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2006-12-31 04:10
CO2温暖化脅威説は本当か?-4 
 
「地球温暖化は憂うべきことだろうか? - CO2温暖化脅威説の虚構」
   近藤邦明[著] 不知火書房
  - 考 -
 
 バタフライ効果 - とは、北京でチョウチョが羽ばたけば、ニューヨークの天候が変わる(蝶の羽ばたく場所と天候の変わる場所は色んなバージョンがあります・・)というカオス理論を代表する言葉です。カオス[chaos]とは「混沌」とか「無秩序」とか訳しますが、物理の狭義的な”ローレンツ・カオス”では初期条件のわずかな違いが、ある時突然決定的大きな差になる現象を言います。気象はカオスである事に間違いありません。それも単純な”ローレンツ・カオス”では全くシミュレート出来ない要素が無限にある複雑系のカオスです。だから、スーパーコンピュータを用いても長期予測は不可能なのは当然です。
 例えば、天気予報ではよく明日の予想天気図は出てきますが、1か月後どころか1週間後の予想天気図さえ出てきません。これは、予測してもあまり意味がないくらい予想出来ないからです。
 例えば来週の日曜日の天気予報は、明日になると変わる事は日常茶飯事です。また、台風の進路予測図の広がりを見て下さい!あの2重の円は、台風の大きさではありません。(だんだん大きくなるわけではありません・・笑)内側の円が台風の目の存在範囲、外側の円はそれに伴う暴風雨圏の進路予想範囲です。たった、1,2日後でもあんなにアバウトなのです。スーパーコンピュータを使ってもです。
 気候は、(短期的な)気象のようなカオス性はそのまま当てはまらない - と気候シミュレーションの有効性を信じる(ふりをせざるを得ないのかも知れません。)学者は言っているのですが、そうとは思えません。少なくともその間に起きる火山の爆発とか、地震の発生だとかによっても気候は変わるでしょう。バタフライ効果を考慮して、生物の営みも影響するに違いありません。勿論人間の営みのバタフライ効果も無視できないでしょう。戦争や(核兵器の使用)巨大開発に限らず、一人の人間の行動もその人間が世界を動かすような人間にならなくとも、その人間に直接、間接、影響する人間にはなり得るわけですから・・

 日本が世界に誇るスーパーコンピュータ「地球シミュレーター」がいくら素晴らしくても、非常に多くの権威による莫大な量の情報を入力していても将来の気候予測は無理でしょう。 何故なら、気候変動に影響を及ぼすと考えられる個別現象の解析さえ十分になされていないし、ましてさらに複雑なその相互作用も解明されていません。(あり得ませんが)万が一全ての個別現象が解明されたとしても、空間的にも時間的にも階層性の異なる全ての現象をコンピュータに把握させる(データを入力する)のは無理です。仮の仮に万が一データを入力しきれたとしても、時間的にも空間的にも細かく区切って積分してシミュレートするにはコンピュータの能力の限界を超えるでしょう。
 
 気候シミュレーションは複雑系である『生きている地球』の未来予測ですから、人間の人生を予測するように不可能なわけです。
 だから、「地球シミュレーターの100年後の予測」なんて、水晶玉で未来を予測するのよりは、少しはましな程度のあてにならないものなのに、その恐ろしい結果に危機感をもった私(達)は愚かでした。気象学者達も実は「予測」ではなく「見通し」と認識しているのです。
 - ある、モデルの下でのシミュレーション結果 -
という認識が最も妥当です。(そのものずばりでしょう。)

 地球の気候は、フロンによるオゾン層の破壊(それだって正確にはシミュレート出来ていない)の様に簡単にシミュレート出来るものではないのです。
 ー 以上、近藤邦明氏の上記の本の内容を受けて、独自に書かせて戴きましたが、近藤邦明氏や猫田白重氏は、さらに別な十分納得のいく観点からも、気候シミュレーションの無効性を示していますので、次回ご紹介させて戴きます。

        <<さらに続く>>
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【2006/12/31 04:10】 | CO2 トラックバック(1) |


SGW
まあおぼろげな知識から、反論を試みてみたいと思います。

Qそもそもカオス現象についての数理科学研究というのは可能でしょうか。

A可能です。

Qそれはどうやって行われているのでしょうか。

Aコンピュータシミュレーションを使った計算機実験によります。

Qそのシミュレーションに使ったモデルは再現性があるのでしょうか。そんなものが果たして科学と言えるのでしょうか。

Aカオス現象というのは解が一意ではないわけですが、法則に従っていないわけではありません。その法則を記述するモデルを作れば、初期値の敏感性などについて感度分析もできますし、アンサンブル平均を取るといった手段で、統計的な処理をすることが出来ますし、もちろんその結果は、計算機モデル同士で相互検証が可能です。つまり同じモデルを作れば「同じ」カオスであるという結果が出てきます。


統計的処理はある程度出来ますが、
雑草Z
カオス現象についての数理科学研究というのは可能です。沢山あります。私も本持っていました。確定論では、解も一意になるでしょう。様々な物理法則にも従っているでしょう。でも、本文にもかいているように、地球は無限の複雑性を持っているので、一人の人の未来を予測するように不可能です。地球上の全ての物が従う法則を全てのものについて考慮したモデルを作るのは不可能です。本文に述べたとおりです。観念論ではありません。
 統計処理は、例えば人間10万人見れば、プロスポーツ選手に何人ぐらい、100歳以上まで生きるのは何人ぐらいと予測出来るという話です。それだって、現在の10万人調べるならよく合う統計モデルを作れますが、未来のことはやはり不確実です。将来はプロスポーツはなくなっているかも知れないのです。
 普通に理性で考えて、シンプルなローレンツ・カオスとは違う、地球の100年後の姿の予測は、推測の域を出る筈がありません。
1ヶ月先の天気図をほぼ確実に描くのさえ不可能なのですから・・・本文に書いています。


SGW
 別のコメントにも書きましたが、気候モデルが完全だという主張をしているわけではありません。

 あと僕が言えることは、IPCCで評価した気候モデル10数個は、それぞれ世界各地の研究チームが独立して開発したものであって同じ気候モデルとは言えないものだ、ということくらいですね。

もちろん気候系についての各要素の数式等は決まった同じものを使うことになるでしょうが、それらの独立して作られたもののばらつき方を含めて、走らせてみたものの上限と下限が有名なIPCCの2100年に90年比で1.4℃~5.8℃上昇という予測の数字です。

 実際には前提条件として使った4つの社会シナリオ同士の間でのばらつきの影響の方が大きいのですが、一つの社会シナリオ内でも上下1℃くらい気候モデルごとにばらついています。
 まあ「下手な鉄砲」と言われるかも知れませんが、数で勝負しているつもりでしょう。

 ちなみに、短期の気象予報について言えば、最近では日本の気象庁は6ヶ月先の気象について動力学的な(=気象モデルによる)予報をアンサンブル予報として出し始めています。
(気候モデル予測とは違うジャンルではありますが)これについては、本「アンサンブル予報」が出ています。



SGW
まいど、です。
欧米の気候科学者によるブログRealClimateに1/3付けで紹介されていましたが、
The physics of climate modeling
http://www.physicstoday.org/vol-60/iss-1/72_1.html
というのがありました。


たとえ気候モデルが完璧でもシミュレーションは不可能です
雑草Z
 SGW 氏もお認めの通り、気候モデルは私の本文でも述べているように完璧とは程遠いものでしょう。大切なそれぞれの因子もその相互作用も未解決の部分が多過ぎます。
そして、万が一完璧でも信頼の於ける100年後のシミュレーションは不可能でしょう。夕立のような大気の擾乱さえ見落とすような格子点の粗さです。(格子点が細かくてもまた別の問題が発生しますから厄介です。)窓から外を眺めてください。窓から見えるさまざまな現象がバタフライ効果になる可能性を否定出来ないと思いませんか。でも、窓から眺めた範囲に観測のデータ用の格子点は1つあったらいいほうです。そんなんで、信頼の於ける地球の未来が予測出来る筈はありません。

IPCCで評価した気候モデル10数個は、1/1アップの【気候シミュレーションは根拠になりうるか?】でも述べている通り
”気候感度”の調整後のシミュレーションですからかなりの試行錯誤(・・パラメータ調節による数値あわせ・・悪く言えば「ヤラセ」)の結果であると思われますから、全くあてになりません。
 気温予測の精度を把握する標準偏差も出せないでしょう。(・・出したら本当にイカサマですけどね・・・10数個の予測の標準偏差は全く無意味です。)第一そのシュミレーションに携わった研究者の多くもその結果を信頼していないと思いますよ。
  猫田氏のサイトも参考になされて下さい。↓

http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka2/zondanka2.htm#26

日本の気象庁の6ヶ月先の気象についての動力学的なアンサンブル予報(アンサンブル予報と言う統計的手法はいいと思います。もっと調べたいですね。)も、まだまだだと思います。これがかなりの精度で成功しないと、100年後の気象予測なんて全く信頼出来ないでしょう。
 私はCO2地球温暖化に対してはニュートラルでも、コンピュータによる気候シミュレーションに関しては否定します。


SGW
 カオス系であるということから、シミュレーションでは推定不能と不可知論を唱えるのなら、現実問題として、他にできる手としては実物の地球で気候実験をするしかないでしょう。

3.実験による確認は可能か?
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/stopglobalwarming/335.html
で書きましたが、
まあそれも政治的に無理、ということで何もしない、という結論になるしかないように思います。


地球規模での実験すべきときが来ます。
雑草Z
 不可知論ではありません。技術的に不可能と言っているのです。本文およびこの上のコメントで述べた通りです。
 この上のコメント(1/7)で述べた通り、カオスでも場合によっては十分解析は出来ると思います。(単純なローレンツ・カオスなどでなくとも、アンサンブル的手法で可能でしょう)。私は、地球の100年後のシミュレーションは全く信頼性に乏しいと言っているのです。(地球を1つの質点と捉えていい太陽系での軌道等の場合などは有効です)
だから
>現実問題として、他にできる手としては実物の地球で気候実験をするしかないでしょう。
に同意します。1/7の記事でも述べた通り、IPCCの警告を信じるなら、一刻も争う逼迫した状況です。CDM制度なんて、「焼け石に水」どころか、「焼け岩に水滴」ぐらいでしょう。というより、逆効果の場合も多いから「火に油」にもなるでしょう。
SGW氏のHPのご紹介の部分で述べているように、
「地球規模の実験をしてみるのなら、すべての国が大幅なCO2の排出量削減を実際にまず10年くらい行ってみることにより、地球規模で一旦確かめることが最も理性的な対処方法である」
という主張に大賛成です。諫早湾の堤防を開放したのと同じです。IPCCの警告どおりなら、実験というより、そのまま実行しなければ、破局を迎えるでしょう。
「あらゆる経済活動を縮小に向かわせることが必要。」
その通りです。私のこのHPの主張の要の1つです。経済縮小しなければ地球環境は救えないのです。
あんな深刻な警告を出したIPCCのメンバーおよびそれを確信している気象学者、マスコミ、みんなで、その運動をすべき(はず)でしょう。だって、地球が熱暴走したら、人類は滅亡ですから。IPCCは、それを100年以内と警告しているのですよ。
 ただし、その代わりに原発などやったらもっと大変です。
 全体的に経済縮小して、温暖化が止んでもそれでもCO2が温暖化のメインとは特定出来ませんが、多くの逼迫した環境問題が大幅緩和出来て、みんな経済発展の妄信から目が覚めるでしょう。いつか実行しなければならないときがくるでしょうが Point Of No Return が来る前に出来るかどうかです。


SGW
 うーん、世界中の気候学者が、「分かっていないんだ、10年間の気候実験をさせてくれ」、と主張したからと言ってそれに従おうという政治家がもし居たら、あたしゃあ目でコンコ(タクアンを)噛んでやりますがな。

 気候モデルがどんなに不満足なレベルの物であっても、ここまで分かっているという主張を元にするしか政治家を動かせなかっただろうということは政治的な現実だと思います。

 その上で、少なくとも欧米では
「私たち自身との闘い」ロンドンデモよりのメッセージ
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/post2012/508.html
英国シンクタンクの戦略文書「長期気候目標の設定」
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/post2012/494.html
といった主張もあります。

日本では、
参議院環境委員会で、気温安定化目標設定を求める決議を採択
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/post2012/2736.html
という動きもあります。
 日本のマスコミがそういう現状をちゃんと伝えていないだけでしょう。


実験する時期が来るというのは
雑草Z
 早晩必ず経済成長はゆきずまります。その前に環境悪化で経済活動をストップせざるを得なくなるかも知れません。と、言うよりそのどちらも相乗効果で現れるでしょう。そして化石燃料の使用もずっと減らさなければならなくなるでしょう。その前に、化石燃料の枯渇が訪れれば、10年といわず、永遠に化石燃料の使用はストップするわけです。 
 だから、いずれ、その(実験の)時期が訪れますが、熱暴走に限らず、環境カタストロフィーが始まってからでは遅すぎます。
 若し人間が愚かでなければ、Point Of No Return 以前に自ら経済成長をやめ、化石燃料に限らず自然の循環に負荷の大きいものの使用を止め、持続可能な世の中にシフトするでしょう。

 いつも興味深い記事のご紹介ありがとうございます。色々参考になりました。
 CO2温暖化の最後の締めに、SGW氏のHPをご紹介させて戴きました。


SGW
>その前に、化石燃料の枯渇が訪れれば、10年といわず、永遠に化石燃料の使用はストップするわけです。 

 僕がしつこくコメントを書いてきた理由としては実のところ、雑草Zさんのこれまでの脱成長を唱える各記事から、ぜひとも「ピークオイル」問題への対策に目を向けて欲しいなあ、と思ったからです。
事態は急を要すると思ってますので、そちらの論考もブログでやっていただけたら幸いです。

『ん! -ピークオイル時代を語ろう-』
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/forum2/

宣伝をいろいろさせていただいて、ありがとうございました。

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2006-12-29 11:23
CO2温暖化脅威説は本当か?-3  
「地球温暖化は憂うべきことだろうか? - CO2温暖化脅威説の虚構」
             近藤邦明[著] 不知火書房
 -考-

 前回は、CO2が温暖化の主原因ではない理由を述べました。
(前回の分を見直すと急いでわかりにくく書いてあるのでもっとやさしくまとめます。失礼!)
 赤外線を吸収するのが温室効果ガスですが、分子の種類によって、それぞれいくつかの狭い赤外線の吸収帯があります。CO2の吸収帯は、地球赤外線放射の最も強い波長の部分ですが、幅が狭いため、赤外線の多くは吸収出来ません。そしてその波長の赤外線吸収は既に飽和状態に近づいているので、CO2濃度が増加しても吸収量の増加はあまりないとのことです。他の温室効果ガス、CH4やN2O、H2O、(代替)フロンなどもそれぞれ赤外線に吸収帯をもち、H2O-水蒸気の温室効果が最も高く大部分を占めると言うことです

 今回はCO2の増加が温暖化の原因である事の証拠があやしいということに言及したいと思います。 
 先ず、他の一般的環境読本やネットを調べると、過去何万年かの大気中のCO2濃度と、地球の平均気温は比例している事が証拠にあがっています。IPCC[気候変化に関する政府間パネル]もそれを証拠に揚げています。
 それに対し、本書では、因果関係が逆ではないかと述べています。つまり、気温が上がると大気中のCO2濃度が上がると言う事です。一般にCO2に限らず、温度が上がれば水に溶ける気体の量は減ります。水を沸かすとき、100℃よりずっと前に出てくる気体の泡は、水蒸気ではなく、水に溶けきれなくなった気体(主にCO2)です。だから、必然的に海の温度が上がれば海に溶けきれなくなったCO2が大気中に放出されるのです。その証拠に(気象庁のHPにも載っている)海水温と大気中のCO2濃度の変動は、同じ動きをし、相関関係は非常に強いのですが、水温変化の変動のほうが先を行っています。因果関係は逆のようです。
 その、極めつけの証拠は、ヒナツボ火山が爆発した1991年から2年間、大量の火山灰によって大気は覆われ、太陽放射を遮って気温の上昇は止まりましたが、CO2濃度の上昇も止まったのです。この頃に世界の産業活動が停止したわけではなく、化石燃料は通常どおり使われただけでなく、火山の噴火によって、CO2も大量に放出されたにも関わらずです。これは、気温の上昇がCO2濃度上昇の原因であって結果ではない証拠ではないでしょうか?

