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2006-10-31 00:52
ねずみ講とは、無限連鎖ともいい、加入者がねずみ算式に会員を増やす事により、加入金額以上の金額を得る一種の金融組織で、法律で禁じられています。

 ねずみ講は、やめた時点で破綻するので、破綻しない為には無限に続けなければなりませんが、人間の数は有限でそんな事は不可能です。すぐ破綻し、社会問題になります。
 破綻を伸ばし、会員が増えれば増える程被害が大きくなり、カタストロフィーになります。よく考えて見れば、いつの時点でも、ゼロサムゲーム(全体の合計ゼロ)で、それを運営する組織の分だけ赤字な訳です。つまり、始まった時点で、破綻しており、その処理を巧みに先送りしているだけです。
(全く巧みではなく明らかなんですけれど)

 私は、日本やアメリカの自由主義、資本主義社会の仕組みを一言で例えると
         ねずみ講
だと思います。
 私は経済学と言うものをあまり知りませんし、信用もしてませんが、最近  
 

 ケインズ経済学と戦後の日本

  を見て、少なくとも日本とアメリカの経済はねずみ講だと確信しました。これは、『スローライフ・スローリッチ』という方のブログで、ケインズ経済学の本質が簡潔明瞭に分りやすく説明してあります。ケインズ本人はマルクスのようにみんなを幸せにしようと理想に燃えていたのかも知れませんが、本質はねずみ講と変わらないと思いました。
      
 ケインズ経済学とは、設備投資の経済学です。赤字国債を発行して、資金を作って大型公共工事を起こし、メインの大型工事に直接かかわる産業だけでなくいろいろな関連産業が盛んになり、産業全体が潤って景気が良くなり国が富むという経済の考え方です。
(一昔前のと言いたいところだけれど)現在の日本の景気てこ入れ作そのものですね。その象徴がアスワンハイダムという巨大ダム建設というのも、本当に日本がそのままお手本にして追いかけています。このケインズ理論が現在の経済学でどのような位置にあるか分かりませんが、今でも経済活性化とはこんな政策をさす事が多いですね。
 このケインズの方法は次々と設備投資していかないと立ち行かなくなるので、公共事業も次第に肥大化してゆきます。マルクス経済学同様無限の資源を前提にした、経済成長の理論。本質は恐るべき環境破壊の理論です。

 資本主義経済は必ず行き詰まるものですが、このケインズ経済学は、その行き詰まった状況を打開すると言う理由で、問題を先送りしただけの、【高い煙突】による拡散の方法(最近書かせて戴きました。)ともかなり共通点があります。

 私がねずみ講と例えたのは、問題先送りの方法で、どんどん肥大化させないと行き詰まり、肥大化させられなくなった時点で破たんするところです。そして、【カタストロフィーの理論】のところで述べたように、先送りして肥大化すればする程、破綻は深刻なので、
 問題を先送りせずに、早く破綻させたほうが良い
 のです。
それはねずみ講を考えれば明らかです。
 
   もう一寸ケインズ経済学に物申したいので <<続く>>
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【2006/10/31 00:52】 | 社会・経済 トラックバック(1) |

記事を採り上げて戴いてありがとうございます。
スローライフ・スローリッチ
雑草様。私の記事の採用、とても嬉しく、ありがたく思います。正直のところ、あの私の文章は、ちょっとどうかなあぁ・・と思うところもあったのですが。私の言わんとするところを汲み取っていただき、とても良く理解していただいて、また、勇気を得たような思いです。

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2006-10-30 00:27
 最近寝不足が続いていたが、今朝も明け方に寝た。今日は10月の最終日曜だし、天気も良かったので魚捕りするなら今年最後だと思った。
 最近コンタクトがとれた青菜漬さんのご主人に連絡したら、もう、小さい魚しかいないとの事。でも娘に自転車で隣町まで行く経験もさせたかったので、午後に自転車で娘と美里町まで向かった。一応扇形の網と小さなバケツとを持って。隣町と言ってもわが町との境界線の近くにあり、自転車をゆっくり漕いでも30分もかからなかった。6kmくらいか。 
 あいにく家の娘と同じ年の末娘さんはいなかったのだけれど、着いたら先ず上がって下さいとのお誘いを御遠慮申しあげ、早速魚捕りに行きましょうと言って、ご主人と3人で現場に出かけた。ご主人も網を2つ持って行った。その家から1kmほどの現場に着いて吃驚。幅50cm程の田んぼの用水路。マスというのは、用水路どうしが合流するところの、少し広く深く掘ってある場所。とは言っても、畳1枚分の広さもない。そこは私の去年までの通勤路から見える、見晴しの良い田んぼの真ん中の”秘密の場所”であった。一見こんなところにまさか鯉がいるとは思えない。 
 降りてみると確かにボヤッコはいた。
 ご主人が大きい鯉がいたと言った。網を掛けて5cmくらいのボヤッコは1匹すぐ捕れた。この前娘たちと我が町の辰の川で捕ったぼやっこの一番大きいのくらいの大きさだ。
 突然ご主人が鯉がそっちへ行ったと言うので、マスから繋がる用水路に網を掛けたらホントにでかい鯉が一瞬網に入ってきたが、瞬間の事で、不覚にも逃がしてしまった。ご主人が後を追った。またマスに戻って来た鯉を、腰まで繋がっているゴム長でマスに入ってご主人が網でとった。でかい!40cmくらいか。
持って来たバケツに入らない。ご主人の持って来た大きなバケツに入れた。続けざまにもう1匹ご主人は鯉を捕った。

 いやあ子供も私もその大きさに吃驚。こんな網でこんなでかい鯉が捕れるとは思わなんだ。
 私も今年何十年振りかに網で魚取りをしたが、自分でも結構捕り方は上手いと思うが、青菜漬さんのご主人にはかなわない。川の漁師かと思う程上手かった。

 その用水路は阿賀川の支流の鶴沼川から引いた栗村堰に繋がる小さな用水路だ。私の町内と同じ水系だ。だからその鯉は堰から上ってくるとの事。野生の鯉が、こんな細い迷路のような用水路を通って来る事に感動を覚えた。
 その鯉は、そこの集落の貯水池に放した。ボヤッコはもとの用水路に放した。
 お土産に青菜漬を戴いて感動した。「あおなづけ」と読むと思っていたが、「せいさいづけ」と読むそうで、奥さんの実家の山形名産だそうだ。

 夕方日が落ちてから自転車で娘と家路に向かいながら、子供の頃、(岩手県であったが)遠くの友の里山であけび取りや栗拾いなどして日が暮れそうな中を帰る風景を思い出して懐かしさと郷愁を感じた。子供にこう云う経験をさせられた事に感謝した。かなり荒らされた里山だが、まだ自然の生命が沢山活動している。
青菜漬さんのおっしゃるところの、かろうじて残っているような、ちょっとした環境の変化でいつでもなくなってしまいそうな不安定な状況下にあるかも知れないこういう風景が、ずっと続いて欲しいと願わずにはいられない。
 会津平野の里山を守る会を作る必要性も感じた。(こんなものがなくても里山らしい里山が続いて欲しいものだけど)
今日もいい一日であった。



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【2006/10/30 00:27】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

鯉よ来い
青菜漬
せっかく娘さんと一緒にいらっしゃったのに、きっと大したものも捕れずにがっかりして帰って来るだろうと思っていましたが、どうしてどうして。大物が捕れて本当に良かったです。

荒れた里山と言えば、今年は「熊」のニュースが頻繁に流れていますね。私の住んでいる地区では防災無線で毎日のように熊への注意を呼び掛けていましたが、この間、とうとう被害者が出てしまいました。それも、普段の生活圏内で。
私の住んでいる所は山からは結構離れているので、あまり気にしていなかったのですが、今回熊が出た所は山際辺りで、子供達も普段遊んでいるし、新しい住宅団地もすぐ近くにあります。
いくらブナの実などが不作だからと言っても、この状況は異常です。
山の奥まで開発して熊の生活圏に人間が入って行ってのことなら納得できるのですが、最近のニュースを見ると、被害は人里で起きていますよね。
熊が山では冬眠のための十分な食料を確保出来ないということです。熊の棲息密度はそれほど高くはないと思うのですが、それを養うことも出来ないほどに山の扶養力が衰えているということです。
この状況に私達はもっと危機感を感じなければならないと思います。






大変お世話になりました。
雑草
 娘が興奮するような素晴らしい経験をさせて戴いただけでなく、私も十分に楽しませて戴きました。
 青菜漬さんご夫妻は私の思ったとおり、生態学、農学に精通されていましたね。水系や土壌にもお詳しく吃驚いたしました。私の家のほとんど枯れてしまったブナの鉢植えに対しても適切なアドバイス戴き有難う御座います。庭にしっかり埋めて植えたいと思います。
 私は、博士山ブナを守る会にも入ってますが、この山のブナの伐採は悲惨なものがあります。今渦中の元福島県知事達が強引に進めた広域農道建設現場は目を覆いたくなります。博士山には熊も多く生息しているので、間違いなくこの工事の為に熊も棲むところを追われたのです。
 ブナの実は、熊の餌と言うだけでなく、最近お気に入りの土の本によると、縄文の頃の日本人は、ブナの実を食べていたとのことです。私もいつか食べてみようと思います。
広葉樹のブナの落ち葉は山を肥やし、土の流出も防いでいるのですね。
  実は、奥会津地方のブナは世界遺産の白神山より広く、世界最大のブナの天然林なのですね。

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2006-10-29 02:24
 この頃、ニュースで高校で必修科目で世界史等をやらずに、他の科目を履修させて、やった事にしている事が問題になっているが、はっきりいって、どうでもいい問題である。余り関心がない。保健や家庭科くらいしっかりやって欲しいくらいか。まあ、スポーツで騒ぐよりはましかな程度。当事者は大変だろうけれどこんな事で騒いでいる猶予などない。

 高校生はそんな世界史とかやるより、
もっと考えるべき問題が沢山ある

 問題になっている世界史にしても、今のような単なる教養ならばやらなくていい
『歴史に学ぶ』という事は大切なのだろうけれど、そんな事は活かされていない。例えば大河文明など、歴史から消滅した社会がなぜそうなったかを学んで、現在に活かされてはいない。それをしっかり語れる歴史の先生が、どれほどいるだろう?細かい年号や史実を覚えるプリントやテストを大量につくって、ミスプリがあったら裏紙利用さえせずに、くずかごに捨てるような先生に社会を習っても、環境破壊しか学ばない。(反面教師にするのはいいけど。)

 また、例えば、理科で、光合成や呼吸は、小学校でも中学校でも高校でも学ぶ。
中学校で、学ぶ事を簡単に描いてみると(これまで何度も描いた・・)

 光合成(生産) 
   [二酸化炭素]+[水]+(光)のエネルギー→ [炭水化物]+[酸素]    
 呼吸(消費)
   [炭水化物]+[酸素] → [二酸化炭素]+[水]+(活動の)エネルギー

 この完璧な可逆変化をしっかり理解するべきである。これを穴埋め問題にすればみんな出来るのに、その意味をしっかり理解していない生徒があまりに多い (一部の理科の先生さえも・・)。高校になるともっと詳しく細かい事まで習うが、この、根本を理解していなくて、もっと細かい事を知っている高校生が(今問題になっている進学校に)意外に多い。
  私は学生時代、アルバイト先の塾の中学生の理科では、この呼吸と光合成のシステムを口を酸っぱくして教えた。自動車のガソリンエンジンなどのシステムと比べて如何に神業的に優れているか、熱く語ったと思う。細かい事は忘れても、この完璧な可逆システムの概念は一生知っておくべきだと・・。

 こういう理解無しに、細かい知識を沢山つけた受験生が東大等の高級官僚養成大学に進んで(それだけではないけれど)、官僚になって、住民の希望しない公共事業を立案し、悪知恵で立案を通し、環境破壊していくのだ。いや、こういう人達は、理解の問題ではなく、モラルや正義感の欠如が原因だろう。しかし、この環境破壊が、地球規模で大きくなり、結局自分達の死活問題になる事に気付かない彼等(公共事業を立案する御用官僚の事で、東大生全てをさしている訳ではない)は、やっぱり理解力のない愚かな人々なのかも知れない。

 この末期的な環境破壊の世の中で、早急に学ぶべき事、教育課程で必須にすべき事は、さらに環境破壊を押し進め早める企業戦士や、それを支える御用官僚を育てる事ではなく(そういう芽は摘まなければならない。)
持続可能な社会の条件、方法を学び、考え、
そういう方向に一刻も早くシフトしていく手段
を考えるカリキュラム
だ。


 理解とともに正義感も必要(臭い言葉で使いたくないんですが・・・そこまで追いつめられた感じ。)
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【2006/10/29 02:24】 | 社会・経済 トラックバック(0) |

私のブログへのコメントありがとうございました。
スローライフ・スローリッチ
そうですね。私も環境教育や、差し迫った大切な問題を、教えていかないと、大変なことになると思います。ただ、分かる人、見える人も、わりといると思いますし、ホントに、「本物」が生き残る時代になるとも思うのです。
ところで、私のブログ、パソコンの調子が悪いのと、方針的に物凄く迷って悩んでます。また、そのうち何とかしますので、また宜しくお願いします。

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2006-10-28 09:00
 前回は、拡散の方法がどんなに愚かかを述べたが、拡散ほど愚かではないが、やはり愚かな方法に「埋める」という方法がある。大気中や海に「散らす」のに対して、地面に穴を掘って埋める方法である。
 勿論、有機物を埋めて微生物の力で肥えた土に戻すのは、大賛成だ!! 
 そう言う循環系以外の廃棄物が問題だ!

 危険なゴミは、外に漏れると大変だからと更に大きなゴミとなるシートまでつくって敷く。そして当然の事ながらシートは破れる。行政は破れる筈がないと言っても、何故か地下汚染される。
 核廃棄物は、放射能レベルの低い作業員の服等を燃やして圧縮したものは、ドラム缶に入れて埋めてコンクリートで固める。(燃やすと言う事は、一部が空気中に拡散されていく。・・・フィルターを通しても、全部除去出来る筈もなく核廃棄物を空中拡散している訳だ。酷過る!)

 より放射能の多い、危険な核廃棄物は、何百メートル(500m~1000m)も深く掘って、ガラス等で固めて埋める・・・計画だ。核廃棄物といっても40年位たった原発用原子炉はそのまま全体が核廃棄物だ。解体して全部埋める。とんでもない話だ。大型原発一基埋めるのに費用は一兆円を越すらしい。
 核廃棄物は埋めるのに量を減らす為に濃縮するから、発熱して何年も埋められない。埋めるのも、人が被爆するから、ロボットという事になるけれど、そんな技術はまだない。
 つまり、放射能と言う半永久的に危険がなくならない廃棄物は、処理方法がない。これは、核物理の根本原理であるから、将来的にも変わらない筈だ。地下に半永久的に埋めると言う事の危険性は、地震大国日本ではなおさらだ。チャイナ・シンドロームなんてのも現実味を帯びてくる。

・・原発の話になると、余りに酷過ぎるので、その事に集中してしまう。話を戻す。 
 
 処理出来ないものを埋めると云う方法は、拡散と同様、場当たり的な対処法だ!

  拡散も駄目、埋めるのも駄目、ならどうやって、処分すか?・・・簡単である。
処分出来ないものは作るな!って事。
 これは極当然な事で、しかもとても大切な事である。

 
 じゃあ、原始生活に戻れって事か?まあ、絶滅するならその方がいいが、そう云う事でもない。地球は人間の歴史と比べて無限に近い長さの年月をかけて奇跡的に、完全な循環系を作り上げたのだ。エネルギーで云うと炭水化物は何度も述べているように完璧な循環エネルギー。炭水化物に窒素元素等を使って植物が作り上げる体の部品、タンパク質も完璧な材料(これは、燃料でない。製品材料だ!燃料にすると、NOx やSOxも出る・・)
 こう云う素晴らしい循環系をしっかり有効利用する事だ。処理出来ないものは、処理して循環させられる技術がきちんと完成するまで(核廃棄物については絶対に無理だ。)即、生産、使用中止。・・・これって基本中の基本だ!
 注意する事は、リサイクル出来ても、他の多くのエネルギーが必要なリサイクルは、循環系とは言い難い。人力エネルギーくらいでリサイクル出来る仕組みを開発する事だ。

 絶滅がかかった背水の陣である事を忘れない事だ。
・・そんなに難しい事ではない。
  江戸時代の日本でも出来ていた事だ。
 
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【2006/10/28 09:00】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

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2006-10-27 00:01
 酸性雨の原因は、化石燃料の使用によって排出されるNOx とSOxによる大気汚染だ。工場の煙突からの廃棄ガスや自動車の廃棄ガス。
 自動車の廃棄ガスは急激に自動車の増えた最近は深刻だが、昔は主に工場の煙突からの廃棄ガスのほうが問題視された。日本でも1960年代頃から『公害問題』として騒がれていた。
 そして、公害対策に限らず、なにか問題が起きたら、
 『元を絶つ』と云うのが基本だと思うが、
本当にしょうもない方法、「煙突を高くする」という方法がかなり堂々と対策として実施された。
 勿論、脱硫装置、脱硝装置のフィルター等、有害物質を大気中に出さないなどの対策もなされ、それは日本が得意とするところたが、
  元を絶つ=工場の稼働停止
などの措置は、本当に酷い時意外は実施されていない。

 「煙突を高くする」と云う方法は、いわゆる「拡散」の方法であって、
 もっともやってはいけない方法である。まして、地球は球形で有限である事が十分わかってからの時代の話である。「高い煙突」と言った時に反対する人はあまりいなかったのか?こんなことがまかり通っていた事が不思議だが、「拡散」の方法は現在でも、大気中に限らず、海でも行われているから本当にどうしようもない。それも大気中なり海の許容量の研究の裏付け無しにだ。(都合のいいように作られてしまった研究データは沢山あるだろう。)
 これはあたかも適正人口の論議なしでの少子化対策をしている日本の現政府と似ている。(今まで何度も述べたが、適正人口の許容量は自給率100%であると確信する。)無能者の対策である。

 その結果、酸性雨の原因となるNOxやSOxは、上空の気流に乗って、広範囲に広がった。 スウェーデンやノルウェーがドイツやイギリス等から、カナダがアメリカからの貰い酸性雨の被害が深刻である。
 日本も最近中国等からの貰い酸性雨が酷くなってきているが、日本企業が中国や東南アジアに進出して、向こうに工場を建てているから
自業自得の部分もある。そればかりか現地にはもっと酷い迷惑をかけている。


 話をもどすと、熱と違って、大気中の物質は、宇宙までは飛んで行かない。(最近熱もCO2に吸収されて、余分に地球に残っているが・・・じゃあ、宇宙まで飛ばせばいいかというとまた別な問題が起こる・・・別な機会に述べる。)

 こんな子供が考えてもおかしく愚かな『拡散の方法』を今だに対策にしている政府や企業には任せられない。 


 汚染物質を拡散させなければ、現地の被害はもっと酷くなるが、
 その分もっと早くから真剣に対策を考え

根本的な生産方法や、構造改革の話(結局、Produce less 生産縮小に行き着く)になる筈だ。

 
拡散の方法は、
問題先送りの愚作であるばかりか、問題を肥大化させる

局地的な環境問題は

その場しのぎの『拡散の方法』によって、
世界的に深刻な、
人類の破滅の問題まで成長する。
 
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【2006/10/27 00:01】 | ゴミ・廃棄物 トラックバック(0) |

煙突が高くなる理由について
坂番
授業でとったノートそのまんまです。
http://blog74.fc2.com/z/zassou322006/file/20061029050034.jpg

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2006-10-26 00:51
たんぽぽ

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【2006/10/26 00:51】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

これは、雑草の家の前の雑草だ
雑草
 タンポポは、逞しい。パラグライダーで飛んできた種がここに落下して地中に長い主根を伸ばし、そこから側根もしっかり伸ばして葉を付け花を咲かせたのだ。もう花は、なく、ライオンの歯だけ残して新たな種はパラグライダーで飛び去った後だった。
 ”dandelion” の語源は「ライオンの歯」だ!
『葉』をライオンの『歯』に例えたのだ。
 雑草が頑張っているうちは私も諦めない。


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2006-10-26 00:25
(本日は、件の友人にならって、『です、ます調』で書いてみます。)

 中国で空中鬼、または空中死神 、 
ヨーロッパで、緑のペスト(植物に対するペストと云う意味) 
と呼ばれているものが何だかご存じですか? 私もその単語は最近知りました。

