-------- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

2006-09-30 04:03
 明日の天気予報だってよく外れる。日本が誇るアメダス(AMeDAS ; 自動気象データ獲得システム)が完備され、膨大な計算量で、コンピュータで計算しているうちに当日になってしまうと言われていた、気象予報の大気の状態方程式(?用語忘れました、失礼!)も、コンピュータの性能のアップで即座に計算可能になったここ日本でさえ、天気予報はよく外れる。
 
 ベルリンの壁の崩壊やバブルの崩壊でさえ、顕著な兆しが始まるまで、ほとんどの専門家やアナリシストも予測出来なかった

 未来予測なんて、こんなもの。21世紀になったが何十年か前に人々が考えた夢の未来なんて来なかった。その代わり深刻な環境問題で絶滅の危機にある。

 未来予想はかくも難しいが、それは当然。『揺らぎ』があるからだ。『揺らぎ』とは、ほんのわずかの要因、パラメータの変化で結果が大きく変わること。こう云う不確定性要素は現実の未来予測には沢山含まれているから、よく外れるし、当たってもまぐれが多い。

 だから、私は基本的には、不確定性論者。ちょっとやそっとでは、未来予測は信じない世の中に数多く存在する経済評論家の予測なんてその代表。
しかし、
環境問題に関しては『このまま行けば人類は絶滅』との予測は
確実であると断言出来る
。それは、例えば、大きな円錐形のロートに無造作に放り込んだビー玉が、はじめは揺らいで色々不確定な動きをしても、結局円錐形のロートの中心の穴に落ちるという予測と似ている。
 
 もっと具体的な近い例で云えば、沢山の金魚が泳いで小さな水槽から、光合成をする水草を平衡状態から70% ほど取り去って、酸素の泡が出てくる機械を止めてしまえば、しばらくして金魚は、酸素を求めて水面近くで口をパクパクさせて、まあ1週間もすれば、ほぼ絶滅だろう。
 
 これは、誰でも予測出来る。これとあまり変わらないくらい簡単に地上の人類の絶滅は予測出来る。国連の作ったIPCC(気候変動に関する政府間パネル)も、有名な理論物理学者ホーキンス博士も、その他多くの人が予測と云うよりも断定している
 
 皆さんは、イラク戦争を始める前に、アメリカのCIAが、ブッシュ大統領にイラク戦争をやっている猶予などはないと提言したのをご存じだろうか?ブッシュはそれを握りつぶしてイラク戦争の泥沼に突入したのであるが、CIAが、何の猶予がないと提言したのかと云うと、ズバリ、『地球温暖化』。あの、CIAが、地球温暖化に、全世界全力で取り組まないと間に合わないと、提言したのだ!凄いことだけれど、ごく、当然の事。そりゃそうだ。
世界のCO2排出量は許容量の200% 以上も上回っている
のだ。そして、人々は温暖化がもう始まっていることを肌で実感している。

 みんな普通に理性で現状を考えれば、そんな結果は自ずと見えて来る筈。

 この、断定的な私の予測も揺らぎの範囲で外れてくれれば凄く嬉しいのだけれど、不確定論者の私にさえ、躊躇なく断言出来る。他力本願ではいけない。みんなで、現状をしっかり見据えて、経済活動を縮小しなければならない。

 そして、差しあたって、経済活動を10分の1にすることは、大変な窮乏生活を強いる事になるように感じる人が多いと思うが、そう辛くはならず、実はより楽なスローライフ・・なのだが・・
 
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/30 04:03】 | 環境総論 トラックバック(0) |

地球環境再生への道
t_de6
本文に書かれているように環境問題は待ったなしの状況なのですがそれに対して雑草さまはどう行動していったら良いと思われますか?

管理人のみ閲覧できます
-


ご質問ありがとうございます
雑草
『どう行動して』というのは、
『人類が』と言う意味では、いつも書いているように経済を10分の1以下に縮小すること。『Produce less』 が、さしあたっての大目標です。
 そんなこと出来るのか?って話ですが、出来なければ滅亡です。多くの人が死活問題と気づけば出来筈です。だから、現状の酷さをしっかり認識して貰うためのひとつの手段がこのブログです。これが、『私の』行動の小さな一歩です。
 環境問題の現状だけでもまだまだ書くことは沢山ありますが、だんだん対策法も提案してゆきたいと思います。
その他、仕事の手を抜いてでも環境問題優先にしたり、『緑の党』など経済縮小が前提の政党を積極的に応援したりと言う事を心がけて実践しています。まだ、ホンの小さなたわごとですが、これからも宜しくお願い致します。

コメントを閉じる▲
2006-09-28 06:58
 化石燃料の使用はすぐにでもストップしなければならない。地球温暖化の元凶。現在、100万年かかって地球に貯えられた化石燃料が1年間に使用されているそうだ。だから、枯渇が近づいている。『化石燃料なんて早く燃え尽きてしまえ!』なんて言う環境運動家もいる。(このブログの映像担当,坂番もそんな事を言っていた・・)確かに一理ある。人類が化石燃料を使う事を覚えなければ、今の環境破壊も起こらなかった事も確かだ。
 しかし、化石燃料はそのまま土の中に埋もれているのが最も良い。

 化石燃料は、最高の贅沢品。太陽エネルギーを長ーい長ーい年月をかけて圧縮して熟成させたもの。炭水化物(デンプンや糖)がやその年に作ったワインだとすると、石油は長い年月をじっくり熟成させて作った最高級ワイン。それも、20年や50年なんて短い年月ではない。気の遠くなるような年月。

 こんなに貴重な化石燃料は、今のように浪費してはならない。現在のペースで浪費していたらその時に後悔する。勿体無いでは済まされない!!こんなペースで使っていては地球の熱暴走も近い!!!!しばらく使わずにとっておくと素晴らしい使い方が発見される筈だ。今だって、もっと燃費を良くしてから使った方がいいに決まっている。

 きっともっともっと素晴らしい利用法が見つかる筈。そして見つかったと思っても、また温存しておくと更に別な利用法が見つかるだろう。それまで、温存しておくべきで、そのときなくなっていたら後悔するに違いない。(なくなった事に対する後悔では済まされない。Point Of No Return を越えてしまったら取り返しがつかない・・)これは、化石燃料だけでなく、全ての地下資源に言えること。そして、本当は
 そのまま地下に埋めたままにしておくのが最高の利用法かも知れない。

 単純な疑問だが、化石燃料をこんなに掘って、燃やして、地球の公転軌道や自転軌道に、影響しないのだろうか?それによって微妙なずれを生じることもかなり恐ろしい事だと思うのだが・・・
 
  化石燃料の開発競争は、今すぐやめて、
   化石燃料は地下にそのまま温存しよう!

と言うのは虚しすぎる現在だけど、そこまで考えずにこうなってしまっているのだから、やはりみんなでしっかり考えるべきで、それまで化石燃料の開発、使用はストップすべき。だから、
 化石燃料は、地下に埋もれたままにして置くのが最高

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/28 06:58】 | 化石燃料 トラックバック(0) |
2006-09-27 00:40
 小学2年の時、岩手県一関市の萩荘と云う、自然に恵まれた田舎に引っ越した。
転校してすぐ、当日か翌日あたり、新しいクラスの友達に小学校のすぐ裏の川に下る小径を案内してもらった。その小径で、水がちょろちょろ流れているところに貝殻みたいなものを見つけた。立ち止まって、その辺りの石を裏返してみたら、沢がにがいた。自分が初めて見つけたかにの住処だ。というより、沢がにそのものを初めて見たと思う。!貝殻かと思ったのはかにの脱皮した殻だったのだ。
 その場所は、田んぼが土手の上にあって、一度田んぼの水が土に染み込んで、すぐにまた土手の下から湧き出ている水だった。それでも飲めそうなきれいな水であった。実際飲んだと思う。(土のろ過の威力は凄いものだ!)その、沢と呼ぶには、本当に幅が狭くて水もチョロチョロで、下の川までも十数mくらいの範囲がかにの住んでいる場所だった。
 後からわかった事だが、沢ガニなんてそれほど珍しくない土地であったが、何せ、小学校のすぐ近く。休み時間にでも捕りに行ける。その時から、転校した自分のクラス2年A組の男子の間で、毎日毎日カニ取りが始まった。朝、休み時間、放課後・・私が朝小学校についた頃には、もう既に数匹捕まえている子供もいた。
 
 しかし、ほんの短い沢、子供たちは無邪気にも、カニを求めてその小さな沢を掘り返し、いつの間にか、かにはいなくなってしまった。どの位の期間かは覚えていない。二、三日か、一週間か一月か、確実なのは、その年というか、その春にかにはいなくなってしまった。私が見つけたばかりに絶滅してしまった。思い出す度に心が痛んだ・・・
 その後、何年かして、小さなかにをそこで見つけて安心した記憶がある。ホントに嬉しかった。しかし、夢かうつつかわからない。都合のいい記憶違いかも知れない。本当だったら凄く嬉しい・・。 

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/27 00:40】 | 思い出 トラックバック(0) |


アルテミス
こんばんは^^お邪魔します。
百姓めざしているのにこんな時間に…なんてお叱りは無でお願いします。無理せずゆるく目指してますので!

雑草さんは、心優しい小学生時代を過ごされたのですね。
私の生まれ育った所は近くに川はありませんでしたので、その経験は羨ましいです。小学生で生き物に対して想える心を持っていたなんて偉いです。私はその頃でしたら、近所の高学年と一緒に蝉とりやクワガタとり、昆虫採取に励んでいたと思います!いつからかは解りませんが、虫達の命を大切に思うようになりました。それまでは今思うと残酷なことをしました。

今は、子供が飼育したいと言ったら、成長を踏まえて容認してますが、それ以外のときはなるべくそっとしてあげたいという感じです。畑を起こす時に結構ミミズ君とか犠牲をだすのですが、なるべくそれも起きないように作物を作る方法を試行錯誤しております。

沢がにへの拘り・・
雑草Z
    アルテミスさん

 こちらの記事へのコメントも有難う御座います。
私は幼い頃から虫が大好きでしたが、小さい頃は残酷な事もして来ましたよ。

>私の生まれ育った所は近くに川はありませんでしたので、

??・・そんなところってあるのですか?・・・もしかして都会の真ん中ですか?

 ここの<雑草の言葉>にコメント下さる方は、農作物や植物、昆虫の好きな方はいらっしゃって、嬉しいのですが、沢蟹が好きだと言うコメントはまだ戴いておりません。
 私は上の記事にあるように、小学校2年の時に沢蟹の棲みかを見つけて以来、沢蟹には非常に愛着があります。沢蟹が好きな方のコメントが欲しいと思っておりますので、今度、沢蟹の棲みかで写真を撮ってきて記事にしたいと思います。


アルテミス
こんばんは^^

都会ではなく、中途半端に田舎ってわかりますかね?
小学生や中学生の足では川の場所へいけないような地域でした。護岸整備で沢も生活排水だらけでしたし…。

沢蟹の記事、楽しみにしてますね^^

川のない地域・・?
雑草Z
 私の住んでいる(住んでいた)地域は、小さな川を含め、いたるところ川がありましたから、近くに川が無い場所って想像がつきませんでしたが、川が下水路化して、三面張りや上まで覆われた四面張りと言う事でしょうか。
 そう言えば最近は田舎町でもそのような傾向があって嘆かわしいです。・・そんな問題もしっかり取り組まなければなりませんが、(・・記事にもしてますが・・)今は脱原発です・・・。
 里山の川には、魚や蟹がいっぱいであって欲しいものです。
 

コメントを閉じる▲
2006-09-26 07:01
 私の育った家の柱にぜんまい式の振り子時計がある。
 幼い頃一家で引っ越してしばらく家を空けておいたから、ずっと動き続けていた訳ではない。しかし、この家に帰って来る度にねじを巻いて動かしていた。そして、父と母が戻って住むようになってから、また20年近く、その時計は動いている。物持ちの良いこの家の別の部屋にある電気時計も、20~30年動いているが、数年に1度電池を入れ替えている。それに比べて、その振り子時計は、ぜんまい式で、2~3週間に1度、手で巻いてやれば、動き続ける。(実際はもう少し頻繁に不定期に巻いている)不在の期間やねじの巻き忘れで中休みしながらもう40~50年、あるいはそれ以上動いている。
 時計に関しては、今はソーラー時計と言うのがあるから、ゼンマイ時計とどっちが優れているか微妙だが、柱時計にはまだソーラーはない。まあ、両方とも元を辿れば太陽エネルギー。どちらも電池、電気時計よりはずーっと優れている。
 
 昔は、動くおもちゃはゼンマイが多かった。電池で動くおもちゃもあったが、私は絶対ゼンマイ派であった。たまに電池のおもちゃをくれる心ない大人がいたが、電池が切れれば2度と電池は買わなかった。つまり、あとは飾り物になっただけ。いや、電池入れないで遊んだな。子供は電池なんかで動かすのをじっと見て喜んでなんかいない。
自分の意志で、手で好き勝手に動かすもんだ。そこに、自分の手で適当に巻けるゼンマイは馴染んだ。
 チョロQなんて最高にいい工夫をしたぜんまいおもちゃだと思う。

 
 始めから電動のものだって,ゼンマイ発電に出来る。ラジオ、懐中電灯、携帯電話・・・発熱器はちょっと無理か・・?