 短期的(11年くらい)には太陽黒点のサイクル、長期的(数万年~数十万年)には、ミランコビッチ サイクル(地球の公転軌道や地軸の傾きの変動や歳差運動)が原因と思われる気温の周期的変動と、CO2濃度の変動も連動していますが、その周期運動によって気温が変化する事は大いに考えられますが、CO2濃度が、そのような周期変動する理由は見当たりません。これもCO2濃度の変化は、気温の変化の結果である事の証拠の1つに考えられます。

また、過去100年くらいの地上平均気温の変動は、1910~1940年は顕著な気温上昇が見られましたが、その後1970年代半ばまでは気温は下降し、地球寒冷化が問題になっていました。1970年代半ば後の温度上昇が、今騒がれている温暖化のメインです。
大気中のCO2濃度は産業革命が起こった1700年代後期から、ずっと増え続けた筈です。だから、過去100年は、CO2濃度の上昇に伴って平均気温はほぼ単調に増加し、その増加率も近年に近づくほど大きくなる筈です。しかしこの間の1940年~1970年半にかけて平均気温は下がったのです。この間には、CO2排出の多い第二次世界大戦があったのにも関わらずです。CO2温暖化の影響は(気温が低いと水蒸気があまり蒸発しないので、水の温室効果が顕著でない為)極地の方が大きい筈なのですがこの時期は、北極圏では寒冷化が著しく、20年間で平均気温が7℃も低下したとの事です。

 この1940年~1970年半にかけての平均気温の低下や北極圏の寒冷化は、揺らぎの範囲や海水循環の影響も考えられますが、それにしてはあまりにも長すぎます。
 定量的な部分は、多くの研究者の観測結果を解析しないと言及出来ない部分も沢山あります。
 しかし、気温の上昇とCO2濃度の上昇の因果関係は、近藤邦明氏の言う通り、気温の上昇が原因で、CO2濃度の上昇は結果であると考えざるを得ない証拠が沢山あると思います。
 ただし、1970年代後半からのCO2濃度と気温の上昇は、気温の変化をCO2濃度が追いかけているとは言え、全体として気温は急速に上昇しているので無気味です。CO2が主たる原因でないとしても、人間の活動が影響していることは否定出来ないと考えます。

         <<続く>>
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【2006/12/29 11:23】 | CO2 トラックバック(0) |


nakamura
はじめまして、勉強になりました。

こうした話は、自分から入っていかないと
なかなか得られない内容です。
どうもありがとうございました。

燃焼によりCO2が発生すること
燃焼のために化石燃料が必要とすること

この2点の抑制に有効であるソーラーシステム
わたしは大好きです。




omega
こんにちは
よく研究されている人でデータだしてよかったではないかと思います。理解がかなり深まります。
京都議定書の内容をみてみましたが、削減は二酸化炭素だけでなく、メタン、亜酸化窒素、HFCs、PFCs、六フッ化硫黄もやってるみたいですね。
一般的には、地球温暖化=二酸化炭素
素人は、オゾン層破壊で、地球温暖化が起こると答える人もいますが

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%AD%B0%E5%AE%9A%E6%9B%B8

さて、濃度の高い水蒸気のことですが火力発電や原子力発電の蒸気タービンで使ってますね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%92%B8%E6%B0%97

この人間活動により、水蒸気の濃度があがっているのなら、それにより、地球温暖化がおこされていることも考えられますね。
しかし、素人的な考えでは、水蒸気の濃度が上がると、雨になって落ちるんじゃないかなと思うんですが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96
によると水蒸気の影響を計測することは非常に困難だそうで、しかし、可能性の1つとしては考えるべきだと思います


およそ根拠がない説ですよね
SGW
 1940年代から70年代というのは地球の平均気温が下がった期間として知られていますが、この期間中(直接観測されたのは1958年からですが)もずっとCO2濃度はあがり続けています。
槌田説では海水温度が上がってはいないこの時期の説明がまるでできていません。


omegaさまのみ呼応できます
雑草Z
nakamuraさま
  記事の内容と呼応してないような・・。
 でも、<自然の摂理から・・>にコメントされていた
『鎖国時の日本人が限られた空間の中で、「どう生きるか」を実践し結果を残してきたことは、地球という限られた空間で生活する現代の人類にとって有効な知恵を与えてくれると思います。』に非常に共感致しました。これからの日本だけでなく、世界が持続可能な社会に移る為の方向ですね。


omegaさま
 またまた素晴らしいサイトのご紹介とご示唆有難う御座います。
 >水蒸気の濃度があがっているのなら、それにより、地球温暖化がおこされていることも
 私もその可能性考えていましたが、なるほど
 >火力発電や原子力発電の蒸気タービン
 などありましたね。これ、結構有力かも・・
 雨になって落ちるのは、水蒸気が飽和して湿度が100%になってから、空気中に気体状態で含みきれなくなった水が液体になって出てくる分なので、雲の中では湿度は100%のままですから、水蒸気濃度は飽和状態です。さらに、液体の水滴(雲の粒子)も別の波長、それも『大気の窓』の赤外線を吸収するらしいですので、赤外線を吸って地面に落ちてくれば赤外線を再放出しても地球上に残りますよね。この考え方は、CO2温暖化説に取って代われる可能性があるかも・・


SGW さま
 意図するところが掴みかねます。
>地球の平均気温が下がった期間
>CO2濃度はあがり続けています
というのは、CO2温暖化説論者にとって「諸刃の剣」であると思われます。そして不都合である部分がある事は寧ろ「向かい風」だと思われますが。


SGW
40年から70年の気温低下はCO2温暖化説では別のメカニズムでもって説明しているわけで、なんの支障もありませんが、元々気温がドライブする説だと、気温低下時にCO2が増加するメカニズムは説明できません。
どうしてそんな風に思われるのか、根拠がありましたら。

なんの支障もありませんか?
雑草Z
 その、30年もの間の別のメカニズムも宜しければ教えてください。
 「諸刃の剣」と申しましたのは、産業革命以降CO2温暖化が始まったのなら、この時期に30年間も気温が下降したのはCO2温暖仮説では、説得力のある説明が出来ないと単純に思ったことと、それなら逆に1991年からのヒナツボ火山はどう説明するのかと・・気温ドライブ説もCO2ドライブ説も決定打はないのではないかと・・
SGW氏のHPは「温暖化いろいろ」と言うことで、いくつか記事を読ませて戴きましたがCO2温暖化説擁護派の先鋒って感じですね。(間違っていれば失礼。)その最たる根拠は何でしょうか?及び、IPCCの報告通りなら京都議定書なんて手ぬるい事では効果がほとんどないと考えますが如何でしょうか?


SGW
 どうもです。
●30年もの間の別のメカニズムについて。

http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc_tar/spm/fig4.htm
をご覧ください。
 これはIPCC第三次報告書で紹介されたデータですが、気候シミュレーションによる過去の気温観測データの再構成の結果によると、(a)のように自然起源のさまざまな要因の寄与だけで1975年頃までの観測値の変動をおおむね説明できるという評価になっています。(赤の観測値に近い値をモデルが示しています。)

 しかし1975年頃以降は、(a)の自然起源の要因(の再構成)だけでは説明できない乖離が起きています。
 そして(b)では自然起源の要因を一定とみなして人為起源の温室効果だけを含めたモデルでは逆に1975年以降については説明できますがそれ以前では合っていません。
 結局(c)のように自然と人為の両者を組み合わせれば過去の観測値に近くなるということが、温室効果ガスの増加が原因の温暖化が近年(50年程度)実際に起こっているというIPCCの主張の大きな根拠になっています。

 最初の方で上げた、自然起源の変化の大きな要因としては太陽光の強度の変動が上げられるでしょう。
20世紀前半の気温上昇はほぼこれで説明されているのではないかと思います。太陽光の強度の変化の観測値についてはどこだったか明日香氏たちの文献でグラフが出ていたかと思います。

 一部(b)の人為起源の要因としても、硫酸エーロゾルの排出がこの時期増加したことに伴うマイナスの(寒冷化方向の)放射強制力があったと95年のIPCC第二次報告書の中では指摘されていました。

グラフの載ったページ
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc_tar/spm/spm.htm
の下の方には、硫酸エーロゾルの寒冷効果が減ったから温暖化した、というわけではない(事実に反する)旨も書かれています。

”人為起源の硫酸エーロゾルと自然起源の因子(火山や太陽放射)による放射強制力の不確実性にもかかわらず,過去50年の温暖化は人為起源の温室効果ガスによるものだと識別できる。人為起源の硫酸エーロゾルによる放射強制力は,不確実性はあるが,この期間は負の値であり,それゆえ温暖化を説明できない。この期間のほとんどでは,自然起源の放射強制力の変化は負の値と見積もられ,この変化によって温暖化を説明できる可能性は低い(脚注7)。”

つまり第二次報告では硫酸エーロゾルの排出増加が原因で40-70年の気温低下があったように読み取れていたのですが、第三次報告書ではそうだとは言わなくなっています。第四次報告書はこの2月に発表されるので、またその時にはこの時期の人為的な硫酸エーロゾルの寄与について新たな見解が出てくるかもしれません。

●最たる根拠
って、懐疑派の科学者の論がまともではないってことに尽きるのではないでしょうか。
 槌田氏にしても、中本氏にしても、モデルではなんでも出来るといっているのだから、自分の主張に基づくモデルを作って、それで説明できる、矛盾はない、ということを示してもらうのが科学者としての義務でしょう。

●ピナツボ火山での硫酸エーロゾルの排出の影響
については上の気候モデルの中にも自然変動の要因の中に含まれています。

●京都議定書では手ぬるい
 これはおっしゃるとおりです。政治的に可能なことの範囲として、京都会議の交渉では世界の環境NGOは2005年までに90年レベルから20%削減を要求していました。
個人的には今後はむしろピークオイル問題への対応に始まる激変を想定しています。
「ん! -ピークオイル時代を語ろう-」
http://www.janjanblog.jp/user/stopglobalwarming/forum2/
の方もご覧ください。



SGW
 槌田敦氏の論のどこがおかしいかを(グラフを多用することで)一番分かりやすくまとめているのはhechiko氏のブログだろうと思います。

槌田敦「CO2温暖化説は間違っている」を読む(1)
http://hechiko.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/co21_5a1e.html
槌田敦「CO2温暖化説は間違っている」を読む(2)
http://hechiko.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/co22_a362.html
その後も(5)くらいまで続いていますが、本体についてはここを読んでいただくだけで十分かと。

ご丁寧に検証有難う御座います
雑草Z
 正直、私は昨年秋までCO2温暖化脅威説は信じておりましたが、近藤邦明氏の書物で、変わりました。一度ニュートラルになって検証している最中です。
 ご紹介のサイトは、量が多く、まだ一部だけざっと目を通しただけですが、よく調べてあり、議論もしっかりなされていると感じました。私事で申し訳ありませんが、本日から仕事で出かけるので(ネット環境のないところ・)まだ、しっかりご返事出来ませんが、1つだけ私の見解を述べさせて戴くと 
 説明のつくモデルは、(この問題に限らず)無数に作れると思います。例えば、温室効果のメインをCO2からH2Oに置き換えて、構築出来筈です。ただ、その為には、超伝導の合金の成分比の発見と同様に、人海戦術が必要です。スーパーコンピュータも必要だし、それに入力するデータと入力者、シミュレーションした後の、実測値に合わせる為のパラメータの調整などです。そういう仮想地球を作り上げればいい訳ですから・・。だからそういう機会が与えられれば槌田氏も、中本氏もそういうモデルは作れると思います。今私の言った事とは若干違う部分もあるかも知れませんが、このサイトを見てください↓猫田白重氏のサイトです。
http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka2/zondanka3.htm 

擁護派も懐疑派も十分調べている大御所が出揃いましたね。私のサイトでは不十分かも知れませんが宜しくお願い致します。
 あと数回近藤邦明氏の本について検討してから、私の現段階でのスタンスも近日アップする予定です。 
 

人為的な硫酸エーロゾルについて
SGW
 補足になりますが、
人為的な硫酸エーロゾルがグリーンランドの氷に毎年堆積した量の紹介もIPCCの中にあります。
http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc_tar/spm/fig2.htm
の(b)のところですが、このグラフを見ると、20世紀後半に一度大きなピークを描いているので、この人為的な冷却効果が1940-70年の低下に影響しているという説明をしてもおかしくはないと言えます。


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2006-12-27 00:01
CO2温暖化脅威説は本当か-2 
「地球温暖化は憂うべきことだろうか?- CO2温暖化脅威説の虚構」
            近藤邦明[著] 不知火書房
- 考-
 先ず、近年、地球が温暖化している事は、我々が実際肌で感じている事ですし、観測データ的にも間違いのない事ですが、この本ではそれがCO2の増加に起因するものかと言う事を考察致します。
 これは、かなり専門的な内容で、検証も大変な事ですから、「CO2は、大気中の熱を吸収する、そしてCO2濃度の上昇によって気温も上昇している。」と、「専門家」に言われれば、ましてIPCC[気候変動に関する政府間パネル]の数千人の専門家の合意と言われれば、多くの人々は、事実として受け止め疑問は持たないわけです。私もそんな一人でした。しかし、近藤邦明氏をはじめ、何人かの真偽眼を持った方々が疑問を持ったわけです。・・・ そして、それは非常に妥当な疑問だったのです。
 
 先ず、CO2は、どうやって熱を吸収するかと言う点は、あまり深く考えず自分には、分からない部分だと思っていました。しかし一応、熱力学、分子運動論、統計力学を得意としていた筈の私が、考えようとしなかったのが馬鹿でした。この本の注釈に簡単に書いてあったのを読んで目から鱗が剥がれました。統計力学の基本的な部分でした。CO2分子のような3原子分子の構成原子(C1つとO2個)の伸縮運動と変角運動による、振動エネルギー、(及び回転エネルギー)の周波数が赤外線のある部分の周波数に一致する(固有振動数の差に一致するエネルギー)から赤外線を吸収するのでした。これはある意味共鳴みたいなものですので、ラジオの受信と同様、全ての赤外線を吸収するのではなくて、赤外線の中でもごく限られた特定の周波数帯のみ吸収するのです。また、運動の種類によって、吸収帯も複数存在するのです。CO2の場合、その代表が波長で言うと地球放射の最も強い15μm付近ですので、CO2が、温室効果ガスの代表みたく言われるようになったのかも知れません。
 このような原理で、赤外線を吸収するのが、温室効果ガスです。

-以上の説明は私が目から鱗で理解した部分なので敢えて自分独自の解釈を加えて載せさせて戴きましたが、これが問題の本質であると思います。-

 また、温室効果ガスで、最も赤外線を吸収するのは、CO2と分子構造の似たH2O(水蒸気)で、大気の全温室効果の70~90%を占めるとの事です。つまり、温室効果に於いて圧倒的効果を持っているのは水蒸気なのです。勿論CO2とは違う波長の赤外線を吸収しますが・・そして、現在のCO2濃度で、CO2の吸収帯15μm付近の赤外線の吸収はかなり十分行われているのでこの周波数帯の吸収の余地はそれほど残っていないのです。いくらCO2が増加してもCO2の吸収帯15μm付近での地球放射の吸収量の増加はわずかなのです。地球大気全体で見ても、もう赤外線の地球放射の95%を既に吸収しているから、温室効果はほとんど飽和状態に達しているのです。
 具体的には、大気中の水蒸気濃度は温室効果に反映されるけれども、CO2の10ppmオーダーの上昇による温室効果による気温上昇は、ノイズと分離して観測するには事実上不可能との事です。

・・これらが事実なら、確かにCO2は温暖化の主要原因にはならないでしょう。

 8~12μm の範囲は、特定の分子の顕著な吸収帯に重なっておらず、地球放射は大気に吸収されずに大気圏外に放出されるので、大気の窓と呼ばれているそうですが、この部分の波長の赤外線を吸収する分子が大気中に増えれば、大変な温室効果問題になるでしょう。(素人考えの直感で申し訳ありませんが、私はこの部分の赤外線を人間活動の排出物などの何かが吸収して大気の窓を塞ぐのでは?と危惧いたします。若しそうなら、これが温暖化の主原因にもなり得ます。)
 ただ、ここで疑問となるのは、IPCCの専門家達が、ここのところは、十分検討していなければおかしな話です。近藤邦明氏はそのあたりの事情についてもコメントしていますが(後にアップ)IPCCの専門家達は、このCO2の吸収帯の余地について、十分有効と考える根拠があるのかも知れません。フィードバック効果とか色々・・このことについても近藤氏はしっかり言及しているんですが。・・。CO2温暖化説擁護派はこぞって反論してくる部分でしょう。核心部分ですから。
 
