえ苗を植えました。・・・ ・・・
 こうやってキューバは、食糧封鎖の危機を乗り越え、自給自足出来るようになったのです。過酷な体験をしたわけですが、そのおかげで自給自足出来る国になった訳です。素晴らしい事です。・・・・

 日本がこれから先、この低い食糧自給率で食糧危機がやって来ないとは、到底考えられません。食料不足は確実にやってくるでしょう。
 現在の農林水産省の御目出度い食糧政策
 ・・あと10年で食糧自給率を45%にするのが目標・・・
とか言う甘すぎる政策を見るにつけて考えることは、日本も徐々に食料輸入封鎖状態になって、食糧自給を真剣に考えざるを得ない状態に追い込まれるべきだと考えます。そして日本の社会は農林水産業に重きを置く方向にシフトして行くべきです。
 キューバのような急激な食糧輸入封鎖を受ければ日本は大混乱に陥るでしょうし、貧しい者、弱い者から犠牲になるので、避けたいところですが、将来に来るべき食糧パニックを和らげ、防ぐためにも、食糧輸入は徐々に封鎖されていくべきです。
 
 キューバは、アメリカによって食料輸入封鎖されて、自給自足の国になりました。大きな犠牲が出ましたが結果として、良かった事だと思います。志の高い指導者がいたことも幸いしました。志の高くない政治家の多い日本は、どこまで食糧自給政策を打ち出せるか危ういでしょうが、徐々に食料輸入封鎖に追い込まれていくべきかも知れません。または、それを想定して、数年で食糧自給率を100%に持っていくような政策を取るべきでしょう。望むと望まざるとに関わらず、輸入閉鎖されてもされなくとも、何年か後には日本に輸入される食物は確実に減ってきて、食物輸入がゼロとなる日もやってくると考えるべきでしょう。

 参考文献;
  200万都市が有機農業で自給自足できるわけ
             ー都市農業大国キューバ・リポート
  ・・・私は HP  <平和魂> の記事 【キューバに学ぶ】
 で、このキューバの食糧自給率の記事を読んで、この本を購入いたしましたが、まだ読んでいません(苦笑)今回の記事のキューバの部分はこのHPの記事を参考に書かせて頂きました。
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【2007/04/06 22:16】 | 食料と人口 トラックバック(1) |

ご紹介ありがとうございます。
安楽樹
お久しぶりになってしまいました。
ご紹介ありがとうございます。

探してみたのですがメールアドレスが分からなかったので、上記宛に送って頂いてもよろしいでしょうか?そのアドレス向けにご招待したいと思います。

さて、自由貿易協定(FTA)が問題にされている最近のようですが、ただでさえ大型農業しか保護されなくなってしまった現在において、自由化が起これば日本の農業は壊滅的になるでしょう。
その40%の自給率を日本人口の0.3%が担っているうち、その7割が70歳を超えています。
無駄が多い建設事業の大半を農業にまわすとか、公共投資を第一次産業へ行なうなどしない限り、20年後には間違いなく大量餓死者が出てくることでしょう。
農薬漬けになった土が甦るまでにも、間違いなく数年はかかります。

というわけで私の計画としては、
・西多摩地区でエコビレッジの建設
→全国の過疎化した自治体と連携し、訪問者で田舎暮らしをしたいと考えている人々の斡旋を行なうネットワーク作り

・同様にオルガノポニコの研究
→オルガノポニコは、都市農業の切り札となり得ると思っています。いざというときのために技術を身に付けておけば、将来コンクリートの東京でも農業ができるのではないかと思っています。
困ったらその辺の地面を壊してオルガノポニコを作る、と。
設備投資がかかる人工光なんかよりも実用的なのではと思っています。
自分の中だけで進めていこうかと思っていたのですが、発表することで誰かがやってくれるならそれはそれでいいかな、と。

さらに将来的には、人力で低コストの方法なので、土壌汚染が進んでしまった発展途上国への技術支援にもなるのではないか、と思っています。

濃いコメントです。参考になります。
雑草Z
 大型農業奨励は世界の流れですが、愚かですね。持続可能な社会を目指すなら自然農法、有機農法主の小農でしょう。若い人が沢山農業に就くように、農業を優遇すべき時代です。

自由貿易協定(FTA)って、アメリカや一部の先進国の利権の為にあるんですね。「自由化」って言葉にリベラルを感じるのはかなり危険です。


 エコビレッジ計画はどの程度進みましたか?都心近くでは大変だと思っていましたが、オルガノポニコがあれば、都心近くのエコビレッジも大きな意味を持ちますね。


「オルガノポニコ」と言う言葉は知りませんでしたが、キューバの都市型農業の事ですね。都市の小規模な土地で有機菜園を営む農業で、キューバは「土地に余計な負荷をかけない有機農法を実践し、農産物の自給率がぐんとアップ」って素晴らしい事ですね。
 日本の都市でもこれなら、コンクリートを剥がさなくても出来そうですね。以前安楽樹さんがかなり懸念されていた、石油が枯渇したら『コンクリートは固すぎて耕せない』って言うのも、これなら大丈夫ですね。(本来なら、コンクリートはないほうがいいに決まってますが・・)
 思うに、オルガノポニコは、まだ土地に合わせた改善の余地は結構あるようにも感じます。出来るだけシンプルなほうがいいでしょうね。