  人がねじを巻くという作業によって、人力がゼンマイの弾性エネルギーに貯えられ、それが小出しに運動エネルギーになって動く。もっと元を辿ると、太陽のエネルギーで光合成をした植物の貯えた炭水化物のエネルギーということになる。このエネルギーの流れは素敵だ!
 使わない時は、(1度使い切って)そのままにしておけばよい。電池のように,自然放電したり、液洩れしたりしない。

 以上の様に、私はゼンマイ製品が頗る好きだ。江戸時代や昔のヨーロッパの自動からくり人形も、アンティークなオルゴールもみんなゼンマイがエネルギー源だ。動かす前に、ねじを巻いて人力エネルギー注入という作業の感じがたまらない!たったあれだけの人力投入で、よくあれだけ動くものだと感動する!!本当に素敵だ!
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/26 07:01】 | 人力 トラックバック(1) |

ぜんまい式製品
e-device
ぜんまい式製品これから増えるといいですね。ラジオ、LED式懐中電灯、ノートパソコン、携帯電話など、ぜんまい電力が適していますよね。

ぜんまいは優秀な人力の蓄エネルギー装置
雑草Z
 電気製品でも、発熱、発動のエネルギーはエネルギーが大きいので、ぜんまいではきついでしょうが、
おっしゃるように
 ラジオ、LED式懐中電灯、ノートパソコン、携帯電話などは、ぜんまい発電でも十分でしょうね。ぜんまい発電に的確な商品ですね。是非e-deviceを利用して作って欲しいものです。(こういうHNお使いと言う事は、そういう仕事をなさっているのでしょうか?)

 一方、時計やおもちゃのようなものは、ぜんまいをそのまま動力にすればいいですね。わざわざ発電して電気エネルギーに変換して、エネルギーのロスをしなくてもいいでしょう。時計の正確さが多少犠牲になっても・・・・

 是非また、ぜんまい製品を普及させたいものですね。

コメントを閉じる▲
2006-09-25 18:45
『人力車』と云うと、あの2輪車のリヤカーにお客さんを乗せて人が引く明治時代や大正ロマン、昔のタクシー、今も観光地などにある例の「じんりき車」を思い浮かべるだろう。それは、タクシーと考えれば最高級のエコタクシーだから大いに結構。でも、そのくらいだったら自分で歩けよって話にもなる・・・

 それは置いといて、今は、4輪車ないしは3輪車で、屋根もついている『人力車』について述べたい。2輪車の「自転車」でもいいのだが、自転車では雨の日は合羽を着てもちょっと辛い。日本でもたまに走っている50ccカーのような大きさの車をイメージすればいいかも。『人力』だから『車』であって『自動車』とは云い難い(笑)。まあ、だから『じんりきしゃ』と呼ぶか『じんりょくしゃ』と呼ぶかはお任せする。言語学的に根拠がある方は教えて欲しい。
 
 
 
 ヨーロッパでは、もうかなり昔から実用化されているらしい。
15年くらい前、オランダのとある町で、ガソリン車乗り入れ禁止で、人力車のみ運転可能な街を教育TVで見た。勿論のろのろ運転だけど、大きな交通事故はないし、駐車場には困らないし、(若し駐車場に困ったら、立てて置けばいい・・笑)方向転換は、どこでも降りて反対斜線に置けばいい・・・勿論廃棄ガスなし。究極のエコカーで街も空気がきれい
・・
 その番組で、人力車でのスピードへの挑戦もやっていたのだけど、『ビーン』という自転車の回りを豆を横に立てたような流線型の外枠で被ったような人力車は、確か100km/h を越えていたと思う。空気抵抗さえ何とかなれば、水平方向の移動はかなり何とでもなるわけだ。

 と云う事で、ガソリンなどの化石燃料車の代替えエネルギーの車は、人力車が最高だと確信する。現在あるガソリンと電気のハイブリッドカーは、CO2排出レベルは通常のガソリン車の半分程度で、まだまだであることはこの前述べた。他の代替え車もかなりエネルギーを使う。燃料電池は注目しているが、その原料のH2と水素貯蔵合金について経済コストだけでなく環境コストもクリア出来そうにない。作る時の環境コストはかなり莫大だと思われる(経済コストなんてどうでもいいけど・・環境コストについて情報あれば宜しく。)

 もし、坂道や遠出が大変だと云うのなら、「そんなら行くな!」と言うべきだが、
 人力と電力のハイブリッド車ならなんとかなる。発電機だけでなく少し妥協して、充電器も付けて・。
 
 
現在、ヨーロッパ諸国では環境を優先するグリーンコンシューマが多いし、意識の低いアメリカだって日本だってロハスが増えて来ている。きっと、この人力と電力のハイブリッドカーは、セグウェイよりヒットするんじゃないかと思う。
 
 誰か、工学部の学生!人力と電力のハイブリッドカーを開発して見ないか?(もう出来ていたりして・・その場合、性能良くして普及させよう!!そう云えばこのブログの管理担当の2人は工学部だった!でも航空と建築・・航空の方は少々可能性あるか?)現存の自動車会社でもいいけれど・・ベンチャーもいいな・・早く開発して欲しい・・。


←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/25 18:45】 | 人力 トラックバック(0) |

すでに・・・
天地 はるな
べろタクシーって名前ですでにありますよ、人力車。

http://velotaxi.ko-co.jp/
これで通勤したいわヽ(゜∀゜)ノ

既にあるのは人力車でしょう!
雑草Z
 情報有難うございます。人力車はベロタクシーのずっと以前からかなり歴史は長い筈です。でもこのベロタクシー、タクシーレベルでも、もっと普及して欲しいですね。
 本文もう一度読んで下さいな。(って私の書き方が不完全?)。私が開発して欲しいと述べたのは、「人力と電力のハイブリッドカー」です。でも、重さの問題等色んな問題あります。人力のみで、マイカーレベルで普及出来たらそのほうがずっといいですね。オランダの町のように法律で普及させて欲しいという事です。

コメントを閉じる▲
2006-09-24 20:51
雑草

9月23日早朝
坂下厚生病院裏口正面の道路にて
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/24 20:51】 | 雑草の映像 トラックバック(0) |

素晴らしい!!!!
雑草
 コンクリートで固められて、一旦は住処を追われた雑草が、こうやって隙間をついて、コンクリを破って出てくるところが凄い!!!こういうシーンを見るとまだ頑張れる気になる。

管理人のみ閲覧できます
-


コメントを閉じる▲
2006-09-24 10:29
 高い建物を上ったり下がったりする設備で最も優れているものは何であろうか?
エレベーター?エスカレーター?いやいや絶対に階段である。
 緊急の災害時は当然である。しかし、普段だって最高の省エネだ!
 上に上るのって結構エネルギーを使う(坂道を登るとき体感するし、中学の<仕事とエネルギー>で学んだ筈。)。エレベータは下る時も、反対側に吊るされたおもりが上に上がるから、乗る人の重さとおもりの重さがつり合っていない限り結構なエネルギーを使う。日本中のエレベータ、エスカレータの使用をやめると、原発一基止められるなんて話も最近環境関係の仲間から聞いた。(確認しておかないと・・。)
 最高に愚かなのは、職場でエレベータばかり使って、運動不足になり、フィットネスクラブやジムに通う事。それこそ時間とお金と労力の無駄使い。階段の上り下りは、スポーツのトレーニングにも沢山取り入れられているように、いい運動になる。階段1歩あるいて寿命が何秒延びるなんて話もあるくらいだ。兎も角、階段で十分なのに、人様はエレベータ、エスカレータという文明の利器を作り上げて普及させた。経済的な事もある。時間の効率もある。(これを現代の「合理性」というらしいけれど、どっちが本当に合理的であろう?)
 自動車の使用と同様、エレベータ、エスカレータを使ってまで上に上がる価値なんてないのです。歩いて階段を上るのです。じゃあ超高層の建物はどうする?と言う話になるだろうけれど、普通の人が階段で上りたくないような建物は作るな!!って事。高層階に行く度に持って行く全てのものの位置エネルギーをいちいち上げてやるなんて、何と言うエネレギーの無駄使い!愚の骨頂!!。
 
 ちなみに私は、ほとんどエレベーターを使わない。普通の階段がないようなビルも多くて呆れるが、フロントなどで尋ねて、非常階段でも使うようにしている。いざ、地震になっても安心だ!!・・。
             (シンドラー社のエレベーターにだって乗らなくて済む・・)
 
 階段の上り下りの、エネルギー源は言うまでもなく人力だ。
 階段の事しか触れなかったが、一事が万事こういう事で、人力より優れていない機械と言うより寧ろ、環境破壊の悪魔の「便利」機械を作って、
エネルギー変換効率が抜群に優れ、環境に最も優しい人力
を葬り去っているのが現在主流の『科学、工学』,『経済効率』

 
 階段をみんなで使おう!! Staiway To Heaven!

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/24 10:29】 | 人力 トラックバック(0) |

同感です
t_de6
先日7階から1階に降りようとしたらエレベーターが混んでいたので階段でおりたら私のほうが早かったです(笑)

階段の上り下り
雑草
 エレベータって意外とエネルギー食うんです。
7階ぐらいの階段を、必要に応じて1日数回往復すれば、それで運動不足解消ですね。別に必要もないのに往復する事はないけれど・・
エレベータに乗ってジムに通う愚か者・・これって今の世の中の色んな無駄の縮図。本当に文明人って愚かですね。
 

コメントを閉じる▲
2006-09-23 12:24
昨日、日本の自家用車保有率を調べた。ネットで検索にひっかかってきたのは、保有率の高い県の統計のホームページかなんかで、その高さを誇っている感すらあった。物量を誇る(一時の)アメリカのように本当におバカだ。
 
 それは兎も角、案の定、ショウモナイデータがどんどん出てきた。全国平均自家用車保有台数は人口1000人あたり330人。免許なんて持てない子供や赤ん坊をまぜてだ!
そして1世帯あたり 1.1台。・・夢の物量おバカアメリカに近づいて来たぞ!!
 保有率の高い(誇らしい)県は、福井や富山、群馬に茨城、岐阜・・と公共交通の不便な田舎に多い。逆に公共交通手段の整った、マイカーのほとんど必要のない、東京が最下位。それでも人口1000人あたり240台、1世帯あたり0.54台。2世帯に1台持っている。
電車で行った方が早くて安くないか・・?
 
 結論から言うと、、持続可能な社会には、今の化石燃料車では絶対に無理。燃費が半分のハイブリッドカーでもましな程度でまだ駄目。(でも、2者択一ならハイブリッド・・その話は機会があれば・・)
 自動車の使用は早急に消防車だとか救急車だとかごく限られたものにしないと
 CO2(NOx,Sox)排出オーバーで、The End.