 以上は私も最も納得した部分であり、これが本質的な理由の部分でしょう。近藤邦明氏が揚げたCO2温暖化説の虚構の証拠は沢山ありますので、次回にアップします。

 最後に誤解のないように繰り返しますが、近藤氏がCO2の増加による温暖化を否定する事は、環境問題に対策をするな(下手な対策はしないほうがいいのですが)と言っているのではなく、CO2増加対策として、とんでもない偽環境技術が次々に使われていく事に対する警鐘であるのです。
このブログでも、既にいくつかアップしています。
11/13【CO2を海に埋める】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-75.html
や、10/11,10/14~10/17のカーボンニュートラル関係

とんでもない環境対策はまだまだ沢山あります。それらも後日順次アップ致します。 
          <<続く>>                
        
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【2006/12/27 00:01】 | CO2 トラックバック(0) |

re
omega
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96
から

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88:%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96

こちらも、どうか参考にしてください

http://www.cir.tohoku.ac.jp/omura-p/omuraCDM/asuka/comment%20of%20global%20warming.htm
では地球温暖化問題懐疑論へのコメントも発見したのでご参考にしてください

こちらでは
吸収・射出は1回だけでなく何回もくりかえされることがあり、それによって地上気温に対する温室効果は強められる。1回の吸収について飽和して終わりではない。

ということものせてあります


管理人のみ閲覧できます
-


手ごわいサイトのご紹介有難う御座います
雑草Z
 3つのサイトとも、読むのにはかなりのエネルギーを使うと思いますが、非常に興味深いので、是非読み通したいと思います。

 上の2つ面白いですね。管理者が誰か〔研究者?専門家?国?〕の(執拗な)指摘で削除してしまった部分のあるウィキペディアの記事と削除される前の記事(近藤邦明氏のサイトからでしょうか?)と、ほんとに読み応え抜群です。是非時間を見つけて比較して読みたいと思います。

 最も手ごわいのが、一番下の地球温暖化説の専門家らしい〔地球環境フロンティア研究センター〕などの複数の研究者が書かれている「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」です。これはかなりの説得力がありますし、かなりの専門性が必要でパスさせて戴いた部分もありますが、ざっと一通り読ませて戴いて、疲れました。この反論にさらに反論するのはかなり困難ですね。特に定量的な部分は、データを沢山持っていて散々解析して、最も都合の良いデータを出してくるわけですからかないませんね。でも、これで反論?と言う部分も見つけました。折を見てかかせて戴きたいと思います。
 ご指摘のとおり、濃度が高くなると吸収・射出の回数も高くなりますね。
 CO2の吸収帯について、分子同士の衝突やドップラー効果で、吸収帯が広がる事も納得致しました。「吸収量はCO2濃度の対数にほぼ比例」と言う部分は、単純比例だったら大変ですからちょっと安心ですね。でも、「対数に比例」と言うのは、実質『ほぼ頭打ち』という可能性も大いにあり得ますので十分用心です。このことを含め疑問の余地は色々ありますが、定量的な部分は、データを持っていませんので反論できません。
 また、水蒸気の吸収の部分は、随分アバウトなのにびっくりしました。水蒸気のほうが温室効果があるという事に対してはちゃんとした反論になっていないと思います。水蒸気はしっかり研究されていないのでしょうか?そんなことでCO2温暖化のシミュレーションに信憑性があるとは、とても思えません。(・・この事もちかくアップ予定です。)
 ・・以上もう少し吟味して疑いの嗅覚も働かせて読み直してみます。

 ご紹介のサイトを熟読吟味しているとなかなか記事のアップは出来ませんが、リスクは減りますね(・笑)以後時間の許す範囲で、このサイトと突き合わせながらのブログアップさせて頂きます。
 兎も角読み応えのある手ごわいサイトのご紹介有難う御座います。感謝致します。これからも宜しくお願い致します。


はじめまして。
猫田白重
自サイトで温暖化論についていろいろ書いている猫田白重と申します(サイト内の企画でしゃべってるのは二酸化炭素さんですが)。
とりあえず私の方からは、気候シミュレーションは仮説の根拠になれないことを示した気候モデル編と、気候シミュレーションに含まれない気候変動要因を紹介する太陽・磁気活動・宇宙線編をオススメいたします。あと2-10がヤバイです。

「地球温暖化は憂うべきことだろうか CO2温暖化脅威説の虚構」をご覧になって、この本の本当のメイン「環境問題の本質をしっかり解説し、生態系での物質循環の枠内で定常性を維持する事」に気付かれましたか。かなり読み込んでおられるようですね。

「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」については近藤邦明氏も「環境問題を考える」で反論を出しています。ついでに私も自サイト2-8で書いています。

「吸収・射出は1回だけでなく何回もくりかえされることがある、それによって地上気温に対する温室効果は強められる」のは何も二酸化炭素だけではないと思います。
また成層圏では二酸化炭素は飽和していないとのことですが20キロメートルもの高空が人為起源の二酸化炭素でいっぱいになるなんてことはないでしょう。
日本は2008年から新型衛星GOSATを打ち上げて世界中の二酸化炭素濃度を測ることになっていますが、プロジェクトマネージャ浜崎敬氏によると「あまり高空を測っても意味がない。主に地表から3000メートルまでを測る。人為起源の二酸化炭素が溜まるのは3000メートルくらいまでの低層。」だそうです。

以上長文失礼いたしました。今後の更新に期待します。

猫田白重氏のサイトは凄すぎます
雑草Z
 CO2地球温暖化説の虚構をここまで研究なさっている方のご訪問を大歓迎いたします。CO2地球温暖化説の虚構に関しては、 猫田白重氏に比べればまだ全くの駆け出しの私のサイトへのご訪問恐縮致します。
 次回は気候シミュレーションの無効性についてアップしようと思っていた事もあり猫田白重さんのサイトを訪問したら、サイト名も<<思えばバカな企画だった>>ですし、いきなりギャグ漫画だったので、はじめ、おふざけのサイトかと思い、一寸がっかりしたのですが、記事を読み進めるうちに嵌ってしまい、本日の午後半日、先ほどまでずっと訪問させて戴きました。それでもまだ読んだのはサイトの一部です。(ちなみに私も普段はギャグばかり言ってるんですけどね。)
 これだけの内容を一人で調べて運営されているとはとても思えません。これをライフワークになさっているのでしょうか?「地球温暖化問題懐疑論へのコメント」への反論も的を得ていて感心致しました。2-10なんて、面白可笑しく描いていらっしゃいますがよくここまで検証なされたと、脱帽の思いです。内部の方なのでしょうか?なんて思ってしまいます。
 私はあれだけの事を調べ上げることは出来ませんから(調べていたら記事のアップは数ヶ月後になってしまいそうです・・笑)必要に応じてTBさせて戴きたいのですが宜しいですか?この問題の事実検証はかなり困難ですので、このシリーズは、猫田白重氏のサイトを受け、私のほうでは近藤邦明氏の著書の内容紹介と〔CO2地球温暖化説の虚構〕のエッセンス、自分の今のところの(直感的)見解(まだ駆け出しの分際で申し訳ありませんが・・)等をかかせて戴いて、あと数回でひとまず閉めようと考えます。

『生態系での物質循環の枠内で定常性を維持する事』は、私の環境問題に対するスタンスでもあります。ただ、『定常性』という言葉は以前は使ってませんでした。近藤邦明氏の「温暖化は・・」を読んで、最も適切な意味を持った言葉だと認識し、これから使わせて戴きます。   
これからもご助言宜しくお願い致します。 



猫田白重
必要に応じてTBしちゃってください。
私は自サイトの内容を一人で調べて運営しています。2-10についてはもちろん内部の人ではありません。

私は何の肩書きもないし何の特別教育も受けていませんが、そういう人間でも疑問に思ったことについて時間掛かってでもしつこく調べれば、雑草Zさんが「凄すぎです」と仰ったサイトくらいのものは書けます。やってるうちにだんだん面白くなってきますよ。

良い記事を期待します。それでは。

今年最後のコメント返し・・良いお年を!
雑草Z
 有難うございます。早速新年の記事にTBさせて戴きます。猫田白重さんは素直に「ねこたはくじゅう」と読んで宜しいのでしょうか?
 そちらの出演キャラクターは(CO2さんを含めて?)みんな見た事あるような顔ですが、みんな有名人ですか?前、現の2人の首相の似顔絵もとても上手いですね。本当に漫画家でいらっしゃるのですか?
青いアコギをご愛用ですか?
・・なんてご法度を根掘り葉掘り聞いてみましたが、それは兎も角、良いお年を!そして来年も宜しくお願い致します。

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2006-12-25 01:23
今年の夏に
「地球温暖化は憂うべきことだろうか CO2温暖化脅威説の虚構」
                 近藤邦明[著] 不知火書房

という新聞広告を見つけました。同じ欄に、他にも危なそうな本が紹介されていた事や、(出版社はあまり知らないのですが・・)出版会社がうさん臭そうに感じた事もあり、とんでもない眉唾だ!・・と思いましたが、ずっと気にかかっていました。このタイトルが頭から離れませんでした。
 普通、眉唾だと思うものを購入してまで読むつもりはありません。世の中の常識に挑む事は悪い事ではありませんが、ただ注目を浴びるためにセンセーショナルな事を言っている事にはつき合っていられません。
(私の"Produce less"もそんな風に見られているのでしょうけれど・・笑)
 
 しかし、この本は2つの理由で注文してまで読みたいと思いました。
先ず、
 地球温暖化は、もう世界の常識になっているのに、どうやってこの常識に敢えて挑んでいるのか?という事を知りたかったのです。こんなとんでもない事を何の意図で書くのかと・・?とんでもない食わせ物なら食わせ物で、そのまま野放しには出来ない、その根拠を聞き、反論しようと・・
 
次に、
 地球温暖化はシミュレーションによると100年後にはとんでもない結果をもたらします。その時までの地球の打撃は再起不能なくらいです。切迫した大変な環境問題の1つです。多くの人が最大の環境問題と捉えているでしょう。これが虚構だったら大いなる救いになります。1つの大きな憂鬱が吹き飛びます。
(人はこうやって騙されてゆく・・・笑)

 そして、遂にこの本を1か月ほど前に手に入れて読みました・・
 先ず、表紙をめくると飛び込んでくる1979年と2005年の同じ9月21日の北極海全体のNASAの衛星写真を見ると、たった26年で減った海氷の量に愕然とします。この調子だったら今世紀中に氷がなくなってしまいそうです。これだけで十分切迫した状況に感じます。これって温暖化を憂えている本ではないか?と勘違いするほどです。この状況をどうやって「虚構」と言うのでしょう・・・?
 しかし、それらの写真に続く「はじめに」を読んで、著者は「環境問題など大した事がない。」と言う姿勢どころか真摯に環境問題を受け止め、本当の実効のある環境政策への転換を主張していました。彼の環境問題に対する姿勢が私と同じ事がわかりました。「はじめに」だけで、彼の言っている事に一理はあると確信致しました。そして、読み続けると、目から鱗の内容でした。
 結論から申します。(30年、300年の短期での)地球の温暖化は事実ですが、その原因として、CO2の影響が主ではないと言う彼の主張に賛同致します。その「温暖化は脅威でない」という部分などに関してはまだ確信が持てないし、疑問もあるのでもう少し調べて考察してみます。
 他の出回っている環境関係の本の多くは、IPCC[気候変動に関する政府間パネル]の提言や地球シミュレーターの結果を鵜呑みにして、そこから論じています。しかし、この本では、その「権威による」提言やシミュレーション自体を疑り、反論しています。そして、著者の言っている事の方がずっと理があるように思えるのです。納得のいく科学的論拠がしっかり示されています。
 環境問題の専門家でない彼が、しっかり科学的に理性的に論述しています。この姿勢には私も見習うべきだと思いました。この本で疑問が残った部分もいくつかありましたが、今までIPCCなどの言っている事やシミュレーションを鵜呑みにしたりして、私は科学者としての態度を間違っていました(って、科学者じゃないですが・・・)。よく考えるとかなり疑わしい「定説」も私のブログにもアップして来たかと反省しています。 
 この本を是非多くの人に読んで欲しいと思いますが、読むにはある程度、専門的知識や物理的素養がなければ難しい部分もあると思います。(対象は、最低でも理工系の学生以上の知識がある事を前提にしていると思われます。)是非、技術者や研究者こそ、読んで欲しいと思います。

 私は今年多くの素晴らしい環境関係の本に出会いましたが、その中で1つに絞れと言われれば躊躇なくこの本をあげます。この本は「地球温暖化は憂うべきことだろうか?」というタイトルの元で、CO2温暖化脅威説の虚構もしっかり根拠を示して述べていますが、実はそれがメインではありません。 この本の素晴らしいところは、
看板に(嬉しい・・笑)偽りありで、
 核心部分は、現在の対処療法的な環境技術を批判し、
環境問題の本質をしっかり解説し、
生態系での物質循環の枠内で定常性を維持する事を主張している点です。
 
この、センセーショナルなタイトルは、近藤氏が注目して貰おうと意図したことでしょうが、眉唾に思われて、損している部分もあると感じます。 
 近藤邦明氏は、十分に噛み砕いて論じていますが、このブログではよりやさしく噛み砕いてエッセンスだけを自分の意見&感想(いくつかの疑問点も)を交えながら述べていきたいと考えています。 
 具体的な内容に関しては、内容別に分けて次回から順次アップしていく予定です。
先ずは
CO2温暖化の虚構について -- これは、今までの私がアップした内容の一部を修正する必要が出てきます。
続いて
真の環境問題について -- これは、今までの私の主張と重複する部分があります。
多くの人に、真の科学者の態度、本当の勇気ある態度を知って戴き、私と同様に目から鱗の体験をして欲しいと希望致します。          
                    
 地球温暖化の深刻な現状と対策を訴えるドキュメンタリー映画『不都合な真実』が、来月公開されるようですが、映画館には滅多に行かない私も、それも見てみようかとも考えています。しかし、今のところ近藤邦明氏の主張のほうを支持します。
 勿論化石燃料の使用を、無条件に肯定しているわけではありません。CO2温暖化以外にも酸性雨とか別の観点から減らすべきです。
 近藤邦明氏は、CO2地球温暖化対策としての石油代替エネルギーなどの数々の環境技術の虚構性、危険性を警鐘しているのです
             <<続く>>
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【2006/12/25 01:23】 | CO2 トラックバック(1) |

はじめまして
omega
はじめまして
最近、たどり着いたんですが勉強になるサイトですね

近藤邦明
が運営するサイトがあったので、紹介します
http://env01.cool.ne.jp/index02.htm

個人的には、温室効果ガスによる、地球温暖化の可能性が一番高いのではないかと、無垢に信じていたので、これからの議論の行方には興味深いところです
地球温暖化 フリー百科事典『ウィキペディ(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E7%90%83%E6%B8%A9%E6%9A%96%E5%8C%96
こちらもどうぞ。

応援、クリックもしときます


私もCO2温暖化説を信じておりました。
雑草Z
 実は、CO2は赤外線の多くを吸収出来ないのですよ。(次回アップ致します。)
 はじめまして、ご訪問有難う御座います。
 色んなサイトのご紹介有難う御座います。近藤邦明氏のサイトに関しては、本書にも載っていましたが、あとでご紹介する手間が省けました。
 地球温暖化 フリー百科事典『ウィキペディ』は覗いてみたら非常に役に立ちそうです。記事をアップする前に、ここを訪れて、事実と現在の温暖化に対するマジョリティの考え方を確認、検証、してから、アップするようにしようと思います。(IPCCの情報も多いと思います・・次回12/27の分はもう予約しました。)
 これから3泊の出張に行って来ますので(ネット出来ない環境・・笑)帰ったらウィキペディで、確認させて頂きます。
 来年は、是非近藤邦明氏にもコンタクトをとりたいと思っております。私の解釈で、不満な部分もあるかも知れませんし・・
これからも宜しくお願い致します。 

自動車
omega
少しずれるんですが、ルクセンブルグで圧縮空気で動くエンジンが開発されたそうです。

二酸化炭素などの有害な排出ガスがなくなりコストも大幅に安くなるんだそうです。
日本でも、こういうのを開発して欲しいなあとは思いますね。


http://ideon.seesaa.net/article/30269921.html

すごすぎて、本当かな?と思うんですけれど

気になりますね。
安楽樹
不都合な真実は試写会で見てまいりました。
すぐ近くで見ている議員の方々が、一体どのような気持ちでこの映画を見ているのか、非常に気になりました。