 新たな知識を得る情報の入ったコメント、理想を追求したコメント 有難う御座います。
 また情報交換して理想の形を追求して行きましょう。
 

遺伝子組み換え作物
おかっぱ頭
アメリカで初めて栽培されて10年が経つのだそうですが、この言葉を初めて耳にした時、喉の奥が詰まる様な、軽い吐き気に似た感覚がありました。このまま輸入に依存し続ければ、こう云った物を日常口にする時代になってしまうのでしょうか?
先日のNHKクローズアップ現代、ご覧になりましたか?
雑草様の「食」シリーズ、読ませて頂いた後でしたので、穀物輸入に赤信号が出始めた事、実感致しました。
アメリカではバイオエタノールブームを背景にトウモロコシの需要が高まり、低コストで増収が見込まれる組み換えトウモロコシの栽培が急速に増えているそうです。
反対に、大豆は栽培が減った分価格が高騰し、日本の豆腐などにも影響が出始めているとの事です。
日本がこれまで通り非組み換えを輸入し続けたいとなれば、より高い上乗せ金を支払わなければならない・・・そんな事がいつまで可能でしょうか?
生産が見える、安全な物を口にすると云う意味でも、輸入に頼らない自給自足の社会に移行すべきですね。


食料をアメリカに頼るのはやばいですね。
雑草Z
 戦後アメリカの政策として、日本の食料自給率は上げずに、日本をアメリカの余剰食糧の輸出国にしてきた訳ですが、こんなに食料自給率が低い日本は独立国と言えるのでしょうか?それこそ、アメリカが食料輸出相手国を中国などに大幅にシフトしたら、日本は遺伝子組み換え作物でも受け入れざるを得なくなります。もう既に沢山入っているかも知れません。遺伝子組み換え作物さえ入ってこなくなって飢える日本になりそうです。ゴルフ場などは速やかに潰して、耕地にすべきでしょう(と言っても農薬漬けのゴルフ場はなかなか作物が実らないでしょう。大変な事です。)
 
 景気対策などよりも、食料自給率確保は、真剣に力を入れて取り組むべき課題でしょう。
 アメリカに限らず、食料を海外に頼るのは、かなり危険である筈です。政府はそんなことさえわからないのでしょうか?

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2007-04-03 00:01
食料不足6

 例えば、孤立した地域で、倉庫に沢山食料があっても、消費量が生産量を上回って、ストックが減って来て増える見込みがなかったら大変だと気付きます。
 でも現在の社会のいたる所で、食料の生産高が減っていないように見えるから、食料はなんとなく大丈夫なような気がしているだけではないでしょうか?

 水産資源は、乱獲によって漁獲量が減っている魚介類も沢山ある一方、漁場の拡大によって、さらに乱獲が加速して、水揚げ高が増えている魚介類もあります。乱獲で水揚げ高が増えたからと言って、海の魚が増えたと言う人はあまりいないでしょうが、食卓にのぼる魚介類の多さで、何となく安心している人はかなり多いのではないでしょうか?。・・・食卓にのぼる魚の多さを見て、こんなに捕って大丈夫か?って考える人がどのくらいいるでしょうか?・・同じ事なのですが・・・。

 水産資源は、確実に枯渇しているから、まだ危機意識は強いでしょうけれど、農作物についてはどうでしょうか?
  自然農法や有機農業が見直されているとは言え未だに世界の農業の大局は農薬付けです。緑の革命ならずとも、農業は、化学肥料や農薬を大量に使い一時的に土地にドーピングの様な施しを行って、増産しているのです。はじめは土地の生産性を上げても、土壌から大量の栄養分が失われ、土壌流出を起こし、土地を痩せさせ、結局生産性も極端に下げることになります。つまり、近代農法は、土地の栄養を吸い取って減らして痩せさせる普通の農業だけではなく、農薬によって、土の中の生態系が破壊されて仕舞いには土地が砂漠化してしまう危険性をはらんでいるのです。
 
【緑の革命・・・】【マルサスの人口論・・・】のところでも述べました通り、いくら食糧増産したところで、人口爆発をそのまま放っておいたら、人口増加は食料増産を上回ります。と言うか、食料増産によって、人口の増加は加速がつきます。しかし食糧の増産には、限界がありますから、この限られた地球上で、食糧の増産をしたところで、人口が増えている限り食糧不足は防げません
 悲惨な事;貧困、飢饉、戦争、病気、退廃が起こるでしょう。 
 世界の人口の適切な数については、条件によっても異なるでしょうが、現在の60億以上の人口はもう既に適切な人口をずっとオーバーしているでしょう。食料の増産見込みからいうと、まだ人口が増える余裕があるとか言いますが、その増産は持続不可能な増産ではないでしょうか?漁業も農業も現在の量産体制は異常で、ドーピングのような危険な増産です。どこまで増産して何人の人間を養えるか実験しているようなものです。大変危険です。養える目一杯の人口まで増やすと言うことが、どんなに危険で愚かなことかを、その悲惨な結果が出るまで気付かないほど人間は愚かな存在なのでしょうか?

 歴史に学んでいるとは思えません。・・・マヤ文明は、人口増加と食糧増産を繰り返しました。その結果遂に食糧増産が不可能になり、土地が痩せ、一挙に食糧が減ったことが滅びた原因の大きな理由の一つとされています。

ドーピングのような増産は続く筈が有りません。既に、枯渇している漁場、砂漠化している農地は沢山あります。このような現在の食糧増産はかなり危険なものです。理性的に考えれば、食糧増産よりも人口を抑制して、適当なところまでゆっくり人口を減少させることが急務であることは誰でも分かる筈です。
 
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【2007/04/03 00:01】 | 食料と人口 トラックバック(0) |
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