 人間1人分のCO2 排出量は、ガソリン約0.05リットルの燃焼で出てくる。燃費10km/リットル のガソリン車で500m走るだけ。燃費30km/リットル のハイブリッドカーやバイクでも1.5kmしか走れない。アイドリングの分を考えなくてだ(アイドリングについてはただ今実験中)。逆に云うと人間の燃費はいかにハイレベルかがわかる。(この事についても近いうちに述べる)

CO2排出量を90%以上カットしなければならない日本としては、(世界中何処でもだけど)化石燃料の自家用車を使う事は不可能だ!単位時間あたりCO2排出量が人間の1000倍の自動車に乗るとは、CO2排出量で言えば1000人の大名行列や鼓笛隊パレードやっているようなもの。各家庭が毎日毎日通勤や買い物で1000人の鼓笛隊パレードやってたら大変だ!世界中がこのペースなら、今世紀中に熱暴走して、Point Of No Return を過ぎ、手がつけられなくなる。

では、代替えエネルギーの自動車はと言うと、充電式の電気自動車は話にならない。その発電は火力、水力、原発だ!それにエネルギーは変換するときのロスが凄く大きい。化石燃料を燃やして発電してその電気エネルギーで走るのなら、直接燃料を燃やして走った方が効率いい。
 じゃ、抜群のエネルギー効率で、最高の代替えエネルギーは何か
と言うと、間違いなく人力。・・だから、
代替え車は・・人力車=自転車ということになる。

 それだけでも生活圏はこじんまりとまとまらなければいけない。小さなコミュニティー。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/23 12:24】 | Produce less トラックバック(0) |
2006-09-22 21:35
 前にも述べたけれど、自動車通勤して、ガソリンを消費して二酸化炭素を排出するという代償を払ってまでしなければならない仕事なんてほとんどない。
 
 私も様々な事で、エコ生活を心掛けている。しかし、片道約30kmの道のりをマイカー通勤している事で、日本人1人あたりの平均のCO2排出量、則ち環境破壊度を上回っているに違いない。消灯や風呂の水や熱の節約、エアコンや暖房の非使用などで節約しても、自動車で1往復すれば、その節約を軽く上回る。環境破壊のオーダーが違う。自家用車にばんばん乗っていて、環境保護運動家を名乗るのは気が引ける。
 
  『通勤は徒歩や自転車でいける距離にすべき』
 と云うのが私の持論。そうすれば、移動のためのCO2排出はほとんどなくなるわけで、かなり大きなパーセンテージのCO2削減になる。

 私の通勤距離は遠すぎる。しかし、主義は若干でも貫きたい。
だから、少々遠いが自転車通勤を考える。
と、云う事で今日、降水確率が少なかったので自転車通勤してみた。8月の2回の試みに続き3度目だ。

 私が本年度から通っている猪苗代町は、私の住んでいる町より最短で28.4km。標高で100m以上は高い。行きは4割くらい登りだ。往路2時間、復路1時間半の目安だ。
 
 私の自転車は、町内の自転車屋さんから買った6段切り替え。
距離メーター兼時速メーターも付けた。これが目安になり、励みにもなる。
 
 平地は20km/h くらい。登り坂は10km/h以上が目安。勿論急な登りは、歩く早さ7km/hくらいまでスピードが下がってしまう。 
 逆にそんな坂は、帰りは下り坂となり、40km/h を超える位のスピードまででる。ブレーキをかけないと50km/hを超える事もあった。ちょっと恐い。

 私の自転車通勤のモットーは、
 頑張らないでチンタラ漕ぐ。』
 まあ、登り坂などで降りて歩いたりすると、もう漕ぎたくなくなるから、そこそこは頑張るが、目的は体を鍛える事でも、精神力をつける事でも、筋力・持久力を自慢する事でもなく、あくまで
   『省エネ』
 まあ、確かにその副産物として、目的意外のいいこともいろいろあるが・・。
 
 1往復で4リットル余りのガソリンを節約出来る。CO2 をはじめとして、NOx ,SOx など、10kg ほどを排出しないで済む。これは、CO2の排出量で云うと、人間1人の80日分の呼吸に相当する。

 道は車道を通ったり、歩道を通ったりまちまちだが、歩道の整備は良くない。
でも、整備はして欲しくない。これ以上道を、田んぼや林に広げて欲しくないし、歩道のコンクリートの隙間から目一杯伸びている雑草を刈ってもらっては困る。
 まあ、確かにスピード出てると危ないけれど、私の通る歩道の雑草だけで何人分もの二酸化炭素を吸収して酸素を出している筈だし、すれ違いざま体に触れる雑草も心地よい。何より、コンクリを割って出てくる雑草の生命力に、文明を否定して自然に戻ろうとする意欲を実感出来る。

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/22 21:35】 | 身近なエコ トラックバック(0) |
2006-09-21 02:17
 皆さん、『かわりぶな』ってご存じですか?・・・きっとご存じないでしょう。
先日、子供たちと雑魚捕り([ざっことり] と発音しよう!特に会津のジモティ)して、ふと思い出した。『変わり鮒』・・会津の、若しかしたら、この坂下町のごく一部の人しかわからないかも知れない。この、地元の人が、いつの頃か呼び始めたのではないか?そして、今は死語だろう? 
 
 幼い頃、近所の子供たちの雑魚捕りの目的は、フナッコやボヤッコ(今の子供たちは、「アブラハヤという正式名称を知っているが、当時のコメラ[子供達]は、みんな「ボヤッコ」と言っていた。)を捕る事であった。そして勿論、大きなフナッコを捕ると、自慢になったものだ。
 しかし、コメラがそれよりももっともっと貴重で、凄く捕りたいと希望した魚、捕ると大いなる自慢になった魚、それが、『幻の変わりブナ』であった。『幻』と、書いたが、それはしっかり『存在』し、たまにではあるが、ちゃんと捕れた。
 私自身も確かに何度か捕った。
 どんな魚かと云うと、体が透き通って、青や赤の寒天のような体の内部が見える熱帯魚のような小さなフナだ。うろこがなかったかも知れない。近所の年上のガキ大将は、「ドイツゴイ」だと言っていたが、図鑑で見たとき違っていた記憶がある。それに、鯉と云うよりはやはり鮒だ。
 
 水槽に入れて横から見ると、確かに一匹だけ、異様な美しさを放っていた。(ちょっとばかりグロかも知れない。)
 TV番組「探偵ナイトスクープ」で調べて欲しいものだが、無理な気もする。

 そう云う種類なのかも知れないが、農薬による『奇形』ではないかとも思う。そう云えば、体がS字のように曲がったままのドジョウもたまに捕れた。これこそ農薬などによる『奇形』に違いない。

 農薬は今、規制されていて『奇形』は減ったかも知れない。

 今、在るのだろうか?誰か知っていたら、是非教えて欲しい。情報を下さい!!
 そうだ!自分でももう少し雑魚捕りをして、子供達(勿論國分少年も一緒・・将来の町長は、地元の秘密を知っておくべきだ!)と一緒に捜したい。
 奇形だったら嫌だけど・・ロマンも感じる。でも、どっちにしても、子供たちにとっても貴重な経験になることだろう。しばらく、週末ごとに雑魚捕りやろう。勿論目的の『変わりブナ』以外は逃がすのが基本。
 捕ったら、共同管理人の國分少年(大学1年生)が、画像をアップしてくれる筈。
 
期待せずにお楽しみに!!!!
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/21 02:17】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |


魚食わず嫌い
きっと「かわりぶな」って「タナゴ」のことじゃないんでしょうか?
http://contents.kids.yahoo.co.jp/zukan/fish/card/0039.html
どうでしょう?

川の生態系について驚いたことについて書こうと思います。
小学校のとき庭の梅の木の枝を竿に、近くの川に釣りに行きました。いつものようにハヤやフナを釣っていたら真っ赤なかなりデカイやつがかかりました。鯉かと思いましたが口を見るとヒゲがない・・・まるまる太った金魚だったのです。川にいるもんなんですね金魚・・・

兎も角情報有難う御座いました。
雑草
たなごの画像見せて戴きました。いわゆるふつうの「たなごという川魚」ですね。  私はあれには「異様な美しさ」や「グロ」という表現は使わないと思います。まあ、たなごの変異の可能性も少しありますね。
 ついでに別の画像なども色々調べてみました。「ドイツ鯉」は、昔図鑑で見た普通の鯉の色、即ち、黒っぽい色・・以外に、錦鯉の元になった色々なカラフルな模様の種類もあり、説明に
 「ドイツ鯉は、ウロコがなく、つるんとした体で、鏡鯉と云われる」とありました。だからドイツ鯉の可能性もあります。多くのドイツ鯉の画像から、若干似てるのも見つけました。まあ、私の見た変わりブナは1~3cm の小さいものばかりでしたが・・・ 
 「変わりブナ」を何に例えればいいか考えると、丁度、「練り物の和菓子で作った魚」って感じです。
 「たなご」のように「ウロコ」にうすい赤や青色を帯びているのではなく、透き通った体の中に赤(桃色)の部分や青(藍色)の部分がはっきり見えるって感じです。ウロコの模様ではないと思われます。だから、奇形や突然変異にも感じるのです。いわゆる普通の「ウロコ」の存在を感じさせません。

 // 日本ではこれだけ広く長い歴史があるのだから、金魚や錦鯉が川を泳いでいる事は、よくあることだと思います。私も何度か見かけた事があります。もっと最近飼われるようになった色々な外国産のペットでさえ日本で繁殖している例は沢山あるのですから・・。


田舎は田舎のままで
青菜漬
それはフナの透明鱗の個体です。
個体によっては鱗の透明具合にかなりの差があるようです。
全ての鱗が透明なものを全透明鱗、部分的に透明なものをモザイク透明鱗といいます。
これは鱗の裏側にある、鱗の金属光沢の元となる虹色素胞が失われて光が透過するようになったもので、劣性遺伝のようです。

この透明鱗は色々な魚で見られるようですが、なぜか特にフナの仲間に多く見られるそうです。

夫がこどもの頃ですから30年以上も前になりますが、たまに透明なフナを釣っていたそうです。しかし、同じく同世代の釣り好きの近所の人は「見たことがない。」と言っていました。
ということは、やはり珍しいものなのでしょう。


夫も雑草さんと同じように、たまに末の娘を連れて網で魚捕りに行きますが、昔ほどではないにせよ、結構いろいろなものが捕れますね。この間は、裏の用水路でタナゴを捕りました。
その前は50㎝弱のコイを7匹とナマズを捕ってきました。
近くの用水路のマスでです。
用水路は基盤整備により全てコンクリートに変わってしまいましたが、場所は限られるものの普通に蛍は2種類見られるし、まだまだ捨てたもんじゃないな、と思います。
とはいうものの、毎年、「今年は大丈夫か。いるか。」と心配しながら6月を迎えているのが現実です。

雑草さんの勤務先は猪苗代でしたよね。透明鱗個体については猪苗代の県の淡水試験場に行けば詳しく聞けるのではないでしょうか。

ちなみにたぶん、雑草さんとうちの所の水系は同じです。















間違いないでしょう。有難うございます。
雑草
 そうです。まさにそのとおりです。フナの鱗が、透き通っている、または、はがれてなくなったって云うイメージです。それに、確かに鱗の透明度にも差がありました。モザイク透明鱗もいたから、鱗が「はがれた」と感じたのだと思います。
 貴重な情報有難うございました。こんなに早くわかるとは思いもよりませんでした。
農薬による奇形ではなく、「劣性遺伝」で良かったと思います。劣性遺伝の固体という事は、今でも見つけられる可能性は高いですね。
 青菜漬さんは、ずいぶんお詳しいようですが、その専門家でいらっしゃいますか?
 青菜漬さんの家の付近には普通に蛍も見られるなんて、いい環境ですね。近くならば、是非とも教えてください。
 田舎の里山を守る(何か作るのではなく、出来るだけ手をつけない)お話などもしたいですね。なんとなく美里町の方のような気がしますが、是非連絡いただきたいと思います。
週末にでも家族で待ち合わせ致しませんか?場所と時間をお教え戴ければ出向きますので・・
 青菜漬さんは、なんとなく私の事をご存知のような気が致しますが・・?
 

皆さん行ったことありますか
青菜漬
すみません。猪苗代にある淡水魚の試験場は「内水面水産試験場」でした。
淡水魚館の奥にあります。
毎年、夏休みの最後の土曜日に行われる(今年は8/19)参観デーの時にはニジマスなどの「ちびっこ魚つかみ」があります。
素手なのと、コンクリートのいけすでやるので魚が隠れるところがないので、慣れていないとなかなか難しいようです。また、捕まえるには強い欲求と気合いが必要なようです。今年は残念ながら行けませんでしたが、娘が小学生のうちは行きたいと思っています。行く時はいつも淡水魚館見学とセットです。

雑草さんは行ったことがありますか?


田舎の里山というものは昔から利用されてきて里山として成り立ってきたわけで、里山を守るということは手を加えないということではないと思います。(ここでいう里山とはもちろん、広葉樹の山です。)
これは農地にも言えることですが、長い間人の手が加わって成り立ってきた自然ということです。
それが高度経済成長以降の経済活動に伴う、スギの一斉造林や基盤整備によって田舎の自然は変わってしまいました。

長くなりそうなのとまとまりがつかなくなりそうなので、このあたりでやめますが、
里山を里山たらしめるためには積極的に人が入って利用しなければならない、というのが私の考え方です。そして、里山を守るということは、その利用の仕方を学び、それを後世に伝えて行くことだと思います。一方で、原生林や特に尾瀬などは一般の人の立ち入りを規制して保存に努めるべきだとも考えています。このままでは本来、そこには存在しない植物がはびこって、生態系を変えてしまう危険性があまりにも大きすぎると思うのです。

いい環境・・・本当にそうでしょうか。
かろうじて残っているような気がします。ちょっとした環境の変化でいつでもいなくなってしまうような、そんな不安定な状況下にあるような気がしてなりません。
あのコンクリートの用水路でどこでどのように繁殖しているのか本当に不思議なんです。
そこは通学路で、3年前にはクリスマスツリーの電飾を見ているようにたくさんの蛍がいたんです。でも、あれほどの蛍はあれから見ていません。それなりの数はいますが・・・

あと、我が家は雑草さんのお考えになっている通りの所です。
是非、一緒にざっこ捕りしましょう。
ただ、残念なことにあの後、どこのマスにもコイが見あたらないのです。やっぱり勇気を出して一声かけるべきでした。
後悔しています。





















いつか自転車でざっことりに行きたいと・・
雑草
自転車で美里町なら、猪苗代まで通うのより楽です。娘に自転車で遠出させるいい経験にもなります。寒くなってきましたが、まだ大丈夫でしょうか?私どもの家から10kmくらいでしょうか?