このシリーズ、楽しみにしております。

二酸化炭素による温暖化について考えてみました
村田 頼哉
こんばんは!
同じく二酸化炭素による温暖化問題について考えてみました。
参考文献も記してありますので、機会があれば一度みてください。

トラックバックを貼ろうとしたのですが、ダメだったので・・・
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/12/000076.html#more

お会いした事のない3人の方のコメント
雑草Z
 いつもコメント有難う御座います。ブログのコメントのやりとりだけで、お会いしたことはありませんが、コメントだけでなくサイトのご紹介等有難う御座います。非常に役に立っております。これからも宜しくお願い致します。
 
omegaさま
  圧縮空気で動くエンジンの、圧縮のエネルギーをどうするのか興味があり、ご紹介のサイト見てみましたが電力でしたね。これは、電気自動車等と同様で、エネルギー効率は良くないと思います。サイトでは、個別でなく一気に発電所で発電するから効率が良いと書かれていましたが、自動車のエンジンの場合は、電気に変換せずに直接燃焼させているので変換効率はガソリンエンジンのほうがずっといい筈です。火力発電すればCO2はより多く出る筈ですよ。
 電気エネルギーはパソコンなどのような電子機器にはなくてはならないものですが、発熱や発動力という意味ではかなり非効率です。
 圧縮を人力ですればいいのですが、かなり大変でしょう。それなら自転車(人力車)のほうが有効ですね。


安楽樹さま
 不都合な真実のご感想もお聞かせ下さい。ゴア氏はどうですか?私も見てみたいと思っていますが、・・(音楽も多少興味あります・・あのご婦人がPMRCのゴア氏が使う音楽?って感じかも。)


村田 頼哉さま
 そちら、訪れて見てきました。私とは違った切り口で興味深く面白い内容でした。近いうちにそちらにもコメント書いておきますね。
 近藤邦明氏が参考文献に挙げている方の書物を参考になさっていますね。近藤氏も同じようなことをその方々を参考にかかれていますが、私はなるほどと思いつつも多少違うのではないか?と思う部分もあります。こちらで近いうちにアップしたいと思います。


ゴア氏
安楽樹
申し訳ありませんが、音楽はあまり気にしていませんでした……(汗)。

映画の内容が、政治的アピールや商業目的で無いものとした場合、ゴア氏はとても親近感が持てる人間だと思いました。
アメリカに環境を重視する政治家がいることにまず驚きました。
少なくともこの知識は日本の政治家も見習って欲しい所ですね。

親近感の理由は、まず第一に、子供のことを考えて環境について動き始めたこと。
次に、自ら各地の研究者たちの現場に行って情報を集めていること。
そして、環境(というより温暖化)についての講演会を1000回も行っていること。

講演会に関しては、おそらくそれよりも政治活動を優先した方が儲かるような気がするので、やはり営利目的ではないのではないか?なんて思っています。というかそう思いたいですね。

気になった事の一つは、「環境と経済は両立できる」と言っていること。これはお国柄、そう言わないと誰も聞いてくれないんですかね。
もう一つは、温暖化の原因が二酸化炭素と関係なかった場合、彼の根拠のほとんどが意味ないものになってしまう、と言うことですかね。

少なくとも、ブッシュよりはゴア氏が大統領になっていたら、確実に世界の動きは変わっていたのではないか、ということを思いました。

最近はアメリカ国民も環境意識は高いようです
雑草Z
 この映画は、次期大統領選を見越しての政治的意図も感じられますので、どこまで素直に見れるかはありますが、 安楽樹さんのコメントを読ませて戴いて、是非見てみたいと思いました。 控えめに書こうとされていますが、この映画に対する安楽樹さんの思い入れはしっかり伝わってきました。映画館で映画を見るのは、子供を「千と千尋・・」に連れて行って以来ですから、何年振りでしょう?
 温暖化の主要原因がCO2でなくても、化石燃料の消費を減らすことは酸性雨とか別の環境対策にもなります。それに環境問題に対する意識の高さも評価出来ると思います。「クリーン開発メカニズム(CDM)制度」を推進しているようでは駄目ですが・・(笑)
 アメリカは環境破壊の最悪の国ですが、最近の国民はかなり環境問題の意識が高い人が増えたようです。日本の国民よりずっと多いかも知れません。困ったことは、 安楽樹さんのご指摘の通り、経済成長しながら環境問題を解決!と言う考え方の人が圧倒的に多い事です。この点は日本と一緒ですね。世界の多くの先進諸国がそうでしょう。だから、ゴア氏もそこは否定しない訳です。
 そして偽の環境技術にかなりの庶民が騙されていると思います。これからの課題はそこですね。勿論それ以前にブッシュのように環境問題を握りつぶすような大統領では話になりませんね。
 映画見たら、そちらのHPに感想等コメントしたいと思います。

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2006-12-23 01:12
 自分の娘には、まだ勿体程度の身近なエコしか教えていない私は、娘が寝る時に環境問題の簡単な本を一緒に読もうと考えた。早速、子供でも読めそうな環境読本『地球は今』;高木義之監修全10巻の第1巻「壊れゆくオゾン層」を借りてきた。字も大きく挿絵も多く、大人なら1~2時間で読み切れそうな本だ。借りてきて暫くは、日々の雑事に追われて、ページは開かれなかった。ついこの間、初めて娘が寝る前に読んで聞かせた。娘も目で活字の後を追った。子供でも読めそうだと思っても、色々知識のない小学生の娘には難しい。アバウトに現象だけ教えてもいいけれど、まあ、自分の得意分野だったりもするもので、噛み砕いてちょっと詳しく教えたりする。何せ、原子と分子の概念もまだ知らない子に酸素分子とオゾンの関係を教える訳である。波長が短い電磁波の方が人間への刺激がなぜ強いかとかは、波長と振動数の関係から簡単に教えたほうが、紫外線A、紫外線B、紫外線Cの違いもよく分かるし・・等と欲張ってしまう。バクテリアの分裂から指数関数の増え方の物凄さだとか・・・だから、あまり進まないのだけれど、こういう部分は楽しめる。(私だけのひとりよがりではない?)そして、娘は30分ほどで深い眠りに落ちた・・・。
 数日後に娘に催促されて、ブログを早めに切り上げて2回目の寝床での本読みも終わり、「壊れゆくオゾン層」は、半分ほど読み終わったところだ。
 娘に本を読んで聞かせたのは、この夏に母が親しくしている人から送って戴いた「佐賀のがばいばあちゃん。」以来だ。これは昭和30年代の古き良き時代の質素倹約なばあちゃんのお話で、ペーソスと郷愁もあるけれど、娘とほのぼの読めた。読んであげて良かったと思うし、娘も喜んでいた。
 ・・・しかし、現在の深刻な環境問題を知ることは、小学生の子供には厳しいものがある。
 現在、オゾン層破壊によって、直射日光を浴びる浅い水底に産まれるカエルの卵がふ化しなくなって激減しているとか、野うさぎや羊が失明しているのが沢山確認されているとか、大人が聞いてもショックな内容を小学生に読んで聞かせるのは忍びなくなってくる。挙げ句に、晴れた日のお昼には太陽に20分以上当たると危ないとか、サングラスで外出せよとか、こんなことを小学生に教えなければならない時代になったなんて、酷いもんだ。「子供に夢を」なんて言ってられない。 オゾン層の破壊だけでなく、他の深刻な環境問題もまだまだある。でも、知らなければならないことでもある。
 だから、私はより専門的な理科的な知識を教えることに逃げ込みたくなるのかも知れない。波長の短い波は振動数が多いから、刺激が強い!って娘の手の皮膚を素早くごしごし擦ってふざける。でも娘は肌で、深刻さの本質を感じ取っているのかも知れない・・・。



  1993年当時13歳のセブリン・スズキ さんのスピーチです。
 現状把握が一般の大人よりもしっかりなされているだけに悲壮感が切実に伝わって来ます↓。
http://www.ai-kei.co.jp/message.html
 
 うちの娘が13歳になったとき、こんなにしっかりした素晴らしいスピーチを出来るようになれるのだろうか?
 こんなスピーチしなくて済む世の中なら、いいのですが・・
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【2006/12/23 01:12】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

目指せ、がばい父ちゃん!
天地 はるな
この本、難しくないですか、お子さんに?
もし、難しすぎたらいくらいい本でも心に残らないのではないでしょうか?
「佐賀のがばいばあちゃん」、私は映画で見ましたがステキでしたね。
ばあちゃんが好きで、ばあちゃんとの暮らしを懐かしがっているようないい映画・・・。
作者の島田洋七は今は佐賀で田畑を作ったりして暮らしたいるそうです。
環境教育は、「こうなりたい」と思わせるような大人になるのが一番なのかも。
目指せ、がばい父ちゃん!ってとこでしょうか。( ̄▽ ̄)




親としては切ないですね。
おかっぱ頭
 親が子供に「~してはいけない」と言う事が多くなったのはいつ頃からでしょうか?
 以前テレビで、小学生の児童が防犯ブザーの使い方の指導を受けている映像を見て胸が痛みましたが、オゾン層の破壊で太陽の下で思いっきり遊ぶ事も出来ない、そんな時代になってしまったのですね。これでは子供達の心も身体も病んで当たり前だと思います。大人が経済優先で環境を破壊しておいて、「子供らしく」生きろ、と云うのは矛盾した話だと思います。
 私のHNでもあります、おかっぱ頭の幼少の頃、祖母は空を見上げては「様」と言っていました。太陽はおてんとう様、雷はらい様、お月様、お星様と・・。暖かい響きでした。人間は自然に生かされている、すべて繋がっているのだから壊してはいけない、そんな意味が「様」には込められていたような気がします。
 恐ろしい結末を迎えない為にやめるべき事がいかに多いか、このブログで教えて戴きました。
 美しい地球を子供達に!その為には雑草Z様のおっしゃる通り「せーのっ!」なのかも知れませんね。

現実を小さい子に教えるのは忍びないけれど
雑草Z
 環境破壊の現実をしっかり教えて、セブリン・スズキさんのような子供が沢山育って、自然の摂理をしっかり理解した素晴らしい大人が増えていって欲しいですね。
 我が娘とも来年1年をかけて、環境読本『地球は今』全10巻を一緒に読んで、色々解説して考えていこうと思っています。


天地 はるな さま
 環境読本『地球は今』は、「ファミリーシリーズ」ですから、子供なども対象の本だと思います。小学生でも高学年なら、読んで分かりにくいところだけ解説してあげれば難しい内容では有りません。現象面だけなら、簡単に理解出来ます。実際私も読んで見ての感想です。
 もっと理科的な根本から教えたほうが、時間はかかっても印象深くしっかり理解し、将来も役に立つと、私が勝手に深く色々追加して教えているだけです。


おかっぱ頭さま
 自然に対して「・・さま」という思想はアメリカインディアンなどにも通ずる自然に対する畏敬の念ですね。「自然は全て繋がっている」と言う事実と共に非常に大切な、そして自然に生かされている人間は当然持っているべき感覚ですね。
 現代人には自然の完璧なシステムを大きくいじる能力はありません。巨大開発などは、とんでもなく間違った欲望と無知とによるものです。
 モラル的にではなく、環境破壊から身を守るために「~してはいけない」と子供に言わなければならないのは、悲し過ぎますね。
 環境破壊のために失ってきたもの、失いつつあるものを教えることもさらに胸が痛みます。でも、「知らなくていい現実」ではありません。
追伸
 2度目のご訪問有難う御座います。コメントを読んで、しみじみ感慨深いものが有りました。何故か子供たちにももっと勇気づけたいと感じました。これからも宜しくお願い致します。
なるほど!おかっぱ頭と言うのは、現在ではなく、懐かしい幼少の頃の事だったのですね。


 
   

子供達にもいい思い出を
おかっぱ頭
 お返事ありがとうございます。
 現状は厳しいものがありますが、私達の心の中にあるいい思い出を今の子供達にも持たせてあげる事が出来たらと切実に思います。
 毎回楽しみにしております。これから寒い冬も「電気ズボン」で乗り切ってください。

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2006-12-21 01:31
 我が家では、暖房は炬燵のような「局所暖房」をなるべく使うようにしています。
 私の体験から言って、家で何かをするときは手が冷たくなって血の気が引き、鉛筆で字を書けないくらい冷たくなるまで(気温で云うと氷点下まで)は、部屋の暖房は必要なく、体温の保温や局所暖房で十分です。足下がしっかり暖かければ十分です。これって単なる「慣れ」です。
 まして、眠る時には布団さえしっかり掛ければ、部屋の温度がかなり低くても体温で十分です。
 私が育ったのは岩手県ですが、中学生の頃から、冬でも掛け布団1枚で寝てました。掛け布団は少し重いというか厚めでしたが・・(敷き布団も1枚。布団が短く、足が出たので、足元にタオルケットなどをかけて、敷布団の下に捲って入れておいたので正確には掛け布団2枚ですが。)小さい頃は親が布団にアンカを入れてくれましたが、ちょっと大きくなってから真冬にアンカなしで大丈夫かどうか試してみたら体温だけで十分暖かく思いの他大丈夫でした。流石に真冬日の風呂上がりに髪の毛が凍るくらい寒い夜は、寝る時刻が遅かったときなど、朝起きた時に、足の血が引いて感覚がないほど冷えていましたが、それも充実感であり、慣れるとなんてことありませんでした。今は体を鍛える気はありませんが、冬でも布団は2枚くらい重ねれば十分です。(足の分混ぜて3枚)暖房は必要ありません。寒かったり風邪をひいていても、さらに布団を多めに掛ければ十分です。敷き布団も2枚にすればさらに暖かくなります。北国で凄い寒波でもこない限り、眠る時に暖房は必要ないでしょう。 
(関係ありませんが、中学生の頃の私は、当時の日本人の平均エネルギ-使用量の何分の1レベルだったかと思います。)

 我が家では、父母を除くと
夜眠るときは原則暖房禁止にしています。
 日本もちょっと昔までは、どこの家庭でもこんな感じで眠るときにまであまり暖房は使わなかったのではないでしょうか?
    
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【2006/12/21 01:31】 | 身近なエコ トラックバック(0) |
2006-12-19 00:01
 人間は哺乳類ですから、恒温動物です。体内では絶えず発熱しているのです。その哺乳類の中で冬に暖房を使うのは人間だけです。確かに人間はほかの哺乳類のように体中が保温効果がある毛で覆われている訳ではありませんが、本当に暖房が必要なのはどのレベルでしょうか?
 前回述べたように全館暖房と対照的な省エネの暖房方法が、体の周りだけ暖める局所暖房です。そして、その究極が、人体の発熱だけで、ほかに発熱装置は使わないことでしょう。最もシンプルで効果的な暖房方法でしょう。つまり、冬の間、体の発熱を逃がさない着物を来たり布団に入ったりするだけです。十分効果的な方法でしょう。冬山登山用に開発された氷点下数十度でも防寒として使える素材や製品を使うまでもなく、熱を逃がさない方法は、「現代人の技術を持ってして」等という大げさな表現を使う必要もなく、簡単に出来る事です。

 寒さを我慢しろと云うつもりはありません。しかし、寒さに慣れる事は必要です。ごく最近、人間の文明が、寝るときすら暖房をつけないといられない体の人間を作ってしまったのです。人間は哺乳類で、恒温動物ですからある程度の寒さまでは、暖房なしに寒さに耐えられる能力を退化させるのは良くない事だと思います。From door to door で暖房に囲まれた生活をするのは、耐性のないひ弱な人間を作るのです。
 これから石油が枯渇する時代を迎えるにあたって、先ずは体温だけでどこまで保温出来るかと云うことの追求が大切でしょう。非常に簡単にかなりのレベルまで可能な筈です。体温の保温を追求した後で、それを補う暖房方法を考えることが物事の順序である筈です。
 この方法を追求することは、家庭で最もエネルギ-を消費する暖房方法の(新しくない)革新で、発熱のエネルギーは大きいですから、省エネ効果は莫大な筈です。しかし、経済効果が非常に小さいので企業も政府も推奨しないでしょうが、持続可能な社会を作る為にも外せないことです
 具体的な方法は提案するまでもないでしょう。
暖房より先ず、体温の保温を!!
 ・・・これって外を歩く時は基本ですが、家の中でも基本じゃないですか?
 私が実践から云えるそのレベルは、周りの温度が氷点下にならなければ、体温の保温で十分だと云う事です。(氷点下でもある程度大丈夫でしょう。)
 次回その自分の実践例を書かせて戴きます。<続く>
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【2006/12/19 00:01】 | 身近なエコ トラックバック(0) |

コメントありがとうございました。
安楽樹
私もお邪魔させて頂きました。
毎回ながら、雑草Zさんの知識の広さには頭が下がります。
ぜひ参考にさせて頂きます。
よろしければ、こちらのブログを私のブログでも紹介させて頂いてよろしいですか?