 酸性雨の事です。経済成長と酸性雨はアバウトに比例関係があるのですが、
何故か奇跡的にここ日本では、被害が顕著に出ていない、ので日本人の中には、「対岸の火事」的に思っている人が多いように感じます。(日本の土壌は酸性雨に耐えうる素晴らしい何かがあるのでしょうか?ご存じの方、推測でも構いませんので、是非教えて下さい。)
 
 確かに日本の「対岸である中国の火事」は大変です。最近酸性雨の被害が最も顕著になっているのは、中国だと思われます。中国は酸性雨を多く排出する石炭が、まだエネルギーの主役であるからです。だから、中国では、「空中鬼」とか「空中死神」と呼んで恐れているわけです。あの中国の奥の秘境にも酸性雨が降って枯れ始めるのかと思うと気持ちも真っ暗になります

 石油や石炭のような化石燃料は、完全燃焼して水とニ酸化炭素になる水素原子Hと炭素原子C以外に、タンパク質だった体の構成元素として窒素Nや硫黄Sが含まれてます。だから燃焼すると、窒素酸化物NOx や硫黄酸化物SOxも出します。これらが雨水に溶け込んだりして酸性雨となります。つまり、酸性雨の原因は、元をたどれば現在の経済発展の象徴「化石燃料」の浪費です。

 北欧では1970年代はじめにすでに湖沼で被害が出ています。旧東ドイツ、チェコスロバキア、ポーランドの「黒い三角地体」では、樹木の新芽も出ず、小鳥のさえずりも聞こえないそうです。
 デンマーク、スエーデンは、工業国でないのにドイツなど他のヨーロッパの工業国から気流にのってやってきた酸性雨の被害に遭っています。

 まさに中国の隣国、日本の置かれた状況。違いは日本も工業国で自動車も多く、化石燃料を浪費していると言う事。それに、最悪の化石燃料消費国として台頭してきた新たな酸性雨大被害国家、中国の酸性雨が加われば、これまで奇跡的に少ない被害で済んでいた日本の樹木もひとたまりもないでしょう。
 
 pHは7が中性で、それ以下のpHは酸性ですが、普通の雨でも空気中のCO2が溶け込んで pH5.6の弱酸性になります。だから、この値までの雨は中性雨と呼ばれます。現在の日本の各地で降る雨はpH5未満。4.8 とか4.5といった値の完全な酸性雨です。

 今、日本の樹木や土には、酸性雨のストレスが積もりに積もっているところです。針葉樹の被害ははっきりわかるけれど、広葉樹は毎年落葉するから気付かないということです。土に降った酸性雨も土壌中のカルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属などですぐに中和されるけれど、もう中和する土の金属成分も少なくなっている筈です。それに、それらの元素は植物の成長にも必要なのです。

 寒波や台風などで突然枯れ始める「アシド・ショック」や、木食い虫による立ち枯れも、酸性雨によって木が弱っているからです。

 限界を越えて日本の樹木が一斉に枯れてゆく姿はみたくありません。
政府は今すぐ非常事態宣言をだし、化石燃料の使用を必要最低限にすべきです。具体的にはやはり現在の10分の1のレベルです。
 世界中の政府がすぐにそうすべきです。CIA等はそのデータと予測を大大的に公開すべきです。そしてみんな騒ぐべきです。そうじゃなければ、企業癒着の政府は動きません。一刻を争います。
 
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【2006/10/26 00:25】 | 化石燃料 トラックバック(0) |

日本に酸性雨の被害が少ないわけ
坂番
まず最近は写真もアップせずすみません。

ということで、ここでは土壌の面からお話したいと思います。これは前期の授業で習ったことです。(サクッとですが)ポイントになる単語をノート書き込んだだけなので、その間は私の推測による言葉でつながれています。

原因は土壌の緩衝性。つまり、アルカリ度(H2SO4適定)。
日本の土壌は石灰石(CaCO3)が多く、
 CO3 + H2O → HCO3- + OH-
という反応が起こっている。
これにより、森林破壊の原因である土壌微生物の死滅と、湖沼の酸性化が防げると考えられます。

大変いい情報有難うございます
雑草
 日本は海の中にあったから、貝殻が堆積した石灰岩が多いのですね。そういえば、中学生の頃、まだ細かい貝殻とわかる石灰岩を縦横無尽に掘った洞窟で散々遊びました。酸性の土地を中和するのに使ったと言ってました。
北欧の酸性雨による死の湖も炭酸カルシウムで中和している筈です。そのカルシウムの緩衝能力があるうちに、酸性雨を止めないと大変です。 雑草が地面を突いて出てくるうちに・・・

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2006-10-25 00:02
件の友人から岩手県一関市周辺でのダム工事に対するメールが届いた。的を突いた分かりやすい内容だった。ダムについてはまだ載せていなかったので、そのままブログに載せていいか確認したところ、ラフな口調の語尾を”ですます調”に変えて、しっかり書き換えて(笑)送ってくれたので、そのままの形で載せさせて戴く。


・・・(ココカラ)・→
この間実家の一関に帰ったら胆沢ダム工事をPRする折込新聞が我が家にも入ってました。上質の紙を使って8ページ、かなりの金が掛かっています。ダムの
総事業費はおよそ2500億円!日本最大級の規模なのだそうです。

正直ダム計画の詳しいことはよく分かりませんが、例によって
意味不明の多目的ダム(別名無目的ダム)
のように感じます。PR紙によれば、目的に河川環境
の保全もあげているし、工事も環境保全に最大限務めるとあり、いいことづくめの自画自賛の内容。このへんにも何か住民感情を反対に向わせない意志がはっきり見えます。
プラスだけではなく、必ずあるはずのマイナスの部分もガラス張りでオープンにして、住民に判断を仰ぐのが正しいあり方だと思うのですが。

胆沢ダムの大きな目的である治水に関しては、下流最大水害地の一関平泉において、つい最近2700億円をかけて大規模遊水地(北上川が増水したときの水の誘導場所)が作られているはずなのですが。

さらに、水道水の供給についてもどうなのでしょう。すでに様々な自治体でダム建設のために「水道料金値上げ」の結果となっている現実があります。つまり、現実乖離の需給予測と供給計画の結果、自治体は実際に水が必要なくてもダムから「計画通り買い続けなければならない」のだそうです。これは先日NHKがレポートしていました。仙台市も七ヶ宿ダムができてから、全国的に見ても高い料金になっていると聞きました。果たして胆沢はどうなのでしょう。(調べたら過去の岩手日報に「年間5億円強の使わない水をダムから買う事になる」との予測がありました。)

推測ですが、農業用水供給も同じような現実があるのではないでしょうか。
 
・・・・←・(ココマデ)


「痛みを伴った改革」と言って、増税して、こんなムダで環境破壊のダム工事に税金を投入してることは許せない。多くの公共工事がこの調子である。作る必要のない、作ってはいけないものを作っているのだから増税の必要は全くない。減税も十分に出来る。
 今だにこんなにお気楽にダム工事をしている国は世界で日本だけである。河川とその周囲の環境破壊は目を覆いたくなるような悲惨さだ
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【2006/10/25 00:02】 | 日本 トラックバック(0) |
2006-10-24 00:01
 私のような環境問題に対し、きわめてシビアーな警告
 (これでもそんなにシビアーでない)に対して、
まだ、現実に起こっていない色々な危機感を煽っているだけ」と思っている人達が結構いる。
 彼等は言う。「以前から酸性雨が日本に降る降るといってるのに、いつから降っているのだ?森や林は大丈夫ではないか?日本の食料だって、自給率が50%を割って久しいのに、食料不足になっていないではないか?地球温暖化だってまだ大した事ない」・・・などなど。
 
そういう人達に対し、
『カタストロフィー理論』をしっかり理解して欲しいと
  思う。

 カタストロフィー[Catastrophe ] は
 日本語で『天変地異』または、『大変動』、『破局』とか訳す。
 比例関係のような変化が崩れて
いきなり大変動する現象である。
 
 例えば、地殻にゆっくりと時間をかけて貯められたエネルギーを一挙に吐き出す地震は、カタストロフィー現象の典型のひとつである。

 例えば、酸性雨は日本でもかなり降っている。(その事実を知って、御目出度い人達は、「それでも大丈夫ではないか?」という。)植物も土も本当は共にかなりの被害を受けている。しかし、土はかなりの緩衝能力をもっているので、被害をはっきり現していないのである。木だって被害が蓄積されているけれど、はっきり現れていないのである。その緩衝能力が限界を超えれば、ドイツの”黒い森”のように一気に森が枯れ始めるのだ。これが森林のカタストロフィー。
カタストロフィーが始まってからでは、
止められない
  のである。

  右肩上がりの現象は、無限に続く筈はなく、いつかポキッと折れて下がる。それが『カタストロフィー』。上に上がれば上がるほど折れた時の衝撃は大きい。
 バブル経済の崩壊などもカタストロフィーの一種だろうけれど、そんなの大したカタストロフィーじゃない。
 
 経済成長はカタストロフィーのエネルギーを貯めるので、カタストロフィーが起こらなければ起こらないほど、そのエネルギーが増えてゆき、大災害の被害度も大きくなってゆく。 
カタストロフィーになる前に、
経済縮小してこのエネルギーを減してゆく事が、
 カタストロフィーを防ぐ方法
である。
 
 「科学の進んだ」現代は、一国やひとつの島の滅亡に留まらず、一挙に地球全部の破局を招くようなとんでもない量のカタストロフィーのエネルギーが貯えられている。そして、世界中の各地でその予兆がポツリポツリ吐き出し始めているのだ。     
 
 実は私は、カタストロフィー理論はまだしっかり読んでいない。学生時代、とても興味があり、同じ研究室の人から本を借りたのだが、後回しにしているうちに読まずじまいで返してしまった。
 概念は分かっているつもりなので、独自の解釈を加えてよく口にしている。ここに載せたことも自己流解釈だ。
 やはり、しっかりした本を1冊読んでおく必要性を感じる。本来ならその後にブログにアップするべきであるが、カタストロフィーの理論的発想が出来ない為に問題のシビアーさが分からない人達(特に政治家)が多く、はじめに書かせて戴いたようなお門違いの御目出度い発言をする輩があまりに多いので、取りあえずアップさせて戴いた。
(数学的でない・・感覚的で読みやすい)カタストロフィー理論のしっかりした本を読んだ後、若し追加訂正等あれば、またアップさせて戴く。
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【2006/10/24 00:01】 | 環境総論 トラックバック(0) |
2006-10-23 00:04
最近、電力会社(や住宅会社)は、「オール電化」を煩いくらいに宣伝している。 例えばレンジとかヒーターとか熱を発生させる装置に電力を使うのは変換 効率から言っておかしくないか? というメールを、元雑誌編集長で現フリーライターの友人からメールが来たので、書かせて頂く。

電力と言うのはクリーンで安全だが高いと言うのが今までのイメージだった。
 先ず、クリーンと言うのは、使う段階の話であって、発電所では、火力はCO2を出すし、水力だって発電所建設はかなりの環境破壊だ。原子力に至っては人類の歴史と比べて半永久的になくならない最悪の放射性核廃棄物を出すのでとんでもない。 
  
 エネルギーのロスは、エネルギーの変換の時と、輸送の時に大きい。
基本的に発熱装置に電力を使う事は、本当に馬鹿げた話である。(コタツは別・・別の機会に書く)

 発電所で化石燃料を燃やしてエネルギーの60%くらいは熱となってロスし、40%くらいが電気になる。そして、電気の輸送で更にロスがあり、その電力をさらに熱に戻す時にロスが生じるわけである。
始めから化石燃料を燃やして発熱させるガスの方が、輸送コスト(ロス)を考えてもエネルギー効率はいいに決まっている。
 つまり比較すればガスのほうが地球環境により優しい。

 オール電化は環境に優しい、経済的と言うのは、かなり眉唾ものだ。経済面はどうでもいいが、地球環境にはかなり悪い。電力会社では省エネをうたっている癖にとんでもない環境破壊をする。
 
 お得なような深夜電力の利用がもっとも危険だ。
 最近エコキュートという給湯システムが出来て従来のヒーター式電気温水器の3倍の熱効率だと謳われている。
 エコキュートってなんかキュートな名前で得体が知れなかったので調べてみたら、単に今までのエアコンと同様のヒートポンプであった。名前をキュートにしただけらしい。従来のヒートポンプと違って、フロンガスの変わりに二酸化炭素を使用するので、オゾン層を破壊しないから「エコ」なんだろう。それとも「エコノミーのエコ」か?でもフロンのかわりに二酸化炭素を使うのは、ヒートポンプでより高温に出来るかららしい。
 まあ、理由がどうであれ、地球に優しければ文句はないが、今までのヒーター式の電気温水器の3倍の熱効率でさえも、エネルギー効率は、直接ガスで熱するよりは悪い。つまり、地球環境にはガスで直接沸かすよりいいわけではない。経済的には安いとの話もあるが、 エコと言う事で国から補助が出ているにも関わらず、導入コストを考えれば普通10年以上かからないと元は取れそうもない。そのうちに装置も寿命が来るかもしれない。しかし、そんな経済の事はどうでもいい。環境コストだ。
 深夜電力は、原子力発電の割合が高くなる。つまり、火力発電や水力発電は深夜に調整して発電量を減らせるが、フットワークの重い原発はそんなわけにはいかないのだ。
つまり、エコキュートなどの深夜電力依存は、原子力発電依存ということになる。
現在30%くらいを占める原発は、それだけの省エネをすればやめる事が出来る計算なのだが
 このような深夜電力依存によって、原発が生活に密着してくるのは恐ろしい事である。
オール電化住宅は間接的に原発肯定ということにさえなってくる。
 
 脱原発の為にも電力の省エネに勤めよう!!

特に深夜電力!!


 このブログをアップする為にも深夜電気を使っている。
これから寒くなるが、大きな電力を消費する暖房の使用だけでも控えようと思う。
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【2006/10/23 00:04】 | 原子力 トラックバック(0) |


スモールイズビューティフル
私も雑草さんの言うとおり、エコキュートはおかしいと思っていました。給湯器具が70万円くらいもし、それに対して国から補助金が出ています。

エコキュートのランニングコストが安いのは、深夜電力の料金設定が昼より6~7割安いため(エコキュートは夜にお湯を沸かす)。要するに主に原発で余っている夜の電気(原発は夜も止めることができない)を使わせたいために、電力会社と国がキャンペーンを張っているように思えるのです。

環境にやさしいといいながら、実際にはエコロジーですらないとしたら、とんでもない話ですね。

節電のCM
雑草
 電力会社は、節電のCMをやる一方、非常に多くの電力を使うオール電化のCMもして矛盾してますね。『40パーセントの節電(実現は難しくない。)をして原発をやめよう!』くらいの宣伝したら褒めてあげたいのですが。
 エコキュートはエアコンと比べて高すぎますね。しかもその水は飲用にするなと言うことです。飲めもしない水を暖めておくのは省エネとは言い難いですね。
中々止められない原発って怖いですね。 
スモールイズビューティフル氏は、いつも的確なコメントですね。

 

書き込みします。
翠雨
こんにちは。
オール電化についての記事が上がっていましたので、
早速拝見させて頂きました。

さて、オール電化についてですが、
環境負荷が大きいか小さいかというのは大変難しい議論です。
実際に私もオール電化の給湯とコンロについて
CO2排出量を試算したことがあるのですが、
確かにIHクッキングヒーターと都市ガスコンロについて試算しても
都市ガスコンロの方がCO2排出量が少ないということがわかりました。


記事中に効率について書いてありました。
その中で気になった点がありましたので書かせて頂きます。
まず言えることとして、再生不可能資源を使って且つ排熱ロスが出るのは
「火力発電所」と「原子力発電所」であって、
全発電所から同じだけロスが出るということではないということです。
実際にグラフなどを見ておおよそ効率を計算したところ、
(火力発電と電力発電以外の変換効率は1とした)
全体の電気エネルギーの大体40%程度が排熱ロス+送電ロスであると考えられます。


次にエコキュートについてですが、
実際にCO2排出量を求めてみると、都市ガスやLPガスを使うより
エコキュートで給湯する方がCO2排出量が少なくなりました。
ちなみにこれらは調理時及び給湯時の熱効率も含めて計算しています。
またコンロのCO2排出量とエコキュートのCO2排出量は
環境省・経済産業省が公開している「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」の
CO2排出係数を用いて求めています。


ここで注意しなければならないことは、電力会社によって、また時間帯によって
CO2排出量が変化してしまうということです。
特に時間帯や季節が大きくCO2排出係数を変えるため、
一概に正しいかどうか考え深いものがあります。
この季節と時間帯によるCO2排出係数の変化は現在公開されていません。

そもそも、電気エネルギーのような用途の広いエネルギーを
わざわざ熱エネルギーに変換する必要があるのかどうか、
私もこれはかなり疑問であります。
また電力需要が上がることによって
核廃棄物の排出量を上昇させる恐れが出てくるため、
やはり省エネに尽きるのではないかということも考えられます。
そうなると倫理学的な話になるような気はしますが・・・

稼動時のCO2排出量のみ着目するのは
雑草Z
 連続のコメント書き込み有難う御座います。
 環境負荷の議論なのに、CO2排出量にのみ着目してませんか?CO2などより、放射性核廃棄物のほうがずっと環境負荷は大きいので、その議論は、あまり意味がないと考えます。
 単なるエネルギー効率の話ならば、稼動時のみに着目したCO2排出量で比較してもあくまでそれは原発推進派や電力会社の都合のいい短絡的なデータで、トータルなCO2排出量ではないし、ましてやエネルギー効率ではないでしょう。

>特に時間帯や季節が大きくCO2排出係数を変えるため

と言いますが、その考慮は、あまり意味がないかと考えます。原発は止める事が出来ないので、使ったほうがお得という論理の先にオール電化があるわけですから、危険です。
「水力発電」も作るときは石油を使っていて、耐久年数があります。また、川の生態系を変え、栄養循環を止めるという大きな環境負荷もあります。(それでも原発よりは遥かにいいですが・・)

その他、例えば太陽光発電は、エネルギー産出比が低すぎて、製作時のエネルギーも回収出来ないでしょうが、仮にそれが可能でも、ソーラー発電して、エコキュートで暖めるより、直接ソーラーで暖めた(太陽光発熱)ほうがエネルギー効率はいいでしょう。まあどっちにしても飲料に適さない水ですが(笑)

>火力発電と電力発電以外の変換効率は1とした

とは、どういうことでしょうか?変換効率1は、あり得ないと思いますが?

 原発でCO2削減と言うのは、電力会社や国の詭弁です。原発の費用対効果(アバウトには、エネルギー効率にも考えられるでしょう)は、積み上げ方式で、半永久的な放射性廃棄物の管理には、いくらかかるかわからないのです。(CO2排出量も同様)

>環境省・経済産業省が公開している「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」のCO2排出係数
 
に、放射性核廃棄物の処理まで考慮しているとは、到底考えられません。環境省・経済産業省なら、その処理にはCO2を排出しないなんてとんでもない事を言い出しそうですね。
 
 単純なエネルギー効率を考えるにしても、電力は、2次エネルギーですし、エネルギーのロスが大きいのは、変換時と輸送時ですから、エコキュートが従来の電気温水器よりずっと効率がよくても、直接石油やガスで熱するよりいい効率が得られるとは、考えられません。特に最近のガス湯沸かし器はかなり効率がいい筈です。
電気エネルギーは、高品位のエネルギーで、電子機器や照明機器に使うのは分かりますが、発熱に使うのは、コタツなど、特殊な使い方以外は、愚かでしょう。


ご返答、ありがとうございます。
翠雨
まず、原子力発電所に関する影響と環境負荷については、ほとんど雑草Zさんのおっしゃる通りだと思いますので、ここでは記述させて頂かない事を先に述べます。
以下がコメントです。長々と申し訳ないです。

>環境負荷の議論なのに、CO2排出量にのみ着目してませんか?