 //確かに里山は人間が手を加えてきたもので、人間が守らなければならない部分は多いのですが、コンクリートのマスで囲うとか手を加えすぎです。
 例えば北会津のトゲチョ(イトヨ)の湧き水も、数年前に工事して岩で囲ったりしましたが、以前のほうが良かったと思います。あまり知られていませんが、北会津には護岸していない自然の湧き水の場所にもイトヨの生息地がいくつかあってそのほうが野趣溢れています。そっちのほうはそのままにして置いて欲しいものです。
 私が「手を加えないほうがいい」と言うのは、ゼネコンなどの整備という意味においてです。「里山を守ろう!」という掛け声の下に、ゼネコンが入っておかしくした例はいくらでもあります。護岸工事によって河畔林がなくされ、生態系が壊されている被害例は沢山あります。

//「かろうじて残っている自然」と言うのは全くそのとおりです。しかし、いまだに蛍が飛び交う里山は、他と比べれば相対的に「いい環境」ですね。蛍はご主人の子供の頃からずっといるのですか?それとも最近復活してきたのですか?
 また例に出しますが、北会津の「蛍の里」のように、人工的に作ってもあれしかいなくて「蛍祭り」によそから蛍を買ってくるのも悲しいものがあります。
手を加えるにしても、コンクリートを使わずに、そこの場所の土を最大限に利用して作るべきだと思います。
これからも、貴重な情報や素晴らしいご意見宜しくお願い致します。魚とり楽しみに致しております。


コメントを閉じる▲
2006-09-20 00:22
 計画経済と言うとまた、共産主義か?って思われるかも知れないが、特に否定もしない(どっちでもいい・・というかどっちでもないというか・・)
 言える事は、マルクス経済は、無限の土地と経済成長を目標としているから、時代性を考慮しても愚かな社会科学である。(学生時代の教養のマルクス経済は面白かったけど・・) 
 
 それは兎も角、今の世の中、要らない経済活動ばかり。と言うより、やってはいけない経済活動が90%以上、いや、個人的には99%以上だと思う。わざわざ需要を作り出して、今でこそ必要に見える仕事も元々は必要がなかったものばかり。
   (このブログで、だんだん要らない仕事の例を書いていこうと思う。)

  世の中に最低限必要なものは何かと言えば、贅沢にならない程度の 衣・食・住 であろう。特に、食は食品加工でなく一次的な食料生産。その必要最小限を安定供給出来るキャパををしっかり把握する。そしてその後に贅沢分として+αの量を地球のキャパシティを考慮して、持続可能な量にする。これを私は「計画経済」と呼んでみた。(「経済」と云う呼び名は耳障りだけれど・・。)

 地上にはこれだけ人が溢れ、それも、ひとりで必要最小限の何百倍、何千倍もの(エネルギー及び物質の)消費をする「先進国の文明人」がいて、今はこの地球のキャパシティーをかなり越えてしまっている。

 今の経済発展は必ず破綻する。だから、必ず「計画経済」に移行しなければならない時がくる。これが早ければ早い程、人類破滅を回避出来る。永続可能な社会へ移行するチャンスがある。社会の人々が気付くか気付かないか・・社会として実行するかしないか・・実行の前に Point Of No Return  が過ぎてしまえば実質上のゲームオーバー。
 
 「経済縮小」というとネガティブな響きがあるかも知れない(私には心地よい響き)。しかしそれは、あくせく働かずに、ワークシェアリングして、のんびりスローライフしようと言う事。
 これは絶滅かのんびりかの二者択一
  Point Of No Return が過ぎてしまうか、永続可能な社会へ移行するか?21世紀はこのどちらかに決まる世紀である。
 
 みんなで、このままでは終わりだ!と、声を大にして言い、早く経済活動をストップしよう!      

経済発展すれば絶滅
  経済縮小すれば、あんまり働かないスローライフ
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/20 00:22】 | Produce less トラックバック(0) |


通りすがり
経済縮小したら雇用も縮小して失業者が増えませんかね?

それがまさに典型的ケインズ経済ですね!
雑草Z
 先ず、雇用だけの為の仕事は、必要のないものです。必要のないだけなら存在しても大して問題になりませんが、例えば大型公共工事の多目的ダム(別名無目的ダム)のほとんどは、明らかに環境破壊です。最大の目的は雇用と企業に儲けさせる為です。公共事業でなくとも、物を浪費するほど雇用が増えるのが現在の自由経済です。明らかに持続不可能です。何も作らずにお金だけ渡したほうがよっぽど社会の為でしょう。
 だからその分経済を縮小して、計画経済にしてワークシェアリングにして、1人あたりの労働時間を大幅に減らすなどしたほうがいいということです。社会のシステムを変えて国家で持続可能な社会の妨げになる事業は制限すべきという事です。
 
 GDPが豊かさの指標という洗脳から脱すべきです。 

コメントを閉じる▲
2006-09-19 07:03
 私が幼い頃、今の町に住んでいた頃、雑魚とり(ざっことり)は、男の子に人気の遊びであった。私は特に大好きで、夏の時期は毎日のようにしていた。竹を半円形に曲げて、それに網を張った半円形の扇形の網を川(用水路兼排水路・・全用途用水路)にしかけ、上流から棒で追ってくる。網を仕掛けてすくう者。棒で追う者。獲った魚を入れたバケツを持つ者・・・

 10年程前この町に戻って来たら、雑魚とりなんて見かけなくなってしまった・・・

 時々母から、ナマズを捕っている子供を見かけたと等言う話を聞いて確かめたいものだと思っていた。

 先週、小学生の娘を友達の家に迎えに行ったら、何と、娘と友達の何人かの女の子たちだけで、[たつの川」(漢字は分からない)で、魚捕りをしていた。幼い私には少しばかり大き過ぎて雑魚とり出来なかった川だ。網は、竹の棒に針金で丸くして網を張った、丁度、釣りの時、最後に水からすくうときに使うような網。それで変わりばんこに魚を救おうとしていた。でもその網じゃあ なかなか捕れない。
 
 嬉しくなった私は、次週、即ち昨日、例の半円扇形の網を持っているという大学生の國分少年と、更に私が中学生くらいに(会津に来た時に)「たつの川」の大物狙いで買った同じ半円形でもずっと大きく目の荒い網を持って娘をつれてたつの川へ行った。
 先週も一緒にとっていた娘の友達3人と合流した。
 昔よりだいぶ魚の数は減っていたが、國分少年の持って来た小さい方の網の威力は素晴らしかった。ボヤッコ(アブラハヤ?)を中心に、ドジョウ、ザリガニ、フナを次々に捕っていった。
おまけにカラス貝や巻き貝、更には自分が子供の頃には見かけた記憶のないシジミ貝まで網ですくえた。
 すくって水から上げた網の中に沢山の魚が入っていると、子供たちは、歓喜の声を叫びあげた。
 小学2年と言う小さな子なんて川(用水路兼排水路)にかけてあるコンクリートで固めてある橋(と言うか何と言うか)の、下が1mの高さもない所の下に何度ももぐってくぐり抜けて魚を追った。

1時間程雑魚取りをして、ザリガニを残してリリースしようと言ったらみんな素直に応じて捕った魚を逃がした。沢山取れたザリガニは、昔のブラックバスだ。食料危機に備えて食べてみるのもいいかなあ?と、ホンの少し思ったけれど、小さな女の子2人が飼いたいとの事で、持たせてあげた。

こう言う身近な里山で遊ぶって楽しいし、大切な事だ!本当に楽しい午後であった。

どんな都会でも、歩いて(自転車で)行ける身近な範囲に里山があるべきだ。

頬笑ましい光景


ばしゃばしゃ


ぼやっこ


魚待ち


ザリガニ2


RELEASE

←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/19 07:03】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

たつのかわ
坂番
「たつのかわ」は辰の川でしたよ!

将来の町長様、有り難う御座います
雑草
 画像のアップだけでなく、「たつの川」の漢字まで調べて下さって有難う!よく調べましたね。君の人脈ですか?ついでにその人脈で「変わりぶな」も調べて下さい。この前「ぼやっこ」ばかりで鮒はあまりとれませんでしたがね。そう言えば、今日「アブラハヤ」の画像見たけど、「ぼやっこ」とは少し違うような・・

コメントを閉じる▲
2006-09-18 10:33
 昨日、私の住む町の大きな行事である、秋祭りがあった。幼い頃この町を離れた私が、10年程前からこの町に移住して(戻って)来てからの心痛の種だ。
 町内会ごとに、祭りの2~3週間前から毎晩、山車を作って、子供たちを中心に仮装させてトラック等に乗せて町内を練り歩く。一緒に昔ながらの太鼓台もひいて歩く。こっちは、人力。
 
 私もここ数年は、祭りの1週間程前からと、後片付けくらいは手伝っていた。
しかしどうしても馴染めない。山車は町内会ごとに「千と千尋」だとか「ハリーポッター」だとか色々なテーマを決めて、大きなキャラクター等の山車を作るのだが、張り子だったり発泡スチロールだったりする。何処に売っているのか、大きな発泡スチロールのブロックを買って来て、切って削って作る。後片付けのとき、この発泡スチロールはゴミ袋に入れて出す。削った際の発泡スチロールのくずは雪のように風に飛ばされていく・・。
・・ひとつの小さな町内で、ダイオキシンの素がいとも簡単に消費されてゆく・・・

 数年前に提案して、なるべく毎年使い回ししようと言って、そう言う傾向も出て来たが、審査があるからと、新しいものを作りたがる。まあ、想像意欲旺盛で、色々作りたいのだろう。これも人間の本性のひとつだ。

 
 さて、私は今年は一切祭りの手伝いはしなかった。(祭り当日仕事もあったが。)でも、やはりそんな事では、効力がない。昔ながらの太鼓台を人が引くだけ。これを来年の町内会の総会などで提案したい。昔ながらの太鼓台を、はっぴやゆかたを来て、手ぬぐいを蒔いて、笛や太鼓で町を練り歩く・・これだけで十分情緒があり、楽しめる。出店もみんな使い捨て容器は廃止・・・まあ、中々賛同は得られないだろうけど。

年に1度の行事くらい・・という人がいるだろう。でも、これが、全国で行われている。今だに多くの「○○博覧会」,「○○フェスティバル」
などの前世紀的環境破壊遺物で、もっともっと大きな無駄が行われている。 

 経済を10分の1に押さえると言う事はこういう事。

 前準備も太鼓台を出すだけ、後かたずけも太鼓台をしまうだけ。
当日だけでも十分。プレッシャーもなく、楽ちん楽ちん!

 どうして祭りが面倒で疲れる必要があるのだろうか?
 祝って楽しむのが祭り! 
 楽で簡単な祭りが本来の姿!
であろう
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/18 10:33】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

ハレとケ
天地 はるな
正月がつまらなくなったのも、祭が楽しみでなくなったのも、普段の生活が贅沢すぎるから。
それ以上の派手さを祭に求めるもでしょうね。
普段が麦飯に一汁一菜の食生活なら、ご馳走が食べられるだけで、充分祭の満足感があったでしょね・・・。

こーき少年は「未来の町長」なんていわずに「未来の県知事」に!!( ̄▽ ̄)



普段の生活がで贅沢過ぎるなら
雑草Z
 昔の伝統的な質素な祭りを体験させると新鮮な発見、喜びがあるし、質素な生活を見直すいい機会になるかも知れませんね。

コメントを閉じる▲
2006-09-17 02:04
ところで経済活動が10分の1って、そんなに大変だろうか?
日本で言えば戦後何年かして、1950年を少し過ぎた頃GDPは現在の10分の1くらいだった。
 その頃、日本はまだ貧しかったなどとも言っているが、ホントにそうだのだろうか?もうその頃は戦後のドサクサも終わって、食料自給率も100パーセント近くに戻り、まだ自然環境も素晴らしかった筈だ。古き良き時代としてその前後の頃の事が描かれている小説、映画の類いも多い。資源や食物の輸入だって、今の量の10分の1を遙かに下回っていた筈だ。様々な(凶悪)犯罪だって、現代病の多くだって同じ様に少なかったり全然なかった筈だ。

 きっと、その時の最大の過ちは、もっともっとがむしゃらに頑張って働いて、日本を再建して、(物質的に)もっと豊かになろうと思った事に違いない。

 身近な経済活動って言えば、お金を得る為に働く事。それって楽しい事だろうか?現代の日本人って(日本に限らず、いわゆる「先進国」全部か)「生き甲斐、遣り甲斐のある仕事」と云う固定概念に縛られて、逆に苦しんでいる人の方が多くないか?
 お金を得る為に働く事を楽しく思う事が実は環境破壊の大本ではないか?


<以下、日本語の達者な素敵な凄腕ギタリスト、Marty Friedman の口調で・・>
 不景気が困るのは、相対的な不景気だからじゃん。必要のない環境破壊の仕事をして不景気だって言っているのがおかしいじゃん。みんな不景気でもみんな自給自足していれば、家族でゆっくり、ゆったり、ゆとり、ゆずりあい・・・これって交通標語にしておくのは惜しいじゃん。
 
 経済が発展しなくたって、全く不幸でないじゃん。
それどころか経済を縮小すればあくせく働かなくったていいんだよ。 本当に必要な食料生産などの仕事を今までの何倍もの人数でワークシェアリングすればいいのだから・・。
 
 発想の転換が必要ですよ!