冷暖房に関しては、現在はかなり呆れた状態ですよね。
私自身、エアコンやガスストーブは苦手なので、オフィスというものが苦手でしょうがありません。

よく思うのですが、外界を自分に合わせるのではなくて、自分を外界に対して合わせるよう努力するべきなんだと思いますね。人間は。

是非宜しくお願い致します
雑草Z
  
 おっしゃるように冷暖房に関しても、現在はかなり呆れた状態ですね。省エネが甘すぎて発熱がざる状態です。
そしてご指摘の通り、現代人は外界を自分に合わせることを安易にやり過ぎですね。人体にも環境にもよくありません。このご指摘は環境問題、健康問題の大きな根本原因の1つかなと直感致します。素晴らしい題材でもあります。
 以前、Peacering と云うHNでコメント戴きましたよね?大きな理念を口先だけでなく実践なされているのは凄いと思います。ブログご紹介戴ければ頗る嬉しく思います。
これからも宜しくお願い致します。そちらもちょくちょく訪問させて戴きます。

その通りです
安楽樹(旧名:Peacering)
はい、mixiの方の名前と合わせるために改名しました(笑)。

大きな理念のためにこつこつ地道に活動しております。
何か面白い動きになってきたら、ブログでも紹介したいと思っています。

今後とも、宜しくお願いいたします。

凄い動きをされたばかりなのに
雑草Z
 何かもっと凄い動きがありそうですか?実行力見習いたいものです。発表楽しみに致しております。
環境問題がますます悪化して、偽環境技術の溢れる中、真の環境問題に取り組む人が確実に増えて、来年2007年は持続可能な環境中心の社会に大きく動き始める年かも知れませんね。期待致します。 

はじめまして
y.suzuki
 「自然の摂理・・ 」からきました。
人間は恒温動物であるということは環境を考える前提ですね。自然の摂理に則った体温調節機能も、退化の一途をたどっているように思います。かくいう私も、数年前まで、空手の合宿で山篭りつまり、滝に打たれて1000本突きなどと過激なことをしていたのですが、その後体が火照るぐらいでした。厳寒に冷水という荒療治が本来の体温調節機能を呼び覚ます一例だったと思います。

 始原人類は永年の洞窟生活(おそらく高温多湿)によって、体毛が抜け落ちたと思われますが、かえって環境適応能力(知能を含めて)を先鋭化させて進化してきた存在でもあり、その視点も含めて考えていきたいたですよね。



人間は恒温動物
雑草Z
と言う事を「環境を考える前提」とまで、言及されるとは賛同の域を超えて素晴らしいですね。本文のこの部分を大きな文字に変えさせて戴きます(笑)。普通の人はsuzukiさまほど、荒療治するのは、しんどいでしょうけれど、人間は恒温動物としての体温調整機能は鋭く保つべきですね。
 へぇ~なるほど、人間の体毛はそのような理由で抜け落ちたんですね。その視点を含めた発展内容を<自然の摂理から環境を考える>で、是非取り上げて下さい。期待しております。
<自然の摂理から環境を考える>は、人材の宝庫ですね。私がいつも訪れる貴重な良質の環境問題サイトです。これからも宜しくお願い致します。

まっっったくその通りです
社枯
ほんといつも思ってました。普通に服を着て靴下を履けば、真冬でも暖房は必要ないと思います。電気毛布とかもいりません。布団に入ってしばらくすると、勝手に暖かくなります。寒いときは上着を着たり、ひざ掛けを掛けたりすれば全然平気だと思います。
家族からは暑がりみたいに思われていますが、常にストーブとかをつけているから、ないと余計に寒く感じられるのだと思います。
ちょっと自分に厳しくすれば、いろいろ「強く」なると思います。

先ずは着る物で調節が基本ですね
雑草Z
 日本では、標高の高い山の上や緯度の高い北海道の北部などのごく一部を除くと、ほとんど暖房なしで、厚着と布団で冬も越せそうですね。先ずは、着る物で工夫すべきですね。
 人間は恒温動物で、体内で発熱している事を基本に、寒いときはその熱を如何に逃がさずに暖かく保つかを考えるべきです。
 夜冷たい布団に入って、体温でぬくもってくるのもいいものですね。
 本文にも書いたように、暖房の為の発熱エネルギーは非常に大きいので、これを節約する事は大きな意味があります。
おっしゃるようにあんまり無理をしないで、
>ちょっと自分に厳しくすれば、いろいろ「強く」
なりますね。自分の体にも環境にもよく、一石二鳥ですね。 


 3ヶ月近く前の去年の暮れの記事にコメント戴くと嬉しいものですね。ご賛同有難うございます。
  

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2006-12-17 00:49
 寒くなってきました。ここ東北の地では氷点下になる日も増えてきました。今のところ日本の家庭で消費するエネルギーのナンバーワンは暖房用です。冷房用ではありません。南の一部の都市は違うでしょうが、日本全国で考えればそうです。冷房のエネルギーが暖房のエネルギーを上回る時代がきたら日本も破綻でしょう。(来そうで恐いですね)

 さて、現在暖房の省エネというのはかなり論じられています。高機密住宅、建物の断熱性、2重3重サッシ・・・それも大切です。でも、どれも西洋的な、「建物の中を全て暖かくする」という発想です。発想そのものがバブリーではないでしょうか?「全館暖房」という発想自体が、エコではないと思います。学校や役場などの人が沢山集まる施設は多少の全館暖房は必要かも知れませんが、一般家庭では全館暖房は必要ないと思います。 公共施設の全館暖房にしても、その設定温度は15~18℃もあれば十分でしょう。役場等で、最近省エネとかいって、22℃くらいに温度設定しようという運動がありますが、そこまで必要ありません。そこまで必要な人は風邪をひいている人か、熱帯の住人でしょう。寒ければちょっと厚着をすればいいのです。同様に冷房の設定温度も26℃くらいでは低すぎます。30℃で十分でしょう。
 18℃といえば、種類にもよりますが、体温調節の出来ない変温動物の爬虫類や両生類でさえ、多くが十分活動出来る温度です。(冷血動物と比べるのはちょっと暴論ですかね?・・笑)まして、恒温動物の人間が、20℃以上の暖房が必要の筈がありません。そんな温度に設定していたら人間の体温調節の機能はますます衰えるでしょう。それなのに暖房機器についている設定温度は18℃~30℃くらいです。ふざけています。これではエネルギ-を沢山使わせようとしているとしか思えません。
 全館暖房の対極的な暖房方法が、体の周りだけ暖める局所暖房です。
 私は、日本の伝統的な局所暖房システム「炬燵」のほうが素晴らしい暖房システムだと思います。家の中全てを暖かくする必要があるのでしょうか?確かにその方が便利なことも色々ありますが、暖房した部屋の中の冷蔵庫で物を冷やして、冷たいものが食べたくなるといったしょうもない無駄が沢山行われているのではないでしょうか?
 炬燵は『頭寒足熱』の状態です。健康にも良く、頭も冴えます。そして、家族の団らんの場になります。昔のように練炭やまめ炭炬燵は、エネルギー効率はかなりいい筈ですが、安全性に問題があるでしょう。それでも私は炬燵にこだわります。
 電力を発熱装置として使うことはエネルギー効率としては最高に愚かな発想です。電気ストーブは1000wあっても、直接当たらないと暖かくなく、ちょっと寒い6畳の部屋すら十分に暖められません。しかし、炬燵は300wもあれば、何畳の部屋の中でも4,5人の家族全員たっぷり暖まれます。一般家庭で、部屋全部を暖かくするという発想は必要ないと思います。電気炬燵などに限れば電気で発熱も有りだ!と思います。
 私は今、暖房として電気ズボンなるものを履いてこれを書いています。私が中学生の頃、親が買ってくれたものです。足下が「電気スリッパ」になっていてそこから腰までズボンが伸びて防寒になっています。昔の製品で使用電力は分かりませんが、電気炬燵よりは少ないに決まっていますから100wぐらいでしょう。電球2.3個分の電力ってとこでしょうか?私はその後、背が伸びて、母が上に布を20cmくらい足してくれました。部屋の気温が氷点下になっても十分暖かく勉強できました。手が寒いときはスタンドの裸電球で手を温めました。そういえばそのスタンドも電球は何度か取り替えたと思いますが、現在私の手元を照らしてくれています。電気ズボンとともに30年以上も使っている訳です。その間に何度も引っ越しているのです。1970、80年代の電気製品はしっかり出来ていたし、シンプルなものは長持ちするものです。
 この「電気ズボン」の存在は知らない人が多いみたいです。、あまり売れなかったらしく、製造されたのはごく短い期間だったのでしょう。丁度、局所暖房から「家の中は全部暖かく」といった、企業の戦略にみんな嵌って行った時代だったのでしょう。
 昨年凄く変な工夫した暖房設備(設備と言うよりちょっとした道具ですね。)を見ました。曲げられるストローのように円筒形で側面が細かくひだになっていて、伸び縮みして長さや角度を適度に調節できる筒です。その一方の口をファンヒーターの熱気の出口の前において、反対側の口を炬燵にかけてある布団の中に入れて熱気を炬燵の中に送り込むパイプです。商品名を省エネダクトとかいうらしいのですが、1000円くらいの商品です。
 昨年それを使っている家で、ふざけたおバカな商品だなぁと、笑って見ていたのですが、今年は画期的な良心的な商品かも知れないと思っています。石油ファンヒーターは電気ストーブよりずっとエネルギー効率が良く、ストーブの中ではトップクラスのエネルギー効率でしょう。そして、なんとその熱気を電気炬燵の中に入れると、炬燵の電気スイッチをつけなくても十分暖かいのです。ファンヒーター1台で部屋の温度もそこそこに上げ、且つ炬燵の中をもっと暖かくするのは、効率がいいのかも知れません。その家では、以前からファンヒーターと電気コタツを併用していたのですから、そこの部分の暖房の使用エネルギーは半分以下に減った訳です。商品として、炬燵やストーブにくっつけて抱き合わせ商品的に売っていないのも良心的だと思います。悪くない商品かな?と思う今日この頃です。

 暖房の省エネ論はここで終わりません。やっぱり私のテーマは「人力」です。人力暖房というごく普通の考え方が最も大切です。そのことに触れずして何を書きましょう?次回アップいたします。乞うご期待!(ってごく当然のこと書くだけですけどね。)
    <続く> 
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【2006/12/17 00:49】 | 身近なエコ トラックバック(0) |


U-RIVER
「電気ズボン」は電気屋と服屋どっちに売ってるんでしょう?あ、電化製品だから当然電気屋ですよね!
電気ズボンに省エネの効果もあったなんてちょっと驚きでした。

暖房今昔
天地 はるな
昔は、寝る時の暖房は、湯たんぽと炬燵(火種を入れたもの)でした。
昼間は火鉢のみ。
家にいても寒いので外で「おしくらまんじゅう」なんかをしながら遊んでいました。
時々、大人がやってる焚き火にあたっていました。
今の暖房は暖かすぎです。
百貨店の店員などは、年中半袖ですもん。
私は、お店に入ったら、必ず暖房の温度を下げてと言っています。
先日、神戸の地下のお店に入ってあまりに暑さに、
「暖房を少し下げてください」といいましたが、地下単位でコントロールしているので、下げられないんだそうです。(ノД`)



媽湮
こんばんは。どうしても聞きたいことがあったので書くことにしました。
予備校の地理の先生が貧困問題についておっしゃっていたことです。結局世の中を救えるのは金だと。確かに解決法はお金しかないと思います。じゃぁそのお金はどうするのかと考えた時に思ったことは経済の発展でした…。他に方法はないのでしょうか?貧困問題はどうお考えですか?

私も使っていました。
おかっぱ頭
初めまして、雑草Z様。
記事を読ませて頂いて子供の頃を思い出しました。
「電気ズボン」って、私が中学生の頃は「足温器」と云う名前でした。足元の板が電気で温まり心地良いのですが、なにせ腰までの袋型なので動くにはすごく不自由でした。脱げば歩けるものを面倒くさがりやの私は、穿いたままの状態で部屋の中を這いずり回る事もしばしば・・。でもズボン型ならいいですよね!きっと数年あとの改良型なのでしょう。
あとは上に綿入れ袢天を羽織れば全身温々ですね。そう云えば、祖母も冬には綿入れ丹前を愛用していましたし、綿入れって素晴らしい衣の文化だと思います。
それにしても雑草Z様は随分と物持ちが良くいらっしゃるのですね。感心致します。


4者4様の異なるタイプのコメント、ご質問有難うございます
雑草Z
U-RIVER さま
 何、とぼけてるんですか?私の電気ズボンのように使い古しです。でもそれだけでは、あまりにお間抜け(ほんとにしょうもないコメントだと思いましたよ)だからと、1日くらい経ってから2行目を追加するところが君の人の好さです。

はるなさま
 暖房して半袖なんて感覚はウォームビズ精神にも反しますね。
暖房の温度を下げてとお店に言うとは素晴らしですね。そのデパートだって、コスト削減になる筈です。私が支配人だったらデパートの商品券をお礼にお渡し致します。

媽湮さま
 HNなんて読むのですか?初めてのご訪問ですね。来年度から環境問題でどんどん活躍して下さいね。とてもいいご質問です。
 これは、いわゆる南北問題です。その貧困問題は、欧米諸国の植民地化から始まっています。もともと、「南の楽園」とは言わないまでも、食べ物が豊富にあり、毎日あくせく働かなくとも済んだ赤道付近の原住民を奴隷にし農地をプランテーション化し、貨幣経済を持ち込んだのは、欧米諸国です。その、「力の原理」で欧米諸国や日本など、いわゆる先進諸国が自分達のルールを押し付けて大きな負債を負わせ続けてきたのが、現在の発展途上国の貧困です。人口爆発して過剰な焼畑農業して貧困なのは、実は原因ではなく結果です。私もその因果関係は今年知りました。元々の自給自足を植民地化で単一嗜好作物に変えられ、貨幣経済に変えられたことが貧困の根本です。
 今、その国々の政府も欧米諸国のルールに従っているので、確かに早急な対症療法はお金でしょう。しかし、それは根本解決にはならず、構造を改革しなければ、グローバル化の波は防げません。欧米諸国の物質的繁栄はそういう国の犠牲の上に成り立っているのです。
 プランテーションで換金食物を育てるのではなく、穀物や野菜を育て、自給自足にしなければ飢餓の問題は解決しないでしょう。
 そのためには、欧米諸国の経済支配をやめることです。欧米諸国がそういう他愛精神を持てばいいのですが、今の現状ではなかなか困難です。キューバのように強い意志を持たなければなりません。9/5【発展途上という言葉】など参照してください。又いつか関連内容をアップ致します。

おかっぱ頭さま
 正式名称は「足温器」かも知れません。「電気ズボン」は我が家だけの呼び名かも?・・でも、確かに足はちゃんと二股に分かれていて、コードを抜けば歩けます。「物持ちよい」と思ったら、この記事をアップした日にズボンの中のつまさきを入れる部分が裂けました。でもまだ使えます。ずっと使い続けていた訳ではなく使わなかった年もあります。でも確かに、我が家にはかなり長い間使っているものが沢山あります。
 HNもコメント内容も古き良き時代のノスタルジーを想起致しました。またいらっしゃって下さいね。

ありがとうございました。
媽湮
途上国は『お金がないから子供を産む』という考えなんですよね。地理の授業で知りました。
やっぱりお金が先ですが確かに根本的な考えを直さない限りそのお金も無駄になってしまうのだろうと思いました。世界中の農業事情を知ると先進国の身勝手さに呆れます。私もその中の一人ですが。
やっぱり自分はまだ甘いですね~(`Д´;)文章にしたら冷静になれました(笑)
来年また来たいと思います!