オール電化が環境に優しいかどうか(環境負荷はどうか)という話になりますと、核廃棄物以外にも、CO2排出なども考慮しなければならないと考えられます。「CO2などより、放射性核廃棄物のほうがずっと環境負荷は大きい」という環境影響評価についても、確かに核廃棄物による汚染も大きな問題ですが、CO2など温室効果ガス排出によって地球温暖化を引き起こされるというのも大きな問題です。これらを踏まえると、CO2排出量と核廃棄物のどちらが環境負荷が大きいかという問題ではなく、それぞれ独立した状態で、オール電化の環境負荷を考えるのが妥当だと考えられます。


>単なるエネルギー効率の話を、稼動時のみに着目したCO2排出量で比較してもあまり意味がありません。

「始めから化石燃料を燃やして発熱させるガスの方が、輸送コスト(ロス)を考えてもエネルギー効率はいいに決まっている。つまり比較すればガスのほうが地球環境により優しい。オール電化は環境に優しい、経済的と言うのは、かなり眉唾ものだ。」とあります。ということは、調理及び給湯、及び冷暖房に関するエネルギー効率についてと解釈しても宜しいでしょうか。また鍵括弧内の文面から読み取るに、稼動時のエネルギーについて着目していると考えられるのではないでしょうか。
では「オール電化は環境に優しい」について、CO2排出量の観点から考えればどうでしょう。以下は電力会社さんから以前頂いた試算例です。(調理器具が100MJの仕事をする際に出るCO2排出量)

電気:CO2排出量(kg-CO2)=100(MJ)÷(機器効率)÷MJ/kWh(1kWhあたり発生する熱量MJ)×{CO2排出係数(kg-CO2/kWh) }
ガス:CO2排出量(kg-CO2)=100(MJ)÷(機器効率)×{CO2排出係数(t-C/GJ)}×44/12

調理器具の熱効率も含めて考えると、環境負荷が少ないといえるのは都市ガス(主にLNガス)のみであって、逆にLPガスだとCO2排出量は電気を上回ってしまいます。ですから一概にもオール電化の方がCO2に関する環境負荷が大きいとは言いがたいです。
またエコキュートとエコジョーズを比較した場合は、エコキュートの方がCO2排出量が少なくなります。


>>火力発電と電力発電以外の変換効率は1とした
>とは、どういうことでしょうか?変換効率1は、あり得ないと思いますが?

少し文章の書き方がまずかったかもしれません。申し訳ございません。
これはエネルギー効率についての記述です。今回申し上げた変換効率の定義は「再生不可能資源を使って且つ排熱ロスが出る」ことについての変換効率です。よって自然エネルギーを利用するものに関しては変換効率を考慮しないということです。ですから変換効率1としました。で、割合計算をして、これら電気エネルギーに送電ロス(%)を乗算して出た結果が「全体の電気エネルギーの大体40%程度が排熱ロス+送電ロスであると考えられます。」ということです。



>単純なエネルギー効率を考えるにしても、電力は、2次エネルギーですし、エネルギーのロスが大きいのは、変換時と輸送時ですから、エコキュートが従来の電気温水器よりずっと効率がよくても、直接石油やガスで熱するよりいい効率が得られるとは、考えられません。

エコキュートに関して、発電時のエネルギーのみをエネルギー保存則で考えると、エコキュートがガスの効率を超えることがないと考えられますが、実際に電気エネルギー以外にも大気の熱エネルギーを利用しているので、効率と言う観点から見ても、必ずしもエネルギー的にガスより劣っているとはいえないのではないでしょうか。


>>環境省・経済産業省が公開している「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル」のCO2排出係数
>に、放射性核廃棄物の処理まで考慮しているとは、到底考えられません。環境省・経済産業省なら、その処理にはCO2を排出しないなんてとんでもない事を言い出しそうですね。

設備設置及び管理運営に関して言うと複雑になってくるのであまり深入りしたくないのですが。まず都市ガスは地下に張り巡らされたガス管の設置及び管理にもエネルギーを使っているのは明らかです。またガス管が拡大していけばしていくほど管理が複雑になっていくことでしょう。LPガスに関しても、各家庭に配達するエネルギーが必要です。
オール電化とガスに関して言えば、あまりに多すぎるインプットとアウトプット、もしくはLCA全てを考え出すときりがないのではと思います。


結論として、オール電化に関して環境負荷が大きいか小さいか、判断しがたいというのが私の考えです。と言いますよりは、未だにオール電化の方が環境負荷が大きいのではないかと疑っています。
何度も申し上げますが、雑草Zさんのおっしゃる通り核廃棄物に関してはオール電化の方が環境負荷が大きく環境に優しくないのではないかと考えます。しかし資源消費はまだしも、CO2排出量を考え出すとオール電化の方が全体的に(厨房はガスによってそう言えない)CO2排出量が少ないと言うことが言え、CO2排出量という観点から見ると、環境に優しいと言えるのではないかと。



オール電化について考えていらっしゃるページがありますので、
こちらに紹介させて頂きます。すでにご存知でしたら申し訳ございません。

「市民のための環境学ガイド」より「オール電化再考」
http://www.yasuienv.net/AllElecReturns.htm




長々とご返答有難う御座います
雑草Z
 翠雨さんの議論もその観点では理路整然としていますね。
  
 純粋に科学で考えれば翠雨さんのおっしゃるとおり、

>CO2排出量と核廃棄物それぞれ独立した状態で、オール電化の環境負荷を考えるのが妥当だと考えられます。

ですが、実際環境問題を考えるにあたって、両者は天秤にかけなければ、意味がありません。難しいとかそういう問題ではなく、実際2者(3者、4者・・)択一の選択になっているわけですから・・

実際CO2温暖化脅威説を背景に原発推進しているということは、CO2のほうが環境負荷は大きいと言う前提でなければならない筈です。でも、そこは無視しています。
そこが、電力会社や国の出鱈目な点です。と言うか、環境評価などしないで、先ず原発ありきでしょう。何度も述べていますが、放射性核廃棄物は、最悪の環境汚染物質で、人類の手に負えませんが、CO2は、生態系を循環し、それ自体は全く恐ろしくありません。
私の
>CO2などより、放射性核廃棄物のほうがずっと環境負荷は大きい
と言う主張に揺るぎはありません。この根拠はこのブログの色々なところに書きましたが、この日の後の(7/21、7/23、7/25・)の翠雨氏がさらにコメント下さったところにも書いています。

>鍵括弧内の文面から読み取るに、

とは、どの部分でしょうか?

>あまりに多すぎるインプットとアウトプット、もしくはLCA全てを考え出すときりがないのではと思います。

との事ですが、翠雨さんのおっしゃるとおりそこまで考えなければ実際は意味がないでしょう。個人には面倒でも、時間とお金と人手がちょっとあれば大した事ではないでしょう。 実際そんな議論がなく原発を推進しているのは、愚かだと考えませんか?それにそんな議論がなくとも、廃棄物処理だけ考えても、原発のほうが議論の余地がないほど効率は悪いでしょう。

>自然エネルギーを利用するものに関しては変換効率を考慮しないということです。ですから変換効率1としました

という翠雨さんの考え方はわかりました。しかし、そこには落とし穴があります。自然エネルギーを利用するものに関しては、それを作ったりメンテナンスする分を石油で行うと(換算すると)エネルギー算出費が1以下になる場合があるからです。1以下でなくとも、そこでの石油の投入は無視できません。結果として、石油の無駄遣いになっている例は沢山あるからです。・・・原発もです。

>CO2排出量についてではなく、これは単にエネルギー効率についての記述です。
 の表現は逆かと思いますが。

>実際にエコキュートのインプットを考えると、電気エネルギー以外にも大気の熱エネルギーを利用しているので

という表現も疑問です。大気のエネルギーを使えるのは温度差が生じたときで、それは外からヒートポンプになした仕事以上にはなれません。その仕事を現場で発動エンジン等で行ったほうが効率はよいでしょう。

私の主張は、都市ガスだとか、LPガスだとか、石油だとかそういう燃料の問題ではなく、どれも、燃やして発電してから、さらに電気エネルギーを熱に変えるより、直接発熱させたほうがいいに決まっているという事です。こういう基本的感覚は大切だと考えます。

  

こんばんは
翠雨
返答が順不同で申し訳ないです。


>実際環境問題を考えるにあたって、両者は天秤にかけなければ、意味がありません。難しいとかそういう問題ではなく、実際2者(3者、4者・・)択一の選択になっているわけですから・・

私の考えとしては、両方を考慮して(或いはまぜこぜにして)白黒を付け出すと、かえって複雑になり、また価値観の違いによって中立的な立場(難しいですが)を失いやすくなるのではという考えを持っています。「CO2排出量と核廃棄物のどちらが環境負荷が大きいかという問題ではなく、それぞれを独立させて考える(CO2はどうか、核廃棄量はどうか・・・)」ことが必要だと述べた理由には、オール電化の「メリット」と「デメリット」を項目別に分けることによって、どのような環境影響があり、それはどうなのかということが明確になり、且つ通常簡単に理解しやすくなるのではと考えたからということも含んでいます(これはあまりに長かったので、1つ前のコメントでは削除していましたが)。特に一般の方々に理解しやすい方法で示すのがいいですから。

>実際CO2温暖化脅威説を背景に原発推進しているということは、CO2のほうが環境負荷は大きいと言う前提でなければならない筈です。

あまり深く考えていません。私はオール電化の経済的、国家及び社会的背景は全く考えていません。つまりオール電化のエコ云々がどうかではなく、オール電化によるアウトプットの評価しか行わないという姿勢を呈しているつもりです。上にも述べたとおり、物事には何らかのメリットとデメリットが存在するわけですから、それを探りたいという気持ちの下、この問題を今扱っています。
しかし話は変わりますが、考えてみると、オール電化も原発推進になるというのは10年、20年単位で考えれば未来的に言えることになるかもしれませんね。



>CO2は、生態系を循環し、それ自体は全く恐ろしくありません。

確かに雑草Zさんのおっしゃるとおりです。しかし、CO2の絶対量が増えているということを考えると、それそのものが恐ろしくはなくとも、それによる影響が脅威といえるのではないでしょうか。また一般家庭から排出されるCO2は、1世帯辺りは大した量でなくとも、世界的に見れば圧倒的に多い量であることが言えます。現に増加しているということは、少なくとも地球の浄化力を上回っているということが言えると思います。

>>鍵括弧内の文面から読み取るに、
>とは、どの部分でしょうか?

「始めから化石燃料を燃やして発熱させるガスの方が、輸送コスト(ロス)を考えてもエネルギー効率はいいに決まっている。つまり比較すればガスのほうが地球環境により優しい。オール電化は環境に優しい、経済的と言うのは、かなり眉唾ものだ。」のことです。

>>あまりに多すぎるインプットとアウトプット、もしくはLCA全てを考え出すときりがないのではと思います。
>との事ですが、翠雨さんのおっしゃるとおりそこまで考えなければ実際は意味がないでしょう。

個人的にも明確にしたいところですが、計算するのはあれなので、データがあれば是非見てみたいという気持ちでいっぱいです。


>実際そんな議論がなく原発を推進しているのは、愚かだと考えませんか?それにそんな議論がなくとも、廃棄物処理だけ考えても、原発のほうが議論の余地がないほど効率は悪いでしょう。

おっしゃる通りです。しかし本当に議論なく推していると言うことはあり得ないでしょう。少なくとも中には懸念していらっしゃる方はいるはずです。

>それを作ったりメンテナンスする分を石油で行うと(換算すると)エネルギー算出費が1以下になる場合があるからです。1以下でなくとも、そこでの石油の投入は無視できません。

それは否めません。しかし考慮したとしても、効率計算をしている上で割合計算をしているので、それぞれの発電所の基数にもよりますが、絶対的に排熱量の多い火力発電と原子力発電の比率から考えると、割合には影響を与えても大きく値が変わるとは考えられないです。


>大気のエネルギーを使えるのは温度差が生じたときで、それは外からヒートポンプになした仕事以上にはなれません。

ヒートポンプの構造上で、通常大気に触れる部分はかなり冷たい状態です(どの程度かはちょっと)。つまり管内と大気に温度差が生じているので、結果エネルギーを得ていると言うことが言えます。効率は構造を工夫すれば十分上げられます。たとえるならば、一種の空冷の逆といえるのではないでしょうか。ちなみに、そういった構造をしているわけですから、現に通常のエコキュートは寒冷地で使えません。寒冷地仕様もあるそうですが。



>直接発熱させたほうがいいに決まっているという事です。こういう基本的感覚は大切だと考えます。

私自身、なぜこの問題を扱ったかという理由として、「IHクッキングヒーターは2次エネルギーを使用している。こんな熱→運動→電気→熱なんて無駄な変換をするより、調理は直接ガスで熱した方が効率がいいに決まっている。」という考えからでした。実際にこの問題に関してレポートを作成し、理解と議論を深めた経験、また調べていった結果、自分の「絶対そうだ」という考えを打ち消されたという経験を持っています。

また、雑草Zさんの話も踏まえて、私の考えでオール電化を評価するなら。

メリット
CO2排出量は少ない(年単位など長期的に見れば大きく値が出るのではないかと考えます)

デメリット
・資源消費は大きい
・核廃棄物の排出量大きい

ただし、一般家庭でも十分電気は使っているので、大きい小さいという言葉は比較しているだけだということを忘れてはいけませんね。

順不同でも構いませんが、
雑草Z
 あまり意味が通じていませんね。ほぼ全内容に異議がありますが、絞って返答いたします。

 本文にもはっきり書いていますが、私は脱原発の必要性をかいています。「火力発電も環境負荷は大きいけれど、原発よりは遥かにまし」と言う事を論じています。

>両方を考慮して(或いはまぜこぜにして)白黒を付け出すと

って、そうして脱原発を主張するのです。
「それぞれメリットはあり甲乙つけがたい」なんてレベルではありません。


>つまりオール電化のエコ云々がどうかではなく、オール電化によるアウトプットの評価しか行わないという姿勢を呈しているつもりです

ならば、議論の余地はありませんね。アウトプットの評価しかしなくては、ほとんど意味がありませんので、議論するつもりはありません。時間の無駄です。記事の趣旨をご確認の上、コメント下さい。

>メリット CO2排出量は少ない

とコメントしてますが、一方この後に
【地震より遥かに恐ろしい災害】にコメントして
原発について

>かえって石油消費とウラン消費を同時にしているような気になって、
あんまり有用的でないなというのが今の私の考えです。

とかいているでしょう。そのとおりです。そしてなおかつ最高に危険です。


エコキュート(ヒートポンプ)について、

>ヒートポンプの構造上で、通常大気に触れる部分はかなり冷たい状態です

って、それは断熱膨張によるものです。外部からした仕事の結果です。温度差でその仕事の効率を1に近づけようとしているだけで、1を超えません。カルノー サイクルです。
 電力会社の人はあたかも大気の熱エネルギーを吸収しているような事を書いているようですが、システムで考えると、差し引きの系の熱は放出しています。熱力学の基本を理解していないのでしょう。そんなことが出来たら、エントロピーの法則に反します。第2種永久運動機関です。まあ、第2種永久運動機関は夢はありますが・・・

 


翠雨
>本文にもはっきり書いていますが、私は脱原発の必要性をかいています。

それはおっしゃる通りですが、オール電化はクリーンかどうかという題から、私はそれ以外の環境負荷を考えるべきではと述べるつもりで書いています。

>「それぞれメリットはあり甲乙つけがたい」なんてレベルではありません。

いえ、私はメリットのみを主張したいのではないのですが・・・
それぞれのメリットとは原発をさしているわけではなく、
あくまでオール電化を指していっています。

>アウトプットの評価しかしなくては、ほとんど意味がありませんので、議論するつもりはありません。記事の趣旨をご確認の上、コメント下さい。

アウトプットの評価をすると言っているのですが。文面的にちょっと意図が伝わってきません。
また記事の内容にもあるように、原発以外に
オール電化はクリーンかどうか疑うという旨がありますね。
確かに雑草Zさんの意図に反したコメントであったかもしれませんが、
オール電化がクリーンかどうかという話が書いてあるので、
それに対してCO2排出量はどうなのかという話を書きました。

>石油消費とウラン消費を同時に消費している
とは申し上げました。確かにCO2は余計に排出してはいますが、だからと言って、
たとえCO2排出係数にそれらが含まれていない状態であっても、
或いは原発の基数と世帯数との比から考えても、1世帯に対するCO2排出量に対するの変化量が大きいとは
私の考えの範囲ではあまり考えられないのですが。

とりあえず、特に気になったことを抜粋して書かせて頂きました。

翠雨氏の姿勢は、ある程度理解致しました
雑草Z
 オール電化はクリーンか?ということに対して、深夜電力を使い、原発に繋がるから、クリーンでないと言う主張だけでも十分かと考えますが、確かに、翠雨氏の言うようにそれ以外の部分で比べて書いた部分を受けてのコメントである事が上のコメントでわかりました。

>オール電化のエコ云々がどうかではなく、オール電化によるアウトプットの評価しか行わないという姿勢

と言う意味はそう意味ですね。分かりました。確かに

>経済的、国家及び社会的背景

を考えないで純粋に科学するのもひとつの方法で、逆に真実が見える場合もあるでしょう。


それで、CO2排出量の部分に着目したのも理解できました。
 私の着目している部分が翠雨氏の意図と違っていたわけですね。それは失礼致しました。

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2006-10-22 03:34
 このタイトルで,昔,10年以上も前,とある図書館報に文章を載せた記憶がある。今ここに書く事は、内容的にはそのときと大体同じになると思う。
 
 何度か書かせて戴いたように、
 人力の発動システムは、理想のシステムだ。燃料の炭水化物も機関としての細胞も最高の組み合わせ。
 
 人間の力で出来る事を、”便利な”機械を使うと、桁違いに何倍ものエネルギーを使う。使用したエネルギーあたりの仕事量で考えるとかなり非効率である。
それだけではない。SOx 、NOx 、・・・いろいろな有害物質も出てくる。

 その点人力は本当に完璧。  
 この人力を、スポーツやダイエットなどに無駄に使うのは勿体無い。
 もっとエネルギー源としてどんどん活用すべきだ。


 高いところへの移動で最も優れているのはエレベータじゃなく階段。
水平方向の移動では自動車でなく人力車(自転車)。
精密機械などの動力は電池でなく手で巻くゼンマイ。
・・・全て人力のエネルギーだ!

これらについてはそれぞれ既に個別に書かせて戴いた。 

 色んな道具を40~50年以上前の手動、人力に戻すべきではないか?
鉛筆削り、ドア、ジューサー、ミキサー、空気入れ、ドライバー・・・
それが今は、封切りから、歯ブラシまで電動がある・・。
ほとんど手動で十分なものばかりでないか?
そればかりか、手動製品が欲しいのに、電動製品ばかり多くて手動製品がなかなか見つけられない場合も多い。鉛筆削り、ジューサー、なんかがそうだ。 
  
 電動のものだって,ゼンマイ発電に出来れば人力だ。ラジオ、懐中電灯、携帯電話・・
・・ 調理やお風呂沸かしなどの発熱器はちょっと大変だけれど、あとは、普段の生活に必要なエネルギーは大抵人力で間に合うのだ。

 てこや車輪などの応用で、人力だけでどのくらい出来るか試すのも人類の知恵の見せ所だ!かなりのことまで出来ることに驚くだろう。

 1リットルのガソリンでどれだけ走れるかとかいうエコカーレースがあるけれど、
人力の車、農機具、発電機、ゼンマイ製品、などのコンテストを沢山行い、
人力を有効利用
すれば、素晴らしい省エネになるし、逆に人力を中心に利用する為には、省エネをしっかり考えざるを得なくなる。
良い相乗効果だ

 これだけでも原発は全て排除出来るだろう。
 
 しっかり取り組めば、エネルギー問題と環境問題の多くは解決するだろう。
 
人類がこの世に現れて以来からある
完璧なシステム、人力を有効活用   しよう!!