 こういう頑張らなくってもいい世界ってよくない?
 
 そう言う世界って好きだけどなあ!

 
<ここんとこ数年、ちょっとだけマイブームのMartyが経済の事でコメントするのは聞いたことないけれど、こんな事言ってくれたら嬉しい。>
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/17 02:04】 | Produce less トラックバック(0) |

拝金主義
t_de6
ブログの移転おつかれさまです 管理人様は
HM/HRが好きなんですね 私も同じなんですよ
この現在の拝金主義&経済最優先はもう止めることが出来ないのではないかと個人的には思います あきらめの境地ですね
それに対して環境問題に真正面から立ち向かう管理人様は尊敬します。

感激しました
雑草
 移行前のブログに続き、移行後も励ましのコメントありがとうございます。伊藤政則氏の口癖を借りればコメントを読んで『背筋に電流が走るくらい勇気付けられました』おっしゃる通り現実は酷すぎますが、『そのとき』が来たら耐えられませんから、意気込まずに頑張るしかないですよね。お互い。

頑張りましょう
t_de6
今はひとりでも多くの人に環境問題の重大さを知ってもらい
意識を替えてもらうことが必要かと思います
一人一人の力は微々たるものですが
管理人さまと供に頑張っていきたいものです。


コメントを閉じる▲
2006-09-17 00:28
 
シャーレの中でバクテリアを培養すると、バクテリアは、始めは時間の指数関数的に増えてゆく。シャーレいっぱいに増えると、食べ物がなくなって、そのとき途端に絶滅を始める。絶滅が始まればカタストロフィー的に瞬間的に大量滅亡に向かう。
 
 以上が、経済成長してはいけない理由の本質である。

 経済や人口が指数関数的に増えたのは有史以来の事だが、特にこの 二,三百年。産業革命以後は指数関数にさらに加速がついて増えた。そして、このまま行けば絶滅が始まるのは今世紀中。もう前兆は20世紀から数え切れないほど起きている。

 具体的な例をあげよう。CO2排出量はほぼ、経済に比例している。
 みんなさんは現状のCO2排出量は、地球の吸収能力、すなわち植物等が光合成で、酸素や炭水化物等に同化できる量などをどのくらい上回っているかご存じだろうか?IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、3倍以上である。つまり、現在のCO2排出量を66パーセント以上は削減しなければならない。このままの二酸化炭素排出量が続けば、今世紀中に、地球は熱暴走して、手がつけられなくなる。(実は国連の環境部門では、京都議定書のお粗末さからも、温暖化防止はもはや手遅れと報告されている。)
 IPCCが報告している各国の必要削減量は、環境先進国が多いEUでさえ、90パーセント程、つまり現在の10分の1以下である。いわゆる「先進国」はみなそうである。最悪のアメリカに至っては96パーセント削減、つまり、25分の1以下にしなければならない。
 じゃ、この基準が達成出来ている国はあるのかと言うと、ちゃんとある。アフガニスタン、マダガスカル、コンゴ、ソマリア・・・つまりまだ「発展していない国」。国によってはあと数倍排出しても基準以下の国もある。(そう言う国をODAが「開発」して、CO2大量排出国に仕立て上げている・・話が拡散するのでこの話はまた別の機会・・)

 CO2排出量だけで「経済発展」は十分恐ろしい事は分かって戴けたと思う。
「科学の力」で解決出来る問題ではない。それは、科学の力の過信。少なくとも現在の科学力では無理だ。 
 では、どうすればいいのか?それは、経済活動の縮小のみ。"produce less"  
CO2排出量だけでなく、エネルギー消費、資源消費・・ほとんどの経済活動を10分の1以下に下げなければ、人類は生き残れない。

 
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/17 00:28】 | Produce less トラックバック(0) |
2006-09-16 14:09
 ちょっと身近な食料の自給率について述べてみる。
 
私が現在住んでいる福島県の会津地方は、今の日本の中でははかなりの田舎
 千葉ほどの面積で千葉の人口の半分もない。きっと食料自給率は楽に100パーセント越えているに違いない。大変素晴らしい環境である。
 と、言う事で、昨日、日本の各地の食料自給率を調べてみた。
 主な自給率は、カロリーベースと生産額ベースがあるが、勿論生産額ベースなんてほとんど無意味であるから、カロリーベースの話で進める。農水省の2004年度概算値のデータを中心に2003年度以前6年間の確定値も参考に使わせて戴く。


 自給率100パーセント超える都道府県は北海道と東北にしかない。東北では、青森、岩手、秋田、山形。
 1位の北海道は200パーセント位だから日本のオーストラリアってとこ(オーストラリア並みかそれを越えて欲しい)。2位が秋田の160パーセント、3位が山形の130パーセントでフランス並み。
(会津地方だけならどの位になるのであろうか?なんとか調べてみたい。)
 100パーセントにならない福島と宮城が80パーセントそこそこ。
 
他の地方では、
 90パーセント(を超えた年も多い)程度なのが新潟、佐賀。
 80パーセント程度が栃木、鹿児島
 70パーセント程度が茨城、富山
 
 いやあ、東北地方大活躍。東北地方だけなら独立国になれる。こんな感じで耕地があると、自給自足出来て安心した生活が出来るのだろう。きっと、昭和30年頃の日本は、もっと都市部でもこんな田園風景が広がっていたのだろう。

ちなみにワースト3は 
 東京1パーセント 、 大阪2パーセント 、神奈川3パーセント
で過去6年間不動の自給率と同じ数値の順位。
こう言う都道府県はあってはならない。
 オリンピック誘致なんてこと言ってる場合ではない。
 来るべき食糧危機に備えて、こう言う都市の近郊を里山化すべきだけれど・・・。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/16 14:09】 | 食料と人口 トラックバック(0) |
2006-09-15 06:59
適正な人口は、食料自給出来る範囲である。これは私の持論であるが、当然のことであろう。世界の人口の事を考えれば議論の余地はない。日本は輸入を前提としているから、今だに少子化を大問題化している。
 今の食料自給率40パーセントから言うと、5000万人程度が日本の適正人口である。
 さすがに農林水産省も自給率の低さを危惧して、これから10年ぐらいで、自給率のアップを目標にしているが、その目標値は、驚くなかれ、たった45パーセントである。45ポイントのアップではない。現在の40パーセントから45パーセントに10年間で引き上げる目標だ。
 確かに、現在の耕地面積等から計算して、生産性を上げたりする事で考えると農水省の考える45パーセントも[目標]になってしまうが、そんなもんでは済まされないだろう。10年後には食料輸入がほとんどなくなる可能性だって低くない。
 道路建設などやっている暇ではない。道路を作る時、必ず出す需要見込みは、最近大抵はずれて、見込みの何割かしか車は通らない。始めから道路を建設する為の見込みだから当然だ。
 食料の見込みは、そんなもんではないだろう。現在世界の飢餓人口はざっと10億。食料の分配の不平等もあるから、10億人分不足と言う訳ではないだろうが、10年後には世界の食料不足分は10億人分は軽く超える見込みである。20億人分に達するかも知れない。
 これは、道路族のつくった偽データでも何でもない。国連とか中立な立場の作ったデータだ。
 そうなったとき、日本は食料輸入は不可能だし、若し仮にお金で買える状態だったとして、他に飢えている国を横目に買うことになる。
 前回と重複して書いてしまったけれど、繰り返すが、多くの土地を、耕地にして、食料自給率を上げるべきだ。
 かといって、森林や諫早湾のような所を開拓すべきではない。それは、べつな大きな環境問題を引き起こすから。
 だから、ゴルフ場とかスキー場とかになるのだけれど、その土地は農薬などで、かなり死にかけている。土を見れば大変な事になっている。健康な土地に戻すのはかなり大変だ!
 農水省を始め、ここ数十年の日本の政治は大変な事をしてくれた。本当にもろい砂上の楼閣を作り上げた。
 
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/15 06:59】 | 食料と人口 トラックバック(0) |

承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
2006-09-11 23:50
日本が早急にやらなければならない事は、食料自給率を100パーセント位まで高める事である。先ず、何を置いてもやらなければならない。
 何故こんな事が、わからないのか、不思議でかつ歯がゆくてならない。
いわゆる先進国(この言葉、最悪だけど、一般的に使われているのでそのまま使わせて戴く)は、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストラリア、・・・日本を除き大体自給自足出来ている。日本より自給率の低い国は、戦時下のアフリカの国など、特殊な事情をかかえる数える程の国しかない。あの、北朝鮮でさえ、自給率70パーセントを越えている。
 日本だって50年程前までは、農民の人口が50パーセント以上で、食物自給率は100パーセントに近かった。いまは40パーセントを切っている。恐ろしい事である。この50年で、農業人口も10分の1くらいに減り5パーセント程になってしまった。農業人口が減った割には自給率が下がらない等と甘く見てはいけない。ただ、石油を大量に使う農業が増えて、一時的に生産効率が増えただけ。アメリカの様に土地が枯れ始めている農地も多い。やはり農業は、大規模経営ではよくない。
日本の食糧自給率が下がった背景は、工業生産の方が「経済効率」が良かったから。農業人口も第二次、第三次産業に移ってゆき、生存基盤である農地も潰されて、工業用地、宅地に変わっていった。今でさえ減反している。
 食物資源は世界中で確実に減っている。海や川の魚も減ってきたし、農地も潰され、やせてきた。食糧不足はすでに始まっている。中国が食糧輸入国に転じて、後数年で日本の人口分以上が不足すると言う予測だ。(中国の愚かな点は、日本の見かけの豊かさを見習って食糧自給率を下げてまでも経済優先にしている点だ。)
 兎も角、これから先、日本に安定的に食糧が輸入されるという保証はない。と言うより、今までの様に、食糧が輸入されるとは考えられない。今まで、経済力にものを言わせてプランテーションさえつくってその国の人々が困っていても食糧を輸入して、さらに残飯を大量に捨てて来た(1日1千万人分以上)が、いよいよそれもおオシマイだ。こんな事をずっとして来て「バチが当たる」に違いない。

 すぐそこに迫った危機を回避する為に、出来るだけの努力をすべきではないか?それが食糧自給率を上げる事。減反などもってのほか。今からすぐに米作り再開すべきだし、バブル時代の汚点、各地の失敗した「工業団地」やゴルフ場、テーマパークから、わけのわからん土地まで、農地にして自然農法で作物を作るべきだ。これらの土地を農地として使える様に戻すのも大変だろうけれど・・。でも、色んな意味で、森林を農地にするのは良くない。
差しあたってカロリーベースで100パーセントの自給率に早く近づける為に、農地は取りあえず穀物を中心とした植物であろう。放牧して肉食となると直接穀物を食べるに比べカロリーベースで10分の1になってしまうから。ベジタリアンと言うのは、環境にも優しいものだ。


今の世界の戦略の一番は食糧だ。核兵器より効果的な戦略かも知れない。今の日本なんか食物輸入させないと言われたらそれで逆らえなくなってしまう。
 アメリカを始め、世界の国は、食糧自給率が低い日本は、沈没(今リバイバルで流行っている「日本沈没」ではない・・)すると読んでいる事だろう。これだけ、食糧危機が回避出来ない状況になって来ているのに、食糧自給率を上げる対策がしっかりしていない日本は、アメリカのCIAと言わずとも、もう分析され切っていて砂上の楼閣だと思われている事だろう。

今は世界が繋がって来ているから、日本の食糧危機は日本だけでは済まない。地球環境も繋がっているので、全ての環境問題が複合形として出て来るだろう。そして日本ではきっと食糧不足が先ずどっと噴出して来るだろう。
 だから日本は、何と言っても食糧自給率100パーセントにする事が早急の課題。飢饉はすぐそこまで来ている。この事はかなりシビアーだ。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/11 23:50】 | 食料と人口 トラックバック(1) |

食料問題は
t_de6
まったくそのとうりだと思います 政府は経済発展など目先のことばかりに力を入れてますが手遅れにならない前に食料問題にも手を打ってほしいものです

コメント有り難うございます。
雑草
賛同頂き大変嬉しく思います。今の日本では100パーセントはかなり遠いのですが、そんなこと言ってられません。 事情によりブログを移動致しますが、このコメントも一緒に移動致してよろしいですか?
 