農業だけでなく、工業ももっと酷いですね。
雑草Z
 いわゆる「発展途上国」の色んな工業原料の鉱物採掘現場も酷いものですよ。かなり無責任です。日本のODAの援助も現地に対する援助じゃなく、自国の企業の為です。
「発展途上国」の中でいくつかの国が「先進国」に追いついて来たから「先進国」の企業は、自国の労働者を派遣社員にしたりして、労働力を安く買い叩いて、Working Poor の問題を国内に起こしています。
 また、「発展途上国」に優位を持つために環境問題さえ利用しています(偽環境技術は今のところ先進国の専売特許です・・どういう風に偽かもいつかアップします。)。『悪徳』『富、資源の不平等分配』という側面も大いにありますが、根本には地球の許容範囲を越えた経済成長のしわ寄せが有ります。
 ・・遊びほうけていたり、体制から教えられたことを何の疑問もなく受け入ている学生が沢山います。そっちのほうがずっと甘いと思います。貴方は甘くありませんよ。あんまり根を詰めずに頑張って下さいね。


しまさん
私も冬はエアコンの暖房をつけないで、炬燵にしてます。よくよく考えると炬燵というのはよく考えられた暖房道具ですね。
何でもかんでも西洋式のものが便利だと、目先の快適さだけに飛びつき、昔の人の知恵とか工夫とかいろんなものが忘れ去られているような気がしますね。



勿体無いの知恵
雑草Z
 炬燵のように、熱源を布団で覆って、「熱を逃がさない」と言うのは、昔からの日本人の勿体無い精神が流れていますね。おっしゃるように昔の人の省エネの知恵とか工夫とかいろんなものは大切にしたいですね。
 ご訪問有難うございます。しまさんは、全く初めての方かと思いましたが、あの<自然の摂理から環境を考える>のsimasanなのですね。これからも江戸時代など昔の人の知恵のご紹介して行って下さいね。

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2006-12-15 22:55
私は21世紀にもなって経済成長を謳う事非常に恥ずかしい事だと思います。(いつの時代も経済成長は必要のない矛盾だらけの目標だったと思います。)ですが、今でも世の中は、政治家でも経済学者でも、経済成長に躍起になっている方ばかりです。本日も経済成長させる為の政府の方策が新聞の紙面を賑わせていました。なので、そう言う方々に質問させて下さい。
 あなた方は何を根拠に経済成長を唱えているのでしょうか?

 質問は2つだけに致します。だから、しっかり答えて下さい。

1つ目
 経済をどこまで成長させたいのですか?どこまで成長すれば終わりなのですか? 私はあなた方の答えは、「ずっと半永久的に」だという気がするのですが、そんなお馬鹿ではありませんよね。不可能です。経済成長は、GDPの伸び率で計ってるようですが、それは前年比のパーセントです。例えば、日本は高度経済成長期には1年間に10%ほどずつ経済が成長しました。指数関数になりますから8年間で2倍を越えます(1.1の8乗は2.14・・・)39年間で40倍を越えます。(1.1の39乗は41.14・・・)
〔余談ですが、15年ほど昔、今も活躍(?)している有名な経済評論家が日曜日の全国放送TV番組で、ペルーのインフレの話をしている時、ペルーの物価は年に20~30倍にもなっているから、(12で割って)、月に大体2倍になると言ってました。こんな恥ずかしい方が数学の得意な経済学者です。月に2倍なら、12乗して4096倍です。その番組で彼は最後まで訂正しませんでした。〕
 実際戦後、この高度経済成長期を経て、経済は40倍以上になりました。大体経済とエネルギー消費は比例してましたから、エネルギー消費量も、資源の消費もゴミの量も40倍以上になったと考えられるでしょう。あなた方も数値は多少違ってもこんな数値を使って、エネルギーの将来の需要の見通しを立てて原発を作ったり(本当はそれでもっとエネルギーを浪費している)、場当たり的にゴミ処理施設を作ってきました。
「ずっと」ではなく、「みんなが豊かになるまでに」経済成長続けたいならば、50年前の40倍を越えて、まだなのですか?第一豊かになりましたか?「豊かさ」の定義は出来ないと思いますが、豊かさは40倍にはなってませんよね。と、言うより絶滅の心配をしなければならなくなって来て、もっと不幸になりました。中国などが目標にしている日本と同様の経済成長を続ければ、世界の環境は滅茶苦茶です。
経済をどこまで成長させるのが目標で、それが可能だと思っているのですか?


2つ目
 経済成長はGDPの伸び率です。GDPは国内総生産です。経済が回れば回るほど高くなります。例えば同じ性能の製品でも高く売れた方がGDPは上がります。また、早く壊れたほうがGDPは上がります。中間搾取が多いほどGDPは上がります。・・・以上の事はみんな、暮らしゆきが悪ければ悪いほどGDPは上がると言う事です。
耐震偽装でビルを壊して作り直した方がGDPは増えます。災害で建築物が沢山壊れ、復旧工事すればGDPが上がります。その最たる例が戦争です。朝鮮戦争で日本のGDPは跳ね上がり、アメリカは戦争を他国に起こさせてGDPを上げていると言われています。なんでこれが豊かさの指標なのですか?豊かさの指標でないなら、そんなものの成長をどうして目標にするのですか?


以上2つの質問にしっかり御答え下さい。
   
 あなたがたは、経済はもっと複雑だ、そんな単純ではないと言うかも知れません。しかし、科学の基本原理は単純で例外のないほど優れているのです。あなた方の理論が間違っているからそれを繕う為に例外や修正をどんどんしてゆくうちに経済学は複雑になっていったのです。(社会)科学者の方法論として完璧に間違っています。例外が出たり修正が必要になってきたときには、根本原理そのものを見直してより適した原理に変えることが科学者の態度です。私は経済を学ぶ気は毛頭ありませんが、経済の本質はもっと単純な筈ではないでしょうか?
 あなた方の間違いは、地球の資源は無限にあり、廃棄する場所も無限にあると言う事から出発している事です。無限と言えないまでも、地球は人間の経済活動と比べて無限と考えていいという仮定から出発しているのでしょう。まさか今はそんな事信じている人はいないと思いますが、今政治や経済の中心にいる人たちの頭の中は地球の有限性を考慮していないとしか思えません。有限性を考慮した経済学ってまだ主流になってないのでしょうか? 
 カタストロフィーは起こるべくして起こるので大恐慌で経済が下がって、また経済成長していき、それも大きく見れば景気の波だと言いたいのですか?実はそれは繰り返しではなく、確実に資源はなくなっているのです。環境には自然回復力以上のエントロピーが放出され続けているのです。恐慌をバネに経済はまた成長すると、思っているのですか?今までそうだから、今後もそうだと思うほどに貴方がたは、愚かなのですか?こんなに馬鹿呼ばわりされてられないでしょう。
 しっかりお答え下さいよ。反論楽しみです。挑発してるんじゃないですよ。あなた方に怒っているのです。あなた方の主導により住んでいる地球の自然を破壊されているのです。多くの人々が殺されました。経済成長してない国の人々は、武力的には強くありませんから・・そこが悲しいですね。・・お前も経済成長の恩恵を受けているだろう?とおっしゃりたいのなら、言いますが、一緒に「せーの!」で経済縮小致しましょうよ!差し当たって10分の1目安。
 
 こんな事かいても、経済成長肯定派はあんまり環境問題のブログ読まないのでしょうか。・でも、環境問題をビジネスチャンスと思っている経済界の方が、間違って読んで、質問に答えてくれれば嬉しいのですが・・・
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【2006/12/15 22:55】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

なるほど
楼主
興味深い御意見を読めるのは非常に楽しい。インターネットや無料のブログがあるからこそできたことで、あなたや我輩も経済成長の恩恵を受けているということだろう。我輩は中国でADSLを使っているが、10年前の中国では考えられなかった。

まず指摘したいのは、「あなた方」とわざわざ敵味方を隔てるような書き方は、読んだ人に対して、あなたの希望している結果をもたらしにくい。これはあなたにとっても残念なことだとおもう。

>経済をどこまで成長させたいのですか?どこまで成長すれば終わりなのですか?
人類にとっての経済は、人類が存続する限り続くもので、終わりはない。成長に関して言えば、ゆっくりと着実に、経済が存在する限り成長するのが好ましいだろう。あなたや我輩が死んだあとも、人類そしてその経済は続いていく。人類が滅亡するときまで。

>耐震偽装でビルを壊して作り直した方がGDPは増えます。
経済成長がないときに、どうやって作り直すのだろうか。
>経済縮小致しましょうよ!差し当たって10分の1目安。
のような状態だったら、ビルを壊したら壊れっぱなしのままだ。すさんだ街並みは犯罪の増加をももたらす。

あなたの夢は分からないこともないが、実現は不可能だ。

個人レベルで言えば、あなた一人があなたの経済活動を今の10分の1に縮小したら、あなた自身が生きていけなくなるだけだ。そのほかの人は今までどおりに生きていく。

仮に日本だけが経済を10分の1に縮小したら、ほとんどの日本人が死んでいき、他の国の人たちもその悪影響を一時的に受け、そのあとは日本をほとんど無視した経済が作られるだけのことだ。

世界全体が同時に経済を10分の1に縮小すれば、国と国、人と人の間の相対的な問題は解消できるが、例えばインターネットを維持することはできなくなるだろう。そもそも同時に縮小などできないのだから夢物語なのだが。

夢を語るのは素晴らしいことだが、実現不可能な夢を前提に、それに賛成してくれない人たちを敵に回しても、実りある結果は生まれない。

ステレオタイプのお答えです。
雑草Z
 あなたのご指摘が現在の世間一般の多数派のご意見だと思います。しかし2つの質問の答えの根拠が1つも示されていません。
 先ず、有限の地球でどうやって成長し続けるのですか?多くの人がそれを可能だと思っています。シャーレの中のバクテリアがいつまでも増え続けると思っている口ですね。不可能です。中国人一人当たり日本人の経済レベルになったら、地球は支え切れません。資源はどうするのですか?
>耐震偽装でビルを壊して作り直した方がGDPは増えます。
「2つ目」の質問は指標としての矛盾です。耐震偽造がないほうがいい世の中なのに、耐震偽造があったほうが経済は成長するから、豊かさの指標としておかしいと言っているのです。はっきり書いています。全くお答えになっていません。お門違いのお答えです。それに経済成長の歪で耐震偽造が起こったのです。
 まあ、お付き合いすると、「経済成長するから作り直せる」と言うのがまさに経済成長の詭弁で、バブルです。ねずみ講の論理です。経済は安定しなければなりません。そのレベルを10分の1と言っているのはアバウトですが、エネルギーレベルを考慮しての事です。つまり、所謂発展途上国が日本や欧米並みの経済レベルになれば地球を支え切れないので、日本や欧米が経済レベルを下げよということです。
 日本は食糧自給してないので、今すぐに極端な経済は縮小できません。しかし世界全体を一斉に10分の1レベルに縮小することはほとんど不可能ですが、そうしないと滅びると言っているのです。
 ほとんど夢物語を語っているのは、このまま経済成長を目指すと絶滅するからです。持続可能な社会への価値観の転換が必要です。自然の摂理や感覚の欠如した人間が増え過ぎて、経済成長などという指標を妄信する人が増えたので、価値観を転換しなければ滅びると言っているのです。
 

人類は経済成長と関係なく滅びるのだ
楼主
一つ記事を上げ、トラックバックを送らせていただいた。

結論:雑草さんが人類の滅亡という観点から批判した経済成長はそれにはあまり関係がなく、またその代替案として提出した経済縮小案は実現不可能なのであった。

地球は太陽に飲み込まれてなくなりますが
雑草Z
 それは、何十億年も後のこと。そんな話はする気はありません。
 地球は物質に関しては、大体閉鎖系(宇宙空間とのわずかな量のやり取りはあるけれど)ですが、エネルギーに関しては、太陽から光のエネルギーを貰い、利用してから、熱の形で宇宙に逃がしています。その範囲内でエネルギーを有効に使えば、持続可能というわけです。勿論地球の寿命の範囲内でです。
 経済成長による環境破壊はスパンがずっと短く、今世紀中に支えられなくなるかえら大変だと言っているのです。日本もアメリカもその他多くの先進国が経済発展を自国でまかない切れないので発展途上国を犠牲にして発展続けようとしている現状です。
 GDPを豊かさの指標にすることもおかしいから、その増加率の経済成長は目標にすべきではありません。
 でも、返事はあといりません。私を説得出来なくてもそれはお互い様ですから、ご自分で納得されていればいいと思います。お互いあまりに不毛でしょう。   

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2006-12-13 00:01
 現在2極化の進む日本の社会では、Working Poor が問題になっています。働く貧困層、つまり、定職を持って長時間労働しているにも拘わらず、貧困にあえいでいる人々が沢山いると言う事です。
 こんな特別な言葉を使わなくても、いわゆる発展途上国と呼ばれている国では、今までずっと起こっていた問題です。しかし、現在日本は、アメリカに次いで世界第2位のGNPを誇り、いざなぎ景気だかなんだかを越えたとか国が謳っているにも拘らず、このような問題が起こっているわけです。今年日本は、世界の国の中で所得格差がアメリカに次いで2位になったと言われます(大雑把な定義で比較しているようですが・・)。GNPの1、2位の国が経済格差でも1、2位になったと言う一致は、関係がない筈がありません。この関係に触れる経済学者がほとんどいない事は不思議です。(経済に興味ない私の耳に入らないだけとは思えません。)

 2日ほど前にNHKで放送していた「ワーキングプアⅡ 」でも、3人の専門家、社会学者と経済学者と経済評論家が出てコメントしていましたが、その中の1人、どこかの大学教授である経済学者とやらが、虚しい専門知識のみで、「景気対策して経済成長する事が有効な解決法」みたいな事を言っていました。現在主流の経済学者ってこんな短絡思考なんでしょうか?彼だけでなく、そのように本気で考えている人は多い事でしょう。
確かにそれは、短期的には効果があるように見えるかも知れません。

 しかし、長期的には、景気対策と言うのは、問題先送りの対処療法に過ぎないと思います。いや、それどころか、状況を悪くする元凶です。それでも、日本が工業技術に於いて相対的に世界で完全な優位な地位を築いて行った特別な遷移時期だったら、有効になし得た(と思い込めた)ことでしょう。しかしその時代も、他の国や環境を犠牲にしてなし得た事だったのです。工業等に於いて日本の優位性が顕著でなくなりつつある現在、資源の乏しい日本は、他の国との市場争いの為に、今までの発展途上国のように労働力が安く買い叩かれはじめたのです。・・
 アメリカと同様、富の不公平分配による事は誰の目にも明らかです。政府が「国際競争力をつける」とか何とか言って大企業(の経営陣)優先、言い換えると富めるものをもっと富めるようにしようと言う政策をしているからです。世間で言われている弱者切り捨てを、国をあげて行っているわけです。
  
 Working Poor 問題は、社会の構造の歪みの問題と考えます。世界全体が永続的に経済成長を続ける事は不可能なので、大きな歪みは起こるべくして起こるのです。その歪みを、日本(やアメリカなど多くの国々)は持っていきやすい低所得者層に持っていってるのです。
GDPやGNPというとんでもない指標や「経済発展」などという社会の妄想から脱却するべき時期でしょう。
 しかし実際には、21世紀にもなってもまだ、「経済発展」が主流です。嘆かわしい事です。
 
 「経済成長」を謳っている多くの経済学者や政治家に質問したいのですが・・・<続く>
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【2006/12/13 00:01】 | 社会・経済 トラックバック(0) |
2006-12-11 00:01
 母が米子さんと何十年ぶりに家の前でばったり会ったのは、8~9年ほど前のことである。それまで庭で小さな家庭菜園や花を植えて毎朝早く起きて庭いじりをやっていた母が、そろそろ庭いじりもしんどいと思いはじめた頃である。
 そのとき、米子さんは母に「長男が幼稚園の同級生で、昔(岩手県に引っ越す前にここに住んでいた頃)一度家の庭いじりの手伝いをした事があったのだけれど覚えているか」と言ったそうである。母は,米子さんは顔見知りで覚えていたけれど、庭いじりの事は覚えていなかったそうだ。「覚えてないけれど、今手伝って貰えたらとても嬉しい」と答えたら、米子さんは「自分の家には庭がない。今まで畑いじりを頼まれていた家が引っ越したので、お宅の庭で畑を作らせて欲しい。収穫はお互いに分けましょう。」と提案してきたそうだ。渡りに船の提案だった。ついでに小さかった家の子の面倒も見てくれると言ってくれたそうである。
 それから、米子さんは時々いつの間にかひょっこりやって来て知らぬ間に庭をいじって畑を作っている。週に2、3度かそれ以上だろうか?子供が小さいとき、世話の手がないときも来てくれた。手当を差し上げようとしても、お金ではなかなか受け取らない方だった。家の庭の家庭菜園は見違えるほど充実してきた。夕ご飯で食べる大根やナスやネギを、娘が庭に行って抜きたてのものを食べると言う贅沢を、農家でもないのに出来るのは米子さんのおかげである。 
 凄いのは、米子さんは昔ながらの自然農法と言う事だ。農薬を使わないのは勿論、枯れ葉やむしった雑草を肥料にしている。私が穴を掘って入れて置く生ゴミも使ってくれる。ある日、大工さんのご主人とどこからか古い浴槽を持ってきて小さな物置き小屋の下に置いて、物置き小屋の屋根の下に雨水を集める為の樋を作った。それからは、畑に限らず庭の植物にやる水は全てその浴槽に貯めた雨水で賄っている。家の雨樋の出口にも壊れたバケツのような容器を置いて、スコップや鍬の洗い場にした。雨水の利用は素晴らしい究極のエコの1つだと思っていたが、米子さんにとっては、いつもの事であるらしかった。
  米子さんの両親は、アメリカ大陸に移民してお姉さんたちはアメリカで生まれ、米子さんはお腹のなかにいる頃に日本に引き上げて来られたのでアメリカの記念として「米子」と名づけられたそうである。