 余談になるが、実は9年前、人力の製品を開発して起業しようとの事で、エンジニアと、雑誌編集長の友人を温泉に集めて3人で相談したことがある。結局酒飲み話になって、話は温めておこうと言う事で終わってしまった・・。
その3人会は、何故か年に1度の温泉旅行となって今だに続いて、温泉にだけはしっかりつかっている。人力の起業の話は進展していない。・・・ホントにしょうもねえ!!そう言えば今年は丁度10回目。行った温泉の数だけ増えた。 
 
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【2006/10/22 03:34】 | 人力 トラックバック(0) |

人力発電、いいですねー
まぐろの赤身
スポーツジムで自転車こいだりベンチプレス挙げたりしているやつ、発電と結びつけらんないですかね。ぜんぜん難しい技術じゃないと思うし。ほんとまじめな話。

あと、ダイエット用の自転車発電機を家庭用に作れば、結構売れるんじゃないすか?世の中やせたい人いっぱいいるし、しかも電気が作れれば一石二鳥。おばさんの心をくすぐること間違いなしです。
これまで、エネルギーを無駄に摂取して太った罪を償うために、環境問題に貢献しましょう!(太った人ごめんなさい)


同じ事考えている方がいてとても嬉しく思います
雑草
 冷房の効いた部屋で、余分に溜め込んだ貴重なエネルギー源、炭水化物を無駄に燃焼させるスポーツジムはいわゆる「先進国」(滅亡途上国)の驕りのステレオタイプだと思います。私も、スポーツジムでは、発電機を回したり、米をついたりするべきだと思っています。まぐろの赤身さんのおっしゃるとおり、すぐに技術開発出来ると思います。このような内容をそのうちブログアップするつもりでした。
 近頃のスポーツは、やるほうも見るほうも報道するほうも本当にエネルギーの無駄遣いです。
 このようなコメントは本当にいいですねえ!まぐろの赤身氏のお話は面白そうなのでHPあれば、是非教えてください。


ラグピアノ
あたしは難しい事はわからないけど、人力の素晴らしさは 
雑草氏の熱弁で伝わりました。口だけじゃなく、自分で実践してるんですね。あたしも人力を作ってみます。
たとえば、人の肩の上でピアノを弾く。とか・・・


異国情緒なHN
雑草
 初めてのご訪問有難うございます。この上のコメントの「まぐろの赤身」氏のような私の思いの及ばない所からのご訪問のような感じで、お名前(HN)もエキゾチックな響きが御座いました。コメント、人の肩でピアノを弾くイメージも飛んでいらっしゃる。ピアノの鍵盤に発電機を入れたら面白い。でも指の力じゃ発電も微々たる量・・なんて真面目に考えてしまいました。
 鈍い思考回路。睡眠不足?
 突然なるほど、ままラグピアノ!。ラグドラムさんにも宜しくお伝え下さい。



磯貝朋広
はじめまして、私は奈良県に住む34歳です。
設計事務所に勤務し、日々、建物の設計に携わっています。
エコアイ○やエコキュー○、コージェネレーショ○、市民啓蒙の太陽光発電、風力発電・・・・、実際に設計してきた省エネシステムは多数ありますが、いつも「本当にこれで良いのか?」という良心の呵責(?)を感じています。
私も、とあるブログにて将来のエネルギーについていろいろ考えている一人です。
(雑草さんにコメントしていた、「自然の摂理から環境を考える(http://www.sizen-kankyo.net/blog/)」です。)

直感的に、この人力エネルギーは、その答えの一つだと感じました。まさに究極のエネルギーですね。

フィットネスクラブ、マラソン、ジョギング、サッカー、野球、ハイキング、山登り、サイクリング、ドライブ・・・。

結局どれも自己満足。何の役にも立っていない。
このムダなエネルギーを人類のために役立てる。
きっと大きな充足感を感じることができるハズです。
人類的活動といってもよいですね。

なんとかして実用化させたいです。

私もこれから、少しずつ人力の有効活用について考えていきます。
これからも、宜しくお願い致します。

直感的に、人力の有効活用出来る方に出会えました!
雑草
正直磯貝氏のコメントを読んで、興奮いたしました。眠気が飛びました。10年ほど前に人力の製品開発しようとしたときの気持ちを想起致しました。私も色々な省エネシステムにかなり懐疑的ですが、コージェネなどに良心の呵責さえ感じるのは、貴方が”本物”だからです。地獄の才能の環境エンジニアです。素晴らしい人力システムを作り上げるでしょう。私はエンジニアでないので、技術的な事はアドバイス出来ませんが、人力の何に着目して、こういう利用をすべきと言うビジョンは持っています。人力利用はシンプルな発想が大切ですね。こちらこそ是非とも宜しくお願いいたします。


アルテミス^^
こんばんは!
本質をついている記事は色あせないですね^^b
体を動かすことは健康維持にも良いですし。
電力会社の総括原価方式で徴収された電気料金のうち800億が
まわり回って、大手メディアの情報統制となっていることが白日の下にさらされた今、国民は電力会社をどうすべきか今一度考え、早急に対策を打つ必要がありますね!

原発の不快闇を読むと広告費以外に、様々なお金が政治団体に流れていることが理解できます。国民の生命を脅かす、メディア、政治家、官僚はもういりません。

何故にこの記事?
雑草Z
    アルテミス^^さん

 随分初期の頃の記事に遡ってのコメント有難う御座います。
 当方の記事は、3.11以降は原発中心ですし、ここのサイトの大きなテーマは、脱経済成長です。
 しかし、それだけではなく、「人力の大いなる利用」「人力のススメ」もここのサイト開始の頃からの大きなテーマです。

 さて、アルテミスさんのコメントですが、はじめの三行はここの記事についてのものですが、その後のメイン部分は明らかに原発関係のコメントですね。
 何故にここの記事のコメント欄に??
・・・まあそれはさておき、そのコメント内容には賛同いたします。

>国民は電力会社をどうすべきか今一度考え、早急に対策を打つ必要がありますね!

そうですね。地域独占企業と言うのは、自由競争社会の理念に反しますから(・・私自身は自由経済社会がいいとは思いませんが・・・)発送電は、当然分離して、電力会社は解体するべきですね。
>国民の生命を脅かす、メディア、政治家、官僚はもういりません。

全くその通りですね。国民の安全を守るべき政治家、官僚などが、逆に庶民を危険に晒しているのですから、とんでもないお話ですね。

余談ですが・・
>原発の不快闇

は変換ミスでしょうが、言い得て妙ですね(笑)



アルテミス^^
こんばんは^^

特に意味はごじゃりませんでしたが
「これで原発はすべて廃止できるだろう」の一文に目を惹かれましたので。

原発の不快闇は変換ミスでなく、たまたま変換したら(あら?まぁ意味は似たようなものだし、そのままにしてしまいました)雑草さんの笑いありの突っ込みがあってよかったです^^

なるほど・・・!
雑草Z
    アルテミス^^さん

>「これで原発はすべて廃止できるだろう」の一文に目を惹かれましたので

そんな一文書いていた事は忘れていました。・・確かに最後のほうに書いていますね(笑)

>原発の不快闇は変換ミスでなく、たまたま変換したら(あら?まぁ意味は似たようなものだし、そのままにしてしまいました)

おお、そんなセンスもいいですね!・・原発邑の奴らは本当に不快な輩どもですからね。

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2006-10-21 12:29
 多くの人は、高校生くらいまで、徒歩を除くと最も多く利用する交通手段は自転車であった筈だ。

 最近は、高校生などでも親の送り迎えが目立ち始めているが、嘆かわしい現実である。『治安の悪化』という事を除けば、色々な意味で『親に車で送ってもらうこと』に対する『恥ずかしい』という意識も必要だ。
 私自身、小学生の頃、足の矯正で、家にはマイカーがなかったので親がタクシーを予約してタクシーで小学校に通った事があるが、みっともなくて、タクシーに横になって隠れていた。その後、親に泣いて強固に断った。そのときは、環境負荷を考えたのではなくて、そういう過保護っぽい行為が恥ずかしかったのである。
 高校生にもなって、親に自動車で堂々と学校に送って行ってもらう事を恥と考えないほど日常になっている家庭が多いことが嘆かわしい。
数kmくらいなら、雨だろうが雪だろうが歩いてだって学校に行ける車で送ってもらうような学校へは通うな と言いたい。

 
 話を戻すと、高校生まで自転車生活だった人も、高校卒業後すぐ、または、数年後に自動車づけの生活になってしまう。それが大人や社会人の仲間入りの象徴の様にさえなっている。

 私の場合、学生時代まで、ずっと自転車生活だった。バス路線や電車で数駅くらいの距離は自転車を利用するのが普通だった。
 社会人になる少し前に、家庭教師先から古くなったセカンドカー(サードカー?)を戴いたのが、自動車生活の始まりだ。それまで電車を利用していた遠い距離の移動を自動車を利用する様になった。そればかりか、次第に自転車利用の数kmさえ、自動車を利用する様になり、最初の職場は、5kmくらいのところの家を借りたのだが、車でばかり通勤して愛用だった自転車は、錆びついていった。車の運転は苦にならず、週末は、5~6時間かけて高速道路を利用せずに一般道で東京方面へ遊びに行ったりした。こういう節約は環境面では全くナンセンスである。
 こうやって、いつの間にか世間一般のドライバー以上に自動車生活にハマっていった。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 
 10年ほど前、この会津の地に来て、また自転車を購入した。近場は自転車で行く事が増えた。休日は子供を自転車の前に乗せて田園風景の中を走った。子供が自転車に乗れる様になってからは、一緒にサイクリングになった。
 今年、職場が遠くなったが、思い切って、自転車で何度か通ってみたら平気になってきた。流石にこれからは寒くなって雪も降るだろうから、自転車通勤は控えるが、十数キロ以内の隣町などへ行くのには自転車が平気になってきた。ただの慣れである。


 
『人間は、便利な生活に慣れたら後へは戻れない』なんて言うが、
こんな詭弁に惑わされてはいけない!!逆のほうがよっぽど真である。

大変そうな事も慣れれば、習慣になる

そこまで云わなくても

 『本々やっていた生活に戻るのは、数日で慣れる。』

 我が家では町内の移動は自動車禁止である。

 マイカーとしてのガソリン自動車は、環境負荷的に、持続可能な社会には無理だ。燃費(1リットルあたり走る距離)2倍のガソリンと電気のハイブリッドカーでさえも話にならない。燃費は最低10倍以上にならなければ無理だ。それだって、超高級熟成プレミアム燃料である化石燃料を使うのは、全くよくない。

 みんな、人力利用の自転車生活にシフトしよう!!

 <人力車>のところで述べたように、屋根付きの色々な人力車(自転車)の開発に人類の英知を注ごう!!!
 
妥協は人力と電力などのハイブリッド車まで(バッテリーなどの軽量化が鍵)
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(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/10/21 12:29】 | 人力 トラックバック(0) |

自転車は大好きです。
U-RIVER
来年から、キャンパスが市街地から離れた大学に通うことになりました。在学生曰く「車がないと不便!」らしいですが、雑草さんを見習ってできるだけ自転車を使おうと思います。というわけで、とりあえず運転免許はとらないでおくことにしました。これからも更新を楽しみにしています!

それは嬉しい事です。
雑草
 ご訪問有難うございます。少なくとも学生時代は、自動車を買わないで下さい。長距離の得意な貴方だったら、50キロメートルくらいまでは自転車で十分でしょう。あとは公共交通機関。燃料電池車まで、人力電気ハイブリッド車まで・・・と出来るだけ我慢して下さい。そんなやわな在学生の言うことに耳を貸す必要はありません。大学生マイカー禁止。貴方は貴方らしく・頑張ってくださいな。


よね
ここ数年、環境を意識するようになり気づきました。環境負荷を減らそうとするならば、人力に頼る以外にないと。そこで、早速自転車を購入し通勤に活用しています。仕事も自転車屋やりたいです。

人力は最も優れたシステム
雑草Z
    よねさん  はじめまして ( です・・よね? )


>環境負荷を減らそうとするならば、人力に頼る以外にない

そうです!。
今、石油に代わる色んな代替エネルギーが検討されていますが、まだ、石油に取って代わる有効なエネルギーは現れてません。それどころか、ライフサイクル全てで考えると、石油の無駄遣いにしかならない代替エネルギーに溢れています。

 今流行のバイオマス燃料の自動車に乗るより、自転車のほうが、エネルギー効率は圧倒的にいいのです。
 現在の最新技術よりも、人力のほうが優れている場合が遥かに多いのです。
自転車屋さんもいい商売ですし、「ぜんまい製品」などの、「人力製品」の製造や販売もいいですよ。

 → 【人力のススメ】   http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-51.html

 その他、私の人力に関する拘りは、カテゴリーの【人力】の部分に書いています。お時間があれば見て下されば嬉しく思います。

 新年早々人力に関する賛同のコメント戴き嬉しく思います。どうやってこのサイトに来られたのでしょう?


よね
こんばんわ
>どうやってこのサイトに来られたのでしょう?
最近、本気で転職考えています。リサイクル屋(古紙・レアメタル回収屋等)をキーワードにいろいろ職を検討しました。が、リサイクルするのにどんだけエネルギー使うんじゃい!ということに気づき、「人力」「自転車」「ぜんまい」「求人」で検索の結果こちらにたどり着きました。
今後ともよろしくどうぞ。

これから起業はたいへんですが・・
雑草Z
 なるほど、本気なわけですね!?

おっしゃるように現在行われているリサイクルは、実際には資源の無駄遣いになっている場合が、多いですよね。
5つのRe-のうち、Recycleは、省エネ、省資源にならない場合が多いばかりでなく、
「リサイクル出来るから、大量消費しよう」という発想に繋がり、大変危険です。
【リサイクルには気をつけよ!】http://zassou322006.blog74.fc2.com/blog-entry-131.html

やっぱり基本はものを大切に使う事です・・よね。
エネルギーの省エネの究極はやはり人力でしょう。
ところで、
究極のエネルギー危機は、人力のエネルギー源に関する危機・・・つまり、食糧危機でしょう。私は食料難の時代の到来を、かなり危惧致しております。

×××× ×××× ×××× ×××× ××××

 こちらこそ、これからも宜しくお願い致します。
転職の応援いたしております。慎重に見極めてくださいね。進展がありましたらご連絡下されば嬉しく思います。

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2006-10-20 19:04
 「自転車対自動車」とくれば、
今までの私の話の流れからすると、自転車と自動車のエネルギー効率や、環境負荷の話を想定されるでしょう?でも、その話は大体したし、自転車の圧勝に疑問の余地はない。そうではなくて、
 
 今回は単純に自転車と自動車のレースの話。
 ただ、しっかりしたレース会場でやるのではなく、暴走族のように、一般道での非公式レース。自転車の運転手は学生時代の私。自動車の運転手は不特定多数。(笑)  

 ルールは簡単!バイト先の塾に自転車で通うとき、同じ方向へ進む不特定多数の自動車と勝負する。1台の自動車を抜くと+1、抜かれると-1とカウン ト。これで、トータル得点が、+だったら自転車(私)の勝ち。-だったら負け。
 距離は、行く教室によっても違うが、5km~20kmくらいだったと思う。コースは、片側1車線の地方道など。片側2車線以上の国道では、車をカウントしにくいし、勝てないかも知れない(笑)と、云うより、自転車の走り安い近道を選ぶと自然に地方道になった。
時間帯は夕方のラッシュアワーが多かった。これも自転車には有利に働いた。(笑)
 帰りの夜は、21時過ぎ、0時を過ぎる事もあった。自動車もあまり通らないしバイト仲間と飯食いに行ったりして、勝負はしなかった。しても負けていただろう。(笑)

 面白い試合であった。少しずつ自動車に抜かれて行って、マイナスポイントが、積み上げられて行くが、信号待ちのところで、一挙にプラスポイントを稼ぐ。 
  -8 , -7 , -6 , -5 , -4 , -3 , -2 , -1 , 0 , +1 , +2 , +3 , +4 , +5 ・・・・ 
と、一挙に逆転だ!(笑)

自転車だったら、多少の信号無視も大丈夫(笑)
結果は・・・、いつも自転車(私)の圧勝だったと思う。よく覚えてないが、今日は+50が目標だとか、そんなレベルだったと思う。途中でカウントが分からなくなってリセットしたり・・なんか懐かしい・・・

  私は、マイカー通勤と云うものに反対だが、現実の問題として、それを厳しく実施するまでは、色々諸条件の整備が必要だ。
 しかし学生は自動車免許禁止にすぐに出来る。大学生までは簡単に出来るはずだ。高校生までは実施しているのだから。排ガス問題等にもエネルギー問題にも大変有効だろう。今すぐにでも実施するべきだ。でも、こう云う事は政府はやらんだろうな。
自動車会社も反対するだろうし、アメリカなんか高校生からOKなんだから・・と、くるだろう。
最高の環境破壊国の真似することないんだけどね。
 学生マイカー禁止       大田総理どうですか?
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【2006/10/20 19:04】 | 思い出 トラックバック(0) |

こんばんは
NAOママ
自転車・・・何だかとても懐かしい響きがします。すっかり乗らなくなって、どのくらい経つでしょうか。私も、社会人になるまで車を運転したことがありませんでした。あの頃は、充分事足りていたのです。雨の日も風の日も・・・
実は私も、自転車通勤を試みたことがあるんです。当時、職場からアパートまでは約2.5km。実家から自転車を持ってこよう!!と思い立ち、約27kmの道のりをひたすら漕ぎました。体力にはそこそこ自信のあった私ですが、20半ばを過ぎた身体は、だいぶ錆び付き、相当燃費の悪いものになっていたようです。きつかったぁ~。
今の私は・・・考えただけでもゾッとします。雑草さんの言う通り私は、最高に効率のいいエネルギーをその都度使いきることなく、脂肪という名の、燃やすには更に困難なものに形を変え、なんとひたすら蓄えていたのです。目から鱗!私のBMI指数が環境問題と繋がっていたなんて。まさに今、考えるときなのだと思っています。

先ずは近場から
雑草
 続けてのご訪問有難うございます。NAOママ さまからのコメントは、書き続ける励みになります。
 買い物だとか、近場に行くときは、歩くか自転車。これって習慣です。町の中だったら、私のようにレースしなくても(笑)自転車のほうが早いだけでなく駐車場を見つける必要もなく便利な筈です。
 買い物手さげをもって自転車でお買い物。こういう風景っていいですね。都市部のほうがまだ沢山見かけます。
 お子さんがある程度大きくなったら、一緒にサイクリングも楽しいですよ。

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2006-10-19 21:41
 かつて、10年くらい前までだろうか?中国の北京などの大都会のTV中継では、あの日本にはないような広々とした道を、無数の自転車が何列にも並んで連なって延々と走っていた。
 人民服か何かを着て全体主義国家っぽくて、少々不気味さもあったけれど、素朴で微笑ましい風景でもあった。ある意味、環境意識の非常に進んだ国にさえ感じた・・・少なくとも、日本やアメリカの廃棄ガスをまきながら、騒音を立てて走る自動車の群れと比べたら、理想的な風景であった。

最近のTV中継では、その広い道に自動車がかなり増えて来てゾッとする。

 この風景を「ビジネスチャンス」と考えた、『経済成長』信者の頭が毒された実業家が沢山いたのだ。

 10年くらい前に、アメリカや日本の自動車メーカーが、中国市場の開拓、拡大を目指している話が頻繁になった頃、何て愚かな事をするのかと身震いがした。中国だけでなく、韓国や日本にまで酸性雨が降る!日本の森が枯れる!!そして、それが進んで、地球が壊れてしまう!!