<コメントの移転お手数おかけ致しました。感謝いたします。>



トラックバックいただきますm(_ _)m
hitomi
はじめまして!
食物自給率については考えさせられる問題ですよね…
トラックバックいただきます(^-^)

食料問題は、かなりシビアになるでしょう
雑草Z
 記事の初期まで遡ってのコメント有難う御座います。でもこのコメントだけでは、あなたの意図がかなり不透明です。

日本の土力
団塊おやじの遺言
やっと国が食料自給率50%の目標を発表しましたが・・
循環型の農法は始まらない各自治体で家庭から出る生ゴミの堆肥化を推進しているがほんの一部が現状 ここ東京こそ資源の宝庫であり無駄が多い地域 この資源を燃やす事は止めて畑に還元しなければ土の力は回復しない これは農業関係者であれば当たり前の事 なぜしない 何故出来ないのかを聞きたい これだけゴミの分別等が行われている時なのに
非常事態が起き無いとは誰も言えなくなっている・・
日本の国力は地力にある・・誰も反対はしない

循環型都市
雑草Z
     団塊おやじの遺言さま

 資源や廃棄物の捨て場の枯渇対策の基本は、循環する物質を使う事が基本ですね。
 農業であれば、生ゴミはもとより、糞尿もしっかり使うべきでしょう。
 江戸は、300万人以上の人口を300年以上維持しても、伝染病もあまりない清潔な巨大都市だったのは、ほとんどすべてのものが循環利用されていたからですね。糞尿も武蔵野などの肥料となりましたし、海に汚染水が流されたと言っても、その汚染物質は生物起源の栄養でしたから、東京湾の魚介類、海藻を豊富にしました。
 石油や鉱物や化学物質での汚染とは根本的に違いますね。

>やっと国が食料自給率50%の目標

 50%なんてのは、本腰を入れればすぐ達成可能でしょうね。やはり100%目指すべきでしょう。


耕作放棄地の見直し
地下水
 今水田の1/3が休耕田で、950万トンの消費に対して、1400万トンの潜在生産量があるそうです。米粉の細粉技術の開発により小麦代替米粉の製造が可能になり、米粉パンや米粉うどん・ラーメンが可能になった今日、増産すべき時が来ている様です。また適切な飼料用米が開発されたので牛、豚、鶏も喜んで食べるそうで、併せて増産すべき時が来ている様です。飼料の方は自給率10%だそうで深刻です。これらの為に、減反見直し、耕作放棄地の再生の援助、作付け転換への保護、農産物輸入の見直しなどの政策も必要な様です。
 単純計算で、これで60%までは回復しますが、さてそれからは、和食への転換でしょう。一方で磯焼けも多く、CO2による海洋酸性化などで2050年には漁業が壊滅的打撃を受けると言われていますので心配です。
 クジラが人の4倍近く魚を食べていると言う話も聞きますが、本当ならクジラを捕ったら、魚が増えるでしょう。


Re:耕作放棄地の見直し
雑草Z
    地下水さん

お久し振りのコメント有難う御座います。食料自給に関する様々な情報や御意見、大変参考になりました。

>小麦代替米粉の製造が可能
>適切な飼料用米が開発

情報有難う御座います。どちらもそれほど難しくない技術に感じますが、今までかかったのは、アメリカの思惑が関係しているのでしょうか?

まあ、牛、豚、鶏等の家畜に小麦や米を食べさせると言うのも考えものですね。

>小麦代替米粉
はかなり有効だと感じます。

>単純計算で、これで60%までは回復しますが、さてそれからは、和食への転換でしょう。

これで現在の5割アップの60%になるのは素晴らしいです。
日本では、かなりの食料を無駄にしていますから、現在流通している食料の4割が流通から無くなっても、捨てる分やダイエットしている分など贅沢せずに節約すれば、そこからもう少し農業生産を上げれば何とかなるでしょう。・・おっしゃるように和食への転換・・肉食を減らす・・・も有効ですね。それから、ゴルフ場などの農地への転換でしょう。
・・問題は石油依存でしょうね。石油が無くなってもそれだけの食料生産を維持出来るかです。

>磯焼けも多く、CO2による海洋酸性化などで2050年には漁業が壊滅的打撃を受けると言われていますので心配です。

磯焼け(・・この表現、初めて知りました・・)は深刻な問題ですね。原因はCO2による海洋酸性化だけのせいではなく、総合汚染でしょうね。確かに世界中の海岸の生態系が大きく破壊されていますね。世界の海で魚が獲れなくなったら人類もお仕舞いでしょうね。

>クジラが人の4倍近く魚を食べていると言う話も聞きますが、

これって、世界中の人間が食べる魚介類の4倍近くの量を世界中のクジラが食べると言う事でしょうか?・・・ちょっと信じられないような数値です。人間と同じだけ・・・と言われても多く感じてしまいます・・・・でもそれだけ人間が多過ぎるとも言えましょう。

磯焼け
guyver1092
 石灰藻がすべてを覆い尽くして、それ以外の海藻が死滅することですね。海藻がなくなるので、海の動物がすべていなくなってしまうので海の砂漠化現象といわれているのですね。

Re:磯焼け
雑草Z
>石灰藻がすべてを覆い尽くして、それ以外の海藻が死滅すること

石灰藻、石灰化・・と言うのなら海中の二酸化炭素濃度の増加が大きく影響しているのかもしれませんね。しかし

>海藻がなくなるので、海の動物がすべていなくなってしまうので海の砂漠化現象といわれている

のように、ある沿岸海域に生息する海藻の多くが死滅し、それに伴って水棲生物も減少し、漁業に大きな打撃を与える現象の事と考えると原因は二酸化炭素に特定は出来ないようですね。
 原因をネットで調べてみると色々な説がありはっきりと特定されていないようですが、やっぱり人間の環境破壊、環境汚染が原因でしょうね。海に行くと至る所で磯焼けではないかと思われる場所が目に止まります。



コメントを閉じる▲
2006-09-10 23:49
今、特に日本では、直接、間接、石油を消費していない仕事はほとんどない。農業、漁業、製造業、医者、教師、その他のサービス業・・・

 ひとつひとつ具体的に説明する気はないけれど、例えば私は現在住んでいる町から30km 程離れた場所に自動車通勤している(自動車通勤はすべきでない・・この事についてはまた別の機会があれば・・)そこそこ燃費のいい私の車でも1往復約60kmで、5リットル弱のガソリンを消費している。アバウトに計算してこれで排出される二酸化炭素の量は15kg。人間一人の呼吸による二酸化炭素の排出量のおよそ100日分だ。通勤だけでだ。その代償を払うだけの仕事を私はしていない。断言する。仕事に行かずに休んで迷惑かけても、大きな目で見れば世の為人の為(笑)。じゃ何故仕事を辞めないかと言うと、自分を含めた家族の為となるーそして、これが、今の(日本の)経済のシステムの本質だ。

 農業だって、今の日本やアメリカは土と太陽と水が作物を育てると言うより、石油で育てているって感じの農業が多い。季節外れの野菜や果物なんか、温室で石油をたいて栽培したりしている!法律で規制しないのが歯がゆい。
 それで日本のエネルギー自給率は、10パーセント以下。まあ、自給率が高ければ、石油を使っていいかと言う話ではないが・・。
 
 ほとんどの職業がそれだけのCO2を排出してまで、する必要がない。というかすべきでない。
 日本で、ネパールやソマリヤの原住民並のCO2排出レベル、即ち人間の呼吸で排出する量の数倍程度しかCO2を排出しない人はどんな人々か考えると、ホームレスの人々などであろう。(特別な金持ちのホームレスは除く)。ホームレスの人々は町を汚すなどととんでもない事をいう人もいるけれど、そんな文句を言う人の方が、よっぽど、町だけでなく、地球を汚している。「ホームレス」とは、その名の通り家がない。住処はその辺から拾ってきた段ボール等。貴重な木材資源をほとんど使わない。家を作る為に東南アジアやツンドラ地帯の木を切り倒さなくて済む。望む、望まざるにかかわらず、自由人で、究極のエコの形に近い。彼等ほど、迷惑をかけてない人が他に日本に何人いるであろうか?・・・
 ニートだって、他の職業人より、資源を浪費していないであろう。頑張って働いている人の方が偉いという発想は危うい。
 
 私は、ホームレスになるほどの達観や勇気がないから今の仕事を続けている。ニート対策よりも、石油を始め、エネルギーを使わない職業の再編成が必須。ーそれは、小さなコミュニティ単位の自給自足であろう。
 近代の「経済」を知っているという固定概念の持ち主は「ホームレスばかりだったら外貨を稼げないから、日本は終わりだ。」と言うであろう。確かにそうかも知れない。けれど、そんな、食料もエネルギーも外国に頼っている事が最も悪い根本原因。外貨を稼いでも、こんな石油漬けで稼いでいては、やっぱりオシマイ。他の国を巻き添えにしている分もっと酷い。食料自給率は100パーセント以上に、エネルギー消費は10分の1以下に。これ早急の課題。それまで経済活動お休み・・すべきだけれど食料自給率30パーセントでは、それさえ出来ない。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/10 23:49】 | 環境総論 トラックバック(0) |
2006-09-09 23:47
ゴミ問題の根本的解決法は ”Produce less” しかない。
 よく言われる4つのRのうち、Refuse が 最も大切 。そして Reduce も極端に実行しなければならない。極端とは今の10分の1以下と言う事。以上2つを極端に実行する必要があり、それが”Produce less”。その後に Reuse がきて、Recycle はホントにホントに最後のごくわずかの対処療法。

 Recycle は、かなりエネルギーを使う。資源として回収するのに運搬するエネルギー、また、資源に戻す為に解体したり溶かしたりするエネルギー。かといって、資源に戻すのではなくゴミなんかで別のものを作るのは、やらないよりはましな程度。例えば牛乳パックでリサイクル工作と言って、さらに塗料や接着剤を使う。そして出来てもしばらくするとゴミになる場合が多い。勿論同じ工作をするなら、新しい材料ではなくゴミを使った方がいい。しかし、作らないのが一番よい。

 何か今の日本を見ていると、4つのRの最も最後に来るリサイクルに熱心で、さも素晴らしいゴミ対策の様に宣伝して運動し、その前の3つのRは、経済に逆効果と言う事で、あまり考えられていない。「ゴミの減量」も「生産の減量」無くしては無理な事が誰にだって明白。リサイクルすら考えない意識の低い民族だから、先ず「リサイクル」と言うのでは間に合わない。


 さて、私に、「Produce less が唯一の方法。」と言った、当時のドイツの学生。今でも私同様変わり者扱いされているかもしれないけれど、こう言う意識をもった若者が指数関数的に増えてくれるのが私の希望である。それが、ゴミ問題だけでなく、全ての環境問題の解決に繋がる。私は、青少年にこういう現状に対する知識を持たせる事が大切であると考え、微力ながら、実行している。

 今マスコミがもてはやしている青年実業家など一人もいらない。いや、いらないどころか、そんな青年実業家達が人類の滅亡へのカウントダウンを速めている。

 Produce less は、かなり大きな構造改革になるであろう。いつかそうしなければならないのは明らかであるが、本当は、環境問題が『公害』と呼ばれていた1970年代から始めるべき事であった。子供の頃、そう言う対策はしっかり論議され始めていると思っていた。それから、30年以上も過ぎて、Point Of No Return も迫っている。(まだ、過ぎていないと考えよう!)全ての政治政策で、すぐに実行すべき事である。

 『人類は、便利な事を覚えてしまったら、もう元へは戻れない』なんてのはかなりの詭弁。それは、環境問題を甘く見ているからに過ぎない。例えば、ダイオキシンで日本が汚染されて(事実ダイオキシン汚染は抜群に世界一だけど)これ以上都市部に住む事は不可能です。住んでいたらすぐに死にます。山間部に避難する人は、込み合うので、住む人々の環境確保の為、自動車やパソコン等文明的なものを全て持ち込まず、移住しても家は建てない事・・・って言われても、大多数の人はパニックを起こしながら、都市部に残らずにほとんど移住するに違いない。。今の話は極端のようだけれど、こう言う措置をしなければならない時がきっと来る。
 これは、予言者の言葉ではなくて、普通に考えれば当然の結果。信用置けないなら、普通に信頼の置ける国連なんかのデータを見てみれば、当然予測がつく。ベルリンの壁の崩壊が予測がつかなかったとしても、これは明らかだ。さらに、こう言う措置で今の話との違いは、No Way Out って事だ。つまり、山奥や海外に逃げれば済むと言う話ではない。そんな逃げ場などない。この地球が壊れるのだから逃げ場なし。勿論宇宙なんてSFだけの世界。加害者も被害者もみんな滅んでしまう。