 おかげさまで娘も畑仕事が好きになり、米子さんを見つけると「おばちゃんが来た!」と叫んで庭に飛び出して行って一緒に畑仕事を手伝うようになった(手伝うと言うより邪魔?)。2人で落ち葉を集めて焚火をして庭で作った芋で焼き芋を焼いたりもしている。
 勿体ない精神に溢れる自然農業の体験を自分の家の庭で子供に体験させる事が出来るとは思っても見なかったことである。私も米子さんから色々学ぼうと思っているが、力仕事や危険な仕事以外は娘に任せっきりなのが現状である。
 そして、時々いじるスコップや鍬の後始末が悪いと米子さんにたまに叱られる。母は、自分の息子でもないのに私の事を呼び捨てにする事だけは、少々気に入らないと言って笑っている・・・本当にこんな方に出会えた事を僥倖に思う。

 寒くなったつい最近も米子さんがひょっこりやってきて、木を雪囲いしたり大根でたくあんをつけてくれたり色々していって下さった。
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【2006/12/11 00:01】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

ほのぼの・・・。
天地 はるな
なんだか、ほのぼのとしたお話ですね。(^-^)
会ったことはないけれど、働き者の米子さんの人柄がにじみ出ています。
米子さんも、植物を作りたくて仕方がなかったのでしょうね。
雑草さんが米子さんにしかられている様子も想像して、ほのぼのとしました(^-^)



雑草Z
 「ちゃんと洗って、泥をしっかり取ってもとあった所へ置がしぇ。」と叱られます。そうしているつもりですが・。
「自分で植えたものはちゃんと面倒みっせよ。」とも。 

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2006-12-09 23:10
 残念ながら日本はこれから食糧不足がやってくると予想してます。これは今まで【食糧自給】のところなどで何度も述べています。食料自給率を100%に持っていく事は独立国家の当然の義務だと思いますが、その事については散々書いたので,今日は個人の庭の使い方について雑談させて頂きます。庭をコンクリートなどで固めたりするのは以てのほかですが、鑑賞のための手入れの大変な人工的な花よりも、庭にはもっと野菜や果実のような食べ物を植えよう!という雑談です。 
 私に花を愛でる気持ちはあまりありません。特に、あの、過保護に大事に大事に育てられた、花屋さんで人気のあるような華奢な美しさを誇るような大きな花は好きではありません。しかし、放って置いてもよく育つ雑草の可憐な小さな花は結構好きです。花屋さんには申し訳ないけれど、花畑なるものはそろそろやめるべきかな?等と思う今日この頃です。
 まあ、兎も角、「花より団子」ならぬ「花より果実」(って花が咲かなきゃ果実はならないけれど・・)をモットーに、果実と木の実と野菜と雑草の入り交じった昆虫等の虫が沢山棲み、鳥が訪れる雑木林のような庭が私の理想です。昔の田舎の、あまり手入れされていない庭って感じでしょうか?
 
 父が定年になって引き上げてきて、10年程前に私も合流した現在住んでいる家は田舎町にあります。父は花と芝生の、よくあるような小ぎれいな庭にしたかったようですが、私は、果実のなる木や草を植えてあとは芝生よりも雑草を!という感じで父の希望とは逆です。母は、「何でもいいから自分で世話しろよ!」って感じです。私は、手をかけなくてもよさそうな果実の苗木を数本植えました。現在父は介護施設に入っているので、庭は大体自分の思い通りに出来るのですが、ものぐさな私はほとんど庭はいじりません。
  それでも、自然農法の如く、果実の木に美味しい実は成り、芝生に混ざって雑草もはびこっています。私の理想の雑木林のような庭に近づいています。

 しかし、野菜を植えるとなると話は別で大変です。家庭菜園として、しっかり取り組まないといけないでしょう。・・・私を含め家族にそれをやれそうな人は見当たりません。母も最近庭いじりしなくなって来たし、・・それなのに今では、私の家の庭では僥倖としか言い様のない事が起こり、畑がつくられ、そこで育った野菜も食べているのです。

  この話題は「花より団子」ではないので改めて次回へ   <続く>
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【2006/12/09 23:10】 | 雑談 トラックバック(0) |

枇杷熟れ、桑熟れ、椋熟れて・・・。
天地 はるな
昔は、(といっても大昔ではないのですが)身近なところに、いろんな食べられる木がありました。

公園などにも、実のなる木を植えればいいのにと私も思います。
「少年に枇杷熟れ桑熟れ椋熟れてとどめにムベの熟れゐし昭和」
私の子どもの頃はこんな感じでした(^▽^)/

http://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/200505230000/

あちらこちらに実のなる木
雑草Z
 私の育った岩手県一関市の郊外でも、学校帰りに桑の実をとって食べたり、栗拾いをして、母が栗ご飯を炊いてくれたり致しました。友達の農家の家ではちゃごみ(俵ぐみ)や柿取りをして、沢山戴いたし、野山ではアケビや山苺を散々とりました。びっくりしたのは木になる干し柿でした。
 私も公園にも実のなる木があればいいなと思います。子供は喜びます。イチョウの木は沢山ありますけどね。銀杏取りは臭くて処理も大変で一苦労です。この前子供達と取ってきました。ただいま処理中。


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2006-12-07 21:41
 古代に栄華を誇った文明が滅んだ直接の原因は様々でしょう。戦争、天災、政治腐敗、・・・でもその多くの、根本的な原因が、土の荒廃にあるるのです。
 エジプト文明は、ナイル川の氾濫を制御しようとして、巨大な治水、灌漑を行いました。その結果、下流流域の生態系を壊し、循環を断ち切った為に土地が劣化して砂漠化したといわれています。あのエジプトがもともとは砂漠ではなかったのです。ナイル川流域は豊かな土地だったのです。そう、文明が砂漠を作ったのです。
 メソポタミア文明もインダス文明も黄河文明も衰退の理由は大筋で似た様なものです。つまり、4大河文明はみんな治水工事によって自然の循環を断ち切ったことによって生態系が破滅されて、砂漠化してゆき、その結果文明が崩壊していったのです。
 ギリシア文明は当初は自給自足の農耕から始まりました。都市型文明が花開いて、主食の穀物を周辺の植民地で安く作らせ、自国の畑ではより商品価値の高いオリーブオイルをとる為のオリーブやワインを作るためのブドウ等を栽培しました。その結果土壌浸食が速くなり、生態系の破壊がすすみ、食料不足や社会不安が起こって滅びました。ローマ文明の盛衰もギリシャ文明と似たようなものです。
(商品価値の高いオリーブやワインを、工業製品に置き換えると、まるで日本ですね。)
 いずれも、自然の循環を無視して土を荒廃させたことが原因です。
 現代文明は、石油と科学技術があるだけ、古代文明よりも、自然の循環の破壊の、速さと質がずっと大きいので、古代文明のように滅亡まで数千年も続く筈はありません。もう滅亡の兆しは始まっています。
 持続せずに滅んでいった古代文明に学ぶどころか、模範としているかのように、同じ道をもっと速くずっと大きな破壊をしながら辿っている自称「先進諸国」は、日本に限らずかなりの愚かものです。現代の文明を優れているとは、とても思えません。
 
参考文献;『地球環境を土から見ると』 松尾嘉郎、奥薗壽子 共著 
 
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【2006/12/07 21:41】 | 環境総論 トラックバック(0) |
2006-12-05 23:48
 生態系の栄養循環を維持するためには、糞尿は食料生産地に還元すべきものです。だからと言って、糞尿をまた食料生産地に輸出して戻せと言っているのではありません。そんな事はエネルギーの無駄使いです。と言うよりも、食料を輸入する段階でエネルギーの浪費です。はじめから輸入するなと言う事です。自給自足地産地消です。地産地消と言うのは、エネルギー節約にも非常に大切な事です。 

 土の痩せた貧しい東南アジアなどの国から食料を輸入する事は、その国の土地から栄養を奪い取っている事になります。この結果、貧しい国の地力は窒素などが減って低下し、これを補う為に、化学肥料を買わせられ、化学肥料によって土壌は荒廃されていきます。そして、遂に砂漠化するのです。 
 一方食料を輸入した日本などは、家畜の糞尿まで入れると糞尿を肥料として使うだけでも、栄養過多になり、化学肥料など全く必要がないくらい栄養過剰になるのです。それなのに実際は化学肥料を沢山使って、糞尿は、下水処理されてもされなくても、海洋投棄されて海洋汚染されるのです。
 農業生産物の貿易はやめるべきです。国ごと、さらにもっと小さな自治体ごとに自給自足しなければ、持続可能な社会には成り得ません。理想的には農作物を運ぶ距離の限度は、化石燃料を使わずに人力程度で足りる範囲にすべきでしょう。
 そしてこれは農業生産物に限らず、多くの資源について言える筈です。
 糞尿を肥料として使って自給自足している国(江戸時代の日本など)に、糞尿処理の問題は起こらないはずです。循環量がバランスをとっている筈です。
 糞尿を肥料として食糧を自給自足するという一昔前の農業は非常に自然の摂理にあっているのです。


<関連記事>自然の摂理から環境を考える。kasiさん
※→人糞、糞尿の肥料としての利用の歴史から必要性までしっかり体系的にわかります。
2006/11/8 ;地力を高める回収型農業とは?
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/11/post_36.html
中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
2006/10/23 ;中国の砂漠化の土台は、四大文明まで遡る?!
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/10/post_25.html
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【2006/12/05 23:48】 | 農業 トラックバック(0) |

有機酪農と天然成分
団塊おやじの遺言
11月9日の日曜の朝にNHKの食べ物一直線に私の出発点の酪農家が紹介されていました 牛の食料を全て自給 全て有機で 日本ではじめての経営 前向きな人でしたね 大地に根をおろし酷寒の大地でも地道に取り組む人柄・・
製品は天下一品!家畜の糞尿を全て大地に返し輸入には頼らない独自の経営 勿論 この時代でも経営は大幅な黒字・・
牛舎に入っても匂いは無く牛の病気も故障も少ない
ここでは私の紹介した天然成分がふんだんに使用されているのです 30年も前に出会った息子さんが当時のお父さんにそっくりでした 今度帰ったら 是非おめでとうと言いたい

>糞尿を全て大地に返す
雑草Z
    団塊おやじの遺言さん

 記事を遡って、わざわざ関連のある記事を見つけての投稿有難うございます。

>牛の食料を全て自給 全て有機
>家畜の糞尿を全て大地に返し輸入には頼らない

 う~ん。理想ですね。これからの農業はそういう方向に行かなければなりませんね。そう言う意味ではこれこそ堅実な最先端の農業でしょう。
・・・石油を大量に投入した「科学技術を駆使した農業」なんて、最先端なんて言ってるバカも沢山いますが、そんな愚かな農業は資源とエネルギーの無駄遣いですね。

 なかなか困難な事も沢山あったでしょうが、そう言う有機農業を続けていらっしゃる方がいる事を頼もしく思います。

有機肥料
おから
家は、野菜を買うときは、なるべく、有機無農薬のもの、オーガニック野菜を買うようにしてますが、どうも、有機肥料だからって、いいわけじゃないそうなのです。びっくりですね。
質の良い糞尿なら良いけれど、牛も、鳥も、人間も、ワクチンや、薬漬けでだからでしょうか?
特に、人間は、糞尿はひどいと思います。
お年寄り、みな薬漬けですよ。
有機野菜、化学肥料を使った野菜、無肥料、無農薬の野菜を、消毒したビンにいれておいておいたところ、有機野菜が最初に腐ったそうです。しかも、有機は形もなく腐って、化学の方は、少し形が残っていたそう・・・。
野菜を、どう選んで買えばよいのかわからないですね。
自分で作るのが一番ですね。


人間の糞尿の利用
雑草Z
    おからさん

>どうも、有機肥料だからって、いいわけじゃないそうなのです。

そうですね。生態系の循環をしない化学物質が問題のように、化学物質漬けの有機肥料も要注意ですね。


>人間は、糞尿はひどいと思います。 お年寄り、みな薬漬けですよ。

そうですね・・・だからと言って人糞を使うのは止めよう・・・と言うのではなく、使える人糞を排泄する正常な人体に戻して、是非とも人糞を利用する社会に戻したいものと考えます。


松永和紀さん著書より
上々
前にも書きましたが、松永和紀さん新著の「食の安全と環境問題」より水域の富栄養化に関することを記します。
どこに書こうかと思っていましたが、このコメントが関係ありそうなので、ここにしておきます。

大量の食料を輸入しているため、それが海など水域の富栄養化を招いていると以前に述べましたが、松永さん新著によるとかなり複雑な要素があるようです。

例えば穀物輸入の大半はトウモロコシを中心とした飼料用だそうです。これらはおもに北海道東北や南九州の畜産が盛んな地方に多く流れて行きます。
それを家畜に与えるわけですが、肉1kgを作るのに穀物11kg(牛の場合)ですので、残りは排泄物として出てくるわけです。
それらの地方では家畜排せつ物の堆肥化を進められていますが、元来その地方の農作物ではないものから由来していますので、堆肥もあっという間に過剰になるようです。
使い切れない排泄物は水域に流出しますので、その地域の富栄養化が進むわけです。もちろん堆肥を他の農作物産地に移送すれば防げますが、そのようなものを持ち回る燃料もバカになりません。

また、都会に関しては当然食品廃棄物が大きな問題になります。これは製造業・流通にとっては期限切れ等の廃棄、外食産業では食べ残し、家庭でも使いきれない食材廃棄と多岐にわたり、正確な統計を取るのは難しいようですが、1/3は廃棄しているというのが実情のようです。
これを何とかして減らさなければいけないのですが、廃棄物の肥料化・飼料化はいずれも成功しているところはほとんどないようです。
これは廃棄物の汚染・不純物等がひどく、飼肥料も高品質を求められる状況ではほとんど使えないと言うのが現状のためです。
まず、廃棄比率をできるだけ低くするしかないようです。

Re:松永和紀さん著書より
雑草Z
    上々さん

御紹介の内容を見ますと、

>「食の安全と環境問題」

のタイトル以上に興味深い内容になっていますね。

>家畜排せつ物の堆肥化を進められていますが、元来その地方の農作物ではないものから由来していますので、堆肥もあっという間に過剰になる

 このお話は、私も以前別な本(・・子供向けの簡単な本・)で読んだことがあります。御紹介の本にはもっと詳しく書いてありそうなので、読んでみたいと思いました。
 最近、ホームセンターなどに行って堆肥や肥料を見ていますが、牛糞やら鶏糞やらを発行させたりペレット状にした物が安く売っていますが、このような事情があったのですね。
 穀物の輸入元の日本は栄養過剰になり、輸出元の国々の土地は栄養分が欠乏して行きますね。・・・やはり農作物の遠距離移動はよくないですね。地産地消の方向に持って行くべきですね。

>正確な統計を取るのは難しいようですが、1/3は廃棄しているというのが実情

そんなにですか?・・・コンビニやファミレスの増加やそれらのお店で取扱う食品の種類の増加も大きな原因のひつとでしょうけれど、酷いものですね。輸入してまで食べ残す日本と言う国の食料政策は酷すぎますね。食料自給100%であってこその、工業や商業、サービス業でしょう。
 ただ、食料自給率の計算には、捨てる分も含まれているのではないかと思います。色々調べたのですが、はっきり明記されているものを見つける事が出来なかったのですが、食料自給率は日本国内で消費している食料の、国内生産の割合ですが、その「消費」には廃棄の分も含まれるのではないでしょうか?・・・だから、日本の食料自給率は北朝鮮よりも低い・・と言っても廃棄の分や、そもそも1人当たりの消費量が日本のほうが断然多く、1人当たりのカロリーベースの消費量に対する自給率はまた違ってくるでしょう。
 しかし、兎も角、カロリーベースでも何でも、日本よりも食料自給率の悪い国は、アフリカなどでも紛争などをして不安定なごく一部の国しかないのですから、日本は砂上の楼閣ですね。