 企業だけではなく、それを環境的に考えて、止めなければならない筈の政府も禁止どころか後押しした。学者達やCIAは、助言しなかったのだろうか?いや、助言しても政府も聞く耳を持たなかったのだろう。マスコミもその危険性をほとんど論じず、逆に中国市場のマネーゲームの勝者になる方法や、そのゲームの行方を占う事にやっきになっていた。みんな狂っていた・・・そしてそれが現代に続いている。 

 日本やアメリカが自分達だけ贅沢して、中国人などに質素な生活を!!と云うのは虫が良過ぎる。しかし人口大国、中国やインドが「いわゆる先進国」になったら環境破壊も末期だろうから、このとき中国を市場と見るのではなくて、日本やアメリカが、もう少し質素な生活にシフトするかわりに、中国にも経済成長を慎んでもらうべきだった。 
 このとき既に酸性雨問題も地球温暖化問題も十分深刻な事はわかっていた筈だ・・・。
 
 中国のあの広い道を、かつてのようにまた自転車が独占して走って欲しい。そんなことはもう無理と云うなかれ!このくらいの後戻りが出来なくなったら、それは Point Of No Return  を過ぎた事。ゲームオーバー。
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【2006/10/19 21:41】 | 人力 トラックバック(0) |
2006-10-18 23:57
 発動機(エンジン)とその燃料で最高の組み合わせは何だろう?
 と、聞かれたら、私は、エネルギー効率ですか?環境に対してですか?などと聞き返すまでもなく、間髪入れず
燃料は炭水化物でその発動機は生物(の細胞)』と答える。
 この組み合わせには、エネルギー変換効率も人間の作ったものは全く及ばない。環境負荷で考えたらそれこそ完璧。排出物も水とニ酸化炭素。人間が作ったガソリンエンジンのNOx や SOx 原子炉の核廃棄物・・・と比べたら雲泥の差だ!有毒物は一切つくらない。

 こんなに完璧なエンジンと燃料の組み合わせは他には考えつかない。

 だから、普通の生活、スローライフをする上で、他のエンジンや燃料を開発する必要は全くなかったのだ
 人間は、速く遠くへ行きたいとか、空を飛びたいとか、重いものを動かしたいとか、そんな”夢”を追求して、エネルギーの能率の悪いものを次々に発明していって、今日の環境問題を引き起こした。
 色々新しいエネルギーとエンジンを考えるのも悪くないが、もっとこの最高の組み合わせを活用すべきである
つまり、人力だ!動物の力でもいい。
(「じんりき」と発音すべきか「人力」と発音すべきかは、『人力車』のところと同様言語学的何かがあれば教えて下さい)

 現代は人力エネルギーを、スポーツやフィットネスクラブで使い過ぎ。それは、自ら「先進国」と名乗っている破壊者のエゴ。

 人力と言うと、すぐに限界説や大変そう・・という発想になりそうだが、そんな事はない。てこの原理や車(円形)の利用で人間の知恵は使われる

 例えば自転車。これぞ、てこ(輪軸)と車の利用の代表。歩くより、走るより、速く疲れずに移動出来る。筋肉も使うからいい運動にもなる。

 自動車に乗って運動不足になって病気になっても、スポーツクラブに通っても、どっちにしても能率が悪い。能率の比較でなく環境負荷の比較は雲泥の差。

 ガソリンエンジンは熱効率だって30%もいかない(燃やされたガソリンの熱のうち、30%以下が動力となり、70%以上がただの熱として排出されると云う事)のに、運ばれる人間より運ぶ自動車自身の重さの方がずっと重い。その上さらに余計なものまで積んだまま走る。本当に効率悪い。
 そう、庶民の燃料、炭水化物の御飯一杯(元々の米の質量で100gとして)で、自転車で20~30kmは軽く走れるが、

 熟成プレミアム超高級燃料である化石燃料100gで、軽自動車だって2~3km走ったらいいほうだ。
100gの米からバイオオイルを作ってそれで車を走らせたらさらにもっと走らないだろう。

(このあたりの計算は我流なので、御指摘あれば宜しくお願い致します。話の趣旨には影響しないと思います。)

 我が崇め奉る緑色植物の神業”光合成”で作った完璧な燃料『炭水化物
を最も有効利用出来る機関は生物の細胞だ!!


そう、今、色んなエネルギーの開発が急がれているが、

最高の組み合わせ、
 『生物(人間)エンジンに炭水化物燃料』 をもっと有効活用しよう!!

環境問題も多くが解決!!

自転車の例を書いてたら、交通手段は自転車が中心だった昔を思い出した。考えてみればその頃は随分ロハスだった・・次回書かせて戴く。
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【2006/10/18 23:57】 | 人力 トラックバック(0) |


こ~き
エネルギー効率のよい燃料機関を開発したいっす

このまえ実験でギターの弦にかんするものをやりました。
ハーモニクスの仕組みを理解してへぇ~って感じでした。

ピッキング・ハーモ二クス
雑草
『エネルギー効率のよい機関の開発』の私のアドバイスは
”自然の流れに素直に”。
 私が最も有効と考えるのは、協同現象[Synergetics]の利用です。以前お話した事があるべナールのセル〔我が家の味噌汁のように具の少ない味噌汁(笑) の六角形の対流〕のような現象です(変換効率と言うより寧ろ輸送効率ですが)。私はこれで、ノーベル物理学賞をとる予定でした。(笑)

 ハーモ二クスの仕組みは、定常波の作り方で、5フレッドとか7フレッド上でのハーモ二クス(正確には、ずれる)は、指を添えた時、実は短いほうの弦の長さが半波長になることに気づくまで何でこんな高い音になるか不思議でした。(12フレッドは完璧!)
 私が昔から疑問に思っているのは、ピッキング・ハーモ二クスです。どういう原理でどういう波長の波が出現するか、その指導教官に聞いておいて教えて下さい。ちなみに私がピッキング・ハーモ二クスの名手と思うのは、Bon Jovi のRichie Samboraで、個人的に抜群の名曲"Wanted Dead Or Alive"のギター・ソロでの彼のピッキングハーモ二クスは、何度聞いても鳥肌ものです。
同じハーモ二クスでもピッキング・ハーモ二クスは音色も全く違って病みつきになるほど快感で素晴らしい技です。


こ~き
平均律の自然音階のずれによって、5と7フレットの真上でのはーニクスは上手くいきません。同様の理由で1弦のEは少し低めにチューニングしたほうがよくハモります。

ピッキングハーモニクスは現在調査中です。


目から鱗・・固定概念からの脱却
雑草
 先ずは、こーき氏へ・・・色んな細かい要求聞いてくれて有難うさん。おかげさまで、ここはかなりお気に入りの部屋になってきました。
 
 ところで、もう昨夜のことですが、若松に用事があって、自転車で行きました。一寸肌寒かったけれど、着いた時には汗だらけ・・まあそれは置いといて・・
 20時頃に用が済んで、知り合いととあるジャズバーで待ち合わせして(特にジャズが好きなわけではないんですけどね。)、飲んでいたら、つい最近1度だけお会いしてちらりと言葉を交わしたことのある会津で一番ギターが上手いとの評判もある方が、奥様といらしてカウンターの私の隣に座って、私と話をしました。彼は、ギターの腕がいいだけでなくギターのメカニズムにも詳しく、マニアックな話となったわけです。
 若しかしたらと駄目元で、ピッキングハーモ二クスのメカニズムも質問してみると、何と彼はしっかりわかってました。
 つまりこうです。普通にハーモ二クスがよく鳴るのは、12フレット、7フレット、5フレット、4フレットでありますが、それ以外のどこでも、フレット上でなくてもハーモ二クスは(小さく)鳴るのです。
 それを聞いて目から鱗。
 12フレットは2分の1、7フレットは3分の1、5フレットは4分の1、4フレットは5分の1(12フレット以外は少しずれるが)これは、短いほうの弦の波長です。これらは指が触れたところが、節になって、短いほうの弦が半波長になるのですが、別にそうならなくても、どんな整数比になっても、いい訳です。その比が簡単な整数比であれば、エネルギーが大きくて大きく振動するわけです。指が触れたところが節になって、ハーモ二クスは鳴ります。 ただ、かなり高い音になってエネルギーは小さくなるのでアコギではそのフレッドの普通の音に比べて小さすぎるので聞こえないだけ。
 しかし、エレクトリックギターでオーバードライブやディストーションを強く掛けて波形をかなりつぶしてやれば、元の弦の振動が小さくても出力は均一化されるわけです。タッピングがエレクトリックで効果があるのと同じ原理。タッピングだったら、アタックを強くすればアコースティックでもある程度サマになろうけれど、ピッキングハーモ二クスはエレクトリックの専売特許でしょう。
 だから、抑えたフレッドのかなりの倍音まで拾うし、どのフレットに左手をおいて、どの部分に右手の指を触れてもそこの固有のハーモ二クスが鳴る訳です。
 ちなみに倍音をハーモニクスというのは、そこの音にハーモニーになる、つまり協和音になるということなので、元々の音のフレッドをピッキングハーモニクスでどんな倍音にしても、曲の流れに合うという素晴らしい仕組みです。
 整数分の1と云う固定概念に捕らわれすぎて、高倍音まで考えるとハーモニクスはどこに触れても鳴ることに考えが及びませんでした。それから、右手のピッキングの位置と、触れる位置が余りに近すぎることにも惑わされました。これは、そうしないと弾けないという話とピッキングの位置が触れる位置に近いほうが高い倍音は出やすいという事もあるでしょうけど、ピッキングの位置はハーモニクスの音程に関係ないでしょう(・・?少し疑問・・)。

 普通のハーモニクスの原理が分かってから四半世紀が過ぎて、ピッキングハーモニクスの原理も理解出来ました。普通のハーモニクスの原理も、ドラムを叩いていた同級生の一言がヒントになって理解しました。ともに先入観が、理解の邪魔をしていて、ある一言でその固定概念から脱却出来たわけです。

 霧の中を自転車を漕いで帰ってきたのは夜中の2時近くでしたが、充実した素晴らしい夜でした。
 音に関しては8年ほど前に「差音」という概念を知ったときよりも、感動がありました。

 これなら、またそのうちマイナーコードとメジャーコード(の合成波形?)と、脳波(何故マイナーコードは哀愁を感じるか等)の関係も解明出来るかも知れないと、期待も持てました。

 ・・・という事でマニアックな話でした。こーきだけでも面白いと思ってくれるでしょう。


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2006-10-17 21:02
 地球上ではヘリウムフラッシュ(ヘリウムが核融合して炭素になること)やカーボンフラッシュ(炭素が核融合してマグネシウムになること)がある筈がないから(あったら大変だ!!)、地球を取り囲む大気や地球の内部も含めて、地球上の炭素原子の量は変わらない。これが本当の言葉の意味でのカーボンニュートラルであろうが、それは言葉の定義の話だからどうでもいい。環境問題の意味するカーボンニュートラルは、「CO2ニュートラル」というべきものである。植物を燃やす時は長い目で見ると、大気中での二酸化炭素CO2の量の増減に影響を与えないと言う考え方だ。

 その問題点を今まで色々述べた。安易なカーボンニュートラルで植物をどんどん燃料に使っていったら大変だ。山火事さえカーボンニュートラルの考え方では、エネルギーの損失くらいにしか考えられない事になってしまう。

 そこで、真に環境負荷のかからないカーボンニュートラルを定義してみる。
 炭素原子Cを酸化の状態CO2(COも含む)と、それ以外の状態(炭水化物やタンパク質、化石燃料等いわゆる有機化合物、や炭素単独の木炭・・・ダイヤモンドは地球上ではCの強固な固定であるから考慮外にしてもいいか。)で考える。
 そしてその平衡状態が、真のカーボンニュートラルだ。つまり、CO2状態と非CO2状態の量の比が一定範囲内に保たれることが、カーボンニュートラル
 大気中のCO2の状態のCの量を一定量に保つという新しくもなんともない。非常に単純な昔の考え方だろう。

とすると、やはり言葉的には、『CO2ニュートラル』と呼ぶべきか

 その「一定値」を何処に置くかは、色々だろう。濃度で言うと、産業革命以前に安定していた280ppmくらいが理想だろうか。現在のレベルの380ppmくらいで妥協してもよしとすべきかと思う。平衡状態さえ達成出来れば、その一定値の調整は楽であろう。兎も角、単純に(世界の)大気中のCO2濃度を一定に保つ事が急務で、それが真のCO2ニュートラル。植物の燃焼は考慮外にする、いわゆるカーボンニュートラルの特権をそんなに認めるなと言いたい。

 化石燃料を使ってもカバーは出来るのであるが、
化石燃料は一切使わないほうがよい。・・・使ってしまった場合には、木を埋めて化石燃料にするには途方もない時間がかかる。そこまでのスパンは必要ない。植樹してその木が十分育って、切った場合でも、建築材料や家具として炭素を固定しておけばよい。

そして、若し、バイオマスエネルギーを沢山使いたいのなら、世界の植物の絶対量を十分に増やさなければならない。しっかり実践すればすぐに世界中が緑で溢れるだろう。
 それから、もうひとつ大切な事は、CO2を排出してから、植樹するのではなくて、使用するバイオマスエネルギーを取るための植物を植えて、育ってから、そのエネルギーを使うと言う事。つまりカーボンニュートラルの借金禁止と言う事だ。まかない切れないエネルギーは使うな!と言う事だ。
 最も言いたい事は、カーボンニュートラルが有効なのは、世界のエネルギー消費量がそれに見合うだけの少ない場合に限ると言う事。

 世界は昔、カーボンニュートラルであった。言葉と概念が確立していなかったに過ぎない。産業革命で化石燃料を使い始めたのは、燃料にする木がなくなったからである(その後、便利さとか別の理由が出て来たのだろうが)。つまり、木を切り過ぎてカーボンニュートラルが失敗した訳だ。今のエネルギー使用量はその当時と比べ物にならないくらい多い。だから、消費を減らさなければカーボンニュートラルはすぐに失敗する

 だから、みんな!カーボンニュートラルに浮かれるな!!

CO2ニュートラルを実践できるくらいに経済縮小出来ると言うことは、
環境問題の大部分が解決したと言うことにもなろう。
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【2006/10/17 21:02】 | CO2 トラックバック(0) |

はじめまして
NAOママ
いつも興味深く拝見させていただいてます。今、1歳8ヶ月の娘を持つWorking Motherです。仕事でパソコンは使っているものの、このような形で投稿させていただくのがまったく初めての経験なので、すごくドキドキです。
今まで、何も考えずに生活してきた自分が恥ずかしくなります。とは言っても、主人なんかよりはずっと良心的な生活をしてきたと自負してはいるのですが(^^;)例えば、コンビニの袋を断るとか、スーパーの過剰包装に疑問を持つとか。あぁ~ちっちゃい ちっちゃい・・・恥ずかしくなってくるので、やめときます。でも、こんな環境問題ド素人の私でも雑草さんの言葉に触れ、娘の将来を案じるようになったのです。これからもいろんな事、教えてくださいね!あと、坂番さん!娘の将来のためにも、これからの坂下いや日本の将来をになう人材として期待してます!!

なんだかとっても励みになります
雑草
 またまた、新しい方のご訪問有難うございます。
『カーボンニュートラル』に文句言っているのは私ぐらいだろうから、それに対する反論かなと思って構えて見てみたら心温まる励ましのお言葉なので、勇気づけられました。
NAOママ さんのおっしゃるとおり、今何とかしないと子供たちの未来は真っ暗ですよね。コンビニの袋を断る気持ちのある方は、環境問題の意識も十分に高いと思います。そういう方がもっと増えれば世の中を動かせる筈です。
坂下(もしくは近郊)の方でしょうか?
会津にお住まいの方のコメントを戴いたとき、こんな身近なところにも読者がいたんだなあと不思議な感じで、とっても励みになります。これからも宜しくお願いします。

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2006-10-16 23:04
 "カーボンニュートラル"とネットで検索すると、日本ではまだ、この言葉が「定着していない新しい言葉」なので、その概念を説明するページに出合う。または、カーボンニュートラルとしてバイオマスやぺレット等のグリーンエネルギーに取り組んでいる会社のHPに辿り付く場合が多い。これはこれで、今まで私が危惧してきた問題点も内包している。


 さて、「Carbon Neutral"と英語で検索したら、凄い事になっていた。かなり、日本と事情が違う。ヨーロッパは勿論、アメリカでさえ日本より環境意識は数段高い事もわかった。
 しかし、ビジネスの方向に向かっているものがかなり多い。
 どのようなHPかと言うと、『貴方個人の生活や家族、または、貴方の会社の環境負荷を、CO2排出量に換算しましょう。そしてそれをカーボンニュートラルにするサポートをしましょう』というような企業のオンパレードだ。
 こういう会社がどんどん出て来ている欧米はある意味素晴らしい。今の日本でこんな会社をやっても潰れてしまうかもしれない。
 
 自分のCO2排出量を知り、自分1人で、あるいは自分の会社で未開の国の人の何倍(何百倍)ものCO2排出をしているかを思い知るのはいいことだ。自分1人で、どの位の雑草なり大木なりの光合成とつり合うか自覚するのはいいことだ。そうすれば経済縮小しなければならない事も痛感するだろう

 しかしこれで終わりではない。何でもビジネスチャンスに結び付けるアメリカだ!
『貴方や貴方の会社がカーボンニュートラルを達成するお手伝いをする』と言う事らしい。
 これも一見素晴らしい事だ。自分の家なり自分の会社がカーボンニュートラルでCO2排出量0なら、社会に貢献している気にもなれるし、社会評価もいいだろう。きっと欧米ではそう言う風潮が出来つつあるのだろう。
省エネをしっかり実施するようになっただけでも素晴らしい。

しかし、それだけでは、カーボンニュートラル請負会社は儲からないだろう。だから次に、グリーンエネルギーの導入や、植樹、CO2排出権の購入となるわけだ。

 先ず、グリーンエネルギーとしてバイオマス燃料のサトウキビなどを、砂漠やゴルフ場や、さら地に植えていって緑を増やしてゆくなら結構だ。しかし、そんなに土地があるのだろうか?不良国債のように、乱発行して、実体のないものにならないか?または、逆にその為にもともとの草地をサトウキビ畑に変えたり、どんどん木を切ってバイオマスにしていったら森や林がなくなってしまう。

 次に、植樹でCO2排出をカバーする事について考える。アバウトに、そこそこの大きさの木1本が人1人のCO2を吸収してくれる。営業で絶えず走っている車1台のCO2なら、木100本じゃ足りないだろう。トラック1台にもさらに何百本の木。
 植樹でカバーするなら、そこここで、空き地という空き地、砂漠、に植樹されなければならないし、それでもその木が生長するまでは、借金だ!

 CO2排出権の購入については前回「金融機関のCN」に書かせて戴いた通りだ。100%とは言わないが、かなりにマネーゲームになっている。


 以上、カーボンニュートラルを達成させる為には、今のエネルギー使用状況では無理がある事を述べたい。今の状態だったら、カーボンニュートラルは不良債券のように、ただの紙切れと同じくなり、カーボンニュートラルの会社に任せた個人なり企業も自己満足で終わる可能性が高いと見る。

 カーボンニュートラル請負会社をはじめたいくつかの企業は純粋に地球環境を憂慮して始めたのだと信じたいが、ビジネスチャンスとして、CO2排出権の売買会社のように起業した人達も多いのではなかろうか?彼等は本当に地球環境を考慮したカーボンニュートラルを責任を持って実行してくれるのだろうか?

CN(カーボンニュートラル)
CM(コマーシャル)になってゆく事を憂慮する。
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【2006/10/16 23:04】 | CO2 トラックバック(0) |


かんちゃん
NPOで木質バイオマスに関っています。カーボンニュートラルを謳いペレットストーブを売ったりもしています(笑)。最近良く売れています。NPOの内部でもバイオマスの方向付けでいろんな意見があり、本気で議論したらいずれ分解するのではという危惧もあります(笑)。で、カーボンニュートラルなのですが、私自身、以前からホンマにそうかいな!?という気はしており、にもかかわらず知ったかぶりでストーブやペレットを売ったりしていて後ろ暗さをなんとなく感じていたしだいです。まさに木をガンガン切り倒してバイオマス燃料にしていたらそれこそ環境破壊の何者でもありません。私たちがやろうとしているのは日本の森林に膨大に放置されている林地残材を何とか有用なエネルギーに利用して、里山地域の再生を図ろうとするものです。ですから木質バイオマスは地域で再生産できる自前の熱エネルギーとして活路を見出していこうと考えています。カーボンニュートラルはこの範囲で良いのではないのでしょうか。でもペレットを運ぶにも化石燃料を使うのですから今の時点では完全ではないですよね(笑)。

かんちゃん様にこそバイオマスを扱って欲しいですね
雑草Z
 初めまして。ご訪問感謝致します。こんな前の記事にコメント戴きまして恐縮です。NPOで木質バイオマスに関っている方から、内部のお話をお聞き致しまして、非常に参考になります。内部でもカーボンニュートラルに疑問を持っていらっしゃる方がいらっしゃる事は、健全な事で嬉しく思います。かんちゃん様のおっしゃるとおり、放置されている林地残材の有効利用や里山地域の再生を図る範囲でのカーボンニュートラルはいい事だと思います。
 しかし、カーボンニュートラルだろうが、勿体無いものは勿体無いし、節約が大切ですよね。

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2006-10-15 23:43
 イギリスに本社を持つある銀行のグループでは、CO2の排出量をいくつかの方法で削減する事によって、”理論上相殺する”というカーボンニュートラルのコンセプトを打ち出して注目を浴びているそうだ。
 具体的には、この会社のグループが世界で実施している事業活動によって発生するCO2排出量を以下の3つの方法で、削減、相殺し、CO2を排出しないと 言っている。 
 (1)事業所における省エネ活動
 (2)風力発電を含むグリーン電力の購入
 (3)CO2排出権の購入
、2006年までに達成すると2004年に発表してから、実際は2005年10月に達成したらしい。


努力は認める。他の金融機関よりも意識は高いだろう。何もしないよりは素晴らしい事かも知れないが、手放しでは喜べない。
(1)はいいだろう。(2)は、実際グリーンエネルギーを推進する事は素晴らしいかも知れないが、グリーンエネルギーをその会社で購入したら、他の会社がグリーンエネルギーを使えなくならないか。そして化石燃料をその会社が使わない事によって、化石燃料のコストが低くなり、他で使う量が増えないか?つまり、世界の化石燃料の使用の絶対量を減らさなければ意味がない。それに、バイオマスエネルギーの乱生産で、植物が減ったら、CO2吸収が更に減り、相殺されないのに、カーボンニュートラルの原理では、それはカウントされない。

 そして、最も怪しいのが(3)のCO2排出権の購入だ。これは、京都議定書のCO2削減の抜け穴である。理屈は、いわゆる”発展途上国”のCO2排出を先進国の技術で削減し、その分”先進国”が、排出権を購入してCO2を排出する原理だ。確かに、”発展途上国”のCO2排出は削られたように感じるが、その国に”発展”という名の環境破壊を起こさせたのは、”先進国”だ。つまり、そんな”発展”をしなければもともとCO2を排出しないのに、プランテーションや”文明という啓蒙活動”や負債を与えて、"発展途上”にしCO2排出せざるを得ない状態にさせ、その分の排出を削った訳である。”先進国”の自作自演とも言える。

結局、”発展途上国”の見込みの分のCO2を削減しているのであって、現在のCO2排出は削減されていない。
現在、地上の植物のCO2吸収能力の3倍のCO2が排出されている。いわゆる先進国だけなら、10倍オーバーだ!ますます温暖化は酷くなる。
見かけの理論ではなく、実際に”先進国”がCO2排出量を10分の1にし、”発展途上国”を”発展”させないで、CO2排出を増やさないことが大切だ。
他のゲームのような理論は要らない。要らないどころか、それでOKだと思われたら大変だ!。

しないよりはいいし、その努力は認めるが、こんな事で、理論上CO2排出ゼロと言っている内に間に合わなくなってしまう。

現在CO2排出権は、マネーゲームになってしまっている。


 
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【2006/10/15 23:43】 | CO2 トラックバック(0) |
2006-10-14 07:40
「植物をそのまま置いておくほうが、燃やすよりはいいでしょう?」と、質問すると 
 カーボンニュートラルの推進派は答える(かも知れない)。
「植物が腐ってゆくと最後にはCO2 とH2Oになるから、長いスパンで見ると燃やして燃料にするのとは変わりない。だから、燃料として活用した方がいい。」

 確かに分子の結合エネルギーは負のポテンシャルエネルギーであり、状態量であるから、同じ炭水化物は、燃焼でCO2とH2Oに分解しても、ゆっくり腐 敗してCO2とH2Oに分解しても途中の経過に関わらず、トータルで出すエネルギーは変わらない。勿論出てくるCO2とH2Oの量も不変だ。

 でも、本当に同じか?普通の人は、普通に考えて「違うんじゃないか?」と思うのだが、『科学者』にしっかり説明されて、納得する。そこが危ない。洗脳だ!