 具体的にどんな生産を減らすかについては、『ほとんど』なんだけれど、『物』の生産に限らずサービスの生産もほとんど減らさなければならない。世の中は『需要』を無理に作り出しているだけで、ほとんどなくていいものばかり。と言うか、それを作っているばかりに、人類は破滅に向かっている。『痛みを伴った改革』というのは、こう言うところでやるべきだ。
 具体的にそれぞれの生産に対して、しだいに述べていきたいと思う。いま、誰もクレームつけていない芸術やスポーツについても。そういう領域をタブー化したり神聖化してはならない。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/09 23:47】 | Produce less トラックバック(0) |


mao
いつも過去の記事へのコメントですみません。最新の記事を読みつつ、ふと思った時にコメントを書かせていただいています。
Produce lessは良いことだと思いますが、生産するのは製造業の企業の社員です。社員はそこでお金をもらって生計をたてているわけですから、会社で「もったいないので生産量を減らしましょう」とは言えないでしょう。私はProduce lessを実現できるもっとも簡単な手段は、消費者が買わないことだと思っています。消費者は買わなくても上司に怒られるわけではありませんから。なかなか雑草Z様がご提示された消費量1/10にすることは私から見ると仙人の域かもと思ってしまいますが、今あるものを長く、平均の倍の期間を目標に使うようにしようと思います。たとえば乗用車は11.1×2=22.2年。カラーテレビは9.4×2=18.8年。パソコンは4.6×2=9.2年。という風に。少しお茶を濁した対策かもしれませんが、具体的な対策を個人が打つことが大切だと思うので。雑草Z様のご指摘は、そもそも車に乗るな、テレビを買うなということでしょうけど正直辛いかも…。環境問題は言うは安し行うは難しと思う今日このごろです。

政府レベルでやるべきでしょう。
雑草Z
    maoさん

 まだ、誰もコメント下さらなかったころの初期の記事へ遡ってのコメントも大歓迎です。まあ、この頃はちょっと間違った事も書いているのですけれど・・・

 経済成長は、前年度比何%で示すように、指数関数的指標です。(社会の殆どの現象・)

>消費量1/10にすることは私から見ると仙人の域

とおっしゃいますが、未開の人々(もう世界にいなくなってきましたが、)は、日本の1/100以下ですし・・・貨幣経済がない場所では、1/1000以下と考える事も出来るでしょう。
 それではぴんと来なければ、今から50年以上前の日本の消費レベルは、1/50ほどでした。1950年頃です。・・1/10レベルなら、1970年代でしょうか?・・・それは仙人レベルでなんかありゃしません。十分に浪費レベルです。まあ、消費レベルと経済レベルは、必ずしも正比例でないとしてもそれが簡単でかなり相関関係の深い指標でしょう。
 現在の浪費レベル、過剰競争の元での浪費は酷いもので、個人の消費レベルを半分に抑えるなんていとも簡単でしょう。それが出来ないのは、経済優先の社会だからです。
 
 確かに企業の主体性に、生産縮小は望むべくもありません。maoさんのおっしゃるように、消費者の意識改革も必要でしょう。
 でもそれだけではやっぱり無理でしょうから、政府がそういう対策をすべきです。今の殆どの国の政府は産業界の傀儡ですからそれは望むべくもありませんが、現在の世界が破局への道を辿っている事とその恐ろしさをしっかり認識すれば、そうせざるを得ない事がわかるでしょう。しっかり立ち止まって現状認識すれば明らかなのですが・・。
 
 私の提案は、出来る出来ないではなく・・・物理的には十分に出来ますが・・・やらなければ破局から、やるしかないという事です。

コメントを閉じる▲
2006-09-07 23:47
ベルリンの壁の崩壊は、その1月前くらいまで予想した人は皆無に等しい。20世紀中には無理だろうと思っていた人がほとんどであろう・・・。この事で、将来の予測なんてたとえ専門家でもあてにならない、明日、どんなどんでん返しがあるか分からないと言う事、何事も諦める必要がない事を悟った。

 そのベルリンの壁が崩壊したすぐ後、1990年の頃、ドイツを一人旅した。ベルリンの壁崩壊に希望かなにかを見いだして浮かれていたのかも知れない。
 その頃一応職には就いていたが、モラトリアムしていた私は、ベルリンの壁がまだ撤去されずに残っている間に行くべきだと漠然と感じていた。しかし他にも目的はいろいろあった。当時、量子力学をドイツに渡って研究していた友人が、物理の難問の1つ「三体問題」を解いて発表したと聞いていたので会いたいものだと旅の直前に手紙を出しておいた。それから当時私は、ドイツのへヴィーなロック、”ジャーマン メタル” にハマっていた。毎晩そんな系統のクラブに通おうと思っていた。これが一番の目的だったかも知れない。
 まあ何かと色々な理由をつけて当時マイブームだったドイツへ渡った。
 ドイツに渡る前に数日寄ったイギリスのロンドンは、着いたその日にぼったくりバーに入って散々だった。いい思い出も結構あったと思うがそれほど印象にない。逆に言えばロンドンのヒースロー空港(私の好きな Jimmy Page の父が働いていた場所)から渡ったドイツの思い出は鮮明だ。
 始めに到着したジュッセルドルフからして気に入ってしまった。道に迷っているとみんな親切に声を掛けてくれた。背の高い、聡明な瞳のドイツ女性がにっこり笑って、お登りさんのような私に、「何処へ行きたいのですか?」。ベルリン行きの列車の切符売り場まで連れて行ってくれて、時刻表まで調べてくれた。
 電車の発車時間まで立ち寄ったパブでは、樽からコップに注いでくれるオルトビールが素晴らしく美味しく、後にも先にもこんなにビールが美味いと感じた事はない。しかも、そこにいた地元の客が人なつっこく奢ってくれた。列車の切符を買ってなかったら、明け方までそのパブで過ごしたいと感じた。食べ物もロンドンのようにまずくなく、みな頗る美味い。
そんなこんなで幸先良い感じで、ジュッセルドルフに後ろ髪を引かれながらベルリンに向かう夜行列車に乗ったのは、ベルリンに早く行きたいという気持ちより寧ろ、単に一晩の宿賃を節約する為だったのかも知れない。夜中に、手紙を出しておいた彼の住むボヒェムとかいう町に着いたが、私は降りずに直接ベルリンに行くほうを選んだ・・。

 ちゃんと眠ったのかどうかは忘れたが、ガラガラだった客車は、明け方過ぎて客が増えていた。私のボックスに、中年のご夫婦と、大学院生かの若者が同席した。大学で働いているとかいうご主人と環境問題の話をし、私はゴミは100パーセント細かく分別回収すべきだ等と話していた。ご主人も同意していた。そして、もう一人同席していた大学院生だったかの学生にその事について意見を求めたら、それまで黙ってシニカルな表情で話に混ざらなかった彼は「それでは駄目だ」と言った。
 分別回収が駄目ってどう言う事?彼に、「ならどうすべきか」聞いた時に彼が発した言葉が
”produce less” 「生産を減らせ!」 
 後になって考えると、”produce” と”less”が繋がっていて”produceless”「非生産」かも知れない。
 「それでも、確かにエネルギーは使うがリサイクルも必要でないか?」などと(ムキになって?)言ったら、彼は、首を振りながら、
 「大学で環境の研究をしてきた。そこで出した結論は、環境問題は救いようがない方向に向かっている。リサイクルなんて甘い方法では解決にならない。この問題を解決出来る唯一の方法は、Produce less であるが、今の世界の経済システムではそれは、実現不可能で、それ故現状は悲惨極まりなく、私はPessimistic だ!」
 と、答えた。
 その後の議論の展開は覚えていない。そこで話は途絶えたのかも知れない・・。
その後、ベルリンに着いて、まだ完全に取り壊されずに残っていた壁の所へ行った。壁を削っていた人から壁のかけらを買った。ハイな気分の日が続き、毎日昼頃宿泊先を出て夜中まで出歩いた。ベルリンで年越しをしたような記憶がある。何日か楽しんでベルリンからハンブルクへ行って、ここでも毎晩出歩いて夜遊びした。と言うか、ほろ酔いでほっつき歩いた。クラブに通って、古っぽいブルーズやらジャーマン・メタルを楽しんだ。引き寄せられるように初めて出遭った究極のオドロオドロしいデスメタルらしきものが鳴っている壊れた人形が飾ってあるお化け屋敷のような真っ暗で歩くのも手探りのようなパブが妙に記憶に残っている。きっとドイツに行って望んだような事は色々出来て、ロンドンよりずっと充実して良かった筈だ。ドイツは頗る気に入った・・・。

 しかし後になって最もしっかり覚えていた出来事は、ベルリンへ向かう列車の中で、あの学生の発した ”Produce less”という言葉だ。当初は少し否定したかった部分もあったかも知れない。しかし、すぐに彼の洞察は的確だと確信するに至った。この時以降私の環境問題に関するスタンスは”produce less”「生産を減らせ!」または”produceless”「非生産」である。
 今の日本の様にゴミ減量のメインの解決法がリサイクルだと考えて、リサイクルの効力を信じていたら私は言うであろう。リサイクルよりも”produce less”「生産を減らせ!」

 あの彼は今だに環境問題に絶望しているのだろうか?否、きっとよりシビアーな循環型社会の実現目指して活動している様に思う。彼ともう一度話をしたい。今の私とどっちが地球の現状に、よりペシミスティックであろう?そして彼はなにか新たな方策を考えたであろうか?彼に遭っても顔は記憶にないから判らないだろうけれど・・・。
 
 確かにゴミ問題、環境問題の根本的な解決策は ”produce less”若しくは”produceless”であり、
それが最高の対策に違いない。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/07 23:47】 | 思い出 トラックバック(0) |
2006-09-05 09:46
自分達の国を『先進国』と呼ぶ人々が、昔のままの生活から余り変わっていない環境破壊していない国々を『後進国』と、呼んでいたら失礼だ!と言うわけで、『発展途上国』と呼ぶようになったと言う。けれど、「後から進む」でも、「途上でも」目標はその「先進国」である。一見大して変わりない。しかし実は、『発展途上』のほうが確実に恐い。こんなに恐い話もない。
 今、『先進国』は、『発展途上国』の犠牲の上に成り立っている。プランテーションし、鉱物等の資源を安く買い叩いて加工して千倍の値段で売り付け、膨大な負債を負わせている。食料も森林も安く買い叩いている。奴隷扱いみたいだ。その国の自然を目を覆いたくなるほど破壊して・・・現在『発展途上国』の人々も『発展』して、砂上の『いい』生活をしたがっている。しかし、それはあくまで他に犠牲になる国があってのこと。残念ながら科学は今の人口では『先進国』ばかりで成り立つ方法を可能にする程万能ではない。『エントロピーの法則』もそれを示唆している。第一現在の10億人を越えた『先進国』の人々は、いわゆる『未開』の人々の100倍の環境破壊をしているから、今でさえ環境破壊は致命的だ。『発展途上国』が『先進国』になったらまかないきれないどころか、瞬時にパンクして破滅するのはもうみんなが知っている明白な事実。
 だから『先進国』は、『滅亡途上国』と呼ぶべきで、『後進国』のうち『先進国』を目指している国は『滅亡途上予備国』、『発展』を拒否している数少ない国だけが、『循環型社会国』であろう。しかし、『滅亡途上国』は『循環型社会国』の指導者や実力者にプレッシャーをかけたり、欲望をそそったりして『滅亡途上国』にしてきた。または欧米諸国のようにその国を乗っ取ってきた。(日本もか?)そんな事をやってきた欧米諸国の最高の後継者が日本。昔滅んだメソポタミアやエジプトやインダスの文明は当時の『滅亡途上国』だけど、現在よりはかなりましで、数千年続いたし、遠くの国を巻き添えにしなかった。現代の『滅亡途上国』は、ほんの100年のオーダーで、巻き添えは地上の全世界。
 『発展途上国』という呼び方は危うい!『発展』を拒否しているわずかな気高い国『循環型社会国』(あって欲しい)に乾杯!その国のようになる事が唯一半永久的に生き残る道
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/05 09:46】 | 環境総論 トラックバック(0) |
2006-09-04 23:45
子供の頃、日本が好きか嫌いかなんて余り考えた事はない。でも、きっと嫌いではなかった。漠然と好きだったのではないだろうか。きっといい国に生まれたと思っていたと思う。
 でも、大人になって色んな事を知るうちに、国内問題の酷い事もさることながら、対外的な悪事も、昔の欧米列強に負けじ劣らじだなと感じるようになった。そう言うと最近話題になっている中国や韓国との関係のようだけれど今その事に触れる気はない。もっといわゆる「発展途上国」(この単語最低だと思うが、その理由はまた近いうちにかかせて戴く)にしてきた事。第二次世界大戦でした事でもなく、その後の「高度成長時代」(この単語も最低!)から今までに「発展途上国」にしてきた事。

 私は歴史にはかなり疎い。あまり興味もなかった。『プランテーション』という言葉は、欧米が亜熱帯、熱帯諸国に対してやってきた(悪)事だと思ってきた。でも、高度成長時代から日本もその中に混ざって、今はアメリカと同じ位酷いことがわかった。コーヒー豆やゴムなど単一作物を大量に作る事は農業的にも土地を枯れさせてしまうけれど、(その過ちはアメリカを始め多くの国で行われてきたけれど)それだけでなく今まで自給自足していた国が穀物等主食をお金で買わなければならないという、とんでもない事態を引き起こし、その土地の文化も村も環境もプライドも破壊し尽くしてしまった。土地自体が先住民から奪われて経営者に売られたりする。