 興味深い本の御紹介、有難う御座います。「食の安全と環境問題」は、日本が真剣に向き合わなければならない問題ですね。 
 

食品廃棄
上々
食料自給率計算には当然廃棄した量も計算されているはずです。
というより、廃棄した量と言うものが正確には把握されていないのでそれを分けることはできないようです。

廃棄には日本人の過度の衛生意識、安全意識が関わっていそうです。まあそのうちもったいなくて捨てられなくなると思いますが。
しかし、食品衛生法上の表示が間違っていただけでも回収して廃棄なんてどう考えてもおかしいと思います。
残留農薬などでも全く健康被害はあり得ない濃度でも規制値オーバーはすべて回収廃棄です。

そのうち「バチが当たります」

食料自給
雑草Z
    上々さん

>食料自給率計算には当然廃棄した量も計算されているはずです。

やはりそうですね!?・・教えて戴き有難う御座います。

>廃棄には日本人の過度の衛生意識、安全意識が関わっていそうです。

この意識は本当に困ったものです。ちょっと極端すぎますね。上々さんのおっしゃるように、そのうち食料が不足してきて、こんなに簡単に廃棄する事も無くなるでしょうね。

>残留農薬などでも全く健康被害はあり得ない濃度でも規制値オーバーはすべて回収廃棄

このあたり余計なお世話ですね。しっかり正直に表示すれば、あとは個人の責任に於いて安く売るなりすればいいですね。それよりも先ず、原発近くの放射能濃度をもっと気にするべきです。

>そのうち「バチが当たります」

私もそう思います。輸入してまで食べ残して捨てるなんて事をやっていれば、当然の報いでしょう。遠くない将来でしょうね。

 日本は、景気対策などではなく、農業対策、食料の自給体制を作る事を先に考えなければならない筈です。それなのに・・・

廃棄の考え
上々
これも松永さんの著書にありますが、違反食品でも海外では健康リスクを判断して流通を認めるのが普通だそうです。
以前の事故米の違法流通の時もアフラトキシン汚染米が焼酎メーカーに流れたということで、何社もが焼酎の回収・廃棄を実施しました。
しかし、もともと汚染と言っても非常に低い濃度であり、さらに焼酎の製造工程では蒸留により製品に入る可能性はありません。
それでも各社同じように汚染米を使った可能性がある製品は回収となりました。

実は、当時あまりにも不合理なので回収をしていた中でも一番の大手企業に抗議のメールを出しました。
焼酎には絶対に入らないことをなぜ主張しないかと言う内容でしたが、当然のようにまともな返事はもらえませんでした。

まだこれは一応危険な物質が含まれているからとも言えますが、本当に表示ミスとか些細なことでも回収するのが当然のような風潮になっています。
マスコミの責任も大きいですが、まともな判断のできない消費者のせいでもあります。

廃棄のし過ぎ・・
雑草Z
    上々さん

>もともと汚染と言っても非常に低い濃度であり、さらに焼酎の製造工程では蒸留により製品に入る可能性はありません。

なるほど、そうなんですか?・・こう言った知識は一般の人は持ち合わせていないでしょうね。メーカーが主張すべきでしょうね。

>当時あまりにも不合理なので回収をしていた中でも一番の大手企業に抗議のメールを出しました。

 上々さんも、やりますね!・・・回収して廃棄すると、その分もっと作らなければならなくなり、無駄もいいところですね。

>マスコミの責任も大きいですが、まともな判断のできない消費者のせいでもあります。

 まともな判断・・・は結構難しいかも知れません。有る程度の専門知識が必要ですから・・・それでも、どのくらいの害があるかも知らずにマスコミに踊らされて騒ぎ立てるのは軽率ですね。・・二酸化炭素地球温暖化説みたいですね。
まあでもどちらもしっかり検証せずに大本営発表を鵜呑みにしてたれ流すマスコミが良くないですね。

 ・・・兎も角、カロリーベースで食料自給率40%程しかない日本が、食べものの廃棄をしすぎですね。




 

 

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2006-12-03 00:58
「人間が地球上の動物として最低限果たすべき事」と言うと、何かモラルの話みたいです。大きい目で見ればこれも生態系モラルと言える事だと思いますが、生態系の循環に於いて、動物として最低限すべき事は何かと言う事です。
 呼吸の廃棄物、二酸化炭素と水を地球に戻すと言う事も重要です
 そしてなにより、地球の大栄養循環の一部として、生産した糞尿を生態系の循環に流すと言う事が非常に基本的な最低限すべき動物としての人間の使命だと思います。
 完全に自然の中で生きていた時代の人間のように、他の野生動物同様、野や林で糞尿をするのが最もいい方法だと思いますが、現在そこまでは無理でしょう。
 しかしだからといって、水洗トイレで下水処理して、陸上生態系から断ち切って海洋投棄するのは愚の骨頂です。
 人間の糞尿は、野生動物の糞尿のように、小動物や微生物の呼吸(生命活動のエネルギーを得る事)に利用されて無機物の二酸化炭素や水まで分解されてから、再び光合成に利用されるべきです。こうやって何億年もの間陸上生物の栄養循環が続いてきたのです。
 糞尿をこの循環に乗せる事が、人間が動物として果たすべき最も重要な事である筈なのに、最近の人間は、人間以外の野生でない動物、家畜やペットの糞尿まで生態系に戻していません。ペットの糞尿を化学的に固めてゴミに出すなんて本当にばか者のやることです。この糞尿のところで循環をストップさせたら、生態系の栄養の大循環は止まってしまって、生態系は破壊されます。勿論、人間も例外ではありません。 
 糞尿をバイオマス燃料にする事が、最低仕方がなく許せるレベルの処理法だと思います。(小動物、微生物等の分解者を飛ばす事が問題です。)

 人間が動物として、確実に果たすべき役割は、糞尿を栄養大循環に乗せる事です。意識的に循環に乗せると言うよりも、意識的に循環から切り離す愚かな行為だけは即刻やめるべきです。

〈関連記事〉自然の摂理から環境を考える。kasiさん2006/11/19
『地力問題3:下水道の普及って良いことづくめ??』
http://www.sizen-kankyo.net/blog/2006/11/3_1.html
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【2006/12/03 00:58】 | 環境総論 トラックバック(0) |

大江戸トイレ事情
天地 はるな
「舗装と下水道の歴史」岡並木
この本は、25年ほど前、私がはじめて読んだ環境本です。
オススメです。
トイレのこと、私も書きました(^▽^)/↓

http://plaza.rakuten.co.jp/otegami/diary/200606210000/


江戸時代でさえ
雑草Z
 糞尿が栄養循環の大切な柱であることは、経験的、感覚的に分かっていたわけですね。江戸時代のリサイクルは本当に完璧ですね。江戸時代のほうが、廃棄物もリサイクルしやすかったということは、材料が現在より優れていた訳です。藁、竹、灰、みな太陽エネルギーの有効利用で蘇っていたわけですね。こういう感覚が現代人の多くからどうやって欠如してきたか考察すべきですね。
 私は、トイレの事は描いていません(笑)。タイトルを見て下さいな。生態系の循環で人間が絶対守るべきことを描いたのです。結果としてトイレの在り方は非常に大切ですが。 


かっし~
雑草Z様

いつも、『自然の摂理から環境を考える』へのコメントありがとうございます。
そして、今回は、記事まで引用して頂き、ありがとうございます。一緒に、考えていてくれる人がいると思うと毎回、心強いです。

近々、下水道の続きをアップする予定なので、またぜひご覧下さい。
今後とも宜しくお願いします。

自然界への負荷について
satou-n
こんばんわ、雑草さん。
今回の人糞を、昔のように肥料とするには、
昔のような山や森がなくなっていること、
生物がいないこと、人口比率を考えているのかなぁと、
ちょっと疑問に思いました。
人糞も腐葉土もサトウキビのバカスも酒かすなども皆、微生物分解を経て肥料となります。
そのままだと、ただの廃棄物ですし、
土壌や河川にそれらをたれ流すことは、現状の生きもの達の数では、とても分解することはできません。
かえって、汚染になって死滅してしまいます。
赤潮などの富栄養化状況も、良い例です。
まして、ゆっくりと醗酵させるための貯蔵する場所となると今度は、私達の生活空間でさえウサギ小屋と言われるほどのスペースしかないのです。
気持ちは、解らないことも無いのですが、
現状の生態系を考えると、その下水処理に対する発想は人間のためにこれ以上の負荷を益々、自然界にかける事になる危険性のほうが大きいと考えます。
他にも、私達が食べたり、薬として服用している物質は、
多量のホルモン剤なども多く、これらを自然界へ放ち、循環させることのほうを危惧してもいるのです。
私達人間が、自然界へ最低限のことを果たすには、それらの処理を含まなければならないほど、
単純ではなくなっていることを
どうか、その辺りの方向からも考えてみてはいかがでしょうか。

循環させることは基本です
雑草Z
  繰り返しますが、私の主張は糞尿を生態系で循環させなければ破局するという事です。循環させないでどうするのですか?「そのままだと、ただの廃棄物」とおっしゃっていますが、それこそ循環させていないことですよ。循環させてそれぞれの生物が利用しながらCO2やH2Oのレベルまで分解するのです。「生態系に流す」の「流す」は川や海に流すではありませんよ。念のため(すみません。そんなこと思いませんよね。)
 腐葉土や人糞にまで化石燃料等のエネルギーを大量に使って処理するのは大変愚かなことです。このような循環を止める大規模下水処理施設こそが環境破壊です。(天地さんのおっしゃる江戸時代のような)もっと小さな設備で生態循環に乗せるものでなければ破局を迎えます。生物に処理させ(食べさせ)ないから生物は減るのですよ。微生物は、栄養(糞尿)さえあれば指数関数的にかなり増えます。一日で何十万、何百万倍のオーダーでしょう。satou-n さんのおっしゃるように人間過剰なのは、食物の輸入や一時的な化石燃料や化学肥料の使用によるものです。日本は自給自足していないので糞尿過剰になるのです。その余分な栄養は貧しい国のものです。さらにこの貧しい国まで日本のような下水処理したら生態系は滅茶苦茶です。栄養循環から考えて、糞尿を肥料にした場合、家畜も含めその土地の動物の糞尿の養分で育った植物だけを食べていたなら、肥料として処分しきれない量になることはないでしょう。食べ物をよそからもってくるから処理しきれないのです。自給自足出来ない人口を持ってはいけないのです。植物も含め生物が糞尿を処理出来ない程いなくなったら生物同士のつながりの観点からもそこで生態系は絶滅でしょう。次回の記事(12/6分)とカテゴリーの【食料】の部分をみて下さいな。それから、かっし~ さんの記事も。


satou-n
雑草さん、ありがとうございます。
微生物が雑草さんのおっしゃるように増えるのは解りますが、その還元の方法を昔のように肥溜め方式にするということですが、全国民がその処理をして暮らすには、居住システムの問題はどうすればよいのでしょうか?
また、現在は、鳥インフルエンザに見られるように家畜を媒体にした病原体の進入も出てきてしまいました。
基本的には、雑草さんのおっしゃるように循環させなければいけないのですが、私達人間は、残念なことにある時点から自然界への生態系の循環が複雑になってきていることを、コメントしたかったのです。
すいません、おっしゃりたいことが、自国の自給率を上げるということや、他国の生産物と共に土地のエネルギーまで奪っていることを啓発なさっているのでしたら、私もほんとうに同感です。
ただ、そのための方法は、もっともっと、いろんな方々と考えていかなければならないだろうなぁと思ったのです。





肥溜め式は理想ですが
雑草Z
確かに現代の日本、特に都市部にそれを設置する余地も賛同もないでしょう。理想論ばかりでは上手く行かないかも知れません。しかし一方、それは現在の都市が異常だからで、周辺に超高エントロピーを放出して存在し続けようとしている現在の都市の在り方に無理があるからです。こういう人工都市は昔滅びた伝説の都市よりずっと短命に終わるでしょう。
 下水道処理施設にしても、エネルギーを使わない、もっと小規模でシンプルな設備で、小動物や微生物を最大限に利用したものにすべきです。そして、しっかり肥料として使うべきです。「現代の肥溜め」ってところでしょうか。
「自然への生態体系の循環が複雑になっている」の「複雑」というのが曲者です。複雑ではなく「不十分」ということで、その理由は、人間が循環に相応しくない不用な色々なものを付加しているからです。つまり、資源をゴミに変えているのです。さらに埋め立てたりして隔離さえしているのです。
 一見シンプルで、実は緻密な自然の完璧な循環系をいい加減にいじって「色々な方法を考えていかなければならなくしている」のが現在の経済優先の環境技術です。それらは対処療法です。構造を改革して根本を変えなければ駄目でしょう。





satou-n
雑草さん、丁寧にお話していただき本当にありがとうございます。
ネットでのやり取りは、お顔を合わせて話すよりもずっと
気心を図るのに時間がかかることもあります。
わずらわしい想いをさせていたとしたら、本当に申し訳ないのですがこうして、つたない私の疑問に答えていただけたことにとても感謝しています。
このやり取りのおかげで、雑草さんのお考えを、いままでよりも深く知ることができました。
今後も、楽しく読ませていただきます。




こちらこそ感謝いたします
雑草Z
 現在環境問題は、目を背けたいくらい、かなりシビアーになってきています。このままでは、破滅への道をまっしぐらでしょう。それは、人間が自然の摂理、循環を無視したとんでもない開発をしているからです。経済効果を狙った似非環境技術もはびこっています。
 私のスタンスは、理想論と云われようとも、本質的、根本的に環境問題を考え、解決する方法を考える事です。自然の循環をしっかりさせることです。
 それには、経済と生産の縮小をして、経済とは対立する別の価値観による持続可能な社会への転換を図るべきです。これこそが真の構造改革だと思います。そんなこと出来ないと云われても、出来なければ破滅ですから、やるしかないと云う事です。
 12月から、毎日アップするのをやめて、1つの記事をもっと充実させるとともに、読んで戴いた方のレスポンスを待とうと考ました。だから、satou-n さんとのやり取りはとてもいいタイミングで非常に有意義でした。それに、satou-n さんの常識的なご意見に賛同なされる方のほうが多いと思いますよ。今後もよろしくお願いいたします。
 

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2006-12-01 00:01
福岡正信氏『わら1本の革命』によると、彼は、作物の足下にクローバーかうまごやしを播いて、緑肥としたそうです。この緑肥は、ほかの雑草が生えるのも防いでいたそうです。つまり、草が肥料になり、除草不要にもするということです。これが、「草は草で制する」ということです。これをバランスをとってしっかりやると、無肥料、無除草だけでなく、耕す必要さえなくなるのです。素晴らしい事です。

 更に緑肥の中に雑草が増えても作物はしっかり出来るのです。否、雑草がある方が健康な作物はよく出来るのです。
 これは、声を大にして言いたいと思います。
 土地を耕したり、肥料をまいたり、農薬を散布する変わりに雑草上手く使えばいいのです。凄いではないですか!この昔の自然への回帰は、農業革命だった筈です。

 この『わら1本の革命』は1983年に第一刷が発行されています。福岡正信氏が自然農法を試み始めたのは更に遡る事45年といいますから、第二次世界大戦の頃から彼は自然農法を実践しているのです。
 この画期的な福岡正信氏の自然農法がその素晴らしさに比べてそれ程脚光を浴びず、未だにそれ程普及していない理由はきっと、エンジン付き農業機械や肥料や農薬を売る企業や農協が必要なくなってしまうからでしょう。経済性、つまり、無駄がないからでしょう。これが経済の本質です。本当に勿体ない無駄を作る事が経済の活性化なのです。
 
 今は、作物も改良が重ねられて、大きく、栄養豊かに大事に育てられて、作物は今の方が美味くて栄養豊かと思っていたのは、幻想、思い込み、洗脳だったのです。昔の農業は自然農法近いものがあり、実は今よりも楽して旨い健康的な作物を食べていたのでしょう。 

 福岡正信氏の人間の知恵の否定という事は、一事が万事であって、他のあらゆる事にも適用出来る筈なんです。環境問題もこの発想から始めないと、現在行われているどうしようもない「環境技術」の対処療法になってしいます。
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【2006/12/01 00:01】 | 農業 トラックバック(0) |


こ~き
・クローバーについて
ずばりマメ科植物の『窒素固定』作用ですね~


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