 
先ず、環境負荷は同じか? 
腐ってCO2 とH2Oになる段階で、多くの生物が関与して、そのおかげで彼等が生きている。ミミズからカビ、きのこ、最後は細菌まで、の生物。その前にもっと大きな動植物だって腐りゆく植物の恩恵にあずかっている筈だ。
 燃焼ですぐにCO2 と H2Oになったら、その段階を踏まない事になる。生物どうしのつながりの「分解者」を飛ばしている。何か別の問題が起きそうだ。
  先ず、土が無機質になってゆかないか?腐葉土が減り、植物が育ちにくい土にならないか?そして土の中の生態系が崩れてしまう。生物どうしのつながり で論ずるところの「分解者」である、菌類(カビとキノコ)・細菌類の段階を飛ばすのは、生態系への影響が大きいと考えるべきではないか?


 次に、カーボンニュートラルは、植物の寿命の範囲を超えた長いスパンで考えているが、これだけ化石燃料が使われてしまって大気中のCO2が増えてしまった現在、CO2問題をそんな長いスパンで考えてはいけない。
一年草ならまだ納得出来るが、大木は何百年もかけて育ってきたものが多い。その間、CO2を自分の体にして固定して来たのだ。これを薪にしたり、ぺレットにしたりバイオマスにして燃やしても、カーボンニュートラルの原理によって、元のCO2とH2Oに戻ったと言ってしまっていいものか。植樹すれば済む話か?
 CO2による地球温暖化は今世紀前半になんとかしなければならない問題である。そのスパンで言えば、化石燃料を使用したのと余り変わらない。燃料にするよりは木材のままでも炭素を固定しておいた方がいいに違いない。


 それから、私が最も言いたい事は、『バイオマス燃料より、呼吸の燃料』と言う事だ。この場合の『呼吸』とは、生命活動の事。生物がO2を吸って、CO2を出す、『外呼吸』をしているのは、体内で、炭水化物(デンプン、糖)を酸素で燃焼させて、活動のエネルギーを得る『内呼吸』をしているからだ。光合成 でCO2とH2Oから作られた炭水化物が、呼吸でCO2とH2Oに戻る素晴らしすぎる完璧なサイクルが存在するのだ。そして、呼吸のエネルギー変換効率 は、神業的だ。人間の作った機械は呼吸の足下にも及ばない。呼吸ほど、エネルギー変換効率の良いシステムは人間には作れない。


 例えば、ごはん1杯大体200kcalだ。このエネルギーは、風呂の水が200リットルとすれば、このお風呂の水を1℃上げるエネルギーだ。この、炭水化物のエネルギーで、成人の人間は一時間は楽に活動出来る。一方、これを燃焼させて、機械を動かそうとしても、余りに少ないエネルギーの量で、小さなおもちゃを少しの時間しか動かせないだろう。
 ちょっと乱暴な概算だったが、人間の作った機械のエネルギー効率なんてまだそんなものだ。家畜に餌をやって、牛や馬に働かせた方がよっぽどエネルギー効率はいいのである。じゃあ、何故機械を使っているかと言うと、効率を無視して過去の大いなる遺産である化石燃料を浪費しているからだ。
 だから、カーボンニュートラルは、バイオマスエネルギーよりも優先して、生物の呼吸のエネルギーに使うべきだ。これは、当然のことだと思うのだが・・。


 
 私はカーボンニュートラルに反対ではない。(私の言う意味で)しっかり実施すれば大賛成だ。しかし、エネルギー効率と収支、生態系を無視したカーボン ニュートラルは非常に危険だ!「カーボンニュートラル」という言葉が、現在は非常に曖昧で、経済界や工業界で、都合のいいように使われている事を大いに危惧する。

 その危惧の具体例を沢山見つけてしまった。それは次回アップさせて頂く。 
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【2006/10/14 07:40】 | CO2 トラックバック(0) |

こんにちは!
村田 頼哉
「自然の摂理から環境を考える」へのコメントありがとうございます。
早速、紹介のあった記事を読ませてもらいました。
どれにコメントを書こうかと悩みましたが、もっとも自然の摂理=生態系という視点で書かれた『CNに物申す2』にしました。

その中でも特に、
> 『バイオマス燃料より、呼吸の燃料』と言う事だ。<
真髄は、「生態系の一部に人類もいる=自然との一体感(同化)である」ということと理解しました。

まだまだ勉強(認識)不足なことが多く、視点そのものがぶれる可能性もありますので、また記事でおかしいことなどがあったらご指摘お願いします。

==追伸==
ちょくちょく訪問してはいましたがコメントは初めてです。
これからもよろしくお願いします。m(__)m


偽環境問題はしっかり駆逐すべき時期ですね
雑草Z
  村田頼哉氏の記事は事実関係の検証がしっかりなされていて、まとめ方も上手く、非常に読みやすく親切です。
 おっしゃる通り、環境問題は市場に飲み込まれています。大変危惧しております。
 村田さんの「現在の環境問題に疑問を持ってもらうためにも、事実の追求や調査などを続けていくことがこのブログの目的の一つ」という姿勢を支持致します。
 個別の環境問題に対して対処法が本当にいいのか、経済優先の為の偽物か、しっかり見極めて、偽の環境問題を駆逐いたしましょう。
 私は、<自然の摂理から環境を考える>は、最近毎日数回訪問させて戴いております。

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2006-10-13 19:24
 今回、北朝鮮は、核実験を行った。成否は兎も角、核爆弾を作った訳である。
 前世紀に、核爆弾を作ろうとした北朝鮮に対し、アメリカは、北朝鮮に核開発をやめる代わりに、”平和利用”(???)の原子力発電の技術を提供した。
 これが今回の北朝鮮の核開発に繋がっている。アメリカは他の技術援助でなく、原子力発電の技術に協力した。風力発電でもソーラー技術でもバイオマスでもなく・・。

 
 原発と核爆弾は同じ原理によってエネルギーを取り出すし、(核分裂の場合)原料も同じウランだ。
 核兵器を作りたい国に、材料と、(根本が同じ)技術を提供して、核兵器を作るな!!と言う政策がわからない。そんな政策が上手くゆくとは思えない。

 核爆弾は、核の連鎖反応を起こすためのウラン濃縮技術は大変らしい。それから、ミサイルに搭載する技術も難しいらしい。
それでも、(以前述べたように)、ゆっくり制御して核反応(分裂)させる原子力発電よりも、瞬間に爆発させる原子爆弾を作る方が、簡単に思えないか?

 素人考えでも、原発技術を持っている国は、核爆弾を作る技術は簡単に持てると思うのではないか?日本なんかその気になったらすぐに作ってしまうだろう。
 再三述べているように、原発だって、大事故があれば、核兵器と同じレベルの被害、1国が滅びるくらいの大災害を及ぼす。     
 
 核拡散防止の、現状よりずっと有効な方法は、発電だろうが、潜水艦だろうが、
核エネルギーの使用を禁止することである。


 そうすれば、原料のウランを採掘精製したり、輸入した段階で摘発出来る
「これは、平和利用の原発の材料です。」とは言わせない。原子力の研究も進ま ない。日本でもプルサーマルは行われない。放射能汚染もない。 安心して眠れる。(まだ別の環境問題は残るが・・・)
 
そして、ウランと核開発技術は地中深く埋葬する。

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【2006/10/13 19:24】 | 原子力 トラックバック(0) |
2006-10-12 21:44
「カーボンニュートラル」について、まだ中途半端で続きをかかないと誤解されそうだが、急きょ、今日記すべき出来事があったので、ホットなうちにそちらを先に書 かせて戴く。

 小学校ではこの頃、学年の生徒全員を川に連れて行って「川の学校」などと言うものをやっている。それも、5kmくらいの道のりをバス等もチャーター せずに自転車で移動させて行っている。大変いい事だ!
 普段PTAにはあまり協力的ではない私も、今回移動に伴う交通整理と川の生物捕りに協力させて戴いた。職場に休暇届けを出す度に雨で延期になり、当初予定の9月初旬から1ケ月以上経って4度目の正直でやっと実行された。父親の参加者は私一人であった。
 
 雑魚捕りと自転車は好きであるから、楽しみにしていた。扇形の網を自分が子供の頃購入したものと、國分少年から借りておいたものと、先日比較の為に購入したものと3つも準備しておいた。(笑)

 
 宮古橋の阿賀川河川敷には、河川事務所の人と「川の学校」のボランティアの方が講師として来ていた。
 最後尾の係だった私が到着したとき、大きなショックに襲われた。昨年あたり不必要な工事をしているなとは思っていたが、現地に行ってみると目を覆いたくなる程荒らされていた。川底が掘られ、本来の川の石は、川の中州のように積み上げられていた。そして、流れている川の回りに更に護岸工事が施され、コンクリートと石で固められていた。堤防の中の河川敷には山から取って来たらしい砕かれた砂利が敷き詰められていた。
 元々の堤防の間隔が広く取られて、河畔林が、護岸工事でなくなったのに、堤防の中で、また葦が河畔林のように逞しく生えているのは良く目にする光景であるが、それをまたせん滅して堤防の中で更に護岸工事をしていたのである。全く必要のない工事。川の生態系をいじめているとしか思えない。悲しい現実に直面して楽しい気持ちは消えた。

 子供たちはあらかじめ用意してきた川用の靴で水に入った。川用の靴とは、サンダルの場合もズック靴の場合も子供によって色々だ。延期で10月になって しまったが、水泳パンツで入る子供もいて微笑ましい。私は裸足になってサンダルに履き替えてズボンを膝の上までめくって入った。冷たくもなく気持ち良 かった。一緒に川に入って子供たちのはしゃぐ様子に気を取り戻して少し楽しめた。こう言う行事は素晴らしい。「スポ少」なんかやめて、こういう行事を増やして欲しい。(この事に関してはいずれ書かせて戴く)
 
 しかし、まだやはり堤防の中の不要な工事に怒っていたので、水から上がって、近くにいた係の人に聞いた。
「この護岸工事誰がやったのですか?」
聞いた相手が、丁度河川事務所の人で、「私たちです」と答えた。どうしてこんな酷い事をやったか、生態系はどうしてくれるのか怒って聞いたら、しどろも
どろに「私の知らないうちに昔誰かがやった」見たいな事を言ったので、怒りは増長した。彼はその後沈んんでいる様子であったが、そんなことで、この罪は済む筈はない。

ボランティアの人に河川事務所の人はどの人か確かめたら、もう一人いたので、その若い方にもなんでこんなの作ったか尋ねたら、「河川敷を守る為」とのたもうた。「外側にあんな大きな堤防あるのに要らないだろう」と、つめよった。「洪水から守る為じゃなくゼネコンに儲けさせる為だけでしょう」と。威圧的に怒りまくるオヤジに彼はただ下手に出るだけだった。まあ、彼が悪い訳ではないが、公務員はゼネコンに儲けさせて自然破壊させる為にいる訳ではない。た
だ従っているのではなく、考えて行動して欲しい。その後彼は、私を煙たがらずにしっかり対応してくれたので、私も、威圧的にまくしたてた事を詫び、「公務員は社会正義を持って行動して下さい。」なんて臭い言葉を吐いてしまった。 

 こんなような事は、ゼネコン大国ニッポンではよく見かける光景だ。国家の債務超過が酷くなるのに、こう言う不要工事が後をたたない。不要どころか環境破 壊し、生態系をメチャメチャにする。川の生き物だけでなく人間の生存も脅かす。これこそみんなで早急に止める必要がある。
みんなもっと怒れ!
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【2006/10/12 21:44】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

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2006-10-11 23:57
 カーボンニュートラル[ Carborn Neutral ] って最近地球温暖化対策を論議する時によく耳にする言葉だ。
 そのカーボンニュートラルの意味は、「ある程度長い目で考えると、『木材(植物)を燃やしても大気中のCO2は増えない』という考え方だ。何故なら、
木は光合成によって、二酸化炭素と水で炭水化物を作り、そこから自分の体となるタンパク質を作る。それを燃やせばまた、元と同じ量のCO2とH2Oに戻 るから。」と言う原理だ。木は燃やさないでそのままでも、腐ると最後はCO2とH2Oまでに戻るから、燃やしても燃やさなくても同じと言う原理だ。

 確かに、人間がプロメテウスに火を貰ってから(なんて神話持ち出してどうする?・・)木や草を燃やし続けて来たが、CO2はあまり増え なかった。大気中のCO2が増え始めたのは、産業革命あたりからだ。つまり、地中に封じ込められていた禁断の化石燃料、石炭や石油を使い始めてからだ。
 だから、カーボンニュートラルは、化石燃料を使わず、その代わり木や草が元になっている薪やぺレット、バイオマス燃料を使うべきだと言うことになる。

 私もその年に太陽から来た光のエネルギーの利用できる範囲内でエネルギーを使う事には大賛成だ。

 でもちょっとおかしくないか?例えばお金を使う時、定期預金を崩さないで現金と当座預金だけ使っていれば、定期預金は減らない。これは、正しいが、
じゃあ同じ金額を定期預金を崩して使って、その代わりその分現金で穴埋めすれば、ほとんど同じではないか?「ほとんど」と言うのは、利息の分とかそのくらいは、定期を崩さないで現金を使うほうが得だと言う事。どっちも使う金額は同じだ。

 これと全く同じ原理。
エネルギーの消費を減らさなければ、
 定期預金の化石燃料を使わなくても、現金の植物や、当座預金のバイオマス燃料が減る。結果として出てくるCO2の量は変わらない。
利息の分の違いは、石油を採掘するコストやNOx ,SOx の排出を考えると、化石燃料を使わず、木や草をつかったほうがいいと言う事で、カーボンニュートラルの原理に関係ない部分。

      
 何故こんな話をしたかと言うと、NHK教育放送で、週末あたりの夜中に環境のパネルディスカッションのような番組をやっているが、最近たまたま途中から見たら、パネラーの一人の政府の研究員かなんかが(環境省の人かもしれない)、「一度便利になったサービスは元に戻せないからこれからエネルギー消費はますます増える。だからトラックなどにカーボンニュートラルのバイオ マス燃料を使って輸送すべきだ。」見たいな事を言っていたからだ。かなり危険だ!(『一度便利になったら元に戻せない』が最も危険な詭弁だがそれは、今回の内容から外れるから触れない。)。
 これではCO2排出量はますます増える。森がなくなる。こんな人物が環境問題を論じるパネラーになってはいけない。

 同様に、私の知り合いも、「ぺレットストーブを買ったから、これからは、石油ストーブの時と違って、カーボンニュートラルだから気兼ねせず に使える」なんて言っていた。非常におかしい発想だ!ぺレットストーブだって燃料は勿体無い。CO2を出す。厚着をしてストーブを使わないほうがよっぽ どエコだ!

 昔、ヨーロッパで、何故化石燃料を使い始めたかと言うと、木材を燃やすために切り過ぎてなくなってしまったからだ。カーボンニュートラルだからと植物を燃やし過ぎると同じ道を辿る。と言うより、現在のエネルギー消費量で、カーボンニュートラルは無理ではないか?
 

 「カーボンニュートラル」は「その年に植物が光合成で固定した二酸化炭素の量をCO2排出の限度として使おう!」という意味で考えるべきである。

 もっと言うならば、そのために新たに植えた植物のみを使ってエネルギーとして使うべきだ。そう規制しないと穴だらけのカーボンニュートラルになる。
 「バイオマスやぺレットは大気中のCO2を増やさない。」と声を大にして言う専門家が多すぎる。
 さらに先ほどの政府の人物の様に「夢のエネルギーバイオマス」で、「新たに使えるエネルギーが増えた」と思っている人達も多いのではないか。

 カーボンニュートラルブームで、世の中のエネルギー消費が減らないどころか増えてさえゆく事を大いに危惧する。


 まだまだ、物申す分もあるし、議論も不完全なので次回以降に続く
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【2006/10/11 23:57】 | CO2 トラックバック(0) |
2006-10-10 23:14
私は、スポーツとしてのゴルフには全く関心がない。というよりも大嫌いだ。ゲートボールの方が環境は破壊しないし、微笑ましい。それをゴルフにするのは見栄か?それならせいぜいパターゴルフか打ちっぱなしくらいで止めるべきだ。 
 
 ゴルフをしている人は、きっかけは何だろう?健康?つき合い?商談?この時代にステータスシンボルと思っている人は流石にいないとも思うが、そうとも言い切れないようだ。何せ土壌汚染を全く無視してゴルフを楽しんでいる事に罪の意識を持たない人々だから・・。
 
 プロも含めゴルフをする人達は、ゴルフ場がどのぐらい自然環境に悪いかを知っているのだろうか?わざと目と耳を閉じて知ろうとしないのだろうか?
 
 プロゴルファーより、パチプロやマージャンのプロのほうがよっぽど素晴らしい職業だと思う。自然破壊の規模が違う。こんな自然破壊の大きなスポーツを持ち上げて騒ぐマスコミもろくでもない。
 イギリスだったかのゴルフの発祥の地は、元々ああいう草地だそうだ。日本は違う。広葉樹の林などを切り開いて、伐採してゴルフ場にするのだ

 ゴルフ場は地上は勿論、地中までも生態系は完全に壊される木の伐採の後は光合成の強い雑草は農薬で殺され、光合成の能力の極めて弱い芝生だけが生きている。つまり、O2を減らしてCO2まで増加させる。
そう、偉大なる光合成減らさせるのだ!