 日本独自のプランテーションも多い。有名なマングローブの森のエビ養殖など漁業のプランテーションは日本が最悪だろう。(これが典型的なプランテーションと呼ぶかどうかは分からないけれど、内容は完全にプランテーションに違いない)。食料自給率が30パーセントの日本が飽食でグルメで、毎日1千万人分以上の残飯を出し、挙げ句に、フィットネスクラブに通ったり消化吸収を悪くする飲み物を飲んでダイエット。
 東南アジアの人々には日本に輸出するキャットフードの原料ですら高価で、それよりずっと易い穀物も食べれなくて餓えている人が沢山いるのだ!そんな人々が「ダイエットで物が食べれない苦しさ」という言葉を聞いたらなんと思うだろうか?・・「だからこう言う人々の貧困を救う為の開発援助のODA」という都合のいい詭弁を日本はずっと使ってきた。「都合がいい」とは、あくまでゼネコンや政府等の一部の人々にだが・・それは明かに違う!!元々プランテーションにしなければ、お金がなくても自給自足出来たのだ。先進国が乱開発しなければお金などなくとも十分(ある意味先進諸国より)豊かだったのだ。それまでそこの国々では「貧困」なんて概念さえなかったのではなかろうか?「飢えている国に募金を!食料を送ろう!」・・それ以前にプランテーションをやめるべきではないのか?「お金」という麻薬を打っておいて、その麻薬で「プランテーション」という換金を続けさせるマフィアファミリーの日本。
 
森林破壊も酷い。日本は結果的に日本の森林を温存して海外の森林を切って破壊し続けている。「結果的」と言うのは、日本の木材を切るより海外から輸入した方がコストが安いからだ。それで、日本の林業は大打撃と言うが、日本のエゴからすれば、助かっている部分が大きい。(それでも安易に日本の木も切り過ぎて日本の森林も危ないが・・)日本は第二次世界大戦後の高度成長時代に東南アジアの熱帯雨林を輸入し続け、既にフィリピン、インドネシアの森林を破壊した。現在マレーシアの森林も破壊に追いやり、最近はロシアなどの寒帯の木まで大量伐採している。それに協力する向こうの政府や一部の有力者も愚かというか悪どいが、やはり、需要を無闇に増やしてきた日本も最低。・・しかし、これでも、戦後のある時期までは、日本の木材自給率も100パーセントだったのだ。諸悪の根源は「経済成長による需要」と言う悪魔の囁き。
 食料のプランテーションや森林の伐採だけでなくまだまだ酷い事は沢山ある。これで現地から恨まれない筈がない。今でさえ、日本の為に飢えている人が多数いるが、さらに来るべき食糧危機でも日本人は金に物を言わせて彼等から食糧を奪うつもりだろうか?そんなエゴイズムは続けられないし、彼等もそれは許しておかないだろう。


 結論 :・私が日本人でなければ、日本と云う国は早く滅んで欲しい。・・と、思うであろう。こんな国は酷い強欲なエゴイストばかりが住んでいると思うに違いない。大変悲しい事だ。
 日本とアメリカと中国がなければ、環境破壊による地球の破滅は現状より100年くらい伸ばせるかも知れない。そして、そのうちに意識もさらに高まり、地球破滅も回避出来る可能性がかなり上がるだろう。

 私は、最終的には輸出、輸入による国際分業には反対で、自給自足が理想型(そうでなければ環境破壊は止まらない)だと考えるが、それまでさしあたって日本の罪滅ぼしは、ODAのような開発援助ではなくて、環境保全技術の輸出であると考える。これから、地球の環境回復に全力を尽くすのが日本の進むべき方向だ。他の製品輸出は2の次!それなのに日本は自国の環境すら破壊し続けている。愚かな指導者をはやく入れ替えないと大変!
 ただ、注意すべきは似非環境保全。どう考えても環境破壊だなと云う事柄を「環境保全」としている企業も日本に沢山現れている。これを輸出したらまたODAの二の舞いだ!何せ日本は温暖化防止に「発展途上国に原発を」と言った国なのだ。科学的(物理的)素養がなさすぎる。

 しっかりした農業(輪作、無農薬・・・)と環境保全。これをサポートするのが日本の急務。こうやって罪滅ぼしをし、信頼をつくれれば日本も助かるかも知れない。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/04 23:45】 | 日本 トラックバック(0) |


peacering
>「発展途上国に原発を」と言った国なのだ。

酷いですね・・・。
『発展途上国』とか『高度成長時代』に変わる言葉を考えたい所ですね。

むしろこれから循環型になっていく事こそが『発展』なんだと思っています。

「発展途上国に原発を」と発言した場所
雑草
 何処だと思いますか?京都議定書の地球温暖化防止会議でですよ。「日本は、削減目標守れないから、変わりに、発展途上国に原発を作って、温暖化防止に協力する」と、言ったのです。恥ずかしさを通り過ぎて、怒りを感じますね。この無知で恥知らずな代表の名前は、是非公開すべきですね。日本人は、京都議定書の悪役はアメリカばかりだと思っている人が多いのですが、日本もかなり酷いのです。そこんとこ、いつか書いてアップしたいですね。
 PeaceRing さんのHP拝見させて戴きました。正直、これが環境問題のHPか?と思うしょうもないHPが環境ランキングの中にも結構ある中で、しっかりした内容です。こういう意志を持っているもの同士で、協力して頑張りましょう。

コメントを閉じる▲
2006-09-01 23:45
私の棲んでいるところは、会津坂下町。ローカルな田舎町。平成の大合併でも合併しなかった町。買い物とかにも大して不便ではない、町にしてはそこそこ便利で、それなりに自然も沢山残っているし、なにより里山がいたるところにある。嫌いではないというより好きな町だ。少なくとも今のところこの町から他へ移り住みたいとは思わない。
 しかし、この町にも悪い面はいくつかある。他の多くの町の様に、ゼネコンが不要な物をどんどん作る。特にゼネコン系の今の町長になってからは、、それまで比較的変わらなかった自然の残る里山や古き懐かしき町並みが残っていた所にどんどん新しい道を作る。信じられない事に小学校の校庭や公園を潰して道を作る。ゼネコン大国日本の悪い部分の縮図になってしまった。町民もほとんど知らないような、人も自転車も自動車もほとんど通らない林道は不法投棄の場と化している。あまりに酷くて悲しくて腹が立つ。これは町長だけでなく議員にも大いに責任がある。そして、酷いと言いながらも行政に働きかけない我々大人の市民にも責任がある。未来の新しい町長になるべき人材(仮に國分としよう)とこの酷い林道の一部を見学に行った。彼にこんな体質を改革して欲しい。『不用』では済まされない。作ってはいけないのだ!・・・・また、怒りの話になってしまうな。
 今日はこの夏一番嬉しかった町の出来事を描こうと思ったのだから、このへんでその話に話題を変えたいが、その前にゼネコンのまとめ。日本の土建費用は世界一。日本より人口も多くて面積も25倍もあって広くて金持ちの環境破壊大国アメリカの2倍。そして、途上国援助とか言って(日本のゼネコンの為に)今だに海外に援助と言ってダムを作っている国は日本だけ・・・・
 会津坂下は日本の中でもかなり自然の残っている会津の地の中では、何故か川が汚い。会津の中では、比較的開発が進行している方で、町部(市街地とは呼べませんが・・いい意味で)が多い事も原因だけれど、町が川の汚れに鈍感であったと思う。私がこの会津に(戻って)来てから10年目になるが、その10年程前は、幼少の頃魚取りをした家の前の用水路兼下水路みたいな幅50cm程の川にまで、消毒していた。これでは魚が住める筈がない。しかし、ドジョウはこの汚くなっていた川にも這いつくばって生きていた。それもここ数年絶滅しそうだった・・・・非常にペーソスのある川になってしまったのだ。
 しかし、この夏、8月11日にふと側溝を覘くと,な、なんと、ドジョウ以外の小魚、フナやぼやっこ(ハヤみたいな魚の会津の方言?)までいるではないですか?あの、消毒の毒薬をまいて、ボウフラを殺していた川に・・・いやあ、嬉しかったですね。家族に知らせたら、母も娘も既に見ていた。近所の人で、見て喜んでいる人もいるとの事。何かこの頃読んでいる環境関係の本を読むと、残念ながら自分の予測通り、かなり絶望的な危機が近づいている事を確信したけれど、この川を見たら、頑張れるような気がした。毎朝通勤前に覗いて安心している。勇気を戴いている。
 本日夕方覗いて見ると油のようなものが浮いていて小魚がいなかった。気持ちが暗くなった。「誰だ?毒を流した奴は?」坂下にはこういうものを無神経に流すやからが多い。今までも他の小川で何度も見た光景だ!必死で魚を捜したら、数匹発見出来た。毒素に負けず頑張って欲しい。でも、まだわずかな可能性の救いを求めて自転車で側溝の上流を見に行った。何処で有害物質を流したんだ?・・それは、家のすぐ近くの新築現場らしかった.
坂下小学校の裏の体育館の方まで行ってみた。坂下小の排水の下の部分で水が少々せき止めてあった。その、せき止めた部分の上流の水かさが多い部分、坂下小学校体育館入り口近くに小魚の群がいくつもあった。フナもぼやっこも、結構大きいボヤッコもいた。勿論ドジョウも。小学校の排水もやけにきれいだ。水草もきれいに生えて流れに身を任せていた。ここがこんなきれいな状態を見たのは何十年振りだろう?子供の頃の昔だって魚はいても、もっとゴミが沢山あったような記憶もある。とても嬉しく希望が湧いた。
 市民が立ち上がれば何とか出来る!!

 昔宇都宮市に行った時、ごみごみした繁華街の側溝にコイなどの魚が泳いでいて吃驚したが、それは、側溝が2段構造になっていて、下の段の見えない段が下水で、上の段に魚を放していたのだ。それもいいなと思った。坂下町も酷い自然破壊の道路を作ってないで、こう言うのを作った方がいいかも・・と思った事もある。
 しかし、今日確信した。坂下のこの側溝の小川はこのまま堰から水を引いて、用水路兼下水でいい。そして、各家庭がそこに油や合成洗剤等、魚にとって毒であるものを流さなければいいのだ。風呂のお湯はおいといて翌日少し冷えてから排水(家では洗濯に使っています。粉石けんでない日もある・・反省・・洗剤をあまり使わずに洗濯しよう!)・・・最終的にはその川でちょっとした洗い物まで出来ればいいな・・。カマに残った米が少し流れて魚のえさになってもいいかなと・・
 きれいになった川に水草や魚などを見つけた日は、なんとなくクリスタル。嬉しくて希望が持てる。
←読んだ甲斐があったと思ったら、ここをクリック願います
(少しだけのときは片方、かなりのときは両方)

【2006/09/01 23:45】 | 一寸日常生活 トラックバック(0) |

五年前から
渡辺
結婚を機に、坂下に住み始めたのですが…
前に住んでいたところでは、当たり前のように料理に使っていた水道水が…
まずい!
飲めない。
せっかくのお料理も…
変な味…。
仕方なく、コープから買う事になりましたけど…。
一応 川を汚さないように、とぎ汁は植物にあげたり、油はゴミの日に出したりしてるんですけどね…。
私の住む家の前にも小さい川が流れてて、ドジョウやザリガニを時々見ます。
引っ越してきたばかりの頃は、真っ黒で時々油だとか洗剤が浮いてて臭かったんですが…。
下水を流さなくなったから綺麗になったんでしょうね。

いつか、蛇口をひねったら、そのまま飲めるような美味しい水道水が出るといいな(人'∀`)

坂下の水はまずいですか!?
雑草Z
    渡辺さん

 はじめまして・。このブログを始めたばかりの頃の記事まで遡ってのコメント有難う御座います。同じ町に住んでいる方からのコメントは初めてかと思います。どうやってこのサイトをお知りになったのでしょうか??『坂下』とかで検索して引っ掛かって来たのでしょうか??(笑)

 さて、水道水の件ですが、坂下の水はまずいですか?同じ町内でも地域によっても違うようですが、この辺でも美味しい地下水(伏流水)が出るところは沢山あるようです。
 以前、有名な『強清水』を汲んで冷蔵庫に置いておいたら1週間で白く濁ってきました。
 それに比べ、阿賀川の源流の一つから汲んだ水は1年経っても飲める・・とか聞いて疑いつつも実験してみたら、本当に飲めました・・・びっくりです。細菌が発生しないくらい、農薬が染み込んだ水・・・じゃなくて、きっと硬水で、有機物が溶けていないのかと思われます。私がこの水を一年に2回くらい、いっぱい汲んで来て、家族が飲み水に使っています。
 でもおっしゃる通り、水道から美味しい水がそのまま出るべきですね。こんな田舎で、水が美味しくないって嫌ですね。水を買ったり遠くまで汲みに行かなければならないってよくないですね。

 坂下の川は、全体的には年々魚が減ってきています。新たな道路工事の影響などで、記事に書いた件の川(用水路、側溝)は、今年は魚が上がってきません。淋しい限りです。
 坂下町の川魚を愛でる会(増やす会)をいつか作りたいとも考えますが・・。

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。