 普通の健全な山や畑の土は、非常に多くの微生物が住んでいる。その微生物たちが土を活かしている。微生物がつくった環境で、カビやミミズの良い住処となる。
 ゴルフ場は農薬などでその微生物たちを無差別にせん滅する。すると土の団粒(土の粒子どうしのの結びつき)が切れ、粒子が流出したり染み出る農薬そのものの毒で地下水汚染が起こる。この農薬が、近辺の土を荒らし、回りの地下水までも汚染している。特に有機農薬は、土壌微生物の殺傷能力が高く、土に吸着されずに分解しにくく、かなりの地下水の汚染をまねく。
 ここ会津の地でも、ゴルフ場により数多くの「名水」が「迷水」に変わっている。木が切られて保水力がなくなり、水の湧き出しが減り、農薬入りの水・・。

 現在の日本のゴルフ場の面積は20万ヘクタール、植え付けをしている水田面積の10分の1だそうだ。
 日本が食糧難になって耕地を増やそうとした時にも、この農薬漬けの死んだ土地はそう簡単には耕地にはなれない。
 
 「焼き畑農業をやっている原住民だって、森林破壊だ」なんて言わせない。彼等は農薬は流さず水は汚染しない。破壊の規模が小さい。何より彼等は食べる為だ。貴方たちは単なる趣味だ!プロゴルファーだって別の仕事はいくらでもある。

 プロも含めゴルファーに聞きたい。それでもゴルフをやめませんか?本当は意志確認などせず、法律で規制するべきなんだが、政治家の多くもゴルフするし、ゴルフ場とも癒着していそうで簡単にはいかない。ゴルフをやる人間の多くは環境破壊よりも経済優先だろう。
  
 15年くらい前、ある結婚式に新婦の恩師として呼ばれた時、新郎の上司がこんな事を言っていた。
「新郎の○○君と仕事で出かけた帰りにある会員制ゴルフ場の前を通ったら、新郎が『将来こんなところでゴルフ出来る人間になりたいです』と言っていた。大きな目標をかかげている素晴らしい青年である。」
 これがその上司の価値観なのだろうな。内容自体が下世話であるが本当に愚かだ!私が参加した結婚式の中で最低の上司と新郎だ。他にほめる事がないのか?ステータスシンボルなんてどれもこれも虚栄の下世話な世界であるが、自然破壊の最右翼のスポーツ、ゴルフはその中でもさらに最低である。

 土壌汚染に関する部分の参考文献 
  「地球環境を土からみると」  松尾嘉郎、奥園嘉子(親子) 著 
     (中学生くらいでも読めそうな読みやすいいい本です。)
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【2006/10/10 23:14】 | 社会・経済 トラックバック(1) |


榑桑一厘人
はじめまして。
私も同感です。
グーグルアースで関東地方を上空から見てください。
驚きました。
まるで皮膚病のような大量なゴルフ場で大地が爛れております。
あちこちで蛆がうごめいているような景観です。
全く唾棄すべきスポーツであると断言します。
これ以上ゴルフ場を増やすことは絶対反対です。

ゴルフ場が潰れていく事を!
雑草Z
 はじめまして、ご訪問有難うございます。前の記事へ遡ってのコメント嬉しく思います。
 いい気になってゴルフをしている政治家達には環境問題どころか政治を任せていられませんね。
 おっしゃるようにこれ以上ゴルフ場は増やすべきではないし、現存するゴルフ場も閉鎖すべきです。生態系の破壊されたゴルフ場は、農地などとして使えるようになるにはかなりの時間が掛かりますが、広いので色々な利用法があるでしょう。(もてあましますかね?)
 あんな成金趣味のご老人のスポーツなどやっていないで、来るべき食糧難に備えるべきです。
 最近、巨大公共工事も差し止め出来るようになって来ました。そろそろ機が熟してきて、世論も「反ゴルフ場」の方向に動いてくるでしょう。
『グーグルアース』役立ちそうですね。ダウンロードしてみます。HNは、何とお読みするのですか?

ゴルフ場、自然破壊の最たるもの。
榑桑一厘人
こんにちは。
グーグルアース、是非使ってみてください。
http://earth.google.com/
なんと検索ボックスに住所を入れると一気に飛びます。
世界遺産を巡る旅もできます☆
世界遺産を探すのは経度緯度が必要です。
これを参考に。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88_%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3/%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88_(%E9%81%BA%E7%94%A3%E6%A6%82%E8%A6%81%E8%A1%A8)

http://whc.unesco.org/en/map/

グーグルアースを見ているとつくづく地球は生き物である、
ということを感じます。
もうこれ以上、不必要な自然破壊はして欲しくない(ノД`)

HNは「ふそういちりんじん」と言います。
「ふそう」は扶桑(日本の異名)でもともとの字です。
一厘は最小単位、ちっぽけな一国民という意味です。
某巨大掲示版で使っているHNです。

また参りますね(* ^ー゚)ノ

本当に地球は生き物ですね
雑草Z
 グーグルアース見せて戴きました。迫力ありますね。いいものご紹介して戴き有難うございます。地球が生き物だとすると、ゴルフ場など人間が作ったものはさしずめ癌細胞ってところですね。これを見ると、このがん細胞は増えてもっと大きくなる前に切ってしまわないと手遅れだと感じます。
HN「榑桑一厘人」にはそんな意味があるのですか。粋なお名前ですね。

はじめまして
グラス
ゴルフに関する記事読みました。
そこで質問があります。
私はスポーツ観戦が好きなので、それによって興奮や感動をもらっています。そして世界の多くの国で、そういう人は多いと思います。
雑草さんはスポーツ全般を否定されているように感じるのですが、世の中にゴルフを筆頭としたスポーツやプロスポーツは不必要だとお考えですか?
変な質問ですみません。

変な質問ではないですけど・・
雑草Z
 はじめまして・・ようこそ・・あなたもなんか知っている方のような気が致しますが、思い過ごしですか? 

 先ず、農薬を撒いたりするゴルフは本文に書いた通りです。
 スポーツ全般に関しましては、以前は私もそこそこ見ましたし、体も鍛えてましたが、最近は、スポーツと言うか運動は健康と強い体を作るため以外あまり価値感を持っていません。現代社会のスポーツ偏重は異常だと考えます。
 「必要か?」と言われれば「必要はない」でしょうか?
 でも、グラスさんのおっしゃる通り、好きな方は多いですから彼らには必要かも。
 私もへヴィーなロックが好きですからね。嗜好の問題は、それぞれなんであんまり否定は出来ませんね。
 どっちにしろ環境負荷の大きいものは良くないと考えます。数年前、埼玉アリーナにその手のコンサート楽しみに見に行ったら、パイロやりたい放題で嫌になりました(笑)。

 今回はそんなところで、スポーツの問題はいつかシリーズで書きたいとも考えていますが、優先順位が低いので、そんなときが来るか・・?

難しいけど、ゴルフ場はもう増やさないで欲しい
ラグナロク
 僕もゴルフは、別になくなっても特に困ることはないけど、これも難しい問題だなと思います。
 僕達、文明人は、趣味のために「多かれ少なかれ」環境に負荷をかけていますからね。
 僕も生きることに必要のないテレビゲームやインターネット、漫画などをいきがいとしていますからね。
 あとたまに趣味で長距離のドライブなど自動車も使いますが、通勤は、自転車です。 自動車は、普段は原則週に一回程度使うぐらいですが、盆休み、正月休みなどは1000キロ以上走ることもあります。
 環境以外でも体は動かさないと人間は駄目になると思うので、普段は自転車、時には歩いたりもしています。  

 せめてゴルフ場は、これ以上増やさないようには、しなくてはならないと思います。
 僕個人としてもスポーツは、心豊かになるというのは、疑問ですね。
 感動もあるかもしれないけど、スポーツによるしごきなど人によっては、スポーツに「うらみ」がある人だっていると思います。
 下手な文で失礼しました。

寧ろその方が近い考え方です
雑草Z
 またまた、ラグナロクさん、有難う御座います。
そうです!私が先に書いたご返事よりも、寧ろラグナロクさんが後半に書いたような事のほうが私の考えに合っていると思います。
 つまり、スポーツは気高い素晴らしいものではなく、勝敗にこだわった競争の面が大きいと思います。ある意味弱肉強食です。体を鍛えたり、レクレーションとして楽しむ以外は、そんなに重要でないと思います。
 子供のスポーツのやり過ぎ、例えばスポ少なんて、人間を鍛えるどころか、友達と遊ぶ機会や自然に関する感覚を身につける機会を奪っている場合のほうが多く感じます。
それは学習塾の弊害と共通する部分があるでしょう。
 休日に小学校の校庭などでコーチに怒鳴られながら、
大きな声で「はい!」「ファイト!」なんて叫んでいる少年の姿は、頼もしいよりもスポイルされていると思えます。
 野山や里山で遊んだほうが・・そんな自然がなくとも公園などで・・友達と、またはひとりで自然に触れて遊んだほうが、自然の摂理を感覚的に身につけられると考えます。そんな感覚を持っていない子供が増えているのは憂うべきです。
 私は子供をスポ少には絶対入れません(笑)

 やっぱりいつかブログにシリーズで書きたいですね。

 ラグナロクさんは、
>通勤は、自転車時には歩いたりもしています
って素晴らしいですね。私も通勤に出来るだけ自転車を使うように心掛けていますが・・夏場だけです。東北の冬は、暖冬の今年でさえ自転車通勤は・・(笑)。でも、自転車通勤の頻度をラグナログさんの半分くらいにはしたいですね。


遅れましたが
グラス
 質問に対する返答ありがとうございました。雑草さん、そしてラグナロクさんの意見がうかがえて良かったです。
 私はスポーツ好きですが、確かに最近のオリンピックやワールドカップなどへのマスメディアや人々の入れ込み方には嫌気がさしています。もっと気楽な、ビジネスなどに翻弄されない程度のものになってほしいと思っています。









スポーツの内容はほとんど分かりませんが
雑草Z
 お返事有難う御座います。
 ワールドカップなど見ないので、内容はわかりませんが、そのために林や草地を潰して、サッカー場を作るとかは止めるべきだと思います。
 

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2006-10-09 13:34
21世紀になっても、特にここ日本では
環境問題に無関心の人が多い


 
 例えば、ブログランキングのカテゴリー一覧を見ても、<環境問題・保護>は何故か、<語学・英会話>や<小説・詩>、<建築等>と共に [学問・文化・芸術] のカテゴリーに属させられている・・可笑しいけど でも笑い事じゃないな。担当者のセンスを疑うと共に、世間ではそれだけにしか見られてないと言う事だろう
 
 <地球温暖化>、 <自然破壊>、<人口・食糧問題>、<エコロジー> というジャンルが 大きく[ 環境問題・保護 ] というカテゴリーの中にあっても良さそうだが、そうするとそれぞれのカテゴリーに属するブログの数が少なくなってしまう。

  そして、人気のカテゴリーと比べると、<環境問題・保護>はブログ数もヒット数も少ない。環境問題・保護のランキングに参加しているブログも、何故 ここに?というお門違いや、勘違いのものも多い。(勿論、大変素晴らしい洞察や実践例もある。)

 ブログだけの例ではなく、日本中みんなこんな感じだ。マスコミも学校も政府でさえ・・・
   
  
  何故こんなに多くの日本人が環境問題にあまり関心がないのだろうか? きっと多くの日本人は深く考えていないのだろう。政治家や科学者が何とか解決してくれると思っているのだろうか?。
このままでは絶滅と思っていても、まさか、自分や自分の子供たちの生きている間だとは思わず、遠い将来だと思って、根拠もなく「当分大丈夫」、または、「その時までには、科学の力で何とかなる」と、漠然と思っているのだろう。


そして、仕事優先!経済優先!スポーツ優先!レジャー優先


 こんな状況って、何度か見たような記憶がある。
そう!丁度パニック映画の出だしの部分である。
 映画に詳しくないので例は余り上げられないが、
例えば
「タイタニック」が氷山にぶつかる前からぶつかったあとまでそのまま遊び続ける乗客。現在がまさにその状態。そのうち大変なパニックになる。大きな違いは、タイタニックには、全員分じゃないにしろ、避難するボートがついていたが、
 今の環境破壊されている地球から避難するボートはない

(宇宙船で逃げるなんてのは、SFの話。今の技術でそれは無理・・たとえ技術的に可能になってもそれは核シェルター以上に愚かなもの)


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【2006/10/09 13:34】 | 日本 トラックバック(0) |
2006-10-08 21:05
「どぶさらい」ってなんか凄い言葉だ。とても汚い作業をするような感じだ。
今は、「側溝等の清掃作業」なんても言ってるが、私の幼い頃は「どぶさらい」と言って楽しみにしていたと思う。要は、家の前の用水路兼排水路の川(青菜漬さんの言葉を借りると「マス」)の底に溜まった泥をすくい上げる作業である。

 (今でもそうだが、)夏の時期、1,2ケ月に一度くらいその「どぶさらい」があり、朝早くから近所の大人がスコップかなんかで一斉に泥をすくって横の道に上げていた。

 それが、何故楽しみだったかと言うと、泥と一緒に鮒やドジョウがすくい上げられ、子供達はバケツを持って来て、大人たちが上げた泥の中を、魚を捜したものだ。フナッコやボヤッコが人気でドジョッコは余り人気がなく、置き去りになる事が多く、私が川(マス)に戻していた。流石にヒルは川に戻す気は起きず、そのままか、みんなで乾いた土の上で揉んで、ゴムの様にした(弱らせた)。たまに発見されなかったフナッコやドジョッコが、乾いて死んでいたり、泥の中で頑張って生きているのをお昼か翌日発見して、逃がした事もある。

 側溝の清掃作業の度にそんな子供の頃を思い出すが、昨日は久々にどぶさらいを一人でした。
その理由は、1つは『この夏一番嬉しかったこと』で書いた鮒やボヤがまたいなくなったからだ。このマスに流す水を上流の堰で止めて少なくしたしたためか、9月頃からかまた水が凄く汚れ始めていた。 
 もうひとつの理由は、昨日廃品回収の集合に遅れた事と、この前の一斉どぶさらいを忘れて参加しなかった事の穴埋めだ。

 どぶさらいの今と昔の違いは、昔は道路が鋪装されていなかったので、すくった泥は、川(マス)のすぐ横の道に上げて置けば良かった。始めは汚くても、いつの間にか道の土と同化した。今は、泥もパワーアップして「ヘドロ」と呼ぶに相応しい。専用の丈夫なビニールのような、水吐けの良い袋が町から渡され、それに入れて道にまとめて置いておくと、乾ききった頃町で委託した会社が集めて持っていく。その袋もゴミになるし、上流から流れてきた泥も『ゴミ』になってしまう。私は、すくった泥の中の石や比較的きれいな砂は、まだ鋪装されていない土の土地まで持って行ってまいたりしているが、汚泥と分け切れない時は袋に入れてしまう。泥の中には腐りかけた落ち葉なんかもある。腐葉土のもとになる広葉樹の落ち葉をゴミ袋に入れていい筈がない。
 道や川や用水路のどぶも、水の染み込まないコンクリートで固めて、ますます土地は痩せてゆき、洪水も起こりやすく、危険になってゆく。ここまで愚かな事をするのは日本だけなのだろうか?他の国の事情を知っている方教えて下さい。
 昨日はドジョウは沢山いたけれど鮒やボヤッコはいなくなっていた・。汚泥を入れた袋も満杯になって、袋も気持ちも重かった。
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【2006/10/08 21:05】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |
2006-10-07 13:01
 今日は年に1度の町内の子供会の廃品回収の日だった。小雨決行。お祭りには非協力な私も、こういうのには積極的だ。親子三人で参加した。この町内子供会は小学生が6人だけの弱小子供会だ。参加者の三分の一が私の家族だった(笑)。
 集合時刻の頃集合場所の公園に行ってみるとみんなもう既に回収に出かけていたので、急いで後を追って手伝った(冷汗)。みんな楽しく一生懸命で微笑ましい光景なのであるが、私は素直に喜べなかった。二人のお母さんが軽トラックと乗用車を出して、運転し、その後をみんなでついて歩いて(子供は軽トラの後ろに乗りたがる)各家の前に車を止めて、あらかじめ出して貰った雑誌や新聞や瓶や缶などを集めるのだが、そのとき車はアイドリングしたままだ。アイドリングしている車にはなるべく注意する私も、各家毎にエンジンを止めていたら、エンストしてしまいそうで言えない。集積場所の公園の道路を挟んで向かい側の食堂の廃品は大口である。この位の距離なら車も要らないから私が歩いて全部持ってくる、と言って一往復しているうちに、気を遣って軽トラが道路を渡って食堂の前に来た。仕方がないのでそれに協力した。

 みんな悪気はない。と言うよりも、善良な気のいい町民だ。わからないだけだ。かく言う私も、町内子供会の会長だった昨年は、軽トラを知り合いから借りてきた。積むのに時間がかかりそうなときだけエンジンを小まめに切ったくらいだ。他の人達と変わらない。

 コストパフォーマンスなんてどうでもいい。(この廃品回収の収入が子供会に入るのだが・・)実際ボランティアの部分の車代を出したり手数料を出したら赤字だろうけれどそういう問題ではない・・。問題は環境コストこれだけ集めたものがゴミになったら大変だけど、これくらいのものを集めるのに貴重な熟成炭水化物(=ガソリン)を使う必要があるのかと言う事だ。集めた後もリサイクルするのにかなりの化石燃料を使うけれど、差しあたって、廃品回収で集める段階では化石燃料使用ゼロにしたい。

 そこで、提案だが、廃品回収はリアカーでやろう!!十分出来る。小回りもきくし、いい運動にもなる。(軽トラと違って集めに回るとき子供たちが乗っても違法じゃないし、もっと楽しい。)時間的にもあんまり変わらないだろう。昔はリヤカーで行われていた筈だ!今だってやっているところもあるだろう。『便利』ということで、いつの間にかリヤカーから(軽)トラックに変わってしまった。(それは廃品回収だけではない・・・これが環境問題の原点)

 今回の、廃品回収の集積場所の公園では、交通量の少ないそこの道路の道幅を広げるため、公園を削るという馬鹿な工事が行われていた。この部分の工事の代金の何分の1かで、この町の町内会全てにリヤカーを数台ずつ買える筈だ!!

 この会津坂下町から、日本中に広めたい(昔に戻る)。この町にはそう言う政治をする人物(坂番頼むよ!)が必要だ!しかし、それまで待てない。来年から私の町内子供会だけでも始めたい。リヤカーがないのなら、私がリアカーを1つ購入しよう。廃品回収のときは毎回私が引こう。
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【2006/10/07 13:01】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |
2006-10-06 07:07
 子供の頃は、植物に水をやるのは、動物が水を飲むのと同様、体の水分を保ち、しおれずに、水分でみずみずしくする為、及び植物の体内での物質循環の為だと思っていた。勿論それもあるだろうが、まさか植物が、水に二酸化炭素という、有機物の気配さえないばりばりの無機物から、炭水化物やタンパク質を作っているとは思いもしなかった。

 そう、圧倒的な太陽エネルギーの中で、私が最も素晴らしいと思うものは、植物の光合成だ!そしてその結果出来る炭水化物(デンプン、糖)こそ、最高のエネルギー源、燃料だ!。炭水化物は燃焼しても化石燃料のようにNOx や SOx さえ作らない。
光のエネルギーさえあれば、完璧な可逆変化だ!!!
      
(エントロピーは増大するけれど・・)
 
 この、生命を司るエネルギーは素晴らしすぎる!!
 何せ、材料が、二酸化炭素と水だ!そう、現在地球温暖化の熱暴走の第一の原因として対策を急がれているCO2が原料だ!これほどCO2を減少させるものは他にない!! と、云うより光合成の他にどんな対策があるというのか?光合成以外のCO2対策は、効力が低いし、別な環境問題を引き起こす可能性を秘めている。 第一CO2を固定しても酸素を出さなければ酸素不足になる。そんな技術開発する前に、
植物を増やそう!!!!

 
 そして、光合成で出来るものも素晴らしすぎる!!!!最高にエネルギー効率の良い、炭水化物だ!!。そして、副産物として、な、なんと、酸素を作るのだ!!さらに、光合成で作った炭水化物と、根っこから吸い上げた窒素化合物を使えば体を作るタンパク質まで合成してしまう!!!!ホントに植物様々様様だ!!

 人間は大きな工場でも,炭水化物やタンパク質のような素晴らしいものは作れず、更に、製品と一緒に出来る副産物は大抵はゴミ・・役立つどころか、処理に困るものが多い。それに、作ると言っても実際は加工するだけだ。加工ではなく化学変化で新たな物質を作るときは、本当に有害物質も一緒に出る場合が圧倒的に多い!!!!植物の光合成には全く及ばない・・・ここんところを多くの人が忘れているんだな!!!!
現在の科学(化学)の力では何とかはならない!

二酸化炭素 + 水  ⇔ 炭水化物(デンプン,糖)+ 酸素 
  

     →が光合成[生産]        ←が呼吸[消費] 
   


   完璧だ!完璧すぎる!! 

  
 
 私は宗教には興味がないけれど、若し、何かを崇めるならば、 (IRON MAIDEN ではなくて)
                     光合成をする植物だ!

 この、毎年作り出される完璧な循環による完璧なエネルギー、   
 『炭水化物』を光合成で作り出す植物を崇め称えよ!!
           <<Hallowed Be Thy Name>>

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【2006/10/06 07:07】 | 太陽エネルギー トラックバック(0) |

知るべきこと
№22 たま
大学教授から驚くべき話を聞きました。南極のオゾンホールの大きさが至上2番目の大きさまで広がったそうです。このままでは記録更新も時間の問題ですよ!信じられない…テレビや新聞で大々的に報じられていたから知ったのではなく、地方の一大学の一教授から知ったのですよ。全世界の何%の人がこの事実を知っているのでしょうか…?
世界の…いや日本の環境に対する意識の低さに愕然としました。知っても人事のように流してしまう人は更に多いでしょう。知り、行動に移す力のある人、国が必要なのです。そして我々がその力を持ったリーダーになれるよう、努力していきたいものです。

そう、貴方たちこそそのリーダーになってください
雑草
 先ず、初めて(大変良く)知っている方からのコメント、とても嬉しく思います。わざわざNo.22なんてつけなくても『たま』ってことはすぐにわかりますよ。向こうで書いていた、バイト先などで感じた環境問題等を読むのを楽しみにしてましたが、最近は書いていなかったので、淋しく思っていたところです。//
オゾン層破壊に限らず、(日本の)マスコミは、世界中の人々の死活問題よりも大リーガーのホームランや、ワールドカップのほうが大切みたいです。しょうもねぇ・・。
 よくあるパニック映画のように、こうやって浮かれているうちに、取り返しのつかない事が起こってしまうんです。
いまだに経済成長とか云っている政治家達は本当に愚かです。
「知り、行動に移す力、勇気のある人」は貴方たちです。
お互いに頑張りましょう。私も最近は仕事よりもこっちを優先させています。  
 



坂番
オゾン層のことを今更騒いだってしょうがない。
私はそう思います。
だってもう取り返しがつくとは思わないから。
(大学では絶望を与えることまで教えないのだろうか?)

近い将来、外に出るときは軽量の宇宙服(今NASAが作っている)ようなモノを着て出歩くようになる。まぁ、これが大袈裟な一つの例にせよ、何らかの制限を設けられることを、まずその覚悟をすることが必要になると思います。

学級日誌で話した後に考えついたことですが、人類は経済成長を止める前にするべきことがあると思います。学級日誌では急速なProducelessを欲したかもしれませんが、それはいけないことに気付きました。
するべきことというのは、地球の成長過程で、どこまで人間が破壊した環境を地球が自己回復させられるかを予測することです。
言い換えるならば、地球の成長過程で回復できないことが見つかったならば、それだけは人間の手で責任持って地球が自己回復できる基準まで持っていかなければならない、と言うことです。実際そこまで持っていくこと自体今の人類には出来ませんが。
オゾン層を始め、人間の手ではもう回復できない事例はいくつもあります。「現状維持」では何も変わらないのです。むしろ現状維持では良くない。目に見える進歩が欲しいのです。それは、人間が全ての対策を出し尽くした後に、何千年・何万年・何億年というスパンを掛けて、地球の成長過程で直ることを祈るしかない、そう思います。(不自然な語彙選択は勘弁)





もう少し学ぼう!
雑草
「オゾン層のことを今更騒いだってしょうがない」というのはかなりの暴論です。現在進行形の問題なのですから・。第二次世界大戦の戦争責任問題でさえ今もって騒がれていますが、それよりずっと議論すべきことです。
 確かに日本をはじめフロンは全面撤廃されましたが、それは新たな製品についてです。回収義務は、欧米ではかなり厳しいものですが、日本ではさにあらず。中国や北朝鮮でしっかり回収されていると思いますか?
 フロンガスは、比重が空気より重いので、オゾン層に達するまでかなりの時間を要します。だから、大気中に漂っているフロンガスも多いのです。若し、科学技術を信じるなら、その回収にも努力すべきです。

 それに、君の議論で最も欠落している部分は、オゾン層による人間の被害しか想定していない点です。オゾン層がなければ、地上の生物は全て生きていけません。人間が「宇宙服のようなもの」を着て紫外線を防いでも(確かに今も紫外線対策は必要です・。)他の生物はどうするのですか?

 地球上の最初の生命は紫外線の届かぬ海の中や底でした。大型藻類の出現で大量の酸素放出が始まり、大気中に酸素が増えても、紫外線が強かったため地上には生物が出現出来ませんでした。酸素が十分に増え、酸素(O2)がオゾン(O3)に化学変化してオゾン層が十分出来てからやっと水中生物の上陸が始まったのです・・。
 今現在もオゾン層破壊のために絶滅の危機にある生物は沢山いるのですよ。例えば、トノサマガエルは水の浅い所に卵を産むので、オゾン層破壊により届くようになった紫外線BやC(より波長の短い=強い紫外線)でふ化出来なくなっているのです。アメリカからの報告は悲惨です。皮膚や卵の露出した両生類に先に影響しているのでしょうが、他の生物への影響もかなり出ています。(君達から戴いたブナの鉢植えにも・・それは別?)人間の食べ物の生産にもかなり影響するでしょう。他の生物が死滅して人間だけが生き残るのは不可能です。
 以上のように、オゾン層破壊対策はまだ終わってません。

 
 次に
『地球の成長過程で、どこまで人間が破壊した環境を地球が自己回復させられるかを予測』なんて事は、もうとっくに予測されていて、それが駄目だから『経済縮小』『Produce less』という結論に達しているわけです。『地球の成長過程』という言葉の解釈はいろいろ出来、『?』の部分がありますが、今現在の人類が生き残ることを前提とすれば(それ以外の前提は考えません。)何千年・何万年・何億年というスパンはありません。今世紀中、長くとも100年以内です。環境問題の切迫がわからずに多くのお気楽な人々がそう思っているから環境問題が酷くなってゆくのです。国連の作った色々な資料を見てください
 一度経済をストップして全てに優先してて環境問題を考えて初めて助かる可能性が出てくるのです。
 将来の町長、私の弟子(笑?)がこれではまだ困るので、また家にいらっしゃい。先ずはブナの対策から。
 そうそう、「2人目の(良く)知っている方」からのコメント有難うさん。と言うか君はこのブログの管理者のひとりですよ(笑)!

言い訳
坂番
私はオゾン層破壊による被害が人間だけだとは考えていません。このような誤解を与えてしまったのは。「宇宙服」の周りにイメージする環境にあると思われます。恐らく私だけではないでしょう。頭の中でイメージしたとき、宇宙服の周りには殺風景な環境が広がってないでしょうか?映画やアニメではなく現実的な目線に立ったとき、周りは宇宙空間や月面なんかじゃないでしょうか?現在のところ私の頭の中では森林と宇宙服は結びつきません。「宇宙服のようなモノを着て出歩く」にはそのような固執したイメージが私にはあることを言わせてください。言い換えるなら、宇宙服のようなモノを着て出歩く時には、自然環境は見た目に紫外線の影響を受けているだろうということです。

『地球の成長過程で、どこまで人間が破壊した環境を地球が自己回復させられるかを予測』について。
他の例を挙げるならば、「ゴルフをする人へ」にも書かれた土壌汚染だと思います。私は土壌汚染もすでに人の手に負えることじゃないと思っています。それは社会的問題でもあるが、技術的問題でもあります。この学科に入り、強くそれを感じます。今まで受けた授業で、2人の先生が「対策を模索している。」とはっきりと述べました。まあ、1つは土壌、1つは水質ですが。やはり、私は早急なProducelessはするべきじゃ無いと思います。(以前とは多少違う意見)具体的に、「さあ、Producelessしよう!」ということが決まってからのことです。オゾン層・土壌汚染・水質汚染などは、人間が出来る限り手を加えないうちはProducelessしてはいけないのです。現存の環境破壊はProducelessだけだはどれだけのスパンがあろうが完全なる解決は出来ないと思うからです。(希釈はできる。)

地球を救うにはProducelessしかない。
だが、それにも順序がある。
それが私の意見です。


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2006-10-05 22:15
 現在
最も有効なるエネルギーは太陽のエネルギー
                           である。広い意味で。

 そのものずばりのソーラーは勿論、風力も水力も(この中では、結構効率の悪いものもある)元を辿れば、太陽放射による空気と水の循環が生み出したエネルギーだ。。石油、石炭などの化石燃料も、長ーい年月で熟成させて貯えられた太陽エネルギーの永久定期貯金。光合成によって出来た炭水化物(デンプン、糖)も優れたエネルギー源、当座預金だ。

 太陽エネルギーではない主なエネルギーは、原子力と地熱ぐらいだろうか。

「太陽も核融合だから元を辿れば原子力」なんて、原発推進派のような詭弁はやめよう!全然違う!!!(確かに水素原子核融合なんだけど・・)
 何が違うかって、『距離、遠さが違う!』あれだけ遠けりゃ放射能も関係ない。折角あんな遠くに効率のいい核融合設備があるのに、わざわざ近くに原発を作るのは本当に愚かだ!!あのくらい遠けりゃ原発を作ったっていいが、福島県や新潟県あたりじゃ地元も怒るし(体育館など色んな施設を建ててもらって喜んでいる無知な輩も多いが・・)首都圏だって安全圏ではない。
原発の愚かさについては、さんざん書いたが、またそのうち改めて書く事として、
 今日は、持続可能な社会に於いて年間(単位時間)に使えるエネルギーの総量について考察する。

 太陽エネルギーの貯金である石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料については、地上の全植物、微生物などが100万年もかけて貯えてきた分を現在、たった1年で消費している。消費と言うよりも浪費と呼ぶべきだ。そのまま埋めて置かずに使ってしまったから、現在のような環境問題が起こった。枯渇が近いといっても、このままのペースで浪費していたら、全部を使い切ってしまうまえに、Point Of No Return を越えてしまう。今すぐ使用をやめて、そのまま地下に眠らせて置くべきだ。つまり、定期預金は崩すなということ。

 エネルギーに関して持続可能な社会である為には、私はずばり、
 『毎年太陽から来るエネルギーのうち使える分
  +α』
が、年間使える総量と考える。
 +αってのは、地熱などの、環境負荷の小さいその他のエネルギーの事だが、そのパーセンテージはほんの少しだけ。太陽エネルギーがほとんどと考えた方がよいかも。つまり、その年に積み上げた当座預金のみ使えと言う事。


 兎も角、食料と同じで、化石燃料や原子力のように、遥か過去からの貯えや、禁断の実を食べる(消費する)のではなくて、
その年に得たエネルギーをその年に使いきる量のリミットにするのが、一番理に適っていると思う。(持ち越しはOK)


 ちなみに、太陽から放射されるエネルギーは、日本では、1平方センチメートルあたり、約70kcal ,ジャガイモ100グラム分のエネルギーだそうだ。(農学博士 松尾嘉郎氏の文献より)
これを多いと感じるか?少ないと感じるか?
(炭水化物が蓄えているエネルギーは結構すごい。)


光合成については、畏敬の念を持って信仰しているので、次回独立してかかせて戴く。

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【2006/10/05 22:15】 | 太陽エネルギー トラックバック(0) |

太陽エネルギー
坂番
『ダイヤモンド社「ONE SECOND」責任編集 山本良一 Think the Earth Project 編』を参照すると、
一秒間に、40万kWtの電力が世界で消費されている。
そして、
一秒間に、太陽から486億kWtのエネルギーを受けている。

この現実を突きつけられ・・・シャープさんがんばって!

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2006-10-03 21:50
 私は、学生時代、原子力発電に関わってみたいとホンの少しだけ思った事がある。ホンの少しの質量欠損が莫大なエネルギーに変わると言う事に、化石エネルギーの代替えとしての価値を感じたからだ(核燃料開発事業団の所長の娘が美人だった事もホンの少し関係あるかも知れない)・・・無知と言うのはかくも(核も)恐ろしい。

  原子力発電施設にここまでやれば安心なんていう事はあり得ないが、かなり安全に作るには大掛かり過ぎてコストが掛かり過ぎる。だから、電力会社は国の補助がなければ原子力発電に手を出さないだろう。採算を考えて電力会社で作ったら、かなり安全性の乏しいものになってしまう。というより、どんなふうに作っても採算は会う筈がない。
 原発に事故はあってはならない筈なのに、まだ歴史の浅い原発なのに、かなりの事故が起こっている
最悪だったのがチェルノブイリである。
チェルノブイリの原発一基で、被害者400万人。他のどんな事故とも桁が違う。保険会社の試算では、電力会社も保険会社も、国家でさえ払えない損害賠償金額である。。
 原発は。大事故を、ない事を前提と考えている。そのとおり、あってはならない事であるが、その可能性が、例え低くても、事故の起こるパーセンテージと起こった場合の被害額を掛け合わせて、期待値として試算するのが当然である。(「期待」と言う言葉は不適切だが、単純に確率用語としての意味)保険会社だって、こういう期待値を元に保険額を決めている。そして、原発の期待値は完全に赤字である。赤字どころの騒ぎではない。まあ、原発の大事故が起きれば国家は破綻し、混乱するから、責任問題どころの話ではないと言う事か?

 私は、経済的な事は、2の次だと思っているが、原発は、採算も完璧な赤字であるし、チェルノブイリ以上の大事故でもあれば原発一基で一国が滅ぶ。経済的な事だけでなく、広い地域が死の廃墟と化す。

 じゃ、何故そんなものを日本と言う国が強力に推進しようとしているのだろうか?
大きく2つの理由が考えられる。

 密かに言われているのは、核兵器を持ちたいと言う事。濃縮ウランの技術と言う壁はあるが、普通に考えれば制御してゆっくり核反応(分裂)させる原子力発電よりも、一挙に核反応させて爆発させる方が簡単に思える。つまり、原子力発電技術があれば、原子力爆弾はすぐに作れると言う事。

 もうひとつの理由は原発建設の会社に大儲けさせる、それだけの目的。私はこちらの目的が一番大きいと考える。つまり、道路建設と同じ構造。はじめに建設ありきで、リサイクルだとか、CO2排出削減出来るだとか、は作るための理由付け。そして国で補助する理由付けにもなるだろう。たったこれだけの理由で原子力発電を作ると言う愚かさ・・事故が起これば自分達も取り返しのつかない被害を被る。事故が起こらなくたって、放射能は海に漏れて、汚染され、自分達にもかえってくる。道路族ならぬゼネコン族、施設建設族とはかくも醜く愚かなり。

   
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【2006/10/03 21:50】 | 原子力 トラックバック(0) |

反論
坂番
「核兵器を持ちたい」は絶対に間違っていると思います。
日本に於いて決してしてはいけないことだと断固主張したいです。口に出しても許されないこと。
そのような指導者が現れるとしたら、恐らくそれがどのような時期であったとしてもクーデターが起こるだろうし(ってか起こす!)その指導者こそ日本国内の法律でS級戦犯にするべきだと思います。
これから第三次世界大戦が起こり、その中で日本が核を製造しようなどとの動きがあるのとしたら、
その時は憲法第9条を掲げながら(その頃まであって欲しい)核でも喰らって日本壊滅した方が私はまだ良いと思います。


スモールイズビューティフル
日本の核兵器保持云々の話は、私も始めは「まさか」と思っていましたが、原発の様々な情報や状況からすると、やはりいずれは日本も持ちたいとの思いがどこかの勢力にあるのだと疑わざるを得ません。

もちろん、どの保持国も外交の無言の圧力のために核兵器を持っているわけで、実際の使用は当然考えていないでしょうが。イランとか北朝鮮とかの、政治的に不安定な国が保有しだすと、非常に恐ろしいですね。
坂番さんの言う第三次世界大戦が起これば、その時点で人類を始めとする地球生命は破滅に向かうことになると思います。

世界唯一の被爆国として、日本が世界の核軍縮に務めなければならないと思うのですが、ここ数年の政治状況や世論が、すこし右寄りになってきていることが、気になります。

いずれにせよ私たちがまずすべきは、世界が脱原発に向っている中、日本が更に原発を作ろうとしている現状に歯止めををかけさせることです。百害あっても一利すらない原発を止めさせることです。
原発のずさんな管理について、各地で露呈している、そのことを考えるだけでも、とても恐ろしいことです。

北朝鮮の核実験
スモールイズビューティフル
北朝鮮が核実験を強行しました。

目的は体制維持のための「核抑止力」の行使にあるようです。アメリカは、イラク同様再三にわたって北朝鮮への攻撃を示唆して来ましたが、北朝鮮が核を持つことによって攻撃できなくするというものです。

しかし、国連の安保理協議では、中国、ロシアともこれまでの北朝鮮擁護の立場はとらないようです。
今後、経済封鎖によって北朝鮮が追い詰められたとき、
何をしでかすか分からない恐ろしさがあります。
そうならないためにも、慎重な外交をお願いしたいものです。

たのむからアメリカは、余計なこと(先制攻撃のようなこと)をしないで。でも、ニュースを見ているとアメリカはイラクとイラン問題でそれどころではないようです。

北朝鮮の核開発によって、今後第三国(もしくはテロ集団)への核の拡散が心配ですし、
日本においても核必要論が台頭してくることが懸念されます。

原子力エネルギーの平和利用?
雑草
 北朝鮮政策の(アメリカの)最大の失敗は、核兵器断念の代わりに、原子力発電の技術を提供したことです。原子力発電を作る技術を持っている国は、核兵器をすぐに作れると考えるべきです。何で原爆と同じ原理で同じ材料の原発に協力したのでしょうか?と言うより、わざと作らせたとしか思えないくらいです。風力発電でも水力発電でもソーラーでもバイオマスでも、どの技術でもなく、原発の技術を提供したアメリカ(大統領)は大ばか者です。それ自体危険な原子力の平和利用は有り得ないと考えるべきです。(遠くにある太陽は別)
PS <スモールイズビューティフル>さん、毎回的確なコメント有難うございます。名前もお洒落です。これからも宜しくお願い致します。

実際にはKEDOの協力は挫折しています
SGW
 始めましてです雑草さん、15日には名詞交換をさせていただきました。

ところで、北朝鮮に対して提供すると言っていた原発は、実際には建設途中で関係悪化によって中断していますので、現在の北朝鮮の核兵器開発には関わりがあるわけではありません。

 日本の核開発も憲法9条改憲の次の議題としてそろそろ上がってきたようですね。


早々のご訪問有難うございます。
雑草
 ご指摘有難うございます。確かにそんな顛末だったような記憶も有りますが、曖昧です。でも、どっちにしろ、核エネルギーは原発だろうがなんだろうが使用禁止にすることに異論はありませんね?私自身は核兵器より現在稼動している原発のほうが怖いくらいです。
15日は、意識の高い方々が多くて、皆様と手作りの名刺交換出来て有意義でした。・・が、帰りを急いでいて管理が悪く、今ちょっと紛失中です・・すみません。記憶も悪くて。
次回は、仕事を休んででも懇親会まで出たいと思っております。また、ご指摘あれば、宜しくお願い致します。

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2006-10-03 19:10
黄色の花


9月28日昼
茨城県東茨城町より
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【2006/10/03 19:10】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

さりげに咲く小さい黄色の花も美しい。
雑草
これでも雑草の部類だろうけれど,とても似ている高山植物もある。高山植物だと沢山の人が山まで登って写真を撮りに行くけれど、この花の写真を撮りに行くのは何人いるだろう・・? 坂番と・・・


坂番
俺は行きますよ。
その時は四品世が写真係です。


もえり
はじめまして。これは「カタバミ」ですね。
つくづく、コンクリートの割れ目けら出る草を見て命の力強さを感じます。

なるほど「カタバミ」ですね。
雑草32
 はじめまして、ご訪問有難う御座います。
 植物の名前を教えていただきまして有難う御座います。当方<雑草>と名乗ってますが、雑草の個別の名前には疎いほうですので、また、アップした写真(この頃してませんが)の名前が分からないときはご協力お願い致します。
 こういう所に生える逞しい植物から咲く可憐な小さな花は、過保護に育てられた華奢な花屋さんの花よりずっといいですね。

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